ダルシア帝国の継承者
270.
ヘイダール要塞はようやく静寂さを取り戻していた。
捕虜となって要塞にいるグーザ帝国のキンドルラ提督は、彼らの機動兵器の置いてある場所へ急いで向かっていた。捕虜となっても彼は、要塞内で行動の自由はある程度保障されているのだった。それを逆手に取って、今回の騒ぎの起きる前、グーザ帝国の捕虜たちは機動兵器を何とか動かそうと何度目かの挑戦をしていたのだ。ところが騒ぎが起きた後、突然機動兵器がいつもの場所から姿を消したのをキンドルラ提督は見ていた。彼は機動兵器がどこへ消えたのか探そうとしたのだが、警報が鳴っている状態では何もできなかったのだ。危険なので彼はバルザス提督の宿舎に行くしかなかった。
機動兵器を置いてあった場所に戻って暗い中を目を凝らしてみても、どこにもその姿はなかった。失望したものの、どこかに隠れているのかもしれないと、あたりを探し回っていると、突然キンドルラ提督の目の前にグーザ帝国の機動兵器が現れた。
「こ、これは、どういうことだ!」
と、非常に驚き、また誰もいないのでつい声を荒げてキンドルラ提督は言った。
「おや?誰かいるようね」
と、どこからか別の声がした。
その声は高いトーンの声で、男性の声というよりは女性の声のようだった。見るとそこに、要塞の男性士官の一人が立っていた。
「ここで、何をしている」
と、ブルーク・ジャナ少佐は言った。彼はキンドルラ提督がここにいるのを咎めているのだ。
「まあまあ、彼は多分、機動兵器が無くなったので心配していたのよ」
と、また女性の声がした。だが、その姿は見えない。
「そ、その通りだ。その機動兵器には部下が乗っている。だから、心配していたのだ」
と、キンドルラ提督は何とかその場をごまかそうとして言った。
「あなたの部下は多分、この機動兵器の中で気絶していると思うわ」
と、またどこからか女性の声がした。
「そうなのか?しかし、いったいどこへ行っていたのだ?」
「そのようなことは、お前には関係ないことだ」
と、ジャナ少佐は冷ややかに言った。
「いいじゃないの。彼の仲間はこの機動兵器の中で気絶している二人の士官しかいないのよ」
「その、今話しているもう一人はどこにいるのだろうか?」
と、キンドルラ提督は聞いてみた。近くにいるようなのに姿が見えないその女性の声の主が、自分たちに同情的なので、興味を持ったのである。
「それは、その……」
ジャナ少佐はどうしようかと思った。まさか話の相手が子猫だとは、この敵である異星人には知られてよいものだろうか。
すると、ジャナ少佐の子猫、ミリア・ヘイスダスは、珍しいことに自らジャナ少佐の軍服から出て来た。
「な、なんだこの小さな生物は……」
と、キンドルラは驚いて言った。
「この子猫が、あなたの話していた相手ですよ」
と、ジャナ少佐は親切に言った。
「いやつまり、私のいた銀河ではこんな小さな知的生物はいなかったので驚いたのだ」
「あら、違うでしょ。グーザ帝国のある銀河ではかなり以前に、人間型生物以外の知的生物はほとんどあなた方の先祖によって駆逐されてしまったから、いないのよ」
と、キンドルラ提督の目の前で子猫が言った。
「ふーん。君はグーザ帝国の事も知っているのかい?」
「彼らは色々な銀河に行っているのよ。だからよく知っているわ」
彼ら?彼らとは誰のことだろうか、とキンドルラ提督は思った。
「ともかく、この機動兵器の中で気絶しているあなたの部下を医務室に運んであげた方がいいと思うわ」
「しかし、医務室は今大変なことになっていると思う」
戦闘が終わった後の医務室というのが、どういう状況になるかジャナ少佐には十分想像できた。
「そうね。じゃ、仕方がないわ。バルザス提督の部屋にでも運んでみましょうか」
