ダルシア帝国の継承者
201.
耳を圧するほどの警報音がそこら中で鳴り響いた。あの暗黒星雲の種族が来た時以来のことである。
だが要塞の司令室は、見たことのない妙な形の艦隊が主砲を発射するのをただ見ていただけだった。何の警告もされることはなく、なぜそのような攻撃がなされたのかもわからなかった。
「い、いったい何が起きたのだ?」
と、エルシン・ディゴ議員が茫然として言った。
そこには、要塞司令官であるヤム・ディポック司令官提督の姿はなかった。いつもなら司令官の傍にいる副官も参謀も、要塞の幹部連中は誰もいなかった。
司令室にいるのは、エルシン・ディゴ議員とフランブ・リンジ議員、それに秘書のギアス・リードだった。ただし、彼らは政治家であり軍人ではなかったので、要塞の緊急事態に必要な何の対処も取れなかった。第一。彼ら自身、何が起きているのかわからなかったのだ。惑星連盟の艦隊を見るのは、彼らにとっては初めてのことだった。
銀河帝国の艦隊なら、要塞から少し離れたあたりでワープ・アウトし、それから通常航行で要塞に近づいてくる。そのため探知装置に掛かるから、事前にわかるのだ。しかし、惑星連盟の艦隊は要塞に一番近いジャンプ・ゲートを通って来たので、要塞側には突然眼前に艦隊が湧いて出たようなものだった。
ヘイダール要塞は木の葉のように揺れていた。ダルシア帝国の艦隊の主砲は一撃で要塞の流体金属を消失させ、本体の部分に大穴を開けていた。流体金属が流れて戻りその穴を塞いだとしても、本体部分の損害は隠せなかった。しかも、ヘイダール要塞に衝突しているナッシュガルの要塞にゼノン帝国の艦を付けられ、そこから重武装の兵士が侵入を始めていた。
「ナンヴァル連邦の連中らしい、やり方だな……」
と、ダールマン提督は言った。
副司令室のスクリーンには、惑星連盟の艦隊の攻撃の様子が映じていた。そして、海賊ナッシュガルの要塞に流れ込む重武装の兵士を、黙って眺めているしかなかった。この準備の良さは、海賊ナッシュガルの要塞がヘイダール要塞に衝突しているということを、敵が予め知っていたことを表している。
有無を言わせずに正面から仕掛けてくるのは、ナンヴァル人の特徴と言ってよかった。ゼノン帝国のやり方とは違うが、この方がダールマン提督――レギオンには好ましく思えた。
重武装のゼノン帝国の兵士は、彼らの国では騎士団と呼ばれている戦闘専門の集団だった。彼らには、ジル星団で勇猛だと言われているナンヴァル人でさえ、一歩引き下がるという勇名を馳せていた。
「どうします?司令室の連中が対処できるとは思えませんが……」
と、バルザス提督が一応言ってみた。ダールマン提督が何もしようとしなかったので、どうするつもりなのか気になったのだ。
「そうだな、あのゼノン帝国の重武装の騎士団だったか、彼らができるだけ速やかに要塞司令室に着けるように手を貸してやってくれないか……」
と、ダールマン提督は言った。その言葉に他の者達は何のつもりかと、彼を見た。
「まあ、それでは司令室の方々が大変ではありませんか?」
と、マグ・デレン・シャが同情して言った。
「あの連中には、この要塞の司令官がどんなに苦労を強いられるかを経験するべきでしょう」
と、ダールマン提督は言った。
この部屋の者達は、司令室に現在ディポック司令官がいないことを知っていたのだ。
「なるほど、それもそうですね」
と、マグ・デレン・シャは納得した。彼女も元新世紀共和国のから来た議員たちに、好感を抱いてはいない。このところの彼らのやり口を、よく思っていないのだ。
要塞の通路や入り口が司令室に最短コースで向かえるように、隔壁が動き、関係ない扉が閉められて行った。その扉は、表面が他の通路の壁と同じ装飾に自然に変わって行った。
ゼノン帝国の騎士団は要塞の内部に詳しくはなかったが、常識的に動きやすい方へ方へと移動して行った。それだけで、彼らは目的地である司令室にぐんぐん近付いて行くのだった。
