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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
17/153

ダルシア帝国の継承者

172.

 ホランド・アルガイはため息をついた。後悔のため息だ。彼の船は、すでに元新世紀共和国首都ゼンダの宙港を出発していた。

 結局、ホランド・アルガイは元新世紀共和国の政治家連中の企みを一蹴できなかったのだ。もちろん、それにはあちこちから彼に圧力が掛けられた所為でもある。いくら自由商人と言っても、他から隔絶して生きているわけではない。彼の年になれば、しがらみも出来てくる。その結果が、今彼の見ている元新世紀共和国最高評議会議員、エルシン・ディゴとフランブ・リンジだった。

 四十代半ばの議員としては油の乗った感じのエルシン・ディゴ元議員はともかく、フランブ・リンジ元議員が問題だった。彼女は父親が議員だった後を継いで、議員として立候補して当選したのだという。彼女は、傍目から見ても若く美しい部類に入る。一緒に付いて来た秘書はおそらく、密談した議員たちが派遣した監視役に違いない。ギアス・リードという元最高評議会議長の秘書は、有能そうでかなり眉目秀麗の青年だった。

 この古い政治家のスパイたちを連れて行くことは、ホランド・アルガイにとっては、実に不愉快なことだった。それを断れなかったことが一層その不愉快さを引き立てている。


「船長、この船はいつごろヘイダール要塞に着く予定でしょうか?」

と、愛想よくフランブ・リンジ元議員は聞いた。

「ええと、あと四週間でしょうか。ヘイダール要塞は遠いものですから…」

と、ホランド・アルガイは言った。

 エルシン・ディゴ元議員の方は、何を考えているのか黙って酒を飲んでいる。

「いつも、そうやって要塞に情報を持っていくのですか。大変ですね」

「まあ、そうですね。でも、好きでやっていることですから…」

「好きでやっていると言っても、中々できないことですね。ディポック司令官とは、幼馴染だとか…」

「そうです。奴とは悪戯を一緒にやった中です。あの頃は本当に良かった…」

と、昔を懐かしむように、ホランドは言った。


 次の瞬間、周囲が灰色になった。

 ホランド・アルガイはびっくりしてフランブ・リンジを見つめた。その全体から色が抜けている。何が起きたのだろうか?

 後ろを振り返ると、航宙士のヤビル・スキンが口を開けたまま立っていた。操縦席の近くに立っているギアス・リードがこちらを見つめているのだが、瞬きもしなかった。

 それに、音が全然しない。

 音のない灰色の世界に、ホランド・アルガイはいつの間にか紛れ込んでいたのだ。

「ごきげんよう」

と、声がした。

 声の方を向くと、そこに年の頃十歳未満と思える少女が立っていた。そして、

「私は五番目…」

と、言った。

「五番目?もしかして、リドスの五の姫ですか?」

と、ホランド・アルガイは聞いた。会うのは初めてだが、ディポックから話は聞いていたのだ。

「そうよ」

「一体これは、何事ですか?」

「他人に聞かれては困ることだから、ホンのちょっと時間を止めただけだわ」

と、五の姫は言った。

「時間を止めるって…」

 なんて簡単にいうのだろうか、とホランド・アルガイは思った。

「ディポック司令官の友人であるあなたに、話があるの」

「あの、どんな話でしょう?」

「この船はヘイダール要塞へ着くまで四週間かかると、先ほど話していたわね」

 すると、今来たわけではないのだ。もしかすると、この船を宇宙港からずっとつけて来たかもしれないな、とホランド・アルガイは思った。

「この船の航行速度では、それが標準ですから」

「それなら、少し遅くしてくれるかしら?つまりヘイダール要塞に着くまでの期間を長くして欲しいの」

「なぜですか?」

「これからヘイダール要塞に、グーザ帝国の艦隊が襲来するからよ」

 さらっと、五の姫はとんでもないことを言った。

「何だって!」

と、ホランド・アルガイは思わず叫んでしまった。

「そんなに声を上げないで。このことは予想されたことでしょう?」

「しかし、首都星ゼンダの方へ向けてではなかったのですか?」

 ディポックは情報によると、グーザ帝国の艦隊はいずれゼンダへ向けて動くだろうと言っていたのだ。

「予想というのは、精度を上げるのは難しいのよ。色々と情報を集めても大体のことはわかるけれど、完全に予想することは非常に難しいことなの。今回は多少予想が外れたということね」

「で、ではヘイダール要塞は?」

 いくら常勝提督のディポックでも、グーザ帝国との戦いは初めてだった。勝てるかどうかはわからない。

「そちらは、ガンダルフの魔法使いたちがいるし、私たちもいるから、全力で守るわ。だから、あなたは安心してゆっくり来てほしいのよ」

と、五の姫は言った。

「しかし、…」

「あなたにできることは、それだけなの。わたしはできるだけ、巻き込まれる者たちを減らしたいのよ」

 要するに、邪魔をするなと言いたいのだとホランド・アルガイは思った。


「子供の頃は、どんな悪戯をしていたんですか?」

と、フランブ・リンジは聞いた。

「え?」

 ホランド・アルガイは今まで五の姫がいたあたりを見ていた。

 世界はまた色のついた音のある状態に戻っていた。


 ヘイダール要塞は、そこら中で警戒警報音が鳴り響いていた。

 ディポック司令官の机の上の猫が、何が起きたかと警戒して籠の中に蹲っていた。そして狼狽え騒ぐ、司令室の連中を眺めていた。

 すてに要塞司令室に要塞幹部の者たちと、リドス連邦王国の者たちが集まって来た。

「いったい、何事です?」

と、グリンが言った。

 要塞司令室の大スクリーンには、これまで見たこともない形の艦が何万隻も要塞の周囲を包囲している映像が映っていた。

「これは、いったい…」

と、さすがのディポック司令官も茫然としていた。

「少なくとも、銀河帝国軍ではないな」

と、ダールマン提督――レギオンは言った。

「元新世紀共和国の艦隊でもない」

と、ダズ・アルグが言った。

「ジル星団に属する政府の艦隊でもありません」

と、リドス連邦王国のクルギ王子が言った。

「では、いったいどこの艦隊です?」

と、グリンが聞いた。

「私は見たことがあるわ」

と、リイル・フィアナ提督が言った。そして、

「あれは、グーザ帝国の艦隊よ」

と、言った。


173.

「通信です」

と、いつものように通信員が言った。

 大スクリーンに映像が送られて来た。不思議なことに、おそらくグーザ帝国と思われる艦隊から送られて来た映像に映る彼らの姿は、ロル星団の人間族によく似た姿だった。ただ本の少し違ったのはその耳の形だった。耳が非常に大きくてその先が尖っているのだ。

「***************……」

 口が動いているのがわかるのだが、残念ながらその言葉は理解できなかった。

「これでは、困る。何とかなりませんか?」

と、ディポックは助けを求めてリドス連邦王国の者たちに言った。

 ダールマン提督が目を閉じてパチンと指を鳴らすと、

「***、であるから、われわれはお前たちを攻撃する」

と、途中から理解できる言葉に変わった。

「ええと、あなた方はグーザ帝国から来たのですね」

と、ディポックはまず確認するために聞いた。まさか、最初の所は言葉が通訳できなくてわからなかったとは言えないからだ。

 他の者は驚いてダールマン提督を見ていた。これが大賢者レギオンだというダールマン提督の魔法なのだった。

 スクリーンの相手は、一瞬驚いたようだった。そして、

「そうだ。よくわかったな。我々はお前たちが何をしているか知っている。お前たちはあの銀河帝国と対立していることも知っている。そして、お前たちに援軍は来ないことも知っている」

と、映像に出ている人物が言った。よく見ると顔に皺があまり見られないところから、案外若い年代かもしれなかった。

「色々と知っているのですね。我々は孤立しているから、攻撃するのは容易いというのですね?」

と、ディポックは聞いた。

 映像で話をしている人物は、少し間を置いて、

「そうだ。だから、降伏を勧告する。そうすれば、お前たちの命は助けよう。それに、後々我々が新世紀共和国を再興してやってもよいが……」

と、何か戸惑っているように言った。

 ディポックにはどこか口先だけで、付け足しに言っているような気がした。

「それが本当のことなら、随分寛大なことですね。それで、あなた方の目的は何ですか?ただ、この要塞が欲しいというのではありますまい」

「我々は領土を求めているのではない。そこに、元銀河帝国元帥ダールマン提督がいると聞いている。彼と話をさせてほしいのだが…」

と、尖った耳を持つ相手は、急に話題を変えた。

「ダールマン提督ですか?」

 ディポックはすぐそばにいるダールマン提督を見た。彼はディポックに頷くと、

「私がオルフ・オン・ダールマンだ。私に話というのは?」

と、無表情に聞いた。

「私は、グーザ帝国カルフ艦隊提督キンドルラだ。あなたを我が帝国の元帥に迎えたい。どうだろうか?」

と、唐突に言った。おそらく、最初に言った自己紹介を繰り返したのだろう。

「突然、要塞を包囲した艦隊の提督にそのようなことを言われても、そう簡単に信じることはできないな。もしそれが、本当なら要塞を包囲した艦隊を撤退させるがよかろう」

と、ダールマン提督は言った。

「すぐに私の話を信じろと言っても無理なのはわかっている。少なくとも、私の話を検討する時間は与えよう」

と、グーザ帝国カルフ艦隊提督キンドルラは言った。

「通信が切られました」

 すぐにバルザス提督は、奥にいるナル・クルム少佐とサムフェイズ・イージー少佐に、

「惑星カルガリウムからの転送はどうなっている?」

と、聞いた。

「三十分前に転送しました。次は、一時間半後に転送を行う予定です」

と、サムフェイズ・イージー少佐は言った。

 最近は転送に慣れたし、この計画を急ぐ必要を感じたので、一日の転送回数がかなり増えていた。カルガリウムとヘイダール要塞が昼間として重なる時間帯に二時間おきに転送を行うようになっていた。だいたい一日に八回ほどになる。それに伴って、カルガリウムの住民が急増していた。彼らの多くは要塞で軍人として雇用されていた。

「とりあえず、今後一切転送は中止だ。それと、直前の転送で来た連中について、監視をつけるように。もしかしたら、その中に多数の敵の兵士が混じっている可能性がある」

と、バルザス提督は言った。

「しかし、カルガリウムへの連絡はどうします?」

と、サムフェイズ・イージー少佐は聞いた。

「別のルートで連絡をする」


 会議室に集まったのは、ヘイダール要塞の元新世紀共和国からきた幹部たちとリドス連邦王国の人々とタレス人たちの代表としてタリア・トンブンとアリュセア・ジーンだった。もちろん、猫と例の銀河帝国軍に属する提督も来た。

 猫は、ディポック司令官の目の前に籠に入ったまま置かれていた。

「どのくらい時間があるのかわからないので、急ぐ必要があります」

と、参謀のグリンが言った。

「わかっているよ。まず、グーザ帝国がここに来た目的は何かな?」

と、ディポックは言った。

「当初は首都星ゼンダへ行くはずでしたね」

と、ダズ・アルグは予想が外れたことを暗に言った。

「予想は外れるものだ。だが、グーザ帝国艦隊の襲来は当たったようだ」

と、ダールマン提督は言った。

「そう言えば、そろそろホランドが来るはずだが、航路は大丈夫だろうか?」

と、ディポックは友人を心配して言った。

「そちらは、すでに警告している」

と、ダールマン提督は言った。

「警告?どうやって?」

「五の姫が、ホランド・アルガイ氏の船に警告に行ってくれました」

と、バルザス提督が補足した。

「なるほど、素早いですね。それで、次は?」

「連中は目的をはぐらかしていたようだが、おそらくこの要塞を占拠して銀河帝国やジル星団への侵攻の足掛かりにするのだろう」

 ここは戦力が限定的なので、占領し易いと見たのではないか、とディポックは思った。

「このふたご銀河全域を支配しようとするのですか?」

と、グリンは話しが違うのではないかと言うように言った。

 ダールマン提督を始めリドス連邦王国の者たちは、グーザ帝国はエネルギー鉱石を求めているので、ふたご銀河の領土を欲しがっているのではないと言っていたのだ。

「この銀河には、連中の欲しているエネルギー鉱石がたくさんある。それこそ、丸ごと一惑星と言うところもある。交易よりも、惑星そのものを自分たちのものにした方が都合がいいと思ったのなら、領土を侵略するのと大差はない」

と、ダールマン提督は言った。

「そのエネルギー鉱石を取りつくしたら、彼らは帰るのでしょうか?」

と、グリンが聞いた。

「いつになるかわからないが、そうなる可能性はある。だが、時間が経つうちにこの銀河に一勢力として居座る可能性もある」

「彼らは我々と同じ生存条件なのですね」

と、ディポックは言った。銀河が違うというのに、そこが同じとは、何とも言えなかった。

「そうだ。だいたい同じだ。酸素呼吸生物であるし、姿も似ている。考えていることもそう変わらないのではないかな?」

「出て行かなかったら、困ります。何とかなりませんか?」

と、ダズ・アルグが言った。

「それよりもまず、この要塞を包囲しているあの艦隊を何とかしないと……」

と、タリア・トンブンは言った。ヘイダール要塞にいるタレス人はほとんど民間人なのだ。

「彼らのことについて、知っていることをもっと話してくれませんか」

と、ディポックは言った。もう少し詳しく知らなければ、対策の立て様もない。

「そうだな、私から話をしよう」

と、ダールマン提督は言った。


 グーザ帝国はふたご銀河から十億光年離れた蛇使い銀河にあった。

 その銀河の恒星で生まれた文明はいくつかあったが、非常に好戦的で、いつまでも戦争が絶えなかった。その最大の戦争は今から二千年前に起きたもので、そこで使用された最大の武器は核兵器だった。多くの星々が荒廃し、文明は衰退し、住民も多くの死傷者を出した。戦争の結果のあまりに酷い有様に、核兵器だけでなく、核分裂や核融合などのエネルギーなどが本能的に遺棄されるようになった。

 ただ蛇使い銀河では未知のエネルギー鉱石が発見され、その使用が促進された。そのため、再び宇宙文明が返り咲いたが、核エネルギーの使用が戻ることはなかった。

「あの蛇使い銀河では、核エネルギーを使用する技術が途絶えようとしていたのだ。そうした時に、肝心のエネルギー鉱石が掘り尽される可能性が出て来た」

と、ダールマン提督は言った。そして、

「あれは、二百年前のことだった。当時、エネルギー鉱石はあと百年で掘り尽されると言われていた。それから、エネルギー鉱石を節約する風潮が出て、その所為で様々なところで悪影響が出ていた。特に弱い者がそのしわ寄せを受けたのだ。具体的に言えば、エネルギーの対価が異常に高くなり、貧しい者や病弱な者が生きることが難しくなって行ったということだ」

と、続けた。

「私は、ある筋から蛇使い銀河で再び核エネルギーを使う技術を復興させてほしいと言う依頼を受けた。それで、私は当時はまだ建国したばかりのグーザ帝国に生まれた。核エネルギーを扱う技術を復活させるためだ」

と、ダールマン提督は当たり前のことのように語った。

 元新世紀共和国の者たちは、徐々にダールマン提督の話が理解できないという表情になって行った。それは銀河帝国の猫になったウルブル・フェルラーもアルトラス・ヴィル提督も同じだった。

「ちょっと待ってください。そのある筋というのは、どこの誰かあるいはどこの組織のことです?」

と、ディポックは聞いた。

「それは、秘密だ。敢えて言うならば、銀河に於いて文明を創造する計画を作る者たちからの依頼だった」

と、ダールマン提督は答えた。

「ええと、それはどういった種族なのでしょうか?例えば、ふたご銀河のダルシア人のような種族ですか?」

 ダルシア人はふたご銀河において突出した文明を持っていたため、他の種族を保護し、銀河を守るようなこともするようになっていたのだ。

「いや、彼らはあまりこの三次元宇宙に生まれてはこない者たちだ。余程のことがない限り、生まれてはこない。ただ、属している世界はいわゆる天使のいる世界でもある」

と、ダールマン提督は妙なことを言った。

「天使?そんなものが本当にいるのですか?」

と、グリンは疑問を投げ掛けた。

 普通ならそんなこと信じることはできないことだ。だが、

「今ここで、天使がいるとかいないとか議論している暇はない。ただ私の核エネルギーを復活させるというグーザ帝国での使命は残念ながら中途半場に終わってしまったのだ」

と、残念そうにダールマン提督は言った。

「ではつまり、今回のように誰かに陥れられたということですか?」

と、グリンは聞いた。

「いや、そうではない。グーザ帝国で核エネルギー技術をある程度復活させられたが、エネルギー鉱石と変わるものとするまでには至らなかったのだ。その途中で、死を迎えたのだ。だから、今でもグーザ帝国はエネルギー鉱石を欲している」

「すると、あなたのグーザ帝国での活動がもっと成功すれば、彼らはこちらに現れなかったということでしょうか?」

と、ディポックは聞いた。

「そうだな。来たかもしれないが、エネルギー鉱石を奪いには来なかっただろう。おそらく、探検とかそういう形で来ることになったかもしれない」

と、ダールマン提督は推測した。

「しかし、それほど彼らの死命を制しているというエネルギー鉱石はなぜ我々の文明では使われなかったのです?」

と、ディポックは聞いた。エネルギー鉱石はふたご銀河にもかなり存在すると思われるからだ。

「使われる可能性はあったが、核エネルギー技術が上手くいったので、そこまで発達はしなかっただけだ」

「今からでも使うことは可能ですか?」

「エネルギー鉱石からエネルギーを取り出す装置ができれば可能だろう」

「では、彼らの船が手に入れば、それも可能では?」

と、ダズ・アルグは聞いた。

「それは別に構わないだろう。こちらにはいくらでもまだあるのだから。それが発見され、装置ができれば、新たな産業も起きる可能性があると思う」

「一つ聞きたいのですが…。核エネルギーとエネルギー鉱石の作るエネルギーとでは、どんな違いがあるのでしょうか。例えば、エネルギー鉱石の方が瞬間的なパワーが高いとか、何か…」

と、ブレイス少佐が聞いた。

「そうだな、寿命で言えば、核エネルギーの方が圧倒的に長い。エネルギー鉱石はエネルギーを取り出す量を調節することで、瞬間的にかなり高いエネルギーが取り出せる。だが、その場合は寿命が短くなるが…」

と、ダールマン提督は答えた。

「なるほど、こちらに艦隊を派遣したということは、向こうではかなり状況が切迫しているということですね」

 まだエネルギー鉱石を使えるうちに、新しい鉱山を見つけようとしたのだと考えられた。

「そうだな。あれから、もう二百年も経つから、以前よりもかなりエネルギー鉱石は減っているはずだ」

 だとすると、このグーザ帝国のふたご銀河侵攻はかなりの計画を基に始めたのではないかと考えられた。そう簡単にやめることはないだろう。

「ですが、そのエネルギー鉱石を手に入れるためには、交易という手段もあったはずです」

と、ディポックは言った。今の状況ならば、平和的な手段で得ようとすれば、得られたのではないかと思うのだ。

「それはだな、例えば時の政権担当者の性格にもよるだろう。平和的ならば交易をしようとするだろうし、戦闘的ならば、戦って勝ち取ろうとするだろう。ただし、そのためには自分たちの方が科学技術、特に武器や兵器において優越している自信がなければできないだろうがな」

と、ダールマンは気になることを言った。

「ということは、彼らは我々を降伏させるだけの武器があるということでは?」

と、ダズ・アルグが言った。

「その可能性はある」

と、ダールマン提督が言った。

「その兵器や武器に、何か心当たりはありませんか?」

と、ディポックは聞いた。

「私があの銀河で生まれて死んで、もう二百年も経つから詳しいことはわからない。だが、確かにこちらとは違う兵器があったな…」

「どんなものでした?」

「もしかしたらだが、連中は大きな自分たちに似せた形の機械兵器を作っていた。こちらで言えば巨大ロボットというやつだ。人間がその中に入って操縦するものだ」

「巨大ロボット?」

「宇宙での戦闘はこちらではほとんど艦船や戦闘機だが、連中はそれに加えて、巨大ロボットがあったと思う」

「しかし、ロボットでは動きがそれほど速くありませんよね」

 ロボットの形態から言って、宇宙空間で戦闘機のような高速移動はできないだろうと思われた。

「向こうでは、地上戦がかなりあった。その地上は、核戦争のためにかなり疲弊していて、人間が存在するには何か防御用の遮蔽物が必要だったのだ。それで、ロボットが作られた。しだいにそのロボットは巨大となった。確か、空中を飛ぶ物もあったはずだ。それが改良されれば、宇宙でも使える。宇宙船同士の戦闘よりも、そうしたロボット同士の戦闘が行われていたのではないかな…」

と、ダールマン提督は言った。


174.

