ダルシア帝国の継承者
289.
ナンヴァル連邦の高速艦ゼルアナン号は、魔法使いのキリュー・ガルト・トーラを乗せてジル星団へ戻って行った。
ロル星団の銀河帝国の帝都ロギノスが闇の魔法に覆われていると言う知らせは、ジル星団の特に魔法使い達に大いなる驚きをもたらすだろう。一般に、闇の魔法はジル星団のアルフ族が生んだもので、数百万年も前にロル星団のとある星で封印されたと伝えられていた。それがどこであるかは、ガンダルフの五大魔法使いやダルシア人しか知らなかった。その封印された闇の魔法が蘇ると、ふたご銀河に大きな災厄を起すと言う言い伝えが魔法使い達には残されていた。特にその影響を受けるのは白魔法使いである。一部の黒魔法を使う魔術師などはあまり影響を受けないと言われていた。
惑星ロギノスを覆っていた、あの黒い骸骨は、魔法使いの知る闇の魔法の印である。それが現れたと言うことは、銀河帝国の帝都ロギノスがかの伝説の闇の魔法が封印された惑星であることを示していた。また同時に闇の魔法が復活したことも示している。これはこの時代の最悪のニュースであった。
伝説ではあまり詳しいことは伝えられていないが、やがてふたご銀河全域にわたる災厄が起きるというのだが、それはどんなことなのだろうか、と、艦の中でナンヴァル人の魔法使いキリュー・ガルト・トーラは考えていた。
高速艦ゼルアナン号がジャンプ・ゲートを通り、高速移動中、突然警報が鳴った。
「何事だ、艦長!」
と、魔法使いのキリュー・ガルト・トーラは聞いた。
「障壁によって行く手を遮られてしまったのです」
「障壁だと?こんな場所に、しかもジャンプ・ゲートの移動中ではないか。そんなものがどうして現れたのだ?」
「確かに、以前にはなかったものです」
「ここは、どこなのだ?」
「おそらく、かのヘイダール要塞の付近だと思います……」
ゼルアナン号は、ヘイダール要塞の近くのジャンプ・ゲートで無理やり通常空間に出されてしまった。
「一体これは、どうしたことなのでしょうか?」
と、ゼルアナン号の一等航宙士が言った。
「通常空間に出たようだな」
と、魔法使いのキリュー・ガルト・トーラは言った。
「こんなことは初めてです。無理やり、ジャンプ・ゲートから出されてしまったのです。これは航路ミスとは違います」
「そんなことが起きるとは、いったいどういうことなのだろうか……」
「まさか、あの元銀河帝国のヘイダール要塞からの介入でしょうか?」
「そんなことができるはずがない」
銀河帝国にそのような技術があるはずがない、と艦長は思った。彼から見ても、ロル星団の宇宙船や航行技術はジル星団のものより劣っていると感じていた。それに、彼らはジャンプ・ゲートの存在すら知らないではないか。
だが、かつてこの辺りには、惑星ガンダルフの大賢者レギオンの城があったと伝えられている。その城は目には見えず、手にも触れられない場所にあり、ジャンプ・ゲートが数多く存在するこの辺りを守っていたと言うのだ。もしそれが、健在ならこうした事態は有りうるのではないか、と魔法使いのキリュー・ガルト・トーラは思った。
「しかし、最近あそこにはガンダルフの五大魔法使いの『銀の月』がいるという噂です」
と、魔法使いのキリュー・ガルト・トーラが言った。
「銀の月だと?ガンダルフの五大魔法使いが生まれ変わって来ているというのか」
「そうです。今は、リドス連邦王国の艦隊にいると言う話です」
「そう言えばリドス連邦王国は、昔の魔法使い発祥の地と言われる惑星ガンダルフを擁した国だと聞いたことがある」
ゼルアナン号の艦長は魔法使いではないが、ロル星団の歴史については多少の知識がある。二百年前にリドス連邦王国の王族がやって来た時、惑星ガンダルフの『守護者』と『ガンダルフの五大魔法使い』は彼らを抵抗なく迎えたのだ。それは彼には、とても不思議なことに思えた。遠くのどこの星からやって来たかもわからない連中に、自分たちの星を委ねたからだ。無責任としか思えない。しかも、あのふたご銀河の保護者を自認しているダルシア人もそれを容認したのだ。
