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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
51/153

ダルシア帝国の継承者

292.

 白金銀河からやって来たプロキシオン号は、銀河帝国の帝都ロギノスの衛星軌道上にいた。常に帝国軍に気づかれないかをチェックしながら、時折地上にあるリドス連邦王国の大使館と連絡を取っていた。

「ジェグドラント男爵家の執事を探している?」

 すでにジェグドラント家の危機は去ったと安堵しているようだったリドス連邦王国のユーキ大使は、驚いたようだった。

「もうあれからずっと探しているのですが、なかなか見つからなくて……」

と、リガル艦長は困り切ったように言った。

「うーん、そうですね。捕まったと仮定して、軍の施設を探すことは危険ですね。そこまでしなければならない人でしょうか?」

「それが、アリュセアがヘイダール要塞に戻って、銀の月にそのことを聞いたのですが、彼がどうしても見つけてほしいというのです」

「でも、執事でしょう?なぜ、銀の月はそんなことを言うのでしょうか」

「さあ、何か事情があるのかもしれません。それから、大使の方は如何ですか?」

「私の方はまだ、大丈夫です。ここが攻撃されるようなことがあれば、大変ですから」

 だが、ユーキ大使はそこまで考えているようだった。そうなったら、リドス連邦王国と銀河帝国は敵対し、戦争になることは避けられない。


 帝都ロギノスの空は、朝になっても灰色に霞んでいた。ここのところ、雲が無く真っ青な空が見えることはなかった。そのことを不審に思うものは、帝国の者の中にはほとんどいなかった。

 宮殿の中では、いつものように物事が進んでいた。曇った空のことなど気にする者はいない。

「陛下、皇帝陛下、お加減は如何でしょうか?」

と、看護婦のデーラル・オル・ファウダノンは少々やかましく言った。朝皇帝が起きるとすぐに寝室へ行き、声をかけるのが習慣だった。そうしなければ、なかなか皇帝が彼女の仕事を受け付けないことを経験から知ったのである。ただ、あまり強く言うと、相手の反発を招きかねないことはわかっていた。相手が皇帝だけに、反発されるのは非常に危険である。

「わかっている」

と、うるさそうに皇帝リーダルフは言った。

「では、体調を測らせていただきます」

 看護婦のファウダノンは小さな医療装置を出しててきぱきと仕事を終え、その数値を見て、

「異常はないようでございます」

と言って、皇帝の居室を後にした。

「まったく、……」

 皇帝リーダルフは煩わしく思っていたが、少なくとも今の看護婦が仕事に熱心で誠実であることを評価していた。仕事に妥協しないというのも、好感が持てる。だが、どこか反発を禁じ得ないのは、なぜなのだろうか。

 おそらくそれは丁寧ではあるが、まるで仕事上自分より上であるかのように振る舞うからだ。だからと言って以前の看護婦のように四六時中ビクビクされては、それも不愉快なのだ。それは程度の問題で、今の看護婦は皇帝にとって、何とか我慢できる程度の態度なのだ。

 皇帝の居室から速足で離れて、看護婦のファウダノンは廊下の端まで来た時、あたりを見回してほっと安堵のため息を漏らした。ここの仕事はかなりきつい。体力的にではなく、精神的なものだ。新しい皇帝陛下は若いので非常に感情の起伏が激しい感じがする。他の部下や家臣に対する時とは違って、年が近いせいもあるのか、看護婦の自分にはかなりストレートにストレスをぶつけてくる感じがした。

 看護婦というのは元々そうしたことも仕事の内であるとは思うものの、そのレベルが他の患者とは違う。それに、あまりそれに関わると、こちらの首が飛ぶのだから厄介だ。それも自分一人だけではなく、親族にまで及びかねない。前の看護婦はそのことでかなり精神的に追い詰められて、辞めて行ったと聞いている。

 宮殿にいる看護婦のファウダノンは、自身も貴族の出であったから、色々な噂を聞いている。その噂は最近になって、不穏なものが多くなっていた。

 これまで貴族に寛大だったはずの政府の方針が、変わったと言うのだ。あのウォーゲルン公爵邸への帝国艦隊の攻撃など、これまでなかったような規模のものだった。それは次に行われたジェグドラント男爵への攻撃にも表れている。一番の問題は、これらの貴族は両方とも皇帝支持派であって、何の罪もないように思えることだ。だからこそ、貴族たちは今、戦々恐々としている。中には反皇帝派に鞍替えした者もいるというのだ。

