ダルシア帝国の継承者
233.
ヘイダール要塞では『選挙』と言う名の祭りが嵐のように過ぎ去った後、要塞にある一番大きな広間では、要塞で初の政治代表の就任式が行われた。式典に参加するために、仕事を休める者は皆来ていた。数千人もの元新世紀共和国の市民たちが、政治代表の演説を聞くために集まった。
壇上に現れたのは、エルシン・ディゴ議員だった。
「ありがとう、皆さん。皆さんのおかげで、このヘイダール要塞の政治代表になることができました」
と、満面の笑みでエルシン・ディゴ議員は言った。
エルシン・ディゴ議員の横にはおそらく副代表と発表されるであろう、フランブ・リンジ議員が立っていた。ギアス・リードはその二人から離れて、舞台の下にこの式典を要塞内に放送するメディアと並んでいた。
この式典には不思議なことに、要塞の司令官とその幹部の者達の姿はほとんどなかった。彼らは、司令室でこの式典を見ていたのだった。
「今日から、私はこの要塞で新しいことを始めようと思うのです」
と、エルシン・ディゴ議員は言った。そして、
「まず始めに、私は要塞司令官を本国から来たカトル・ファグル元帥に就任してもらおうと思います。彼は経験のある新世紀共和国の軍人です。元宇宙艦隊司令長官にまでなった人物です。十分要塞司令官が務まるでしょう。そして今、この要塞は先日の惑星連盟の艦隊による大損害からの修復が進んでおらず、非常に危険な状態にあります。もし今、銀河帝国の大艦隊がやってきたら非常に危険な状態なのです。私は、これを何とかするために、惑星連盟と交渉し、交易を始めるつもりです」
と、彼は続けた。
この演説の後半については、選挙の最中にも支持者に話していたことなので聴衆は驚かなかったが、前半の司令官の交替については、まだ聞いたことが無かったので聴衆は驚きを隠せなかった。
「ヤム・ディポック司令官を解任して、大丈夫なのか?」
と、野次が飛んだ。
元々この要塞の人々は、ディポック司令官の本国からの不法な行為で出国せざるを得なかったことを知って、彼を支持し付いて来た者達だった。
「いや、今は帝国軍との会戦がすぐあると決まったわけではありません。こういう時に解任ではなく、ディポック司令官には休養を取ることが必要なのです。そうでなければ、いつ休養をとることができるでしょうか」
と、エルシン・ディゴ議員はさっきと矛盾することを言って、うまく話を誤魔化した。
「確かに、これまでずっと司令官としてやって来たから、少しくらい休養をとることは必要だろう」
と、聴衆は納得した。
司令室ではエルシン・ディゴ議員の演説を聞いて、
「これはいったい、どういうことでしょうか?我々には何の話もありませんでしたが……」
と、グリンが驚いて言った。
「まあ、私も少しは休養をとることができるということだ」
と、ディポック司令官はある程度予測していたらしく、落ち着いていた。
「でも、いったいどういうつもりなのでしょうか?」
と、リーリアン・ブレイス少佐が不安そうに言った。
「ふん、よくもあのようなことが言えるものだ。要するに、この要塞を自分のものにするつもりだと言うことだろう」
と、ナル・クルム少佐が言った。
「クルム少佐、あまり口を出さない方がいいわよ。私たちはあの議員とは何の関係もないのだから」
と、リイル・フィアナ提督が言った。
リイル・フィアナ提督はこうなることを予め予測していたダールマン提督から、何かあった時のために司令室へ派遣されていた。今はまだクルム少佐の言葉を抑えるのがもっぱらの役目だった。
「しかし、司令官、これからどうするつもりだ?」
と、クルム少佐が聞いた。
「どうするもなにも、これから私はゆっくり休養をとれるわけです。何も反対することはありませんよ」
だが、他の者達は皆大問題だと言う顔をして、ディポック司令官を見ていた。
