ダルシア帝国の継承者
286.
緊急通信の後、ヘイダール要塞の転送装置とプロキシオン号の転送装置が直接つながると、ダルシア人の霊であるライアガルプスがやって来た。ただ、オルフス・リガル艦長にはライアガルプスを見ることが出来ないので、タレス人のアリュセア・ジーンも一緒にやって来た。
「それで、何をすればいいのかしら?」
と、ライアガルプスに替わって、アリュセア・ジーンが聞いた。
「帝都ロギノスにいるジェグドラント男爵を探して欲しいのです」
と、リガル艦長が言った。
「ジェグドラント男爵?バルザス提督の実家に当たる人達のことかしら?」
「そうです」
「ちょっと待って……。いくら何でも、それはできないわ。このロギノスにどれだけの人口がいるの?十億人?それ以上かしら。その中から、たった一人を探すなんて…」
無理難題だ、と続けようとしてアリュセアは黙った。リガル艦長がとても困っているように思えたのである。
「探すのは、宮殿のある大陸です。そこの人口は、およそ一億人と聞いています。それでそのライアガルプスに、探すために何が必要か聞いてくれませんか?」
と、リガル艦長が頼んだ。アリュセアは軍人ではなく、普通の民間人であるので命令することは相応しくないと思ったのだ。
「わかったわ」
不承不承アリュセアは黙った。そして、集中するために目を閉じた。心の中で、ライアガルプスとアリュセアが話をしているのだ。
(このロギノスのどこにジェグドラント男爵がいるのか、探すことが出来る?)
(不可能とは言わないが、何か他に情報はないのか?)
目を開けると、アリュセアが言った。
「ジェグドラント男爵家のことだけではなく、他の事でもいいから、もっと情報が欲しいって言っているわ」
「他の情報と言っても、今回の事態は、まず、ウォーゲルン公爵が攻撃を受けていることから来ています。その公爵は新王朝の皇帝を支持していたのに、攻撃を受けているということです。そのため、次に狙われるのが、この前失脚に等しい扱いを受けたジェグドラント男爵ではないかと考えられるのです」
と、リガル艦長がかいつまんで現状を説明した。
「すると、ジェグドラント男爵家の人達は、恐怖に震えている可能性があるわね」
「おそらく、そのことに気が付いていればですが……」
「やってみるわ」
と、アリュセアは言った。
ライアガルプスは、まず『恐怖』に陥っている者を探した。数は少ないとは言えないが、その強さを測って探してみた。
「帝都の中に一人、恐怖で動けなくなっている人物がいるそうだわ」
と、アリュセアが言った。
「どこだろうか?」
すると、ビーム転送装置をコントロールする装置に位置の数値が自動的に入った。
「艦長、数値が装置に勝手に入りました」
と、担当の士官が驚いて言った。
「ともかく、そこにいる人物をロックして、ビーム転送をするんだ」
「了解」
ビーム転送装置を動かすと、司令室に帝国の人間が一人やってきた。
「な、なんだ、ここは?」
と、その人物は新たな事態に、更に恐怖を増幅させていた。
「ええと、君は誰かな?」
と、リガル艦長は静かに聞いた。
恐怖に怯える表情でその帝国の人物は、
「あ、あんたは誰だ?ここは、どこだ?私をフェーラリス・オル・ジェグドラントだと知っての狼藉か!」
と、破れかぶれに少々大きな声で怒鳴った。
「ジェグドラントだって?」
と、リガル艦長は驚いて言った。
「あんたはジェグドラント男爵か?」
「私は、フェーラリス・オル・ジェグドラント、男爵の弟だ」
「じゃ、銀の月の兄弟なのか?」
「銀の月だと?私の兄弟に銀の月などという、妙な名前の者はいない」
「ええと、じゃ、バルザス、ベルンハルト・バルザスという兄弟はいるの?」
と、アリュセアは聞いた。
「ベルンハルトだと!やつはジェグドラント家を勘当された身だ。やつとジェグドラント家は何の関係もない」
と、吐き捨てるようにフェーラリス・オル・ジェグドラントは言った。
「そうじゃないわ。私たちは、そのベルンハルト・バルザスからジェグドラント家の人々を助けるために派遣されたのよ」
「何だと!それはどういうことだ」
フェーラリスはそれを聞いて、やっとあたりを見回した。見たことのない場所だった。先ほどまで、帝都の街の中にいたのではないか?
