ダルシア帝国の継承者
255.
ハイレン連邦の魔法議会議長バルーンガは、ヘイダール要塞の警報を耳にしても特に驚いたり騒いだりしなかった。
「まだか?」
と、バルーンガ議長は側近の者に声を掛けた。
昔作られたと言うジル星団の魔法同盟の話をしに来たバルーンガ議長は、いつまでたっても何の返答もしない『大賢者』レギオン――ダールマン提督に腹を立てた様子はなかった。その上、警報である。おそらく要塞が攻撃されているだろうと想像できるのに、彼は泰然自若として動かなかった。これはハイレン人としては、珍しいタイプであるように思えた。
ハイレン人はひょろりとした長身で、あまり筋肉質ではなく、戦闘などと言う場面に遭遇すると素早く逃亡することで名を成していた。彼らの艦隊はジル星団一弱いと言われているのだ。
今も要塞の警報にびくびくして、側近の者達は落ち着かなかった。その中で一人、身動きもせずに控えている者がいた。その側近の男が落ち着いて、
「もうそろそろでございます」
と、議長の問いに答えた。
バルーンガ議長のいる部屋は、要塞を建設した帝国が身分の高い人物の休憩や宿泊のために作らせた貴賓室だった。それを多少の装飾を変えて、今でもめったにない特別の来客があった時に使うようにしている。ただそのような客はめったに要塞には来ないので、これまで使われたことはなかった。
貴賓室は広い間取りに、豪華な家具と大きな応接用の椅子がいくつか置いてあった。また部屋は一部屋だけではなく、応接室用の部屋の隣には贅沢な食堂と、専用のシェフを連れて来た場合に使うレストランのようなキッチンが備え付けてあった。そして奥に三部屋あり、そこは来客用の寝室になっていた。
その貴賓室に至る通路も他の通路とは違って、特別な装飾がしてあった。特に、美術館のように絵画を並べた通路は要塞だと言うことを感じさせないようになっていた。
横の狭く暗い通路から貴賓室に通じる通路へ入って来た者があった。通路では警報が鳴り響いていたが、それに動じることはなく、あたりを気にしながらも通路をゆっくりと歩いていた。そして貴賓室に着くと、一度あたりを見回してから静かに扉を叩いた。
トントンと軽く叩いてから、あまり大きな音を立てないように続いてトトトトトンと指で突くように叩いた。
すると、貴賓室の扉がさっと開けられ、男はその中へ入った。
「遅かったな」
と、バルーンガ議長が入って来た男を見て言った。
側近の者達は安堵したように、入って来た人物を見た。彼らは、それが誰か知っているのだった。
「こちらは、それどころではない。俺の正体がバレたようだ」
と、男は早口に言った。
「それは元新世紀共和国のダガン・ルグワンだとバレただけではないのか?」
それは、例のシング・アルグとの一件のことだった。けれども、バルーンガ議長は特に気にせずに言った。
「当たり前だ」
「それなら、大したことはないではないか」
「だが、要塞にはガンダルフの五大魔法使いがいる。二人もいるのだぞ」
ダガン・ルグワンはそれを一番気にしていた。彼ともう一人の魔術師仲間の力では、ガンダルフの五大魔法使いにはかなわないと知っていたからだ。
「たった二人ではないか。それに今は一人になっているはずだ」
「あの警報の所為か?」
「そうだ。要塞に所属不明の艦隊が攻撃を仕掛けているはずだ」
「所属不明の艦隊だと?ハイレン連邦の艦隊ではないのか」
「わしがここにいるというのに、そのようなことはありえまい。だがまあ、そのことは心配せずともよい。ともかく、お前にやってもらいたいことがあるのだ」
