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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
25/153

ダルシア帝国の継承者

210.

 これはまずいことになった、とゼノンの騎士は思った。

 このリドスの女は、思ったよりも強い魔法を使う。ゼノンの騎士は自分の魔術師としての力を過信していたかもしれないと、不安になった。

 考えてみれば、ゼノンの魔術とリドス、つまり古いガンダルフの魔法は少し違っているのだ。ガンダルフの魔法は白魔法とも言われ、人を呪うような悪しき術は用いない。しかしゼノンの魔術は、始まりは白魔法だったが、年月を経るに従って人を呪うような悪しき魔術が多く混じるようになって行った。

 魔術そのものはゼノン帝国で発達したものだが、その元はガンダルフの五大魔法使いの一人『大賢者』が最初に綴ったと言われている。

 ゼノンの魔術師の間では、ガンダルフの五大魔法使い『大賢者』レギオンがゼノン帝国に生まれた時に、彼がゼノンの言葉で綴った呪文が最初の魔術師の呪文となったと言い伝えられているのだ。

 それはゼノン帝国に限った事ではなく、ナンヴァル連邦でも同じことが伝えられている。ナンヴァル連邦に生まれたガンダルフの五大魔法使い『大賢者』レギオンが、ナンヴァルの言葉で綴った呪文が最初のナンヴァルの魔法の呪文となったのだ。

 ジル星団の古い国々の魔法や魔術の呪文は、その昔ガンダルフの五大魔法使いの一人『大賢者』レギオンがそれぞれの国に生まれた時に綴った呪文を最初とするのだ。従って魔法や魔術のすべての呪文は、ガンダルフの五大魔法使い『大賢者』レギオンが綴ったものなのだ。他に綴れる者がいると言うことは聞いたことがない。

 だからガンダルフはすべての魔法や魔術の生まれし地なのだった。そこの魔法使いはゼノンやナンヴァルやほかの国々の魔法使いや魔術師よりも多くの呪文を持ち、魔力も強いと伝えられてきたのだ。もっとも、最近のガンダルフにおいては、魔法自体が廃れてきているという噂が流れていた。

「ふん。ガンダルフでは魔法はかなり廃れたと聞いたが、お前のような魔法使いもいるのだな……」

と、ゼノンの騎士は言った。

 ガンダルフを母星とするリドス連邦王国が惑星連盟に加入した時、リドス連邦王国の文明自体がどこからか移住してきた連中だという噂がもっぱらだった。宇宙都市ハガロンにやってきたリドスの大使や軍人たちも、あまり魔法を使わなかったのだ。しかし、魔法は使わなくとも特殊な能力者であることはわかっていた。どちらかというと、ダルシア人のような力を使うと言われていた。

 ダルシア人が主に使った力とは、TPとか透視能力や予知・予言、それに霊を見たりする能力がそれに当たる。もちろん、物を動かしたりするような念動力も強かった。だがその念力を応用する、呪文を使った魔法などは使うことはなかった。それが他の古いジル星団の国々とダルシア帝国との違いである。

「ゼノンの騎士よ。あなたは何をしにここへ来たのです?」

と、リイル・フィアナ提督は聞いた。

 ゼノンの騎士の動きは妙だった。彼はこの部屋が女性用の病室だと知って入って来たのだ。本人の個人的嗜好によるものかもしれないが、何か他に考えがあるのかもしれない。少なくともゼノンの騎士団の連中は、個人的嗜好を団長の命令よりも優先するような習慣はない。

「我々は銀の月を探している」

と、警戒しながらゼノンの騎士は言った。

「それは変ですね。ここは女性専用の病室です。銀の月がいるわけありません。そんなこと始めからわかっていたはずです」

と、リイル・フィアナ提督は冷静に言った。

 要塞司令室でゼノン騎士団の団長が『銀の月』を探していたことは、リイル・フィアナも魔法で聞いていた。それがあまりにも大っぴらで、いつものゼノン騎士団のやり方とちぐはぐな気がした。本当の目的は別にあるのではないかと、思わせるのに十分だった。

「おまえには、隠すことができないようだな。我々が探しているのは銀の月だが、もう一人探している。タレス人のタリア・トンブンだ。どこにいるか知っているか?」

と、ゼノンの騎士は正直に言った。

「タリア・トンブンですって?彼女に何の用があるの。彼女に何かしたら、ダルシア帝国の『ダルシアン』がただではすまさないでしょうね」

と、リイル・フィアナ提督は警告した。

「ふん、そんなことあるものか。たかが人間如きが、本物の竜の国を継承することができるものか」

 ゼノン帝国もナンヴァル連盟もダルシア帝国の『ダルシアン』が、タリア・トンブンをダルシアの継承者として受け入れたということをまだ知らないのだ、とリイル・フィアナ提督は思った。彼らがどう思おうと、それは変わらない。彼らがそれを変えようとしたり、ないものとすることはもう不可能なのだ。