「ま、いいじゃないの。たまには休暇も。この要塞の司令官がどんなに大変か、やればわかるから……」
と、リイル・フィアナ提督は言った。
「だといいですけどね……」
と言ったのは、ダズ・アルグ提督だった。
ダズ・アルグ提督はこの間のエルシン・ディゴ議員との会食のことをディポック司令官に話していた。その時もディポックは慌てず騒がず、何も言わなかった。あの時からこのことはわかっていたのだ、と彼は思った。けれどもこれからどうなるかと言う不安は、この司令室の誰の胸にも生じているのが分かっていた。
本来要塞の政治代表と言っても、要塞司令官を解任することが出来るという根拠があるのだろうか。ここを占拠したのは、ディポック司令官とその仲間である。彼の知略と艦隊とで可能になったのだ。本国の政治家の指示ではないのだ。それなのに、要塞の政治代表になったからと言って、我が物顔に何でもできると思っているのが腹立たしい。
「おや、司令室に連中が来るつもりらしいわね。クルム少佐、私たち部外者は一旦立ち退きましょう」
と、リイル・フィアナ提督は言うと、クルム少佐と一緒に魔法で姿を消した。
バルザス提督の宿舎では、広間の様子も司令室の様子も見てとれた。
副司令室にいるのはタリア・トンブンやアリュセア・ジーンだけではなく、ナンヴァル人やナッシュガルたち、それにグーザ帝国の者達や銀河帝国の二人の提督もいた。
「これからどうなるのでしょう。レギオン、あなたにはこのことが分かって居たのですね?」
と、マグ・デレン・シャが言った。
「仕方がないことです。選挙になれば、エルシン・ディゴ議員が有利であることはわかっていました。あなたが立候補してもしなくても、結果は同じでした。だから、あなたが責任を感じる必要はありません」
「でも、ディポック司令官が解任されては、それに、新しいあの司令官はどういう方なのかわかりませんし、私たちのような亡命者の扱いも変わる可能性があるでしょう」
「何も心配するには及びません。あの男はこの要塞の政治代表であっても、レギオンの城の代表ではないのですから」
と、バルザス提督が言った。
「それはどういうことでしょうか?」
と、マグ・デレン・シャが聞いた。
「あの新しい連中が四の五の言うのなら、レギオンの城に引っ越せば済むことです」
「でもそれでは、ディポック司令官を置いて逃げるような気がします」
「ディポック司令官も一緒に行けばいいのですよ。もちろん、そう長い間ではありません。いずれ、彼が必要になることは明らかですから」
「それは、近いうちに銀河帝国の艦隊が襲来するということですか?」
「帝都ロギノスに駐在しているリドスの大使からの報告によると、我々、つまり帝国の大逆人がこの要塞にいるということがやっと皇帝陛下の耳に達した模様です」
「だが、その前にひと悶着あるやもしれんな……」
と、ダールマン提督が言った。
要塞の政治代表就任の式典が終わると、エルシン・ディゴ代表はフランブ・リンジ副代表や秘書のギアス・リード、それに新しい要塞司令官となるカトル・ファグル元帥を連れて、悠々と司令室にやって来た。政治代表になった彼には、要塞司令官を変えることなど当然の権利だと考えているのだ。
「ここに居たのかね、ディポック司令官。式典にはいなかったようだが、ここで見ていたということかな?」
と、エルシン・ディゴ代表は言った。
「見ていましたよ。代表就任おめでとうございます」
「それなら、私がここに来た理由はわかるな」
「わかっています」
「ちょっと、待ってくれ……」
と、カトル・ファグル元帥が困ったように言った。そして、