 王朝交代が終わって、やっと世の中が落ち着いて来たというのに、これはどういうことなのだろうか。

 皇帝陛下の顔を見るたびに聞いてみたいと言う衝動が起きるが、ただの看護婦の身ではそれはかなわぬことだった。返って皇帝陛下の不興を買い、自身だけでなく親族一同あのウォーゲルン公爵やジェグドラント男爵の二の舞になるだけだ。

 自分の部屋に戻るとファウダノンは、窓から宮殿の空を見上げた。

「何だか、妙な天候だわ。こんな具合になるようなことは、以前はあんまりなかったのに……」

 雨が降るでもなく、雲がどんよりと重なっている灰色の空は、気分も重くなるように思えた。

「こんにちは!」

と、声がしたのは看護婦のファウダノンが目を室内に転じた時だった。

 部屋の中にいたのは、妖精のような少女だった。背中にある羽で空中を飛んでいる姿は、最初に気づいた時、幻覚でも見ているかとファウダノンに思わせた。本当に現実に存在していると信じるのにしばらくかかったものだ。

「こんにちは!」

と、ファウダノンが返すと、

「随分お疲れのようね」

と、妖精の少女が言った。

「そんなことはないはずなんだけれど……」

「最近はロギノスの空があまり晴れなくなったのね」

「そう、そうなのよ。それが一番気分が重くなる原因なんだわ」

 この妖精のような少女が何者であるか、最近宮殿に入った看護婦であるファウダノンにはわからなかった。ただ、この少女は自分以外の者には見えないということは分かっていた。なぜなら、この少女は普段はどこにいるのかわからないが、たまに見かけるのは自分の部屋だけではなかった。廊下にも、庭にも、それにめったに普通の人は入れない皇帝陛下の部屋にも出没するのだ。

 皇帝陛下の部屋で、皇帝陛下の目の前に現れて少女が舌を出して挑発しても、皇帝陛下は少しも表情を変えなかったし、彼女を見てもいなかった。見えないからだ。それなのになぜ自分には見えるのか、わからなかった。ファウダノン自身、これまでこの少女の妖精のようなものは見たことがないからだ。彼女は今では、これが絵本にある妖精そのものなのかもしれない、と思うようになっていた。重く暗い気分でするこの宮殿の仕事では、この少女の妖精を見ている時だけが、ホッと安堵できる時間だった。


「ジェグドラント男爵が消えただと?」

と、ヴォイド公爵は言った。

「はい。いったいどうなっているのか、軍の方もわからないようなのです」

と、デオド男爵は言った。

「全員が消えたのだな?」

「はい。ただ、執事が一人だけ残ったそうです」

「執事?置いて行かれたということか?」

「いえ、そうではなく、その執事は陸戦隊の指揮官にジェグドラント男爵の居所を告げようとしたのだと言っているようです」

「つまり、主を裏切ったということか?」

「はい。ですが、それは信じられるかどうかわからないと、何しろ兵士が部屋に行った時には男爵一家が消えていたのですから……」

 ヴォイド公爵はしばらく考え込んでいた。

 デオド男爵はヴォイド公爵家に鉱山経営のことで話をしに来ていたのだ。彼にとっては、先ごろ帝国軍によって襲撃され滅ぼされた、ウォーゲルン公爵はなかなかよいお客様だった。公爵家の銅鉱石の鉱山経営はなかなか実入りのよいものだったが、亡き公爵家の鉱山は政府に没収されてしまった。彼にとっては収入源が急に一つ無くなってしまったのだ。その上、ジェグドラント男爵家の方も、不思議なことに同じ日に帝国軍によって急襲された。もっともこちらは煙のように消えたとの噂だった。

 ジェグドラント男爵家の新しい鉛鉱山は、あまり良い鉱山ではなかった。すでに鉱脈が途切れ、鉛自体が産出されなくなっていたので、デオド男爵は近づかなかったのが幸いしたと思っていた。もし、近づいていたらデオド男爵は、帝国軍の襲撃に危うく巻き込まれていたかもしれなかった。

「そう言えば、ジェグドラント家の紋章はどのようなものだったかな?」

と、ヴォイド公爵は聞いた。

「貴族の家の紋章としては、かなり珍しい部類のものでした。あれは確か、三日月と竜の意匠でしたか……」

「もしかして、金色の竜と銀色の三日月ではなかったかな?」

「そう、そうでした。よくご存じですね。変わった意匠でしたな」

「それを言うなら、我が家の紋章も変わっていると言う者がいる」

「左様ですな。確か黒い骸骨でしたか……」

「最近変えたのだ。前は、剣と盾のどこにでもあるような平凡なものだったのだが……」

「公爵は、なかなかよいセンスをお持ちですな……」

 ヴォイド公爵家の鉱山は、亡きウォーゲルン公爵家と同じ銅山だった。銅というのは、中々需要の多い金属なのだ。ここで鉱山経営についてうまく商談が決まれば、ウォーゲルン公爵家を失った元が戻るというものだと、デオド男爵は考えていた。