 その時、会議室にまで響く振動が起きた。

「何だ?また、どこかの要塞がぶつかって来たのか?」

と、フェリスグレイブが言った。

「司令室から連絡です」

と、ブレイス少佐が言った。

「どうしたんだ?」

と、ディポックは聞いた。

「何か、大きな巨人ではなく、ロボットのようなものが何体も要塞の流体金属を抜けて、要塞内部に侵入しようとしているようです」

 会議室の皆の目がダールマン提督を見た。

「なるほど、巨大ロボットがかなり発達したのだろう」

と、悠然とダールマンは言った。

「どうすれば…」

「しかし、なんでこんなに入り込まれるまでわからなかったのです?」

と、珍しくアルトラス・ヴィル提督は批難するように言った。この要塞は、今はディポック司令官の下にあるが、もともとは銀河帝国の要塞なのだ。銀河帝国にとってもここは防衛の要である。事ここに至っては、これまで疑って来たグーザ帝国の襲来というのが現実であると彼も信じざるを得なくなった。

「向こうには、こちらにはないステルス機能が高い装置があるのだろう」

と、ダールマン提督は言った。

「だが、彼らは時間を与えると言っていたのではないですか?」

と、ダズ・アルグは狼狽えて言った。要塞内部に入って来られては、自慢の主砲も使えない。グーザ帝国の連中はこちらのことを余程調査したのだろう。

「そんなことは、単に時間稼ぎにすぎない。最初からそのつもりだったのだ。こちらには、ロボットのような兵器はない。装甲兵では、とても太刀打ちできないだろう」

 ロル星団では、巨大ロボットのような兵器はほとんど発達していなかった。装甲兵は、大昔の宇宙服を戦闘中にでも着られるように改良強化したものを着ているに過ぎない。

「ロボットの数が、十体、いや百体それ以上ですか、ともかく数が非常に多くて…。もう駐機場の入り口から続々と入って来ます…」

と、司令室の者たちが要塞内部の映像を見てディポックに連絡してきた。

 海賊の要塞がぶつかって来た時は、入って来たのは生身の種族だった。だから、対応の仕方もあった。だが、今回は違う。このままでは座して捕虜になるか、殺戮されるか、それとも無駄だと分かっていても徹底抗戦するべきなのだろうか、と一瞬ディポックの頭を過った。

「仕方がない。緊急避難だ」

と、ダールマン提督は言った。もう戦闘は不可能だと判断したのだ。逃げるしかない。

「緊急避難?どうやって、どこへ避難するのですか?どのくらいの者たちを避難させられるのですか?」

と、ディポックは矢継ぎ早に聞いた。

 今から、あちこちに連絡しても逃げる場所はこの要塞内にはないだろう。宇宙船で逃げ出すことも不可能だ。それにあのロボットに対抗するような武器や兵器はこちらにはない。

「今まで黙っていたが、この要塞は私の城と同じ場所にある。ただ、次元が違うのだ。だから、我々要塞の関係者だけ、そこへ次元移動すればいい」

「あなたの城へですか?ここに、今、あるのですか?」

と、ディポックは聞いた。城というのは、初めて耳にする言葉だ。それに、次元移動と言われても、すぐには何のことやらわからない。

「ここには、大昔から私の城があったのだ」

「しかし、次元移動というのはどうやるのです?」

と、ディポックは聞いた。どちらにしろ、もし皆が安全に避難できるのなら、どこへでもどんな方法でもいいのだ。

「でも、ここに居る者だけでは、他の連中はどうするんです?連絡はどうやるんですか?」

と、ダズ・アルグは言った。司令室の者たちや会議室の外の連中はどうやって移動させればいいのだ、と彼は思った。他の部署にいる者たちを見捨てるつもりなのか?

「だから、この要塞にこれまでいた者たち全部を移動させればいいのだ」

と、ダールマン提督は何でもないことのように言った。

「つまり、魔法で移動するということですか?」

とディポックは、ハッと気づいて聞いた。

「そうだ。グーザ帝国にもかつて、大昔には魔法もあったのだがな。今ではほとんどそれは残ってはいない。新しく超能力者として、存在し始めているが…」

と、何か懐かしそうにダールマン提督は言った。

「我々だけではなく、この要塞にいる仲間を全員移動できるのですね」

と、ディポックは強く念を押した。それが一番重要なのだ。一人たりとも殺されたり、捕虜になるようなことは避けたい。

「もちろんだ。司令官には許可をいただけるかな?」

と、ダールマン提督は言った。

「わかりました。あなたに、お願いしましょう。ガンダルフの魔法使いのあなたに」

と、ディポックは言った。


 グーザ帝国カルフ艦隊提督キンドルラは、カルフ艦隊の機動ロボット部隊が要塞内部に入りつつあるのを見ていた。その時、妙なことに気が付いた。要塞内部のどこにも人の気配がないのだ。誰一人として、姿を現さない。先ほどの通信では確かに司令室には司令官を始めとして何人もの士官たちがいたはずなのだ。彼らに逃げる暇があったとは思えない。

 ヘイダール要塞内部に侵入した彼らの機動ロボット部隊は、三百体だった。指揮官は六人で、それぞれ五十体を部下にしている。彼らは要塞の宇宙船が入港する駐機場から、内部に侵入した。六人の指揮官には、司令室に向かう者、動力部に向かう者、民間人の制圧に向かう者、軍人を制圧に向かう者、要塞の武器の制圧に向かう者等、それぞれ分けて指示していた。

 だが、彼ら機動ロボット部隊が向かったいずれの場所においても、この要塞にいたはずの連中を見つけることはできなかった。そのため抵抗も受けずに楽々と占領できた。

 司令室に向かった連中は司令室に着くと、通信装置を探して味方の艦隊に連絡をしてきた。

「こちらは、機動ロボットの指揮官ケルラ大尉です。要塞司令室に到着しました。ですが、ここには誰もおりません」

と、キンドルラ提督に報告した。

「何だと?誰もいない?どういうことだ?」

と、キンドルラ提督は驚いて言った。

「つい最近まで、ここに居たようですが、今は誰もいません」

「他の所はどうだ?」

「他の部署も同じだと聞いています」

「そんなばかな。そこにどれだけの人数いたと思うのだ?」

「おそらく、軍人だけで百万人は下らなかったと思われます。ですが、本当に誰もいないのです」

「民間人もいないのだな?」

「いません。ですが、これまでいたと言う痕跡はありました。大食堂には食事中だった者の残りがありましたし…」

 彼らには大食堂が一般兵士が使うものとはわからなかっただろうが、そこのテーブルには食べかけの食事がいくつも、おそらく、百近くあった。その食堂も一か所ではなく、あちこちにある。その場所を制圧しに行った者たちが、首を傾げて報告したものだ。何しろ、まだ温かいものもあったのだ。それが一斉にどこかへ消えてしまったのだ。こつ然と……。その情景に不気味さを感じなかった者はいない。

「では、突然消えたというのか?」

 キンドルラ提督は、信頼できる部下の報告を受けても簡単には信じられなかった。

「そうとしか思えません」

と、先ほどのことを思い出してケルラ大尉は言ったが、背筋に冷たいものを感じていた。軍人としては口には出せないが、何かここには得体の知れないものがいるのではないかと想像してしまうのだ。

「わかった。そのことについては、また調査をする。それで、司令室の機器の扱い方はわかるか?」

と、キンドルラ提督は聞いた。

「わかります」

と、ケルラ大尉は答えた。すでに、グーザ帝国では銀河帝国の機器の調査もしていたのだ。

「では、要塞の司令室を掌握するように。他の部署の掌握ができたら、順次報告を。全部完了したら、私が司令室に出向く」

と、キンドルラ提督は言った。

「了解しました」


 キンドルラ提督は、部下の報告を今は信じるしかなかった。

 軍人が百万人、民間人もおそらく数万人はいたであろうというのに、突然どこへ消えたのだろうか?もし、それが本当なら、どんな技術でそれが可能になったのだろうか、と思わざるをえなかった。少なくともこれまでロル星団の文明を調査研究した中に、そのような武器や装置はなかった。それは転送装置も同じだった。

「彼らは我らの知らない転送装置を使っていました。ですから似たようなもので、別の場所へ避難したのではありませんか?」

と、副官のハルストラ大佐が言った。

 これまでのグーザ帝国のロル星団の科学技術の評価は、あらゆる点でグーザ帝国の方が進んでいるということだった。だが、惑星カルガリウムで転送装置などという、グーザ帝国でも見たこともない装置があることを知った。それを考えると、その評価は間違っていたのではないのかと、キンドルラ提督は考えるようになっていた。だから、今回も何か彼らの知らない科学技術が使われたのではないかと不安を掻き立てられたのだ。

「ですが、本当に彼らの方が優れているとしたら、なぜ逃げたのです。すくなくとも、攻撃兵器では我らの方が優れているから、逃げるしかなかったのではありませんか?」

と、ハルストラ大佐は言った。

 キンドルラ提督が気になる、もう一つのことがあった。それは、グーザ帝国の言葉がこの要塞の連中にわかったことである。

 惑星カルガリウムでは、グーザ帝国側の通訳を使ってのみ意志の疎通ができた。それがこのヘイダール要塞ではたちどころに通訳なしに理解できたのである。これはどういうことなのだろうか?

 噂では、ふたご銀河にはグーザ帝国からの亡命者がいるということだった。それは眉唾だと思っていた。いくらなんでも遠く離れた銀河へ亡命するような勇気を持つものがいるとは思えないし、そんな宇宙船もない。だが、いたとしたら、これまでの優位が崩れることになってしまうのだ。

「問題は逃げたことにあるのではない。どうやって逃げたのか?逃げることができたのか?あの転送装置はそれほど多くの者たちを移動させることはできないものだった。それなのに、百万を超える者たちを一瞬で移動させたかに見えるこの有様はどうしたことか?」

と、キンドルラ提督は考えていることを口に出して言った。

「では、我々の知らない兵器があるかもしれないというのですか?」

「その可能性はある。我々が調査したものがすべてではないということだ」

 グーザ帝国ではエネルギー鉱石を巡って、大きな争いが起きていた。キンドルラ提督は今回エネルギー鉱石を収集するために艦隊を率いて来たが、いつ何時本国政府が政変を起こすかもしれないという不安を抱えていた。それほどに、エネルギー鉱石の需要が逼迫していたのだ。


175.

 最初辺りは薄暗かった。それがしだいに明るくなってきたが、そこはこれまでいた要塞の中とは思えない場所だった。

 廊下のような場所を歩いていた。床は天然石を使ったもののようで、要塞にあった歩行者用の移動ベルトが設置されていない。壁を見ると旧式のランプのような明かりがついているだけで、廊下自体がどこか薄暗いのだ。

 不審に思ってあたりを歩き回っていると、同じ要塞にいた者たちが同じように不安そうに出歩いているのに出くわした。

「ここがどこだかわかるかい?」

と、タレス人の誰かが聞いた。相手は要塞の軍服を着ているから何か知っていると思ったのだ。

「いや、わからない。要塞ではないと思うのだが……」

 しかし、いつどうやって移動したのかわからなかった。気が付いたら、この場所にいたのだ。それは自分だけではないらしい。

「ここは、あんたの知らない場所かもしれないよ」

 要塞は広いから、何年いても全部を知り尽くすのはできないのではないか、とそのタレス人は思ったのだ。

「そもそもこんな場所は、要塞にはなかったと思う」

と、相手は言った。

 その時人々は、妙な感覚に襲われた。誰かが、どこかに集まるように言っているのだ。

「何か聞こえたか?」

と耳に手を当てて、タレス人は言った。

「何のことだ。何も聞こえない。だが、どこかに行かなければならないような気がする」

と、要塞の軍人は言った。

 そして、人々はまるで誰かに命じられたように、一つの場所へ向かって行った。

 そこは、このレギオンの城の大広間だった。とは言え、要塞にいる者たち全員を収容できるほどの大きさはない。ヘイダール要塞には、数にして百万以上の人間がいるのだ。だが、不思議なことにほとんどの者がその大広間に入ることができた。


 大広間は明るい照明が満たされていて、大勢の人数が集まっていると言うことだけはわかった。

 一段高くなった場所に、会議室にいた者たちが並んでいた。

「ほんとうに要塞にいた者たちすべてがここに集まっているのですか?」

と、ディポック司令官が聞いた。ヘイダール要塞には軍人だけで百万人はいたのだ。それがこの広間にすべてはいれるとは思えないのが当たり前だった。けれども、

「そうだ」

と、ダールマン提督がはっきりと言った。

「しかし、マイクの設備もないし、話したことがここにいるすべての者たちに聞こえるのだろうか?」

と、ノルド・ギャビが疑問に思って言った。

「聞こえますよ。耳に聞こえるのではなくて、心の方に響くのです」

と、バルザス提督が補足した。

「つまり、魔法でか?」

と、フェリスグレイブが言った。

「そうです」

 戸惑いながらも、ディポックは何人いるかもわからない聴衆に向かって話し始めた。

「皆、よく聞いてほしい。ヘイダール要塞は、敵の襲撃を受けた。そのため我々は緊急避難でここへ移動したのだ。ここは、魔法使いレギオンの城と言われている。

 実はここは、ヘイダール要塞と同じ場所にある。ただ、少し次元の違う場所だ。ここへはガンダルフの魔法使いレギオンの魔法で移動してきた。レギオンというのは、実は元銀河帝国元帥ダールマン提督のことだ」

と、ディポックは言った。こんなことを言って、皆が信じるかどうかさえ怪しいものだ。だが、きちんと話して置きたいというのが彼の考えだった。そして、

「魔法というと、信じられないかもしれないが、ここへ移動するには他に方法がなかったのだ。敵の攻撃は我々の意表をついていたし、我々の持っていない兵器で攻撃してきたからだ。だが、ここに居れば敵の攻撃を我々が受けることはない。その点については安心して欲しい。それにあの要塞にいた全員が一人残らずここに移動できたのは、魔法のお蔭でもある。

 さて現在ヘイダール要塞は、敵に占領されている。敵とは、初めて聞くと思うが、グーザ帝国だ。

 これから、ヘイダール要塞を取り戻すために作戦を行うが、それまで各自この城で過ごしてほしい。作戦を遂行するのに必要な人員は後ほどそれぞれ招集する。以上だ」

と、ディポックはできるだけ必要なことだけを話した。

 話し終わると不思議なことに、広間にいる全員の大まかな考えが伝わって来た。それは、ディポック司令官を支持するという思いである。

 ディポックの周囲にはしだいに光が増してきて、眩しいほどだった。

「まずいな…」

と、ダールマン提督が言った。

 要塞幹部の面々はディポックが光に包まれて輝いているのを見た。これはどうしたことなのか?

「ディポック司令官、悪いがちょっと横を向いてくれいないか?」

と、ダールマン提督が言った。

「え?どうしてですか?」

「おまえさんがあまりにも光り輝くので、我々に見えにくくなっているんでね」

と、ダールマン提督はいつもと違う砕けた言い方をした。この方が、本来のレギオンの話し方に近い。

「光る?私が?」

 ディポックの疑問を無視して、ダールマン提督は口の中で呪文を唱えた。すると、やっと眩しい光が収束して微かになった。

 気が付くと、大広間には先ほどいた大勢の者たちはいなくなっていた。

「あれ?他の人たちは?」

と、ディポックが聞いた。

「話を聞き終わったので、彼らは、彼らのいる場所へ戻ったんだ」

「彼らのいる場所?」

「そうだ。そこでだ、我々も本来の場所へ行くとしようか…」

と、ダールマン提督が言うと、周囲の情景が変わった。


 そこは、レギオンの城の書斎だった。

「ここは?」

と、ディポック司令官が聞いた。

 今まで大広間にいたのに、突然場所が変わったのだ。

「ここは私の城の書斎だ」

 ディポックは興味深そうに、奥の部屋を見やった。よく見えないが、そちらにはたくさんの本があるような気がしたのだ。

「ディポック司令官、座ったらどうだ?」

と、ダールマン提督が言った。

 他の者はと見回すと、ダズ・アルグやグリン、ノルド・ギャビ、フェリスグレイブにブレイス少佐が、すでにそれぞれ居心地よさそうな椅子を見つけて座っていた。もちろんリドス連邦王国やタレス人やナンヴァル人達も、銀河帝国の提督もいた。

「あれ?」

と、ディポックは驚いた、ウルブル・フェルラー提督が元に戻っているのだ。ついさっきまで猫だったのに。本人もディポックの声でそれに気づいたようだった。

「これは…」

と、驚いて言った。

 そして、ディポックはそこに見たことのない人物がもう二人いることに気が付いた。

「ええと、もしかして私の記憶違いだろうか?そこにいる人たちは初めて見るような気がするんだが…」

と、ディポックは言った。

「そうだな、お前さんの言う通りだ。紹介しよう。こちらのバルザス提督の傍にいるのが、彼の妻のナルディアだ。そして私の妹でもある、アリュセアの傍にいるのが夫のロルフだ」

と、ダールマン提督は言った。

「そうですか…」

と言った後、ディポックは妙なことに気づいた。

「ちょっと待ってください。ええと、バルザス提督の奥方は確か帝国で亡くなったと聞きました。それにアリュセアの夫はタレスで亡くなったのでは?」

と、ディポックは聞いた。

「そうだ。それが、どうしたのかな?」

と、別に大したことではないようにダールマン提督は言った。

「あの、二人は死んだのですよね。それなのに、どうしてここに居るんです?」

と、ディポックは聞いた。とても二人は死人とは思えない。

「つまり、ここはそうした空間なのだ」

と、ダールマン提督は言った。

「そうした空間って?まさか、我々は死んだということですか?」

と、慌ててダズ・アルグが聞いた。

「我々は死んではいない。だが、この空間、次元は四次元以降の空間なのだ。ここは死者も存在している」

と、ダールマン提督は言った。

「死者と同じ空間にいるということは、死んだということではありませんか?」

と、ブレイス少佐が言った。何だか薄気味が悪い。

「いや、死者と生者が同時に存在し、交流することのできる次元の空間だ」

「他の死者たちはどうしたんですか?ヘイダール要塞の外や中にいた死者たちは?」

と、ダズ・アルグが聞いた。

 ヘイダール要塞は建設されて百年は経つ。その間、元新世紀共和国の艦隊が何度も押し寄せて来て戦闘状態になっている。その時に敵味方の双方がどれだけの戦死者を出しただろうか。もっとも、戦死者が多かったのは元新世紀共和国の方だった。

「ヘイダール要塞では確かに多くの者たちが死んだが、その多くはもう自分たちの空間に戻っている。例えば幽霊になって要塞を徘徊してはいない。先の戦争は終結した。その結果、それぞれの空間に戻る者たちが増えたのだ。それにディポック司令官、お前さんがこの要塞に来てからは一層それに拍車がかかった。連中は完全にいなくなったわけではないが、かなりの数が減ったのだ。それに、今回の騒動は銀河帝国との騒動ではない。だから、あの要塞から移動したとき、今回の騒動に関係のない霊たちはそのままあそこにいる。ナルディアとロルフは我々と関係あるので、一緒に移動できたのだ」

と、ダールマン提督は言った。

「関係がないと一緒に来られないということですか?」

と、ディポックは聞いた。変な話だった。

「そうだ。ここはそういう次元の世界にある。こちらは向こうのヘイダール要塞を、見たり聞いたりはできる。影響を及ぼすことも可能だ。だが、向こうの連中はこちらに気づくことはないだろう。たまに、我々の存在を見たり聞いたりすることができる者がいるが、数はかなり少ない」

「ということは、我々は要塞を取り戻すために、何かできるということか?」

と、フェリスグレイブが言った。要塞防御指揮官である彼は、それに一番関心がある。

「そうだ。我々は敵にとっては、まあ『幽霊』のようなものだな…」

「お化け?」

 ぎょっとして、書斎に集まった者たちのほとんどは顔を見合わせた。まだ死んだ覚えはないのに、何で幽霊にならなければならない?


176.

