ダルシア帝国の継承者
258.
タリア・トンブンはヘイダール要塞の医務室にいた。
医務室とはいっても、要塞のおよそ百万の人々が利用するので、大きな病院のような規模だった。ただ、病院のように建物が別に建っているのではなくて、要塞の中の一部として存在しているので医務室と言われているのだった。
タリア・トンブンが医務室にいるのは、ダズ・アルグの父であり元新世紀共和国の有名なジャーナリストであるシング・アルグが入院しているからだった。
シング・アルグがヘイダール要塞にやって来たのは、八年前にあった新世紀共和国の最高評議会議員暗殺の犯人として指名手配されているダガン・ルグワンを探すためだった。どこからか、ダガン・ルグワンがヘイダール要塞にいるという情報を掴んだのだ。
だが、ダガン・ルグワンに会えたものの、目つぶしを喰らって動けなくなっている所、シング・アルグはちょうど居合わせたタリア・トンブンによって医務室に運び込まれたのだ。
その時、シング・アルグがつい最近まで医務室にいたことを覚えているので、
「一体これは、どうしたことですか?」
と、驚いて軍医は言った。
「私が見た時にはもう、目をやられていました。先生、大丈夫でしょうか?」
と、タリアは心配して言った。
一応簡単に診察を済ませた後で、
「大丈夫だとは思いますが、大事を取って二三日は入院した方がいいでしょう。目つぶしを喰らったのですね?」
と、軍医は本人に確認した。
「私も年を取ったものだ。すぐに目を閉じたつもりだったが、……」
「確かに、もうお年なのですから、無茶は控えてください」
それから一日たつが、一向にシング・アルグの視力の回復は見られなかった。
タリアは自分で連れて来たので、心配して見舞いに来ていたのだ。
「あんたはタリア・トンブンと言っていたな?」
と、シング・アルグが聞いた。
「ええ、そうです」
「看護士に聞いたのだが、あんたはジル星団のダルシア帝国を継承したそうだな?」
「そうです」
「すると、あんたは皇女殿下か、いや女帝陛下なのかな?」
「いいえ、違います。第一、現在はもうダルシア人はいません。もしかしたら、ジル星団の辺境の惑星に残っているかもしれませんが、そうした人々は種族は同じでも本来のダルシア人とは違うのです。要するにダルシア人と言うものがいなくなってしまったのでダルシア帝国は滅びたということです。それで、私がそれを継承することになったのです。継承したのはダルシア人の持っていた惑星や知的財産ということです」
「とすると、あんたは所謂ダルシア人ではないということか」
「そうです。ダルシア人というのは、伝説にあるドラゴン、つまり竜のことですから。でも私は人間ですから」
「ダルシア人はドラゴンだったのか?」
「聞いたことはありませんでしたか?」
「いや、ロル星団の方ではジル星団のことはほとんど知られていないから、……。そうか、ダルシア人というのは竜のことか……」
「そうです。でも、まだそれだけです。ですから、一応私は『ダルシア帝国の代表』と名乗っています。ですが、もともとタレス連邦の出身なのです」
「タレス連邦?それがあんたの生まれた国か。だが悪いが、私は聞いたことはない」
「タレス連邦は人間族の国なのです。でも私たちはタレス連邦からこのヘイダール要塞へ亡命者として来たのです。ですから、もうタレス人でもありませんね」
と、タリアはほんの少しセンチになって言った。
もうタレス連邦と言っても、ほとんど感慨がない。そこはタリアにとっては他国なのだ。それが悲しかった。そんな時、警報が鳴ったのである。
医務室にも警報が鳴り響いており、すでにあちこちで隔壁が降りていたので、たどり着くのも大変だった。しかも医務室には患者だけではなく、近くにいた一般人も警報が鳴って隔壁が降りて来たのに驚いて医務室の方へ逃げて来た者達もいた。その中で、ダガン・ルグワンと魔術師の仲間は、病気の振りをして医務室に来た病人に紛れ込むのは比較的簡単だった。