「私は要塞司令官になるために、ここにやって来たわけではない。だが、私が出来ることは他には何もない。首都ゼンダはすでに銀河帝国の総督の統治下にある。それを覆すだけの軍事力は我々にはもうないのだ。今ここで力を蓄え、いずれは本国の奪還をしたいと私は思っている。君は、それをどう思うか?」
と、続けた。
「私は、力を蓄え本国を帝国から奪還しようとは思っていません。私のできることは、少しでも新世紀共和国の理念を後世に伝えることにあると思っています」
と言うと、ディポックは司令室の皆の見ている前で、カトル・ファグル元帥に敬礼をすると司令室を出て行った。
ディポックは自室に戻るためにリフトに乗ると、周囲が急に光り始めた。気が付くと、彼はバルザス提督の宿舎にいた。そこには、ダールマン提督を始めとして、新世紀共和国に属さない者たちが集まっていた。
「私は、自分の部屋に戻りたいのですが、……」
と、ディポックは苦情を言った。
「もうこの要塞は、変わったのだ。見てみるがいい!」
とダールマン提督は言った。
副司令室にスクリーンにディポックの部屋が映じていた。その部屋の中にいくつか影があった。
「あれは、何です?私の部屋に泥棒でも入ったのですか?盗むものなんてなにもないですがね」
と言いながらも、ディポックはまだ解任されたばかりなのに、もうおかしなことが起きていることに驚いた。
「あれは、ディポック元司令官を拉致するか、暗殺するために入り込んだ連中だ」
「まさか、私は先ほどこの要塞司令官を解任されてきたばかりなんですよ」
「何か始める前に先手を打つのが、常道だ。あのエルシン・ディゴ代表がここまでやるとは思えないが、あのフランブ・リンジ副代表と秘書のギアス・リードは何をするかわからんのだ」
ディポックは、そこまで考えてはいなかった。例え自分が司令官を解任されたとしても、彼の幹部としてやっていたグリンやギャビ、ダズ・アルグやフェリスグレイブ、そして副官のブレイス少佐については、おそらく要塞で必要とされているから、その身分は保証されるだろうと考えていた。だが、自分自身についてはあまり考えていなかったのだ。
「これからは、あの部屋にいるのは危険だ。何をされるかわからない。しばらくは、ここに居た方がいいだろう」
と、ダールマン提督は勧めた。
現実を見せられては仕方なく、ディポックはダールマン提督の勧めるように、バルザス提督の宿舎の一室に仮住まいすることにした。あの得体の知れぬ者が入り込んだ映像を見せられては、他に選択の余地はなかったのだ。とは言えあとから追いかけるように、要塞の政治代表であるエルシン・ディゴから司令官の部屋を出るようにと連絡が来ては、他に行くところはなかったこともある。
「ダールマン提督、カトル・ファグル要塞司令官から、会いたいという由の連絡がありましたが、どうしましょう」
と、サムフェイズ・イージー少佐に替わって、ナンヴァル人の魔法使いであるフェル・ラトワ・トーラが言った。いつもならサムフェイズ・イージー少佐が副司令室の機器の操作をしているのだが、あいにく彼女は今惑星カルガリウムの住民の転送に忙しかった。
エルシン・ディゴら要塞の政治代表たちには話していないが、惑星カルガリウムからの住民の転送は再開されていた。ただその転送先がヘイダール要塞からリドス連邦王国内にある災害住民居住用の都市に替わっていた。もっとも、エルシン・ディゴ代表たちも選挙やこれからの要塞の在り方を考えるほうに時間を取られ、惑星カルガリウムの住民の移動については、考える余裕がなかったせいもある。
「カトル・ファグル司令官か……。そうだな、いいだろう、今からでも」
と、ダールマン提督は何の話か少々考えてから言った。
「わかりました。先方には、これから行くと言っていいのですね?」
「そうだ。で、向こうの返事は?」
「ええと、それでは司令官の執務室で会うそうです」
と、フェル・ラトワ・トーラは言った。
234.
