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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
20/153

ダルシア帝国の継承者

194.

 ヘイダール要塞のディポック司令官の執務室に元新世紀共和国最高評議会議員である、エルシン・ディゴ議員とフランブ・リンジ議員、そして議員秘書のギアス・リードがいた。他に要塞の幹部の者達もいた。そこへ、元銀河帝国の元帥であり、大逆人と言われているオルフ・オン・ダールマン提督が一人でやってきた。

 ダールマン提督は、いつものように白が基調のリドス連邦王国の軍服を着ていた。

「おお、ダールマン提督、よくご無事でこのヘイダール要塞まで来られましたな……」

と、エルシン・ディゴ議員はさもこの要塞が自分のものであるかのように言った。

「ほう、これは初めてお目にかかるようだが、そちらは誰かな、ディポック司令官?」

と、ダールマン提督はディポック司令官に紹介するよう促した。この要塞ではディポック司令官に主導権があるといいたげだった。

「ええと、こちらは元新世紀共和国最高評議会議員のエルシン・ディゴ氏、もう一方は同じく議員のフランブ・リンジ氏です」

と、ディポック司令官は言った。

 すると、

「私は、議員秘書のギアス・リードと言います」

と、議員たちの傍にいたギアス・リードが自分で言った。

「珍しいお客様のようだ。ところで、私はリドス連邦王国艦隊司令部所属オルフ・オン・ダールマンという者だ」

と、ダールマン提督が言った。

「リドス連邦王国?」

と、エルシン・ディゴ議員が初めて聞く国名を訝しげに口にした。フランブ・リンジ議員も少し首を傾げた。

「あの、リドス連邦王国はジル星団にあるのです。ダールマン提督は、現在はそこの艦隊に所属しています」

と、ディポック司令官は説明した。

「すると、ここにいるのは、何のためなのだ?」

と、エルシン・ディゴ議員はディポック司令官に聞いた。彼は、ダールマン提督は銀河帝国の亡命者として要塞にいると勘違いしていたのだ。

「私がここにいるのは、要塞の防御をリドス連邦王国の艦隊司令部から命じられたからだ」

と、堅苦しくダールマン提督は言った。

「すると、提督は銀河帝国のことはもう関係ないと、大逆人とされても汚名返上するようなことはしないということですか?」

と、ギアス・リードが口を出した。

「今の私には、大逆人などという汚名などどうでもよいことだ」

「どうでもよい?本当ですか?」

と、疑わしそうにギアス・リードが言った。

 エルシン・ディゴ議員はダールマン提督の主張を信じる気はなかった。たとえ銀河帝国を敵としても、今まで敵であった新世紀共和国の者に本音を言うはずもないからだ。

「さすがは、銀河帝国の元元帥であるダールマン提督ですな。ご自分の父親が帝国の連中に冷たくされて亡くなったとしても、特に恨むようなことをしないとは……」

と、エルシン・ディゴ議員はさりげなくダールマン提督の父の消息を加えて言った。

「そのようなことは、もう済んだことだ」

と、ダールマン提督は冷ややかに言った。

 それが決して嘘ではないことを、ディポック司令官は感じていた。

「だが、この要塞に我らが随一の知将ディポック司令官がいる限り、銀河帝国などの連中にあなたを渡すようなことはないと思うが、一つ心配な点がある」

と、エルシン・ディゴ議員が妙にディポックを持ち上げて言った。

「心配なこと?」

「今現在、新世紀共和国は銀河帝国の支配下にある。その政府もすでに銀河帝国の総督の下にある。従ってこの要塞に銀河帝国の艦隊が総督府の者達と共にやって来て、あなたを渡すように求めたら、どうするのだろうか?ディポック司令官はあなたを渡さずに置くだろうか?」

