ダルシア帝国の継承者
295.
ジル星団の宇宙都市ハガロンに、ナンヴァル人の魔法使いキリュー・ガルト・トーラはやっと到着した。彼はすぐに惑星連盟の議長でもある、ナンヴァル大使マグ・ファルファドール・シャの所へ参じた。
「どうしたのだ?」
と、ナンヴァル大使は銀河帝国の新大使付きの魔法使いになったはずのキリュー・ガルト・トーラに聞いた。
突然やって来た本国の魔法使いに、マグ・ファルファドール・シャ大使は、戸惑いを見せていた。何のためにやって来たのか、想像がつかなかったからである。
「実は大変なことが起きています」
「大変なこと?」
ナンヴァルの大使は、キリュー・ガルト・トーラの緊張した面持ちとその言葉に心の中では驚いていた。だが、うわべだけは、それを見せないように気をつけていた。それにナンヴァルの大使の傍には、白魔法使いの姿がなかった。ハガロンのようなジル星団の外交の要の都市では、大使の傍に本国の選りすぐりの魔法使いや魔術師がいるのが当然だったのに。
「あの伝説の闇の魔法を封印した惑星がどこだかわかったのです」
「伝説の星だと?だが、あれはただの伝説ではなかったのか?」
と、内心ほっとしてマグ・ファルファドール・シャ大使は言った。魔法使いの不在を問われると思ったからだ。だが同時にキリュー・ガルト・トーラの言葉は、彼の思惑外の思いがけないことだった。キリュー・ガルト・トーラはそれに気づかないのか、それともそのことはこと挙げするほどでもないと思ったのかもしれない。
「そうではありません。本当のことだったのです。私は、銀河帝国の帝都ロギノスが闇の魔法に覆われているのをこの目で見ました」
「そんなばかなことがあるわけないではないか。あれが伝説でないとしても、確か何百万年も前のことだ。今更それが蘇ったとして、何が起きるというのだ?」
「伝説では、ロル星団に住むアルフ族が全滅したと伝えられています。そして、わがジル星団の惑星もかなりの数、人の住めない星になったと聞いています。それに、その災厄を防ぐために多くの魔法使いが、命を落としたと言われています」
「だが、もう何百万年も前のことではないのか?ナンヴァル人とて、これまでに何世代の生まれ変わりがあったというのだ?それなのに、まだそんな惑星が存在しているというのか?」
何百万年も前に起きたことは、もう済んだことだといいたげだった。マグ・ファルファドール・シャ大使には、想像もできないことだったからである。第一、伝説の内容も今日定かではないのだ。
だが、伝説では闇の魔法が蘇った時に、当時と同じことが起きるだろうと予言されていた。
「そうです。私はそれに気づいて、戻って来たのです。その上、闇の魔法は我々白魔法使いに悪影響を及ぼすからです」
「と言われているというだけだろうが!」
と、怒りを覚えてマグ・ファルファドール・シャ大使は言った。
それでなくとも、この宇宙都市ハガロンの状況はゼノン帝国とナンヴァル連邦の連携に不吉な兆しがあるのだ。ハガロンの住民たちは、すでにゼノンとナンヴァルの連合艦隊がヘイダール要塞に敗れたことを知っていた。口には出さないが、住民の惑星連盟に対する不信感が増している。それとともに、この都市に不況がやって来たのだ。
と言うのもゼノン帝国とナンヴァル連邦のやり方に不信や不満を覚えた国々が、大使を引き上げるなどの措置を始めているのだ。公然と大使を引き上げては問題になるのだが、大使が急病だとか次の大使の人選に手間取っているなどの文句の言えない理由を付けていた。大使がいなくなると、そのお付きの者達やその国の艦隊もいなくなるので、商品を購買する人口が減るのが原因だった。
「いいえ、それは事実です。私はその知らせをジル星団と惑星連盟に知らせるために戻ってきました」
「いいや、お前は不確かな言い伝えに怖れてロギノスから逃げ戻ったのだ。闇の魔法が蘇ったなどと言うのはお前の妄想であろう!」
「大使、それは言い過ぎではありませんか?私は白魔法使いです。嘘は付きません。魔法使いとして修業を始める時に宣誓をしました。わが生涯に置いて嘘は付かないと。白魔法使いとしてそれは重要なことです」