ダールマン提督は司令官室の近くのリフトの中にビーム転送で入った。そして、リフトから出ると、司令官室に向かった。ディポックではないから襲われる心配はないだろうとは思ったが、一応安全を期したのだ。
司令官の執務室には以前とは違って、警備の兵士が二人立っていた。
ダールマン提督を見ると、兵士はきびきびと敬礼して、部屋の中へ連絡を入れた。
「どうぞ、おはいりください。司令官がお待ちかねです」
ダールマン提督が部屋に入ると、ファグル司令官が立って待っていた。司令官の他には誰もいないようだった。
「あなたが、銀河帝国のダールマン提督か?」
と、ファグル司令官が言った。初老ではあるが、まだ現役の軍人のようにがっしりとした体格をしている。
「いや私は今は、リドス連邦王国の宇宙艦隊所属ダールマン提督だ」
元新世紀共和国の連中は、すぐに銀河帝国のダールマン提督かと聞くのが常だった。リドス連邦王国を知らないからかもしれないが、一々言い換えなければならないダールマン提督本人にとっては煩わしいことだった。それでも彼らを混乱させないために、彼は銀河帝国出身の軍人の演技をすることは忘れなかった。少なくともカトル・ファグル司令官にとっては、元銀河帝国のダールマン提督と言う情報しかないのだ。
「なるほど、今はリドス連邦王国にいるということですな?」
「で、私に話と言うのは?」
「単刀直入に言おう、あなたは銀河帝国をどう思っているか?」
「銀河帝国のことを聞いて、どうするつもりか?」
「帝国ではあなたのことを大逆人と呼んでいるが、あなたはそのことに対して、どう思っているか聞きたいと思っている」
「帝国で私のことを大逆人と呼ぼうが、何と呼ぼうが、それはかの国の勝手だ。だが、私は大逆人と呼ばれる覚えはない」
「大逆人と呼ばれるようなことはしていないということか?」
「そうだ」
「リドス連邦王国はそのことについては、知っているのだろうか?」
「もちろんだ。私はそのことについては、話をしているし、そのような疑いを受けるような事実はないと言っている」
「それで、リドス連邦王国はあなたのことを信用しているということですな」
「そうだ」
「だが、あなたは銀河帝国から犯罪者同然の扱いで、追放されたようなものではないか?そのことについて、何とも思わないのだろうか?それに、あなたの父君もそのことでつらい仕打ちを受けて亡くなったと聞いている」
「確かに今はそうだ。それに、私が無実であることは事実だが、それを立証するのは容易ではない。それに今更それを帝国で立証しようとは思わない。父のことはもう終わった事だ」
「そのことで帝国を恨むことはない、ということだろうか?」
「恨んだところで、死者が蘇るわけではない。それに私は帝国に戻る気はないのだ」
バルザス提督の宿舎である副司令室でも、司令官室のファグル司令官とダールマン提督の会話はスクリーンに映っており、他の人々も聞いていた。
「あなたの話はわかった。ところで、そのリドス連邦王国のことなのだが、この要塞とどんな関係があるのだろうか?」
と、ファグル司令官は聞いた。
ダールマン提督はこれまでのことを手短にファグル司令官に話した。もちろん、彼が理解できると思うことだけを話した。
「つまり、あなた方はダルシア帝国の同盟国であるということから、ダルシア帝国の代表であるタリア・トンブンを守る必要があるので、ここにいるということか?」
「そうだ。タリア・トンブンはダルシア帝国の代表であると同時に、今要塞に難民として来ているタレス人の指導者でもある。これは少し複雑になるのだが、ともかくタリア・トンブンに関することに我々は関与せざるを得ないのだ」
「それで、惑星連盟とかいう連中については、どうなっているのだろうか。そちらについては、私はここにきて初めて聞いたので、あまりにも情報が不足している。教えてもらえないだろうか」
軍人にしてはなかなか素直な性格だ、とダールマン提督は思った。元帥にまでなったにしては、下でに出ることを心得ている。あのディポックは特別なのだが、このファグル司令官は、年の割によく言われる軍人のタイプとは少し違うようだった。
軍人と言っても色々な性格がいるのは当然だった。だが、命令するのが当たり前の世界であるので、どうしても高圧的な感じがするのを否めない。
ファグル司令官は言葉は軍人らしく固いが、頭の中はそれほど固くはないと感じられた。あの政治家連中とは違ってダールマン提督はこのファグルなら、特に追い出すことを考えることはしなくてもいいだろうと思った。
司令官の机の上のインターホンが鳴った。
「何があった?」
「所属不明の艦隊が、要塞に近付いてきます」
「わかった、すぐ行く」
「司令官。私も一緒に行ってもいいだろうか?」
「まあ、いいだろう」
ファグル司令官とダールマン提督は司令室に急行した。
司令室の大スクリーンには、所属不明の艦隊が映じていた。
「どこの所属か言って来たか?」