 だが、それを彼らに納得させることはできない。余程痛い思いをしないと納得しないだろう、とリイル・フィアナは思った。

「でもね、要塞にダルシア帝国艦隊が援軍に来たわよ。これでもまだそういうつもり?」

と、リイル・フィアナは言った。

「ばかな!」

と、ゼノンの騎士は言うと、通信機をすばやく手に取った。そして早口で通信機を使うと、

「何をした!」

と、リイル・フィアナを睨んで言った。

「私は何もしていないわ。タリア本人がダルシアに行って、援軍を連れて来ただけ。それなのに、あなた達はまだダルシアが自分たちのものになると想像しているだけだわ……」

 このゼノンの騎士が、一人でここにいるわけはない。もう一人、この近くにいるはずだ、とリイル・フィアナは思った。だから、まずこのゼノン人を何とかしなければ。

 静かに部屋の中央に霧が生じていた。霧が濃くなるまでは、その存在になかなか気づかない。だが、霧は静かに増えて行った。

「何だ、これは?」

と、ゼノンの騎士が驚いた時にはもう彼の周りに霧がまとわりついていた。彼が最後に見たのは、リイル・フィアナがにっこりと微笑む姿だった。

 ゼノンの騎士は急に倒れ込んだ。

「どうしたんでしょう?」

と、不思議そうに看護の衛生兵が言った。

「ふふ。ちょっと、体を凍らせたのよ。しばらくこのままにしておいて…」

と、リイル・フィアナ提督が言った。この看護兵も信用できない。

「ゼノン人というのは、他にも来ているのでしょうか?」

と、ブレイス少佐が言った。

「おそらく、どこかにもう一人いるはずよ。でも、この近くではないようだわ」

と、リイル・フィアナ提督は言った。

「と、ともかく先生を呼んできます」

と、看護兵が言った。

「あら、そんなことしなくていいわ」

「でも、この異星人は大丈夫なんですか?」

「もちろん、大丈夫よ。ゼノン人というのは、私たちのような人間とは違うのよ。ジル星団では竜族と言って、ダルシア人に次いで、強靭な体力を持っているという連中よ」

 リイル・フィアナの掛けた魔法はしばらく凍ったままでいるが、解除の呪文を掛ければ、自然に溶け始め元の状態に戻ることができるのだった。

「それより、私はあなたに聞きたいことがあるのだけれど?」

と、リイル・フィアナ提督はその看護兵に言った。


「医務室侵入したゼノンの騎士は、リイル・フィアナ提督が捕えました。あと一人、どこかにいるということです」

と、サムフェイズ・イージー少佐がリイル・フィアナからの言葉を伝えた。

「おそらくその騎士は魔術師でもあるのだろう。危険だから、私が行く……」

と言うと、バルザス提督は姿を消した。


 バルザス提督――銀の月が現れたのは、天井が青く染められている要塞の公園スペースだった。

 木々や草花が植えられている場所は、身を隠すのに容易だった。以前は公園に動物などは何もいなかったが、今は公園の池に鳥がいて、たまに偽物の空を飛んでいたりすることがあった。

 彼らは、ナッシュガルの仲間だった海賊で、リドス連邦王国の第二王女に鳥にされてしまったのである。ただし、この要塞に有益なことをしたならば、鳥から元の姿に戻すという約束を取り付けていた。