「ほう、こちらはまだ別の仕事を抱えているのだが……」
「こんな要塞にまで来て仕事とは、お前にも難しいことがあるということか?」
「ふん。二つも仕事を抱えるのはあまり歓迎できないが、ハイレン連邦の魔法議会の議長の頼みとあれば、考えないでもない」
「そうこなくてはな。お前をロル星団へやったのは、こうした時のためだ」
「それで、何をするのだ?」
「ダルシア帝国の継承者となった、タレス人のタリア・トンブンを拉致するのだ」
「拉致だと?俺の仕事は殺しなのだが……」
「わかっている。だが、タリア・トンブンは殺しては困るのだ。ダルシア帝国のすべてを手に入れるためには、その女が必要なのだ」
「だが、拉致というのは殺しよりもやりにくい。それに、要塞にいるタレス人なら特殊能力者だろう。難しい仕事だな」
相手がどんな能力者かわからないのだ。それに、魔法使いや魔術師と特殊能力者では、どちらが有利かはその特殊能力次第である。必ずしも、魔法使いや魔術師が有利とは限らない。ダガン・ルグワンは慎重だった。
「何なら、報酬を上げても良いのだがな」
「額によっては考えてもいいが、で、その女は今どこにいるのだ?」
「先ほど情報が入った。要塞の医務室にいるそうだ」
「医務室?病気か怪我でもしたというのか?」
殺しならともかく、拉致するのに病気や怪我をしているのでは余計にやりにくい、とダガン・ルグワンは思った。
「それはわからん。だが、こちらは生きていればいいのだ」
「わかった。せっかくの議長の頼みだ、やってみよう」
と、ダガン・ルグワンは言った。
リーリアン・ブレイス少佐は所属不明の艦隊が不気味に浮かぶ司令室のスクリーンを見ながら、妙なことに気が付いた。確かジル星団のハイレン連邦の魔法議会の議長が来ているから、外にはハイレン連邦の艦隊がいるはずなのに、スクリーンに映っていないのだ。
「あの、司令官、ハイレン連邦の艦隊はどうしたのでしょうか?」
と、ブレイス少佐は聞いてみた。
「何?ハイレン連邦の艦隊だと?そう言えば、どうしたのだろう」
と、ファグル司令官も首を傾げた。
最大限、スクリーンを拡大しても帝国艦隊と未知の艦隊しか映っていない。これには、他の者も変だと思った。
「ハイレン連邦の艦隊だと?あの連中は稀代の臆病者だからな。おそらくいち早く身を隠したのだろうよ」
と、ダールマン提督が辛辣に言った。
ハイレン人はひょろりとした長身の非常に繊細な種族だった。頭の上から出ている触手のようなものは、折れれば彼らの命さえ危なくなるというものだった。要するに華奢で脆弱なのである。従って彼らはおよそ戦闘には向いていない。だからこそ彼らは昔から謀略を得意としていたのだ。
「でも、どこへ行ったのでしょうか?」
と、ブレイス少佐は気になって言った。
まだヘイダール要塞にはハイレン連邦の魔法議会の議長がいるのだ。それを置いて逃げたと言うのだろうか?
「なるほど、そこまでは考えなかったな」
と、ダールマン提督が言った。
エルシン・ディゴ政治代表はその話に加わるでもなく、びくびくして辺りを見回した。彼にとってこの司令室は嫌な記憶があった。それもつい最近あったことなのだ。この前、ゼノン帝国とナンヴァル連邦の艦隊が押し寄せてきた時、やはり要塞内にゼノン帝国の騎士団が入り込み、司令室まで来させてしまった。その時の記憶が鮮やかによみがえって来たのだ。
彼にとってはスクリーンを見るまでもなく、司令室まで敵の兵士がやって来るのはすでに時間の問題に思えた。とすると、この間のことが再現されることになる。
「政治代表、どうかしましたか?」