と、司令室に着いてすぐにファグル司令官は聞いた。
「いえ、まだです」
ダールマン提督はスクリーンに映じた艦隊に見覚えがあった。ジル星団でも古い国と言われるハイレン連邦の艦隊だった。
やがてスクリーンに通信相手が映し出された。
全体としては人類型生物であるが、頭の上に一本の触手が伸びているのがタレス人などとは違っていた。ひょろりとした長身に薄い色のローブを着て、片手には杖を掴んで立っていた。
「ヘイダール要塞に告ぐ。我々はガンダルフの『大賢者』レギオンに会うためにやって来た。ジル星団のハイレン連邦の魔法評議会の者だ」
と、相手は言った。
その言葉に、
「何だって?」
と、ファグル司令官は聞き直そうとするかのように言った。
司令室にいる他の者達は、魔法使いと言う言葉は初めてではなかったので、理由はわからないながら黙っていた。
「一体これは何事なのだ?ジル星団のハイレン連邦とは何者なのだ?これまで要塞に来たことがあるのか?」
ファグル司令官は疑問を立て続けに口にした。
「ジル星団については、エルシン・ディゴ代表から何か聞かれませんでしたか?」
と、グリンが慎重に聞いた。
「ジル星団の連中が先日要塞を攻撃しに来たことは聞いた。だが、ハイレン連邦と言う国ではなかったと思うが……」
「あの時は、ゼノン帝国とナンヴァル連邦の艦隊でした。しかし、要塞にハイレン連邦の艦隊が来るのは、艦隊ではなく、艦が来るのは初めてではないと思います」
「いつ来たのだ?」
「三カ月ほど前のことです。ダルシア帝国の継承問題のことで、ジル星団の惑星連盟の艦隊が要塞にやってきました。その時に、ハイレン連邦の艦も一緒に来たことがあります」
「で、それはどうなったのだ?」
「ダルシア帝国の継承問題については、タリア・トンブンが継承することが決まりました。それで、惑星連盟の艦隊は去ったのです」
「その後、何かあったのか?」
「その後、その継承決定に不満を持ったゼノン帝国やナンヴァル連邦の艦隊が、要塞に二度ほど来ました。しかし、どちらもディポック司令官が撃退しました」
「その時はハイレン連邦の艦隊は来なかったのか?」
「来なかったと思いますが…。ですから、なぜ彼らがやって来たのかわかりません」
「だが、彼らはガンダルフの『大賢者』レギオンに会いに来たと言って居る。ガンダルフの『大賢者』レギオンとは誰のことか?」
と、ファグル司令官は聞いた。
要塞参謀のグリンはダールマン提督を見て、
「ガンダルフというのは、リドス連邦王国の首都星の名だと思います。ガンダルフはジル星団では古くから魔法使いの星として有名であったと聞いています。そのガンダルフには五大魔法使いという五人の強力な魔法使いがいて、その一人が『大賢者』レギオンと呼ばれていると聞いています」
と、まず一応常識的なことを言った。
「魔法使い?魔法使いの星があるというのか?まるでお伽話ではないか……」
と、ファグル司令官は馬鹿にしたように言った。
魔法とか魔法使いという言葉が気に入らないのだ。ファグル司令官にとっては、その言葉自身が信用ならないからだ。
「ですが、ジル星団では魔法使いは実在しております。魔法と言うものが本当にあるのです」
「魔法を信じているのか?グリン、お前は新世紀共和国の軍人ではないか、そのお前が魔法を、魔法使いがいると言うことを信じるのか?」
「信じる信じない以前に、確かにいるのを見たのです。この要塞の者は皆、魔法使いが魔法を使うのを見ています。魔法は確かに存在するのです」
と、グリンはファグル司令官が心底驚くようなことを言ってのけた。
グリンはこれまでの経験から、魔法や魔法使いの存在を信じるしかなかった。ファグル司令官はこれまで魔法などお伽話の中でしか聞いたことはなかったのだから、信じないと公言したとしても仕方がない。
「本国から遠く離れたこんな要塞に来たから、おかしなことを信じる者が出たのだとしかわしには思えん。それが、グリンお前までおかしくなったとは。ディポック提督は何と言うだろうか?」
ダールマン提督はファグル元帥とグリンの会話など聞いてはいなかった。ハイレン連邦の魔法評議会の訪問理由を考えていたのである。考えられる理由は一つあった。だが、彼らの求めに応じるのはまだ早いのではないかと思っていた。しかも、ディポック司令官が解任されたこの時に、実にまずい時期だった。何といってもこの目の前のファグル司令官を何とかしなければならない。年取った頑迷でプライドの高い、唯物論者という四つもの悪条件を抱えた人物だった。
「ファグル司令官、通信回線を開いて欲しい。私が彼らに会う」
と、ダールマン提督が突然言った。
「何?しかし、彼らはガンダルフの『大賢者』レギオンに会いに来たと言っているのだが……」
と、ファグル司令官が驚いて言った。
「ガンダルフのレギオンとは、私のことだからだ」
と、ダールマン提督はファグル司令官が唖然とすることを口にした。
235.