「艦長、通信です。ヘイダール要塞からです」
と、通信士官が言った。
「わかった。私が出る」
ゼルアナン号のスクリーンにはヘイダール要塞が映し出されていた。
ヘイダール要塞は黒々とした流体金属がゆっくりと流れていた。ゼノン帝国とナンヴァル連邦の艦隊に攻撃されて損傷した部分は、すでに修復を終えていた。そこに、ヘイダール要塞の司令官らしき人物の顔が現れた。そして、
「あなた方は、どこに所属している艦だろうか?そして、どこへ行くつもりなのだろうか?」
と、聞いてきた。
「我々はナンヴァル連邦に属している。今、急いで本国に帰るところだ」
「では、どこから来たのか聞いても良いだろうか?」
「我々は銀河帝国の帝都方面からきたのだ」
「帝都方面?帝都ロギノスからではないのか?」
「貴公は知らないのか?帝都ロギノスの様子を」
「銀河帝国の帝都で何か起きたのか?」
「それをなぜ、我々が貴公に告げねばならぬ」
「今、急いで本国へ帰るところだと言っていたではないか。と言うことは、何か大変なことが起きたのだろうと思って聞いているのだ」
ゼルアナン号の艦長は、ヘイダール要塞とナンヴァル連邦とのいきさつを知っていた。だからこそ、ヘイダール要塞を避けたいのだ。
「もしかして、貴公は『銀の月』と呼ばれる魔法使いではないだろうな?」
と、急に思いついてゼルアナン号の艦長は聞いた。
「いや、私は『銀の月』ではない。だが、確かにこの要塞には『銀の月』がいる」
「では、『銀の月』と話がしたいと言ったら、できるだろうか?」
「そうすれば、卿は帝都ロギノスの様子を我々に話すというのか?」
「交換条件としては悪くはない」
「なるほど、いいだろう。その代り、通信ではなく要塞に入ってもらうことになるが、いいだろうか?」
「話の後、我々を黙って行かせてくれるというのなら、いいだろう」
「それは構わない」
「それでは、私はナンヴァル連邦艦隊ゼルアナン号の艦長、デル・タトール・ナンと言う。貴公は誰か?」
「私はリドス連邦王国艦隊所属、ヘイダール要塞司令官代理、ナル・クルム少佐だ」
ジェグドラント男爵一家が案内された部屋は、要塞の貴賓室とまではいかないが、かなり部屋数も多く、調度品も贅沢なものだった。
「要塞にこんな部屋があるとは、思わなかった」
と、フェーラリスが驚いて言った。もっとも彼はベルンハルト・バルザスとは違って、軍人にはならなかったので、ヘイダール要塞に来るのは他の者達と同様に初めてである。
「この部屋は、以前長期滞在の軍の高官用の部屋だったのです。家族が一緒に来た場合を考えて設えてあるのでしょう」
と、バルザス提督――『銀の月』は言った。
「我々がこの部屋を使ってもよいのだろうか?」
と、ジェグドラント男爵は遠慮して言った。要塞が帝国のものであれば、貴族と言うことで特権を認められたかもしれない。だが、今この要塞はかつての新世紀共和国の軍人たちの手にあるのだ。しかし、弟のバルザス提督はそのようなことは構わないと言うように、
「これまでほとんど使ったことがないようです。帝国の所有で有った時も、ほんの一時期、そう最初に来た要塞司令官が家族を連れて来たと聞いています。ですが、あとはほとんどそのような事例はなかったようで、使われないままだったそうです。ここなら、しばらくは安全でしょう」
と、続けて言った。
「しばらくというのは?」
と、ジェグドラント男爵は聞いた。
「いずれ、ヘイダール要塞には銀河帝国の皇帝陛下が艦隊を率いてやって来ると思われます。もちろん、まだ確定事項ではありませんが……」
「何だって!それじゃ、ここからも逃げなければならないではないか」
と、フェーラリスが言った。
「まだ、すぐではありません。それに、皇帝陛下が艦隊を率いてやって来たとしても、怖がることはないのです」
「つまり、我々が来た方法で他所へ移動できるからか?」
