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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
33/153

ダルシア帝国の継承者

237.

 呆気に取られたファグル司令官をしり目に、ダールマン提督は言った。

「ハイレン連邦の魔法評議会の使いの者よ。私がガンダルフのレギオンだ」

「おお、やはりここにお出ででしたか。お久しゅうございます。私はハイレン連邦の魔法評議会議長のバルーンガでございます」

「ほう、あのバルーンガか。魔法評議会の議長になったとは知らなかった。久しいな。ところで私に話があると言うことだが……」

「はい。大事な話でございますので、通信ではいかがかと存じます。できればそちらの要塞に入港するのを許可していただきたいのですが……」

 ダールマン提督は、

「司令官、あのハイレン連邦の艦を一隻、入港させてほしいのだが、……」

と、ファグル司令官に言った。

 最初は驚いていたものの、やがてファグル司令官は言った。

「ダールマン提督、あなたが一隻だけというなら構わないが。せめて向こうがこちらを攻撃するという意図はないかどうか、確認して欲しい」

「今のを聞いたか?お前たちは私のいるこの要塞を攻撃する意図はあるか?」

 バルーンガ議長は、スクリーン上で仰々しく首や腕を大きく振って言った。

「とんでもございません。ガンダルフの『大賢者』のいるところを攻撃することなど、私どもにはとてもできないことでございます」

「だそうだ。司令官、構わないか?」

「それなら、許可してもいいだろう」

 いったいこれは、何が起きようとしているのだろうか、とファグル司令官は思った。それにしても、一国を代表するような議会を魔法評議会と呼ぶとは、何と馬鹿げたことだろうか。ふざけているにしては、スクリーンに映った顔は真剣そうに見えたし、ダールマン提督も笑ってはいなかった。

 通信が切られると、グリンはいよいよ困ったことが始まったと感じていた。ディポック提督は若かったから話が魔法だとかいう方に行っても対応にはそれほど困らなかったが、年老いたファグル司令官はどう思うか心配だった。


 ダールマン提督は要塞の会議室を借りて、ハイレン連邦の魔法議会議長と会うことにした。

 会議室には、バルザス提督も呼ばれて来た。他には、ファグル司令官と後からエルシン・ディゴ政治代表がこのことを誰から聞いたのか、慌ててやっ来て、断りもなく会議室に入って来た。

「要塞に惑星連盟の者を入れる時は、私に許可を取るべきではないか?」

と、エルシン・ディゴ政治代表が文句を言った。

「これは、失礼した。先ほどの入港許可を出してくれた人物はこの要塞のディポック司令官ではなかったのか?我々は、ヤム・ディポック司令官がこの要塞の代表だと聞いていたのでやってきたのだが、この要塞の状況が変わったということなのだろうか?」

と、ハイレン連邦のバルーンガ議長が言った。

「いや、司令官が誰になろうと、特に我々には関係のないことだ。第一、ヘイダール要塞の司令官や政治代表に会いに来たのではあるまい」

と、ダールマン提督が言った。

「確かに、我々はガンダルフの『大賢者』レギオン殿に会いに来たのでしたな」

「ここは、今は私、エルシン・ディゴが政治代表である。私に無断で話をしては困る」

と、ヘイダール要塞の政治代表はむっとして言った。

「我々は、魔法使い達の話をしにきたのだが、あなたは魔法使いなのか?」

と、バルーンガ議長が当たり前のことを聞いた。

「魔法使いだと?何のことを言っているのだ。私は政治代表であって、魔法使いなどではない」

と、まるで馬鹿にされたように憤然とエルシン・ディゴ代表は反論した。

「それなら、ここに居る必要はない。我々は政治の話などしに来てはいないのだから」

と、バルーンガ議長は言った。

「まあまあ、彼はロル星団の出身なので、ジル星団の魔法使いのことは良く知らないのです。それで情報が欲しくて、ここにいるのでしょう」

と、バルザス提督が宥めるように言った。

「なるほど、だが、魔法と魔法使いを貶めるような言い方は止めてもらいたい。ハイレン連邦は魔法使いが多くいる国なのだ。我々の国では魔法使いは尊敬される職業である。ここでは違うのというのだろうか?」

