ダルシア帝国の継承者
204.
キンドルラ提督は冷や汗を掻いていた。
グーザ帝国艦隊司令官キンドルラ提督が、ヘイダール要塞の駐機場に置き忘れられた機動兵器を発見した時、これは大変な失態だと狼狽した。こんなものが見つかったら、グーザ帝国の技術が知られてしまうからだ。ふたご銀河においては、グーザ帝国の機動兵器のようなものはなかった。だから、そのことをこれまで黙っていたのだ。
ところが、要塞にいるダールマン提督が当たり前のようにこの秘密を知っていた。そして、そのことを黙っていたことについて罪に問わなかったことは、キンドルラ提督にとっては更なる驚きだった。
もしこれが逆にキンドルラ提督だったら、どう対応しただろう。敵であり、しかも重要な兵器を隠していたとあれば、即拘束して厳罰に処するのが普通ではないのか。
ダールマン提督がこのような対応をしたのは、なぜなのだろうか?ただ単にどんなことにも対応できるという自信があるからなのだろうか、とキンドルラ提督は思った。
いったい、このダールマン提督というのは、何者なのだろうか?
これまで聞いて来た噂によると、銀河帝国から来た軍人だが、今はリドス連邦王国に属しているという。その理由も何か、この要塞の連中の中でも話すのを憚るようなものであると感じるのだ。
ヘイダール要塞の本来の司令官であるヤム・ディポック司令官は、このダールマン提督がすることを黙認しているようだった。それだけではない、まるでダールマン提督は時にはこの要塞の司令官のような振る舞いをする、とキンドルラ提督は思っていた。
「では、動かしてみるか」
と、ダールマン提督は言った。
そのグーザ帝国の機動兵器は、高さが5ケイブ(新世紀共和国の長さの単位)で二足歩行で両腕を持つ、人間型のロボットだった。宇宙船の駐機場だからこそ、入れた大きさだった。このロボットが要塞の通路を移動するのは不可能とは言えないが、天井の高さがギリギリだった。場所によっては、動けないところもある。これを持ち込んだのは戦闘を予想したのではなく、この機動兵器で相手を威嚇するのが目的だった。
例によって、ダールマン提督やバルザス提督と要塞の幹部連中がグーザ帝国の機動兵器がある駐機場へビーム転送で移動した。他の者達は副司令室のスクリーンからそれを見ることになった。
「あの、どうやって動かすつもりなんです?まさか、コア大使が動かすわけではないのでしょう?」
と、ディポック司令官は聞いた。彼は、もしかしたらあのコア大使ならできるのではないかと考えていた。ダルシアの艦を動かしているのは、ダルシア人の魂だと聞いていたからである。
「もちろんだ。この機動兵器を動かすのは、優秀な兵士でしかできないだろう」
と、ダールマン提督は当然のように言った。
「で、その優秀な兵士とやらはどこにいるんです?」
と、フェリスグレイブがあたりを見回して言った。その駐機場には彼らの他には、誰もいないようだった。
「ふん、どうやらうまく動かせるようだ」
と、ダールマン提督が言った。彼には、グーザ帝国の機動兵器を動かそうとしている者が見えるようだった。
「だから、どこにパイロットがいるんです?」
と、フェリスグレイブが言った。
「何を言っているんだ。もうとっくに中に入っている。機械エネルギーの種類や装置がこちらとは違うので最初は戸惑ったようだが、ほら、動くぞ!」
と、ダールマン提督は他の者達に警告した。
すると、ゆっくりとだが、機動兵器の二本の腕の一方が動いた。そして、もう一方の腕も動かして見せた。
「脚はどうだ?動くか?」