「ここは、プロキシオン号の中だ。宇宙船、そうだな戦艦というべきかな?」
と、リガル艦長は言った。
「リドス連邦王国の艦か?ここは銀河帝国の帝都だ。リドス連邦王国の軍艦が来るのはどういうつもりだ」
フェーラリスは帝国の新しい外交関係をよく知っているわけではないが、新世紀共和国との戦争が終わった後、ジル星団というふたご銀河にあるもう一つの星団の色々な国から大使が来ていると聞いていた。その中でもとりわけ悪名高いのがリドス連邦王国だった。なぜなら帝国の大逆人とその部下が、リドス連邦王国にいると聞いていたからだ。
「いや、違う。我々はリドス連邦王国の者ではない。だから銀河帝国と敵対はしていない。もっとも、リドス連邦王国とは近々同盟を締結することになっているが、それはまだなのだがね……」
「それで、何をしに来たのだ」
「だから、ジェグドラント家の人々を助けるために来たのだ。彼らはどこにいる?」
「ちょっと待て。私はさっきまで、街の中にいたはずだ。どうして突然ここに来ることになったのだ?」
「それはビーム転送装置で街中から、安全なここへ連れて来たのだ。お前さんたちの文明にはまだその技術はないだろう。それが、我々があなたの味方である証拠だ」
「本当にそうか?」
と、フェーラリスは珍しく、疑り深いところを見せた。
「待って。そうだわ、あなたジェグドラント家の人なら、『金色の竜』を知っているわね?」
「な、何を言っているんだ。金色の竜だと?」
驚愕に目を大きくして、フェーラリスは言った。それは、父である元老伯爵がつい最近口にしたことだ。彼の兄であるジェグドラント男爵も言っていた。だから何の関係もない赤の他人がそのことを知っているはずがない。
「誰に聞いたんだ?」
「やっぱり、知っているのね。金色の竜があなた達を助けに来ているの。ジェグドラント家の人々はどこにいるの?」
「だが、金色の竜はいつも夢の中に現れたと聞いている。私は夢を見ているわけではあるまい」
「それはそうよ。だって、金色の竜を見られるのは、ジェグドラント家の当主だけなのだから」
フェーラリスは大きく息をした。そこまで知っているというのは、普通ではない。
「わかった。認めよう。お前たちが何者かわからないが、そこまで知っているのなら、信じてみよう」
「で、彼らはどこにいるの?」
「ギュントール街だ」
「ギュントール街?」
「どの辺のことですかね……」
と、ビーム転送装置担当の士官が言った。
「この大陸の端にある、そう西の端のほうだ」
フェーラリスのさっきまでいた位置から少々遠く思えた。公共交通機関を使って移動すれば、それほど遠い距離ではない。帝都では昔からシャトルなど空を飛ぶ移動手段は禁じられていたため、高速の地下高深度鉄道等の移動手段が発達していたのだ。それを使えば、大陸の西端から宮殿のある中央の海岸エリアまで来るのは約一時間だった。ただ、彼自身がプロキシオン号に来てしまったので、そう答える他ない。
「つまり、私が先ほどいたところから、結構離れている」
「スクリーンにロギノスの地図を出してくれ」
リガル艦長がプロキシオン号の司令室にあるスクリーンに、帝都ロギノスの宮殿のある大陸の地図を出すように言うと、フェーラリスは地図の上から街のある場所を指さした。艦長はプロキシオン号を大陸の西のギュントール街の上空に移動させることにした。帝国軍に気づかれる恐れがないわけではないが、ビーム転送装置を使うにはできるだけ転送物の近くにいた方がいいのだ。特に、人数が多かったり、位置が明確でない場合は特に。
「だが、それだけでは困る。もっと正確な位置が分からなければ。ジェグドラント男爵はその街のどこにいるのだろうか?」
と、リガル艦長は言った。
「アパートの名前までは、私も知らない」
「アパートに住んでいるの?」
と、アリュセアは驚いて聞いた。
「そうだ。財産を全て無くしてしまったのだ。他に行くところがない」
アリュセアは目を閉じた。
「いたわ!今、位置を入れるわね」
ビーム転送装置に数値があっという間に入った。
「で、数は何人いるの?」
「待ってくれ!私が兄の所へ行って、話をした方がいいのではないか?」
「いえ、時間がないわ。いつの間にか、あのアパートの周囲に帝国軍の陸戦部隊が配置されている」
「何だと!どうしてだ……」
フェーラリスの心の中で、デオド男爵の姿が浮かんだ。だが、何の証拠もない。それに彼と会ってからそう時間は立っていない。密告したとしても、動きが速過ぎないだろうか?