「それもあります。それに、この要塞には帝国軍が知らない兵器があるのです」
「あの要塞を設計した、ヘイダール伯爵が隠したと言う噂の例の兵器のことか?」
「そうです」
ヘイダール要塞には隠された兵器がある、と帝国軍では言われていた。だが、それを見た者は誰もいないのだ。だから、単なる噂話か妄想だろうと長年思われていた。
「ベルンハルト、どうしてお前がそれを知っているのだ?」
と、フェーラリスが聞いた。
「今、この要塞に、そのヘイダール伯爵その人が来ているのです」
これは、いずれ要塞で生活していくうちに気が付くことなので、バルザス提督は今のうちに話して置こうと思っていた。それでなくても、今要塞はかなりの変貌を遂げているのだ。
「ばかな、ヘイダール伯爵というのは、もう百年も前に亡くなった人物ではないのか?」
「そう言われているだけです。ここに居れば、いずれお会いになることもあるでしょう」
その時、絵画を掛けてある壁の向かい側ついているスクリーンが光った。この部屋には映像の付く内線が付いているのだ。軍の高官の部屋なので、司令室と直通のスクリーン付内線が入っているのだ。
「ちょっと、失礼します」
と言って、バルザス提督はスクリーンを見て、壁の装置を触った。すると、そこにクルム司令官代理が映った。
「バルザス提督。今、ナンヴァル連邦の艦が帝都ロギノス方面から来たので、情報をこちらにも漏らすように頼んだところだ。彼らは『銀の月』と話ができるのなら、ロギノスの様子を話してもいいと言うのだ。こちらに来てもらえるだろか?」
「わかりました。すぐに行きます」
と、バルザス提督は答えると、
「すみません、兄上、司令室に行かなければなりませんのでこれで失礼します。あとは、要塞の案内のために誰かを来させますので、しばらくここでお待ちください」
と、ジェグドラント男爵に言って、部屋を出た。
ジェグドラント男爵は部屋の中をゆっくりと見回した。
「ここがヘイダール要塞とはとても思えぬ」
と、正直な感想を漏らした。部屋の中は、普通の貴族の家の中にあるような調度品が置かれてあるからだ。違いがあるとすれば、部屋に窓がついてないことだ。
男爵の家族である、元老伯爵夫妻、男爵の妻、三人の子供達も少し安堵したようにあたりを見ていた。だがその中で一人、腕を組んで厳めしい顔をしている者があった。
「ベルンハルトは、あいつは信用できるでしょうか?」
と、フェーラリスは言った。
「他にどうすればいいと言うのだ?あのままギュントール街のアパートにいたら、どうなっていたかわからない」
「ええ、おそらく帝国軍の陸戦部隊に襲撃されていたと思われます」
「やはり、そうか……」
「あの時、私は宮殿の近くまで行っていました。そこで、ウォーゲルン公爵邸がギャレンドン提督の艦隊に上空を占拠され、陸戦部隊が降下するのを見ました。おそらく、ウォーゲルン公爵は彼らによって捕まったか殺されたかのどちらかだと思われます」
「我々も、危なかったというわけだ」
「でも、なぜ皇帝陛下は我々を襲撃しようと考えられたのでしょう。それがわからないのです」
「それは、私にもわからない」
「ベルンハルトの血族だという理由でしょうか」
「いや、そうではあるまい。もちろん、それも理由の一つとして挙げられたかもしれぬが、もっと別の理由があったはずだ」
大逆人の部下であるというベルンハルト・バルザスの所為なら、もっと前に失脚していたはずだ。それが、なぜ今頃このようなことになったのか、男爵にはわからなかった。
「では、皇帝陛下はすべての貴族の排除をするおつもりなのでしょうか?」
「そこまでやっては、残っている貴族たちも全力で最後の抵抗を試みるかもしれん。それは皇帝陛下にとって利益になるだろうか?」
やっと手に入れた平和を乱すのは、現皇帝陛下のこれまえの考えややり方とは違う気がするのだった。ジェグドラント男爵は帝国貴族であって、魔法使いではない。だから、今回の騒動の裏に闇の魔法が蠢いていることに気づいてはいなかった。
290.
