ダルシア帝国の継承者
246.
元新世紀共和国艦隊の提督だったダズ・アルグは、どこかのホームレスのような恰好をしてヘイダール要塞の市民の居住区域を歩いていた。その視線の先には、彼の父親であるシング・アルグの姿があった。
シング・アルグが要塞に来た時、要塞の司令官を狙ったテロ事件があった。その時彼は事件に関係のない他の市民たちと同様に、巻き添えに会って意識を失っていた。要塞の医務室で目が覚めた彼は、何を思ったか姿を消していたのだ。それを知ったダズ・アルグが彼を探していて、やっと見つけたのだった。
シング・アルグがとある建物の中に入って行った。
ダズ・アルグはその向かいのビルの影から、それを見ていた。彼の眼には、ビルの階段を上るシング・アルグの姿が映じていた。これは、例のダルシアで貰った水晶のペンダントの所為で出来るようになった能力の一つである。
「何をしているの?」
と、後ろから声がした。
飛び上がりそうになって、ダズ・アルグは後ろを振り向いた。そこにタリア・トンブンの姿があった。
「タリア!」
と、大声を上げそうになって、慌てて口を手で覆ったダズ・アルグは誰かに見られているのではないかとキョロキョロと周りを見回した。
「ねえ、何をしているの?」
と、再びタリアが言った。
ダズ・アルグは唇に指を当てて、
「静かにしてくれないか?」
と、小声で言った。
ヘイダール要塞にいるのは、現在そのほとんどが元新世紀共和国の兵士や士官たちで、民間人は少ない。他にタレス連邦からの亡命者たちが住むようになったものの、その数はやはり少数だった。
そこは、ヘイダール要塞でもあまり衛生状態のよくない場所だった。以前銀河帝国の要塞だった時には下層民が住む、あるいはスラムと言われる極貧状態の住民が住んでいた場所だった。今では住民そのものが少なくなっているので、住んでいる者はあまりいない。だが、完全にいなくなったわけではない。
それにこの辺りは市民の居住区と言っても、住んでいるのはこの要塞に取り残された者達ばかりである。何度かこの要塞は銀河帝国から新世紀共和国、新世紀共和国から銀河帝国へとその所属を変えていた。今回は銀河帝国から元新世紀共和国の一勢力が占拠したのだ。そのたびにすべての住民が入れ替わったわけではない。軍人達はそのたびに大概出て行くが、市民の中には少なからず置き去りにされた者たちがいた。
所属が替わっても要塞の隅々までその監視の目を及ぼすことは、このような大きな要塞では無理なのだった。だからこそ、何とかここで暮らしていけるのだった。
「今、そこへ入って行ったのは、あなたのお父さんでしょう?」
と、タリアは言った。
「そうだよ。だから、黙っていてくれないか?」
と、どうしてそんなことが分かるんだと思いながらダズ・アルグは言った。
「でも、出てくるまでここでずっと待っているつもり?」
「他にどうしろと言うんだ」
「あの中で何が起きているかわかる?」
「私にできるのは、ここから見てることだけだよ」
タリアはダズ・アルグの持っているペンダントによる能力のことを知っていた。
「声は聞こえないの?」
「声は聞こえないんだ」
と、イライラしてダズ・アルグは言った。
「それなら、私が聞かせてあげる」
「何だって?」
「いいから、黙っていて」
タリアは目を閉じると、片手をダズ・アルグの腕に置いた。すると、ダズ・アルグの耳に声が聞こえて来た。その声は彼の見ている映像のものだった。
「何しに来たのだ?」
と、シング・アルグに相手は言った。
相手はどう見てもまっとうな職業に就いているとは思えない人物だった。年は五十代だろうか。浅黒い顔には、頬に大きな傷があった。片耳だけイヤリングを付けている。
「知りたいことがある。あのブレイスブル・アンダー議員のことだ」
「ブレイスブル・アンダーだと?知らないな」
と、しらばっくれて相手は言った。
「知らないはずはない。あの事件、最高評議会議員だったブレイスブル・アンダーの暗殺事件だ」
