ダルシア帝国の継承者
229.
議員秘書のギアス・リードは、元新世紀共和国の元帥であったカトル・ファグルを見舞っていた。
要塞の医務室には、デントラスト号で来た市民たちが入室していた。皆、白金銀河から来たオルフス・リガル准将の部下の神経麻痺銃にやられたのである。難民としてやって来た老若男女の中にも敵は居て、そのとばっちりで多くの者たちがやられたのだった。
カトル・ファグル元帥はまだ意識が戻っていないと軍医が告げたが、元帥の顔を見るだけでもと言う理由でギアス・リードは病室に入って来ていた。そして彼はファグル元帥の所にしばらくいた後、他の者達を見回っていた。まるで誰かを探しているかのようだった。
タリア・トンブンはこれもまたシング・アルグの見舞いに来たと称して、ギアス・リードを見張っていた。
「何しに来たんだい?」
と、小声でダズ・アルグ提督が聞いた。
「ほら、私の後ろにいる男性、彼を見張っているのよ」
と、タリアは言った。
「ギアス・リードのことか?」
「そう」
「何で?」
「今、そんなこと聞かないで」
ダズ・アルグは急にめまいを感じて、目を閉じた。その途端、ギアス・リードの身体が透けて見え、彼の脊椎にとりついている蛇のような生物が見えた。
「……!」
と驚愕して、今度は目を開けて、ダズ・アルグは口を開けてタリアに声にならない声を上げた。
「見えたの?それがあの男の正体なのよ」
と、タリアは小声で言った。
「し、しかし、あれがそうなのか?」
と、信じられない思いでダズ・アルグは言った。
「まだ、あのペンダントの使い方は慣れない?」
「全然わからないよ。今度みたいに、突然何かが見えたりするから、どうしたらいいのかわからない」
「今のは多分透視能力だわ。あの男の身体の中が見えたんでしょう?」
「君には、見えるのかい?」
「私は、最近見えるようになったわ。これまではTPの能力しかなかったんだけれどね」
タリアの方が特殊能力を使うことに慣れていると、ダズ・アルグは感じた。彼はそうしたことが突然発揮されるので、そのたびに驚いてしまうのだ。だから未だに慣れない。
「ウーン、そうね。銀の月にでもその使い方を教えてもらったらどうかしら?」
と、タリアは言った。
「バルザス提督にかい?」
と、ダズ・アルグが言った。
「そのペンダントだけど、おそらく昔は魔法使いも使っていたのではないかしら?私はあまり知らないけれど、昔はそうした魔法の杖とか、宝石とかあったと聞いたことがあるから……」
「魔法の宝石だって言うのか、これが?」
「そうかもしれないわ」
二人が話している間にも、ギアス・リードは誰かを探しているように病室をうろついていた。
「これは失礼。確かあなたはシング・アルグ氏の息子でしたね」
と、ギアス・リードはたまたま会って鉢合わせしたように装って、ダズ・アルグに言った。
「親父の見舞いに来たのだが、あなたは何をしに来たのです?」
「もちろん、カトル・ファグル元帥へのお見舞いです。あんなことが起きるとは本当に信じられないことです。一体誰があのようなことを仕組んだのでしょうね」
と、ギアス・リードは自分も被害者であるかのように言った。
「それが、銀河帝国であることを祈るがね」
と、ダズ・アルグはまず銀河帝国ではありえないと思いながら言った。
「おや?銀河帝国でなかったら、どこがこのようなことを企むのです?」
まるでギアス・リードは今回の事件が、銀河帝国によって企まれたと思っているように言った。
「この要塞には、グーザ帝国や惑星連盟とか言う連中も艦隊を率いてやってきたんでね。今や、どこの連中がどんなことをしてくるかわからないからですよ」
「なるほど、この要塞には敵が多いということですか、ところでそちらのお嬢さんは何をしに?」
と、ギアス・リードはついでのように聞いた。
「私は、病室で何かできることはないかと思って来たんです」
と、タリアは澄まして言った。
