ダルシア帝国の継承者
159.
宇宙都市ハガロンはジル星団の惑星連盟が置かれている都市である。
先ごろ、惑星連盟の盟主の一方であるナンヴァル連邦の大使マグ・デレン・シャがその職を解任され、新しい大使が任命されてやってきた。マグ・ファルファドール・シャ大使である。
ナンヴァル連邦の大使は宇宙都市ハガロンに着任すると、ダルシア帝国代表不在の中、ゼノン帝国大使ボルドレイ・ガウンとともに惑星連盟議会を招集した。
このナンヴァル連邦とゼノン帝国の連携というのは、惑星連盟五百年の歴史上初のことだった。もともと惑星連盟自体が、悪逆非道なゼノン帝国から他の弱小国を守るためにダルシア帝国とナンヴァル連邦が共同で創立したものだったからだ。
だが、現在宇宙都市ハガロンにはダルシア帝国の大使はいなかった。ダルシア帝国はコア大使の死により、滅びたというのが惑星連盟の共通認識だった。そのダルシア帝国は誰によって受け継がれるか、これは惑星連盟にとって大問題だった。ダルシア帝国は惑星連盟の創設国の一つであり、最大の盟主であったからだ。
惑星連盟の大国として地位を占めるゼノン帝国は、このダルシア帝国の継承問題に口を出す権利があると考えていた。なぜなら、彼らはもとをただせば、ダルシア人を祖とする国だったからである。姿かたちはいわゆるダルシア人とはかけ離れていたが、遥かな昔、ダルシアから分かれたという言い伝えを持っており、それを信じていたからだ。
それがあろうことか、ダルシアとは何の関係もないタレス人のタリア・トンブンという、どこの馬の骨かわからない、しかも人間の女がダルシア帝国を継承する候補として挙がったのだ。理由は、ダルシア帝国の国民としての国籍を保持している唯一の者だからである。しかも、亡くなったコア大使の指名だという。
このことにゼノン帝国は非常に不満だった。ダルシアの継承者はゼノン帝国が最もふさわしいと思っていたからだ。
当時ナンヴァル連邦の大使マグ・デレン・シャを議長とする惑星連盟は、タリア・トンブンの滞在しているヘイダール要塞に遠征してまでタレス連邦のタリア・トンブンの審問を行った。その結果、ゼノン帝国の思惑とは相違して、ダルシア帝国の継承者としてタリア・トンブンを認めてしまったのである。
このことによってゼノン帝国は以前から進めていた、ナンヴァル連邦の調整官を手中にする計画を急ぎ実行した。
ゼノン帝国の意を受けたナンヴァル連邦の大評議会の商人階級代表クラウ・トホス・トルは、マグ・クガサワン・シャ調整官を強引に失脚させ、自ら調整官の地位に着いた。彼はこれまでナンヴァル連邦の大使であり惑星連盟議長であったマグ・デレン・シャを更迭し、新たな惑星連盟大使マグ・ファルファドール・シャを派遣した。
ダルシア帝国大使不在時に各国の大使が居並ぶ中、惑星連盟の議長としてナンヴァル連邦のマグ・ファルファドール・シャを選出した。もちろん、ダルシア帝国の大使不在を言い立て議長選出に反対する国もあった。だが、新しいナンヴァル連邦大使自らが、今回のダルシア帝国の継承問題でかなりの疑問点があるとし、惑星連盟の議会にタリア・トンブンを呼び出して審問する必要があるとする議題を提出した。反対があったもののそれは少数で、賛成多数でその議題が可決された。
この議題の解決のため、再び惑星連盟の艦隊がヘイダール要塞に派遣されることになったのである。
リドス連邦王国の数十隻からなる小艦隊が、新しい惑星連盟大使を乗せて宇宙都市ハガロンにやってきたのは、そんな時だった。
「これが、ハガロン?随分古くなったのね」
と、およそ十代後半になろうとする少女が言った。
「さようでございますか?こちらをよくご存じで、公爵令嬢、いえ、提督閣下」
と、副官のエンドリン・スランス中佐が言った。
「公爵令嬢の方がいいわ。まだうら若き女性なのだから」
と、少女は若いという言葉を特に強く意識して言った。
「ハガロンの宙港監理官から、誰何していますが…」
と、通信員が告げた。
「私が出るわ。さて、…」
と言って、楽しそうに笑った。
「こちらは宇宙都市ハガロン、そちら、所属はどこですか?」
と、ハガロンの監理官が言ってきた。
「こちらは、リドス連邦王国艦隊、私はチャーミー・ユウキ。惑星連盟大使として着任します。入港の許可を要請します」
「了解しました。許可します。どうぞ、リドスの駐機場へお入りください」
わずか数十隻の艦隊だったが、ハガロンの駐機場にはギリギリの数だった。
現在惑星連盟は参加国がおよそ五十か国になろうとしていた。したがってハガロンの駐機場にはジル星団のおよそ五十か国にもなろうとする国の艦がひしめき合っていたのだ。
リドス連邦王国の惑星連盟大使、チャーミー・ユウキが駐機場から降車口に出てくると、
「宇宙都市ハガロンにようこそ。歓迎いたします」
と決まり文句を言う、外交部の係りが待っていた。
「どうも、ありがとう。惑星連盟の事務局はどこかしら、議長にまずお会いしなければ…」
と、チャーミー・ユウキが言った。
あまりに若すぎる大使に、
「ええと、大使はリドスではどちらの出なのでしょうか?」
と、外交部の迎えの係りが聞いた。
「無礼な、こちらはリドス連邦王国ユウキ公爵家の令嬢である」
と、チャーミー・ユウキの副官として付いているエンドリン・スランス中佐が言った。
「これは、失礼いたしました。それでは、これからご案内します。惑星連盟議長、ナンヴァル連邦のマグ・ファルファドール・シャ大使がお待ちでございます」
と、係りの者が言った。
チャーミー・ユウキは宇宙都市ハガロンの中を移動中に、色々なものに目を留めて、楽しげに歩いていた。外交部の係りにはそうした姿が、都市へやってきた世間知らずの田舎者の様子そのものに見えた。そのすぐ後を、エンドリン・スランス中佐は周囲に注意を払いながら付いて行った。
ナンヴァル連邦の大使であり惑星連盟議長であるマグ・ファルファドール・シャの執務室は、以前マグ・デレン・シャが使っていた場所を模様替えして使っていた。
宇宙都市ハガロンの外交部の係りによって案内されて来た、リドス連邦王国の新任大使チャーミー・ユウキは初めて惑星連盟議長と対面した。
一部緑色の鱗を持つナンヴァル人の皮膚は、初めて見る者に驚きと不安を起こさせるのをマグ・ファルファドール・シャは良く知っていた。それは、彼にとって人間族とは違う、ダルシア系の竜族としての誇りでもあった。その尊大な自意識を満足させるべく、彼は堂々として言った。
「リドス連邦王国の新しい大使とか?」
と、マグ・ファルファドール・シャ大使は尊大に言った。
「初めまして、私はチャーミー・ユウキ、ユウキ公爵家の者です」
と、控えめな笑みを浮かべて少女は言った。
「それは、遠くから来られた。ハガロンにはやく慣れるがよかろう」
リドス連邦王国はハガロンから五千光年の距離にあった。ジャンプ・ゲートを使える種族にとっては、それほどの距離ではないが、ワープ航法だけだと早くても二週間はかかる。遅いワープ航法だと、四週間はかかる距離だ。ナンヴァル連邦のマグ・ファルファドール・シャ大使は前任のマグ・デレン・シャと違って、あまりリドス連邦のことは知らないように見えた。
「ありがとうございます。ところで、ナンヴァル連邦の大使が交替されたというのでしょうか?こちらに来る時、ナンヴァル連邦の大使は、マグ・デレン・シャ大使だと聞いてきましたが…」
と、チャーミー・ユウキ大使は訊ねた。
「そのことか?それは情報が古いのだ。私は、数日前に大使として着任した。そして今は惑星連盟議長となった。リドス連邦王国は、ハガロンから遠いので、情報がすぐには伝わらないからではないかな」
と、マグ・ファルファドール・シャ大使は言った。
「そうですか。ナンヴァル連邦は、変わったということですね…」
と、チャーミー・ユウキ大使は言った。
惑星連盟議長の部屋を辞すると、
「さて、これからどうするか…」
と言って、惑星連盟議長の部屋の扉を見上げた。
チャーミー・ユウキの目には、その扉がまるで存在しないもののように透けて見えた。そして中の議長が誰かに連絡しているのが聞こえて来た。
「リドス連邦王国の大使がきた。まだ子供だ。連中は惑星連盟大使を単なる、名誉職としか思っていないのではないか?ユウキ公爵家の者だそうだ」
と、マグ・ファルファドール・シャ大使が言った。
「他に誰かいませんでしたか?」
と、未知の人物が言った。
「副官がいたようだが…」
と、先ほど来た者たちを思い浮かべて言った。
「副官が魔法使いかもしれません」
「十分注意しよう」
「それがよろしいでしょう」
「では、後で…」
チャーミー・ユウキ大使はくすくす笑って、
「私の部屋へ案内してくれる?」
と、副官のエンドリン・スランス中佐に言った。
道すがら、どうしても目がハガロンのあちこちへ向いてしまうのがわかった。チャーミー・ユウキがこのハガロンに来たのは、二百年ぶりだった。最初に来たのはまだこのハガロンが建設されたばかりの時だった。その時、真新しい内部の飾り付けに色々と注文をしたものだ。しかし今、ハガロンの長年の積もり積もった汚れとその変わりように正直驚いている状態だった。
五百年も経てば、この宇宙都市ももう寿命なのだとチャーミー・ユウキは思った。惑星連盟の内部もそうとう壊れてきている。あのナンヴァル連邦とゼノン帝国の同盟など、彼女にとっては噴飯ものだ。
今回の名はチャーミー・ユウキだったが、彼女こそかのガンダルフの五大魔法使いの一人、『緑の魔女』、『女賢者』、『癒し手』とたくさんの異名を持つ、フェリシア・グリネルダだった。
リドス連邦王国大使の部屋に入ると、チャーミー・ユウキは指を唇に当てて、エンドリン・スランス中佐に黙っているように指示した。そして、口の中で密かに呪文を唱えると、
「さあ、もういいわ」
と言って、
「話して頂戴。今何が起きているかを…」
と、誰にともなく言った。すると、
「フェリシア・グリネルダ様。お久しぶりでございます」
と、どこからともなく声がした。
「久しぶりね。で、どうなのかしら、あの惑星連盟は?」
と、チャーミー・ユウキ大使が尋ねた。
「現在、ヘイダール要塞に惑星連盟の艦隊を派遣する準備をしています」
と、声が言った。
「おや、何のために?」
「ダルシア帝国の継承者となった、タリア・トンブンの正当性を検証しようというのです」
「あら、馬鹿なことをするものね」
「うまくすれば、タリア・トンブンを廃して、ダルシア帝国を手中にできると考えているようです」
「そうなの。で、あのことは?」
「ゼノン帝国の変化のことですか?」
「そうよ。ナンヴァル連邦の亡くなった前調整官閣下もそれを心配していると聞いています」
「それが、わたくしにも分からないのです」
「あなたにも分からないの、ハガロン」
と、チャーミー・ユウキは言った。
「何が分からないのですか?」
と、エンドリン・スランス中佐が聞いた。
「密かにうごめいている国の正体がどこなのかが、このハガロンの中枢脳にもわからないということなの」
と、チャーミー・ユウキが言った。
「中枢脳といいますと、…」
「このハガロンを建設した時にダルシア人が作ったこの都市の全てを管理するための機械と有機物でできた中枢脳のこと。ダルシア帝国の艦にあるのと同じものなの。この中枢脳と会話できるのは、ダルシア帝国のコア大使だけだった。今このハガロンでは私を除けば、あのナンヴァル連邦の大使も話すことはできない。惑星連盟のどの国の魔法使いもできないことだわ」
「その中枢脳の存在は知られているのですか?」
「もちろん、誰も知らないわ。彼らが知っているのは、電脳の方だけ。ハガロンの電脳は都市機能を管理しているけれど、その電脳をコントロールするのは中枢脳になるの」
と、チャーミー・ユウキ大使は言った。
宇宙都市ハガロン建設と惑星連盟創設は同時進行で行われたものだが、そのどちらにもガンダルフの五大魔法使いは関わっていた。すなわち、ダルシア帝国とナンヴァル連邦、惑星ガンダルフの五大魔法使いがこの二つのものを立ち上げることに関わっていたことになる。
しかし、ガンダルフは国として加わったわけではないので、惑星連盟には参加していない。リドス連邦王国がふたご銀河へやって来て、ガンダルフに首都のある国として加盟したのは、三百年ほど後のことである。
160.