「な、何だと。わが国には魔法使いなどというおかしな職業はない。そんな話をしに来たのか?」

「そうだ。そんなに魔法使いというのが気に入らないのなら、この話に加わる必要などないだろう」

「そんなところで、止めることだ。エルシン・ディゴ政治代表、ハイレン連邦のバルーンガ議長は私に会いに来たのだ。あなたがここに居る必要はない」

と、ダールマン提督は言った。

「な、何だと!」

と、自分を邪魔ものにするような言い方に、顔を真っ赤にしてエルシン・ディゴ政治代表は言った。

「まあまあ、いいではないですか。それほど秘密にすることはありますまい」

と、バルザス提督は言った。

「そのようなことを仰るあなたは、『大賢者』レギオンと同じ、ガンダルフの魔法使いの一人というわけですかな?もしかして、私の記憶に間違いがなければ、『銀の月』ですかな?」

と、バルーンガ議長が聞いた。

「そうです。ガンダルフの魔法使いの一人、『銀の月』とは私のことです」

と、バルザス提督は言った。

 エルシン・ディゴ代表は、はっとしてバルザス提督を見た。先日来襲した惑星連盟の艦隊の連中が名指しで探していたのが、『銀の月』であったからだ。

 これはいったいどういうことなのだ?バルザス提督は銀河帝国出身の軍人のはずだ。それが、なぜリドス連邦王国とかいうところの魔法使いだと言うのだろうか?それに、ダールマン提督をレギオンと呼ぶのはなぜなのか?ハイレン連邦から来た人物は、何を知っているのだろうか。

 急に頭から血が下がって冷静になると、エルシン・ディゴは何が起きているのかと魔法使い達を見つめていた。


「我々はハイレン連邦だけではなく、ジル星団の古い国々の代表として来たのでございます。最近このヘイダール要塞で、新たな魔法の呪文が使われたと聞いております。それを見たものも大勢おります。これまで見たこともないもので、その効果も非常に大きいものだと聞きました。つまりその呪文は一艦隊をこの要塞からその艦隊の母国へ瞬時に移動させるという大掛かりなもので、しかもそれが何度も使われたと聞いております。その点について、その呪文が確かにあり、それが使われたということをまず伺いたいのでございます」

と、ハイレン連邦のバルーンガ議長は言った。

「それは、私から説明しましょう。確かにそうした魔法の呪文は使われました。それを使ったのはこの私です。当時の状況として、この要塞にあまりにも多くの艦隊が集まり身動きが取れないところに、また別の艦隊がやって来て、このままでは非常に危険な状況になるところでした。要するに、艦隊が他の艦隊と衝突する危険が増していたのです」

と、バルザス提督――『銀の月』が言った。

「なるほど、やはり彼らの言ったことは本当だったのですね。ということは、他にも新たな呪文が多く作られたのでしょう。それならば、ガンダルフの『大賢者』レギオンよ、我々にその魔法の呪文を伝授して欲しいのでございます。ジル星団では宇宙文明に達する国が増え、様々な問題が起きております。その解決のためにも、我々にはあなたの綴った新たな呪文が必要なのでございます」

 ハイレン連邦のバルーンガ議長にガンダルフの『大賢者』レギオンと呼びかけられたダールマン提督は、しばらく黙っていた。何かを考えている様子が窺えたので、バルーンガ議長も催促せずに黙って待っていた。

「まず、一つ断っておくことがある。銀の月が使った新たな呪文は、私が一人で綴ったものではない。これは、私とリドス連邦王国の者たちが共同で綴った呪文なのだ。だから、私の一存ではお前たちに伝えることはできない。そして、二つ目だが、ジル星団の状況は昔とは違ってきている、それはお前たちの言う通りだ。だからこそ、魔法使いというだけで、新しい呪文を伝えるわけには行かないのだ」

と、ダールマン提督――レギオンは言った。

 バルーンガ議長は、ダールマン提督の話に驚いて言った。魔法の呪文を綴る者がレギオンの他にもいるということが、彼には信じられないことだったのだ。

「新たな呪文はレギオン殿が一人で綴られたのではないのでございますか?リドス連邦王国の魔法使いと共同で綴られたというのは、どなたのことでしょうか?」

「それはまだ言えぬ。だが、いずれそれはわかるだろう。で、話しというのはそれだけか?」

「実は、かつてジル星団の古い国々の魔法使いが作っていた魔法同盟を復活させたいと考えているのでございます」

「それはもう昔に潰えた話ではないか?」

「そうではございますが、今それが必要となって来たと我々は考えているのでございます」

 ダールマン提督は何かを考えるかのように目を閉じた。

「それは、古い国々にいるすべての魔法使いの意見なのだろうか?」

「もちろん、あのナンヴァル連邦の魔法使いは入っておりません」

 バルーンガ議長は、あのナンヴァル連邦と特に強調して言ったのには、訳があった。この度のナンヴァル連邦のクーデターを古い国々は認めていないということを暗に示したのである。