と、エルシン・ディゴ議員が言った。

「つまり、それはどういうことだ?」

と、ダールマン提督はとぼけて聞いた。

「この要塞が、未だにどこの誰のものとも知れないからです。一応、元新世紀共和国の軍人であり元帥であったディポック司令官がいるかもしれませんが、彼ができるのは要塞の防御戦だけです。軍事面だけの力しかありません。その時が来たら、あなたはどうされますか?」

と、議員秘書のギアス・リードが聞いた。

「要するに、何が言いたいのだ?」

と、あくまでとぼけてダールマン提督は言った。

「この要塞に新たな新世紀共和国の新政府を樹立するのです。そうすれば、政治的な権限は、その政府にあります。たとえ、銀河帝国の連中が来たとしても、あなたを彼らに渡すことはないでしょう」

と、ギアス・リードは主張した。

「それは、ディポック司令官も同意してのことなのだろうか?」

と、ダールマン提督は問いただした。

「いえ、私は今初めて聞きました」

と、ディポック司令官は言った。

 いよいよ首都星ゼンダから来た議員連中が、自分の権利を主張し始めたのだ。ダールマン提督が事前に警告したように。

「ディポック司令官、君は黙っていたまえ。新世紀共和国では、軍人は市民のコントロールを受ける立場だろう。これは我々新世紀共和国の最高評議会議長の意志なのだ」

と、エルシン・ディゴ議員が居丈高に言った。

「だが、ここに居るのは、新世紀共和国最高評議会議長ではない。そうだろう、エルシン・ディゴ元議員」

と、フェリスグレイブ元要塞防御指揮官が言った。

「どういうことだ?」

「あなたの言っていることが、本当に最高評議会議長の意志かどうかわからない、と言っているのです」

と、珍しく参謀のグリンが言った。

 さすがにこれはやり過ぎだった。客としてやってきたはずなのに、突然要塞が自分たちの権限内にあるような言い方をするのは。

 ノルド・ギャビ事務艦やダズ・アルグ提督も、フェリスグレイブやグリンと同じ気持ちだった。

「何?それなら、最高評議会議長のチェルク・ノイ閣下の署名入りの手紙を預かっているから、それを……」

 だが、フェリスグレイブがそれを遮って言った。

「そのような手紙など、ニセモノを作ろうとすればできないわけはないでしょう」

「それに、チェルク・ノイ氏もすでに元、最高評議会議長ではないですか?」

と、ノルド・ギャビが言った。

「何、何を言っているのだ!我々は新世紀共和国政府から派遣された、正式な使者なのだぞ!」

と、エルシン・ディゴ議員は怒って言った。最高評議会議員であるという身分が通じないことに焦っていた。

「元、新世紀共和国政府ではありませんか?」

と、元と言う言葉を殊更強調してダズ・アルグは言った。

「まあ、みなさん、あまり熱くならないで……。このことは、首都星ゼンダにいる最高評議会議長の意向だということは間違いありませんわ。よく考えて見て下さい。この要塞が、宇宙で孤立したままでいられるかどうか……」

と、フランブ・リンジ議員が言った。

「だが、この要塞は、首都星にいるとかいう議長の命令で占拠したわけではあるまい」

と、ダールマン提督は議員連中が思い出したくない点を指摘した。

 それは事実だった。エルシン・ディゴ議員は、ダールマン提督に返す言葉もなかった。だからと言って、ここで引き下がるわけにはいかないのだ。惑星ゼンダでは、政治活動も封じられている。このままでは二百年近く続いた新世紀共和国が途絶えてしまう。