と、秘書のギアス・リードが聞いた。エルシン・ディゴ政治代表の顔色が青白くなっているのに気づいたのだ。
「まあ、ご気分でも悪いのですか?」
と、フランブ・リンジ副代表が聞いた。
ギアス・リードもフランブ・リンジもエルシン・ディゴの変貌には心当たりがあるし、かれらもその恐怖を思い出していた。
「どうかしたのですか?」
と、ファグル司令官が聞いた。
幸運なことにファグル司令官はその時居合わせなかったので、彼らの不安を理解できなかった。
「政治代表の具合が悪そうですわ」
と、フランブ・リンジが言った。彼女もしだいに気分が悪くなりそうだったのだ。
「それなら、医務室に行かれた方が良いのでは?こちらは我々で何とかしますから」
と、ファグル司令官が心配になってというよりは、早く追い出したくて言った。司令室には司令官は一人で十分なのだ。まして、何もわからないのに司令官に命令するような人物は邪魔になるだけなのだ。
「そうだな。そうするとしよう」
と、エルシン・ディゴはホッとするように言って、他の二人を連れて素早く司令室から逃げるように出て行った。
「あのまま行かせてよいのですか?」
と、グリンが言った。今は敵の兵士が要塞に入り込もうとしているのだ。要塞の通路を行くのは危険が伴う。この間のこともある。
「他に人を付ける余裕はない」
と、ファグル司令官は冷ややかに言った。
「政治代表はこの前のことを思い出したのだろう」
と、クスクス笑ってダールマン提督は言った。
「ゼノンとナンヴァルの艦隊が来た時のことですか?」
と、ブレイス少佐が聞いた。
まだその時は、ファグル司令官はヘイダール要塞にはいなかったので、何が起きたのかは知らなかった。だが、今はそれを聞いているときではない。
「ハイレン連邦の艦隊は、外の艦隊に気をつけさせよう」
「それよりも、敵の攻略部隊がどうやら要塞の損傷個所から入って来つつあるようだ」
と、ダールマン提督が注意を促した。
「フェリスグレイブとその部下だけで大丈夫だろうか」
と、ファグル司令官は言った。フェリスグレイブの部下だけではおそらく、足りないだろうと思われた。心配もしていた。だが、他に人数を割くわけには行かない。
「そのことなら、私も考えた。司令官は要塞の公園の池にいる鳥のことをご存知か?」
と、ダールマン提督は唐突に聞いた。
「鳥?何のことだ。そう言えば、ディポック提督が何か言っていたが、前はナルゼンとか言うゼノン人とナンヴァル人との混血だったとか言う連中のことか?」
この要塞については、以前とかなり違うということをファグル司令官はディポックからの話で感じていた。妙な連中がいるのだ。それに、要塞自体もその武器もどこか前と違うというのだ。もっとディポックに詳しく聞いておくべきだったと彼は思った。
「そうだ。あの連中なら、フェリスグレイブの部下と同じように、いやそれ以上に戦えるはずだ」
ゼノン人とナンヴァル人の混血のナルゼンは竜族としての特徴として、筋力が人間族よりも倍はあるのだ。もし白兵戦にでもなれば、彼らの戦闘力は頼りになる。
「だが、鳥にされているのではないのか?」
と、ファグル司令官は言った。
「もとに戻せばいいのだ。司令官がいいと言うのなら、こちらで彼らを加勢に向かわせるが、どうだろうか?」
「わかった。許可しよう。それでなくとも、こちらは人手が足りないのだ。その連中が使えるというのなら、そうしてくれ」
ここは、ダールマン提督やその仲間の連中を信じるしかないとファグル司令官は思った。
「了解した」
と、ダールマン提督は言った。
256.
