ダルシア帝国の継承者
207.
リドス連邦王国のリイル・フィアナ提督は、ヘイダール要塞の医務室に急いでやって来た。
「あの、どなたのお見舞いですか?」
と、看護の衛生兵が尋ねた。医務室では見かけない人物なので、彼女は警戒していた。このところ要塞には元新世紀共和国の軍人だけではなく、タレス連邦からの亡命者がたくさん入ってきているので、注意する必要があるのだ。
「ええと、ノルド・ギャビ夫人はどちらかしら?」
と、リイル・フィアナ提督は聞いた。
「お知り合いですか?ギャビ夫人でしたら、向こうの五号室に休んでいらっしゃいます。お子さんたちも来ていますから今日のところは……」
と言って看護兵がやんわりと断ろうとすると、リイル・フィアナ提督は、
「そう、ありがとう」
と言って、堂々と中へ入って来た。そして五号室に入っていくと、隣の寝台にリーリアン・ブライス少佐が休んでいるのが分かった。他にキルフ・マクガリアン中尉の事も聞きたかったのだが、それは後にすることにした。
五号室では、ギャビ夫人とブライス少佐を横目に見て、子供たちを見つけた。二人の女の子が、大人しく寝台の傍に座っていた。
「あら、可愛いお子さんたちですのね」
と言って、リイル・フィアナ提督はギャビ夫人に話しかけた。
「あの、どちらさまでしたか……」
ギャビ夫人は起き上がろうとしたので、
「あ、そのままにしていてください」
と、リイル・フィアナ提督は言った。
すると、その声を聞きつけて、
「リイル・フィアナ提督!」
と、驚いて隣にいたブレイス少佐が言った。
「ごめんなさいね、驚かせて。でも、今要塞が大変なことになっているの」
「要塞が大揺れしていましたから、大体見当がつきます。どこの艦隊が攻撃を仕掛けて来たのですか?」
と、ブレイス少佐が聞いた。
一番聞きたかったことだ。この医務室では何の情報も入っては来ない。
「あれは、ダルシアの艦からの攻撃だわ。だから、要塞に大穴が開いてしまったみたい。でも、それは今は重要ではないわ。要塞内に、ゼノン帝国の騎士団が侵入してきているの。だから、私がここへ来たというわけ……」
と、リイル・フィアナ提督は言った。
とは言ってもゼノン帝国の騎士団は通路や扉を遮断されて、要塞司令室に行くしかなくなっていた。他の場所へ行こうにも、そのたびに通路が閉じ壁が動いて、元の所に戻ってしまうようになっていた。
「おそらく、ゼノンの騎士団は、要塞司令室に真っ直ぐに行ったはずよ。何か手落ちがあってはいけないので、私がここへ来たの」
と、リイル・フィアナ提督が言った。
「でも、司令室には司令官が?」
と、ブレイス少佐が心配して言った。
「いいえ、今司令室にいるのはあの、元新世紀共和国から来た議員たちのはず。あの連中ときたら、我が物顔で司令室にいるのよ。ディポック司令官は、今頃バルザス提督の宿舎へ行ったはずだわ」
「バルザス提督の宿舎へ?」
「ええ。あなた、聞いてなくて?そこがこの要塞の副司令室になっているの」
「そう言えば、前にそんなことを聞いたような……」
「ここには私がいるから、何があっても大丈夫よ」
「そ、そうですか……」
ブレイス少佐はイズルカ・ギャビ夫人と顔を合わせると、
「でも、要塞が占拠されてしまったら、ここでも危ないのでは?」
と、聞いた。
「それは、レギオンいえダールマン提督が上手くやると思うわ。もちろん、ディポック司令官と一緒にね」
と、リイル・フィアナ提督が言った。
少なくともゼノン帝国騎士団と元新世紀共和国から来た政治家たちは、自分たちのことで精いっぱいになっていた。
司令室の大スクリーンの前に、突然大きな人型の機動兵器が二体現れたのだ。これは例によってビーム転送されてきたのだが、階段状になっている司令官席のある最上段にいるゼノン帝国騎士団に向けて、腕を振り上げた。
「これは何だ?もしかしてこれが、お前たちの言っている新兵器というやつなのか?」
と、バーグル・ドウン大佐が少しも恐れることなく言った。余裕たっぷりに、言葉の端に嘲笑をにじませている。
「そ、そうだ」
と、ギアス・リードが適当に受けて言った。こうなったら、破れかぶれだ。起きてくることに話を合わせるしかない。
「それなら、どれだけのものか、やってみようではないか」
と、自信ありげにバーグル・ドウン大佐は言った。
バーグル・ドウン大佐が首を素早く動かして攻撃を促すと、部下の騎士たちが機動兵器に向かってまず銃を向けて発射した。銃は熱線銃で赤い線がいくつも筋になって見えた。