「大丈夫です。議員」

と、秘書のギアス・リードが落ち着き払って言った。


 要塞の一般兵士の食堂では、数人の兵士が、

「聞いたか?首都星からやってきた議員たちが司令官に、この要塞に新世紀共和国新政府を樹立したいと言っているそうだ」

と、大声で騒いでいた。

 その話に乗って、雑談に励んでいる者達や兵士たちが、何人もいた。

「彼らは、何をしているのかしら?」

と、タリア・トンブンは言った。突然周りが騒がしくなったので、バルザス提督の部屋からこっそりと様子を見に来て驚いているのだ。

「何でも、要塞に新世紀共和国新政府を作るとか言っているようですね……」

と、タレス人の一人が言った。

「新世紀共和国新政府?何のことなの?」

と、タリアは聞いた。そんなことは初めて聞くことだ。

「ほら、ここの司令官の祖国ですよ」

と、別のタレス人が言った。

「でも、そこは銀河帝国の新領土になったって聞いたけれど…」

と、タリアは言った。

「それが、首都星から議員が来ているでしょう。彼らがここに新政府を作ると言っているそうなんです」

と、声を潜めて別の一人が言った。

「でも、そんなことをして、ここの司令官の考えはどうなのかしら?」

「さあ、どうなんでしょうね。元々ここの司令官はその新世紀共和国政府と合わなくて追い出されたと聞いていますけれど……」

 タレス人でもそうした噂は聞いているのだ。いったい何か起きているのだろうか?呼ばれて行ったダールマン提督は、まだ何も言ってこない。要塞の兵士たちは騒いでいるが、特に暴動とかが起きるような様子はないと思ったので、再びタリアはバルザス提督の宿舎へ戻った。


「やあ、タリア、どうだった?」

と、バルザス提督は聞いた。

「要塞の兵士は騒いでいたけれど、危険はないと思う。あれから何かあった?」

とタリアは言った。

「何か雲行きが変なのよ」

と、アリュセアは言った。

「どんな風に?」

と、タリアは聞いた。

 その部屋は緊急の際には司令室ともなる部屋なので、要塞の正規の司令室と同じことができるのだった。そこにはバルザス提督を始め、タリアやアリュセア、そしてナンヴァル人や白金銀河から来た人たちなど、それにグーザ帝国の置き去りにされた連中も来ていた。

「さっき、ディポック司令官とあの議員たちはまた司令室に戻った。要塞の幹部たちを司令官室に残してね……」

と、バルザス提督が言った。

「ここはディポック司令官の要塞よね。どうしてそんなことになるの?」

と、タリアは言った。

 突然よそから来た連中が、我が物顔に振る舞うのが癇に障る。ここには、数は少ないけれどもタレス人もいるのだ。それなのに、のけ者にされているような気がする。もっとも、首都星ゼンダから来た議員たちがタレス人のことを知っているかどうかわからないが。

「元新世紀共和国の議員たちの側に付いた兵士が何人かいるらしい。新政府が樹立されれば、立身出世が出来るとか言われてね。例の『バウワフル』に踊らされているのだと思うが、そうした連中に司令室が占拠されたようだ」

と、バルザス提督が言った。

「ダールマン提督は、どうなの?」

「彼はまだ、議員たちと一緒にいる。たぶん、ディポック司令官とは違って、話をすれば彼らの側に着く可能性があると思われているのだろう」

と、バルザス提督は言った。

 少なくとも、首都星ゼンダから来た議員たちは、ダールマン提督が魔法使いだなどとういうことは聞いたことはないに違いない。あの秘書のギアス・リードを除いて。


195.

 議員たちの支援者が占領している司令室に戻ったエルシン・ディゴ議員は、イライラしていた。これほど、ディポック司令官が頑固だとは思わなかったのだ。新政府の樹立に一も二もなく乗って来ると考えていたのだ。

 しかし、ディポック司令官は案に相違して、新政府樹立の話には反対のようなのだ。もともと、あまり出世欲のない軍人だと聞いていたが、欲で釣ることのできない人間は誠に厄介だとエルシン・ディゴ議員は思った。

「君は、新世紀共和国を再興しようとは思わないのかね?」

と、それが当然あるべき態度だと信じているようにエルシン・ディゴ議員は言った。

「私は政治家ではありませんので。それに、あの時私に停戦の命令をしてきたのは新世紀共和国政府です。私にそんなことをおっしゃるのは筋違いです」

と、ディポック司令官は言った。

 ディポック司令官は共和制の政府に反対なのではなく、これまでの銀河帝国との戦争に突き進んで止めることをしなかった新世紀共和国政府が嫌いだった。信用できないと思っていた。まして、これまで議員であったものなど、本当は社交辞令で迎えるのさえ苦痛だったのだ。