「帝国艦隊の様子はどうなっている?」
と、リガル艦長が聞いた。
「軌道上ではなく、ギュントール街の上空、大気圏内まで降下しています。おそらくそこで陸戦隊を降下させたのでしょう」
「ともかく、急いで生命反応の有る者だけでも、転送しましょう」
「確か、アパートの三階部分にいたはずだ」
「ええ、位置は分かっている。ジェグドラントの脳波があるからわかる。家族も一緒だわ」
ギュントール街は、突然の帝国軍の陸戦部隊の降下に騒ぎが起きていた。
「この辺りから、一般人を遠ざけろ!」
と、陸戦部隊の指揮官が部下に怒鳴っていた。
遠巻きに見ている住民は、帝国軍が何をするためにきたのか、ある程度見当がついていた。だが、どこの落ちぶれ貴族を標的にしているのだろうか、という興味があった。ギュントール街は皇帝に反旗を翻しかねない落ちぶれ貴族がごまんといるのだ。そのうちの誰が目的なのかは、さすがにわからなかった。
当のジェグドラント男爵の一家は、外のただならぬ様子を知って、不安に襲われていた。
「まさか、我々を狙ってやって来たのではないだろうな……」
と、老元伯爵は言った。
「まさかとは思いますが、私が外の様子を見てまいりましょう」
と、ジェグドラント家で長年執事をして来たレグルス・デルガンが言った。
「行って来てくれるか?こんな時に、フェーラリスはどこへ行ったのだろうか?」
と、ジェグドラント男爵は言った。
「では、行ってまいります」
「頼んだぞ」
執事のレグルス・デルガンが外へ出てすぐのことだった。
「それでは、転送します」
と、プロキシオン号のビーム転送装置の士官が言った。
「ジェグドラント家の者達すべてにロックできたのだな?」
と、リガル艦長が聞いた。
「ええ、そうだとライアガルプスが言っているわ」
「よし、やってくれ!」
その瞬間、ジェグドラント家の一家がいる部屋が眩しい光で満たされた。次の瞬間その部屋には誰もいなくなっていた。
287.
執事のレグルス・デルガンはアパートの外に出ると、軍の陸戦部隊の指揮官を探した。
「ジェグドラント男爵家の者達のいる場所を知っています」
「お前は、誰だ?」
「私は、ジェグドラント男爵家の執事です」
「何だと!それでは、お前は主人を売るというのか?」
呆れたように陸戦部隊の指揮官は聞いた。
「いけませんか?もういつまでも主人を守るような時代ではありますまい」
「嫌なことをいうな。だが、我々には必要な情報だ。いいだろう。それで、どのあたりだ」
「ゾブレン・アパートの三階が、男爵一家の借りている場所です」
「わかった。部下を向かわせよう」
レグルス・デルガンはゆっくりと頷いた。これで、やっとあの子の無念が張らせるのだ。これで良かったのだ、と自分に言い聞かせていた。
ジェグドラント男爵家の一家は、プロキシオン号のビーム転送で、プロキシオン号に乗船した。ただこれは、男爵家の誰も考えていなかった展開である。転送されて来たのは、ジェグドラント男爵とその妻、三人の子供達、それに元老伯爵夫妻の七人だった。
「兄上!」
と、フェーラリスの声がした。
「フェーラリスではないか!ここで、何をしているのだ?それよりも、ここはどこなのだ?」
と、ジェグドラント男爵は聞いた。
辺りには、ジェグドラント男爵が見たこともない人たちがいた。まるでどこかの宇宙船の中のように思える。正面には船内のスクリーンのようなものがあり、帝都ロギノスの地図が映っていた。
「ようこそ、プロキシオン号へ。私は艦長のオルフス・リガル准将です」
男爵にはあまり軍人のようには見えない男が言った。
「つまり、卿はリドス連邦王国の者か?」
「いえ、違います。我々はリドス連邦王国の人達に頼まれて来たのです」
「頼まれて来た?すると、かのジル星団の他の政府なのか?」
「我々は、もっと遠くから来た者です。ともかく、男爵、ここはもう安全です」
「そうだろうか?まだ、卿が敵か味方か、私には区別がつかないが……」
「それなら、ベルンハルト・バルザスにお会いになったらいかがでしょうか?」
「ベルンハルトに?この船に居るのか?」
「いえ、バルザス提督は、ヘイダール要塞にいます」
