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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
48/153

ダルシア帝国の継承者

283.

 帝都ロギノスでは、その日雨が降っていた。

 目の前に立派な貴族の屋敷の門らしいものがあったが、今は朽ち果てている。

「何があったのだ?」

と、プロキシオン号の艦長オルフス・リガル艦長が独り言のように言った。

 その門の柱の上の方に消えかけて入るが、ジェグドラント伯爵家の紋章が見えた。三日月と竜の意匠の紋章である。

 ヘイダール要塞からほんの一日でプロキシオン号は、銀河帝国の帝都ロギノスのある恒星系の近くに着いた。銀河間の航行も可能な艦なので、銀河内の移動はさして時間はかからなかった。これが銀河帝国の艦なら二週間はかかるところだ。

 それからプロキシオン号自慢のステルス装置を作動させた。彼らの銀河では、ステルス装置を使った作戦が非常に多い。それと言うのも、白金銀河では人間型種族は他の支配種族の隷属下にあるため、艦船の数も少なく、少しでも支配種族に見つからないような活動が重要だからである。

 さて、通常航行でゆっくりとステルス装置の効果を見極めながら、プロキシオン号はロギノスを擁する恒星系に入った。銀河帝国の中枢に入るのだから、辺境のヘイダール要塞の周辺とは違って、その探知能力と警戒態勢は万全だと思われた。だから慎重にステルス装置の効果を確かめながら、もう一日かけて慎重にロギノスに近付いたのだ。

 幸い、プロキシオン号のステルス装置は効果があるようだった。このステルス装置は敵の探知装置だけではなく、光による生物の視覚にも影響を及ぼせるので、かなり効果が見込めるのだ。ただオルフス・リガル艦長は転送ビームを使うため、できるだけロギノスに近付く必要があった。そのためプロキシオン号はロギノスの周回軌道上に乗ると、そこでもう一日、探知されないかどうかを確認することに費やした。

 前王朝の時代とは違って、帝都ロギノスでは軍艦の発着も頻繁に行われるようになっていると聞いていた。だからこそ、用心の上にも用心を重ねて行動する必要があるのだ。

 オルフス・リガル艦長が部下とともにジェグドラント伯爵邸の近くにビーム転送で降り立ったのは、ヘイダール要塞を出てから三日後である。

 艦長自らが調査に出向くのは、あまり褒められたことではない。だが、オルフス・リガルは自分の目で現地の様子を確かめたかったのだ。

 プロキシオン号からビーム転送で帝都ロギノスの地に降りたオルフス・リガルとデント・ガダル中尉とメグラン・ダルフス少尉はあたりの様子を窺った。そこは、帝国の古い貴族の屋敷が多く存在する地区だった。宮殿からは地上車で一時間程の場所だ。彼らはステルス装置を持って降りるわけには行かないので、緊張していた。雨が降っているので見通しは良くないが、逆の側も視界が悪いので彼らを見つけることが難しくなるはずだった。

 注意をしながら門の中に入って行くと、雨の中で遠くの方に屋敷らしい建物が見えて来た。

「あれが、ジェグドラント伯爵家の屋敷ですか?」

と、デント・ガダル中尉が言った。

「おそらくな、だが、暗いな……」

 屋敷は大きかったが、雨が降って辺りは薄暗いのに明かりはついていなかった。

「もう、誰も住んではいないのではないでしょうか」

と、メグラン・ダルフス少尉は言った。

「だとすると、ジェグドラント伯爵はどこへ行ったんだろう……」

と、ガダル中尉が言った。

 三人は歩いて屋敷の玄関まで辿りついた。

 しかし、その玄関は扉が半開きになり、中が見えていた。警戒しつつ、扉を開けて中に入ると、屋敷の中は雨もりのする音があちこちで聞こえ、埃が溜まっているのが見えた。

 ライトを天井に向けると、天井にジェグドラント伯爵家の紋章が見えた。

「結界が壊れたと言う警報があってから、まだそう時間は経っていないはずだが、まるで何十年も経ったような荒れようだ……」

と、リガル艦長が言った。

 ここの住人はいったいどこへ行ったのだろうか、とリガルは思った。

 屋敷の上の階を見て回っても、どの部屋もやはり荒れていて、住人の移動先を暗示するものは何もなかった。


 オルフス・リガル艦長はプロキシオン号に戻って来ると、今度は帝国の一般人の衣装を着て、部下と共に帝都の行政機関のある場所へ降りた。本来なら、あまり帝国の人間と会うのは好ましいことではなかった。だが、伯爵家の人々を探すためには他に仕様がない。

