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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
30/153

ダルシア帝国の継承者

226.

 元新世紀共和国の商船デントラスト号は、銀河帝国の軍艦に追われてヘイダール要塞へ向かっていた。

 デントラスト号はヘイダール要塞の近くに来たので、ワープ航法から通常航行に戻って航行していた。そしてデントラスト号から数光時離れたところに、彼らを追って来た銀河帝国の艦がワープアウトした。すぐにそれに気づいたデントラスト号は、まずヘイダール要塞に救援を要請したのだ。

「船長、ヘイダール要塞から返信です。こちらに向かって、艦隊を派遣したそうです」

と、通信員が言った。

「本当か?」

「本当ですよ。でも、間に合いますかね」

 デントラスト号を追ってくる銀河帝国の軍艦は、思ったよりも速度を上げて来ている。

「五分五分だな……」

と、船長は言った。

 デントラスト号の操縦室は、軍艦などとは違って非常にコンパクトに作られていた。その狭い操縦室の隅にカトル・ファグル元帥は立っていた。

 白髪の中肉中背のファグル元帥は、腕を組んで今の状況を考えていた。ヘイダール要塞が駐留艦隊を派遣するというのは、朗報だった。もっとも間に合えばの話だが。デントラスト号を追ってくるのは、銀河帝国の軍艦一隻だけである。


 バルザス提督はデントラスト号に着くと、窮屈そうにあたりを見回した。新世紀共和国の船に入ったのは初めてである。心なしか、通路が狭い気がした。操縦室だと思われる方向に向かって歩いて行くと、商船なので制服を着ているわけではないが、数人の乗組員と思しき者達とすれ違った。誰も、バルザス提督のことを気づかなかった。ここでも姿を消していたのである。

 船室にはどこも老若男女であふれていた。彼らは新世紀共和国の一般の市民で、ヘイダール要塞へ逃げて来たのだ。特殊能力者ではないことを除けば、ヘイダール要塞にいるタレス人の難民兼亡命者と大して違わない。皆銀河帝国軍の警戒網を掻い潜って、ここまでやって来たのは、よほどのことがあったのだろうと、思われた。

 ディポック司令官の友人であり商船の船長であるホランド・アルガイによると、首都星ゼンダでは自由を求める政治的なデモも禁止され、総督がかなりの圧制を敷いていると言う話だった。ホランド・アルガイは帝国が嫌いだったので、バルザス提督はその圧制がどの程度のものかわからなかったが、少々割り引いて考える必要があると考えていた。

 なぜならバルザス提督が覚えている限り銀河帝国の新しい皇帝は、政治的には帝国には珍しく自由な気風を出す傾向があったからだ。ただ新世紀共和国は元々自由主義を奉じていたから、帝国で始まった自由の気風であっても、不自由を感じるのかもしれない。

 操縦室を見つけると、バルザス提督は扉を透過して中に入った。

 商船であるからかもしれないが、バルザス提督は操縦室も銀河帝国の艦と比べると狭いと感じた。

「せ、船長。帝国の艦が攻撃してくるようです。主砲をこちらにロックしてきました」

と、通信員が怯えたように言った。

 商船には普通武器はない。軍艦と戦闘するようにはできてはいないのだ。それに、ワープ航法で航行しているときは、お互いに攻撃することはできなかった。だから、帝国の軍艦はデントラスト号がワープアウトしたところを狙って来たのである。

