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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
54/153

ダルシア帝国の継承者

301.

 ジェグドランド男爵一家はヘイダール要塞に来て、三日ほどになる。それで、やっと人心地が付いたようだった。

 見るのも聞くのも珍しい軍事要塞の内部は、思ったよりも暮らしやすい設計になっていることが、彼らにはわかったので安心できた。もっとも彼らは食事については自分たちの部屋でとるので、食事時の一般兵士の食堂の喧噪を知らないだけだった。買い物などは不自由だが、それは要塞の誰もがそうなのだ。

 要塞にはジェグドランド男爵一家の他に、民間人として元新世紀共和国から来た軍人の家族、タレス連邦からの亡命者の人々などがいた。後者は今では数千を超えて数万人の規模になっている。

 ジェグドラント男爵には三人の子供がいた。一番上は長男のログス、二番目は長女のスルーラ、三番目は次男のデルセラだった。歳は上から十四歳、十三歳、七歳である。

 彼らはいくら贅沢な部屋だとは言え、子供であるのでだんだん退屈してきていた。この要塞にいる子供が自分たちだけなら仕方がないと思ったことだろう。けれども、他にも子供たちがいるのはリイル・フィアナ提督が要塞の中を案内してくれた時に見たのだ。

 それは、タレス人の子供達だった。要塞には他に元新世紀共和国の軍人が家族を連れて来ていることもあるが、彼らはタレス人の子供達よりも少数だった。それに、昼間に外を出歩くこともしない。彼らには学校のような場所が設けられているからだ。

 タレス人の子供達は孤児が多く、自分たちが生活するための日銭を稼ぐために、店を営んでいる大人のタレス人の所へ働きに行く者もいた。だが、ほとんどが用もないのに繁華な通りに立っている。その中には盗みなどの犯罪に手を染める者もいた。タレス人の中には子供たちのためにやはり学校が必要だと言う者もいたが、大人たちも自分たちの生活に精一杯なのだった。

 と言うのも、亡命する時には荷物など持って来るような余裕はなかった。それにこの要塞で支給されるものがだんだん減ってきており、ただでさえ不足しているのに加えて、貨幣代わりのカードで使える数値が減らされているのだ。

 要塞の政治代表は、タレス人についてはあまり興味がなさそうだった。一度、大人たちが政治代表のエルシン・ディゴや副代表のフランブ・リンジに、タレス人の子供達の厚生福祉を、特に教育問題を考えて欲しいと要請したのだが、あまり良い返事をしなかった。彼らにとって要塞にタレス人がいるのは予想外だったし、彼らに何かをしたとしても本国での評価に繋がるとは思えないからだ。


「父上も母上もおじさまも向こうの部屋で何か話をしているわ」

と、スルーラ・オル・ジェグドラントが言った。

 本当は重要な話だと思われるのに、子供だからと仲間外れにされたことが心外なのだった。

「おじいさまやおばあさまは、まだ寝室だよ」

と、デルセラ・オル・ジェグドラントが舌足らずな声で言った。

 年寄り二人は近頃めっきり身体が弱ったと、何かにつけ愚痴をこぼしていた。それにしては、若い者が決めたことに文句を言うことも多い。

「よし。それなら大丈夫だ。行くぞ!」

と、ログス・オル・ジェグドラントが言った。

 三人はそっと部屋を出た。廊下には、折よく誰の姿も見えない。その廊下を走って行くと、最初に出るのは公園だった。広い公園だが残念なことに子供の遊べるような遊具は設置されてない。けれどもいつもきれいに清掃されていて、自然のように木々が茂り、花が咲いているのは本物の公園のように見えた。ただ、虫や動物がいないだけなのだ。生物は要塞に何らかの病原菌などを持ち込むので、公園の中に入れるのは禁じられていた。

 三人はゆっくりと歩いてその公園を出ると、要塞の中の繁華な通りの有る区画へ出た。これは、先日家族と一緒にリドスのリイル・フィアナ提督と歩いた街だった。彼らは街中に入ると、周囲を見回し建物の影にしばらく入って、知っている人が近くを歩いているかどうか見定めた。誰もいないことを確かめると、彼らは三人一緒に街中を歩いた。