「では、賛同しているのはどの国の魔法使いなのか?」

「我が国の他は、デルフォ共和国、ホルンドバルド連合政府、ザガ連盟の魔法使いになります」

「四か国だけか?」

「ですがそれに、レギオン殿の本国であるガンダルフ、いえ今はリドス連邦共和国でした――その魔法使い達が入れば、かつてのような強力な魔法同盟を作ることが出来ましょう」

「それで何をするのだ?」

「もちろん、魔法使い達とジル星団を守るためのものでございます」

「入っていない国の魔法使いはどうするのだ?」

「その場合は、個人での参加を認めるということにするつもりでございます。それなら、ナンヴァル連邦やゼノン帝国の心ある魔法使いが参加できるでしょう」

「それならば、他の国に魔法使いがいても、参加できるというわけか?」

「そうです。かつての魔法同盟のように、惑星連盟に替わって我々魔法使いがジル星団を守るのでございます」

 バルーンガの言い方だと、惑星連盟をライバル視し、それに成り代わるつもりであるかのようだった。また新たに結成する魔法同盟が、新しい魔法の呪文の独占を目指しているともとれる話だった。

「だが、惑星連盟はどうするのだ?」

「惑星連盟は惑星連盟でございます。我々には関係ないことでございます。聞けば、彼らはリドス連邦王国とダルシア帝国を惑星連盟から追い出そうとしているとのことでございますな」

 ダールマン提督は黙っていた。すでに惑星連盟の話は聞いていたのだ。だが、この話においそれと乗るわけには行かなかった。彼はかつての魔法同盟の末路を知っていたからだ。また同じ事が起きないとは言えないのだ。


238.

 ジェグドラント伯爵家から馬車で出てくると、フェーラリス・オル・ジェグドラントはデオド男爵邸に向かった。

 フェーラリスは次男であるので伯爵家を継ぐわけでもなく、それに弟のベルンハルトのように軍人になるわけでもなく、これまでただ周囲の流れに逆らわずに生きて来た。彼には地位も名誉も財産も何もなかった。ただ、伯爵の弟として何もせずに暮らせることだけを考えて生きて来たのだ。

 だが、世の中が変わって来た。旧態依然として社会が今変わりつつあった。その象徴が王朝の交替劇だった。しかし、そのすぐ後に来たのが、弟のベルンハルトの上司であったオルフ・オン・ダールマン提督の失脚だった。彼の失脚により、ベルンハルトも連座したのだ。

 この大逆事件は、ジェグドラント伯爵家にも類を及ぼし、ベルンハルトを勘当することにより、何とか体裁を取り繕うことが出来たのだ。その際、フェーラリスはデオド男爵にジェグドラント伯爵家を助けてくれるように密かに頼んだのだ。自分ではそれが功を奏したと思っている。それから何かにつけ、男爵家に通うようになったのだ。

 デオド男爵との出会いは全くの偶然だった。デオド男爵が宮殿前で馬車が故障して立ち往生している時に、フェーラリスが偶然馬車で通りかかったのだ。相手はあまり高名な貴族ではなかったが、彼は珍しく親切心を起こして、自分の借りた馬車で男爵を宮殿に送ることにしたのだ。デオド男爵が行こうとしていたのは、新王朝の皇帝陛下の戴冠式に出席するためだった。そのため、フェーラリスは男爵に非常に感謝され、式典の後日、お礼として屋敷招待されたのだ。

 デオド男爵家は旧王朝ではパッとしなかったが、新王朝では裏で軍務卿とつながりがあると噂されている人物だった。

 デオド男爵邸はジェグドランド伯爵邸からは、馬車で小一時間かかる場所にあった。宮殿からは少々遠い場所である。


「最近、ジェグドラント伯爵の弟が出入りしているそうだな?」

と、将官の軍服を着た人物が言った。

 デオド男爵邸の書斎で酒を飲みかわしながら談笑していたのは、ポーリス・オン・セオドアルフ男爵である。彼は帝国軍宇宙艦隊所属の提督だった。階級は大将である。デオド男爵の士官学校時代の旧友でもあり、同じ男爵でもあるので、気兼ねない交友が続いているのだ。