けたたましい警報音と最初の揺れで、ディポック司令官はすぐに要塞が攻撃されていることに気づいた。
「どこからの攻撃かな?」
と、ディポック司令官は言った。
これまで、色々なところから攻撃を受けたので、すぐには思いつかなかった。部屋には外を見るスクリーンがないし、司令室から何の連絡もないのだ。
「ダールマン提督に聞けばわかるのではないか?」
と、ナル・クルム少佐が嫌に落ち着き払って言った。
そこへ、ノルド・ギャビやホランド・アルガイ、それにグリンやフェリスグレイブが相次いでやって来た。
「司令官、司令室ヘは行かれないのですか?」
と、グリンは催促するように言った。
「行っても、入れてはくれないだろうな……」
と、ディポック司令官は言った。
エルシン・ディゴ議員は要塞の司令官や幹部の連中が司令室に入るのを嫌がって、入らせないようにしていた。けれども要塞幹部の連中の部屋に衛兵を付けて、軟禁状態にすることまではできなかったのだ。
「こんな時に、まだそんなことをすると思われますか?」
と、フェリスブレイブが言った。
「たぶん、……」
愚かなことだが、ディポック司令官はあの連中ならやりかねないという気がした。下手をすると、彼らに対する反逆だと受け取られかねない。そうなったら拘束される口実を与えるだけで、元も子もない。
「それなら、バルザス提督の宿舎の方へ行ったらどうだろうか?」
と、ナル・クルム少佐が提案した。
「そうか、副司令室になる部屋だと言っていたな……」
「だが、そんなことをしたら、司令室の連中に分かってしまうのではないか?」
と、ノルド・ギャビが警戒して言った。
元新世紀共和国から来た議員たちは、バルザス提督の宿舎がこの要塞の副司令室になる部屋だとは知らなかった。このことは、この要塞を作った銀河帝国の者であっても知らない秘密なのだ。
「その点は、ダールマン提督やほかの連中が適当にごまかせると思う。それに、バルザス提督の部屋を呼び出せば、向こうで対応してくれるだろう」
と、クルム少佐は言った。
「つまり、例のビーム転送装置で移動してもらえるというのか?」
と、フェリスグレイブが聞いた。彼はまだゼノン騎士団が要塞内に侵入したことは知らないのだが、彼のカンでは要塞内の通路の移動は危険な気がするのだ。
「それも可能だと思う」
要塞内でもビーム転送装置が使えるというのは、実に便利だった。
「しかし、それまで要塞はもつかな?」
と、ホランド・アルガイが不安そうに言った。どこの誰が攻撃をしているのかもわからないのだ。銀河帝国なら、ディポック司令官が対処できるだろう。だが、もし他の未知の敵だとしたら、ディポック司令官であっても対処できるかどうかわからない。
ヘイダール要塞中に響き渡る警報音は、どこでも聞こえ、いつまでも鳴り響いていた。最初の要塞全体が大揺れに揺れるような感じは何度もしなかったが、警報が収まらないということは危険が続いているということだ。
副司令室に当たるバルザス提督の部屋では、ディポック司令官の会話を傍受していた。
「ちょうどいい、サムフェイズ・イージー少佐、あの連中をここへ転送してくれ」
と、ダールマン提督が言った。
すでに、サムフェイズ・イージー少佐以外の白金銀河から来た者たちは、プロキシオン号に乗り込んで準備をしていた。
要塞の外では最初の攻撃はダルシアの艦がやったが、要塞に打撃を与えた時点で、ゼノン帝国やナンヴァル連邦の艦が出て来て、主砲を撃ち始めていた。
戦艦ベルデルを始め、エルシン・ディゴ議員たちが頼みに思っていた元新世紀共和国の艦数百隻は、あっという間にゼノンやナンヴァルの艦にやられてしまった。残りの艦艇は散り散りになって、要塞から離れて行かざるを得なかった。
ディポック司令官の部屋にいた者たちが一瞬で、バルザス提督の部屋に移動すると、