 グーザ帝国カルフ艦隊キンドルラ提督は、ヘイダール要塞の司令室にやってきた。

 司令室に来る前に、キンドルラは要塞の動力源である核融合炉を見て来た。彼の部下でもある科学者が数人核融合炉の状態を見ていたが、特に異常はないということだった。核融合炉は自動で運転されており、爆発するような細工はされていないと報告を受けたのだ。

 キンドルラ提督は、それを一番心配していたのだ。

 この要塞の連中がこつ然と姿を消したのは、何かトラップを仕掛けた上でのことではないかと疑っていたのだ。それでなくとも核融合という動力は彼らにとっては、非常に危険に見えるものだった。

 かつて、二千年以上前にあった蛇使い銀河の覇権戦争に使われた核爆弾は、多くの惑星を居住不能にした。そのためグーザ帝国はもっぱら宇宙空間に都市を築き、居住している。もちろん核を使ったエネルギーは使用を禁じられている。核爆弾を製造しないためである。

 核を使用しないで済んでいるのは、核戦争後に発見されたエネルギー鉱石のためである。その鉱石はありがたいことに蛇使い銀河には豊富にあった。ただ、豊富にあったそのエネルギー鉱石も長年の掘削により枯渇していた。

 そんな時、彼らは幸運にも銀河間のジャンプ・ゲートの入り口を見つけたのだ。

 初め、探検隊を送って向こうの銀河の様子を調査していた。ふたご銀河と呼ばれているその銀河では二つの勢力が戦争をしていた。そのため、グーザ帝国の調査は慎重に行われ、やがてエネルギー鉱石が豊富にあると言うことを突き止めた。

 当初はそのエネルギー鉱石を得るためにふたご銀河の支配勢力と交易をしてはどうかと言う意見もあった。だが、ふたご銀河の戦争は長く続き、彼らのエネルギー鉱石も減少が進み、グーザ帝国の政権担当者の考えが変わったのだ。

 ふたご銀河では戦争が長期化したことにより、社会の衰退が始まっていた。それは新世紀共和国において強く現れている。だから、今がふたご銀河に攻め込む好機だと考えたのだ。だが、銀河帝国の方はまだそれほどではなかった。特に銀河帝国は戦争の勝利により、政治体制も一新され、文明の退潮が押しとどめられた感がある。


「要塞内に敵兵は一人もいないのだな?」

と、キンドルラ提督は念を押した。

「いません」

と、明快にケルラ大尉は答えた。

 困ったことになった、とキンドルラ提督は思った。彼の艦隊にはこの要塞を運営していくような人員の余裕はない。

 キンドルラ提督が受けた本国の司令部の作戦では、この要塞の占拠に成功した場合、その運営を捕虜となった者たちにある程度委ねる計画だった。危険ではあるものの、それは致し方のないことだった。要塞を運営するには多くの軍人や科学者が必要だった。それも、この要塞を作った文明を知っているものでなければ難しいことなのだ。グーザ帝国と銀河帝国並びに元新世紀共和国の技術は、様々なところで異なっている。

 今の所は彼らの忌避する核融合炉であっても、自動運転で動いているから何とかやっていけるが、もし異常が起きた場合はお手上げだった。

 従って、要塞内に兵力を多数置くわけにはいかなかった。敵がいないということは兵力が要らないということになる。しかし生命維持装置一つとっても、これを常に動かすだけでも、かなりの人員がいるのだ。しかもきちんとした技術を持った人員だ。だから、長くこの要塞に留まることは難しい。

 それに、消えた要塞の軍人や住民のこともある。

 いったい彼らはどこへ消えたのか?突然戻ってくることはないのだろうか?それに、どんな方法でやったのかさえも分からないのだ。それは、グーザ帝国の知らない科学技術がまだあるということを意味している、とキンドルラ提督は考えた。このまま要塞に留まって、味方の兵士が消えるようなことがあったら、大変なことになる。

「機動ロボット部隊の連中に連絡だ。警備に数人残し、後は機動ロボットとともに艦隊に帰還するように」

と、キンドルラ提督は命じた。機動ロボットは要塞の攻防には役に立つが、内部の捜索には向かない。

 この要塞にいた連中がどこへ行ったか、あるいはどんな方法で移動したのか分かるまでは、要塞に多くの兵士を入れるわけには行かなかった。司令室に最低限の人員と指揮官を残し、後は要塞の中を捜索させるつもりだった。何か分かるかもしれない。


 破れ雑巾を引き裂くような悲鳴がした。

 急いで行くと、兵士が一人うずくまっていた。

「何があった?」

と、指揮官らしき人物が聞いた。

「何か、何かがいる……」

と、兵士は震えながら言った。

 そこは廊下の曲り角だった。あたりは明るい。動力部は健在なので、照明はどこも元のままだ。

「敵か?」

「そうじゃない、白いものがいた。あれは、人間じゃない…」

と、頭を抱えて言った。

「何をバカなことを。ここは軍事要塞なのだぞ、敵兵ならともかく、何だかわからない白いものなど、いるはずがない…」

と、指揮官は言った。

「そいつを、医務室へ連れて行け!」

と、指揮官は部下に命じた。

「これで、何度目だ?」

「確かもう十回目になります」

と、部下の一人が言った。

「こんなに明るいところで、白い妙なものが見えるなど、本当にあるのだろうか?」

 あたりを見回しても、暗いところはない。照明は明るく設定されている。こんなところで、変なものが見えるなどあるだろうか、と指揮官は思った。

 グーザ帝国の兵士たちは勇敢だったが、それは目に見える敵に対してだった。光線銃や熱線銃などの武器を向ける相手ならともかく、何だかわからないものには本能的に恐怖心を抱くものだ。それでなくとも、ここにいた連中は突然消えたのだという。百万以上の人々が一斉に僅かの時間で消えたのである。それはグーザ帝国の知らない技術で可能になったのか、それとも何か別のものによるものか、解明はされていない。それが兵士の不安を煽るのだ。


「今の変な声は何ですか?」

と、ルーブ・グドルフは言った。

「たぶん、彼女が向こうの連中に見えたんだろう」

と、バルザス提督は言った。彼の傍には彼の亡くなった妻ナルディアがいた。ただバルザス提督の言う彼女とは、ルーブ・グドルフの亡くなった妻であるデリス・グドルフのことである。

 このレギオンの城ではデリス・グドルフも、普通に見ることが出来たし、話も出来た。

「でも、本当にデリスなのか?」

と、ルーブは聞いた。そう言いながら、彼はデリスを見た。最初デリスが見えることに気づいたときには、幽霊かと驚いたが、同時に死んだ妻に会えたことをうれしく思っていた。

「私よ、ルーブ。また私を見てくれるなんて、不思議ね。でも、嬉しいわ」

と、デリスは喜んでいた。

「ここに居る間だけだ。ここは、三次元と四次元の間、死者と生者が一緒にいることのできる空間だからね」

と、バルザス提督は言った。

「どのくらいここに居ることが出来るんだ?」

と、ルーブは聞いた。

「そうだな、精々四週間くらいかな?あまり長くいると、元の空間に戻れなくなるんだ。普通はね…」

「四週間だけ…」

と、ルーブは言った。

 バルザス提督はルーブ・グドルフが、彼の話を理解出来たかどうか、慎重に観察していた。ルーブには要塞奪還作戦に協力を頼みに来たのである。

 要塞からレギオンの城にやって来た連中の中にいたデリス・グドルフのような存在は、あまり多くはなかった。他に、アリュセア・ジーンの夫であるロルフ、それにバルザス提督の妻であるナルディアを加えると、三人になる。

 要塞で起きたグーザ帝国の兵士の十回の悲鳴の原因はこの三人の他に、未だ要塞にいる幽霊存在である。おそらく、減ったとはいえ、まだ百以上の存在が要塞に留まっているとリドスの者たちは考えていた。彼らはまだ新世紀共和国と銀河帝国との戦争状態にある空間に住んでいるのだ。だから、未だ要塞から離れられないのだった。彼らについては、あまり関わりたくないというのが、バルザスを始めとするリドス連邦王国の魔法使い達の考えだった。

 かかわりを持つと、どこまでも付いてくるのがこの連中の法則で、彼らをすべて成仏させるのは無理だった。彼らはそれぞれ別の理由で要塞に留まっているので、それに対応していられないのだ。今はそんな余裕はない。

 一方、レギオンの城へ生者と一緒にやってきた者たちは、リドス連邦王国の魔法使いと直接の関係を持ったことになる。だが、三人だけなので、後で面倒を見ることも可能だった。

「それでなんだが、私と一緒に来てくれないか?頼みがあるんだ」

と、バルザス提督は切り出した。

「私でもできることか?」

と、ルーブ・グドルフは言った。

「もちろんだ。君とデリスの両方に頼みがある」

 ルーブ・グドルフはデリスの顔を見た。デリスの目がやると言っているように思えた。

「わかった。我々でできることなら、もちろん、デリスに危険はないのだろうな」

「危険はない。それは保障するよ。それに、これは私も参加する予定だ」

と、バルザスは言った。

 ナルディア・バルザスは微笑んでいたが、どこか寂しそうに見えた。


 キンドルラ提督は、要塞内部を捜索させていたが、やはり消えた者たちは出て来なかった。これと言って説明のつかない機械や装置も見つからなかった。

「閣下。確か惑星カルガリウムから住民をこの要塞に転送させていたはずですが、肝心のその装置がどこにあるのかわかりません」

と、副官のハルストラが言った。

 惑星カルガリウムからこの要塞に多数の住民が転送されたのは、事実だった。転送された住民の中に彼らのスパイがいたのである。その数や転送の行われていた場所も掴んでいた。だからこそ、艦隊はヘイダール要塞に行き先を変更したのだ。本来なら元新世紀共和国の首都星ゼンダに行くつもりだったのである。

「惑星カルガリウムと連絡を取って、向こうの装置の確保はできたのか聞いてみたらどうか?」

と、キンドルラ提督は言った。

 惑星カルガリウムの転送装置があれば、それで味方の兵を送れる。そうすれば、要塞の転送装置の場所がわかるだろう。どこに隠したとしても……。

「わかりました」

と、ハルストラ中佐は言うと、ヘイダール要塞を包囲している艦隊に惑星カルガリウムと連絡をするように命じた。

 その返事には大して時間はかからなかった。グーザ帝国の通信技術はロル星団のものよりも進んでいた。

「閣下。惑星カルガリウムの転送装置は消えたそうです」

と、ハルストラ中佐は戻って来た返答を報告した。

「消えた、だと?」

 またか、という思いだった。連中は転送装置にも様々な種類のものを持っているのではないか、とキンドルラ提督は思った。ただ、これまでグーザ帝国がした銀河帝国や新世紀共和国の調査研究では、転送装置のような科学技術はなかったのだ。これは、どういうことなのだろうか?

 このままヘイダール要塞の占領を続けて大丈夫なのだろうか?突然敵が現れて攻撃をしかけるのではないのか?その不安は、キンドルラ提督だけではなく、他の兵士も感じているのだ。


177.

 レギオンの城の書斎に集まった者たちは、ダールマン提督とディポック司令官を見た。今回の作戦を考えたのは

この二人だった。

「さて、それでは今回の作戦の概要を話すので、よく聞いてほしい」

と、代表してダールマン提督が言った。

「現在要塞の中にいる敵の兵力は少数だ。彼らは突然我々が消えたことを不審に思って警戒している。だから、彼らを要塞から退去させるのは、そう難しいことではない。ということで、要塞内部の敵兵の追い出しは、ロルフ・ジーンを始めとする霊たちにやってもらう」

と、ダールマンはかいつまんで説明した。そして、

「敵を要塞から追い出すことに成功したら、外にいる敵の艦隊を要塞から引き離し、銀河間のジャンプ・ゲートを開き、そこから連中の銀河まで追い払う。というのが、この作戦だ」

と、言った。

「で、具体的にはどうするんです?」

と、ダズ・アルグが聞いた。

「ロルフたちがやるのは、要塞にいる霊たちを煽って、グーザ帝国の連中を怯えさせることだ」

と、ダールマン提督は言った。

 ロルフ・ジーンとデリス・グドルフとナルディア・バルザスの三人だけでは、大したことはできない。しかし、この要塞におよそ百人はいると思われる他の霊たちを利用すれば、かなりのことができる。その百人の霊たちに接触してもらうことを、この三人にやってもらうのだった。

「この最初のところが一番大変なんだ。だから、銀の月じゃなかった、バルザス提督とライアガルプスに手伝ってもらうことにする。

 次の外の艦隊についての作戦は、主にダズ・アルグ提督を中心とする要塞の駐留艦隊で行う。そして私とリイル・フィアナ提督が補助する。外にいるリドスとダルシアの艦隊は万一の時の支援のために待機させる。銀河間のジャンプ・ゲートを開くのは、リード・マンド、お前さんにやってもらうことにする。いいな!」

と、ダールマン提督は言った。

 リード・マンドという名が出た時、皆一様に驚いてその名の人物を探した。すっかり暗黒星雲の種族については忘れていたのだ。

「わかった。それだけで、いいんだな」

と、暗い書斎の奥の方から声がした。

「そうだ、それだけでいい……」

「ちょっと待ってくれ、外の艦隊をこの要塞から引き離すのは、どうやるつもりなんだ?」

と、ダズ・アルグが聞いた。

「だから、君にこの要塞の艦隊を率いて出てもらう」

と、ダールマン提督が当然のように言った。

「それは構わないが、グーザ帝国の艦隊は、どのくらいいるんだ?」

「そうだな、およそ十万隻はいるだろう」

「十万隻だって?その中へ、要塞の艦隊を率いて入って行けというのか?」

 敵は、要塞から艦隊が出たらすぐに攻撃してくる。だからその十万隻をまず多少の艦艇でもどこかに気を反らすことを考えないと、要塞自体から艦隊が出て行くのは無理だと思えた。

「そうは言ってない。要塞から直接艦隊を発進させると考えるからいけないんだ。お前さんの艦隊は、そうだなグーザ帝国の艦隊の後ろに出ればいい…」

と、ダールマン提督は言った。

「後ろに出ればいいって、どうやるんだ?艦隊ごと転送装置にでも入るというのか?」

と、ダズ・アルグは無責任なダールマンの発言に怒りを感じて言った。司令室のような転送装置では、一隻の艦さえ転送はできないではないか。

「この要塞の転送装置は、惑星カルガリウムに有ったものとは少し違う。ビーム転送装置があるんだ」

「ビーム転送装置?リドスの艦隊で使っているものか?そんなものが、ここにあるのか?」

と、驚いてダズ・アルグは言った。彼はリドスの艦のビーム転送装置で惑星カルガリウムの転送装置捜索のために惑星上に降りたことがあった。その時、転送装置よりも便利に思えたのを覚えている。

「サムフェイズ・イージー少佐、他の者に説明してくれないか…」

と、ダールマン提督は言った。

「いいんですか?」

と、サムフェイズ・イージー少佐は少しためらってから、

「この要塞には惑星カルガリウムにあったような転送装置とビーム転送装置の二種類のものがあります。転送装置はリフトにもありますから、他の方も経験されたと思います。ビーム転送装置は物体を一度分解して他の場所へ移動させるものです。転送装置はこちらと、向こうの両方に転送装置がないと使えませんが、ビーム転送装置は行く場所に受け入れる装置がなくてもいいのです。ですからこの要塞の艦隊をビーム転送装置で要塞の外へ移動させることは可能です」

と、説明した。

「そんなものが、いつからこの要塞にあったんだ?」

と、ダズ・アルグが言った。

「もちろん、この要塞が作られた時にこっそりと入れておいたんだ」

と、ダールマン提督が言った。

 またか、と要塞の者たちは思った。いったいどれだけ銀河帝国も知らない秘密がこの要塞にあるのだろう。その秘密に助けられていることは確かなのだが、あまりいい気持ちはしない。

「質問があります」

と、声がした。

「何だ?お前さんは?」

と、ダールマン提督は聞いた。

「私はジャナ少佐です」

「子猫、いやミリア・ヘイスダスを世話している少佐だったな…」

「ええまあそうです。海賊の要塞のことですが…。ヘイダール要塞に衝突したままの海賊の要塞については、あのままでいいんでしょうか?」

と、ジャナ少佐は聞いた。これまでずっと気になっていたのだが、緊急事態なので聞くのを遠慮していたのだ。

「海賊の要塞?ああ、ナッシュガルの要塞のことか?」

「そうです」

「まったく、要らんことをしたものだ。だが、あの要塞は心配ないだろう。グーザ帝国の連中が首をかしげるだけだ」

と、ダールマン提督は答えた。

 うまくいけば、その衝突した海賊の要塞もグーザ帝国の連中を脅すのに使えると、ダールマン提督は考えていた。いずれ、ヘイダール要塞と衝突した要塞が異なった科学技術で作られていることを発見するだろう。そうすると、グーザ帝国はまた一つ疑問が増える。解けない、不思議な疑問だ。あの衝突した要塞を動かしていた者たちはどこからきて、どこへ行ったのか、と頭を悩ますことだろう。それは、彼らの不安を一掃煽ることになるだろう。

「それで、その海賊のことですが、我々が捕まえた者たちも、いつのまにかどこかに消えていたのです。で、今回この城に来たわけですが、その海賊達がこちらに来たのかどうかわかりますか?」

と、ブルーク・ジャナ少佐は聞いた。彼は要塞内の海賊の掃討作戦に従事したので、彼らの行方も気になっていたのだ。それに今回の作戦に海賊が突然出てきたら困るのではないかと思っていた。

「海賊の連中か?もちろん、連中もこちらに来ている。探せばいるのではないかな?」

と、大したことではないようにダールマン提督は言った。

「しかし、要塞ではいませんでしたが…」

と、変だと思ってディポックが聞いた。

「それはだな、要塞で増えたものがあっただろう」

「増えたもの?」

「そうだ。確か、公園の池にいたのではないかな?」

と、言いにくそうにダールマン提督は言った。

「それでは、あの鳥が海賊だというのですか?いったい誰が海賊を鳥にしたんですか?」

と、ジャナ少佐が聞いた。

「私ではないことは確かだ。もちろん、銀の月でもない。フィアナでもない」

「それは私でもわかります。皆さんは鳥が最初に現れた時に居ませんでしたから。でも、海賊を鳥にするなんて、普通の人間の仕業とは思えません」

 それが不安なのだった。他に強力な魔法使いがいるというのだろうか?