機動兵器は熱線銃が当たっても、特にどうということはなかった。機体が赤く変色したりもしなかった。
「ちっ!」
と、舌うちをする音がすると、騎士団の一人が剣を抜いて機動兵器に宙を飛んで襲い掛かった。
「ギンッ」
という鋭い音がしたが、機動兵器は傷つきはしなかった。そしてゼノンの騎士はクルリと宙返りをして、一番下の床面に降りた。
代わりに機動兵器が振り上げた肘から筒先が出て、そこから白く光る筋が見えた。光はゼノン騎士団の連中に当たり、なぎ倒した。だが、重武装の騎士たちはすぐに起き上がると次の攻撃のためにすばやく長い銃器を持ち上げた。そして、機動兵器のコックピットの入り口あたりを狙って撃った。
機動兵器は、図体が大きい割に動きが鈍かった。それはパイロットの所為なのか、それとも技術レベルの所為なのか、傍から見てはすぐにはわからなかった。
ギアス・リードはどうなることかと、ゼノン騎士団の攻撃を見守っていた。
何しろこの大きな兵器はどこで作られた物なのか、ギアス・リードにはわからなかった。先ほど言った秘密兵器というのは、ただの出まかせにすぎない。それなのに秘密兵器らしきものが出て来たので、内心では驚いていた。まるでこの部屋を見ている者がいるようではないか。
そのことに気づいて、ギアス・リードはエルシン・ディゴ議員とフランブ・リンジ議員を盗み見た。二人はどちらも突然現れた兵器に、本当に驚いているようだった。それは、他の司令室のスタッフと同じ表情だ。
こんなことができるのは、おそらくこの要塞の司令官であるディポックか、あるいはあの元銀河帝国のダールマン提督ではないのか?いや、おそらくダールマン提督に違いない、とギアス・リードは確信した。何の証拠もないが、彼はダールマン提督が銀河帝国の大逆人であったとしても、あのジル星団では有名な魔法使いのレギオンではないかと疑っていたのだ。
例え要塞司令官であっても普通の人間であるディポックでは、このようなことはできない。だが、ガンダルフの魔法使いレギオンなら可能なのではないか?
ギアス・リードにとっては、要塞司令官などは議員の指示を律儀に守っていればいい存在だった。ヤム・ディポックというのは若くして提督にまでなった人物だが、本人を見るとその評判とは違って軍人らしき威厳を感じないので、あまり重要視しなければならないとは思えなかった。
この惑星ゼンダから来た議員たちが一言言っただけで、ディポック司令官は黙って引き下がったのだ。そうした彼の印象が、あまりにも情けなく映ったのだ。あのフェリスグレイブ要塞防御指揮官のように、皮肉の一言でも言ったらどうだと、ギアス・リードは思っていた。
ウル・フェリスグレイブ要塞防御指揮官は、彼にはかなりの野心家に見えた。もしかしたら、彼の方がこの要塞司令官に相応しいのではないかと思ったくらいだ。
ゼノン騎士団の攻撃では、司令室に現れた機動兵器はどうにもならなかった。動きも鈍く搭載されている武器の効果もそれほどではないのだが、表面を覆う金属が頑丈で、それだけで騎士団の攻撃を悉く跳ね返すには十分だった。やがて機動兵器はゆっくりと顔を上げ、彼らを睨み付けるように目をぐるりと回した。
「降伏せよ!」
と、音声がした。人間の声というよりは、機械的な音声だった。
「降伏せよ!」
と、音声が繰り返した。
「何だと!」
と、騎士団の一人が激して言い返した。
ゼノン騎士団としては、こんな鈍い兵器など敵とはいい難いのだ。ただあの表面の金属自体が堅牢なだけなのだ。
だが次の瞬間機動兵器は、今までと違う動きをした。
すばやく腕を伸ばしゼノン騎士団の長であるバーグル・ドウン大佐を、器用に摘み上げたのだ。
「だ、団長!」
と、他の騎士団員が叫んだ。
「だ、大丈夫だ!」
機動兵器は再び、
「降伏せよ!」
と、機械的な音声で言った。
騎士団たちがバーグル・ドウン大佐を摘まんでいる機動兵器の腕に攻撃を集中してくると、今度は空いている腕を伸ばして指を騎士団員に向けた。その先から細い光線が飛び出して来た。
細い光線は騎士団たちをなぎ倒した。今度騎士団たちは、立ち上がっては来なかった。
副司令室では、ダールマン提督が仕方がないというように、
「こんなものかな?」
と、言った。
「あのゼノンの連中は、死んだのですか?」
と、マグ・デレン・シャが聞いた。
「いや、あの光線は相手を気絶させるだけのものらしい……」