「なるほど、ここでも我々を監視していたということか」
と、フェリスグレイブが皮肉を言った。
「警護していたと言って欲しいですね」
と、バルザス提督が言った。
「同じことだ。で、どうするつもりなんだ?」
「それよりも、医務室にいる妻や娘たちはどうなる?」
と、ノルド・ギャビが言った。ディポック司令官もブレイス少佐やマクガリアン中尉のことが心配だった。彼らのいるところへ敵の兵士たちがなだれ込んで来たらどうすればいいのかわからない。
「そちらは、リイル・フィアナ提督に行ってもらいましたから、大丈夫でしょう」
と、バルザス提督は言った。
「リイル・フィアナ提督?あの猫にするのが得意な?」
と、ノルド・ギャビが不安そうに言った。
「それは、本人には言わないようにしてください。彼女はガンダルフの魔法使いではありませんが、アルフ族の末裔として強力な力を持っています。猫以外のことであっても、何でもできるのですよ。だから医務室の人達を守るくらいわけありません」
ノルド・ギャビはその話に少し落ち着いて、
「で、どうするつもりなんです?」
と、聞いた。
「そう言っても、前に惑星連盟の艦隊が来ると話していたではありませんか?」
と、バルザス提督が言った。
「予知は当たらないこともあるということでしたが……」
と、グリンが慎重に言った。
「今回は予知ではなく、宇宙都市ハガロンにいるリドス連邦王国の大使が知らせて来たはずです」
「つまり、あれは予知ではなく、事実だということか」
と、フェリスグレイブが言った。
まったくの油断だった、とディポック司令官は思った。事前に情報はリドス連邦王国の者達から得ていたのだ。それなのに、元新世紀共和国から来た議員たちに気を取られて、ハガロンの惑星連盟のことまで気が回らなかったのだ。もっとも、そのことをあの議員たちに言ったとしても、理解できたかどうかわからない。
「現在、ゼノン帝国の重武装の騎士団が、あのナッシュガルの要塞からヘイダール要塞へ侵入しています」
と、バルザス提督が補足して言った。
「侵入速度が速すぎませんか?」
と、ゼノンの騎士団が映っているスクリーンを見て、ディポック司令官は言った。
「できるだけ、要塞司令室に行くための障害をなくしたから、早くなったのだ」
と、ダールマン提督は言った。
「どうして、そんなことを?」
「この要塞の立ち位置を、今度来たあの議員連中に分からせるためだ。直接ゼノンやナンヴァルの連中と遣り合って、どれだけのことができるかやってもらうのも面白いのではないか?」
「危険ではありませんか?」
「危険があれば、取り除いてやってもいい」
「何だって、それはどういうことなのです?」
と、グリンが言った。
「別に他意はない。だが、惑星連盟の艦隊に我々は負けるつもりはないのだ」
「しかし、あの連中は要塞に大穴をあけたのですよ。しかも、重武装の兵士を送り込んでいる」
このままではヘイダール要塞は、彼らに占拠されてしまいかねない勢いだ。
「あれは、ダルシア帝国の艦の主砲だ。この要塞にそれだけの損害を与えられるのはダルシアの艦以外にない。ゼノンもナンヴァルもそれほどのことはできない」
「で、あなたは何が目的なんです?」
と、ディポック司令官は聞いた。
「それは、何のことだ?」
と、ダールマン提督はとぼけて言った。
「あなたは何か隠してはいませんか?そう思うのですが……」
と、ディポック司令官は言った。
「だが、我々もすべてを知っているわけではないのだ。ゼノン帝国の騎士団が司令室に着いた時、何をするのかを見たいのだよ」
と、ダールマン提督は言った。少なくとも連中の目的はわかる。
いつでも主導権を握れると思っているようだ、とディポック司令官は思った。それだけ自分の力に自信があるのだろうが、自信を持ち過ぎではないのかと不安に駆られた。
202.