 彼ら議員たちは、これまで自分たちの支持を得るために戦争を止めることができなかった。それなのに、自分たちが生き延びるためなら、国民を裏切ることさえ辞さなかった。この間の停戦をディポック司令官自身は、忘れることはできなかった。

 ディポック司令官にとっては銀河帝国に敗北したことは、それほど衝撃ではない。自分たち国民の味方だと思っていた政府の議員たちが、彼ら議員自身のためにしか動かなかったことが残念なのであった。どちらも、ある程度彼には予見できたことだけに、何とかならなかったものかと、無力感を感じたのだ。

 そもそも、銀河帝国と新世紀共和国との戦争の最後に、あと一息でディポック提督が勝てると言う時に、突然新世紀共和国政府が停戦を命じたのは、エルシン・ディゴ議員のいた政府なのだ。

 当時、銀河帝国の別働隊が新世紀共和国の首都星ゼンダを包囲して、降伏を強制したのは後で聞いたことだった。それにしても国家滅亡の危機に瀕したあの時の政府が、いったいどんな議論をしたのかディポックは知らない。聞いたのは結論だけなのだ。『停戦せよ』という政府の命令だった。

 実に理不尽な命令だった、とフェリスグレイブだけでなくグリンまでも憤っていたものだ。

 ディポック提督はその政府の命令を守った。銀河帝国の艦隊との戦闘を中止し、停戦の申し入れをした。その後、残存艦隊を率いて首都星に戻り、艦隊を辞めた。銀河帝国は新世紀共和国政府の行政を停止させ、帝国の新領土とし、新たに総督を任命した。

 その後ディポックは、元新世紀共和国政府の政治家や新たな独立運動の活動家などが、それぞれ自陣営に引き込もうとする動きに巻き込まれた。その上両者に協力を拒否したことで両陣営から睨まれ、総督府にヤム・ディポック元元帥が不穏の動きが有りとの偽のタレこみをされ、あらぬ疑いで首都星ゼンダから逃亡しなければならなくなったのだった。

「だが、市民は君のことを期待しているのだ。それを裏切るのか?」

と、エルシン・ディゴ議員は言った。ディポック司令官が良い返事をすれば、ヘイダール要塞で樹立される新政府で重要な位置を占めることもできる、と言うこともできるのだ。なぜなら、銀河帝国がこの動きを知って艦隊を派遣した時に、ディポック司令官が要れば非常に役に立つし、簡単に破れることはないと考えているからだ。それだけの実力がディポック司令官にはある。それなのに、彼の期待に反してディポック司令官は協力さえも否定するのだった。