と、ダールマン提督が機動兵器に呼びかけた。
機動兵器の脚が、前へ一歩、二歩と動いた。
「問題は武器だな。どんな武器があるかは、使ってみないとわからないからな」
と、ダールマン提督は言った。
副司令室でその様子を見ていたキンドルラ提督は、
「動いた!信じられない」
と、驚いて言った。ケルラ大尉やマルボルラ中尉も一緒に驚いていた。
アリュセアはその機動兵器を見た時、何か大きなものがその機動兵器の中に入ろうとしているのを感じていた。その大きなものは本来のダルシア人である竜の姿をしていた。ちょうどその機動兵器の高さがダルシア人と同じくらいなのだ。
それは生きているダルシア人ではなく、魂、つまり霊体としてのダルシア人であるということがアリュセアにはわかった。
「わかったわ。あれが誰なのか……」
アリュセアは機動兵器に入ったのがダルシア人の霊であり、その霊の名前までわかったのだ。
「サムフェイズ・イージー少佐、私をあそこへ送ってくれない?」
と、アリュセアは頼んだ。
「え?でも、……」
アリュセアを駐機場に送るということは、ダールマン提督からは言われていない。
「大丈夫。ダールマン、いやレギオンはそのことであたなを責めたりはしない」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
そして、一人、駐機場にやって来ると、
「ガルプリウス、おまえか?」
と、アリュセア――ライアガルプスは機動兵器に呼びかけた。
「は、陛下。さようにございます」
と、機動兵器が通信機を使って外に音声を伝えた。
「では、もう一人は?」
「ヴァルギリウスにございます」
二体の機動兵器は驚く要塞幹部の連中の目の前で、アリュセアの前にゆっくりと跪いた。
ガルプリウスとヴァルギリウスは、ダルシア人でも勇名を馳せた戦士であった。とは言っても、竜であるダルシア人は剣を持って戦ったのではない。その敵も同じダルシア人であった。ジル星団では、ダルシア人にかなうような強い種族など他にいなかったからだ。
「久しぶりだな、お前たちに見えるのは」
と、アリュセア――ライアガルプスは懐かしそうに言った。
「お久しゅうございました。陛下にお会いできて我々は喜んでおります」
と、ガルプリウスは言った。
「だが、その体では窮屈であろう」
「手足があるだけ、船よりはましでございます」
「お前たちには苦労を掛けるな。だが、今こちらも危機に瀕しておるのだ。よろしく頼む」
「陛下。そのようなお言葉は無用にございます。どうか我々にお任せください」
ディポック司令官は、自分の考えが当たってしまったことに驚きを禁じ得なかった。まさか、と思っていたのだ。
「ええと、これはいったいどうしたことなんですか?」
と、ホランド・アルガイが言った。彼には何のことやら理解不可能だった。
「司令官、これはまさか……」
と、信じられないという顔をしてグリンが言った。
フェリスグレイブは、もはやこれ以上のことはないと言いたげに、
「司令官は、これを予想していたということですか?」
と、言った。
「わたしだって、まさかと思っていたんだ。それが現実になるとは、……」
アリュセアは我に返ると、
「これでどうするのですか?この機動兵器は動くようだけれど、……」
と、ダールマン提督に聞いた。
「さて、どうするか……」
と、ダールマン提督は顎に手を当てて言った。
現在ヘイダール要塞の司令室を占拠している、あのゼノンの騎士団の連中とどうやって戦わせるかと考えて、ダールマン提督は面白そうににやりと笑った。
205.