隔壁は突き刺さった敵の宇宙艇と共に倒れて来た。
「あぶない!」
と言う声に、フェリスグレイブは危ういところで部下とともにその倒壊の下敷きから免れた。すると、隔壁のなくなった向こうでは宇宙艇が続々着地し、宇宙服を着た敵の兵士が増えて行くのが見えた。
フェリスグレイブが声の主を探して振り向くと、そこにリドス連邦王国のリイル・フィアナ提督が防護服も着ずに立っていた。
「何をしに来た!」
と、怒ったようにフェリスグレイブは叫んだ。その声は宇宙服の中の無線でしか聞こえないはずだった。だが、
「あら、せっかく加勢に来てあげたのに、その言い方は何なの?」
と、リイル・フィアナは眉根を寄せて言った。
その声が自分の宇宙服の中に聞こえてくるのに驚きながら、フェリスグレイブはリイル・フィアナの後ろに続く防護服を着た兵士たちを見た。
「加勢に来たのか?」
その数は百人ほどになる。どこにそんな連中がいたのかとフェリスグレイブは思った。確かリドス連邦王国の艦隊は来ていても、兵士たちの一団が要塞に入ったとは聞いていない。それに防護服を着ないリイル・フィアナにも驚いていた。
「当然でしょ。ちゃんと、ファグル司令官の許可も取って来たのよ。で、何をすればいいのかしら?でもそれを聞いている暇はなさそうね」
グーザ帝国の機動兵器は二体とも両腕を挙げて、その先から太めの光線銃の光を出し続けている。敵の宇宙艇に当たれば、大破するのだが、なかなか敵の兵士には当たらない。それに敵の兵士はそれを避けるように、破壊された隔壁や彼らの宇宙艇の影に隠れるようにして近づいて来ていた。如何せんその数はフェリスグレイブたちの倍以上はいる。
リイル・フィアナは後ろを見て手を上げ、
「撃て!」
と、言うと後から来た兵士たちは大きめの両腕で支える銃を向けて一斉に撃ち始めた。
それはフェリスグレイブには見たことのないもので、おそらくリドス連邦王国の武器だと思われた。敵の兵士たちがみるみるうちに減って行くのが分かった。
「ふーん。なかなか海賊もやるじゃない」
と、リイル・フィアナは言った。
その言葉に、
「今、何と言ったんだ?」
と、フェリスグレイブは驚いて言った。
リイル・フィアナが連れて来た連中を振り返って、今の言葉が嘘ではないかとフェリスブレイブは思った。だが、彼女はきっぱりと言った。
「あら、聞いてなかった?私の連れて来た連中は、要塞を攻撃した元海賊なの」
「ちょっと待ってくれ、その連中は確か鳥にされていたんじゃないか?」
「そうよ。だから、このために元に戻してあげたの。要塞を敵から守ったら、元の身体に戻すという約束よ」
「大丈夫なのか?」
フェリスグレイブがそう考えるのも当然だった。あの海賊はヘイダール要塞を襲撃してきた連中なのである。もし敵に寝返りでもされたら、人数の少ないこちらは目も当てられない。
「もし、こちらを裏切るような真似をしたら、また元の鳥に戻ってしまうから、大丈夫よ」
本当だろうか、とフェリスグレイブは思った。だが、今はそれを信じるしかなかった。
とはいえ要塞の損傷部分の穴はかなり大きく、入って来た目前の兵士たちを倒しても、まだ次から次へと新しい敵が入って来る。
「これは、あの穴を何とかしなければどうにもならないわ」
「それか、外の敵艦隊をどうにかするしかないな……」
今の所は、元海賊の連中の武器でかろうじて敵の侵入を阻止しているのだ。
要塞の艦隊は役に立たなかった戦闘機部隊を収容すると、三角錐の敵の艦隊に向けて陣を敷いた。前列に要塞の艦を置き、その後ろにステルス状態のダルシアの艦隊を置いたのだ。
「よし、全艦あの敵艦隊に向けて主砲を撃て!」
と、ダズ・アルグは命じた。
ダルシア艦の主砲だけでなく、要塞の艦隊の主砲も向けたのは敵の艦隊にダルシア艦の存在を悟らせないためだった。
ダルシア艦の主砲は要塞の艦隊の間を縫って敵の艦隊めがけて撃った。すると、ダルシア艦の主砲は敵の艦に要塞主砲と同じくらいの大穴を開けた。だが、それくらいで三角錐の艦隊はびくともしないようだった。
「何か変だな」
と、ダズ・アルグは言った。
