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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
15/153

ダルシア帝国の継承者

147.

 ヘイダール要塞では月に一度、要塞幹部の会議が開かれていた。

 今回からリドス連邦王国のバルザス提督と、タレス連邦の亡命者の代表であり、ダルシア帝国の新しい代表でもあるタリア・トンブンが会議に加わっていた。

 会議の初頭からバルザス提督が珍しくあくびをかみ殺すのを見て、グリン要塞参謀が咳払いをした。

「これは、失礼…」

と、バルザスが言うと、

「彼は昨日の夜、寝ていないので仕方がないんです」

と、タリア・トンブンが言い訳をした。

「どうかしたんですか?」

と、ディポック司令官が聞いた。

「いえ、大したことでは…」

「そんなことないわ。だって、あの人は、惑星カルガリウムの人でしょう?」

「誰のことです?」

と、グリンが言った。

「タリア、いいんだ」

「よくないわ。だって、よくあることなんでしょう?」

「一体誰のことなんです?」

と、グリンが重ねて聞いた。

「タリア、こうなったら私から話すよ」

と、バルザスは言って、話し始めた。

「実は、カルガリウムから来た住民の中に、銀河帝国の出身者がいたのです」

「それは、スパイか何かでは?」

と、警戒するようにグリンが言った。

「そうではなく、以前銀河帝国との会戦があったときに捕虜になった士官で、新世紀共和国に亡命者となった者です。亡命した当時はまだあなた方も余裕があったらしく、亡命者として雇用なども優遇されていたそうです。それが、あの戦争に銀河帝国が勝利したため、肩身が狭くなったのです。カルガリウムには帝国軍が進駐しなかったので何とか暮らしていたようですが、この度のことで、失業し食糧配布センターに通っていたようです。それで、転送装置で要塞に来ることになって、私の名を耳にしたと言うわけです。彼は帝国士官学校で私と同期でした。本人は軍人であったので同じ仕事ができたらと考えて、私のところへ来たと言うわけです」

「それで、一晩旧交を温めたというわけですか?」

と、フェリスグレイブが皮肉を言った。

「そうじゃないわ。彼はすぐに帰ったのだけれど、彼には奥さんがいて、その人が一晩中バルザスと話をしていたの」

と、タリアが説明した。

「すると、バルザス提督は夫人の方をよくご存じなのですか?」

と、見当違いなことをディポックは言った。

「違います。その元銀河帝国の士官だった人は、惑星カルガリウムの人と結婚したと言っていました。」

「しかし、夫人を一人置いて行くなんて、非常識ですな」

と、グリンが言った。

「違うわ、その奥さんはもう亡くなっているのよ。病気で亡くなったと言っていたわ」

「え?」

と、グリンが驚いて言った。

 会議室に座って話を聞いていた者たちは、ぎょっとしてバルザスの方を見た。

「生きている人なら帰ってもらえるけれど、亡くなっている人はなかなか帰らなくて困るって、アリュセアも言っていたわ」

と、タリアが当たり前のように言った。

「つまり、その元帝国軍人はカルガリウムで結婚したが、妻とは死別したということですね」

と、ディポックは慎重に確かめた。

「そうです。その夫人は元帝国軍人で亡命者となった夫のことをとても心配していたのです。それで、亡くなってもずっとそばに付いているようでした」

 バルザスとタリアを除く会議室の者たちは、居心地が悪い感じがした。バルザスはその元帝国軍人が、カルガリウムから幽霊を連れて来たと言ったのだ。つまりこの要塞に幽霊が来たのだ。

 この会議室に集まっている者たちはこれまでバルザスが魔法を使うところを見たり、ダルシアのコア大使やナンヴァルのマグ・クガサワン・シャなどの霊人が来たことを聞いていた。だから、バルザスとタリアの話が嘘だとは思わなかった。

 そこで殊更に咳払いをして、

「その人物がスパイだと言う可能性はありませんか?」

と、グリンが言った。

「私もその心配があるので、調査をしています。本人と亡くなった夫人の話したことが事実かどうかを…」

と、バルザスは言った。

「すると、幽霊が話したことを調べているのですか?」

と、ブルーク・ジャナ少佐が驚いて言った。それは会議に出席した者皆が思った感想だった。

「もちろんです。少なくとも人間の理解力は限られていますから、本人が誤解していることもありますので、本人が言っているからと言って、すぐにそれを事実だと信じることは危険なのです」

「それで、その夫人はもう帰られたのですか?」

と、ディポックは心配して言った。

「いえ、まだいます。でも大丈夫です。他にも色々いるので」

と、バルザスは仕方なく言った。幽霊まがいの霊がいるなどと、あまり言いたくはなかったのだ。

「他にもいるって?あなたの宿舎には幽霊が他にもいるのですか?」

と、驚いてディポックが言った。

 他の連中も驚いて、バルザスを見た。幽霊などというものは一人でも歓迎しないというのに、他にもいるというのか?

「幽霊ではありません。あなた方もご存じのダルシアのアントルーク・コア、ナンヴァルのマグ・クガサワン・シャ。他に私の妻、アリュセアの夫もいます」

と、バルザスは言った。

「大丈夫ですか?そんなに妙なものがいて…」

と、ダズ・アルグが気味悪そうに言った。

 幽霊などというものは一般には、よくわからないものなのだ。普通は見たこともなく、見たと言いでもしたら、頭がおかしいのではと疑われるのが常識だった。その上、幽霊ではなく、霊だと言われても、何のことやらわからない。

「それは、失礼だわ。みんなちゃんとした霊だもの。生きている人に変なことはしないわ」

と、タリアが怒って言った。それでなくても、彼らはこの要塞に貴重な情報をもたらしたりしてくれた恩人ではないかと思っていたから、タリアが怒るのは当然だった。

「まあ、彼らが見えるのは、私とアリュセアくらいのものですから、別に困ることはありません」

と、バルザスは言った。

 とは言っても、霊に敏感な体質な場合は、かなり影響を受ける可能性はある。それでなくても、ダルシア人から生まれ変わった者たちは、例え人間に生まれても発するエネルギーが普通の人間とは違うのだった。

 いつまでもこの話を続けるのはまずいと思って、今度はディポックが咳払いをして言った。

「次の議題に移りましょう。バルザス提督、惑星カルガリウムに来ているグーザ帝国について、わかったことを話してください」

「そうですね。では、…」

 バルザスはリドス連邦王国の艦隊司令部から来た情報をかいつまんで話した。

「すると、グーザ帝国は移住をするのではなく、侵略が目的ということですか?」

と、ダズ・アルグが言った。

「報告によると彼らの住む蛇使い銀河は、特に災害が起きた様子はありません。詳しくは、最近蛇使い銀河のパトロールに行って戻って来た艦隊を要塞へ寄港するようにしたので、彼らに聞いてほしいそうです」

「リドスでは、他の銀河にパトロールを派遣しているのですか?」

と、グリンが聞いた。

 これまでリドス連邦王国はジル星団の一政府であって、規模は大きくても新世紀共和国より小さいくらいではないかと、グリンは推測していたのだ。それが、他の銀河にも艦隊を派遣できるとなると、もしかするとその規模はかの銀河帝国を超えるものと推測されるのだ。そうなると、リドスとの関係はもっと慎重にならなければならない。

「我々が知っている銀河には、定期的に表敬訪問や動静を探るためのパトロールを派遣しています」

と、バルザスは言った。

「すると、蛇使い銀河の他にも艦隊を派遣する銀河があるのですね」

と、ディポックは聞いた。

「そうです。あのサムフェイズ・イージー少佐の銀河にも、ちょっと遠いですが、たまにパトロールを派遣しています」

「かなり遠くまで行くのですね」

「遠くても必要がある場合は、派遣することがあります」

「リドス連邦王国の艦隊は、どのくらいの規模になるのですか?」

 ディポックにとって、是非ともそれは知っておきたいことだった。

「それは、少なくとも銀河帝国と同じくらいの規模はあります」

と、バルザスは言った。できるだけ大雑把に、そしてあまりたくさんあるように思われないように話そうとしているように他の者には思えた。

「ですが、遠くの銀河に艦隊を派遣するとなると、それだけの規模では済まないでしょう」

と、ダズ・アルグは言った。

 リドス連邦王国が他の銀河ともかかわりを持っていると聞いたのは今日が初めてだった。とするとダズ・アルグが考えているよりもリドスの艦隊の規模は大きいのではないか。

 だが、

「そうですね」

と、まるで他人事のようにバルザスは言った。

 まるでそのことには興味がないというように。そしてそのことに気づかれたくないとでもいうようだった。少なくともバルザス以外の者たちにはそう感じられた。

「で、パトロールというのは、どんな目的でするのですか?」

と、グリンが聞いた。

 リドス連邦王国の目的がどこにあるのか、誰でも興味を持ちそうなことだ。グリンが思うに、どうもその辺をバルザスはいつも誤魔化して来たような気がするのだった。

「それは、たぶんリドスの女王陛下が来られた時に、司令官に話されたのではないかと思います」

と、バルザスは話をディポックに振った。

「なるほど。司令官、彼らのパトロールはいったいどんな目的があるのですか?」

と、フェリスグレイブが興味深そうに聞いた。

「うーん、ちょっと我々では思いつかないような、変わった目的だった」

と、ディポックは素直な感想を言った。


148.

 それは、ディポックが惑星カルガリウムの転送装置の位置を思い出した時のことだった。

 あの時は、ディポックと女王夫妻だけで話をしていたのだ。だから、他の連中はこのことを知らない。

「そうだな、急に話が飛ぶようだけれど、リドスの女王陛下はこの広い宇宙のどこかに神々の存在を証明する神霊が生まれて来て、神の話をすることがある。その生まれてきた神霊を探し出し、神々の存在証明をする話を記録するのが目的だと仰っていた」

と、ディポックはその時のことを思い出しながら、ゆっくりと一語一語気を付けながら話した。

「ええと、もう一度話してもらえませんか?」

と、一同を代表してグリンが言った。

 彼らにとってはあまりにも突飛過ぎる話だった。そんなことがあり得るのか、と誰しも考えるようなことだ。普通艦隊を送ると言ったら、よくて秩序を守るため武力を誇示し、場合によっては使うためである。だが、これはそんなこととはあまりに無縁な話になってしまっている。

「要するに、この宇宙のどこかに神様のことをよく知っている種族がいるのではないかと、そうした種族を探しているのではないかな?どうも、そんな気がする」

と、ディポックは言った。

「それは、我々よりも遥かに文明が発達した種族ということですか?」

と、グリンが言った。そう考えるなら、彼にも分かる気がする。

「そうかもしれない。が、そうでないかもしれない。ともかく彼らリドスの人たちは、神様の話を聞きたがっているのだと思う。その神様というのは、この宇宙を創造した本当の神様のことだ」

「そんな話は、とても信じられません。それなら、領土を広げるとか、勢力を広げるとかいうことの方が分かりやすいし、信じられますね」

と、ダズ・アルグは言った。

「だが、遠い宇宙を侵略しても何か得られるものがあるだろうか?何の利益にもならないのではないか?」

と、ディポックは考えながら言った。

「確かに、それでは行動範囲が広すぎますが……」

と、考え深げにグリンが言った。

 どちらにせよ、リドス連邦王国の目的をこの場で理解し、納得したものはいなかった。その点についてバルザスは、理解してくれることを期待してはいないようだった。


 その時、会議室に緊急連絡が入った。

「リドス連邦王国の艦隊が来ます」

と、司令室の通信員が連絡してきた。

「これは、バルザス提督、あなたの話していた艦隊でしょうか?」

と、ディポックが聞いた。

「おそらく、そうだと思います」

「では、会議は中断するとしましょう」

と言って、ディポックは立ち上がった。

 主だったもの達は、急いで司令室に向かった。


 司令室の大スクリーンに映じたのは、五つの花弁状に星の形をあしらった紋章のある艦だった。艦の形は紡錘形を基本としている。その数は五千隻ほどだった。

「通信回線を開いてくれ」

と、司令室に着くとすぐにディポックは言った。

 すると、

「私は、リドス連邦王国第八艦隊司令官リイル・フィアナ。こちらにバルザス提督が来ていると聞いています」

と、なかなか美形の女性がスクリーンに現れて言った。

「私は、ヘイダール要塞司令官ヤム・ディポックです。バルザス提督はこちらに」

と、ディポックはバルザスの方を向いて言った。

「あら。ごきげんよう。銀の月。来るのは早すぎたかしら?」

と、リイル・フィアナはひどく砕けた言い方をした。

「リイル・フィアナ提督。少々早い気もするが、問題はない。」

と、バルザスは短く言った。

「で、そちらの司令官に聞いて下さる?要塞に入っても構わないかどうか?」

「了解した。ディポック司令官、入港の許可はいただけますか?」

「いいでしょう。ヘイダール要塞はあなたの艦隊の入港を歓迎します」

「ありがとう、司令官。それでは、また後でお会いしましょう」

とリイル・フィアナが言うと、通信は切れた。

「ダズ・アルグ提督、ええと、リドス連邦王国第八艦隊のリイル・フィアナ提督を迎えに行ってくれないか?」

と、ディポックは言った。

「わかりました。でも、本当にあの人が艦隊司令官なんですか?」

と、ダズ・アルグはバルザスに聞いた。銀河帝国には女性の兵士や士官、まして将帥などいなかった。元新世紀共和国にはリーリアン・ブレイス少佐のように士官はいたものの、艦隊司令官などはいなかったのだ。

「もちろんだ。彼女は私よりも経歴は長い。そう、リドス連邦王国艦隊の生き字引のような人物だ」

「なるほど。リドス連邦王国は懐が深いのでしょうね」

と、言い残してダズ・アルグは司令室を後にした。


 駐機場に副官と共に行くと、ちょうど艦からリイル・フィアナ提督が下りてくるところだった。

 リイル・フィアナ提督は薄いピンク色の地の医師のような服を着ていた。あのバルザス提督の軍服とはまるで違うので、ダズ・アルグは戸惑っていた。ただ、一緒に降りて来た副官らしき人物がバルザスと同じ軍服を着ていたので、女性用の服は別なのかと思い直した。