「ヘイダール要塞だと?遠いな、そこまでこの船で行くというのか?」
「いいえ、この船はまだここに居なければなりません。他にまだやることがありますので。ですが、男爵にはすぐにでもヘイダール要塞に行くことをお勧めします」
「すると、他の船でいくのか?」
「いえ、できれば、あそこへ移動してもらえますか?」
と、リガル艦長は言った。
見ると、大きな金属の枠のようなものが立っていた。
「あれは、何だ?」
「それは、ヘイダール要塞と繋がることのできる装置です」
「繋がる?」
「つまり、男爵がここへ来たのと同じような方法で、ヘイダール要塞へ移動できるのです」
「いや、まて。執事のレグルス・デルガンがまだロギノスにいる。あの者を置いて行くわけには行くまい」
「そのことでしたら、ご心配なく。我々はまだ帝都に残っていますので、男爵の代わりに探して、いずれヘイダール要塞まで送りましょう」
男爵は迷っていた。この艦の艦長だという人物は果たして信用できるのだろうか。それに、ベルンハルトが待っているというが、果たして本当なのだろうか、と不安になっていた。
「仕方がないわ。ライアガルプスに頼みましょう」
と、アリュセア・ジーンが言った。
アリュセアが目を閉じて集中すると、『金色の竜』ライアガルプスが現れた。今回は、夢の中に現れたのではなく、現実に誰でも見えるようだった。その大きさは、本来のダルシア人よりも小さかったが、それでも人間の倍の大きさだった。
「き、金色の竜が、……」
と、驚いて最初に言ったのは、フェーラリスだった。
「これは、どうしたことだ?」
と、ジェグドラント男爵は言った。
その金色の竜は、確かにジェグドランド伯爵の時に会った竜に違いないと思った。なぜなら、金色の竜がそんなにたくさんいるわけがないからだ。しかもその存在を知っているのは、ジェグドラント伯爵家の当主であったここに居る元老伯爵と今は男爵である元伯爵だけであるのだ。
「ごきげんよう!」
と、その金色の竜は言った。その声も夢の中で見た時と同じだった。
その金色の竜は不思議なことにプロキシオン号の乗員にも見えた。
「これが、ライアガルプスなのか?」
と、リガル艦長が言った。彼とて、見るのは初めてだった。
「普段は、あまり姿を現すことは好まぬので、見えないようにしている。だが、今は仕方があるまい。ジェグドラント家の者達には、会うことにした。他の者達は、おまけだ」
と、ライアガルプスは言った。
「金色の竜、あなたは本当にいたのですね」
と、ジェグドラント伯爵改めジェグドラント男爵は言った。
「もちろんだ。私は、この五百年の間、ずっとジェグドラント家を守って来たのだ。あの銀の月と共に……」
「銀の月とともに?銀の月とは誰のことです?」
「ジェグドラント家の紋章にある月のことだ。意匠は三日月の形だったが、あれが銀の月を表していた」
「銀の月とは、あなたのような竜のことですか?」
「いや、銀の月は魔法使いだ。つまり人間だ」
「魔法使い?そんなものがこの世にいるとは……。いや、確かに金色の竜もこの世にいるはずがないものでした」
「銀の月は今、ヘイダール要塞にいる。彼はお前を向こうで待っている」
「ヘイダール要塞にいるというのですか?」
「そうだ」
それを聞いて、ジェグドラント男爵は決心した。
「わかりました。我がジェグドラント家の守り神でもある金色の竜の言うことを信じましょう。お前たち、これからヘイダール要塞と言うところに行くことにする」
と、ジェグドラント男爵は、自分の家族に言った。彼らは不安そうに、ジェグドラント男爵と金色の竜を見ていた。
事態があまりにも突然に変わるのでそれについて行けないのだが、先のことを考えるとさらにもっと不安になる。帝都ロギノスを離れて、遠い軍事要塞、ヘイダール要塞に行くというのだから。
陸戦部隊の指揮官が部下の報告を聞いて、ジェグドラント男爵の執事に言った。
「アパートの部屋にはもう誰もいないそうだ。まさか、お前は我々を謀って、男爵一家を逃したのではあるまいな」
「そんなばかな。私がここに来た時は、確かに部屋にいました」