「フェーラリス・オル・ジェグドラントのことですかな?」

と、デオド男爵は言った。

「そうだ。ジェグドラント伯爵家はあの大逆人の部下を出した家だ。あまりよいことではないな」

 帝国では大逆人の噂がまた色々と取沙汰されるようになっていた。帝国では死んだことになっているダールマン提督がどこかで生きているという噂なのだ。それと一緒にその部下である者達も生きていると噂されている。この噂はどうも、ジル星団から来た連中が立てているようなのだ。まことに不穏な噂だった。大逆人が生きているとすると、帝国に対して再び何か仕掛けてくるかもしれないという心配があった。

「その者は伯爵家を勘当になったはずですな。あの者は、中々親切心の有る者でして、あのような者は使いようです。うまく使えば、役に立ちましょう」

「だが、よくない噂も立つのではないか?」

「あの者は、確かに大逆人の部下の兄に当たり貴族出身ではありますが、軍人でもなく、官僚でもなく、単に自分の出世の糸口を探しているだけです。それに現当主の弟でもあります。いずれ伯爵が何かあった場合彼が継ぐことになります」

「なるほど。ジェグドラント伯爵家か、だがあの家はどうもよくわからぬところがある。いつもうまく立ち回って伯爵家を守っているようだが、これと言ってどの大貴族にもつかず離れずに身を処している家だ。何か秘密があるようだが、それにしては野心を感じない。変わった家だ」

「そうですか。まあ、毒にも薬にもならぬような家をよくこれまで保って来られたものですな。だが、これからはそれも難しくなりましょう」

 新王朝の若き皇帝陛下は古臭い貴族が嫌いで、武勲を立てた軍人を好む傾向がある。実力の有る者を好むのだ。だから由緒正しい貴族たちは、いつ自分の家が潰されるかと恐れている者もいた。今の時代はただ家を守るだけでは、生き残ることが難しくなってきていた。

 その時執事が、フェーラリス・オル・ジェグドラントの訪問を告げに来た。

「ほう、まめなことだな」

「人は良いのですよ。まあ、それだけですが……」

と、デオド男爵は言うと、執事に客間に通すように指示した。


 デオド男爵家は古い家柄でありながら、これまであまり帝国政府とは繋がっていないように思われていた。だが、その資産はかなりのもので、爵位の高いだけの貴族連中などとは比べ物にならぬほどだった。デオド男爵家は爵位をもらうよりも、財産を増やすことを重要に考えているのだった。

 王朝交代があった現在、デオド男爵家のやり方はいつの時代にも通用すると男爵自身は考えていた。

 爵位の高い貴族たちの中には自分たちの地位と財産を守るために戦い、新勢力に敗れて行った者もいる。高位の貴族ほど、王朝交代に弱かったのである。彼らとは違い、デオド男爵家は以前と少しも変りなく続いているのだ。

 もちろん、デオド男爵家も多少なりとも帝国政府と繫がりがないわけではなかった。数人の政府高官を男爵自身は知っているのだ。ただ、それだけに頼っているわけではない。大商人や軍人など様々な階級や職業のものたちとの交わりをして情報得て、時には商売を有利に運んでいるのだ。

 旧王朝の爵位の高い貴族たちは、その権勢に任せて力づくで富を得ようとしていた。例えば、身分の低い者の持つ鉱山や土地を書類上の見せかけで自分のものにしてしまったりするのは、当然のこととしていた。そこには正義はなく、いつも身分の有る者に有利な裁判の判決もあった。だからこそ、そうした不正が積み重なって旧王朝の社会は乱れていたのだ。

 新王朝はその不正を正してくれるという期待があった。その期待に庶民は、新王朝と若い皇帝を歓迎したのだ。そしてそれは、かなえられつつあるように見えた。その期待に水を掛けたのが、実は皇帝暗殺未遂事件だった。いわゆる大逆事件である。その発生と結果は、庶民にとって不安を呼んだのだ。

