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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
34/153

ダルシア帝国の継承者

240.

 その夜、ジェグドラント伯爵は金の竜の夢を見た。

 金色に輝く竜は、とても美しく見えた。それに優美な仕草で伯爵を自らの背に乗せてくれた。そして、

「お久しぶりですね」

と、金の竜は優しく言った。

「この前会ったのは、随分前のような気がします」

と、伯爵は丁寧な口調で言った。この金の竜にはぞんざいな言葉は似合わない。

「このところ、とても忙しかったので、貴方の所に来ることが出来なかったのです」

「実は、私の方は貴方に会いたいと思っていました。帝都の空に骸骨の印が現れたのです」

「そのことで、私は来たのです」

「このことを、知っておられたのですか?」

「ある人から聞きました。それで、出来るだけ早くあなたの所へ来たかったのですが、遅くなってしまいました」

「そうだったのですか」

 伯爵は、それを聞いて少し安心した。


 朝目が覚めたジェグドラント伯爵は、昨夜の夢を覚えていることに気が付いた。いつもなら夢を見てもどんな夢かあまりはっきりとは覚えていないのだが、今回は覚えていた。それも金の竜との会話を逐一思い出せたのだ。

 金の竜が夢の中で会いに来るのはジェグドラント伯爵家の当主だけだと、昔祖父から聞いた覚えがある。同じことを、金の竜からも聞いたことがあると思い出した。だから、母や兄弟はこのことを知らない。伯爵の父は金の竜を知っているようだが、引退したので、今は竜が会うことはないということだった。

「あの空に浮かんだ骸骨の印には、どんな意味があるのですか?」

と、伯爵は聞いた。

「あれは、大昔、この惑星に住んでいたアルフ族という種族が生み出した、恐ろしい闇の魔法が蘇ったと言う印なのです」

と、金の竜は答えた。

「大昔というと、どのくらい前のことですか?」

「そう、何百万年も前のことでした」

「何百万年も前ですって!本当ですか?我々がこの星に来たのは、確か五百年前のことだと言われています。と言うことは、そんな昔にロギノスに住んでいた者たちがいたのですか?」

「このロル星団には、かつてアルフ族がたくさん住んでいたのです。ここロギノスだけではなく、もっと昔に遡ればロル星団のあちこちの惑星にも住んでいたのです。彼らは外の銀河から、今から一億年前に移住してきた人々でした」

「一億年?そんな昔に宇宙船があったのですか?」

「あったのです。それも銀河間を航行できる船でした。それでなければ、多くの人々がこちらの銀河に移住することはできませんからね」

「信じられない。それに、そんなことは初めて聞きました」

「これは、貴方方の歴史書には載っていないことです。ですが、このことは我々ダルシア帝国の歴史書には書いてあるのです」

「ダルシア帝国?あなたは、そこに属しているのですか?その帝国はどこにあるのですか?」

 伯爵がダルシア帝国という国のことを耳にするのは、初めてだった。金の竜がダルシアについて語ったことは、これまでなかったのだ。

「ダルシア帝国はジル星団にありました。ですが今は、ダルシア帝国も滅びてしまいました。けれども、知識を蓄えてある場所は、現在でもまだ残っています」

「できれば、そこへ行ってみたいものです」

「それはいずれ、出来るようになるでしょう。この時代は、宇宙船がありますから。ですが、今はあの空に浮かんだ骸骨の印についての話に戻りましょう」

 金の竜は、『空に浮かんだ骸骨の印』は大昔のアルフ族の生み出した闇の魔法が蘇ったと言う印だと、もう一度繰り返した。

「ロギノスにある宮殿について、最近何か噂を聞いていませんか?」

と、金の竜は言った。

「そう言えば、先ごろ王朝交代があったのですが、新しく即位した若い皇帝陛下の体調が、最近優れないと聞いたことがあります」

と、伯爵は言った。

 伯爵は新王朝の皇帝の戴冠式には、他の貴族と共に参加したのだった。貴族の中には旧王朝に忠誠を誓う者達もいたが、ジェグドラント伯爵家は新王朝の皇帝を支持しているのだ。それが時代の流れだと考えている。それに逆らうのは、ジェグドラント伯爵家の本意ではない。その後、あまり宮廷には行く機会がなかったのだが、新皇帝の体調などと言う噂は、誰が言うともなく聞こえてくるものなのだ。