「だが、今は誰もいない。それに近所の者も、その部屋からはお前以外誰も出てこなかったと言っているそうだ。つまり男爵一家は煙のように消えたわけだ。だが、そんなばかなことがあるわけがない。それは、お前が嘘をついていると言うことだ!」
「いえ、私は嘘などついてはおりません」
「こいつを、連れて行け!そして、虱潰しに探すのだ。謀反人を逃しては後が面倒だ」
指揮官は、ジェグドラント男爵がいたと思われるアパートの付近を映し出すスクリーンを食い入るように見た。
「逃げるとしたら、どこだろうか?」
「周りの住人を立ち退かせて、艦から攻撃をさせてはどうでしょうか?それなら、建物や地下に隠れていても逃げることはできません」
「それは、簡単にはできん。ここは借りにも帝都なのだ。それにここは、一応宮殿のある大陸の一部だ。帝国艦隊の出動が命じられているとしても、上空から攻撃しては損害が大きくなる。それよりも、まず捜索だ。チリ一つに逃すなよ!」
指揮官の受けた命令は、ジェグドラント男爵一家を謀反の罪で逮捕せよとのことだった。それができないならば、すなわち逃げようとしたり、抵抗しようとしたりしたら、反撃をしてもよいということだった。ただし、死体を収容するようなことは避けるべきだと指揮官本人は思っていた。
「だが、死体を収容するなとは言われていない」
と、彼は言った。
ウォーゲルン公爵邸に向かったギャレンドン提督の艦隊から降りた陸戦部隊は、抵抗を受けたために反撃した。結果ウォーゲルン公爵一家は全滅したと彼は聞いている。そのようなことにしたくはなかった。それにここは男爵邸ではなく、アパートが林立している借家街なのだ。被害を受けるのは何の関係もない人々になる。
「もっとも、ここに居る連中は元貴族だったと聞いているが……」
ギュントール街の借家にはかつて貴族だった者達の落ちぶれた成れの果てが住んでいるのだ。それに対して、あまり同情はできなかった。それほど前王朝時代の貴族の横暴は甚だしく、一般庶民に嫌われていたのである。
プロキシオン号の転送装置を通って、ジェグドラント男爵一家はヘイダール要塞へ向かった。
初めは転送装置に入るのを怖そうにしていたが、
「私が最初に行くから、付いて来てください。すぐに向こうに着くから大丈夫よ」
と、アリュセアが言った。
そして、言葉通りにアリュセアが入り、次にジェグドラント男爵が入り、それに家族が続いた。最後に金色の竜、ライアガルプスが入って行った。
ヘイダール要塞では、ジェグドラント男爵一家が来るという知らせを受けていたので、ベルンハルト・バルザス提督が司令室の転送装置の傍へ来ていた。
アリュセアが転送装置から出てくると、次にジェグドラント男爵が出て、そして家族がそれに続いて出て来た。ライアガルプスも要塞に着いたが、誰の目にも見えなかった。元に戻っていたのである。
ジェグドラント男爵は周囲を見回して、ベルンハルト・バルザスを見つけると、
「ベルンハルト、ベルンハルトじゃないか。お前は、本当に無事だったのだな」
と、嬉しそうに言った。
「兄上も、ご無事で何よりです」
「おお、ベルンハルト、……」
老元伯爵夫妻は、ベルンハルト・バルザスを見ると何とも言えない表情をした。
「父上も、母上もご無事で、何よりです」
「ベルンハルト、お前、こんなところにいたのか。ここにはあの大逆人もいるのか?」
と、フェーラリス・オル・ジェグドラントが無遠慮に言った。
「兄さん、ダールマン提督です。確かにいますよ」
「それじゃ、私はまた向こうに戻るわ」
と、アリュセアが言った。
「どうしたんだ?」
「何でも、ジェグドラント家の執事がいないんですって。今向こうは混乱しているから、すぐには探せないけれど、落ち着けば探せると思うわ」
「しかし、あまり長くはできないだろう」
「そうね。でも、お兄様が子供たちの面倒は見てくれるから大丈夫」
「わかった。それでも、あまり長くならない方がいいだろう」
「わかっているわ」
と言うと、アリュセアは転送装置を再び作動させて、プロキシオン号に戻った。
それを見届けると、バルザス提督は言った。