「男爵はなかなか情報が早い。軍の上層部に知り合いがおられるのだろうか?」

「いえ、そのようなことはありません。もちろん、全然ないわけではありませんが、……」

と、デオド男爵は曖昧に答えた。

 王朝交代でいくつかの公爵家が消えて行ったが、最後に残ったのはヴォイド公爵家だった。と、デオド男爵は公爵邸の門を地上車で出る時につい考えてしまった。この公爵家は、前王朝時代に爵位はあるものの、他の公爵家とは違って権力争いには加わらず、ほとんど人の噂に昇ったことがない。だからこそ、生き残れたのだとも言える。

 その点では、ジェグドラント男爵家も同じだと言えた。本来は伯爵家だったが、政治向きに勢力を伸ばそうとする他の貴族たちに背を向けるように、祖先の残した資産だけでやっていたのである。その堅実さのお蔭で王朝交代時にも生き残ることができたのだ。それなのに、今回なぜあのようなことが起きたのか、デオド男爵にも其理由が分からなかった。

 其理由がわからないからこそ、生き残った貴族社会は恐ろしい疑心暗鬼に満ちていた。せっかく王朝交代の混乱が終わって、平和な時代になったと皆思っていたのだ。これは、もしかしたらとんでもないことになるのではないかと、デオド男爵は危惧していた。


 ヴォイド公爵はデオド男爵が帰った後、のんびりと茶を喫していた。

「如何でございましたか、あのデオド男爵は?」

と、執事のズドガス・グリトンが聞いた。

「なかなか、鋭いし、商才もある。だが、今は何もかもうまく行っているようだ」

「それは、今時珍しい人物ですな」

「だが、これからどうなるかはわからんな……」

 ヴォイド公爵は面白そうに言うと、不気味な声で笑った。


293.

 暗い牢屋の中に、ジェグドラント男爵家の元執事レグルス・デルガンは居た。ジェグドラント男爵一家が彼のいないときに煙のように消えたと聞いて、何とも言えない気分を感じていた。それは安堵なのか、失望なのかよくわからなかった。ジェグドラント一家がいるアパートを出て、帝国軍の陸戦隊の指揮官にその場所を知らせに言った時のことを思い出すたびに思うのだ。

 それは裏切ったはずなのに、結果的に裏切らずに済んだという妙なことが原因だった。

 ジェグドラント一家が消えたことは、彼のこの裏切りが前にがばれていたのかもしれない。だが、最後に見た男爵の目は、執事である自分を信じていると感じていた。それなのに、何ということをしたのだろうかと感じる自分も心のどこかにいるのだ。

 そうだ、あの時何に押されてあのような裏切りをしたのだろうか、と時折思う。誰かが、そうしろと言ったような気もした。だが、あの部屋にはジェグドラント男爵一家以外は居なかった。それなのに、誰がそのようなことを言うのだろうか?