「あら、迎えに来て下さったの?ええと、あなたは?」

と、フィアナ提督は聞いた。

 ダズ・アルグは、初めて見るリドス連邦王国艦隊のリイル・フィアナ提督に堅苦しく敬礼をした。

「私は、ダズ・アルグ。この要塞の駐留艦隊の指揮官の一人です」

と、ダズ・アルグは言った。

 けれども、フィアナ提督は答礼もせずに、

「まあ、そうなの。で、あなたが司令室まで案内してくださるのかしら?」

と、聞いた。

 一緒に付いて来たダズ・アルグの副官ビイグル・セス少佐が、その無礼さに抗議しようとしたのを止めさせて、

「もちろんです」

と、ダズ・アルグは表面上はにこやかに言った。

「それは、どうも。それで、あなたは元新世紀共和国の軍人だったというわけなの?」

と、一個艦隊の提督とは思えない砕けた口調で言った。

 それがこの人物の癖なのか、単にこちらを軽んじての態度なのか、ダズ・アルグは測りかねていた。

「そうです」

「ここは、あのヤム・ディポック司令官が占拠しているのよね。ということは、あの銀河帝国に抵抗して新世紀共和国臨時政府とでも銘打ってやっているのかしら?」

と、不穏なことをフィアナは言った。そんなことは、初対面のそれもまだ敵とも味方とも知れない軍人に聞くものだろうかと思っていると、フィアナの横に立っている副官らしき人物が、彼女の腕をそっと触って目配せをするのが見えた。

「そこまでは、考えていません。今はまだ、それほどの勢力でもないですし…」

と、ついフィアナの口調に同調してダズ・アルグまで口を滑らせた。こんなところで今、そんなことを言うべきではなかったのに。ビイグル・セス少佐がダズ・アルグの横腹を肘でつついて来た。

「ふーん、そうなの。ま、いいけどね」

と、私には関係ないわと言いたげにフィアナは言った。

「ところであなたは、元銀河帝国の中将だったベルンハルト・バルザス提督をどのくらいご存じなんですか?」

と、ダズ・アルグは一番興味のあることを聞いてみた。

「ベルンハルト・バルザスですって?私が知っているのは、銀の月の方よ。銀河帝国の軍人なんて知らないわ」

と、フィアナは身も蓋もない言い方をした。

「ということは、あなたは、あのガンダルフとかいうリドスの首都星の出身なのですか?」

「まあ、そういうこと。銀の月はガンダルフの五大魔法使いの一人なの。やっと彼が戻って来たので、私たちはみんな喜んでいるのよ」

と、嬉しそうにフィアナは言った。それは、本気で言っているようだった。

「戻って来た?銀河帝国からやって来たのでは?」

 ダズ・アルグの考えでは、ベルンハルト・バルザスは銀河帝国の軍人なのだから、やって来たと言うべきなのでは、と思ったのだ。だが、

「彼は、銀の月として戻って来たのよ。あなたも知っていると思ったけれど…」

と言って、フィアナはダズ・アルグの顔を見た。

「銀河帝国の軍人だったベルンハルト・バルザスならともかく、ガンダルフの五大魔法使いの銀の月は、今回初めて会いました」

と、本当のことをダズ・アルグは言った。

「あら、そうなの。それは残念ね。あなたは何も覚えていないのね」

と、妙なことをフィアナは言った。

「それは、どういうことですか?」

「いいえ、別に。さあ、司令室まで急ぎましょう。話がたくさんあるのよ」

と言うと、リイル・フィアナ提督は急に足早に歩き始めた。


 司令室に着くと、

「ごきげんよう、ディポック司令官」

と、フィアナは微笑んだ。

 一瞬司令室の中が、緊張した。

 他の者たちはおそらく、フィアナがディポック司令官を軽んじたと感じたのだろうと思って、

「フィアナ、ここでの挨拶は普通、敬礼をするものなんだ」

と、バルザスは小声で注意した。

「あら、そうなの?」

と、フィアナはあくまでマイ・ペースで言った。

「別に構いませんよ、リイル・フィアナ提督」

と、ディポックはいつもの調子でのんびりと言った。

「ほら、構わないって…」

「フィアナ…」

 バルザスはため息をつき、

「それでは、リドスの艦隊司令部からグーザ帝国についての報告をするように言われているだろう?」

と、催促した。

「そうなの。それで、…」

と言うと、周りを見回して、

「ディポック司令官。できれば、人払いをしてもらえます?」

と、フィアナは言った。

 他の者たちは、その言い方にむっとしていた。中にはフィアナを睨みつけるようにする者もいた。

「それは、構いませんが…」

「それで、できれば、個室で話をしたいんです。あまり狭いと困るけど、ここには司令官の執務室がありましたよね」

と、フィアナは言った。

 まるでこの要塞に属しているような言い方だった。そのため、司令室の他の連中は、ますますフィアナを厚かましいというような表情で見た。

「ちょっと、待ってくれ。まさか、二人だけで話をするというのですか?」

と、ダズ・アルグは驚いて言った。

 たとえリドス連邦王国の提督とは言え、こんな何者とも知れない者とたった二人だけで話をするということに、ダズ・アルグは反対だった。

「いいえそうじゃなくて、そうね。司令官とそちらの副官のお嬢さん。それにうちの銀の月。それに、あなたを加えてもいいわ」

と、フィアナは一人で勝手に決めて言った。

 グリンが何か言いたそうに口を開きかけると、

「そうしたいというのなら、別に構わないじゃないか」

と、ディポックがそれを遮って言った。

 ディポックは、フィアナが何か重要なことを抱えているように感じたのだ。

「まあ、ありがとう。さすがに要塞司令官は話がわかるわ」

と、フィアナは珍しく相手を持ち上げた。

 バルザスは何か嫌な予感がした。フィアナは何かトラブルを持ち込んできたのではないだろうか?


149.

 ヘイダール要塞司令官の執務室は司令室の近くにあった。

 個室とはいえ、大きな机といすの他に、来客用の大きな椅子やテーブルまで置いてあった。もっとも、銀河帝国軍がいた時には、この部屋はもっときらびやかに飾られていたものだ。バルザスは当時のことを思い出していた。

「このくらいの広さなら何とかなるわ」

と、フィアナは着いて部屋の中を見回して言った。

「それで、フィアナ、グーザ帝国に付いての報告は?」

と、バルザスが何度目かの催促をした。

 ディポックは報告を聞くというので、司令官用の机の前に座っていた。その横に副官のリーリアン・ブレイス少佐が立っていた。机の前にバルザスとフィアナが立ち、ダズ・アルグは二人から少し離れて立っていた。

「その前に、大事なことがあるの」

と、目を閉じてフィアナは言った。

 バルザスの嫌な予感が的中した。

 深呼吸をすると、フィアナの口からは、古い時代の魔法の呪文が飛び出したのだ。

 すると、ドサッという音がして、背後に何かが現れた。

「こ、これは?」

と、振り向いたダズ・アルグが驚いて言った。

 そこには、黒い軍服を来た男性が二人仰向けに倒れており、その周りには小さなおもちゃのような宇宙船が無数に落ちていた。

「あ、あの、こ、この二人は何かの映像で見覚えがあります…」

と、ブレイス少佐が言った。あまりの驚きで声が震えてどもっていた。倒れている男性の着ている軍服は銀河帝国のものだった。

 バルザスはこの二人が誰で有るかをよく知っていた。数年前までは同じ銀河帝国の艦隊にいたのだから。

「これは、まさか銀河帝国の提督じゃないのか?」

と、恐る恐るバルザスは指摘した。

「そうよ」

 バルザスは批難しようとしてやめ、すぐに倒れている二人の傍に膝をついて、首筋に触って言った。

「生きている」

「当然よ。誰がやったと思っているの?」

「だが、いったい君は何をしたんだ?」

 ディポックもブレイス少佐も、ダズ・アルグまで、二人の会話を黙って聞いていることしかできなかった。何をどうやったら、こうなるかわからないが、おそらくこれは魔法なのだ。彼らは、以前バルザスが使った魔法を思い出した。あの時は魔法陣が現れたが、今回はなかった。これは何を意味するのだろうか?

「まるで、私が何か悪いことをしたようなことを言うのね。これはね、彼らを助けようとした結果なのに…」

「とても、助けたとは思えないが…」

と、バルザスはこぼした。

「まあ、聞いてちょうだい」

と言って、リイル・フィアナ提督は事のあらましを語った。


 リドス連邦王国の第八艦隊提督のリイル・フィアナは一応の調査を終えて、蛇使い銀河から銀河間のジャンプ・ゲートを通ってふたご銀河に戻って来た。出たところは、例の恒星ダロスの惑星カルガリウム近くの銀河間のジャンプ・ゲートからだいぶ離れた、別のジャンプ・ゲートだった。

 そこは、近くに惑星のある恒星のない宇宙空間だった。

 すでにグーザ帝国の艦隊がふたご銀河に来ていることを知っていたリイル・フィアナの艦隊は、グーザ帝国の艦隊と出会っても構わないように用心して、艦隊ごとステルス状態でゲートを出た。

 出るとそこで、銀河帝国の艦隊とグーザ帝国の艦隊が今まさに戦闘状態に入ろうとしている場面に出くわした。注意は怠らなかったが、こんなところにまでグーザ帝国の艦隊が出張ってきているとは思わなかったのだ。

「まずいわ!」

と、リイル・フィアナは言った。

 ちょっと見ただけでも、グーザ帝国の艦隊は銀河帝国の艦隊よりも圧倒的に数が多かった。科学技術では両帝国ともに大差はないというのがリドスの見方だけれども、艦の主砲についてはグーザ帝国の方が少し強力かもしれない。

「しかし、この中に我々が割ってはいるわけには行きますまい」

と、副官のツインズ・グイン少佐が言った。

「もちろんよ。でもこのままでいくと、銀河帝国の艦隊がかなりやられてしまうわ」

「確かに…」

「そうなると、困るのよ。銀河帝国の戦力が減るのは、我々にとっても非常に困ることだわ」

 銀河帝国の戦力が減るのは、リドス連邦王国にとっても好ましいことではなかった。例え今現在は銀河帝国と敵対していようとも、いずれは同じふたご銀河の勢力として共同して侵略者に対抗する必要が生じることになるのだ。

「ですが、どうしろと?」

「うーん、そうね。そうだわ」

「どうされるのです?」

と、不安そうにグイン少佐は言った。

 リイル・フィアナがガンダルフの五大魔法使いに並ぶほどの力の強い魔法使いであることは、知っていた。けれども、どんなことまでできるかはグイン少佐にもわからなかった。

 リドス連邦王国の艦隊司令官を選ぶ基準は第一に艦隊の指揮運用能力である。敵が現れた時に勝つことだ。どんなに劣勢でも艦隊を減らすことなく逃げられること。この二つが求められた。従って、強力な魔法使いか能力者であることが次に必要とされた。それがない場合は、副官に魔法使いや能力者を置くことで補われた。

 やがてリイル・フィアナの口から聞いたことのない言語の呪文が紡ぎだされた。彼女の顔は蒼白で、かなり緊張しつつ、精一杯の魔力を使っているのが感じられた。

「閣下…」

 冷や汗が滴り、リイル・フィアナは今にも倒れそうだった。

 旗艦のスクリーン上では、暗い宇宙空間に灰色の霧のようなものがかかり、銀河帝国の艦隊がその中に包み込まれるのが見えた。グーザ帝国の艦隊と戦闘するために宇宙空間に散開していた艦隊を包み込んだ霧は、しだいにその灰色を濃くしていき、最終的に銀色に光り始めた。そしてその銀色になった部分がカッと光ると、一瞬にして霧とともに銀河帝国の艦隊が消えていた。

「ふうーっ、…」

と、リイル・フィアナは大きく息をした。

 スクリーンを見ると、そこにはグーザ帝国の艦隊があるだけだった。

「あの、何が起きたんですか?」

と、不安そうにグイン少佐が聞いた。それには答えず、

「ともかく、進路をヘイダール要塞にとって、最大戦速で向かってちょうだい!」

と、リイル・フィアナは命じた。

 急がなければ、とリイルは感じていた。この状態はあまり長くはもたない。彼女の力の限界に近いのだ。

 ヘイダール要塞に着けば、そこには古き朋友、銀の月が彼女を待っているはずだった。


 リイル・フィアナが話し終えると、バルザスは手のひらを上にした。するとそこに、小さな宇宙船――おそらく銀河帝国の艦と思われる――のおもちゃに見えるものが一つ、床からゆっくりと浮き上がって載った。そして、指で黙っているように合図すると、部屋の通信装置にトントンと触った。

「救援を乞う!救援を乞う!……だめです。通信は通じません」

と、声が通信装置から聞こえて来た。

「旗艦にも連絡はつかないか?」

「だめです」

「いったいここは、どこなんだ…」

「艦長。我々はどうすればいいのですか?」

「まあ待て、今敵の攻撃が続いているわけではない」

「ですが、…」

「ともかく、ここがどこか、そして今の状況がもう少し分かるまで、待ってみよう」

 バルザスは、そっとその小さな宇宙船を床に戻した。

「そこにあるのは、銀河帝国の艦隊の艦なのですね?」

と、ディポックは言った。

 艦があるだけではなく、あんなに小さいのに中に銀河帝国の兵士や士官たちも乗っているのだ。

「そのようですね」

と、バルザスは言った。

「で、これ、どうするんですか?このままにしておけませんよね」

と、ダズ・アルグが言った。

 とその時、倒れていた二人の目が開いた。


150.