「兄上、これから滞在する部屋まで案内します」
「我々の部屋を用意してあるのか?」
「もちろんです。家族で住める広い部屋がありますので、でもその前に司令室で司令官に挨拶をしてください……」
現在ヘイダール要塞の貴賓室はハイレン連邦の魔法議会の議長が使っていた。それよりは少し劣るが、同じような部屋がまだ他に幾つかあったのだ。
「あれが、ジェグドラント伯爵ですか……」
と、グリンが言った。
要塞司令室では、下の様子を見て
「いや男爵だ」
と、クルム司令官代理が訂正した。心なしか、彼の表情が曇っているように感じられた。
「男爵になったから、闇の魔法を封印した結界が壊れたというのでしたね」
「そうらしいな。だが、彼らが要塞に来てしまうと、あのロギノスと言う惑星はどうなるのだろうか?」
「何かお聞きではありませんか?」
「いや、私は魔法については素人なので、どうなるのかわからない」
「一時的に避難したというだけではないでしょうか?」
と、ブレイス少佐が言った。
「だとすると、彼らの扱いについて、ひと悶着あるかもしれませんね」
と、ダズ・アルグ提督が言った。
「どういうことだ?」
「帝国の貴族が我々の所に来るとなると、大抵は亡命でした。彼らも要塞に来た理由から言って亡命と言われてもおかしくはありませんが、そうなると魔法使い達が言っていた闇の魔法の結界というのはどうなるのでしょう。その結界は壊れたままでよいのか、それとも再び結界を造るのかによって、彼らをどうするかが決まるのでは?」
「なるほど。亡命にするか、ただの一時的な滞在に過ぎないとするのか、確かにこれは揉めそうだな」
と、ノルド・ギャビが言った。
バルザス提督がジェグドラント男爵一家を要塞司令室に案内してきた。老元伯爵夫妻には司令室への階段がかなり大変のようだった。
「こちらが、ヘイダール要塞のクルム司令官です」
と、バルザス提督が紹介した。
「クルム司令官?ディポック司令官では?」
と、ジェグドラント男爵が聞いた。
「バルザス提督、正確に言って欲しいものだ。私はクルム司令官代理だ」
「司令官代理?」
と、戸惑ったように男爵は言った。
「まあまあ、どちらでもいいではありませんか?」
と、ディポック提督が言った。
「あなたは、どなたですかな?」
「私は、ディポック提督です。今は、こちらの顧問といいますか、相談役と言いますか……」
えっと言う顔をして、男爵はディポックを見た。クルム司令官代理と交互に見た後に、
「つまり、こちらがクルム司令官代理で、あなたは司令官代理の相談役をしている、ということでしょうか?」
「まあ、そんなものです」
男爵から見ると、ディポック提督はよくある軍人のタイプとはかなり違っているように感じた。穏やかで、男爵一家を見る目も、優しかった。
銀河帝国では、ヤム・ディポックと言えば、元新世紀共和国の常勝の提督であり、元帥まで昇った有名な軍人である。目の前の人物について男爵の聞いた噂ではヘイダール要塞司令官だったはずなのに、まるで何者かに左遷されたような相談役という地位に甘んじているように彼には思えた。それに、司令官代理という若い軍人は、どこか暗い感じで、本当にヘイダール要塞の司令官としてやっていけるのか不安に感じるのだ。
いったい、銀河帝国の所有から離れてヘイダール要塞はどうなってしまったのだろうか、とジェグドラント男爵は少々不安に思った。
「男爵家の皆さんには、大きめの部屋を用意してありますので、ご心配はいりません」
と、ディポック提督が言った。
「それは、ありがたいことです。で、我々はこちらに亡命したということになるのでしょうか?」
「亡命?さあ、それはどうでしょうか。バルザス提督とよく相談されてはいかがですか?要塞には帝国からの船は現在来ておりませんし、だとすると亡命は不可能ではありませんか?」
「そ、そうですか。それでは、我々が来た目的はまだ未定ということで……」
「それでいいでしょう。特に決めなければならないわけではありますまい」
ジェグドラント男爵一家は、その後バルザス提督に連れられて滞在する部屋へ案内されて行った。
288.