警報がいつまで続くのかと思っていると、
「大変です。要塞に侵入者が……。あれは、どこの兵士でしょうか?」
と、司令室のスタッフが言った。
スクリーンに曲がりなりにも映し出されたのは、新世紀共和国のものとは違う重武装の兵士団だった。その武装は銀河帝国のものでもない。見たことのないものだった。だが、ヘイダール要塞に衝突したままのナッシュガルの要塞から侵入した者達は、かなりのスピードで要塞司令室に向かっているようだった。通路でも迷うことがないのが妙であった。
「どうしましょう?」
と、フランブ・リンジ議員が言った。言っても仕方がないことだが、他に言いようがない。
「ディポック司令官は何をしているのだ?」
と、エルシン・ディゴ議員が怒鳴った。
「司令官は自分の部屋にいるのではありませんか?ディゴ議員があまり出歩かないように、と指示されたのでは?」
と、フランブ・リンジ議員が言った。それほど怒るなら、最初から司令官たちを司令室から追い出さなければよかったのだ、と彼女は思った。
「何を言っているんだ。こんな非常事態に、司令官が司令室にいないとは、怠慢だ!」
と、エルシン・ディゴ議員は怒って言った。
「それよりも、要塞には要塞防御指揮官がいたのではありませんか?」
と、ギアス・リードが言った。
「そうだ、誰だそれは?」
「フェリスグレイブ中将です」
と、司令室のスタッフの一人が言った。
「そいつはどこにいる?」
「さあ、それはわかりません」
「職務怠慢だ!ここの連中は何をしているのだ?」
と、エルシン・ディゴ議員は更に怒りを爆発させた。
皮肉なことに、思い通りにならないと怒るのは上に立つ資格のない人間だ、とエルシン・ディゴ議員が常日頃話していたことをフランブ・リンジ議員は思い出した。
「先ほどから呼び出しているのですが、繋がりません」
と、司令室の別のスタッフが言った。
スクリーンを見ると、敵の兵団がまさに司令室の扉を破ろうとしているのが映し出された。
「おい、どこかに別の出口はないのか?」
と、ギアス・リードがたまりかねたように言った。
「他にはありません」
司令室の入り口が今にも壊れそうだった。熱系統の武器で焼き切ろうとしているのか、入口の扉の色が変色し始めていた。
「本当に、何もないのか?」
「何もありません。もう武器の準備をしても遅いのではありませんか?」
と、司令室のスタッフの一人が驚き慌てる議員に呆れて言った。扉が壊されれば、司令室は落ちたも同然なのだ。今更ディポック司令官やほかの幹部連中を呼んでも遅い。
入口の扉が変形して、そこから未知の重武装の兵団がなだれ込んできた。
エルシン・ディゴ議員、フランブ・リンジ議員、そして秘書のギアス・リードは為す術もなく立ち尽くしていた。
「今、ゼノンの騎士団が司令室に入りました」
と、サムフェイズ・イージー少佐が冷静に言った。
「侵入してきた連中は皆司令室に入ったのか?」
と、ダールマン提督が聞いた。
「はい。外に多少見張りはいますが、ほとんどの兵士が司令室に入りました」
「まさか、司令室の者達を殺したりはしないでしょうね」
と、ディポック司令官は心配して言った。
「ゼノンの騎士団とて、それほど残虐ではないぞ。人間なら食用のためにとっておくだろうさ」
と、ダールマン提督が言った。
「食用?もっと悪いではないですか」
と、ノルド・ギャビが言った。
「食用にするつもりだから、めったに殺しはしないということだ。但、すぐにはということだが……」
スクリーンには武装解除をされている司令室が映っていた。議員たちも司令室のスタッフも司令室の端の方へ集められ、座らされていた。
「ゼノンの連中は司令室の機器を扱えるのですか?」
と、ディポック司令官は聞いた。
「さあ、どうだろうな……」