 雨が降っているのはこの際都合がよかった。傘をさすと顔が自然に隠れるし、コートも身体を隠してくれる。それに、雨が降っていると体の動きも緩慢になるからだ。銀河帝国の人間型種族とリガル艦長の属する人間型種族は、幸い外見がよく似ていた。しかし、どうしても表情やちょっとしたしぐさ、つまり体の動きが本来の帝国の習慣とは違うのだ。見る人が見れば、何か気づくかもしれない。

 リガル艦長はしばらくあたりの様子を窺っていたが、意を決して古い建物の中に入った。

 その建物には多くの一般人が出たり入ったりしていた。おそらくこの地域の住民を管轄する役所らしいと彼らは考えていた。そこで彼らは文字が読めないので、周囲の人の話に耳を傾けざるをえなかった。ここでも言語フィールド発生装置は役に立った。

 窓口には多くの人がいて、椅子に座って待っている人も多かった。

 リガル艦長たちは一般の人に交じって、壁際に立ったり椅子に座ったりしてその日の時間が経つのを待った。

 暗くなる前にリガル艦長とその部下はプロキシオン号に戻ったものの、噂話をいくつか拾っただけで、彼らが求めている情報は何も得られなかった。帝都ロギノスの状況はある程度わかったが、肝心のジェグドラント伯爵家については、皆目わからなかったのである。


 帝都ロギノスは一応平安が保たれていたが、巷には良くない噂が広まっていた。その噂のひとつは、銀河帝国の若き皇帝陛下が病気ではないかというのである。また別の噂では、辺境にあるヘイダール要塞に大逆人たちが生きており、帝国を狙って武器を蓄えているというのだ。そして、それに加担しているのが、ジル星団にある大逆人たちが所属しているリドス連邦王国であるらしいというのだ。

 早速その夜、危険を冒してリドス連邦王国の大使館の中にリガル艦長とその二人の部下はビーム転送で降りた。

 着いたのは大使公邸の二階の廊下だった。階段を下りて、居間を探すとすぐに大使は見つかった。

 リガル艦長が扉をノックすると、

「どうぞ」

と、声がした。

 恐る恐る扉を開けると、居間には大使と大使の従者と、見たことのある少女がいた。

「ごきげんよう」

と、少女はリガル艦長に挨拶した。

「いつ来るか、待っていたのですよ。プロキシオン号のリガル艦長でしたね」

と、大使が言った。

「いや、突然やって来て、迷惑ではなかったでしょうか?」

と、遠慮がちにリガル艦長は言った。

「そのようなことはありませんよ。どうぞ、空いている所に座って下さい」

と、大使は親切に言った。

「私のことをご存じのようですが、あなたがリドス連邦王国の大使なのですね」

「そうです。私はリドス連邦王国の大使リルケ・ユーキといいます」

 リドス連邦王国の銀河帝国駐在大使は、若かった。おそらく十代半ばかと思われた。だが、リドスの人間は見た目と実年齢が違うことが多いことを、リガル艦長はこれまでの彼らとのかかわりの中でよく知っていた。だから、若く見えたとしても、この大使はかなりの年齢であるとも考えられる。それは、大使と一緒にいた少女も同じだった。

 少女はリドス連邦王国の第六王女、通称『六の姫』と呼ばれていることを、リガル艦長は知っていた。

「実は、情報が得られなくて困っているのです。大使がご存じであれば、教えていただきたいのですが……」

と、リガル艦長は聞いた。

「ジェグドラント伯爵家のことですね?」

「そうです。伯爵の住んでいた場所に行ってきましたが、もう誰も住んではいなくて、かなりの荒れようでした」

「彼らは、ジェグドラント伯爵は伯爵位を剥奪されてしまったのです。それに、これまで伯爵家の資産だった金山も政府によって奪われてしまったのです。そのため、あの屋敷に住めなくなりました。そう言えば、ヘイダール要塞に結界が破壊された警告音が届いたので、あなた方が派遣されたのでしたね」

「そうです、よくご存じですね。すると、その後ジェグドラント一家がどうなったのか、ご存じなのですね」

「ジェグドラント家は伯爵位を剥奪され、男爵家となりました。長年ジェグドラント家の資産だった金山は政府によって奪われましたが、代わりにどこかの鉱山をいただいたと聞いています」