ナンヴァル連邦のゼルアナン号の艦長と魔法使いのキリュー・ガルト・トーラはヘイダール要塞の駐機場に入ると、『銀の月』や要塞司令官代理と会うために士官に案内されて、会議室に入った。
そこにはスクリーンにいた司令官代理と副官らしき人物ともう一人、リドス連邦王国の軍服を着た男が待っていた。
「私は、『銀の月』に会うのは初めてなのだが、紹介してもらえるだろうか」
と、ゼルアナン号の艦長は言った。
すると、リドス連邦王国の軍服を着た男が言った。
「私が『銀の月』だ。現在はベルンハルト・バルザスと名乗っている」
「私は、ナンヴァル連邦ゼルアナン号の艦長デッラ・セリーン・ナン。こちらは魔法使いのキリュー・ガルト・トーラです、『銀の月』よ、お見知りおきを」
と、ゼルアナン号の艦長は挨拶した。
「ナンヴァル連邦の魔法使いということは、白魔法使いということですか?」
「もちろんです。我々はゼノン帝国とは違う。魔術師などと言う連中はわが国にはおりません」
「ゼノン帝国は相変わらず魔術師を使っていると言うことですか」
「最近は、古い種族の国にも、魔術師の存在が顕著になっています。あのハイレン連邦ですら噂によると、魔術師を入れているということです」
「それは、我々も確認しました。嘆かわしいことだ」
「ですが、我が国だけではなく、ジル星団では白魔法使いよりも、魔術師の存在が多くなっているのです」
「それは、新たな呪文ができないからだろうか?」
「それだけではありません。宇宙時代になって、白魔法使いだけでは役に立たなくなったのです」
その時咳払いが聞こえた。
「話の腰を折って悪いのだが、帝都ロギノスの様子を教えてもらえるだろうか」
と、クルム要塞司令官代理が言った。
「そうでした、『銀の月』と話をする代わりに帝都ロギノスの情報を出す約束でした」
と、ゼルアナン号の艦長は言った。
「では、それは私から話しましょう。私は帝都方面から来たと言いましたが、実は本国から帝都に新たに赴任する大使を乗せて、我々ナンヴァル連邦の艦隊は帝都の惑星へ近づいていたのです。その時帝都ロギノスのある場所に大きな黒い骸骨があるのを見ました。おそらく、ロギノスの惑星全体を覆っているのです。黒い骸骨と言えば、我らナンヴァル連邦の魔法使いの間でも闇の魔法の印として言い伝えられています。ですので、私は司令官にまず本国へ戻るように助言しました。闇の魔法に影響を一番に受けるのは我々白魔法使いですが、普通の人間であっても、悪い影響を与えるからです」
と、魔法使いのキリュー・ガルト・トーラが言った。
「それで、ナンヴァル連邦の艦隊司令官はどうされたのだ?」
と、バルザス提督――銀の月は聞いた。
「司令官閣下は、本国の命令に反するようなことはできないと仰いました。ですが、私には艦を一隻与えてくれました。それで今、本国に帰るところなのです」
バルザス提督は、黙っていた。ナンヴァルの魔法使いキリュー・ガルト・トーラは嘘をついてはいない。魔術師はともかく、白魔法使いは嘘をつかないのだ。
「で、私はこの要塞にいる『銀の月』にお聞ききしたい。今回闇の魔法が蘇ったことは、我々にどのような災厄をもたらすのか?もし、それが分かっているのなら、是非とも教えていただきたい」
と、ゼルアナン号の艦長は言った。それが分かれば、本国へ知らせてその災厄に備えることが出来ると考えたのだ。
「率直に言えば、まだわからないというしかない。かつて、ロギノスにいたアルフ族がジル星団へ逃げてきた時起きたことは、ダルシア帝国の記録にある。まだナンヴァル人は若い種族だったから、当時の記録はないだろう。ダルシアの記録には、人間族の惑星に起きた災厄として象徴的に書き残してある」
「では、銀の月よ、あなた自身はあの時何を見たのですか?大昔の大災厄の時、あなたはその場にいたのではないですか?」
「いたとも。だから、それがとてつもない宇宙的な大災害をもたらしたと言うことは知っている。ロル星団の惑星ロギノス以外に居住していたアルフ族は、それでほとんど全滅したと言っていい。かろうじて生き残った人々は文明すら無くしていた。やがてその災厄はジル星団にまで及んだのだ。ダルシア人は強靭な種族だったから、影響はそれほど受けなかった。だが、人間族はかなり打撃を受けて一斉に人口が減少したのだ。だが、当時ジル星団で宇宙航行が出来た種族は、ダルシア人だけだった。ガンダルフは一部の魔法使いしか惑星の外へ行く力がなかった。従って残念ながらロル星団で起きた災厄については、具体的にはどんなものかわからない。分かっているのは、起きた後の惨状だ。あの時は魔法使いにも多くの犠牲者がでたのを覚えているが……」