と、ダールマン提督も興味ありげに、映像を見ていた。
ゼノンの騎士団の指揮官らしき人物が、何かを話しているのが見えた。
「今、映像の音声が出ます」
と、サムフェイズ・イージー少佐が言った。
「旗艦との通信回線を開かせろ!」
と、ゼノン帝国騎士団の指揮官が命じた。
「お前たちの中で、通信機器を扱えるものはいるだろう、出て来い!」
と、騎士団の一人が司令室のスタッフに言った。
「大人しく出て来た方が身のためだぞ。いつまでも黙っていると、この要塞の損害が増えるばかりだ。通信をすれば、我々の艦隊からの攻撃は止む」
「本当か?」
と、エルシン・ディゴ議員が聞いた。
「本当だ。お前がやるというのか?」
「いや、私ではない、だが、通信をさせよう」
と言って、エルシン・ディゴ議員は司令室のスタッフに、
「通信回線を開くように」
と命じた。
一人が立って行き、通信回線を開いた。
スクリーンにゼノン帝国の軍人らしき人物が出ると、
「ウルヴァヌ・ヴィレンゲル少将閣下。ご命令通り、要塞司令室を占拠致しました」
と、騎士団の指揮官が報告した。
「よくやった。で、銀の月はいたか?」
「司令室には銀の月はいませんでした」
「なるほど、それで早く司令室を占拠できたのだな。バーグル・ドウン大佐、引き続き銀の月を探せ!どこかにいるはずだ。奴がいては我々の目的が果たせぬ。いつ、司令室を奪還されるかわからぬからな」
「は。了解しました」
ゼノン帝国艦隊との通信回線が開かれると、確かに要塞への攻撃は止んだ。だが、騎士団は司令室の者達に、尋問を始めた。
「この司令室には銀の月はいない。だが、この要塞にはいるはずだ。お前たち、銀の月を隠すとために成らんぞ!」
と、バーグル・ドウン騎士団大佐が言った。
「待ってくれ、銀の月とは誰のことだ?」
と、エルシン・ディゴ議員が聞いた。
「ほう、聞いたことがないというのか?」
「初めて聞く名だ。いったい、誰のことだ?」
「奴はリドス連邦王国に属しているガンダルフの魔法使いだ。知らないというのか?」
「私は知らない。それに、魔法使いとはどういうことだ?そんなものがいるはずないではないか?」
「ほう、あくまで隠すというのか?」
というと、バーグル・ドウン大佐は部下に合図をした。
騎士の一人がエルシン・ディゴ議員に近付き、乱暴に立ち上がらせた。
「何をするんだ」
と、エルシン・ディゴ議員は驚いて言った。
「お前たちに聞く。銀の月はどこだ?知らないはずはあるまい。惑星連盟の艦隊をそれぞれの母国へ返すような強力な呪文を持った奴のことだ。この司令室でやっていただろう?知らないというのなら、お前たち一人一人、聞き質していく。知らないと言う者は、ここで生きている価値のない奴だ。まず、こいつから、始める」
ゼノン帝国騎士団大佐は、ヘイダール要塞の司令官については何も聞かなかった。興味もないようだった。彼らが求めているのは、ガンダルフの魔法使い『銀の月』だった。
「さて、もう一度聞くが、銀の月はどこだ?」
と、バーグル・ドウン大佐が聞いた。
「し、知らない。私はここに来たばかりなんだ。銀の月など、聞いたことがない」
と、震える声でエルシン・ディゴ議員は言った。
「そうか、では仕方がないな」
「な、何をするつもりだ?」
「先ほど言ったではないか。銀の月を知らない者など、ここに生きている価値がないと……」
「そ、そんな……」
もう一人の騎士が、腰に吊っている剣を抜いた。
「私は、熱線銃などと言うものはあまり好きではない。血が出る方が好きでな。さて、もう一度聞いてやろう。銀の月はどこだ?」
と、バーグル・ドウン大佐は聞いた。
「……」
エルシン・ディゴ議員は恐怖に口を震わせているだけで、何も言えなかった。
と、その時、
「待て……」