「なるほど、そうですか。皇帝陛下本人にその闇の魔法が掛けられたということかもしれません」

「まさか、そんなことがあるのでしょうか」

「その骸骨の印は、宮殿の空に浮かんでいたのでしょう?」

「そうですが、それだけでわかるのですか?」

「では、今からそこへ確かめに行ってみましょう」

と言うと、金の竜は大きな金の羽を羽ばたかせた。


 金の竜は空を飛んで、あっという間に骸骨の印の浮かぶ宮殿の上空へジェグドラント伯爵を乗せてやって来た。宮殿の空の色は、青ではなく、灰色だった。そこに黒々とした大きな骸骨の印が浮かんでいた。

「ここですね」

と言うと、金の竜はその骸骨の印の周りを旋回した。

 すると、その骸骨が口を開けてうるさそうに言った。

「何をしに来た、竜よ」

 それは、とても低いだみ声のように聞こえた。その声に何とも言えない悪意がこもっているのを、伯爵自身が感じていた。

「長い時が経った後で、突然お前が現れたというので、来てみたのだ。お前は何をしようとしているのだ?」

と、金の竜は聞いた。

「そのようなこと、お前が分からないはずはあるまい。わしが何のために現れたのか、とっくに想像がついているだろうに」

「なるほど、お前が何をしようとしているのか大体想像は付く。だが、お前たちとこの宮殿の主と何の関係があるのだ?」

「確かにわしとは、何の関係もない。だが、わしを呼んだ者が、関係を持っているのだ」

「それは、誰だ?」

「ふん。それをわしが言うと思うのか?わしはこの時を、この地で蘇るときをずっと待っていたのだ。あの呪われしアルフ族がこの地を去ってから、幾年の歳月が過ぎたと思う。長い、長い時だった。だが、やっとわしは蘇ることができたのだ。この機会を誰が逃すものか!」

「そんなことをして、何が得られるのだ?もうお前の時は終わってしまったではないか?」

「いや、終わらせてなるものか。きっと成し遂げて見せるわ……」

 その恐ろし気な声は、伯爵の想像を超えていた。ただ彼は金の竜の背で震えていた。どうか自分のことを気づかないでほしいと心の中で思っていた。すると、

「おや?それは、何だ?」

と、骸骨が突然言った。

 伯爵が金の竜の背に乗っているのに気づいたのだ。

「これは、私の知り合いだ」

と、金の竜が言った。

「ほう、珍しい知り合いがいるものだ。それは人間ではないか?もしかして、アルフ族か?」

「いや、彼はアルフ族ではない。彼らはもうこの世にはいないのだ」

「いないだと?そんなことはない。奴らはあのガンダルフへ逃げて行ったではないか。そこでかの地の魔法使いとと上手くやっているだろうに……」

「いや、彼らはその地で滅びたのだ。今はアルフ族の国はない」

と、金の竜は慎重に言った。アルフ族の国が、惑星ガンダルフに今はないことは確かなことだ。

「だが、わしはそれでは納得できん」

「どうすれば、納得するのだ?」

「もちろんそれは、この世に於けるすべてのアルフ族が滅亡することだ。それがわしの望み。それだけが唯一の望みなのだ!」

と、骸骨は最後には叫ぶように言った。

「だが、銀河帝国にアルフ族はいない」

と、金の竜が静かな声で言った。

「そうだろうか?ここに住んでいる連中はやつらの匂いがプンプンするのだがな。特に、ここにいる皇帝陛下とか言うのが匂うのだ」

「銀河帝国の皇帝陛下は、アルフ族ではない」

「そうか?やつにはその匂いがするのだがな……」

「それはお前の気のせいだろう。この惑星ロギノスにはアルフ族は、遥かな昔にいなくなったではないか?それからこの地に彼らが戻ってきたことはない」

「そうかな?この連中はあの呪われしアルフ族の末裔ではないのか?長いことこの惑星を留守にしたことは確かだが、そうだな、今から五百年前に戻って来たのは連中の子孫ではないのか?」

