ダルシア帝国の継承者
298.
ヘイダール要塞にナンヴァル連邦の高速艦ゼルアナン号が再びやって来たのは、二日後だった。
「こちらはゼルアナン号艦長デル・タトール・ナン。要塞司令官代理に話がある」
と、通信してきた。
「こちらはヘイダール要塞司令官代理クルム少佐だ。ゼルアナン号、要塞に再訪とはどんな用事だろうか?」
と、警戒しつつクルム司令官代理が言った。
「今度はガンダルフの五大魔法使いの『大賢者』レギオン殿に会いたい」
「レギオンだと?」
ゼルアナン号の艦長がその名を出してきたので、クルム司令官代理は一瞬どう返事をすべきかと迷った。
「なぜ、レギオンがこの要塞にいると思うのだ?」
そのようなことは以前会った時に言った覚えはない。とすれば、宇宙都市ハガロンで何か噂を聞いたのだろうかとクルム少佐は思ったのだ。
「銀の月がヘイダール要塞にいるならば、『大賢者』たるレギオン殿も居られるが通り。是非とも会いたいのだ」
もっとも、レギオンであるダールマン提督が自分の存在を隠すように言っているわけではない。だが、相手の意図が分からないので、クルム少佐もそう簡単にいるとは言えなかった。
「レギオンが要塞にいるかどうかはともかく、何の用で来たのか聞こうではないか」
「もちろん、あの闇の魔法の封印が解かれたということについて、そのために生じる災厄について聞きたいことがあるのだ。レギオン殿なら、銀の月よりも詳しく知っていると思われるからだ」
「そう言われても、……」
クルム少佐は、珍しく優柔不断な態度を見せた。ジル星団の魔法使い達については、よくわからないことが多いのだ。
それを見て、顧問として司令室にいたディポック提督が言った。
「レギオンがいるかどうかは別にして、元銀河帝国のダールマン提督は居ると答えたらどうでしょうか?彼に会いたいというのなら、特に断る必要はないでしょう」
「なるほど。それもそうだ」
ただ相手はダールマン提督が、ガンダルフの魔法使いの『大賢者』レギオンであると知っているとは限らない。
「ガンダルフの魔法使いのレギオンが要塞にいるかどうかは、私は答えようがない。だが、元銀河帝国のダールマン提督ならいるが……」
と、クルム少佐は澄まして言った。
「ダールマン提督?その、彼は確か銀河帝国の大逆人ではないか?我々が会いたいのはガンダルフの魔法使いのレギオン殿だ」
その様子ではナンヴァル連邦の高速艦のゼルアナン号の艦長は、まだダールマン提督がレギオン本人であると言うことは知らないようだった。
「ちょっと、待ってほしい……」
と、通信を切ったゼルアナン号艦長デル・タトール・ナンは、魔法使いのキリュー・ガルト・トーラを振り向いた。
「どうしますか?」
魔法使いのキリュー・ガルト・トーラは、要塞の司令官代理の返答を妙に思った。
「我々が会いたいのはレギオン殿ですが、向こうは元銀河帝国のダールマン提督ならいると言う返事ですね。どうも変だ」
「銀の月は、元銀河帝国の軍人だということでした。だとすると、そのダールマン提督はもしかしたらガンダルフの魔法使いかもしれません。今世の名がダールマンというのではないでしょうか?」
「しかし、あまりにも悪い噂のある人物ではありませんか?銀河帝国の大逆人だとか言うのでしょう」
「そうですね。大逆人と言うのは銀河帝国では皇帝陛下かまたはその一族の暗殺を企んだ人物を指すようです。そんな人物が『大賢者』レギオン殿であるでしょうか?」
「では、聞いてみたらどうでしょうか?銀の月とどのような関係にある人物か」
「関係があれば、レギオン殿だと断定してよいと言うのでしょうか?」
「そのダールマン提督とか言う人物が本当に大逆人と言われるだけのことを起しているかどうか、いや、そう言えば前に来た時その話をしていませんでしたか?」
その時、二人は前に要塞に来た時に銀河帝国の大逆事件についての話が出たことを思い出した。ダールマン提督とはその大逆事件の中心人物であり、大逆人として銀河帝国から追われている者だ。その時はダールマン提督とは言わずに、ただレギオンと言っていたのではなかったか。