「あの有名な事件か?それなら、メディアが騒いでいたから聞いたことがある。だが、それと俺とどういう関係があるんだ?」
「もう今は元新世紀共和国となってしまった。黙っている必要はあるまい。私はあの事件の真相を知りたいのだよ」
「シング・アルグ。かの有名なジャーナリストが俺に聞きたいだと?」
「そうだ。もし、彼が生きていたなら、まだ新世紀共和国は健在だったはずだ」
「それはどうだろうな?たとえ奴が生きていたとしても、銀河帝国の襲来は遅かれ早かれあったはずだ」
「いいや、結果は違っていたはずだ」
「それはおまえの意見に過ぎん。俺は違うと思うぞ」
「言えないのは、今要塞にフランブ・リンジ議員が来ているからか?」
「さあ、それはどうだろうか」
「あんたは、新世紀共和国がこのままでいいと思っているのか?」
「シング・アルグ。それは、お前さんがどうあがいても、何もできるわけがない。そうだな可能性はほとんどないが、大艦隊を持つようなことがお前さんにあれば可能かもしれないがな……」
「私は、お前の名がダガン・ルグワンだと知っているのだぞ。もしそれを、要塞の警備当局が知ったらどうなるだろうか?」
「ふん……。そんなこと、俺が恐れるとでも思っているのか?」
と言うと、不意に口笛を吹いた。
すると、どこからか小さなものが部屋の中に投げられた。それは、コロコロと転がり、ピカッと強烈な光を出した。
「あ!」
と、シング・アルグが慌てて目を閉じる間もなく、その光が輝いた。
「少しは、大人しくしているんだな……」
と、ダガン・ルグワンの声がした後、誰もいなくなっていた。
ダズ・アルグは光を見たが直接ではないので、ダガン・ルグワンがその中で素早く部屋を出て行くのを見ていた。
「あなたのお父さんは大丈夫みたいね」
と、タリアが言った。強い光で、瞬間的に目が見えなくなっただけのようだ。
「ダガン・ルグワンだって?奴がこの要塞にいるだと。でも、いつ、どうやって来たんだ?」
と、ダズ・アルグは別のことに気を取られていた。
「ダガン・ルグワンというのは誰なの?」
「奴は、八年前元新世紀共和国の最高評議会議員だった、ブレイスブル・アンダーを暗殺したと言われ、指名手配になっている。ブレイスブル・アンダーは当時、次の最高評議会議長に選出される可能性の一番高かった議員だった。それに公平で公正なことでも知られていたんだ。だが、彼が暗殺され、あの売国奴のケアード・ゴンドラスが当選してしまった……」
その後、銀河帝国と新世紀共和国との戦争が度重なり、最後には銀河帝国の大艦隊に首都ゼンダを落とされたのだ。
「ふうん、そうなの。それで、どうする?」
と他人事のように言って、タリアはダズ・アルグを突いた。そして、
「ほら、あそこから出て来た人を見て、あれがダガン・ルグワンでしょう?」
と、言った。
建物から出て来た人物は見られていることを知ってか知らずか、ゆっくりと歩いていた。
ダズ・アルグは睨み付けるように、その人物を見ていた。
「ちょっと、あまり見ていると向こうで気が付くわよ」
「俺は、あいつをつけて行く。悪いけどタリア、君に親父のことを頼んでいいか?」
「それはいいけれど、あの男は危険なのではなくて?さっきだって、目つぶしを誰かが、どこからか投げて来たでしょう。きっとどこかで護衛が見ているわよ」
「わからないようにつけて行くよ、親父を頼んだよ」
と言うと、ダズ・アルグはタリアの傍を離れて行った。
まったくもう刑事でもないのに、と言いたげにタリアはダズ・アルグが去っていくのを見ていた。
その時だった。
金の竜の羽音が、タリアには聞こえて来た。
(ライア、ライアガルプス!どこに行っていたの?)
と、タリアは心の中で言った。
(用事があったので、ちょっと銀河帝国まで行って来たのだ。どうかしたのか?)
と、タリアの上で旋回しながら金の竜は言った。
(ダズ・アルグが危ないかもしれないわ)
(ダズ・アルグ?)