グーザ帝国の兵器については、それほど詳しくないのだった。ダールマン提督――レギオンが向こうの銀河にいた時から百年ほど経つので、その間にどれほどの科学技術の発達があったのかはわからなかった。
「でも、どうして急に動きが速くなったのですか?」
「あの機動兵器に慣れたんだろう。何しろ、あれを動かすのは初めてなのだからな。パイロットの操縦とは違って、エネルギー系統の流れから動き方を考えている。武器についても、効果がよくわからないから、始めは最小限のエネルギーで撃っているんだろう」
ゼノン騎士団の方は何とかなったが、要塞の外にいるナンヴァル連邦とゼノン帝国の艦隊の方は、まだ健在だった。これを何とかしなければ、今度はナンヴァルの重武装の兵団が侵入してくるだろうと思われた。
ヘイダール要塞の占拠だけは、何とか防ぎたいというのがダールマン提督の考えだった。
ナンヴァル連邦とゼノン帝国の艦隊は、ダルシア帝国の艦隊ほどではないが、ジル星団ではかなり強力な艦隊だ。両国はこれまで仲が悪く、共同で行動するようなことはなかった。しかし、ロル星団の新世紀共和国の艦隊に比べれば、かなりその差はある。間違いなく、ナンヴァルとゼノンの艦隊の方が強いとダールマン提督は思っていた。
「要塞の艦隊を出すのは、まずいな……」
と、ダールマン提督は言った。
「つまり、我々の艦隊がやられてしまうということですか?」
と、グリンが聞いた。認めたくないことではあるが、外にいる艦隊が要塞の艦隊よりも強力だということは、これまでの経験で彼にも分かっていた。
「そうだ。それでなくても、外で待ち構えているのだからな」
「しかし、このままではいずれ、……」
スクリーンを見れば、無敵を誇ったこの要塞が落ちるのも時間の問題と思わざるをえなかった。
要塞に衝突したナッシュガルの要塞以外でも、要塞への侵入が可能になるほどの損害が生じていた。最初にダルシアの艦に開けられた大穴は、その後集中して攻撃を受け、その穴を大きく広げている。その上、要塞を覆う流体金属の消失も激しかった。
208.
その時、副司令室の中に光の筋が三本生じた。それは、ビーム転送の光である。
「ただいま」
と、タリアが言った。
「間に合ったか……」
と、ダールマン提督が言った。
後の二本の光は、ダズ・アルグ提督とメイヤール提督だった。
「おかえり」
と、ディポックは二人に言った。
「これは、いったいどういうことですか?」
と、グリンが驚いて言った。
そう言えば、今回の攻撃があってから、この三人の姿を見かけなかったとグリンは気が付いた。ディポック司令官とダールマン提督は、二人で他の者には内緒でこの計画を巡らしていたのだ。
「その説明は後だ。で、タリア、ダルシアの艦隊はどのくらい連れて来ることができた?」
と、ダールマン提督は聞いた。
「ええ。ダルシアンも同意してくれたわ。ダルシアの艦隊五万を連れて戻って来たの」
「で、艦隊の指揮は?」
「ダズ・アルグ提督とメイヤール提督に指揮権を与えることに、何とか同意してもらったわ」
「よし、ではそのダルシアの艦隊でナンヴァルとゼノンの艦隊を攻撃する。ディポック司令官、それでかまわないかな?」
と、ダールマン提督は聞いた。
「今はそれしかありません。やってください」
「いや、それは、ここの司令官のやることだ」
「え?しかし、私が指揮できるダルシアの艦隊はないのでは?」
「タリア、持ってきたのだろう?」
「ええ。この前私がリドスの五の姫にもらったものと同じものであれは確かディポック司令官に渡しましたよね」
「それなら、持っている」
「そのペンダントでダルシアの艦隊は指揮できるのだ」
と、ダールマン提督が言った。
「ダルシアンにもう二つ、持っていくように言われました。これは、一つはダズ・アルグ提督に、もう一つはメイヤール提督に持っていてもらいます。これがダルシアの艦隊を指揮するために必要なものですから」
タリアはそう言うと、ダズ・アルグとメイヤール両提督にクリスタルのペンダントのようなものを渡した。
「使い方は、ダルシアンに聞いたでしょう?」
「ああ、しかし、うまくいくかな?」
と、少し不安げにダズ・アルグ提督は言った。
「聞いてくれ……」
と、ディポック司令官が改めて言った。そして、
「要塞の外に、ナンヴァル連邦とゼノン提督の艦隊がいる。完全に要塞を包囲している形だ。これを破るには、ダルシアの艦隊を使うしかない。今、ダルシアの艦隊はどこにいるんだ?」
