ダルシア帝国の継承者
135.
星の光がわずかに感じられるヘイダール要塞の近辺の宙域に、リドス連邦王国の第五王女――五番目または五の姫は現れた。その姿は以前にヘイダール要塞に現れた時と同じで、暗い宇宙空間ではほとんど目立たなかった。
「なるほどね。こんなことをするのは、いったい誰かしら?」
と、五の姫は言った。
五の姫の目には、要塞の周にあるジャンプ・ゲートの入り口が、他銀河に通じるものについてだけ開いているのが見えたのだ。
リドス連邦王国がふたご銀河のジル星団に来た時に、すでにこの辺りのジャンプ・ゲートはダルシア人によって閉じられたていた。その管理を彼らリドス連邦王国の人々は任されたのだった。その後、銀河帝国がヘイダール要塞を建設した時に、要塞にその開閉をする機能を持たせたのはリドスの人々の考えだった。
五の姫が要塞の方を見ると小さな別の要塞が横から突き刺さっていて、ヘイダール要塞自体が何か容易ならぬ事態に陥っていることを感じさせた。
「どうやら、向こうも何か起きているようね。ま、でもお姉さまたちが行くことだろうし、何とかするでしょう…」
と言うと、五の姫はジャンプ・ゲートを閉じる作業を始めた。
作業を始めた五の姫は、人間の姿というよりも、明るく輝く光が動いているように見えた。
そこへ、その光を遮るように、別の光が割って入って来た。
「誰?何をするの?」
と、五の姫は驚いて言った。
別の光は光の玉というよりもキラキラ光る霧のようにも見えた。
「今、ゲートを閉じられるのは困るのでね…」
と、その光る霧は言った。
「おまえは、暗黒星雲の種族ね…」
と、五の姫と思われる光が言った。
「あんたは五番目か?」
「そうよ。お前は、名はあるのかしら?」
「私は、リード・マンドとも呼ばれている」
「それは、あの銀の月が付けた名前ね」
「我々には、個人的な名前などというものは、ないのでね」
「名前がないなんて、かわいそうね」
「必要がないから、ないだけだ」
「そう。で、何の用なの?」
答える代りに、リード・マンドは強烈な重力波を五の姫の近くの宙域に突然生じさせた。五の姫と思われる光はその重力波に引かれて悲鳴も上げずに消えて行った。
「ふん。たわいのない…」
と、キラキラと光る霧状の暗黒星雲の種族であるリード・マンドは言った。
その時、ヘイダール要塞の周辺をパトロールしていたダルシア帝国艦隊旗艦では警報が鳴り響いていた。
「何事なの?」
と、タリアは旗艦中央脳に訊ねた。
旗艦中央脳は、旗艦司令室の中央にあるガラスケースの中に存在していた。見た目は知的生物の脳そのものという感じがした。もちろんそれは生物の脳ではなくて、ダルシアの科学技術によって作られたものである。そのガラスケースに付随している装置を介して、様々な仕事ができるようになっている。
「暗黒星雲の種族が近くにいます」
「大勢いるの?」
と、タリアが聞いた。
「いえ、おそらく一人でしょう」
ダルシアの艦隊では、例え一人であっても、暗黒星雲の種族が存在すると警報がなるのだ。ダルシア帝国の敵と言えば、まず暗黒星雲の種族のことを指すからだ。
海賊フォーズを追い払ってからも、ダルシア帝国艦隊は周辺の哨戒を続けていた。タリアも不安で、ダルシアの旗艦に乗っていることが多くなっていた。ヘイダール要塞には彼女の仲間、タレス人の亡命者が大勢いるのだ。要塞への攻撃は彼らに対する直接の危険となりかねない。
「妙ですね」
と、旗艦中央脳が言った。
「何が、妙なの?」
「先ほど、暗黒星雲の種族が出現する少し前に、リドス連邦王国の五の姫がいたような気がしたのですが…」
「五の姫ですって?本当なの?それじゃ、五の姫は暗黒星雲の種族にやられたと言うの?」
疫病神の暗黒星雲の種族には、誰も敵わないということだろうか、とタリアは思った。でも、前にヘイダール要塞でその二人が対峙した時は、五の姫の方が圧倒的に強いと感じたのだが…。
「まさかとは思うのですが、もしかするとその可能性があるかもしれません」
タリアは不安だった。
暗黒星雲の種族などと言う連中がいるということを知ったのは、この間のことだった。あの惑星連盟の審判がヘイダール要塞で行われた時のことである。
リドスの王族なら、彼らに対抗できると聞いたのもついこの間のことである。もし、それが間違っていたとしたら、この広く暗い宇宙空間で誰があの疫病神から自分たちタレス人を守ってくれるのだろうか?
「まあまあ、そんなに怖がらないで…」
と、どこからか声がした。
「え?誰なの?」
と、タリアが聞くと、司令室の空間に光の玉が出現した。
その光はすぐ姿を変え、リドス連邦王国の五の姫の姿になった。
「おや?先ほど、見かけませんでしたか?」
と、中央脳が言った。
「相変わらず、反応が鈍いことね!確かに、さっき、あそこにいたわ」
と、五の姫は言った。
「私、暗黒星雲の種族にやられてしまったと思って…」
と、タリアは言った。
「そう思わせたのよ」
「どうしてですか?」
「そうすれば、あのリード・マンドは自信過剰になって、ミスをしやすくなるから」
と、五の姫はウィンクして悪戯っぽく言った。
「でも、本当に大丈夫ですか?」
タリアは心配だった。
「それより、その旗艦の中央脳に聞いてくれる。ヘイダール要塞にお姉さまたちが来ているかどうか…」
「了解しました」
と、中央脳は言った。
「あの、お姉さまたちというと?」
「私のお姉さまは、一番目と二番目と三番目のこと。四番目は、今回は来ないことになっているわ」
「あの、六番目の王女様は?」
リドス連邦王国の王女殿下は六人いると、タリアは聞いていたのだ。
「そうねえ、気が向けば来ると思うけれど…」
「タリア様。要塞に一番目、二番目、それに三番目が現れたということです」
と、旗艦の中央脳が報告した。
「お姉さまたちは揃ったようね。それなら、要塞の方に移動しましょうか?」
「私もですか?」
「そうよ。あなた、お姉さまたちとは会ったことはないでしょう?リドス連邦王国とダルシア帝国は同盟国なのだから、会うべきだと思うわ」
と、五の姫は言った。
「タリア様。私もそのように思います」
と、旗艦中央脳が自身の意見を述べた。
「でも、哨戒任務の方は?あなただけでやれるの?」
「もちろんです。何の心配もありません」
「ダルシアの旗艦を指揮する中央脳は、慣れているから大丈夫よ」
「それなら、…」
ダルシアの旗艦からヘイダール要塞までは旗艦の転送装置ですぐに行けた。
タリアと五の姫は直接ヘイダール要塞の司令室に出現した。
「おや?五番目かい?」
と、一の姫が言った。
「ごきげんよう、お姉さまがた。お早い御着きですね」
と、五の姫が挨拶した。
「まだ六番目が来ないようね」
と、三の姫が言った。
「あの子は来るかどうかわからないわ。だから、もう始めましょう。あまりのんびりとはしていられないわ」
と、二の姫が言った。
「あの、始めるといいますと?」
と、ヘイダール要塞のディポック司令官は聞いた。
司令室のスタッフは転送失敗の事件でまだ医務室にいるので、探知装置や通信装置に配置する人員が足らなかった。今司令室にいるのは、ディポックとフェリスグレイブ、カール・ルッツとクルム少佐にバルザス提督だった。
「もちろん、ジャンプ・ゲートを閉じるのです。そのために私たちは来たのです」
と、二の姫が言った。
ジル星団では宇宙航行をする際にジャンプ・ゲートを使うということをディポックが聞いたのは最近のことだった。ロル星団では、これまでジャンプ・ゲートなどというものを聞いたことはない。使ったこともないのだ。
バルザス提督によると、太古の昔、宇宙のどこかのある種族が宇宙のあちこちにジャンプ・ゲートを設置したのだという。それは、ダルシア人が宇宙航行を始める何億年も前のことだと言う話だった。もちろん、その種族の名も、どこの銀河のどんな種族なのかもわからないのだった。
ただ、ジャンプ・ゲートを使うにはワープ航法だけではなく、そのゲートを開ける知識が必要なのだということだった。そうした知識を得た者だけしか使えないという代物なのだ。
「でも、お姉さまがた、ジャンプ・ゲートを閉じようとすると、リード・マンドが邪魔をすると思うわ」
と、五の姫は言った。
「ええ、そうね。先ほどの動きは見ていたわ」
と、三の姫は言った。
「あのリード・マンドは暗黒星雲の種族にしては若い方だわね。あんなことで簡単に騙されるなんて…」
と、二の姫は言った。
「騙される?」
と、タリアは言った。
「そう。五番目のあんな演技に騙されるなんてね」
と、三の姫は言った。
「演技?」
「五番目に一芝居打ってもらったのです。あのジャンプ・ゲートを開けた者が誰かわかるかもしれないのでね」
と、一の姫は言った。
「案の定、引っかかって来たわね」
と、二の姫は言った。
136.