 バルザス提督があたりを警戒しながらゆっくりと池に近付いて行くと、少し離れた林の中で鳥が騒ぐ声がした。

 ゼノンの騎士が数十羽の鳥に攻撃されていた。重武装の彼にとっては鳥の攻撃はあまり危険ではないが、数が多いのと執拗なのとで閉口していた。

「おや、こんなところにいたのか……」

と、バルザス提督は言った。

「おまえは、誰だ?」

と、声に気づいてゼノンの騎士が聞いた。鳥の攻撃はまだ止まず、ゼノンの騎士は鳥の攻撃の合間に訊ねた。

「お前たちが探していると聞いたんだが……」

「何?お前が銀の月か?」

と剣を振り回しながら、ゼノンの騎士は驚いて言った。

 おそらく、ゼノンの騎士の想像では白髪の老人をイメージしていたらしい。だが、現れたのは、自分より若そうな人物だった。

「お前が銀の月だという証拠は?」

と、ゼノンの騎士は愚かな問いを発した。

「そんなものはない」

と言うと、バルザス提督は口笛を吹いて、鳥たちを下がらせた。

「それなら、こちらから行くぞ!」

と、自信ありげにゼノンの騎士は言った。

 ゼノン帝国では魔術師は宮廷で重く用いられていた。その地位は騎士よりも上だった。宮廷魔術師になれば、騎士よりも数段出世するのだ。だからこそ、彼は魔術の呪文を懸命に覚えたのだ。それが今やっと、役に立つ時が来た。

「ほう、随分自信があるのだな。その呪文は何だ?」

と、バルザス提督はとぼけて言った。

 ゼノンの騎士の口から出た呪文は、要塞の公園の木々に生命を与えた。どの木からもツタのようなツルが伸びて来た。ツルはバルザス提督めがけて伸び、その体に絡まった。

「やったか?」

 自分の呪文の効果を確かめるようにゼノンの騎士兼魔術師は、身を乗り出した。すると、ツタはゼノン人の方にも伸びて絡みついてきた。

「こ、これは……?」

と、ゼノンの騎士は狼狽した。

 見ると銀の月には、ツタは絡まっていない。

「どうして……」

と、やっとのことで騎士は言った。

「この程度のことで、やれると思ったとはゼノンの魔術師もレベルが落ちたものだ……」

と、バルザス提督――銀の月は残念そうに言うと、ツタが全身に絡みついたゼノンの魔術師を連れて副司令室に戻った。


211.

 すでにスクリーンに、ゼノン帝国とナンヴァル連邦の艦隊の姿はなかった。ダルシア帝国の艦隊に追撃されてヘイダール要塞から離脱し、ジャンプ・ゲートを使って逃げて行ったのだ。

 バルザス提督が部屋に戻ると、

「こいつは医務室にいた奴と同じような系統の魔術を使っていた。フィアナの方はどうした?」

と言って、ツタでミイラのようになったゼノンの騎士を床に転がした。

「どうも、医務室に妙な者が入り込んでいるようだ」

と、ダールマン提督――レギオンが言った。

「例の『バウワフル』の仲間か?」

と、バルザス提督――銀の月は聞いた。

「おそらく、……。だが、そちらはフィアナに任せておこう。それよりも司令室の方が気になる」

「あの、何の話ですか?」

と、ディポック司令官が聞いた。魔法使い二人しかわからないような話になっている気がして、不安になったのだ。

「これから、司令室に行ってあの政治家連中がこれ以上、本来の司令官の邪魔をしないように釘をさす必要があるだろうと思ってね」

と、ダールマン提督が言った。

「それは、そうですが、医務室の方も私は気になります」

と、ディポック司令官が言った。

 ノルド・ギャビも頷いた。医務室にはディポックの副官のブレイス少佐だけではなく、彼の妻や子供たちもいるはずだった。

「私がそちらの応援に行きますから、心配しないでください。それよりも、あなた方はこの要塞の司令室を確保してください」

と、バルザス提督が言った。


「話って何でしょうか?」

 看護兵は警戒していた。ゼノン人の騎士が言っていたように、この女はガンダルフの強力な魔法使いの一人だと思っているらしい。それは新世紀共和国の市民にしては、可笑しな態度だった。彼らは魔法などお伽話の世界にしかないと思っているからだ。