周囲が急に明るくなったことに、キンドルラ提督は気が付いた。近くにあった機動兵器も見えなくなった。だが、マルボルラ中尉とケルラ大尉が機動兵器からいつの間に出たのか、床に倒れているのが見えた。
「あら、どうしました?」
と、聞いたことのある声がした。
見るとそれは、バルザス提督の部屋にいるナンヴァル人のマグ・デレン・シャだった。いつの間にか移動していたのだ。
ジャナ少佐と子猫がマグ・デレン・シャに、床に倒れているキンドルラ提督の部下であるマルボルラ中尉とケルラ大尉の気絶した経緯を説明していた。
「まあ、そうでしたの、大変でしたわね。今医務室の方はいっぱいでしょうし、だからここへ来たのですね」
「特にけがはしていないと思いますので。そのうち目を覚ますでしょう」
と、ジャナ少佐は言った。
キンドルラ提督は、ただ黙ってその話を聞いていた。彼のいた国ではこんなことが起きたことはない。まるで魔法にでもかかったようだ。
グーザ帝国では魔法などというのは、遥かな昔の伝説に残されているにすぎない。今ではそれが本当に有るとは誰も思っていない。もちろん、TPなどという特殊能力については、色々と研究されている。ただそれはまだ未知の領域であって、キンドルラ提督もそうした研究があると言うことをきいたことがあるだけだった。
それがここでは、当たり前のように魔法が使われているのだ。キンドルラ提督はジャナ少佐の子猫の力を魔法だと勘違いしていた。
ところが、キンドルラ提督の冴えない表情を誤解して、
「ご心配ですか?大丈夫ですわ。特にけがをしているわけではないようですし……」
と、気の毒に思ったマグ・デレン・シャが話しかけた。
「いや、その私はこのようなことには不慣れなので……」
「このようなこと?部下のお二人が気絶したことですか?」
「そうではなくて、突然移動することです。自分の脚で歩くのではなく……」
「なるほど、瞬間移動に驚いたのですか。あなたのお国ではこうした力を持つ者はいないのですか?」
と、興味を持ってマグ・デレン・シャは聞いた。
「そうしたことを研究する者がいることは聞いたことがあります。ですが、魔法については……」
「ちょっとお待ちになって、何か誤解がありませんか?」
「誤解というのは?」
「この子猫は魔法使いではありません。あなたの銀河で聞いたことはありませんか?『暗黒星雲の種族』と言う人たちのことを……。この子猫は暗黒星雲の種族なのです。彼らは魔法を使いません。敢えて言えば、特殊能力のほうでしょうか」
「暗黒星雲の種族?この銀河の種族ではないのですか?」
「彼らについては、あまりよくわからないのです。ですが、私どもの銀河に属している者達ではありません。どこの銀河にいたのか、誰がその名を付けたのかわかりませんが、『暗黒星雲の種族』と言われているだけです」
「どこの銀河の者とも知れぬということですか?」
「そうです。もっともその子猫は、今はリドス連邦王国に属しているのですけれども……」
「こんな小さな生物がそのような力を持つとは、宇宙とは広いものですね」
「そうでした、私の言い方が悪かったのですね。暗黒星雲の種族の姿は、猫ではありません。彼らの本体は特に決まった形はないというのが、多くの者達の意見です」
「決まった形がない?」
そのような種族がいること自体、キンドルラ提督には初耳であり、驚きであった。
「そうです。だから、人間の形を取るのも自在ですし、何にでも姿を変えられるのです」
キンドルラ提督はため息をついて、床に横に置かれている二人の部下を見た。ここでは魔法も、特殊能力も何でもあるらしい。まったく紛らわしいことだ。だが、それだけではない。彼の国ではほとんどそのような力は見たことがないし、あるとも思われてもいないのだ。これは、案外重要な情報ではないだろうか。
272.