要塞の医務室には、司令室のスタッフやディポックやフェリスグレイブ以外の要塞幹部の者たちが運ばれていた。
転送失敗によるショックだというのが、リドス連邦王国の第一王女――、一番目または一の姫の見立てだった。
「パパ大丈夫なの?」
と、心配そうに言ったのは、新世紀共和国時代、この要塞にいたとき事務監として赴任していたノルド・ギャビの上の娘、シターラ・ギャビだった。シターラはまだ9歳の子供だった。そして、その隣にいつも一緒にいる友人のリーラという同じ年の少女がいた。
「大丈夫だって、あなたのママが言っていたわ」
と、リーラが言った。
「そうね」
「おねえちゃん、本当?」
と、聞いたのは妹のジュネシスだった。三つ年下なるので6歳である。
「おねえちゃん、ママは?」
と、ジュネシスは聞いた。
「パパの着替えを持って来るって、言っていたわ」
と、シターラに替わってリーラが答えた。
ジュネシスは瞬きをしてリーラを見上げた。いつも姉であるシターラと一緒にいるので、姉がもう一人いるようなものだった。
ジュネシスはリーラが姉であるシターラの友人であるということをよく知っていた。なぜなら、リーラはいつもどこでもシターラとジュネシスの姉妹と一緒に遊んでいるからだ。
父親が軍人で転勤が多い職場なので、姉妹が父親と一緒にあちこち移動するというのに、遊ぶときはいつもリーラと一緒にいた。まだ幼いジュネシスはそれを変だとは思わなかった。姉の方は、父親と同じところにリーラの親も移動するのだと思い込んでいた。
それは、二人の母親であるイズルカ・ギャビも同じだった。時折、変だと思うことはあったものの、シターラと同じ理由を思いついて、勝手に納得していた。
その部屋は大部屋で、転送失敗のショックで倒れたものたちでいっぱいだった。
突然、部屋の中にキラキラ光る霧状のものが現れた。例の暗黒星雲の種族の一人、リード・マンドだった。
最初それに気づいたものはいなかった。
ジュネシスがそれに気づいたのは、偶然だった。
「ねえ、おねえちゃん、あれ何だろう?」
と、ジュネシスはシターラに訊ねた。
ジュネシスの指す方を見ると、何かキラキラ光るものがあった。
「さあ、何だろうね」
と、シターラも首をひねって言った。
リーラは特にそちらを見もしなかった。
だが、リドス連邦王国の医療艦隊から手伝いに来ている医者の一人がそれに気づいた。
「こ、これは…」
事態の深刻さに気付くと、一の姫にこの緊急事態を知らせた。
ヘイダール要塞にリドス連邦王国の王女たちが集まっているのを知ってか知らずか、リード・マンドは医務室に現れるとその部屋の扉を閉め、電気系統を操って患者の治療に干渉し始めた。
変事に気づいたのはリドスから来た医者や看護士や衛生兵だった。だが、彼らは表立って騒ぎ立てようとはしなかった。そんなことをすれば、暗黒星雲の種族を挑発するようなものだということを知っていたからだ。それにいずれ、一の姫が救助にやってくることを知っていたのだ。
リード・マンドは自分の存在がまるで無視されていることを感じていた。
ヘイダール要塞ではこの間のことがあって幹部の連中は暗黒星雲の種族のことを知っていたとしても、一般の兵士や民間人、まして医療関係者は彼らのことなど聞いたこともないのだ。
しかし、リード・マンドは不満だった。これでは自分の存在価値がないように思える。せめて、自分の存在に気づいて騒ぎ出すか、恐怖の声を挙げるとかを想像して楽しみにしてきたというのに。
「来たようね」
と、一の姫は言った。
「誰が来たんです?」
と、ディポックは気になって聞いた。
「リード・マンドという暗黒星雲の種族が来たようです」
と、三の姫が説明した。
「前に要塞に来たことのあるあの男か…」
と、ディポックは思い出して言った。
リード・マンドは惑星連盟の審判の時に現れて以来、ディポックには何かと言うと要塞にちょっかいを出してくるような感じがした。
「司令官は、あの者をご存じでしたか?」
と、二の姫が聞いた。
「惑星連盟の審判の時に最初に現れたのです」
と、バルザスは言った。
「なるほど、それでこの辺りにいたと言うわけですか」
「銀の月によると、暗黒星雲の種族を大勢捕獲したということでしたが、彼は逃れたようですね」
と、二の姫は言った。
「もともと、あれは仲間からすこし外れていましたから」
と、バルザスは言った。
「すると、そのリード・マンドがジャンプ・ゲートを開けたと言うことか?」
と、クルム少佐が聞いた。
「その可能性は大だな…」
と、バルザスは言った。
「で、今どこにいるのです?」
と、ディポックが聞いた。
「医務室だ」
と、一の姫は言った。
「あそこには、司令室の連中がたくさんいる…」
と、フェリスグレイブが言った。
「待って!」
と、一の姫は言った。何かに気づいたように、耳を傾けている。誰かが耳元で何かを囁いているように見えた。
「どうしたの、お姉さま」
と、三の姫が言った。
「向こうは大丈夫。こちらは、ジャンプ・ゲートの閉鎖を急ぎましょう」
「でも、…」
一の姫は他の姉妹たちを目で見て、黙らせた。
「では、やり方はそう難しくはありません。それに、今後のことを考えると、ここにいる人でやった方がいいでしょう。ええと、カール・ルッツ、いえサムフェイズ・イージーでしたね、あなたにお願いしましょう」
サムフェイズ・イージーが立つと、三の姫がやり方を説明した。
「え?それだけですか?」
と、驚いてカール――サムフェイズ・イージーは言った。
「ええ。簡単でしょう。ここからあのジャンプ・ゲートを開閉するのはそう難しくないのです。そうでなければ、困りますものね」
と、三の姫が言った。
「あのリード・マンドはおそらく、我々があの宙域に行かなければジャンプ・ゲートを開閉できないと思い込んでいるのでしょう」
カールは慎重にかつ正確に装置のキーを押し続けた。ジャンプ・ゲートを閉じるまでにそれほど時間はかからなかった。
「さあ、これでいいでしょう。次に、医務室にいるリード・マンドを何とかしなければ」
と、三の姫は言った。
「ああ、そちらは大丈夫。誰もいかなくていいわ」
と、一の姫は言った。
「でも……」
「つまり、あの子がいるということ?」
と、二の姫が言った。
「ええ、六番目がいるのよ。最近いないと思ったら、ずっとこの辺りにいたようだわ」
と、一の姫は言った。
「それじゃ、ディポック司令官、私たちはこれで、…」
「え?もう行かれるのですか?」
「ええ。私達、そんなに暇じゃないの。今回来たのは、ヘイダール要塞司令官のあなたに会いたかったから。それに、ダルシア帝国の新しい代表にも会いたかったから…」
と、一の姫はタリアを見て言った。
「私に?」
「ダルシア帝国はリドス連邦王国の同盟国でしょう?我々は会っておく必要があるわ。そうでしょう?次は、何かあった時に私たちを呼べばいいわ」
「呼ぶ?どうやって?」
「私たちはあなたを知っているから、一番目でも、二番目でも呼べばいいのよ。誰か手の開いている者が来るわ」と、三の姫が言った。
「しかし、…」
ジャンプ・ゲートは閉じたということだが、肝心の暗黒星雲の種族については、まだ何も解決してはいない。ちょっと待ってほしい、というのがディポックの正直な感想だった。
「後の心配はしなくていいわ。私たちと入れ違いに、リドスの母と父がここへ来るでしょうから」
と、二の姫も言った。
「ここに?」
と、驚いてディポックは言った。バルザス提督から来るとは聞いていたが、こんなに早く来るとは思わなかったのだ。
「こ、困ります。まだここにはスタッフもいないし、歓迎の行事もできませんし…」
と、ディポックは更に言った。
一国の元首を迎えるには、それなりの準備がいることはディポックにも分かる。ただ、今現在の状態では、何の準備もできないのだ。
「そんなこと、必要ありません。ヘイダール要塞と同盟を結ぶわけでもあるまいし。公式訪問でもないし…」
と、三の姫が言った。
「つまり、非公式の訪問ということですか?」
「ええ、そう取って頂いて構わないわ」
と、一の姫は言った。
リドス連邦王国の王女たちは、次の瞬間姿を消した。
まったく唐突だった。
ディポックは、これがリドス連邦王国の王族のやり方だと、少しずつ理解していくしかなかった。
タリア・トンブンは、一瞬だったが、その心の中に、王女たちの名前が次々に浮かんで消えた。その時、ディポックと目が遭ってしまい、彼にも同じことが起きたことがなぜかしら分かった。
137.