「裏切るも何も、私は自分が望まないことはするつもりはありません」

と、ディポック司令官ははっきりと言った。もう政治に巻き込まれるのは沢山だという本音がそこにはある。

「それが、いつまで言えるかな?」

と、ギアス・リードがぽつりと言った。


 司令室の入り口の警備兵から連絡があった。

「ノルド・ギャビを連れてきました」

「入れ」

と言ったのは、ギアス・リードだった。

 警備兵に付き添われて入って来たのは、ノルド・ギャビ事務監である。

「私に何か用か?」

と、ノルド・ギャビは憮然として言った。

 確かに何か企んでいる、とダールマン提督は睨んでいた。だが、何も言わずに彼は黙っていた。

「ディポック司令官、あなたは気になりませんか?あなたの副官ブレイス少佐とキリフ・マクガリアン中尉のことです」

と、議員秘書のギアス・リードは言った。

「そう言えば、今日はさっきからブレイス少佐を見かけないが……」

と、ディポックは言った。いつもなら、ディポックの傍らに控えているのだ。

「それと、ノルド・ギャビ事務監、奥さまとお嬢さん方がどこにいるかご存知でしょうか?」

「まさか、おまえが何かしたのか?」

と、いつもと違ってノルド・ギャビは顔色を変えた。

「いえ、まだ何も。ですが、あなた方の答え如何によっては、危険なことになるかもしれませんが……」

と、ギアス・リードは言った。

「一体、我々に何をしろと言うのですか?」

と、ディポック司令官は慎重に言った。

「何も、特別なことをしてほしいというのではありません。新世紀共和国の市民として当然のことをしてくれればいいのです」

「というと?」

「ヘイダール要塞に新世紀共和国新政府を樹立することに賛成してもらいたいのです。それも積極的に賛成してほしいのです」

と、ギアス・リードは言った。

 軍人の中でも市民に非常に人気があるだけではなく、実力も伴うヤム・ディポック提督が新世紀共和国新政府の樹立に賛同するとなれば、このヘイダール要塞では誰も反対などしないと考えたのだ。

「今更何を言う。おまえたちが我々を首都星ゼンダから追い出したようなものだ。それなのに、なぜ、そんなことをしなければならない」

と、珍しくノルド・ギャビは声を荒げて言った。

「先ほど私は言いませんでしたか?あなたの奥さまやお嬢さん方、それにディポック司令官の副官やあの中尉のことを?」

「一体何をしたのです?」

と、不安げにディポックは聞いた。

「ギャビ夫人や中尉は体の調子がよくないとか聞いている。戦艦ベルデルには良い軍医がいるのだ。それでシャトルで今戦艦ベルデルへ向かっているところだ」

と、エルシン・ディゴ議員は言った。

「何だって!」

 エルシン・ディゴ議員はスクリーンにそのシャトルを出した。すると、シャトルのパイロットがシャトル内の映像を送って来た。そこには確かにノルド・ギャビ夫人に子供達、ブレイス少佐にマクガリアン中尉が映った。

 これは間違いなく、脅迫だった。彼らを人質に取るつもりなのだ。

「我々は何も君たちにひどいことをしているわけではないぞ。戦艦ベルデルの医者は名医として有名なのは事実だ」

と、エルシン・ディゴ議員は言い訳をした。

「それは、そうかもしれませんが、家族である我々は何も聞いていません。一言我々に話をすべきでした」

と、ディポック司令官は言った。

「それは、すまなかった。だが、彼らは戦艦ベルデルに行く方がいいのではないか?私ならそう思うが……」

「それは、脅しですか……」

と、ノルド・ギャビが言った。

「まあ、すぐに返事をと言っても、できないだろうから、少し時間をやろう」

と、エルシン・ディゴ議員はのんびりとした口調で言った。

「議員、それはいけません。それに、すぐに戦艦ベルデルに着きます。心配などいりませんよ」

と、ギアス・リードはそれを遮って言った。

「なるほど、内輪もめか」

と、ダールマン提督は言った。

「すぐに済みます」

と、澄ました顔でギアス・リードは言った。

「味方の内輪もめは醜いものだ。もしここに皇帝陛下がいたら、部下の人質をとるような卑怯なことはさせないだろう」

と、ダールマン提督は感想を言った。

「大逆人とされた、あなたがそんなことをいうのですか?」

「誤解など、どこにでもあるものだ。だが、これは誤解ではない。味方の裏切りではないのか?」

と、大逆人と呼ばれても、一向に意に介さないでダールマン提督は言った。

「あなたには関係ないことだ。黙っていてもらえませんか?」

と、ギアス・リードが言った。

「だが、もし、私に話があるとするなら、ここで時間も与えずに、家族や部下を人質にとるという模範を示すのはいかがなものか。他人に信用できないと思わせるのは、どんなものかな……」