と、彼は続けた。
「我々を乗せて来た艦隊は、ナンヴァルとゼノンの艦隊の外側にいます」
と、ダズ・アルグ提督は言った。
「外からはダルシアの艦隊で、要塞からは要塞主砲で攻撃をする。挟み撃ちにするんだ」
と、ディポック司令官は言った。
「了解」
と、ダズ・アルグ提督が言った。少し遅れて、
「了解した」
と言ったのは、メイヤール提督だった。
ヘイダール要塞の外では、ゼノンとナンヴァルの両艦隊が、突然現れたダルシア帝国の艦隊に驚愕していた。
「どうして、こんなところに現れたのだ?」
と、ナンヴァル連邦宇宙艦隊司令官セ・カマーン・シャは言った。語尾がわずかに震えている。
ナンヴァル連邦はこれまでダルシア帝国と常に行動を共にして来たので、ダルシアの艦隊の実力をよく知っていた。だから、突然現れたダルシアの艦隊に驚くと共に、かなりの不安を感じたのだ。
すでにコア大使は亡くなり、ダルシアは無主の地となったと宇宙都市ハガロンでは思われていた。前惑星連盟議長マグ・デレン・シャの『ダルシア帝国の継承問題の審判』については、同じナンヴァル人の現議長マグ・ファルファドール・シャが反故にした。タリア・トンブンがダルシア帝国の継承者であることを正式に否定したのだ。従って、ダルシアの艦隊を動かすことのできる者は、公式には存在しないはずだった。
ましてタリア・トンブンはダルシア国籍を有しているとは言っても、たかが人間族である。現在ダルシア帝国を実質的に支配している『ダルシアン』という中枢脳が彼女のことを認めるとは、セ・カマーン・シャ提督には到底思えなかった。それは、彼だけではなく、ナンヴァル連邦の政府や元首である大調整官も同意見であった。
宇宙都市ハガロンではゼノン帝国とともにナンヴァル連邦がダルシア帝国の遺産を狙っていることは、周知のことだった。竜族であるゼノン帝国とナンヴァル連邦の両国がダルシア帝国の遺産を継承することが、ジル星団の惑星連盟において正義であると、マグ・デレン・シャ議長不在の惑星連盟の会議でゼノン帝国の大使が主張していたからだ。
従って前惑星連盟議長であったマグ・デレン・シャがナンヴァル連邦の大使を解任されたというニュースがハガロンに届いた時、他の惑星連盟の大使たちやハガロンの住民はそのことをとっくに気づいていた。惑星連盟はこれまでダルシア帝国とナンヴァル連邦が盟主であったのだが、これからはナンヴァル連邦と悪名高きゼノン帝国がその座に就いたということだ。
ダルシア帝国に替わったのがゼノン帝国だということは、宇宙都市ハガロンの住民やジル星団の他の国々にとっては、不安の種だった。
ただ彼ら竜族ならばかのダルシア帝国の『ダルシアン』も、結局帝国の継承を認めざるを得ないに違いない、と他の者は考えたのだ。他の惑星連盟構成国も、『ダルシアン』が認めたならば、それを否定するものはないだろう。
だがその前にゼノン帝国とナンヴァル連邦の両大国がダルシア帝国の継承を求めるならば、まずタリア・トンブンを消す必要があると考えたのは、万が一にも前議長の決定を認めることがあってはならないからである。その可能性を完全に無くさなければならない。
ダルシア帝国が動けない今、ナンヴァル連邦とゼノン帝国の両艦隊に抗することができる存在はこのジル星団にも、ましてやロル星団にもいないというのが彼らの認識だった。ここジル星団ではリドス連邦王国は、単なる新参者という位置に過ぎない。ダルシア帝国と関係があるという噂もあるが、惑星連盟ではあまり重きをなしてはいなかった。コア大使亡き今は、力こそがすべてを解決する手段なのである。
惑星連盟の艦隊がヘイダール要塞を攻略する第一の理由は、タリア・トンブンを消すことにあった。けれどもゼノン帝国としては、もう一つ重要な理由があった。例の惑星連盟諸国の艦隊をそれぞれの母国へ瞬時に戻したという、魔法の呪文の存在である。
その存在は、その魔法が使われた時に巨大な魔法陣が現れたことで明白だった。これは今までになかった種類の魔法である。そのスケールの大きさから言って、宇宙で使われることを前提に綴られたのだ。この呪文を手にすれば、ジャンプ・ゲートを利用する高速航行よりも便利だと考えられた。
ジャンプ・ゲートを使う宇宙船の高速航行は、あらかじめジャンプ・ゲートの場所を知らなければならない。入口と出口にジャンプ・ゲートがないと出入りができないのだ。もちろん、単なるワープ航法よりも数段高速航行ができるのだが、如何せん場所が限定されてしまうのだった。