 レストラン街を歩き、次にショーウィンドウのある服飾店を見た。三人とも要塞で使えるカードなど持っていないので、ただ歩くしかない。ただそれだけでも、ここしばらく続いた緊張した気分を変えることができた。何しろ、銀河帝国に住んでいた時でも街中を歩くなど、貴族の子女には許されないことだったからである。しかし、ここでは誰でもそれができるのだと、三人は知っていた。

 街のあちこちの建物の影に、隠れている子供たちが見えるのだ。本当は彼らは孤児で、大人のように金銭の代わりになるカードを持つことが出来ないので、こうして街中を徘徊して何かを得ようとしているのだった。

 だが、そうした事情は三人にはわからない。ただ、自分たちと似たような子供がいると言う感覚だった。

「あら?あんたたち、こんなところで何をしているの?」

 その声に驚いて振り返ると、リゼラ・ジーンが妹二人と立っていた。今日は、ダールマン提督と一緒ではない。

「おまえこそ、何をしている」

と、ログス・オル・ジェグドラントは言い返した。

「今日は、大人たちが付いていないようね」

「それは、お前たちも同じだろう」

「でも、私たちはここに住んでいるのよ」

「僕たちも、ここに住むことになるんだ。少なくともしばらくの間は……」

「へえ、どうしてなの?」

「帝都から逃げて来たんだ。追われているんだ」

「なら、私たちと同じね。私たちもここへ亡命してきたの」

「じゃ、私たちと同じってこと?」

と、スルーラ・オル・ジェグドラントが興味を持って聞いた。

 お互いに似たような境遇であるのを発見して、彼らは急に親しみを感じた。

「私達、今日はあの店に来たの。あそこでちょっとした勉強を教えているから」

と、リゼラ・ジーンが言った。

「勉強?そんなことがしたいのか?」

「そんなに難しいことはしないの。字を書いたり、計算をしたりするぐらいだわ。それにここにはタレスの文字で書かれた本がほとんどないし……。学校があればいいのだけれど。ここは元新世紀共和国の軍人しかいないというし……」

「ここは元々、銀河帝国が建設した軍事要塞なんだ」

と、誇らしげにログスは言った。それが彼の自慢なのだった。

「それは前に聞いたことがあるわ。でも今は、ここに帝国軍は居ないのでしょう?」

「そうだ。ここの、ええと誰だっけ、元新世紀共和国のディポック提督に占拠されてしまったんだ」

「でも、今はここの司令官は彼じゃないわ」

「そのようだね」

 この要塞に来た日に司令室に着いたジェグドラント男爵一家は、ディポック司令官ではなくクルム司令官代理という若い士官が事実上の司令官であると聞いたのだ。それに、要塞にいるのは元新世紀共和国の軍人だけではなく、リドス連邦王国の人々や亡命してきたタレス人などがいると聞いていた。

 六人になった彼らは、連れ立って繁華街を歩き始めた。特に行き先が決まっているわけではない。買い物をするわけではない。目的はただ街を見るということなのだ。

 歩いている時よく見ると、街の中の建物の影に似たようなグループが立っていた。

「あの連中は?」

と、ログス・オル・ジェグドラントが聞いた。

「私たちと同じタレス人よ。みんな親がいないの。ここに来る前に親が捕まって、子供だけ逃げて来たということが多いから」

「どうしてなんだい?」

「よくわからないけれど、政府が悪いのよ。私たちを捕まえようとするから」

「要するに、政治犯というわけか?」

と、ログスは自分でもよくわからないながら、大人たちがよく使う言葉を使った。銀河帝国では共和主義、民主主義を奉じる者たちは敵だから犯罪者と同じだと教えられるのだ。実際にそうした連中が捕まったと言うニュースを聞いた事もある。