「この武器もない商船を撃つというのか?」

と、船長が言った。帝国の艦ならやりかねないと船長は思った。

「いや、まだ威嚇だけのつもりだろう。破壊するつもりはあるまい」

と、カトル・ファグルは言った。彼が思うに、連中は逃亡者を捕えるのが任務のはずだった。船を破壊しては元も子もない。

「大丈夫でしょうか?」

と、船長が不安そうに聞いた。

「おそらくな……」

 相手がまともな判断力のある指揮官であれば、とカトル・ファグルは思った。

 カトル・ファグルはまだ自分がこの船に乗っている所為で、相手が余計に追ってくることは気づいていないようだった。

「要塞の艦隊はまだか?」

と、船長が聞いた。

「まだです。最大船速で来ているようですが、帝国軍の方が近いですし、このままですと間に合わないかもしれません」

と、通信員が不安げに言った。

 確かにそうだ、とバルザス提督は思った。向こうは焦っている。こちらに致命的な損傷は与えないにしても、航行不能にするくらいの砲撃はするだろう。そうなってからでは遅すぎる。

 バルザス提督の計算では、帝国軍がこの商船を攻撃する時間とダズ・アルグ提督の要塞の駐留艦隊が見えてくる時間とでは、前者の方が早いだろうと思われた。それではまずい。

 この辺りの宙域には星のかけらはないが、戦争の時期に破壊された艦隊の残骸のかたまりが、あちこちにあるはずだとバルザス提督は思った。ヘイダール要塞には新世紀共和国が何度も攻撃を仕掛けて来たからである。といっても周りの重力の関係で、そうした残骸はロル星団の外側を星屑などと一緒に移動しているものがほとんどである。普段は宇宙船の航行の邪魔になるので大きなものは回避する航路を設定し、小さなものは自動的によけているのだ。

 その一つをデントラスト号と帝国軍の艦との間に呼び寄せたらどうなるだろうか、とバルザス提督は考えた。


「艦長、前方に障害物の反応があります。かなり大きいようです……」

と、探知装置についている士官が言った。

「どうして突然そんなものが出てくるのだ?航路計算ミスなのか?」

と、艦長はイライラして言った。

 ヘイダール要塞に近付けば、過去の会戦の遺物があちこちに漂っていることは知られている。だから、最初からその異物を回避するように航路を計算しているはずだった。

「わかりません。しかし、航路計算ミスではないと思います。最初の航路図にこの異物の存在はありませんでしたから」

と、航海士が言った。

「だが、今はあるということだ!」

と、艦長は気短に言った。

「どうしますか、艦長?」

と、副長が聞いた。

「主砲でその障害物を排除できるか?」

と、艦長が聞いた。

「何度か撃てば、排除できるかもしれません」

と、砲術士官が言った。

「かもしれないでは困る。艦が安全に航行できるように、その障害物を排除するのだ」

 あともう少しと言うところで、こんなことになるとはついてないと艦長は思った。

「艦長。計算によれば、我が艦の主砲を撃てばあの異物を排除することが可能です」

「わかった。主砲の用意を、準備ができ次第撃て!」

と、ビーダー・ホルドレン艦長は命じた。

 帝国軍の艦が主砲を数度撃つと、宇宙空間にあった遺物は消滅した。これで、デントラスト号が目前になった。

 すると、

「艦長、ヘイダール要塞方面より、艦隊が接近してきます」

と、探知装置についている士官が言った。

 それまでは、異物が邪魔をしていて、その艦隊に気づかなかったのだ。

「何だと!」

と言って、ホルドレン艦長は、

「チッ」

と、舌を鳴らしてスクリーンを見た。

 確かにデントラスト号のはるか後方に、光の集まりが動いていた。まだ距離があるので攻撃はしてこないが、向こうはこちらの存在に気づいているはずだ。艦隊では相手にならない。

「残念だが、引くしかあるまい。航海士、セルグ・ドブール准将の艦隊に戻るため、最短の航路を設定するように」

と、ホルドレン艦長は命じた。

「了解」

と、航海士はホッとして言った。

 艦長以外の者達は、必要以上の危険を見越して手柄を立てることは望んでいなかったのである。それにしても艦長の身替わりは早かった。ホルドレン艦長は逃亡者の船を逃しても、そこに元新世紀共和国のカトル・ファグル元帥が乗っていたという情報だけでも持って帰れば、手柄にはなると考えて引いたのだった。