 デオド男爵はそのことを敏感に感じ取っていた。この新王朝も実は旧王朝とあまり変わりないのではないかという不安である。貴族たちの浮き沈みに庶民も巻き込まれ、多くの力のない罪なき人々が罪を問われると言う不安でもある。

 大逆事件は、そうした不安を生み出したのだ。事実、ダールマン提督だけでなく、その部下である者達も結果として罪を問われるようなことが生じた。

 最初は衝撃をもって受け取られた大逆事件は、本人たちがそれを否定していたにも関わらず、大事件として帝都に伝わっていた。その事件を詳細に検証するまもなく、帝国艦隊とダールマン提督の艦隊が交戦し、ダールマン提督の艦隊が敗北した。

 ダールマン提督だけではなく、その部下であったベルンハルト・バルザス提督やヨナン・スリューグ提督の階級の剥奪、そして戦死はその不安を現実にした。そして、彼らの家族の受けた社会的な仕打ちも当初は当然のことだと思われていた。

 けれども帝国には少数だが、大逆事件そのものの信憑性を疑う者もいたのだ。

 彼らは大逆事件そのものよりも、その直前に起きた大公妃失踪事件と旧勢力による騒乱事件を問題にしていた。その事件のために後から起きた事件が影響を受け、捜査が不十分だった可能性が大きいと考えていた。彼らが考えるに当時ダールマン提督が抱えていた不満というのは、本当に有ったのだろうか。新領土の統治は順調であり、地位も名誉も報酬もダールマン提督にとっては過不足なかったと思われるのだ。

 当時旧勢力による騒乱事件は鎮圧されたのでまあいいとして、大公妃失踪事件は現在も未だに解決に至っていない。犯人はわからず、その手口や目的も皆目わからないのだった。この事件に関しては、さすがの皇帝陛下もその優秀な部下たちも何もできずにおり、その心痛はいかばかりかと側近の者達は心配していると言う噂である。

 この大公妃失踪事件がダールマン提督の大逆事件と結びつくのかつかないのかわからないが、前者が後者に与えた影響は計り知れないものがあったと思う者もいた。その所為であの英明な皇帝陛下が判断を誤ったのではないかと考える者もいたのである。


 帰ろうとして、ポーリス・オン・セオドアルフ男爵は思い出したように言った。

「そう言えば、宮殿では、皇帝陛下の体調がよくないと言う噂を聞いたな。どこまで本当かはわからないが……」

「皇帝陛下は、まだ二十代の若さではないか?」

と、驚いてデオド男爵は言った。

「特に重病と言う訳ではないが、微熱がよく出るという話だった」

「大したことが無ければよいが……」

「確かに、やっと帝国も落ち着いて来たのだからな」

と言って、セオドアルフ男爵は帰って行った。

 デオド男爵はフェーラリス・オル・ジェグドラントを客間に待たせたまま、しばらく考えに耽っていた。


239.

 カトル・ファグル司令官は、腕を組んで大スクリーンを見つめていた。別に何かが映っているわけではないのだが、他に目をやる場所がないだけだった。

 ファグル司令官がやって来たのは、前任者のディポック司令官に替わってこのヘイダール要塞の司令官になるためではなかった。しかし、結果的にはそうなってしまったのだ。

 しかし、元銀河帝国の軍人であるダールマン提督がジル星団のガンダルフとか言う星の『大賢者』と呼ばれる魔法使いであると言うのは、初めて聞くことだった。それに、部下のバルザス提督が『銀の月』と呼ばれる魔法使いであることも。あの場所にいたエルシン・ディゴ代表も驚いていたから、彼も知らなかったのだ。

 ファグル自身は魔法や魔法使いなどと言うことを信じたりはできなかったが、一国の議会の議長がそうだということは、信じざるを得ない状況だった。

「少佐。ディポック提督と連絡を取りたいのだが、部屋の方にいるのかね?」

と、ファグル司令官は副官のリーリアン・ブレイス少佐に聞いた。

「あの、実はディポック提督が今どこにおられるのか、わからないのです」

「どうしてだ?」

「それが、司令官交替が有った日なのですが、あの日にディポック提督の部屋を開けるようにエルシン・ディゴ代表が要求されて、部屋を出られてしまったので、今どこにいるのかわからないのです」