「さあ、それはどうだろうか。この星に移住してきた者達は、魔法は使わなかったのではないか?」

「ふん、他の惑星から宇宙船でやってきたと聞いた」

「誰からそれを聞いたのだ?」

「それは……、おっと危ないところだった。それは秘密だ」

「銀河帝国の皇帝陛下はアルフ族ではない。だから、お前が呪う必要はあるまい」

「いいではないか。わしにそれを頼んだ者達は、随分奴を呪っていたぞ。わしはそれが頼もしく思えた。奴らはこのわしを継げるだけの憎しみを持っているのだからな。呪うという闇の魔法を望む輩だ」

 そう言うと、骸骨は歯のない口でからからと笑った。気味の悪い笑いだった。

 笑った骸骨は急にまるで痰を吐くように口をすぼめて、どす黒いものを金の竜に向かって吐いた。

 すばやく、竜はその黒いものを避けると、

「何がしたいのだ、お前は?」

と、聞いた。

「わしの望みは、アルフ族を根絶やしにすることだ。それだけだ!」

と、骸骨が憎しみを込めて言うと、金の竜は旋回を止めてジェグドラント伯爵邸に戻って行った。


241.

 エルシン・ディゴ政治代表は、ファグル司令官を呼び出して聞いた。

「ディポック提督がどこにいるのか、知っているだろう」

 エルシン・ディゴはどこから聞いたのか、ファグル司令官がディポック提督に会ったことを知っているのだった。彼の両側に立っている、フランブ・リンジ副代表と秘書のギアス・リードは、素知らぬ顔をしていた。

「私はディポック提督がどこにいるのか知りません」

「だが、会ったのではないか?」

「私の執務室で会いました。ですから、彼がどこにいるのか知りません」

「今、どこにいるのか言わなかったのか」

「私は彼がどこにいるのか聞きませんでした。政治代表はディポック提督に何かご用がおありなのですか?」

「探しているのだ。私は、ディポック提督を解任したので、どこに住んでいるのか心配しているのだよ」

と、エルシン・ディゴはまるでディポックの現状に同情しているかのように言った。

「そうですか。ですが、彼は何も言っていませんでしたから、心配ないのではありませんか?それに、ヘイダール要塞は狭いですから、彼がどこにいるのかそのうちにわかるのではありませんか?」

 ファグル司令官は、こんなことで呼び出されたことに内心怒りを感じていた。

 ディポック提督とファグル司令官は、かなり長い時間話をしていた。ディポック提督はファグル司令官が知りたいことを彼の方から積極的にできるだけ詳しく話してくれたのだ。ディポックには要塞司令官を解任されたことを、恨むことなど少しも考えてはいないようだった。

 ファグル司令官が知りたいのは魔法や魔法使いのことについてのことはもちろん、特に要塞の戦力について知りたかったのだ。それについて、ディポックは詳しく話してくれたのだ。

 現在のヘイダール要塞の戦力は、ファグル司令官が考えているよりも多かった。要塞の駐留艦隊は元新世紀共和国の艦隊だが、二万隻を超えるとは言え寄せ集めの艦隊でもある。艦隊の中には古い艦も小さな艦も、工作船も軍艦として適さない艦も様々あるのだ。

 ディポック提督によると、その他にリドス連邦王国の艦隊が六千隻程、亜空間に留まって存在しているという。また、ダルシア帝国の艦隊も一万隻程同じく亜空間に存在しているというのだ。ただし、リドス連邦王国とダルシアの艦隊はジル星団の艦隊が来たときにのみ協力してくれることになっているということだった。