「政治犯?何それ、私たちの政府わね、何もしていない私たちを捕まえようとしたのよ」

「そう言えば、タレス連邦は共和主義の国だと聞いたわ」

と、スルーラ・オル・ジェグドラントが言った。彼女も大人たちの話を聞いたのである。

「そうよ。私たちは自分たちで大統領を選ぶの。皇帝じゃないわ」

と、リゼラ・ジーンが答えた。

「じゃ、君たちは帝国主義、君主制を奉じているわけなのか。それで共和主義者たちに追い出されて来たというわけかい?」

と、頓珍漢なことをログスは言った。

「違うわ。そういうことじゃなくて、私たちは特殊能力者なの」

「特殊能力者?それって、何のこと?魔法使いのこと?」

と、スルーラが聞いた。

「私たちは魔法使いじゃない。タレス人には魔法使いはいないの。でも、その方が良かったかもしれないわ。だって、魔法の方が色々なことができるから」

 ジェグドラント家の兄妹は魔法使いのことは想像できるが、特殊能力者というのは何のことだかわからなかった。

 その時、

「あら、もしかして、あなた方はジェグドラント男爵家の方々ですか?」

と、後ろから女の声がした。

 振り返ると、見知らぬ女性が一人立っていた。衣服もきちんとしていて、にっこりと笑うと感じよさそうに思えた。

「あなたは?」

と、リゼラ・ジーンが聞いた。

「私は、昔帝都で暮らしていたことがあるのです。それで、ジェグドラント男爵、いえ当時は伯爵でしたけれど、伯爵様にお世話になった者です」

 品のよさそうな女性だった。よくある街中に立つ女性とは違う。

「そうですか、それはどうも。それで、父上に何かご用でしょうか?」

と、ログス・オル・ジェグドラントは礼儀正しく聞いた。

 末の妹のリュイ・ジーンはその女性をじっと見ていた。彼女にはその姿が変な風に見えたのだ。身体が透けて見え、その中に蛇のような別の生物がいるように見えたのだ。

「おねえちゃん、この人変だよ」

と、リュイはリゼラに言った。

「どうしたの?」

 だが、その女性は子供の話には頓着せずに、続けた。

「ジェグドラント男爵に、お渡ししたいものがあるのです。今突然あなた方に遭えたので、一度自分の部屋に戻って荷物を持って来たいのですが、ここで待っていてもらえますか?」

「それなら、あなたの部屋まで行きます。大きな荷物ですか?」

「いえ、それほど大きくもないし、重くもありません」

「それなら、僕でも持てますね」

と、ログス・オル・ジェグドラントは親切に言った。

 リゼラは妹のリュイの言うことが気になって、

「それなら、ここまで持ってきてもらった方がいいんじゃない?」

と、言った。よくわからないが、何かおかしいと言う感じがした。

「これは、ジェグドラント家の問題なんだ」

と、ログスは頑固に言い張った。彼は、自分も何かの役に立つと言うことを証明したかったのである。

「兄様、私も一緒に行くわ」

と、スルーラが言った。兄を一人活かせるわけには行かないからである。そして、スルーラはチラッと不安げにリゼラを見た。

「僕も兄さんたちと行くよ」

と、デルセラが言った。

「でも、あなたは小さいから、あの子たちとここで待っていた方がいいわ」

と、スルーラが言った。

「そうですわ。そんなに遠くも有りませんし……」

と、その女性が言うと、

「僕も行く!」

と、デルセラも頑固に言った。

 リゼラは黙っていた。これ以上何を言っても無駄だと分かったからである。それに、スルーラが横目で自分を見たことに気づいていた。彼女も何か変だと思ったのだろう。そう言えば、ジェグドラントと言う名を言ったわけでもないのに、なぜあの女の人は彼らをジェグドラント男爵家の子供だと分かったのだろうか、と彼女は思った。


302.

 ヘイダール要塞に元新世紀共和国の首都星ゼンダから貨物船がやってきた。

「貨物船のようです、司令官代理」

と、通信員が言った。

「今度は何だろうか」

「妙な連中が一緒に付いてきていないといいのですが……」

と、ダズ・アルグ提督が言った。

 前に首都星から来た連中は、ディポック前司令官を暗殺する部隊を密かに連れて来ていた。だから、首都星から来た船だからと言って決して安心はできない。できれば、入港を拒否したいくらいだ。

「こちらは、元新世紀共和国、現在は銀河帝国の新領土である惑星ゼンダから来た貨物船オルレイア号です。私は船長のオルノ・ゾラと言います。そちらにエルシン・ディゴ元議員はおられるでしょうか」

「エルシン・ディゴ元議員に何か用があるのか?」

「はい。実はゼンダにいる元新世紀共和国最高評議会議長チェルク・ノイ氏からエルシン・ディゴ氏への手紙を預かっているのです」

「わかった。他には?」

「それから、ゼンダから政治犯の亡命者を数名乗せています。ゼンダではこれまで以上に政治的な活動が弾圧されているのです。命の危険もあるので連れて来たのです。それと食料や衣料品などです」