二人は適当に受付を済ませると、隙をついて病室への通路へ入った。いつもなら細かいところまで調査をして仕事をするのだが、今回はその暇はない。幸い、患者や一般人への対応で医務室も混乱していたため、入り込むのは容易だった。ただ、要塞の医務室については前に少し調べたことがあるので、何とかそれで済ませようと考えていた。
病室の方にある看護士の詰め所を見張って誰もいなくなるまで待つと、その隙をついて中へ入り、病室のカルテを見た。
(567号室か……)
ハイレン連邦のバルーンガ議長によると、タリア・トンブンはシング・アルグの病室にいるということだった。
二人はすぐに詰め所を出ると、病室の有る通路へ入った。幸いなことに医務室内の区画には余計な隔壁は降りてはいなかった。そして、まるで見舞いに来たように歩きながら行くと、『シング・アルグ』という名札を見つけた。
二人は頷くと、扉をそっと音を立てないように少し開けてみた。
そこは個室らしく、病人用の寝台が一つあり、そこに名札の人物がいた。あの古いビルで目つぶしを喰わせてやった男だ。ダガン・ルグワンは顔を覚えていたのですぐにわかった。そして寝台の傍にタリア・トンブンと思われる女が立っていた。
「あれか?」
と、魔術師が言った。
それに黙ってうなずくと、魔術師は通路に誰も来ないことを確かめると、指を二本立ててふっと息を吹きかけた。
タリア・トンブンはその時シング・アルグと話をしていたのだが、突然笑顔を見せていた顔が歪んだ。
「どうかしたのか?」
と、まだ目の見えないシング・アルグがその気配に気づいて言った。
タリア・トンブンは苦しそうにもがいていた。息が苦しいのだが、それを言うことが出来ないように思えた。
シング・アルグは自分の緊急用の医療ボタンを押そうとしたが、誰かが彼の腕をつかんで止めた。それで誰かが部屋に入って来たと気が付いて、
「誰だ!」
と、シング・アルグは誰何した。相手が何も言わないので、
「お前は誰だ、何をしに来た!」
と、彼は再び叫んだが、口を押えられて最後は聞こえなかった。
「黙れ!」
と、ダガン・ルグワンは低い声で命じると一緒に入って来た魔術師に、
「急げ!」
と、言った。
タリアは息ができなくて苦しいので、何をされても抵抗できなかった。あっという間に後ろ手に縛られてしまった。鮮やかな手並みだった。シング・アルグも同じようにした上にさる轡をして寝台の上に残すと、ダガン・ルグワンと魔術師はタリア・トンブンを担いで部屋を出た。
通路には誰もいなかった。看護士や医師は医務室に来た連中の対応に忙しくて、入院中の患者にまで手が回らないのだ。
ダールマン提督は、何か考え込んでいたが、
「司令官、どうやらタリア・トンブンが拉致されたようだ」
と、おもむろに言った。
「何?いや、しかし今は、こちらではどうにもできない……」
と、ファグル司令官は戸惑ったように言った。今はそれどころではないのだ。
要塞の外では要塞の艦隊が張りぼての艦隊を監視していた。ハイレン連邦の艦隊に攻撃されている帝国艦隊を救出するために、メイヤール提督がダルシア帝国の艦隊を動かしていた。また要塞内では損傷個所から張りぼての艦隊から出て来た宇宙艇が何十隻も入り込み、そこでフェリスグレイブと海賊の部隊が要塞への侵入を阻もうと戦闘中であった。
どう考えてもタリア・トンブンを救出するのに人を割く余裕がなかった。
「わかっている。タリアはこちらで何とかしよう。それよりも、要塞の探知装置を最高レベルにまで引き上げてくれ。どうも妙だ」
と、ダールマン提督は言った。
「何が妙なのだ?」
と、ファグル司令官は聞いた。
「あの張りぼての艦隊だ。本当にあれは張りぼてなのか?それとも他に本物の三角錐の艦隊がいるかもしれない」
「なぜ、そう思うのだ?」
「未だに、銀の月、いやバルザス提督から連絡がない。おそらく、あの張りぼての艦隊の艦に囚われているのだろう」
もし、囚われているとすれば、あの張りぼてだと思われている艦隊は本物かもしれないのだ、とダールマン提督は考えていた。
「何だって!それでは……」
と、ファグル司令官は言った。一体外では何が起きているのだ。ファグル司令官にとっては敵と言ったら銀河帝国しか思い浮かばないので、考える情報があまりにも少ないのだ。
259.