エルシン・ディゴ政治代表は、執務室で自分の机を指でトントンと神経質に叩いていた。
まったく、やることなすことうまく行かない。あのカトル・ファグル司令官は政治代表である自分の判断も仰がずに、敵である帝国軍を救出したのだ。これは由々しきことだった。政治代表としてのメンツが丸つぶれではないか、と彼は思った。
「困ったものですね、あの司令官にも……」
と、フランブ・リンジ副代表がエルシン・ディゴの心の中を察して言った。
「あの方ももうお年ですから、あまりこちらが言うのも、どんなものでしょうか?」
と、ギアス・リードが遠慮がちに言った。
「だから、何だ!あれでは、私の面目が丸つぶれではないか」
「そんなことはありませんわ。あの司令官が勝手にやった事です。そのことについて、政治代表があれこれ悩むことなどありません」
「そうです。あの司令官がこのようなことをするならば、次の司令官を考えるべきではないでしょうか?」
「次の司令官だと?」
「そうです。政治代表には、どなたか推薦する方はおられないでしょうか?」
「次の司令官になる者は、政治代表の意をまず重んじる者を決めるべきでしょう」
エルシン・ディゴはこの二人の意見をなるほど、と思った。司令官が気に入らないのなら、別の者に変えればいいのだ。そう言えば、あの男がいた。
「要塞にはシング・アルグの息子である、ダズ・アルグがいたな」
「シング・アルグの息子のダズ・アルグですか?確か、若いが提督でしたな……」
「ディポックの部下は若くして昇進したものが多数いる。そのうちの一人だ」
「なるほど、彼ならばいいかもしれませんね」
シング・アルグは有名なジャーナリストであるとともに、元新世紀共和国最高評議会議長であるチェルク・ノイ氏の昔なじみだった。その息子なら扱い易いかもしれない、とエルシン・ディゴは思った。
「ダズ・アルグ提督を呼んでくれ」
と、すぐにエルシン・ディゴは要塞内通信を使って命じた。
ダズ・アルグ提督は要塞の外の宇宙空間で三角錐の艦隊に半数の艦がやられてしまい、その後始末で忙しかった。負傷者を救出するのも大変だったし、さらに銀河帝国の艦隊の方も救出の要請に無事な艦を出したりしなければならなかった。
「提督、要塞の政治代表から呼び出しです」
と、副官が言った。
「何だって!この忙しい時に、そんなところへ行っている暇はないぞ」
「ですが、あまり無視しますと、よくないのでは?」
以前とは違い、この頃要塞の兵士や民間人の間では、政治代表についてはかなり評判が悪くなっていた。それだけに、副官は気を遣うべきだと考えたのだ。
「まったく、私は政治代表の部下ではないんだぞ」
と、文句を言いながらダズ・アルグは、壊れた隔壁の破片があちこちに落ちている危険な通路を政治代表の執務室へ向かった。
政治代表の執務室では、エルシン・ディゴ政治代表が満面の笑みで若いダズ・アルグ提督を迎えた。
「忙しいのに、よく来てくれた」
「は、はあ、その何の御用でしょうか?」
と、相手の表情が気持ち悪く感じるのを抑えてダズ・アルグは言った。
「実は、君にいい話があるのだ」
ダズ・アルグはエルシン・ディゴやフランブ・リンジ、それにギアス・リードを心の中では嫌っていた。それでなくても胡散臭いのに、この連中は突然ディポック司令官を解任したのだ。この連中にそんなことをする権限などあるのだろうか、と彼は思っていた。そもそもこの要塞を占拠したのはディポック提督なのだ。そのディポックを何の権利があって、追い出したのか。ダズ・アルグとしては、黙ってそれを受け入れたディポックにも不満はあった。政治家連中と争いをしたくなかったのかもしれない。だが、彼らはあまりにも勝手すぎるのだ。そのディポックの後釜にカトル・ファグル司令官を置いたのはやむを得ないとは思っていた。ただ司令官を解任されたディポックに、その後色々な嫌がらせをしたのは、決して許せないことだった。