「ちょっと待て、その政治犯というのは、誰だ?」

「もちろん、帝国にとってはと言う意味です」

「そんなことは分かっている。できれば、その名を言って欲しい」

「それはそちらに入港した後に、お知らせします」

「入港する前に聞きたいのだ」

「それは、ちょっとお待ちください」

と言って、オルレイア号からの通信が切られた。

「司令官代理、入港させるのですか?」

と、グリンが聞いた。彼も不安を感じているのだ。

 元新世紀共和国の連中はディポック提督が占拠したヘイダール要塞を、まるで自分たちのモノのように考えているらしいと言うのが、司令室にいる者たちの意見だった。もう彼らは新世紀共和国の軍人ではないと言うのに。

 ディポック提督がここを占拠したのは、元新世紀共和国の政治家連中がディポックを反帝国運動の旗手として宣伝し、帝国軍にディポックを捕まえさせようとしたからだ。それで彼はヘイダール要塞に逃げて来るしかなかったのだ。それを忘れでもしたかのようなやり方に、ディポックの部下たちは怒りを感じているのだ。

「卿は反対なのか?」

「この間の件もありますので……」

「だからと言って、卿らのかつての仲間をそう簡単に邪険にはできないのではないか?」

「司令官代理、私も反対です」

と、ダズ・アルグ提督も言った。

 クルム司令官代理としては、その意見を入れてオルレイア号の入港拒否をしたいところだった。だが、そうもいかない。この辺りにはヘイダール要塞しか宇宙船が入港する場所はない。入港できない場合は、惑星ゼンダへ帰るしかないからだ。

 司令官代理が迷っていると、そこへダールマン提督――レギオンが現れた。

「ゼンダから船が来たと言うことだが……」

「実はそれで困っている。彼らを入港させるべきがどうか」

「つまり、向こうの船の様子がわからないということか?」

「そうだ。この間の件もあることだ。そう簡単に許可を出すわけには行かない」

「わかった。それなら、その船、確かオルレイア号と言ったな、その船の様子を誰かに見に行ってもらおう」

「どうやって?」

「簡単だ。リイル・フィアナに行ってもらう」

と言うと、ダールマン提督は指を鳴らした。

 すると、リイル・フィアナ提督が現れた。

「呼んだ?」

「ヘイダール要塞に近付いている、あの船、オルレイア号と言うそうだが、あの船を調べてきてほしい」

「わかったわ」

と言うと、リイル・フィアナは一瞬で姿を消した。

「なるほど、こういう手があるのですね」

と、ダズ・アルグ提督が言った。

 そのダズ・アルグを見てダールマン提督は何か言いたそうにしたが、結局黙った。


 オルレイア号は、商船としてはわりに新しい船のようだった。

 元新世紀共和国では銀河帝国との戦争に敗北した後、停戦条約及び平和条約において、彼らの持つ艦を五割がた減らすことを約束していた。それには新しい船の建造についても、その数をこれまでの半数ほどに止めるとされていた。そのため惑星ゼンダにおいては商船の不足が甚だしく、銀河帝国の商船がかなり入って来るようになっていた。

 リドスのリイル・フィアナ提督はオルレイア号に移ると、姿を消したまま、船の中をあちこち見て歩いた。彼女にとって元新世紀共和国の船はなかなか興味深く思われた。オルレイア号は貨物船仕様だったが、客室もいくつか作られていた。ただ、船の倉庫の一つには元新世紀共和国の軽量兵器や武器が満載されていた。また、別の部屋には陸戦用の兵士らしき集団がいた。

(やはりね)

 司令室に行くと、通信に出た船長が元新世紀共和国軍の将官らしき人物と話をしていた。

「どうも、前に入った連中がしくじったらしいと思われます」

と、船長が言った。

「そんなことは、別に予測不可能だったわけではない。あの連中が万が一にも成功していたなら、すでに我々に連絡が入っていたはずだからだ」

と、元軍の高官らしき人物が言った。

「では、あくまで入港を主張しますか?」

 船長はもう逃げ帰りたいような雰囲気だった。

「ディポック提督は、人命を非常に優先するタイプの軍人だった。我々がこのまま入港を拒否されると、惑星ゼンダまで戻るしかないことを知っている。だから、拒否することはありえない」

「ですが、現在はディポック提督がヘイダール要塞の司令官ではないようです。通信に出たクルム司令官代理という若造は、かなり横柄な口調でした。彼はそこまで考えないのではありませんか?」