「だから、信じろというのか?」
「それだけではありません、我々白魔法使いはジル星団の危機に関わることには団結することも誓うのです」
「そのようなことは、たわごとだ。これまで私はそのようなこと見聞きしたことはない」
「大使、なぜ私の言葉を信じていただけないのでしょうか?」
「お前が、自分の任務を放って逃げて来たからだ。銀河帝国に駐在する新大使の補佐はどうするというのだ?お前がいないと困るのではないのか?」
「ですから、帝都ロギノスは今闇の魔法に覆われているのです。その影響はいずれ少しずつ現れてくるでしょう。そうなったとき、ジル星団の白魔法使いたちに影響が及ぶのを最小限に止めるためだけではなく、ジル星団を守るために、私は戻って来たのです。それでなくとも、白魔法使いは年々減ってきております」
それは事実だった。白魔法使いはどの国においても年々数が減少している。その代りに魔術師は増えているのだ。そのため、魔法を悪用するものが絶えない。ゼノン帝国では始めから魔術師なのだが、他の国で白魔法使いが魔術師に落ちることもあるのだ。そうなったら、本来の魔法使いの力が誤解されてしまう恐れがあった。
「お前は、それが最初から言いたかったのではないのか?自分が助かるために、戻って来たのであろう」
「違います。大使、どうかこのことをナンヴァル連邦の政府だけではなく、惑星連盟に所属するジル星団全域の白魔法使いに知らせてください。そうしなければ、白魔法使いは居なくなるだけではありません。ジル星団そのものの存亡にも関わる重大事なのです」
「お前の言うことが本当だと分かったならばそうしよう。だが、今はそのような世迷いごとを言っているのはお前の他にはおるまい」
「それは、……」
「さあ、早く銀河帝国へ派遣された大使の元へ戻るがいい。それでこそ、白魔法使いではないのか?」
キリュー・ガルト・トーラは、マグ・ファルファドール・シャ大使に言葉に納得できなかった。大使は自分の話を信じるどころか、誤解している。それだけではない悪意を持って曲解しているように思える。このまま帝国駐在大使の元に戻ることは彼の白魔法使いとしての寿命を縮めることになるだろう。それだけではない、この知らせがジル星団の国々に伝わらなければ、自分だけではなく、白魔法使いそのものがいなくなり、ジル星団の文明も終わることになるのではないか。
「わかました」
と、キリュー・ガルト・トーラは一旦返事をした。
どんなに説明しても惑星連盟議長であるマグ・ファルファドール・シャ大使には通じないことが分かったからである。これでは、ジャンプ・ゲートがヘイダール要塞付近で閉鎖されているという事実を告げても大使は信じないだろう。キリュー・ガルト・トーラは意気消沈して、宇宙都市ハガロンに駐機してある彼の乗って来た高速艦に戻ると、艦長に言った。
「ナンヴァル連邦へ向かってくれ」
その疲労したような表情を見て、
「マグ・ファルファドール・シャ大使は納得してくれたのですか?」
と、艦長は聞いた。
「いいや、私では大使を説得できなかった。それだけではない。ジャンプ・ゲートの話をする間もなかった。だが、ナンヴァル本国では、私の言葉に耳を貸してくれる者がいるかもしれない」
「そうでしょうか?」
「艦長は、私では誰も説得できないと思うのか?」
「そうではありません。あまり高い声で言うことはできませんが、新しい調整官に替わられてから、本国の雰囲気も随分変わりました。あの商人階級出の調整官閣下は、おそらく白魔法使いであるあなたの話を信じないでしょう。信じたとしても、白魔法使いやジル星団のために何か策を考えることはないと思われます」
「それは、なぜなのだろうか?」
「新しい調整官閣下の傍に、ゼノン大使がいつもいることをご存じですか?」
「いや、それは初耳だ。あまり政治向きには興味を持たないので知らなかった」
「公にされてはいませんが、調整官閣下は魔術師を使っているとのもっぱらの噂です」