クルム要塞司令官代理は、その話を聞いてぎょっとしていた。これまで闇の魔法がもたらすものについて、あまりにも関心が薄かったのだ。まさかそれが、惑星ロギノスだけでなくロル星団全体、いやふたご銀河全域に影響が及ぶとは思いもしなかったのだ。
それは、隣で聞いていたディポック提督も同じだった。魔法使い達の話が進んで行くにつれて、これが彼の母国でもあった元新世紀共和国にもかなり影響があると言う印象を受けたからである。
「ちょっと、待ってほしい。つまり闇の魔法の影響はロル星団全体に関わって来るということなのか?銀河帝国だけにその影響は留まらないということなのか?」
と、ディポック提督は言いつつ、次第に声が大きくなるのを止められなかった。
「そうです。ただ、大きな災厄が起きたとだけしか今は言えないのです。我々ガンダルフにはまだ宇宙船はまだなかった。ジル星団ではそれを止めるために多くの魔法使いが命を落としたのです。急なことでしたので、ダルシア人の力も間に合わなかった。我々はロル星団で起きた災厄を止めることもそこに住む人々を助けることもできなかった。どのようなことが起きたかも、その爪痕で判断するしかなかったのです。もちろん、ジル星団に起きたことと同じようなことが起きたのだと推測することはできます。その災厄の結果を、当時のダルシア人が宇宙船で調査した記録があるだけです」
「だが、その災厄が起きたのはそのアルフ族とやらが逃げて、すぐに起きたのではあるまい」
と、クルム司令官代理は言った。大きなことが起きるには、そのために様々な要因がいるのだ。
「確かに、闇の魔法が惑星ロギノスを覆ってから、災厄が起きるまで少々時間がかかります。すぐに起きるわけではありません」
「では、その間に何らかの対策を立てることができるのではないだろうか?」
「そのために、我々は銀河帝国に生まれたのです。だが、我々は何もしないうちに追放されてしまったのです」
「我々というと、レギオンのことか?」
「彼もそうです。ガンダルフの五大魔法使いの内三人まで銀河帝国に生を受けました。それは、生まれる前にすでに、大災厄の予言がなされていたからでもあります。また闇の魔法が蘇る予兆もありました。ですが、我々が対策を立てる間もなく、あの事件が起きてしまいました」
「あの事件?大逆事件のことか?」
「それで、我々三人は銀河帝国を去らなければならなくなったのです」
「と言うと、あの大逆事件は闇の魔法の影響で起きたということか?」
「さあ、それはどうでしょう。そこまではっきりと言えるような証拠はありません。ダールマン提督の当時の地位は他の者に妬まれるような位置にありましたし、その性格もそれほど人当たりがよいとは言えませんでしたから。私の考えでは影響はあったとしても、悪意ある噂を流される程度だと思います」
「では、やはりあの大逆事件は冤罪なのですか?」
と、ディポック提督が聞いた。
「私が知っている限りはそうです。ダールマン提督は帝国の一軍人として誰もが持っているような野心があったにすぎないということです」
話が本題からそれていくのをみて、ナンヴァル人の魔法使いキリュー・ガルト・トーラは言った。
「つまり、これから起きる災厄については、その規模がふたご銀河全域に及ぶ危険があると言うこと以外は、わからないということですね」
「そう言うことだ」
と、銀の月は言った。
魔法使いキリュー・ガルト・トーラは、かなり失望していた。銀の月は白魔法使いであるから、嘘はついていないと分かっていた。だから、闇の魔法のもたらす災厄について、何もわからないと言うことに失望せざるを得なかった。その上、惑星連盟にはすでにダルシア人の姿はない。最後のダルシア人であったコア大使は亡くなり、それを利用して惑星連盟を牛耳ったゼノン帝国とナンヴァル連邦は、闇の魔法とその災厄については、あやふやな伝説しか残されていないのだ。
「私はこれからまずハガロンに、このことを知らせるつもりです」
「惑星連盟か、果たしてそれが何かの役に立つかはわからないが、警告する価値はあるだろう」
と、銀の月は言った。
ナンヴァル連邦のゼルアナン号は、再び魔法使いキリュー・ガルト・トーラを乗せて、一路宇宙都市ハガロンへ向かった。彼の持っている情報は銀河帝国の帝都ロギノスが闇の魔法に覆われたと言うことだけではない。もう一つ、ヘイダール要塞からロル星団へ行くジャンプ・ゲートが閉ざされているという情報が加わったのだった。
291.