「ふん。大丈夫だ。向こうには、まだエルシン・ディゴ議員もいるはずだ」

「ですが、議員も前の船の連中がしたことを知っているはずです。生きていればですが……」

 前の船に乗っていた軍の指揮官は、ヘイダール要塞の乗っ取りを計画していたのだ。ゼンダで元軍人たちが綿密に計画を立てたつもりだったが、ディポック司令官には通じなかったのだ、と船長は考えていた。要塞の現在の状況は以前とは変わっていないと考えた上で行動する必要がある。ただ、向こうも今度はかなり警戒をしているだろうと思われた。

「船長は、この度の計画の実行には反対なのでしょうか?」

と、軍人ではない政治家でもない、近頃銀河帝国での交易で勢力を伸ばして来た商人のフォルラ・ドロスレイが言った。今回のヘイダール要塞への元軍人たちの派遣についての費用や機材、そしてこの船を提供したのは、彼であった。

「そうではありません。ですが、かなり用心しないと、彼らもバカではありません」

「しかし、こちらの方が有利なのではありませんか?」

 ただし、こちらの情報が洩れていなければ、とフォルラ・ドロスレイは心の中で思った。


 リイル・フィアナはオルレイア号の操縦室での会話をじっと聞いていた。中でも、フォルラ・ドロスレイを注意深く見ていた。彼は普通のロル星団の者に見えた。だが、何だか変に思えるのだ。それは彼女の感と言うだけのことだった。

 フォルラ・ドロスレイを見ているうちに、リイル・フィアナは彼の耳が妙なことに気が付いた。その耳はロル星団の人間にしては少々大きいのではないか、と思った。そこでリイル・フィアナは、彼の船室を調べてみることにした。

 人のいない船室はあまりなかった。船長や船の乗員の船室の位置は分かるので、客用の船室を探した。すると二つ、人のいない部屋があった。一つはあの元軍の指揮官の部屋で、もう一つがフォルラ・ドロスレイの部屋だと思われた。

 リイル・フィアナは扉を開けずに透過して部屋に入ると、部屋の主の荷物を見た。元新世紀共和国の軍人が持つと思われる熱線銃のような形態武器が、備え付けの机の引き出しの中に置いてあった。彼女はただ自分の目を向けるだけで、自然にモノを動かすことができるのだ。引き出しは彼女の手を使わずに開閉した。次に、衣料品用の戸棚の扉が開いた。そこにあったのは、軍服の一そろいである。飾りのある儀式用のものだ。次にその軍服が戸棚から浮き出て、奥に有るモノを見せた。そこには、机の引き出しにあったものよりは強力な武器が収納されていた。

(なるほど、支度は万全ということね)

と彼女が満足すると、戸棚から出た軍服が元通りに収納され、扉が閉まった。

 次にもう一つの部屋にリイル・フィアナは移動した。

 ここはおそらくあの耳の変な商人の部屋だ。先ほどの軍人の部屋と作りは同じだった。机の引き出しや戸棚が勝手に動いて中のモノを見せたが、そこには武器のようなものはなかった。

(変ね。私の気の所為だったのかしら?)

 けれども、周囲を見回して、寝台のサイドテーブルに何かが置いてあるのに気づいた。それは、手帳のようなもので、元新世紀共和国の軍人を問わず民間人もよく使うデジタル手帳というやつだった。要塞でもよく見かけるので、リイル・フィアナはその使い方も知っていた。

 ただ、その手帳の裏には何か妙なものが付いていた。ボタンのようなもので、飾りと言うこともできるような小さなものだ。それが時折、光を放っている。それが見えたのだ。浮き上がらせてみると、見た目はきれいだが、何だが危険な感じがした。

 リイル・フィアナは姿を消したまま、目を閉じ、そのボタンのようなものに意識を集中した。

 すると自分の一部がその中に入ったように感じ、どこか別の場所へ動いて行くのを感じた。そのリイル・フィアナの一部は非常に細い糸のようなもので彼女の本体と繋がっていた。