「で、ジェグドラント男爵は今どこにいるのでしょうか?」

「実は、私も探しているのですが、今のところまだわからないのです。無事だといいのですが……」

「それは助かります。ですが、大使は帝都でそのようなことをして大丈夫なのでしょうか?」

「何がですか?」

「巷では、リドス連邦王国が銀河帝国の領土を窺っているような、よくない噂が流れているようですので……」

「大逆人とその部下がリドス連邦王国にいるので、彼らとともに銀河帝国を窺っていると言う噂ですか?」

「ご存知でしたか」

「どうも、ジル星団のどこかの国がわざと流しているようなのです。ですが、今はそのままにしています」

「なぜですか?」

「帝都の闇の魔法を解くための方法の一つに、皇帝陛下自身にヘイダール要塞まで来てもらう必要があるからです」

「皇帝陛下に、ヘイダール要塞に来てもらうのですか?」

 だが、銀河帝国の皇帝陛下がヘイダール要塞まで来させるというのは、大変難しいことだ。まず、一人で来るなどあり得ない。まして、現在要塞は敵と目される勢力の手中にあるのだ。とすると、もし皇帝陛下が来るとなると、大艦隊を率いてヘイダール要塞を攻略するためにやってくるというのが考えられることだ。つまり、リドス連邦王国はその事態を望んでいると思えた。

「結界が壊れたのはジェグドラント伯爵家の失墜によるものですが、帝都ロギノスが闇の魔法に覆われてしまったのは、皇帝自身の心の迷いにも原因があるからです。彼の心が闇の魔法の術者の囁きに負けてしまったのです」

「その闇の魔法というのは、いったいどのようなものですか?」

「話をすると長くなりますが、かつて何百万年も前にこのロギノスにいたアルフ族によって生まれたものなのです。アルフ族は実はふたご銀河から遠く離れた銀河から移住してきた種族なのです。彼らは今の我々リドス連邦王国と同じく、魔法と科学の両方を発達させた文明でした。彼らはふたご銀河のロル星団に移住して、非常に繁栄していたのです」

 リガル艦長にとってその話は、ある程度予想していたものだった。ふたご銀河の歴史について、以前レギオンに聞いたことがあるのだ。

 アルフ族という種族が移住する前、ふたご銀河のロル星団には、巨人族と言われる種族が住んでいた。巨人族と言う名称は、ジル星団のガンダルフの人々が付けた名前だった。彼らはガンダルフの人々の背丈の数倍もの大きさで、筋力も強く、戦闘的な種族だったと言われている。もちろん、ダルシア人と比べればその強さは大したことはなかった。事実その巨人族はダルシア人の良い食料として刈り尽されてしまったのだ。

 ただ後日、一つの種族を全滅するまでに至ったことをダルシア人は反省し、その地に新たな種族を移住させることにした。そしてやって来たのがアルフ族だったのである。

 アルフ族は非常に優れた人間型種族で、文明や技術も高く、移住したロル星団の惑星で繁栄を謳歌していた。もちろん、移住を依頼したダルシア人とも良い関係を築いていた。このころにはダルシア人も人間族を食料として見ることを止めていたのである。ただ、繁栄しその人口がだんだん増加していくにつれて、彼らの中に違法な闇の魔法を使う者たちが現れた。時が経つと共に闇の魔法はしだいに盛んになり、本来の白魔法をしのぐ勢力となった。

 アルフ族の国は王制であり、その王は代々白魔法の使い手だった。アルフ族の王は闇の魔法の隆盛に脅威を感じ、禁じようとしたが、そのやり方があまりに拙速だったので、闇の魔法を使う魔術師はアルフの王を敵と感じ、王族を滅ぼそうと企てた。その企ては失敗したのだが、魔術師たちは生き延び、やがて王都ロギノスで再び政府転覆を試みた。

 その時、魔術師たちは闇の魔法の巨大なエネルギーを開放した。それが王都ロギノスを席巻し、王都は人の住めぬ惑星と化したのだ。

 そのため、王をいただくアルフ族はジル星団のダルシア人とガンダルフの人々に他の惑星への移住を申し出て、彼らは惑星ガンダルフに移住した。その際に使ったのが、彼らの祖先が他の銀河から来た時に使った移住船だった。

「アルフ族の大多数の人々は惑星ガンダルフとジル星団の他の惑星に移住したのだけれど、それだけでは済まなかった、と記録にあります。当時ロル星団だけでなく、ジル星団をも巻き込む宇宙的規模の災厄が起きたらしいのです。その記録がダルシア帝国に残されています。まあ、主に人間族の国のことだから、あまり詳しくはないのですけれど、その所為で、ロル星団に残った王都以外の惑星に住んでいた者達も全滅することになったと記されているです。ガンダルフの魔法使いは当時のことをおそらく覚えているのでしょうね。だから、今回三人もこの銀河帝国に生まれて来たのだと思います。その災厄を何とか避けたいと考えたのでしょう。ただ、彼らはすでにこの国から放逐されてしまったのです」