 従って、もしこの要塞に銀河帝国の艦隊が来た時にはこれらの戦力は期待できないということになる。

 その他にこの要塞の戦力として考えられるのは、魔法使い達の力である。本当かどうかわからないが、ガンダルフの五大魔法使いであるレギオンと銀の月の力は、一人で一艦隊を退けるに十分な力を持っているということだった。それに、リイル・フィアナ提督のこともある。彼女は五大魔法使いの内には入らないのだが、かなり強力な魔法使いであるとのことだった。

 また、要塞には暗黒星雲の種族なる、摩訶不思議な力を持つが魔法使いとも違う変わった異星人がいるということだ。

 この他に、要塞の公園スペースにいる元海賊の鳥たちのこと、要塞に衝突したままの海賊の要塞、そして、要塞と同じ場所にあり、同じくらいの大きさのレギオンの城のことなどを、ディポックは話していた。

 この要塞の現状は、正直言ってファグル司令官の想像を超えていた。彼の考えていたのは、単にこの要塞が対銀河帝国との戦いの役に立つ基地になるということでしかなかった。だが、この要塞は以前考えられた時と違って、かなり複雑な状況にあるのだ。このことを、この政治家連中はどれだけ知っているのだろうか。

 その上、惑星カルガリウムの問題がある。

 ディポック提督によれば、その問題は解決しつつあるということだ。惑星カルガリウムの住民は、これまでヘイダール要塞に転送装置で転送されてきた。けれども、すべての住民をこの要塞で受け入れることは不可能なので、リドス連邦王国に頼んで、全ての住民を移住させる都市を借りることにしたのだった。その転送作業もそろそろ終了に近付いているとのことである。

「政治代表、ところで惑星カルガリウムの件は、どうなりましたか?」

と、ファグル司令官はエルシン・ディゴ政治代表に聞いた。彼らがそれを覚えているのか気になったのだ。

「惑星カルガリウムの件だと?そう言えば、忘れていた。どうなったのだ?」

と、逆にエルシン・ディゴはファグルに聞き返して来た。彼は選挙に忙しくて、その問題をすっかり忘れていたのだ。逆に彼にとっては、それほど重大なことではなかったということでもある。

「私に聞かれましても、軍事以外のことに権限はありませんので、わかりません」

 ファグルとしては、そう言うしかなかった。元新世紀共和国では、軍事と民事とでははっきりと区別されていたのである。選挙で選ばれた政治代表が命じなければ、軍人は何もすることはできない。まして、独断専行は許されないことなのだ。もちろん、突発的に危機的状況になれば別である。だが、今回の件はそうではない。

「そうだな。うん、そうであるのが本当だ。では、それについては私が調査を命じておこう」

と、エルシン・ディゴは言った。

 これから調査して何がわかるかわからなかったが、ファグル司令官としてはそれで終わりにするしかない。

「それでは、もう司令室に戻ってよろしいでしょうか?」

「そうだな。もう聞くことはない。戻っていいだろう」

 ファグル司令官はエルシン・ディゴ政治代表に敬礼をすると、彼の部屋を辞した。


 司令室の外の星々が映し出されたスクリーンを見て、ファグル司令官はホッとした。と同時に無力感に襲われた。まるであの時と同じように感じたのだ。あの時とは、新世紀共和国が崩壊した時のことである。エルシン・ディゴ政治代表の惑星カルガリウムの住民に対する無責任な言葉に、当時の無力感を思い出したのだ。

 市民たちによって選ばれた政治家自身が責任を持って政治をしなければ、あの時と同じようにすべてを失ってしまうのだ。この要塞にいる政治家はあの時の政治家と同じ連中なのだ。新世紀共和国が崩壊したことで彼らが少しでも反省しただろうと思っていたが、どうも反省などしない人物もいたらしい、とファグル司令官は思った。

 カトル・ファグルは、元新世紀共和国で軍の階級においては元帥にまでなり、また軍の作戦を司る統帥本部長まで昇進した人物だった。当時は銀河帝国との戦争で、政府とは予算や作戦について対立したことはあっても、ここまで失望することはなかった。

 元新世紀共和国の政治家連中の劣化は、もうどうしようもないのかもしれない。だとすると、新世紀共和国を復活させることは、不可能なのではないか、と思わざるを得なかった。


(ふん!)