 次の瞬間その一部はどこかへ出た。

 どこか見ようとすると、その場所の映像がリイル・フィアナの心の中に浮かんだ。

「連絡はまだか?」

と、声がした。

 その人物は耳の大きいのが特徴のグーザ帝国人だった。軍服も着ている。

「おそらく、要塞からの通信を待っているのでしょう。我々のことはまだ気が付いていないはずです」

と、もう一人が言った。

「我々は、惑星カルガリウムの艦隊司令官から密かに命じられたのだ。何としても、キンドルラ提督を救出しなければならない」

「しかし、提督は生きておられるのでしょうか?」

「わからない。だが、提督だけではないのだ。あそこには提督の他に士官や兵士たちが数十人囚われているはずだ」

 場所は、おそらくグーザ帝国の艦の司令室だろうか、とリイル・フィアナは思った。ここは要塞から離れているので言語フィールド発生装置の影響範囲外である。けれども、彼女はグーザ帝国の言語を知っていた。

 ただ、こうしたことはあまり長くは続けられない。従ってグーザ帝国の艦が何隻いるかまでは分からなかった。ただ一隻だけではないことは確かだ。こんなところに一隻出来て何かの作戦をしようなどと考えることはない。少なくとも艦隊ではないにしても、百隻くらいの単位で来ているはずだった。

 自分の一部を元に戻すと、リイル・フィアナはその部屋を出た。すると、今度はオルレイア号の数少ない一般乗客が歩いているのに出くわした。

 その男は黒い服を着ていたが、軍人ではなさそうだった。ただ、雰囲気が普通の人とは違うように思えた。なぜなら、一人で通路を歩いている時、あたりを警戒するように見ることが数回あったからだ。

(いったい、この船は要塞にいくつトラブルを持って来ようとしているのかしら?)

と、リイル・フィアナはため息をついた。

 その不審な男が気になったが、情報を早く要塞司令室に持って行く必要があった。それで、その男については断念して彼女はオルレイア号から離れた。


303.

 ヘイダール要塞の司令室に、リイル・フィアナが再び現れた。

「どうだった?」

と、ダールマン提督が聞いた。

「そうね、少なくともあの船はトラブルを三つ持って来ようとしているわ」

「トラブル?何のことだ?」

と、生真面目にクルム司令官代理が聞いた。

「オルレイア号の船長は、前に来た船と同じことをしようとしているのは確かよ。ただ、それだけじゃない。あの船にグーザ帝国の軍人が偽装して乗り込んでいたわ。そのことに彼らは気づいていない。それに一緒にその艦隊の一部も来ている可能性がある」

「何だと!」

「困ったことに、他にもまだありそうだわ」

「他に、というと?」

と、グリンが聞いた。

「妙な男がいたわ。彼は軍人という雰囲気ではなかったけれど、何かトラブルを持ち込もうとしているのは確かだわ」

と言うと、リイル・フィアナは司令室の天井に彼女の見て来た光景を映し出した。

「これは!」

 オルレイア号の司令室の風景、そして、グーザ帝国の軍人らしき偽装した商人と向こうの艦の軍人、そして不審な黒い服の男など、リイル・フィアナは魔法陣の中に映し出したのだ。

「どうしますか?」

と、最初に聞いたのはグリンだった。

「フェリスグレイブの部下たちは、どうなっているのか?」

と、クルム司令官代理は聞いた。

 さしあたって必要になるのは彼らだった。

「ふん、もう人間に戻っているわ」

と、リイル・フィアナが不満そうに答えた。

 猫にされたフェリスグレイブの部下たちは、チャーミー・ユウキことフェリシア・グリネルダが元に戻すことのできる者を探して頼んでいたのだ。リイル・フィアナは仕方なくそれを受け入れざるを得なかった。

「それなら、オルレイア号の入港を許可するが、彼らに厳重に見張らせよう」

「でも、一個中隊くらいの人数があの船には乗っているようよ。武器もかなりの数持ち込んでいるわ。だから、フェリスグレイブの部下達だけではとても足りないと思うわ」

 本来ならフェリスグレイブは将官クラスなので、その部下は千人を超える人数がいるものなのだが、銀河帝国との戦争で数を減らし、それが補充されていないのでおよそ百数十人ぐらいしかいない。今は新世紀共和国から離れているので、減ることは有っても増えることはない。ナルゼンたちがフェリスグレイブの部下なれたのも、人数が足りない所為でもあった。