ロルフ・ジーンは、不安だった。
ロルフ・ジーンの長女リゼラが、クリスタルの小さな三角錐を持って、電磁機器の近くに置いた。その電磁機器は電気の流れを測る、タレスではどこでもあるものだった。
「これで何をするんだ?」
と、ダルフレイド・ブグマンが言った。子供の話につき合わされて、少し不機嫌そうだった。
ダルフレイド・ブグマンはリゼラの亡き父親ロルフの友人で、ロルフが数学者だったのと違い、物理学を専攻した学者だった。ロルフとダルフレイドは幼馴染でもあり、二人の交友はロルフの妻であったアリュセアもよく知っていたことだ。ただ、アリュセアもダルフレイドが能力者であったことは、これまで知らなかった。彼はグローク・アンバの貨物船ウィーク号に乗って、要塞にタリアの船の後からやってきたのだ。
ダルフレイドは、TPだった。
ダルフレイドは、自分が能力者でありTPであることを実に巧妙に隠して、これまで生きて来た。本来なら、子供の時に発見され、親兄弟から引き離されて政府の工作員として教育されるところだった。それを今回の大統領令があるまで隠し通して来られたのは、よく言えば彼の聡明さによる。
別の見方によれば、ダルフレイド・ブグマンは実に悪賢い人物だった。大統領令により、これまで隠して来たTPであることがばれそうになったため、自分の安全と地位を守るために政府にある陰謀を働きかけた。タレス人の亡命者のリーダーであるタリア・トンブンの近くに、アリュセア・ジーンの名を見つけたことがきっかけだった。
アリュセアがロルフの妻であることを知っていたダルフレイド・ブグマンは、アリュセアがタリアの乗った貨物船に乗って去った後、ロルフ・ジーンにある話を持ち掛けた。
今ロルフは眼前のダルフレイド・ブグマンを見るにつけ、自分の思慮の足りなさに歯噛みする思いだった。
「タリアの船を追いかけるのは、普通の船では無理だ。だから、タレス軍の艦隊に乗るんだ」
と、ダルフレイド・ブグマンは主張した。
「そんなことをしたら、すぐに捕まってしまうじゃないか」
と、ロルフは不安そうに言った。軍の目を掠めるなど、何の力もない普通人である彼には思いもつかない。
「私が要れば大丈夫だ」
その言葉を信用してロルフは、ダルフレイド・ブグマンの言う通りにした。それが、ブグマンの裏切りで、いや最初からそのつもりだったのだ。密航した艦の艦長に知られてしまい、ロルフは尋問を受けた。軍の者達はロルフが普通人であると言うことを信じず、能力者であると思い込んでいたため、つい多量の自白剤を使ったのだ。その所為で、ロルフは命を失うことになった。
これは、ダルフレイド・ブグマンの予想外の事態だった。けれどもロルフを使うことに失敗した彼は、すぐに次の計画を立てた。
ロルフが死んだことをアリュセアは知らない。だから、生きていることにして、アリュセアを脅すということにした。その頃はすでに、アリュセアの乗ったタリア・トンブンの貨物船は、ヘイダール要塞にいることが分かっていた。
最初は手紙をアリュセアに出したのだが、アリュセアの能力とロルフの霊が彼女に会いに行ったので、その計画はすぐに破たんした。
それでもダルフレイド・ブグマンはあきらめずに、次の計画を実行した。今度は彼自身がアリュセアに会いに行き、だますという算段だった。この際ロルフは死んでしまったのだから、彼の素行はばれないと思っていた。
だが、今度はアリュセアの傍にダールマン提督だの、バルザス提督だのというリドス連邦王国の軍の高官がいるので、後から来たタレス人の亡命者であるダルフレイド・ブグマンは、中々傍に寄るのも難しい状況だった。それにアリュセアの傍には、常にロルフの霊が佇んでいた。
昔と違い現在のアリュセアはダルフレイド・ブグマンのTPが通じず、彼女の娘たちでさえ、時たまその思念が分かる程度だった。それは他のタレス人の能力者全般に言えることだった。不思議なことにこのヘイダール要塞に来た者たちは、皆その能力が強くなっているように彼には感じられた。
そんな時アリュセアの娘であるリゼラが、父であるロルフの親友であるという話を信じて、ダルフレイド・ブグマンに自ら近寄って来たのだ。おそらく、彼女はリドス連邦王国の連中に不信を抱いているとダルフレイド・ブグマンは感じていた。なぜなら彼らの一人であるバルザス提督が、アリュセアに親しげに振る舞っていたからだった。
リゼラ・ジーンはダルフレイド・ブグマンの歓心を買うため、とっておきの秘密を彼に披露したのだ。それが、クリスタルの三角錐と電磁波を測定する小さな装置だった。
(まずい……)
と、声がするのをロルフ。ジーンは聞いた。それは、霊としての彼であって初めて聞ける声だった。
見ると、そこにダルシアのコア大使がいた。
(いったい何がまずいのですか?)