 ただ、副長だけはいつまでもスクリーンを睨んでいた。


「船長。帝国軍の艦が戻っていきます」

と、通信員が言った。

 これまで執拗に追って来た艦が去っていくのを安堵した面持ちで見守っていた船長は、

「いったい、どうしたんだ?」

と、不思議そうに聞いた。

「ヘイダール要塞からの艦隊が来たんです」

「思ったよりも速かったな。それにしても、先ほど連中は主砲を撃ったようだが……」

「それが、突然帝国軍と我々との間に、以前の会戦の残骸が漂流してきたようです」

「突然そんなものが湧いて出るものか?」

 航路の設定当初には、そうしたものを事前に回避するコースを設定しているのだ。だから、急にそのような異物が現れるということは、普通はない。

「でも、そうなんです。運がよかったんですよ、たぶん……」

と、航海士が言った。

 危機が去った後に、無断で操縦室に入って来るものがあった。

「どうかしましたか?お客さん」

と、船長が言った。無断での入室を咎めようとしたのだが、相手を見て船長は黙った。

 普段は一般の客が操縦室に入って来るのは好まないのだが、この客は別だった。元新世紀共和国のフリーのジャーナリストとして有名な人物だからである。彼の名は、シング・アルグだった。

「どうも、失礼します。船長、ヘイダール要塞から艦隊が来たようですが、提督は誰だかわかりますか?」

と、シング・アルグは聞いた。

 客室の方にもスクリーンがあり、現在の状況がわかるようになっていた。そこが、帝国のこうした民間船とは少し違うところだった。

「さあ、それは聞かなければわかりません」

と、船長が言った。

「聞いてもらえませんか?」

 これは、面白いことになった、とバルザス提督は思った。彼は再びデントラスト号の操縦室に戻っていたのである。


227

 帝国軍の艦が去っていくのが見えた。

「あの民間船と通信を開いてくれ!」

と、ダズ・アルグ提督はさっそく命じた。

 危険は去った。けれども、ダズ・アルグは何か不安を感じていた。

「デントラスト号から通信です。ヘイダール要塞から来た艦隊の指揮官は誰かと、聞いています」

と、通信員が言った。

「返事をしてやってくれ。でも、何で私の名を聞いたりするんだ?」

と、ダズ・アルグ提督は不思議そうに言った。

「あの、デントラスト号にシング・アルグと言う人物が乗っているそうですが……」

と、通信員が言った。

「何だと!」

と、ダズ・アルグは絶句した。

 頭を抱える思いだった。不安の正体がわかった。ダズ・アルグはこんな不運に見舞われるとは思わなかったのである。

「あの、デントラスト号から通信です。船足が遅いので、ヘイダール要塞に向かう時は速度を落として欲しいそうです」

「わかった」

と、ダズ・アルグ提督は心なしか気を落としたように言った。

「やあ!」

と、傍にいつものようにバルザス提督が現れると、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに普段の顔に戻って、