「ナンヴァルの調整官が魔術師を使うのか?」
そのようなことがあるとは、キリュー・ガルト・トーラには信じられないことだった。ナンヴァルでは、魔術師は悪しきものとして忌み嫌われている。逆に白魔法使いは尊敬されていた。それが変わったと言うのだろうか?魔法使いである彼が知らないうちに。そう言えば、ハガロンの大使の傍に魔法使いの姿がなかったことを今更ながら思い出した。
「では、私はどこに行けばいいのだろうか?」
ナンヴァル本国に帰らないとすれば、どこに行くというのだ。キリュー・ガルト・トーラには見当もつかなかった。
「私があなたならば、ヘイダール要塞に戻ります」
「何だと!だが、銀の月はこの災厄について、何もわからないも同然だった」
「そうでしょうか?」
「艦長は何か知っているのか?」
「知っているかどうかはわかりませんが、本当にこの災厄に何の役にも立たないのならば、ガンダルフの魔法使いたちが今この時代に現れるでしょうか?」
「では、彼らは何らかの方策を持っているというのか?」
「他には考えられません。何故彼らは、銀河帝国に生まれたのに、その国を離れてリドス連邦王国へ行ったのでしょうか?」
「なるほど。銀の月は私が聞かなかったことは、例え知っていることでも話さないことがあるということか?」
「左様です。彼らがあのヘイダール要塞にいるのも何らかの理由があるはずです」
「わかった」
「それに、これは私の感ですが、銀の月があの要塞にいるのなら『大賢者』レギオンもいると考えてもいいのではないかと……」
「レギオン殿が?」
「私の艦がなぜヘイダール要塞でジャンプ・ゲートを強制的に出されたのか。もしかしたら、かつてあの場所に存在したと言われている『レギオンの城』がまだあるのかもしれません。そうと考えなければ、我が艦がジャンプ・ゲートから強制的に出されるようなことが起きるはずがありません。だとすると、レギオン殿があの要塞にいるはずです。あの時我々は、そのことに気づかなかったのです」
「なるほど、艦長の言う通りかもしれないな」
「それに、もう一つあります。銀の月があの要塞で使ったと言われる呪文の事です。私はその場には居なかったのですが、その場に居合わせた同僚に聞きました。多くの艦隊をその本国へ送り返したと言われる宇宙空間に大魔法陣を綴った呪文、これはまさしく『大賢者』レギオンが新しく綴ったものではありませんか?」
「ジル星団の多くの国が宇宙時代を迎えたので、それにふさわしい呪文を綴ったということか?」
「そうした呪文がまだあるかもしれません」
「なるほど、確かにあのヘイダール要塞には何かある。行くだけの価値はあるようだな……」
キリュー・ガルト・トーラは、一度ナンヴァル連邦に帰ろうかとも思っていたのだが、調整官の妙な噂を聞いたことでその気持ちは失せた。闇の魔法の封印が解かれたという知らせは、惑星連盟の議長であるナンヴァル大使に信じてはもらえなかったが、宇宙都市ハガロンにいる各国の白魔法使いたちには密かに廻状を回していた。白魔法使い独自の連絡網があるのだ。いずれ、その知らせはジル星団の国々に伝わっていくだろう。そして、その最初の知らせを持ってきた白魔法使いがヘイダール要塞に行ったと知れば、多くの白魔法使いはヘイダール要塞にはせ参じることになるだろう。
恐ろしい災厄を止めるために、そして新しい魔法の呪文を学ぶために、多くの魔法使いはヘイダール要塞、正しくは『レギオンの城』へやって来るのだ。その時、魔術師や魔導士たちはどうするのだろうか、とキリュー・ガルト・トーラは思った。彼らの中には、本来白魔法使いだった者達もいる。だが、闇の魔法を使うことで闇に落ちたもの達なのだ。彼らを『大賢者』レギオン殿はどう扱うだろうか。
それに、ガンダルフの五大魔法使いの内『大賢者』レギオンと銀の月が現れたとしたら、他の三人はやはりこの時代に生まれてきているのではないかと彼は思った。
ナンヴァル連邦の高速艦ゼルアナン号の艦長デル・タトール・ナンは、ヘイダール要塞へ向けて出発した。
296.