と、声がした。
ギアス・リードが立ち上がって、言った。
「我々は、本当にまだここに来たばかりなんだ。この要塞で何があったか知らないが、銀の月ばかりか、リドス連邦王国などという国のことなど聞いたこともない。他の者に聞いてくれないか?」
「お前は誰だ?」
と、バーグル・ドウン大佐が聞いた。
「私は新世紀共和国最高評議会議長、チェルク・ノイ議員の秘書をしているギアス・リードと言う者だ」
「新世紀共和国だと?どこかで聞いたことがあるが、あの銀河帝国に併合された国か?」
「そうだ。だが、今この要塞には新世紀共和国新政府が樹立されるところだ。お前たちはその代表に成る方を傷つけようとしているのだぞ」
と、ギアス・リードは警告した。
「それが、どうした?」
と、バーグル・ドウン大佐はその警告を少しも意に介さなかった。
203.
「大丈夫でしょうか」
と、司令室が映っているスクリーンを見て、マグ・デレン・シャが心配して言った。
このままでは、あの議員とかいう者が殺されてしまうのではないかと思った。胡散臭いとは思っていたが、殺されるのではひどすぎる。
「今は、あのギアス・リードとか言う秘書の舌先三寸に任せるしかありません」
と、バルザス提督――銀の月は言った。
「あの秘書のことを知っているのですか?」
「あれは、今からおよそ一万年前にふたご銀河にやってきた『バウワフル』という寄生種族に寄生されている人物なのです」
「『バウワフル』?私は聞いたことがありませんが、ナンヴァルにはあまり関係のないことだったのでしょうか?」
当時、ダルシア人はガンダルフの魔法使いと動いていたが、ナンヴァル人はそのことを知らなかった。
「彼らは未知の銀河からやってきて、ロル星団で支配者に寄生した者達です。それを知ったダルシア人とガンダルフの魔法使いが、彼らをジル星団まで来られないように注意していました。それに、彼らは非常に貪欲で支配欲の強い種族でもあります。彼ら『バウワフル』がこの銀河で増殖したら、大変なことになります。それで、我々は彼らを排除しようとしてきました。具体的には、彼らが寄生する生物に寄生できないように、ふたご銀河の知的生物の遺伝子に少々手を加えました。ですが、たまにその遺伝子が欠損する場合があるので、そうした者を探して彼らはこのふたご銀河で生き延びてきたのです」
「ふたご銀河には彼らのような種族はこれまでいなかったのですか?」
と、ディポック司令官が興味を持って聞いた。
「いませんでした。彼らは白金銀河から来たのです。『バウワフル』の出自がわかったのは、まだ最近のことです」
「それで、あなたがたは白金銀河の方と接触したのですね」
と、マグ・デレン・シャが言った。
「あのゼノン帝国もその『バウワフル』とかいう異星人のことは知らないのか?」
と、フェリスグレイブが聞いた。
「連中も知らない。知っているのは、ダルシア人とガンダルフの魔法使いだけだ」
と、バルザス提督は言った。
「それで、ゼノン帝国の騎士団が銀の月を探しているのはなぜなんだ?」
「おそらく、私がここに居ることを掴んだからだろう。あの惑星連盟の艦隊をそれぞれの母国へ返した魔法の呪文が欲しいのだ」
その呪文の様式は、ジル星団のどの惑星にもなかったものだ。そして宇宙で使えるという規模の大きさは、これまでの魔法使いの呪文にはなかったものだった。あれが使えれば、ジャンプ・ゲートを探す必要もない。
「魔法の呪文を欲しがっているだって?あの連中にそれが扱えるのか?」
「さあ、どうだろうか。あの呪文はかなりの力がいる。普通のゼノンの魔術師では無理だと思うが……」
「それよりも、あの呪文は魔法陣の文字が浮かび上がるようになっている。あのような魔法の呪文の様式はこれまで見たことがない。新しい魔法の呪文ではないのか?」