「向こうを見て来たんですか?」

と、ダズ・アルグ提督はバルザス提督に聞いた。彼も魔法使い達の振る舞いにはある程度慣れて来ていた。

「誰か、知り合いでも乗っているのかな?」

と、バルザス提督は知っていながら聞いた。

「ちょっと、訳ありの人物がいましたんでね。それで他に何かありましたか?」

「あの船にはカトル・ファグル元帥が乗っている。それであの帝国軍が執拗に追って来たのだ」

「ファグル元帥が乗っているんですか?」

と、ダズ・アルグ提督は驚いて言った。

「そうだ」

「親父、いやシング・アルグの一番嫌いな人物ですね」

 それで、軍人嫌いのシング・アルグがよく一緒の船に乗ることを承諾したものだ、とダズ・アルグは思った。

「君のお父さんは、ファグル元帥を嫌っているのか?」

「いえ、軍人が嫌いなんです。軍人は皆嫌いだといつも言っていましたよ」

「それなのに、君は軍人になったのかい?」

と、不思議そうにバルザス提督は聞いた。

「あまりに親父、いえジャーナリストという肩書のやつが軍人嫌いなんで、私は軍人というものをもっと知ろうとしただけなんですよ」

「なるほど。公平だということか……」

「それほどではありませんがね……。しかし、その二人がいるとなると、ヘイダール要塞も今以上に騒がしくなりそうですね」

と、ダズ・アルグ提督はため息をついて言った。

 ヘイダール要塞では政治代表を選ぶ選挙を行おうとしている時だった。もちろん、今要塞に到着したのではその選挙に参加はできない。だが、カトル・ファグル元帥とジャーナリストのシング・アルグは台風の目になりそうな気がした。

 二人とも参加できなくとも、口を出す気が大いにあるだろうからだ。


 デントラスト号を迎えに出た艦隊からの連絡でファグル元帥が来ることを知ったディポック司令官は、元帥を迎えに駐機場にやって来た。ディポック司令官は先輩であったファグル元帥を、個人的にも知っていたのだ。その傍には警護のためと言ってナル・クルム少佐が付いて来ていた。

 ディポックは民間船なので大丈夫だと断ったのだが、クルム少佐はどうしても行くと言って聞かなかったのだ。

 どこから情報を得たのか、例の二人の議員もギアス・リードと共に駐機場にやって来た。

「ディポック司令官、君も来たのか?」

と、エルシン・ディゴ議員が言った。

「ファグル元帥は、私も良く知っている方なんです」

と、笑顔でディポック司令官は言った。

 エルシン・ディゴ議員はクルム少佐をじろりと見て、

「こちらの士官は、どこの国の士官かね?」

と、胡散臭そうに聞いた。

「彼はリドス連邦王国のナル・クルム少佐です。私の警護についてくれているんです。何しろこの要塞では人手が足りないので。私の警護をするような暇な士官はいないのですよ」