リドス連邦王国惑星連盟大使、チャーミー・ユウキは、ふんと鼻を鳴らした。
「如何されましたか?」
と、ハガロンが尋ねた。
「どうやら、闇の魔法の封印が解けてしまったようだわ」
「それは、大変なことです。本国に知らせなければならないのでは?」
「もう、知っているでしょう。それよりも、都市ハガロンの乗っ取りの件だけど、中止しようかしら。そんなことをしている暇はないかもしれないから」
「ですが、この都市も要塞としてあのかつての災厄の排除に役に立つのでは?」
「まあ、最終局面ではそう言うことも有るでしょう。でも、あまり役には立たないわ。できるとしたら、星団が災厄に遭った後、生き残りを拾って助けるくらいかしら……」
「そんなことしかできないのですか?」
「そう、おそらくね。災厄の知らせは、リドスやダルシアにはもう届いたでしょう。ナンヴァルやゼノンも白魔法使い達が知らせに動くでしょうね。信じるかどうかは分からないけれど」
「では、何をすればよいのでしょう」
「そうね。あのレギオンが今回どんな計画を立てているのか、ある程度予想できれば、もっとうまく動けるのだけれど。この件に関して調査をしているはずだから。目下のところは、魔術師や魔導士たちがどう動くのかを見定めることかしら?そうね、それからハガロンの乗っ取りを中止するか考えましょう」
「彼らは、我々に協力するでしょうか?」
白魔法使い達はともかく、魔術師や魔導士がレギオンに協力するとは考えにくい。
「さあ、それはどうかしら。かつての災厄で犠牲になった魔法使い達の数はどれだけいると思う?あの時代の半数はやられたわ。いくら何が起きるかわかっていても、その数がどれだけ減らせるかはわからない。それでなくても、今は白魔法使いの数はあの時よりもかなり少なくなっている」
白魔法使いの数が少なければ、どれだけ影響を及ぼせるかわからない。それに、あの時代の災厄の記憶は現代の魔法使い達にはないとしても、ガンダルフの五大魔法使いにとっては鮮明に残っているはずだ。あの災厄で一番傷ついたのは、誰有ろう『大賢者』レギオンであることをフェリシア・グリネルダは知っていた。
チャーミー・ユウキ、彼女はガンダルフの五大魔法使いの一人である。ファリシア・グリネルダ、緑の魔女、女賢者とも言われる魔法使いである。その力は、攻撃力よりも、治療の方面に強く発揮されるものだった。
ふたご銀河を襲った大災厄の時代、彼女もそこにいた。そこで見たものは、とても語り尽せるようなものではなかった。彼女が見たのは、災厄の爪痕だった。それは何の予告もなしに始まり、終わった時にはほとんど生命のない世界となり果てていたのだ。それでもガンダルフや古い文明の国々の中には生き延びられた者達もいた。それから再び新しい文明が起きるまで、かなりの歳月が必要だった。
あの時、ダルシア人のまるで他人事のような対処にフェリシア・グリネルダは怒りを覚えた記憶がある。人間族には大災厄であっても、頑強なダルシア人にとってはちょっとした嵐にしか過ぎなかったのだ。災厄の直撃は人間の住む惑星に来たのだから。それに、科学技術の発達したダルシア人にはそれを避ける余裕が十分にあったのだ。ただ、彼らにしてもその災厄を未然に防ぐことができなかっただけなのだ。
「今回は、前のようなことが起きる前に何とかしなければならないわ」
フェリシア・グリネルダは、この災厄について生まれてくるまで何も知らなかったわけではない。この時代に起きるという予言があったことも知っている。だが、それがどのくらい役に立つのか、実際にはわからなかった。
「ともかく、私は一度ヘイダール要塞へ行って来ることにしましょう」
と、チャーミー・ユウキは言った。
ヘイダール要塞の司令室で、フェリスグレイブはクルム司令官代理に困ったことを持ち込んできていた。例の猫になってしまった部下の件である。
「このままでは、要塞に何かあっても我々は何もできませんな」
と、フェリスグレイブはそれほど困ってはいないような顔をして言った。
「リイル・フィアナ提督は何と言っていたのだろうか?」
「元に戻すことは、銀の月でもできないと言っていました。リドス連邦王国の王女殿下なら、可能だろうと……」