「そうですか、でもちょうどよかったです。後で、貴方に会いに行くところでしたので。実は、エルシン・ディゴ議員から、夕食を一緒にどうかとお誘いがあるのですが、いかがでしょう」
「エルシン・ディゴ議員?あの食堂であった失礼な人?」
「何か、議員が失礼なことをしましたか?」
と、ギアス・リードが言った。
「まあ、別にいいけれど、私一人ですか?」
「いえ、議員の友人であるシング・アルグ氏の息子であるダズ・アルグ提督もご一緒にどうかと思うのですが」
「それは構わないが、食堂でかな?」
と、ダズ・アルグ提督が聞いた。要塞には食堂の他に食事をするような場所があったかな、と思ったのである。
「まさか、ちゃんと良いレストランを見つけてあります」
と、ギアス・リードは微笑んで言った。
ウル・フェリスグレイブは、要塞防御指揮官だった。彼にとって、元新世紀共和国の民間船の連中にディポック司令官が狙われたということは重大な問題だった。
まず、その場にフェリスグレイブだけでなく、彼の部下が一人もいなかったことに危機感を感じていた。あの場にいたのは、リドス連邦王国から来ているナル・クルム少佐だけだった。要塞の連中は誰一人、危険を感じなかったのだ。それに対して、白金銀河のプロキシオン号から転送された部隊がディポック司令官を守る役目を果たした。
これでは、彼とその部下の存在価値がない。これはやはり、銀河帝国との戦争が終わったという心のゆるみから来る油断ではないか、とフェルスグレイブは危惧していた。彼とこの要塞にとって、まだ戦いは終わっていないのだ。その唯一の指導者であるディポック司令官に何かあったら、どうにもならない。
だが、どことの戦いなのか?まさか元新世紀共和国の政府ではあるまい。もちろん銀河帝国でもない。彼らが思いもよらない敵が要塞に入り込んでいるのだ。その敵に対処するには、どうすればよいのか。フェリスグレイブは誰がそれを知っているのか、大凡のあたりを付けた。だがそこで、足踏みをしているのだった。
つまり、ガンダルフの魔法使いだという、銀河帝国の大逆人と言われる連中をどれだけ信用できるかを考えざるをえなかった。
「閣下」
と、ブルーク・ジャナ少佐が要塞内のパトロールから戻って来て声を掛けた。
現在、要塞防御指揮官の部下が要塞内のパトロールをしていた。
要塞にはこれまで元新世紀共和国から来た士官や兵士だけだったのが、難民としてタレス人が来たり、惑星カルガリウムの住民が移動して来たりして、治安に不安が生じて来たからである。ちなみに元新世紀共和国からディポック司令官と共にやって来た士官や兵士の中には、軍の憲兵のような仕事をする者達はいなかったのだ。そのためその代わりに彼らがその仕事を買って出ていたのである。
「どうしたんだ、少佐」
と、フェリスグレイブは言った。
「あのう、どうしようか迷ったのですが、……」
と、少佐本人もかなり迷っているようだった。
「話してみろ!」
と、フェリスグレイブは促した。
「実は、私の所にいる、あの猫のことなのですが……」
「猫?少佐の猫か?」
「はい。何か言いたいことがある様なのです」
ブルーク・ジャナ少佐の猫は、ただの猫ではなかった。リドス連邦王国のリイル・フィアナ提督によると、以前彼女の助手をしていたそうなのだ。その時は人間の姿をしていたのだ。だが、今はなぜか猫の姿のままだった。
「わかった。出してみろ!」
と、フェリスグレイブは言った。
ジャナ少佐は懐から猫を取り出すと、
「ほら、フェリスグレイブ閣下の前だ。話があるなら、してごらん」
と、優しく猫の背を撫でながら言った。
猫はフェリスグレイブを見上げて、
「ニャァ」
と、ひと声鳴いた。そして、
「ふん、あんたたちは、随分隙だらけなのね。これで要塞をやっていけるのかしら?」
と、悪態をついた。猫がしゃべるのは久しぶりだった。
随分口の悪い猫だな、とフェリスグレイブは思いつつ、
「何のことを言っているのかな?」
と、聞いた。
「あのグーザ帝国の連中の事を言っているの。彼らが何をしているか知っていて?」