「それはそうだ。誰だと思う?」

と、ダールマン提督は聞いた。

「わからないから聞いているんです」

と、辛抱強くジャナ少佐は言った。

「これは私の推測だが、おそらくそれは、リドスの三の姫ではないかな?」

と、ダールマン提督は言った。

「そう言えば、ちょうどその頃リドス連邦王国の王女たちが来られた時だった…」

と、思い出したようにディポックは言った。

「たぶん、海賊連中が何かしたのだろうよ。何もしなければ、リドスの姫たちは何もしないはずだ」

 その何かについては、ダールマン提督は何も言わなかった。言う必要もなかった。海賊連中のことだ、女性がいるのを見たら何をするかは想像がつく。

「すると、彼らはこの城から要塞に戻ったら、鳥になってしまうんですか?」

と、ジャナ少佐は言った。いくら海賊でも、同情を感じる。

「おそらくそうだろう。連中が自分たちのしたことを反省すれば別だが…」

と、ダールマン提督は言った。

「反省?それをすれば、鳥からもとの人間の身体に戻るというのですか?」

「まあ、そうだ。これは、いい意味での呪いのようなものだ。条件をクリアすれば、元に戻る」

「それが、反省ということですか?」

「そうだ。少なくとも、自分のしたことがどんなことかが理解できなくては、元には戻れない」

「でも、その連中がグーザ帝国の側につくとは思われませんか?」

と、ジャナ少佐は言った。そうしたこともありうるのではないだろうか。鳥であっても、騒いだりしてこちらの作戦の妨害が可能なのではないか?いや、今はこの城の中で元の姿なのだから、何かを企もうとしたらできるのだ。

「鳥がか?あのグーザ帝国のもの達は、呪いを掛けられて鳥になったなんて、信じるとは思えないがね」

と、ダールマン提督は言った。

「そうではなくて、鳥になった海賊が自主的にグーザ帝国の利益になるように動く可能性を言っているんです…」

「なるほど、それもそうだ。では、こうしよう。海賊に、もし要塞側に協力するなら、早く人間に戻れるよう三の姫に交渉することにする、と言ってはどうかな?」

「それはいいかもしれませんね。あのままでは可愛そうです」

と、ジャナ少佐は言った。

 懐に今もいる子猫が本当は人間の女の子だと聞いて、最初はジャナ少佐は驚いた。本人に聞くと猫から人間に今は戻れないのだという。

「ところで、ミリア・ヘイスダスはまだ猫のままか?」

とダールマン提督はジャナ少佐に聞いた。

「そうです」

「変だな。この空間では元の姿に戻るはずだが…」


 会議が終わると、皆それぞれ自分の持ち場に散って行った。

 ダールマン提督はアリュセア・ジーンの傍に行って言った。

「ここに居るうちに、ロルフと子供たちと話し合ってみたらどうだ?」

「それは、…」

「ここなら、子供たちもロルフと話ができるはずだ。あの金の理由と使い道についても、話を聞いた方がいいだろう」

 アリュセア自身は要塞の中でもロルフと話ができたが、子供たちは末の娘のリュイ以外は彼の姿を見ることが出来なかったのだ。だからここに居ればそれができる。親子水入らずで、久しぶりに話ができるのだ。

「わかりました。そうしてみます」

と、アリュセアは言った。

「今はアリュセアか?」

と、ダールマン提督が聞いた。

「そうです」

 会議の最中は実は、ダルシア人のライアガルプスが出ていた。それを知っているので、ダールマン提督――レギオンは聞いたのだ。

「聞きたいことがあるんだが…」

「何でしょう?」

「アリュセア、君には親兄弟はまだ生きているのか?」

 ダールマン提督は帝国にはもう家族はいなかった。父親がいたが、彼が大逆人として追われる中、病死したのだ。それには、大逆人の家族だということが影響し、医療関係者にあまり丁寧に扱われなかったためだと言われていた。

「母と弟がいます」

と、アリュセアは答えた。

「タレス連邦にいるのか?」

「今回の亡命事件で、離れ離れですけれど、二人はまだタレス連邦にいると思います」

「そうか。まだ無事なのか。それは良かった」

「でも、二人がタレス連邦で無事かどうかはわかりません」

と、アリュセア不安そうに言った。

「その件については、調査させよう。向こうにはリドス連邦王国の大使館もあるから…」

と、ダールマン提督は親切に言った。

「それは、助かります」

「まあ、私にできることはこれぐらいのことだ……」

と、珍しく謙虚にダールマン提督は言った。

 アリュセアにとって、ダールマン提督は見ず知らずの他人だった。だが彼女の中にいるサンシゼラにとっては大事な最愛の兄であり、ライアガルプスにとっては知り合いの魔法使い、それも信頼できる長年の友人だった。

 ダールマン提督を見ると、他の二人の感情が同時に湧いてくるので、だんだん他人とは思えなくなっていた。それに、アリュセア自身のことを親身に考えていることが伝わってくるので、彼女を安心させるのだ。一人ぼっちではないという安心感である。

 心の中で、ライアガルプスが言った。

(まったく、人間というものは……)

 ダルシア人には家族というものが無かったので、家族が欲しいとも思わないし、恋しいとも思わない。必要とも思わない。ただ、人間にとっては大事なものだということは理解しているつもりだった。それなら、サンシゼラの兄の言うように、困っているのだからすぐに助けを受け入れればいいではないかと思うのに、なぜか躊躇っている。金額の多寡も関係があるかもしれないが、それはダールマンが今現在血の繋がった兄ではないからなのだ。

 ライアガルプスにとっては借金のことなど、些細なことに思えた。それよりもアリュセアの三人の娘の今後のことが重要だった。このままタレス連邦の連中の手に落ちたら、彼女たちの本来の使命が果たせないではないか。アリュセアは三人の娘の使命を果たす環境を整える義務があるのではないか、とライアガルプスは強く思っていた。

 ライアガルプスは、もっと先のことを見据えていたのだ。


178.

「閣下、何か発見があったようです」

と、副官のハルストラ中佐が言った。

 スクリーンにキンドルラ提督の部下、マルボルラ中尉が映じていた。

「ヘイダール要塞の形が妙です。つまり、形が変だということです」

と、マルボルラ中尉が報告した。

「形が変とはどういうことか?」

と、キンドルラ提督は言った。

「要塞は球形だと思ったのですが、小さな球形の建造物がもう一つあります」

「どこにだ?」

「ちょうど我々がやって来たのと反対の方向にあります。そのために気が付かなかったのです」

「なるほど。それで……」

「中に入って調査しましたが、どうもヘイダール要塞とは別のもののようです」

「というと?」

「小さな方にも司令室があり、そこの装置も、それに要塞自体の動力も、ヘイダール要塞とは異なった技術で作られていると思われます」

「で、そこに誰かいたのか?」

「いいえ、誰もいませんでした。それに、ヘイダール要塞との接合部をよく見ると、最近円筒形の侵入路をねじ込んだと思われます」

「それは、動くのか?」

「それが、動力が故障して停止しているようなので、動かないと思われます」

「動力は核融合炉か?」

「いいえ、我々ではわからない未知のエネルギー源を使用しているようです」

「我々ではわからない?」

「そのように、科学技術者が言っております」

と、マルボルラ中尉は答えた。

 これはどういうことなのだろうか?この要塞は、我々以外の者から攻撃を受けていたのだろうか、とキンドルラ提督は思った。

 もしそうだとしたら、ヘイダール要塞の連中が消えたのは小型の要塞の攻撃を受けたせいなのだろうか?だが、そうだとするなら、動力が故障した小型の要塞側が攻撃を優勢にできるだろうか?現在はどちらの側も一人として残っていないのだ。

 キンドルラ提督はもどかしかった。何かがおかしいのだが、なぜなのかわからない。捜索を続ければ何かわかるだろうか?


 ヘイダール要塞のディポック司令官は、レギオンの城の書斎にいた。

「で、作戦の進捗状況はどうなっていますか?」

と、ディポック司令官はダールマン提督――レギオンンに訊ねた。

「バルザス提督とアリュセア、つまりライアガルプスがあの三人と一緒にヘイダール要塞の霊たちに当たっている」

「その、彼ら霊に対してはどんな方法で動かすのです?」

と、気になっていることをディポックは聞いた。死んで霊になってしまっては、物や金、それに出世などは何の役にも立たないと思われるのだ。だから、どんな方法で動かすのかわからなかった。

「それは、秘密だ。ただし、最終的にはお前さんの協力がいる」

「私が協力するのですか?どんなことをすればいいのです?」

「別に特段することはない。ただ、こちらの指定した場所に立っていればいいだけだ」

「立っていればいいのですか?それが協力するということですか?」

「そうだ。難しくはないだろう」

と、ダールマン提督は言った。

 ディポックはダールマン提督を見ていた。今の彼は銀河帝国にいたダールマン提督というよりは、ガンダルフの魔法使いレギオンの個性に近いと、バルザス提督は言っていた。

 レギオンというのは、かなり昔からガンダルフにいた魔法使いであり、最古で最大の魔法使いとも言われているという。性格としては、年寄りなので狷介で頑迷で口うるさく、礼儀にうるさいとバルザス提督は評した。もちろん、他に機嫌が良ければ軽口をたたくくらいのことはするそうだった。

 ということは、今は機嫌が良いということなのだろうか、とディポックは思った。

「あの、前から聞きたいと思っていたことがあるのですが、…」

と、遠慮がちにディポックはダールマン提督に聞いた。

「聞きたいこと?」

「アリュセアのことです。彼女は現在アリュセアですが、同時にサンシゼラ・ローアン、ライアガルプスだと聞きました。それは、どういうことですか?」

と、ディポックは聞いた。

「それはだな。サンシゼラは二千年前のガンダルフ人で、ライアガルプスはおよそ五千年前のダルシア人だ。だが、どちらも魂としては同じだということだ。同じ魂が別れたものだ。なぜなら一つの魂というのは、本当はかなり大きなエネルギーを持った存在なのだ。だから、別の魂に憑依されているのとは違う。今アリュセアの中では、最終決定権はアリュセアが持っているが、何か起きた時にはサンシゼラやライアガルプスが替わって出てくるという態勢になっている。もちろん、アリュセア自身が許可した場合に限るが…」

と、ダールマン提督は言った。

 アリュセアの場合は、最終決定権はアリュセア本人が持っているのだ。それは非常に大事なことだ。逆に憑依されている場合は、その決定権が自分に無くなってしまうということだ。

 憑依している者が最終決定権を持った場合、乗っ取られたということになる。その時点で、顔かたちは元のままでも、実際は別の者に変わってしまっているのだ。ただし、そうした場合でも何か起きた場合には、本人が責任をとることになる。フェアではないが、それがルールだった。ただ、そうなるには同一人かと思うほど、考えが似ている、つまりほとんど同じという状態になっているのだ。

 そしてダールマン提督は、

「もともとアリュセア自身は、ダルシア人の魂だ。ライアガルプスはダルシア帝国の皇帝、つまり最高指導者だ。ダルシア人の言葉を我々に分かるように翻訳すると、そのような地位になるということだ。そして、代々ダルシアで最高指導者としての仕事をしていたということだ」

と、続けた。

「それは、生まれつきということでしょうか?」

と、ディポックは聞いた。

「そうだ。もちろん、本人も努力をしたが、元々指導者として生まれてきたのだ。それは、別にダルシア人だけに限ったことではない。他の種族も同じだ」

「もしかして、我々もそうだというのですか?」

「もちろんだ」

「では、アリュセアがサンシゼラ・ローアンだったときは、どうだったのです」

「もちろん、サンシゼラ・ローアンは指導者だった。人間だったが、一国の女王だ」

「私が聞きたいのは、もともとドラゴンの姿をしていた者が、どうして人間に生まれてくるのかということです」

と、ディポックは聞いた。

「実はそれには、ある重要な問題があった」

と、ダールマン提督は殊更に語気を強めて言った。

「どんな問題です?」

「ダルシア人はジル星団で一番古い種族の一つだ。ドラゴンで、少々のことでは死なない。寿命もジル星団いや、このふたご銀河で一番長かった。ただ、ここに一つ問題が生じた。ダルシア人はドラゴンの姿で生まれて一生を終えるという経験に飽きたのだ。そして、別の違った経験をしたくなったのだ。その時に参考にしたのが、ダルシア人以外の種族だった。他に、有機生物ではない物に宿るという方法もあったが、大抵はダルシア人以外の種族になることを選んだのだ」

と、ダールマン提督は言った。

「というと他の種族というのは、人間とかそうした種族のことでしょうか?」

「そうだ。何しろ当時でも数としては一番多い。人間は数が多いが、ダルシア人に比べて弱く、寿命も短い。それに文明もあまり高くない場合が多かった。だから、人間に生まれるために、ダルシア人は色々と実験をしたりしたのだ。その過程で生まれたのが、ナンヴァル人やゼノン人という、今では竜族と言われている一見人間に見える種族だ。ダルシア人からすぐに人間に生まれるのはあまりにも状況が変わるので、少し段階を踏んだ方がいいと考える者もいたからだ」

と、ダールマン提督はかいつまんで説明した。

「つまり、ダルシア人はすぐに人間として生まれるというよりは、まず竜族であるナンヴァル人やゼノン人に生まれてから、人間に生まれるということにしたのですね」

と、ディポックは言った。

「そうだ。まあ、それでもダルシア人からすぐに人間に生まれてくるものもいたし、竜族として生まれて、人間になるのを止めた者もいる。それに、有機生物以外の物に宿る場合もあった。こちらは、寿命はダルシア人よりも長くなるし、様々なところに行けるという利点があった」

「もしかして、その有機生物以外の物というのは、ダルシアの艦隊の艦のことですか?」

と、ディポックは推測して言った。

「そうだ。よくわかったな。ダルシア人よりももっと強靭な肉体を持ち、長く生きるということを考えた場合、そうした宇宙船に宿るということもあった。実はこちらの方がダルシア人にはよく合ったとも言われている。ただ彼らがダルシア人として生まれなくなってくると、人口も減り、ダルシアそのものが滅びるということが既定の事実になってきた」

「それは、人間がダルシア人として生まれるということはなかったということですか?」

「いや、そんなことはない。数は多くないが、そうしたこともあった。人間だと、ドラゴンに生まれたいという考えを持つ者は少数だったのだ。ただ、それはダルシア人が人工的に子孫を作るようになってからのことだが…。その場合でも元の性質がどうしても残るので、人間のような弱いダルシア人が出来てしまうことになった」

と、ダールマン提督は話した。

「とすると、ダルシア人が人間に生まれてくると、かなり強い性格になるということですか?」

「大抵はそうだな。だが、別の意味では、お前さんにもわかるのではないか?例えば、アリュセア自身のことだ。彼女を見た時に、何か感じたことはないか?」

「そうですね、一度、彼女を見た時に、金色の竜のようなものが背後に見えました。あれが、ライアガルプスなのではないかと思いましたが……」

とディポックは、以前海賊達に襲撃されてバルザス提督の宿舎に逃げてきた時に見た光景を思い出して言った。

「その通りだ。ライアガルプスは見る人が見たら、金色の竜に見える。美しい竜だ。あの銀の月などは、昔からそれを見ていた。あの色は、現実のダルシア人の色ではなく、ダルシア人の個人としての性質の色を表している。金色は、それだけその性質、つまり心根が美しいと言うことを表しているのだ」

「では、白は?リュイ・ジーンは白い竜が見えました」

「あれは、金色に継ぐ色だ。元は政治家だったからな」

「上の二人のお嬢さんたちもそれぞれの色が微かに見えました」

「微かにか……。まだその二人は、自分の能力に目覚めていないと見える」

と、ダールマン提督は何かを考えながら言った。

「自分の能力に目覚めるというのは、どういうことですか?」

「あの二人、リゼラとアリンに関してならば、元々のダルシア人としての力を取り戻すことだ」

「ダルシア人の力を取り戻すのですか?」

「そうだ。それは、伝説のドラゴンの力だ。そのドラゴンの力がいずれ必要になるかもしれない」

と、ダールマン提督は言った。


179.

 新世紀共和国最後の最高評議会議長だったケアード・ゴンドラスは、首都星ゼンダの帝国総督府の一室にいた。彼は現在銀河帝国の官僚の一人であり、帝国から二等参事官として派遣されてきたことになっている。特に仕事があるわけではないが、勤勉に総督府に来ていた。

 ケアード・ゴンドラスは自分がここでどのように思われているか、気にしていなかった。何しろかつての新世紀共和国の最高評議会議長だった男だ。そして、銀河帝国が攻めてきた時に、最高責任者として降伏した本人である。着任してから周囲では色々と取沙汰しているのは知っていた。

 他人がどう言おうと、そんなことは些細なことだった。ケアード・ゴンドラスはこれから、何を目指して何をするかを常に考えていた。だが、自分を陥れようとすることには注意を怠らなかった。

 卓上のインターホンが鳴った。すると、

「ゴンドラス二等参事官、総督閣下がお呼びです」

と、珍しく総督から呼び出しがかかった。

「すぐ参上致します」

と、ケアード・ゴンドラスは返事をした。

 この呼び出しは何を意味するのか、とケアード・ゴンドラスは考えた。まさか、あの件が知られたわけではあるまい、と彼は思った。

 あの件とは、惑星カルガリウムのことである。

 ケアード・ゴンドラスは惑星カルガリウムがグーザ帝国によって占領されたことを、彼独自の諜報機関によって知っていた。その上秘密裏に、占領したグーザ帝国の連中と連絡を取り合ってもいた。従って、現在グーザ帝国艦隊がヘイダール要塞を攻略していることも知っていた。だが、そのことを帝国の連中にも元新世紀共和国の連中にも知らせはしなかった。

 その理由は、今そのことをどちらに知らせたにせよ、ケアード・ゴンドラスにとって有利にはならないと判断したからだった。まだ彼が利用するには足りないのだ。そう、彼が銀河帝国の政界に確固たる地位を築くにはあまりにも不充分だった。

 その点、ケアード・ゴンドラスの後に新世紀共和国の最高評議会議長となったチェルク・ノイやエルシン・ディゴなどの議員達とは違って、彼は民主主義なるものに何の未練もなかったのである。彼の望みは帝国宰相の地位に昇ることだった。


 総督の部屋に行くと、大きな窓に向かって総督は立っていた。眼下には元新世紀共和国首都星ゼンダのビル街が広がっていた。その底の方に、何かもぞもぞと動く者があった。あれは惑星ゼンダの市民たちが、政治参加や選挙権を求めてデモをしているのだった。

「閣下、何かご用でしょうか?」

と、ケアード・ゴンドラス二等参事官は言った。

 だが、しばらく総督は何も言わずに立っていた。

 沈黙があまりにも長く、ケアード・ゴンドラス参事官は再度、

「閣下、何かご用でしょうか?」

と、言った。

 すると、総督はゆっくりと振り返り、

「ああ、来ていたのか参事官」

と、言った。そして総督は、

「近頃、下界では何かと選挙権だの、民主主義だのとうるさいので、どうすればよいだろうかと考えていたのだ」

と、ケアード・ゴンドラスにじろりと視線を向けて言った。

「さようでございましたか、しかし、総督がそのようなことでお心を煩わされることはありますまい。元新世紀共和国の連中はもう何の力もありません。例の元元帥も遠くへ逃亡しております。今更、戻っては来ますまい」

と、当たり前のようにケアード・ゴンドラス参事官は言った。

「そうだろうか?」

「総督閣下が気になると仰るのであれば、この私が何とか致しましょう」

と、ケアード・ゴンドラスは請け合った。そのようなことは簡単だった。元々最近うるさくなった民主化の活動自体、彼が密かに何も知らない連中を焚き付け、煽っていたからである。

「ほう、卿が何とかすると言うのか?」

と、ブブロフ総督が聞いた。

「元々私は、このゼンダの出身でありますれば、その筋の連中もすぐ見当がつきます。総督閣下のお心を悩ますようなことは早急に処理致します」

と、ケアード・ゴンドラスは弁舌さわやかに言った。

「だが、それでは卿はかつての卿の仲間である民衆を裏切るということになりはしないか?」

と、総督は言った。まるで、ケアード・ゴンドラスのことを心配しているような口調である。

「私はすでに、帝国の臣民であります。帝国に忠誠を誓っております」

と、特に『誓う』と言う言葉に力を込めてケアード・ゴンドラスは言った。

「すると、卿は信用できると言うのだな?」

と、依然として疑わしそうにブブロフ総督は言った。

「はい」

「そうか。では、卿に命じるとしよう」

「喜んでお受けいたします」

 ケアード・ゴンドラス二等参事官は総督から民主化を騒ぐ市民たちを排除する命を受けて、総督の執務室から出て行った。


 シング・アルグは、地味な格好で市民たちのデモについて歩いていた。特に、プラカードを持って抗議して歩くようなことはしなかった。というのも、彼はジャーナリストであり、市民たちのこの抗議デモを取材していたのだ。

 市民たちの抗議デモは、もう半年の間続いていた。それが始まったのは、あの売国奴ケアード・ゴンドラスがゼンダに戻って来てからのことだと、シング・アルグは気づいていた。もちろん、これまで少数の者達の運動は存在したものの、総督府前でプラカードを持ってデモをするということはなかったのだ。仲間のジャーナリストの間ではそれが何であるかは公然の秘密だった。だが、誰もそれを帝国の総督府に密告する者はいなかった。

 ケアード・ゴンドラスが本気でこのデモを主導しているのか、それともこれを利用するつもりなのかまだ判然としなかった所為である。祖国を裏切って自らの保身をした当時の最高評議会議長を売国奴呼ばわりしても、心のどこかで信用したいと考えていたのだ。

 しかしそれがいかに甘い考えであったのか、シング・アルグは思い知った。

 見覚えのある全身黒服を着た集団、それは確かまだ新世紀共和国で有った時に見た愛国黒騎士団という団体だった。その連中が、あっという間にデモの最後列の市民に長い棒を持って襲い掛かった。悲鳴が聞こえ、何か起きたと気づき、後ろを振り向くためにデモの歩みが止まった。すると、最前列に相対していた帝国軍が市民たちに向かって銃を突きつけた。

「帝国軍が銃を向けたぞ!」

と、誰かが叫んだ。

 そして、市民の中にいた銃を隠し持っていた連中が威嚇のために空に向けて銃を撃った。すると帝国軍が銃を市民に向けて撃ち始めた。

 市民たちは撃たれて横たわっている仲間をしり目に、蜘蛛の子を散らすように四方八方に逃げ始めた。

 すばやく逃げたシング・アルグは、市民たちの中の銃を持った連中を探した。こんな時に発砲するというのは、おかしいと思ったのだ。しかも帝国軍に向けて撃ったわけではない。それなのに、帝国軍は市民に向けて銃を撃った。まるで申し合わせているかのように。よく見ると、先ほどまでいた全身黒服の集団である愛国黒騎士団の姿は、もうなかった。

 この時、シング・アルグははっきりとわかったのだ。あのケアード・ゴンドラスの正体が何であるかを。そして、もうこのことを発表するような新聞も雑誌もメディアもないことを。すでにゼンダのマスメディアは、死んだも同然だった。