「リドス連邦王国の王女だと?」
クルム司令官代理はため息をついた。
「ともかく、こういう場合は銀の月を呼んだ方がよいだろう」
「フィアナ提督の方はどうしますか?」
と、厳めしい顔をしてグリンが言った。
「そちらは、あまり刺激するようなことは避けた方がいい」
刺激すると却って、もっと困った事態を引き起こしかねなかった。司令室の全員が猫になってしまったら、どうしようもないからだ。
「しかし、こうしたことが繰り返されると、非常に困ります。兵士の士気にも関わります」
「だが、この件では部下たちの間の軋轢に問題があるようではないか?その点についてはどう考えているのだ?」
「何しろ、まだ一緒になったばかりですから、それはお互いに色々あります。しかし、だからと言って猫のままでは日常の業務に差しさわりが出るでしょう」
と、フェリスグレイブが言った。
「ともかく、銀の月を呼んでくれ」
と、クルム司令官代理は言った。
その時、司令官の席の近くに突然現れた者があった。
「だ、誰だ?」
と、クルム司令官代理は言った。
「あら、ごめんなさい。私は、レギオンに会いに来たのよ」
「あなたは、確か宇宙都市ハガロンにいるチャーミー・ユウキ大使ですか?」
と、ブレイス少佐が言った。前に来た時のことを覚えていたのだ。
チャーミー・ユウキ大使がガンダルフの五大魔法使いの一人であることは、司令室の者達は知っていた。しかし、宇宙船で来た様子もないのに、よくこれまで何度も来るものだと思った。すると、まるでその疑問に答えるかのように彼女は言った。
「そうよ。ジル星団の宇宙都市ハガロンとこの要塞とは特殊なワーム・ホールで繋がっているの。だから、力の強い魔法使いなら簡単に来られるの」
「レギオン?ダールマン提督に会いに来られたのか?」
「ええ。こちらにも知らせは来ているのでしょう。闇の魔法の封印が解けたと言う知らせが。私のいるハガロンにもそれが届いたの」
「そう言えば、あなたはガンダルフの五大魔法使いの一人でしたね」
と、ダズ・アルグ提督が言った。
「そうよ。あなたは、そう、この要塞の人ね」
と、チャーミー・ユウキはちょっと戸惑ったように言った。
「ダールマン提督に会う前に、あなたに聞きたいことがあるのだが……」
と、クルム司令官代理が言った。
「あなたは誰?前はここに居なかったでしょう?」
「私は要塞司令官代理のクルム少佐だ」
「あら、そう。それで、どんなことが聞きたいのかしら?」
「今、困ったことが起きている。リドス連邦王国のリイル・フィアナ提督がフェリスグレイブの部下を猫に変えてしまったのだ」
「フィアナがあなたの部下を猫にですって?」
と、面白そうにチャーミー・ユウキは言った。
「何とかできないだろうか?」
「そうね、銀の月やレギオンでは、難しいかもしれないわ」
「あなたはどうなのだろうか?」
と、クルム司令官代理が聞いた。
「ちょっと、やってみてもいいけれど、私に出来るかどうかはわからないわ」
と、正直にチャーミー・ユウキは言った。
「それは、リイル・フィアナ提督がガンダルフの魔法使いとはまた別の魔法を使うからか?」
「その通り。彼女はアルフ族の末裔なの。アルフ族の魔法を使うのよ」
「アルフ族?それは、ずっと昔に滅びたのではないか?」
「ほとんどはね。でも、その一部、その王族の血筋の者たちがガンダルフに住み着いて、あの災厄にも生き残ったのよ。もっとも、純粋なアルフ族は彼女一人だけれどね。彼女はアルフ族でもその王族の最後の一人、最後の王女なの。だから、リドス連邦王国の提督をやっていても、国では準王族扱いでね、場合によってはリドスの王女として名乗ることも許されているわ」
「それで、つまり魔力も強いというのだろうか?」
「もちろん、そうよ」
「では、今闇の魔法が蘇ったと魔法使いが騒いでいるが、彼女も関係しているのか?」
「今回の事件に彼女は関わっていないわ。でも、できるだけ、彼女には関わらせないようにすると思うわ。危険だから」
「なぜ、危険なのだ?」