司令室の席でため息をついて、ディポック司令官は机の上に載っている猫を見た。
その猫は大きなかごにクッションと毛布を敷いた中に、入れられていた。目を閉じているのは、寝ているのかそれとも拗ねているのかよくわからない。
リイル・フィアナ提督によって猫にされたウルブル・フェルラーを気の毒に思ったディポックは、彼が無視されないように司令室の自分の机の上に置いてやったのだ。
ここだと、要塞に起きたことは大抵わかる。何が起きているのか見聞きできるのだ。
この待遇に反対意見もあったが、要塞の司令室で秘密を大声でしゃべる者もいないだろうということで、黙認されることになった。
「いったい、何のための会議だったのでしょうか」
と、グリンは不満げに言った。
「確かに、この会議も、前の会議も、中途半端に終わっている。何のために会議をするのかわからないな。それに前の会議は我々みんなが猫にされたし…。もっとも今回は、銀河帝国の提督が一人だけだったがな」
と、ノルド・ギャビが猫を見て言った。
「そうだな、おそらく彼らの会議は我々に情報を伝達するために開いたのだろう」
と、ディポックは言った。
「それだけのためですか?」
「それだけでも、理解できないことや、信用できないことがたくさん出て来たから、全ての情報を解読するには時間が掛かるということではないかな?」
「しかし、あれで全部なのでしょうか?まだまだ我々の知らないことがあるのでは?」
と、ダズ・アルグが言った。
「そうかもしれない。彼らが全部の秘密をさらけ出すには、たぶん我々の理解力が相当必要になってくるだろう」
「で、司令官は、どのくらい理解できました?」
と、フェリスグレイブが挑発するように言った。
「さあ、どうだろうね。でも一つ、池の鳥のことを聞き忘れたことが残念だ」
と、ディポックが言った。
「あの妙な鳥のことですか?」
「この要塞に所属する者で失踪した者はいないのだろう?」
と、ディポックは聞いた。
「再調査したが、失踪した者はいない」
と、ノルド・ギャビは明言した。そして、
「ただ、不思議なことがいくつかわかった。海賊どもが要塞に侵入してきたが、奴らの姿が消えてしまったんだ」
と、付け加えた。
「それは、危険ではないですか?」
と、ダズ・アルグ。
「ほら、要塞防御指揮官が捕まえた連中も、まるで煙のように消えてしまったんだ」
と、ノルド・ギャビが言った。
「ほう、それは興味深いことですな。やはり、これはあのガンダルフの魔法使いに聞いてみるべきでは?」
と、フェリスグレイブが言った。
「しかし、それは彼の来る前のことだから、魔法使いが関わっているとは思えない」
と、ディポックは言った。
「しかし、これではまるで魔法としか思えません」
「あの、司令官。タレス人のコドル・ペリウスが話したいことがあると言ってきているのですが…」
と、リーリアン・ブレイス少佐が言った。
「何だろう」
と言って、ディポックは会うことにした。
コドル・ペリウスが要塞でレストランを始めたいと言って来たので、ディポックはそれを許可していた。先ごろ店をオープンしたと言うことを聞いていたから、何か困った事でも起きたのかもしれないと、思ったのだ。コドル・ペリウスの話のあと何件か、レストランだけでなく店を開きたいという話を許可していたからでもある。
コドル・ペリウスはディポックの前へ来ると、周りを見て、
「あの、実は他の人に聞かれたくない話なのですが…」
と、慎重に言った。
司令室の後ろの方には、新しい空間ができていて、そこにリドス連邦王国属するカール・ルッツ――サムフェイズ・イージー少佐やナル・クルム少佐がいた。普通の話し声なら彼らに聞こえないだろうが、人によっては気になるものだ。
「じゃ、執務室の方へ行こうか」
と、ディポックはあっさりと場所を移動させた。
執務室でディポック司令官と副官のブレイス少佐と三人になると、
「実は…」
と言って、店で起きたことを話した。
「すると、あなたは、特殊能力として電波を受信する能力があるのですね」
と、ブレイス少佐は言った。
「はい。あまり範囲は広くないのですが、耳で電波を受信することができます。つまり、盗み聞きができるのです」
「で、昨日の昼、誰ともわからないが、あなたの店に来た人物が電波を発信していたのですね」
「そうです。おそらく、この要塞の外に向けて」
と言って、コドル・ペリウスはその詳細を話した。
「その男が、惑星カルガリウムの情報官と言ったのですね?」
と、ディポック司令官は確認した。
「確かにそう言いました」
「なるほど、元新世紀共和国首都星ゼンダに、連絡員と共鳴者を確保した、か…」
と、何かを考えているようにディポックは言った。
「訪問者を送ると言っていましたので、誰か来るのではないかと思います」
「で、これまでヘイダール要塞ではそう言ったことはなかったのですね」
と、ディポックは言った。
「はい。ありませんでした」
「わかりました。情報の提供、感謝します。これからも、何かありましたら、すぐに知らせてください」
「もちろんです」
と言って、コドル・ペリウスは戻って行った。
「閣下。スパイがいるのですね」
と、ブレイス少佐は言った。
「おそらく、そうだろう。惑星カルガリウムから来た人たちの中に、いるとは思っていたのだが…」
いずれ、このような事態になるとは思っていたが、気になるのはそのスパイらしき人物の相手が首都星ゼンダのことまで言及していたことである。
「すぐに、誰か特定しないと危険ではありませんか?」
ブレイス少佐はすぐにでもスパイの捜査にかかるべきだと考えていた。時間が経つほど、危険が増すような気がするのだ。
「それもあるが…。考えてみれば、タレス人の特殊能力はどんなものなのだろうか?」
これまでジル星団の魔法使いは色々出てきたが、特殊能力者というのはタリア・トンブン以外にはあまり知らない。もしかしたら、すでにいなくなったダルシア人が特殊能力者だったのかもしれないと思う程度である。そもそも、特殊能力と魔法との違いもよくわからないのだ。
「そうですね。特殊能力と魔法とはどう違うのかもよくわかりませんし…」
「やはり、銀の月、いやバルザス提督を呼んで聞いた方がいいかもしれないな…」
と、ディポックは言った。
実際はガンダルフの五大魔法使いの一人大賢者と呼ばれるレギオン、すなわちダールマン提督に聞くのが一番いいのかもしれない。しかし、彼はまだヘイダール要塞に来たばかりで、ディポックはその人となりがよくわからなかった。まだ銀の月と呼ばれるバルザス提督の方が、ディポックにとっては話しやすい感じがした。
銀の月、リドス連邦王国のバルザス提督がやってきたのはディポックに呼ばれたからである。
要塞司令官の執務室には、ディポック司令官と副官の他に、参謀のグリン、要塞防御指揮官のフェリスグレイブ、事務官のノルド・ギャビ、ダズ・アルグがいた。いずれも要塞の主要幹部たちである。
「司令官、私を呼ばれたのは?」
と、バルザス提督は要塞の幹部を見て尋ねた。
「実は、タレス人のコルド・ペリウスがスパイを見つけて来たのです」
と、ディポックは切り出した。
「コルド・ペリウス?あのレストランを始めた男ですか」
バルザスはヘイダール要塞でレストランを始めるというタレス人のことを、タリアから聞いたことがあった。
「彼は電波を受信する能力があるそうです、それで…」
と、ディポックはコドル・ペリウスの入手した情報を話した。そして、
「問題は、そのスパイの相手が、元新世紀共和国の首都星ゼンダに協力者がいるようなことを言っていることです」
と、続けた。
「すでに、ゼンダにまでグーザ帝国の手が伸びているということでしょう。あの会議で、彼らの探すエネルギー鉱石の鉱山が首都星ゼンダにあるということを私は言いました」
と、バルザスは言った。
「ええ、それで、近々要塞に彼らが来るということなのです」
「グーザ帝国の手先でもあるかもしれない連中が、元新世紀共和国の者ということで、要塞に来るというのですね」
と、バルザスは言った。
「そうです。それで、我々も何か対策を講じる必要があると感じたのです」
「どのような対策ですか?」
「つまり、タレス人、要するに特殊能力者に応援を頼みたいのです」
と、ディポックは言った。
「それには、特殊能力について知ることが必要ですし、その特殊能力と魔法との違いも知りたいのです」
と、グリンが言った。
「なるほど、それで私を呼ばれたのですね」
と、バルザスは言った。
これはタレス人の難民たちにとって、喜んでいいことなのかバルザスはわからなかった。タレス人たちはまだヘイダール要塞に住んだ方がいいのか、それともリドス連邦王国などの他の国へ移住した方がいいのか結論が出ていないからだ。それに、人によって意見も違うだろう。
「確かに、タレス人の能力者の力を借りるのも、一つでしょう。ここに残りたいと思っている者なら、進んであなた方に力を貸すでしょうから。ただ、力そのものについては、あまり多くのことを期待しない方がいいと思います」
と、バルザスは慎重に言った。
「それは、分かっています。彼らは本国において、能力者として二流三流だったと考えている者が多いようですから…」
と、ディポックは言った。
「まあ、劣等感は別にして、彼ら自身は特殊能力という力にまだ目覚めていないところがあるのです」
「つまり、特殊能力が未開発ということでしょうか?」
「それもあります。ただ、正確な知識と正しい方法で力を開発するということが大切なことなのです。タレス連邦はもともとそれがなかったので、不必要な能力や弱い力と認識してしまったのです」
「では、タレス連邦ではどんなやり方をしていたと言うのですか?」
と、ダズ・アルグは聞いた。
「それは、経験です。今まで経験して、うまくいったというやり方をしていたに過ぎないのです」
「なるほど、ではリドス連邦王国では、その正確な知識と正しい開発方法があるというのですね?」
と、グリンは言った。
「リドスだけではありません。ダルシアにもありましたし、ガンダルフにもありました。ただ、どちらも今は忘れられていますが…」
と、バルザスが話している最中に、司令室から連絡が入った。
「司令官、通信が入ったそうです。元新世紀共和国の船からのようです」
と、ブレイス少佐が言った。
「何だって?」
と驚いて、ディポックは他の要塞連中と顔を見合わせた。要塞に通信が入るということは、かなり近くに船は来ていることになる。
「コドル・ペリウスの話では、スパイの話は昨日のことだと言っていたが、来るのが速すぎないかな?」
と、ダズ・アルグは言った。
「すでに、船は出発していたのだろう」
と、フェリスブレイブは言った。
161.
元新世紀共和国首都星ゼンダは、現在銀河帝国の新領土として帝国から派遣されてきた総督が統治していた。
元首都星ゼンダは銀河帝国の新領土となった現在は、地方の中枢都市として扱われている。そのゼンダを守る兵力は帝国から派遣されている、リューゲル・ブブロフ提督の一個艦隊だった。そして、リューゲル・ブブロフ提督はこの新領土の総督でもある。
「総督閣下、ゼンダの市民からの陳情が来ております」
と、副官のアルマイト・フォル少将が言った。彼は、署名の厚い紙の束を総督の机に載せた。
「どんなことだ?」
「つまり、彼ら元新世紀共和国の政治形態をある程度認めるようにということのようです」
「つまり…、民主主義とかいうやつか?」
と、眉をしかめてリューゲル・ブブロフ総督は言った。
「はい。具体的には議会を開くために、選挙をすることを認めてほしいとのことです」
「そのようなことは、認めるわけには行くまい。ここはすでに銀河帝国皇帝陛下の領土である。銀河帝国には議会などというものはない。そのように伝えよ」
とリューゲル・ブブロフは、机の上の署名の紙の束を指でトントンと叩きながら言った。
「ですが、この陳情書に名を連ねているのは、元新世紀共和国の大物政治家です。この陳情を拒否するだけで、事が済むでしょうか…」
と、アルマイト・フォル少将は言った。
「暴動でも起きるというのか?」
「それは、わかりません。ですが、こちらも注意した方がよいのではないかと…」
「そうだな。貴官の言うことはわかった。われわれも注意を怠らなうようにしよう」
今の所、暴動の気配は感じられなかった。銀河帝国の方も数年前のダールマン提督の皇帝暗殺事件の所為で、新領土のそうした動きにはかなり敏感になっていた。そこかしこに監視のためのカメラを設置したし、憲兵の大幅増員など、十分注意をしているのだ。
いざとなったら一個艦隊の兵力を誇示することも必要かもしれない、とリューゲル・ブブロフ総督は思った。だが、そうなったら、皇帝陛下までこの新領土が不穏な空気に満たされていると伝わってしまうだろう。それも、あまりいいとは思えない。
「憲兵、いや彼らはあまり信用できん。あの軍務省の連中にはよくよく注意しなければなるまい。前の総督の二の舞になるかもしれんからな。だが元新世紀共和国の連中のことを厳重に注意する必要があるな」
「了解しました」
と言うと、アルマイト・フォル少将は部屋を辞した。
一人残されたリューゲル・ブブロフ総督は、ゆったりとした椅子に座り、前総督の運命に思いを馳せた。
前総督、オルフ・オン・ダールマン提督は、新領土の総督になって変わってしまった。彼はそれまで銀河帝国の新王朝を築いた若き皇帝リーダルフ・ゴドルーインに忠実に仕えていた。少なくとも、リューゲル・ブブロフ提督にはそう思えた。
だが、ダールマン提督は新領土の総督になると、策謀を巡らせ皇帝陛下の暗殺を企て、それがかなわぬと帝都に向けて艦隊を発進させた。それはすなわち、自らが皇帝になろうとしたのであると、言われていた。もちろん、それを本人に直接聞いたわけではない。しかし、他に説明のしようもないというのが、銀河帝国の軍人たちの考えだった。
ダールマン提督の艦隊は銀河帝国からの征討軍に敗北し、ダールマン提督はその副官とともに戦死したとされているのが現在である。
だからこそこの新領土の総督は領民の統治において暴動を警戒するだけではなく、自らの身も守らねばならないのだ。敵は、元新世紀共和国の旧勢力とは限らない。銀河帝国においてもまた、総督としての彼の敵が存在していると考えるべきだろう。前任者の末路を見ればわかる。それが誰であるか、今はまだわからないとしても、とリューゲル・ブブロフは考えていた。
外は赤茶けた焦土だった。
数年前そこには、新世紀共和国の国防省の建物が立っていた。突然現れた、銀河帝国の艦隊が新世紀共和国の政府に降伏を勧告した際に、その見せしめのためにグロック爆弾によって破壊したのである。首都が攻撃される恐怖に新世紀共和国政府はあまりに簡単に降伏を受諾した。それは、無条件降伏ではなかったものの、新世紀共和国の歴史はその受諾をもって終わったのである。
「総督は何か言ってきましたか?」
と、元新世紀共和国最高議会議長、チェルク・ノイは言った。
「いいえ、まだです」
と、秘書のギアス・リードは言った。
その部屋に集まっているのは、かつての新世紀共和国最高評議会の主だった議員諸氏だった。
「では、始めるとしましょう。惑星カルガリウムからの連絡はありましたか?」
と、エルシン・ディゴ議員が始めた。
「ホルン・ヴァイド情報官という者から連絡がありました」
と、秘書のギアス・リードが言った。
「情報官というと?それは軍人ですか、それとも官僚でしょうか?」
と、エルシン・ディゴ議員は聞いた。
「惑星カルガリウムでは、銀河帝国の侵攻により新世紀共和国が崩壊した時、自ら大統領制に移行したのです。そして、自分たちで新しく行政機構を立ち上げたようです。ホルン・ヴァイド情報官は情報省のトップだそうです」
「しかし、現在では惑星カルガリウムは新世紀共和国の中の惑星として銀河帝国の新領土となったはずではありませんか?」
「これは、帝国側の人手不足ということでしょう。わが共和国に帝国の艦隊が派遣されましたが、カルガリウムのような辺境星域には、政府が帝国に降伏したという連絡が伝達されただけです。彼らも、一応反応して政府を作ったとしても臨時のようなものです」
と、ギアス・リードは調査したことを話した。
「それで、そのヴァイド情報官は何と言って来たのか?」
と、元最高評議会議長チェルク・ノイが聞いた。
「現在、グーザ帝国を名乗る艦隊が惑星カルガリウムを占領しているとのことです」
と、ギアス・リードは言った。
「グーザ帝国?聞いたことがないな。あの噂に聞くジル星団にある国ではないのかな?」
「そうかもしれません。ですが、カルガリウムを占領しているグーザ帝国の艦隊の数はかなりの模様です」
「それで、どうしたのだ?」
と、チェルク・ノイは話の続きを催促した。
「そのグーザ帝国が元新世紀共和国の政府である、我々と連絡を取りたいと言っているそうです」
「ちょっと待て、銀河帝国の連中は惑星カルガリウムのことを気づいていないのだろうか?」
「そのことなら、当時の最高評議会議長で、戦後帝国へ亡命していたケアード・ゴンドラスが戻ってきているので、それとなく聞き出しました」
と、ギアス・リードは言った。
「で、何と言っているのだ?」
「どうやら、帝国は気づいていないようなのです」
「それは、本当だろうか?ケアード・ゴンドラスは、帝国からどんな職掌で戻って来たのだ?」
「総督の下の政務次官です」
「ふん、売国奴が。よく、戻って来られたものだ」
と、議員のマブセル・アガスが言った。
「ですが、ケアード・ゴンドラスの勢力は、まだこのゼンダに残っていると思われます。無視することは危険です」
と、ギアス・リードは言った。
「以前ほどではあるまい」
「しかし、十分注意が必要です。帝国側に何を漏らすかわかったものではありません」
「わかっている。それで、グーザ帝国というのは、我々に何の用があるのだ?」
と、チェルク・ノイは言った。
「カルガリウムの情報官によると、我々と貿易をしたいということだそうです」
「貿易だと?それなら、総督に、いや銀河帝国の皇帝にでも会いにいけばよいではないか?」
正式に国交を結んで貿易を始めた方が、有利であるはずだった。そのグーザ帝国というのが正式な国家であるのなら、こんな裏からこそこそする必要などはない。だとすれば、何か他の目的があるのだろう。
「貿易をするために、我々が銀河帝国の艦隊を退けるための力を貸そうと言って来たそうです」
「そんなこと、信じられるのか?」
と、マブセル・アガスは他の議員と顔を見合わせた。
「それで、あのヘイダール要塞で会見をしたらどうかというのです」
「ヘイダール要塞だと?ヤム・ディポック司令官のいるヘイダール要塞か…」
と、マブセル・アガスは言った。
ヤム・ディポック元元帥は元新世紀共和国の政府と微妙な関係にある。敵とは言わないが、彼ら政治家は自分たちの身の安全のために彼を銀河帝国軍に引き渡そうとしたことがあったのだ。その時、もう少しのところで逃げられてしまったのだ。
「勝手に、銀河帝国のヘイダール要塞を占領した男だ。我々に味方するとは限らん…」
と、吐き出すようにチェルク・ノイは言った。
「どんな答えが得られるかわかりませんが、会うだけあってみたらどうでしょうか?」
と、ギアス・リードは勧めた。
すぐに結論はでなかった。
まして、ヘイダール要塞に行くには、それだけの準備が必要だった。特に銀河帝国軍は、ヘイダール要塞に元新世紀共和国の人々が近づくのを警戒している。ヤム・ディポック氏は、元新世紀共和国でも常勝の提督であり、人望も厚い。彼が動けば、元新世紀共和国の軍人も動くに違いないと考えられていたからだ。
162.