しかし、魔法の呪文であれば、場所は限定されない。
これを持つことが出来れば、どれだけ宇宙航行が自由にできるようになるかわからない。特に緊急な移動のときには、それは大きな力を持つと思われるのだった。
さて、ゼノン帝国とナンヴァル連邦の艦隊で構成された惑星連盟の艦隊がヘイダール要塞を攻撃し、かなりの損害を与えることができた。その上ゼノン騎士団が、首尾よく要塞司令室に侵入を果たした。半ば要塞の占拠に成功したのだ。
だと言うのに、あと一歩というところで、ダルシア帝国の艦隊が眼前に現れたのだ。これからタリア・トンブンの暗殺と魔法の呪文の取得にかかるところだった。
「ゼノン帝国艦隊旗艦より、通信です」
と、通信員が言った。
「わかった」
と、セ・カマーン・シャ提督が言った。
スクリーンにゼノン帝国艦隊司令官ドールズ・ゴウン元帥が出た。
「ダルシアの艦隊が現れた。どういうことなのだろうか?」
見た目は抑えていたが、ゼノン帝国の艦隊もダルシアの艦隊にかなりの恐怖を感じているようだった。
「理由はわからない。まだ我々を攻撃する意図があるのかどうかもわからない」
と、ナンヴァル連邦艦隊司令官セ・カマーン・シャ提督は言った。
これまでにも、この要塞にはダルシア帝国の艦隊が出没していた。それは、前惑星連盟議長であるマグ・デレン・シャがダルシア帝国の継承者として、人間族のタリア・トンブンを認めたからだと考えていた。だが、その継承そのものが、惑星連盟の現議長によって否定されたのである。だから、要塞にいたダルシアの艦隊は引き上げたものと思っていたのだ。
それが、前にもましてその数が増大した艦隊が出現したのである。
「しかし、それが分かってからではもう遅いのではないか?」
と、ドールズ・ゴウン元帥は言った。
「まずゼノン騎士団へ、撤退命令を出した方がいいだろう」
と、セ・カマーン・シャ提督は助言した。
「そんなことはわかっている。だが、要塞との通信ができなくなった」
「何?ゼノン騎士団がやられたというのか?」
これは思わぬ事態だった。ゼノン騎士団があの要塞の人間族に敗れるとは考えてはいなかったのだ。
「かもしれん。ナンヴァル連邦の重武装兵を救出に出してくれないだろうか?」
と、ドールズ・ゴウン元帥は言った。
「それは、……」
ゼノン帝国とナンヴァル連邦の両国が協力してヘイダール要塞を攻撃しにきた手前、すぐに断ることはできなかった。セ・カマーン・シャの頭の隅に、ガンダルフの魔法使いのことが浮かんだ。もしや彼らが何かしたのかもしれない。この要塞にガンダルフの五大魔法使いの『銀の月』がいるということだったが、後から『大賢者レギオン』も要塞に現れたという噂が流れて来たのだ。
セ・カマーン・シャ提督の世代では、ガンダルフの五大魔法使いというのは単なる伝説でしかない。本物は見たことがないのだ。しかし、五百年の寿命を持つナンヴァル人の中には、ガンダルフの五大魔法使いを見たという老人もいた。ただ、どれほどの力を持っているかはわからないのだ。数少なくなっているナンヴァルの魔法使いよりも力があるだけなのか、それとも伝説で言われているように、単身で星々を移動できるほどの力を持つ者なのか。そんな力を持つ魔法使いなど、彼は見たことも聞いたこともないのだ。
だからこの要塞にいるガンダルフの魔法使い『銀の月』が持つ、大艦隊をも移動させるという魔法の呪文を持ち帰るようにという命令は、セ・カマーン・シャ提督にはあまりにも馬鹿げたことだった。そんなものがあるはずがない。
しかし、もう考える余裕はないようだった。ダルシア帝国の艦隊が艦列を組んで、こちらに向かってくる様子が見えたのだ。
「ダルシアの艦隊が攻撃をしてくるぞ!」
と、セ・カマーン・シャ提督は警告した。
元々ダルシア帝国の艦は操艦が下手であった。だから艦列なども、うまく並ばず、それが艦隊の脚を引っ張ることが往々にしてあった。そのため攻撃力が削がれてしまうのだ。ただ、艦の攻撃力と防御力がずば抜けて強力だったため、ジル星団では最強と言われていたのだ。だが、今回はまるで定規でそろえたように艦列が整っていた。
要塞の副司令室では、ダズ・アルグ提督とメイヤール提督がタリア・トンブンから渡されたクリスタルのペンダントを手に持ち、目を閉じていた。
(撃て!)