と、ディポック司令官は言った。

「例の帝国の大逆人が付けているということだが……」

と、エルシン・ディゴ議員が言った。

「ダールマン提督は、今はリドス連邦王国に属しているのです。リドスではかなり信用されていますよ。大逆人などと言っては、失礼ではありませんか?」

と、ディポック司令官は言った。

「だが、それは帝国では事実ではないのか」

「我々は帝国軍ではありません。私は彼らを信用しています」

と、ディポック司令官ははっきりと言った。


 デントラスト号から船長とファグル元帥が降りてくるのが見えた。

 ディポック司令官がファグル元帥に向かって敬礼をしようとすると、急にクルム少佐がそれを遮って前へ出た。

 驚いてディポック司令官がファグル元帥の立っている方を見ると、彼の後ろから続いて出て来た民間人がすでに光線銃を構えていた。

 次の瞬間、一斉にディポック司令官に向かって光線銃が撃たれた。

 だが、ディポック司令官の前に素早く立ちふさがったクルム少佐にその一斉射撃は当たっていた。

「クルム少佐!」

と、ディポック司令官叫んだ。クルム少佐がやられたと思ったのだ。

 だがクルム少佐の前には、何か透明の壁のようなものがあるらしく、光線銃のエネルギーはそれに当たって光り消失していた。

「どうしたんだ?」

と、エルシン・ディゴ議員がやっと声を出した。

「これは、反乱ですか?それとも、帝国軍のスパイの仕業ですか?」

と、フランブ・リンジ議員は何が起きたかわからずに言った。

「私の後ろへ下がって!」

と、クルム少佐は叫んだ。

 まだ敵の攻撃は終わっていない。だが、こちらも武器を持っているのはクルム少佐だけだった。防御はできるが、攻撃はできない。

 それを見てとり、船長とファグル元帥を取り押さえて、敵は迫撃砲を持ち出して来た。

「あんなものまで、運んで来たのか!」

と、エルシン・ディゴ議員は怒ったように言った。民間船がやって来た時に、こんな事が起きるとは考えもしなかったのだ。

 クルム少佐は怯まなかった。それは、透明な防御シールドは迫撃砲であっても破壊できないことを知っていたからだ。

「こちらも攻撃をしないと……」

と、首を伸ばして敵を見ようとしてエルシン・ディゴ議員が言った。

「動くな!」

と、クルム少佐は命じた。シールドの防御範囲はそれほど大きくはなかった。あまり動かれては、シールドから出てしまう恐れがあった。

 敵が迫撃砲を撃ち始めると、それが近くの床や壁に当たって砕ける音がした。それに細かい粒状の破片が飛び散って視界を遮った。

 すると、初めて耳にする鋭い電子音のような音がした。

 気が付くとどこから湧いて来たのか、あたりには見たことのない軍服を着た連中がライフルのような長い銃身の武器で撃ち始めていた。

 民間船から出て来た敵は、その銃によって一人一人撃たれていった。

「おい、全部殺してしまっては、誰がこれをやったのかわからなくなるぞ」

と、エルシン・ディゴ議員が言った。

「殺すなどと、人聞きの悪いことを言うな。一人も殺してはいない」

と、クルム少佐は言った。

「だが、あの武器は殺傷兵器ではないのか?」

「あれは、対人用のトランキライザー、つまり神経を麻痺させるだけのものだ」

「そんな武器は聞いたことがない」

「そうだろうな。あれは、我々の武器だ」

「われわれ?つまりリドス連邦王国の武器だというのか?」

「まあ、そういうことだ」

 ちょっと違うがそう言うことにしておこうと、クルム少佐は思った。きちんと説明すると長くなる。それに、そんなことをしている暇はないようだ。

 いつの間にか、バルザス提督が傍に来ていた。

「船長とファグル元帥は無事だ。ただ、シング・アルグが見当たらない」

と、バルザス提督が言った。

「何だって!」

と、ディポック司令官が言った。

 ディポックは元新世紀共和国でジャーナリストとして有名だったシング・アルグが、ダズ・アルグの父親であることを知っていたのだ。

「突入部隊を送ります」

と、バルザス提督が言った。

 万一を考えて、白金銀河からきたプロキシオン号のオルフス・リガル准将に、ディポック司令官の警備と突入部隊の編成を頼んでいたのだ。何か起きても、プロキシオン号のビーム転送装置でどこにでも送れるからだ。

 今は元新世紀共和国からの民間船と言えど、油断はできない。あのギアス・リードが要塞にいるので、要塞の兵士や士官にも知らせることは危険だと考えていた。どこに彼の仲間がいるか、まだすべて把握していなかった。

「しかし、これから緊急招集しても間に合うまい」

と、エルシン・ディゴ議員が言った。フランブ・リンジ議員も頷いた。

 要塞の防御指揮官やその部下もこのようなことが起きるとは予想してはいなかった。この駐機場にも来ていないのだ。元新世紀共和国からの民間船だということで、すっかり油断していたのだった。