 元新世紀共和国の首都星にして、現銀河帝国新領土となった惑星ゼンダにおいて、民主化を叫ぶ市民たちが総督リューゲル・ブブロフ提督の名において一斉に検挙されたのは、それから間もなくのことだった。帝国軍はデモ隊に参加した市民をしらみつぶしに探し出し、完全に市民活動を壊滅させたのだった。

 ケアード・ゴンドラスは市民活動を壊滅させた功により、総督ブブロフは帝国政府に一等参事官としての推薦をすることにした。現在は二等参事官であるので、昇進ということだ。


 元新世紀共和国最高評議会議長チェルク・ノイは、市民のデモ隊鎮圧を不服とする仲間と隠れ家で談義していた。そこにシング・アルグの姿もあった。彼は市民たちのデモが潰された一部始終を、チェルク・ノイに話していた。シング・アルグとチェルク・ノイは昔からの付き合いだったのだ。

「ケアード・ゴンドラスめ、奴は裏切り者だ」

と、憤りを隠さずにマブセル・アガス元議員が言った。彼は、ケアード・ゴンドラスが二等参事官から一等参事官に昇格するという噂を掴んでいた。

「すでに奴は帝国の人間だ。それだけのことだ」

と、チェルク・ノイは言った。今回の件でそれがはっきりとわかったのだ。

「しかし、捕まった市民たちはどうなるのです?今回の件で、もう何をしてもだめだと、皆かなり力を落としているようですし……」

と、フェルダ・トンノイ元議員が言った。彼は議員としては若い方で、まだ新世紀共和国の再興を夢見ていた。だからこそ、今回の事件を残念に思っていた。

「ヘイダール要塞のヤム・ディポック提督がこの首都星ゼンダに居れば、何か違ったでしょうか?」

と、フェルダ・トンノイ元議員の秘書、ピール・インブローグが聞いた。

「さあ、どうだろうか?あの男も同じではないのか?」

と、マブセル・アガス元議員が言った。彼は元々ヤム・ディポックという、うだつの上がらない風貌の軍人が気に入らなかった。

「それでは、エルシン・ディゴ議員をヘイダール要塞まで送った意義がないではないか……」

と、チェルク・ノイ元議長が言った。少なくとも、彼はマブセル・アガス元議員よりも、ディポック提督を信頼していた。

 しかし、このままでは、到底新世紀共和国が蘇ることはない。共和国の政治家がこの体たらくでは……。やはり、あの惑星カルガリウムにやって来たグーザ帝国とか言う輩を利用するしか手はないのだろうか、とチェルク・ノイは憂えていた。しかし、エルシン・ディゴとフランブ・リンジの両議員がヘイダール要塞から戻ってくるまで、待つことはできるだろう。その結果を待って、彼は最終的に決断するつもりだった。

 そうした元議員たちの話を、シング・アルグは黙って聞いていた。新世紀共和国の歴史も二百年を持って終わりとなるのだろうか、と考えていた。そのことを、あのヘイダール要塞へ行った連中は、どう思っているのだろうか?この祖国の終わりを知っているのだろうか。特に彼の息子であり、軍人であるヤム・ディポックと行を共にしているダズ・アルグはどう思っているのだろうか。


 リューゲル・ブブロフ総督は、ケアード・ゴンドラスの鮮やかな手並みを観察していた。そして、

「奴は、本当に帝国に忠誠を誓ったのだろうか?」

と、まだ自問自答していた。

 一度裏切った者は二度裏切る、という諺を知らないわけではない。特にケアード・ゴンドラス自身に会って感じたものは、胡散臭さだった。口では帝国に忠誠を誓っているが、あれは真実ではないとブブロフ総督の感が告げていた。だからといって、共和制を目指しているわけでもないらしい。おそらく、帝国に属したからには、そこで人身位を極めることを望んでいるのだろう。

 だからこそ、あの男に利用されたり、陥れられたりすることを避けなければならなかった。

 市民のデモを処理した件で帝国政府に一等参事官として推薦したのも、惑星ゼンダからの体のいい追い出しに過ぎなかった。


180.

 キンドルラ提督は、疲れていた。

 この得体のしれぬヘイダール要塞は、まるで魔物の巣窟のようだった。しかも時間が経つにつれてその様相が一層深くなっていくのだ。

 最初は、得体の知れぬものを見たという報告は、数が少なかった。要塞にいる時間が長くなるにつれて、『得体の知れぬものを見た』から『要塞の軍人の幽霊を見た』に変わり、その数が要塞にいる兵士のほとんどになってしまった。そして、今では『要塞の軍人の幽霊が襲ってくる』に変わっていた。

 幽霊に襲われたと報告されても、誰も負傷したわけではない。ただ、身動きできなくなって発見されるだけである。その後、医務室に運ばれて負傷していないと医者が言っても、本人は医務室の寝台に横たわっているだけになっていた。これでは兵士として役に立たない。

 要塞司令室は明るかった。煌々と照明が付いている場所でも、どこか不安が募って来る。

「閣下、要塞に設けた仮の医務室がもう一杯だということです」

と、副官のハルストラ中佐が言った。

「ここはいったい、どういうところなのだ?軍事要塞ではなかったのか?」

と、キンドルラ提督は零した。

 まるでお化け屋敷にいるような感覚が付いて回るのだ。部下は一人、また一人とおかしくなっていく。このままでは、この要塞を運営するのに支障が出てくるかもしれなかった。それでなくとも、この要塞に関する技術者は多くない。ただ、要塞の動力部である核融合炉が自動で平常運転であることだけが救いだった。


 レギオンの城の書斎ではヘイダール要塞の主だった連中が集まって、作戦の進捗状況の報告を聞いていた。

「今の所作戦は、順調に進んでいる。それで、そろそろ最後の仕上げにかかろうと思う」

と、ダールマン提督――レギオンは言った。

「最後の仕上げというと、駐留艦隊を使うということか?」

と、ダズ・アルグが言った。

 計画では、グーザ帝国の艦隊を背後から襲うために、要塞の艦隊をグーザ帝国艦隊の背後に転送する手はずになっていた。同時に要塞司令室を占拠し、要塞と艦隊とで敵の艦隊を挟み撃ちにする。もちろん、逃げ道を作るのを忘れないでだ。

「カールじゃなくて、サムフェイズ・イージー少佐とナル・クルム少佐に用意をさせていた。要塞のビーム転送装置のことだ」

と、ダールマン提督は言った。

「やっと、我々の出番ということか?」

と、嬉しそうにダズ・アルグ提督が言った。

「そうだ。要塞の駐留艦隊の要員はみなこの辺りに集まっていて欲しい」

と、ダールマン提督が言うと、皆の見ている前で城の図面が表示された。

「ここは、要塞では艦隊の駐機場に当たる場所ということか?」

と、図面を見てダズ・アルグが言った。

「そうだ。時が来ればそこにいる者たちはそのまま艦の中に自動的に移動する」

「で、それはいつだ?」

「グーザ帝国の連中が逃げ出した時だ」

「それで、私はどこに居ればいいのです?」

と、ディポック司令官が聞いた。

「それは、私と来ればわかる」

と、ダールマン提督は言った。


 何か良くないことが起きると言う予感がした。

 そんなことはグーザ帝国では迷信だ、というのが常識なのだが、このヘイダール要塞ではとてもそうは思えなかった。

 キンドルラ提督は、いっぱいになった医務室を空にするために、艦隊から新しい交代要員を呼んでいた。要塞に停めておいた艦に病気になった連中を移動させて、キンドルラの艦隊に運ぶつもりだった。ただ、再び病人が相次いで増えるようなことが起きるならば、この要塞に長くいることはできないと考えていた。

 確かにこの要塞は、旧新世紀共和国を侵略するためにはよい基地となるだろう。それにいずれ銀河帝国本土やジル星団の方を攻略するためにも良い場所にある。だが、妙な病気がはやるようでは、意味がない。グーザ帝国からの新しい人員の補充は、そう簡単にはできないからだ。できるだけ、今いる人員を使うほかはない。それに、要塞自体を運営する人員の確保もこのままではほとんどできなかった。

 だいたい当初の作戦の変更はなぜなされたのか?最初の作戦のままならば、今頃は惑星ゼンダを攻略できていたはずだった。艦隊の数から言って、ゼンダにいる艦隊など敵ではない。

 これには、何かグーザ帝国内部の事情が絡んでいると思えた。キンドルラ提督は軍人であり、そのような政治的な問題は不慣れだった。

「閣下、艦隊からの交代要員が来たようです」

と、ハルストラ中佐が言った。

「わかった。医務室の連中を急いで艦に移すようにするんだ」

「わかりました。新しく来た者たちはどうしますか?」

「すでにこの要塞についてはある程度の知識のあるものを選んだはずだ。だが、配置する前に、十分注意を怠らぬように命じるのだ」

と、キンドルラ提督は言った。

 新しい交代要員は駐機場で艦から降りると、整列して上官の来るのを待っていた。そこへ、医務室から交替で艦隊へ戻る要員がやってきた。

 彼らは青白い顔をしている者たちが大勢いて、歩くことがやっとの者たちもいた。それを見た新しい交代要員はその異常さに目を見張らせた。彼らは、何かを怖がっているように何度も後ろを見て来たからだ。

「これはいったい何だ、やつらはどうしたんだ?」

と、うっかり口にしたものがいた。

 その時、新しい交代要員は旧要員たちが見ているものが見えた。

 半透明に透けた多くの者たちが、旧要員たちの後ろに付いてきているのだ。その半透明に透けた者たちはグーザ帝国のものではなかった。彼らの特徴である大きな耳ではなかったのである。着ている軍服も違った。

「あれは!」

と、新しい交代要員の中には指さすものまで現れた。

 そこにいたもの全員がまるで催眠術にかかったように、恐怖に駆られた。一人が、

「逃げろ!」

と叫ぶと、それを合図にしてそこにいた者たちが雪崩を打って、艦の方へ走り出した。

 何も知らない上官が来て、

「何だ?お前たちどうしたんだ。どこへ行く。誰が、命じたんだ?」

と言っても、誰もそれを聞くものはなかった。


「大変です、閣下」

と、ハルストラ中佐は言った。

 司令室に連絡が来たのは、新しい交代要員が恐慌に駆られて乗って来た艦に戻ってしまった後だった。

「どうしたんだ?」

と、キンドルラ提督は聞いた。

「艦でやって来た交代要員が、逃げ出したそうです」

「逃げ出した?どこへだ?」

「また艦の中に戻ってしまい、命令しても出てこないというのです」

「何だと?」

「どうしますか?これは重大な命令違反です」

と、語気鋭くハルストラ中佐は言った。

「待て、いったいどうしてこんなことになったのだ?」

 何か大変なことが起きているのではないだろうか、とキンドルラは思った。

「わかりません。ですが、何とかしないと、このままでは艦が発進してしまいます」

 すでに、発進許可の申請が来ていた。しかし、このままでは発進の許可なく発進する事態も考えられる。

「少し、待たせておけ。何が起きたのか、私が確認してくる」

と、キンドルラ提督は言った。

 このままにしては置けないと、キンドルラ提督は思った。何が起きたのか確認せずにはおられなかったのだ。


 ヘイダール要塞の駐機場の降車場には、もう誰もいなかった。新しく来た要員は乗って来た艦に戻ってしまったし、交替して帰る病人たちも艦に急いで乗ってしまったからである。

「誰もいないではないか、ここで何が起きたと言うのだ?」

と、キンドルラ提督は言った。あたりを見回しても誰もいないし、何もない。

 その時、キンドルラ提督は何かを見た。半透明のおそらくこの要塞にいた軍人たちの姿のようだった。その半透明の軍人たちは、降車場の中央に集まりつつあった。

 よく見ると、中央に何か眩しい輝きを放つ光が見えた。


「ここでいいんですか?」

と、ディポックは聞いた。

「そうだ。そこでいい」

と、ダールマン提督は言った。

「何をするんですか?」

「ただ、そこに立っているだけだ。それでいい」

 ダールマン提督は目を閉じると、少し口を開いて何事かを呟いていた。たぶんそれは何かの呪文なのだろう、とディポックは思った。

 すると、ディポックは自分の周囲が眩しく輝くのがわかった。その光源の中心に自分がいるのだ。

「この光は?」

と、ディポックは驚いて言った。

「その光は、お前さん自身の光だ」

「私自身の光?」

 ディポックは自分でも眩しくて目を細めていると、彼の周囲に灰色の半透明の者たちが集まっているのが見えた。彼らはディポックの光めがけて、集まって来ていた。そして眩しい光の中に入ると、突然喜びのような驚きのような声を上げて、消えて行った。

「これはいったい、何が起きているんですか?」

と、ディポックは聞いた。

「何、大したことではない。お前さんの光に触れて、連中はやっとどこへ行けばいいのかわかったのだ」

と、ダールマン提督は言った。

「どこへ行けばいいのかわかった?」

「そうだ。あの連中はこの要塞に残っていた不成仏霊というやつだ。それがお前さんの光に導かれて、彼らの行くべき世界へやっと行けたと言うわけだ」

「つまり、そのために彼らはグーザ帝国の連中を驚かせていたのですね」

「そうだ。そうすれば、曲がりなりにも、行くべきところが分かるという話をしておいた。別に嘘じゃない、本当のことだからな……」

 しばらくすると、本当に半透明の者達はいなくなっていた。


 グーザ帝国の艦は要塞の司令室にいたハルストラ中佐の静止も聞かずに、要塞の駐機場から発進していた。

「お前たち、これは明確な命令違反だ。どうなるかわかっているのか?」

と、ハルストラ中佐は叫んだが、どうにもならなかった。

 降車場にいたキンドルラ提督は、艦が発進する音を聞いていた。こうなったらヤムを得ない。命令違反だと叫んでも、恐怖には勝てないのだ。

「閣下!」

と、ケルラ大尉がやって来た。マルボルラ中尉と一緒である。

「艦は発進してしまったようだ」

と、キンドルラ提督は言った。

「大丈夫でしたか?」

と、ケルラ大尉が聞いた。

「大丈夫だ。それよりも、二人ともあの艦に乗っていなかったのか?」

「我々は何ともありませんでしたので、ここに残るつもりでした」

「すると、あとは司令室のハルストラ中佐がいるだけか……」

「これからどうしますか?」

「そうだな、艦は発進してしまったし、司令室に戻るとするか…」

と、キンドルラ提督は言った。


 要塞からグーザ帝国の艦が発進すると、ダズ・アルグの駐留艦隊が要塞のビーム転送装置でグーザ帝国の艦隊の背後に転送された。

「よし、行くぞ!」

と、ダズ・アルグ提督はやっと自分の番が回って来たので元気よく言った。

 要塞の司令室には、ディポック司令官と始めとして、要塞の司令室の要員がたちどころに出現した。

 そこで、彼らはハルストラ中佐と出くわした。

「********!」

と、わめくグーザ帝国の軍人をフェリスグレイブとその部下が制して、司令室のスタッフは位置に付いた。そして、グーザ帝国の艦隊に要塞からの攻撃を始めた。

 作戦は順調だった。

 要塞側と要塞の駐留艦隊の攻撃を受けたグーザ帝国の艦隊は、わざと作られた逃げ道へと方向を変えて行った。

 十万隻もいたグーザ帝国艦隊は突然現れた敵艦隊に驚き、艦隊司令官を要塞に残したまま、ロル星団の惑星カルガリウム方面へと移動しつつあった。

 要塞の駐留艦隊は二万隻ほどだったが、これにリドスの艦隊とダルシアの艦隊が加わって、グーザ帝国の艦隊を追撃していたのだ。

 そこへ、新たな艦が一隻やってきた。

「あれは!私の国の船だわ!」

と、サムフェイズ・イージー少佐が叫んだ。


181.

 それは、不思議な感覚だった。

 これまで人のいる気配など毛ほどもなかったのに、突然大勢の人間がいる気配が湧いて出たのである。

「あそこに誰かが…」

と、ケルラ大尉が言った。

 ケルラ大尉の指先をよく見ると、廊下の奥に確かに人がいた。それも、生きている人だった。着ている服を見れば、初めて見るこの要塞の兵士だとわかる。

 向こうもこちらに気が付いたと見えて、素早く腰の銃を抜くと、こちらに向けた。

「*********!」

 何か叫んだが、キンドルラ提督には理解できなかった。

 叫び声に気が付いた敵兵が、わらわらと増えて来た。どこにいたのかと思うほどの数である。

「ケルラ、マルボルラ、ここに居ては危険だ。行くぞ!」

とキンドルラ提督は言うと、反対方向に向かって走り出した。

 何が何やらわからないうちに、体が反応したのだ。三人は廊下を走って行き、やがて広い空間に出た。

 そこは公園のようなところで、広い空間に木々などの植物や池なども見えた。池には白い生物がいるのも見えた。

「ここは、どこでしょう?」

と、ケルラ大尉が言った。

「要塞の中の公園というところか…」

と、キンドルラ提督は言った。

 こういうところは本国の宇宙都市と似ている、とキンドルラ提督は思った。木々や池があるのも同じである。

 ところが、池にいる白い生物が飛び上がると、キンドルラ提督の一行に向かってやってきた。

「飛べるのか…」

とのんびりと見ていると、飛んでいる白い生物が急に降下してきて、キンドルラ提督やケルラ大尉、マルボルラ中尉を襲った。

「こ、これは……」

と、驚いてキンドルラ提督は手で顔を覆った。白い生物の鋭い口先が目をつついて来たからである。銃を構える暇もなかった。相手が知性の低い生物だと思って油断したのだ。

「いたたた…」

と、ケルラ大尉も急いで手を振った。

 マルボルラ中尉も慌てて顔を守ろうとした。

 池の白い生物のほとんどがこの襲撃に加わり、三人は取る物も取りあえず顔を守って蹲った。

「よーし、もういいぞ!」

と、誰かが言う声がした。

 すると、白い生物の襲撃が途絶え、羽音を立てて、池の方に去って行った。

「大丈夫か?」

と、また声がした。

 それは、キンドルラ提督たちの理解できる言葉だった。心配しているような声なので、恐る恐る顔を上げると、見たことのない男が立っていた。

「お前は、誰だ?敵か、味方か?」

と、キンドルラ提督は言った。

「そうだな、どちらかと言うと、敵になるかな?」

と言って、ダールマン提督はゆっくりとキンドルラ提督たちに銃を向けた。

「待て、お前は我々の言葉が分かるのか?」

と、キンドルラ提督は聞いた。

「分かるとも」

と、ダールマン提督は頷いて言った。

「では、グーザ帝国の者か?」

と、まさかと思ってキンドルラ提督は聞いた。

「それは、違うな」

「では、お前はどこに属しているのだ?」

「私は、リドス連邦王国に属している」

「リドス連邦王国?それはどこにあるのだ。ロル星団では聞いたことはない」

「リドス連邦王国は、ジル星団にある」

「我々の言葉が分かるということは、我々の国を知っているということか?」

「まあ、そうだな。どこにあるのか、そしてお前たちが何をしに来たのかは知っている」


 ダールマン提督はキンドルラ提督たちを要塞の兵士に任せて、司令室に戻って来た。

 司令室の大スクリーンに、グーザ帝国艦隊が映っていた。そのグーザ帝国艦隊を追撃する要塞の駐留艦隊とそれと行動を共にしているダルシアの艦隊やリドスの艦隊を映し出していた。

「どうかしたのか?」

と、ダールマン提督は聞いた。

「グーザ帝国艦隊が途中で動きを止めてしまったのです」

と、司令官であるディポックが言った。

「なるほど、連中もやっと気が付いたのか」

と、ダールマン提督は言った。

「何に気が付いたんですか?」

と、ディポックは聞いた。

「自分たちの司令官をこの要塞に置き去りにしたことに、気が付いたんだろうさ」

「あのキンドルラとか言う提督のことですか?置き去りにしたって…。ではまだ要塞の中にいるのですか?」

と、驚いてディポックは聞いた。

「そうだ。奴らは慌てて、というか恐怖に駆られて艦に乗り組んだので、肝心の司令官がまだ要塞にいるのを忘れてしまったんだ。キンドルラと後二人の士官は私が公園で見つけて、確保した」