と、猫は言った。
「グーザ帝国というと、キンドルラ提督とその部下のことか?」
「そうよ。まだ成功してはいないけれど、機動兵器の中に入ることはできるようになったみたいね」
「中に?確か、登録したパイロットしか入れないと言っていたが」
「だから、何とかできるようにしたいと隠れてこそこそやっていたの。彼らにとって、ダルシア人があの機動兵器を動かしたことが、かなりのショックだったのよ」
「我々にあの機動兵器を取られると思ったということか?」
「今はまだ、中に入るだけだけれど、もし動かせるようになったら危険だわ」
「なるほど、そちらの方は考えていなかった。つまり、おまえさんは、連中を見張っていたということか?」
「まあね。魔法使いも大変なのよ。この要塞は隙だらけだから、手助けすることが多すぎてね」
「それは、悪かったな。だが、それを聞いてもどうにもなるまい。あの連中が機動兵器に近付くのを禁止するわけにもいくまい」
それでは、露骨すぎる、とフェリスグレイブは思った。自由にしているはずの彼らを見張っているということを知らせるようなものだ。そして、彼らの行動をもっと隠密裏にさせるだけだ。
「一つ、方法があるわ。あの機動兵器が動かないからいけないのよ。動いていれば、連中も危険だと思って近づかないでしょうね」
と、猫は言った。
「しかし、あの機動兵器は我々では動かせないのだろう」
と、フェリスグレイブは言った。
「だから、ダルシア人に動かしてもらうのよ」
「ダルシア人に?どうやって……」
「少しはあなたも考えてよ。全部私が答えなくてはならないのかしら?」
「確かに、そうだな……」
フェリスグレイブは彼としてはつまらない憲兵の仕事以外に、何か面白いことが始まりそうだと感じていた。
230.
エルシン・ディゴ議員が指定したのは、タレス人であるコドル・ペリウスのレストランだった。彼に呼ばれたダズ・アルグ提督は軍服のままで、タリア・トンブンはいつもの作業服のような恰好でやってきた。
「ここは、中々評判の店らしい」
と、エルシン・ディゴ議員は上機嫌で言った。
コドル・ペリウスのレストランは要塞でも評判になっていた。レストランは他にも数軒あったが、ギアス・リードの調べによれば、この店が評判は一番良いと言うことだった。
料理が出てくると、
「ところで、シング・アルグの様子はどうかな?」
と、エルシン・ディゴ議員が聞いた。
「意識は取り戻しましたが、まだ少し入院が必要だと医者が言っていました」
と、ダズ・アルグ提督が言った。
「本当に運が悪かった。あんな事が起きるとは、誰も思わなかったのだからな。私が本国を出た時には、あのような事が起きるような兆しはなかったと思うのだが……」
そもそも、エルシン・ディゴ議員がホランド・アルガイの船でヘイダール要塞にやって来たのは、極秘なのだ。だからこそ彼は、どうしてこんな事が起きたのかわからなかった。
「我々は警察ではありませんので、いったい何がどうして今回の事件になったのかわかりませんね」
と、ダズ・アルグは言った。これまでヘイダール要塞では、このような事件は起きたことがないのだ。
「しかし、本国は今、大変なのだよ。銀河帝国から派遣された総督が我々の自由を剥奪し、デモさえ禁じている有様だ」
と、エルシン・ディゴ議員は嘆いた。
「ところで、ケアード・ゴンドラスについては、どうなんですか?」
と、ダズ・アルグが聞いた。
「あいつか?私が本国を離れる時には、デモを鎮圧したという実績で、確か二級高等参事官として帝国に戻るという噂があったと思ったが……」
実際はケアード・ゴンドラスが帝国に戻ったかどうか、エルシン・ディゴ議員は知らなかった。
「デモの鎮圧ですか?」
「そうだ。やつは売国奴だ。帝国ではかなり政府の高官に取り入っているらしい。高等参事官としてゼンダへやって来たのも、自分の出世のためだ。元新世紀共和国の市民のためではない」