リドス連邦王国の王女たちと入れ違いに、一組の男女がヘイダール要塞の司令室に現れた。
「ごきげんよう」
と、女性の方がにこやかに挨拶すると、
「私は、リドス連邦王国の女王です」
と、名乗った。
突然話題の主が現れたので、ディポックはすぐに挨拶も返事もできなかった。
もっとも相手の方も豪華な衣装を身に着け、頭に宝冠を載せているわけでもなく、普通の民間人という装いだった。当然、お付きの者もいないし、警備の者もいない。そのため本当にリドス連邦王国の女王かという思いが、心の中にホンの少し浮かんでは消えた。
「突然来たことを謝ります。ですが、緊急事態ですので、その辺のことはご理解ください」
と、女王は言った。
「いえ、あのですが、我々は何もお構いできませんで…」
とだけ、ディポックはやっとのことで言った。
「しかし、陛下、本当にお二人だけでやってくるとは思いませんでした」
と、バルザス提督が言った。
それを聞いて、ディポックはやっと得心した。本物のリドス連邦王国の女王だと。
「あなたには面倒を掛けるかもしれませんね。ところで、ジャンプ・ゲートの方はどうなりましたか?」
と、リドスの女王がさっそく聞いてきた。
「それは、先ほど王女殿下方が来られて、無事に閉じることができました」
と、バルザスは答えた。
「それは、重畳…」
「陛下がわざわざ来られたのは、やはり暗黒星雲の種族のことでしょうか?」
と、バルザスは尋ねた。
「それもあります。でもその前に、ダルシア帝国の代表に会わせてくださいませんか」
「あの、それは私です。リドスの女王陛下」
と、タリアが一歩前に出て言った。タリアは自分が普段の服装のままだと言うことを知っていたが、相手が普通の民間人の服装なので、それほど気にならなかった。
「そうですか。初めまして、あなたがタリア・トンブンですね」
と、女王はにっこりと笑って挨拶した。
「はい」
と、タリアは素直に返事をした。
「あなたのことは、ダルシア帝国のコア大使から色々と聞いています」
「私も、コア大使から陛下のことを聞いたことがあります」
「それは、よかった。それで、どうですか?ダルシア帝国の代表として、慣れましたか?」
「いえ、慣れるなんて、まだ自分が代表ということがよくわからなくて…」
「いずれ、慣れてきます。心配ありません。娘たちもあなたに会えて、喜んだでしょう」
「さあ、それは。私について、どなたも何も仰らなかったので…」
と、不安そうにタリアは言った。一の姫が一瞬タリアを見ただけのような気がした。彼女たちがタリアをどう思ったかなど、わかるはずもない。
「そうですか?でも、あなたに名前を残していきませんでしたか?」
「名前?そう言えば、王女様たちの姿が消えた後、私の心の中に、名前のようなものが浮かびましたけど…」
「そうですか。それが、娘たちの名前です。余程のことがない限り、私どもは他人に自分の名前を明かすことはありません。それは娘たちがあなたをダルシア帝国の代表として受け入れたと言うことです。忘れないでください。そして、何かあった時には、その名で呼ぶと良いでしょう」
「呼ぶ?私が、王女様たちを呼んでもいいのですか?」
タリアは自分が王女様を呼ぶことなど、想像もできなかった。まるで召使を呼ぶようなイメージが浮かぶからだ。タリアは自分のことは未だタレス人であり、その他大勢の一般人だと思っているのだ。
「もちろんです。我々は同盟国同士なのですから。困ったときは呼んで構わないのですよ」
と、リドスの女王は言った。そして、ディポックにも笑いかけた。
その動作はまるで、ディポックにも何かあった時に王女たちを呼んでも良いと言っているように思えた。彼が思うに、リドスの女王は彼にも王女たちがその名前を残していったのを知っているのだ。
リドス連邦王国の女王は気さくな人物に思えた。だが、何とも神秘的な人物だった。
「さて、それではバルザス提督、この要塞に捕まった暗黒星雲の種族の方々と話をしてみましょう」
「あの女王陛下お一人で大丈夫なのですか?」
と、ディポックは心配そうに言った
いくら特別な力を持っていると言っても、たった一人で多くの暗黒星雲の種族と対峙するのはどうなのだろうか、とディポックは思った。もちろん自信があって言っているのだろうが。
「私は一人ではありません。そう言えば忘れていました。こちらは私の夫です。ですから、二人になります」
「すると、こちらも何か特別な力をお持ちなのですか?」
これまで力を持つというのはリドスの王女たちのことであって、王族の他の男子については聞いていなかったのだ。
「特別な力というと、何だか化け物のように聞こえます。よくありませんね。私どもの力はそんなに特別ではないのですよ。本来誰でももっている力なのです。ただ、それを発揮するにはいくつか条件があるということです」
バルザス提督は一礼して、
「それでは、陛下、ご案内致しましょう」
と、言った。
「あ、ちょっと待ってください。私もそこに居たいのですが…」
と、ディポックが慌てて言った。
「私も興味がある」
と、クルム少佐が言った。
「おや?あなたは?」
と、女王が聞いた。
「陛下、こちらは、リドス連邦王国艦隊所属のナル・クルム少佐といいます」
と、バルザス提督が紹介した。
「クルム少佐ですか、あなたに会うのは初めてですね。元々リドスの者ではないようですね」
と、一瞬で相手の素性を喝破して女王は言った。
「陛下。クルム少佐は、このカール・ルッツ、つまりサムフェイズ・イージー少佐と一緒に白銀銀河のグリーブズ連邦から来ました。わが軍で艦隊や軍務の研修をするために来たのです」
「そうですか、その話は聞いています。遠いところからようこそ。クルム少佐、あなたに興味があるというのなら、私たちと一緒に来ることを許可しましょう。それでいいですね、バルザス提督?」
「陛下がいいと仰るなら、このサムフェイズ・イージー少佐と一緒にお願いします」
と、バルザスは言い添えた。
「わかりました」
「あ、あの、私もいいですか?」
と、タリア・トンブンが遠慮がちに言った。暗黒星雲の種族については、気になっていたのだ。
「もちろん、構いません。あなたは我が国の同盟国の元首になるのですから。彼ら、暗黒星雲の種族のことについても知っておくべきです」
「ありがとうございます」
と、タリアは言った。
138.
そこは、真っ暗な空間だった。あまりにも暗すぎて、広いのか狭いのか、高いのか低いのかもわからない。自分の姿さえ、見つけられないくらいなのだ。
ただ、自分が存在していることがわかるということだけが救いのような場所なのだ。
なぜ、自分が存在していることがわかるかというと、自分という意識があるからに過ぎない。
そんな空間に、こつ然と光が現れた。
眩しい、眩しすぎる光だった。
「何だ、あれは?」
と言うざわざわした思いが暗黒の空間に溢れた。
真っ暗で何もないと思われた空間だが、実は多くの目に見えない何者かが多数存在していた。
彼らは通常、ふたご銀河やその近くの銀河で暗黒星雲の種族と言われて、恐れられていた。彼らは神か悪魔のように思われていたのだ。なぜなら、彼らは何でも可能であり、不可能なことはなかったからだ。
しかし、彼らはこの暗黒の空間の中では無力だった。
この空間の外へ出ようとしても、出られなかった。ここがどこであるのかもわからなかったのだ。だから出る方法もわからない。
わかっていることは、彼らはある一人の仲間を追って、ヘイダール要塞へやってきて、この空間に囚われてしまったということだった。
眩しい光は、少しずつ光を落しているように思えた。実際は、見ている方が光に慣れて行ったに過ぎない。
「お前は、確かリドス連邦王国の女王ではないか…」
と、暗黒星雲の種族の一人が言った。と言っても、彼らには目に見える実態はないので誰が言ったのかはわからなかった。
「私を知っている者がいるようですね。あなたは誰ですか?名前を持っていますか?」
と、リドスの女王は暗黒の空間に呼びかけた。
「私だ。お前の分かる名では、ゴルドロスだ」
その昔、リドスの女王はふたご銀河に来る前に彼ら暗黒星雲の種族と関わったことが何度もあったのだ。
「ゴルドロス、その名は聞いたことがあります。では、ゴルドロス、あなたに聞きます。あなた方は何を恐れているのでしょう?」
「恐れる?我らが、何を恐れるというのか?」
と、嘲るようにゴルドロスは言った。不死の種族である彼らにとって、恐れなど感じるはずのないものなのだ。
「自分たちのしていることがわからないということでしょうか?残念です。そこまで落ちるとは。もう一度聞きましょう。あなた方は何を恐れているのでしょうか?たった一人の仲間をこのふたご銀河の辺境まで、大挙して追って来るというのには、他に理由があるというのでしょうか?」
「それは、どういうことなのだ?」
「この暗闇の名を知っていますか?それは、『恐れ』といいます。あなた方は特殊な力でこの空間に押し込まれたと考えているかもしれませんが、それをしているのはあなた方自身だということです。あなた方の恐れが、あなた方をこの空間に拘束しているのです」
ゴルドロスにとっては、これは初めて聞くことだった。
「お前の言っていることは理解できない。これは、お前たち、そうだ。お前たちの仲間であるガンダルフの銀の月がやった事ではないのか?」
と、ヘイダール要塞に来た時のことを思い出して、ゴルドロスは言った。
「そうとも言えますが、実際はそうではありません。あなた方自身の力が、その『恐れ』がこの暗い空間にあなた方を押し込めているのです」
「そんなバカなことがあるか、…」
「それでは、何をしにここへ来たかを話してください。そうすれば、いずれわかるでしょう」
ゴルドロスはじっとリドスの女王を見た。この人間の姿をした、暗黒星雲の種族と似た力を持っている彼らリドスの王族は、嘘をついているようには見えなかった。だが、信用できるだろうかと思案して、先を続けた。
「我々がヘイダール要塞へ来たのは、あのミリアルを追って来たのだ。あの存在はとうとう我々に同化できなかった。例え、我が同朋の直系だとしても、育ったのが人間の世界だから、我々に馴染むことができなかったのだ」
「だから、どうするつもりだったのですか?」
と、女王は先ほどよりも強い口調で言った。
「捕まえて隔離しようとしただけだ。別に殺そうとしたのではない」
「あなた方は死なないではありませんか。本当は何をしたかったのです?」
「できれば、我々もあのようなものは消し去りたいが、それはできないことだと知っている。だから、ただ隔離しようとしただけだ」
と、ゴルロドスは繰り返した。
「隔離ですか?あなた方の永遠の牢獄のことですか?」
リドスの女王は、暗黒星雲の種族が永遠の牢獄というものを創り出したということを聞いたことがあるのだ。
「そうだ。あの牢獄に入れてしまえば、我々でも出てくることは不可能だ」
「それはひどすぎませんか?あの子を我々に返せばそれで済んだのではありませんか?」
「あの者は、我々について知りすぎたのだ」
「なるほど、つまり、あなた方の秘密を知ってしまったので逃がすわけにはいかなかったというわけですね」
まるでどこかの犯罪組織の構成員の言いそうなことだった。リドスの女王の知っている暗黒星雲の種族がこんなことを言うだろうか。
暗黒星雲の種族の牢獄は、どこにあるかは秘密だった。他の種族で、その話を聞いたことがあるものはいるが、どこにあり、どんなものなのかは誰も知らない。
「その秘密とやらは、よほど恥ずかしいことなのでしょう。たった一人の仲間を大勢で寄ってたかって追って来たのですから…」
と、厳しいことを女王は言った。
「我々が後ろ暗いことをしているとでも考えているのか?」
「違うのですか?」