「そうね。この要塞の人なら知っておいた方がいいかもしれないわ。闇の魔法を作ったのは、アルフ族の王族だと言われているの。よくある王族の王位継承の権力争いに敗れた一族が、それを作ったの。だから、闇の魔法はアルフ族そのものだけではなく、その王族を滅ぼすことを目的としているものだわ。今、この宇宙でそれに当たるのは彼女だというわけ」
「で、では彼女がいると、闇の魔法がどこからか入って来るということか?」
「いいえ、そう簡単にはいかないわ。闇の魔法と闇の魔法を使う者は、ガンダルフの魔法使いとは違って、他の惑星に移動するには宇宙船がないとできないから」
「すると、転送装置は?」
「多分大丈夫だと思う。アルフ族には転送装置の技術はなかったから。転送装置を使ったとしても、ここまで来られないと思うわ」
「それは、妙なことですね。なぜですか?」
と、ダズ・アルグが興味を持って聞いた。
「そうね、闇の魔法を使う者達は、自分たちの知識だけ、つまり彼らの時代にあった科学技術や知識を使うことはできても、新しい時代のものにはついて行けないということ。取り入れることができないのよ」
「なぜですか?」
「新しいものに気づくためには、自分が変わらなければならないからよ。彼らは自分たちがいつまでも変わりなく、自分たちを滅ぼした時代の気分を持たなければ、恨みを晴らすことができないからだわ。だって、恨みを忘れてしまったら、恨みは晴らせないでしょう」
「しかし、闇の魔法を蘇らせたものが、この時代の者だったらどうでしょうか?」
「それは、わからないわ。今はまだ、誰がこれを蘇らせたのかわからないから」
「なるほど、ダールマン提督が言っていたように、調査結果待ちということか」
「そういうこと。で、猫になった部下というのはどこにいるのかしら?」
と、チャーミー・ユウキ大使――ガンダルフの五大魔法使いの一人、フェリシア・グリネルダは言った。
297.
ヘイダール要塞の中にも繁華街はあった。銀河帝国の所有の時は、要塞の兵士や士官たちが闊歩していた街だった。だから、店と言っても賭け事や娯楽や酒を飲ます店、それに娼婦のいる店があったものだ。
今は兵士ももちろんいるが、最近はタレス人がかなりの数入って来ていた。彼らは民間人で本来様々な職業に就いていた者達だった。だから、店も以前とは違って種類が豊富になっていた。特にレストランは味も品質もよいという評判だった。売り物も昔は男性が多かった所為で男性用品が多かったが、女性が増えて来たので女性用品も増えている。
ただ問題は、売る商品がなかなか手に入らないことだ。ヘイダール要塞には他の惑星との定期便があるわけではない。たまにタレス人の亡命者の船が入って来たリ、元新世紀共和国の船が来りするくらいである。従って女性の服飾などは常に不足していた。
食糧などは要塞で時給自足できるが、タレス人の好む食品はあまりなかった。
「ここが、この要塞の一番のにぎやかな通りだわ」
と、リイル・フィアナ提督が言った。
リイル・フィアナ提督はフェリスグレイブの部下を猫に変えた後、つんと澄まして部屋を出て、何もなかったようにジェグドラント男爵一家の案内を続けていた。最初はフィアナの力に怖がっていたが、誰でも猫にするわけではないので、しばらくするうちに男爵一家も彼女の案内に慣れて行った。
「こんな場所が、軍事要塞にあるなんて思いませんでしたわ」
と、ジェグドラント男爵夫人が言った。
「近頃は売り物が増えて来て、結構買い物ができるようになったと評判ですよ」
と、近くにいた商店の主人らしき人物がにこやかに言った。
軍事要塞というから、男爵夫人は楽しむところなど何もないことを想像していたのだ。
タレス人の亡命者は女子供も多かったので、それに合わせてタレス人が店を持ったりすることが増えていた。と言うのも、要塞で使う貨幣の代わりであるカードの数値では生活ギリギリのものしか得られなかったからだ。従って自分の才覚でその数値を増やすためでもあった。
特に最近要塞の政治代表というのが出来てから、要塞の兵士だけでなくタレス人も一時期その数値が減らされていた。タレス人の方はタリアが全員の分を持つと言うことで、数値を元に戻すよう交渉があったが、いつその事態が変わるとも限らないのだ。しかし、要塞の兵士や士官は給料代わりのカードの数値が減らされて行く一方だった。そのため、タレス人が開いた店にも行けなくなるなど、生活に不満を持つ者が増えていた。