と、怒りを込めてエルシン・ディゴ議員は言った。
「なるほどね。で、私に話と言うのは?」
「そのことなのだが、もしだよ。もし私が選挙でヘイダール要塞の政治代表に選ばれたら、この要塞の司令官を私は変えるつもりだ。その際、私を支持してもらいたいのだ」
と、エルシン・ディゴ議員は言った。
「それは、あなたが選挙で選ばれたらのことですよね」
と、言葉に気をつけながらダズ・アルグは言った。
「もちろんだ。今、この要塞は危機にある。銀河帝国だけではなく、他の勢力からも襲撃されるていると聞いた。このような時期にあのヤム・ディポック司令官では正直言って不安なのだよ」
「どこが不安なのですか?」
「要するに、惑星連盟とか他の妙なところから攻撃されるのは、彼の信用がない所にあるのではないかね?」
「信用できないということですか?」
「そこまでは言っていない。この要塞の運営がうまく行っていないということだ」
「それは、どういうことですか?」
「先日、惑星連盟からの攻撃で要塞に大穴が開いたが、それが修理できていないことを知っているかね?」
「それは知っています。ですが、それは司令官の責任とは言えません」
「ここには、あの大穴を修理するのに必要な金属が不足しているのだ。しかも、それを買うこともできない。要するに金がないのだ」
「しかし、金があっても、どこからその金属を調達するのです?」
「金がありさえすれば、そんなことどうということはない」
「しかし、議員が政治代表になったら、その金ができるのでしょうか?」
「当たり前だ。私は、その惑星連盟とか言う連中と交渉することを考えている」
タリア・トンブンはエルシン・ディゴ議員が惑星連盟の連中が欲しがるものを持っているとは思えなかった。少なくとも彼らは、金を欲しがらない。
「でも、惑星連盟が欲しがるものがここにあるのでしょうか?」
と、タリアは口を挟んだ。
「それだよ、君!それが何か知らんかね?」
と、エルシン・ディゴ議員が聞いた。
「議員は何だとお考えですか?」
と、タリアは呆れながらもできるだけ丁寧に聞いた。
「それがわからんから、聞いているんだ。ギアス・リードはこの要塞に何かあるはずだというのだが、よくわからないのだ」
「さあ、それは私にはわかりかねます。私も最近ここに来たばかりですので……」
と、タリアは曖昧に言った。
「あの時、私は司令室にいたのだが、やつらは、『銀の月』という者のことを聞いたのだ。『銀の月』と言うのが誰であるかを知っているかね?」
と、エルシン・ディゴ議員が聞いた。
「それは、おそらくジル星団にある惑星ガンダルフの魔法使いのことです」
と、タリアは答えた。
「魔法使いだって?」
その反応は、ダズ・アルグたちの最初の反応と同じだった。
「惑星ガンダルフの五大魔法使いのことです。昔からジル星団では有名ですから」
と、タリアは親切に言い直した。
「何を言っているんだ。魔法使いなど、居るわけがない」
「じゃ、何だと言うのです?」
「だから聞いているんだ」
「私の知っているのは今言ったことです。それ以上のことは知りません」
「他に何かないのか?」
「そうしたことについては、私では議員の力にはなれないようです」
と、ため息を抑えて、ダズ・アルグが言った。
料理が終わって、食後のお茶が出てくると、
「ともかく、私が今一番心配しているのは、この要塞のことなのだよ」
と、エルシン・ディゴ議員が力強く言った。
それは本当のことだろう。だが、自分が政治代表になった時の要塞の状況を心配しているに過ぎない、とダズ・アルグは思った。要するに金のことを心配しているのだ。要塞に来てみると、何がないと言って金がないということを、エルシン・ディゴ議員は初めて気づいたのだ。
金が無ければ、何も動きはしない、と思っているのだ。それは事実だが、そう簡単に金が得られるわけではない。この要塞に閉じこもっている限り、何も変わらないのだ。
とはいえ、まさか海賊を働くわけには行かなかった。
231.