「おまえのような、劣等種族の者がなんと思おうと、我々には興味はない」
「そうですか。それでは、もう少しここにいるとよいでしょう」
「お前は、劣等種族の分際で我々を脅迫するつもりか?」
これもおかしい、と女王は思った。以前の彼らは劣等種族とは言わずに、嘲りを込めてただ『人間』と言ったものだ。
「あなた方は神の如き力を持つと、日頃から言っているではありませんか?こんなところから出ることなど、朝飯前ではありませんか?」
「我々は、神ではない。神に近い力は持っているが、本当の神ではない。劣等種族の者どもが、我々を誤解して愚かにも神と呼んでいるだけだ」
「そうでしょうか?神を僭称したことがないというのですか?」
「それは、劣等種族を指導しなければならない場合に、神と言うことを使うこともある。だが、それは彼らのためになるからであって、他意はないのだ」
「なるほど、デバランやゴラルコスを滅ぼしたのも、彼らのためなのでしょうか?」
「あの者どもは、我らの敵であった。滅ぼさなければ我々が滅びたのだ」
「では、ダルシアはどうですか?彼らはあなた方に敵対したというのでしょうか?」
「そうだ。ダルシアは危険だった。我らに近い力を持つ者だ。だからこそ、滅ぼさなければならなかった」
「けれども、ダルシアはふたご銀河を守っていただけで、あなた方を滅ぼそうとは考えてはいなかったのですよ」
と、リドスの女王は事実を指摘した。
「そんなこと、信じられるものか…」
「あなた方が相手を滅ぼすから、他の種族も同じだと思うのです。ですが、あなた方とは違う考えを持つ種族も多いのです。その多くは、あなた方が滅ぼした中に入っています。だからこそ、今ではあなた方には友人など、どこにもいないのではないですか?」
「我々は神に近い力を持つ。友人など必要はない」
と、ゴルドロスは声高に言った。
「それに、あなた方の中にも、あなたのやり方に批判する者たちがいるのではありませんか?」
「我々は皆同じだ。異なった意見などはない」
「アルーデはどうしました?あなた方の指導者だった者です」
アルーデは暗黒星雲の種族の指導者だった。もし、彼がいれば、このようなばかげたことはしなかったと思われるのだ。
「……」
ゴルドロスは黙った。
「どうしました?返事はないのですか?」
と、リドスの女王は聞いた。
「知っているのか、アルーデを…」
「知っているから、聞いているのです。アルーデはどうしたのですか?」
「アルーデはもういない。アルーデは反逆者だ。我々とは意見を異にする者だ」
「意見を異にするから、反逆者ということですか?」
「そうだ。だから他の仲間から隔離しなければならなかった」
「隔離?あの牢獄に入れたというのですか?」
「そうだ。他に仕様がなかった」
「そうして、何人の仲間をあの牢獄に入れたのでしょう?」
「おまえには、関係ないことだ」
「いいえ、アルーデは私の友でした。アルーデ一人だけではありません。他にもいました。ですが、ここにはもう一人もいないようですね」
「……」
再びゴルドロスは黙った。
「他に、アルーデのことを知っている者はいませんか?」
と、女王は暗い空間に呼びかけた。だが、答えは何も返っては来なかった。
「わかりました。あなた方の指導者が変わったのですね。ゴルドロス、つまりあなたが新しい指導者ということでしょうか?」
「そうだ。指導者は私だ」
「では、もう一度聞きます。あなた方がヘイダール要塞にたった一人の仲間を追って来た理由は何でしょう?」
「あの者は、我々から離れて、再び人間の世界に戻ろうとしたからだ」
「なぜ、そうなったのでしょう?」
「あの者は、我々に馴染まなかった。同化できなかったのだ。もともと人間として育てられてしまったから、我々に同化するというのは無理だったのだ」
「理由はそれだけですか?」
「そうだ」
「それなら、私にそう言えばよかったのではありませんか?」
「アルーデなら、そうしたかもしれない。だが、私はお前のことをよく知らなかったのだ」
「ならば、今現在私に会っているのですから、今からでも遅くありません。あの者は我々が受け入れます。そしてあなた方は、あの者に手出しをしてはなりません」
そう言った瞬間、リドスの女王は暗闇の中で太陽のように輝いた。
「……、お前は、何者だ?」
と、ゴルロドスは苦しそうに言った。
139.
ナル・クルム少佐は、暗い空間を見つめていた。リドスの女王が話しかけている相手はどこにいるのか見当もつかなかった。
クルム少佐がここに来たのは、暗黒星雲の種族に興味があったからだ。彼は軍人なってまだ十年ほどだったが、彼の国で暗黒星雲の種族について聞いたことはなかった。そんな種族がいることも、危険であることも知らなかった。
ごく最近までクルム少佐は彼の国がこの銀河宇宙に存在するすべてだと思って生きてきた。だが、別の銀河やすぐ近くの星団に多くの異種族の宇宙人がいることを知った。
異種族の宇宙人がいるだけではなく、物語の本の中にだけ存在していると思っていた魔法使いやドラゴン、そして超能力者などが本当にいるということも分かって来た。
この宇宙にはまだまだ彼の知らないことがたくさんあるのだ。
問題なのは、こうした彼の知らない者たちが、彼の国にとって敵や害となることがあることなのだ。そうしたとき、彼の国はうまく対応できるだろうか?
彼の国がこれまで戦ってきたのは、同じ種族の別の政府にすぎない。文化文明的にはほとんど同じものだった。ただ少しだけ、価値観が違ったのだ。それだけで、長い戦いになったのだから、文明的に異質なもの同士がどれほど相容れないものか。ちょっと考えるだけで難しいということがわかる。
その上、科学技術の差があれば、優位にあるものは圧倒的な武力で相手を制圧できる。
この暗黒星雲の種族はおそらく、彼らが敵と思えるものを制圧してきたのだろう。あのジル星団のダルシア帝国も彼らの敵だったのだ。
しかし、暗黒星雲の種族が、そもそもダルシア人を敵だと思ったのはなぜなのか?それが、クルム少佐にはわからなかった。
「ゴルドロス、私はリドスの女王です。それ以外の何者でもありません。そして、あなたがここから出ることはそう難しいことではありませんが、一つ聞きたいことがあります」
「聞きたいこと?どんなことだ」
「あなた方が、ロル星団の銀河帝国に興味を持ったのはなぜですか?」
「我々があのような劣等種族に興味を持つことは、稀だ。なぜ、そのようなことを聞く」
「銀河帝国の新領土となった恒星ダロスの第三惑星カルガリウムの近くで、銀河間のジャンプ・ゲートが開いています。それはあなた方がやったことではありませんか?」
リドスの女王の言葉にクルム少佐は驚愕した。そして一瞬だが、要塞司令官ディポックと顔を見合わせた。ディポックもかなり驚いたのだ。
「リドスの女王陛下、それは、どういうことなのでしょうか?」
と、ディポックは聞いた。
「この辺りで、銀河間のジャンプ・ゲートを開けることができる者は、暗黒星雲の種族の他にはいないからです」
ジル星団でジャンプ・ゲートを使っている者たちは、銀河内のジャンプ・ゲートを開けることはできるが、銀河間のジャンプ・ゲートは開けることはできない。その明白な事実はダルシア人かリドス連邦王国の者しかわからないことだった。
「ジャンプ・ゲートの存在すら知らない、銀河帝国や元新世紀共和国の人々があのゲートを開けることは不可能です」
と、女王は断言した。
「それがどうしたのだ?あそこを開けたからと言って、困ることはあるまい」
「いいえ、あのゲートを開けたことで、恒星ダロスの第三惑星カルガリウムが他銀河からの侵略に遭っています」
「だから、どうしたのだ?あの連中はこれまでずっと銀河帝国と戦って来たのだ。また別のところと戦うことなどたいしたことではあるまい」
暗黒星雲の種族にとって、劣等種族が侵略されようと、興味はないとゴルドロスはいいたげだった。
「やはり、そうだったのですね」
「戦いの好きな連中なのだから、戦い続けるのが似合いだ。それがどうして非難されるのかわからない。それに、いずれあの銀河帝国はリドス連邦王国を敵として、ご自慢の艦隊を率いてやって来るのではないか?」
「あなたが、それを企むということでしょうか?」
「そんなこと必要あるまいよ。今でも、あのゼノン人があの若い皇帝に囁いているだろう。リドス連邦王国は危険ですとな…。それを退けるだけの英知は、あの小僧にはあるまい」
クルム少佐は、その言葉に怒りを押し殺して黙って聞いていた。
「でも、それをゼノン人に囁いたのはあなた方ではありませんか?もしかして、銀河帝国のダールマン元帥の大逆事件もあなた方が仕組んだのではありませんか?」
リドスの女王の言葉はクルム少佐の心に食い込んだ。これは驚くなどということを超えていた。口を閉じている代わりに、心臓が早鐘のように打っているのがわかった。
「さあな、第一、どこにガンダルフの魔法使いがいるかなんて、どうやればわかるんだ?」
「そうでしょうか?あなた方なら、一目見ればわかるのではありませんか?」
「いくらわれらでも、それほどわかるわけではない」
「まあ、終わったことは仕方がありません。ですが、このふたご銀河で銀河間のジャンプ・ゲートを勝手に開けることは止めていただきましょう」
と、リドスの女王は丁寧だがはっきりとした口調で言った。
暗い空間がざわざわとする感じがした。
「なぜ、お前の言うことを我らが聞かねばならぬ」
「ここにずっといたいと言うのなら、私はこれ以上何も申しません」
「我らを脅すつもりか?」
「脅すなんて、人聞きの悪いことを言うものではありません。これは脅しでもなんでもありません。単に、あなた方自身がここを出られないというだけのこと。不死の種族である、あなた方にとって、それがそんなに困ることでしょうか?」
と、にこやかな笑みを浮かべて女王は言った。
「待て!」
と、別の声がした。
「あなたは?」
「私は、オントだ。ここから出られるというのは、本当か?」
「もちろんです」
「何を言うつもりだ、オント。我らの意見は同じはずだ」
と、ゴルドロスは言った。
「同じ?私は、もうここから出たいのだ。ゴルドロスお前ではいつまでたっても、ここにいなくてはならないだろう。いくら不死の種族とはいえ、それでは少しも面白くないではないか」
「そうだ」
「そうだ」
「そうだ」
と、次々と賛同の声が上がった。
「お前たちは、我らの団結を崩すつもりか?」
と、ゴルドロスは怒りの声を上げた。
「お前は退屈だ。我々は退屈が我慢ならん。リドスの女王よ。我々はお前の言うことを承諾する。もう銀河間のジャンプ・ゲートは開けぬ。ここから出してもらおう」
と、オントは言った。
「裏切るのか?」
ゴルドロスの声は、怒りに震えていた。
「わかりました。いいでしょう。それを約束できるというのなら、ここから出しましょう。あなたはどうします、ゴルドロス?」
暗闇の中で憤怒の形相が見えそうな気配がした。
「やむを得ぬ。だが、銀河間のジャンプ・ゲートを開けぬと言う約束しかできないぞ」
「いいえ、もちろん、あの子が我々の元へ来ることも同意してもらいましょう」
「何だと!」
「ゴルドロス、あのような者のことなど、どうでもよいではないか。第一、我々はあの者を追うことを反対したのだ。あの者がどこで何を言おうとしようと、大したことはないではないか」
と、オントは言った。
「あなた方が何をしているか、私たちが知らないとでも思うのですか?今更、隠す必要があることなどありますまい」
と、女王は言った。
「ほう、お前たちは我らのことを何でも知っていると言うのか?」
「そうは言いません。しかし、ある程度のことはわかります。今あなた方が隠そうとしていることなどは、分かっています」
「ふん。ならば、致し方あるまい」
と、ゴルドロスはしぶしぶ承知した。
140.