旋回している金の竜から、二人の男が道を歩いているのが見えた。一人は小ざっぱりとしているが、もう一人はホームレスのような不潔な格好だった。もちろん、彼らから金の竜は見えない。
金の竜であるライアガルプスは、どちらがダズ・アルグかわかった。
(わかった。私が彼の後を付けよう)
ダズ・アルグは、自分ではうまく後をつけているように思っていた。だが、相手はベテランの刑事でさえ簡単に撒くような男だった。すでに、ダガン・ルグワンは後を付けられているのを気づいていたのだ。
ダガン・ルグワンは不意に路地を曲がると見えなくなった。
慌てて後を追ったダズ・アルグは、その姿を見つけることができなかった。だが、彼にはあのペンダントがあった。息を整えてペンダントをきつく握って目を閉じると、ダガン・ルグワンの姿が見えた。場所は建物の中の階段らしい。それがどの建物かと思うと、建物から自分が立っている姿が見えた。
「あれか……」
向かいの建物に入ると、階段を音ができるだけたたないように上った。ダガン・ルグワンはここを上って行ったのだ。途中まで行って、また目を閉じると、ダガン・ルグワンはどこかの部屋に入ったようだった。ダズ・アルグが立っている場所から3階上の部屋だ。
音を忍ばせて階段を上り、ダガン・ルグワンの入ったと思われる部屋の扉をそっと押した。鍵はかかっていなかった。部屋の中は案外きれいで、ソファやいくつかの家具が置いてあるが、誰もいないようだった。だが、ここにいるはずだった。
再び目を閉じたダズ・アルグは、ダガン・ルグワンが奥の部屋にいるのを見た。そちらへ向かおうとすると、突然後ろから来たものに羽交い絞めにあった。
「誰だ!何しに来た!」
と、その男は言った。
「離せ!ちょっと、迷っただけだ」
「そんな言い訳が通用するか。お前は誰だ!」
「俺は刑事じゃない。ただ、興味があっただけだ」
「興味だと?」
「ここに何があるか、見たかっただけだ。誰も住んでいなければ、ここに住めるだろう?」
「なら、出て行け。ここは俺が住んでいるんだ」
「あんたの部屋なのか?他に誰もいないのか?」
「おまえ、やはりただものではないな!」
奥の部屋から、ダズ・アルグの付けていたダガン・ルグワンが出て来て言った。
「こいつは外から俺をつけて来た奴だ。お前は誰だ?刑事にしては付けるのが下手だな……」
「こんなところに住んでいるお前たちも、ただものではないだろう?」
と、ダズ・アルグが言い返した。
「ほう、私が誰か知っていて付けていたんだな。お前は誰だ?この辺では見たことがない」
「こっちも、お前を見たことはないが、どこかの店の指名手配の写真に似ている」
「なるほど。それで俺を追って来たと言う訳か?」
「そうだ」
「それなら、ただで返すわけには行くまい。ダルジャンこいつを連れて行け!」
「わかりました」
と、その男は言った。
247.
「大丈夫ですか?」
と、タリアはシング・アルグを助け起こして言った。
シング・アルグは床に座って、目を閉じたまま頭を振った。まだ目は見えないらしい。
「あんたは誰だ?」
「私はタリア・トンブン。ダズ・アルグの知り合いです」
「ほう、ダズの知り合いに女がいるとは思わなかった」
「ただの知り合いですよ」
と、タリアは念を押した。
「しかし、なぜこんなところにあんたがいるんだね?」
そこで、タリアは外でダズ・アルグと出会ったことを話した。もちろん、特殊な能力については曖昧にしていた。
シング・アルグは妙に納得できないという顔をして、
「どうして、そんなことがあいつに分かったんだ?それにどうして、私がここに居ることがわかったんだ?」
と、言った。
「それよりも、あのダガン・ルグワンを追って行ったダズが心配です」
「そうだ。奴は危険な男だ」
「一人ではないようですね」
「私もそれに気づかなかった。あいつ一人で大丈夫だろうか?」
と、始めてシング・アルグはダズ・アルグに付いて気遣った。
ライアガルプスはずっとダズ・アルグと妙な人間たちの会話を聞いていた。話の終わりに、ダガン・ルグワンがどこかへ連れて行けと仲間の男に言うのを聞いて、危険が高くなったと判断した。
ダルジャンが部屋の外へダズ・アルグを引きずっていくと、ライアガルプスはその長い爪のある大きな手を伸ばしてダズ・アルグを軽く掴んだ。そして、その場から羽を広げて飛び出して行った。