「準備はしてあります。オルフス・リガル准将にすでに依頼してあります。すぐにも送れます。ディポック司令官、よろしいですか?」

と、バルザス提督は聞いた。一応、要塞司令官の許可が必要だと彼は思ったのだ。

「わかりました。お願いします」

と、ディポック司令官は言った。今は誰がやるのが良いかとか議論している暇はない。シング・アルグを救出するには急を要するのだ、と彼は理解していた。

 エルシン・ディゴ議員は何か言いかけたが、黙ってディポックの判断に従った。

 二人の議員について来たギアス・リードは、何も言わなかった。


 デントラスト号の中に、オルフス・リガル准将の部下である突入部隊がビーム転送してきた。指揮を取っているのは、サムフェイズ・イージー少佐だった。

 通路には敵の姿は見当たらなかった。

 すぐにイージー少佐は操縦室に向かって移動した。場所はバルザス提督が調べていたので、迷わなかった。

 操縦室に着くと、イージー少佐の傍にバルザス提督が現れた。

「シング・アルグが人質になっているようだ」

と、バルザス提督が小声で言った。

「こちらの動きは?」

と、イージー少佐が聞いた。

「まだ気づいてはいない」

 イージー少佐はうなづくと、部下に合図をして操縦室の扉の両側に付かせた。

 バルザス提督は、

「おおい、誰か来てくれ。病人が出た!」

と、大声で叫んだ。

 すぐに反応はなかった。

 だが、しばらくして、

「こちらは手が開かないから、他へ回ってくれ」

と、声がした。

 操縦室からは誰も出て来なかった。それで今度は、

「どこへ行けばいい?」

と、バルザス提督が聞くと、

「機関室へ行ってくれ、そこなら人手がある。機関長なら医学の心得があるはずだ」

と、声がした。

「わかった。そちらへ行く」

と、バルザス提督は答えた。

 数を二十数えて、イージー少佐は待った。

 バルザス提督は突入部隊を扉の前へ音もなく移動させると、扉の横の壁に手を置いた。そして、口の中で扉を開く呪文を唱えた。

 サッと操縦室の扉が開いた。

「誰だ!」

と、声がした。

 同時に突入部隊の麻痺銃が戸口から発射された。

 人の気配がしなくなった。

 バルザス提督は先に操縦室に現れると、倒れている連中を一人一人確かめて、武器を回収して行った。人数はそう多くはない。全部で五人ほどだった。

「どう、いた?」

と、バルザス提督の合図で操縦室に入って来たイージー少佐が聞いた。

 シング・アルグは、操縦席近くに倒れていた。特に拘束されていたような痕跡はなかった。

「彼を先に移動させよう」

と言って、バルザス提督は魔法陣を使った通信で連絡した。

 するとシング・アルグの姿がビーム転送されて消えた。

「敵はこれで全部かしら?」

と、イージー少佐が聞いた。

「いや、機関室や市民たちのいる部屋も確かめた方がいいだろう」

と、バルザス提督は言った。彼が偵察したときは普通の市民にしか見えなかったが、こうなるとどこに敵がいるかわからない。

 イージー少佐は部下を率いて、デントラスト号の他の船室や機関室を確認しに行った。

 武器を持っていた連中は、明らかにディポック司令官を狙っていた。いったい誰の差し金なのだろうか、とバルザス提督は思った。

 この船は元新世紀共和国に属しているのだから、併合された共和国の名ばかりの自治政府によるものかもしれない。ディポックがいつまでもヘイダール要塞にいては自治政府にとって邪魔になると考えている者がいるのかもしれない。もちろん、それに総督府が関わっていると言う可能性もある。帝国政府だって、元新世紀共和国の常勝提督と言われたヤム・ディポック元帥がヘイダール要塞にいることは困ることなのだ。

 ただ、銀河帝国の若き皇帝がこうした作戦を好むとは思えなかった。だから、もし帝国政府が関わっているとしたら、政府の高官の誰かが秘密裏に画策したのだろう。

 どれも単なる可能性だけで、真実はわからなかった。実際に作戦を行った連中を尋問したとしても、どれだけのことを知っているかわからない。

 このことについて何か知っている者がいるとすれば誰であるか、バルザス提督はわかっていた。


228.