特に移動したというわけでもないのに、暗い闇が消えていき、あたりは霧が晴れるように明るくなってきた。
「ここは?」
と、ディポックが聞いた。
目が慣れてくると、そこはあのヘイダール要塞の司令室の中だった。
「どうしたんです、司令官?」
と言ったのは、フェリスグレイブだった。
クルム少佐も驚いて周りを見た。
明るくなったその部屋には、リドスの女王夫妻、ディポック要塞司令官、クルム少佐とカール・ルッツ、そして銀の月が現れたのだ。
「驚くことはありません。あの暗闇は、この司令室にあったのですから…」
と、女王は言った。
「ここに?」
と、クルム少佐が言った。
「つまり、次元の違うこの場所にあったということですね?」
と、カール・ルッツ――サムフェイズ・イージー少佐は言った。
「そうです。次元が違うので、同じ場所にあっても、見えなかっただけです」
「で、司令官、あの暗黒星雲の種族とかいう連中との話し合いは終わったのですか?」
と、フェリスグレイブは聞いた。彼は、司令室に待機していたのだ。
「たぶん、終わったと思う。そう理解してよいのでしょうか、リドスの女王陛下?」
「構いません。ただ、一つお願いがあるのですが…」
「どんなことでしょう?」
「暗黒星雲の種族は、放っておくと大変危険です。ですから、国と言うのも変ですが、暗黒星雲の種族に連絡を付けるためにこの要塞に一人常駐する者を置くということにしたいのですが、そのための場所を彼らにやってほしいのです」
「つまり、一国の大使館のように、何かあった時に話ができるように彼らを置くということですね」
「そうです。ジル星団の宇宙都市ハガロンに、彼らを駐在させたいと思ったことがありましたが、何分、彼らはあまりに悪名が高いので、他の種族が嫌がりどうにもできなかったものですから…」
と、リドスの女王は残念そうに言った。
「確かに、彼らはあまりに危険ですね。ですが、我々も彼らを持て余してしまうのではありませんか?」
と、ディポックは言った。
ヘイダール要塞にいるのは、新世紀共和国から来た者たちが大半で、彼らは普通の人間たちなのだ。タレス連邦からきた能力者はいるが、彼らは少数で、どんな能力を持っているのかわからない。この要塞にはそれを活用するような知識やシステムを持った者はいない。それに、タレス連邦からの亡命者はこのヘイダール要塞に住み着くかどうかはわからないのだ。将来、別の惑星に移住するつもりで来たのだから。
「それは、大丈夫です」
と、女王は言った。
「リドス連邦王国が協力してくれるということでしょうか?」
と、ディポックは聞いた。
リドス連邦王国には、能力者や魔法使いが多いと聞いていた。それに、リドスの王族は他の星のどんな能力者や魔法使いよりも強い力を持っているという話だ。
「いいえ、それでは足りません。あの連中を扱うには、あなたの協力が欠かせないのです」
と、女王は言った。
「私の協力ですか?ですが、私は能力者でも魔法使いでもありません。普通の人間です」
「あなたが、そういう認識であるのは、わかっています。しかし、何人リドス連邦王国の能力者や魔法使いがいても、なかなか暗黒星雲の種族は扱えないでしょう。ただし、あなたがいれば別です。あなたに自覚がないとしても、我々にはそれが分かっています」
「それは、もしかして、この要塞が私のために創られたという話と、何か関係があるのでしょうか?」
銀の月がこの前、そんな話をしたのだ。ディポックはそんなバカな話はないと思うものの、リドスはロル星団やジル星団のどんな国とも違う、変わった考えをする国らしいことがわかってきた。リドスなら、その話はそれほどおかしくはないのかもしれない。理由はわからないけれども。
「銀の月に聞きましたか?それは、本当のことです。あなたには初耳だったとしても…」
その時、女王の傍にいた彼女の夫が何か女王に囁いた。
「そうでした。忘れるところでした。この要塞とあなたとの関係はいずれ、詳しくお話ししましょう。ですが、今は惑星カルガリウムのことを何とかしなければなりませんね」
「確かに、そうでした」
と、ディポックも同意した。
元新世紀共和国だったが、今は銀河帝国の新領土となった恒星ダロスの第三惑星カルガリウムは他銀河からの侵略に遭っていたのだ。
「侵略者のことについて、女王陛下は何かご存知でしょうか?」
と、ディポックは改めて聞いた。
「彼らは俗に蛇使い銀河と呼ばれるふたご銀河から十億光年離れた銀河からやってきた者たちです」
と、女王は言った。
「その侵略者ですが、ジャンプ・ゲートは暗黒星雲の種族が開けたということは、科学技術については、我々を凌駕しているということはない、と考えていいのでしょうか?」
「ええ、そう考えてよいでしょう。銀河間のジャンプ・ゲートを開ける知識と技術は彼らが自ら得たものではなく、暗黒星雲の種族が気まぐれで与えたようです。ですが、だからと言って、彼らの科学技術を甘く考えることはできません。ただ、問題は彼らの目的です。その点については、現在調査中です」
「では、まだ侵略の目的はわからないということですね」
「そうですね。侵略なのか、移住が目的なのかはまだはっきりとはわかりません。ですが、惑星カルガリウムの住民はあのままにしておくことは危険でしょう。侵略にしても移住にしても、彼ら住民は新来者に邪魔にされると考える方が妥当でしょう」
その点については、ディポックも理解できた。しかし、一惑星の住民を救出するというのは、一艦隊をもってしてもなかなかできることではない。だからこそ、銀の月が話した、ある種の転送装置が惑星カルガリウムのどこかにあるということが重要なのだ。
「惑星カルガリウムのどこかに、この要塞にもある転送装置と同じようなものがあるという話でしたが…」
「それは事実です。もちろん、その場所はすぐにはわからないのですが、大体の位置はわかります」
「ですが、かなり昔のことだと聞きました。それは壊れていないでしょうか?」
「さあ、それはわかりません。見つけてみないと…」
と、女王はあやふやに言った。
そのあやふやさが、ディポックには不安なのだ。なぜ、もっと明確に言ってくれないのか?
「しかし、もしそれが使えなかったら、次にどんな方法があるのでしょうか?」
と、不安そうにディポックは言った。
「ディポック司令官、心配しなくとも大丈夫だ」
と、クルム少佐が言った。
ナル・クルム少佐は、本当に少佐なのだろうか、といつもディポックは思っていた。上官にあたるバルザス提督――銀の月に対しても、クルム少佐はまるで対等のような口の利き方をする。そして、バルザス提督の方も、特にそれを窘めるでもなく、暗黙裡に容認しているように思えた。
「少佐、君は何か知っているのか?」
「それほど、知っているわけではないが、経験から言って、その転送装置はかなり頑丈にできているはずだ」
「ディポック司令官、それは私たちの銀河から送られた物です。それを今現在でも私たちは使っています。中には、地中に埋もれている物もありましたが、壊れた物はありませんでした。ですから、大丈夫だと思います」
と、カール・ルッツ――サムフェイズ・イージーは言った。
「その、今でも使っているって?あなたの銀河で。ええと、あなたの属する銀河というのは何でしたっけ?」
「白銀銀河です。私たちの銀河では、当時のまま使われています。その転送装置で移動するのが基本です。ですから、宇宙船はほとんどありません」
と、カール・ルッツは言った。
「宇宙船がない?宇宙文明なのに?」
驚いてディポックは言った。
「彼らの銀河では、宇宙船を持っているのは支配種族であるザレックだけです。他の種族が宇宙船を持とうとすると、潰される。それが繰り返されてきたのです」
と、バルザスが言った。
「というと、ザレックという種族は人間ではないのですか?」
「彼らは寄生種族です。見た目は人間であっても、人間に寄生しているのです。普通の人間は彼らにとって奴隷にすぎないのです」
と、カールが言った。
「奴隷?でも、君は奴隷には思えない」
と、フェリスグレイブが言った。
「私たちの星はザレックの目を盗んで、密かに自力で文明を創ったのです。奴隷ではありませんが、いつザレックに滅ぼされるかわかりません。それで、私たちはリドス連邦王国との同盟を望んでいます」
「同盟?しかし、別の銀河ではないのですか?」
と、ディポックは言った。
「私たちの銀河には、ザレックに対抗するような文明はほとんど残っていないのです。リドス連邦王国は我々にとっては遠い銀河の種族ですが、我々が知っている種族の中で唯一、ザレックに対抗できる科学技術を持っている人々なのです」
ディポックは、カール・ルッツ――サムフェイズ・イージーの属する文明がどんなものか興味を覚えた。このふたご銀河とはまるで違う銀河の状況だった。
もともとディポックは、文明の歴史というものに興味をもっていた。これまで学んだのは銀河帝国や新世紀共和国の歴史だった。それがジル星団に様々な国があることを知り、特にダルシア帝国やリドス連邦王国について知るにつれて、その歴史を知りたいと思うようになってきた。
しかし、それよりも元新世紀共和国だった恒星ダロスの第三惑星カルガリウムの人々を救出することが、ディポックにとって喫緊の課題だった。
141.