「な、何だ?奴はどこへ行った……」
と、ダルジャンはあたりを執拗に見回した。急に引きずって来た男の姿が見えなくなったのだ。何かにその男が強い力で引っ張られて、手を離してしまったのだ。しかし、あたりには誰もいなかった。
ダズ・アルグは何が起きたかわからなかった。突然何かに体を掴まれたと思ったら建物の壁を突き抜けて、外へ出ていたのだ。まるで羽が生えたように空を飛んでいるのだ。そんな目に会っているのに、不思議なことに恐怖心は感じなかった。まるで体を安心のできる何かに預けているような気がした。
ダズ・アルグはふわりと地上に降り立つと、掴んでいる何かが彼を離すのを感じた。その時、
「ダズ・アルグ!大丈夫だった?」
と、タリアの声が聞こえた。
声のする方を見ると、シング・アルグがタリアに体を支えられるようにして立っていた。彼の眼はまだ閉じられていた。
「タリア、いったい何が起きたんだ?」
と、ダズ・アルグが聞いた。
「そうね、あとで説明してあげる。ともかく今は、あなたのお父さんを医務室に連れて行った方がいいと思うわ」
「ダズ、お前は何をしに来たんだ?奴はどうした?撒かれたのか?」
と、畳み掛けるようにシング・アルグが言った。
「どれも違いますよ。たぶん、親父がまるで想像もつかないことですよ」
「何だと?」
と、シング・アルグが目が見えないのに、無理やり目を剥いて言った。
「まあまあ、今は医務室に急ぎましょう」
と、タリアが言った。
ライアガルプスはダガン・ルグワンのいる部屋にすぐに引き返していた。
「どうしたんだ、ダルジャン?」
と、自分の護衛が急に戻って来たので不審に思って聞いた。
「それが、突然、あいつが誰かに連れて行かれたのです」
「何だと、お前が何もできなかったと言うのか?信じられん。だが、それではもう、ここには住めないな。しかし、お前を振り切るとはどんな奴だった?」
「それが、相手が見えませんでした。こんなことは初めてです」
「なるほど、この要塞は以前とは違ってきたようだな」
と、ダガン・ルグワンが言った。
ライアガルプスは床に舞い降りて、ダガン・ルグワンをじっと見た。すると、ダガン・ルグワンのこれまでして来た所業が映画を見るように映し出された。
ダガン・ルグワンが生まれたのは珍しい二重太陽の輝く惑星だった。地上の気温は人間型種族が暮らすにはちょうど良い頃合いだった。だが、そこには古代から続く遺跡がたくさんあった。
ライアガルプスはその遺跡に見覚えがあった。彼女の記憶によればその遺跡はジル星団のハイレン連邦のある惑星にあったものだ。だとすると、このダガン・ルグワンは元新世紀共和国の者ではないのかもしれない。何しろ、ロル星団の船がジル星団に来たと言う話は聞いたことがない。ロル星団とジル星団の間には見えないある種の結界が張られているのだ。それというのも、ロル星団でアルフ族が闇の魔法によって滅びかけたことが原因である。
すると、ハイレン連邦の宇宙船が一隻その結界を超えてジル星団の新世紀共和国へ近付いて行った。乗っているのはダガン・ルグワンと彼の護衛の二人だった。その時のダガン・ルグワンはホルムーンガと名乗っていた。もう一人はダルジャーンガだった。この二人はハイレン連邦で違法な闇の魔法に手を付けたものだとして追われているのだった。
再び場面が変わり、新世紀共和国の首都星ゼンダが映じた。その政庁と議事堂が映り、議事堂から一人の議員が出て来た。ダガン・ルグワンはその議員を向かいのビルから光線銃で狙撃した。その後、彼は魔法でジャンプして姿を消した。ジャンプしたのはダルジャンの待つ宙港である。そこから宇宙船で他の惑星に高跳びしたのだ。
ただ、首都星ゼンダの警察は暗殺された議員の胸から、弾道を辿り、狙撃した場所を突き止め、そこでダガン・ルグワンのものと思われる指紋を採取した。それで指名手配となったのだ。
次に出て来たのは、どこかの惑星の地上車用の道路らしかった。谷の上を一台の車が走っている。その車を狙ってダガン・ルグワンは光線銃を一発放った。その光線は一瞬で車のエンジン部分を貫き、ハンドルを取られて同乗者を乗せたまま、炎を上げて車は谷底に落ちて行った。おそらく乗っていた者は死んだだろう。ダガン・ルグワンと言う人物は、元新世紀共和国ではどうやら殺し屋でもあるらしい。ライアガルプスが見ていたのは、ダガン・ルグワンの記憶の映像だった。