と、ダールマン提督は静かに言った。

「わかりました。あなたがそれほど言うのなら、少し時間を与えましょう。そうだな、二十分いや十分あればいいでしょう。二人でどちらが良いか考えることです」

と、ギアス・リードは言った。


 二人が議員たちから少し離れたところに行くと、

「大丈夫です。心配しないでください」

と、声がした。

「君は、誰だ?」

と、ノルド・ギャビが聞いた。

「私はバルザスです」

と声が言った。

「先ほどから、私の傍にいるんだ」

と、ディポック司令官が言った。

 ノルド・ギャビとディポックは議員たちから見えないように、後ろ向きになって話をした。

「どうして、大丈夫なのか説明してくれないか?」

と、ノルド・ギャビが言った。

「スクリーンを見て下さい」

と、バルザス提督の声が言った。

 スクリーンを見ると、先ほどと同じ、シャトルの中が映っていた。

「あの中に、あなたの知らない子供がいませんか?」

「子供?」

 よく見ると、ノルド・ギャビの長女シターラの隣に見かけない少女がいた。

「あの子は、六番目です」

と、バルザスの声は言った。

「リドスの六の姫だというのか?」

「最近見かけないのでどこにいるのかと思っていたのですが、こんな身近なところにいたのです」

「ということは、あのシャトルは戦艦ベルデルに向かっているが、どうなる?」

「あのギアス・リードという奴は、非常に危険な男です。あのシャトルはベルデルに無事につくかどうかわかりません。議員たちは、戦艦ベルデルにシャトルが付くものと思っているようですが、途中でベルデルの主砲で撃つつもりです」

「何だって!」

と、つい驚いてノルド・ギャビが声を高めた。

「しっ、気づかれます。見せしめのためです」

と、低い声でバルザスは言った。

「誰に対する見せしめなのかな?」

と、ディポック司令官は聞いた。

「ダールマン提督に対してです」

「あのギアス・リードは銀河帝国のスパイなのか?」

と、驚いてノルド・ギャビは言った。それしか考えられなかった。

「いいえ、違います。今それを説明している暇はありません。ですが、あのシャトルは必ず無事に要塞に戻ってきます。何があろうと。その間、あなた方はうまく演技をしてください」

と言うと、バルザス提督は黙ってしまった。


「そろそろ、時間だ。ディポック司令官、結論は出たかな」

と、ギアス・リードが言った。

「このような脅しに屈するわけには行かない」

と、ディポック司令官は言った。

「では、彼らはどうなってもいいというのか?」

と、脅すようにギアス・リードが言った。

「待ってくれ、この要塞で新政府を樹立したいというのなら、民主的な手続きに従ってやるのが筋だ。例えば、この要塞にいる者達に、そのことについて選挙や投票をしてもらうというのは?」

と、ノルド・ギャビが提案した。

「選挙をやるというのか?」

と、エルシン・ディゴ議員が言った。

「もし、選挙をするというのなら、我々は反対しない。妨害もしないと約束しよう」

と、ディポック司令官は言った。

「わかった。いいだろう。だが、万一の時のために、あのシャトルはあのまま戦艦ベルデルに行かせる」

と、エルシン・ディゴ議員が言った。あくまで、シャトルは行かせる気なのだ。

「そんな、約束が違うではないか。あのシャトルを要塞に戻してくれ」

と、ノルド・ギャビが頼んだ。

「いや、選挙については約束してはいない。単に反対をしない、妨害をしないというだけでは戻すわけにはいかない」

と、ギアス・リードは冷ややかに言った。


196.