「よう、ディポック、元気か?」
と、司令室の大スクリーンから、ホランド・アルガイの元気な声がした。
慌てて司令室へやって来たディポックは、その声に少々失望しながら、ホッとしたのだった。
自由商人として銀河帝国や元新世紀共和国を行き来するホランド・アルガイは、定期的に帝国軍の目を掠めてやってくる。彼からもたらされる情報はディポックとヘイダール要塞にとって、欠くべからざるものだった。
早速、船を駐機場に収めてホランド・アルガイは、ディポックに会いにやってきた。
要塞司令官の執務室で、二人は握手をすると、
「前に来た時にいた惑星連盟とかの船はいなくなったようだな。しかし、あの、要塞にくっついている妙なものは何だ?」
と、ホランド・アルガイは言った。
未だ海賊ナッシュガルの要塞が衝突したままなのだ。
「ああ、あれは、ジル星団の連中なんだ…」
と、ディポックは曖昧に言った。
「まあ、重大なことになっているのでないなら、いいさ。それより、首都星ゼンダがなんかきな臭くなってきた」
と、ホランド・アルガイは言った。
「何が起きているんだ?」
もしやグーザ帝国のことを知っているのかと、ディポックは思って聞いた。
「議会派の連中が署名を集めて、議会を開くための陳情をしたりしている。それに、総督の方もかなり警戒が厳しくなっている」
と、ホランド・アルガイは言った。
「それだけなら、大したことじゃないだろう?」
その程度のことなら、ディポックでも他の者でも想像がつくのだ。銀河帝国と元新世紀共和国では政治体制が異なるので、いつかはそうした動きが始まると思っていた。
「議会派の連中は陳情だけではなく、何か考えているらしい。実は俺に、ヘイダール要塞に行く船はないかと密かに打診があったんだ…」
ホランド・アルガイがディポックの幼馴染であることは、あまり知られていないが、知っている者もわずかにいるのだ。
「何だって?」
「ここに来たがっている奴がいる。つまりディポック司令官、誰かがあんたに会いたがっているんだ。それもおそらく、大物の政治家だろうな」
と、ホランド・アルガイは自分の推測を交えて話した。
「その理由は何だい?」
「わからん。ただ、何かが起きつつあるのはわかる」
「そうか。で、帝国の方では、他に何かないか?」
と、改めてディポックは聞いた。
「実は妙な噂が流れている。出所はわからないが、あの大逆人が生きているという噂が…」
と、声を潜めてホランド・アルガイは言った。
ホランド・アルガイは、ヘイダール要塞に死んだと言われている大逆人の部下であるバルザス提督がいることを、この前に来た時にじかに会って知っていた。
「ベルンハルト・バルザス提督のことではなく、ダールマン提督が生きていると言う噂か?」
と、ディポックは聞いた。
「そうだ。バルザス提督のことは、特に噂になっていない。帝国の連中にとっては、部下であった者よりも、大逆人本人が生きていると言うことの方が興味あるだろうさ」
と、ホランド・アルガイは言った。
「確かに、そうだろう。他には?」
と、ディポックは聞いた。
「今の所、そのくらいかな。いや、まだ一つある。皇帝陛下が病気だと言う噂だ」
「皇帝陛下は、まだ二十代じゃなかったか?」
この度銀河帝国の新王朝を立てた皇帝、リーダルフ・ゴドルーインはまだ二十代前半のはずだった。まだ病気で死ぬには若すぎる。
「そうだが、噂では誰かに呪いを掛けられたとか、面白おかしく囁かれている」
と言うホランド・アルガイは、そのようなことはほとんど信じていない風だった。とは言うものの、若き皇帝がその地位についた鮮やかな手並みを考えると、呪いを受けるようなことをやったとしても不思議はないと思っていた。
「呪い?そんなものが、効くと言うのか?いや、わからないな。何しろジル星団では魔法使いの存在が当たり前だからな…」
と、ディポックは最近知った様々な魔法を思い出して言った。
「その魔法使いというのは、どれだけのものなんだ?」
と、興味を持ってホランド・アルガイは聞いた。
「聞いたところでは、魔法使いによってその力は色々らしいが、最近人間をたとえば猫に変えることもできることが分かったよ」
と、ディポックはリドス連邦王国のリイル・フィアナ提督と司令室の猫のことを思い浮かべて言った。
「本当か?そんなことができるなんて、信じられない」
「そのうち分かると思うよ」
と、ディポックは言った。
ガンダルフの五大魔法使いの一人、大賢者と言われるレギオンは、自分の古巣に戻ってきたことを実感していた。
ヘイダール要塞は百年前に造られたものだが、その遥か以前からこの辺りの宙域にレギオンは自分の城を作って住んでいた。レギオンはこの宙域の重要性についてよく知っていたからである。この辺りのジャンプ・ゲートはいつも監視していなければならないのだった。
ヘイダール要塞が建設された時、レギオンは自分の城をその中にそのまま嵌め込んだのだ。同じ宙域でも別の次元に造られた城は、要塞と同時に存在することも可能なのだった。もちろん要塞自体はヤム・ディポックが存在して初めてその力を発揮できるようになるのだが、それまでは彼が要塞を管理及び監視していた。
要塞に被さって存在するレギオンの城は巨大で、部屋数も数限りなくあった。
天井の高いその大広間は少々薄暗かったが、大きめの暖炉が作られており、その前に暖かそうな毛皮が何枚も広げられていた。ここが、レギオンの寝室である。石造りの巨大な暖炉ではぱちぱちと火の爆ぜる音がして、その色と光が安心を生みだしていた。
他に、古い書物が山のようにある書斎があった。その書庫にはふたご銀河のあらゆる文明の本が収蔵されていた。そこにはガンダルフの最初の魔法文明の頃の書物もあると言われている。ジル星団の各文明の古書だけでなく、そこにはロル星団の古書も含まれている。ロル星団のかつての文明の書物はかのダルシア帝国にもないと言われているものだ。
そして、大賢者の趣味である料理をする台所がいくつかあった。種族によって、使われる鍋も器具も様々なので、それにあったものが作られているのだ。最近作られた台所は、銀河帝国と新世紀共和国のものである。
よく使われる客間は書斎のとなりにあり、様々な種族や文明の椅子が置かれていた。
レギオンの城には他にも多くの部屋があったが、そのすべてがいつも使われるわけではない。必要に応じて使われ、使われないときは部屋としての空間は閉じられていた。そして、どの部屋もかなり大きなものだったが、窓がないのが特徴だった。
レギオンの城の入り口はいくつかあり、その一つが要塞に造られた人口庭園に繋がっていた。他の入り口は、レギオンだけが知る呪文で場所を選んで開く扉だった。
163.
「なんて言ったの、兄さま?」
と、サンシゼラ・ローアン――アリュセア・ジーンが聞き返した。
相手は銀河帝国の大逆人であるオルフ・オン・ダールマン提督だった。だが、サンシゼラ・ローアンにとって、顔は違ってもかつての兄であるレオン・ローアンなのだ。
「サン、心配なんだよ。こんなところにいないで、私の所へ来ないか?」
と、レオン・ローアン――オルフ・オン・ダールマン提督は言った。
そこは、リドス連邦王国のバルザス提督が使用を許可された宿舎の部屋だった。他の部屋にはリドス連邦王国の者だけでなく、ナンヴァル人やナッシュガルのような海賊までいるのだ。
アリュセアの三人の娘たちが、この二人を不思議そうに見ていた。今日初めて、母親に兄がいることを知ったのである。彼女たちにとっては伯父に当たるというのだ。以前には母に弟がいると聞いていたが、その人物はタレス連邦にまだいるのだった。
「心配って何のことかしら?」
と、サンシゼラ・ローアンは言った。
「借金のことだ。十億タレスダル必要なのだろう」
と、レオンは言った。
「ディラント、そうだわ、彼に聞いたのね」
と、サンシゼラは言った。ディラントというのは、バルザス提督のことである。
「何か他に当てでもあるというのかい?」
と、レオンは言った。
「それは…、ないけど…」
サンシゼラ・ローアンは躊躇っていた。彼女にとってレオンは信頼のできる実の兄だが、アリュセア・ジーンにとっては赤の他人だった。以前、銀の月が呪文を使って彼女の昔の記憶を蘇らせてしまったので、目の前にいる人物が誰であるのかわかっているが、アリュセア本人にとっては、すぐ兄だと思えるはずもない。
「それなら、私に任せてほしい」
と、レオンは言った。
「でも、十億タレスダルというのは、そんなに簡単に手に入る額じゃないわ」
アリュセアの知識で考えて、一国の艦隊を預かる提督といえども簡単に払える額とは思えない。国の予算とまではいかないまでも、例えば地方都市の予算に匹敵する額なのである。
「サン、君は何の心配もいらないよ」
と、レオンは安心させるように言った。
「でも、今度は兄さまがお金を借りなければならないのでしょう?そんなこと賛成できないわ。それなら、タレス連邦の政府の言う通りに、ここで仲間のスパイをするのがいやなら、国に戻って政府の仕事をすればいいのだし…、その方がいいわ」
と、サンシゼラ・ローアンは言った。どちらにせよ仲間を裏切ることになるが、少なくとも仕事の選択はできるのだと思っていた。これは、アリュセア・ジーンの意見でもあるのだ。
「いけないよ。そんなことをしたら、君の娘たちの将来がだめになってしまうじゃないか」
と、レオンは言った。
「ダメになるって、どういうこと?」
と、サンシゼラは不安そうに聞いた。
「今、君はどちらなのかな?」
と、レオンは聞いた。
「私は、サンシゼラよ。でもアリュセアも一緒にちゃんと聞いているわ。判断するときは、アリュセアの意見を優先させる約束なの」
と、サンシゼラ・ローアンは言った。
「それなら、言わせてもらうよ。君の娘たちは何のために、科学者の父親と君の間に生まれたのか、わかるかい?」
と、レオンは優しく聞いた。
「わからないわ」
アリュセアはそんなこと考えたこともなかった。タレス連邦では、そのようなことを考えるような知識も習慣もない。それは、サンシゼラにとっても同じだった。
「娘たちは、本来タレス連邦で育ち、しっかりと学んで科学者となって人間種族の科学技術を発展させるために生まれて来たんだ。それが、政府のスパイになってしまっては、その肝心の使命が果たせなくなってしまうだろう」
レオンはまるで、本人たちから聞いてでもいるようにはっきりと言った。傍で聞いている、娘たちは、そのレオンの話に、ぎょっとして顔を見合わせた。そんなこと彼女たちも考えたことはないのだ。
「科学者になるですって?まだこの子たちは子供なのよ。将来何になるかもわからないわ」
と、サンシゼラでもあるアリュセアは反論した。
「いいや、この子たちは生まれる前に自分の将来をちゃんと決めて出て来たんだ。つまり科学者として成功するためにね」
と、レオンは当然のことのように言った。
「どうしてそんなことがわかるの?」
と、娘たちも話の中に入って来た。
「そうだな、ライアならわかるかな…」
と、レオンは言った。
「ライアですって、それはライアガルプスのことかしら?」
と、サンシゼラは言った。ライアガルプスはダルシア帝国の元皇帝だった、竜そのもののダルシア人である。
「そう、彼女も君の中にいるだろう。彼女に聞けばわかる」
と、レオンは言った。
銀河帝国艦隊の上級大将であり提督であるアルトラス・ヴィルは、リドス連邦王国の提督であるリイル・フィアナが部屋の外へ出ていくのへ、
「どこかに行かれるのですか?」
と、聞いてみた。
「ちょっと、野暮用でね。あなたは、この部屋にいて頂戴。何しろ、銀河帝国とこの要塞にいる人たちは敵対しているのでしょう?私と離れた場合は、あなたの安全は保障できないから…」
と、リイル・フィアナは言った。
「でも、提督、我々が出てしまうと、彼一人になってしまいます」
と、副官のツインズ・グインが言った。
「大丈夫よ。ここには彼の艦隊もいるのだから。誰もいなくなったら、彼の艦隊を誰が面倒をみるの?」
「ですが、…」
と、心配そうにしたが、上司であるフィアナに押し切られて、ツインズ・グインはリイル・フィアナと一緒に出掛けて行った。
二人が言ってしまうと、
「不用心だな…」
と言いつつ、試しに扉に近づいてみた。
扉は開かなかった。
これは、魔法なのだろうか?それとも、鍵を掛けられたのか、とアルトラス・ヴィルは思った。
この要塞はもともと銀河帝国が建設したものなので、要塞の設備については専門家ではないものの多少の知識はアルトラス・ヴィルにもあった。
扉の横の壁を慎重に上から下へ見ていくと、ホンの少し色の変わった場所があった。そこを触ると、下の方にスライドした。中をよく見ると、取手が見える。それは、扉を手動であける装置だった。
まず、扉に耳を張り付けて外の様子を窺った。音は聞こえなかったし、人が歩いている気配はなかった。素早く先ほどの取手を引くと扉が開いた。すぐに外を見て、誰もいないことを確かめると、スライドした壁を戻して、外へ出た。
アルトラス・ヴィルは自分の姿が魔法で変えられていることを知っていた。だから、要塞の会議に出ていた者以外なら、出会っても彼が誰であるかわからないはずだった。もちろん、リドスの魔法使いに会わなかった場合の話だ。それに、この要塞に以前に何度か来たことのある彼にとっては、その構造をしっているので何かを探るのには有利であることは確かだった。そして彼は今、見た目にはリドス連邦王国の軍服を着た士官に見えるはずだった。
最初に向かったのは、宇宙船の駐機場である。
駐機場の警備兵は、アルトラス・ヴィルを見ても特に表情を変えたりはしなかった。そこで彼は、駐機場にある宇宙船を大胆に見て歩いた。
駐機場には、元新世紀共和国の艦船が多く駐機されていた。それはヤム・ディポック提督が元新世紀共和国首都星ゼンダを出た時に、一緒に連れて来た艦隊の艦だと思われた。また、駐機場には見たこともない船もいくつかあった。船腹に描かれている紋章が見たこともない図柄であることが印象的だった。おそらくそのどれかがリドス連邦王国の紋章なのかもしれない、とアルトラス・ヴィルは思った。
164.