一方、ナンヴァル連邦の新しい大使を乗せた艦隊は、闇の魔法に覆われた惑星ロギノスに到着した。
帝都ロギノスには宮殿のある大陸中央に新しい宙港が完成しつつあった。しかも宮殿のそば近くである。これまでは帝都には大陸の東の端に皇室用のシャトルの発着場があるだけだった。それではあまりにも不便だということで、皇帝陛下の命により建設が始まったのだ。従って、ジル星団の各国の大使は宇宙船とシャトルを乗り継いで帝都へやって来たのだ。
「艦長、魔法使いの姿が見えぬようだが、どうしたのだ?」
と、ナンヴァル連邦の大使マグ・ファーロン・シャは艦を降りる直前になって、魔法使いがいないことに気づいて言った。本来なら、あらゆる場合に備えて大使の傍に控えているべきなのだ。
「実は、本国へ至急の用事ができましたので、戻りました」
「では、魔法使いがいないというのか?」
「はい」
「それは、困ったのう……」
「いずれ、本国から代わりの魔法使いが来ると存じます」
「そうか。早く来てもらいたいものだ」
ナンヴァル人にとって、特に大使のような政府高官にとっては、魔法使いはなくてはならないものだった。自分の身を守るというだけではなく、様々な交渉の場であるいは赴任先の情報を得るためにも魔法使いは必要だった。
ゼノン人などはそれに加えて、魔術師であるため呪いを使うような仕事もこなした。つまり、殺人や相手を病気にしたりするようなことである。
ナンヴァルの魔法使いは白魔法使いであるので、人を呪うような仕事はしない。そのようなことをすると、白魔法使いとしての力が減ってしまうと言われていた。
「新しい調整官殿は、魔法を使うことを好まないと聞いていたが、その所為で何かあったのだろうか?」
「いえ、そのようなことではありません。今は時間がありませんので、大使の交替が済んでから、詳しくお話いたします」
「そうか。已むをえぬな……」
宮殿の傍近くの完成まじかの宙港にはナンヴァル連邦の新大使を迎えるために、帝国艦隊の最高司令長官と国務卿と数人の提督が来ていた。もちろん、交代するナンヴァル大使も来ていた。けれども、大使の傍に彼の魔法使いの姿はなかった。
旗艦を降りた時、マグ・ファーロン・シャは何か言うに言われぬ嫌な気分を味わった。空気が澱んでいるのだ。まるで、ぬるま湯につかるように、澱んだ空気が充満している中に浸かっている気分だった。
「ようこそ、マグ・ファーロン・シャ大使閣下。私は銀河帝国国務卿ガラシア・オル・ドレイシア伯爵です。こちらは我が帝国艦隊最高司令長官、シェルドラン・フォレード」
ナンヴァルの大使は二人と挨拶を交わし、交代する大使と一緒に地上車に乗り込んで宮殿に向かった。車内では、帝国の政府高官とナンヴァル連邦の新旧大使が向かい会って座る形だった。
「今日は、残念ながらあまりよい天気ではありませんでしたな」
と、国務卿のガラシア・オル・ドレイシア伯爵が言った。
「かまいません。いつも良い天気に恵まれるわけではありますまい」
と、マグ・ファーロン・シャ新大使は言った。彼はそれよりも、駐在大使の魔法使いが来ていないことを気にしていた。
「ナンヴァル連邦本国では、調整官が交代されたと聞きました」
「それは、お耳が早いことですな。新しい調整官は、クラウ・トホス・トル閣下でございます」
「確かナンヴァル連邦は、四つの階級に分かれていると聞きました。新しい調整官閣下は、どの階級の方でしょうか?」
「商人階級出身になります。以前は司祭階級の方でした」
「ほう、それはまた良い頃合いですな。帝国政府としましても、ナンヴァル連邦との貿易をこれから拡大したいと考えているのです」
「それは我々にとってもうれしい話です。ところで、ゼノン帝国の大使は如何されているのでしょうか?」
「どうと申されますと?」
「我々竜族と言われる種族は、人間族の住む惑星になかなか慣れませんで、どうされているかと心配しているのです」
「そう言えば、ゼノン帝国大使は今日、ナンヴァル連邦の大使の着任式に来られると聞いています」