と、リルケ・ユーキ大使は言った。

「その事件に闇の魔法が関わっているということはないのでしょうか?」

と、リガル艦長が聞いた。

「それはどうでしょうか。帝国で起きたことをすべて闇の魔法の所為にするのは危険なことだと思います。それに、あの大逆事件が起きた後、闇の魔法の動きが激しくなったのは確かだけれど、魔法使い達がいなくなった所為かもしれませんから」


284.

 帝都ロギノスにスラム街というものは、公式にはないことになっていた。見た目では簡単にわからないように体裁を整えてあるのだが、銀河帝国の宮殿のある大陸の西端の方に、およそスラム街として認識されている街がいくつかあった。その街の一つに、ギュントールと呼ばれる街があった。

 ギュントール街には古くからの貧民ではなく、かつて帝国の貴族としてその名を列せられていた者達の成れの果てが、住み着くのが通例だった。その街の一画に、スラムとしては中くらいのクラスの連中の住む場所がある。一応日々の食事には困らない程度の困窮度だった。とは言え、元は貴族だったという誇りがあるため、その街に住み着いた者達は、自分たちの出自を隠し、名を名乗らないものが多かった。

 道行く人々は顔を隠し、足早に歩いている。自分たちの姿をさらして元の身分がバレてしまうのを怖れているのだった。

 その中に、珍しくゆっくりと歩く人物がいた。彼は、元は貴族の端くれだったが、貴族の当主ではなくその兄弟だった者である。彼の名は、フェーラリス・オル・ジェグドラント。いやもう、伯爵家の端くれではないのでただのフェーラリス・オル・ジェグドラントだった。

 彼はギュントール街の一つ中に入った細い道を進み、古めかしいビルの中へ入った。汚れた階段を上り、『ジェグド』と書かれた紙片が刺してある扉を叩いた。

「私です、フェーラリスです。兄さん」

と、彼は小声で言った。

 扉が開けられ、そこに髭を生やした元ジェグドラント伯爵であり、現ジェグドラント男爵本人が出て来た。

「入れ」

と、言葉少なに言うと、顔を外に出し、外に誰もいないのを確かめると扉を閉めた。

「随分、神経質ですね」

と、フェーラリスは言った。

「この辺には、泥棒を家業にしている連中もいるのだ」

 部屋の中には男爵の年老いた両親や妻、そして子供たちがいた。部屋の奥には元執事のレグルス・デルガンがいた。彼はジェグドラント男爵家になっても自分が必要だと言って、去らなかったのだ。他の使用人たちはみな男爵がお手元金を与えて、それぞれ実家へ帰したのだった。そのため、男爵家に残った現金はほとんどなかった。

「で、どうだった?鉛鉱山は、金になりそうか?」

と、ジェグドラント男爵は聞いた。

「おそらく、駄目でしょう。鉛は昔には出たようですが、掘り尽されていてすでに鉱山としては使い物になりません」

 フェーラリスは兄であるジェグドラント男爵に頼まれて、金山の代わりに下賜された鉛の鉱山について調査しに行っていたのだ。だが、その結果はあまりにもひどいものだった。まるで詐欺にあったようなものだ。

「まさか、皇帝陛下がそのようなものを下賜なさるとは思わなかった」

「いえ、これは皇帝陛下が知っていて下賜されたかどうかはわかりません。そこのところは気をつけてモノを言ってください」

「わかっている。だが、これからどうすればいいのか……」

 ジェグドラント男爵家の家計は火の車だった。一体どうしてこんなことになってしまったのか。ほんの五日前までは、王朝交代時にも我が家は安泰だったと安堵していたというのに、伯爵位も財産もあっという間に皆無くなってしまった。これについて、本当は皇帝陛下本人に聞いてみたいところだった。だが、それはできないことだった。

「これというのも、ベルンハルトが大逆事件を起した所為です。それなのに、どうして我々がこんな目に会わなければならないのか?」

と、フェーラリスはあまりのことに憤って言った。

「いや、そうではない。我々はベルンハルトを見捨てたのだ。だから、その神罰が当たったのだよ」

と、力なくジェグドラント男爵は言った。

 ジェグドラント男爵になって以来、夢の中に金の竜が現れることも無くなっていた。あっという間に伯爵家だった頃の財産は潰え、ギュントール街のアパートの一室を借りるのもやっとだったのだ。