 レグルス・デルガンは牢の中に置かれた寝台に、ずっと座っていた。自分のした行為があまりにも衝撃的だったので、眠ることもできないのだ。

「レグルス、レグルス・デルガン。あなたはレグルス・デルガンね」

と、不意に声がした。

 子供のような声だった。非常に小さな声、それも女の子の声だ。

「誰だ?誰かいるのか、こんなところに……」

と、顔を上げてレグルス・デルガンは声を潜めて言った。

 すると、目の前に、小さな妖精のような少女が羽を広げて浮かんでいた。それは皇帝の看護婦をしているデーラル・オル・ファウダノンの所に現れたのと同じ少女だった。

「……!」

 驚いたレグルス・デルガンは声を出さないように自分で口を押えた。大きな声を出すと、牢の番人がやってくる恐れがある。

「あなたを探していたの」

「これは、夢か、幻か?」

「夢でも、幻でもないわ。私は、ちゃんとここにいるのだもの」

と言うと、急に妖精の少女は宙を飛んで、レグルス・デルガンの頭を弾いた。

「痛いっ!」

と、レグルス・デルガンは言った。

「ほら、痛いでしょう?だから、私は現実に存在しているの」

 目を瞬いて、レグルス・デルガンは少女をようく見た。

「お前は、何者なのだ?」

「私は、六番目というのよ。リーラと呼んでもいいわ」

「変わった名だ」

「そうでもないわ。でもそれは、どうでもいいの。あなたを探していたのよ」

「お前は私を知っているのか?」

「もちろん。ジェグドラント伯爵改め、今はジェグドラント男爵家の執事、でしょう?」

「ジェグドラント家を知っているのか?」

「今、帝国軍が血眼になって探している人達でしょう」

「彼らがどこにいるか知っているのか?」

「ええ。彼らは帝国軍の知らない、手の届かないところに行ってしまったわ」

「それは、死んだということか?」

「いいえ、生きているわ」

「生きている。そうか、生きているのか」

 レグルス・デルガンはホッとしたような気分を味わっていた。

「で、どこにいるのだろうか?」

「あら、それは教えられないわ。だって、それを知ったらあなたは、帝国軍にそれを告げずにはいられなくなるでしょう?」

「何?私が、そんなことをするというのか?」

「ええ、そうよ。あなたには、そう言う、呪いが掛けられているから」

「呪い?何だ、それは……」

「ともかく、私の話はこれでおしまいよ」

と言うと、小さな妖精の少女は消えてしまった。

 呪いが掛けられていると言われたレグルス・デルガンは、まさかそんなことがあるはずがない、と心の中で打ち消した。だが、自分のした裏切り行為を思い出すとそれが否定できないと思う自分がいた。


「ジェグドラント男爵一家は見つからないのか?」

と、ヴォイド公爵は言った。

「帝国軍が探しているようですが、なかなか見つからないようです」

と、執事のズドガス・グリトンが答えた。

「どこへ行ったのだろう」

 巷では煙のように消えたと、もっぱらの噂になっている。あの古びたギュントール街のアパートからいったいどうやって帝国軍の目を盗んで逃亡したのだろうか。聞けば、年老いた元老伯爵夫妻や小さな子供もいるというではないか。

「まさか、連中はあのことを知っていたのではないか?」

「まさか、そのようなことがあるはずはありません」

「だが、それはわかるまい。あの大公妃を攫おうとした時、あのようなことが起きると誰が予測できただろうか?」

「あの時のことは、本当に私の一生の不覚でありました。ですが、あの女が消えたということは、攫うのと同じ効果をもたらしております」

「そうだな。あれ以来、大公妃は消えたまま、どこにも現れた形跡はない。だが、もしあの女が戻ってくることがあれば、我々は終わりだ」

「わかっております。今でもあの屋敷は密かに監視しておりますので、ご安心を」

「もっとも、おかげであの事件もリドス連邦王国とやらに罪を擦り付けることができるかもしれんな」

「では、あの皇帝はその国を怪しんでいるのですか?」

「どうせ、誰にも何もわからないのだ。あの星団から来た連中のどれかに、その役を担わせるつもりだったのだ」

 ヴォイド公爵の座っている影が、骸骨の形状に見えた。骸骨が動くと、ヴォイド公爵も動く。その執事であるズドガス・グリトンの影も、骸骨の形状をしていた。

「確か、リドス連邦王国というのは、かの惑星ガンダルフを首都星としていると聞きました」

「まだあの星に、ガンダルフの魔法使いはいるであろうか?それに、アルフ族はどうなったであろうかの?」

「私が調べましたところ、あれから、すでに数百万年も経っております。すでにいないのではありませんか?」

「いや、そんなことは有るまい。アルフ族はどうあれ、ガンダルフの魔法使い、それも五大魔法使いは何度もこの世に生まれ変わってくるはずだ」

「閣下、いえ殿下。あなた様はアルフ族のことはもう過ぎたこととお思いでしょうか?」

「ふん。アルフ族はもしかしたらもう滅びたかもしれん。だが、この恨みは忘れようもないものだ。何としてもこの恨み晴らさないではおくまいよ。それに、あのガンダルフの魔法使いはいつの時代にも滅びることは有るまい」