 これはブレイス少佐が後で聞いたことだった。従ってその時にはディポック司令官がどこへ行ったのかわからなくなっていたのだ。

 ディポック司令官が解任された日に何があったのかを、ファグル司令官やブレイス少佐は知らないのだった。ディポック司令官の部屋に何者かが侵入し、その危険を察知してダールマン提督が転送ビームでバルザス提督の宿舎に彼を転送したことも知らないのだった。

「何だって!私は何も聞いてないぞ」

 そんなことをファグル司令官自身命じていないし、第一考えてもいなかった。もし事前に聞いていたら、ファグル司令官は反対しただろう。

「はい。ディポック提督も司令官がそのようなことをなされたとは考えないと思います」

「まったく、何ということだ」

「あの、それで、もしかしたらバルザス提督ならご存じかもしれません」

「同じリドス連邦王国にいるという、ダールマン提督の部下か?」

「はい」

「わかった。聞いてみてくれ。ともかく、今のままではこの要塞をどうすればいいのかわからなくなってきた。一度、ゆっくり、ディポック提督と話をしたいのだ」

「わかりました」

 ブレイス少佐は、バルザス提督の宿舎になっている部屋に直接連絡を入れるのは止めておいた。あのギアス・リードとか言う連中にこのことを知られたくなかったからである。この司令室のどこに彼の仲間がいるかわからないからだ。


 タリア・トンブンは通路を歩いていた。

 その後を密かにつけている者がいることに、タリアは気づいていた。ヘイダール要塞の政治代表にエルシン・ディゴ議員が決まってから、こうしたことが始まったのだ。これではタレス連邦にいた時と変わらない。政治代表というのは、何のためにいるのだろうか?要塞の人々を監視するためにいるのか、とエルシン・ディゴに詰め寄れたならば、どんなにすっきりするだろう。

 その時、後ろに気を取られたタリアは前方から来る人とぶつかりそうになった。

「あっ」

と、タリアが叫ぶと、

「きゃっ」

と、誰かが言う声がした。

 通路を曲がるところで、タリアはブレイス少佐と鉢合わせするところだったのだ。

「あら、ごめんなさい」

と、タリアが言うと、

「いいえ、私がよそ見をしていたから」

と、ブレイス少佐が言った。

「これからどこに行くの?」

「バルザス提督の部屋に行こうと思って……」

「あらそう。私もそうよ。一緒に行きましょう」

 二人は近くのリフトに乗り込むと、転送装置のボタンを押した。

 バルザス提督の近くのリフトに転送された二人は、リフトから出ると後から追って来る者がいないことを確かめた。

「何とか、撒けたようね」

と、タリアが言った。

 すると、ブレイス少佐もその言葉に頷いた。彼女も気が付いていたのである。

 最近後を付けられることが多くなったので、タリアはいつもリフトを使って相手を撒くことにしているのだ。元新世紀共和国から来た連中は、このことを知らない。司令室のほんの一部の者達しかこのリフトの秘密は知らないのだ。


 タリアが向かったのはバルザス提督の宿舎の部屋の扉だと皆が知っている方ではなく、新しくバルザス提督が魔法で作った扉の方だった。前者の方はバルザス提督によると、このところいつも監視が付いているそうだった。

 誰もいないのを確かめてから、タリアはブレイス少佐を扉から入れた。

「おや、どうしたんだ?」

と、言う声がした。

「ディポック提督!」

と、ブレイス少佐は嬉しそうに言った。

 司令官職を去ったディポックは、このバルザス提督の部屋に居候として住んでいた。今までいた部屋はエルシン・ディゴ政治代表に取り上げられてしまったので、仕方がなかったのだ。

 けれどもディポックは、以前と変わりはないようだった。広い部屋の隅に一人椅子に座って、のんびり本を読んでいたのだ。いつの間にかこの部屋にすっかりなじんでいた。そこへ人が来た気配に顔を上げると、ブレイス少佐だったのだ。

 ここにはディポックだけではなく他の異星人たちもいるのだが、案外落ち着いていて他の者たちがいるのもあまり気にしていないようだった。

「私に何か用かい?」

と、ディポック提督はブレイス少佐に言った。

「あの、ファグル司令官が提督に話があるそうなのです」

「ファグル司令官が?何の話かな……」

「ハイレン連邦の人が来て、ダールマン提督に魔法同盟を結成したいと要請したので、色々と混乱しているようです。魔法や魔法使いと聞いて、おそらく余計に混乱したのだと思います」