リドス連邦王国の大使が帝都ロギノスに来たのは、三カ月前のことだった。
ジル星団の政府の中では、ゼノン帝国が一番乗りで銀河帝国にやって来た。まるで新世紀共和国が銀河帝国に併合されるのを待っていたかのようだった。それから続々と、ジル星団の惑星連盟に加盟する諸国が大使を派遣した。リドス連邦王国はその中では少し遅めの派遣だった。
ジュン・ユーキ大使は現在大使館として使用している借家に入ると、一瞬匂いを嗅ぐように鼻を鳴らした。
「どうかしましたか?」
と、本国から連れて来た従者のファレル・バレンが聞いた。
「いや、何でもない」
ユーキ大使は部屋の中に誰か知らない者が入った匂いが残っているような気がして、つい匂いを嗅ぐような真似をしてしまったのだ。
確かに留守中に誰かがこの部屋に入ったのだ。それも普通の人ではない。おそらく、魔法使いの類だろう。ほんの少し、侵入するのに使った魔法の残り香が、ユーキ大使の鼻を擽ったのだ。彼はガンダルフの魔法使いではないが、特殊な能力は持っている。鼻がとても敏感なのだ。特に魔法を匂いとして感じる能力がある。
それにこの匂いは、ゼノンやナンヴァルなどジル星団の諸国の魔法使いの魔法の匂いとは違っていた。だとすると、銀河帝国にいる魔法使いだろうか?
銀河帝国には魔法使いなる者はいないと聞いていた。もちろん、大昔の惑星ロギノスに住んでいたアルフ族という種族は、強力な魔法使いだったと聞いている。だが、大昔と現在の文明に繋がりは一切ない。アルフ族は昔このロギノスを離れ、ジル星団のガンダルフに移住しなければならなくなったのである。今から数百万年も昔のことである。それ以来、ロギノスにはアルフ族は戻ってきていない。
銀河帝国を生んだ文明は、アルフ族の大半がこの惑星からいなくなったあと、今から五千年前くらいに、ロル星団の一画にある惑星ツルダムに発祥したものが始まりだった。ツルダムの文明が宇宙文明に発達し、今から五百年前に惑星ロギノスを帝都に定めたのが、前王朝オルボダルトの最初の皇帝だった。
ロギノスはツルダムに発祥した文明にとっては処女地であったのだ。
オルボダルト王朝の最初の貴族の一つであり、古い果樹園付の屋敷を持つクーデルト公爵家は、新王朝になってからほとんど宮殿には近づいていなかった。
王朝交代に伴って旧王朝の大貴族はほとんどその資産や特権を失い、貴族階級自体が衰退していた。かろうじて残った貴族は中小貴族が多く、その大部分が新王朝の皇帝の部下として出世した者達が多かった。もちろんその中には平民出身の者も多く、彼らが新しい貴族となるであろうことは自明の理だった。
「リドス連邦王国の大使はガンダルフの魔法使いではないというのか?」
と、黒い服を着た男が驚いたように言った。
「あの屋敷にはガンダルフの魔法の存在は感じられませんでした」
と、灰色の髪の痩せて貧相な人物が言った。
「惑星ガンダルフには、今はもう魔法使いはいないのだろうか?」
「確かジル星団には、魔法使いの他に特殊能力者と言う輩がいると聞いています。そうした者がいるということはあり得るでしょう」
「ダルシア帝国はどうなったのであろうか。それにガンダルフに渡ったアルフ族はどうなったのか」
「今回大使を派遣した国には、ダルシア帝国の名はありませんでした」
「どうも、はっきりとせんな。公爵家の船ではジル星団に行くことはできんし。向こうの情報はなかなか入っては来ぬ」
「ただ、先年大逆事件を引き起こしたダールマン提督が、ヘイダール要塞にいるということでした。しかもガンダルフ、いえリドス連邦王国の宇宙艦隊に所属しているそうです」