「しかし、今どうなっているか、分からないではありませんか」

 せっかく蘇ったものの、恨みだけでこの世界を断じることは、さすがにズドガス・グリトンにはもったいないことだと、ふと思ったのだ。

「ほう、お前は他にしたいことでもあるというのか?」

「い、いいえ、そのようなことはありません。私は殿下に身も心も捧げた者でございます。どうか殿下のお気に召すようになんなりとなされるがよろしいと存じます」

「そうであろう。そうでなくてはな。我らは、ここに存在しているのは、あの時の盟約、血の誓約のためだ。必ずあのことを成し遂げなければなるまい」

 今から何百万年前のことであろうとこの地に封印された我が身の無念さは、アルフ族やガンダルフの魔法使いを滅せねば気が済まないのだった。


 ヘイダール要塞のジェグドラント男爵のいる部屋の壁に掛けられているスクリーンが、突然光った。その画面に映ったのはちょうど男爵の子供達と同じくらいの子供だった。

「あら、繋がっちゃったわ……」

と、少女が失敗したように言った。

 ジェグドラント男爵は、最初驚いたものの相手が子供なので落ち着いて言った。

「君たちは誰だね。この部屋が誰の部屋かわかっているのかな?」

「もちろん、分かっているわ。ええと、銀河帝国のジェグドラント男爵よね!」

と、少女はかなり無理をして言った。

「で、君たちは?」

「私は、リゼラ、リゼラ・ジーンよ。私はタレス連邦の首都星の生まれよ」

「リゼラ・ジーン?もしかして、君のお母さんはアリュセアというのかな?」

「そうよ。知っているの?」

「ああ、知っているとも。私たちを助けてくれた人の名だからね」

「そ、そうなの?」

「君のお母さんには世話になった。感謝しているよ。で、私にどんな用があるのかな?」

「ええと、そうだわ。銀の月を探しているの」

「銀の月?誰だね、それは」

「わからないの?ええと、ベルンハルト・バルザスと言う人の事だわ」

「ベルンハルト?ベルンハルトが銀の月と呼ばれているのかな?」

「そうよ。惑星ガンダルフの五大魔法使いの一人、銀の月だわ。有名な魔法使いよ」

「ベルンハルトが魔法使い?そんなばかな。君たちは何か勘違いをしているのではないかな?」

「あら、この要塞では、ベルンハルト・バルザス提督が、リドス連邦王国の首都星ガンダルフの古くからの魔法使いであることは、みんな知っていることだわ」

「ベルンハルトは今リドス連邦王国にいるが、元は銀河帝国の者だ」

「そんなこと、ここでは誰でも知っているわ。そんなこと、どうでもいいでしょう。ともかく、銀の月はいるのかしら、それを聞きたいのよ」

「いや、ベルンハルトは今はいない。司令室に呼ばれて行ったのだ」

「そう。わかったわ」

と言って、リゼラ・ジーンは唐突にスクリーンを切った。


「今のは、何なのです?」

と、フェーラリスは兄の男爵に聞いた。帝国の基準で言えば、かなり無礼な態度だったのだ。

「私にもどういうことかはわからない。ただ、分かったことは、この要塞ではベルンハルトが銀の月と呼ばれる魔法使いだということだ」

「魔法使いなど、居るわけがありませんよ」

「だが、ここではそう思われているようだ。そう言えば、先ほど司令室からの呼び出しの時、銀の月と話をしたいと言っている者がいると言っていたようだ」

「確かに、そう言っていました」

と、男爵夫人が言った。

 その言葉に、老元伯爵は何か気が付いたようだった。

「銀の月というのか、それがあのベルンハルトの本当の名なのだろうか?」

「どうしたのですか、父上」

と、ジェグドラント男爵は言った。

「昔、おまえに爵位を譲る時に、ライアガルプス、つまりあの金色の竜が言ったことだ。わがジェグドラント伯爵家を立てたのは、銀の月という魔法使いだと言っていたのだ。その時私は、半信半疑だった。金色の竜が言ったことでも、それが事実だとは到底思えなかったのだ。だが、ここでその名が出て来たということは、もしかしたら、あのベルンハルトは金色の竜が言っていた銀の月かもしれぬ……」