と、司令室の空間で誰かが思った。

 ファグル司令官は誰かがいるのかと思って、誰もいない空間を見ていると、突然そこにキラキラした霧状のものが現れた。それは見る見るうちに人間の形状になった。

「ごきげんよう!」

と、元気よくその人物は言った。

 呆気に取られてファグル司令官は、

「だ、誰だ?」

というのが、精一杯だった。

「あのディポックとか言うやつが、私のことを言わなかったかな?」

「ディポック提督が?」

「気をつけてください、司令官。そいつは、暗黒星雲の種族ですぞ!」

と、グリンがすぐに警告した。

「暗黒星雲の種族?」

 そう言えば、ディポックが何か言っていたな、とファグル司令官は思い出した。彼によれば、非常に危険な連中だと言うことだ。ただ、今は要塞には危害を加えないように魔法使いたちと約束させられているとのことだ。

「私に何か用か?」

と、ファグル司令官は、最初の驚きから持ち直して聞いた。

「別に、人間などという劣等生物に大した用はないのだが、見ていてあまりにもばかばかしくなったので言いに来たのだ」

「何が見ていてばかばかしいのだ?」

「お前たちの選挙とかいう、劇のことだ」

「あれは、劇ではない。重要な政治行動だ」

「ま、お前にとってはそうだろうが、私にとっては単なる冗談にすぎない」

「冗談?」

「そうではないか?せっかくこの要塞が、前のあの妙な司令官と魔法使い達とでうまく行っていたのに、新世紀共和国とかいう、もう無くなった国の連中がやって来て、選挙とか言うくだらないことでこの要塞の実権を握った。いや、奪ったというべきか?」

「おまえは、選挙の結果が気に入らないというのか?」

「選挙そのものも気に入らないな。あんなもの、お祭り騒ぎにすぎないではないか?あのことで、何か建設的なこと起きたのか?ことが上手く運ぶようになったか?あんな見るからにくだらない連中にこの要塞の実権を握られて、これからどんなことがおきるか。敵が現れた時にまともな対応ができるのかな?」

「そのようなこと、お前に心配される筋合いはない」

「私は親切で言っているのだぞ?あの魔法使い連中はお前たちのことなど、どうでもいいと思っているから何もしないではないか?」

「彼らは、内政干渉だと考えて、黙っているだけだ」

 このファグル司令官の意見は突然現れた暗黒星雲の種族の人物にとって、不思議なことに魔法使い達を擁護しているように聞こえたようだった。

「ほう、連中の肩をもつのか?妙な具合だな。それでは、奴らを頼みにしているがいい……」

と言うと、ポンと言う音とともに、暗黒星雲の種族だという人物の姿は掻き消えた。

 ファグル司令官は瞬きをすると、

「一体、やつは何が言いたかったのだ?」

と、言った。

「あの者は、我々とは全く相いれない、信用できないやつです。あまり、気になさる必要はないかと……」

と、グリンは言った。


242.