「あら?あなたは?」
と、声がした。
アルトラス・ヴィルはドキッとしたものの、心の動揺を押し隠してゆっくりと振り返った。するとそこに、先の会議室で見かけた女性が立っていた。
「こんなところで何をしているのかしら?」
と、タリア・トンブンは言った。
タリアは、アルトラス・ヴィルが魔法で変えられている姿を覚えていたのだ。
「リイル・フィアナ提督はこのことを知っているの?」
と、少し大きめの声で脅すようにタリアは言った。
アルトラス・ヴィルは何と言おうかと躊躇っていた。会議で見たこの女性は、彼が銀河帝国の軍人であることを知っている。つまりこの要塞の司令官であるヤム・ディポックの敵側の軍人であると知っているのだ。
「何も言わないところを見ると、黙ってうろついているというわけね…」
と、タリアは断じた。そして、
「別に、要塞の警備兵に突き出したりはしないわ、安心して頂戴。あなたも何か知りたいのでしょうし…。でも、ここにはあなたが知りたいような秘密はないと思うけど」
と、言った。
「そうでしょうか?」
と、やっとアルトラス・ヴィルは言った。
「そうだわ、こんなところを嗅ぎまわるのなら、私が教えてあげるわ。この要塞のことをね…」
と、タリアは悪戯っぽく言った。
ちょうど昼食時になっていたので、タリア・トンブンはアルトラス・ヴィルを伴っていつも利用している一般兵士の食堂へ行った。そこで二人分の昼食を持って、あまり他の人が座っていない隅の方の席へ行った。
「ここは私達タレス人が、要塞の人たちに提供してもらっている食堂なのよ」
と、タリアは昼食に付いて来たお茶を飲みながら言った。
「タレス人?新世紀共和国に、タレスという惑星や政府はあったかどうか記憶にないのですが…」
と、アルトラス・ヴィルは言った。彼にとってはまだタレス連邦と言う名は聞いたことはなかったのだ。
「タレスは、ジル星団の政府なのよ。私たちはタレス連邦からここへ、亡命してきたの」
「ジル星団というと、あの新しく発見されたふたご銀河のもう一つの星団ですか?」
と、アルトラス・ヴィルは言った。ジル星団という名だけは帝都を出る前に聞いたことがあった。
「亡命というと、何があったのですか?」
と、アルトラス・ヴィルは聞いた。ふたご銀河の状況については、彼は何も知らなかった。
「私たちは、政府に迫害されたの。それで出て来たのよ」
と、タリアは言った。
「なぜです?」
「特殊な能力を持っていたからだわ」
「特殊な能力というと?」
アルトラス・ヴィルは、タリアの話に興味を持った。
「そうね、例えば、TPつまりテレパシー、それから念力や瞬間移動、透視能力、予知や予言、他にも色々あるわ。もっとも、私たちは特殊能力を持っていてもそれを何かに使えるほど訓練されてはいないけどね…」
と、タリアは正直に言った。
アルトラス・ヴィルは瞬きをして、
「ええと、本気で言っているのですか?」
と言った。
「あら、あなた、あなたの仲間が猫になったのを見たでしょう?あの魔法を見た後でも、そんなことを言うの?」
と、タリアは言った。
タレス連邦の一般の市民にとって特殊能力を持つ者がいるので、それは信じていても、魔法などは見たことがない。それでもあるだろうとは思っている。その魔法を真近で見たのに、特殊能力は信じないというのは変だとタリアは思った。
その答えに困って、
「では、特殊能力と魔法とはどう違うのです?」
と、アルトラス・ヴィルは聞いた。
「そうね、私も詳しくは知らないの。でも、例えば念力というのは、多かれ少なかれ誰でも持っている力だと言うわ。魔法と言うのはその念力を使って色々なことをすることね。呪文を使って…」
と、タリアは言った。
「とすると、リイル・フィアナ提督は魔法使いなのですか?」
「そうね、確かあの人は、魔法使いとは少し違うわね。ガンダルフの出身だけれど、ガンダルフというのは今リドス連邦王国の首都星なの。あの人は元々古代ガンダルフにいたアルフ族の末裔だと言うことだわ。アルフ族は光の魔法を使う種族の一つで、大昔、そうね何百万年も前にロル星団からジル星団に移住してきたと聞いたことがあるわ」
と、タリアは言った。
そんなタリアを見て、アルトラス・ヴィルはため息を付いて言った。
「私は、そんな何百万年も前のことに興味はありません。今現在のことを聞きたいのです」
どこかでそんな話を聞いたことがある、そうだ誰かがおなじようなことを言っていた、とタリアは思った。そして、
「でも、今現在は、過去とも繋がっているのよ。突然現代が現れたわけではないのですもの…」
と、言った。今を知るには、やはり過去のことを知ることが大切なのだ。
「昔、つまり古代には宇宙船などないのですから、そんな時代の伝説のことを言われても…」
と、アルトラス・ヴィルが言うと、
「あら、違うわよ。古代になるほどふたご銀河には強力な魔法使いがたくさんいて、この宇宙を宇宙船なしで、魔法を使って移動していたのよ」
と、タリアは当然のように言った。
その話に、アルトラス・ヴィルは再びため息をついた。とても理解できない。いくら魔法を目の前で見ても、そこまでできるとは思えないのだ。帝国によくある子供用の絵本や童話にだって、魔法を使ってよその星に行くなどと言う話はない。精々、地上の別の土地へ魔法で飛んで行くとかいう話だ。
「それなら、あなたの理解できる話をしましょうよ。何がそんなに知りたいの?」
と、タリアは言った。
「オルフ・オン・ダールマン提督のことを知りたいのです」
と、アルトラス・ヴィルは単刀直入に聞いた。それが一番知りたいことなのだ。
「あら、レギオンのことを聞きたいのね」
と、タリアは言った。
「レギオン?誰のことです、それは…」
「だから、あなたの言うダールマン提督のことよ。彼はガンダルフの五大魔法使いの一人、大賢者とも呼ばれるけれども、レギオンとも言うのよ」
アルトラス・ヴィルは目が点になった。
「ダールマン提督がなぜ、魔法使いだというのですか?」
と、アルトラス・ヴィルはつい強い口調で聞いた。
「だって、本人がそう言っているわ。それにそれだけの強力な魔法使いだもの…」
と、タリアにとっては至極当たり前のことを言った。
いったい、この人は、いやここは、このヘイダール要塞はどうなってしまったのだろうか、と、アルトラス・ヴィルは思った。
これではまるで、お伽話を今現在紡ぎ出しているようなものではないか。
165.
「タリアじゃないか、こんなところで何をしているんだい?」
と、声がした。
「いやだ、ダズ・アルグ提督、あなたは別の食堂で食事をするのではなかったかしら?」
と歓迎しない声で、タリアは言った。
さすがに上級将校クラスの食堂は一般兵士の食堂とは別になっていた。ただ、ダズ・アルグは提督なのに、たびたび一般兵士用の食堂を使っていたのだ。
ダズ・アルグはタリアの前に座っている人物を見て、立ったまま、
「あんたは、こんなところで何をしているんだ!」
と、詰問するように言った。彼は、例の会議に出ていたので、アルトラス・ヴィルだと気づいたのだ。
「しっ、静かに。騒がないで。他の人に気づかれるじゃない…」
と、タリアは周囲を見回して注意した。
「リイル・フィアナ提督は?」
と、少し声を潜めてダズ・アルグは聞いた。
「さあ、どこかにいるでしょう…」
と、アルトラス・ヴィルは言った。
「なぜ、監視もつけずに要塞を出歩いているんだ?」
と、ダズ・アルグは言った。
「まあ、そこに座ったら?」
と、タリアは言った。
向かいのアルトラス・ヴィルの一つ離れた席に座ると、
「どうしてこんなことをしているんだ、タリア!」
と、ダズ・アルグは低い声だが責めるように言った。
「いいじゃないの。彼だって、知りたいことがあるのよ」
「要塞の秘密を知りたいというのか?つまり、スパイをしているんじゃないか…」
と、咎めるようにダズ・アルグが言った。
「要塞の秘密って言うほどのことが何かあるのかしら?別に秘密じゃないでしょうに」
「それだって、もし帝国に戻って報告されたら、どうなると思うんだ!」
と、さも重大事のようにダズ・アルグは言った。
「何を報告するのよ?要塞に魔法使いがいますって言うの?彼の仲間が猫にされてしまったって?艦隊はリドスの提督の部屋に閉じ込められたって言うわけ?」
と、タリアは矢継ぎ早に言った。
「そ、それは、…」
「あなた方の世界では、そんなことを言ったら、どうなるのかしらね?おそらく、頭がおかしくなったと思うのじゃないかしら?」
「だが、ダールマン提督のこともある」
と、態勢を立て直そうとしてダズ・アルグは言った。要塞としては、帝国で大逆人であるダールマン提督が滞在しているということを知られるのは困るのだ。
「ふーん。ダールマン提督はガンダルフの五大魔法使いの一人、大賢者と呼ばれるレギオンのことだって報告するの?それで、彼には妹が二人いて、姪が三人、甥が一人、それに弟が一人いますというの?」
と、タリアは自分の知っていることを言った。
「ちょっと待て、妹が二人いる?サンシゼラ・ローアンだけじゃないのか?」
と、驚いてダズ・アルグは言った。
「何を言っているのよ。レギオンつまり、レオン・ローアンにはサンシゼラ・ローアンという妹がいるわ。その他に大賢者レギオンには、ガンダルフの五大魔法使いの一人『守り手』と言われるエルレーンのエリンという妹がいるのよ」
と、タリアは言った。
「妹がガンダルフの五大魔法使いの一人なのか?」
と、驚いてダズ・アルグは言った。
「そうよ。他に弟も、甥もいるはずよ。ただし彼らは、五大魔法使いではないけれどね」
アルトラス・ヴィルは、ただただ黙って聞いていた。この二人は、いったい誰の話をしているのだろうか?ダールマン提督について、彼が知っている家族構成とはまるで違っている話だった。
「何でそんなにいるんだ。ダールマン提督について我々も調査をしたが、確か帝国に父親が一人生きているだけだと言う話だぞ…」
と、ダズ・アルグは言った。
そのことはアルトラス・ヴィルも聞いていた。
「帝国ではね。でもリドス連邦王国では、そんなことは関係ないでしょう。彼はガンダルフの五大魔法使いの一人、大賢者であり、レギオンだわ。だからあなたの知っているダールマン提督にはおそらくこれから色々と家族や親せきが増えると思うわ。それだけじゃないわ、確か弟子もいるはずよ」
と、タリアは思い出しながら言った。
「そんなばかなことがあるか、…」
ダズ・アルグにはタリアの話が理解できなかった。なぜ、家族や親せきがこれから増えるのか?
「それは、バルザス提督だって同じよ。彼には妹が一人、弟が一人、息子が一人いるはずよ。その他にあの海賊のナッシュガルたち、彼らは彼の、つまりアゼル・ルマリアの養子だから、彼の子供達ということになるわ」
と、タリアは言った。
「それは、どういうことだ?」
と、ダズ・アルグは聞いた。その話は聞いたことはない。
「アゼル・ルマリアはバルザス提督の過去世なのよ。アゼル・ルマリアが生まれ変わったのがバルザス提督なの」
と、タリアはダズ・アルグでも理解できるように繰り返して言った。
「その、アゼル・ルマリアというのは、どんな人物なんだ?」
と、ダズ・アルグは興味を持って訊ねた。
「彼はね、ゼノン帝国とナンヴァル連邦の間にできたハーフであるナルゼンを育てた人物なの。ゼノンとナンヴァルは仲が悪かったのは知っているわよね。ただ、その時でも、この二つの国に交易はあったのよ。商人は行き来していた。その商人とか、商人でなくても二つの国の中で出会った男女が好きあって一緒になる場合があったの。ただ、ゼノンもナンヴァルもそれを忌嫌っていたの。嫌悪していたの。そのために混血児はできるとすぐに殺されたものだそうよ。それが掟だった。それを見かねて引き取って育てたのが、アゼル・ルマリアだったというわけ」
と、タリアは話した。
「すると孤児院でも経営していたのか?」
と、ダズ・アルグは言った。
「似たようなものね。ただ、それは非常に危険な行為だった。ゼノンもナンヴァルもナルゼンを見ると殺すのが当然だと考えていたから、普通の場所で育てることはできなかった。だから、あのナッシュガルの要塞が作られたのよ」
「それじゃ、あの海賊の要塞は、以前は孤児院だったというのか?」
「そうよ。あの要塞が海賊になったのは、アゼル・ルマリアが亡くなってから。暮らしていくことができなくて、海賊を始めたと言われているの」
タリア・トンブンとダズ・アルグは自分たちの話に夢中になって、アルトラス・ヴィルのことを忘れてしまっていた。
コドル・ペリウスの店で通信機を使っていた男が、タリア・トンブンとダズ・アルグとリドスの士官がいる方を食事をしながら見ていた。彼らの話が切れ切れに聞こえてくるのだ。興奮してはいるが、時折気づいて声を潜めるから、全部聞こえてはこなかった。
だが、なかなか面白い話をするものだと思って聞いていた。ホントかどうかわからないが、中でも、ダールマン提督がガンダルフの五大魔法使いの一人、大賢者とも呼ばれると言うくだりは、何かの物語を聞いているようだった。それに、バルザス提督がアゼル・ルマリアとかいう人物の生まれ変わりと言う話は、さらに妙な話だった。
彼らの話に耳を傾けているのは、彼だけだった。まだ食堂にはそれほど人は多くない。これから混雑して来ようと言う時間帯なのだ。
「バルコ・ノウエイン、ここにいたのかい?」
と、彼の上司にあたるノルド・ギャビが言った。彼も食事に来たのだった。そこで探していたバルコ・ノウエインを見つけたのだ。
「何でしょう」
と、バルコ・ノウエインは言った。
「食事をしているところ悪いが、仕事だ。急ぎでデータを処理してほしい。これまで君をさがしていたんだが、見つからなかったのでね」
と、ノルド・ギャビは携帯用の記憶機器を渡して言った。
「すみませんでした、今日は早めに食事を取ろうと思ったので…。でも食事はもう終わりましたから、すぐに始めます」
と、バルコ・ノウエインは言った。
ノルド・ギャビは少し離れたところにいるダズ・アルグに気づいて、
「あれは?何だ、ダズ・アルグじゃないか、こんなところでなにを…」
と、途中で言葉を切った。彼も、アルトラス・ヴィルがいることに気づいたのである。
「どうかしましたか?」
と、バルコ・ノウエインは言った。
「いや、何でもない」
と言うと、ノルド・ギャビはバルコを急かして行かせた。
残ったノルド・ギャビは一般兵士用の食堂で、ダズ・アルグたちが話をしている席から少し離れて席を取った。
ノルド・ギャビが見ているのは、タリア・トンブンとダズ・アルグの話に呆れて黙っているアルトラス・ヴィルだった。彼は銀河帝国艦隊提督であり、階級は上級大将にあたる。
166.
その部屋の中ほどに、丸いボール程の明かりの球があった。その球から、
「フォーズとナッシュガルは失敗した…」
と、ゼノン語で声がした。
その部屋がどの部屋であるかすぐにはわからなかった。リドス連邦王国の惑星連盟大使チャーミー・ユウキは、部屋の天井付近から、下を眺めている感じだった。
球はゼノン人の使う通信機器で、特に宇宙空間用の光速通信に用いられていることは、チャーミー・ユウキことガンダルフの五大魔法使いの一人である、女賢者とも言われるフェリシア・グリネルダは知っていた。
宇宙都市ハガロンにおけるゼノン帝国の惑星連盟大使ボルドレイ・ガウンは、母国の宰相ハルガッカ・ドルンストと話をしているのだった。
フォーズとナッシュガルは共にジル星団の宇宙海賊として知られている。その二つの海賊がヘイダール要塞を襲撃して、その占領に失敗したというのである。
「了解いたしました。宰相閣下、では、次の次第は?」
と、ボルドレイ・ガウン大使が聞いた。
「あの連中は計画に失敗したが、ずうずうしく褒美、いや褒賞金を取りにお前の所に必ず現れるだろう。そこを、うまくやるのだ。まもなくオヴァン・ルウ・ギルト子爵を乗せた艦隊がハガロンに着く。艦隊のなかに我がゼノン帝国でも一流の科学者を乗せているはずだ。彼らが、ハガロンのダルシア艦隊を動かせるようにすることになっている。そのダルシアの艦隊で、海賊どもを全滅させるのだ。そうすれば、新しいダルシアの主として、オヴァン・ルウ・ギルト子爵の声望が高まり、後継者として安泰になる」
と、宰相ハルガッカ・ドルンストが言った。
「なるほど、それは面白うございますな」
「それを見られぬのが残念であるが、今回の失敗を挽回し、チャンスに変える方法としてはまずまずであろう」
「左様でございますな」
「我らがダルシアの艦隊を動かせるところを見せれば、すぐにもヘイダール要塞へ惑星連盟の艦隊を派遣することができよう」
ヘイダール要塞に惑星連盟の艦隊を派遣することを決定したのだが、色々と難癖をつけて古い国々が艦隊を派遣することを先延ばしにしているのだ。
「確かに、なかなか動かぬ古い国々もそれを見れば、我々に組することを考えるようになることでしょう」
「では、くれぐれも失敗無きようにやるのだ」
「了解いたしました」
通信が終わると、球の明かりが消えて暗くなった。
チャーミー・ユウキ大使は自室の寝台で目を覚ました。
(海賊がヘイダール要塞を襲撃した件については、聞いています。そのことに、ゼノン帝国が関わっているとなると、もしかしたらナンヴァル連邦も関わっている可能性があるということね…)
と、チャーミー・ユウキは思った。これは、容易ならざる傾向だった。あのナンヴァル連邦がゼノン帝国側についたのだ。これには、あの新しいナンヴァル連邦の調整官が関わっていると考えた方がいい。
(でも、海賊の組織はフォーズとナッシュガルという二つだけが関わったのでしょうか?)