しかし変だな、とライアガルプスは思った。ダガン・ルグワンもダルジャンもハイレン人の特徴を持っていない。ハイレン人はひょろりとした長身で、頭の上に一本の触手が伸びているのが他の人間型種族などとは違っているのだ。二人はどう見ても、普通のロル星団の人間にしか見えない。
「ではあの仕事はどうします?」
と、ダルジャンが聞いた。
「いや、請け負った仕事は必ずやり遂げる。どこでも信用が第一だからな」
「しかし、この要塞にはガンダルフの魔法使いがいるという噂です」
「ふん、大昔にいた『大賢者』とか『銀の月』とか言う魔法使いのことだろう。あんな連中に何ができる」
「新しい魔法の呪文があると言う噂も聞きました」
「新しい魔法の呪文など、向こうでは聞いたこともないが」
「それにハイレン連邦の議長が、そのことでヘイダール要塞に来たということです」
「あのバルーンガ議長が来たと言うのか?」
ダルジャンは黙って頷いた。
「なるほど、ではそれもあながち嘘ではないかもしれんな……」
二人の話を聞きながら、ライアガルプスはフッと二人に軽く息を吹きかけた。すると、きらりと光る小さなものが二人の頭に付いた。それは、トレーサー、追跡装置だった。チリや埃かと思うサイズで、実は目に見えないもので出来ていた。ライアガルプスのように霊人なら見えるが、普通の魔法使いや人間には見えないものだ。
ダガン・ルグワンとダルジャンの二人がどこかへ去ると、ライアガルプスは再び羽を広げてどこかへ飛び去った。
次にライアガルプスがやって来たのは要塞の司令室である。そこで、周囲を見回し、お目当ての人物がいないとわかると、また羽を広げて飛び立った。彼女が探しているのは、ガンダルフの魔法使いだった。
やがて司令官の執務室で話をしているダールマン提督――ガンダルフのレギオンと見つけると、ライアガルプスは舞い降りた。
「ジル星団については大体話したが、分からないことがあったらまた聞いてくれ。向こうはこちらと違って歴史が長く複雑な関係が多い。要塞の政治代表が考えているように簡単には行かないだろう」
と、ダールマン提督が言った。
「わかった。最後に一つだけ聞きたい。ディポック提督は君の所にいるのだろうか?」
と、カトル・ファグル司令官は言った。
「そうだ。正確に言えば、バルザス提督の宿舎にいる。あの連中に言われた通り、馬鹿正直にカードを返してしまったので、要塞では食事をとることもできない状態だ」
「何たることだ。そんなことをして、何が益するのだろうか」
「要するに、ディポック提督が邪魔なのだろう。彼らにとってはな……」
と言って、ダールマン提督はちらりとライアガルプスを見た。
ライアガルプスはそれに気づいて、頷いた。
「では、これで失礼する」
「扉から出るのか?」
先ほど、政治代表が来た時にダールマン提督が部屋にはいなかったことになっているので、ちょっとまずいと思って、ファグル司令官は聞いた。
「いや、ここから私の城に直接帰るつもりだったが、そう言えばあの政治代表の話ではこれから司令官に会うのも難しくなるな。それなら、いいことを教えておこう」
「教える?何をだ?」
「魔法の呪文とも言えないが。私に何か聞きたいときや、助けてほしい時はこうするがいい。心の中で私の魔法使いとしての名を呼ぶがいい」
「心の中で呼ぶ?そんなことで聞こえるのか?」
「聞こえるとも。私の名は『レギオン』という」
「わかった。そうしよう」
と、ファグル司令官が言うと、それに答えるように片手を上げて、ダールマン提督は司令官の執務室を去った。
次の瞬間、司令官室の扉が勢いよく開けられた。
「司令官、話がある」
と、入って来たのは秘書のギアス・リードだった。そして、彼は胡散臭げに部屋の中を見回した。その横柄な態度に、さすがのカトル・ファグル司令官もむっとして、
「せめて、外の衛兵に来意を告げてから入って来ることはできないものだろうか?」
と、言った。
「これは、失礼した。あのダールマン提督が来ているような気がしたので、つい……」
と、言い訳がましくギアス・リードは言った。
248.