と、ロルフは聞いた。
(あれは、ダルシアが使っているエネルギーの基本部分にあたるものなのだ)
(しかし、あれは……)
そのクリスタルはリゼラのお気に入りだったことを、父親であるロルフは思い出した。いつの頃からか、リゼラがあまりにねだるので買ってやると、よく遊んでいたものだった。以前ロルフもリゼラに見せられたことがある。その時は何も気が付かなかった。
(あの小さな三角錐では大したエネルギーは起きないが、その原理は同じだ。あの者がそれに気づくと、非常にまずいことになる)
と、コア大使は言った。
(でも、昔からあの子は、あの三角錐で遊んでいました)
と、ロルフは話した。
(それは、あの娘が、ダルシアのエネルギーを人間族の国で再び発見することが使命だからなのだ)
(再び発見する?それはどういうことなのです?)
(あの者は、お前の娘であるが、かつてはダルシアに生まれた者だ。名をドリアルスという、ダルシアでも屈指の科学者だった。あの者は、今度は人間族に生まれてダルシアのエネルギーを発見するだけではなく、もっと多くの科学的発見、発明をするために生まれたのだ)
(そう言えば、ダールマン提督が同じようなことを言っていましたが……)
ロルフはダールマン提督がアリュセアに言っていたことを思い出した。その時、ダールマン提督はアリュセアに話をしていたのだが、どうもロルフもいることを知っていて両方に話していたような感じがしたものだ。
リゼラは、成長したら科学者となり非常に貴重な発見をするために生まれて来たのだという話だった。
ロルフには信じられないような、妙な話だ。タレス連邦では、生まれ変わりという迷信や言い伝えはあるものの、それを信じる者はあまりいない。まして科学者であれば、ほとんどいないだろう。
その上、今のコア大使の話では、ロルフの娘リゼラは以前ダルシア人であったという。ダルシア人に生まれた者が、今度はタレス人として生まれて来たというのだ。しかも、使命を帯びて。こんなことがありうるのだろうか?
ダールマン提督の時は本当だろうかと疑う気分が大きかったが、再びコア大使から同じことを聞くに当たって、本当のことなのだろうか、とロルフは思うようになってきた。
(ガンダルフの魔法使いは、よく知っているのだよ……。それは二人目の娘も同じだ。アリンというのだったかな?)
(そうです。アリンと言います)
(彼女も同じ、ダルシア人の魂なのだ。オリガラナスと言う、彼女も科学者の魂だ)
(あの、一番下の娘はどうなのでしょうか?)
と、ロルフは聞いてみた。上の二人が元ダルシア人だとしたら、三番目も元ダルシア人かもしれないと思ったのだ。
(リュイのことか?あの子は、ダルシアでは稀有な宰相と言われたマルガルナスの魂だ。政治家でもある。軍人でもあるし、科学者でもある。つまり、ダルシアでは科学者という一つの職業ではなく、本人の持っている才能に合わせて様々なことが出来たのだ。上の娘たちも単なる科学者ではない。軍人も兼任していたのだよ)
と、コア大使は説明した。
(でも、娘ですよ。女の子なんですよ)
と、ロルフは強調した。
タレス連邦では他の人間族の国と同じように、男女では職業を選ぶ場合、やはり少し違っていた。女性であれば軍人や科学者あるいは政治家を目指すと言う者がいないわけではないが、少数派である。
(そうか、お前は知らないだろうが、ダルシア人は基本的に女性が中心だった。男性は繁殖のために最小限しか育たなかったのだ。人間族とは違うのだ)
ダルシア文明においては、普通成熟して大人になるダルシア人というのは、ほとんどが女性なのだった。コア大使の言うように、男性は繁殖のためにわずかしか生まれなかった。それにダルシア人は女性が男性よりも大きく強かったこともあり、男性は抑圧されてあまり長生きはしなかったのだった。
女性であるダルシア人は卵生であり、生涯の一時期卵を大量に産むときが来る。その時、生き残った少数の男性のダルシア人と出会い、何百という卵を産むのだった。産むと母親は巣を出て行ってしまうのだ。何百という卵は一つの巣で孵り、孵った幼生のダルシア人は一人巣を出て、生きていくことになる。つまり親に育てられるわけではない。同時期に複数孵ると、幼い子であってもそこで生死を分ける戦いが起こり、その中で勝ち残った一人だけが、巣を出ることになる。
つまり、ダルシア人の社会には結婚制度と言うものはなく、子供を育てる習慣もなかった。だから、夫婦、母娘、兄弟姉妹という概念はない。ダルシア人は全て個人として、存在したのである。従って、家や家系、名門や出自という概念もなかった。
(しかし、竜族と言われる、ゼノン人やナンヴァル人はそうではありませんね)
と、ロルフは言った。
ゼノン人やナンヴァル人は結婚もするし、子供を育てるという習慣もある。また、家や家系ということに非常にこだわるところがあるのだ。
(そうだ。彼らはすでにダルシア人ではなく、人間に非常に近い生物なのだ)
と、コア大使は言った。
(そういうあなたは、男性ではないのですか?)