「そう言えばそうですね」
と、副官のビイグル・セス少佐は言った。
「敵からの反撃がない。こんなことはあり得ない。ここまで近づいたのだから、敵艦から攻撃があってしかるべきだ。なのにそれがないのはなぜだ?」
「もしかして、敵には攻撃する主砲がないとか?」
「そんなことはあるはずがない」
「しかし、こちらの攻撃もいまいち決め手に欠きます」
「ダルシア艦の主砲の威力も向こうには通じないようには見えるが、まるで張りぼての艦隊のようだな……」
ダズ・アルグ提督は困り果てて、ダルシア艦を動かしているメイヤール提督を見た。老練の彼なら何かわかるのではないかと思ったのだ。
「ダズ・アルグ提督、わたしも同じように思える。司令官に通信した方がいいのではないか?」
と、メイヤール提督は提案した。
ダズ・アルグは素直にその言葉に頷くと、要塞に通信を送った。
「敵の艦隊がおかしいだと?」
と、ファグル司令官はダズ・アルグ提督からの通信を聞いて言った。
ダールマン提督は黙っていた。偵察に行ったバルザス提督から何も言ってこなくなったのである。何か起きたのではないかと案じていたのだ。
バルザス提督が未知の艦の最上階に出ると、その空間に数人の少女が遊んでいるのを見た。楽しそうに笑う声がするので分かったのだ。
「おや、これは、六の姫ではないですか。こんなところで何をしておられるのです?」
と、バルザスは気が付いて呼びかけた。
一人は六の姫だったが、他の二人はおそらく要塞の事務監ノルド・ギャビの娘たちのようだった。
六の姫はバルザスを見て、
「気をつけなさい。ここには罠が張られているわよ」
と、にっこりと微笑んで言った。六の姫は、それを言うためにバルザスが来るのを待っていたようだ。
「わかりました。気をつけます」
と、バルザスが言うと、少女たちはそのままその空間で再び遊び始めた。見ていると、毬つきをしている。
気を取り直してバルザスは、最上階の手すりから通路に降りた。
その瞬間、バルザス提督は得体の知れぬ魔力で絡め取られてしまった。案の定、身動きできなくなったのである。
ハイレン連邦の魔法議会の議長バルーンガは要塞の貴賓室で、にやりと笑った。まるで、全ての動きを見ているようだった。
「うまくやったようだ」
と、バルーンガは言った。
「では、そろそろ艦の方へ参りましょうか……」
と、側近の者が言った。
「いや、まだタリア・トンブンが来ていない」
「しかし、ここで長居をしますと、面倒なことになりませんか?艦に乗っていればその女はいずれ、あの男が連れて来るでしょう」
「いいや、この要塞の連中やガンダルフの魔法使いには、まだ我々の計画は知られてはいまい」
「ですが、遅かれ早かれいずれあのレギオンには気づかれてしまうのではないのでしょうか?」
「ふん。確かにいずれ気が付くかもしれん。だが、我々に手出しはできまい」
ジル星団の古い文明の国々は、ゆっくりとだが衰退していた。それはハイレン連邦も同じである。ここであのダルシア帝国の高度な文明、科学技術を取り入れることができれば、その衰退を超えて、ハイレン人が新しい文明の段階に進めるというのが彼らの考えなのだ。
ダルシア帝国の文明は彼らジル星団の古い国々にとっても、仰ぎ見る程の高度な文明だった。だが、ゼノン帝国やナンヴァル連邦よりも自分たちの文明は、はるかにダルシア文明に近いとハイレン人は考えていた。彼らよりは、ダルシア文明を取り入れることはそれほど難しくないはずなのだ。
今回の極秘作戦は、魔法議会の議長自らが囮になるという、ハイレン人としては珍しく危険な計画だった。いつもならハイレン人を囮にするなどという危険なことはしないものだ。だが、あのガンダルフの五大魔法使いが二人もいるこの要塞を騙すにはそうするしかなかったのだ。
特にガンダルフの『大賢者』レギオンを騙すのは容易なことではない。レギオンはハイレン人の性質をよく知っていたからだ。
しかし、バルーンガ議長は今度こそあのレギオンを出し抜いて、ダルシア帝国のすべてを手に入れるつもりだった。
257.