と、ハガロンの中枢脳は言った。
(あともう一つ、バンガードボン連合は加わらなかったようね)
(変ですね。ああ言う海賊連中はこのような話などは、すぐに仲間内に広がります。知らないわけはありますまい)
(知っていて動かなかったのか、それとも知らなかったのか。でも、このままだと、海賊はバンガードボン連合を除いてみな壊滅するかもしれないわね)
(しかし、ゼノン帝国が、本当にダルシア帝国の艦隊を動かすことができるのでしょうか)
と、ハガロンの中枢脳が疑問に思って言った。
(さあ、それはやってみないとわからないでしょうね)
これまでダルシア帝国の技術はジル星団では他の国と比べて、真似できない程抜きん出ていた。だからこそ、五百年の間ジル星団を平和に治めることができたのである。そのダルシア帝国の技術にゼノン帝国の技術が近づいているとは、チャーミー・ユウキにも到底思えなかった。
ゼノン帝国貴族、オヴァン・ルウ・ギルト子爵を乗せてやって来たゼノン帝国艦隊は、宇宙都市ハガロンの駐機場に入りきらずに、外の宙域に浮かんでいた。
「ゼノン帝国艦隊が随分きているな。何をするつもりなのだ?」
と、宇宙都市ハガロンに住む商人たちが不安そうに噂をしたものだった。
それでなくても、このところダルシア帝国の影響が無くなった所為で、ゼノン帝国の連中の横暴が目立ってきたのである。それは、かつて五百年前にダルシア帝国とナンヴァル連邦が盟主となって惑星連盟を作った頃を彷彿とさせるものだった。
リドス連邦王国の惑星連盟大使である、チャーミー・ユウキは、惑星連盟議会の一般席から議長であるマグ・ファルファドール・シャ大使の長い、あまり意味があるとは思えない気取った演説を大人しく聞いていた。
「ナンヴァル連邦も人材が枯渇してきたようね」
と、チャーミー・ユウキは小さな声で漏らした。彼女の目には、惑星連盟の議長もゼノン帝国のオヴァン・ルウ・ギルト子爵もその心根の不具合が顔に出ており、あのマグ・デレン・シャのような神々しい光を身に付けていないのが明らかだった。
惑星連盟議長は、ゼノン帝国のオヴァン・ルウ・ギルト子爵がダルシア帝国を継承することがどのように正当であるかを演説していた。
「ただの人間族であり、しかもどこの者とも知れぬ、タリア・トンブンなどというふざけた者にダルシア帝国を継承させることは不当、不正義であります。ダルシア帝国を継ぐ者は、正当なる竜族に連なる由緒正しい者がふさわしいでしょう。ゼノン帝国のオヴァン・ルウ・ギルト子爵閣下は、その点でも十分その資格はあります…」
ダルシア帝国の後継者候補と惑星連盟に招請された、ゼノン帝国のオヴァン・ルウ・ギルト子爵は、その演説をさも当たり前のように議長席の前で座って聞いていた。その隣に座るゼノン帝国大使ボルドレイ・ガウンが家来のように見える。
「あれが、ダルシアのアプシンクス皇女をさらった海賊の末裔なのね…」
と、チャーミー・ユウキは小声で言った。
「公爵令嬢、お静かに…」
と、副官のエンドリン・スランス中佐は小さな声で注意した。
そして、惑星連盟議長マグ・ファルファドール・シャは続けた。
「もちろんそれだけではありません。ゼノン帝国はダルシア帝国の艦隊を動かすことができるのです。今、ジル星団にとって、ダルシア帝国の艦隊は大変重要なのです。あの戦争好きなロル星団の連中の新しい帝国が襲来するかもしれないときに、主のない艦隊は動かすことができません。ですが、これを動かすことができれば、我がジル星団の国々は安泰です…」
ゼノン帝国は自分たちがそのロル星団の新しい帝国である銀河帝国と国交を始めていることをおくびにも出さなかった。だが、惑星連盟の他の諸国も同じく銀河帝国へ親善大使を派遣するなどしているので、それは周知のことだった。
表向き惑星連盟の諸国はゼノン帝国よりも、銀河帝国に脅威を感じているように見えた。ロル星団の新世紀共和国を降して併合した勢いのある銀河帝国は、ゼノン帝国よりも危険になる可能性があったのだ。しかも、銀河帝国は人間族の帝国である。様々な種族が混在するジル星団とは違い、彼らは人間族だけの帝国なのだった。
従って、ダルシア帝国が無主の国であってはならないのである。ジル星団の中の誰かが主となって、無敵のダルシア帝国艦隊を蘇らせなければならないのだった。それには、やはり竜族である、ゼノン人かナンヴァル人が相応しいのだ。
惑星連盟の会議が終わると、
「ああ、疲れた。あんなつまらない演説を聞かされるなんて、重労働だわ…」
と、チャーミー・ユウキは零した。
「姫、こちらに惑星連盟議長閣下が来られます」
と、エンドリン・スランス中佐が耳打ちした。
惑星連盟議長は、高い背をますます高くして、ゆっくりと歩いて来た。
「これは、リドス連邦王国の大使でしたな…」
と、鷹揚な態度でマグ・ファルファドール・シャ議長は言った。
「議会での演説、誠にあなたさまに相応しいものでした」
と、チャーミー・ユウキは評した。
「誠に、正当な評価と存ずる」
と、マグ・ファルファドールは鷹揚に言うと、
「あなたにダルシア帝国の継承者を引き合わせましょうぞ」
と言って、オヴァン・ルウ・ギルト子爵を招いた。
「こちらは?」
と、オヴァン・ルウ・ギルトは相手が人間族と見て、冷ややかな視線を浴びせた。
「リドス連邦王国の大使、チャーミー・ユウキと申されたかな?」
と、マグ・ファルファドールは紹介した。
「ほう、リドス連邦王国はまた若い者を大使とするのですな」
と、まるで自分の方が高位にあるとでも言うように、傲慢な態度で言った。
「ダルシア帝国の新しい継承者にお会いできて、うれしいことです。子爵閣下は、ダルシア帝国の継承者に相応しい御方のようでございますね…」
と、チャーミー・ユウキはにこやかに言ったが、その目は笑っていなかった。
会議の後、惑星連盟の議長とオヴァン・ルウ・ギルトは儀式として宇宙都市ハガロンに駐機している、ダルシア帝国の艦に行き、その駐機場から艦を出し、また入れるというデモンストレーションをすることになっていた。未だ正式な宣言はなされていないが、ダルシア帝国の艦を動かせれば、オヴァン・ルウ・ギルトはダルシア帝国の継承者としてふさわしいということが周知されると考えられていた。
ゼノン帝国ではオヴァン・ルウ・ギルト子爵を送り込んだ艦隊に、国でも最高の技術者を乗せ、ダルシア帝国の艦を調査していた。何しろ、ダルシア帝国の本物の艦を扱うのは、初めてなのだった。もちろんゼノン帝国ではかなり前からこの時のために、様々な準備をしていた。その中で最も重要なのは、いかにダルシア帝国の艦を動かせるかということだった。それはダルシアの技術の解明なくして、不可能なことだった。その成果が一応のレベルに達したと判断したので、今回の挙にでたのである。
ダルシア帝国の亡きコア大使は正式な後継者を指定していたが、それが人間族の者ということが、惑星連盟の竜族の国であるゼノン帝国とナンヴァル連邦での支持を受けられない理由だった。なぜなら人間族であれば、とうていダルシアの艦を動かすことはできまい、という理由である。
ダルシア帝国の艦隊はジル星団、いやふたご銀河最強の艦隊であると言われている。従って、ジル星団を守るのはダルシア帝国の艦隊なのである。それを動かせなければ、とうていダルシア帝国の継承者として認められないというのが、惑星連盟に集った者たちの同意事項だった。
ヘイダール要塞でダルシア帝国の艦隊が動くのを見たのは、ゼノン帝国とタレス連邦の艦隊である。だが、彼らはそれを動かしたのはタレス人のタリア・トンブンではなく、かのガンダルフの五大魔法使いの『銀の月』だと考えているのだ。その知識や魔力から言って、そう考えるのが妥当だというのだった。それにその方が彼らにとって都合がいいのである。
ただ、オヴァン・ルウ・ギルトが実際にダルシア帝国の艦隊を動かすことができなければ意味がない。惑星連盟でダルシア帝国の艦隊を動かせれば、それは決定的となる。
しかし宇宙都市ハガロンの惑星連盟は、すでにタリア・トンブンがダルシア帝国へ行き、留守を預かるダルシアンという中央脳が彼女を後継者として認めたということは知らなかった。
惑星連盟の大使たちは会議が終わると、皆ダルシア帝国の駐機場へと移動した。
「どう思いますか?」
と、エンドリン・スランス中佐が聞いた。
「さあ、どうなるかしらね。ゼノン帝国の実力を見せてもらいましょう」
と、チャーミー・ユウキは言った。
「しかし、もし、動いたらどうします?」
「そうなったら、ゼノンの科学技術を見直すしかないわ。ただ、どちらにしても、ダルシアの艦を動かしたくらいでは、本国のダルシアンを納得させることはできないけれどね」
わくわくしないと言えばうそになる。このデモンストレーションの場になるダルシア帝国の駐機場は、多くの見物人でごった返していた。すでに噂は宇宙都市ハガロン中に広まっていた。
167.
ヘイダール要塞の司令室に戻ったノルド・ギャビは、ディポック司令官のデスクの籠の中にいる猫を見た。猫は眠っているように見えたが、起きているかもしれない。狸寝入りをして、司令室の中の会話に耳を澄ませていると考えた方がいいだろう、と彼は考えていた。
「やあ、珍しいね。こんな時間に来るなんて…」
と、ディポックは言った。デスクの上には猫の籠だけではなく、退屈しのぎに読む本やパズルなどが置いてあった。
「ちょっと、面白いことを耳に挟んだんでね」
と、ノルド・ギャビは言った。そして、ディポックにだけ見えるように片目をつぶって見せた。
「へえ?どんなことかな?」
と、ディポックは聞いた。
「食堂で、タリアがダズ・アルグと話をしていたんだ」
と、ノルド・ギャビは言った。そのそばにアルトラス・ヴィルがいたことは伏せていた。
「何を話していたんだい?」
「ガンダルフの五大魔法使いのことさ。『大賢者』レギオンと『銀の月』の話だ」
ノルド・ギャビは魔法使いの通り名で言った。それが誰であるかは、猫に知られないように気をつけたのだ。
「ふーん、それで?」
と、ディポックは話に乗って来た。
「二人とも、リドス連邦王国には家族と呼べる者が何人かいるようだ」
「というと?」
「例えば、弟とか妹、それに甥とか息子とかだよ」
「うーん。とすると、やはり、昔弟だったり、妹だったりしたということかな?」
と、ディポックは言った。
タレス人のアリュセア・ジーンが昔、銀の月の妻で、大賢者レギオンの妹だということはわかっていた。
「たぶん、そうだろう。銀の月はまだ帝国に親族がいるようだが、大賢者レギオンの方は確か、父親が残っているだけだということだからな」
と、ノルド・ギャビは言った。
帝国と言う言葉に、猫が目を開けた。そしてあくびをすると、話をしている二人を見上げた。
「おや、起きちゃったかな?」
と、ディポックは言った。人間の姿だと邪魔な気がするが、猫の姿だと可愛くて、何となく言葉遣いも変わってしまうのが自分でもおかしかった。
「ニャア、…」
と、猫はひと声鳴いた。
猫はもちろん、普通の猫にしか見えなかった。だが、本当はウルブル・フェルラーという銀河帝国の軍人なのだ。
「そうだった、君は知らないんだね。ガンダルフの五大魔法使いのことを。大賢者レギオンと呼ばれるのは、オルフ・オン・ダールマン提督のことだ。銀の月というのは、ベルンハルト・バルザス提督のことなんだ…」
と、ディポックは猫に親切に説明してやった。
ノルド・ギャビは、せっかくそのことを言わずに済ませようとしたのに、ディポックに言われてしまったので、
「そんなことを言ったって、こいつに理解できるのか?」
と、慌てて言った。
「でも、本人は魔法を掛けられて猫になっているのだから、今更信じないとか言わないだろう」
「しかし、アルトラス・ヴィルの方は信じられないとか言っていたが…。あ、いやその…」
と、ノルド・ギャビはつい口が滑ってしまった。
「というと、アルトラス・ヴィル提督も部屋の外を歩き回っているということかな?」
と、特に驚きもせずにディポックは言った。アルトラス・ヴィル提督が一人で歩き回って、何か有益な情報を得られるかどうか、疑問に思えた。
「まあ、そうだ」
と、仕方なくノルド・ギャビは言った。
「で、タリアとダズ・アルグの話をもっと詳しく話してくれないかな?」
と、ディポックは催促した。
猫も話を聞きたそうに、ノルド・ギャビの方を向いて座りなおした。それで、仕方なく、
「ガンダルフ、つまりリドス連邦王国の首都星ガンダルフの五大魔法使いのことだ。そのうち、今この要塞にいるのは、大賢者レギオンと呼ばれるのはダールマン提督のこと、銀の月はバルザス提督のことだ。大賢者レギオンには、サンシゼラ・ローアンという妹がいるが、他にも妹が一人、弟が一人、甥が一人いるそうだ。で、銀の月には妹が一人、弟が一人、息子が一人いる、とタリアは話していた。アルトラス・ヴィル提督は信じられないといっていたがね」
と、ノルド・ギャビは言った。
「ふーん。すると、その兄弟や親族が、この要塞にやってくる可能性があるわけだ」
「そうかもしれない」
「タリアは誰から聞いたのだろうか?」
と、ディポックは疑問を持った。
「さあ、伝説でもあるんじゃないか?サンシゼラ・ローアン自体二千年前の人だろう。とすると、それらはすべて二千年前の親族じゃないかな」
と、ノルド・ギャビは言った。
「じゃ、例えば、それ以前やそれ以降の親族もいるのかな?」
と、ディポックは興味を持った。
「たぶんいるだろうな。それにアゼル・ルマリアというのは、銀の月の直前の過去世だという話だ。つまり、ベルンハルト・バルザスとして生まれる前はアゼル・ルマリアだった。彼は確かたくさんの孤児を育てたと言ってなかったか?」
「すると、バルザス提督はジル星団にたくさんの子供がいることになる。まあナルゼンというゼノン人とナンヴァル人の混血だと言っていたから、血の繋がっていない子供になるがね」
と、ディポックは言った。
猫は何度も瞬きをして、
「ニャア」
と、鳴いた。
「司令官、要塞に接近してくる艦があります」
と、通信員が言った。
「どこの艦だい?」
と、ディポックは聞いた。
「今、誰何しています。ええと、リドス連邦王国の高速艦だと言っています」
「リドス連邦王国から?」
と言って、ディポックはノルド・ギャビと顔を見合わせた。今リドスのことを話していたところだ。
「スクリーンに出ます」
スクリーンに若い士官の姿が映じた。まだ十代くらいに見える。
「私は、リドス連邦王国第六王子クルギ。そちらに、レギオンと銀の月がいるでしょうか?」
「私は、この要塞司令官のディポックです。二人ともいますよ」
と、つい砕けた口調で言った。
けれども、相手はそのことを気にすることなく、
「そうですか、よかった。実は急ぎの要件で来ました。ヘイダール要塞に入港を許可していただけますか?」
と、丁寧な言葉遣いでリドスの若い王子は言った。
「わかりました。許可します」
と、ディポックは言った。
「司令官の判断に、感謝します」
と、王子は言った。
スクリーンが元に戻った後、
「リドスの王子が来るのは、初めてだな。本物かな?」
と、ノルド・ギャビは言った。
リドス連邦王国から女王夫妻を始め王族と称する連中が色々とやって来るが、彼らが本物であるかは、実はわからなかった。リドス連邦王国の艦隊に属しているバルザス提督やナンヴァル人のマグ・デレン・シャが本物だと言っているにすぎないのだ。もしこれが、大掛かりな詐欺だとしたらどうなるのだろう、とノルド・ギャビは考えてしまうことがあった。
「王女達と違って、普通の人間のように見えるが、やはり魔法を使ったりできるのかな?」
と、ディポックは言った。
少なくとも、宇宙を行くのに宇宙船を使うことは確かだ。王女たちは宇宙船が要らないようだが、とディポックは思った。
駐機場にはいつの間にか、ダールマン提督とバルザス提督、それにアリュセア・ジーンが来ていた。
リドス連邦王国の第六王子クルギが降りてくると、
「サイアス、よく来たね」
と、バルザスが珍しく満面の笑みで言った。
リドス連邦王国の第六王子クルギは、その昔、サイアスと言う名で惑星ガンダルフにいたのだった。当時、彼はアルディマルド国王とロムアン国女王の弟と言われていた。
アリュセアは何も言わずに、クルギ王子を抱きしめた。そして、
「サイアス、心配していたわ。よく来たわね。私がサンシゼラよ」
と言った。
「姉さま、お会いできてよかった。本当は兄様たちに会いに来たんです」
「挨拶は後にして、本題に入った方がいい」
と、ダールマン提督が言った。
「そうですね、そうします」
と、素直にクルギ王子は言った。
バルザス提督は、はっとしてクルギ王子の後ろの方を見た。それにつられてアリュセア・ジーンもそれを見た。
「まあ、彼は誰?サイアス、あなたが連れて来たの?」
と、アリュセアは言った。
「ええ、そうなんです。それで、兄様たちに重要な話があるんです」
と言いながら、後ろを振り向いて、
「私と一緒に来てください」
と、クルギ王子は言った。そこには、見る限り誰もいないようだった。
迎えに来た三人を加えて、リドスの第六王子と姿の見えないもう一人の人物は、急いでレギオンの城の書斎へと向かった。
168.