 銀河帝国の軍服を来た二人は目を開けるとすばやく起き上がった。

「動くな!」

と、バルザスが叫んだ。

 立ち上がって二人が動き回ると、床に無数に落ちている艦が踏みつけられて壊れてしまう恐れがあった。だが、彼らにはその静止の意味がわからないようだった。ただ、その声に驚いて脚の動きを止めたのだった。

 二人はヘイダール要塞のディポック司令官の顔を知っていると見え、

「お、お前はディポック、ヤム・ディポック提督。新世紀共和国軍元帥の……」

と、敵意をむき出しにして一人が言うと、

「これはどうしたことだ?」

と、もう一人が周りを見て言った。

 二人からしたら、ヤム・ディポックは敵だった。これまで現実に戦って来た敵の司令官だった。新世紀共和国が銀河帝国に敗北し、領土が併合されたのはほんの数年前だった。その上、ヤム・ディポックはそれを不満に思い新制共和国を脱出し、ヘイダール要塞を奪取占拠したのだ、と言うのが帝国側の見方である。

「ここは、ヘイダール要塞です。お二人ともようこそ…」

と、最初の驚きから覚めると、ディポックがのんびりとした口調で言った。

「何?ヘイダール要塞だと?馬鹿な。我々は…、そうだ、未知の艦隊と遭遇していたはずだ。お前たちはあの艦隊の仲間なのか?」

と、一人が言った。

「未知の艦隊?何の話です?」

と、ディポックは言った。

「我々は、新領土内を航行中、未知の艦隊に出会ったのです」

と、もう一人が言った。彼は、ディポックがその艦隊について何か知っているのではないかと思っているようだった。

 二人ともこの場面に出くわす前の記憶は、しっかり残っているようだった。

「そうね。そして無謀にも戦闘に入ろうとしていた…」

と、リイル・フィアナが言った。

「お前は誰だ、女!」

と、言葉も荒く気の強そうな方が言った。

「お黙り!口に気をつけなさい。私は女じゃない、フィアナという名があるのよ」

と、フィアナが激しい口調で言った。

「何だと!新世紀共和国は我々が征服したのだ。こんなところを勝手に占領するとは許せん!」

と、その男は怒りに任せて検討違いなことを言った。

「うるさい人ね。少しは黙っていなさいというのに…」

「お前に命令されるいわれはない!」

「あら、そうなの?」

と言うと、フィアナはパチンと指を鳴らした。

 その途端、次の言葉を出そうとした男は、呼吸ができずに苦しそうに喘いだ。

「どうしたんです!」

と、もう一人が慌てて言った。彼は言葉が丁寧で、物腰ももう一人よりも上品な気がした。

「黙らないから、黙らせただけよ」

と、フィアナは平然と言った。

 バルザスはそれよりも、もがいている男が、床に無数に転がっている小さくなった彼らの艦隊を踏むのではないかと心配した。そして、二人にわからないように、小さな艦を二人から遠ざけようとした。同じことを心配してブレイス少佐が床を見ていると、小さな艦が少しずつ帝国軍人から遠ざかっていくのが見えた。

 一方、苦しそうに喉を掻きむしっている仲間を助けようとして、

「何かしたんですか?」

と、ディポックの方を向いて、もう一人が訴えた。

「いや、私がやっているのではありません。ですが、ともかく落ち着いてください。そうすれば、楽になるでしょう」

と、ディポックは横目でフィアナを見ながら言った。

 フィアナはそのディポックの視線に、すばやく片目をつぶって答えた。

 苦しそうにしていた男はそれを聞いて、ディポックの方を向いた。初めは何か言いたそうにしていたが、それをやめ、ゆっくりと呼吸を整えた。すると、少し楽になったのか騒がなくなった。

 それを見て、

「ここはヘイダール要塞ですか?そして、あなたはヤム・ディポック司令官、本人ですか?」

と、もう一人の男が静かに確かめるように聞いた。もう一人よりは冷静な人物らしい。

「そうです。私はヤム・ディポックです。それで、あなたは?その軍服から見ると、銀河帝国の方でしょうか」

と、ディポックは聞いた。

「私は、銀河帝国軍上級大将アルトラス・ヴィル。こちらは、同じく上級大将ウルブル・フェルラーといいます。私の記憶によれば、ついさっきまでヘイダール要塞からかなり離れた宇宙空間にいたように思うのです。それに私の艦隊と共にいたはずなのです。それなのに、私達二人だけここに突然来てしまったような気がします。これは、いったいどういうことなのでしょうか?」

と、アルトラス・ヴィル上級大将が聞いた。

 ディポックは内心、どうしようかと迷った。リイル・フィアナが魔法を使ったのは自分にはわかるが、だからと言って、どうやったのかはわからないのだ。それにこの二人に、魔法を使って連れて来たと言ったら、どんな反応をするか想像できた。

 しかし、いつまでも魔法について黙っていたとしたら、相互不信が高まるだけではないかとディポックは思った。

「実は、その、あなたたちは魔法で連れて来られたのです」

と、ディポックは正直に言ってみた。

「……」

 アルトラス・ヴィルは信じられないという目でディポックを見た。それは、ディポックの正気を疑うような目でもあったかもしれない。

「もちろん、私が命じたわけではありません。そこにいるリドス連邦王国のリイル・フィアナ提督があなた方とあなた方の艦隊が危険なのを見て、助けてくれたのです。それで魔法をかけて敵の艦隊の目をかすめてここまで連れて来たというわけです」

と、ディポックは簡単に説明した。

 アルトラス・ヴィルとウルブル・フェルラーの二人は顔を見合わせた。その時、ディポックの話を否定するかのようにウルブルの方は激しく首を振った。一方、アルトラスはしばらく考えていた。そして、

「リドス連邦王国というのは?」

と、アルトラス・ヴィルは疑問を口にした。

「聞いたことはあるだろう?」

と、ダズ・アルグは言った。

「確か、最近帝国に国交を求めて来た国の一つにそんな名があったような…」

 軍人であるアルトラス・ヴィルはあまり外交については詳しくない。艦隊が新領土へ派遣される前に、帝国とジル星団の未知の国が国交を求めてきたと言う話を小耳にはさんだだけに過ぎない。

 辺境に位置するヘイダール要塞のディポックもそうした情報はあまり持っていないけれども、そろそろ銀河帝国の大逆人がリドス連邦王国にいるという噂が伝わってもよい頃だった。

「おそらく、そうだと思います。リドス連邦王国はジル星団の中の国の一つです」

と、ディポックは言った。

「それで、そこにいる人物はもしかしてかの大逆人のダールマン元帝国元帥の部下だった者ではありませんか?」

と、アルトラス・ヴィルは鋭く指摘した。

「彼は、今はリドス連邦王国のベルンハルト・バルザス提督です」

 やはり、気づいたかとディポックは思った。さて、それでどんな成り行きになるだろうか。余計に嫌悪感や反感をむき出しになるようだったら、この二人の扱いには非常に困ることになる。

「なるほど、そのリドス連邦王国へ行ったというわけですか…。それでは、ダールマン元帝国元帥もどこにいるかご存知でしょうか?」

と、ウルブル・フェルラーとは違って、案外冷静にアルトラス・ヴィルは聞いた。

「オルフ・オン・ダールマン閣下は、リドス連邦王国艦隊に所属しています」

と、バルザスは簡潔に言った。

「すると、戦死したという公報は虚偽だったのですね」

と、念を押すようにアルトラスは言った。

「そうかもしれない。たぶん誰かが死んだと誤解したのでしょう」

と、バルザスは他人事のように言った。

 その戦死の公報については、彼自身や他の二人が直接関わったわけではないので、虚偽かどうかはわからない。側近の者がもし生きていて彼らの死を確認したとするなら、事実であるからだ。

「いったい、誰の話をしているの?もしかして、レオン、いえレギオンのことを話しているの、銀の月?」

と、フィアナは言った。

「そうだ」

と、しぶしぶバルザスは言った。

「そう。なら、戦死したという公報は事実だわ。私が知っていることは、何でも銀河帝国という田舎帝国が三人の将帥を根も葉もない根拠で討伐し、戦死させたということ。それであなた達がガンダルフに戻って来たのだもの」

と、フィアナは彼女にとっては明らかなことを言った。

「あの、リイル・フィアナ提督。その話は、あとにしていただけませんか?今その話をしても彼らは混乱するばかりだと思います」

と、ディポックは言った。

 まだ要塞に連れて来られたばかりのアルトラス・ヴィルとウルブス・フェルラーという二人の銀河帝国の上級大将の地位にある提督は、リドス連邦王国の名をどこかで聞いたと言う知識しかない。そこに彼らが魔法使いだったなどということを言っても、理解できるとは思えなかった。

 まして、大逆人のダールマン元元帥と部下の二人の提督がリドス連邦王国の首都星ガンダルフで五大魔法使いと言われているなどと言う話は、到底理解できないだろう。何しろ、彼ら三人が五大魔法使いになるには、一度死ぬことが必要なのだ。死んで蘇るという秘宝の呪文があるなど、この宇宙時代には噴飯ものである。

「どういうことです?」

と、アルトラス・ヴィルは不審そうに言った。

「ともかく、ダールマン提督も、それからヨナン・スリューグ提督ですか、彼もバルザス提督とともにリドス連邦王国にいるということは確かなことのようです」

と、ディポックは言った。

「じゃ、そのお二人には、下にあるものを踏まないようにして、こちらに来てもらえるかしら?」

と、フィアナはディポックの考えを察して言った。

「下にあるもの?」

と、訝しげにアルトラス・ヴィルは言って、床を見た。

 床にはよく見なければわからない程小さな、おもちゃのような宇宙船が無数に転がっていた。

「これは、なんですか?」

と、アルトラス・ヴィルは聞いた。

「あなた方の艦隊よ。たくさんいたから、小さくしないとここまで持って来られなかったの」

と、フィアナは言った。

「まさか、これも魔法だというのではないでしょうね」

と、ヴィルは半分冗談のように言った。

「当然よ。魔法を使わなければこんなことできないでしょう?」

「信じられない。ディポック司令官、あなたはこの女性の言っていることを本気で信じているのですか?」

と、アルトラス・ヴィルは言った。

「あなたのおっしゃることはわかります。ですが、これは事実です」

 もう何度も、バルザスが魔法を使うのを見たのだ。他の連中が魔法のような力をもっているところも見ている。あの暗黒星雲の種族のことだ。だから、もうディポック自身は魔法の存在を疑ってはいない。

「ばかな。ありえない。そんなことはありえません!」

と、アルトラス・ヴィルは強く否定した。彼にとっては初めて経験したことだった。ウルブル・フェルラーは言葉にできないだけ、強い目つきで否定していることを示していた。

「そんなことを言うのなら、…」

と、つぶやくとフィアナは小声で呪文を唱えた。


151.

 すると、アルトラス・ヴィルとウルブル・フェルラーは急にこれまでの半分ほどの大きさに縮んだ。

「こ、これは、どうしたんだ?」

と、アルトラス・ヴィルは驚愕した。

 急に周りが大きくなって、ディポックの前の机が目の前にあるのが見えたのだ。

 声の出せないウルブル・フェルラーも青ざめて、

「ウーッ、ウーッ…」

と唸るしかなかった。

「フィアナ、やり過ぎだ。元に戻してくれないか…」

と、慌ててバルザスが言った。

「いやよ。この二人、すぐに帰すわけには行かないのだから、しばらくこのままでも問題ないでしょう?」

と、フィアナは面白いおもちゃを見つけたように言った。

「ええと、あのリイル・フィアナ提督。できれば、この二人をもとに戻してあげてください。あなたへの無礼があったのなら、私が彼らに替わって謝りましょう。何しろ彼らの国では、私の国のように、魔法などは絵本や童話のなかにしかなかったのですから。すぐに魔法というのを信じることができないのです」

と、ディポックは宥めるように言った。

「でも、この二人は、何をするかわからないわ」

と、頑固にフィアナは言った。

「そんなことはないと思います。そうですよね、ええと、アルトラス・ヴィル提督、それにウルブル・フェルラー提督?」

と、ディポックは言った。

 その言葉に、二人は仕方なく、急いで頷いた。

「そう、わかったわ。司令官がそう言うのなら…」

と言うと、フィアナは軽く片手を振った。

 すると、小さくなった二人の提督は、ぐんぐんと等倍に大きくなり、元の大きさに戻った。そのことに安堵して、

「あなたは、何者ですか?」

と、アルトラスはフィアナに聞いた。

「さっきから、ここのディポック司令官が言っているでしょう?リドス連邦王国の者よ」

と、うるさそうにフィアナは言った。

「リドス連邦王国の人は、みなあなたのような力を持っているのでしょうか?」

「さあ、どうかしら?そんなことあなたに言わなければならない理由はないわ」

と言って、フィアナは横を向いてしまった。

「しかし、司令官。この銀河帝国の提督のお二人の扱いはどうしますか?」

と、ダズ・アルグが言った。

 銀河帝国と言えば、ディポック以下の元新世紀共和国の人々が占拠しているこのヘイダール要塞にとっては敵同然なのだ。本来ならいつ銀河帝国の艦隊が襲来してもおかしくない。

「そうですね。このまま捕虜として拘束するか、それとも…」

と、ディポックは考えながら言った。

「それとも?」

と、面白そうにフィアナは言った。

「彼らを連れて来たフィアナ提督、あなたは何か別の考えがあるのでしょうか?」

と、ディポックは聞いた。

「そうね。敵だとしたら、捕虜として拘束するのも已むを得ないでしょう。でも、それじゃ、つまらない気もするわ」

「つまらない?」

と、バルザスが不安そうに言った。

 いつもならフィアナは、助けてあげたのにその態度は何だとか、私は恩人なんだとか言い出すところだ。今回はそれがない。バルザスにはそれが不気味に感じられた。

「そうよ。二人だけじゃ、どうせ何もできないわ。それに、彼らの艦隊もそこに転がっている状態ですもの。艦隊を捨てて提督が逃げるなんてしないでしょう?だったら、拘束するよりもこれから起こることを観戦させるのも一興だわ」

「観戦させるというと?」

と、ディポックは聞いた。

「このヘイダール要塞で今何が起きているか、見てもらうのよ。いつまでも、敵だと言って反発している場合ではないでしょう。今までとは違うことが、このふたご銀河で起きようとしているのですもの。あの年の割に頑固な皇帝陛下に、少しは情報をあげる必要があると思わない?」

 ディポックやバルザスは、フィアナの言うことに一理あることはわかっていた。

 惑星カルガリウムの問題にしても、まず、銀河帝国にこれまでの情報を何とか伝える必要がある。今のところ、その方法は残念ながらないに等しい。とは言っても、今この二人の銀河帝国の提督を部下に会わせて無事に済むとは思えない。これまで戦って来たいきさつもあるからだ。だから、他の部下達の手前、なかなか難しいのではないかと思っていた。

「そうね。問題は他の連中に何と言って納得させるかだわ。あなたの部下にもなかなか小うるさい人物がいるようだし。でも、私が連れて来たんだし、最終的には私が責任を持つということで、何とかならないかしら?」

「それをいうなら、最終的には私にも責任を持たせるということだろう?」

と、バルザスは呆れたように言った。

「そう、悪いかしら?いいでしょう、銀の月。それに、ディポック司令官、あなたはリドスの姫様方の名を聞いているのでしょう?」

と、フィアナは言った。

「で、でも、彼らの顔は結構知られていると思いますけど…」

と、リーリアン・ブレイス少佐が言った。

 下っ端の兵士ならともかく、銀河帝国の提督クラスなら、ある程度元新世紀共和国の連中に顔を知られているのだ。

「そうね。それなら、魔法で顔の外見を変えればいいのよ」

「魔法で、ですか?」

「そう。変装するよりも簡単よ」

と、フィアナは面白そうに言った。

 最初からそのつもりだったんだな、とバルザスは思った。

 銀河帝国の二人の提督は不安そうにフィアナの話を聞いていた。捕虜になった以上、何をされても仕方がないとでも思っているのかもしれなかった。もちろん、簡単に言うことを聞くようなことはないだろうが…。先ほどみたいに体を小さくされるよりはましかもしれない。ただ、それは彼らにとっても決して損なことではないはずだった。