 オルレイア号は前の船の作戦が失敗した時のために、今回は十分戦力を整えてやって来たのだと思われた。

「戦力が足りないとなれば、タレス人を活用してはどうだろうか?」

と、ダールマン提督が言った。

「タレス人?しかし、彼らは皆民間人ではないのか?」

と、クルム司令官代理が言った。

「だが、彼らは今ここで暮らしている。ここが妙な連中の手に落ちれば彼らも困るのだ。もし、彼らの手を借りるのならば、そう百人くらいなら手を貸してもらえるだろう。しかも、特殊能力者だ」

「その特殊能力者というのは、どんな能力の持ち主なのですか?」

と、ブレイス少佐が聞いた。

「そうだな、多少我々が訓練を施した。使えるだろうと思う。例えば、念力や電気を発生させるような力を持つ者、物質を爆発させることができる者もいる」

「しかし、我々ではどうやってそれを活用するのかわからないではありませんか」

と、ダズ・アルグ提督が言った。

「今回その練習だと思って使ったらどうだろうか?」

「しかし、即実践になるのだろう。あまりにも危険ではないのか?」

と、クルム司令官代理が言った。

「彼らタレス人に、十分訓練の時間を取ることは元々不可能だ。プロの軍人ではないのだからな。それと、もし要塞の方で受け入れることができるのなら、リドスの艦隊に属している魔法使いを使うことも可能だ」

「リドスの魔法使い?一般の兵士にいるのですか?」

と、ブレイス少佐が聞いた。

「リドスでは魔法を使えるものは、兵士にも士官にもいる。一般人でも、大抵多少は使えるのだ。ただ、戦闘に魔法を使うとなると一応訓練をしないと危険が伴うものだ。だから、そうした魔法使いには士官が多い。今回のような場合は、直接戦闘に参加するよりも、その近くで戦闘を有利にするために協力すると言うことだ」

「するとどのくらいの数がいればいいのだ?」

と、クルム司令官代理が聞いた。

「そうだな、今回はフェリスグレイブの部下たちのいるところに、十人程度で良いだろう。司令室には私がいることにする」

「で、グーザ帝国の艦隊の方はどうするのです?」

と、ダズ・アルグ提督は聞いた。

 グーザ帝国の艦隊はこの要塞の駐留艦隊では心もとない。それに前の未知の艦隊との戦闘で数も減っているのだ。

「そちらの方は、リドスの艦隊が協力してもいいだろうか?」

と、ダールマン提督は聞いた。

「今はそうするしかあるまい。他の者はどうだ?」

と、クルム司令官代理が司令室の者たちに聞いた。

「いいでしょう」

と、グリンが言った。他に方法はない。元新世紀共和国の艦隊司令部が要塞に援軍を送るなど考えられないからだ。逆に元本国の政府はもはや敵になったと考えられるのだ。

 ヘイダール要塞をこのまま自分たちのモノにしておくためには、リドス連邦王国の艦隊に援助を求めるしかない。

「もちろん、グーザ帝国の艦隊に対しては、我々で足りなければダルシアの艦隊も出すことになる」

「了解した。私やメイヤール提督もその準備をしておこう」

 ダルシアの艦隊はいざと言う時まで取っておきたいというのが、ダールマン提督の本音である。だから、できるだけリドス連邦王国の艦隊だけで済まそうと考えていた。

 ヘイダール要塞とリドス連邦王国とはまだ同盟関係にあるわけではない。何しろヘイダール要塞は国として、正式に認められているわけではないからだ。しかし、ここは非常に重要な場所なのだ。遥かな昔から、この場所に『レギオンの城』があったのは、偶然ではない。

 これまでこの要塞で何かあった時には、リドス連邦王国の艦隊が協力してきた。それは、ここを守ることがリドスだけではなくジル星団、いやふたご銀河にとって重要だからだ。今回は最初から協力を約して動くことになる。本格的に要塞との協力関係を築くためには、少しずつ要塞にいる元新世紀共和国の者たちがリドス連邦王国になれることが必要なのだ。

 リドス連邦王国の艦隊は彼ら元新世紀共和国の艦隊とはかなり違ったものがあるからである。その一つが魔法使いの存在であり、特殊能力者の存在である。そうした者たちと協力して動くということはすぐにできることではない。この他にもまだリドス連邦王国ととロル星団の者たちとの違いがあるのだが、今はこれが精いっぱいの協力だった。