 ゆっくりと戦艦ベルデルの主砲が小さなシャトルに向けられた。

「デヤンゴ提督、このままでいいのですか?」

と、戦艦ベルデルの艦橋で提督の副官が言った。

「要塞から制止の通信が来ないなら、撃つ手筈になっている」

と、艦長のデヤンゴ提督が事務的に言った。

「ですが、このままではあのシャトルを撃つことになります」

「あのシャトルには敵のスパイが乗っているということだった。だから、心配しなくてよろしい」

「わかりました、艦長」

 要塞から出て来たシャトルには銀河帝国のスパイが乗っているという確かな情報が、エルシン・ディゴ議員から来ているのだ。従って、要塞から彼らが投降したという通信がなければ、シャトルを撃つことになっていた。そのスパイがどうしてシャトルに乗り込んだかについては、説明はなかった。ただ、撃てという命令だけが来たのである。艦長のデヤンゴ提督にはそれだけで充分なのだった。


「本当に無事に戦艦に着くのだろうな」

と、ノルド・ギャビは念を押すように言った。

「もちろんだ。味方のシャトルを撃つようなことはしない」

と、エルシン・ディゴ議員が言った。

 だが、次の瞬間戦艦ベルデルの主砲がシャトルを撃った。シャトルは一瞬炎を上げて大破した。要塞のスクリーン上ではそう見えた。

「ばかな!」

と、エルシン・ディゴ議員は驚いて叫んだ。そして、

「戦艦ベルデルに通信を開いてくれ!」

と、慌てて言った。

 ギアス・リードは慌てず騒がず、それを黙って見ていた。フランブ・リンジ議員は何が起きたのかと、用心深くスクリーンを見つめていた。

 通信員が急いで、戦艦ベルデルに通信回線を開いた。

「デヤンゴ提督、なぜあのシャトルを撃ったんだ?」

と、エルシン・ディゴ議員が詰め寄った。

「命令に従ったまでです」

と、スクリーンに出たデヤンゴ提督は当然のように言った。

「何?」

 狐につままれたようにエルシン・ディゴ議員は言った。

「制止の通信が来なければ、撃つようにと命じたのはあなたです、議員」

と、デヤンゴ提督は言った。

「何だって!私は、そんなことは言ってない」

「ですが、そのように秘書を通じて言われたではありませんか?」

「秘書?ギアス・リードが言ったのか?」

「そうです」

 エルシン・ディゴ議員は振り向いてギアス・リードを見た。

「君が言ったそうだが、どういうことだ?」

と、議員は相手を睨んで言った。

「私は、ただ、シャトルを撃つようにと議員の命令を伝えただけです」

と、ギアス・リードは無表情に言った。

 お互いに責任を押し付けようとする光景を、ディポックとノルド・ギャビは呆れて見ていた。

 ノルド・ギャビは不安だった。たとえ、ガンダルフの魔法使いの『銀の月』であるバルザス提督がシャトルは撃たれても無事だと言ったとしても、スクリーンには爆発炎上するシャトルが見えたのだ。あの小さなシャトルに、戦艦の主砲を退けるようなことは不可能だ。

「あなたがたは、それで済むと思っているのですか……」

と、怒りを極力抑えた声で、ノルド・ギャビは言った。

「ま、間違いだ。これは、何かの間違いだ」

と、エルシン・ディゴ議員は繰り返した。事の重大さに驚いていた。こんなことになるとは思わなかったというのだろう。だが、起きてしまったことはどうしようもない。

「エルシン・ディゴ議員、あのシャトルの爆発から助かった者はいないのですか?」

と、今まで黙っていたフランブ・リンジ議員が言った。

 あの爆発炎上では、とても助かった者はいないとは思うのだが、少なくとも調査すれば、このことが起きたということを受け入れる時間が稼げると思ったのだ。

「そうだ。デヤンゴ提督、助かった者はいないか、確認してくれ……」

と、藁をも縋る気持ちでエルシン・ディゴ議員は言った。万が一、何か残っているかもしれない。

「わかりました。やってみます」

と、デヤンゴ提督は言った。

「気持ちはわかるが、無駄ではないのか?」

と、一連の出来事を見て、ダールマン提督は冷静に言った。彼は、シャトルの爆発炎上が偽装であることを知っていた。何のためにこのような事件が起きたのかわかっていたのだ。