「そんなばかなことがあるわけないでしょう。ベルンハルトが我が家の先祖だというのですか。それに今時、魔法使いなんて、……」

と、フェーラリスが言った。

「ただ魔法使いだと言われているのかもしれない。本当に魔法が使えるかは別にして……」

 とは言っても、魔法を使えない魔法使いがいるわけがないと言う気がした。あのベルンハルトが魔法使いと言うことは、彼らにはとても信じられないことだった。


 ナンヴァル連邦の魔法使いが去った後、要塞司令室ではレギオンも交えて、闇の魔法が蘇った後に起きると言われている災厄について協議をしていた。

「やれやれ、ハガロンの惑星連盟の連中にやっと、危険信号を出せたようだ」

と、レギオン――ダールマン提督が言った。

「しかし、いつ何が起きるかわからないのでは、どうしようもないではないですか」

と、ダズ・アルグ提督が言った。

「そんなことはない。リドス連邦王国には時間を遡る装置、つまりタイムマシンがある。それを使ってこれまで調査を続けてきたのだ」

 司令室の者達は、その言葉に驚いた。なぜなら、彼らの文明ではいまだタイムマシンはなかったからである。

「なぜ、それをナンヴァルの魔法使いに言わなかったのですか?」

と、グリンが言った。

「聞かれなかったことを話す必要はあるまい。それにまだ調査が終わっていないのだ。調査が終わっていないのだから話せることは何もない。それは嘘とは違う」

「なるほど、白魔法使いは嘘をつかないと言うことでしたね。つまり黙っているということは、嘘をつくこととは違うと言うことですか?」

「そう言うことだ。調査をするとは言っても、何しろ数百年や数千年ではなく、万が付く年数だ。そう簡単にはいかない。もちろん、大体の年数はわかるが、ダルシア人と我々では時間の感覚が違うので、細かい正確な時間はそう簡単にはわからないのだ」

「で、いつ頃それが分かるのだ?」

と、クルム司令官代理が聞いた。

「調査船が戻って来るのは、十日後になる。うまく行けばだが、……」

と、レギオンは言った。

 災厄の原因がわかったとしても、それを避けることができるかはわからないとまでレギオンは言わなかった。あれから数百万年も経つ。ふたご銀河全体の文明は発達したが、その災厄に対抗できるほどになったかはまだ分からないのだ。


294.

 珍しく、リドス連邦王国の艦隊から通信が入った。

「あのリドス連邦王国のバルザス提督の艦隊旗艦ディークから通信です」

「銀の月の旗艦からだと?」

と、レギオンは言うと、傍にいたバルザス提督と顔を見合わせた。

「司令官代理、私がでます」

と、バルザス提督は言うと、スクリーンを見た。

 リドス連邦王国の艦隊が、ヘイダール要塞の近くにステルス状態のまま、遊弋しているということは司令室の者は知っていた。ただ、これまでリドスの艦隊から要塞の司令室に直接通信が入ることはなかった。いつも、魔法陣を使って直接提督の方へ通信が入っていたのだ。それが、直接要塞司令室に通信をしてくるとは、何かあったのかと思わざるを得ない。

「バルザス提督ですか?」

と、スクリーンに出たまだ若い女性の士官が言った。元新世紀共和国の標準から見ても、なかなか可愛い部類の女性だった。

「そうだ。で、用と言うのはどんなことかな?」

「私は、リドス連邦王国宇宙艦隊広報部広報課所属のアイル・デスカ少尉です。今年もあの季節がやって参りました。バルザス提督の御協力を正式に要請致します」

「そうか、もうそんな季節になったか。わかった。私は構わない。それで、どこでやるのかな?」

「できれば、ヘイダール要塞の見栄えのいい、広い場所をお借りしたいと思います。それと、提督と一緒に踊ってくれる若い士官も二十名ほど必要です。今年は、去年の二割増しの増収を目標としております」

と、一気に言うと、アイル・デスカ少尉はバルザス提督の返事を待った。

「わかった。その件はこちらの司令官と話をして、また連絡する」

「よろしくお願いします。それからあの曲は、少し前にダールマン提督の方にお願いしておきましたが、どうなっているでしょうか?」

「心配するな。曲はできている」

と、ダールマン提督は言った。

「ありがとうございます。どうか今年も頑張ってまいりますので、よろしくお願い致します」

と言うと、アイル・デスカ少尉は通信を終了した。

「あの、聞いてもいいですか?」

と、珍しく遠慮がちにダズ・アルグ提督が聞いた。

「何でしょうか?」

と、バルザス提督が言った。

「あの季節とは、何です?艦隊の士官にしては妙な言い方ですね」

「あの季節とは、我々リドス連邦王国では、納税の季節のことを指します」

「納税?つまり、税金を納める季節ということですか?」

「そうだ。リドス連邦王国では、今の時期が納税の季節にあたる。宇宙艦隊では季節感はないからな。敢えて、季節と言う言葉を使っているのだ」

と、ダールマン提督は言った。

「しかし、納税と、あなた方とどんな関係があるのですか?」

「だから、協力を要請しますと言っていただろう。我々の協力で納税額を増やしたいということだ」

「いや、だから、リドス連邦王国の税金というのは、どうなっているのです?」

「だから、おまえたち元新世紀共和国や銀河帝国とは税金を徴収するやり方が違うということだ」

「リドス連邦王国では、自分たちの属している所の税金は自分たちで集めるというのが前提なのです。あなた方の国のように、国で纏めて所得に税金を課したり、消費する時に税金を取ったりするのではなく、税金を納める側が、自分の税金を使って欲しいところにお金を持って行くというシステムになっているのです。したがって、いかに我々艦隊がリドス連邦王国の存立に必要かをアピールすることが必要になります。もちろん、現在は戦争をしているわけではないので、艦隊の実績ではなく、アピールをするのにはいろいろなものが必要ということです」