リドス連邦王国帝国駐在全権大使ジュン・ユーキは、銀河帝国の行政府に呼ばれてやって来た。彼が帝都ロギノスに着任したのは、半年前になる。この間、他の大使と同じように帝国の様々な情報を収集して来た。ここで彼の得た最大の収穫は、古代のアルフ族の魔法の呪文が現代に蘇ったことに気づいたことである。
ジュン・ユーキは全権大使として着任した当初、皇帝陛下に挨拶をしにやって来て以来、宮殿のあるこの辺りには外交関係の集まりに数回招かれたことがあったくらいだった。ただ、行政府の建物の中に入るのは初めてである。
行政府の建物も、宮殿と同じく、わざと古めかしく建てられていた。銀河帝国では古めかしく建てるのが贅沢で上品だと考えられているようなのだ。この古めかしさというのは、今から千五百年前の彼らの文化の流行を辿っていると言うことを意味していた。
千五百年前というと、未だロル星団では宇宙航行など想像もできない文明世界だった頃である。当時は動物によるエネルギーで交通機関を運営し、電気エネルギーの存在も知らず、昼と夜の境目が非常に明確だった時代である。
その頃の文化的流行を重用しているのはなぜなのだろうか、とユーキ大使は思った。彼にとってその古めかしい文化は非常に窮屈で厳めしく、また不便さを感じるのだ。ここの政府や住民にとってはかつての良い時代のノスタルジーを感じるのかもしれなかった。しかし彼にとってそれは、国家や種族としての衰退を感じさせるのだ。
従者を控えの間に置いて案内の者についてリドス連邦王国全権大使ジュン・ユーキは、彼を呼び寄せた国務卿ガラシア・オル・ドレイシアの待つ部屋に行った。
「リドス連邦王国全権大使、ジュン・ユーキ殿」
と、部屋の壁際にいる官吏が言った。
部屋の中央に立っていたのは、白髪交じりの政府高官だった。
「国務卿には、私に何かご用があると聞いています。何でしょうか?」
と、ジュン・ユーキ大使は訊ねた。
「実は、これはもしかしたらこちらの間違いかもしれないのだが、リドス連邦王国に我が帝国の大逆人がいるという噂がある。それは本当なのだろうか?」
と、ドレイシア国務卿は遠慮しつつも率直に聞いて来た。彼は、リドス連邦王国の大使が思ったよりも若いことに戸惑っていた。ユーキ大使は、帝国ではまだ十代で通るような年に見えたのだ。そのような年の者に全権大使という重責が担えるのだろうか、と他人事ながら不安を感じたのだ。
しかし、当のユーキ大使は、やっとその情報が帝国に伝えられて来たかと思って、
「もっと具体的に、例えば帝国の大逆人の名前が誰なのかを言って貰えないでしょうか?」
と、まるで初めて聞いたことのように言った。
「では、こちらもはっきりと言うが、貴国の宇宙艦隊に帝国の大逆人であるオルフ・オン・ダールマンがいるという噂があるが、これは本当なのだろうか?」
「オルフ・オン・ダールマンですか?私はその名を聞いたことがありませんが、本国に問い合わせてみましょう。私も宇宙艦隊の人事のことまでは詳しくは存じませんので……」
「そうしてもらえると、こちらも助かる」
「お話は、それだけでしょうか?」
ユーキ大使は特に表情を変えずに言った。国務卿の質問がそれほど重大なこととは思っていないという風に見えた。その様子を見て、
「それともう一つ聞きたいのだが、……」
と、国務卿は言った。
「何でしょうか?」
「帝国にはジル星団から様々な国から大使や公使が来ているが、ダルシア帝国からは来ていない。かの国はどのような国なのかご存知か?」
「ダルシア帝国ですか?そうですね、ダルシア帝国はジル星団でも古い国の一つです。最も古い国と言ってもいいでしょう。その文明も非常に高度な科学技術を持っています。ただ、古い文明にありがちなのですが、人口がかなり減少しています。その所為で、こちらに大使を送るような余裕がないのかもしれませんね」