 中断したヘイダール要塞の幹部会議をディポックが再開したのは、それから間もなくだった。

「前の会議が中断したので、続きを始めようと思う。ええと、どこまで行っていたかな?」

と、会議の初めにディポックが言った。

「司令官、グーザ帝国についての話をリドス連邦王国の提督閣下から話を聞くところでした…」

と、リーリアン・ブレイス少佐はリドス連邦王国の艦隊の動く目的についての話は省略して言った。

 すると、咳払いをして、

「その前に、司令官、その新しく来た方々の紹介をしていただけると助かります…」

と、グリンが言った。

「そうだったね。バルザス提督の横にいるのが、リドス連邦王国の第八艦隊司令官リイル・フィアナ提督だ。この度蛇使い銀河のパトロールから帰還したところだ」

と、ディポックが紹介した。

 銀河帝国のアルトラス・ヴィル上級大将とウルブル・フェルラー上級大将の二人は、フィアナの隣に大人しく座っていた。顔と軍服を魔法で変えていたので、他の連中にはフィアナの部下だとしか思えなかった。

「初めまして、皆さん。私はリイル・フィアナといいます。今回のパトロールは、蛇使い銀河のグーザ帝国の偵察任務が主なものでした。

 こちらの銀の月が話したように、蛇使い銀河では特に大きな災害は起きていません。ですから、グーザ帝国のわが銀河への侵攻は、移住目的ではなく、侵略が主な目的であると考えて良いと思います」

「とすると、恒星ダロスの惑星カルガリウムが現在グーザ帝国の占領下にありますが、カルガリウム自体を彼らの領土にするつもりだというわけでしょうか?」

と、これまで黙って聞いていたノルド・ギャビ要塞事務官が聞いた。

「我々の調査では、グーザ帝国が今必要としているのは、領土ではありません。彼らが求めているのは、宇宙船のエネルギーとして使われる特殊な結晶石です」

と、フィアナは言った。

「というと、彼らの艦は特殊な結晶石をエネルギーとして使っているというわけですか?」

「そうです。核エネルギ―は彼らにとっては扱いづらく、危険なものなので、特殊な結晶石を用いているのです。現在彼らの銀河では、その結晶石を取りつくしてしまい、新たな鉱脈が発見されなくなっています。そのため、それを探しに来たのです」

「すると、彼らの侵攻は惑星カルガリウムだけでは済まないということになりますか?」

と、ディポックは聞いた。

「おそらく、恒星ダロスの惑星を探査し、もし結晶石が見つからない場合は、次の恒星系へ移動するでしょう。そのために、彼ら自身がパトロールの範囲を大きくしています」

「結晶石が見つかった場合はどうなるのです?」

と、ノルド・ギャビが聞いた。

「その場合は、もっと見つかると思って、母星からもっと多くの艦隊を派遣させるでしょう」

と、フィアナは言った。

 どちらに転んでも、事態はあまり好転しないのだ。

「では、現在進行中の惑星カルガリウムの住民の移動は、急ぐべきでしょうか?」

と、ディポックは聞いた。

「急いだ方がいいと思われます。どちらにせよ、彼らは自分たちがこのふたご銀河に来ているという証拠を残さないようにするでしょうから。つまり、彼らを見たという住民がいることは困るわけです。だからこそ、彼らはカルガリウムの政府の連中にしか、姿を見せていないのです。ただ、人間が住んでいる以上、噂はどうしても出てきます。」

「では、住民の虐殺という事態もありうるというのですか?」

と、グリンが聞いた。

「十分ありえます。それでなくとも、彼らは彼らの銀河でそれをやっています」

「それは、事実なのですか?」

と、ダズ・アルグは聞いた。

「この話をすると長くなりますが、彼らにとっては惑星に住む住民を虐殺することをためらうようなことはありません。そうしたことを長年してきたのですから、彼らの銀河で…」

「ただ、問題はこちらに移動してきた住民を最終的にどこへ移住させるかということです」

と、ノルド・ギャビが言った。そう簡単に、移住する惑星があるとは思えない。

「それなら、ダルシアの代表のタリアに相談してみてはどうでしょうか?確か、ダルシアの領域内には酸素のある大気の惑星がいくつかあるはずです」

と、フィアナは言った。

「それは、本当ですか?」

と、ディポックは聞いた。

「確かにあります。ダルシアでは人の住んでいない惑星がほとんどですから、移住は可能です」

と、タリアは言った。

「もちろん、全てが済んだ後には、また必ず惑星カルガリウムへ移動させます」

と、ディポックは言った。

「それは、どちらでもいいと思います。ダルシアにはもうダルシア人はいませんし…」

「タリア、それは違うわ。カルガリウムの住民には、自分の国へ戻った方がいいと思うわ。それでなければ、ジル星団内に新世紀共和国ができてしまうことになる。そうなると、また政治的に複雑になるだけではないわ。あの世の問題もあるから…」

と、フィアナは言った。

「あの世の問題って何です?」

と、驚いてノルド・ギャビが聞いた。

「つまり、死んだ後の世界のことです。一時的な移住ならともかく、半永久的になると、死んだ後行く世界もこちらに構築しなければならなくなります。一時的ならいずれ、もとの惑星に戻ることで、死んだ者たちも帰ることになるということです」

「仰っている意味がよくわかりませんが、死んだ後のことまで考えなくてもよいのでは?」

と、ブレイス少佐が言った。

「そういうわけには行きません。あなた方がそういう態度なので、この前の戦争でどれだけ我々が苦心したか…」

「フィアナ、そのことはまだ早い…」

と、バルザスは言った。

「ともかく、我々としては、死んだ後のことも考えて行動しているということを、分かって頂きたいのです」

と、フィアナは言った。これだけは言っておきたいと思っているようだった。


152.

 ディポックはリイル・フィアナの奇妙な意見を聞いて、リドス連邦王国と自分たちの違いを改めて実感していた。フィアナの話は嘘ではないのだろうが、とうてい銀河帝国や新世紀共和国の人々では理解できることではない。

「しかし、銀河帝国もそろそろ気がついてもいいのではないでしょうか?未だに、彼らはこのグーザ帝国の侵攻について何も気が付いていないのでしょうか?」

と、ブルーク・ジャナ少佐が言った。

「気が付いていないのだろうよ。恒星ダロスの方面へ銀河帝国の艦隊が派遣されたというニュースは聞いたことがない」

と、フェリスグレイブが言った。

「ですが、我々が惑星カルガリウムの住民の救出作戦を実行中に、もし銀河帝国のやつらと鉢合わせしたら、どうなるんです?」

と、ジャナ少佐が聞いた。

「そりゃ、もちろん戦闘が始まるだろう。彼らにとって我々は旧新世紀共和国の勢力なのだから…」

と、ダズ・アルグが言った。

「何だか、ばかばかしいですね。我々は危険も顧みずに、銀河帝国のやつらのために頑張っていることになりますから…」

「確かに、骨折り損のくたびれ儲けですね。銀河帝国の連中がもっとしっかりしてくれれば、我々もこんなに苦労することはないでしょうに…」

と、アスティ・ミール少佐が言った。

 それを聞いて、フィアナの横に座っていたウルブル・フェルラーがむっとした顔をした。顔を魔法で変えても表情は分かるようになっているのだ。

「仕方あるまい。連中には、グーザ帝国のことなんてわかりようがないからな」

と、フェリスグレイブが言った。

「たぶん、今頃はあのゼノン帝国の大使があることないこと銀河帝国の政府に吹き込んでいると思うわ」

と、タリアが言った。

「そう言えば、あの暗黒星雲の種族にそう言っていましたね。リドス連邦王国の女王陛下が…」

と、ブルーク・ジャナ少佐が言った。

 すると、フィアナの横にいた彼女の部下だと思われているアルトラス・ヴィルが、

「ディポック司令官は、リドス連邦王国の女王と遭われたのですか?」

と、聞いた。

「この間、暗黒星雲の種族が大挙して要塞にやって来た時のことですよ。あの妙な力を持っている連中が大人しく言うことを聞いていましたから、驚きですよ」

と、ジャナ少佐が言った。

「先ほどから、暗黒星雲の種族とおっしゃいますが、それは何ですか?」

と、フィアナの隣に座っているアルトラス・ヴィルが聞いた。彼だけでなく、銀河帝国の者でも元新世紀共和国の者でも、暗黒星雲などと言う種族の話は聞いたことがないはずだ。

「あれ?あなたはご存じないのですか?リドス連邦王国の方でしょう?」

「いえ、私は…」

と、そこで言葉に詰まって、彼はディポックを見た。つい口を出してしまったが、このまま続けて良いのか判断に迷ったのである。

 ダズ・アルグは、これは困ったことになると思った。

 リイル・フィアナの連れて来た銀河帝国の提督二人をこの会議の場に連れて来たのは、フィアナがそうしたいと強弁したからである。ディポック司令官がどんな考えでそれを許可したのかダズ・アルグにはわからなかった。

「ディポック司令官、もうこの辺で彼らの紹介をしてもいいでしょうか?」

と、フィアナは聞いた。

「そうですね。あまり遅くなると、返って誤解が増えるでしょう」

と、ディポックは言った。

 その声に不安はないようにダズ・アルグやブレイス少佐には感じられた。

 フィアナは両手を出して、大きく二つ拍手をした。すると、フィアナの隣の二人の顔つきがガラリと変化した。ついでに、着ている軍服も元の銀河帝国のものに戻った。


 会議室は一瞬静まり返ったが、次の瞬間音を立てて総立ちとなった。

 座っているのは、ディポック司令官とブレイス少佐、そしてダズ・アルグ提督。他にリドス連邦王国のバルザス提督とフィアナ提督、それにタリア・トンブンだった。タリアは何が起きているのかわからなかったのだ。

 そして魔法を解かれた二人も、つられるように立っていた。

「一体、これはどうしたことです!」

と、すでに熱線銃を引き抜いて相手に向けてフェリスグレイブは言った。

「まあ、みなさん、落ち着いて。何をそんなに驚いているんです?」

と、フィアナは言った。

「この二人を連れて来たのは、あなたですか?リイル・フィアナ提督!どういうつもりです!」

と、グリンは怒りを抑えて言った。

「だから言ったんだ。やめた方がいいってね…」

と、バルザスが場に似つかわしくないことを言った。

「まるで、今でも銀河帝国と戦争をしているような雰囲気ね…」

と、他人事のようにフィアナは言った。

 要塞の側の士官は皆、熱線銃を二人の銀河帝国の提督に向けて立っていた。

 逆に銀河帝国の二人も熱線銃をディポック司令官に向けて立っていた。

「答えろ!いったいリドス連邦王国は我々の敵か味方か?」

と、フェリスグレイブはゆっくりと熱線銃の先をバルザスに向けて言った。

「たった二人の登場でこんなに動揺するなんて、呆れるわ!」

と、フィアナは言った。

「何だと!」

と、ジャナ少佐が言った。

「私は、あなた方がこれまでできなかった、帝国との情報共有の道を開こうとしているの。ともかく、武器を降ろして席についてくれないかしら…」

と、フィアナは言った。

「司令官、あの二人を拘束するべきです。それに、艦隊は、どこまで来ているんです?」

と、フェリスグレイブが言った。

「彼らの艦隊は、実は私の執務室にいるんだ…」

と、ディポックは困ったように言った。

「部屋?部屋ですって?帝国の宇宙艦隊がそんな狭い部屋に入れるわけないじゃないですか?」

と、ジャナ少佐が言った。

「それが、このリイル・フィアナ提督の魔法で小さくなって、床に転がっているんだ」

 要塞の幹部連中は驚いて、フィアナを見た。

「あ、あなたは魔法使いですか?」

と、間の抜けた質問をしたのは、グリンだった。

「当然よ。リドス連邦王国の艦隊指揮官はほとんど魔法使いだわ。それが、驚くことなの?」

「し、しかし…」

「バルザスだって、そうだわ。あなた方もそれを知っているわよね。それに、私たちを、そこらへんのゼノン帝国やナンヴァル連邦とかの力や経験のない魔法使いと一緒にしないでほしいわ」

「なるほど、あなた方はあの暗黒星雲の種族のような力を持っているということか?」

と、フェリスグレイブは聞いた。

「あんなルールもマナーも知らない無法者連中と一緒にしないでほしいわ。ともかく、この二人のことは、私とバルザスで責任を持つわ。この要塞にいる限り、敵対行動はとらないということをね」

「もし、取ったらどうするんですか?」

と、ジャナ少佐は聞いた。

「そうね、そうなったらどうなるかを知っておくのもいいでしょう」

というと、フィアナは両手を前に出して、手のひらを開くとまるでボールを手の中に入れるような仕草をした。

 すると、定例会議の席にいた者たちは猫の姿に替わっていた。

「フィアナ!」

と、バルザスが叫んだ。

 ディポック司令官とブレイス少佐、ダズ・アルグ提督、それにタリア・トンブンと二人の魔法使い以外は皆猫の姿に替わっていたのだった。

 いや、それだけではなかった。他の要塞幹部の中で、なぜかブルーク・ジャナ少佐だけは猫になるのを免れていた。彼は目を白黒させて、仲間が猫になったのを見ていた。

「まあ、何てこと!」

と、フィアナは叫んだ。

 そして、立ち上がると、ジャナ少佐に近づき、

「どこに行っていたの?久しぶりね、ミリア・ヘイスダス」

と言って、ジャナ少佐の懐から出て来た猫に話しかけた。


153.

「あの女は危険です!」

と、定例会議の終わった後、開口一番にグリンは言った。

 もちろん、リドス連邦王国のリイル・フィアナ提督とバルザス提督が銀河帝国の二人の提督を連れて去ってからのことだ。

 彼らは初めて猫になった気分を味わった後、ディポックの口添えでやっと元の姿に戻してもらったのだ。それもさんざんバルザス提督がリイル・フィアナ提督を宥めてからのことだった。

「確かに、何をするかわからないですね」

と、ダズ・アルグは言った。彼は猫になるのを免れたのだが、なぜかはわからなかった。

「でも、司令官の意に反することはしなかったと思います」

と、中立の意見をブレイス少佐は言った。彼女も猫にはされなかった。

「だが、あれではいつ何時、何をされるかわからない」

と、グリンが言った。

 猫にされるという経験をすれば、それも元に戻してもらえるかわからない状況を味わったのならば、グリンの言うような意見は至極当然のことだと言えた。

「まあまあ、ちょっと彼女はやり過ぎのところはあるが、敵ではないと思っているので…。それに、彼女が言っていたように、バルザス提督も彼女と同じくらいの力の持ち主のはずだから…。多少彼女がやり過ぎても、バルザス提督が何とかするだろうと言うことは言えるだろう」

と、ディポックは宥めるように言った。

「まさか、あんなことまでできるとは、思いませんでしたな…」

と、フェリスグレイブが苦笑いをして言った。それが、大概の連中の感想だった。

 その時、

「司令官、ちょっと気になることがあるんだが…」

と、ノルド・ギャビが言った。

 最近要塞でおかしなことが起きていた。といっても、スパイされているとか、そのようなことではない。ただ、人間を猫に変えることができるならば、あのこともそれと関係があるのかもしれない、とノルド・ギャビは先ほど気が付いたのだ。

「要塞で一番大きな公園に池があるのを知っているだろう?」

と、ノルド・ギャビは言った。

「誰でも知っていますよ。私もよくあそこには行っていたから。最近は忙しくていけなかったけれど…」

と、ディポックは言った。

「あの池に、最近鳥が住み着いてね…」

「鳥が?前には鳥なんて一羽もいなかったと思うが…」

 要塞の人工の池には観賞用の魚はいたが、鳥はいなかった。植物は植えてあるが、鳥や虫などはウィルスを持ち込むので入れなかったのだ。それは要塞が銀河帝国のものだった時も同じだった。

「それが、一羽二羽、なんて数じゃない。もう三十羽ほどもいるらしい」

「いったいどこの誰が、そんな鳥を連れて来たんです?」

と、ダズ・アルグが迷惑そうに言った。

「いや、もしかしたら、本物の鳥ではないかもしれない、と思ったんだ」

 自分が猫にされて初めて、もしかしたらあの鳥は本物の鳥ではないのではとノルド・ギャビは疑問を感じたのだ。何しろその鳥は、新世紀共和国や銀河帝国では生息していない種類なのである。羽を伸ばせば二メートルほどありそうな鳥だが、体の一部に緑の鱗を持つという見たことのない種類なのだ。まさに新種の鳥だった。

「まさか、要塞の誰かを鳥にしたとでも言うんですか?」

と、ダズ・アルグが言った。もしそうだとしたら、明白な敵対行為になるのではないか?だが、誰がやったのか?あのバルザスなのだろうか?