「この人たちはどこが悪いのかしら?私も一応医者だから聞くんだけれど、悪いところがわからないわ?」

と、リイル・フィアナ提督は聞いた。彼女はリドス連邦王国の艦隊に所属しているが、軍の医官でもあったのだ。

「それなら、やはり先生を呼んできます」

「そうなの?あなたではわからないということ?」

「私は医者ではありませんので……」

「そう、なら、その医者を呼んできて頂戴」

 看護兵が出て行くと、ブレイス少佐が聞いた。

「あの、私は病気ではないと?」

「あなたの生命力が弱っているのはわかるわ。でも、それが病気とは思えない。何か、いえ誰かがあなたの生命力を吸い込んで病気にしているような気がするのよ」

「そんなことがあるんですか?」

と、ブレイス少佐が聞いた。

「確か、ガンダルフにはそう言った魔法はないはずなの。ジル星団の魔法や魔術とは違うような気がするのよ。どちらかということ、これは……」

と、リイル・フィアナ提督は途中で眉根を潜めて言葉を切った。

 何かがリイル・フィアナの身体を鷲掴みにして、自由を奪ったのだ。

「こ、これは?」

 驚いたものの、リイル・フィアナはその力に抗うことはできなかった。

 何か妙なことが起きている、とブレイス少佐やイズルカ・ギャビは気が付いた。だが、何が起きているのだろうか?イズルカ・ギャビは傍にいる子供たちの手をぎゅっと握った。

「ママ?」

と、上の娘のシターラが母親の態度の変化に驚いて言った。

 そこへ、要塞の軍医が入って来た。そして、

「私に何かご用ですか?」

と、リイル・フィアナ提督に聞いた。

 リイル・フィアナは、その問いに答えることができなかった。体が自由に動かなくなって、口を動かすこともできないのだ。これが何であるか、彼女は心当たりがあった。

「おや?どこか具合でも悪いのですか?」

と、軍医がことさらに親切そうに聞いた。それが他の者達の不安を一層増やした。


 ヘイダール要塞とレギオンの城は同じ空間に位置していた。両者は次元が違うので、同じ場所に同時に存在することができるのだ。バルザス提督は、レギオンの城でヘイダール要塞では医務室に当たる場所にいて、リイル・フィアナ提督に助力しようと、医務室を見ていた。そうすると、相手に自分の姿が見られないで済む。そこでは、リイル・フィアナ提督の様子がおかしいのが見て取れた。

「これは、非常に珍しい。生きているアルフ族を見るのは、私でも今までなかった。リイル・フィアナ、あなたはアルフ族の最後の一人ということですが、本当なのですか?」

と、軍医が言った。

 ブレイス少佐は軍医の言葉に驚いていた。この軍医は確かに元新世紀共和国からきた人なのだ。けれどもまるで、別人になったような物言いだった。

「驚かれているようですね、ブレイス少佐。私は別におかしくなったわけではありません。もっとも私は、以前の私ではありませんがね」

と、軍医は言った。

「あなたは誰?ベケレル先生とは違うわ」

と、ブレイス少佐は言った。

 今話しているのが、ブレイス少佐の知っている軍医のベケレルとはとても思えなかった。姿かたちはベケレルだが、その動く表情から言葉つき、印象がかなり異なっているのだ。

「私は、ベケレルですよ。ただ、私の中に別の者がいるのですよ。その者はずっと銀河帝国で生きて来たのですがね、あなた方がこの要塞を攻略したので、仕方なくこのベケレルに入ったのですよ」

「ベケレル先生に入ったというのは、どういうこと?」

と、ブレイス少佐が聞いた。

「その別の者は単体でも生きていけるのですが、もっとよい生き方をするために、人間の身体の中に入って助けてくれるのです」

「じゃ、あなたの中に別の生物がいるということなの?」

「まあ、そういうことです。それに、その生物はかなり知識のある知能の高い生命体なのですよ。ほら、ジル星団の魔法使いたちが『バウワフル』と言っているのを聞いたことはないですか?」

「そういえば、ダールマン提督がそんなことを言っていたような……」

「それは、事実なのですよ。我々は大昔この銀河系にやってきました……」

 軍医ベケレルに入っている『バウワフル』が言うには、大昔ふたご銀河にやってきた彼らは、ガンダルフの魔法使いにひどい目に会わされたのだという。その話には、自分たちが何をしたかということは含まれてはいない。まるで事故で漂着した善意の異星人が、悪意のガンダルフの魔法使いにひどい目にあったと言う話なのだ。

 その話を聞いていて、バルザス提督は妙なことに気が付いた。その話の中に、ダルシア人が出てこないのだ。少なくとも、別の銀河からきた『バウワフル』を排除したのは、ダルシア人とガンダルフの魔法使いなのだ。

 特に、宇宙船を駆使できたダルシア人の役割が大きい。ガンダルフの魔法使いは、星々を渡ることのできる五大魔法使いが協力できたに過ぎないからだ。

 だから、『バウワフル』が非常に嫌うのは、ダルシア人だった。

 ふたご銀河最強の種族であったダルシア人は、さしもの『バウワフル』も手が出なかったのだ。寄生種族である彼らは、ダルシア人に寄生しようとしても、まず硬い鎧のような皮膚に妨げられた。うまくダルシア人の体内に入ったとしても、強い念力を持つダルシア人によって外へつまみ出されるのが常だった。彼らにとってこれほど寄生しにくい種族はなかった。だからこそ当時の『バウワフル』は、ダルシア人を非常に忌み嫌っていたものだ。