「何でしょうか?」
「私はカトル・ファグル司令官について、この要塞の司令官を務めるには、やはり歳を取り過ぎていると思っている。それでだね、次の司令官を君にと考えているのだろうが、どうだろうか?」
エルシン・ディゴはこの話を断られることを、全く考えてはいなかった。要塞の司令官というのは、軍人なら誰でもなりたいと思うものだと考えていたのだ。まして相手は若くして提督になった人物である。野心がないわけがない。
「私を、この要塞の司令官にするというのですか?」
と、驚くよりも呆れてダズ・アルグは聞き返した。
「そうだ、我々は君を司令官として適任だと判断したのだ」
ダズ・アルグは大きく息を吸い込んだ、そして、
「お断りします!私は忙しいのです。要塞の艦隊をこれから再編しなければなりませんし、要塞の司令官など、私には務まりません!」
と、一気に言い放った。
「き、君、何ということを言うんだ。君の父君だって、このことをお喜びになるだろうよ」
と、エルシン・ディゴは慌てて言った。シング・アルグのことはよく知らないが、おそらくそうだろうと思ったのだ。自分の息子が出世するのを喜ばない親がいるだろうか。
「そうは思いませんね。父は軍人が大嫌いなのですから、きっと怒りますよ。要塞司令官になるなど何ということだ、これ以上の堕落はないとね」
「まあ、何てもったいないことを仰るのですか?あなたは要塞司令官になりたいとは思いませんの?」
「今はそれどころではありません。先ほども言いましたが、艦隊が半数までやられてしまったのです。これから艦隊の再編成をしなければなりません。要塞の中も隔壁が破壊されて、それこそそこいら中足の踏み場もない状態なのです。それに、私ではこの要塞の司令官など務まりません。今の艦隊司令官がやっとのことです。それでは、私はこれで、失礼します」
と言うなり、ダズ・アルグはギアス・リードの制止を振り切って、政治代表の執務室を去った。
「何という無礼な男だ!」
と、エルシン・ディゴはカンカンに怒って言った。
「まったく、取りつく島もありませんでした。あれでは、確かに要塞司令官など務まりませんわ」
と、フランブ・リンジも珍しく非難の言葉を口にした。要塞司令官になる者は、ある程度上の者に遠慮や礼儀を持たなければならないと思っているのだ。上の者とは、彼女曰く政治家のことである。
「しかし、これでは誰を司令官にすればいいのですか?」
三人は困って、考え込んでしまった。彼らは自分たちが勝手に司令官を変えることを、当然の権利だと思っていた。政治代表であるからには、その権利が自分たちに与えられたと思っているのだった。
「そうだ!」
と、突然エルシン・ディゴは言った。
「何事でしょうか?」
「いいことを思いついた。ここの司令官は何も元新世紀共和国の軍人である必要はない。ここにはあの銀河帝国軍の元帥にまでなったダールマン提督がいるではないか?」
「しかし、ダールマン提督は帝国にとっては大逆人、確かに要塞司令官は務まるかもしれませんが、返って帝国軍を刺激し、この要塞に対する攻撃を誘発するのではありませんか?それに、彼が逆にこの要塞を乗っ取るかもしれないという危険性もあります」
と、ギアス・リードが不安を口にした。
「だが、他には適当な人材がいないだろう」
「そうですわ。いい考えだと思います。それに、ダールマン提督がだめなら、バルザス提督がいるではありませんか。バルザス提督は大逆人本人ではないのですから。それに彼ならこの要塞を乗っ取るという危険性も低いのではありませんか。それを考えるともしかしたらダールマン提督よりも要塞司令官には適しているかもしれませんわ」