かつて亡きアゼル・ルマリアは言った。
「決して海賊になるな。盗みや殺人は絶対にしてはならない。一度でもそれをすると、後戻りできなくなる」
多くのナルゼン――ゼノン人とナンヴァル人との混血児――を育てたアゼル・ルマリアは、今から八十年前に亡くなった。その後、残された彼らは何とかまともな暮らしをしようと努力したが、それは結果として徒労に終わった。ゼノン帝国もナンヴァル連邦もナルゼンたちを受け入れようとはしなかったのだ。それでも初めの内は素性を隠して何人ものナルゼンが、ゼノン帝国で暮らそうとしたものだ。
その理由はアゼル・ルマリアの要塞だけでは、食糧や日用品が不足して生きていくのに不充分だったのだ。それを補うためにも、外に出て行くことが必要だった。それはまた、海賊をしないで済むのに必要なことだった。
ナンヴァル連邦よりも人口の多いゼノン帝国は、その分管理も緩いところがあったのだ。だがその正体がバレるとゼノン帝国から追放され、ほとんどがアゼル・ルマリアの要塞に戻って来た。斯く言う元ゼノン帝国の宮廷魔術師にまでなったウル・ガルがそうだった。
突然、ウル・ガルの耳の周りに魔法陣が浮かんだ。
「何だ、どうした?」
と、ナッシュガルが聞いた。
二人は仲間の海賊が鳥にされて以来、自分たちの要塞をヘイダール要塞にぶつけてしまったので他に行くところもなく、バルザス提督の宿舎に居候していたのだ。そこではできるだけ目立たないようにしていた。
そのバルザス提督は元銀河帝国の軍人であり、現在はリドス連邦王国の軍人であるが、『銀の月』と呼ばれるガンダルフの魔法使いだった。そして『銀の月』は、かつてのアゼル・ルマリアだと二人は聞いていた。しかし、バルザス提督はまだ若い人間族であり、アゼル・ルマリアとはかなり姿かたちが違っていたので、どうしても二人はバルザスがアゼル・ルマリアだとは思えなかった。二人の覚えているアゼル・ルマリアは、長い白いひげを蓄えていた、威厳のある老人だったのだ。
魔法陣が浮かんだウル・ガルはそこから何か聞いたようで、
「医務室へ行ってくる」
と言うので、
「俺も、一緒に行く」
と、ナッシュガルが言った。
一瞬迷ったウル・ガルではあるが、すぐにナッシュガルと共に姿を消した。
二人が医務室に付いて通路からシング・アルグの病室を窺っていると、そこから女を担いだ人間族の男が二人出て来た。
「あれは、どこの者だ?」
と、ナッシュガルがウル・ガルに聞いた。
「わからない。だが、担がれているのはタレス人のタリア・トンブンだろう」
二人はバルザス提督の宿舎によく来るタリア・トンブンのことは知っていたが、これまで本人と口を聞いたことはない。
「あの女を助けるように言われたのか?」
「いや、どうなるか見るのに後を付けろと言われたのだ」
「しかし、あのままではどこかに連れて行かれるのではないか」
「そうなんだが、レギオン殿がそう言うのだ」
「……」
ガンダルフの魔法使い『大賢者』レギオンがそう言うのなら仕方がない、とナッシュガルは思った。
ダガン・ルグワンに担がれたタリア・トンブンはほとんど意識を失っていた。
だが、その代わりに目覚める者があった。それは、ダルシア人であったアプシンクスの意識である。
(何が起きたのだ?)