と、ロルフ・ジーンは不思議に思って聞いた。
(私は、ダルシア人の中でもかなり異質な部類なのだ。私はほとんど人間族の遺伝子しか持っていない。ダルシア人としての遺伝子は、すでに五千年前に失われたのだ)
(それは、どういうことですか?)
(今はそれを長々と話している場合ではない。あのダルフレイド・ブグマンというタレス人は信用ならない。何とかリゼラやほかの子供達から離せないだろうか?)
(そうでした。私も今では同じ思いです。ですが、リゼラはバルザス提督に反発を抱いているのです)
と、ロルフは困ったように言った。
(もしかして、母親を奪われると思っているのか?)
(おそらく、そうでしょう)
(困ったものだな。人間族に特有の家族という社会的な慣習は、ダルシア人はなかったものだ。それは決して悪いものではないのだが、このままではあの子自身の将来が危うくなる)
コアたちの心配を知ってか知らずか、リゼラはダルフレイド・ブグマンと親しげに話をしていた。
206.
リュイ・ジーンはふと、妙な気配を感じた。
そこは副司令室の中で、リュイの知っている人がたくさんいた。ただ姉の一人、リゼラの姿が見えなくなっていた。
(リュイ!)
と、コア大使は言った。
リュイは頭の中の声が自分の名を呼んだように感じて、振り向いた。
「あ、パパ……」
と、リュイが言った。
そこにはコア大使とともに、リュイの父であるロルフの霊がいたのだ。リュイには、コア大使やロルフの姿が見えるのだった。
一瞬、何があったのかとリュイの姉のアリンがリュイを見た。
「どうしたの?何かあった?」
と、アリンが言った。そして、あたりをキョロキョロと見回した。
「う、ううん。何でもない」
と、リュイは言った。というのも、ロルフが黙っているように、リュイに示したからだ。
残念ながら、アリンにはコア大使も父であるロルフの姿も見えないのだった。
(リュイ、話があるんだ。アリンには気づかれないように、黙って聞いてほしい)
と、ロルフは言った。
すると、リュイは黙ってうなずいた。
(リゼラが、ダルフレイド・ブグマンと一緒にいるんだ)
と、ロルフが言った。
(その人知ってる。パパの親友だって聞いてるよ)
リュイの言葉には、不安そうな様子はなかった。完全にダルフレイド・ブグマンに騙されているのだった。それも、母親のアリュセア自身も含めてだった。
(リュイ、彼は昔は親友だったが、今は違うんだ)
(違うの?)
(ダルフレイド・ブグマンはお前たちの敵方なのだよ。つまり、悪い人だ)
(悪い人?でも、ママもあのおじさんをパパの友達だって言っていたよ)
(ママも気が付いていないんだ。だから、このままではお前たちが危ない)
(ママでも気づかないことがあるんだ)
と、驚いたようにリュイは言った。
(今、ここでは色々なことが起きるので、ママにはそこまで考えている暇がないんだよ)
と、ロルフは言った。
(ふーん。確かに、今も大変みたいだものね)
要塞ではまたどこかの艦隊からの襲撃だと、騒いでいた。それをリュイも聞いていたのだった。
(だから、リュイの力を借りたいんだ)
(何をすればいいの?)
(リゼラの所へ行って欲しいんだ)
(でも、そんなことをすると、リゼラは怒ると思う。邪魔だって言って……)
一番下の妹のことを邪魔にするのはアリンの方が多かったが、リゼラもこんな時は同じだった。特に、最近ダルフレイド・ブグマンとはやけに親しげにしていたからだ。
(その邪魔をしてほしいんだ)
(え?そんなことをしたらリゼラを怒らせてしまうわ。私できない)
リュイにとっては、一番上のリゼラは怖い姉でもあるのだった。
(だが、それをしなければ、リゼラがとても困ったことになるんだ)
(リゼラが?)