 その時、元老伯爵は言った。

「そうではない。そうではないのだ……」

「どうしたのですか、父上」

と、ジェグドラント男爵が聞いた。

「昔、私は聞いたことがある。あのお前も知っている『金の竜』にだ。もし伯爵位を失ったら終わりだと。それも我が伯爵家だけのことではなく、この銀河帝国そのものも終わりが近づいたと思え、と……」

「そんなばかなことがあるはずないでしょう、父上。もう耄碌されたのですか」

と、フェーラリスは言った。彼は、『金の竜』など夢でさえ見たことはなかったのだ。

「いや、父上の仰ることは有りうる。私もその『金の竜』に夢の中で遭っているのだ」

「兄さんまで、何を言うのです。伯爵位を失って、頭がおかしくなってしまったのですか」

「そうではない。お前は伯爵家の当主ではなかったから、知らないのだ。ジェグドラント伯爵家の当主は、皆『金の竜』の夢を見るのだ。そうして初めて当主として認められる。我が家の紋章にある、あの竜のことだ」

と、元老伯爵は言った。

「そう言えば、『金の竜』が私に見せたものがありました。あの宮殿の真上に、大きな黒い骸骨が浮かんでいたのです。しかもそれは、『金の竜』と話をしたのです。まがまがしいあの黒い骸骨、それをあの『金の竜』は闇の魔法が蘇った姿だと話していました」

 その黒い骸骨は、今や帝都ロギノス全土を飲み込むような大きさとなっていた。魔法使いが遠くの星からロギノスを見ると、惑星ではなく、黒い骸骨が見えるのだ。だが、普通の人間ではそれは見えない。だから、銀河帝国の誰も凶事が起きたと騒ぐことはなかった。

 だが、帝都ロギノスの気象に異変が起きていた。妙に雨が多い。からっと晴れて、太陽が見えることが少なくなっていた。


 宮殿の一室で、皇帝リーダルフは青白い顔で机に向かっていた。その傍らには書類の山があった。このところ気分がすぐれず、仕事が進まないのだった。彼にとってこんなことは初めてだった。

 初めは時折熱が出るくらいであったのが、最近は体中がだるく、起きているのが辛いのだ。だが、そんなことは言ってはいられないと、医者に静養を勧められても起き出してしまうのが常だった。

 その時、部屋の扉を叩く音がした。

 皇帝リーダルフはすぐに体を起こし、姿勢を正して、

「入れ」

と、言った。

 宮殿内の内線の配線は少しずつ進んでいたが、皇帝の居室近くはまだまだ遅れていた。もちろん、軍務省など重要な部署からの内線は特別に引いてある。しかし、宮殿内では一々扉を叩かなければならないのだ。そのことにイラつきながら、入って来た人物を見て、皇帝リーダルフは少し不機嫌になった。

「お加減は如何でしょうか?」

と、看護婦のデーラル・オル・ファウダノン嬢は扉を閉めると言った。

「何ともない」

と、素っ気なく皇帝リーダルフは言った。

「熱を測る時間ですので、参りました」

「その必要はない」

「その必要はございます」

「余は、病気ではない」

「はい。でも十分注意することは必要でございます」

 看護婦のファウダノンは皇帝の言葉に少しも怖気ずくことはなく、自分の職掌を全うしようとしていた。看護婦をしていれば、この程度の患者の我儘はいつもの事で慣れている。

「他にやることはないのか?」

「私は、これが仕事でございます」

「わかった。好きにするがいい……」

と、根負けして皇帝リーダルフは言った。

「では……」

と言って、看護婦のファウダノンは皇帝リーダルフの傍により、熱を測る装置を近づけた。

 終わると、装置の数値を見て、

「確かに、熱は無いようでございます」

「わかったか。それなら、もう用はあるまい」

「はい。これで失礼致します」

 看護婦が部屋を出て行くと、皇帝リーダルフはため息をついた。

 熱がないと聞いて、彼は本当のところは安堵したのだ。だが、熱が無くても身体のだるさは変わらなかった。

 椅子を回して窓の外が見える位置に変えた皇帝リーダルフは、心の中に不快なものをため込んでいた。なぜ、あんなことをしたのだろうか。ジェグドラント元伯爵は今、どこでどうしているのだろうか、と思った。