ディポック提督は要塞司令官の職を解任されてから、ずっとバルザス提督の宿舎に居候していた。
解任された時に、要塞で使用するカードを返納してしまったので、実は今無給の状態なのだった。元新世紀共和国の軍を退職した時、人も羨む年金生活に入ったと思ったのだが、数カ月もたたずに首都星ゼンダを政府の制止を振り切って出てきてしまったので、公的には無年金状態にある。
ここは思ったよりもなかなか居心地がいい、とディポックは感じていた。確かに周囲には異星人ばかりだが、ここにはどこか知らない連中を受け入れるような空気があった。それに、ここにいるとあのレギオンの城の書庫の本が読めるのだった。その特典は他にはないものだった。
食事はもう一つの部屋でいつも用意されていた。食事だけは皆一緒にはできないようで、それぞれ別のものが用意されていた。寝る場所は、奥の方にそれぞれ別の部屋が用意されていた。ディポックもその一つを与えられている。その部屋に一日中いてもいいのだが、何となくこの副司令室にもなるという大部屋にいる方が好きだった。
その日もレギオンの城の書庫から選んできた本を読んでいると、どこからか風が吹いて来た。風は熱くも寒くもなく、ちょうど良い温度だった。それでふと顔を本から上げると、目の前に童話の挿絵から出て来たような、金色の竜がいるのに気が付いた。
その竜は、ディポックを見ていた。いつからそこにいるのかと思ったが、その大きさからいってとてもドアから入ってきたようには思えなかった。それに他に気が付いているものがいないのか、誰も騒がない。
「あ、あの、君はどこから来たんだい?」
と、ディポックは聞いた。その姿に驚いたが、怖いとは思わなかった。
「あなたは、私が見えるのですね」
と、竜が言った。
「もちろん、だから聞いたんだ。でもどこから来たのかな?ドアから入って来たとは思えない」
「ガンダルフの魔法使い達は今、居ないのですね」
と、それには答えずに部屋の中を見回して竜が言った。
「最近忙しそうにしているようだね」
「あなたは暇なのですか?」
「前よりは暇になった。本が読めるようになってうれしいことだ」
ディポックと竜の会話を聞きつけて、ナンヴァル人のマグ・デレン・シャが部屋の向かい側からやって来た。
「もしかして、あなたはダルシア人のライアガルプス陛下ですか?」
「そうです。あなたはナンヴァル人のマグ・デレン・シャ?」
「私の名前をご存じでしたか」
「この要塞にいる者なら、大抵は知っているでしょう」
ディポックはこの二人の会話に、驚いた。
「ライアガルプスだって?ではあの、ゼノン帝国の艦隊が来た時にアリュセアに出て来たダルシア人?」
「そうです。あの時は、姿は見せなかったので、あなたにはわからないのですね」
「いや、そうではなくて、私が驚いたのは……」
ここに竜のライアガルプスがいるというのに、マグ・デレン・シャ、ディポックの他は誰もこちらを見る素振りもしないことだった。つまり、他の連中にはライアガルプスは見えていないのだ。
「私を見ることが出来る人間は数少ないのです」
と、ライアガルプスは言った。
「ガンダルフの魔法使いは見えるのかい?」
「あの古い五大魔法使いなら見えるでしょう。他の魔法使いはわかりませんが……」
「魔法使いなら、誰でも見えるということではないんだ」
「そうです。ところで、要塞の様子が妙に落ち着かないのですが、何かあったのですか?」
と、金の竜――ライアガルプスが尋ねた。しばらく離れているうちに、随分要塞の様子が変わったのだった。
「それは多分、要塞の政治代表がこの要塞に住む者達の使えるクレジットを減らしたからだと思う」
と、ディポックは言った。
「それは、愚かなことをしましたね。政治代表でしたか、彼らは何のためにこの要塞の代表になったのでしょうか?」
「多分それは、銀河帝国に一矢報いるというか、つまり抗議を示して、新世紀共和国を何とか再興したいのではないかと思う」
「なるほど、主旨はわかりました。それで、あなたはそれが上手くいくと思うのでしょうか?」
「おそらく、うまく行かないだろうね。その前に要塞は自滅してしまうのではないかと思う」
「自滅ですか、それは困りましたね。あなた方はそれでいいと思うのでしょうか?」