リドス連邦王国のリルケ・ユーキ大使は、国務卿に呼び出されて、行政府の建物にやって来た。
「リルケ・ユーキ大使、お元気そうでなによりです」
と、国務卿は言った。
「今日は、どのようなご用件でしょうか?」
と、ユーキ大使が聞くと、国務卿は急に難しい顔をして言った。
「実は、お聞きしたいことがあるのです」
「どのようなことでしょうか?」
「確か、かの大逆人の部下であるベルンハルト・バルザスはリドス連邦王国の艦隊にいると言うことでしたな。それも、あのヘイダール要塞にいるという……」
「そうですが、それが何か?」
「そのバルザス提督の実家に当たるジェグドラント男爵家の者達が失踪したのです」
「帝国貴族の失踪ですか?」
ユーキ大使はもちろん、巷の噂を知っていた。
ジェグドラント男爵一家は帝国軍の陸戦隊からの襲撃を受けたが、すでに一家の住んでいた部屋はもぬけの殻だったというのだ。それ以降、帝国軍が必死でその行方を追っているのだが、依然として行方は掴めてはいない。
かのギュントール街では、よくぞ無法な帝国軍の仕打ちを掻い潜って逃げ延びたと、陰で落ちぶれ貴族たちが拍手喝采をしているというのだ。
今回のウォーゲルン公爵とジェグドラント男爵への帝国軍の仕打ちには、生き残った貴族達からかなりの批判があった。それは表に出ることはなかったが、これまでにない批判だった。それというのも、この二つの貴族は反皇帝派ではなく、現皇帝支持を表明していたからだ。それだけに、帝国政府は事後の対策に苦慮しているということだった。
「大使には、ジェグドラント男爵一家の行方について、何かご存じではありますまいか?」
「なぜ、そのようなことを仰るのか、理解に苦しみます。わがリドス連邦王国では、バルザス提督の実家がジェグドラント男爵家だと言うことは知りませんでしたし、その男爵家の者達に会ったこともありません」
それはある意味で事実だった。もっとも、バルザス提督の実家がジェグドラント伯爵家であることを大使は知っていたことだけは伏せていた。
「ただ、彼らの失踪があまりにも、あり得ないことなので、大使に何かご存じかを聞きたかったのです」
「それは残念ですが、私は知りません」
「それで、このことを大使はヘイダール要塞のバルザス提督に知らせるおつもりでしょうか?」
「そちらが、バルザス提督の実家がそのジェグドラント男爵家であると仰ったからには、そうせざるを得ないでしょう」
「なるほど。確かに、……」
国務卿はしばしの間、何かを考えるかのように黙っていた。
「今日のご用は、それだけでしょうか?」
「では、もう一つだけお聞きします。リドス連邦王国は、ジル星団のある政府によると、宇宙船の技術において、我々の知らない技術を持っておいでとか聞きました。この帝都ロギノスの周回軌道上に、リドス連邦王国の艦が来ているということはないでしょうな?」
「何を仰るのか。我々があなた方をスパイするために、帝都ロギノスに艦を送ったとでもいうのでしょうか?何か証拠でもあるのでしょうか。それでなければ、今の国務卿のお言葉、ただで済ませるわけにはいきますまい」
と、ユーキ大使は激しい口調で主張した。
「これは、失礼しました。どうも、皇帝陛下の姉君である大公妃殿下の失踪事件とあまりにも似ているので、つい、妙な考えを起してしまいました」
と、平然と国務卿は付け加えた。
「実に非礼でありましょう。それに、大公妃殿下の失踪事件は我々が帝都に来る前に起きたことではありませんか?そのようなことまで、我々の所為にするというのは、あまりにも理不尽であり礼を失しています」
「確かに、これは私個人の意見としてお許しください」
と言って、国務卿は表情だけは穏やかに笑みを見せた。だが、その目は笑ってはいなかった。
プロキシオン号では、ジェグドラント男爵家の執事を探そうとしていた。
男爵の話では、彼らがプロキシオン号に転送される直前に外の様子を見に出て行ったということだった。
「どうですか、アリュセア」
と、リガル艦長は聞いた。
「難しいわ。執事の方はライアも接触したことはないようだし、あの街は今とても混乱しているから……」
「少し、時間を空けた方が言いということですね」
「そうね。執事さんには気の毒だけれど、貴族本人ではないから、まさか殺されることはないでしょう」