「そうだろうね。でも、私だって魔法については詳しいとは言えない」

「でも、これまでのことを話されたらどうでしょうか?バルザス提督が使った魔法とか?そうした話をしたらどうでしょうか。ファグル司令官はまず、魔法の存在を信じられないと言うところにいるのだと思います」

「誰かがファグル司令官の目の前で魔法を使うのを見るまで、どうしようもないのではないかな。彼は信じられないというよりは、信じたくないのだよ」

「それはそうでしょうが、このままでは司令室にいる私たちも不安なのです」

と、ブレイス少佐は訴えた。

 少し離れた位置でその話を聞きながら、マグ・デレン・シャはつい口を挟んでしまった。

「行かれてはいかがですか?おそらく、あなたが言えば、ファグル司令官も納得するのではないでしょうか?」

「マグ・デレン・シャ。あなたも行けというのですか?」

「このままでは、要塞自体の防御が不安なのです。それにあなたが、魔法使い達に口を聞いてあげれば、何かあった時に両方が協力してくれるのではありませんか?」

「なるほど。私も、少々そのことが不安でした。どうも年寄りというのは、扱いが難しいものですね」

と、ディポック提督はファグル司令官だけでなく、ガンダルフの魔法使いたちを年寄りに例えて言った。

 考えてみればそうなのだ。ガンダルフの魔法使い達は、見た目は若く見える。ダールマン提督やバルザス提督など、人間から見れば三十代の男性だ。だが、実は百年どころではなく、何千何万年、いや何百万年何千万年以上もの記憶を持つ大年寄りなのだ。他の者達はその見た目につい騙されてしまうのだが、その頑固さはそこいらの年寄り以上だと、ディポックは思うようになっていた。それに比べたら、ファグル司令官の頑固さなどたかが知れている。


 司令官の部屋でディポックはファグル司令官と会った。

「私に何か話があると聞きましたが……」

と、ディポック提督は言った。

「ダールマン提督とバルザス提督のことだ。あの二人は、銀河帝国出身の軍人のはずだが、ジル星団のハイレン連邦のバルーンガと言う議長がガンダルフの魔法使いだと言うのだ。これはどういうことなのか、君はわかるか?」

 ディポック提督はまず、惑星連盟の艦隊をバルザス提督が魔法を使って移動させたことを話した。もっともその時に、ディポックがあたかも何かの力を持っているかのように言われて、バルザス提督に協力したことは黙っていた。

「バルザス提督の魔法を見たのは、その時が初めてです。ですが、彼はかなり老練な魔法使いだと言う印象でした。それで、ナンヴァル人のマグ・デレン・シャにも聞いたのですが、彼はジル星団の惑星ガンダルフの五大魔法使いの一人『銀の月』なのだということでした」

「なぜそれを信じられたのか?」

「私の目の前で何度も魔法を使ったからです。ファグル司令官はまだ魔法というのを見たことがないので、信じられないのだと思います」

「しかし、普通魔法使いというのは、宇宙艦隊を移動させたりする魔法を使うものだろうか?」

 昔、童話で呼んだ魔法使いというのは、人を動物に変えたり、物を動かしたり、雨を降らしたりなど地上で魔法を使うのが普通だった。

「もちろん、そうした魔法は新しいものだということでした」

「新しい魔法だと?」

 魔法に古い魔法、新しい魔法などがあるなど聞いたこともない。魔法は元来古いものではないのだろうか、とファグル司令官は思った。そして、科学とは相いれないものという感じがするのだ。

「マグ・デレン・シャによると、いえ、これはダルシア人のライアガルプスでした。彼女によると、魔法と科学は本来あまり違わないということでした」

「そんなことはあり得ない」

 魔法と科学がどれ程ちがうものか。魔法はあるかどうかわからない怪しげなもの、それに対して科学とは学問として確立した、実験で検証できる実に信用に値するものなのだ、とファグルは考えていた。それが元新世紀共和国の常識ではないか。

「私も前はそう思っていました。ですが、今ではそれほど自信はありません」

 これまでガンダルフの魔法使いの使う魔法を見て来たディポックは、ファグル司令官も自分の目で見れば理解できるのではないかと思った。

「この要塞にいれば、いずれ魔法を目にする機会があるでしょう。その時、自分の目で確かめられたらいいのではありませんか?」

と、ディポックは言った。



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