ギアス・リードは、リドス連邦王国のリイル・フィアナ提督が見知らぬ一家を案内しているのを偶然見かけて、見え隠れに後からついて来ていた。
どうも最近要塞の様子がおかしいのだ。どこか落ち着かない雰囲気が満ちていた。
特におかしいのはガンダルフの魔法使い達のことだ。ちょっと前に、ナンヴァル連邦の艦がやって来たと後から聞いたこともある。そのナンヴァルの艦は、要塞に入ったが、またすぐに出て行ったというのだ。一体連中は何をしているのか、自分の知らないところで何か重要なことが始まっているような気がしていた。
この要塞の変化には、あの政治代表と副代表はまるで気がついていなかった。彼らは自分たちの権利が犯されているかどうかしか興味はないらしい。もっとも、その方がギアス・リードには都合が良かった。あまり色々なことに興味を持たれると、こちらの方がやりにくくなるからだ。無能では困るが、有能というよりはほどほどに能力がある方がいいのだ。
フィアナ提督が連れている連中はタレス人ではないと思われた。雰囲気はどちらかというと、新世紀共和国生まれというよりも、帝国で生まれ育ったという感じがした。
しかし、これまで銀河帝国からの船が来たと言うことは聞いたことがない。彼らはどうやってこの要塞へやってきたのだろうか、とギアス・リードは思った。まさか、この前のナンヴァル連邦の艦に乗って来たわけではないだろうし、そのもっと前の要塞に入った銀河帝国軍の損傷した艦に乗っていたわけでもあるまいと思われた。
ちょうどタレス人の店から三人の女の子と大人の男性が出て来た。
「おじさん、ありがとう。これ、前から欲しかったんだ」
と、リゼラ・ジーンが言った。
「私も」
と、アリン・ジーンも言った。
「私も」
と、リュイ・ジーンも言った。
女の子は三人ともアリュセア・ジーンの娘たちである。彼女たちは一緒にいる男性と、リドスのフィアナ提督と男爵一家の方へ歩いて来ていた。
その時、その三人の女の子と一緒にいる男性を見たジェグドラント男爵は、
「あれは……」
と、驚いたように言った。
「どうしたのですか?」
と、男爵夫人が聞いた。そして、その男性を見ると、
「まあ……」
と、絶句して黙った。
その時リイル・フィアナ提督が、その男性に言った。
「あら、珍しい。お買い物かしら?」
「あ、フィアナ。今日はどうしたの?」
と、リゼラが言った。
「今日はね、お客様を案内しているの」
「お客様?」
「もしかして、ロギノスからの……」
と言うと、リゼラは鋭く男爵一家を一瞥した。一度部屋に備え付けの通信用のスクリーンで見たことがあるからだ。その時は誤って通信をしてしまったのだ。
「そうだわ。こちらの三人はアリュセア・ジーンの子供達です」
と、フィアナ提督は男爵一家に紹介した。
だが、男爵はそれよりも男性の方に興味を抱いているようだった。リゼラのことは聞かずに、その男性について聞いたのだ。
「で、そちらの方はどなたですか?」
「こちらは、ダールマン提督です。ご存じでしょう?」
男爵一家は驚いたようにダールマン提督を見た。
確かに、どこかで見たことがあるようだと思ったのだ。
「あの、アリュセア・ジーンと言う方にはお世話になりました。そのお嬢さんたちが、なぜ、ダールマン提督と一緒にいるのでしょうか?」
と、男爵夫人は聞いた。
「あらだって、この子たちの伯父に当たるからですわ」
と、当たり前のようにフィアナは言った。
「ほ、本当ですか?」
と、男爵夫人はリゼラに聞いた。
「ええ、そうよ。おじさんはママのお兄さんに当たるのよ」
と、なんでそんなことを聞くのかと言わんばかりにリゼラは言った。
「そ、そうですか。ダールマン提督に妹君がおられたとは知りませんでした」
だが、男爵はそんなはずはない、と思った。ダールマン提督には兄弟姉妹はいないはずだ。もしいれば、大逆事件が起きた時に探し出されたはずなのだ。帝国ではダールマン提督に妹がいるなどと言う噂などなかった。
「そうそう、遅くなってしまったわね。こちらは、ベルンハルト・バルザス提督の家族で、こちらが一番上のお兄さんのジェグドラント男爵です」