「しかし、……」
さすがにギアス・リードもその人選には、呆れてモノが言えなかった。確かに他に人材がいるとも思えなかった。けれども、もと銀河帝国の軍人を要塞司令官にすることを要塞の者たちが承知するとは思えない。もっとも本人たちもそれを受け入れるかどうかも疑問だった。
「そうだ、それがいい。まずダールマン提督に打診し、それがだめならバルザス提督に打診するのだ」
と、エルシン・ディゴはいい考えだと思って飛びつくように言った。そして、
「ともかく、ダールマン提督を呼ぶのだ」
と、彼は言った。
要塞の政治代表がそのようなことを話しているとも知らず、司令室では要塞の原状回復に忙しかった。
「問題は、要塞外壁の損傷部分の修理と、要塞内の隔壁の修理です」
と、ノルド・ギャビ要塞事務監が言った。他に要塞に衝突したままの海賊ナッシュガルの要塞の件もあるのだが、そちらはすぐに如何こうはできない。もっと時間が掛かる問題だった。そして彼は、
「特に外壁の損傷部分については、すぐに修理するめどが立ちません。何処から材料を手に入れることができるか、まだ何とも言えないからです」
と、難しい表情で続けた。
一番の問題は要塞にいる者達が、費用をどこからも捻出できないことにある。要塞の外壁とか、武器や兵器などについては原材料が入手できないので、要塞で補充できないものもたくさんあるのだ。
現在のヘイダール要塞では、外からの補給はなかった。元新世紀共和国の者たちにはそのようなことが出来る状況にはないからだ。敗戦により艦隊は解体され、交易の船も要塞方面には来ることができない。銀河帝国がそれをさせないように艦隊をパトロールに出して監視していた。
ホランド・アルガイのような自由貿易船は、例外である。採算を度外視してやっているからだ。とは言っても、彼らのような小さな貿易船では、要塞の外壁修理の金属を買い付けることはできない。
新たにジル星団という勢力があることがわかったので、そちらとの交易ができないこともないが、残念ながら交易品になりそうなものがヘイダール要塞にはない。要塞自体はある程度時給自足が効くが、必要以外にモノがあるわけではない。貿易に回すには、かなりの余剰物資がいる。要塞の連中を飢えさせてしのぐわけには行かないのだ。
「隔壁の方はどうか?」
と、カトル・ファグル司令官が聞いた。
「それが、そちらはもっと難しいかもしれません。何しろ、タリア・トンブンが隔壁の材質を変えてしまったので、壊れた隔壁も我々の知らない未知の金属になってしまっています。それが、非常に硬く、熱にも強く、我々ではとても扱えないのです」
と、ノルド・ギャビが言った。
「それについては、別の方法があると思います」
と、ダズ・アルグ提督が言った。
「別の方法というのは、どんな方法だ?」
と、ファグル司令官が聞いた。
「もう一度タリア・トンブンに、元の材質に変えてもらうのです。そうすれば、我々にも扱えるようになるでしょう。それともう一つ、いい考えがあります。外壁の損傷部分をどんなものでもいいから、塞いでしまうのです。それから、タリアに頼んで、今の隔壁と同じ非常に硬く熱にも強い金属に変えてもらうのです」
「なるほど、それなら金はかからんな」
と、ノルド・ギャビが賛意を示した。
「いえ、金と言うのなら、その見返りに現在要塞内にいるタレス人の生活費の足しにカードの数字を多く入れてあげると、彼らも助かると思います。何しろ、今の政治代表になってから、タレス人の生活費がかなり削られていて、彼らも困っているようですから」
ファグル司令官はダズ・アルグ提督の話を黙って聞いていた。まるで魔法のような話だが、彼の副官の話によるとタリア・トンブンは魔法使いではない。だから、これは例えば錬金術のようなものだというのだ。タリア・トンブンはダルシア帝国の継承者であり、従っておそらくこれはダルシア帝国の科学を使った方法ではないかというのだ。