 それなのに、自分を『バウワフル』だという軍医のベケレルは、ダルシア人のことを一言も言及しなかった。

 バルザス提督にとって、それは非常に奇妙に思えることだった。

「あなたがたはリドス連邦王国を信用しているが、それは大変な間違いです。彼らは自分たち以外の者には非常に残酷な仕打ちをするのです」

と、ベケレルは言った。

 随分ジル星団のリドス連邦王国の事に詳しいことだ、とバルザス提督は思った。

 彼ら『バウワフル』はアンダイン種族の転送装置で、大昔にロル星団に漂着したが、彼らの恐れるダルシア人のいるジル星団には近寄りはしなかったのだ。だから、ジル星団についてはあまり知らないはずだった。まして宇宙船技術がロル星団で開発されたのは、千年前のことだ。ここ九千年あまり、ロル星団では宇宙文明まで到達することはなかったのだ。

 逆にジル星団では、かのアルフ族が『死の呪い』を逃れてきて以来、ロル星団には近寄らないという不文律があった。アルフ族の『呪い』というのは、非常に強力だったので、それに触れたら最後だということが知られていたからだった。

 それなのに、この『バウワフル』のベケレルは、ジル星団のリドス連邦王国についてよく知っているように話している。それは、嘘を並べているのか、それとも本当によく知っているのだろうか、とバルザス提督は思った。

 ブレイス少佐は、軍医ベケレルの話を全部信じるわけにはいかないと思っていた。別にリドス連邦王国を信用しているというわけではない。どちらも彼女にとっては異星人に過ぎないからだ。彼らには彼らの考えがある。まだそれがディポック司令官を始めとするこの要塞の者達にとって、有益になるかどうかはわからないのだ。

「それを判断するのは、ディポック司令官です。私にそれを言われても、どうにもなりません」

と、ブレイス少佐は言った。

「わたしは、できるだけ多くの人に、このことを知ってもらいたいのですよ」

と、ベケレルは言った。

「それなら、そうすればいいのではありませんか?ここでは、あなたのすることを誰も妨げたりしないと思います。できれば、ディポック司令官に許可を得ればもっとよいのですが……」

「なるほど、あなた方はそうした考えをするのですね?今司令室にいる政治家では、あまり頼りにならないようですね」

「そんなことはありません。彼らは政治が専門なのです。彼らの政治というのは、多くの人の考えを具体化していくということを重視しているのです。その中で言論の自由、つまり銀河帝国とは違って、自分の主張したいことをいつでもどこでもいえる自由も大切にしています。それはもちろん、他の人の迷惑にならない限りですが。しかし、我々はこの要塞を守ることを第一に考えているのですから」

「銀河帝国ではそう考えないでしょう」

「帝国は、多くの人々というよりも、皇帝や高官たちの意見や意志を具体化することを目的としているように思います。それが正しいときはよいのでしょうが、間違っているときはなかなかやり直すことは難しいのです。新世紀共和国は、多くの人々の意見や意志を具体化することを目的としています。間違っていれば、やり直すこともたぶん、帝国よりはやりやすいと思っています」

 ブレイス少佐は残念ながら近年の新世紀共和国の政治が、決してそうではなかったことを知っていた。そのことを歯がゆく思い、時には何かしたいと思っても、政治というものは一人では何もできないのだった。しかも彼女は軍人だった。新世紀共和国は軍人が政治に口を出すことは歓迎されない。そこも銀河帝国とは大きく違っていた。


 話が突然政治の方へそれたことを、バルザス提督は変に思った。この『バウワフル』は、ギアス・リードの仲間だと思っていたが、どうもそうではないらしい。とすると、ロル星団には別の系統の『バウワフル』がいるということになる。

 ギアス・リードは、およそ一万年前にロル銀河の惑星ラウリヤに現れ、ゴルダナ国の王クダラグに寄生した『バウワフル』だった。だが、この軍医のベケレルはそのギアス・リードの仲間ではないようだった。だとすると、彼はいつ、どのようにしてこの銀河にやってきたのか。

 一万年前にこの銀河にやってきた『バウワフル』は、アンダイン種族の転送装置を使ったのだ。もしかしたら銀河帝国のどこかにある転送装置が掘り出されて、誰かが使ったのかもしれない、とバルザス提督は思った。