「それは、違うと思う。失踪届は一つも出ていないから。いくらなんでも、三十人も消えたら、誰かが気が付くだろう?」

と、ノルド・ギャビは言った。

「変ですね。いったいどこから来たんでしょう」

と、ブレイス少佐が言った。

「鳥が宇宙船に乗って来るはずはないし、どうしたものでしょうか?」

と、グリンが言った。

「そうだな、ともかく、またナンヴァルのマグ・デレン・シャに会って、リドスの話などを聞いてみようと思うんだが…。その鳥についても聞いてみることにしよう。少なくとも、彼女は我々よりも詳しいだろうから…」

と、ディポックは言った。他に聞くようなあてもなかった。

「そうですね」

「そうだな。もう一度、失踪した者がいないか、こちらも調査してみよう」

と、ノルド・ギャビは言った。


 リドス連邦王国のバルザス提督はリイル・フィアナ提督と分かれて宿舎に戻ると、居間にして使っている要塞の副司令室である部屋にいる連中をざっと見た。

 その場にはカール(サムフェイズ・イージー)とナル・クルムは司令室に詰めていたため、いなかった。

 ナンヴァル人たちもナルゼンのウル・ガルやナッシュガル、それにアリュセアの子供達もなぜか混ざっていた。その雰囲気が和気あいあいとしているのが、妙に感じられた。

「あ、バルザスおじさんだ…」

と、アリュセアの末の娘であるリュイが言った。

「まあ、やっと戻って来たと思ったら、会議だとか忙しくなさって、少しは休みを取られてはどうです?」

と、マグ・デレン・シャが心配して言った。

「いつものことです。それよりも、惑星連盟の連中が何か言ってきそうです」

と、バルザスは言った。

「惑星連盟?宇宙都市ハガロンで何かあったのでしょうか?」

と、マグ・デレン・シャはナンヴァル人の仲間を案じて言った。

「どうやら、ゼノン帝国とナンヴァル連邦は同盟を結んだようです。強固な軍事同盟を…」

 ゼノン帝国はともかく、かつてはあれほど嫌っていたゼノンとナンヴァル連邦が同盟を締結するとは世の中も変わったものだと、バルザスも感じていた。

「リドス本国から連絡があったのですか?」

「艦隊の定期連絡です。いずれ、こちらにも何か言ってきそうなので、一応あなたに話して於こうと…」

 その時、すでに宇宙都市ハガロンの惑星連盟からヘイダール要塞へ向けて艦隊が発進していた。その艦隊が来るのはもう少し後になる。

「でも、それではリドスは惑星連盟でやりにくいのではありませんか」

「おそらく、惑星連盟から追い出されるだろうと、ハガロンにいる代表が言ってきました…」

と、バルザスは言った。

「そうなったら、リドス連邦王国はどうされるのでしょう?」

「まあ、そうなったら仕方がないでしょうね。ただ、古い文明の国々がどう動くか…」

 ジル星団の古い文明の諸国は、今回の騒動ではマグ・デレン・シャの決定を尊重してくれたが、次はわからない。

「彼らは、分裂するかもしれませんね」

と、ため息をついてマグ・デレン・シャが言った。どうもこれからジル星団も安穏としていられない時代になって来たように思えるのだ。

「ゼノン帝国の動きがいつもとは違います。もしかしたら、彼らの中でゼノンに付くものがいるのかもしれません。付くというよりも、もっと積極的に、扇動しているのかもしれません。今回の件に関しては…」

と、バルザスは言った。

 霊になったマグ・クガサワン・シャ元調整官が、古い国々の中にどうもゼノン側に付いて彼らを焚き付けているものがいると言っていたのがバルザスには気になっていた。

「それは、マグ・クガサワン・シャ閣下からも大体聞きました。ただ、どの政府かはまだわかりませんが…。彼らはあなた方と同じで、密かに動くことが得意なのでしょう」

「それよりも、目下もっとも重要なのは、あなたもお聞きになっているかもしれませんが、グーザ帝国のことです」

「聞きました。あの噂の転送装置を使ったと聞きました。でも、間に合うのでしょうか?あの装置では少しずつしか移動できないのではありませんか?」

 ナンヴァル連邦も、大昔白銀銀河のアンダイン種族が送って来た転送装置について知っているのだ。

「そのことについては、危険水域に達する前に、リドス本国から大出力の転送装置を持ってこさせるつもりです」

「グーザ帝国と直接遣り合うことは?」

 マグ・デレン・シャはそうした最悪の事態も考えておくべきだと考えていた。その場合は、惑星連盟で太刀打ちできるだろうかと不安に思っている。銀河帝国だけで済む問題ではないだろう。おそらく、ふたご銀河中の勢力が力を合わせる必要があるのではないだろうか。

「それは、勘弁してもらいたいですね。しかし、ことによるとこの要塞の位置がばれるのが先かもしれません。惑星カルガリウムからの住民の中に彼らのスパイが入り込むかもしれませんから…」

 その可能性は十分あると、バルザスは考えていた。それでなくとも、グーザ帝国が大艦隊を差し向けるに当たって、何の情報もなく動くことはありえない。ふたご銀河について調査を充分にしているはずだった。

「そのときは、この要塞の艦隊で守れるのでしょうか?」

と、不安そうにマグ・デレン・シャは言った。

「そうですね。問題は数です。大艦隊を送って来られると、さすがのディポック司令官も苦戦するかもしれません」

 だが、ここには元新世紀共和国の艦隊だけではなく、ダルシア帝国の艦隊も、リドスの艦隊もいるのだ。

「ダルシアの艦隊やリドスの艦隊の出番はないのですか?」

「それは、最後の最後まで取っておきたいものです。できれば、ここの駐留艦隊だけで、何とかしたいのです」

 ナッシュガルはずっと黙って聞いていたが、その時、

「我々の要塞はどうなっていますか?」

と、初めてバルザスに直接聞いた。

 これまでナッシュガルやウル・ガルはバルザスが帰って来ても、離れたところから様子を窺っているだけで、話しかけることはなかった。バルザスが彼らの養父であるアゼル・ルマリアだという確証がなかったからだ。

「君たちの要塞かい?」

と、バルザスは言った。その声は案外優しく響いた。

「それにも困っているんだ。何しろ、いまだヘイダール要塞に衝突したままで、動かせないのだから…」

 ウル・ナッシュガルの海賊の要塞は動力部が破壊され、技術者がいないためなかなか直せないのだ。

「あの要塞には修復のための技術者がいたんだが、どうもどこかへ消えてしまったようなんだ…」

と、バルザスは困ったように言った。

「消えた?」

とナッシュガルは言って、ウル・ガルと顔を見合わせた。

「ここの連中の技術ではあの要塞の動力部は直せない。だから、いつまでもあのままでいるしかない…」

 だが、いつもまでもこのままでは、グーザ帝国の艦隊がもしやってきたら困ったことになる。

「アゼル・ルマリアはどこの技術であの要塞を建設したのでしょうか?」

と、マグ・デレン・シャが聞いた。

「確か、あの時はハイレン連邦のドゥーズ・ウレンが協力してくれたのだった…」

と昔の記憶を辿りながら、懐かしむようにバルザスは言った。海賊の要塞はハイレン連邦の技術で作られていたのだ。

 ウル・ガルとナッシュガルはそれを聞いて、やはりバルザスはアゼル・ルマリアではないのかと頷いた。あの要塞がどこで作られたかは、要塞で暮らしていたナルゼンたちしか知らない秘密だったからだ。

「ドゥーズ・ウレン?もしかして、ハイレン連邦の執政官のことでしょうか?」

「ハイレン連邦の最高指導者は執政官と言うのでしたね。ただ、途中で執政官が変わったので、最後まで付き合ってくれたのは、シヴィアダン・ヘイダールだけでした」

と、バルザスは残念そうに言った。

「ヘイダール?もしかして、この要塞の設計者のことですか?」

と、驚いてマグ・デレン・シャは言った。彼女はヘイダールについては、銀河帝国の伯爵だったと聞いていた。

「そうです。ただ、ヘイダールについては、銀河帝国の人間ではなかったのです」

「それは、初耳です。それなら、どちらの方でした?」

「彼はアンダインだったのです」

「アンダイン?あの白銀銀河の古い種族のことですか?しかし彼らはすでに滅びたと、あなたは仰ってはいませんでしたか?」

 マグ・デレン・シャはナンヴァル人ですら多くは知らないのだと、実感せざるをえなかった。

「それは、肉体が滅びたということです。あのダルシア人のように。ただ、ダルシア人とは違って、彼らは再び肉体を持とうとは考えなかったようです。ただ彼らの中にはたまに他の種族に興味を持つ者がいるのです。シヴィアダン・ヘイダールがそうでした」

 その時、アリュセア・ジーンが外から戻って来た。アリュセアの三人の娘が母親を迎えて何か話していた。一時、母娘の中は険悪になっていた。その理由についてはバルザスには見当が付いていたが、それがいつの間にか修復されているようにも思えた。

 バルザスはアリュセアの表情が曇っているのをすばやく見ていた。何かあったのだ。だから母娘は休戦状態にあるのだ。

 そして、アリュセアの傍には亡くなった夫のロルフが心配そうに寄り添っていた。


154.

 何かあったのだろうか、とバルザスは思った。このところ忙し過ぎて、アリュセアのことに構ってはいられなかったのだ。アリュセア自身が子供達の手前、バルザスと関わるのを避けているのを感じていたからでもある。それにサンシゼラ・ローアンやライアガルプスなどが出て来て、アリュセア自身が混乱した所為もある。

 この時、アリュセアの夫のロルフがバルザスを見ると近づいて来た。

(話がある)

 その表情が妙に追い詰められたように見えるので、バルザスは、

「ちょっと用事を思い出しましたので…」

と他の者たちに言って、話を止めて自室に戻った。

 そしてバルザスは、

「で、何があったんです?」

と、ロルフ・ジーンに訊ねた。


 以前ロルフはタレス連邦政府に捕えられ、アリュセアをスパイに仕立てるために利用されたことがあった。

 ロルフは政府の公安関係者に拘束され、拷問の末に亡くなったのだ。そのときロルフは手紙を作らされ、彼が生きているかのように手紙を使って偽装させ、彼の命が惜しいならば、タレス連邦政府のスパイとして働くようアリュセアに強制させられるところだった。

 もっとも連邦政府の方ではアリュセアの能力について情報不足だったため、死んだロルフの霊が手紙と一緒にヘイダール要塞にやってきたので、すぐに意図がバレてしまったのだ。

(今度はまた別の件で、アルを困らせている)

と、言葉少なにロルフは言った。

「別の件というと?」

と、バルザスは聞いた。

 ロルフ・ジーンは科学者だった。タレスで政府系の民間会社である研究をしていた。それはかなり金がかかるものだった。そのため会社の金だけではなく政府の資金もその研究に当てられたのだ。それが、ロルフの死によって無駄になってしまったのだ。その金をアリュセア・ジーンに返すように言って来たという。

「何だって!君はその政府の連中に殺されたようなものだろう?それなのに、そんなことを言って来たのか?」

と、バルザスは怒って言った。

(仕方がない。研究費はもう使ってしまったし、その金についての返済義務を死んだ私に替わってアリュセアに負わせたんだ。何しろ、私が政府によって殺されたという証拠などはどこにもないからね)

と、ロルフの霊は言った。彼はヘイダール要塞にやってきたが、遺体の方はこの宇宙のどこにあるのかもわからないのだ。

 それで、あんな顔をしていたのか、とバルザスは思った。

「で、どのくらいの金額なんだ?」

と、バルザスは聞いた。

(十億タレスダルだ)

と、ロルフは言った。

 タレスダルはタレスの基本通貨の名称だった。十億というとそう簡単に個人が返済できるような金額ではない。

「で、アリュセアはどうするつもりなんだろうか?」

と、バルザスは聞いた。

(まだ、返事はしていない。政府の連中はタリアとその仲間の情報をこれから渡すように言ってきている。奴らはスパイ行為がタリアや仲間にバレたら、仲間を募ってタレスに戻ってくるように言っている)

「タレスに戻れば金は返済する必要はないということか?」

(そうでもない。次には子供たちを彼らに渡すように言ってくるだろう)

「子供たちをタレス連邦に縛り付けることにするということか?」

(おそらく、そうなるだろう)

 バルザスにとって、アリュセアのために十億タレスダルを用意することは難しくない。

 問題は、アリュセア・ジーンがバルザスの助けを受け入れるだろうかということだ。それが一番の問題なのだ。

「おそらく、私が助けようとしても、彼女は拒むだろう」

と、バルザスは言った。

 アリュセア・ジーンのことはよく知らないが、その前のサンシゼラ・ローアンやライアガルプスのことは誰よりもバルザスはよく知っている。彼女たちはとても誇り高く、そう簡単に他人の援助を受け入れることはない。その傾向はアリュセア・ジーンにも十分あるだろう。

(それは、私も分かっているつもりだ。だからこそ、あなたに相談しているのだ。何か他によい案はないだろうか?)