「あのダールマン提督が、生きてリドス連邦王国にいるということか。あのようなことがあったにも関わらず、よく生きていたものよ」
「リドスの大使が国務卿に呼ばれたのは、そのことを聞くためだったようです」
「すると、もしかしたら……」
「おそらく……」
黒い服の男はクーデルト公爵家の紋章を模ったペンダントを身に付けていた。それは公爵の当主の印であり、決して他人には触れさせないものだった。
クーデルト公爵家の紋章は、灰色の骸骨を模った不気味なものだった。昔は、真っ白なフレイという何重にも花びらのある美しい花を紋章に使っていたが、現公爵が後を継いだ時に紋章を変えたのだ。
クーデルト公爵家は銀河帝国でも非常に古く由緒正しい家系だと自賛しているが、今回の王朝交代の以前から宮殿での勢力争いに敗れ、資産も屋敷と付属の果樹園のみの落ちぶれた貴族に過ぎなかった。子孫もすでに公爵自身以外には係累はなく、貴族社会では忘れられた存在だった。そのため、王朝の交替に会っても、これ以上の落剝に至らなかったのである。
帝国の大逆人ダールマン提督が生きているという噂が帝都ロギノスで次第に広まり始めていた。それはまるで、わざと誰かが広めているかのようだった。
236.
帝都ロギノスにある宮殿にほど近い大貴族の邸宅が集まっている区画に、ジェグドラント伯爵家の屋敷があった。
ジェグドラント伯爵家は旧王朝では権力争いの中枢にはいなかったが、どんなときにも時の政権に付かず離れず、大体において重く用いられていた貴族の一つだった。
その初代の遺言通りに、決して皇位継承の係争には加わらず、常に時の政権の中に一族の一人を配することに巧みだった。今回の王朝交代には、伯爵の腹違いの弟ベルンハルト・オル・ジェグドラントを軍人として新王朝の元帥であり新領土の総督となったダールマン提督の旗下に置き、伯爵自身はその兄として国務卿の配下にあった。
だが、ダールマン提督の失脚の後、一時は大逆人の部下の身内ということで批判を受けたが、ベルンハルトを伯爵家から勘当の措置を取った。そのため、ベルンハルトは亡き母の姓であるバルザス姓を名乗ることとなった。
ジェグドラント伯爵家は広大な敷地のため、門から馬車で十分程乗らなくてはならなかった。
車などは、宮殿および貴族の邸宅のある一帯では使用が禁じられていたのである。従って身分が高い者ほど交通の便が悪いことに耐えなければならなかった。
馬車が一台、伯爵家の玄関に着いた。
「兄はどこだ?」
と、玄関を開けた執事に訪問者が言った。
「これは、フェーラリス様。御兄君である伯爵様は、今書斎にお出ででございます」
「そうか」
と言って、フェーラリス・オル・ジェグドラントは執事の前を通り、書斎に向かった。
「一体何事でございましょう」
と、女中頭のフラン・デラリウスは言った。
「さあ、どうしたのであろうな?あの方は、いつも忙しく動いていらっしゃるようだ」
「良い知らせであればよいのですが。このところ、伯爵家には良いことがありませんでしたから……」
伯爵の腹違いの弟であるベルンハルト・オル・ジェグドラントのことは、伯爵家ではかなりの痛手であったことは屋敷中に知れ渡っていた。ベルンハルトを伯爵家から勘当したことにより、帝国の貴族社会ではなんとかその世間体を取り繕うことが出来たのだ。
書斎の扉をノックすると、
「入れ」
と、ジェグドラント伯爵の声がした。
フェーラリス・オル・ジェグドラントが書斎に入っていくと、
「フェーラリスか、どうしたのだ?」
と、伯爵が聞いた。
「私が聞いたところによると、あの大逆人ダールマン提督が生きているそうです」
「ダールマン提督が生きているだと?」