レギオンと言う名が出たのに、何となく聞き流してしまったのだ。だとすると、ダールマン提督がレギオンだという確率は高い。
「なるほど、そうかもしれません」
と、ゼルアナン号艦長デル・タトール・ナンは言った。
そして、了解したという通信送って、再びゼルアナン号はヘイダール要塞へ入港することにした。
「どうします?」
と、銀の月が聞いた。
レギオンの城では司令室の一部始終を、書斎のスクリーンから見ていたのだ。そこには銀の月の他に、ヘイダール伯爵もいたし、銀河帝国の前王朝の亡き皇帝陛下、それにナンヴァル連邦の亡き前調整官、ダルシア帝国の亡きコア大使がいた。
「……」
ダールマン提督――ガンダルフの五大魔法使いの一人である『大賢者』レギオンは、黙って何かを考えていた。
「ナンヴァルの魔法使いに遭われたらどうですか?」
「……」
「おそらく、要塞に戻って来たのはハガロンの惑星連盟のナンヴァル大使が彼の話を信じなかったからでしょう。もちろん、他の白魔法使いへは知らせが回ったと思いますが、彼は進退窮まった状態なのでは?」
「……」
「このまま惑星ロギノスの人々、中でもジル星団の各国の大使、その大使に付き添っている魔法使い達を見捨てるわけには行きますまい」
「……」
だが、レギオンの様子に変わりはなかった。銀の月はため息をついて、他に助言を求めるように周囲を見回した。
そこへ、突然ガンダルフの五大魔法使いの一人である、『女賢者』という異名を持つフェリシア・グリネルダ―—チャーミー・ユウキ、ハガロン駐在大使の姿が現れた。
「いつまで、黙っているつもり?」
「……」
「あなたらしくないわね。あの魔法使いはかつてのあなたの弟子の一人ではなかったの?分かっているのでしょう?」
「……」
だが、ダールマン提督――レギオンは黙っていた。
ナンヴァル連邦の高速艦ゼルアナン号の艦長と魔法使いのキリュー・ガルト・トーラは、要塞司令室へやって来た。
「それで、ダールマン提督というのは、どなたのことですか?」
と、キリュー・ガルト・トーラは聞いた。
ここで困ったのはクルム司令官代理だった。ゼルアナン号の艦長にダールマン提督に会ったらどうかと言ったのだが、要塞にいるはずの肝心のダールマン提督と連絡が付かなかったのだ。
「それが……」
と、言い訳をしようとした時、彼らの前にチャーミー・ユウキが現れた。
「ごきげんよう。私は、ガンダルフの魔法使いフェリシア・グリネルダと言う者です。レギオンからの言葉を預かって来ました」
「フェリシア?ガンダルフの『女賢者』と言われた魔法使いがあなたなのですか?」
フェリシア・グリネルダと名乗った人物は、まだ大人とは思えない少女だった。ガンダルフの『女賢者』と言われるフェリシア・グリネルダはいつも老女の姿で現れることが多い。レギオンと同じくらい年老いた魔法使いだとも言われている。それとは逆に、銀の月はいつも若い騎士のような姿で現れるのだ。だから前に要塞に彼らが来た時、若い銀の月と会っても誰も怪しまなかった。
「そうね。私は、今回はまだ若い姿をしているので、あなた方は信じられないというのですね」
「いえ、そのようなことは有りません、ご本人の言葉であるのなら、信じましょう」
と、慌ててキリュー・ガルト・トーラが言うとゼルアナン号の艦長も頷いた。
「それで、レギオン殿は何とおっしゃったのでしょうか?」
「わが城にて待つ、と言うことです」
「すると、やはりここにレギオンの城があるのですね。健在だということですね」
「白魔法使いであるなら、ご自分で探しに行くことが出来ますね」
「それは、私に対する試し、と言うことでしょうか?」
「それは、ご自由に考えて構いません」
「わかりました」
魔法使いキリュー・ガルト・トーラは、目を閉じると心の中にレギオンの城を思い浮かべた。そして、その城に自分が入って行く様子をしっかりとイメージした。