レギオンの城は、城の入り口を開ける呪文を知っていれば、どこからでも入れた。
けれども、レギオン本人を加えたバルザスとアリュセアとクルギ王子一行は、一旦バルザスの宿舎に行き、そこから呪文で扉を開けた。
書斎には古い本が山のように積まれていたりしたが、部屋の角に作り付けの椅子がぐるりと囲んでいた。客間もあるが、レギオンは書斎を好んで使っていた。その書斎には、リイル・フィアナが彼女の副官ツインズ・グイン少佐とバルザス提督の副官ドルフ中佐と共に先に来て待っていた。
それぞれが書斎の椅子に座ると、
「一体、何があったんだ?」
と、バルザスが開口一番に聞いた。
「銀河帝国の帝都で、事件がありました…」
と言って、クルギ王子が語り出した。
元々クルギ王子は本国と銀河帝国大使との連絡のために、帝都へ行ったのだが、そこで大変な事件を知ったのだ。それは、皇帝リーダルフ・ゴドルーイン陛下の姉に当たる大公妃殿下の失踪事件だった。
失踪そのものがどうして起きたのか、その理由や原因もわからない事件である。それが次第に、何者かによる拉致ではないかと言われ始めるのに、時間はかからなかった。
帝都の最初の噂によれば、皇帝リーダルフ・ゴドルーインが先の皇帝一族を退けて新王朝を築いたことで、かなり恨みを買ったせいではないかと言われていた。前王朝時代の貴族はかなり衰退したとはいえ、まだ残っていたからだった。前王朝の再興を企む者の仕業ではないかと噂されたのだ。もちろん、そうした動きは少なからずあったからだ。
しかし出所は不明だが、皇帝暗殺を企んだ大逆人であるオルフ・オン・ダールマン提督が生きているという情報がもたらされると、それが一転してダールマン提督の残党が大公妃殿下を拉致したのだという噂に変わった。そのダールマン提督がリドス連邦王国にいるということが分かったのは、それから間もなくのことだった。それが一層、噂に真実味を加えた。
「銀河帝国にいるリドスの大使によると、それが真相だという噂が広まって、大使が帝国の宰相府や元帥府に召喚され、尋問されたということでした」
と、クルギ王子は言った。
噂だけで一国の大使を呼びつけるのはどうかという意見も政府内部にあったが、事が事だけに召喚され尋問を受けたのだ。それには皇帝自身の強い意志もあったのではないかと言われている。
「で、証拠は何か見つかったのか?」
と、バルザス提督は聞いた。
「証拠は最初から何もないのです。大公妃殿下の失踪当時館にいた使用人は、大公妃が消える時に、強い光が光ったということしか覚えていないのですから…」
と、クルギ王子は言うと、
「現在のリドスの大使は公爵家の末子であるリルケ・ユウキです。彼は宰相府や元帥府に召喚されたときに、ダールマン提督がリドス連邦王国にいるのは確かなことだと言ったそうです」
と、続けた。
「それで、ますます疑いが深まったというわけかな?」
と、皮肉な口調でダールマン提督――レギオンは言った。
「そうかもしれませんが、実はもっと大変なことが起きているのです。それは、皇帝リーダルフ・ゴドルーイン陛下ご本人のことです。もしかしたら噂をご存じかもしれませんが、大使が尋問を受けているときに、前王朝の皇帝ゼルグドス・アクバル・ゴドウィンⅧ世が目の前に現れたのです。つまり、私の艦で一緒に来たその方です。そして、彼は大変なことを大使に告げたのです」
と、クルギ王子は誰もいない椅子を振り返って言った。
「何を告げられたのだ?」
と、レギオンは嫌な予感を感じて聞いた。
「皇帝陛下が、『死の呪い』を受けていると…」
と、声を潜めてクルギ王子は言った。すると、振り返った銀の月の目に、クルギ王子の艦から一緒に来た人物が強く頷いていた。
「何だと?」
と、ダールマン提督は眉をひそめて言った。
「それも、かなり強い古代の呪いの呪文です。その方は、つまり今そこにいる方ですが――自分ではその呪いを解くことはできないと告げたそうですし、大使も、自分ではその呪いを解くことは不可能だと言っていました。たぶん、どんな魔法使いでも、ガンダルフの五大魔法使いでさえ、解くことはできないかもしれない、と…」
「どんな呪いだ?死の呪いと言っても、いくつか種類がある。我々の知っているものだろうか?」
と、バルザス提督は気ぜわしく聞いた。
「それは、私ではわかりません。でも、その方の言うことには、おそらくガンダルフの五大魔法使いなら、名前くらいは知っているだろうと…」
と言って、クルギ王子は先ほどと同じ椅子の方を見た。
「するとやはり、アルフ族の『死の呪い』の呪文だろう」
と、バルザスは言った。
ロル星団はかつてアルフ族が住んでいた。今から何百万年も前のことだ。そのアルフ族が属していた文明は、古代のガンダルフのような魔法文明を創造した。その絶頂期には魔法を使って宇宙旅行も可能であったと伝えられている。だが、その文明は一つの呪い、『死の呪い』によって滅びたと言われていた。
「ガンダルフのアルフ族には、『死の呪い』の呪文なんて伝わっていないわ」
と、リイル・フィアナは言った。彼女はアルフ族の末裔だった。彼女の知る限り、『死の呪い』などという呪文は聞いたことがない。
「アルフ族は呪いの呪文をその呪われた祖国に置いて来たのだ。あまりに強力で危険なものなので、二度と使ってはならないと封印したと言われていた」
と、ダールマン提督は言った。その辺の事情は大賢者と言われるレギオンは良く知っていた。
「そのために、どれほどのアルフ族が犠牲になったか知れない」
と、バルザス提督は言った。銀の月である彼もそのことを知っていた。
その『死の呪い』から逃れるためにアルフ族はジル星団へ移住してきたのだった。もっとも、ジル星団の惑星ガンダルフに移住してきた彼らは、光の魔法を使う者たちだった。『死の呪い』を使うのは闇の魔法を使う者たちだったのだ。闇の魔法使いたちは、ジル星団へ移住してはいない。だから、光の魔法を使う者たちは、『死の呪い』というものがあることさえ、後の子孫には伝えてはいなかった。二度と『死の呪い』という呪文を蘇らせないためである。
「でも、今現代の帝都ではその呪文が蘇っているとしか思えません」
と、クルギ王子は前皇帝の言葉を代弁して言った。
「アルフ族がジル星団へ移住してきたことで、母星の魔法は途絶えたと思ったのだが…」
途絶えたと思っていたが、誰かがそれを密かに伝えていたと言う可能性はある。だがそれは、決して蘇らせてはならないものだったのだ。ジル星団の惑星ガンダルフの魔法使い達はそう考えていた。それは、ダルシア帝国の人々も同じ思いだった。
アリュセア・ジーンは黙って話を聞いていたが、『死の呪い』の話になると、彼女の中のライアガルプスが、珍しく息を飲むのを感じた。恐れに近い驚きを、ダルシア人であるライアガルプスが感じたのだ。だからこれがどれほど大変なことか、想像できた。
「誰かが、古代の魔法を蘇らせたのでは?」
と、リイル・フィアナ提督は言った。
「簡単なことではないぞ。あの呪文を使うには、それだけの知識や経験、強い魔力が必要だ。まして、それまで途絶えていた魔法を蘇らせるとは、よほどの者がいるとしか思えんが…」
と、ダールマン提督が言った。彼の知っているアルフ族の闇の魔法使いの名がいくつか頭に浮かんだが、そのどれであるかはわからない。それに、その中にいないかもしれない。まったく別の魔法使いかもしれない。
「もしかしたら、あの大逆事件は、古代の魔法を蘇らせた者が、仕掛けたのではありませんか?」
と、クルギ王子は言った。
「いや、あの大逆事件には、魔法の匂いはしない。匂いがあれば、もっと早く気が付いたはずだ。あれは、多分、どこかの陰謀家が仕掛けたのだろう」
と、ダールマン提督が言った。
「しかし、このままでは皇帝陛下の命はおそらく長くはないでしょう」
と、クルギ王子は言った。
「だが、アルフ族の『死の呪い』は今まで誰も、解除に成功した者はいないのだ」
と、バルザス提督は言った。
「あの、ロル星団の女神と言われるあの方はどうでしょうか?どんな病でも直せるお方だと聞いています?」
と、クルギ王子は言った。
「いや、あの方もこの呪文はどうにもならなかったのだ。これまで、誰もそれに成功していない。だが、それは過去の話だ…」
と、ダールマン提督は言って、何かを考えているように言葉を切った。
その様子を見て、クルギ王子の艦でやって来た姿の見えない人物が目を細めた。何か方法があるのではないかという希望が見えたのだ。
「では、銀河帝国の皇帝陛下は、どうなるのですか…」
と、そのことに気が付かないでクルギ王子は言った。
いつグーザ帝国の侵攻があるかもしれないこの時に、肝心の銀河帝国皇帝が動けないということは、ふたご銀河の防衛にはかなりのダメージになる。皇帝が亡くなれば、さらにもっと困ったことになる。ロル星団は混乱の極みに至るだろうことは、若い王子でも十分推測できた。
いや違う、何か方法はあるはずだ。なぜなら、あのナル・クルム少佐がここにいるではないか、とバルザスは思った。だが、どうやったのだろう。誰かが、『死の呪い』の解除に成功したのだ。それを、ダールマン提督も知っている気がする。
いったい、それは誰なのだろうか。その可能性があるのは……。
「リドスの女王夫妻に相談してみては、どうでしょうか?」
と、リイル・フィアナ提督が言った。
リドス連邦王国の女王夫妻は、遠い銀河からやって来た。ふたご銀河とは違う魔法文明の銀河宇宙から来たのである。そこでは科学技術もかなり発達していたのだ。彼らなら、何か別の方法を知っているのではないだろうか、とリイル・フィアナは思った。
「そうだな。それがいいだろう」
と、珍しくダールマン提督が同意した。
クルギ王子の艦で銀河帝国からやって来た、前王朝の亡き皇帝ゼルグドス・アクバル・ゴドウィンⅧ世は、それを聞いて、確かな希望が得られた気がした。彼がここに来たのは、死してなお、帝国を思う気持ちが強かったからである。それは、新王朝を立てた若き現皇帝リーダルフ・ゴドルーインのことを気遣うことに繋がっていた。彼にとっては王朝の簒奪など、今となってはもうどうでもいいことなのだ。銀河帝国の安泰こそが、重要なのだった。
少なくとも、それだけの縁をこの二人の新旧皇帝は持っていたのだ。
169.
ヤム・ディポック要塞司令官に、リドス連邦王国の第六王子クルギとダールマン提督が会いに来たのは、レギオンの城での話の結論が付いてからだった。
ダールマン提督は初めから、司令室ではなく執務室の方で話したいと言って来た。
「いったい、何事でしょうか?」
と、副官のリーリアン・ブレイス少佐が言った。
「さあ、何の話だろうね」
と、ディポックは首をひねって言った。
リドス連邦王国の王子が高速艦でやって来たというのは、何か重大なことが起きたに違いないとは思っていた。それはいったいどんなことなのか、ディポックも興味を持っていた。
「で、話と言うのは?」
と、ディポックは二人がやってくると聞いた。
「以前、リドス連邦王国の女王陛下が要塞を訪問されたと聞いたが、また女王陛下の訪問を要請したいと考えているのだが、構わないだろうか?」
と、ダールマン提督が言った。
「しかし、何の用で女王陛下をお呼びするのです?」
と、ディポックは聞いた。この間来たばかりなのに、また呼ぶというのはどうなのだろうか、まして相手は一国の元首なのである。
「実は、銀河帝国で大変なことが起きているのだ」
と、ダールマン提督は言った。
「どんなことですか?」
「これは、あまり知られていないことなのだが、皇帝陛下が強力な呪いを掛けられているのだ」
「呪い、ですか?」
と、ディポックは、あまり驚いたところは見せなかった。
「何か噂でも聞いているのか?」
と、ダールマン提督は逆に驚いて聞いた。
「実は、ホランド・アルガイという自由商人から、皇帝陛下が何かの呪いを掛けられているのではないか、という噂があると言うことを聞きました。でも、まさか、ダールマン提督あなたまで、呪いの話をするとは思いませんでした」
と、ディポックは言った。
ジル星団の国々のことなら理解できるが、銀河帝国で呪いを掛けることなど、そんなことをする者がいるとは思えない。童話やファンタジーの中のことならわかる。だが現実にそんなことが起こるとは、ディポックには思えないのだ。
「これは、噂ではない。本当のことだ」
と、ダールマン提督は真顔で言った。
「しかし、呪いと言われても…」
と、困ったようにディポックは言った。
ディポックがあまり理解してないようなので、ダールマン提督は話始めた。
「かつて、ロル星団にはアルフ族という種族がいた。もう数百万年前のことだ。今ではその痕跡すら残っていないが、彼らは魔法に非常に長けていた文明を創っていた。ただ、最後に『死の呪い』という呪文を作ったために滅びたのだ。その『死の呪い』が銀河帝国の皇帝陛下に掛けられていると思われるのだ。この呪いは、これまで誰も解いた者がいない、非常に強力で邪悪な呪いだ」
「つまり、皇帝陛下に呪いが掛けられているのは本当のことだというのですね」
と、ディポックは念を押すように言った。
「そうだ。おそらく、誰かが、アルフ族の作った『死の呪い』と言う呪文を蘇らせたのだ」
と、ダールマン提督は言った。
「誰かが、ですか?あなた方ではないのですか?」
と、ディポックは聞いた。他にそんなことができる者がいるだろうか。
「我々は、そのような闇の魔法を使うことはない。そんなことをすれば、術者もただでは済まないことを知っているからだ」
そのような呪いを使えば自身が穢れ、やがて闇の地に落ちると昔の魔法使いは知っていた。
「闇の魔法?そんなものがあるのですか?とすれば、あなた方の使う魔法は、どんな魔法ですか?」
と、ディポックは興味を持った。
「我々の使う魔法は、白魔法という部類になる。かつて、アルフ族が使った魔法は光の魔法と呼ばれていた。ただ、彼らの中には闇の魔法に落ちた者がいるのだ」
「つまり皇帝陛下に呪いが掛けられていて、その呪いがこれまで誰も解いた者がいないということは、皇帝陛下の命は長くないということですか?」
「そうだ。ディポック司令官は、それを好機と思うのだろうか?」
と、ダールマン提督は言った。
「まさか、私はそんなことは決して思いませんし、望みません」
と、ディポックは明確に否定した。
確かに、銀河帝国の皇帝が死ねば、帝国に併合された元新世紀共和国は自治を取り戻すという可能性が高くなる。だが、それでは銀河帝国はまた混乱状態に陥ってしまうのだ。それこそ、多くの人々が不幸になる。
「だが、いずれこのヘイダール要塞は帝国軍による攻撃を受けるのではないのか?」
と、ダールマン提督は言った。
「確かに、このままいけばその可能性は高いでしょう。だからと言って、皇帝陛下が亡くなれば、帝国はどうなります?私は、帝国がどうなってもいいとは思いません」
この点については、他の仲間が聞いたら人が良すぎると言うだろうとディポックは思っていた。だから、めったに口にすることはなかった。
「本当にそう思うか?それが本当なら、皇帝陛下を助ける方法を考えるということに賛成してくれるだろうか?」
と、ダールマン提督は言った。
「私の方こそ、あなたが、つまり帝国で皇帝暗殺未遂事件を起こして大逆人とされたあなたが、そんなことを言うとは、驚きを禁じえません」
と、ディポックは言った。
ダールマン提督の方こそ、皇帝暗殺未遂事件の首謀者とされ、帝国元帥の地位を罷免され、大逆人という烙印をおされたのだ。その上、征討軍を送られ敗北し、死ぬような憂き目にあったのではないのか、とディポックは言いたかった。そんなことをされて、普通なら恨みに思わない者がいるだろうか?