リイル・フィアナ提督は要塞の元海賊と防御部隊が敵と交戦している中、姿を隠してこっそりと敵を倒した場所に偵察にやってきた。昔から魔法使いというのは、こうしたことが得意である。魔法使いなら誰にでもできると言う訳ではないが、防護服が必要なエアロックのないこの状況でも、魔法を使えば防護服を着ずにすばやく活動できる利点がある。
そこには確かに二本の腕を持つ二足歩行の角の有るヤギ頭の宇宙人が倒れていた。この姿はバルザス提督が知らせて来たのと同じである。しかしなおよく見直すと、その死体に不自然な箇所があった。リイル・フィアナは魔法で少し死体を浮き上がらせ、宇宙服の裂かれた継ぎ目を大きくして中を見た。すると、ヤギ頭の宇宙人の身体の中に、別の生物が潜んでいるのが分かった。
「これは!」
と、リイル・フィアナは驚いてすぐに魔法陣の通信を司令室に送った。
あのヤギ頭は別の生物を隠すために被ったぬいぐるみのようなものだったのだ。ヤギ頭の宇宙人の身体の中には、ひょろりとした長身のハイレン人が潜んでいたのである。
「なるほど……」
と、突然ダールマン提督が言った。リイル・フィアナの報告を聞いて、今回の真相を知ったのである。ただその声は小さく、司令室の他の者達は誰も気づかなかった。
ファグル司令官は三角錐の艦隊にばかり気を取られて、帝国艦隊を忘れていたことに気が付いた。
「帝国艦隊はどうしたのか知りたい、ダズ・アルグ提督に連絡を取ってくれ……」
通信員が言った。
「ダズ・アルグ提督が出ます」
スクリーンにダズ・アルグ提督の顔が出た。
「ファグルだ。帝国艦隊はどうしている?」
「帝国艦隊ですか?ちょっとお待ちを……」
と、ダズ・アルグ提督も帝国艦隊のことを忘れていたようだった。しばらくして、
「司令官。帝国艦隊は現在要塞から離れて行きつつあります。あの三角錐の正体不明の艦隊が現れたので、我々との戦闘に巻き込まれるのを避けるつもりなのでしょう」
と、彼は報告した。
「だが、帝国艦隊にも注意を怠るな」
「了解」
帝国艦隊が無傷なら、あの三角錐の艦隊がいなくなった時に要塞を攻撃するかもしれないとファグル司令官は考えていた。十分注意が必要だ。
通信が終わると、
「司令官、話がある。政治代表たちがいなくなったから、ちょうどいい」
と、ダールマン提督が言った。
「何のことだ?」
と、ファグル司令官は言った。
「どうやら、あの三角錐の艦隊の正体が分かったようだ」
「あの艦隊の正体?本当なのか」
「その前に、タリア・トンブンがどこにいるかわかるだろうか?」
と、ダールマン提督は別のことを聞いた。
「タリア・トンブン?あのタレス人の亡命者のリーダーのことか?」
ファグル司令官は、タリア・トンブンについては良く知らなかった。彼女がタレス人の亡命者のリーダーというだけではなく、ダルシア帝国の継承者であり、今はその代表となっていることは知らなかった。
「そうだ。それだけではなく、彼女は現在ダルシア帝国の継承者であり、代表なのだ」
ファグル司令官に替わって、ブレイス少佐がダールマン提督に答えた。
「確か、医務室の方にいると思います」
「医務室に?病気か怪我でもしたのか?」
と、ファグル司令官は聞いた。
「ダズ・アルグ提督の父親であるジャーナリストのシング・アルグ氏が負傷して医務室にいるのです。そのシング・アルグ氏についているのです」
「そこへ警備兵をやる余裕は、今はないようだな」
と、ダールマン提督は言った。
要塞に開いた穴へ、侵入者が入って来ているので、手の空いている者は皆そちらへ応援に行かせているのだ。
「タリア・トンブンを狙っている者がいるということか。しかし、なぜだ?」
と、ファグル司令官が聞いた。
「今詳しく話している時間はないが、簡単に言えば連中はタリア・トンブンの継承したダルシア帝国の科学技術を狙っているのだ」
「その狙っている連中というのは、どこの者なのだ?」
「おそらく、この間要塞に来て今現在貴賓室にいるハイレン連邦の連中だ」
「何だと!」
ファグル司令官だけではなく、司令室の他の者達も驚いてダールマン提督を見た。