「それはまた、嬉しいことです。遠い異国で同じ竜族の者と会えるというのは……」
ナンヴァル連邦の新大使を乗せた地上車は、やがて宮殿の玄関に到着した。そしてすぐ、彼らは宮殿の広間に案内された。
そこにはすでに、銀河帝国の若き皇帝リーダルフ・ゴドルーイン陛下が玉座に待っていた。
新大使は、宮殿の広間についてまだ前王朝時代のままだと聞いていた。とは言うものの、なかなかナンヴァル連邦の者から見ても、贅沢な作りだった。ただ、このような装飾はゼノン帝国の方が好むだろうと彼は思った。
「遠いところから、よく参られた」
と、皇帝リーダルフ陛下が言った。
「この度は、わがナンヴァル連邦と友好を深める機会を与えていただいたことを感謝申し上げます」
と、恭しくナンヴァル連邦の新大使マグ・ファーロン・シャは言った。
「今日はゼノン帝国大使も宮殿に来ておるようだ。同じジル星団の竜族として、ここで友好を深めるのも良いことであろう」
ゼノン帝国大使ロガール・ヴァン・ダンは、皇帝陛下の右側に立って、ナンヴァル連邦の新大使を迎えた。それを見て、マグ・ファーロン・シャ大使は一瞬妙な顔をした。なぜなら、ゼノン大使の傍に魔術師の姿がないからだ。ゼノン人はナンヴァル人よりも魔術師を重用していると言われていた。
「ナンヴァル連邦はジル星団でも数少ない竜族の一つでございます。この度のお招き感謝しております」
と、ゼノン帝国大使ロガール・ヴァン・ダンは言った。
「それは、重畳、ではあとはしばらく宮殿の客間にてゆっくりとされるがよかろう」
と皇帝陛下が言うと、ゼノン帝国大使とそれにナンヴァル連邦の新旧大使、国務卿と帝国軍の最高司令長官は皇帝陛下の御前を下がるよう合図をされた。これで終わりかとマグ・ファーロン・シャ大使が思っていると、別の部屋に案内された。
次の間には、お茶の接待の準備がなされていた。
「お疲れの所、申し訳ないが、リドス連邦王国について、我々は情報を求めているのです」
と、国務卿は言った。
着任したばかりなのに、それもまだ大使公邸にも行く暇もなく、何事であろうかと怪しみながらマグ・ファーロン・シャ大使は聞いた。
「何かあったのでしょうか?」
「実は、最近少々妙なことが起きているのです。それが、ゼノン帝国大使によると、リドス連邦王国の仕業ではないかと仰るので、是非ともナンヴァル連邦大使にもお聞きしたいのです」
横目で一瞬ゼノン帝国大使を見て、マグ・ファーロン大使は言った。
「リドス連邦王国のことでしょうか?」
「さようです」
「しかし、何が起きているのでしょうか。特に、帝都に来ておかしいと感じることはありませんが……」
「誠に恥ずかしながら、かつての皇帝陛下の姉君である大公妃殿下の失踪と今回のジェグドラント男爵一家の失踪事件について、何かご存じのことがないかと……」
「それは、初めて聞くことです。どのようなことなのでしょうか?」
国務卿は二つの事件の概要について、少し説明を加えた。
「なるほど、それは確かに妙です。それに、リドス連邦王国がそのような技術を持っていると言う噂は聞いたことがあります。ですが、確かなことは分かりません」
「噂ですか?何かもっと確かな証拠のようなものはないのでしょうか?」
「それは、難しいでしょう。ナンヴァル連邦はかつては、つまり前の調整官の時代は、リドス連邦王国ともある程度の国交がありましたが、今は現調整官閣下の意向で、だいぶ減っております。将来どのようにするかは、調整官閣下のお考えによりますが、さて、そのお心の内は私どもではわかりません」
ゼノン帝国大使は、見たところそれほど印象は悪くはなかった。ただ、本国からどのような命を受けているかはマグ・ファーロン・シャ大使には推測するしかない。一つ確かなことは、ゼノン帝国は新しい国交を始めた国にはまるで媚びるような外交をすることである。そして、相手の弱みを掴んでから本性を現すのだ。ジル星団ではあまねく知られているゼノン帝国の外交姿勢だった。だから、銀河帝国においても同じようなことをしていると推測することはできる。