「他の国の者から聞いたのだが、ダルシア帝国の宇宙艦隊は非常に強力だと聞いている。だが、その代表が未だ決まっていないということだが、何か相続争いのようなものでもあるのだろうか?」
「さあ、どうでしょうか?確か、私の得た情報では、ダルシア帝国の代表が決まったと聞きましたが……」
「ジル星団の惑星連盟はそれを認めていないと聞いているが……」
「ダルシア帝国の代表を決めるのは、惑星連盟ではなく、かの国だと思いますが……」
「それもそうだ」
と、国務卿は言うと、
「リドス連邦王国の大使は、若いのに色々とよく知っておられるようだ」
と、相手を持ち上げてみた。
「いえ、私のようなものでよければ、またお呼びください」
ユーキ大使はドレイシア国務卿の話は終わったと感じて、早々に部屋を辞した。
「リドス連邦王国全権大使、ジュン・ユーキ大使か……」
と、隣の部屋で軍務卿バレンドン・オルフ・ヴェリウスが言った。
やがてその部屋に、リドスの大使との会見が終わったドレイシア国務卿が入って来た。
「話はお聞きになりましたか、軍務卿」
「聞かせてもらった。大使としてはかなり若く見えるが、どのような人物と見られたか?」
「大使として一応の知識があるようですが、まだ若いですな。若さゆえの足りなさがあるようです。リドス連邦王国はどういうつもりで大逆人どもを迎えたのか、その答えをしにあの若い大使が来た時が楽しみですな」
「国務卿は、リドス連邦王国をどのようにお考えか?」
「私はまだ、情報が足りないと感じておりますので……」
「さよう、リドス連邦王国はここからは遠い国だ。それにかの国があることを知ったのさえ最近の事でもある」
「では、皇帝陛下にはどのように言上されますか?」
「それは、ありのままを。皇帝陛下は事実を知りたがっておられるでしょうから」
と、軍務卿は言うと、宮殿で待つ若き皇帝リーダルフ・ゴドルーインの下へ参上するために去った。
銀河帝国皇帝リーダルフ・ゴドルーインは、軍務卿の報告を宮殿の私室で待ちかねていた。類まれな美貌を持つ若き皇帝は、少々頬を赤く染めていた。ここの所微熱が続いているのだ。本人はかたくなに医者に見せるのを拒んでいるので、その意思を尊重して近侍は黙っていた。
帝国の大逆人であるオルフ・オン・ダールマンとその部下がリドス連邦王国にいるという情報を持ってきたのは、ジル星団のゼノン帝国の大使であった。
ジル星団については、帝国ではほとんど知られていない。これまでそのような星団があるということも知らなかったのである。その場所がかのヘイダール要塞の向こうの星団であるというのが、ジル星団から最初にやってきたゼノン帝国の大使が話した情報である。
一番の驚きは、ジル星団には人類以外の知的生物がいるということだった。
ロル星団では千年前にワープ航法による宇宙航行が可能になっていたが、不思議なことに人類以外の知的生物がこの宇宙にいるということを知らなかったのだ。
もちろん、ジル星団はロル星団に近く非常に似通った星団であることは知られていたが、二つの星団の間にはおそらくワープ航法で八週間ほど寄港する星のない宇宙空間を当てもなく航行しなければならないという、厳然たる事実があった。銀河帝国や新世紀共和国のワープ航法は、ジル星団の種族のものよりも速度が遅かった。それに、彼らの持つジャンプ・ゲートを使う宇宙航行についてはまだ知らなかった。
これまで新世紀共和国との戦争をしていた銀河帝国には、ワープ航法で未知の航路を八週間もあてもない探検に乗り出すような余裕はなかったのである。その事情は新世紀共和国の方でも同じであっただろう。おまけに度重なる戦役は富を消失し社会が疲弊して、探検をするような気概をもつ人々が存在するのさえ難しい状況にあったのだ。