 一方グリンは、ダールマン提督のことを信じていないわけではなかったが、リドス連邦王国の提督とは言えどこまで一個人での裁量が許されるのか、不安があった。彼はリドスの政府からすべてを一任されているわけではないのだ。

 突然、グリンが聞いた。

「ダールマン提督。この我々との協力はリドス連邦王国ではどのように考えられているのでしょうか?」

「つまり、一提督の裁量を超えているのではないかというのだな。確かに、銀河帝国や新世紀共和国では一提督の裁量を超えているだろう。私はこのヘイダール要塞に関しては、私の判断で艦隊を動かすことを本国政府や艦隊司令部から許可されている、と言えばいいのかな?」

「ですが、我々は国として認められた集団ではありませんし、リドス連邦王国と同盟関係にあるわけでもありません。それなのに、なぜ、協力してくれるというのでしょうか?」

「それは、ダルシア帝国の現在の代表、タリア・トンブンにも聞いてみるがいい。ダルシア帝国がなぜ、この要塞に協力するのか?ここにタレス連邦のタリアの知り合いがいるからか?それだけで、ダルシア艦隊を動かすことがなぜできるのか、と……」

「タリア・トンブンについてはある程度理解できます。この要塞にいるタレス人はあなたの言っているように、タリアの仲間です。それに、ダルシアの代表としてかのダルシアンとか言う本国の制御システムを説得したのだと思われます」

「さあ、それがダルシアにとって何の得になる?」

「それは、わかりません。わかりませんが、……」

 クルム司令官代理は、咳払いをして言った。

「二人ともその話は、またにしてもらおう。連中が通信を再開してくるだろうからな」

 グリンはその言葉に不満ではあるが、当面の問題を解決するために黙った。ダールマン提督の方は、特に不満そうではなかった。

「今、リドスの艦隊から連絡があった。グーザ帝国の百隻ほどの小艦隊が、こちらに向かっているらしい」

「では、そちらはリドスの艦隊に任せることにする。オルレイア号からの通信は、まだか?」

「今、通信がきました。スクリーンに出します」

 スクリーンにオルレイア号の船長、オルノ・ゾラの姿が映った。

「司令官代理、政治犯の名簿の件ですが、彼らと協議した結果、そちらにお送りすることにします」

「そうか、それはありがたい」

「では、我々の入港の許可を申請致します」

「わかった。まず、その名簿が来てから返事をしよう」

「では、送ります」

 オルレイア号から、通信で乗船している政治犯の名簿が送られて来た。その名簿がスクリーンに写しだされた。

 クルム司令官代理は知っている名がないかと、目を皿のようにして見た。

「私にはわからないが、誰か知っている名があるだろうか?」

と、クルム司令官代理は司令室の他の者たちに聞いた。

 パッと見て、元新世紀共和国から来た者たちは、その名簿の中に彼らの知っている名がたくさんあるのに気づいた。それはまるで、将官級の名簿のような感じだった。彼らが首都を出てから何が起きたのだろうか。突然帝国の総督府は元新世紀共和国の軍の高官を弾圧したのだろうか。ただ、その名前から見て、彼らはかなりの高齢のはずだった。何か事を起こすには、やはり若い者の方が可能性は高いだろう。だとするとこれは、本物だろうかと言う疑いが彼らの脳裏に浮かんだ。

「私たちが首都ゼンダを後にしてから、だいぶ経ちます。あの後、現地の帝国から来た総督に対する暴動などが起きたようですので、政治犯がいるとは思うのですが、その名を見ただけではわかりません」

と、ブレイス少佐が言った。すぐにその名簿を信じるわけには行かないのだ。

「そうだな、ゼンダに帝国の総督府が出来てからのことは、我々ではわからない」

と、ディポック提督も慎重に言った。

「それなら、カトル・ファグル元帥に聞いてみたらどうでしょうか?」

と、ダズ・アルグ提督が言った。

「それもいいかもしれんな」

と、ダールマン提督が言った。

「しかし、……」

 突然要塞司令官を解任されたカトル・ファグル元帥が、果たして司令室の者たちに親切に教えてくれるかどうか、クルム司令官代理には不安だった。

「大丈夫でしょう。カトル・ファグル元帥はそんなことで不快に思うことはないと思います」

と、ディポック提督が言った。

「ともかく、ここへ呼んだらどうだ?」

「わかった。そうしよう」

 不安を打ち消すように、クルム司令官代理は言った。



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