「その事件は冤罪だ。私はそんなことを企んだ覚えはない」
と、ダールマン提督は明言した。
「しかし、帝都から来た征討軍とあなたは戦ったと言うではないですか?」
「そうだな。若いということは、そういうことだと言えば、わかるかな?」
「いいえ、私にはわかりませんが…」
しばし、ダールマン提督は沈黙した。そして、目を閉じて何かを思い出そうとでもするように、
「オルフ・オン・ダールマンという人物がどんな性格かだが……。確かに野心がなかったとは言えない。ただ、あの時点で、皇帝陛下を暗殺する意思も考えもなかったのは確かだ」
と、言った。
「じゃあ、あの事件が起きたという知らせが来た時、あなたはどうされたのですか?」
と、ディポックは聞いた。
「一言でいえば、頭の中が真っ白になった、と言えばわかるだろうか?考えてもいないことが起きると誰しもそうなるものだ。あとは、三十代のまだ未熟な人間の思考だ。これで、オルフ・オン・ダールマンの人生は終わったと感じたものだ…」
と、ダールマン提督――レギオンはまるで他人事のように言った。
「終わった?でも、まだ帝都へ行って、申し開きをするということはできたのではないですか?」
と、ディポックは聞いた。その点については、彼も不思議に思っていたのだ。
「あれが、最初の疑惑だったら、そうしたかもしれない。だが、あれは二度目だった」
「二度目?すると、以前にも何か皇帝陛下に対して忠誠心を疑われるようなことがあったというのですか?その最初の疑惑というのは、何があったのですか?」
と、ディポックは聞いた。
「あれは、軍の内部で秘密にされ公にはされていないから、卿は知らないだろう。あれは、帝国軍がヘイダール要塞を攻撃しようとして帝都を発とうとした時のことだ。私が流刑になったはずの前王朝の高官の娘と通じているという噂が出た。しかもその娘は私の子を妊娠しているということだった」
と、ダールマン提督は遠くを見るような目で話した。
「そんな事件があったのですか。それで、それは本当なのですか?」
「途中まではそうだ。何しろ、その娘はその子が出来たと私に告げた時、私が誇らしげにその子に帝国を授けようと誓ったという話を実しやかに語ったものだ。確かに私はその娘と関係があった。しかしそれは、行きずりのことで、その娘の素性など知らなかった。だが、その娘を私の家に住まわせていたなどという、嘘の証言をする者がいたのだ。ただ後でその腹の子の遺伝子検査をした時に、その子は私の子ではないとばれてしまったのだ。しかし、そこに至るまで、かなりの時間がかかったのだ。その陰謀を企んだ連中は巧妙にその娘を隠して放さなかったからだ。その間私は、皇帝陛下に対する忠誠心を疑われ、拘束されていた。だから、二度目の疑惑はそう簡単に晴らすことはできないと感じたのだ」
「それは、前王朝の再興を企む者の仕業だったのですか?」
と、リーリアン・ブレイス少佐が聞いた。
「いや、違う。主に新政府の内部の権力争いに過ぎなかった。私の失脚を望んだ者たちがいたのだ。何しろ、新皇帝は軍人だ。軍人を重用すると考えるのが常識だろう。そのことに反発する勢力があったのだ」
「それで、潔白の証明をするのを諦めたというのですか…」
と、ディポックは言った。
「ま、若気の至りというやつだ。これがもう少し人生の経験を積んだ男だったなら、もう少し考えようがあったと思うがね」
と、まるで赤の他人の人生を語っているようにダールマン提督――レギオンは言った。そして、
「それで、前の話に戻るが、銀河帝国の皇帝陛下がかつてのアルフ族の『死の呪い』を掛けられているのは確かなことだ」
と、彼は続けた。
「しかし、その呪いを解ける者がいないのでしょう?」
と、ディポックは言った。
「それは、これまでそうだったということに過ぎない。私は、その方法を考えたことがある。ただし、その頃の魔法や科学技術では、その方法を試みることが出来なかったのだ」
と、この前の大逆事件のことよりも、こちらの方が余程残念だったようにダールマン提督は言った。
「どんな方法があるのですか?」
と、興味を持って、ディポックは聞いた。
「本来呪いを解くには、反対呪文を作り強い魔力で跳ね返すことが基本なのだが、それではこの呪いは解けない。あまりにも、強力な呪いだからだ。これを解く一つの方法は、呪いを受けた土地から、できるだけ遠く離れることなのだ」
と、ダールマン提督は言った。
「それは、例えば帝都にいる皇帝が他の惑星に移動するということではだめなのですか?」
と、ディポックは聞いた。
「その程度の距離では難しい。その呪いから解き放たれるためには、呪いを掛けた者が到底理解できない距離と時間を離れなければ不可能だと思う」
かつてのアルフ族はロル星団からジル星団へ移住することで、その呪いから逃れた。それは、宇宙旅行が特別な呪文でできた時代の話だった。宇宙旅行はできても、誰でもができたわけではない。それに、宇宙そのものの解明も銀河というものがいくつかあるということまでしかわかってはいなかった。ロル星団からジル星団へ移住することもかなり大変なことだったのだ。
それが今は、宇宙船で銀河内ならば、大抵の所へ誰でも行けるという時代なのだ。そうした時代では、単にロル星団からジル星団へ移動したとしても、誰でも想像可能なことなのだ。それでは、到底『死の呪い』から逃れることはできない。
「ということは、それができれば、呪いを解くことが可能だということでしょうか?」
と、ディポックは聞いた。
「そうだ。その可能性はある。だが、それには、リドス連邦王国の女王夫妻と話をする必要があるのだ」
と、ダールマン提督は強く主張した。
「つまり、銀河帝国の皇帝陛下の呪いを解くために、リドスの女王夫妻の力がいるということですね」
「そうだ」
「わかりました。あなたを信じましょう」
と、ディポックは言った。
170.
ダルシア帝国の艦隊を操縦するというゼノン帝国の初の試みは、人口五十万の宇宙都市ハガロンで多くの観衆の目の前で行われた。
元々ダルシア帝国と他のジル星団の国々とでは、科学技術の高さだけでなく、その素材や発達の仕方が異なっていた。ジル星団の多くの国々では、宇宙船は基本的に物質だけで作られていたが、ダルシアでは物質と有機質とで半々の状態で建造されていた。従って、そのシステムもかなり違うものだった。ダルシア以外の国では、操縦は独立した個人が行う。ダルシアでは中央脳と呼ばれる、艦のシステムだけではなくすべてのことを網羅して扱う中枢が存在し、それが艦の操縦を扱うのだった。
ゼノン帝国の本国から来た科学技術者は、おそらく中央脳を扱う研究を積み重ねてきたのだろうと、チャーミー・ユウキは推測した。だが、ダルシア帝国の艦の本当の操縦者は中央脳ではなく、目に見えない存在なのだった。かつてダルシア人として生き、そして死んだダルシア人の霊が、本当の操縦者なのである。
ゼノン人の科学者たちはそのことに気づいているのだろうか、とチャーミー・ユウキは思った。もし、気づいてないとしたら、ダルシアの艦を動かすことはかなり難しいだろうと思われた。
ダルシア帝国の艦の駐機場には、すでに惑星連盟議長マグ・ファルファドール・シャ、ゼノン人貴族のダルシア帝国後継者候補オヴァン・ルウ・ギルト、ゼノン帝国大使のボルドレイ・ガウンが到着して、ダルシア帝国の艦を見下ろす急ごしらえのバルコニーに立っていた。
駐機場に集まった観衆は惑星連盟議長たちが手を振るのに、歓呼の声で答えていた。だが、
「早く、始めろ!」
という声も、中に混じっていた。
観衆はおよそ、数万人にも達するような数だと思われた。いつもは誰もいないダルシア帝国の駐機場が観衆でいっぱいなのだ。彼らは隣の国の駐機場まで入り込んでいた。
やがて手を振るのを止めた議長たちは、ダルシア帝国の艦を見た。もうそろそろ動くのではないかと多少の希望を持って、見下ろしていた。
すると、ガチンと何か金属がぶつかる様な音がして、ホンの少し、ダルシア帝国の艦が動いたような気がした。
議長たちも観衆も、息を殺して次の動きを期待して見つめていた。
ゆっくりとダルシア帝国の艦は駐機場から動き出していた。もちろん、一隻だけである。最初はゆっくりだが、しだいにその動きは早くなり、みるみる駐機場からダルシアの艦が一隻外へ出て行った。
その瞬間だった。観衆は歓呼の声を先ほどよりも大きくして、そのデモンストレーションの成功を祝した。
「すごい、ダルシアの艦が動いたぞ!見たか、あれを。これで、ジル星団も安泰だ。あのゼノン帝国の貴族がダルシア帝国を継承するのだろうよ」
と、多くの声がそう言っていた。
「驚きましたな」
と、エンドリン・スランス中佐が言った。
「動いてよかったわ。もし、動かなかったら、暴動が起きたかもしれないもの」
と、チャーミー・ユウキが言った。
誰も言わないし、気づいてもいないようだった。ダルシア帝国のコア大使が亡くなり、ダルシア帝国の艦が動かなくなったということは、宇宙都市ハガロンの住民にとってもかなり不安なことだったのだ。もし何かが起きたときに、誰がこの都市を守ってくれるのだろうか?それは暗黙の裡に誰もが考えていたことだった。だからこそ、このたわいないデモンストレーションに多くの観衆が来たのである。
「でも、動いたのは一隻だけよ。艦隊が動いたのではないわ」
と、チャーミー・ユウキは冷静に言った。
「すると、艦隊を動かすのは難しいということでしょうか?」
「おそらくね。でも、当面はこれで何とかなるでしょう」
上を見上げると、満面に笑みを浮かべているオヴァン・ルウ・ギルト子爵は観衆に向けて手を振り続けていた。
「さて、あの艦は無事に戻って来るかしら?」
と、チャーミー・ユウキは心配そうに言った。
宇宙都市ハガロンには惑星連盟大使の他に、様々な惑星から来た商人がいた。ハガロン自体の構造がいくつもの階層になっており、一番上に惑星連盟の施設があり、その下に商店、その下に様々な娯楽施設があった。その一番下の階層には倉庫が並んでいた。他にハガロン自体のエネルギー発生装置、生命維持装置などが階層の中央部分に造られている。
ゼノン帝国の貴族オヴァン・ルウ・ギルトは、今日のダルシア帝国の艦の発進の成功に気をよくして、ハガロンの娯楽施設にお忍びで遊びに来ていた。
娯楽施設の最大のものは、ハガロンで有名なディドロマップ街だった。そこは酒と肴と女の街である。そしてダルシア人を除いて、ジル星団のあらゆる種族の女性がいた。
ゼノン人の女のいる店は、フォドンと言った。店構えからしてゼノン人の好む大理石と宝飾で飾られた店だった。
「この店で一番人気の女は?」
と、オヴァン・ルウ・ギルト子爵の従者が聞いた。
「それはそれは、ウチの店では、ディラという子を最近本国から取り寄せまして、その子が一番でございます」
と、店の主人が言った。
「それなら、その子を頼む。急ぎでな。子爵閣下は、気が短い」
と、従者が言った。
「もちろんでございます」
と、モミ手をしながら、店の主人は奥へ声を掛けた。
「おーい、ディラ、お前にお客様だ」
オヴァン・ルウ・ギルト子爵は、店の主人に誘われて、店で一番立派な席についていた。すぐに酒や肴がテーブルに並んだ。
「ディラ、こちらはゼノン帝国の子爵様だ。丁重にな…」
と、店の主人がディラに耳打ちした。
ディラという女性は、ゼノン人の標準で言うと、若く美しい部類だった。派手な服を身に付け、伏し目がちに来るとオヴァン・ルウ・ギルトの隣に座らせられた。
「お前の名は?」
と、オヴァン・ルウ・ギルトが聞いた。
「……、ディラ…」
と、女は不愛想に言った。
オヴァン・ルウ・ギルトは、おや?という顔をして、
「お前、どこかで私と遭ったことはないか?」
と、聞いた。
伏し目がちだったディラは少し上目づかいに相手を見た。だが、すぐに目を伏せた。
「子爵様、この子はハガロンに来たばかりで、慣れていないのでございますよ」
と、店の主人がとりなした。
「いや、確かに見たことがある。あれは確か、ヘイダール要塞へ行った時に乗ったドールズ・ゴウン元帥の旗艦の中だった」
と、オヴァン・ルウ・ギルトは言った。
ディラはそれでも特に表情を変えなかった。
「思い出したぞ、お前は確か、ファールーレン・ディラとか言ってなかったか?そうだ、あの宮廷魔術師だ!」
と、オヴァン・ルウ・ギルトは言った。
「子爵様、それは何かの間違いですよ。この子は魔術師ではありません。魔術は使えません」
と、店の主人が明言した。
「しかし、…」
「ですが、お知り合いと似ているとは、この子も果報者です。どうか、末永く可愛がってやってくださいませ」
と、店の主人は言うと、目配せをして、他の者たちを下がらせた。
ディラは酒の入った瓶を手に取り、オヴァン・ルウ・ギルトのグラスに注いだ。
オヴァン・ルウ・ギルトは店の主人が否定したが、どうしてもディラがあの宮廷魔術師のファールーレン・ディラだという気がしてならなかった。
リドス連邦王国の惑星連盟大使チャーミー・ユウキは、ゼノン人のダルシア帝国の艦を操る技術に不信を持っていた。確かに一隻は動いたが、他の艦は動かなかったからである。
「ちょっと、これからダルシアの艦を見に行ってくるわね」
と、チャーミー・ユウキは副官のエンドリン・スランス中佐に言った。
「これからですか?」
「ええ。ハガロンと一緒にね。体を置いて行くから、警護をお願いね」
「わかりました」
ガンダルフの魔法使いの一人であり、『緑の魔女』、『女賢者』、『癒し手』とたくさんの異名を持つ、フェリシア・グリネルダであるチャーミー・ユウキは、ソファに深々と座ると、目を閉じた。そして、小さな声で簡単な呪文を唱えた。
目を開けると、そこはもうチャーミー・ユウキの身体から抜け出して、彼女の意識は天井近くを浮遊していた。
(フェリシア・グリネルダ様、ダルシアの艦はまだ都市の外におります)
と、ハガロンの声がした。
(では、そこへ行きましょう)
都市の外にでると、遠くに微かにダルシアの艦が見えた。
(随分離れているのね)
と、チャーミー・ユウキことフェリシア・グリネルダは言った。
いつのまにかダルシアの艦は、宇宙都市ハガロンの探知範囲外に出ていたのだ。
(私は心配です。あの艦が動き始めてから、あの艦の中枢脳から連絡がないのです)
と、ハガロンは言った。この程度の距離で連絡がないというのは、何かあったに違いないと考えているのだ。
(それは、どういうことなのかしら?ともかく、行ってみましょう)
ダルシアの艦に近づいて行くと、チャーミー・ユウキは確かに違和感がした。どこか変なのだ。ダルシアの艦らしい、あの力強さが感じられない。
スッとダルシアの艦の中に入ると、薄暗い光が灯っているのが見えた。これは昔見た光よりも弱い光だった。
艦の中を進んでいくと、ゼノン人がたくさんいる場所に出た。おそらく彼らは、科学者や技術者なのだろう。彼らは、艦の司令室に当たる場所に設置してある中央脳そのものを弄っていた。
中央脳からいくつもの銅線のようなものが伸び、いくつかのクリスタルでできた切片が中央脳から外されていた。
(これは、何をしているのかしら?)