そこへ、慌ただしく通信が入った。
「司令官、帝国艦隊がどこかの艦隊の攻撃を受けているようなのですが、どうしましょうか?」
と、ダズ・アルグ提督が言った。
「何だと!」
この要塞にいると何が起きるかわからん、と言いたげにファグル司令官はどうするか考えた。
「司令官、できれば、その帝国艦隊を助けてはもらえないだろうか?」
と、ダールマン提督が言った。
「それは、どういうことだ?」
やはり、ダールマン提督は帝国軍人だから帝国艦隊を助けたいと言うのか、と司令室の者達は思った。
「あのバカな帝国艦隊は、確かに命令違反を犯して要塞に近付き攻略しようとした。だが、それはセルグ・ドブール准将だけが考えたことで、他の者達はその考えに反対だったはずだ。だが、艦隊の提督に逆らうことは簡単なことではない。例え、提督自身が本国の命令に違反していたとしても、本国から遠い辺境では特にだ。それに、あの提督がどうも本当のドブール提督かどうか疑問だ」
「それは、例のあなた方が話していたバウワフルと言う種族に身体を乗っ取られたということですか?」
と、グリンが聞いた。
「その可能性が大きい。本来セルグ・ドブール提督は自分で勝手に命令違反をするような性格ではない。小心者で石橋をたたいても渡らないと言う人物だった。それに、あの所属不明の艦隊はおそらくハイレン連邦の艦隊ではないかと思う。ここで、連中を助けるなら、帝国と矛を交えることになった時に、それを何かうまく利用できるかもしれないと思うのだが……」
ダールマン提督の話は、少々歯切れが悪かった。まるで帝国の味方をしているように見られても仕方がない。
「しかし、帝国で大逆人と呼ばれるあなた方が要塞にいる限り、あの皇帝は我々を敵と考えるは変わらないのではありませんか?」
と、グリンが言った。
「そうかもしれない。だが、あの皇帝はまだ若い。頭は固くないだろうとは思わないか?帝国に恩を売っておけば、何かの時に役に立つと思うのだが……」
「そううまくあなたの言う通りになるとは思いませんが、司令官はどう思われますか?」
と、グリンが聞いた。
「そうだな、いいだろう。たまには敵に恩を売ることも必要だろう。あの帝国艦隊を助けよう。ダズ・アルグ提督に連絡を」
と、ファグル司令官は言った。
「何だと!あの帝国艦隊を助けろだと?正気なのか、司令官は」
と、旗艦で通信を受けたダズ・アルグ提督は驚いて言った。
「しかし、提督、ファグル司令官の命令です」
と、副官は困ったように言った。
「仕方がない。メイヤール提督、こちらは張りぼての艦隊のようですから、あのハイレン連邦の艦隊の方をお願いします」
と、ダズ・アルグ提督は言った。
「了解した」
三角錐の艦の一つに、バルザス提督――銀の月は囚われていた。
気が付くと、そこは暗い部屋の中だった。体の動きは戻って来ていた。ゆっくりと立ち上がると、パチンと指を鳴らして指先に小さな炎をつけた。
(ここは、どこだ?)
おそらく三角錐の艦の一室だろうと思われた。何もない部屋だった。椅子もテーブルもない。この宇宙船を造ったのはあの通路で見た角のあるヤギ頭の宇宙人なのだろうか。それにしては、何だか妙な気がした。というのも、通路に突然現れたあのタイミングがどこか不自然なのだった。自分がそこにいるのを知って出て来たのではないだろうか。バルザスはそんな気がした。
ジル星団には角の有るヤギ頭の種族はいない。だから、これが本物だとすると他の銀河から来たとしか思えなかった。
扉の外で動きのする気配があった。バルザスは指先の炎を消して、急いで床に横になった。
入って来たのは、例の角のあるヤギ頭の宇宙人だった。黙って扉を開け、床に倒れているバルザスを荷物のように背負うと、部屋を出た。
部屋を出たところは、あの上から下まで空間が繋がっている場所だった。リフトで上の階まで上がると、降りて別の部屋に入った。そして、どさりと床に降ろすと、その連中は出て行った。
しばらくその部屋には誰も入っては来なかった。バルザスも意識があるのだが、努めて目を閉じて動かないようにしていた。