「私だって、何とかしたいと思うが、どうすればいいのかわからない。何しろ、私も司令官職を解任されてしまったから……」
「あなただったら、どうしましたか?」
「それは私が要塞の政治代表だったらと言う意味かな?」
「それはどちらでも構いません。要塞の政治代表でも司令官でもどちらでもいいのです。あなたはここで何をするつもりだったのですか?」
「そうだな、私は……」
と、ディポックは話を続けようとしてまだそのことを考えていないことに気づいた。
「いや、わからない。私は、どうもある一点から、将来のことがあまり考えられないんだ」
「ある一点?」
「そう、ここでもこの間危なかったが、首都星ゼンダでもかなり危険なことがあって、命拾いをしたことがある。それからどうも、将来のことを想像することが難しくなった。この要塞を奪取した時は、そうしなければ私だけではなく、仲間のことを考えなければならなかったからだ。だから、次のことを考えろと言われても、無責任なことだとは思うが、イメージがわかないんだ」
ディポック提督は銀河帝国との戦争が終結した後退役し、一市民としての暮らしに入った。彼にしてみればもう自分の役割は終わったと言う気がしていたのだ。
あれは観光地での地上車での走行中のことだった。周囲には一台の車も見えなかったので、油断していたかもしれない。運転していたのはキルフ・マクガリアンだった。キルフにとっては、免許を取ってすぐの運転だったから何か落ち度があったかもしれないと後でしきりに悔やんでいた。だが、それが違うことをディポックがよく知っていた。
誰かがディポックを狙って地上車のエンジンを光線銃で撃ちぬいたのだ。結果、地上車はカーブを曲がれず谷底へ落ちた。ディポックとキルフは幸いにも外に投げ出され、地上車の方は谷底へ落ちて大破した。
ただ、あとで考えるにどうして自分とキルフが車の外に投げ出されて無事だったのか、ディポックには不思議だった。車の窓は閉まっていたし、扉もロックされていたはずだった。
これは当時ただの事故として処理されたが、ディポックは車のエンジンを撃ち抜かれた音を聞いていた。それに、もっと不思議なのは自分が大破した車の中で、その炎を見ていたと言う記憶がある。炎の中で息が苦しくなって行く自分が、もうこれで助からないと感じたことを覚えていた。
それなのに目が覚めると、ディポックとキルフは道路と谷底の間の岩の上にいたのだ。まるでそこにそっと置かれたように。
この事件が事故として処理されたことについて、ディポックは異を唱えなかった。当時すでに新世紀共和国が銀河帝国軍に占領され、統治されていたからではない。もし元新世紀共和国の軍の高官だった人物が暗殺未遂にあったと広く知られることになれば、ただでさえ占領されて混乱している市民社会がさらに動揺すると思ったのだ。それに犯人については、彼を邪魔に思っている元新世紀共和国政府や占領政府のどちらの側がやったのか彼自身も皆目見当がつかなかった。そもそも、肝心のエンジンを撃たれた車が大破して証拠がなくなってしまったのだ。暗殺未遂事件だと訴えても仕方がない。
これが、ディポック提督の『ある一点』だった。もしかして、あの時自分は死んだのではないかと思うのだ。
若いキルフはこの事件をすぐに忘れてしまったようだった。だが、ディポックはそのことを忘れることが出来なかった。あの時本当は死んでいたのでは、という何か生きているのが間違っているのではないかという気がするのだ。他の人ならそれで儲かったと思ってやり直そうとするだろう。だが、なぜかディポックは力が出ないのだ。
「そうですか。それは、困りましたね。だから、司令官職に固執することなく、あっさりと引き渡してしまったのですね」
「そうだと思う」
「でも、仕方がありませんわ。だって、あなたには多くのことがあまりにも起こり過ぎたのではありませんか?」
と、マグ・デレン・シャがディポックを気遣って言った。
「マグ・デレン・シャ。それはあなたも同じですね」
と、ライアガルプスが言った。
「ええ、そうです。私も、突然でした。惑星連盟の大使として宇宙都市ハガロンに派遣されていましたが、本国に戻ったら、ナンヴァル連邦の調整官に就くようにと決まっていたのです。それが、突然別の者が調整官になって、本国に戻らないと言った私は追放されたのです。ですから私は、これから何をすればいいのかわからないのです」