と、ダールマン提督は言った。

「すると、司令官のいないことにやっと気が付いたということですか?」

「たぶん。それで、どうしようかと考えているのだろう」

「しかし、このままグーザ帝国の艦隊が動かないと困ります」

と、グリンが言った。

 グーザ帝国艦隊の方が要塞側の艦隊よりも数が多い。多少なら問題はないが、およそ四倍の差があるのだ。

「数の多さに気づいて、艦隊を立て直してくるとまずいですね」

と、ディポックは言った。

「そうだな……」

 艦の攻撃力については、攻撃用のビームは要塞の駐留艦隊よりもグーザ帝国の艦の方に威力がある。ただし、数は少ないが、ダルシア帝国の艦隊とリドス連邦王国の艦隊はグーザ帝国の艦隊よりも強力なビームを持っている。とは言っても、数の差がおよそ四倍というのであれば、こちらが劣勢にあるのは確かだった。

「おや、あれは?」

と、ダールマン提督はスクリーンの端の方に見える、一隻の宇宙船に気が付いて言った。あまりに小さくて、彼が指で指さなければ、誰も気が付かないようだった。

「あれは、私の国の船よ」

と、サムフェイズ・イージー少佐が言った。司令室の端の方にいるので、彼女の声はディポックたちには届かなかった。

「やっと来たのか」

と、ダールマン提督は言った。

「あの船がどこの船か、ダールマン提督は知っているのですか?」

と、ディポックは聞いた。

「あれは、白金銀河から来た船だ」

「白金銀河?それは、どこの銀河です?」

 どこかで聞いてことがある、とディポックは思った。だが、すぐに思い出せなかった。

「サムフェイズ・イージー少佐の国のある銀河だ」

と、ダールマン提督は言った。

「でも、その銀河は蛇使い銀河よりも、もっと遠かったのではありませんか?」

「そうだ。それでもやってきた。たった一隻でな……。サムフェイズ・イージー少佐、あの船と連絡を取って見てくれ…」

と、ダールマン提督は離れているサムフェイズ・イージー少佐に向かって言った。

「いいんですか?」

と、人をかき分けてやってくるとサムフェイズ・イージー少佐は確認した。

 要塞が危険に瀕している時にやって来たのは邪魔ではなかったかと、サムフェイズ・イージー少佐は思っていたのだ。

「もちろんだ。彼らに重要な頼みがある」

とダールマン提督は、重要なと特に強調して言った。

「わかりました」

 サムフェイズ・イージー少佐は通信装置を操作すると、

「こちらはヘイダール要塞のサムフェイズ・イージー少佐、プロキシオン号応答願います」

と、自分の国の言葉で言った。

「こちらは、プロキシオン。サムフェイズ・イージー少佐というのは、本当か?」

と、向こうの船が応答してきた。

「本当よ。あなたは誰ですか?」

「私はオルフス・リガル准将。プロキシオン号の艦長だ」

「オルフス・リガルですって?本当なの?」

と、驚いて逆にサムフェイズ・イージー少佐が聞いた。そして、

「リガル艦長待って、今レギオンと替わるから……」

と言って、ダールマン提督と場所を替わった。

「私はリドス連邦王国のレギオンだ。よく、ここまで自力で来ることができたな。約束通りだ。ただ、その前に頼みがある」

「頼み?我々にできることか?」

と、リガル艦長は聞いた。

「そうだ。ところでプロキシオン号の艦長はオルフス・リガルだと聞いたが?」

「私は、オルフス・リガルだ」

「ほう、リガル大佐か?」

と、ダールマン提督が聞くと、

「リガル准将だ」

と、オルフス・リガル艦長は訂正した。

「では、リガル准将。今、要塞の外に敵の艦隊がいる」

「艦隊はいくつかあるが、一番遠くにいるのが敵なのか?」

 要塞の駐留艦隊、ダルシアの艦隊、リドスの艦隊など数種類の艦隊が要塞の外に展開している。そのもっとも外側にグーザ帝国艦隊が向きを変えて、対峙していた。

「そうだ。あの例の武器は装備しているか?」

と、ダールマン提督は聞いた。

「ゴブロンのことか?あるが、数は数百発ほどだがあるとも」

と、リガル艦長は言った。

「では、それを敵に向けて全弾撃ち尽くしてほしい。的に当たるように私が操作する」

と、ダールマン提督が妙なことを言った。

「弾の補給はしてくれるのだろうな!」

と、リガル艦長は念を押した。

「もちろんだ。帰るときには、きちんと補給できるようにする」

「了解した!」


 白金銀河から来たプロキシオン号から、黄色い光の束が出現した。それは、あっという間に広がり、要塞の駐留艦隊やダルシアとリドスの艦隊を避けて、いや正確に言うと艦隊の間を縫うように動いて、グーザ帝国艦隊に向かって行った。

「あれ?ダズ・アルグ提督、今のは何ですか?」

と、ダズ・アルグの副官が言った。

「ミサイルだと思ったが、なんで我々を避けて行ったんだ?」

と、ダズ・アルグ提督が不思議そうに言った。

 その黄色い光の束は、一つ一つがミサイルのようなものだったが、まるで知性をもったもののように要塞の駐留艦隊とダルシアとリドスの艦隊を避けて行ったように思えた。だが、グーザ帝国艦隊に着弾すると、かなり大きな爆発をした。

 どの弾も、まるで引き寄せられるように一つ残らずグーザ帝国艦隊に当たった。

 グーザ帝国艦隊は敵の未知の武器の効果のほどを見て攻撃を断念し、惑星カルガリウム方面へと去って行った。


182.

 白金銀河から来たプロキシオン号のオルフス・リガル艦長と数人の士官は、直接要塞司令室に転送でやってきた。

「ええと、こちらの司令官はどちらかな?」

と、リガル艦長は言った。中肉中背の白髪交じりの男性だった。

 転送機で艦から直接司令室にやって来るというやり方は、この要塞の者達には初めてだった。そのため少々要塞の人々は戸惑っていた。

 人垣の後ろの方から、サムフェイズ・イージー少佐がナル・クルム少佐とやって来た。

「リガル准将。ヘイダール要塞にようこそ!」

と言って、サムフェイズ・イージー少佐はオルフス・リガル准将に敬礼した。

「サム、それにクルム少佐じゃないか。元気だったか?」

と、リガル准将は言った。

「ええ。元気です。あの、この要塞の司令官は、あちらです。それに、レギオンもいます」

「レギオンがいるのか。懐かしいな」

「そうです。あの、レギオンはここではダールマン提督と呼ばれています」

 サムフェイズ・イージー少佐はオルフス・リガル艦長をヘイダール要塞の司令官の所へ案内した。

「ディポック司令官、こちらは私の国のプロキシオン号の艦長オルフス・リガル准将です」

と、サムフェイズ・イージー少佐は紹介した。

「初めまして、私がヘイダール要塞の司令官、ヤム・ディポックです」

「初めまして、私がプロキシオン号の艦長オルフス・リガルです」

 だが、オルフス・リガル准将はヘイダール要塞の司令官への挨拶もそこそこに、

「ところで、先ほど私と話をしたレギオンは?」

と、聞いた。

「ここにいる」

と、リガル艦長の背後から声がした。

「そんなところにいたのか。これで、あの約束は果たされたということでいいのだな?」

と、リガル艦長は言った。

「そうだな。これであの約束は確かに果たされた」

と、ダールマン提督は言った。

「では約束通り、リドス連邦王国と我々のベイメリア連邦との同盟締結をするということでいいのだな?」

「もちろんだ」

「あの、どういうことなのですか?よかったら私にも分かるように話してもらえませんか?」

と、ディポック司令官は聞いた。

「いいだろう。だが、ここでは困る」

と、ダールマン提督は言った。


 司令官の執務室に場を移した。

「実は、白金銀河のこちらの星と、ある約束をしていた。自力でこのふたご銀河まで来られたら、リドス連邦王国はかの国と同盟を締結するということだ」

と、ダールマン提督は言った。

「リドス連邦王国と同盟ですか…」

 ディポックはリドス連邦王国がダルシア帝国と同盟関係にあることを知っていたが、遠くの銀河にある国と同盟を締結するということは初めて聞いたのだった。しかし、この同盟で、リドス連邦王国にどんなメリットがあるのだろうか、と彼は思った。

「まあ、我々にはそれほどメリットはない。だが、遠くの銀河であっても、彼らのような種族と同盟することはある意味では必要なことだ。それほど我々の国のパトロールを拡げることはできないが、やがて彼らもそうした船を持つようになるだろう」

と、ダールマン提督は言った。

「ええと、確かプロキシオン号で来られたのでしたね、その一隻で来られたのですか?」

と、ディポックはリガル艦長に聞いた。

「我々は宇宙船を持つに至ったのは最近のことなので、プロキシオン号は我々の船としては五隻目に当たります」

「五隻目?その五隻目で他の銀河に来られたのですか?」

と、ディポックは驚いて聞いた。こんなに遠くの銀河に来ると言うことは何万隻もの艦隊を持っていると思ったのだ。

「リドス連邦王国との約束があったからです。我々には同盟国がどうしても必要なのです。白金銀河での我々の立場は非常に危うい。いつ皆殺しにされるかわからない状態が長年続いています。リドス連邦王国と同盟できれば、状況がかなり変わるでしょう」

と、リガル艦長は言った。

「それでだ、ディポック司令官!」

と、ダールマン提督は珍しく呼びかけた。

 ディポックは何か嫌な予感がした。

「彼らの国と同盟するに当たって、彼らの政府の要人を迎える必要があるのだが、このヘイダール要塞にある転送装置を使わせてくれないだろうか?」

と、ダールマン提督は言った。

「要塞の転送装置を使うのですか?でも、彼らはよその銀河からきたのでしょう?」

と、ディポックは疑問に思って聞いた。遠くの銀河からの転送などできるのだろうか。

「転送装置なら、同じ装置が向こうにもある。だから向こうの位置データと大量のエネルギーがあれば、銀河間の転送も可能だ」

と、ダールマン提督は言った。

「しかし……」

 この要塞を使うということは、他の銀河にまでこの要塞の位置データが知られることになる。それが非常に危険だった。

「もちろん、この要塞の位置データが漏れるかもしれない。だが、ここは人工の要塞だ。位置は変えることができるだろう」

 人口の要塞だから、普通の惑星よりも位置の移動がしやすいというのが理由らしかった。

「確かに惑星よりは位置の変更は可能でしょう。ですが、不可能とは言いませんが、それにはこちらも要塞を改造しなければなりません。その場合どのくらいのものを用意すればいいのか調査をしなければなりませんし……」

と、ディポックは突然のことに答えに困って言った。これから改造するとして、どのくらいの費用と期間がいるのかさえわからない。

「その点については、それほど困ることはない」

と、ダールマン提督は言った。

「というと?」

「実は、この要塞を作った時に、それは十分考えてある」

「それはつまり、帝国側ではなくて、ダルシア帝国やリドス連邦王国が考えていたということですか?」

 またか、とディポックは思った。いったい、この要塞の秘密はどれほどあるのだろう。一度全部聞いた方がいいのかもしれない。と言っても、正直に話してくれるだろうか?

「そうだ。何が起きるかわからないのだからな」

と、ダールマン提督は当然のように言った。

「では、私が許可すれば済むということですか?」

「そうだ。できれば、早めに願いたい。彼らの白金銀河では人間以外の種族が支配種族として君臨しているのだ。少しでも油断すると、滅ぼされてしまうのだ。リドス連邦王国との同盟は可及的速やかにせねばならない」

と、ダールマン提督は言った。

「ですが、さすがに今すぐ許可するということはできかねます。少し他の者達と話をさせてください」

 ダールマンの話はあまりにも彼らにとって都合のよいようになっていると、ディポックは感じた。

「もちろんだ。ここは今お前さんが司令官なのだからな」

 さすがに最後はディポックの意見を重要視しているかのように、ダールマン提督は言った。


 会議室に要塞幹部の者達が集まった。今回は定例会議ではなく、ダールマン提督からの話についてのものだった。

「この要塞の改造をするとのことですが、まずその前にこの要塞の秘密を洗いざらい話してもらう必要があると思いますが…」

と、グリンが言った。

 この要塞に何かあると、これまで知らなかったこの要塞の秘密が一つ一つ明かされるのだが、そんなことはいい加減にしてもらいたい、というのがここに居る一同の意見でもあった。

「私もそれに賛成ですな。いったいこの要塞はどんなものなのか、きちんと知らなければ何かあった時に対処しにくいですから……」

と、フェリスグレイブが言った。

「確かに、あとどのくらい秘密があるのか興味があるな」

と、ノルド・ギャビが言った。

「その上で、改めて転送装置の使用を許可するかどうかと決めてはどうでしょう?」

と、ブレイス少佐が言った。

「だが、秘密を聞いてしまったら、有無を言わさずに改造に着手するということになるかもしれない」

と、ダズ・アルグが危険を指摘した。

 ダズ・アルグ提督はグーザ帝国の艦隊をダルシアやリドスの艦隊と共に追撃して行くと、暗黒星雲の種族のリード・マンドが銀河間のジャンプ・ゲートを開けた。そのゲートにグーザ帝国の艦隊が全て入り、そのジャンプ・ゲートが閉まるまで見届けて戻って来たのだ。

「しかし、その遠くの銀河の国がこの要塞を占拠したりする可能性はありませんか?」

と、ブルーク・ジャナ少佐が聞いた。そのような危険が少しでもあれば、止めるべきだと考えていた。いくら何でも、ヘイダール要塞には危険や敵が多すぎるのだ。それをさらに増やすようなことは避けるべきだった。

「あのサムフェイズ・イージー少佐の国のことか?」

と、フェリスグレイブが聞いた。

「そうです。遠くの銀河まで来られる船を作る様な国ですから…」

「だが、あの船は彼らの船としては五隻目だと聞いた」

と、ディポックは言った。

「五隻目?そんなばかな。何万隻もの艦隊を母国では保持しているのではありませんか?」

と、ダズ・アルグ提督が言った。

 遠くの銀河から船を飛ばすような文明がたった五隻しか船を持っていないということがあるのだろうか、とダズ・アルグ提督は思った。

「いや、嘘とは思えない。彼らは白金銀河では支配種族ではないと言っていたし…」

と、ディポックは言った。

「そんな文明がどうやって他の銀河まで行く船を建造できるんですか?」

「宇宙船を建造する技術他の種族から提供されたそうだ」

と、ディポックは言った。

「他の種族というのは、リドス連邦王国ではないのですか?」

「何でも、その種族は同じ銀河の者ではないと言っていたが……」

 こうした議論は尽きることがない。何しろ、白金銀河についてもリドス連邦王国についても、わからないことばかりだからだ。

「いつまで議論していても、仕方がないのではありませんか?我々には情報が少なすぎます。やはり彼らの話を聞くことを考えてはどうでしょうか?」

と、ブレイス少佐が言った。このまま議論をしていても何も変わらないと思ったのだ。

「そうですね。確かに、我々には情報が少なすぎる。ただ、話を聞いた時に、こちらに都合が悪い場合には彼らの要求を拒否できるかどうかが問題だと思うのですが…」

と、グリンが慎重に言った。

「私も、そう思います」

と、ブレイス少佐も言った。

 その時、ブルーク・ジャナ少佐の懐から子猫が飛び出して来た。そして、会議のテーブルの上をディポックの所まで歩いて行った。

「何だ、この猫は?」

と、グリンは言った。

「すみません。ミリア戻っておいで」

と、ブルーク・ジャナ少佐が優しく言った。

 だが、子猫は首を振ると、

「あなたたち、何もわかっていないのね。先ほどの話を聞いていたけど、バカみたいだわ。何を怖れているの?リドスの人達や魔法使いが自分たちの要求を通そうと思ったら、あなた達にそれを拒絶できると思っているの?」

と、若い女性の声で言った。

 子猫は、初めて言葉を口にした。ブルーク・ジャナ少佐を始め他の者達は驚いていたが、ディポックはあまり驚いていなかった。

「そう言えば、そうかもしれない」

と、ディポックは子猫をじっと見て言った。

「ですが、…」

と、グリンが反対をしようとした。

「リドスの人達や魔法使いはあなた達の選択を尊重していると思うけど。だからこそ、こんな何の役にも立たない話し合いであっても、待ってくれているのよ」

と、子猫は更に言った。

「なぜ、彼らはそうしてくれるのだろうか?」

と、ディポックは興味を持って聞いた。

「そうね、一番の理由は、あなたがいるから。ヤム・ディポック司令官は彼らにとっては、特別な存在なの」

と、子猫は言った。

「特別な存在というのは、どんな存在のことかな?」

と、ディポックは聞いた。

 『特別な存在』、これは何度も聞いたことばだ。なぜ、そんなことを言われるのだろうか?ディポックは今もその意味がわからなかった。

「そうね。例えば、神々の世界から降臨した存在、もしくはあなた方のロル星団で一番責任を持っている存在かな?」

と、子猫は言った。

「神々の世界からの降臨した存在というのはわからないが、ロル星団で一番責任を持っている存在というのは何となく分かる気がする…」

と、ディポックは言った。

「どういうことですか?」

と、グリンは聞いた。

「我々はというか、我々だけではないが、一つの文明として例えば惑星を滅ぼすような武器を持つに至っている。強大な軍事力を持っている。それはつまりそうした武器を持っているということが、それを使う場合、その責任を持たなければならないということではないかな?」

と、ディポックは言った。

「うーん、ちょっとというか、かなり違うような気がする。あなたもこの世に生まれて来て、昔のことは忘れてしまったようね」

と、子猫は困ったように言った。

「それは、どういうことかな?」

「私が知っているのは、あなたが大昔、このロル星団に多くの人々を連れて移住してきたということ。どう、覚えているかしら?」

と、子猫は聞いた。

「いや、私は魔法使いではないので、そうしたことはわからない」

と、ディポックは少し不安を感じながら言った。

「そうなの?あなたは確かに魔法使いではないけれど、ものすごいエネルギー、それも光のエネルギーを持っている人なの。そういう人は、神々の世界から来た人に特有のものだわ」

「だから、私は、ただの普通の人間なんだ」

と、ディポックは人間というところを強調して言った。

「ふーん。まだ目覚めていないということね」

と、子猫は言った。そして、

「ま、私が言えるのは、リドス連邦王国の人々や魔法使い達は、あなたがたの覚悟を知りたいのだと思う。秘密を知ってあなた方はどうするか?自分たちのためだけに使おうとするのか?あなた達に何の関係もない人々を助けることができるのか?あのね!この要塞は何のために造ったと思う?銀河帝国がここを建設した時に、同時に彼らは彼らの技術を使って多くの仕掛けをしている。それは、何のためなの?今まで自分たちが使わなかったのは何のため?それを考えてみたらどうなの?」

と、続けて言った。

 言い終わると、子猫はブルーク・ジャナ少佐の所に走って戻り、その懐に飛び込んでしまった。その後、ブルーク・ジャナ少佐がいくら話しかけても出て来なかった。


183.