「ふうん、銀の月には家族が居たんだ」
と、アリンが不思議そうに言った。
「おじさんにはいないのよね」
と、リゼラが確かめるように聞いた。男爵と内線用のスクリーンで話をしたことなど、おくびにも出さなかった。
「そうだ。さあ、もう行かなくては、遅くなると夕食に差し支えるだろう」
と、ダールマン提督は子供たちを催促した。
子供達の方はまだ何か話したそうにしていたが、そう言われると彼らは素直に、
「じゃ、またね」
と言って、歩いて行った。
ギアス・リードは、これはいいことを聞いたと内心喜んだ。
しかし、ジェグドラント男爵がいったいいつ帝国からやって来たのだろうか。帝国から船など来てはいないはずなのに。これは何かある、絶対ある、と彼は確信した。それに、あのダールマン提督――レギオンに妹と姪がいるという情報は重大なことだった。彼らも帝国から来たに違いない、と彼は思い込んだ。
ダールマン提督と離れて少し行ったところで、ジェグドラント男爵はフィアナ提督に聞いた。
「先ほど会った、ダールマン提督に妹と姪がいるというのは、本当のことでしょうか?」
「どうしてそんなことを聞くのです?」
「帝国では、ダールマン提督には兄弟や姉妹は居なかったのです。だとすると、ダールマン提督はこちらで結婚でもされたのでしょうか?」
結婚したのなら、その妻の妹がいてもおかしくない。義理の妹でも、妹には違いないからだ。
「あら、彼は結婚などしていませんわ。これまで一度も」
と、フィアナ提督は特に一度もというところに力を入れて言った。
「しかし、それでは話の辻褄が合わない気がするのですが……」
「どこが合わないのですか?」
と、不思議そうにフィアナ提督は聞いた。
「では、なぜ妹がいるのでしょうか?」
「あら、それは簡単よ。今回確かに彼には兄妹は居なかったけれど、前に生きていた時は居たと言うことだわ」
「……?」
ジェグドラント男爵はフィアナ提督の言っていることが理解できなかった。それを感じて彼女は言い直した。
「つまり、あれはいつの事だったかしら、確か二千年いえ、四千年前だったかしら、ダールマン提督が当時はレオンだったかしら、そんな名前だった時のことだわ。その時に確かにサン・シゼラ・ローアンと言う妹姫がいたの。それがアリュセア・ジーンの過去世だわ。だから二人は兄妹なの」
それでも、男爵にはわからなかった。昔は兄妹?なぜ、昔のことが今と結びついているのだろうか。そんな話はこれまで聞いたことがない。
「それは、いったいどういうことですか?」
「うーん、わからないかなあ。つまりね、アリュセアとダールマン提督は昔兄妹だったことがあるということ。で、今回また遭って、二人は確かに兄妹であると言う記憶があることがわかったので、血は繋がっていないけれど、それに準じて兄妹と認めるということなの」
「……」
それでも、ジェグドラント男爵は完全に理解はできなかった。要するに昔兄妹だったと言う記憶が二人にあるから、それを認めるということだろうか。それも正式に。そんな話は帝国では聞いたこともない。
「その、リドス連邦王国では、そうなっているということでしょうか?」
と、これまで黙っていたフェーラリスが聞いた。たとえ常識外れだとは言っても、異星人の国ということで、そういうこともあろうかと思ったのだ。
「そうよ。確か『特別親族法』という法律があるの。他の国ではないと聞いているから、リドス特有のものでしょうね」
と、まるで他人事のようにフィアナ提督は言った。
「とすると、まさかベルンハルトにもそうした兄弟のようなものがリドスにいるということがあるのでしょうか?」
と、フェーラリスが興味を持って聞いた。単に、もしかしたらと言う関心に過ぎなかったのだが、フィアナの返答にジェグドラント男爵一家は驚いた。
「もちろん、いるわよ。家族だから、知っておいてもいいでしょうね。彼には妹に弟、それにかつて妻であったり、息子だった人物もいるはずよ」
それは、銀河帝国やまた新世紀共和国の常識ではとても考えられないことだった。一体リドス連邦王国というのはどういう国なのか、そんなところへ行ったベルンハルトは大丈夫なのかとジェグドラント男爵は非常に不安を感じるのだった。