と、始めは不思議そうにしていたが、タリアが危険に瀕していることを悟るのにそう時間はかからなかった。
アプシンクスはライアガルプスによく似ていた。外見は竜であるから、その違いは普通の人間ではわからない。それにその体から発する金色の光もライアガルプスの光と引けをとらなかった。ただ、その目が銀色なのが、違っていた。ちなみにライアガルプスは目の色は、金色だった。
人間の身体ではあるが、目覚めたアプシンクスは霊的な体をゆっくりと広げた。すると、タリア・トンブンを担いでいたダガン・ルグワンは何かに押されるように感じて、タリアの身体を床に落としてしまった。
「どうしたんだ?」
と、魔術師が聞いた。
「いや、何でもない……」
ダガン・ルグワンは、自分でも何が起きたのかわからなかった。
魔法で自由を奪われているはずのタリアは、身体を伸ばして、起き上がった。
「魔法が切れたか?」
と、ダガン・ルグワンは魔術師に聞いた。
「そんなはずはない」
タリアは冷ややかにダガン・ルグワンと魔術師を見ると、
「お前たちは、何者だ?どこから来たのだ」
と、聞いた。
「そんなことはお前には関係ないことだ。お前は黙って大人しく、俺たちについてくればいいのだ。そうしないと、先ほどのように、身動きできないように魔法を掛けるぞ」
と、ダガン・ルグワンは警告した。
「魔法だと?この私にか……」
と、タリアは言った。
ダルシア人には魔法など効かない。先ほどタリアに魔法が効いたのは、本人にはダルシア人というよりは、タレス人であるという意識が強いからだ。そうした思いだけで違いが生じる。
「さあ、早く行かないと……」
と、魔術師が言った。おそらく、ハイレン連邦のバルーンガ議長は一日千秋の思い出待っているはずだ。
「どこへ行くのだ?」
と、タリアが聞いた。
「お前に言う必要はない」
と、ダガン・ルグワンが言った。
だが、アプシンクスはダガン・ルグワンの頭の中に浮かんだハイレン連邦のバルーンガ議長の姿をTPで見て、言った。
「なるほど、あのハイレン人のところへ私を連れて行くということか?」
「な、何!」
突然図星を刺されて、ダガン・ルグワンは驚愕した。何故分かったのだ。タリアの特殊能力の所為なのだろうか、と彼は思った。
魔術師の方は黙って、再びタリアに魔法を掛けた。だが、タリアは一向に変化しなかった。苦しそうにもだえることもなかったし、平然と話を続けたのだ。
「お前たちはハイレン人なのか?それにしては、ハイレン人の特徴を持っていないな……」
と、タリアは言った。タリアはハイレン人のことをよく知らないが、アプシンクスは良く知っていた。
「……」
ダガン・ルグワンは黙っていた。タリアの特殊能力が何であるかを知らないので、できるだけ情報を漏らさないようにしなければならないと考えたのだ。
「黙ったようだな。だが、それだけでは私の力を避けることはできない。お前の仲間の魔術師もわかったのではないのか?私にお前の魔法が効くかどうか……」
魔術師は冷や汗を垂らしていた。こんなことがあるだろうか。自分の魔法が効かないのだ。これまで一度もなかったことである。
「おまえはタリア・トンブンではないな」
と、ダガン・ルグワンは言った。
「いいや、私はタリア・トンブンであることは間違いない」
と、タリアは断言した。
「それなら、魔法が効くはずだ。お前がタリア・トンブンでないから魔法が効かないのだろう」
「なるほど、少しは分かってきたようだな。私はタリアであって、タリアではない。では、誰だと思う?」
アプシンクスの銀色の目が光っていた。残念ながら、この二人にはそれが見えなかった。魔術師や魔法使いだと言っても、霊的な能力を持っているとは限らない。それがなければ、タリアの中のアプシンクスは見えないのだ。
「お前はいったい誰なのだ」
アプシンクスはダガン・ルグワンと魔術師の二人から様々な情報を取り出していた。アプシンクスとライアガルプスの違いは、前者はTPの能力が強く、後者は予知能力が強いということだ。そこでアプシンクスは二人がハイレン連邦を出て以来元新世紀共和国に行き、そこでいくつもの犯罪を犯し、この要塞に来ても同じように犯罪をしつつあることを知った。
元々彼らは、ハイレン連邦でも肉体的な形状が普通の人間族に見える混血として生まれたのだ。その混血自体、実は人工的に作られたものだった。ハイレン連邦の科学力を駆使して、ハイレン人の肉体改造のため遺伝子を改良したのだ。あまりにも繊細な肉体を強靭にするためである。従ってハイレン連邦ではこの混血の人々を排除しなかった。一応同族として認め、彼らを新しく勃興しつつある人間族の国にスパイとして送り込んでいた。この二人も、ハイレン連邦政府が新世紀共和国に送ったスパイでもあったのだ。ただ二人はその性格の所為か、行った先で犯罪者となっていたのだ。