 銀河帝国の帝都ロギノスの行政府の国務卿の所へ、リドス連邦王国の大使ジュン・ユーキが訪問していた。先日の国務卿の問いに対して、解答を持ってきたのである。

「これはリドス連邦王国の大使、思ったよりも速かったですな」

と、国務卿は言った。

「先日のお問い合わせの件について、本国から解答がありましたので、お知らせに参りました」

と、ジュン・ユーキ大使は言った。

「それで、いかがでしたか?」

「オルフ・オン・ダールマン提督という人物は、確かに我が国の宇宙艦隊にいると言うことでした」

 国務卿はその正直な答えに、内心で実は驚いていた。かの提督がいるとはわからないとか、今返事が遅れているとか言って、答える時間をできるだけ引き伸ばすつもりだと思っていたのだ。

「それは、実に困ったことになりましたな」

「そうでしょうか?」

「オルフ・オン・ダールマンは、帝国にとっては大逆人ですぞ。恐れ多くも皇帝陛下を暗殺しようとした人物なのです」

「それは、聞きました」

「それならば、すぐにその者を本国から帝国へ出頭させるか、宇宙艦隊から追放すべきではないですかな?」

と、国務卿は少々強引に勧めた。

「その必要がありますか?」

と、ユーキ大使は落ち着いて答えた。

「何と、その必要がないと仰るのか?」

 ひどく驚いたように国務卿は言った。銀河帝国の大逆人と分かったならば、すぐにでも帝国へ連行し、差し出すのが当たり前だと考えているのだ。

「我が国は、こちらの国とは外交関係を樹立したばかりです。それは、もちろん対等の関係のはずです。それに犯罪人の引き渡しの条約などがあるわけではありません。それなのに、こちらでは大逆人と言われているというだけで、我が国では犯罪を犯していない国民を渡せということは、どういうことでしょうか?我が国は、こちらの国の属国ではありません」

 リドス連邦王国の大使の主張は当然だった。それはわかっているのだが、国務卿としては皇帝の意を汲んでの発言だった。相手はまだ年若い大使なので少し強く言えば、もしかしたら承諾するかもしれないと思ったのだ。

「まあ、そのようにお取りになるのは、どうでしょう。我々もことを荒立てたくはないのです。わが国は、先ごろこのロル星団を統一したばかりです。帝国は最大の版図となり、ジル星団との交易もこれからはますます盛んになるでしょう。リドス連邦王国は、我が国との交易をどのようにお考えでしょうか?」

「つまり、交易を考えるならあなた方の言う通りにするべきだと仰るのですか?」

「そこまでは申しません。そこはそれ、あなたのお考え一つだと思いますが?」

「国務卿の仰ることは、私のような者にはわかりかねます。わが国においては交易がすべてではありませんので、そちらの言う通りにすることはできません」

「あなたもお若い。もう少し、お年を召した苦労人なら私の話もご理解いただけるとおもうのですが……」

「そうでしょうか?たとえ、年を取っていたとしても、誰であっても我が国の大使はあなたのお話に乗るわけには行かないでしょう」

 リドス連邦王国のジュン・ユーキ大使ははっきりと言った。

 国務卿はリドスの大使が帰ると、ため息をついて、

「まったく、リドスももう少し大人の大使を送ってくれば良いものの。これではいずれ、面倒なことになるかもしれん……」

と、独り言を言った。

 国務卿はすぐに皇帝陛下の待つ宮殿へ参内した。

 このリドス連邦王国からの返事を、皇帝は一日千秋の思いで待っていたのである。


 銀河帝国皇帝リーダルフ陛下は、いつものように窮屈な軍服を着て書斎で待っていた。

 国務卿が書斎に案内されてくると、

「で、連中の答えはどうだったのだ?」

と、皇帝は催促した。

「はい。確かに、オルフ・オン・ダールマンなる人物はリドス連邦王国の宇宙艦隊にいるということでした」

と、国務卿は言った。

「そうか、それで……」

「私が、大逆人を渡すように申しますと、渡せないと言うことでした」

「それは、なぜか?」

「はい、あの我が国とリドス連邦王国にはまだ犯罪人を引き渡すというような条約はないということ、それに属国でもないのに、なぜリドスでは犯罪者でもない者を渡さなければならないのか、と言うことでした」