すると、しだいにキリュー・ガルト・トーラの姿が消えて行った。傍でゼルアナン号の艦長が驚いていた。司令室の誰もが、それを同じ驚きを持って見ていた。
「何が起きているのだ?」
と、クルム司令官代理が聞いた。
「ナンヴァルの魔法使いは、レギオンの城の入り口を探しに行ったのです。おそらく、彼は今、レギオンの城の門の前に立っているはずです。それに気が付くかどうかはわかりませんが……」
「フェリシア殿。レギオン殿はキリュー・ガルト・トーラに何を望んでおられるのでしょうか?」
と、ゼルアナン号の艦長が心配そうに聞いた。突然やってきて、レギオンに会いたいなどという魔法使いに彼がどんな態度を取るのかわからなかった。『大賢者』レギオンに関する昔ながらの言い伝えを思い出し、急に心配になった。キリュー・ガルト・トーラがレギオンの試しに遭うのを不安に思ったのだ。無事に済めばよいのだが、それもレギオンの機嫌次第だと聞いたことがあるのだ。
ガンダルフの五大魔法使いの『大賢者』レギオンはどんな種族よりも年寄りで、頑固で、偏屈だという噂があった。彼の意にそわないことがあると、動物に姿を変えられてしまうのだという言い伝えもある。その魔法の力はジル星団のどの魔法使いよりも強く、持っている呪文も限りない。何しろ、自ら呪文を綴る魔法使いなのだ。
それと比べれば、銀の月は非常に紳士的だと言われており、フェリシア・グリネルダも親切な魔女だと言われていた。
「さあ、それは私にはわかりません。それよりも、クルム司令官代理、フェリスグレイブの部下たちを元に戻すことができそうです」
「それは、助かる」
「どうやって戻すのです?あなたの魔法で、ですか?」
と、ダズ・アルグが聞いた。
「いいえ、リイル・フィアナの魔法はアルフ族のもの。私では少々てこずるので、助けを呼びました」
「フィアナ提督の他にはアルフ族はもういないと言うことではないですか?」
「ええ。だから、レギオンの城の客人に頼みました」
と、チャーミー・ユウキは答えた。
司令室から姿を消した魔法使いのキリュー・ガルト・トーラは、忘れていたことを思い出した。それは、ガンダルフの五大魔法使いの内最大の魔法使いであると言われている、『大賢者』レギオンのジル星団での言い伝えである。
レギオンはガンダルフの五大魔法使いの内最年長で、最大の魔力を持ち、唯一呪文を綴ることのできる魔法使いであると言われていた。レギオンは年寄りの御多分に漏れず、非常に頑固で気難しい。歳が多いだけ、それが一番の難所であると言われていた。昔から、『大賢者』レギオンの噂を聞き、弟子のなろうとした魔法使いは多い。だが、本人の所にたどり着き、弟子になったという者は数少ない。
まず、会うのが非常に難しかった。どこにいるか、誰も知らないのだ。昔からよく言われているのは、この宇宙のどこかに『レギオンの城』があり、そこにいると言う噂だ。そもそも、それがどこなのかわからない。運よく探し出しても、弟子になるための「試し」に遭い、それに失敗するのがほとんどだと言うのだ。
今回は珍しく、『レギオンの城』があると言われている場所に、どうやら運よく来ることが出来たようだった。というのもその場所は、銀河帝国が建設したヘイダール要塞らしいからだ。もちろん、ヘイダール要塞と『レギオンの城』は別物だ。だが、昔から『レギオンの城』はこの世ではない空間に存在していると、不思議な言われ方をしていた。今は、キリュー・ガルト・トーラにはそれがどういうことかわかる。
ジル星団ではダルシア帝国や古い国々以外の多くの国でも科学技術や知識が進み、空間は次元という種類で幾つもの多重構造であるということがわかってきたのだ。以前は学者しか知ることがなかったのに、そうした知識が一般に知られてきていた。魔法使いはどちらかと言うと科学技術や知識を軽んじる傾向があるが、一般に知識が広まるにつれ、魔法使いもそうした知識が常識になったのだ。その知識から推測すると、ヘイダール要塞と『レギオンの城』が同じ場所を占めていてもおかしくはないのだ。
299.