「と言うことは、部下であるベルンハルトが生きている可能性が高いのではないでしょうか?」
大逆事件の最終段階で、ダールマン提督の艦隊が本国の艦隊と戦い、その中でダールマン提督とともにベルンハルトも命を落としたと伯爵は聞いていたのだ。
「誰から聞いたのだ?」
「それは言えません。だが、宮殿ではこの噂が持ち切りなのです」
「今更それで、どうと言うこともあるまい。ベルンハルトは勘当したのだ。もはやジェグドラント伯爵家は何の関係もない」
「そうでしょうか。兄上は、ナルディアとアンナのことがどうなったか知っていますか?」
「そのことは言うな。いずれ、ベルンハルトも知ることになるだろうが、今は黙っている方がいい」
「だが、我々が何もしなかったことは明白です」
「今更何を言っても詮無いことだ」
「それでいいのでしょうか?」
「……」
ジェグドラント伯爵はベルンハルトの妻であるナルディアがアンナの病気で困っていることを知っていたが、ベルンハルトを勘当にした手前、見捨てるほかはなかったのだった。そのために二人は死に至ったのだと言える。ナルディアとアンナは大逆人の部下の家族なのである。
もしベルンハルトが生きていて、そのことを知ったらどうなるだろうか、とフェーラリスは思った。ベルンハルトとはあまり仲の良い兄弟ではなかったが、このことは彼にとっては後ろめたい感じが残っていた。
けれども、ジェグドラント伯爵の心配事はそれだけではなかった。
まだ夜になるには少し時間があるのだが、書斎の窓から帝都の空を見上げると、そこにうっすらと骸骨の印が伯爵には見えた。
「お前は気づいていないのか?」
と、伯爵は弟に言った。
「何のことですか?」
「あれだ!」
と言って、伯爵は不気味な印の浮かんでいる空を指さした。
「何をですか?」
窓の傍に移動してフェーラリスは空を見上げ探していたが、何も見えないようだった。
「そうか……」
その印については、ジェグドランド伯爵家の当主にしか見えないという言い伝えがあった。
ジェグドラント伯爵家の初代は、五百年前にさかのぼる。セリィズ・オル・ジェグドラントと言う人物だった。彼は、オルボダルト王朝の初代皇帝陛下に仕え、この地に屋敷を拝領した。当時、セリィズ・オル・ジェグドラントは当代一の美貌と言われ、後宮に仕える美女もその美しさに嫉妬したと言われている。だが、貴族として列せられたその実績については、何も残されていない。それに貴族になってからは、ほとんど宮殿には出仕せず、屋敷に籠っていた。屋敷の中で彼は、後世に残すために予言書の執筆に励んでいたのである。
その予言書は家宝として、ジェグドラント伯爵家を新しい当主が継いだ時、必ず読むべきものとして残されていた。その第一ページには、ジェグドラント伯爵家の紋章が描かれていた。銀色の三日月と金色の羽のあるドラゴンである。
ジェグドラント伯爵家の予言書についてはこれまで秘密を守って来たため、誰にもそのことを知られていなかった。ただ、伯爵自身はそれがかなり当たるものであることを代々の伯爵の日記から読み取っていた。ある時はそれにより、功績を上げたりしたこともある。
その予言書の中には重大事として、空に骸骨の印が見えた時のことについて書いてあった。それは非常に危険な印である。この世の終わりに近い事が起きるというのだ。その時に、金と銀が現れたならば、それを助けるべしと書かれていた。
その意味はわからなかった。それに、これまでその印が帝国に現れたことはなかったのである。
しかし、今その印が帝都の空に現れたのだ。これが何を意味するのか、伯爵は不安に駆られていた。