と、心の中でメイヤール提督は思った。ダズ・アルグ提督も同じようにしていた。これは、ダルシアで『ダルシアン』から直接伝授された方法だった。目を閉じて集中し、心の中でイメージを作り、それを言葉として発するのだ。
すると、要塞を包囲しているゼノン帝国とナンヴァル連邦の艦隊の外に位置しているダルシア帝国の艦隊が揃って主砲を撃ち始めた。その撃ち方は、隙間なく撃ち漏らしのないように計算された艦列からもたらされていた。
これはこれまでのダルシアの艦隊とは違う、とセ・カマーン・シャ提督やドールズ・ゴウン元帥は感じていた。
ヘイダール要塞の側からも、まだ破壊されていない砲台が一斉に砲撃を始めた。
両者から挟撃される格好で、ゼノン帝国とナンヴァル連邦の艦隊は一つだけ開けられた抜け道から、脱出し始めた。
「敵の艦隊が、要塞から離れていきます」
と、サムフェイズ・イージー少佐が言った。
「このまま、連中がジャンプ・ゲートに逃げ込むまで、追撃を続けてくれ!」
と、ディポック司令官が言った。
「ゼノンの騎士団の方はどうしますか?」
と、イージー少佐が聞いた。
「そうだな、ディポック司令官がよければ、まとめてゼノン帝国の艦のどれかに転送してやってくれ!あんな連中、いるだけで不愉快なだけだ」
と、ダールマン提督が言った。ゼノン騎士団を要塞に置いておくには、危険すぎた。
「でも、それでは……」
と、ディポック司令官は躊躇った。
「転送装置のことが知られるというのか?だが、ゼノンもナンヴァルもダルシアの転送装置のことは知っている。だから、構わないだろう」
と、ダールマン提督は言った。
「それもそうですが、司令室にいる、あの元新世紀共和国から来た議員たちにも知られてしまいませんか?」
「あれは、ダルシアの技術だと言えばいいさ。あのギアス・リードとかいうやつも、ダルシアが持っている技術は知っているからな」
「そういうことなら、それでいいでしょう……」
と、ディポック司令官は言った。
209.