目を開けると、星々の輝く宇宙空間にキリュー・ガルト・トーラは浮かんでいた。
一瞬、これはどうしたことかと思ったが、宇宙船で見る通常空間の光景を覚えているので、彼はただそれを眺めていた。こんな時に狼狽えて騒いでもどうしようもない。それに、本当に自分が宇宙空間に漂っているのなら、すでに命がないはずだった。真空の宇宙空間に肉体が、例え竜族の肉体であっても耐えられるはずがない。と言うことは、ここは三次元の宇宙空間とは違うのだ、と彼は思った。
「お前は、何のために来たのだ?」
という声が、どこからか聞こえて来た。特に大きくはなく、さりとて聞こえない程小さくはない。
「私は、闇の魔法に覆われた銀河帝国の帝都ロギノスに置いて来てしまった、わが同朋やナンヴァルの大使を何とか助け出したいと思っています。だが、今の私にはその力はない。どうすれば、闇の魔法に打ち勝つことができるのかわからないのです。それに、言い伝えにある闇の魔法が蘇った時に起きる災厄がどんなものであるか、私は知りたい。どうすれば、その災厄からわがナンヴァル、いやジル星団の人々、ひいてはこのふたご銀河に住む生きとし生ける者達を助けることが出来るのか、それが知りたいのです」
「おまえは、白魔法使いとして宣誓を為したことを覚えているか?」
「覚えています。私は、正式に魔法使いの修行に入る時に、魔法を自分のためだけではなく、他の人々のためになることに使うということをレギオンあなたの名と我がナンヴァルの神々の名のもとに宣誓しました。私はこれまで、その宣誓に従って、魔法を使って来たのです」
「これからも、それを誓うか?」
「もちろんです。今でも、その誓いは違えるつもりはありません。これからも一生それを守っていくつもりです」
「それならば、わが城に来ることができるであろう。心の中で、その宣誓をもう一度するがいい……」
その声は、もう聞こえては来なかった。
キリュー・ガルト・トーラは、心の中で改めて、かつてした白魔法使いとしての宣誓を再び心を込めて宣言した。
「甘いな!」
と、ヘイダール伯爵が言った。
「まあまあ、いいではありませんか」
と、銀の月がとりなすように言った。
昔のレギオンであったなら、もっと多くの課題を出し魔法使いを試すのだが、今回は珍しく簡単に終わらせたからだ。
「あいつは、帝都ロギノスから自分の判断で戻って来た。そして、ハガロンでナンヴァル大使の反対に遭っている。それなのに、再びここへやって来た。それで十分だ」
と、レギオンは言い訳するように言った。
それに元々試しというのは、相手を試すというよりもレギオンの退屈しのぎという理由で課されるものだからだ。すでに、その魔法使いがレギオンに会いたいと欲することが会うための十分な条件であるのだ。
「それに、今回は遊んでいる時間などない」
それでもキリュー・ガルト・トーラは最後の関門に直面しなければならない。レギオンの城の門を探すことである。
ナンヴァルの白魔法使いキリュー・ガルト・トーラは、あたりを見回した。そこはヘイダール要塞の中にある公園の中だった。
「ここは、要塞の中なのか?」
不思議そうに見ていると、公園の池の傍に要塞の士官らしき人物が寝そべっているのに気づいた。その横に小動物がちょこんと座っていた。その猫が、キリュー・ガルト・トーラの方を見た。
「君!」
と、キリュー・ガルト・トーラは呼びかけた。
すると猫がこちらを向いた。士官は目を開けて、キリュー・ガルト・トーラを見ると大きく目を開けて起き上がった。初めてではないにしても、竜族であるナンヴァル人を見たらロル星団の者は誰でも驚く。
彼は、ブルーク・ジャナ少佐だった。非番でのんびりと公園の池の淵で寝そべっていたのである。もとより彼は仲間のフェリスグレイブの部下たちが、リドスのリイル・フィアナ提督によって猫にされたことなどは知らない。非番なので通信機を部屋に置いて来たのである。
「お前は誰だ?ここで何をしている」
と、ブルーク・ジャナ少佐が見かけない竜族を警戒して言った。
「私は、ナンヴァル人の魔法使いキリュー・ガルト・トーラと言う者だ。実は、レギオンの城の門を探している。どこにあるか知らないか?」
「レギオンの城の門ですって?」
と、猫が言った。
猫が話をするのを奇妙に思いながらも、
「そうだ。君は知っているか?」
と、今度は猫に聞いてみた。
「あなたは、何をしに来たの?」
「ガンダルフの五大魔法使いの一人、『大賢者』レギオン殿に会いに来たのだ」
「ふうん。それで、何のために会いに来たのかしら?」
「それは、……」