と、バルザス提督が説明した。

「へえ、面白そうですね」

と、他人事のようにダズ・アルグ提督は言った。

「これから、少しやかましくなりますが、この納税の季節は少々騒がしくなるのが通例ですので、許容してもらえると幸いです」

と、バルザス提督は言った。


 ジェグドラント男爵一家は、リドス連邦王国のリイル・フィアナ提督にヘイダール要塞の中を案内してもらうことになった。

「リドス連邦王国には女性の提督がいるのですね。驚きました」

と、ジェグドラント男爵はリイル・フィアナ提督を見て言った。

「あら、帝国にはいないのですか?」

「帝国軍には女性の兵士はいません」

「それは、つまらないですね。我がリドス連邦王国の艦隊には女性の兵士や士官などが、およそ四割がたいると思います」

「それは、かなり多いですね。新世紀共和国でも女性の兵士や士官がいたと思いますが、その数はもっと少なかったと思います。それに提督クラスには女性は居ませんでした」

「そうですか。まあ、それぞれの国の習慣がありますから。それでは、皆さんご一緒に行きましょう」

と言って、リイル・フィアナ提督は微笑んだ。

 要塞司令室に行ったことがあるので、まず行ったのは要塞の中の公園だった。

「要塞の中にこのような場所があるとは、知りませんでした」

と、フェーラリスは言った。

 公園には多くの樹木が植えられ、池もあった。池には、以前には鳥がいたのだが、今はいない。しかし、鳥の羽が池の水際に幾つか残っていた。

「ここに、鳥がいるのですか?」

と、ジェグドラント男爵夫人が言った。

「ああ、それは、以前いた鳥の羽だと思います。今はこの池には、鳥はいません。魚もいないと思います」

「虫は?それに、小動物はいないのですか?」

 ジェグドラント男爵夫人は大の虫嫌いだった。この公園には植物が多いので、虫もいるかと思ったのだ。

「いいえ、虫はいません。小動物は、要塞の兵士の中に飼っている者がいるかもしれませんが、数は多くありません。この公園の中にはもちろん、いません」

 その時、木々の中から、異星人と思われるものが数人現れた。そして、

「リイル・フィアナ提督!」

と、叫んで近づいて来た。

「何者か!」

と、ジェグドラント男爵が誰何した。相手の姿かたちがあまりにも、人間とは違っていたので、警戒したのだ。

「まあ、ちょっと待ってください。あれは、もしかして、……」

「お知り合ですか?」

「ええ、たぶん、要塞の防御指揮官の部下になったナルゼンの者達でしょう。何かあったのかしら?」

 異星人と思われた連中は、確かにかつての海賊ナッシュガルの仲間だった。彼らはこの公園の池に住む鳥にされてしまったのだが、あの未知の艦隊が飛行艇で要塞内に乗り込んできた時、それと戦うと言う約束で元の姿に戻してもらったのだ。現在は、本人たちの希望で要塞防御指揮官の配下に配属されているはずだった。

 ナルゼンというのは、ゼノン人とナンヴァル人の混血だった。そのため、どちらの国の政府からも受け入れてもらえず、海賊になるしかなかった連中だった。かれらは竜族の特徴として人間族よりも筋力が二倍ほどあり、戦闘力としてはかなり頼りがいがあった。

 ただ、その竜族としての姿かたちがこの要塞の人間族に受け入れられるかは未知数だった。

「何かあったの?」

と、リイル・フィアナ提督が聞いた。

「それが、フェリスグレイブ指揮官の部下と喧嘩を始めた者がいるのです」

「喧嘩ですって?まさか怪我人をだしたのではないでしょうね」

「だから、あなたを呼びに来たのです。要塞の他の士官では止められませんから」

「わかったわ。それで、どこにいるの?」

「要塞防御部隊の訓練室です」

 次の瞬間、フィアナ提督とジェグドラント男爵一家と呼びに来たナルゼンたちは、要塞防御部隊の訓練室にいた。

「ここは?」

と、ジェグドラント男爵一家は驚いて周囲を見回した。今まで、公園の中にいたのに、突然部屋の中に入ってしまったのだ。

 目の前では、多くの兵士たちが取っ組み合いのけんかをしていた。ナルゼンと人間の兵士が喧嘩をしているのだ。喧嘩はかなりナルゼン達の方が優勢だった。しだいに人間側がやり込められていくのを、ジェグドラント男爵一家は、ただ茫然と見ていた。一体どうしてこんなところに来てしまったのかわからなかったのだ。