「ただ、帝国軍に捕まった場合には、少々危険だと思われます」
「つまり、自白を強要されるということかしら?」
「帝国では拷問もあり得るそうですのでね」
「この国ではそんなこともやるの?」
「帝国には確か、特殊能力者と言うのはいないと聞いています。公式にはですがね」
「まあ、タレス連邦でもあまり変わらないから、それは仕方がないのかしら」
アリュセアは彼女の亡くなった夫のことを思い出していた。タレス連邦にとって特殊能力者は人間としての権利を認められてはいない。夫は普通の人間だったが、特殊能力者の夫と言うことで、おそらく公式には禁じられているはずの自白剤を使われたと本人は言っていたのだ。
「少し休んだら、またやってみるわ」
と、アリュセアは言った。
帝都ロギノスの宮殿の外、貴族の屋敷の多い区画に大使館を構えるゼノン帝国大使は、皇帝陛下に謁見をするために出かけようとして、帝都の空を見た。
「この頃、天気が良くないようだが……」
「さようでございますな……」
だが、大使に仕える宮廷魔術師の一人であるガルリアン・ドノヴは釣られて空を見上げると、
「……」
と、無言で何か言いたげに大使の傍仕えの従者を見た。彼の目に見えたのは、もちろん黒い骸骨ではない。それは惑星ロギノスを覆うほどの大きさなので、地上からはその形は分からないのだ。ただ、黒い禍々しいものが惑星を覆っているように思えたのである。
「何かあったのか?」
と、ゼノン帝国駐在大使ロガール・ヴァン・ダンは言った。
「い、いえ。目の迷いかも知れませんので、後ほどよく調べてご報告いたします」
「そうか。頼むぞ」
魔術師ガルリアン・ドノヴは、大使について行かずにその場所に残った。
ナンヴァル連邦の新大調整官の選んだ帝都駐在大使を乗せた艦隊が銀河帝国の帝都に近付き、ワープ・アウトした。ジャンプ・ゲートを使わないのは、それをまだ銀河帝国の者達に知られないためである。通常航行で帝都ロギノスに向かったナンヴァル連邦艦隊の旗艦ドーダの司令官ルダ・ハルトス・ナンは、旗艦に属している魔法使いキリュー・ガルト・トーラの警告を受け、驚愕した。
「閣下、これ以上、帝都ロギノスに近付くのは危険です。あの惑星は闇の魔法に覆われています」
「何だと!」
スクリーンで帝都ロギノスを見たが、魔法使いではないただの軍人であるルダ・ハルトス・ナンには何の印も見えなかった。
「お前には、何が見えるのだ?」
「私には、大きな黒い骸骨が惑星ロギノスを覆っているのが見えるのです」
黒い骸骨、それは古代から闇の魔法の印であると、ジル星団の魔法使いに代々伝えられているものだ。闇の魔法も使う魔術師にはそれほど大きな影響を及ぼさないが、白魔法使いにはとりわけ悪影響を及ぼすと伝えられている。
「だが、我々は帝都に行かなければならない」
それが本国からの命令であるからには、軍人であるルダ・ハルトス・ナンは一命を賭してでも遂行しなければならないのだ。
「しかし、あの強い闇の魔法を浄化することは私にはできません。おそらく、ナンヴァルのどんな魔法使いにもできないでしょう。あの伝説のガンダルフの五大魔法使い達でもできるかどうかわかりません」
「しかし、……」
艦隊司令官ルダ・ハルトス・ナンは旗艦に属している魔法使いを失うようなことはしたくなかった。それでなくても、ナンヴァル連邦では魔法使いが減少傾向にある。
「閣下、ここは突然の御病気になられては如何でしょうか?」
「幾らなんでも、そんなことはできない」
「ですが、私はこれ以上、あの闇の魔法に覆われた惑星に近付くわけには行きません。何といっても、闇の魔法の影響を一番受けるのは魔法使いなのです。それも私のような白魔法使いです」
「では、お前をこの辺りに置いて行くしかあるまい」
「できれば、艦を一隻私にお貸しください。このことをナンヴァル連邦の者達に知らせなければなりますまい」
「本国に知らせに行くというのか?」
「本国だけではありません。ジル星団に、惑星連盟にこのことを知らせねばなりますまい」
「そうか、分かった。お前の好きにするがよい」
ナンヴァル連邦の魔法使いキリュー・ガルト・トーラは、まず惑星連盟のある宇宙都市ハガロンに急行することにした。