 軍医のベケレルがどれだけこのふたご銀河のことを知っているかわからなかった。ただ当面リイル・フィアナ提督の救出に尽力しなければ、あの部屋のブレイス少佐やギャビ夫人と子供たちが危険になる。

 バルザス提督――銀の月は、慎重に魔法の呪文を使った。


 軍医のベケレルは、調子に乗って話を続けていた。

「どちらにしろ、我々は銀河帝国の方が生きやすいのです。ですから、この要塞も早く銀河帝国のものに戻らなければならないのですよ……」

「でも、新世紀共和国の軍医であったあなたが、銀河帝国で生きるのは難しいのではありませんか?」

と、ブレイス少佐は言った。

「普通の人間であれば、確かに難しいでしょう。しかし我々『バウワフル』にとっては、それほど難しいことではありません。それに、この要塞の秘密も手に入れることができましたし、それを持っていけば、まず困ることはないでしょう」

 その時、リイル・フィアナ提督が身じろぎをして、やがてゆっくりと動き出した。

「リイル・フィアナ提督!大丈夫でしたか……」

と、ブレイス少佐がつい、喜びの声を上げた。

「ええ、大丈夫のようだわ」

と、リイル・フィアナは言った。体が動くようになったのは、誰かが助けに来たのだということを、彼女は知っていた。驚くベケレルを見やって、

「そんなに驚くことかしら。あなたに聞きたいことがあるわ。いつこの銀河へやって来たの?」

と、彼女は聞いた。

 バルザス提督もリイル・フィアナ提督も、この『バウワフル』が一万年前にロル星団にやって来た者達とは違うということを確認するつもりだった。

「もちろん、大昔だ、一万年前だ」

と、ベケレルは言った。

「どこから来たの?」

「もちろん、我々の故郷である白金銀河からだ」

「白金銀河?本当にそうなのかしら?この一万年の間、さぞや大変だったでしょうね」

「そうでもない。我々は、寄生種族だからな。寄生した者が死んでも、他に移動すればいいのだ。そうすれば、不死も身近なものだ」

「でも、寄生しにくい種族もいるでしょうに?」

と、リイル・フィアナは聞いてみた。ベケレルがどの程度ジル星団の種族について知っているか、聞いたのである。

「寄生しにくい種族など、我々にはいない。どんな種族にも寄生できるのだ」

と、ベケレルは自慢げに言った。

「そうね、銀河帝国も新世紀共和国も人間しか住んでいないものね。でも、この一万年の間、あなたはジル星団にきたことはないの?」

「我々は、ジル星団には行っていない。このロル星団で宇宙船を持つ文明が現れるまで待っていたのだ」

 ロル星団では、千年前に宇宙船を持つ文明が始まった。だから行こうと思えば、この千年の間はジル星団に来られたはずなのだ。

「そう。ではジル星団の種族については、何も知らないと言うの?先ほどリドス連邦王国について、話していたようだけれど…」

「もちろん、情報としてはジル星団のことも最近は聞いている。ロル星団とジル星団は全然行き来がないわけではないからだ」

「つまり、あなた方独自のルートがあるわけね」

「そうだ」

「じゃあ、ダルシア人についてもよく知っているわけね」

「もちろんだ。連中がもういなくなったことも知っている」

「彼らに会ったことはないのね?」

「当たり前だ。連中はあの宇宙都市ハガロンに一人いただけではないか。その一人も死んだと聞いた」

 このベケレルに入っている『バウワフル』は、ダルシア人のことは知らないとバルザス提督は思った。とするとこの『バウワフル』は、一万年前にこのロル星団にやってきた者達とは別のグループということになる。

 一万年前にやってきた連中はダルシア人のことをよく知っていた。何度かロル星団やってきて、『バウワフル』のリーダー格のクダラグと遣り合ったのだ。だから、彼らはダルシア人を怖れ嫌い、憎んでいた。そうした話が出てこないし、言葉の端にも出てこない。

 バルザス提督は、最近別の『バウワフル』が銀河帝国に現れた可能性と、例のアルフ族の『死の呪い』が蘇ったことが、どこかで繋がっているのではないかと思い始めた。


212.