要塞に侵入した宇宙艇の侵攻がその所為で止まったのは、確かだと思われた。それでなければ、隔壁はあっという間に全て破壊されたはずだった。だが、途中で止まったのだ。止まらざるを得なかったのだ。隔壁を破壊できなくなったからだ。
事実としては理解できなくはないが、錬金術だのと言われると少々戸惑うのは止むを得ない。だが、これをエルシン・ディゴ達に説明し、理解させるのはかなり難しいだろうと思われた。これからはこうした事象が多くなるのではないだろうかとファグルは思って、ため息をついた。そして、
「わかった。それなら、現実に費用が掛かるわけではない。私から政治代表に話をしよう」
と、ファグル司令官は言った。
実はダズ・アルグ提督は、自分に来た要塞司令官就任の話をファグル司令官に打ち明けかねていた。ファグル自身はまだ要塞司令官になってそれほど月日が経っていないし、特に司令官として適していないわけでもないからだ。それに、彼はファグル司令官を軍人として尊敬もしていたのだ。
「それから医務室の方はどうなっている?」
と、ファグル司令官は聞いた。
今回は負傷者の数の桁が違うので、要塞の軍医だけでは足りずに、リドス連邦王国などからも医者を出してもらって手当に当たっていると聞いていた。それについては、ファグルも緊急の事態なのでリドス連邦王国からの医療援助を受け入れたのだ。
「そちらの方は、数は多いのですが、兵たちの負傷の程度が思ったよりも軽くなったと聞いています」
と、リーリアン・ブレイス少佐が言った。
「軽くなったというのは、どういうことだ?」
「それは、リドス連邦王国からヒーラーという、怪我を治す特殊能力者を多数寄越してくれた所為で直りが早くなったということだそうです」
「怪我を治す特殊能力者がいるのか?」
ファグル司令官は、まためまいがしそうな気分に襲われた。だが、考えてみればこのことはエルシン・ディゴ達には話す必要はないだろうと思われた。
「はい。リドス連邦王国には、そうした能力者がいるということです。ジル星団には他にも変わった能力者がいるようです」
ブレイス少佐は医務室にディポック提督がいることは黙っていた。リイル・フィアナ提督によれば、ディポック提督はロル星団の人間であるにも関わらず、治癒の能力に関しては他に類のない力を持っていると言われたのだ。だから、今回の負傷者の治癒はディポックの力あってのことだと聞いていた。しかし、なぜそんなことをジル星団のリドス連邦王国に属しているリイル・フィアナが知っているのかはわからなかった。
272.
「ところで司令官、例の海賊の件でお話があるのですが……」
と、要塞防御指揮官であるフェリスグレイブが言った。
「どんなことだ?例の海賊というと、要塞の公園で鳥にされていたという連中のことか?」
これも今でも信じがたいことなのだ。どうやって海賊連中を鳥になどできたのか。ディポック提督によると、リドス連邦王国の第三王女殿下が来た時に、王女に無礼なことをしたために、王女によって鳥にされたと言っていた。だが、本当にそんなことができるのだろうか?リドス連邦王国の王女は魔女なのか?それとも、ダルシア人のような特殊能力を持った種族なのだろうか、とファグル司令官は頭を悩ましていた。
「そうです。彼らは今回、我々に非常によく協力してくれました。おかげで敵の侵入を防げたと言ってもいいくらいです。それで彼らが言うには、もう海賊に戻るつもりはないから、要塞で使ってくれないかというのです」
「しかし、連中は人間とは違う種族だと聞いた。つまり我々とはかなり違うのだろう?」