と、ロルフは訴えた。

「ないことはないが、私だけの考えでは動けない。ちょっと時間をくれないか?」

と、バルザスは言った。


 バルザスがディポック司令官の宿舎を訪れるのはこれで二度目だった。

 一度目は魔法を使って、勝手に入り込んだのである。しかし、今回はきちんと扉のインターホンに、

「リドス連邦王国のベルンハルト・バルザスです。ヤム・ディポック司令官はおいでしょうか?」

と、バルザスは礼儀正しく言った。

 ディポックは書斎で本を読んでいた。キルフがまだ帰ってきていないので、彼はインターホンに出ると、

「どうぞ、今開けます」

と言って、慌てて扉を開けるために部屋を出た。

 バルザスを客間に招じ入れると、

「何かありましたか?」

と、ディポックは聞いた。

「実は、こんな時にどうかと思うのですが…」

と、バルザスには珍しく言いにくそうにした。

「どうぞ、仰ってください。あなたは私にはいつも陰ながら便宜を図ってくれているようですが、私は何もあなたにお返しできないので、心苦しく思っていたところです」

と、ディポックは言った。

「いえ、どうも司令官には迷惑ばかりお掛けしているようで、申し訳ありません。実は、近々オルフ・オン・ダールマン提督をヘイダール要塞に呼びたいと思っているのです」

 バルザスの言葉にさすがにディポックは驚いた。銀河帝国の大逆人であるダールマン提督をヘイダール要塞に呼ぶというのだ。何かよほどのことがあったに違いないと彼は思った。

「ダールマン提督を呼ぶのですか?まさか惑星カルガリウムで、何かあったのでしょうか? 」

「いえ、そういうことではなく…。タレス連邦からの亡命者のアリュセア・ジーンのことで困ったことが起きているのです」

とバルザスは言って、一連の事情を説明した。

「タレス連邦が、そんなことを…。それでは確かに、彼女一人ではどうにもなりませんね」

と、ディポックは言った。

「そうなのです。お金の方は私でも何とかなると思うのですが、彼女はそれを受け取るような人ではないと思うのです」

と、バルザスは言った。

「それは、サンシゼラ・ローアンやライアガルプスをよく知っているからということになりますか?」

と、ディポックは言った。これまでのことから、大体推測できたのだ。

「お察しの通りです。ですが、サンシゼラ・ローアンの兄であった、レオンの援助なら彼女は拒むことはないと思うのです」

「つまり、その兄のレオンと言う人物がダールマン提督なのですね」

と、ディポックは補足して言った。

「そうです。あの時代、サンシゼラとレオンの二人は、非常に仲の良い兄妹でした」

と、昔を懐かしむようにバルザスは言った。

「しかし、アリュセア自身に昔の記憶はどのくらいあるのでしょう?」

「私と同じとは言えません。彼女はガンダルフの魔法使いではないのですから。ただ、元々ダルシア人の魂を持っているので、かなり理解は早いのです。私が呪文で彼女の過去世の記憶を戻してしまったことでの混乱は、すでに収まっていると見ています。あなたに分かるように説明するなら、サンシゼラとライアガルプスに話をつけて、今世のことはアリュセア自身が舵を取れるように、勝手に彼女の意識に出てこないようにしているのです。それがかえって、今回は裏目に出てしまい、私に助けを求められなくなっているのです。もしライアガルプスが主導権を持てるなら、別の方法でこの件を解決したかもしれませんし…」

「ダルシア人のライアガルプスなら、この度のことはどうやって解決したと思いますか?」

と、ディポックは興味を持って聞いた。

「ダルシア人の解決方法は一つです。相手を恫喝し、優位に立って解決します。具体的には、ロルフの遺体を見つけだし、手を下した人物を割出して、自白を取ります。ライアガルプスならロルフの遺体をこの広い宇宙から見つけ出すのに左程かからないでしょう。何しろロルフの霊がここにいるのですから…」

と、バルザスは言った。

「ですが、そんなこと、どうやればできるんですか?」

 普通の人間ならば、どれも簡単には手に入れられるものや情報ではない。どうやればできるのだろうかと、ディポックは思った。

「ダルシア人の能力をもってすれば、可能です。ちなみにダルシアの指導者であったライアガルプスは最大の能力を持っていました。例えば、時間を遡ったり、場所を移動したり、相手の考えを読み取ったり、必要ならば自分の意志を相手に押し付けることも可能でした。もちろん、呪文を使わずにです」

 ダルシア人は魔法の呪文は使わなかった。その必要がなかったからだ。高度な科学文明と同じくらい高度な霊文明を併せ持ったダルシアならではのことだった。

「何だか、魔法使いのようですね」

と、ディポックは言った。

「ダルシア人というのは呪文を使う必要がなかっただけなのです」

「それで、ダールマン提督のことですが、彼はガンダルフの五大魔法使いの一人、大賢者でありレギオンというのでしたね」

と、記憶を辿りながらディポックは言った。

「よくご存じですね。マグ・デレン・シャに聞かれたのですか?」

「この前の事件の時にある程度聞きました。その時は、半信半疑でしたが、…」

 今ではかなりそれを信じるようになっている、とディポックは思った。

 ただ、ガンダルフの五大魔法使いがどのくらいの魔法を使うのかはわかっていない。五大魔法使いではないというリイル・フィアナは、ディポックから見ればとんでもない魔法使いに思えた。人間を猫に変えてしまうのだから。それに、バルザスは自分の力をできるだけ隠すようにしているので、未だにどのくらいの魔法を使えるのかわからないのだ。

「それで、他にも特に気になることがあるのですが、…」

と、ディポックは言った。

「何でしょう?」

「そのガンダルフの五大魔法使いのレギオン、大賢者はどんな人物ですか?例えば、銀河帝国のダールマン提督とどのくらい性格が似ているのでしょうか?」

「そうですね。あなたはダールマン提督の性格についてはご存じないでしょうが、常識のある、かなり公平な感覚を持った軍人だったと思います。ですが、大賢者と言われるレギオンについては、あまりそうした性格は望めません」

「すると、リイル・フィアナ提督の性格に近いのでしょうか?」

 リイル・フィアナ提督の性格も、ディポックにはかなり困り者に思えた。

「彼女は彼に比べれば、かなりましだと言えるでしょう」

「というと?」

「大賢者という言い方から分かるように、レギオン自身の意識はかなり高齢、つまり年寄なんです。あの銀河帝国から亡命してきたメイヤール提督など、小僧呼ばわりするくらいです。ですから、頑固でプライドが高く、狷介な性格でもあります」

「しかし、ダールマン提督は確か私と同じ年くらいだと思いましたが、…」

 調査によると、ディポックとダールマン提督は同い年だった。

「ダールマン提督ならそうです。ですが今は、ダールマン提督の意識ではなく、ほとんど本来の大賢者レギオンの意識に戻っています」

「しかし、それではアリュセア・ジーンとはうまくいかないのではありませんか?」

 頑固でプライドが高く、狷介な性格では女性とうまく行くとは思えない。

「レギオンは女性には非常に甘いのです。それにアリュセアはサンシゼラの時にレギオン――その時はレオンでしたが――レオンと仲の良い兄妹でした。ですから、今回レギオンがヘイダール要塞に来た場合、サンシゼラの時代の記憶が強く蘇って来て意識されるのです。私自身もかなりサンシゼラの時代の意識が強く出てきます。それは元ダルシア人としての彼女のパワーにも原因があります」

と、バルザスは言った。ダルシア人のパワーというのは、非常に強いものだった。

「つまり、同じ時代にいた記憶が、彼女のパワーや人数に応じて強く意識される、増幅されるということですか?」

「そうです。あのフィアナも同じ時代の記憶がありますから…」

 これは、案外大きな問題になりそうだと、ディポックは思った。

「そう言えば今要塞には、銀河帝国のアルトラス・ヴィル上級大将とウルブル・フェルラー上級大将がいますが、彼らはダールマン提督にどんな反応を示すでしょうか?」

 これも不安の要因だった。彼らにとっては、まさに銀河帝国の大逆人に違いないのだから。

「おそらくレギオンなら、彼らがうるさく騒ぐようなら犬か猫にでも変えてしまうでしょう」

と、平然とバルザスは言った。だから問題ないと言っているようだった。

「え?」

 それもかなり問題ではないか?


155.

 スクリーンに向かって、ヤム・ディポック要塞司令官はため息をついた。そろそろ来る頃合いである。バルザス提督によると、銀河帝国の大逆人として知られるオルフ・オン・ダールマン提督が、今日来ることになっていたのだ。

 カール(サムフェイズ・イージー少佐)とナル・クルム少佐は奥の新しい司令室にいて、装置や計器類のチェックに忙しい。

「要塞に接近中の艦隊があります」

と、通信員が言った。

「どこの艦隊だ?」

と、グリンが不審そうに言った。

「あ、通信が入りました。リドス連邦王国の艦隊だそうです」

 来たか、とディポックは思った。

「スクリーンに出ます」

 司令室の大スクリーンに映ったのは、銀河帝国の大逆人として有名な、オルフ・オン・ダールマン提督だった。彼の顔は、銀河帝国が彼の征伐をするために艦隊を派遣する時、一連の彼の映像をロル星団中に流したので、誰でも知っているのだ。

「こちらはリドス連邦王国第七艦隊。私はオルフ・オン・ダールマン提督だ」

と、何の衒いもなく堂々と彼は名乗った。

 一瞬、司令室の中は静まり返った。

 奥にいたナル・クルム少佐が、大スクリーンの方を見た。

「私は、ヘイダール要塞司令官、ヤム・ディポックです。バルザス提督にあなたが来ると聞いていました。入港を許可します」

と、ディポックは言った。

「了解した」

と、すぐに返事が来た。

「司令官、彼が来ると聞いていたのですか?」

と、グリンが批難するように言った。

「バルザス提督から聞いていたよ」

と、ディポックは言った。

「し、しかし銀河帝国の大逆人ですぞ…」

 ここで銀河帝国の大逆人を入れては、銀河帝国の手前まずいのではないか、と司令室の他の者は思った。ヘイダール要塞は一応銀河帝国と敵対関係にあるとしても、彼が来たことはそれを煽ることになるのではないか。銀河帝国の艦隊の襲来を早めることになるのではないかと不安に思う者もいた。

「そうなんだが、彼はガンダルフの五大魔法使いの大賢者、レギオンでもあるということだ…」

と、ディポックは言った。

「しかし、今こちらには銀河帝国の二人の上級大将がいるのですぞ…」

と、面倒事が増えて頭が痛いとグリン思った。

「まあ、その二人には大人しくしてもらうしかない。この前のように猫になりたくなければだけどね…」

「大賢者というと、どのくらいの魔法が使えるんでしょうか?」

と、ダズ・アルグが興味を持って聞いた。

「少なくとも、リドスのフィアナ提督やバルザス提督よりも強力な魔法使いだと聞いている」

と、ディポックは言った。


 『大逆人ダールマン来る』の報を聞いて、駐機場の出口に物見高い人々が集まっていた。そのほとんどは新世紀共和国の人々である。タレス連邦の亡命者は銀河帝国の大逆人と聞いても、何のことかわからないのだ。

 オルフ・オン・ダールマン提督が旗艦から降りてくると、人々の口からため息やらささやき声が聞こえて来た。

 その中から一人の女性が走り出て来た。

「レオン!」

と、その女性はダールマン提督に呼びかけた。彼女はタレス連邦からの亡命者、アリュセア・ジーンである。

 ダールマン提督は、アリュセアの呼びかけに、満面の笑みをもって答えた。

 すると、アリュセア――サンシゼラ・ローアンはダールマン提督に飛びついて抱きしめた。

「会いたかったわ、兄様」

と、アリュセアは言った。

「私もだ、サン…」

と言って、ダールマン提督はしばらくアリュセアにされるままになっていた。

 それを見て驚いたのは、要塞の元新世紀共和国から来た人々だった。

「ダールマン提督に妹がいたのか?」

「聞いたことがないが、…」

「今、兄様と言ったのが聞こえなかったのか?」

と、ざわざわとどよめきが広がって行った。

 宇宙船の降車口を離れたところから見ている者たちもいた。

 銀河帝国から亡命してきたメイヤール提督の副官イルーク・ロングはキルフ・マクガリアン中尉と、上の階のテラスからダールマン提督を見ていた。

「どうですか?ダールマン提督本人でしょうか?」

と、キルフ・マクガリアン中尉は聞いた。

「うーん。私は遠くからしか見たことはないので、本人かどうかはわからないな。でも、あの風貌はダールマン提督本人だと思う」

と、イルーク・ロングはそう判断した。

 背の高さや体の輪郭そして顔は、ダールマン提督本人であるようにイルーク・ロングには思えたのだ。だが、気になるのは、あんなに愛想が良かっただろうか、ということである。

 噂によると、ダールマン提督は女性には持てるが、女性の扱いは冷酷だということだった。それが遠目で見ても、女性がそばに寄って行って飛びついた時、嬉しそうに笑顔を見せたのは、府に落ちない。


 ダールマン提督とアリュセア・ジーンは二人して司令室にやってくると、

「ディポック司令官、初めてお目にかかる、私がオルフ・オン・ダールマンだ」

と、自己紹介した。

「あなたの名前は他にもありますね」

と、ディポックは言った。

「そうだ。人は私のことを大賢者レギオンと呼んだりする。だが、今の私はレオン・ローアンでもある」

と、ダールマン提督は言った。

「それは、バルザス提督に聞きました」

「銀の月のことか?」

「そうです」

 すると、目を細めて、

「なるほど、ディポック司令官はなかなかやわらかい頭をしている。普通軍人というのは頭の固い連中が多いものだがな…」

と、大賢者レギオンであり、レオン・ローアンでもあるダールマン提督は言った。

「それは、おほめに預かってうれしく思います。それで、今回はどのような用件でいらしたのでしょうか?」

と、一応ディポックは聞いた。

「個人的な用があって来たのだ」

「個人的な用って、何なの?」

と、アリュセア――サンシゼラ・ローアンは聞いた。

「もちろん、君のことだよ、サン…」

「私のこと?」

「君が困って居ると聞いたのだ」

「別に、私は困っていないわ」

と、アリュセア――サンシゼラ・ローアンは言った。

「まあ、それは後でゆっくりと話をしよう。それに、そのためだけにきたのではない。ディポック司令官、あなたはグーザ帝国について、どのくらい情報を持っているのだろうか?」

と、ダールマン提督は聞いた。

「提督は、グーザ帝国のことを知っているのですか?」

「もちろんだ。私は、向こうに生まれ、人生を送ったこともある」

 ディポックは驚いた。話を聞いていた司令室の他の連中も皆驚いていた。

「それは、本当ですか?」

「なるほど、ガンダルフの大賢者は、グーザ帝国に生まれたことがあったのか…」

と、ライアガルプス――アリュセア・ジーンは言った。

「これは、ライアガルプス陛下、突然の出現に、妹は驚いておりますでしょう」

と、批難するようにダールマン提督は言った。急に彼の態度が変わったので、聞いている者たちは驚いた。

「きちんと、断って出てきたのだ。案ずるな。それで、私にもその話を聞かせてもらえるのだろうな…」

「お聞きになりたければ…」

と、さすがの大賢者もダルシア帝国の元皇帝陛下には言葉に気をつけていた。

 これが、ガンダルフの五大魔法使い大賢者レギオンなのか、とディポックは思った。


156.