 エルシン・ディゴ議員とフランブ・リンジ議員は、今回の民間船の件についてかなり驚いていた。

「惑星ゼンダで何か起きたのでしょうか?」

と、フランブ・リンジ議員は不安を口にした。

 本国を離れてまだ数カ月しかたっていないのに、まるで何年もたったような気がした。こんなことが起きるとは考えてもみなかったことだ。

「そうではありますまい。単に誰かが、要塞司令官を暗殺するよう仕掛けたのでしょう」

と、ギアス・リードが平然と言った。

「だから、それが誰かと聞いているのだ」

と、エルシン・ディゴ議員が言った。

 惑星ゼンダを出る時に、そんな話などは噂でも耳にしなかったのだ。このことは元最高評議会議長であったチェルク・ノイも知っているとは思えなかった。

「そんなに驚くことですか?ヤム・ディポック司令官は軍人です。しかも若くして元帥までなりました。このような事件が起きることなど、とっくに覚悟はしているでしょう。第一、この要塞にいるのだって、元は本国の政府が彼を追い出すようなことをしたからではありませんか?」

と、ギアス・リードは言った。

「こんな事が起きて、まるで私たちが何かしたように思われていないでしょうね」

と、フランブ・リンジ議員が言った。選挙にダメージを与えないか心配なのだった。

「その可能性もありますね」

と、ギアス・リードが言った。

「我々が今回の事件を計画したとでもいうのか?」

と、エルシン・ディゴ議員が信じられないと言う思いで言った。

「そう思う人もいるでしょう」

と、ギアス・リードが言った。

「まさか、今回の事件が選挙に悪影響を与えるようなことはないでしょうね」

「そう思いますか?」

「そんなことはあるまい」

と、エルシン・ディゴ議員は言った。だが、それを信じたいと思っているだけのような気がした。


 ディポック司令官は今回の事件について、できるだけ噂が広がらないように処理した。このようなことが起きたことが知れ渡ると、要塞内に動揺が広がるからだ。これから選挙もあるし、彼もあまり事を大きくしたくはないのだった。

 事件のあと、ディポック司令官が執務室に戻って休んでいると、ブレイス少佐が報告に来た。

「ファグル元帥は他の人達と麻痺光線を浴びてしまったので、あと半日は意識が戻らないそうです」

と、ブレイス少佐が言った。

「そうか、わかった」

と、ディポック司令官は言った。

「あれは、まさしくディポック司令官を狙ったものだった」

と、クルム少佐は断言した。

「そうだろうか?」

と、ディポック司令官は言った。

「他に何が考えられるのだ?もう少し、自分の身を守ることを考えるべきではないか?」

と、クルム少佐は遠慮をせずに言った。

 ブレイス少佐は、なんてストレートな物言いだろうかと驚いていた。一介の少佐が、司令官に言う言葉とも思えない。新世紀共和国の出身ではなく、他国のリドス連邦共和国の人とは言え、礼儀を失していると感じた。だが、クルム少佐がディポック司令官の身を本気で案じていることはわかった。

「まだ意識が戻らないと言うから本人に確かめることはできないが、あのファグル元帥と言う人物はここの司令官に成り代わるために来たのではないのか?」

と、クルム少佐は大胆に言った。

「それは言い過ぎではないかな?」

と、ディポック司令官はさすがに言った。

 ディポックは知り合いの軍人はそう多くはいないが、カトル・ファグル元帥の人となりは、よく知っているつもりだった。元新世紀共和国の軍人の中でも、数少ない誠実で優秀な人物だった。

「本人がどう思っているかはともかく、他にファグル元帥がここにやって来る理由はないのではないか?」

と、クルム少佐はさらに言った。

「つまり、誰かがそれを企んだということでしょうか?」

と、ブレイス少佐は言った。それなら可能性はある。

「本国の元政府の高官や議員や軍人など、それを計画する可能性のある者は大勢いるということだろうか?」

と、ディポック司令官は言った。

「そうだ。ここにいるあの議員たちだって、知っていたのかもしれないではないか。あの連中がこの要塞の政治代表になり、ファグル元帥がここの司令官になれば、彼らの望むような銀河帝国に抗する一大勢力が出来上がるではないか」