と、タ・ドルーン・シャが前々から聞きたがっていたことを聞いた。
「あれは、リドス連邦王国の女王の夫である方が綴られたものだ」
と、ダールマン提督が言った。
「何?大賢者であるあなた以外にも魔法の呪文を綴れる者がいるのか?」
ジル星団においては、大賢者レギオンが魔法の呪文を綴ることができる唯一の魔法使いと言われていた。
「魔法の呪文を綴ることができるのは、私だけではない。今のリドス連邦王国には私を含めて四人いる。あの呪文は確かに新しい呪文だ。力の弱いものでも力を集めれば大きな呪文を使えるようにするためのものだ。つまりよそから力を吸収できるようになっている」
「そんな呪文は聞いたことがない」
と、タ・ドルーン・シャが言った。
「この新しい呪文の特徴なのだ。あの浮き上がる魔法陣が空間にある魔力を集める機能がある」
と、ダールマン提督が説明した。
「すると、力の弱い魔法使いでも使えるというのか?」
「そうだな、どちらかというと、そのために作られたものだ」
「すると、私でも使えるということか?」
と、ノルド・ギャビが言った。
「練習すれば、可能だ」
と、ダールマン提督は言った。
司令室では、ギアス・リードが話を続けていた。
「お前たちは気づいていないだろうが、ここには今司令官はいない。それがどういうことかわかるか?」
と、彼は言った。おそらく、この連中は司令官の居場所など知らないに違いないと考えたのだ。
騎士団のバーグル・ドウン大佐は、それを聞いて副官らしき騎士と話をした。そして、
「要塞司令官はヤム・ディポック司令官というのだそうだが、ここにはいないのか?」
と、司令室の者達に質した。
「彼は今、この要塞の秘密兵器を使うために移動したのだ。このままお前たちが要塞に居座るようなら、その秘密兵器を稼働させるだろう」
と、ギアス・リードが重ねて言った。
「そんな秘密兵器など、この要塞にあると聞いたことはないが、どんなものだというのか?」
と、興味を持ったようにバーグル・ドウン大佐が言った。
「秘密兵器のことを簡単にしゃべると思うか?」
「我々は、そのようなことは聞いていない。この要塞の武器については、あらかじめ調べてある。銀河帝国にはこの要塞の主砲以上の兵器はない」
「我々は銀河帝国の者ではない。銀河帝国がこの要塞を失ってどのくらい経つと思うのだ?その間我々が何もしなかったとでもいうのか?」
と、ギアス・リードは必死で話をした。何とか彼の出まかせの話に乗って来るようにしなければ、殺されるのはエルシン・ディゴ議員だけではない。自分にも危害が及ぶかもしれないのだ。
「秘密兵器?そんなもの、ここにあったか?」
と、フェリスグレイブが言った。
「私も聞いたことがない」
と、ディポック司令官も言った。
「そうだな、ないこともないが……」
と、ダールマン提督が曖昧に言った。
「何かあるというのですか?」
と、グリンが言った。まさか、銀河帝国がここで何かの研究開発でもしていたのかと思ったのだ。
「そういえば、グーザ帝国のキンドルラ提督、ここにおいででしたな?」
と、ダールマン提督が突然言った。
グーザ帝国のキンドルラ提督とケルラ大尉とマルボルラ中尉は、ドキリとした。部屋中の人々の視線が急に彼らに集まって来たからである。彼らはできるだけ目立たぬように、副司令室の隅の方に固まっていた。今回の事件には関係がないので、ただ傍観者であればよかったのに、突然舞台の上で注目を浴びた気分だった。
「駐機場にあなた方の機動兵器が二機隠してあったように思うが……」
と、ダールマン提督にズバリと言われて、
「いや、あれは、忘れていたのだ。ここを出る時、慌てて出て言ったので、忘れた者がいるのだ」