こんな場所で、レギオンに会いに来た理由を言うべきだろうか、とキリュー・ガルト・トーラは迷った。
「うちの司令官はそれを知っているのか?」
と、それまで黙っていたジャナ少佐が聞いた。
「もちろんだ。要塞には司令官代理の許可を得て入ったのだ」
「わかったわ、あなたは闇の魔法に覆われた帝都ロギノスから逃げて来た魔法使いでしょう?」
と、猫が言った。
「そ、そうだ。私は、逃げて来たのだ。私の力では闇の魔法には無力だからだ」
「へえ、白魔法使いにしてはなかなか素直ね」
「頼む。レギオンの城を知らないか?」
「魔法使いなら、自分の胸に手を当てて御覧なさい。素直に、そして自分の望みを正直に、心の中で言うのよ」
「あなたは魔法使いなのか?」
「まさか、私は魔法使いじゃないわ。彼も違うわ」
キリュー・ガルト・トーラは他に方法がないので、猫の言う通りにしてみた。すると、
「あれは、何だ?」
と、ジャナ少佐が声を上げた。
振り返ると、そこに大きな城門が出現していた。
「あんなもの、これまでなかったぞ」
「あら、ずっとあそこにあったわ。ただ、普通は見えないし、触ることができなかっただけ。今は、このナンヴァル人の魔法使いが彼の望みの力で実体化しただけだわ」
「これが、レギオンの城の門なのか?」
大きな門だった。要塞の天井を突き抜けそうな程大きなものだった。それが公園の中にあるのは、何だか変だった。大きさがバランスを欠いているのだ。
「さあ、時間がないわ、魔法使い。さっさと行きなさい。門の向こうでレギオンが待っているわ」
キリュー・ガルト・トーラは猫と士官に別れと告げると、レギオンの城の門に向かった。
レギオンの城の門はキリュー・ガルト・トーラが近づくと、ゆっくりと開いた。
中には白い道が続いていた。その道を振り返らずに彼は進んだ。その道の先に見えるのがレギオンの城だろうと思われた。見た目は遠かったが、歩いて行くといつの間にか城の入り口である大きな扉の前に来ていた。
「お前は誰だ?」
と、誰何する声が聞こえて来た。
「私は、ナンヴァルの白魔法使いキリュー・ガルト・トーラと言う者です。ガンダルフの魔法使い『大賢者』レギオンに会いに来ました」
すると、城の大きな扉が静かだが、重々しく開いて行った。
城の大広間があるのかと思いきや、そこは本が山のように積まれた書斎の真っ只中だった。部屋の中央には楕円形のテーブルがあり、そこに白いマントを頭巾のように頭から被った数人の魔法使いのような者たちが、座っていた。
「キリュー・ガルト・トーラというのは、お前か?」
と、そのうちの一人が言った。
声の主は頭巾から顔を出していた。歳はまだ若い。魔法使いと言うよりは、精悍な顔をした軍人と言った雰囲気の人物だ。
「そうです。私がキリュー・ガルト・トーラです。あなたは、誰ですか?」
「私がお前の会いたがっていたガンダルフの魔法使い、レギオンだ」
と、彼は名乗った。
キリュー・ガルト・トーラは驚いていた。レギオンに遭えたと言うことよりも、彼の見かけの若さに驚いたのだ。言い伝えに寄れば、レギオンはガンダルフの魔法使いの中でも一番年寄りのはずだった。だが、レギオンと名乗った人物はどう見ても青年としか思えない。もしかしたら、自分よりも若いかもしれなかった。
「私の姿が若いと思って、驚いたのか?」
「い、いえ、その、そうです。レギオン殿はもっと高齢の方かと思っていました」
「私は銀河帝国の生を受けて、帝国の年齢では三十を少々超えたくらいの歳だ」
「それでは、私よりも若いのですか?」
「そうだ。それでは不服か?」
「そんなことはありません。肉体年齢とこれまでの魔法使いとしての年齢と経験は別なものです。ただ。言い伝えと違うので戸惑っただけです」
「そうだ。それはお前も同じだ」
「いえ、私には過去世の記憶などありません」
「それで、お前は私に何を求めているのだ?」
「私は、闇の魔法に対しては無力です。恥ずかしながら、私はナンヴァルの大使を見捨てて、自分だけ逃げて来たのです」
「だが、そのことでジル星団の他の白魔法使いは、闇の魔法から逃れることができたのではないか?」
「いいえ、それは結果として、です。銀河帝国の帝都が闇の魔法に覆われていると知った時、私はすぐさま逃げました。それが情けないのです」
「それは単に、自分の力量を知っているということだろう。お前がここに来たのは、闇の魔法に対抗できる魔法を求めてではないのか?」
「そうです。ですが、私にその資格があるのかと疑問を感じているのです」
「そのようなことで自分を責めることはあるまい」
と、頭巾を被って座っている者の一人が口を挟んだ。