 あれから、三週間になる、とホランド・アルガイは思った。

 リドス連邦王国の五の姫がやって来て、ヘイダール要塞に到着する日にちを伸ばしてほしいと言って来た日のことである。

 予定では元新世紀共和国の首都星ゼンダからヘイダール要塞までは四週間のワープで行く距離だった。そのため、途中で色々理由をつけて、船はゆっくりと進んでいた。


 それは再び、突然起きた。

 ホランド・アルガイの周囲がまた灰色の色のない世界になったのだ。同時に何もかもが動かなくなった。

「あなたって、素直な人ね」

と、再び現れた五の姫は言った。ホランド・アルガイがちゃんと五の姫の言った通りにしているのを知っているのだった。

「それはどうも。ほめ言葉ととってもいいでしょうか?」

と、ホランド・アルガイは言った。

「構わないわ」

「で、今度はどんなご用でしょうか?」

「ヘイダール要塞に来たグーザ帝国の艦隊は出て行ったわ。だから、もう普通に行っても大丈夫。それを言いにきたのよ」

と、五の姫は言った。

「そのグーザ帝国の艦隊は惑星カルガリウムへ戻ったのでしょうか?」

と、ホランド・アルガイは聞いた。

 もし、惑星カルガリウムへグーザ帝国の艦隊が戻ったら、いずれ総督府のあるゼンダの銀河帝国の艦隊とぶつかることになると考えられるからだ。そうなると、惑星カルガリウムの未だに残っている住民はどうなるのだろうかと心配したのだ。

「いいえ。彼らの故郷、蛇使い銀河に帰ったわ」

「すると、惑星カルガリウムにはもうグーザ帝国の艦隊はいないのでしょうか?」

「いいえ、まだ少し残っていてよ。それに、彼らはヘイダール要塞に彼らの提督を置き去りにしていったのよ」

と、五の姫はため息交じりに言った。

「自分たちの提督を置き去りにですか?」

と、驚いてホランド・アルガイは言った。

「そう。要塞を出て行くときに、かなり慌てていて、自分たちの提督がまだいるということを忘れてしまったようだわ」

「それはまた、間が抜けていますね」

「まあね。だから、ここから要塞方面は敵の艦隊はいないから安全よ」

 そう言い終わると、五の姫は来た時のように突然行ってしまうような気がして、

「あの、姫にお聞きしたいことがあります」

と、ホランド・アルガイは五の姫を引き留めるように言った。

「私に、何を聞きたいの?」

「リドスの姫の話は、我々自由貿易商人は辺境でよく聞くことがあります。でも、私はあなたを見るのはこの間が初めてだったので、聞けなかったのです」

「それで?」

「あのリドスの姫は魔法使いだという話は聞いたことがありません。とすると、例えば今のように時間を止めるような力は、もしかしてあなたの背後に艦隊がいてそこに見たことのない機械や装置があるということでしょうか?」

と、ホランド・アルガイは聞いた。

「なるほど。そう言った解釈もできるわね。私の後に艦隊が付いてきているって言いたいのね?」

と、五の姫は面白そうに言った。

「違いますか?」

「事実を言えば、艦隊はいない。そんな足手纏いになるようなものをいちいち連れて来てはいないわ」

「足手纏い?姫は艦隊など必要ないと言うのですか?」

「当たり前よ。ぞろぞろ艦が付いて来ては身動きもならないわ」

「しかし、宇宙を行く場合には、船がないと動けないのではありませんか?」

 それが、普通だった。宇宙船に乗って移動するのが当たり前のことだ。だが、船に乗らないとしたら、いったいどうやって宇宙空間を移動するのだろう、とホランド・アルガイは思った。彼は宇宙商船の船長なので、気になったのだ。もしかしたら、五の姫は個人用の小さな宇宙船を持っているのかもしれない。

「そんなもの、要らないわ。でも私は、あなたが考えているような存在ではないわ。私はある種のエネルギーを自由に使うことができるの。それを使えば、色んなことができるということ」

「そのエネルギーはどんなものなのですか?」

と、ホランド・アルガイは興味を持って聞いた。

「それは、秘密よ」

「秘密ですか…」

と、ホランド・アルガイはちょっとがっかりして言った。

「でもあなた、面白い連中をヘイダール要塞に連れて行くのね」

と、五の姫は言った。

「ゼンダの政治家たちのことですか?」

 ホランド・アルガイの船には、元新世紀共和国の最高評議会議員だったエルシン・ディゴ議員とフランブ・リンジ元議員が乗っていた。他に元議員ではないが、元最高評議会議長の秘書であるギアス・リードも乗っていた。

「そう。彼らが何をしに行くのか、あなたは知っているのでしょう?それでいて、黙っているの?」

と、五の姫は聞いた。

「もちろん、向こうに付いたら、ディポックに注意しますよ。気をつけろ、とね」

 ホランド・アルガイにしても、今回の仕事は仕方なく引き受けたのだ。

「今度は私が聞くわね。あなたは、ヘイダール要塞を元新世紀共和国の政治家たちに渡すつもり?」

「渡すとはどういうことです?」

と、ホランド・アルガイは聞き返した。

「今、ヘイダール要塞は、惑星カルガリウムの住民を受け入れている。要塞の軍人たちは元々新世紀共和国の市民だわ。だから、要塞を一つの政治勢力として利用する、つまり要塞に新世紀共和国新政府とか、名をつけて彼ら政治家が居座るということも考えられるでしょう?」

と、五の姫は言った。

「彼らがまさかそんなことを企んでいるというのですか?」

「少なくとも、うまく行けばと考えている者もいるわ。カルガリウムの市民や要塞の軍人たちをうまく焚き付ければ、不可能ではないかもしれない」

「そんなことを考えているのは、誰です?」

「みんなよ。この船に乗っている者も、惑星ゼンダに残して来た者も、そう考えている。何しろ、あそこにはヤム・ディポックという元新世紀共和国一の知将がいるのですものね」

「しかし、ヘイダール要塞だけを新世紀共和国新政府にしても、銀河帝国と遣り合うなんて考えられない」

と、頭を振ってホランド・アルガイは言った。

「交渉の手段にはなるわ」

「そんなことをしても、元のような新世紀共和国が戻るとは思えない」

 これは、ホランド・アルガイの本音だった。ヘイダール要塞のヤム・ディポックも同じ考えだと彼は思っていた。

「それに、もう一つの勢力がある」

と、五の姫は指を一本にして言った。

「もう一つの勢力?」

「そう、あなたも知っているでしょう。ケアード・ゴンドラス二等参事官、いえ、今は一等参事官かしら?」

「ケアード・ゴンドラスですって?あの売国奴が、何を企んでいるのです?」

とホランド・アルガイは、言葉につい感情が入ってしまった。彼もケアード・ゴンドラスだけは許せない、信用ならないと思っているのだ。

「事実だけを言えば、あなたが惑星ゼンダを出発した後、ゼンダでは民主化のデモがケアード・ゴンドラスによって一掃されたわ。もちろん、総督の名で行われたのだけれど、実際にやったのはケアード・ゴンドラス二等参事官だった。だから、その後一等参事官として総督が帝国に推薦したのよ」

「ケアード・ゴンドラスは帝国での立身出世を狙っているというのですか?」

と、憎々しげにホランド・アルガイは言った。

「そうね。その方が確かだし、利口だわ」

「いや、だが奴ならやりかねない…」

と、ホランド・アルガイは自分の思いを口に出した。ケアード・ゴンドラスの政治手法は、民主主義でも帝国主義でもどちらにも対応できるのだろう。それがいかにも彼らしい。

「しかし、私の船にケアード・ゴンドラスの手の者が潜んでいるというのですか?」

と、気を取り直してホランド・アルガイは聞いた。

 これは、ホランド・アルガイにとっては考えられないことだった。乗組員は昔からの馴染みだし、政治家もケアード・ゴンドラスとは距離を置いた者達だ。

「甘いわよ。危ないわね。いるでしょう?」

「誰のことです?」

「だから、まず政治家が一人。もちろん、まだその旗手を鮮明にしているわけではないけれど、あの強大な野心は誰にも負けないわ。あのケアード・ゴンドラスに引けをとらないもの」

と、五の姫は言った。

「しかし、エルシン・ディゴ元議員は年が年だし、まさか、フランブ・リンジ元議員ですか?」

「そうよ。女だからと思ってない?彼女はかなりの野心家だわ。今回だって、おまけで付いて行くわけではないのよ。エルシン・ディゴ元議員に隠れて、その野心が目立たないだけだわ」

「フランブ・リンジが、……」

と、まだ信じられないというようにホランド・アルガイは言った。

「それに、あの秘書も気をつけなさい。政治家を目指しているというより、黒幕を演じたいと思っているのだから。傍から見ると、野心がないように見えるのよ。彼はケアード・ゴンドラスの手先だから…」

「秘書のギアス・リードが……」

 ホランド・アルガイは驚いていた。これは、自分の長年住んでいた世界とは違う。とんでもない世界だ。

「あの新世紀共和国も、政治の世界は銀河帝国とそれほど変わらないわね。何が住んでいるかわからないところが同じだわ」

と、五の姫は言った。

「しかし、私はどちらかと言えば、元の新世紀共和国の政府のような政治を取る方がより良いと思っています」

「そうかしら、新世紀共和国の最後の方の政治は、ひどかったでしょう?あれが、民主主義とか言うの?建国の父と言われるあの人物が聞いたら驚くわよ」

 ホランド・アルガイは、五の姫の言っていることが何かわかっていた。

 戦争末期のあの頃、共和国の建国の理想とした自由というものが無くなってしまったのだ。すべては戦争を継続するため、勝つために特化していた。自由さえ、そのために制限されてしまったのだ。いや、違う。自ら放棄したと言うほうが当たっている。自由を制限する法律があったわけではないのだ。ただ、『戦争のため』と言う言葉が何でも可能にしてしまったのだ。

「確かに、あの時はそうだった。だからこそ、建国の時代に戻って、自由を取り戻したいと考えるのは間違ってはいないと思う」

「でも、今いる政治家ではそれは無理じゃない?ま、私は政治家ではないから、関係ないけれど……」

 それが最後の言葉だった。

 ホランド・アルガイの周囲はまた色付き、音を立てて動き始めていた。

 そこにはエルシン・ディゴ元議員も、フランブ・リンジ元議員も、秘書のギアス・リードもいた。彼らはホランド・アルガイのいる船のラウンジのソファに座って、談笑していた。


184.

 タリア・トンブンは、久しぶりに一般兵士の食堂で食事をとっていた。

 タレス連邦から来た人々は、どうやらどこへ腰を落ち着けるかを決めたように思えた。このところ、タリアの所には店を始めたいとか、職を探しているとか言った話を持って来る連中が多くなったのである。彼らはどうやらこのヘイダール要塞に住むことを考え始めたようだった。

 ここはそんなに住みやすいところなのだろうか、とタリアは思った。

 基本的にヘイダール要塞は軍事要塞だった。ただし、民間人が住めるスペースもかなりあるのだ。それはここを建設した銀河帝国が、要塞が大所帯であるので都市のような機能を持たせるべきだと考えた所為だった。

 何しろここから一番近い帝国の都市まで、船で片道四週間はかかるのだ。


「やあ、ここ空いているかい?」

と、ダズ・アルグ提督の声がした。

「空いているわよ」

と、タリア・トンブンはいつものように、不機嫌そうに言った。

 グーザ帝国艦隊を追撃するために、要塞の駐留艦隊とリドスとダルシアの艦隊は共同して動いたのだった。ダルシア帝国の継承者であり、タレス人亡命者のリーダーであるタリア・トンブンは、ダズ・アルグ提督の旗艦の方に乗艦してダルシア艦隊を指揮していた。タリアはどこに居てもよかったのだが、一人で通信回線を使うのが不便なので、仕方なく要塞の駐留艦隊に乗っていたのだ。

「この間は助かったよ」

と、ダズ・アルグ提督は礼を言った。

 軽口ではなく、素直に感謝するのはダズ・アルグとしては珍しいことだった。

「それはどうも……」

と、タリア・トンブンは素っ気なく言った。

 何となくその場の雰囲気が険悪になっていくのが自分でもわかった。それというのも、この厚かましいダズ・アルグ提督が一般兵士の食堂にいるからだと、タリア・トンブンは思った。

「ここは、あなたがいるところではないのじゃなくて?」

と、タリア・トンブンは言った。

「たまにはいいだろう?」

「たまに?いつもでしょう?」

 タリアは急いで食べてしまうと、

「先に行かせてもらうわ」

と言って、立って行こうとした。

「あ、ちょっとまって……」

と、ダズ・アルグ提督が言った。急いで数回分を口に入れると、お盆を持って立ち上がろうとした。

「私、急いでいるから……」

とタリアは、ダメ押しの一撃でその場所を足早に去って行った。

 タリアが行ってしまうと、ダズ・アルグ提督はため息をついて座りなおした。そして再び食べ始めた。その時、

「ここ、空いています?」

と、遠慮がちな声がした。

 顔を上げると、タレス人のアリュセア・ジーンが子供たちと一緒に立っていた。

「ああ、どうも。どうぞ、空いていますから…」

と、ダズ・アルグは言った。

 アリュセアの三人の娘たちはクスクス笑っていた。

「これ、止めなさい。ほら、座って…」

と、アリュセアは言った。

「ごめんなさいね。この子たちはまだ子供だから…」

と、アリュセアは申し訳なさそうに言い訳した。

「いえ、いいんですよ。傍から見たら、どう見ても変でしょうから…」

と、ダズ・アルグは言った。

「なんだ、わかっているのね」

と、一番上の娘のリゼラが言った。

「これ!」

と、アリュセアが叱った。そして、

「タリアは、今、余裕がないんです。私たちがどこへ落ち着くかで、悩んでいるものだから。それなのに、だんだんみんな、ここに居ることに慣れてしまって、このままだと、ここに住む方がいいと考える者達が多くなっているし、それで本当にいいのかと……」

と、取り留めもなく言った。

「別にここに住んでも構わないでしょう?ディポック司令官が反対するとは思いませんが…」

と、ダズ・アルグは言った。彼もタレス人がヘイダール要塞に落ち着くことについては、特に反対していなかった。それどころか、ダルシアの艦隊等の戦力を考えるとここに居てもらいたいとつい思ってしまうのだ。そこがタリアの気に入らない所なのだろう、と彼にはわかっていた。

「でもね。ここは軍事要塞だし、この間のようなこともあるでしょう?いつ、何が起きるかわからないわ。みんなの安全を考えると、賛成できないと考えているのでしょうね」

と、アリュセアは言った。

「なるほどね」

と、ダズ・アルグは同意して言った。

「でも、ここに住んでいて、いいこともあります」

「どんなことです?」

「少なくとも、みんな同じところに居られるから。リドス連邦王国に行くとしても、向こうの都市で一緒に住むといってもどうせ離れ離れにならざるを得ないでしょう。ここでは、一般市民はほとんどいないから、一緒に居られるということです」

「そういう考えもあるということですか……」

と、ダズ・アルグは言った。

 ダズ・アルグは、ダルシア帝国の継承者であるタリア・トンブンのことは別にして、他の者達のことをあまり考えたことはなかったことに気が付いた。タレス人があまりにも身近になってしまって、要塞にいることが当然のことのように思っているのだ。第一、彼らと話していて、あまり違和感がないのだ。

 よく考えてみれば、タレス連邦と言う彼らの本国は、新世紀共和国と同じような共和制を取っている政府だった。政治的にも考え方が似ているのだ。それに、母国を出ざるを得なかったという境遇も似通っている。銀河帝国のような、考え方が異なっている人々が住み着くということなら、やはり反対しただろう。

 ただ、安全を考えると簡単に決断はできない、というのがタリアの本心ではないかと彼は思った。

「それに、ダルシア帝国のこともあるし…」

と、アリュセアは言った。

 もし、ヘイダール要塞に居られないというのであれば、ダルシア帝国のどこか居住可能な惑星に住むということもできる。タリア・トンブンがダルシア帝国の継承者だから、彼女の許可があれば可能なのだ。ただし、その場合は一から都市を作らなければならない。ダルシア帝国の都市はダルシア人用なので、タレス人のような酸素呼吸の人間型種族の住むような都市ではなかった。

 タレス連邦からの難民は、一から都市を作るというようなことは到底考えてはいなかった。そのためには一つの文明を起こすほどの科学者や技術者、それに一般の市民がいる。今の人数ではあまりにも足りない。それに、そのための資材もいるのだ。

 タレス人亡命者たちは開拓者ではない。それに、難民となった事の性質上、あまりたくましい人材はいない。どちらかと言えば都市生活者なのだ。

「そう言えば、惑星カルガリウムの連中をどこかへ移す場所を探しているんですが、ダルシアではやはり無理でしょうね」

と、ダズ・アルグは言った。

「それなら、一時避難者用の都市がリドスにあると、銀の月、いえバルザス提督が前に言っていましたよ」

と、アリュセアは言った。

「そんなものがあるんですか?」

「ええ。よくは知らないけれど、ディポック司令官に話しているのではないかしら?それに、兄様、いえダールマン提督もそのことを話していたわ」

 惑星カルガリウムの市民たちは、今はまだ数が少ないから要塞の仕事を手伝ったりしていた。これが全住民にまで増えたら、その前にどこかへ移動させなければならないのは当然のことだった。このヘイダール要塞では人口は五百万人が限度である。


185.

 キンドルラ提督は独房で横になっていた。

 部屋はまあまあである。豪華な装飾品はないが、清潔そうな感じがする部屋だった。出てくる食事もまあまあで、待遇は悪くない。

 キンドルラ提督が考えているのは、彼の艦隊がどうなったかだ。困ったことに彼の艦隊がどうなったか見届けないうちに、拘束されてしまったのだ。それに、本国の様子のことも気になっていた。

 けれども、もうどうにもならない。特に今回の作戦の総司令官であるキンドルラ提督が捕えられたのだ。これほどの失態は前代未聞だった。本国に帰ったら、単なる左遷では済まない。だとしても、本国に戻る様な機会があるとは思えなかった。それに、一緒に拘束されたケルラ大尉とマルボルラ中尉はどうしただろうか。彼らのことも案じていた。

 空気の動く気配がした。

 グーザ人は耳が大きいため、気圧の変化や空気の動きを敏感に感じるのだ。

 身体を寝台から起こすと、入口から武器を持った警備兵が二人入って来るのがキンドルラ提督に見えた。

「立て!」

と、警備兵はいきなりキンドルラ提督に命じた。

 キンドルラ提督は、今の言葉は空耳だったのかと首を傾げた。警備兵の言っている言葉の意味が分かるのだ。

「何をしている。立て、と言っている」

と、警備兵は再びイライラして命じた。

「あまり、きつく言うな、相手は提督なんだぞ…」

と、もう一人が言うのをキンドルラ提督は聞いた。彼はブルーク・ジャナ少佐だった。

 動かないのは、驚いているからだった。どうして、連中の言葉がわかるのだろうか、とキンドルラ提督は思った。

「仕方がないな、それならあんたが言ってくれ」

と、警備兵はもう一人に押し付けるように言った。

「提督、でしたか?ヘイダール要塞のディポック司令官が会うそうです。聞こえましたか?」

と、少し丁寧にジャナ少佐は言った。

「言葉はわかった」

と、キンドルラは言うと、ゆっくりと寝台から降りて立ち上がった。

 部屋の外に三人ほどの兵士がいた。キンドルラ提督が部屋から出てくると、一緒に付いて来た。


 警備兵に案内された部屋には、要塞司令官に副官、それの他に五名の人物がいた。その中の一人はキンドルラ提督を捕まえた人物なので覚えていた。

「お元気そうですね」

と、ディポックは言った。

 その言葉にキンドルラ提督は、

「無様な姿を見られるのはあまり歓迎しないが、一つ聞きたいことがある。私の艦隊はどうなったのだろうか?」

と、聞いた。

「グーザ帝国の艦隊は、あなた方の本国のある我々で言う蛇使い銀河に帰りました」

と、ディポックは言った。

「我々の銀河に帰った?お前たちは我々が別の銀河から来たということを知っているのか?」

と、キンドルラ提督は驚いて言った。惑星カルガリウムで、そのようなことを言われたことはなかった。それに彼もそのようなことは決して話さなかった。

「知っていますよ、もちろん」

「他の者に聞いたのか?」

 キンドルラ提督は部下のケルラ大尉とマルボルラ中尉のことを思い出した。ここにはいないが、まさか彼らが尋問を受けてしゃべったのだろうか?