だが、新世紀共和国は銀河帝国に併合され、新しい時代が開けるようになったのである。そのようなときにやって来たのが、ゼノン帝国大使であった。見た目は人類とはとても思えないが、それでも二本の手と足を持つ種族なので、これでもジル星団では人類に近い種族なのだとゼノン帝国の大使は言った。
銀河帝国でもジル星団から来たゼノン帝国や他の国の宇宙船を研究していて、その科学技術がもしかしたら銀河帝国の上を行くのではないかということが分かって来ていた。
これは非常に危険なことである。もし、ジル星団の艦隊が銀河帝国に襲来したら、勝てるだろうか、と軍人出身の皇帝リーダルフ・ゴドルーインは思わざるを得ない。
皇帝の部屋の机の上のインターホンが鳴った。
これまで、宮殿にはこのような機械は置いてなかった。だが、新皇帝が即位してから、こうした機器を宮殿で使うように奨励している。何といっても時間の節約になるからだ。外の世界ではとっくに宇宙時代だというのに、いつまでも贅沢をするためや昔の時代を懐かしむために、人を使うようではよくないと考えていた。
「陛下、軍務卿がおいでになりました」
「わかった。私の部屋に案内をするように」
「了解しました」
宮殿の中では、軍服姿の者たちが増えていた。皇帝自身が軍人として生きて来たから、宮殿でも軍人を侍従や召使の代わりに採用する割合が高くなっていた。従って、現皇帝を軍人皇帝と呼ぶ者達もいた。
軍務卿バレンドン・オルフ・ヴェリウスが皇帝の私室に入って来た。
「陛下、今日はご気分は如何でしょうか?」
と、軍務卿ヴェリウスが言った。
若き皇帝リーダルフを見た時、一瞬上気したような顔色が気になったのだ。
「いつも通りだ。で、リドスの大使は何と言っていた?」
と、皇帝は単刀直入に聞いた。
「は、リドスの大使は戻って本国に問い合わせると言って居りました」
「なるほど。大使本人は知らぬというのか」
「そのようでございます」
「わかった。この件は大使の返事しだいだな。それから、ヘイダール要塞について、何かわかったことはあるか?」
ゼノン帝国大使によると、現在ヘイダール要塞に帝国の大逆人であるオルフ・オン・ダールマン提督がいるということだったのだ。
「ヘイダール要塞付近には、現在セルグ・ドブール准将の艦隊がパトロールに出ています。その報告によりますと、少し前のことですが、ヘイダール要塞に元新世紀共和国から脱出した船が行ったそうです。そこにはカトル・ファグル元帥が乗っていたそうです」
と、ヴェリウス軍務卿は事実のみを伝えた。
帝国では、ヘイダール要塞にグーザ帝国や惑星連盟の艦隊が襲来し、撃退されたことは知らなかった。
「ほう、それはきな臭いことだな」
と、皇帝リーダルフは興味深げに言った。
「要塞では何か起きそうな気がいたします」
「余もそう思う。だが、まだ何も起きては居まい」
「陛下は、要塞にいるヤム・ディポック提督のことをどうお考えでしょうか?」
「あの男は、いずれ何かするだろうが、まだ何もするまい。機が熟してはおらぬからな。惑星ゼンダでは、議会開催を要求するデモを鎮圧したそうだが、大きな暴動は起きなかったそうだ」
「それは、ケアード・ゴンドラス高等参事官からお聞きになったのでしょうか?」
「ふむ。国務卿が聞いたのだ。余はあの男を好かぬ。だが、有能ではあるようだな……」
「しかし、果たして帝国に忠誠心があるのでしょうか?」
「それはわからぬ。だが、権力や名声に気があるようだな」
皇帝リーダルフは銀河帝国に降伏した元新世紀共和国の最高評議会議長を嫌っていたが、その際の条件である彼の身の安全を保証をするという約束は律儀に守っていた。好き嫌いの激しい性格であったが、約束を守るという人として大切な徳は持っていた。
232.