と、マルボルラ中尉が言い訳した。そう簡単にあの機体が見つかるとは思わなかったので、焦っていた。ここに置いて行かれた者として、敵として拘束されているのではなく自由を保障されているのに、そのことを黙っていたことでまずいことになると感じたのだ。
「それはどうでもいいことですが、あの機動兵器なら秘密兵器として充分通用する」
と、バルザス提督は言った。
「しかし、どうやって動かすのだ?あれは、グーザ帝国のパイロットによってすでに登録されているから、他の者では動かすことはできない」
と、キンドルラ提督が言った。
「そこにいるお二方の登録機ではない、というのですね」
と、バルザス提督は確認した。
「そ、そうだ」
失望のため息が広がった。
だが、
「だとしても、どうということもない」
と、ダールマン提督が言った。
「それは、動かせるということですか?」
と、ディポック司令官は聞いた。
「もちろんだ」
「そんなことは不可能だ。機体の人工知能にパイロットが登録されていなければ、動かすことはできない」
と、マルボルラ中尉が言った。
「それはだな、その人工知能がなければ動かせない場合だろうに……」
「機体を人工知能なしで動かすというのか?」
と、ケルラ大尉が言った。そんなことは、不可能だ。たとえどんなに優秀なパイロットでもそんなことはできない、と彼は思った。
「昔は、あんなうるさい人工知能はなかったではないか」
と、まるでかつてグーザ帝国の者であったようにダールマン提督は言った。
グーザ帝国の最新型の機動兵器ほど、人工知能による補助が多く必要だった。だからこそ、その人工知能にパイロットとして登録していないと、動かすことができないのだ。
「昔は、今ほどの新機能がなかったからだ。人工知能なしでは、機体をうまく動かすことはできない」
と、マルボルラ中尉が言った。
「それは、お前たちだからだろう」
「何だと!」
「待て!」
と、キンドルラ提督が激発しているマルボルラ中尉を押しとどめた。そして、
「確か、ダールマン提督と言われているのでしたな。あなたは、どうして昔の機動兵器のことを知っているのか?」
と、彼は聞いた。
「それは、私が昔の機動兵器に乗ったことがあるからだ」
と、ダールマン提督は当然のことのように言った。
「それは、昔あなたがグーザ帝国にいたことがある、ということか?」
と、キンドルラ提督は驚いて聞いた。
「そういうことだな」
と、ダールマン提督は少しも隠さずに言った。
キンドルラ提督は、グーザ帝国で昔から言われていた銀河外へ逃亡者の存在を思い出した。そんなものはただの想像だと考えていた。だが、ここに昔の機動兵器に乗ったことがあると言う者がいる。ということは、かなりの年輩であるはずだった。今のような助言を与える人工知能が搭載されていない機種は、百年ほど前のものまでだ。しかしダールマン提督はどう見ても、グーザ帝国の標準年齢を考えても、年寄りとは思えなかった。もっとも、こちらの銀河の種族が長命であるなら別だが。
「ともかく、その機動兵器を見てみることにしよう」
と、ダールマン提督が言った。
「ですが、パイロットはどうするのです?」
と、ディポック司令官は言った。
「大丈夫だ。そちらの方は、すでにコアに話を付けてある」
「コア?もしかして、ダルシアのコア大使のことですか?」
「そうだ。他に誰がいる」
「すると、そのパイロットというのは……」
「さあ、どうかな、司令官の想像通りになるといいのだが……」
ディポック司令官は、自分の想像があまりに荒唐無稽なので口にはしなかった。だが、そうだとすると、とんでもない話だ。魔法使いの考えというのは、皆こんなものなのだろうか?それとも、ダールマン提督、いや『大賢者』と呼ばれるレギオンだからなのだろうか?