 ジェグドラント伯爵家の資産が前王朝時代に貴族が持つことを禁じていた金山だと知った時、これは何か不正があって許されていたのだと早合点したものだった。それに加えて、大逆人の部下であったあのバルザス提督がとんでもない反逆者であるという囁きが、事実であるかのように聞こえてしまったのだ。その怒りに酔って、矢継ぎ早に爵位を剥奪し、金山を没収した。しかし、あとから一時の感情で自分のした行為を反省して、男爵位と鉛鉱山を与えたのだ。

 なぜ、あのようなことをしたのか、と今でも皇帝リーダルフは思うのだった。まるでそれは自分ではないものがやったように思えるのだ。だが、それを命じたのは彼だった。他の誰でもない。

 あの頃、心の中に誰かがジェグドラント伯爵が謀反を企んでいると何度も囁いたのは覚えていた。何度も囁かれるうちに、それが本当だと思うようになったのだ。いや、始めは否定していた。そんなことはないと何度も否定したのだ。だが、何度も重なるうちにまるでそれが事実であるかのように思えて来たのだ。そして、あの金山のことを聞いたのだ。その途端、疑惑が事実だと思えるようになったのだ。

 今、皇帝リーダルフはジェグドラント伯爵の爵位を剥奪し、男爵位を与えたことを、金山を没収し鉛鉱山を与えたことを後悔しつつあった。

 なぜ、あのようなことを自分はしたのだろうか。その疑問が皇帝リーダルフの心を苛んでいた。


 軍務卿バレンドン・オルフ・ヴェリウスは、副官のレーク・ハイデス少将を呼んで命じた。

「ジェグドラント男爵について、調査を速やかに進めるように。今、どこにいるのか、知りたい」

「ジェグドラント男爵ですか?了解しました」

 レーク・ハイデス少将は、すぐに帝都の貴族の居住地を監視する憲兵隊の屯所に赴いた。

 帝都の貴族たちは、その多くは前王朝時代からの貴族なので、現王朝では監視対象になっていた。もちろん、現王朝を支持する者達しかもう残ってはいないのだが、中には前王朝の復活を願う者達もいたのである。まして、ジェグドラント男爵は、皇帝陛下に伯爵位を剥奪され、資産も没収されている。現王朝に反感を抱くのが当然だと考えられる。

「元ジェグドラント伯爵邸ですか?今はもう誰も住んではいないようですが……」

と、所管の憲兵大佐が言った。

「かまわない。誰か来た様子がないかを知りたいのだ」

 係りの者が、最近の映像からスクリーンに写し出した。

「待て!」

と、ハイデス少将は言った。

「何か?」

「誰か来た跡がある。足跡だ」

 確かに数人の足跡が門を中心にあるのが分かった。

「周辺の道路はどうだ?」

 だが、地上車の跡や馬車の跡は見当らなかった。もっと妙だったのは、門にある足跡は中へ入って再び出てきているようだが、門から道路へ出た場所にはなかったのだ。

「もしかして、シャトルのようなもので来たのでは?」

「それなら、帝都の探知装置にひっかかるはずだ」

 だが、そのような事例の報告はなかった。帝都では軍関係以外の飛行を厳に禁じているのだ。

「ともかく、元ジェグドラント伯爵邸に行きたい。案内する者を頼む」

「了解しました」

 近頃はまた反皇帝派の動きが活発化しているような気がした。一時はほとんど動きが無くなっていたと言うのに、どうしたのだろうか、とハイデス少将は疑問に思っていた。それに困ったことに、最近は皇帝支持派の中から離反者が出て、反皇帝派に加わっていると聞く。それに新皇帝陛下が軍人出身のため新王朝の治安や軍事関係は非常にしっかりと掌握しているはずなのに、未だに反皇帝派の全体像をつかめていないと聞いていた。

 案内されて元ジェグドラント伯爵邸の門を入ったハイデス少将は、屋敷の荒れようを見て、

「これは、……」

と、言葉を失った。

 ジェグドラント伯爵が伯爵位を失って男爵となり、その資産も没収され屋敷を追い出されたのは、ほんの八日前のことだったはずだ。だが、その屋敷はもう何十年も人が手入れをしていないのを感じさせる有様だった。

「元ジェグドラント伯爵がここを出て行ったのは、確か八日前だったのではないか?」

「そうだと思います」

「たった八日で、人の住んでいた屋敷がこんな風になるだろうか」

「さあ、自分にはよくわかりません」

 再び、軍務省に戻って来ると、ハイデス少将はジェグドラント伯爵についての資料をもう一度読んでみた。そこには特にこれまで知らなかったことがあるわけではなかった。ただ、一つ、現当主にはベルンハルト・バルザスの他にフェーラリス・オル・ジェグドラントという弟がもう一人いることに気づいた。フェーラリスは士官学校には行っていない。それに、あのベルンハルト・バルザスのすぐ上の腹違いの兄に当たる。