恒星ダロスの第三惑星カルガリウムは、現在銀河帝国の新領土として編入されていた。その歴史はまだ浅く、この惑星が開拓されたのは約五十年前に遡る。当時は銀河帝国との戦争中ではあったが、新世紀共和国はまだ疲弊はしていなかった。新たな惑星を開発するだけの余力があったのである。
惑星カルガリウムの人口は、およそ五千万人で、主要都市は二十ほどあり、産業は工業が盛んで、交通機関の主要部品を生産していた。特に宇宙船の部品はかなりの主要輸出品目だった。ただし、銀河帝国に編入されてからは、宇宙船の部品の輸出は激減していた。
折から銀河帝国の元新世紀共和国の宇宙船の産業を縮小する政策は、その傾向を助長し、惑星カルガリウムの経済は不況に突入したのだ。
惑星カルガリウムの地方都市、フィズはかつて宇宙船の部品工場の集積地だった。現在、ほとんどの工場は閉鎖され、失業者が町に溢れていた。
以前なら、そうした失業者は他の好況な惑星へ移動して行ったものだ。しかし、今は他の惑星への移動手段がなかった。ないだけではなく、移動そのものが禁じられていたのだ。
その理由は、惑星カルガリウムが、突然現れた異星人の艦隊により、封鎖されたからだ。
その異星人は自らを蛇使い銀河から来た『グーザ帝国』と名乗った。彼らは惑星カルガリウムの住民の安全と引き換えに、住民が宇宙に出ることを禁じたのだ。惑星カルガリウムの元首であるガウム大統領はそれを了承し、グーザ帝国の支配を受け入れた。
もとより銀河帝国との戦争で敗北した新世紀共和国に属していた惑星カルガリウムは、領土の安全を守るだけの戦力はなかった。惑星を守っていたカルガリウムの警備艦隊は銀河帝国との戦争に投入されていた。それ故、相手の要求を呑むしかなかったのだ。
そもそも『グーザ帝国』がどこから来た、どんな連中であるかもわからなかった。
あるとき突然どこからともなく、グーザ帝国の艦隊が現れ、有無を言わさずに降伏を迫ったのだ。その艦隊は優に十万隻はありそうだった。惑星カルガリウム全体を覆うような陣容で、政府は為す術もなかった。蛇使い銀河から来たと自称しているが、もしかしたら近頃噂に聞く、ジル星団とかいう同じ銀河の別の星団から来た連中かもしれないと考えるものもあった。けれども、実際のところはわからなかった。
グーザ帝国の艦隊とその軍人兵士たちは惑星カルガリウムを封鎖したが、地上に降り立つようなことはなかった。従って彼らの姿を見たのは、降伏の調印にグーザ帝国艦隊旗艦にシャトルで乗り込んだ政府高官たちだけである。
グーザ帝国は惑星カルガリウムの資源や産業や政治に何の興味も示さなかった。地上の統治は現政権に任せ、自分たちの要求を満たせば、何もしなかったのだ。
その唯一の要求が、宇宙航行の禁止である。
ただそれは、カルガリウムの住民の生活を破壊するものだった。惑星間の交易なくしては、そもそもカルガリウムの生活が成り立たないのだ。
失業した住民たちは行き場を失い、町に溢れていた。その苦境を新しい支配者である『グーザ帝国』に政府や市民団体が陳情しても、彼らは関知しないというだけだった。自分たちで何とかしろ、というのだ。
困ったことに、惑星カルガリウムの農業は非常に脆弱だった。これまで戦争中であったため、工業に特化して輸出で利益を最大限に挙げ、他の農業惑星からの輸入を奨励していたからだ。新世紀共和国の時代には、それが最大の利益を上げる構造だった。しかし、帝国の領土となり、工業部品の輸出が減少してから、食糧の輸入も減少せざるを得なくなった。そして今や輸入そのものができなくなり、それが大変な事態に直結することになった。
飢饉である。
他の惑星から輸入することができなくなったため、食糧事情は時が立つにつれ、悪化していくばかりだった。他の惑星への工業部品の輸出もできなければ、食糧の輸入もできないからである。その上新しい支配者である『グーザ帝国』の連中は惑星カルガリウムのそうした事情など、まったく考慮することはなかった。
普通ならば暴動が起きるような状況だったが、度重なる敗戦に惑星カルガリウムの住民も疲弊して、無気力だった。しかし、さすがに市民たちも現状の深刻さに気付き始め、惑星カルガリウムの諸都市にはガウム大統領に対する怨嗟の声が満ちるとともに、無気力だった人々も立ち上がろうとしていた。
ヘイダール要塞とリドス連邦王国からなる惑星カルガリウム救出部隊は、銀河帝国やグーザ帝国の艦隊の探知範囲外に艦隊を置いた。そして一隻だけステルス状態で惑星カルガリウムの周回軌道に置き、そこからリドス艦の転送装置で惑星カルガリウムへ降り立った。
「これは、ひどい……」
と、ナル・クルム少佐が言った。
少佐の視線の先には、浮浪者の群れがいた。何千人になるだろうか。その数は小さな都市では養えない程だった。
地方都市フィズではもう彼らを雇う者や場所もなく、また彼らを養う食料も減り、その上、フィズ以外でも似たような状況であるので、どこにも行くことができないのだ。
それでも都市の中心から外れた場所に食糧配布センターを置き、浮浪者に日々の糧を与えていた。一人分の量を少なくしても、食糧は人数分までなかった。必ず、最後の何十人かはその日の糧さえ得られなかった。それさえも、いつまで続けられるかわからない状況になりつつあった。
「暴動が起きるかも?」
と、カール・ルッツ――サムフェイズ・イージーが言った。
「確かに、時間の問題かもしれないな」
と、バルザスは言った。
「で、どの辺にその転送装置は埋められたんだい?」
と、ダズ・アルグが聞いた。
ダズ・アルグは転送失敗のショックから立ち直ると、すぐに惑星カルガリウムへ派遣されることを自ら申し出た。カルガリウムは少なくとも、かつての新世紀共和国側の惑星である。だから、自分が行くと言ったのだ。彼は要塞の艦隊指揮者の一人であるため他の要塞幹部から反対はあったものの、ディポック司令官はダズ・アルグ提督が行くことを許可したのだった。
昔、白銀銀河のアンダイン種族から送られた転送装置は、どうやら惑星カルガリウムの地方都市フィズのメイン通りの地下にあるらしかった。
「あんな所にあるとは、面倒なことにならなきゃいいが」
と、ダズ・アルグが言った。彼にしてみれば、都市の中ではなく、山の中とか人のいない場所であってほしかったのだ。
「仕方がないわ。そんなところに都市が、まして道路が敷かれるとは思わなかったでしょう。二万年も昔の話だもの…」
と、カールが言った。
男性の顔をした人物が低い声で女言葉を使うことは抵抗があったが、カール・ルッツ――サムフェイズ・イージーはもう構わなくなっていた。
「ともかく、暗くなるのを待とう」
と、バルザスは言った。
惑星カルガリウムの地平線に恒星ダロスが近づきつつあった。遠目でそれを見ていると、砂埃が舞っているのが気になった。
フィズ市の街の外は砂漠だった。カルガリウムの気候は本来温暖で水も豊富であるのに、最近は雨が降らなくなったのだ。その傾向は惑星上に広がっている。そのため、貧弱な農業が一層困難な状況にある。
暗くなってから、バルザスは行動に移った。
まず、転送装置が埋められていると思われる道路まで歩いて行った。その位置へ立つと、あたりを見回した。
街の中は人通りもなく、昼間いた浮浪者はどこへ行ったのだろうと思った。それに、交通機関も動いてはいない。特に、道路を走る車両が見えなかった。
もっともそれは、好都合だった。
「どう?」
と、カールがバルザスに聞いた。
バルザスは道路に片手を下に向けてかざし、目を閉じて歩きながら転送装置を探していた。クルム少佐やダズ・アルグ提督、それにカールはあたりを見張っていた。
どのくらい経ったころだろうか?バルザスは、難しい顔をしてカールを招いて、位置を測定するように指示した。
「あるにはあるが、ひどく深いところにある。転送範囲ギリギリというところかな?」
と、バルザスは低い声で言った。
カールはその場所を正確に装置で測ると、
「そのようね」
と、これも低い声で言った。
彼らはもう一度、あたりを見回して、誰もいないことを確認すると、
「よし、転送してくれ!」
と、バルザスが魔法陣を描いて言った。
四人はその瞬間光と共に消えた。
ステルス状態で惑星カルガリウムの周回軌道上に待機していたリドスの巡洋艦に四人は現れた。
「ここまでは、うまく行った。さて、次はこの転送装置をどこへ置くかだ」
と、バルザスは言った。
「誰でも行ける場所がいいでしょうね」
と、カールが言った。
彼らは転送装置の位置を正確に測った後、それをリドスの艦の転送装置で移動させることになっていた。その後、転送装置が壊れていないか調査して、設置場所を決めることにしていた。
惑星カルガリウムの住民の救出は、政府に話を付けるよりも、一般の住民を先に避難させる計画だった。つまり、住民の救出そのものは、秘密裏に行うつもりなのだ。
政府に話を付けたりすると、新しい支配者に媚びる者が出て、秘密を漏らす恐れがあった。もちろん、最後にはこの星の政府のトップに話をする必要はあった。でもそれは大部分の住民を移動させた後にした方が、この救出作戦を成功させられると考えていた。
数日後、惑星カルガリウムの都市フィズの食糧配布センターでは、二人の新しい職員がやってきた。こんなことはよくあることだった。市の有力者のコネで失業者を雇うために、市の上層部が指示したことだった。
「ここでは、すべての浮浪者に食糧を配ることはできない。だから、いつも最後に何十人か食料をもらえない者たちが残る。彼らが騒動をおこさないように、君たちが注意するように、いいね!」
と、所長は言った。
食糧配布センターの制服を着た二人は、センターの中を珍しそうに歩き回った。新人ということで、そうした振る舞いを他の職員は誰も不審に思わなかった。
「どこか、いい場所はないかな?」
と、一人が言った。彼は、ダズ・アルグ提督だった。もう一人はナル・クルム少佐である。
転送装置の設置場所はあまり人の来ないところ、それでいて少し余裕のある空間が必要だった。
食糧配布センターは古い部品倉庫を改装したものだった。そのため大きな空間がいくつかあり、それはそれで食料を置いたり、浮浪者に配布する場所としてはなかなか使い勝手があった。だが、小さな密閉された空間はあまりなく、そんな場所は事務室として使われていた。
クルム少佐はセンター内をくまなく見て歩き、最適の場所がないことを知った。だが、倉庫として使われていた食糧配布場所の隅が何とか使えそうだと思えた。
「ここは、どうだろうか?」
と、クルム少佐はその場所に立って、ダズ・アルグに言った。
「ここか?どこからでもよく見える場所じゃないか?」
と、ダズ・アルグが言った。
「でも今は?人がいなければ、別段構わないだろう?」
「それは、そうだが…」
と、ダズ・アルグは言って、あたりを見回した。
その場所は倉庫の入り口からみたら死角の位置にあり、すぐには見えない。そのためか日中は人が多い場所ではあるが、今は人気がないし、自分たち以外には誰もいない。ここは明日食糧配布の準備を始めるまで、人の出入りはないのだ。
「装置の方は、見えないようにしておけばいい…」
と、クルム少佐は言った。
「船のステルス装置のようなものでか?」
と、ダズ・アルグが言った。
「もしくは、魔法を使って隠すようにすればいい」
二人は、リドスの艦に戻ってバルザスたちと相談することにした。
142.