と、クルム少佐は言った。

 まるでクルム少佐は銀河帝国の代表のようだ、とブレイス少佐は思った。彼らならそういうだろう。

「でも、銀河帝国の方だって、司令官を要塞から排除したいと考えているはずです。ですから、どちらの側からの陰謀なのかは調査しなければわからないのではありませんか?」

と、ブレイス少佐は言った。

「調査したところでどうだろうか。分かればいいがね……」

と、ディポック司令官は言った。こういうことは、そう簡単に首謀者が分からないものなのだ。

「ともかく、私は司令官の警護をもっと増やすべきだと思う。今回は何とかなったが、次に何かあったら危険だ」

と、クルム少佐は言った。

 それにはブレイス少佐も同意見だった。何が起きるかわからないのだ。

「そう言えば、どうして光線銃がクルム少佐に当たっても、無事だったのだろう?」

と、ディポック司令官が思いついたように言った。

「私は、個人用のシールド発生器を持っているのだ」

 元新世紀共和国や銀河帝国にも大きな艦用のものはあっても、防御のための小さな個人用のシールド発生器のようなものはまだなかった。シールドを発生させるにはかなりのエネルギーがいるので、小さな装置を作ることはできないのだ。

「よくあれだけの攻撃にあっても何ともなかったものだ。どんなものか見てみたい」

と、ディポック司令官は聞いた。

「これは、私だけしかもっていないのだ。白金銀河の古代のアンダイン種族が作ったもので、貴重な骨董品なのだ」

と、クルム少佐は言って、懐から小さな装置を出して見せた。

「しかし、エネルギーは何を使っているんですか?」

と、ブレイス少佐が聞いた。

「私は技術的なことはよく知らない。ただ、これを使うには多少の知識がいることくらいは知っている」

と、クルム少佐は言った。

「どの程度の知識がいるのだろうか?」

と、ディポック司令官は興味を持って聞いた。

「このシールド発生器は、私の思念を感じて発生するようになっている。私用に調整してあるのだ」

「では、他の者が使うことはできないということなのか?」

「そうだ。このような技術はこちらの銀河にはないと聞いている」

「確かに、そんな魔法でできたようなものは見たことはない」

と、ディポック司令官は言った。


 ダズ・アルグ提督は医務室で、シング・アルグを見舞っていた。

 まだシング・アルグは意識が戻ってはいなかった。あと半日はかかるという軍医の話だった。

「あの、あなたのお父さんの具合はどうなの?」

と、タリア・トンブンが言った。

 突然現れたタリアに、

「おや?どうしたんだ?誰から聞いたんだい?」

と、ダズ・アルグ提督が言った。

 いつもダズ・アルグには不愛想なタリア・トンブンが心配そうに言うので、何があったのかと驚いた。

「バルザス提督から聞いたの。どうなの?」

「あと半日もすれば、目を覚ますそうだ」

「そう。無事でよかったわね」

「それは、どうも。君が見舞いに来てくれるなんて、あとで何があるのかと心配になるね」

「悪かったわね。私には、父も母もいないから……」

と、タリアは言った。

「そうか、ごめん。それは知らなかった」

「いいのよ。私にだって、いたと思うわ。でも、忘れちゃった。私が子供だとわかると、向こうだって困るでしょう。特殊能力者が身内にいると分かるのも、タレスでは危険なことなのよ」

と、タリアは言った。

 ダズ・アルグはタレス連邦の社会事情については、ほとんど知らなかった。タレスで特殊能力者がどんな目に会っているのか、まだ想像したこともなかった。いつも自分たちのことを考えることで精いっぱいだったのだ。彼はまだタリアが以前どんな生活をしていたのかも知らなかった。もっとそれを聞くべきだったのだと思い至った。

 その時、タリアは指を口に当てて、

「シッ!」

と、警告した。

 そっとタリアの肩越しに見上げると、そこに議員秘書として要塞に来ているギアス・リードの姿があった。誰かを見舞いに来たのだろうと思って、声を掛けようとすると、

「動かないで、気づかない振りをしていて頂戴!」

と、タリアが小声で言った。

 何があったんだ?確か彼は、とダズ・アルグは思い出した。


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