 軍務省内の動きが急に荒々しくなったのに気づいて、ハイデス少将は自分の直属の部下に連絡を取った。

「閣下。今どこにおられるのですか?」

「軍務卿に特別命令を与えられて、調べ物をしている。それよりも、軍務省内が騒がしい。何かあったのか?」

「それが、あの皇帝支持派だったウォーゲルン公爵が謀反を企てたと知らせがあったのです」

「何だと!どこからだ?」

「匿名の密告でした。ですが、軍務卿が大事を取ってことに当たれというので、今ギャレンドン提督が向かっています」

「ギャレンドン提督だと?お一人か?」

「いえ、ギャレンドン提督の艦隊が動いております。現在ウォーゲルン公爵邸の上空にギャレンドン提督の艦隊が展開しているのです」

「帝都で、艦隊を動かしたのか?」

 帝都で艦隊を動かすなど、以前は考えられないことだった。それほど、事態が窮迫していたのだろうか、とハイデス少将は思った。

「はい。軍務卿の命令ですので。それにこのことについては皇帝陛下の指示もあったと聞いております……」

「そうか、わかった」

「では、お気をつけて……」

 いったい何が起きているのだろうか、とハイデス少将は不安になったが、当面のジェグドラント男爵のことに集中することにした。


285.

 フェーラリスは帝都の様子がいつもと違うので、不安になって情報を得るために外に出て来た。帝都でも宮殿のある中心部に近いかなりにぎやかな通りを歩いていると、

「おや、これはこれは、ジェグドラント伯爵の、いや今は男爵でしたな、ジェグドラント男爵家のフェーラリス殿ではありませんか?」

と、声が聞こえた。

 振り返ると、そこにデオド男爵が立っていた。

「デ、デオド男爵!」

 フェーラリス・オル・ジェグドラントは何か嫌な予感がした。これまでとは違う、何かだ。

「心配しておりました。兄君はお元気ですか?」

「は、はい。何とか無事で、引っ越し先に落ち着きました。おかげさまで」

「そうですか、どちらへ引っ越されたのですか?お屋敷はすでにもぬけの殻でしたので、ご挨拶もできませんでしたので、気になっていたのです」

 デオド男爵はさも同情しているように、優しい声で言った。だが、フェーラリスはその目が言葉とは裏腹に肉食獣のような危険な光を帯びているような気がした。

「男爵には、我が家のことはどうぞ、お気になさらずにいてください」

「今日はどこかへお出かけですか?」

「出かけるわけではありませんが、何だか今日は騒がしいような気がして……」

「ああ、そのことですか。気をつけた方がよろしいですよ。何でも聞いた話ですが、ウォーゲルン公爵が謀反を企んだと密告があったそうです」

「ウォーゲルン公爵が?」

 フェーラリスは思い出した。こんなことになる前に、ウォーゲルン公爵の屋敷でデオド男爵と会ったことを。そこでの会話を、まるで昨日のことのように鮮明に蘇ってきた。あの時、兄であるジェグドラント伯爵はデオド男爵に伯爵家の金山についての話をしていた。彼はまさか、とデオド男爵を見直した。そして再び、あの嫌な予感がした。

「しかし、あの時は、公爵が王朝交代時に無事であったことを寿いだ会ではありませんか?」

「そうでしたな。こうなってしまっては、あれももしかしたら、公爵の擬態だったかもしれませんな。あれをごらんなさい。帝国軍が出動しています。余程のことがあったのでしょう」

 デオド男爵の指さす遠くの空を見ると、フェーラリスでも軍が出動しているのがわかった。帝都では見られたことのない艦隊が浮遊しているのだ。艦隊が浮遊している辺りがおそらく、ウォーゲルン公爵邸のあるあたりではないかと思われた。目を凝らすと、艦隊の上陸用のシャトルが何隻も行き来しているのが見えた。おそらく、陸戦部隊が降りて来ているのだ。まるで、戦で敵陣への攻撃をしようとしているかのようだ。

「な……」

と、なんということだ!と言おうとして、フェーラリスは慌てて口を押えた。そのような言葉を発するのを聞かれるのは、今は非常に危険だ、と彼は気づいた。そして、あたりを見回した。どこにスパイや密告者がいるかわからない。