 リドス連邦王国のリイル・フィアナ提督は、会議の呼び出しに、例の二人を連れてくるように言われて、

(どうしたのかしら?)

と、思った。会議をするなら、この二人は邪魔になるとしか思えないからだ。何しろ、彼らにとっては敵同然のダールマン提督が来ているのだから。

 フィアナ提督の宿舎はバルザス提督程ではないが、平均からすれば広い方だった。入口から入ってすぐの居間には、大きな透明の球が二つ浮かんでいた。そこには銀河帝国の二人の提督の艦隊が一つずつ入っていた。

 アルトラス・ヴィル提督とウルブル・フェルラー提督は、その球を不安そうに見上げていた。彼らには自分の艦隊をどうすることもできないのだった。けれども、時々透明な球の中に浮かんでいる艦隊に連絡を入れるように言われていた。どことも通信できなかったら、彼らの艦隊は精神的に追い詰められるからと言う理由だった。

 その艦隊について、

「もとに戻して欲しい」

と、銀河帝国の両提督がリイル・フィアナにできるだけ腰を低くしてかつ丁寧に頼んだことがあった。だが、

「それは、ダメ!」

と、一言の元にリイル・フィアナに拒否されてしまった。

 フィアナは理由を説明した。

「この要塞だけでは、この艦隊を置くだけのスペースがないわ。今はグーザ帝国の目がどこに光っているかわからないから、元の大きさに戻す危険は冒せないのよ」

「しかし、帝国では、我々のことを心配していると思う」

と、ウルブル・フェルラー提督が言った。

「たぶん、あなた方がいなくなったことなんて、誰も気が付いていないと思うわ」

と、フィアナは言った。

「そんなことはありません。きっと我々を探しているはずです」

と、アルトラス・ヴィル提督も言った。

「本当よ。だって、定期連絡を入れるように、私たちの仲間がしているから…」

「すると、帝国にリドスのスパイがいると?」

と、驚いてウルブル・フェルラーは言った。

「当たり前でしょう。他にどんな理由があるの?」

「だが、いずれ我々がいないことがバレるのではありませんか?」

と、アルトラス・ヴィル提督が言った。

「そう。だからそれまでに、あなた方を戻すようにはしないとね…」

「ふん、そうなったら、帝国の実力を知ることになるぞ!」

と、ウルブル・フェルラー提督は言った。警告のつもりだったのだ。

「そうね。だとすると、リドスの実力もあなた方に分かるということかしら?」

 リイル・フィアナにはそんな脅しは毛ほども通じなかった。

「それよりも、リドスから私よりも上の提督が来ていてね、あなた方も呼んでいるわ」

と、フィアナはダールマン提督の名を出さずに言った。

「ほう、あなたの上官ですか?どういう方です?」

と、アルトラス・ヴィルは興味を持って聞いた。

「私たちの艦隊の副司令官に当たる人物よ。あなた方も知らない人ではないと思うわ。ともかく、大人しくしていてね。猫になりたくなければ…」

と言って、フィアナは再び要塞の幹部連中も集まる会議室へと二人を連れて行った。


 いつもより、大きめの会議室が用意されていた。

 要塞側はいつも通り、ディポック司令官の他に参謀格のグリン、要塞事務監のノルド・ギャビ、ダズ・アルグ提督、メイヤール提督と副官のイルーク・ロング、フェリスグレイブ要塞防御指揮官、ジャナ・ブルーク少佐、そしてリーリアン・ブレイス少佐がいた。

 リドス連邦王国は、ダールマン提督、サムフェイズ・イージー少佐、ナル・クルム少佐、バルザス提督、そして彼の副官のドルフ中佐がいた。

 他に、ナンヴァル人のマグ・デレン・シャ、タ・ドルーン・シャ、ダルシアの代表とタレス人の代表としてタリア・トンブン、アリュセア・ジーン、そして海賊ナッシュガルとウル・ガルの二人がいた。

 最後にリイル・フィアナ提督と、彼女に魔法で姿を変えられていた二人の銀河帝国の提督が来た。二人はディポック司令官の隣に座るダールマン提督を見て、心底驚いた。だが、リイル・フィアナ提督の脅しに黙っているしかなかった。もう猫にはなりたくなかったのだ。


 会議がまさに始まろうとしたとき、テーブルの中央にキラキラとした霧のようなものが出現した。

 ディポックを始め要塞幹部の者たちはそれが何であるか知っていた。もちろん、リドス連邦王国やジル星団の者たちもそれが何であるかわかっていた。知らないのは銀河帝国の二人だけだった。

「呼ぶべきものが足らないのではないか?」

と、キラキラ光る霧状のものから厳めしい声が響いた。

「何だ、今頃来たのか?」

と、ダールマン提督がうるさそうに言った。

 暗黒星雲の種族のリード・マンドは、

「呼びもせずに、無礼ではないか」

とさらに文句を言って、その後急に態度を変えて、

「久しぶりだな、レギオンよ。こんなところにいたのか?」

と、突然その存在に気づいたように馴れ馴れしく言った。

「来たのなら、空いているところに座るがいい。時間がないので始めるぞ…」

と、そっけなくダールマン提督は言った。

 空いている席にその霧状のものが下りると、やがて人の形となった。

 ディポックは暗黒星雲の種族が来たことに驚いた。ダールマン提督の態度から、彼が来たのは想定内のことだと気が付いたからだ。

 銀河帝国の二人の提督は、唖然とその様子を見ていた。いったい、ここはどうなっているのだ?見知らぬ異星人がいるのはともかく、異星人とも思えぬ妙な存在をみるのは初めてなのだ。

 ダールマン提督は、軽く片手を振った。すると、会議室の中が暗くなり、それに反して天井が明るくなった。

 天井に多くの星々が煌めいていた。まるで銀河の星座を見るプラネタリウムのようだった。

「これは、我々が蛇つかい銀河と呼んでいる銀河だ。ほら、そこにグーザ帝国の母星がある。赤く大きく光っているのが母星だ」

と、ダールマン提督は言った。

 グーザ帝国は、赤く大きく目につきやすいように光っていた。

 グーザ帝国の母星の付近にはかなり多くの艦隊がひしめき合っていた。その艦隊がしだいに、大きく映し出されていった。

「これは、何ですか?」

と、ディポックはきわめて基本的な疑問を問うた。

「これから我が銀河を攻撃しにくる艦隊だ」

と、ダールマン提督は答えた。

「何ですって!」

と、タリア・トンブンは驚いて言った。

 サムフェイズ・イージー少佐の隣で、クルム少佐も驚いた顔をしていた。彼も初めて聞くことだったのだ。その上彼にとっては非常に興味のあることだった。

 アルトラス・ヴィルとウルブル・フェルラーの二人も驚いていた。だが、何も言わなかった。会議の様子を見守るつもりなのだ。

「もちろん、蛇使い銀河からふたご銀河には銀河間のジャンプ・ゲートがあるにせよ、まだ来るにはかなり時間が掛かる。だが、艦隊が発進する時が来たということだ」

「本当なのでしょうか?」

と、グリンが冷静に言った。こんな、天井の映像だけでダールマン提督の話が事実だとすぐに信じるわけには行かないと彼は考えていた。例え、惑星カルガリウムに彼らの艦隊がいたとしても。

「疑うのか?」

「彼らが我々の銀河に来るという根拠は?」

と、ディポックが慎重に聞いた。

「根拠?連中がこの銀河に現れれば分かることだ。要するに現在、惑星カルガリウムにいる連中の艦隊の増強と、彼らの目的達成のための艦隊だと思われる」

と、ダールマン提督は答えた。

「つまり、我々の銀河への侵略ということか?」

と、フェリスグレイブが言った。彼もまた半信半疑だった。

「違う。ふたご銀河の領土など連中は欲しがっていない。彼らの目的は、彼らの使っているエネルギー源になるエネルギー鉱石を手に入れることだ」

 グーザ帝国の宇宙船に使われているエネルギーは、銀河帝国や元新世紀共和国が使っている核融合炉とは違って、エネルギー鉱石によるものなのだ。

「それが、惑星カルガリウムで見つかったというのでしょうか?」

と、グリンが聞いた。

「いや、発見されたのは、新世紀共和国の首都星ゼンダだ」

「ちょっと、待ってくれ、彼らは惑星カルガリウムに艦隊を置いているのではないか?」

と、ダズ・アルグは言った。

「なるほど。連中は惑星カルガリウムに艦隊を置いて、のんびりと休憩しているとでも思っていたのか?」

と、ダールマン提督は言った。

「それじゃ、この間に調査をしていたというのですか?」

「当たり前だ。遊びにきたわけじゃない。連中にとっても、死活問題だからな」

「その、エネルギー鉱石は、蛇使い銀河ではもう発見できないのでしょうか?」

と、ディポックは聞いた。

「そうだ。だからこそ、奴らはそれを取りにくるつもりなんだ」

「しかし、あそこには銀河帝国の艦隊がいる。そう簡単に占領はできないはずです」

と、グリンは言った。もっとも、元新世紀共和国の首都星にあるのは、銀河帝国の一艦隊に過ぎなかったが。

「そうかな?惑星カルガリウムに駐留している奴らの艦隊ですら、現在の銀河帝国の全艦隊と同数あるのじゃないか?」

 その艦隊の数に驚いて、抵抗は無駄だと悟って惑星カルガリウムの代表者は降伏したのだ。

 もし、蛇使い銀河から天井の映像のような大艦隊が来るとしたら、銀河帝国の艦隊の倍の数になる。そうなったら、とても太刀打ちできないだろう。

「倍の数ならいいが、もっと多いかもしれないな…」

と、さらに不安を煽るようにダールマンは言った。

「そんなに多くの艦隊を送って、その艦隊の留守の間、彼らの領土の安全などは確保できるのでしょうか?」

と、ブルーク・ジャナは少佐言った。

「それができないなら、最初から動かさないだろう。彼らの銀河での反対勢力はほとんどいないと考えるべきだろうな…」

と、ダールマン提督は言った。


157.

 ルーブ・グドルフはかの銀河帝国の大逆人と言われるダールマン提督が来たというニュースに、彼自身も物見高い見物人に交じってそれが本物かどうかを見に来ていた。

 駐機場の降車口からダールマン提督らしき人物が現れると、見物人は口々に言った。

「あれが、ダールマン元帝国元帥か?」

「若いな…」

「何しに来たんだろう?」

「もちろん、帝国への反攻を企てに来たんだろうよ。ここには元新世紀共和国一の知将と言われるディポック司令官がいるんだからな…」

 見物人の多くは、無責任に色々とダールマン提督に関して論評していた。彼らにとっても、若くして出世の階段を上り詰め元帥となり、あっという間にその地位から転げ落ちた男の物語は興味を引く話題なのだ。しかも、その当の本人が現れたのだ。

 それがアリュセア・ジーンの登場で、ざわめきが頂点に達したといっていい。

「あれは、誰だ?」

「愛人だろうよ」

「確か噂では、ダールマン提督は女には冷たいとか言われていなかったか?」

「今、兄さんと言っているように聞こえたぞ?」

「そんなバカな、ダールマン提督に兄妹などいなかったはずだ」

「いや、確かにそう聞こえたぞ」

 ダールマン提督とアリュセア・ジーンが仲良く腕を組んで駐機場から去っていくのを、ルーブ・グドルフは見ていた。銀河帝国にいた時は、一介の士官にしか過ぎなかった彼にとって、提督などというものは雲の上の人という存在だった。だから、噂程度でしかダールマン提督を知らないのだ。

 そのルーブ・グドルフの知っているダールマン提督は、公正で能力のある軍人というイメージがあった。私生活や家族については詳しくはない。だが、あの大逆事件の後、新世紀共和国にも色々と噂が伝わって来た。その中に、家族としては父親が残っているだけで、母親はすでに亡くなっており、兄弟はいないと聞いていた。

「あれ?あなたは、ルーブ・グドルフと言っていませんでしたか?」

と、突然声がした。

 振り返ると、スーツを着こんだ男がいた。

「ええと…」

と、グドルフは記憶を辿って思い出そうとした。

 その男は中肉中背で、これと言って特徴のない顔をしていた。その所為か、グドルフはなかなか思い出すことができなかった。

「覚えていないのも、無理はありません。あの時、あなたが帝国からの亡命申請をしたときに受理した窓口の者ですよ」

と、相手は気分を害せず、気軽に言った。

 最初驚いていたグドルフは、その様子に途端に警戒心が湧いた。

「そうでしたが、私は覚えていなくて…」

と、グドルフは言った。

「そうでしょうね。私もあの時、亡命申請者がたくさんいたらあなたのことを忘れていましたよ」

と、彼は言った。

 グドルフは早く会話を止めてその場を去りたく感じたが、少し興味があったので、

「こちらでは、やはり役所の事務の仕事をしているのですか?」

と、聞いた。

「ええ。だんだん人が増えて来たので、色々と仕事も増えてきましたから、あなたはどうですか?」

「私は、今の所仕事はしていません。探しているところですが…」

「それは、お困りですね。何か、口をききましょうか?」

 ここで仕事を探している者は結構いた。ただ、なかなか自分の望むような仕事がないというのが現実なのだ。もともとここは軍事要塞なので、軍人の募集はあったが、若い者を好んで採用していた。若い方が、武器や機器類のマニュアルを覚えるのが容易だからだ。だいたい、三十を超えると、物を覚えるのが面倒になってくるものだ。

 グドルフは自分の出身を知られるのが嫌だったので、軍人の募集には応じなかったのだ。

「しかし、私のできる仕事は何かあるのでしょうか?」

と、グドルフは言ってみた。

 本当は、ベルンハルト・バルザスが何か考えてくれるのではないかと思っていたが、目の前の男の話をすぐ断るのもよくないと思って聞いたのだった。

「どうしても、というのなら考えてもいいですよ」

と、相手は何か含みがあるようなことを言った。

 グドルフはピンときた。つまり、袖の下があればできるということだ。

「もう少し考えてみます」

と、遠回しにグドルフは断った。

「そうですか。もし、本当に困ったら来てください。私は前と同じような仕事をしていますから」

「すると、亡命申請ですか?」

「いえ、この要塞の住民登録の係りです」

「そうですか、そのときには、お願いするかもしれませんね」

と言って、グドルフはその男と別れた。


 グドルフと別れた男は、要塞の上の階にある最近閉鎖が解かれた旧商店街へと歩いて行った。

 要塞の商店街は旧銀河帝国の軍がいた時からあったものだ。新世紀共和国が占領した時、共和国の人々が要塞にやってきて店を始めたことがあった。

 その後要塞は再び銀河帝国に戻ったが、左程間を開けずにヤム・ディポック元新世紀共和国元帥に占拠されたのが現在である。

 その時要塞に来たのが共和国を出て来た軍人ばかりだったので店を経営する者がいなかったため、しばらく商店街は閉鎖されていたのだ。それがこの度タレス連邦からの亡命者がここで店をやりたいと要塞司令官に申し出てきた。