 要塞司令室では、突然ゼノン騎士団が消えたことや見たことのない機動兵器が現れたことで不安な空気が残っていた。けれども、死の危険が去ったことで、一応安堵していた。

 そこへ、ディポック司令官とその側近連中とダールマン提督が入って来た。

「ディポック司令官!」

と、大声を上げたのはエルシン・ディゴ議員だった。そして、

「何をしていたんだ?」

と、続けて怒鳴った。

「おや?司令室に来ないようにと言ったのは、議員ではなかったのかな?」

と、ダールマン提督が言った。

「そ、それは、こんな緊急事態が起きないときのことだ。これは、緊急事態である。すぐに司令室に来るのが当然ではないか?」

と、エルシン・ディゴ議員は言った。

「しかし、あなたの許可なしにですか?ここに入るには、事前にあなたの許可がいるということでした。それに、そのことには何の例外も認めないと、厳しく言われたようでしたが?」

と、フェリスグレイブが言った。

 それは事実だった。自分で言ったことも忘れていたエルシン・ディゴ議員は、さすがに極まりが悪そうに黙った。

「まあまあ、ともかく何もなくてよかったですわ」

と、フランブ・リンジ議員がとりなすように言った。

「それから、ディポック司令官、君はこの機動兵器について私に何も言わなかったのはなぜかね?一番先に私に言うべきことではないか……」

と気を取り直して、エルシン・ディゴ議員が苦情を言った。

「そのことについては、まだ話すべき時期ではないと考えています」

と、ディポック司令官は言った。

 この機動兵器はグーザ帝国のもので、動かしているのは人間のパイロットではなく、ダルシア人の霊だと言っても、この議員連中に理解できるわけがない、とディポック司令官は思った。

「つまり、この兵器はこの要塞で開発されているものだというのか?」

と、エルシン・ディゴ議員が聞いた。

「そうです。ですが、このことはこの兵器がきちんと使えるようになるまで、秘密にしておきたいのです」

と、ディポック司令官は言った。できるだけこの兵器のことは知られたくないのは、本心だった。この兵器自体こちらの銀河の物ではないから、聞かれてもわからないことだらけだった。

「我々議員であってもか?」

と、エルシン・ディゴ議員が念を押すように言った。

「そうです。あなたは新世紀共和国の議員であっても、ここは、新世紀共和国ではなく、ヘイダール要塞なのです。ここには議員もなく政治もありません。これまでそれは、必要なかったのです。今ここには新世紀共和国の者だけではなく、ジル星団の主にタレス連邦からの亡命者がいます。ですから、もし政治代表というのならば、ここのすべての人々に選ばれなくてはなりません」

「私たちは、このヘイダール要塞の人々に選ばれていないと言いたいのですね?」

と、フランブ・リンジ議員が言った。

「そうです。幸いにも、タレス連邦は新世紀共和国のような政治制度だと聞いています。もし、政治代表を求めるなら、このヘイダール要塞にいる人々全員で選挙を行い、決めるべきでしょう」

「そうか、それもいいだろう。で、そのタレス連邦からきた連中はどのくらいいるのだ?」

と、エルシン・ディゴ議員が聞いた。

「そうですね。まだ時々来るのですが、一万人くらいでしょうか?」

と、ディポックは言った。

「ほう、一万人か……」

 ヘイダール要塞にいる元新世紀共和国の市民は、その多くは兵士だが、およそ百万人は下らないと思われた。従って、他所から来た者が一万人いたとしても、大した数ではない。一割にも満たないのだ。