リュイは、困ったようにため息をついた。そして、
(私がやらなきゃだめ?)
と、彼女は聞いた。
(他にやる人がいないんだ)
(わかったわ)
と、リュイは決心したように言った。
小さなクリスタルの三角錐は、きれいな子供のおもちゃのように見えた。だが、傍に置かれた電磁波測定器には、その三角錐をリゼラが動かすたびに、針が動くことを示していた。
これはどうしたことだろうか、と、ダルフレイド・ブグマンは思った。
普通、クリスタルの三角錐が電磁波を出すと言うことは聞いたことがない。これは何かのマジックか何かなのだろうか?
「おじさん、これ、本当にエネルギーが流れているのよ」
と、リゼラは懸命に言った。
小さなクリスタルの三角錐の中心にエネルギーが流れ込むという、強いイメージを持つのが肝心なところだった。それがなければ、何も起こらない。それはまさに、見えない力と目に見える力との接点の実験でもあるのだ。
リゼラがそのことに気が付いたのは、リュイが生まれてしばらく経った時のことだ。母親が末の妹にかかりきりで、自分はアリンの面倒まで見なければならなくなって、癇癪を起して家を飛び出した時のことだ。
その時に持って出たのがクリスタルのこの三角錐だった。これは小さい頃から欲しくて、何度も何度もねだって買ってもらったリゼラの宝物だった。
泣きながら、半ば怒りに任せてこの三角錐の中に大きなエネルギーが流れて、それが雷になるという想像をしていたリゼラは、足元に落ちている妙な装置を見つけた。それが何であるかがわかったのは、しばらくたってからだったが、面白いことを発見したのだ。
それは古い装置だった。誰かが捨てて行ったと思われるそれは、リゼラの三角錐を近づけるとわずかに針が振れるのだ。リゼラは何かすごいことを見つけたように、ドキドキしたことを覚えている。
その装置は小型電池を入れるようになっていたが、そこが壊れていて、電池が入ってはいなかった。おそらく、そこに電池を入れれば、その機能が発揮できるのだが、そこが壊れているので、捨てられたのだ。
だが、リゼラの小さなクリスタルの三角錐を近づけると、その針が動くのだ。電池が入っていないのに動くのだった。ただその針が動くのは、いつもではなかった。ただクリスタルを近づけただけでは動かない。リゼラがクリスタルからエネルギーが流れ出るというイメージを強く持つと、動くのだった。
それが、電磁波測定器だということがわかったのは後のことだ。
この経験からリゼラはクリスタルの三角錐から電磁波を発するのは、彼女のイメージが重要だと言うことを知ったのだった。
このことは、父親のロルフにだけ話したことがある。リゼラがクリスタルの三角錐を使って電磁波測定器の針を動かすのを、ロルフはとても不思議そうに見ていた。けれども、その理論まで構築することはできなかった。一応科学者であったロルフは、リゼラのクリスタルの三角錐のエネルギーについての理論を考えたことがあったが、専門は数学者であったし、肝心要のリゼラのイメージの部分を知らなかったので、出来なかったのだ。
リゼラはエネルギーの流れをイメージするということは、誰にも言わなかった。言ったら、変に思われると思ったのである。この誰も知らないクリスタルの三角錐とイメージの関係は、エネルギーの発生に非常に重要な部分なのだった。
「どんな手品を使っているんだい?リゼラ?」
と、ダルフレイド・ブグマンが言った。こんな妙な現象は確かに手品に違いない、と彼は思ったのだ。
「違うわ。わからないの、おじさん。これは、新しいエネルギーなの」
と、怒ったようにリゼラは言った。
「わかった、わかった。これは新しいエネルギーか。なかなか面白いじゃないか」
と、リゼラを宥めるようにダルフレイド・ブグマンは言った。
リゼラはダルフレイド・ブグマンが、彼女の言わんとするところを全然理解していないことを知って、さらに怒りに身を震わせた。
「おじさんもパパと同じなのね。これは、手品などではないわ。本当にこのクリスタルから電磁波が出るのよ」
だが、ダルフレイド・ブグマンは常識から考えて、そんなことはあり得ないと知っていた。クリスタルが電磁波を出すなんてあり得ない。だから、リゼラは何か巧妙な手品を見せているのだろう。
「君は、手品師にでもなりたいのかい?」
と、ダルフレイド・ブグマンはそれでも好意的に言った。
「だから、違うの。これは、本当に本当なの!あのね、このクリスタルを持って、この中からエネルギーがあふれ出てくると思うの。そうすると、この針が動くのよ!」
と、思わずリゼラは大声で叫んでしまった。あまりに情けなかったのだ。どうして、大人たちは分からないのだろうか?