「そうです。竜族と言われているようですが、外見はかなり違います。彼らはゼノン人とナンヴァル人との混血だと言っています。そのために、どちらの国にも受け入れてもらえないそうなのです。それでこれまで海賊になるしかなかったということでした。その海賊を止めるのであれば、他にすることはないし、ここで兵士として使ってくれないかというのです」
「連中は信用できるのだろうか?いや、君は彼らを信用できるというのかね」
と、ファグル司令官は不安に思って言った。元海賊などを雇って大丈夫なのだろうか。
「私としては、今回一緒に戦いましたので、彼らをある程度信用できると考えています。それにもしここで働けるのであれば、我々に忠誠を誓うことは厭わないと言っています。それと、もしここで働くのならば、バルザス提督が後見人になってくれると聞きました。」
「バルザス提督が後見人になるというのか?彼は連中といったいどんな関係があるというのだ?」
銀河帝国の提督とジル星団の海賊では、あまりにも違い過ぎる。何か関係があるとはファグル司令官には思えないのだ。
「私が聞いたところでは、かつて彼らの面倒を見ていたアゼル・ルマリアという人物が銀の月、つまり現在のバルザス提督だというのです」
と、フェリスグレイブは海賊達に聞いたことを伝えた。これについては、今は彼らの言うことを信じるしかない。
「アゼル・ルマリア?聞いたことがないな……」
「その人物はジル星団の惑星ガンダルフの出身の者だったそうです」
と、フェリスブレイブは言った。
おや、と彼は心の中でつぶやいた。アゼル・ルマリアとは珍しい人物の名を聞いたものだ、と彼は思った。
ヘイダール要塞、ここに来るのは久しぶりなのだ。あれから、何年たっただろうか。あれから、しばらくよその銀河へ行っていたのだ。それが、何となく懐かしくなって再びふたご銀河に戻って来たのだ。そして、この要塞に帰って来ると、どうも前と勝手が違っていた。何だか、雰囲気がバタ臭くなったような気がする。年数がたった所為か、所々薄汚れて来ているのも目立つようだ。
だが、何といってもこの荒れようは何だろうか、何があったのだろうか、と彼は思った。要塞の外壁に大穴が開いているだけではなく、どこのモノとも知れぬ要塞が衝突しているし、要塞の中央通路の隔壁という隔壁もほとんど破壊されているのである。
それに、あの彼が特に念入りに作って気に入っていた貴賓室に、ひどく嫌な連中がたむろしているのだ。当時はそれこそ金の糸目も気にせず手塩にかけて贅沢に作ったものだ。それなのにジル星団のハイレン連邦のハイレン人、何であんな連中があの貴重な貴賓室に入り浸っているのだろう、と彼は非常に不愉快に思った。
彼はこのヘイダール要塞の設計者である、銀河帝国のシヴィアダン・ヘイダール伯爵だった。もっとも、彼は帝国においてはとっくに死んだことになっているのだが。
ヘイダール伯爵家は彼一代限りのものだった。ヘイダール要塞の建設後、ほとんど同時に伯爵は亡くなったのだが、それと時期を同じくして要塞建設資金の大スキャンダルが帝国で報じられた。要塞建設資金を流用し、伯爵がその懐を肥やしたというのである。伯爵家はその罪により廃絶されたのだ。もとよりそれは冤罪だった。ヘイダール要塞を建設した伯爵の功績を妬んだ連中の仕業である。だから、今日ヘイダール伯爵の名は記念碑や石碑に残っているだけになっていた。
とは言えその件については、彼はほとんど関心がなかった。彼の関心は伯爵家の存続にあるのではなく、ヘイダール要塞の存続にあったのだ。
司令室の様子から、そこにいる連中が帝国軍の軍服を着ていないのを見て、てっきり軍服を変えたのかと彼は早とちりしたが、よくよく話を聞いてみると、どうもこの要塞にいる軍はもう帝国軍ではないらしいとわかった。
(とすると、これは新世紀共和国軍の軍服ということか?)