「いいえ、あなたの部下に聞いたわけではありません」

と、ディポックは言った。

「ならば、どうしてわかったのだ?」

「どうして、と言われても。我々は色々情報を得ているので、知っているのです」

 キンドルラ提督は少し気を落ち着けようとして、呼吸を整えた。このままでは相手の術中に陥る。

「つまり、あなたの艦隊はいなくなったし、現在はあなたの本国に帰る方法はないと言うことをわかっていただけましたか?」

と、ディポックは努めて冷静に言った。

「それは、ここには銀河間を超えるような船はないということか?」

と、キンドルラ提督は聞いた。

「そうです。我々にはそのような船はありません」

と、ディポックは明言した。

 もちろん、これはある意味で事実だった。銀河間を超える船はあるが、あれは白金銀河から来た船であって、ここの船ではない。

「ですから、あなた方がここから逃げようとしても無駄だということです」

「なるほど、そのようだな」

「というわけで、我々としてはあなた方がこの要塞で敵対行動をとらないと約束してくれれば、要塞内での自由行動を保障するということです。もちろん、最初は護衛付きですが……」

と、ディポックは言った。

「何?我々を自由にするというのか?」

「この要塞内にいる限り、それに敵対行動をとらなければと言う条件です」

「わかった。それは約束しよう」

と、キンドルラ提督はあまり間を置かないで言った。

「あなたを信用しましょう。では、彼らを入れてくれ!」

と、ディポックは机上のインターホンに言った。

 すると、先ほどのジャナ少佐がケルラ大尉とマルボルラ中尉を連れて入って来た。

「閣下……」

と、驚いてケルラ大尉が言った。

「無事だったか……」

と、キンドルラ提督が言った。

「キンドルラ提督、彼らに今の話をしていただけますか」

と、ディポックは言った。

 キンドルラ提督はケルラ大尉とマルボルラ大尉に話をした。

「それでは、我々に自由行動を保障するというのですか?」

と、ケルラ大尉が信じられないと言うように言った。

「そうだ。ただし、この要塞内にいる限り、敵対行動をとらないと約束した」

 ケルラ大尉とマルボルラ中尉は顔を見合わせると、

「閣下がそれでいいと仰るなら、我々は従います」

と、ケルラ大尉が代表して言った。

「これでいいでしょうか?要塞司令官」

と、キンドルラ提督は聞いた。

 ディポックは黙ってうなずいた。そして、

「それでは、要塞での居住や食事など、細かいことは別室でジャナ少佐が話をします…」

と、言ってキンドルラ提督とその部下たちをジャナ少佐に連れて行かせた。


 グーザ帝国の者達は、それぞれ離れた一室を与えられた。そして、要塞で暮らすのに必要なカードを渡された。

「食事はあなた方は士官以上ですから、士官以上の軍人の食堂で取ってください。他に必要なものはこのカードがあれば、大抵の物は購入と言う形で手に入ります。例えば、着替えの衣服とか本とかあとは欲しい物ならなんでも。どこにでもいけますが、それは要塞内だけです。船に乗ったりはできませんから気をつけてください。それから、分からないことは私に聞いてください。最初の二、三日は要塞内を我々が案内します」

と、ジャナ少佐が言った。そして、

「ではまず、食堂から案内します」

と、彼は言うと三人を連れて廊下へ出て、自走路に乗った。

 キンドルラ提督は、自走路に乗ってからも耳を澄ませていた。

 前から逆方向に、数人の女性と思われる者達が来るのがわかった。彼女たちは話をしていた。自走路で互いに行き過ぎる時、その話し声がキンドルラ提督にも聞こえて来た。

「ねえ、聞いた?今度ボロツィオの店ができるんですって!」

「何の店なの?」

「おいしいケーキの店よ」

「ほんと?すてき。だんだん、住みやすくなってくるわね」

「ここも悪くなさそうだわ」

 キンドルラにもその話の意味は大体わかった。妙だった。通りすがりの者達の会話が、なぜ通訳を交わさずに理解できるのだ?彼らがグーザ帝国の言葉を理解していて使っているはずはないのに。

 食堂に着くと、様々な種類の食物が置いてあった。

「グーザ帝国と我々とでは特に食べ物において、違いはないそうです。つまり、我々の物を食べても大丈夫だということです」

と、ジャナ少佐は説明した。

 キンドルラ提督は、食べ物を置いてある前に字が書いてあるラベルがあるのを見た。おそらくそれはこの者たちの使う文字なのだろう。その文字は確かに見たことのないものだった。

 士官食堂で彼らは、試しに飲み物を適当に選んでテーブルに運び、座った。

「質問をしてもいいだろうか?」

と、キンドルラ提督は言った。

「どうぞ」

と、ジャナ少佐は言った。

「なぜ、我々はあなた方の言葉が分かるのだろうか?確か、我々が捕まった時、あなた方は我々にはわからない言葉を使っていた。だが、今は違う。それはなぜなのか?」

と、キンドルラ提督は聞いた。

「それは、言語フィールド発生装置があるからです」

と言って、ジャナ少佐は説明した。

 言語フィールド発生装置は、元々ジル星団で開発され使われていたものだ。それが、タリアや惑星連盟の事件の時に要塞にも伝わって来た。

 その原理は言葉を発する元の感情や思いの波長を、言葉は違っても、同じ意味としてとらえられるように一定のフィールド内でTP波長を出す装置だった。そのTP波長を受け取った者は、異なった言葉を意味は同じとして感じ、自ら翻訳して言葉として理解するのだ。

 今回、グーザ帝国の言葉については、多少言語フィールド発生装置を調整する必要があった。別の銀河の知性種族であるグーザ帝国の者の波長を受けられるように調整したのだ。

「すると、それがあれば、大抵の異なった言語の者達は通訳なしで意志の疎通ができるということか?」

と、キンドルラ提督は言った。

「そうです。ただ、交渉事とか研究などの場合は、やはり相手の言葉を知る必要があります。それに文字は翻訳されません」

と、ジャナ少佐は受け売りの知識を披露した。

「なるほど、話はできても、文字は読めないということか」

と、先ほどのラベルの文字を思い出してキンドルラ提督は言った。


186.

 キンドルラ提督一行が去ると、ディポックと元要塞参謀のグリンと元要塞防御指揮官のフェリスグレイブ、それに元要塞事務監のノルド・ギャビが、リドス連邦王国のダールマン提督とバルザス提督に向き合った。

「で、次の件なんだが、実はリドス連邦王国から重要な話があるそうだ」

と、ディポックは切り出した。

「今回グーザ帝国の艦隊が要塞を襲撃したが、これはそれほどたいしたことではない。敵としてはもっと強力なものが来る可能性がある」

と、ダールマン提督は言った。

「それは、銀河帝国の艦隊のことでしょうか?」

と、元要塞参謀のグリンが言った。彼には他に思いつくことはなかった。

「いや、そうではない。グーザ帝国のような他の銀河からの侵攻がやがてあるだろうということだ」

「それは前の時のような予知か予言の類ですか?本当にそれが来ると言う保証は?」

と、ノルド・ギャビが言った。

「これまでは他の銀河からの侵攻など、ほとんどない時代がこの銀河では続いていました。それがそろそろ終わったと言うことなのです」

と、バルザス提督が言った。

「いったい、何の話ですか?たとえ、他の銀河からの侵攻があったとして、我々のような小さな勢力に何ができるのでしょうか?」

と、グリンが言った。

 それは当然だった。今回はリドス連邦王国やダルシア帝国の艦隊がいたから、何とかなったのだ。要塞とその駐留艦隊だけでは、どうにもならなかったのだ。

「確かに、お前さんの言う通りだ。だがその時には、銀河帝国だけではなく元新世紀共和国の人々も巻き込まれるということだ。その時、何もしないでいられるだろうか?」

と、ダールマン提督は言った。

「それは、確かに何とかしようと考えるでしょう。何もできないとしても、だが、そうしたことが必ず起きるというわけではありますまい。銀河間の距離は広大で、我々としてはその距離を飛び越えるなど考えもしない」

と、グリンが言った。

「だが、それを考える者達もいる。今回はエネルギー鉱石を求めて来た連中だった。だが、本気でこの銀河に移住して来たりしようと考える者達もいるのだ」

と、ダールマン提督は言った。

「それは、どこの者達です?そんなことがどうしてわかるのですか?」

と、ノルド・ギャビが言った。彼としては、グーザ帝国のような連中がこの宇宙にわんさかいるなど考えたくもない。

 このままでは話が平行線だと思って、

「確かに、今回の件はまだ終わっていないし、次があると言う可能性もある。ただ、それに対して我々は何ができるか、ということだと思う」

と、ディポックは言った。

「何ができるって、何かできることがあるのか?」

と、ノルド・ギャビが言った。

「少なくとも、現在この銀河帝国ではそれが難しくなっている。新世紀共和国は銀河帝国に併合されたが、肝心の銀河帝国がしっかりしていないと、これからの戦乱の時期に対応できないのではないかな?」

と、ダールマン提督は言った。

「それは、我々が銀河帝国に協力するということか?」

と、フェリスグレイブが初めて口を出した。

 ヘイダール要塞にいる者達は、新世紀共和国が銀河帝国に併合されたあと、そうした本国政府に反抗して出て来た者が多い。だから、銀河帝国などに協力するなどということは考えられないことだった。

「さあ、先方は協力していると取るかはわからない。逆に反逆罪とか誤解されるかもしれない。いやその方が多いだろう」

と、ダールマン提督は答えた。

「それは、あなたのようにですか?」

と、ディポックは言った。

「私は別に何もしていない。そうオルフ・オン・ダールマン提督は皇帝暗殺計画など立ててはいない。皇帝がいなくなったら困るではないか。だから、それは濡れ衣だ」

 その点については、要塞幹部の者達は必ずしも意見が一致しているわけではない。特に疑っているわけではないが、かと言ってダールマン提督の言うことをそのまま信じられると言うわけでもない。

「で、これからいったい何をしようというのです?」

と、フェリスグレイブが痺れを切らして言った。

 前置きが長すぎる。ということは、何かとんでもないことを言おうというのだ。それはわかるのだが、いったい何を言うつもりなのか、とフェリスグレイブは思った。

「実は、銀河帝国の皇帝リーダルフ・ゴドルーインが大昔のアルフ族の『死の呪い』を掛けられているのだ」

と、ダールマン提督は真面目な顔で言った。

 グリンやノルド・ギャビ、フェリスグレイブの反応は、ダールマン提督たちの思った通りだった。

 一瞬の沈黙の後、

「気は確かですか?銀河帝国の皇帝が呪いを掛けられているですと?」

と、まずグリンがばかげていると言いたげに言った。

「つまり、銀河帝国の皇帝が死ぬということだろうか?」

と、ノルド・ギャビが期待を込めて言った。

「銀河帝国皇帝が死ぬのなら、これこそ我々の好機ではないのか?」

と、フェリスグレイブが目を輝かせて言った。

「皆、ちょっとまってくれ……」

と彼らの反応に困って、ディポックは言った。

 ディポックは、グリンやノルド・ギャビやフェリスグレイブの意見が当たり前だと思っている。だがそれだけではなく、本当にそれでいいのか、という思いが彼にはあるのだ。もし、ダールマン提督たちの話が本当なら、新世紀共和国を併合した銀河帝国が他の銀河からの侵攻があったとき、いったい誰がそれを阻むのだろうか?

 銀河帝国の提督たちは有能だろう。だが、それを率いる者がいなかったら、どんなに有能な提督がいても何ができるだろうか?

 それに、銀河帝国に存在する多くの人々はどうなってもいいというのだろうか?その中には新世紀共和国の人々も入っているのだ。

「私は、銀河帝国の皇帝が死ぬのは困る。彼らの言うように、他の銀河からの侵攻があるとき、それを阻むためには皇帝の存在が是非とも必要だ。もし、皇帝がいなかったら、いったい誰が十万隻以上の艦隊を統率して戦うのだ?他の銀河からの侵攻を防げなかった時、新世紀共和国の人々も巻き込まれざるを得ないからだ」

と、ディポックは言った。

「確かに、閣下の言うことも分かります。ですが、他に方法はないのでしょうか?」

と、グリンは言った。

「他に方法はない。多大な戦力を保持し、軍の総司令官としての能力とカリスマ性を持つと言う点では、このふたご銀河では銀河帝国の皇帝が一番だということだ。それに代わる者がいない」

と、ダールマン提督は言った。

「ほう、ディポック司令官ではお眼鏡にかなわぬということか?」

と、フェリスグレイブは皮肉った。

「そうではない。少なくとも、銀河帝国の皇帝が好敵手として見るとするなら、ディポック司令官しかいないだろう。ただ、保持する戦力に問題がある。新世紀共和国はすでになく、要塞の駐留艦隊だけでは足りないのだ」

と、ダールマン提督は言った。

「すると、問題は戦力だけということか?」

と、フェリスグレイブ。

「それもある。もちろん、戦力が足りないというなら、リドス連邦王国の艦隊やダルシア帝国の艦隊が支援することはできる。だが、我々は銀河帝国に支援することはできない」

と、ダールマン提督。

「なぜだ?同じ帝国ではないか?」

と、ノルド・ギャビが聞いた。帝国も王国も政治体制としてはそれほど変わるまい、と彼は考えていた。

「言葉は帝国でも、ダルシア帝国は銀河帝国とは違う。リドス連邦王国も違う。我々はヘイダール要塞のヤム・ディポック司令官を支援し、協力することはできるが、銀河帝国とはしない」

と、ダールマン提督は明言した。

「それは、どうしてですか?」

と、ディポックは尋ねた。その理由がわからない。

「そう決めているのだ。ずっと昔から。つまり、ディポック司令官が生まれる前に、そう決めたのだ」

と、ダールマン提督は言った。


186.

 またしばらく沈黙があった。

 ディポックを始めとして、グリンもノルド・ギャビもフェリスグレイブも呆れていた。また訳の分からないことをいう。それに、これでは答えになっていない。

「私としては、どう考えていいのかわからないが、将来起こりうる他の銀河からの侵攻に対して、銀河帝国皇帝がその艦隊を率いて戦うという状況が好ましいということだろうか?」

と、ディポックは言った。

「そうです。ただ、銀河帝国だけの戦力では足りないと思われるので、リドス連邦王国とダルシア帝国の艦隊を合わせて同じくらいの数を率いる人物として、我々はディポック提督を望んでいるということです」

と、バルザス提督は言った。

「そうすると、総勢二十万隻ぐらいの数になるということか?」

と、フェリスグレイブは言った。

「その総司令官に銀河帝国の皇帝がなり、その補佐、あるいは副司令官としてディポック提督になって欲しいということです」

と、バルザス提督が言った。

「それが、将来起こりうると思われる他の銀河からの侵攻に対するあなた方の対処法だというのですね」

と、グリンが念を押した。

「そうだ。もちろん、我々が協力するのは艦隊だけではない、銀河帝国ではまだ発見されていない様々な軍事技術や情報も含まれる」

と、ダールマン提督は言った。

「そのために銀河帝国の皇帝が死んでは困るということですか」

と、ディポックは言った。

「そうだ」

「それはわかりましたが、実際、銀河帝国の皇帝はその『死の呪い』とやらを掛けられているというのは本当なのでしょうか?」

と、グリンは言った。

 まずそれが、怪しい。呪いなど、新世紀共和国ではお伽話の中にしか聞いたことはない。だが、考えてみれば魔法使いもそうだ。魔法使いがいるとするなら、呪いがあってもおかしくないかもしれない、とグリンは思った。

「それについては、我々も確認中だ。今の所、銀河帝国に駐在しているリドス連邦王国の大使がそう言ってきている。それと、噂もある」

と、ダールマン提督が言った。

「噂?そんなものが何の根拠になるんです」

と、グリンが言った。

「そうでもない。案外噂というのも、真実を付いていることがあるものだ」


 その時、話をしている彼らの真ん中にキラキラと光るものが生じ、次に人が忽然と現れた。

「ごきげんよう、皆さん」

と、その少女は挨拶した。

「こ、これは?」

と、ノルド・ギャビが驚いて言った。

 グリンもフェリスグレイブも同じく驚いていた。いったい、どこから湧いて来たのか?

「驚かせてごめんなさい。でも、急いでいたので仕方がなかったの」

と少女は、突然現れた言いわけをした。

 ディポックは驚いたが、以前ほどではなかった。おそらく十代に見える少女は、リドス連邦王国の人々の仲間だろう。それも魔法使い、女だから魔女かもじれない。

「どうしたんだ、フェリシア、ハガロンで何かあったのか?」

と、驚きから素早く立ち直ったバルザス提督が聞いた。

 魔法使いとは言え、こんな現れ方をするのは何か起きたに違いない、とバルザス提督は思った。普通ならもっとうまく隠すものだ。まるで魔法など使っていないように。

「その前に、そちらのこのヘイダール要塞の司令官にご挨拶をしなければいけないでしょう?」

と、フェリシアは言った。

「ええと、あなたは?フェリシアというのかな?」

と、ディポックは目の前の少女に聞いた。

「ええ。私はフェリシア・グリネルダ。バルザスを銀の月と言うのなら、私は緑の魔女であり、ダールマンを大賢者というのなら、私は女賢者と呼ばれています。よろしくお見知りおきください」

と言って、恭しく膝を折って古式ゆかしい正式の挨拶をした。よく見ると来ている衣装もどこかの貴族のようだった。

「これはどうも。それで、どちらからおいでになったのですか?」

とディポックは、十代の少女を相手にしては丁寧な口調で聞いた。まるで王侯貴族に対するような挨拶をされて、何となく面はゆい気がしたからでもある。

「宇宙都市ハガロンから、急いでやってきましたの。惑星連盟の新しい議長がこのヘイダール要塞に艦隊を派遣するというので、……」

「惑星連盟がここへ艦隊を派遣する?どうして、何のためにです?」

 惑星連盟はダルシア帝国の継承問題が終わってから、要塞には何の接触もしてきていない。それは、要塞に前惑星連盟議長マグ・デレン・シャが居る所為かもしれない。だから、そちらのことはディポックもあまり考えてはいなかったのだ。

 ここの所、暗黒星雲の種族とか、海賊とかグーザ帝国等、これまで見たことも聞いたこともない連中が要塞を次々に襲撃してきたからである。考える暇もなかったということだ。

「もちろん、この要塞を奪取するためですわ。念のため付け加えておきますけれど、私は惑星連盟に派遣されているリドス連邦王国の大使です」

と、にっこり笑ってフェリシアは言った。

「で、今の名前は何というのだ?」

と、ダールマン提督が聞いた。

「チャーミー・ユウキ。ユウキ公爵家の養女で、後継ぎです。最近なったのですけどね」

と、フェリシアは言った。

「貴族ということですか?」

と、ディポックは聞いた。そう言えばリドス連邦王国だから、貴族がいてもおかしくない。

「ええ。貴族と言っても、リドス連邦王国では貴族はユウキ公爵家しかありませんの」

「一つだけしかない?」

と、ノルド・ギャビが言った。

「他の国では随分多いようですけど、我がリドスでは一つだけですわ」

「一つだけで大丈夫なのですか?」

と、ノルド・ギャビが聞いた。そんなことを聞くのは変なのだが、一つということが気になったのだ。

「あら、無能な貴族がいても困りますでしょう。我がリドスでは、実力主義ですから、数はありませんの」

「フェリシア・グリネルダとか、緑の魔女そして女賢者と仰るのは、あなたがガンダルフの五大魔法使いの一人だからですか?」

と、ディポックは聞いた。

「よく、ご存じですね。その通りです。五大魔法使いの中では一番通り名の多い魔法使いですわ」

「通り名が多い?いくつも名があるということですか?」

「そう、フェリシア・グリネルダもその一つです。今の名はチャーミー・ユウキです」

「フェリシア、それで惑星連盟の艦隊が来るというのはいつになる」

と、ダールマン提督が聞いた。

「そろそろハガロンを出る頃だわ。私も苦心して邪魔をしていたのだけれど、種が尽きてしまって、……」

と、困ったようにフェリシアは言った。

「だが、こちらもそろそろ、惑星ゼンダからホランド・アルガイの船が来る頃だ。その船には、惑星ゼンダの、つまり元新世紀共和国の政治家が乗っている」

と、ダールマン提督が言った。

「政治家が乗っている?初めて聞いたぞ。いったい誰が乗っているのだ?」

と、ノルド・ギャビが驚いて聞いた。

 ホランド・アルガイの船が来ると言うことは聞いていたが、その船客については知らなかったのだ。

「報告によれば、元新世紀共和国最高評議会議員のエルシン・ディゴ、フランブ・リンジ、そしてその船には元最高評議会議長は乗っていないが、元議長の秘書ギアス・リードが乗っているそうだ」

と、ダールマン提督が言った。

「まずいな……」

と、ノルド・ギャビが言った。

 まずいというのは、元新世紀共和国の政治家たちが乗っていることだ。彼らが来る目的は、この要塞と要塞司令官のディポックを自分たちの味方に付けるためではないのかと、疑っているからだった。

「それだけではすまないわ……」

と、フェリシアは言った。まるでノルド・ギャビの心を読んだかのようだった。

「というと?」

と、ディポックは聞いた。

「連中の目的はよくて、ディポック司令官を自分たちの側に立たせることだ。だが、悪くすれば要塞にいる百万以上の元新世紀共和国の連中を扇動して、ディポック司令官の意志におかまいなく、この要塞に臨時政府を作るかもしれんな……」

と、ダールマン提督が替わって答えた。

「まさか…、そこまでは…」

と、グリンはノルド・ギャビやフェリスグレイブと顔を見合わせて言った。

「そうかな?第一、ディポック提督がこの要塞に来ざるを得なかったのはどうしてだ?そこまで考えておかなければ後で臍を噛むことになる」

 ディポックは、困ったことに新世紀共和国の政治家たちを信じることはできない自分を知っていた。元新世紀共和国政府が彼に何の相談もなく銀河帝国に降った時のこと、それに銀河帝国に阿って彼を差し出そうとした時のことを思い出した。だからここへ、ヘイダール要塞へやって来ざるを得なかったのだ。

 ただ、新世紀共和国の再興を望んでいる兵士は、ここにたくさんいる。再興を望んでいないものを探すことの方が難しいほどだ。

 だから、元首都星からやって来た政治家がここに新世紀共和国臨時政府を作ると言った場合、何が起きるかは火を見るより明らかだった。

「なるほど、そういう時に、ハガロンから惑星連盟の艦隊が来たら、どうするのでしょうね?」

と、フェリシアは面白そうに言った。




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