「どうかしましたか?」

と、親切そうにデオド男爵は言った。

「い、いえ、何でもありません。あの、私は急ぎますのでこれで……」

「そうですか。くれぐれも男爵にはご自愛くださいとお伝え願います」

「ど、どうも……」

 フェーラリスは軽く会釈をすると、その場からゆっくりと離れた。デオド男爵の傍から一刻も早く離れたかったが、誰かが見ているかもしれないと言う恐怖でそれもできない。


 プロキシオン号は、帝都ロギノスの大気圏外に帝国艦隊が集結するのを見て、何が起きたのかと帝国艦隊の通信を傍受することに忙殺されていた。

「帝国艦隊の提督はギャレンドン大将だそうです。ウォーゲルン公爵に謀反の恐れありと、言っています」

と、通信員が言った。

「謀反だと?帝国では新王朝が確立されて以来、治安が安定したと聞いているが、いったい何が起きたのだ?」

「リドス連邦王国の大使にお聞きになった方がいいのではありませんか?」

 この前リドス連邦王国の大使に情報を聞きに行ってから、三日経っていた。そろそろ、あれから情報が取れたか聞きに行ってもいい頃だろう、とリガル艦長は思った。

「よし、行ってみよう」

 リガル艦長は二人の士官とともに、リドス連邦王国の大使公邸に降りた。

 大使公邸は昼間であるのに静かだった。前来た時と同じように階段を下りて、彼は居間へ行ってみた。扉を叩こうとすると、

「ウォーゲルン公爵邸が帝国軍の攻撃を受けているっていうのは、本当なのか?」

と、大使の驚きの声がした。

「遠くからもウォーゲルン公爵邸に帝国軍の陸戦部隊が降下しているのが見えるのです。貴族たちは大変な混乱のようです。ウォーゲルン公爵が謀反を企んでいたという密告があったそうです」

「密告か、それはまずいな。例のジェグドラント男爵の方もいずれ密告があるだろう。何とかその前に見つけ出さなければ」

「ですが、この件で、ジェグドラント男爵も警戒するのでは……」

「今さら、そんなことをしたところで遅い!すでに政府はジェグドラント男爵家を取り潰すつもりなのだろうよ」

 すでに決定がされているとは、どういうことなのだろうか?いつ、どこでそんなことが決まったのか、と思いながら、リガル艦長は扉を叩いた。

「誰だ?」

と、誰何する声がした。

「プロキシオン号から来た、艦長のリガルです」

「リガル艦長。連絡しようと思っていたところだ」

と、安堵したようにユーキ大使が言った。

「申し訳ない、今の話を扉の外で聞いてしまいました」

「それなら話が早い、一刻も早くジェグドラント男爵一家を見つけなければ、彼らの命が危ない」

「ですが、どうやるのですか?我々も軍の通信を傍受していますが、それでは帝国軍に先んじることができるのか、自信がないのです」

「これは、ヘイダール要塞に連絡して支援してもらう必要があるでしょう。他に方法はありません」

「しかし、支援と言っても、人探しはどうやって……」

「人間ではなく、ライアガルプスに来てもらうのです。彼女なら、闇の魔法に影響を受けることはないでしょう」

「ダルシア人の霊ですか?」

「そうです。ライアガルプスは何度もジェグドラント伯爵の所へ来たことがあるはず。だから、伯爵の脳波を辿ることができるはずです」

「なるほど、それなら帝国の探知装置には引っかかることはありませんな」

 リガル艦長はすぐにプロキシオン号に戻ると、ヘイダール要塞にある転送装置にアクセスして、通信を送った。

『緊急事態発生。ダルシア人のライアガルプスの支援を乞う!』

 転送装置による通信は、他からの傍受は不可能だった。転送装置が作るワームホール内を通るからだ。それに超光速通信ではなく、普通のデジタル通信で十分なので彼らには使いやすい。


 フェーラリス・オル・ジェグドラントは、周囲を見回した。自分を付けてくるものがあるのではないかと思ったのである。しばらく、兄の所へ戻るのはやめておいた方がいいかもしれない。もし、見張られているとしたら危険だった。

 まさか、とフェーラリスは思った。ウォーゲルン公爵のことを密告したのは、あのデオド男爵ではないだろうか?何の証拠もないが、これまでいい人だと感じていたその感覚が、突然真逆の感じを受けたのだ。あれは油断だったのかもしれない。デオド男爵は一瞬の油断で本来の自分の感情をかいま見せたのではないか、と彼は疑っていた。



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