「ふむ、そうか?なら、一度やってみよう」
と言って、ダルフレイド・ブグマンはリゼラの言うように、クリスタルの三角錐からエネルギーが流れるという場面を想像してみた。
最初、針は動かなかった。だが、二度三度とやってみて、最後に一瞬針が動いたように見えた。
「ほら、動いたわ、見て!」
と、リゼラは勝ち誇って言った。
その針の振れ方は、ほんのわずかだった。動いたかどうか、定かではない位だった。
「ううーん……」
と、どう判断したものかとダルフレイド・ブグマンは迷った。そして、
「なるほど、動いたみたいだね」
と、彼は言った。
あまり否定するとリゼラが余計に騒いで、困ったことになると判断したのだ。
それを聞いてリゼラは、喜ぶどころか急に元気をなくして、
「うん」
と、一言だけ言った。
そこへリュイがやって来た。
リゼラとダルフレイド・ブグマンがいたのは、アリュセアの三人娘の部屋である。
「お姉ちゃん……」
とリュイは、最初は怖々と呼んでみた。
「どうしたのリュイ?」
と、急にやって来た妹に驚いてリゼラが聞いた。
「何をしているの?」
「ちょっと、おじさんと話していたの」
「どんなこと?」
「いや、中々面白い手品を見せてもらったよ」
と、ダルフレイド・ブグマンは言った。
やっぱり、とリゼラは心の中で失望した。
「そう。あのね、アリンが心配していたから……」
と、リュイが言った。
「やだ、ちゃんとリュイのことを見ていてと言ったのに……」
「さあさ、他の連中も心配して探しているかもしれないよ」
と、ダルフレイド・ブグマンがいい潮時だというように言った。
リゼラはリュイを連れて、皆のいる副司令室へ戻っていった。ダルフレイド・ブグマンが戻るように促したのだ。
だが、ダルフレイド・ブグマンはしばらくその部屋で、先ほどのリゼラの話を思い出していた。
「エネルギーが流れ出るというのをイメージして、か。まるで魔法みたいなことを言っていたな」
と言いながら、ダルフレイド・ブグマンはそこに残されている古い電磁波測定器を見た。
クリスタルの三角錐はリゼラの宝物なので、彼女が持って行ってしまったため、ここで先ほどと同じことを実験することはできなかった。けれども、一人になってみると、先ほどのことが嫌に思い出されるのだ。
一人前の科学者なら、考えもつかないことだった。
ただ、魔法と言うものが実際に存在するということは、ゼノンの魔術師やナンヴァル人やリドスの魔法使いのことを聞くにつけても、否定することはできなかった。だとすると、もしかしたら、リゼラの言うことは案外本当かもしれないではないか。
ダルフレイド・ブグマンは自分の専門の分野でもあるので、これは研究の価値があるのではないか、と思い始めていた。
やはり、まずいことになった、とコア大使は思った。
(しかし、すぐにどうということもないでしょう?)
と、ロルフ・ジーンは言った。
(もちろん、すぐにはな。だが、後で面倒なことになるだろう)
と、コア大使は言った。
事実、後にダルフレイド・ブグマンはクリスタルの三角錐から出るエネルギーを自分が発見したとして、タレス連邦の科学者の団体で発表することになる。
だが、本当はリゼラ・ジーンがその第一発見者であった。そのため第一発見者が誰であるかを巡って、二人の間で論争が起きることになるのだった。