「よいのではありませんか?この要塞の中で政治代表を決める選挙を行うのは……。もちろん、そのタレス連邦から来た人々も含めてです」

と、それまで黙っていたギアス・リードが言った。選挙をすれば、ほとんどが新世紀共和国から来た者達なので、議員たちに有利に働くと思ってのことだった。

「確かに、それはいい考えだと思います」

と、ディポック司令官も言った。

 ダールマン提督は黙って、ギアス・リードを見ていた。

 それに気づいてギアス・リードが、

「ダールマン提督、私に何か話があるのでしょうか?」

と、聞いた。

「そうだな、そちらが良ければ話をしたい。もちろん、議員秘書のギアス・リード、卿に話がある」

と、銀河帝国の軍人らしい口調でダールマン提督は言った。

「何だ?何の用なのだ?リード、君はダールマン提督を知っているのか?」

と、エルシン・ディゴ議員が聞いた。

「いえ、元銀河帝国の元帥であるダールマン提督とお会いするのは今日が初めてです」

と、ギアス・リードは特に元銀河帝国の元帥と言う言葉を強調して言った。

「できれば、二人だけで話をしたいのだが?」

と、ダールマン提督は言った。

「いいでしょう。どこか、部屋がありますか、ディポック司令官?」

と、ギアス・リードが聞いた。

「それでは、私の執務室でどうですか?」

と、ディポック司令官が提案した。

「いいでしょう」

と、ギアス・リードが承諾した。


 司令官の執務室を借りて、ダールマン提督はギアス・リードと二人きりになると、

「久しぶりだな」

と、切り出した。

「やはり、おまえがガンダルフの魔法使い『大賢者』レギオンか……」

と、ギアス・リードが言った。

「よく生きていたな。我々もどうなるかと、心配していたのだ」

「心にもないことを言うな。あのダルシア人が我々に何をしたのか、知っているのだぞ」

 ダルシア人が遺伝子を操作して、ふたご銀河の生物に『バウワフル』の寄生を排除したのだった。そのため彼らは、その遺伝子が欠損しているわずかな固体を見つけて寄生するしかなかったのだ。それは彼らの目的であるふたご銀河の征服をほとんど不可能にした。

「ダルシア人のことを覚えていたのか」

と、驚いたようにダールマン提督――レギオンは言った。ギアス・リードはダルシア人を知っている。彼は確かに一万年前に来た『バウワフル』だと、ダールマン提督は思った。

「当たり前だ。我々を滅ぼそうとしたのだからな。忘れられるものか。おかげで、我々はほとんど駆逐された……」

と、口惜しそうにギアス・リードは言った。

「仕方があるまい。それが戦というものだ。お前たちはダルシア人との戦に負けたということだ」

「ふん、それで、負けた私に何の用があるというのだ?」

「お前たちの故郷について聞きたい。お前たちはどこの銀河から来たのだ?」

「以前にも聞いたことがあったな。それを聞いて、いったいどうするのだ?」

「我々もお前たちの故郷を探しているのだ」

「我々を滅ぼすためにか?」

「いや、お前たちを故郷に帰すためだ」

「それは、随分親切なことだな。お前たちは我々を故郷に返すことができる方法を知っているのか?」

「もちろんだ」

「だが、ダルシアの文明は滅びたのであろう。ダルシアなしでどうしてそんなことができるのだ?」

 ギアス・リードの古い記憶では、ジル星団ではダルシア帝国しか彼ら『バウワフル』に匹敵する文明は他にはなかったのだ。ダルシア人なら他の銀河にも行くことが可能だと、彼は思っていた。

「ダルシア帝国は別に滅びてはいない。それに、別の文明がある」

「それは、リドス連邦王国のことか?お前が今属している国だろう。彼らは他の銀河に行けるほどの技術があるというのか?」

「なければこのようなことは聞くわけもないだろう」

「わかった。だが、帰りたくないと言ったらどうする?」

「それなら、それでもいい。お前たちはもう数も少ない。このふたご銀河で覇を唱えるのは難しいだろう」

「なるほど、住むことぐらいは許可するということか……。良いだろう。我々の故郷は白金銀河だ。ここから、かなり遠い銀河だ」

と、ギアス・リードは言った。

 その銀河は確かに、ダールマン提督が調査しに行った銀河だった。そして、そのことは言わずに彼は、

「転送装置なしでは行けない距離だということか……」

と、言った。

「そうだ。その転送装置さえ、お前たちは使えなくしてしまった」

「いや、使えなくしたのではない。埋めただけだ」

「それも、かなり深くに埋めたではないか。あれでは簡単に掘り出すこともできない」

「しかし、不可能と言うわけではあるまい」

「そうだな。もうそろそろ、掘り出すこともできるだけの文明の発達はあった。だが、私一人だけになっては、帰っても仕方があるまい」

「他の『バウワフル』の支配する宇宙に行くと、お前だけでは生きてはいけないということか?」

「我々は他を支配することが望みなのだ。支配されることなど、望まぬ」

「しかし、本当に『バウワフル』の数は減ったのか?」

「このふたご銀河においてはな。だが、我々の故郷に於いてはどうなったか、知るすべもない」

と、遠い目をしてギアス・リードは言った。

 とすると、ギアス・リードはこのふたご銀河に別の『バウワフル』が来たことを知らない可能性がある、とダールマン提督は思った。

「お前たちの中には、他の銀河に行ったものもいるのではないか?」

と、ダールマン提督――レギオンは聞いてみた。

「そうだな。そんな連中もいた。だから、私もどこかの銀河に行けば、そこを支配できると考えたのだ」

「そうか。お前たちは、お互いに仲が悪いようだな。もし、このふたご銀河にお前とは違う『バウワフル』が現れたら、どうする?」

 ギアス・リードは急に眉を潜めて、

「何でそのようなことを聞くのだ?」

と、言った。



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