リイル・フィアナ提督のいる医務室では、要塞がどういう状況になっているか、詳細も概要もわからなかった。それでも彼女は、逐一魔法で状況を知ることができた。
「うーん。何とかなりそうね」
と、リイル・フィアナ提督は言った。
「あの、外の状況がわかるんですか?」
と、ブライス少佐が聞いた。
「まあね。これでも私は魔法使いの一人だから……」
「あ、あのディポック司令官は無事でしょうか?」
「ええ、彼は無事よ」
と、リイル・フィアナ提督は答えた。
病室の扉の外でこの会話を聞いている者がいることを、リイル・フィアナ提督は気づいていた。
今危険は、要塞の外にあるのではない。ゼノン帝国とナンヴァル連邦の艦隊は、ダルシア帝国の艦隊の出現で撤退しつつある。簡単に言えば、逃げて行っているのだ。ただ、要塞の中には別の敵がいるのだ。彼女がここに来たのは、中の敵に対応するためだった。
「要塞を攻撃していた艦隊はどうやら、逃げて行ったようね」
と、リイル・フィアナ提督は言った。
「逃げた?要塞の攻撃が効いたのでしょうか?」
と、ブライス少佐が聞いた。
「いいえ、我々の方に援軍が来たからよ」
「援軍?でも、どこから来たんですか?」
ブライス少佐の知っている限り、この要塞に援軍をよこすような勢力は思い浮かばなかった。
「あら、ヘイダール要塞は孤立無援だと思っていたの?」
と、リイル・フィアナ提督は言った。
「いえ、でも、新世紀共和国から来るわけはないし、まして銀河帝国から来るわけはないし、いったいどこから来たのだろうと……」
「あのね、ブライス少佐。ここは、私たちにとっても重要な場所なの」
「じゃ、リドス連邦王国から援軍が?」
と、ブライス少佐は思った。バルザス提督やリイル・フィアナ提督、それにダールマン提督は皆リドス連邦王国に属しているからだ。だが、リドス連邦王国からの援軍だと、少々不安が残る。リドス連邦王国がどんな国かわからないし、魔法使いだの、能力者だのがいっぱいいると言うことは聞いている。まだリドス連邦王国がヘイダール要塞のディポック司令官の味方だと断言はできない。彼らがこの要塞を占拠しようと思ったら、この要塞の兵力では対抗できないのではないだろうか。それに、リドス連邦王国の政府の思惑がどこにあるのか見当もつかない。
「いいえ。それじゃ、要塞の誰かが不安になるでしょうし、……」
と、リイル・フィアナ提督はまるでブライス少佐の心を読んだように言った。
「いえ、あの……」
魔法使いは人の心まで読むのだろうか、とブライス少佐は思った。
「来たのはね、ダルシア帝国の艦隊よ。だから心配しないで……」
と、リイル・フィアナ提督は言った。
「ダルシア帝国の艦隊?でも、誰が艦隊を指揮するのです?」
と、ブライス少佐は聞いた。ダルシア帝国の艦隊の指揮はタレス人のタリア・トンブンかアリュセア・ジーンがするのだろうか。
「艦隊の指揮は、ここのダズ・アルグ提督とメイヤール提督がしているようね」
「ダルシア帝国の艦隊の指揮は、他の人間でもできるのですか?」
以前司令室でダルシア帝国の艦隊を動かさなければならなくなったとき、タリア・トンブンやアリュセア・ジーンしか動かせないと聞いた覚えがある。その理由は、二人はかつてダルシア人であったことがあるからだということだった。
「ダルシア帝国の中枢脳の『ダルシアン』が操艦方法を考えてくれたのでしょう。普通の人間であっても不可能ではないと思うわ。簡単にはいかないでしょうけれど。ダルシア帝国の艦隊はおそらくかの銀河帝国よりも数が多いと思う。母星系には常時十万隻はいるはずよ。他に近くの星系をパトロールするのに、同数の艦がいるわね。そこから出すとしたら、せめて五万隻は出せると思うわ。ただ、ダルシア人は艦隊の指揮はあまりうまくなかったし、ここの提督がやるならちょうどいいのではないかしら……」
と、リイル・フィアナ提督は言った。
「でも、よく許可してくれましたね、その『ダルシアン』というダルシアの中枢脳が……」
と、ブライス少佐は言った。
「それは、レギオンや銀の月、それにリドスの女王陛下の推薦があったからよ。結構スムーズに行ったようね」
ブライス少佐は、リイル・フィアナ提督の話に驚いて聞いていた。レギオンや銀の月というのはわかるが、まさかリドス連邦王国の女王陛下からの推薦があったとは、ディポック司令官は知っているのだろうか?