と、チャーミー・ユウキは言った。
(こ、これは…)
と、ハガロンは息を飲んで見守っていた。
その時、突然中央脳が光を帯び、点滅した。その後、前よりも暗くなって行った。
中央脳を取り囲んで何かをしているゼノン人たちは、ただ慌てふためいて叫んでいた。
「何が起きたんだ?」
と、一人が言った。
「わかりません」
「この突然の発光は何を意味しているのだろうか?」
「中央脳がコンタクトを切りました」
と、誰かが報告した。
「何だと?」
「自らです、…」
「何を言っている。機械が勝手にそんなことをするか?」
「ですが、そうとしか思えません」
ゼノン人たちが慌てふためくのを見て、チャーミー・ユウキは嫌な予感がしていた。
(コンタクトを切ったとはどういうことかわかる?)
と、チャーミー・ユウキは聞いた。
(それは…、多分自殺です)
と、一緒に来たハガロンは言った。
(自殺ですって?どうして、そんなことを…)
(この艦にはダルシアの霊人が一体憑いていたのです。このゼノン人たちに操られるのを嫌って、自ら命を絶ったのでしょう…。つまり、艦との繋がりを断ち切ったのです)
(では、もう艦は動かないのかしら?)
(艦そのものは、動かすことはできるでしょう。ですが、もう艦の持つ力を全て発揮することはできません。ダルシアの艦の力は、物体としての艦だけではなく、ダルシア人の魂がないとその力を最高度に発揮できないのです)
(どの程度の力を発揮できるのかしら?)
(それは、やってみなければわかりません。その辺の、宇宙船よりはましだと思いますが…)
その時、科学者技術者の一人が、
「何か近づく船がある。あれは、どこの船だ?」
と、言った。
「待て、あれは確か、海賊船ではないか?あの船体の紋章は『フォーズ』ではないか?」
と、探知装置を弄っている技術者が言った。
「通信が入ってきています」
「こちらに出せ…」
暗くなっていたスクリーンが、少し光が感じられるようになった。そして、そのスクリーンに『フォーズ』の首領オルノ・ホルの顔が映じた。
「ゼノン帝国の惑星連盟大使、ボルドレイ・ガウン閣下にお会いしたいのだが…」
と、オルノ・ホルは言った。
あまり元気のない表情だったが、ゼノン人たちは気が付かなかった。彼らは急いで宇宙都市ハガロンにいるボルドレイ・ガウンに連絡を入れた。
171.
自由商人ホランド・アルガイは、元新世紀共和国の首都星ゼンダのホテルにいた。
「船長、ルグワード・ドルという人が会いたいと来ていますが、どうします?」
と、船から降りた航宙士が言った。
ホランド・アルガイ商会では、船長が社長、航宙士が専務と兼務していたのだ。規模の小さい自由商人は大抵そうだった。
「それは、今すぐか?」
と、ホランド・アルガイは言った。
「そうみたいですね。ホテルのロビーにいるそうです」
「わかった。すぐに行くと言ってくれ」
下に降りていくと、人が行き交うロビーに見たことのある人物が一人いた。若い男だった。特にこれと言った特徴はない。
ホランドはあたりを見回して、その人物に近づいて行くと、
「私に会いたいそうだが…」
と、話しかけた。
相手は、ホランドを見ると、目で座るように合図した。そして、
「どうですか、お仕事は順調でしょうか?」
と、あたりさわりのない話を聞いた。商人なら時候の挨拶のようなものである。
「まあまあです。ただ、ゼンダにはあまり知り合いがないので、多少困っていますが…」
と、ホランドは持ちかけた。
「それなら、いい話があります。どうです、これから一緒に?」
「そうですね。助かります」
二人はホテルのロビーを出ると、車に乗り込んだ。
「これから、どこに行くんです?」
と、ホランドは言った。
「あなたに会いたがっている人がいます。私はいつもの通り単なるメッセンジャーですから…」
と、ルグワード・ドルと名乗っている人物は言った。
「なるほど、…」
車は繁華街を通り過ぎて、郊外の方へ去って行った。
そこは、初めて入る屋敷だった。ゼンダでも、かなり大きな屋敷の部類だ。大富豪か、大物政治家が住んでいそうな気がした。
玄関を入ると、執事と思しき男が待っていて、黙って二人を通した。
二人は、豪華な客間に案内された。どこも最新流行の装飾が施されていた。ここの主人はかなり流行に敏感なようだ。
客間には四人の人物が待っていた。
ホランド・アルガイとルグワード・ドルが入っていくと、
「来たようだな」
と、一人が言った。
四人の内三人は初老の男性で、一人は若い女性だった。ホランド・アルガイはその中の一人くらいは見たことがあった。新世紀共和国最高評議会議員選挙のポスターで見た覚えがある。
「一体、あんたがたは私に何の用があるんだ?」
と、ホランド・アルガイは言った。彼は新世紀共和国の政治や政治家に興味はないのだった。何しろ政治家という代物はどんな奴でも胡散臭いというのが彼の信条だった。
「もちろん、君に用があるのではない。君の友人でもある、あのヘイダール要塞のヤム・ディポック司令官に用があるのだよ」
と、一人が言った。
「君が彼に情報を漏らしているのを知らないとでも思っているのかね?」
と、別の一人が脅すように言った。
「ふん。で、私を帝国の連中に売ろうというのか?」
「それは、違う。我々は君の共和国への忠誠心を疑っているのだ」
と、真面目な顔をして、また別に一人が言った。
「は?共和国への忠誠心?すでに共和国などは存在しないではないか」
と、ホランド・アルガイは言った。この連中には元々そんなものは持っていない、と言いたいところだった。
「口を慎みたまえ。まだ共和国の核は残っているのだ」
「そうですかね。だいたいこんなことになったのは、誰の所為だと思っているんだ?」
「ほう、君は誰の所為だと思っているのかね」
「一番の責任は、まず、政治をやっていたあんたたちにある。もちろん、民主主義なのだから、一般の市民にも責任はあるがね…」
「だから、我々に協力することはできないということか?」
「それは、話を聞いてみないとわからない。だが、言って置く。今さら共和国への忠誠心などというあんたたちの世迷いごとなどは聞きたくない。政治屋にそんなものはかけらもないことが分かっているからな」
と、ホランド・アルガイは歯に衣を着せぬ言い方をした。少なくとも、彼はこの連中と付き合ったりはしたくないのだ。
帝国軍が新世紀共和国に進駐した時に、一番最初に落ちたのは最高評議会議長だったあのケアード・ゴンドラスだったのだ。そして他の議員たちも、雪崩を打って帝国軍に降った。それは、新世紀共和国の市民に対する裏切り行為だった。その上、当時はまだ遠くの戦場でヤム・ディポック元帥が帝国軍と戦っていた最中でもあったのだ。
従ってホランド・アルガイはこの連中に忠誠心云々を言われることが、我慢ならなかったのである。
だが、同席した四人の政治家は特に顔色を変えはしなかった。何と面の皮が厚いことか。つくづく政治家連中は信用できないと、ホランド・アルガイは思った。
「なるほど、話は聞くということか…。それなら、始めようか…」
指を鳴らすと、先ほどの執事が飲み物を持って現れた。
「君も、そこに座りたまえ」
「話をするのはいいが、その前にあんたたちの自己紹介をしてもらおうか。名も名乗れないようなことでは、信用はできないし、ディポック司令官に話をすることはできない」
と、ホランド・アルガイは言った。
「自己紹介?君は自分の国の政治家の名前も知らんのか?」
「あいにく、いつも首都にいたわけではないのでね。この中の一人くらいはポスターで見たことはあるが、他は知らないな」
こ狡く逃げるのかと思ったが、どうした風の吹き回しか、彼らはそれぞれ名を名乗った。
あのケアード・ゴンドラスの後の元最高評議会議長チェルク・ノイ、元議員のエルシン・ディゴ、マブセル・アガスがまず名乗った。若い女性はその後で、元議員のフランブ・リンジと名乗った。
「我々は、グーザ帝国から交易を持ちかけられているのだ。まだ帝国軍はこのことを知らない。君は惑星カルガリウムのことを知っているか?」
と、チェルク・ノイは言った。
「惑星カルガリウムは、すでにグーザ帝国に占領されていることは知っている」
と、ホランド・アルガイは言った。
「ディポック司令官はそれを知っているのか?」
と、驚いたようにエルシン・ディゴは言った。
「知っている。それで、カルガリウムの市民を救出するプロジェクトを推進中だ」
と、ホランド・アルガイは言った。
「救出だと?本当なのか?」
と、マブセル・アガスはさらに驚いて言った。
「そうだ。ディポックはカルガリウムの市民の窮状をいつまでも放っておくような人間ではない」
「しかし、どうやって?」
「それは、私には詳しくはわからない。だが、何かやっていることは確かだ」
四人は顔を見合わせた。これは彼らの情報にないことだったのだろう。
「で、グーザ帝国が欲しがっているものは?」
と、ホランド・アルガイは聞いた。
「ただ、新世紀共和国の再興のために、交易をしないかと言ってきている」
「どこかの帝国が共和国の再興のために交易を?まさか、そんなことを信じているのではないだろうな」
そんなこと、あり得ないとホランドは思った。
「もちろん、我々もどこか妙な気はしている。だが、他に助けを求められるところはないし…」
と、言いにくそうにマブセル・アガスは言った。
「私の知っている情報では、グーザ帝国は危険だということは言える」
と、ホランド・アルガイははっきりと言った。
「そう言われても…」
彼ら元議員たちには、共和国再興のための計画はまだできていないのだ。ただ、ヘイダール要塞にいるヤム・ディポック司令官が銀河帝国に対して何かやらかすのではないかと心配しているように思えた。
「ジル星団の惑星連盟の話は聞いるだろうか?」
と、ホランドは試しに聞いてみた。彼らはどのくらいの情報を持っているのだろうか。
「惑星連盟?聞いたことはあるが、何しろ、ここは帝国に通信や宇宙船などは監視されているので、そこまで調査はできないのだ」
本当にこれだけがこの連中の知っている全てなのかはわからない。ホランド・アルガイも全てを話すわけにはいかなかった。
「それでだ。この困難の打開のために、我々は誰かをヘイダール要塞に派遣しようと思うのだ」
と、チェルク・ノイは突然言い出した。
「ディポック司令官と直接話をしたいというのか?」
「そうだ。グーザ帝国への返事はある程度待たせることはできるだろう。我々の内一人が、ヘイダール要塞に行って、ディポック司令官に直接話をするのだ」
ホランド・アルガイは、すぐに賛成はし兼ねた。共和国の政治家を要塞に連れて行けば、何が起きるかわからないからだ。向こうには百万人の元共和国の市民がいるのだ。そのほとんどは軍人だが、政治信条はそれぞれ違うだろう。今はディポック司令官を信じて集まっているとしても、要塞は国ではないから権威や権力がない。金もない。いつまで要塞の一勢力として、続けられるだろうかという不安がある。
そんなときに元母国から政治家が来たら、そうした者たちが彼らに煽られ好いように操られるかもしれないからだ。そうした何かを企んでいるのかもしれない。
「ところで、ヘイダール要塞に、ダールマン提督がいると言う噂があるが、本当だろうか?」
と、エルシン・ディゴが聞いた。
これが、本当に聞きたかったことではないのかと思って、
「本当だ。彼の部下のバルザス提督もいる」
と、ホランド・アルガイは言った。
「そうか。で、ディポック司令官は何と言っている?」
と、エルシン・ディゴは聞いた。
「何をって?」
「ダールマン提督は、帝国で大逆事件を起こした張本人だ。しかも征討軍を送られて死んだとも言われていた奴だ。それが、ヘイダール要塞に生きて現れたのだ。奴がどんな理由で、いや何を企んで来たのか想像つくだろうに…」
と、マブセル・アガスは言った。
なるほど、当然世間ではそう思うのだろうな、とホランドは思った。ダールマン提督が何故ヘイダール要塞にやって来たのか、ディポックはそれをホランドに話していた。それは、この政治家連中の考えているようなことではないことは確かだった。
「何しろ、ダールマン提督にはもう帝国には身内はいない。帝国のことをさぞや恨んでいるだろう」
と、エルシン・ディゴは言った。
「確か、老いた父親がいるという話を聞いたことがあるが…」
と、ホランド・アルガイは言ってみた。
「その父親も死んだのだ。息子が大逆人になって、どうもかなり迫害を受けたらしい。向こうは人権など紙くずと同じだからな…」
と、悪しざまにマブセル・アガスは言った。
「その話は初耳だが、多分、ディポック司令官はダールマン提督が帝国に対して害をなそうと考えたとしても、賛成はしないと思う」
と、ホランド・アルガイは言った。
ダールマン提督は銀河帝国では身内はいなくなったとしても、ヘイダール要塞には今妹が来ているのだ。かつて妹だったと言う話だが…。それにリドス連邦王国には他にも親族だった者がいるらしいと、ホランド・アルガイはディポックから聞いていた。ダールマン提督は要塞で帝国のての字も話さない。妹に夢中だと言う話だ。
「そうかな?」
「そうだとしても、銀河帝国はどう思うだろうか?」
「何しろ、元軍人だ。他に何を考えると言うのだ?」
と、マブセル・アガスはホランド・アルガイの不安を助長させるように言った。
これでは、ダールマン提督がガンダルフの五大魔法使いの一人だなどと言ったら、何を言われるかわからないな、とホランド・アルガイは思った。少なくとも、誰も信じたりはしないだろう。
「そこでだ。我々はこの元最高評議会議員フランブ・リンジを、ヘイダール要塞に派遣しようと考えている。彼女を君の船に乗せてくれないだろうか?」
と、チェルク・ノイは言った。
ホランド・アルガイは呆れた。やっとこの連中の陰謀の一端がわかった。ディポック司令官を女で籠絡しようと言うのだ。