ヘイダール要塞では、惑星カルガリウムからやってくる住民を迎える準備に忙しかった。
住民たちは転送装置で、要塞司令室の転送装置へやってくる。最初は場所の変化に驚くだろうが、司令室にいる連中は皆もと新世紀共和国出身である。種族も言葉も同じだから、最初のショックから立ち直るのにそれほど時間はかからないと思われた。
それにヘイダール要塞と言えば、ロル星団の者なら誰でも知っている場所だった。転送装置の件は軍の新発明の秘密兵器だとでも言えばいいと考えていた。
ただ、問題はカルガリウムの住民をいつまでも要塞に置けないことだ。カルガリウムの人口はおよそ五千万人だから、この要塞ではその十分の一ほどしか住むことはできない。避難してきたカルガリウムの住民をどこかほかの惑星に移動させることが必要になってくる。それをどこにするか、その選定もしなければならなかった。
「恒星ダロスの惑星カルガリウムに派遣されたリドスの艦隊から長距離通信です」
と、通信員が言った。
「誰からかな?」
と、ディポック司令官が聞いた。
「バルザス提督本人だそうです」
「わかった」
司令室の大スクリーンにバルザス提督が映し出された。
「バルザス提督、ご苦労様です。そちらは、どうですか?」
と、ディポックが言った。
「転送装置を発見し、ある場所に設置しました。それで、要塞の方の準備はどうでしょうか?」
と、バルザス提督は言った。
転送装置の受け入れ場所は、ヘイダール要塞だった。ただ惑星カルガリウムに設置された転送装置は、カルガリウムの周回軌道上にステルス状態でいるリドスの艦が操作することになっていた。従って、装置を作動させるときには、地上の仲間からリドスの艦へ装置作動を要請し、リドスの艦から要塞に装置の作動を連絡することになっていた。
「そうですね、準備万端とは言いかねますが、ある程度の人数をまず転送させて、様子を見たらどうかと思うのです。環境の急激な変化を受け入れることができるかどうかが不安なのです」
惑星カルガリウムで不足している食糧については、不安はない。要塞では食糧は自給自足できるようになっているからだ。
問題は人間の方だった。拉致した後、転送装置を新発明の装置だと言いくるめて、この要塞で過ごすことになるのだが、その際何も起きずに済むだろうか。人数が多くなるにつれて、惑星カルガリウムから来た者たちが一つの勢力となり、何か問題を起こさないだろうかと案じているのだ。
「その点については、いつまでも要塞に置くのではなく、早めに居住できる他の惑星へ移動させればいいのではないですか?その惑星では、彼らが一つの政治勢力として認められるということができれば、それほど問題はないと思うのですが…」
と、バルザスはその点について大したことではないように言った。その言い方から推測するに、こうした活動はバルザスにとって初めてではなさそうだった。
「で、その後は、まだいつになるかわかりませんが、カルガリウムにいる侵略者がいなくなったときは、どうするのです?」
と、ディポックは聞いた。
「他の惑星で一つの政治勢力となっていれば、それをまるごとカルガリウムへ転送してもいいのではないですか?」
「というと?」
「例えば、カルガリウムの人々がいくつか都市を作ったとして、その都市ごと惑星カルガリウムへ移動させればいいのです」
「そんなことができるのですか?」
「不可能ではありません。リドス本国にはここにあるよりももっと大きな転送装置、例えば一艦隊を丸ごと他の星系へ移動させるような転送装置もあります。それを使えば可能です」
「そ、そうですか…」
ディポックは、都市を丸ごと転送させるような装置はちょっと想像できなかった。言うことは簡単だが、本当にそうしたことが出来るのだろうか?だが、バルザス提督が嘘をつくことはないだろう、とだけ感じていた。
「では、そう言うことで、転送するときはこちらから連絡します」
「わかりました」
カルガリウムの都市フィズでは、今日も食糧配布センターが多くの人々でごった返していた。
朝早くから並んだ人々は、センターの扉が開くのを今か今かと待っていた。中には前日の食糧配布に焙れた者もいたので、険悪な雰囲気がかもし出されていた。
一方センター内では、一つの問題が持ち上がっていた。
「今日は、これだけなんですか?」
と、職員の一人が言った。
いつもよりもかなり配布用の食料が減っていたのだ。
「仕方があるまい。これでもあちこちからかき集めたんだ」
と、所長が言った。
「でも、これではどれだけの人数がもらえなくなるか、暴動が起きたらどうするんです?」
と、別の職員が不安そうに言った。
「それは、警察に協力を頼んであるから大丈夫だ」
所長は、自信ありげだった。
ダズ・アルグとクルム少佐は、他の職員の一番後ろでそれを聞いていた。
「まずいな、何も起きなければいいが…」
と、ダズ・アルグが小声で言った。
二人の計画では今日から転送を始める予定だった。その対象となるのは、食糧配布に焙れた人々である。しかし、センターで暴動が発生したら、それができなくなる。
時間が来ると、食糧配布センターの扉がゆっくりと開けられた。
最初は、それほど混乱はなかった。列の初めの人々はきちんと列を作り、慌てずに職員の案内に従って中へ入った。ただ、配布する食糧の袋を渡されると、人々は驚いたような表情を浮かべて職員を見た。そして何か言いたそうにして、黙っている者がほとんどだった。
それでもすぐに文句を言う者はいなかった。その代り、食糧をもらった人々があちこちで集まり、何かを言い争っている様子が見られた。
「これは、何だ?昨日よりも少ないではないか。何でこんなに少ないんだ?」
「私は、昨日はもらえなかった。今日のこの量では、とても家族の分まではない」
「朝早くから並んでこれだけしかもらえないとは、これからどうやって暮らしていけばいいのやら…」
「明日は、もっと少なくなるのではないか?」
だんだんと不穏な空気が満ちてきたのを感じて、所長が何か言わざるを得なかった。
「聞いてくれ!ここにある食料はフィズにあるものをかき集め、みんなに公平に分けているのだ。もちろん、数には限りがあるし、今は惑星間交易が出来なくなっているので、食糧は減っていくだけだ。けれども、どうかもう少し我慢して欲しい。きっと交易が可能になって、輸入できるようになるから…」
けれども、これは逆効果だった。
「それは、いつだ!我々が飢えてから、輸入できるようになっても遅い!もっと確実なことを言ってくれ…」
と、一人が叫んだ。
一人が叫ぶと、他の者たちも続けて叫び始めた。
「いつになったら、食糧が来るんだ!市のお偉方が飢えているとは聞いたこともない。我々にもっと食料を渡せ!」
「そうだ。市の役人連中は皆、太っているではないか?」
「そうだ。お前たちも、十分食べているんだろう?」
急に過激な空気が醸成され、一触即発の機運が高まった。
食糧配布センターの職員は、じりじりと倉庫の中へ逆に追い込まれていった。市民たちの怒りが、手に触れそうに感じられた。
「ともかく、もっと下がるんだ…」
と、所長が倉庫の中にいる群衆に命令した。
食糧配布センターには武器はなかった。協力を頼んだ警察は、外にいてまだセンター内の騒動に気づいた様子はなかった。まだ配布される食糧を入れた袋は少なからず残っていた。ただ、食糧を受け取った人も、これから受け取る人もどちらも納得できないという表情だった。
いったんは収まったように見えた憤懣は、静かに溜まって行った。
外にいた警察官の一人が、中の様子を見ようとセンターに入って来た時だった。
「警察だ!」
と、誰かが叫んだ。
「警察だって…」
と、口々に人々が叫んだ。振り向いて、見る者もいる。その険悪な形相に、入って来た警察官は驚いて、立ち止った。
「あ、あの……」
その瞬間、人々は我先に配布される袋めがけて殺到した。
「逃げろ!」
と、危険を感じて所長が叫んだ。
配布センターの職員は奥へと、逃げるほかはなかった。
人々の多くは食糧配布の袋を目指して殺到したが、何人かは職員を追ってやってきた。
「逃げるのか?」
「自分たちだけ、別に食糧を隠してあるのだろう」
「他にもあるのじゃないか」
と、口々に叫んでいた。
とうとう倉庫の奥の壁際まで追い詰められた職員は、為す術もなく市民と対峙せざるを得なくなった。
「待ってくれ、食糧はここにあるだけなんだ」
「他にはない」
「我々も、それほど分けてもらえるわけじゃない」
と、必死で所長は弁解した。
ダズ・アルグとクルム少佐はお互いに目で合図をした。
こうなったら、どうしようもない。これを収めるには、これしかない、と考えた。
ダズ・アルグが仕方なく、人の見ている前で、指で円を描いた。すると、そこに魔法陣が現れた。その魔法陣に向かって、
「転送してくれ」
と、ダズ・アルグが言った。
その瞬間、食糧配布センターの所長と職員、それに彼らに襲い掛かろうとしていた市民たち数十名が倉庫から消えたのだった。
143.