その時、部屋の外で悲鳴が聞こえた。
「何かしら?」
と、リイル・フィアナ提督は訝しげに扉の方を見やった。
リイル・フィアナ提督の目にゼノン騎士団の騎士が一人、腰の剣を抜いて扉の外に立っている姿が見えた。彼女は透視能力もあるのだ。
「しっ……」
と指を唇にあて、静かにするように合図すると、リイル・フィアナ提督は扉の外の様子を更に集中して透視した。
おそらくこちらの病室の中を窺っていた看護兵が、悲鳴を上げたのだ。彼女は、ゼノン騎士団の一人が近づいてくるのに気付いたのだ。
「その部屋に誰がいる?」
と、ゼノンの騎士が聞いた。
その騎士は、どこから来たのだろうか?とリイル・フィアナ提督は思った。ゼノン騎士団が衝突した海賊の要塞から侵入したことについて、ダールマン提督がまっすぐに要塞司令室に行けるように通路や壁を操作したことを、彼女は知っていた。
それなのに、一人の騎士が医務室に迷い込んで来たのである。他の騎士団の連中とどこで別れたのか。一人だけ道に迷って医務室にやって来たのだろうか。
ゆっくりと、扉が開いた。
最初に入って来たのは、看護兵だった。後ろ向きに病室に入って来ると、次にゼノンの騎士が剣を手にして入って来た。
「お前は、誰?」
と、リイル・フィアナ提督が聞いた。
ゼノンの騎士はすばやく病室を見回して、そこにいるのが人間族の女ばかりであることを確認した。
「俺は、ゼノンの騎士だ。お前たちはこの要塞の者だな!」
と、言った。
リイル・フィアナ提督の目には、顔を覆っている金属の被り物の下のゼノンの騎士の表情が見えた。にやにやしているのが気色悪い。ここにいるのがか弱い女ばかりと知って、悦に入っているように思えた。
「そうだとしたら、何なの?」
と、リイル・フィアナ提督は聞いた。
「お前たちに用はないが、役に立つだろう」
と、騎士は言った。
「役に立つ?人質にするというつもり?」
「用があるのは、銀の月だ。お前たちの中に銀の月がどこにいるのか知っている者はいるか?」
「それは、残念ね。私たちは知らないわ」
「ほう、そうか。それでもかまわない」
ゼノンの騎士は危険のなさそうな場所なので、邪魔な被り物を取った。
その途端、部屋の中に声のない驚きが走った。
ゼノン人は竜族なので、その顔は人間似ではなく爬虫類のような鼻の低い、鋭い目をした酷薄そうな顔をしていた。皮膚は鱗ではないが、ナンヴァル人の緑の皮膚ではなく、薄茶色なので人間の皮膚の色よりも濃いくらいだった。
「ふん、我々を見るのが初めての人間は大抵そのような顔をする。だが、お前は違うようだな」
と、ゼノンの騎士はリイル・フィアナ提督を見て言った。
「ええ、そうよ。私はゼノン人を見るのは初めてではないわ」
と、リイル・フィアナ提督は言った。
「察するところ、その生意気な口の聞きようは、ここに逃げて来たタレス人でもないか……」
「そうね」
「すると、お前はどこの者だ?」
「さあ、どこかしら?」
「ふん。この要塞にガンダルフの五大魔法使いの一人である、『銀の月』がいることは、先刻承知だ。だとすると、お前はガンダルフの者だな。つまりリドス連邦王国の者だ」
「なかなか賢いわね。でもそこまでかしら?」
「リドス連邦王国というと、このジル星団では新参者だな。お前たちの中には能力者も魔法使いもいると聞いたが、お前はどちらだ?」
と、ゼノンの騎士は随分余裕がありそうに言った。
これほど自信があるとすると、このゼノンの騎士は魔術師かもしれない、とリイル・フィアナ提督は思った。
ゼノン帝国では国策として一般人にも魔術師の呪文を教えるというから、騎士であっても魔術を使えることは十分考えられる。この騎士はおそらく魔術の方にかなり自信があるのだ。
「そうだ。おまえが考えている通り、俺は魔術師としても十分通用する力がある」
と、まるでリイル・フィアナ提督の心の中を見透かすように言った。
魔法の初心者やそこいらの能力者なら、ゼノンの魔術師と聞けばかなり動揺する。だが、ゼノンの騎士の予想に反して、目の前の女は彼のことをせせら笑っているように感じた。
「お前は、随分自信があるようだな。俺と力比べをしてみるか?」
「あら、私はそんなに強くはないわ。それに、魔法は見世物ではなくてよ」
リイル・フィアナ提督は、思い切り相手をバカにした表情を見せた。先ほどからゼノンの騎士を挑発して、そのとどめを刺した感じだ。
「ほう、その自信、俺が崩してやろう!」
というと、ゼノンの騎士は手に持っている剣を床に突き立て、何やら小声で呪文を唱えた。
すると、ヒュンという風を切る音がして、どこからか一本の細い医療用のケーブルが飛んできて、リイル・フィアナ提督の首に巻き付いた。
「うっ!」
と、リイル・フィアナ提督は巻き付いた細いケーブルを取ろうとして、苦しそうに呻いた。
ゼノンの騎士の顔に嬉しそうな表情が浮かんだ。自分の魔術が相手を苦しめているのを喜んでいるようだった。
だが、それは長く続かなかった。
空中に霧のようなものが生じ、それが集まって水滴となり、その水滴が高速で回転してリイル・フィアナの首に巻き付いたケーブルを切断したのだ。
「何?」
ゼノンの騎士は最初、何が起きたかわからなかった。