「なるほど。リドス連邦王国の大使は若いのに、なかなか骨がある人物ではないか」

「はい、そのようででございます」

「要するにリドス連邦王国は、我が帝国とは交易を望んでいないということか?」

「リドスの大使の言うことには、交易がすべてではないと言うことでした」

「交易がすべてではない?もっともな言い方だが、それではあまりにも軽率ではないか……」

「と仰いますと?」

「国と国との関係は確かに交易だけではない。だが、交易をしないと言うのならば、あとは戦しか残らないではないか!」

「陛下!それは、あまりにも性急なことではありませんか?まだ、リドス連邦王国に外交上で様々に要請することも出来ましょう」

「例えば?」

「例えば、交易がすべてではないと言ったとしても、一度は交易について話をすべきではないでしょうか。何か一つくらい向こうに有益なことを提案するのは如何でしょう。今回の件だけで、すぐに軍を動かすというのはあまりにも我が国の大国としての権威を損なうものと思われます」

「なるほど。それなら、多少の時間をやろう。だが、あまり長くは待てぬ」

「承知しております。陛下の御心情をお察し申し上げます」

「わかった」

「それでは……」

 国務卿が皇帝の前を辞すると、皇帝は立ち上がって後ろにある大きな窓に近付いた。

 やっと大逆人の居場所がわかり、確認することができたのだ。それだけでも、かなりの前進だった。あとはいつ連中を捕まえ追い詰めるかだ。ジル星団とは言え、帝国の艦隊を動かそうと思えば可能だった。以前の元新世紀共和国に遠征したときよりも、長い遠征になるかもしれないが不可能ではない。

 銀河帝国軍が動くとなれば、リドス連邦王国も少しは考えるかもしれない。まだリドスがどのような国であるかわからないが、ジル星団には多くの国があると言うのであれば、国の規模もそれほどではあるまい、と皇帝は考えていた。少なくとも銀河帝国よりは小さな国に違いないのだ。

 噂だけではなくゼノン帝国の艦隊を見ても、確かにジル星団の方がこちらよりも科学技術においては優れたところがあるようだった。そうだとしても、銀河帝国の軍事力として、およそ十万を超える艦隊がある。ジル星団では、一国でこれほどの艦隊を保有する国はないと聞いている。だとすればそれを聞くだけで、相手に対してはかなりの圧力になるはずだった。

 それにリドス連邦王国との仲介にゼノン帝国が動くように要請することも可能だ。ゼノン帝国はジル星団でもかなりの強国だと聞いている。それは他の国に確かめてあることだ。だとすれば、銀河帝国の艦隊を動かすこともないかもしれなかった。


 皇帝リーダルフは書斎の机の引き出しから、一枚の写真を盗り出した。その写真は皇帝の姉である先ごろ失踪した大公妃が映っていた。大公妃の若い頃の写真で、まだ幼い自分と一緒に映っている。

 大逆人の件が解決しても、大公妃の失踪事件が解決するわけではない。だが、一つの区切りにはなると皇帝は考えていた。一時は頭に血が昇って、大公妃の失踪事件も大逆人どもが犯したものだと考えたことがあった。しかしそれは違うようだった。調査が進むにつれ、二つの事件は全く違うということが分かって来たのだ。

 当時は皇帝に反逆する同じ事件が、続けて三度も続いた。その先駆けになったのが大公妃失踪事件である。その事件の捜査に忙殺されている間に、帝都のあちこちで旧勢力の暴動が起きた。そして、最後に起きたのが皇帝暗殺未遂事件である。オルフ・オン・ダールマン提督が関わったとされる事件だった。ただ、本人は遠く新領土の総督として着任していたので、調査に時間が掛かった。

 今でもその時のことを考えると、頭痛がしてくる。

 皇帝暗殺未遂事件は、実際に手を下したのはダールマン提督の部下の一人だった。新領土の統治に関する報告にために帝都へ帰還したその部下は自分の昇進に不満を持ち、破格の昇進を打診されて暗殺を承諾したと自白したのだった。