軍務卿が部屋を辞すると、広い部屋の中で皇帝リーダルフは帝国の大逆人と呼ばれている男のことを考えた。
オルフ・オン・ダールマン提督が大逆人になったのは、皇帝暗殺未遂事件の首謀者とされたからである。とは言っても、その事件の際にダールマン提督が直接手を下したわけではない。当時帝国元帥であり新領土の総督であったダールマン提督の部下の一人が、首都星ロギノスに新領土の情勢報告に来た時に起こした事件だった。その事件にどこまでダールマン提督が関わっていたのかさえ、今ではわからない。だが、ダールマン提督の部下が起こしたことは事実だった。
それがいつの間にかダールマン提督が企んだということになったのは、皇帝自身も眉唾に思っていた。しかしダールマン提督は遠くの新領土にいたので、弁解のために皇帝のいる宮殿にすぐにやって来ることはできなかったのだ。それがそもそもの始まりだったと思えた。
噂が噂を呼び、いつの間にかダールマン提督自身が皇帝暗殺を企んだということになったのだ。
最終的には本来弁解のためにやって来たダールマン提督と彼の艦隊が帝都への攻撃だと言う誤解を生み、皇帝直属の艦隊が撃破したことで事の顛末は決定した。敗北したダールマン提督には死んで大逆人のレッテルが張られ、帝国では彼と彼の名誉も葬られたのだった。
そのダールマン提督が生きており、しかもヘイダール要塞にいるというのだ。
皇帝リーダルフの思いは複雑だった。
なぜなら、ダールマン提督が皇帝暗殺を謀ったという、明らかな証拠がなかったからである。すべては状況証拠に過ぎないのだ。その上、大逆人と言われた者の親族が辿る悲劇が起きていたからである。それはダールマン提督の親族だけにとどまらなかった。彼の部下であったバルザス提督やスリューグ提督の親族にも同じことが起きていたからだ。
バルザス提督には妻と娘がいたが、皇帝暗殺事件のあと大逆人の部下の縁者ということで悲劇的な死を遂げたと聞いている。スリューグ提督も老母が同じ目にあったと聞いた。
これは皇帝リーダルフの望んだことではなかった。銀河帝国の人々の社会的制裁は彼の望むところではなかった。例え皇帝暗殺事件が事実であったとしても、それが本人を超えてまで制裁されるのは皇帝の本意ではない。だが、実際はそうした事が起きたのだった。
もっともバルザス提督の実家であるジェグドラント伯爵家は貴族であったため、本人はすでに勘当されていて伯爵家のものではないと強弁して、その社会的制裁を免れていた。
椅子から立ち上がると皇帝リーダルフは窓から外の景色を眺めた。最近は空の色が灰色のことが多い。それはなぜなのだろうか、とふと思った時、急にめまいを感じて椅子の背を掴んだ。どうも最近体の調子がおかしい気がしていた。けれども、医者に診てもらうということは考えもしなかった。
リドス連邦王国の大使ジュン・ユーキは、帝都の灰色の空を見上げた。曇り空なので灰色なのだが、どうも気分の良くない色合いだ。宮殿の近くに工場があるわけではないのだが、空気もよどんでいる気がする。
こうした空模様が最近の首都星ロギノスでは多くなっていた。きれいに晴れた空が見えなくなったのだ。それだけではない。急に嵐がおきたり、雷が鳴ったり、竜巻が起きたりすることが増えて来た。
気象については銀河帝国では人の住む惑星には衛星軌道上に気象衛星があるので、予報が当たるのが当然であった。ところが最近ロギノスでは、気象予報が頓に外れることが多くなっていた。それが非常に狭い範囲で突然起きるので、予想がさらに難しいのだった。特にそれが激しいのが宮殿のある一帯である。
帝国の気象関係者はそのことについて興味を持って調査してはいるが、その理由がはっきりとはしなかった。
まさかその理由が、かつてこの星で栄えたアルフ族の文明が生んだ『死の呪い』であるとは、誰も気づかなかった。帝国ではアルフ族がこの星に存在したという歴史すら残っていないのだ。ましてその者たちが残した闇の魔法の呪文が蘇っているとは、夢想だにしないことだ。
ユーキ大使が見上げた空の、さらに先にその宮殿はあった。
そこには魔法使いでなければ見えない、ある印が浮かんでいた。普通の人間では見ることはできないそれは、闇の印、まだうっすらとしていたが、やがてそれは次第にはっきりとした形になるであろう骸骨の形をした印だった。
それは、このロギノスに古代のアルフ族の闇の魔法『死の呪い』が復活したという印でもあった。
ユーキ大使が目を細めてガンダルフの魔法使い『大賢者』と言われるレギオンに教わった通りに、指の形を作りそこからその空を見上げると、確かにその印が見えた。
「前よりも、色も形もはっきりしてきている。まずいな……」
と、ユーキ大使はため息をついた。