それでもハイレン連邦政府は構わなかった。犯罪者というのも使えると考えていたのだ。見た目が本来のハイレン人とは違うので、間違われる恐れもないし、何かの時に役に立つだろうと考えていた。
「なるほど、お前たちは本来は、ハイレン人と人間族との人工的な混血だったのか」
と、タリア――アプシンクスは言った。
「そうだ。よくわかったな」
と、ダガン・ルグワンが驚いて言った。
「で、私に何の用があるのだ?」
「そんなことは知らん。お前を拉致するように依頼されただけだ」
「ふん。あのハイレン連邦のバルーンガ議長にか。愚かなことだ。お前たちのしていることは犯罪ではないか」
「それがどうした?俺たちはそうやって、新世紀共和国で生きて来た。これからも同じことをやるだろう」
「ハイレン連邦は、もっと高度な文明があったと思うのだが、だいぶハイレン文明も落ちて来たものだな」
「何だと!」
少なくとも、ダガン・ルグワンと魔術師は自分たちがハイレン人であることに誇りを持っていた。ハイレン連邦はジル星団でも古い国で、高度な文明を誇っているのだ。
「ふん、タレス人が何をいうのか。お前たちの政府は長年ゼノン帝国に同朋を人身御供に捧げて来たではないか」
と、ダガン・ルグワンは言った。ジル星団の古い国々の間では、そのことは密かに知られていたのだ。
「そうだ。愚かなことだ。だからこそ、我々はタレス連邦を出て来たのだ。だが、お前たちはどうだ?ハイレン連邦の連中に使われているだけではないか。どんなことでもやると思われているのだろう」
魔術師は黙っていた。ダガン・ルグワンに話をさせて、自分はこのタレス人の特殊能力者を黙らせ、バルーンガ議長のところへ連れて行くためにどんな魔法を使うことが出来るかを考えていたのだ。彼のいつも使う魔法の呪文はこのタレス人の女には効かなかった。だが、他の魔法の呪文はどうだろうか?彼はもっと強力な呪文を知っている。それを使えば、何とかなるのではないか。
魔術師は彼の持っている最も強力な呪文を使ってみることにした。
「危ない!」
と、ウル・ガルは小さな声で言った。
「どうしたのだ?」
と、ナッシュガルは言った。
「やつは、闇の魔法に手を出そうとしている」
「どんな魔法だ?」
「相手を無力にさせる魔法だ」
「それくらい、大丈夫だろう?」
「いや、あれはもしかしたら……」
魔術師は低い声で闇の魔法の呪文を唱えた。人の耳には聞こえないくらいの声で、囁くようにだ。
タリアは、
「おや?」
と言う表情をすると、その目にはっきりとした竜の目を映し出した。
「どうだ!これなら、お前には排除できまい」
と、勝ち誇ったように魔術師は言った。
だが、魔術師はタリアの竜の目に気が付くと、
「お、おまえは……」
と、驚愕して動かなくなった。
同じくダガン・ルグワンも動かなくなった。
「さて、そこの元海賊、出てきなさい」
と、タリア・トンブンの声がした。
ナッシュガルとウル・ガルが自分たちの事だと気が付くのに少々時間が掛かったが、二人はタリアの所へ出て行った。
「お前たち、ここでこの二人を見張っていておくれ」
と、タリア――アプシンクスは言った。
見るとその二人は、石のように固まっていた。
「これは、どうしたのですか?」
と、ウル・ガルが聞いた。
「私に闇の魔法を掛けようとしたので、跳ね返しただけだ」
と、タリアは当然のことのように言った。
「闇の魔法を跳ね返したのですか?」
と、信じられないというようにウル・ガルは言った。
闇の魔法は普通の魔法使いでは解除することはできないような難物だった。まして、跳ね返すなどできるはずはない。ウル・ガルも多少闇の魔法を知っていたが、それを跳ね返すような魔法使いにはあったことがない。だからこそ、闇の魔法を使う魔術師は魔法使いの中でも強力だと言われていた。あこがれる者も多いのだ。
もっとも昔から正当な魔法使いは闇の魔法を疎んじていたものだ。なぜなら、一旦闇の魔法に手を染めると、身も心も穢れると言われていたからだ。本来の白魔法使いは闇の魔法には決して手を出さないものなのだ。
「この二人はここで石になっているので危険はないでしょうが、ハイレン連邦の連中はどうします?」
と、ナッシュガルは聞いた。
「向こうはレギオンが監視している。あの者達はどうせ戦うことはしないだろう。危険になれば逃げだすだけのことだ」
「わかりました。で、あなたは何をするのですか?」
「私か?私は、まずこの要塞を守らねばなるまい」
と言うと、タリアではなくアプシンクスは竜に化身して姿を消した。アプシンクスはタリアの肉体をその場に置いて霊体を移動したのだ。
260.