「誰でもお前と同じことをするのではないか?それに、そのまま逃げ去ることもできたはずだ。それがなぜ戻って来たのだ?」
と、別の一人も言った。
「もし、私にできることがあればしたいと思ったのです。ただ、情報を持って帰っただけではあまりにも情けないと思ったのです」
「自分のことをさげすむのは止めることだ。必要なのは、闇の魔法に対抗できる力を付けることではないか?」
「私にその資格があると?」
「誰にでも、どの魔法使いにもそれはある。そうしたいと思うならばな」
と、若きレギオンが言った。
「わかりました。レギオン殿のお許しがあるのならば、私はその力を身に付けたいと存じます」
と言った途端、キリュー・ガルト・トーラの周囲が突然変化した。彼が今いるのは、星々の輝く宇宙空間だった。
「ふん。肝は据わっているようだな。今から新しい呪文をお前に授けよう。だが、その前にこれまでお前がナンヴァルで学び、使って来た呪文をここで唱えてみてもらおうか」
と、レギオンは言った。
「私が、ナンヴァルの白魔法使いの呪文を使うのですか?」
「そうだ。私がナンヴァルで呪文を綴ってから、長い歳月が過ぎた。その間、その呪文が変化していないか見るために必要なのだ」
「変わっていたら、どうなるのです?」
「本来のナンヴァルの呪文を覚え直すのだ。それが大切なことだ。変わっていると、呪文の効力に影響がでるのだ」
キリュー・ガルト・トーラはこれまで彼の覚えて来たナンヴァルの白魔法の呪文を一つずつ、レギオンの前で唱えてみた。簡単な呪文から長い難しい呪文まで、数百もの呪文がある。彼は、自分の覚えているものを全て唱えて見た。
若いナンヴァルの白魔法使いの呪文を聞いているレギオンの表情が次第に変化した。大体は昔のままなのだが、どうも妙な員が混じっているような気がした。
魔法の呪文は古いものは、何千万年も前のものもある。そうした古い呪文は忘れられているが、それが新しい呪文と混じり合うこともある。新しい呪文というのは数千年前から数百年前のモノである。だが、生きている魔法使いにとっては数千年や数百年と言う時間は、すでに古いという言葉の概念の中にある。したがって、純粋な呪文を残すのは難しい。
レギオンはキリュー・ガルト・トーラの呪文を、本来の正しいものに直すことが重要だと考えていた。それが闇の魔法に対する一つの対抗手段になる。正しい呪文は闇の魔法を使う連中には邪魔しにくい。彼らは彼らの呪文を使うのだが、その呪文はすでに変容した不確かなものになっているのだ。不確かな呪文は弱い効果をもたらす。本来の正しい呪文にはかなわないのだ。
そして、新しい呪文はこれまでと違ったスケールのものだ。作られた核が、ガンダルフのモノともアルフ族のモノとも違う。リドス連邦王国の王族は他の、それも遠くの銀河からやって来た人々だった。彼らの助力で綴られた呪文は、これまでとは違うものになっていた。
300.
宇宙都市ハガロンでは惑星連盟の議長が、銀河帝国の新大使付きのナンヴァルの白魔法使いが逃げ戻ってきたことに対して、まだ憤慨していた。
「どうかされたのですかな?」
と聞いたのは、ゼノン帝国の惑星連盟大使だった。
「いや、それが、……」
と、言いにくそうに議長は言った。
「そう言えば、ナンヴァルの高速艦が先日来ていたようですな」
「そうなのだ。まったく、困ったものだ。銀河帝国の新大使に付いて言った白魔法使いが、何を思ったのか舞い戻って来たのだ」
「ハガロンの中にも噂が広まっております。あの帝都ロギノスが大昔の言い伝えにある闇の魔法を封印した惑星だと……」
「もう、ゼノン帝国大使まで知っておいでか」
「まだ噂ですから、しかし各国の白魔法使いには廻状が回っているのではないでしょうか?」
ゼノン帝国は魔術師はいるが、白魔法使いはいない。だから、ナンヴァルの大使である惑星連盟の議長から事実を聞き出したいところだ。
「帝都ロギノスから逃げかえって来たのです。臆病な魔法使いで、ただ、あの者の話が本当かどうかは疑問が残るところだ」
「なぜでしょうか?」
「他の国の魔法使いから、銀河帝国の帝都についてそのような話を聞いたことがないのだ。だから、検証できないのだ」
「ですが、白魔法使いは、嘘は付かないと言われております」
「そのようなこと、大昔の話でしかない」
まるで今は違うとでも言いたげだった。
だが、ゼノン帝国大使は違う意見を持っていた。白魔法使いは嘘を付かない。だが、何も言わないことで隠すことはできる。