「お二人とも今は暇だということですね」
「それは、そうですけれど……」
と、マグ・デレンが戸惑ったように言った。
「では、少し私に付き合って貰えますか?」
「どこへです?」
「お二人を、ダルシアへ招待しましょう」
と、金の竜、ライアガルプスは言った。
ディポック提督とマグ・デレン・シャは顔を見合わせた。ダルシアはヘイダール要塞からどのくらいは慣れているだろうか、とディポックは一瞬考えた。今から宇宙船で行って、元新世紀共和国の艦なら一カ月かそれ以上かかるだろう。だが、ダルシアの艦ならもっと早く着くのだろうか。そんなに長くヘイダール要塞を離れて大丈夫だろうか、とディポックはもう要塞司令官でもないのに思った。
「何かご心配ですか?」
と、ライアガルプスは聞いた。
「いや、ちょっと。ダルシアまでどのくらいかかるのかと思って……」
と、ディポックは聞いた。
「それなら大丈夫です。そうですね、これから行ってホンの数分で済みますよ」
「え?」
ディポックとマグ・デレン・シャは驚いて同時に言った。
「身体を持っていくわけではありませんから……」
「どういうことでしょうか?」
と、マグ・デレン・シャは言った。
「さあ、お二人とも、私の背中に乗って下さい」
ライアガルプスは羽を広げ、体をできるだけ低くして言った。
「あなたに乗って行くのですか?でも、宇宙空間ではどうなるのです?」
と、ディポックは不安そうに聞いた。
「何の心配もありません」
いくらなんでも、竜の背中に乗って行くのでは宇宙空間で無事には済まないだろう、と普通は誰でも思うところだ。
「大丈夫ですよ。私は、いつもこのままどこにでも行くのです。先ほどは銀河帝国に行ってきたのです」
「銀河帝国に?」
と、驚いてディポックは言った。何のためにライアガルプスが銀河帝国に行ったのだろうか、と彼は思った。
「そうです。帝都ロギノスに行ってきました。あそこには大きな黒い骸骨が空に浮かんでいましたよ」
「黒い骸骨?それは、まさか……」
ナンヴァル人であるマグ・デレン・シャは、闇の魔法に付いてのアルフ族の伝説を聞いたことがあった。伝説では大昔、ロル星団にいたアルフ族は使ってはいけない闇の魔法に落ちたと言われていた。その彼らの住む星の上空に現れた闇の印のことだ。
「今ふたご銀河とこのヘイダール要塞は非常に危険な状態にあるのです。というのに、ディポック提督、貴方は司令官職を解任されてしまった。それにマグ・デレン・シャ、貴方はナンヴァル連邦から追放されてしまった。これは非常にまずい状況なのですよ」
「でも、別に私達ではなくても、ここにはちゃんとカトル・ファグル司令官がいますし、ナンヴァル連邦には新しい調整官がいます」
と、マグ・デレン・シャは言った。
「彼らに対処できればいいのですがね……」
「できないと言うのですか?」
と、ディポック提督は言った。
「私が思うに、かなり難しいでしょうね」
「なぜですか?」
「窮地に陥った時に、果たして彼らに人の意見に耳を傾ける度量があるかどうか、ということです。例えばカトル・ファグル司令官は別にして、この要塞の政治代表は今でも司令官の助言にも耳を傾けることはないようですから……」
ディポックは、ライアガルプスがなぜそんなことを知っているのだろうかと思った。
そして、ライアガルプスは続けて言った。
「ガンダルフの魔法使いは神出鬼没、それに地獄耳ですからね。私は彼らの友人でもあります。だから、知っているのですよ」
「つまり、ダールマン提督やバルザス提督から聞いたのですか?」
と、ディポックは言った。
「ええ。先ほどここに来る前に会って来ました」
「だから、今彼らはここに居ないのですね」
「ディポック提督、あなたが要塞の司令官を解任されたので、彼らは忙しくなったのです」
「私が解任されたからですか?」
ディポックにはライアガルプスの話がよくわからなかった。なぜそうなるのだろうか。そう言えば、ダールマン提督やバルザス提督の話がよくわからない時があったと、彼は思い出した。
しかし、なぜなのだろうか?
「ディポック提督、あなたの疑問に答えるにはダルシアに行くしかありません。そこに行けばあなたの知りたいことが分かるでしょう」
と、ライアガルプスは言った。