すると、横の壁が無くなり、そこに操縦室のような部屋が現れた。
「銀の月よ、目を開けたらどうだ?」
と、どこからか声がした。その声の主は、バルザス提督が目覚めていることを知っているようだった。
バルザス提督は目を開けると、ゆっくりと起き上がった。しかし、声はしたのに誰もいなかった。ただ、目の前に大きなスクリーンがあり、ヘイダール要塞が映っていた。
「連中は、この艦が張りぼてだと思っているようだ。だが、違うぞ。この艦は本物だ。今から要塞を攻撃する。そこでこの艦の実力をじっくりと見ているがいい」
と、再び声がどこからか聞こえて来た。
バルザス提督がスクリーンを見ていると、三角錐の艦が動き出し、要塞に近付くと、艦の主砲を繰り出した。主砲はかなりの威力があり、あっという間に要塞の下地の金属に穴を開けた。だが、おやっとバルザス提督は首を傾げた。どこかでこの映像と同じものを見た覚えがある。
「どうだ?この艦の主砲の威力は?」
「なるほど、確かになかなかのものですね。これが本当ならば……」
と、バルザス提督は言った。
実はスクリーンに映った映像がこの前ゼノン帝国とナンヴァル連邦の艦隊が攻撃したシーンだと、バルザスは気づいていたのだ。
「な、何だと?」
「私にこんなごまかしが効くと思っているとは、舐められたものですね。こんな映像を見せたりして、あなた方は何者ですか?」
「ふん。我々はお前の考えているように、他所の銀河から来たのだ」
それは嘘だ、とバルザス提督は思った。バルザスに『銀の月』と呼びかけたので気が付いたのだ。けれども、もう少し相手の嘘に乗ってやることもいいだろう。そうすれば、何か相手の正体が分かるかもしれない。
「何という銀河ですか?」
「それは言う訳にはいかない」
「で、私に何の用があるのですか?」
「我々はお前の持っているある魔法の呪文に興味があるのだ」
「ほう、どんな呪文ですか?」
「お前が使った、あの一艦隊を別の宇宙空間に移動させる呪文だ」
「ああ、あの呪文ですか。どうしてそんなことを知っているのですか?」
そのことは、あの呪文を使った時あの場所にいた者でなければ、知らないはずだった。あの時司令室にいた者は、確かジル星団の古い国々の魔法使い達だった。
「そのようなことは、どうでもよいことだ。だが、それがあれば、我々の艦隊の移動に便利だということだ」
「ですが、あの呪文では銀河内の移動しかできませんよ。あなた方はよその銀河から来たのでしたね」
「そうだ。この銀河のジャンプ・ゲートは全て管理されている。我々では簡単に使うわけには行かない。だから、お前の使った呪文が欲しいのだ」
「しかし、あの呪文は簡単には扱えませんよ。それに、普通の魔法使いの魔力ではとても発動しないほど、強い力が必要です。それはどうするつもりですか?」
「そんなことは、おまえには関係あるまい。我々が知りたいのは、呪文だけだ」
「それに、もう一つ困ったことがあります。あの呪文はガンダルフの言葉ではなく、最近ガンダルフにやって来た人々の言葉で作られています。だから、彼らの言葉をよく知らなければ扱えませんよ」
魔法の呪文のやっかいなところは、呪文を形作る言葉がそれを使う魔法使いの母国語でなければ、うまく作用しないことだ。作用しないだけなら良いが、下手をすると逆の作用を引き起こしかねない。だから、かつては様々な国に呪文を綴る『大賢者』が生まれて、そこで魔法の呪文を綴ったのだ。これは本物の魔法使いでなければ知らないことだ。
「ふん。そんなことは分かっている。お前が心配することではない」
「なるほど、あなた方はかなりこちらの魔法については詳しいということですね」
「我々も魔法を扱うことができるのだから、当然だ」
「けれども、断っておきますが、これは闇の魔法では扱えない呪文ですよ。白魔法使いでなければ扱えません」
「闇の魔法など、我々の関知することではない」
「では、あなた方も白魔法使いですか?」
「当たり前だ」
「いいでしょう。私がその呪文をあなた方に教えたら、私を自由にしてくれるのですね?」
「そうだ」
と、その声の主は言った。