ジル星団に対しても国交を開いたばかりの銀河帝国側は、このようなゼノン帝国のやり口をおそらく知らないだろうと思われた。
マグ・ファーロン・シャ大使は、現在本国政府がゼノン帝国と友好関係を発展させるために貿易や国防を含む条約を締結しようとしていることを知らされていた。要するに赴任地でゼノン帝国と連携をするようにとの暗示だ。彼自身はたとえどんなに信用のできる外見のゼノン人であっても、信用することは躊躇うだろうと思った。そのため、本国政府のやり方が心の底ではおかしいと感じていた。
「マグ・ファーロン・シャ大使、あなたは司祭階級の方ですかな?」
と、ゼノン帝国のロガール・ヴァン・ダン大使は聞いた。
「左様です。それが何か?」
「いえ、確か前の惑星連盟大使であった、マグ・デレン・シャ大使も同じ司祭階級の出だと聞いておりましたので……」
「で、ロガール・ヴァン・ダン大使、あなたはどちらの貴族の出なのでしょうか?」
と、代わりにマグ・ファーロン・シャ大使は聞いた。
「私は、もちろん現皇帝バルファルハ・グド・ロバンダン陛下の一族である、ガルドリア公爵家の親族です」
「ほう、皇帝陛下の一族の公爵家の親族でしたか。それは、なかなか名誉ある家系ですな……」
マグ・ファーロン・シャ大使はそれを聞いて、一段と警戒を強める必要性を感じていた。ゼノン帝国の皇帝陛下の一族に連なるというのなら、本国政府の後押しは確かだろうからだ。
「ところで、帝国政府はなぜ、リドス連邦王国についてそのような疑惑をもたれるのでしょうか?」
と、マグ・ファーロン・シャ大使は聞いた。
「我が帝国の大逆人であるダールマンがリドス連邦王国艦隊に提督として所属していると分かったからです」
「それは、リドス連邦王国の大使に直接確かめられたのでしょうか?」
「確かめました。もちろん、ゼノン帝国大使からそのことを聞いた時に、まさかとは思いましたが、本当でした」
「ですが、だからと言って、リドス連邦王国が銀河帝国に敵対する考えがあるとまでは言えますまい」
「何を仰るのか、マグ・ファーロン・シャ大使殿。銀河帝国の大逆人を平然と受け入れるということは、同じ穴のムジナ、仲間と同然ではありませんか?」
と、激しい口調でゼノン帝国大使ロガール・ヴァン・ダンは言った。
「それは、少々考え過ぎではありませんか?ジル星団の惑星連盟においても、これまでリドス連邦王国は非常に平和的な他国と協調をする国でありました。それが、なぜこの国で突然そのようなことをするのでしょうか?」
「それは、どういうことですかな?」
「かの国には、他に何か考えがあるのかもしれないということです」
「ほう、我が帝国を侵略する野心の他に何があるというのでしょうか?」
「さあ、それは私にはわかりません」
なぜこれほどリドス連邦王国に国務卿が疑惑の目を剥けるのか、マグ・ファーロン・シャ大使には理解できないことだった。単にゼノン帝国にそそのかされただけではないと感じられた。一国の政府高官ともあろう者が特定の国をこれほど悪しざまに言うとは、何か他にも原因があるのかもしれない。
ナンヴァル連邦の新しい調整官はダルシア帝国が滅んだため、ゼノン帝国をその同盟者として選んだようだった。竜族としては同じであっても、ゼノン人とナンヴァル人の性格はまるで違う。ゼノン人とことを為すことが出来るなどと考えたのは、おそらく新しい調整官が商人階級の出であるということが何か関係あるのかもしれない。昔とは違って、ナンヴァル連邦の商人たちはゼノン帝国との交易を増やし、かなりの利益を得ていたからである。
マグ・ファーロン・シャ大使の私見によれば、ゼノン帝国は頼むに足らず。何か事が起きた時にいずれ分かるだろうと考えていた。だが、そのようなことは少しも表情には出さず、マグ・ファーロン・シャは帝国国務卿とゼノン大使ロガール・ヴァン・ダンを見ていた。
その時、一瞬ではあるが帝国国務卿とゼノン帝国大使の後ろに、何か不吉な影を見たように思ったのは、目の錯覚だったろうか?