 すぐに新領土の総督であるダールマン提督へ、皇帝暗殺未遂事件の容疑者として出頭するよう命令が出た。ダールマン提督は命を受けてすぐさま艦隊を率いて帝都へ帰還する準備をしている時、帝都では彼が逆に帝都を攻略しに来るとの噂が広まっていた。その噂は否定できない勢いで軍部だけではなく、貴族や一般の民衆にまで広まっていた。

 驚愕した艦隊司令部は熟考の末、ダールマン提督を反逆者としてそれを撃つための艦隊を派遣することに決定した。その結果、ダールマン提督の艦隊と帝都からの征討軍は戦い、ダールマン提督が敗北し、彼は戦死したと思われていた。

 ところがジル星団の国々との交流が始まった時に、ダールマン提督が生きていると言う噂が広まり始めたのである。

 当時は怒りに身を震わせたこともあったが、皇帝はただ反逆したと言う疑いを掛けられただけで、疑いを質されることもなく戦死したダールマン提督に対して心残りがあった。本当にあの時の処置は正しかったのかという後ろめたさが残ったのだ。それというのも、事件が相次いで起きたので、それぞれの事件の調査が足りなかったのではないかと考えていたからだ。

 他の者はどう考えるにしろ、皇帝自身一度はダールマン提督に事の真偽を確かめたかったのである。それが出来なかったことに対して、責任を感じていた。

 ダールマン提督を帝都へ連れて来させて、大公妃失踪事件についてや大逆事件に対して関わったのかどうかを確かめたかった。その後で、関わったのなら自ら断罪することにしたかったのだ。


「それでいいのか?」

と、どこからかともなく声がした。

 皇帝が空耳かと思って耳を澄ませると、

「あのダールマンとか言うやつは、とんでもない野心家だった。いずれ、帝位を窺うことになることは明らかだったのだ!」

と、再び同じ声がした。

「誰だ、お前は誰だ!」

と、皇帝は大声で誰何した。

「私か?私はお前の心の中の本心だ」

と、誰何に答えて声がした。そして、

「お前は何か考え違いをしているのではないか?」

と、続けて言った。

「何をだ?何のことを言っているのだ?」

「皇帝暗殺事件は、ダールマン提督が企んだことだったのだよ」

「そんな証拠はどこにもなかった」

「そんな証拠など残すはずもないではないか?」

「何が言いたいのだ」

「お前は、正しいことをしたのだ。ダールマン提督を大逆人として征討軍を送って戦死させたのは、帝都に戻らせて罪を質すことよりも、良い判断だったのだ」

「いや、余は浅慮だった。もっと慎重に対処すべきだった」

「それでは、お前の身に危険が及ぶではないか。お前の部下たちも言っていたではないか。危険だと。それに、お前の姉である大公妃の失踪は、奴がやったことなのだぞ」

「それは違う。誰がやったことか、未だに分からないのだ」

「だからこそ、あのダールマン提督がやったのだ」

「馬鹿なことを言うな!」

「だが、お前は心の底で、奴がやったことだと思っているのではないのか?」

「そんなことはない」

「奴はお前の敵なのだぞ。お前の姉を拉致した奴だ。それを忘れるな!」

と、声は断定して言うと、ふっと聞こえなくなってしまった。

 皇帝は耳を両手で塞いでいた。今の声は何なのだ?誰の声だったのだろう。まるで自分の心の底から聞こえて来たと言っているようだった。

 その声が本当は事実であることを、皇帝自身が分かっていた。何度も何度も否定したが、それを否定しきることはできなかったのだ。なぜなら、ダールマン提督がやっていないという証拠もどこにもなかったからである。

「そうだ、何の証拠もないのだ」

と、皇帝はうなされているように言った。

 もし、連中がダールマン提督をあくまで庇うようなら、銀河帝国皇帝として彼は自ら宇宙艦隊を率いてリドス連邦王国へ行くこともあり得ないことではない。

 皇帝の後の窓には大きな黒い骸骨が映じていた。その骸骨は不気味な笑みを浮かべていた。



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