 現在は、新しくレストランや商品を売る店が少しずつ増え始めていた。主にタレス連邦からの亡命者がやっている。

 グドルフと分かれた男は、店の一つに入り様々な商品を眺めた後、タレス人のコドル・ペリウスの経営するレストランに入って行った。そして惑星カルガリウムの男は、座席に座ると、置いてあったメニューを見ていた。


 コドル・ペリウスは、厨房にいた。昼間にはほとんど客が来ないので、いつも念入りに夜のための仕込みをするのが常だった。

 レストランは始まったものの、まだ人手不足で給仕はいないので、メニューは店のテーブルに置いてあったのだ。

 コドル・ペリウスは人が来た気配に仕込みを止めて、手を洗って店に出ると、

「お客さん、まだ準備ができていないのですが…」

と言って、相手を見た。昼間に客が来るのは、開店以来初めてのことだった。

「こんなところでレストランを始めるとは、物好きな人もいるのですね…」

と、揶揄するようにその男は言った。

「時間が少々かかりますが、そのメニューにあるものならできますが…」

と、コドル・ペリウスは気分を素早く切り替えて、愛想よく言った。

「じゃ、この一番上のものを…」

「ええと、飲み物でいいのですか?」

 メニューの一番上は、タレス連邦では定番の飲み物、お茶として飲まれているスワイリーだった。もっとも元新世紀共和国からきた客であれば、コドル・ペリウスは彼らの定番のお茶を出すつもりだった。

「いや、できれば昼食になるものがいいのだが…」

と男は言った。そして、

「この二種類の文字の下の方はどこの文字何だい?見たことがないが…」

と、聞いた。

「ああ、これはギイル文字と言います。お客さんは初めてですか?」

 ギイル文字はタレス連邦が使用している文字だった。ここは元新世紀共和国の人々が主導権を握っている要塞なので、彼らの文字とタレス連邦のギイル文字の両方を表示しているのだった。

「どこかの古代文字かな?」

「まあ、そんなものです。趣味でして…」

と、コドル・ペリウスは適当に言った。

 タレス連邦から来た亡命者たちは、惑星カルガリウムからの避難民のことはある程度知らされていた。だが、カルガリウムの避難民の方は、未だタレス連邦のことは知らされていないし、その存在についても気づいてはいなかった。

 惑星カルガリウムからの避難民にとっては、タレス連邦の亡命者は元新世紀共和国のどこかの惑星から避難してきた同じ市民だと言う感覚だった。

 それというのもジル星団の人々が持つ、言語フィールド発生装置という自動翻訳機があるからだった。大抵の言葉の翻訳はこれでどうにかなるのだ。だからこそ、カルガリウムから来た人々は言葉の相違に気が付かないのだった。

「じゃ、この二番目に書いてある、軽食を…」

と、男は言った。

「それは、発酵させた澱粉を焼いたものに、色々なものを挟んだものです」

と、コドル・ペリウスは説明した。レストランと言っても、まだ材料も不足気味で簡単なものが多かった。特にタレス連邦産の食材はない。だから、ここの食材で似たようなものを作るしかないのだった。

「つまりサンドイッチのことか?」

「まあ、そんなものです」

「じゃ、それを頼む」

「わかりました」

 コドル・ペリウスが去ると、男は元新世紀共和国でよく使われていた携帯用通信機を出し、

「こちらは、ヘイダール…」

と、小さな声で言った。

 レストランの中は彼の他に客はなく、外にも人通りはなかった。おまけにレストランでは人手不足のようで、店に出ている使用人はいない。

 ちょうど昼になる頃合いだが、まだ要塞の商店街には人気がない。夜になれば、少しは人が出てくるのだが、昼間では商店に繰り出すような暇な人間は、要塞にはいないのだった。

 だからこそ、誰はばかることなく、男は通信装置を使うことができた。このあたりは彼の調査によると、彼の住んでいる部屋や仕事場とは違って、通信機の感度がすこぶるいいのだった。

 コドル・ペリウスは厨房に戻ると、首を傾げて店の方を向いた。あの男には、何か違和感があった。それは第六感とでもいうべきものだ。特殊能力者には第六感に優れたものが多い。また彼の特殊能力は電波の波長と同調して、通信を傍受するものだった。とは言っても、近距離しか使えなかったので、あまり役に立たないとタレス連邦では考えられていた。タレス連邦では、彼よりももっと遠距離まで感度のある能力者がいたのだ。

 けれども今回タレス連邦から、彼ら特殊能力者が逃亡するにあたっては、コドル・ペリウスの能力は非常に役に立っていた。

 それが今、彼の探知範囲で通信を行おうとしている者がいた。

 コドル・ペリウスの耳にどこかから話し声が響いて来たので、両手を耳に当てると、

「こちらは、ヘイダール。惑星カルガリウムのヴァイド情報官ですか?」

と、誰かが言うのが聞こえて来た。

 コドル・ペリウスの能力にかかったその通信は、彼の探知能力を考えると、かなり近くで行われていると考えられた。例えば、彼の店の中である。コドル・ペリウスは、客が一人いたと思い、そのまま声を聞きつづけた。

「うまく行っているか?」

 これは通信機からの声のようだ。

「はい。誰も私を疑う者はいません」

「そちらの状況は?」

「私はここでうまくやっています。ただ銀河帝国の元元帥であり、大逆人となったダールマン提督が、要塞に来ました」

「ダールマン提督?どこの提督になったのだ?」

「何でもリドス連邦王国ということです」

「リドス連邦王国?聞いたことがないな。例のジル星団の国だろうか?」

「おそらく、そうだと思われます」

「わかった。まあ、そのダールマンがいてもたいして変わるまい。こちらの計画はそのまま進める」

「了解しました」

「では次の段階へ移る。こちらから、訪問者を送る」

「誰が来るのですか?」

「一番いいのは、連中の政府高官だろう」

「というと?」

「すでに元新世紀共和国首都星、ゼンダに連絡員および共鳴者を確保した」

「では、計画を実行するのですね」

「そうだ。計画の成否を、次の時に報告せよ」

「了解しました」

と言って、男は通信を切った。

 コドル・ペリウスは調理した料理を運んで、客がそれをなかなかうまいと評し、また来ると言い残した店をでるのを愛想よく対応した。

 あの客が店を出るまで耳を澄ませたが、再び通信を感じることはなかった。

 おそらくあの客が、先ほどの通信をした本人だというペリウスの直観は当たっているに違いない。


158.

 要塞の会議に参加させてもらったアルトラス・ヴィルとウルブル・フェルラーの二人は最初下を向いて聞いていたが、かのダールマン提督が話すのを聞いていてだんだん押さえが聞かなくなってきた。とくに血の気の多いウルブル・フェルラーは我慢できなくなった。

「ちょっと待て!」

と、突然ウルブル・フェルラーは言った。

 一瞬、会議室のすべての視線がウルブル・フェルラーに集まった。

「何だ?」

と、ダールマン提督が言った。

「卿は、銀河帝国で大逆人として追われていると聞いた。それについて聞きたい」

 ディポックは、それが誰だが気が付いて、これは困ったことになったと思った。会議が荒れてきそうな雲行きだ。

 だが、ダールマン提督の方は、

「それが、どうかしたか?」

と、平然と聞き返した。

「だから、罪人がこんなところで何をしているのかと聞いている」

と、ウルブル・フェルラーは言った。

「ふん。そんなこと、お前やヘイダール要塞と何の関係がある」

と、興味なさそうにダールマン提督は言った。

「私には、重要なことだ」

「ほう、私ではなく、そこにいるお前たち二人にとってはだろう?」

と、ダールマンは言った。ガンダルフの五大魔法使いの一人である彼には魔法の偽装など効かなかった。

 ナル・クルム少佐は、驚いてリイル・フィアナ提督の隣にいる二人を見た。その二人は彼の知っている人物には見えない。だが、話の成り行きからすると、彼の知っている者のように思えた。

「それを聞きたいというのなら、フィアナ、魔法を解いたらどうだ?」

と、ダールマンは言った。

「そうね。紛らわしいわね」

と言うと、フィアナは指を鳴らして、二人の偽装の魔法を解いた。

 元通りに現れたのは銀河帝国の軍服を着たアルトラス・ヴィル提督とウルブル・フェルラー提督だった。

 クルム少佐は、さらに驚いた。

「魔法を解いても構わないのですか?」

と、グリンが言った。

「この私に、この程度の魔法など何の役にもたちはしない」

と、ダールマン提督は言った。

 この会議に出ている要塞の幹部連中は、この二人のことをすでに知っていた。だから、二人のことを知らない人たちのために、

「ええと、私が説明しましょう。実は彼らは銀河帝国の提督なのですが、グーザ帝国の艦隊と出会って、危なかったので、リイル・フィアナ提督が助けて、要塞に連れて来たのです」

と、ディポックは手短に説明した。

「ところで、彼らの艦隊はどうしたのです?」

と、フェリスグレイブが気になっていることを聞いた。

「まあ、艦隊も一緒に来たようで…」

「要塞の近くにでも置いているのですか?」

と、ブルーク・ジャナ少佐が聞いた。要塞の駐機場によその艦隊がいるとは聞いていない。だから、要塞の近くにいるのかと思ったのだ。

「あら、艦隊は私の部屋よ」

と、リイル・フィアナが言った。

 フィアナの言ったことが理解できずに、他のものは首を傾げた。

「つまり、どういうことですか?」

と、グリンが聞いた。

「言葉、そのままだ。彼らの艦隊はリイル・フィアナの部屋の中に浮かんでいる」

と、バルザス提督が言った。

「それも、魔法だと言うのですか?」

と、グリンが言った。

「そうだ。その程度のことで、まさか驚いたりはしないだろうな?」

と、ダールマン提督は言った。

「まあ、私から後で話をするつもりだったのだが、そういうことだ」

と、ディポックは言った。

「で、ですが…」

と、グリンは困惑していた。まさか彼ら二人の艦隊が要塞の中にいるとは思わなかったのだ。

「で、ウルブル・フェルラー提督、何がいいたいのだ?」

と、ダールマンは言った。

「だから、帝国の大逆人がこんなところで何をしていると聞いているのだ」

と、ウルブル・フェルラーは隣に座っているアルトラス・ヴィルの止めようとする手を振り払って言った。

「先ほどから話をしているだろう。グーザ帝国の我が銀河への侵攻の話だ」

「そんなことが信じられるか」

と、吐き捨てるようにウルブル・フェルラーは言った。

「別に信じろとはいっていない。いずれ分かることだ。だが、それが分かった時に慌てないようにしておけ」

「それについては、我々も信じるとは言っていませんが…」

と、グリンは言った。

「そうか。別に無理に信じろとは言わない。だが、今の話は覚えておいて欲しいものだ」

 その時、これまで黙っていたナンヴァル人のマグ・デレン・シャが言った。

「ガンダルフの大賢者が言うことならば、我々は信じます。あなたはこれまで、ダルシア人とともに我々の銀河を守って来たのですから…」

「そうだ。少なくとも、リドス連邦王国の者たちはあなたを信じている。だからこそ、彼らの国に迎えられたのだろう」

と、タ・ドルーン・シャが言った。

「私も信じます」

と、タリア・トンブンが言った。

「一体、何のことだ?大逆人など?」

と、悠然と言ったのは、アリュセア・ジーン、つまりライアガルプスだった。

「奴は、皇帝陛下の暗殺を企てたのだ。大逆人として、帝国の敵として奴は追われている身だ」

と、ウルブル・フェルラーは言った。

「なるほど。つまり冤罪というわけか…」

と、アリュセア・ジーン――ライアガルプスは言った。彼女にはそれ以外に考えられない。

「冤罪などではない。奴はそれについて、弁明もしていないのだ!」

と、ウルブル・フェルラーが言った。

「そんなものが必要かな?少なくともガンダルフの大賢者はそんな愚か者ではあるまい」

と、ライアガルプスは言った。

「何だ、その大賢者とは?」

と、ウルブル・フェルラーが聞いた。

「ガンダルフの魔法使いのことだ」

と、ライアガルプスは答えた。

「ガンダルフだと?魔法使いだと?いったい、何のことを言っているのだ」

 いきり立ったウルブル・フェルラーは戸惑って言った。彼にとってはガンダルフの魔法使いなど聞いたことがないのだから当然だった。

「まあまあ、少し冷静になってください。先ほどから話が議題からそれてしまっています」

と、今まで黙って聞いていたダズ・アルグ提督が言った。

 すると、キッとなって、

「帝国の大逆人がヘイダール要塞にいるということは、大問題ではないか!」

と、ウルブル・フェルラーが怒鳴った。

 その振る舞いはいささか大げさだった。とはいうものの、今でも銀河帝国では大逆人がそこにいれば、どんな扱いを受けるか想像に難くない。

 確かに銀河帝国の軍人ならば、大逆人たるダールマン提督が要塞にいることは、大問題に違いなかった。しかし、ここに居る彼らはたった二人に過ぎなかった。それをウルブル・フェルラーは忘れている。他の者にとってはあまり意味がないし、興味もないのだ。

 クルム少佐には、大逆人という響きが何とも虚ろに聞こえるのだった。ウルブル・フェルラーが感情的になるほど、そう思えた。

 リイル・フィアナにはウルブル・フェルラーの激昂ぶりが、滑稽に思えた。そして彼女はパチンと指を鳴らすと、

「そろそろ、大人しくしてもらうわ」

と言った。

 ウルブル・フェルラーがその瞬間、急に縮んで、

「ニャァッ!」

と鳴いたのには、さすがのアルトラス・ヴィルも仕方がないと思わざるをえなかった。

 要塞の他の者は、あまりいい顔をしなかった。人間を猫に変えるというのは、人権に悖るのではないかと思う者もいたからだ。

「司令官。その敵とはいえ、猫にするのは、私はどうかと思うのですが…」

と、グリンが言った。

「あら、私はちゃんと、本人に警告しておいたわ」

と、リイル・フィアナが理不尽なと言う顔で抗議した。

 その時、今まで我慢してきて、もう限界だという笑い声がした。

 あの暗黒星雲の種族の一人リード・マンドの声が、最初は小さく抑えた声で、その後だんだん苦しそうに大きくなって行った。そして、

「なかなか、面白い趣向だな。で、これからどうするつもりだ、ガンダルフの魔法使い、レギオンよ」

と、彼は言った。


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