リイル・フィアナ提督はこのヤギ頭の正体を突き止めたのだが、だからと言って要塞に侵入してくる連中を止めることはできない。
フェリスグレイブの部隊に戻ると、
「どう、敵は減ったかしら?」
と、聞いた。
「いいや、どうやら穴から入って来る連中はいなくなったが、すでに入ってきたものは、どうにもならん」
どうやら戦線は膠着状態に陥っていた。どちらも遮蔽物の影に隠れて時折敵を撃っている状態だった。
「あまり長くなると、外の状況ではどうなるかわからないわね」
と、リイル・フィアナは言った。少なくとも有利になるとは思えない。
そこへ大きな翼がはためく音が聞こえて来た。
「あれは、何の音?」
と、リイル・フィアナは言った。
「音だって?」
フェリスグレイブの耳には何も聞こえなかった。
リイル・フィアナの目の前に、一匹の竜が降りて来た。金色の美しい竜だった。それがダルシア人であることに気が付くのに数秒かかった。
「ええと、あなたはライアガルプスなの?」
と、リイル・フィアナは聞いた。
(いいえ、私はアプシンクス。タリア・トンブンだと言えばわかるかしら?)
と、金色の竜が言った。
「アプシンクスですって?それじゃあ、タリア・トンブンなの?」
(ここは、どうなっているの?あの連中は、ハイレン人かしら?)
「よくわかったわね。あれは、ヤギ頭の宇宙人のぬいぐるみを被ったハイレン人だわ」
(なるほど、あの連中らしいやり口ね。で、戦況はどうなの?)
「よくないわ。このままでは、どうなるか。あの連中を一挙に排除することができないと……」
(そうね……)
フェリスグレイブはリイル・フィアナが何を言っているのかわからなかった。
「誰と何の話をしているんだ?タリア・トンブンがいるのか、それとも……」
「まあ、ちょっと待って……」
と、リイル・フィアナはフェリスグレイブに言うと、
(ともかく、戦況をひとっ飛びして、見て来ましょう)
と、タリア――アプシンクスは言った。
瓦礫が山のようにあるので損傷部分の入り口付近は良く見えなかったし、フェリスグレイブのいる位置からでは要塞の外の様子もよくわからない。敵の侵入を辛くも食い止めているだけなのだ。
翼を広げると、タリアは瓦礫の山も特に頓着無く、飛んで行った。霊体である彼女には瓦礫があっても障害にはならない。すり抜けてしまうからだ。
「アプシンクス、ええとつまりタリアが敵の様子を見に行ってくれたの」
と、リイル・フィアナは言った。
「本当か?敵にはそのタリアは見えないのか?」
と、フェリスグレイブは疑わしそうに言った。
「多分見えないと思うわ。ともかくここを何とかしないと、……」
しばらくして、再び翼の音がした。タリアはフェリスグレイブとリイル・フィアナの傍に舞い降りると、
(外から新たな敵が入って来てはいないから、今ここに居る連中だけ排除すればいいと思う)
と、言った。
「外から新しく入って来る敵はもうないようだわ」
と、リイル・フィアナはタリアの言葉をフェリスグレイブに伝えた。TPの能力は彼にはないので、伝えられないのだ。
「なるほど、中にいる連中だけというわけか」
だからと言って安心はできない、とフェリスグレイブは思った。
「数はどのくらいいたのかしら」
(数は、確かにこちらより多いようね。それに、向こうは今あの宇宙艇を使おうとしているようだわ)
「宇宙艇を使うつもりなの、どうやって?」
そう言えば先ほどよりも撃って来る回数が減っている。何かしようとしているのだ。
話をしながら、アプシンクスはグーザ帝国製の機動兵器を見た。アプシンクスはTPが強いのだが透視能力も際立っていた。その能力は見たものを体系的かつ緻密に精査して、どんな意味があるのかを知ることが出来た。
(あの機動兵器のことだけれど、おなかの部分にある兵器が何だかわかっているのかしら?)