魔術師などは、嘘など専売特許である。彼らが嘘は付かないと言っても信じる者はいない。余程忠誠心のある者や特定の欲求を満たす場合は別にして。ゼノン帝国では自国の魔術師の頂点に立つ宮廷魔術師と名乗る資格がある者達は、帝国に忠誠を誓っていると一応考えている。なぜなら手柄を上げれば宮廷魔術師としての地位があがり、ゼノン帝国での魔術師の頂点と言われる統轄大魔術元帥となり、魔術師たちを支配することができるからだ。
「その白魔法使いは他に何か言ってはおりませんでしたか?」
「いや、特には。すぐに追い返したので……」
ハガロンの他国の白魔法使いに回った情報によると、帝都ロギノスが伝説の闇の魔法を封印した惑星であるというだけではない。その闇の魔法の封印が解かれたことを意味する、黒い大きな骸骨が惑星ロギノスを覆っているというのだ。
さらに、かのヘイダール要塞付近ではジャンプ・ゲートを使った宇宙船の航行は現在不可能になっていると言う定かではない情報もある。
「議長。ヘイダール要塞についてその白魔法使いは、何か言ってはいませんでしたか?」
「ヘイダール要塞?いや、そのことについては何も言ってはいなかった。何しろ、私がすぐに帝都の新大使の元へ戻るように命じた故、他には何も言わずに戻っていったのだ」
ナンヴァルの惑星連盟大使は、ナンヴァル人にしては珍しく気短な人物だとゼノン帝国大使は思った。とは言え、あまり賢いと彼も困るのだ。こちらの思う通りに動かすことができなくなるからだ。
「失礼ですが、議長は白魔法使いをあまり信用されないようですな」
「あの連中は、大層に古い呪文などを使うが、大したことはできないのだ。ゼノン帝国の魔術師の方が優秀だと私は考えている。ナンヴァルの新調整官閣下も、それは私と同じ思いだろう」
これまで古い国々の中では、魔術師よりも白魔法使いを信用することが当然と思われていた。だから、そのような考えを持つのは珍しいと言えた。しかし、それはもしかしたら他の国においても同じかもしれない。
「それは、我が国の魔術師に対して過分な評価だと思いますが……」
「実は私も、従者として魔術師が欲しいと思っているのだが……」
ナンヴァル連邦の政府は、政府が派遣する大使には白魔法使いを付けるのが習慣だった。それが魔術師に替わることはありえなかった。調整官や大使が自分の意見で勝手にそれを変えることはできない。
「それならば、いい考えがあります。友人として傍に置くことは出来ましょう」
「それは言い考えだ。それなら、我がナンヴァル政府も文句は言うまい。いや、だが魔術師というのは雇うのに、どの程度の金が必要なのだろうか?」
「それは、ご心配には及びません。私の知り合いを来させましょう」
「ありがたい!」
これは面白いことになった、とゼノンの大使は思った。
ジル星団の魔法使いには、白魔法使い、魔術師、魔導士という区別があった。
白魔法使いは、ガンダルフの『大賢者』レギオンが綴った魔法の呪文の大系を学んだ者達である。魔術師はかつて白魔法使いであった者が、闇の魔法と言われる呪いを使うようになった者たちである。魔導士というのは、魔術師が更に闇の魔法を研鑽し、悪しき呪法を使うようになった者たちを指す。
白魔法使いは正当なる魔法使いであり、その魔法は人を助け、幸福にするために使うことを誓った者たちだった。すなわち火や水や土や風の精霊たちの力を呪文によって借りることで、人々の役に立つ魔法を使うことを誓ったものである。彼らは、所謂病気や怪我の治療にも大きな力を持つと言われていた。
魔術師は白魔法使いとして人に役に立つ力を使うと言う宣誓をしたにも関わらず、その本人の性格の所為か闇の魔法に引かれて行き、人を呪って病気にしたり、死なせたり、不幸にすることに手を染めた者である。
魔導士というのは、もちろん最初は白魔法使いとして修業し宣誓をしたが、魔術師よりも更に悪しき所業をなすために魔法を使う者達である。彼らは悪しき呪法を紡ぎ出し、ガンダルフの魔法の呪文を超えたと豪語していた。
特にジル星団の古い国々以外で、宇宙文明が興隆し、宇宙で魔法を使うようになったため、白魔法使いの力では足りぬとして、魔導士が増えて行くことになった。なぜなら、白魔法使いでは宇宙艦隊の敵の艦への攻撃については、艦の持つ兵器の力を増幅させるくらいの力しかない。しかし、魔術師や特に魔導士になると科学技術で作られた兵器の力を増幅させるだけではなく、艦に搭載された兵器とはまったく別の攻撃力を呪文によって持たせることが可能だったからである。
ヘイダール要塞ではナンヴァルの高速艦ゼルアナン号の艦長デル・タトール・ナンが、今さっき姿を消した白魔法使いキリュー・ガルト・トーラについて、クルム司令官代理に話をしていた。