と、元ヘイダール伯爵はのんびりと考えた。
彼の予想では、いずれ新世紀共和国が帝国に滅ぼされると思っていたのだが、その予想が間違っていたのだろうか。彼がほんのちょっと不在にしていた間に、まさか銀河帝国が滅びたわけではあるまいなと少々不安に思って、ともかくも要塞と同時にだが、異次元に存在する『レギオンの城』へ行くことにした。
『レギオンの城』はヘイダール要塞が建設されるずっと前からこの宇宙空間に存在した、ふたご銀河の防衛拠点である。そこへ行けば、なにがしかの情報が手に入るかもしれないと考えたのだ。
『レギオンの城』への入り口は、要塞の中に作られた人工の公園の中にあるのだった。
しかし元ヘイダール伯爵である彼は、人工の公園の中の池にしばし注意を引き付けられた。その池には水中植物が繁茂しているのだが、魚や鳥などはいないはずだった。軍事要塞でそこまでの世話はできないと考え、最初から置かなかったのである。それなのに、鳥の羽のようなものが数枚浮かんでいた。それを掴むと、透明な姿のない状態で匂いや厚みを感じて見た。本物だ。とすると、やはり何かあったのだ、と彼は思った。
『レギオンの城』の入り口に着くと、彼は実体化した。元ヘイダール伯爵は歳を取っているががっしりとした体格の、真っ白な長いひげを蓄えた人物だった。そして、レギオン本人から教えられた呪文を口にした。
「城の扉よ、わが前に開け、我は城の主レギオンの盟友、シヴィアダン・ヘイダールである」
すると、何もないはずの空間に大きな城の城門が現れた。そして、その城門がゆっくりと開いて行ったのである。
元ヘイダール伯爵は、城門を入るとそのままレギオンの書斎へと城の中を進んだ。
(この城の中は、前と変わらぬな)
と、彼は思った。
異次元に存在するレギオンの城は、歳月の経ったのを感じさせない、昔彼が覚えていた通りのままだった。以前と違うところを探すなら、何となく城全体が明るく感じるのが違いと言えた。
書斎に着くと、すぐに扉が開かれた。
「久しぶりだな、シヴィアダン・ヘイダールよ」
と、レギオン――ダ―ルマン提督が迎えて言った。
「ほう?お前さんが、今現在のレギオンなのか?」
と、元ヘイダール伯爵は聞いた。
「そうだ」
「随分若いのだな」
「仕方があるまい。本来はまだ帝国にいるはずだったのだ。だが、ちょっとした不都合があったのだ」
「ちょっとしたではあるまい。お前さんがここにいるようでは、帝国はあの災厄をもろに受けてしまうのではないか?」
と、元ヘイダール伯爵は批難するように言った。
「それについては、何か別の手段を考えているところだ」
「銀の月や塔の長はどうなったのだ。彼らもこちら側に戻ってきてしまっているのだろうか?」
元ヘイダール伯爵はふたご銀河に戻って来てすぐにヘイダール要塞に来たので、まだ色々と噂を聞いてはいなかった。従って大逆人としてダールマン提督とその部下が帝国艦隊と会戦し破れて死んだと言われていることも知らなかった。細かいことまではわからないが、レギオン――ダールマン提督がここに居るようでは、非常に困ったことだった。
「そうだ。やむを得ないことだったのだ」
「確かに、あの帝国はやたらと人を妬む連中が多かったからな。だが、今回はそれでは困るのではないか?」
書斎を見回すと、レギオンの他に、彼の知らない顔があった。
「わしの見ない顔が他にもあるが、彼らは誰なのだ?」
と、元ヘイダール伯爵は聞いた。
「彼は、ダルシア帝国の宇宙都市ハガロンの元大使、アントルーク・コアだ」
と、レギオンは言った。
「ダルシア人?彼らは竜ではなかったのか?」
「コアの姿を見たのは初めてだったな。最後のダルシア人は人間型だったのだ。それから、その隣は、ゼルグドス・アクバル・ゴドウィンⅧ世だ」
「銀河帝国の皇帝か?」
「そうだ。ただし元のだ。旧王朝の皇帝だ。今は新しい王朝に変わっている」
「王朝の交替があったのか?」
「最近あったのだ……。それから、その隣がナンヴァル連邦の元大調整官、マグ・クガサワン・シャ」
「ナンヴァル連邦で、クーデターでもあったのか?」
元ヘイダール伯爵にとっては、ふたご銀河の者達の変わりように驚くばかりだった。
「ともかく、これだけの顔が揃うのは、随分久しぶりのことだ。あれからこのふたご銀河も変わった。前と同じ計画が続けられるわけではない。これを機に、変えるべきところは変えた方がいいだろう。早速その話に入りたい」
と、レギオン――ダールマン提督が言った。
その時、書斎のレギオンの古い机の上に置いてある場違いな形のインターホンが鳴った。
「何だ?」
皆の視線がそのインターホンに集まった。
「あれは、三次元のヘイダール要塞と繋がっている通信装置だ。話の途中だが失礼して、出て来よう」
と、レギオン――ダールマン提督は言った。