 フィアナ提督は手を叩きながら、

「さあ、もうやめて!喧嘩を止めなさい」

と、大声で言った。だが、誰もその声を聞いたものは居なかった。いつまでも続く喧嘩に次第に嫌気をさしたフィアナは、

「そう、私の声が聞こえないというのね。分かったわ」

と、声を落として独り言のように言った。そして、目を閉じると、口の中で何かを唱える声がした。その声は、訓練室の喧嘩の喧噪に紛れて誰にも聞こえなかった。声が途切れるとフィアナ提督は両手で一回、力いっぱい音を立てて叩いた。

 ふいに、その喧騒が病んだ。見ると、そこには先ほどの喧嘩をしていた連中の姿がなかった。代わりに、小さな猫が何匹も現れたのだ。

「ね、猫だわ!」

と、ジェグドラント男爵の娘が言った。

 突然の場面の変わりように、ジェグドラント男爵一家と、呼びに来たナルゼンたちは、唖然としていた。

「あ、あの、ここに居た連中はどうしたのでしょうか?」

と、ナルゼンの一人が聞いた。

「ふん。そこにいるでしょう。猫になってしまえば、大人しくしているでしょうよ」

 その時やっと、これはフィアナ提督がやったことだと、ジェグドラント男爵一家は気づいた。

「あ、あの、あなたはもしかして、魔法使いですか?」

と、男爵が聞いた。

「もしかしなくても、私は魔法使い。そうね、女だから魔女だわ」

 そこへ、部下に呼ばれた要塞防御指揮官のフェリスグレイブがやってきた。

「これは、どうしたんです?」

と、フィアナ提督がいることに気づいて言った。

「ここにいる、あなたの部下連中が喧嘩をしていたのよ。私は止めたんだけど、私の声では聞こえないらしいから、ちょっと静かになるようにしただけだわ。こうなってしまえば、喧嘩はできないでしょう?」

 最初は自分が猫になったことがすぐには分からなかったようだが、相手が猫になったのを見て、その驚きで喧嘩を止めたのだ。その後、自分の姿を見て、自分たちも猫になったと気づいたようだった。

 確かに、喧嘩をしていた連中は大人しくなっていた。代わりに、あちこちでニャーニャーと鳴く声が増えて行った。

「だが、これでは何か起きた時に、すぐに駆けつけることはできそうもないな……」

と、怒るよりも呆れて、フェリスグレイブは言った。

「喧嘩をするような間柄では、駆けつけたところで何もできないでしょうよ」

 ジェグドラント男爵は話をしている二人を交互に見て、

「あの、あなたはリドス連邦王国の艦隊の提督だと仰っていましたが、同時に魔女だというのですか?」

と、フィアナ提督に言った。

「あら、私たちの艦隊では当たり前のことだわ。こちらでは違うようだけれど……」

「リドス連邦王国のリイル・フィアナ提督は、人間を猫に変えるのが特技らしいですな。さて、これはどうすれば元に戻るのか、教えてもらえますかな?」

と、できるだけ慎重にフェリスグレイブは言った。これ以上、フィアナ提督の機嫌を損ねるようなことをすると、自分まで猫にされかねないと思ったのだ。何しろ、以前同じことが我が身に起きたことがあるのだ。

「私は、すぐに戻す必要はないと思うわ。猫になって少し考えるといいのよ」

「しかし、何か起きたらどうするのです?」

 要塞の中で何か起きたら要塞防御部隊員が駆けつけることになっていた。敵との戦闘だけではない、憲兵の仕事まで兼ねているのだ。このままでは、要塞の治安にまで影響を及ぼしかねない。それでなくとも、要塞の人員が増えるにつれて、犯罪の発生率も上がっているのだ。

「その時は、銀の月でも呼ぶのね。でもね、言っておくけれど彼でも私の魔法は解けないわよ」

と、リイル・フィアナ提督は言った。

「では、誰なら解けるのです?」

「そうね、リドスの王女殿下なら、出来ると思うわ」

「なるほど。ガンダルフの五大魔法使いでもあなたの魔法は解けないということですか」

「当たり前よ。私を誰だと思っているの。そんじょそこらの魔法使いと一緒にしないで!」

と、つんと鼻をそびやかしてリイル・フィアナ提督は言った。

 ジェグドラント男爵は、これはとんでもないところに来てしまったのではないかと思ったのだった。



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