と、アプシンクスは聞いた。
「機動兵器のおなかの部分にある兵器?それは知らないわ。操縦しているダルシア人に聞いてみてくれる?」
と、リイル・フィアナは言った。
アプシンクスは同じダルシア人なのでTPで話をした後、
(彼らも知らないみたいね。でも、この部分にある兵器はかなり強力だわ。腕にあるレーザー砲よりもね。それを使えば、何とかなるかもしれないわ)
と、言った。
すると、グーザ帝国製の機動兵器は今まで腕を上げてレーザー光線を撃っていたのをやめて、動かなくなった。
(初めてなので少々扱いに手間取っているの。でも、大丈夫使えそうよ)
リイル・フィアナはフェリスグレイブに話をすると、
「しかし、本当に大丈夫なのか?あまり強力な武器だと、要塞の穴を更に大きくしてしまうかもしれないのでは?」
と、心配そうに彼は言った。要塞の防御部隊が要塞自体に打撃を与えるようでは、話にもならない。
「その可能性は確かにあるそうよ。でも、そんなこと言ってはいられないかも。敵の攻撃が始まったら……」
その攻撃は突然始まった。
狭い損傷した要塞の中を数隻の宇宙艇が浮かんで、要塞側に突っ込んで来た。
「あなたの部下をもっと後退させて。危険だから」
と、リイル・フィアナは叫んだ。
「おい、後退だ。ジャナ少佐にも伝えてくれ!」
フェリスグレイブはすぐに命じた。
海賊達もリイル・フィアナの命令で後ろに下がった。
二体のグーザ帝国製の機動兵器が前に残されると、大きな鈍い音が響いた。彼らの武器を使う一瞬前に敵の宇宙艇が瓦礫の山を破壊して、突進してきたのだ。
宇宙艇はあっという間にフェリスグレイブの部下や海賊達を飛び越えて、要塞の通路に入って行った。
二隻の宇宙艇が通り過ぎたのを見て、
「何だ?何をするつもりなんだ」
と、フェリスグレイブが言った。
「あの宇宙艇、通路にちょうど入る大きさだったんだわ。でも、中に入ってどうするつもりかしら?」
要塞内の通路は無数の隔壁がすでに降りている。その隔壁を破壊してでも、要塞内に入る理由は何なのだろうか、とリイル・フィアナは思った。
しかし、他の宇宙艇は要塞側を攻撃するためにまだ留まっていた。その数、数十隻はある。
「司令室に連絡を……」
と、フェリスグレイブが言った。
リイル・フィアナは魔法陣の通信で司令室に連絡した。
「何だと!」
と、珍しくダールマン提督が声を上げた。
「何があった?」
と、ファグル司令官が聞いた。
「敵の宇宙艇が二隻、要塞内の通路に入ったそうだ」
「だが、こちらには隔壁がある……」
「そんなもの、破壊してしまえばいいのだ。だが、そんなことをして何をするつもりなんだ?」
と、ダールマン提督は口に出して言った。
「ハイレン連邦の議長の所に行くつもりなのでは?」
と、ブレイス少佐が言った。
「タリア・トンブンを捕まえたということか?いや、まだ捕まえられたと言う報告は来ていない」
タリアは一度捕まったが、その後犯人を石にしているのだ。今はウル・ガルとナッシュガルと一緒にいるはずだ。
「それなら、逃げるつもりで呼び寄せたというのは?」
「その可能性はあるが、どうもしっくりとは来ないな」
「では、要塞そのものを、内側から破壊しようとしているのではないでしょうか?」
と、グリンが言った。
「あの議長がいるというのにか?」
だが、たった二隻の宇宙艇でそんなことが出来るとは思えない。妙だ、とダールマン提督は思った。これは、いつものハイレン人のやり方とは違う。
あの繊細で脆弱で臆病なハイレン人はこんな作戦を思いついて遂行するとは考えられない。ということは、ハイレン人そのものが変わったと言うことなのだろうか?