「や、やってみなければわからないではないか……」

と、一番狼狽しているエルシン・ディゴ議員が言った。

「エルシン・ディゴ議員、これまであなた方のやることを黙認していましたが、こうなっては黙っては居られません」

と、ディポック司令官は今までにない強い口調で言った。

 ヘイダール要塞に政治的な代表がいないことが、エルシン・ディゴ議員たちがのさばるいい口実になってしまったことにディポック司令官は気づいていた。そのために、これからも今のように犠牲になる者たちが出ることになりかねない、ということはわかった。だが、ディポックたちが自分たちの代表を選ぶということができなければ、同じことなのだ。

「ここで、あなた方を代表にするというよりは、ノルド・ギャビ事務監が言っていた、選挙による投票をしてみるのが一番いいのではないですか?ここには、あなた方を選ぶ者もいるでしょうし、他の代表を選ぶ者もいるでしょうから……」

 もしここで選挙をすれば、首都星ゼンダから来た議員の方が有利だとディポック司令官は思った。百万の兵士たちは祖国である新世紀共和国に共鳴するだろうからだ。だが、ディポックはどうにも彼らが信用できないのだった。と言って、自分たちの中から誰を選ぶかということになると、困るのだった。誰を指名していいかわからない。

「このような時に不謹慎ではあるが、面白いことになりそうだな」

と、ダールマン提督は言った。

 それはディポックの提案への援護射撃だった。

「ダールマン提督がそのようにおっしゃるのなら……」

と、エルシン・ディゴ議員がうなだれて言った。


「ヘイダール要塞、こちら戦艦ベルデル。奇跡です、シャトルが無事でした。動力系が故障していて、要塞に戻る途中だそうです」

と、デヤンゴ提督が報告した。

「何だって!」

と、うなだれていたエルシン・ディゴ議員が泣き笑いのような顔をした。

「助かったのか?」

と、ノルド・ギャビが深呼吸をして言った。そして、ディポックを見ると、安堵のため息をついていた。

 あまりの安堵に、それでは爆発炎上したように見えたあの映像は何だったのだ、と聞く者はいなかった。フランブ・リンジ議員は、一人それを不思議に思っていた。

 ギアス・リードは少しも驚かなかった。シャトルが助かったのは当然のように、

「では、決まりましたな」

と、彼は言った。まるで自分には何も責任がないようだった。

 一番の悪者は議員秘書のギアス・リードなのだが、彼は秘書と言う役に隠れて責任を逃れることができるのだ。その彼を何とか動けなくする必要がある、とダールマン提督は考えていた。

「いや、それだけで済ますわけにはいかない。二度とこのようなことはしないと約束して欲しい」

と、ノルド・ギャビは勢いに乗って言った。もう遠慮しては居られない。

「もちろんだ。もうこのようなことはしない」

と、エルシン・ディゴ議員は言った。

「口約束では信用できない」

と、ノルド・ギャビは食い下がった。もうこんなことはごめんだ、という強い気持ちがあるのだ。大切な家族が死んでいたかもしれないのだ。この連中の政治的な支配欲の所為で。

「では、契約書でも作れというのか?」

と、さすがにエルシン・ディゴ議員は不服そうに言った。そして、

「しかし、誰が保証をするというのだ?」

と、あたりを見回した。

 フランブ・リンジ議員はエルシン・ディゴ議員に見られると、首を振った。

「保証人なら、私がなってもよいが……」

と、声がした。

「ダールマン提督あなたが保証人になるというのですか?」

と、ギアス・リードが言った。

「卿らに関係のない他人の方が返っていいのではないか?」

と、ダールマン提督は言った。

「いいでしょう。議員、ダールマン提督に保証人になってもらいましょう」

「しかし、その、このようなことで契約書を作るなど、まして保証人を付けるなど聞いたこともない」

と、呆れたようにエルシン・ディゴ議員が言った。

「だが、それが必要だとあなた方がさせたのです」

 呆れるのはこちらの方だと言いたげに、ノルド・ギャビは強い口調で言った。


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