「すると、彼はナンヴァルでもかなり強い力を持った魔法使いということか……」
「そうだ。ナンヴァルでは魔法使い自体が減って来ているのだが、その中でも若く力のある魔法使いなのだ。だからこそ、銀河帝国の新大使付きに選ばれたということだ」
「その魔法使いが逃げ戻るほどのことが、帝都ロギノスで起きているということか」
「そうとしか思えない。だが私は魔法使いではなく軍人なので、魔法については詳しくはない」
「しかし、これからどうするつもりだ?宇宙都市ハガロンの大使に帝都に戻るように命じられたそうだが、このままでは帝都に行くわけにも行くまい」
「ともかく、それについてはキリュー・ガルト・トーラがレギオン殿の所から戻って来てから考えるつもりだ」
すると、二人の前に頭からすっぽりと白いマントを身に付けた人物が現れた。
「こ、これは?」
と、ゼルアナン号の艦長デル・タトール・ナンが驚いて言った。
すると、白マントの人物は頭からマントを取り、
「艦長、私です。キリュー・ガルト・トーラです」
と、言った。
「おお、それではレギオン殿に遭うことはかなわなかったのですか?」
「いえ、レギオン殿に遭うことが出来ました。その上、私は新しい呪文を授かることができたのです」
「何と?まだ、あなたが消えてから左程時間が経ってはいないのですが……」
「本当ですか?」
と、キリュー・ガルト・トーラはクルム司令官代理にも聞いた。
「そうだ」
「そうですか、ではそれほどに時間が切迫しているということだと思います」
「なるほど、これも魔法か……」
「レギオン殿は私に、これまで魔法の呪文として考えられていた以上のものを授けてくれました。それを使って、帝都ロギノスの仲間を助けるつもりです」
「すると、闇の魔法に覆われた帝都ロギノスに行くというのですか?」
と、ゼルアナン号の艦長デル・タトール・ナンが聞いた。
「そうです。そうすればわが大使だけではなく、ジル星団から来た人々や帝国の人々の役にも立つことになります。それがおそらく、新しい呪文を授けられたレギオン殿の意にかなうことだと思います」
「わかりました。それほど言うのなら、帝都へ行きましょう。では、クルム司令官代理、わがゼルアナン号の出航許可を願いたい」
「わかった。許可しよう」
と、クルム司令官代理が言った途端、魔法使いキリュー・ガルト・トーラとゼルアナン号の艦長デル・タトール・ナンの姿が消えた。彼が驚いていると、
「司令官代理、ナンヴァル連邦の高速艦ゼルアナン号が出航していきます」
と、通信員が振り向いて言った。
「わかっている。私が許可した」
と、クルム司令官代理が言った。
レギオンは城の書斎でゼルアナン号が出航していくのを見ていた。
「大丈夫かのう……」
と、心配そうにヘイダール伯爵は言った。
ヘイダール伯爵は書斎の大テーブルに頭巾を被って座っていた者の一人だった。
あの若い魔法使いは先ほどまでこの書斎に居て、レギオンから数多くの新しい呪文を学んでいたのだ。それが終わったと思ったらすぐに出て行くとは、本当に大丈夫かと他人事ながら、彼は不安を覚えたのである。
「やつはあれでも、かつてはナンヴァル一の白魔法使いとして名を成したことがある」
と、レギオンが言った。
「ほう、つまり過去世のことか?だが、今の本人はそのことは知るまい」
「過去のことを思い出している方がいいのか、悪いのか私にはわからないが、現在の状況では知っていた方があの者の力になるのではないか?」
と、コア大使が言った。
これは非常に重大な問題なのだ。
この世に生まれてくる生命体は、普通生まれてくる前のことは覚えていない。そう言うシステムになっているのだ。たまにそれを覚えている者もいるが、非常に少ない。もっとも、子供のうちにそれを思い出すことができる者は結構いるものだが、それも成長するに従って忘れて行くのだ。
過去世の記憶はあった方がいいのか、ない方がいいのかは人によって違うので一概には言えない。本人にとって心地良い記憶ならば覚えていた方がいいかもしれないが、かつての記憶と現実との違いに苦しむ場合もある。そしてその逆もあるのだ。いや、逆である方が多いかもしれない。だからこそ、新しい人生を歩むために、かつての記憶などない方がいいのだ。
だが、今回は本人にとってというよりもこの時代に起きる危機を回避するために必要なのではないかということなのだ。
「だが、それは我々が判断すべきことではない。彼自身が自ら判断すべきことだ」
と、レギオンは言った。
そう、すでにその導きになる知識は与えられているのだ。あとはそれに気づき、自らどう判断するかである。