ヘイダール要塞の司令室では、リドスの艦にいるバルザス提督から惑星カルガリウムの転送装置作動の連絡を受けた。
「よし、医者と看護士を、呼んでくれ」
と、ディポックは言った。予めカルガリウムの住民が飢えで弱っていると聞いていたからだ。
転送装置は、司令室の一段下にある場所に置かれている。そこはディポックの座る場所からよく見えた。そのため、最初に転送されてきた者たちを見て、危うく椅子から転がり落ちるところだった。
制服を着た一団と、それに襲いかかろうとしている一団がヘイダール要塞の転送装置に現れた。本人たちは転送されたとは思いもよらず、怒号と悲鳴が司令室まで聞こえてきた。
「一体これは、何だ?」
と、グリンが言った。
「警備兵を呼んでくれ!」
と、ディポックは急いで言った。
警備兵が来る前に、要塞防御指揮官のフェリスグレイブが転送装置へ飛んで行った。
「やめるんだ!」
と、フェリスグレイブは大声で叫んだ。
転送されて来た者たちが、あたりの様子が変わった事に気が付くまでしばらくかかった。
「ここは、どこだ?さっきまでいたところと違う」
磨かれた床に高い天井、そして倉庫よりも明るい照明、それにヘイダール要塞特有の大スクリーン、どれもそこがもう倉庫の中ではないことを暗示していた。
「ここは、どこですか?」
と、暴徒の一人が我に返って聞いた。
「ここは、ヘイダール要塞だ」
と、フェリスブレイブが言った。
「ヘイダール要塞?そんなばかな。惑星カルガリウムからヘイダール要塞まで、どれほどあるかぐらい、誰でも分かる。本当のことを教えてくれ…」
「だから、ここはヘイダール要塞だと言っている」
「馬鹿にするな!」
「それなら、ここの司令官に合わせてくれ。確か、ここには、あのヤム・ディポック元帥が司令官としていると聞いている。彼ならその顔を知らないものはない」
その声に、ディポックは仕方なく転送装置のある階段室に降りてきた。
「あっ…」
と、ディポックを見てカルガリウムから来た人々は驚愕して黙り込んだ。
元新世紀共和国の者で、ヘイダール要塞のヤム・ディポック司令官を知らない者はいない。本人は不本意だったが、その知名度は並ぶものがない。
「皆さん、突然こんなところに来てしまって、びっくりされているでしょう。ですが、ここはヘイダール要塞です。ともかく、落ち着いてください」
と、ディポックは穏やかに言った。
「し、しかし、我々はどうやってここへ来たんだ?」
と、食糧配布センターの所長が言った。
「実は、密かに開発していた転送装置が完成したのです」
と、ディポックはもっともらしく言った。
「転送装置?それは、何です」
「一瞬で物を移動させる装置です」
と、ディポックは答えた。
「し、しかし、その距離が…」
恒星ダロスの惑星カルガリウムからヘイダール要塞までは、普通の宇宙船でも最低三週間はかかる距離だ。普通に考えても、こんな一瞬で移動できるような距離ではない。
「そうです。その距離の問題があって、なかなか実用できなかったのです。ですが、やっとそれが完成しました。それで、カルガリウムの皆さんをこのヘイダール要塞へ迎えようと考えています」
「で、でもカルガリウムの人口は五千万人ほどいます。ヘイダール要塞は五百万人までしか住めないのでは?」
と、所長が聞いた。
「そうです。もちろん、転送装置はまだこれ一台しかありません。でも、ヘイダール要塞から他の惑星へ船で行くことができます。」
「すると、あなたは我々の窮状をご存じなのですか?」
と、暴徒だった市民の一人が聞いた。
「もちろんです。新世紀共和国はすでに銀河帝国の新領土ですので、ここから艦隊を派遣してあなた方を救助するわけには行かなかったのです。そんなことをすれば、銀河帝国との戦争を覚悟しなければなりません。ですから艦隊を使わずにカルガリウムの住民を移動させることが重要なのです」
「グーザ帝国が惑星カルガリウムを支配下に置いていることは、銀河帝国は知らないということですか?」
と、別の暴徒の一人が聞いた。
「おそらく、知らないでしょう。それに、我々がそれを銀河帝国に知らせても、彼らがそれを信じるとは思えません。ですから、こうした方法を取ることにしたのです」
と、ディポックは説明した。
「グーザ帝国がどこから来たのかご存知でしょうか?」
と、所長が聞いた。
「残念ながら、そこまではわかりません。現在我々も調査中です」
と、ディポックは言った。
「そうすると、今はその転送装置を使って、この要塞へ逃げて来るしか方法はないと元帥は考えておられるのですね」
と、所長が言った。
「今は、それしかありません。いずれ、銀河帝国がこのことを知れば、帝国軍が動くでしょう。ただ惑星カルガリウムを取り戻すのに、どのくらい時間がかかるかわかりませんし、惑星の住民にどれだけの犠牲がでるかもわかりません。我々は、住民の犠牲を最小限に止めたいと考えているのです」
食糧配布センターの職員だけでなく、暴徒となった人々も今は大人しくなって、ディポックの話を聞いていた。
惑星カルガリウムの市民は、グーザ帝国と言う連中が侵略者であることを政府から知らされていた。彼らがいるために惑星間の交易が出来なくなったことも知っていた。ただ、いずれ時間が経ち落ち着いたら、惑星間交易が以前のようにできるようになると考えていたのだ。
だが、いつになったら、落ち着くのかはまだ誰にもわからなかった。まして、銀河帝国が惑星カルガリウムをグーザ帝国から取り戻す日がくるのはいつになるのだろうか?
銀帝国はグーザ帝国の侵略行為だけでなく、その名さえ知らないのだ。
144.
「ハァ、…」
と、ディポックは司令室の椅子にだらしなく座って、ため息をついた。
恒星ダロスの惑星カルガリウムからの住民救出作戦は、順調だった。その最初に来た連中にはまったく驚かされたものだ。けれども、その時来た食糧配布センターの所長と職員達がこの作戦を進んで手伝うと申し出てくれたため、これ以上ないくらい順調だった。
毎日、司令室のすぐ下の階段室にある転送装置でカルガリウムの住民は転送されてくるのだった。
転送された人々は、初めての転送経験と場所の急激な変化に驚愕して不安になるのだが、そこにヘイダール要塞のヤム・ディポック司令官の姿を見て、安心し、納得するのだ。だから、カルガリウムから転送者が来るときには、必ずディポック司令官がいなければならない。ヤム・ディポック氏は、元新世紀共和国で最も有名な軍人の一人であり、知らない者がいないからだ。しかも、その評判がすこぶるよかった。
いつまで続くかわからない、この毎回の行事にディポックは少々疲れ気味だった。
「どうぞ、…」
と、副官のリーリアン・ブレイス少佐がお茶を運んできた。本来少佐のする仕事ではないのだが、何しろ要塞では人手が足りない。それにキリフ・マクガリアン中尉は司令室に常駐しているわけには行かなかったのだ。そしてブレイス少佐は、
「お疲れですか?」
と、いつもの決まり文句を言った。最近気のせいか、その声に元気がないような気がする。だが、そのことには気が付いていない振りをして、
「ありがとう。それほどでもない。ただ、後どのくらいで、カルガリウムの住民五千万人を移動できるのかと思ってね…」
と、ディポックは言った。実際に悩んでいるのは別のことなのだが、そのことについては、他人に気が付かれたくないのだ。
「人数を考えると、滅入ってしまいますね」
一回の転送でやってくるのは、多くて精々数十人だ。彼らはフィズ市の市民だった。惑星カルガリウムの全住民を転送するのに、あとどれくらいかかるだろうか。それを考えると気が遠くなりそうだった。
「我儘だとは思うけれど、もう少し何とかならないかと思ってね」
「あの司令官、気になるんですが、銀河帝国に惑星カルガリウムの窮状を知らせるのは、どうしたらいいのでしょう?」
と、ブレイス少佐は聞いた。
住民の救助にしたって、銀河帝国がグーザ帝国の侵略を知れば、彼らの協力で速くなるのではないだろうか?もっとも、銀河帝国が住民の救助を最優先にすればの話だが…。
「なかなか難しいね。我々から直接言っても、信用しないだろうし、かといって信用してくれても住民の救出は帝国軍ではできないだろうしね…」
おそらく住民の救助を始めるまでに、惑星近くで艦隊戦を始め、その影響が地上に及ぶ可能性が高い。そして、地上に余程のことが起きない限り、カルガリウムの住民の救助までしないだろう。その余程のことというのが、どんなことか、想像するのはいやだった。
「では、今のまま続けるしかないのですね」
「そういうことだね」
と言って、ディポックはまたため息をついた。
これまで惑星カルガリウムから転送されてきた人数はおよそ千人ほどだった。未だ、都市一つの人口にも及ばない。このまま何事もなくこれが続けられるといいのだが、もし何か事態が悪化するようなことがあったら、どうしたらよいのだろうか?
もっとも、その場合はまたリドス連邦王国に相談すれば何か手段を講じてくれるとは思っていた。バルザス提督の話によれば、リドスには大出力のビーム転送装置があるということだった。ビーム転送装置はアンダインの転送装置と違い、転送装置一つで、転送装置のないところへもビームとして物体を送り実体化させることができるものだ。それを使えば、短時間でもっと多くの人々を転送できるのだ。今それを使えないのは、隠密裏に事を運ぶ必要がある所為なのだ。
毎日の行事になっている惑星カルガリウムからの転送が終わると、ディポックは自室に戻った。キリフ・マクガリアンはこの時間は戦闘機の訓練で忙しいので、宿舎で一人になれる。
このところ、考えなければならないことが増えたのだ。やはり自室で一人熟考する必要がある。
ディポックが悩んでいるのは、自分自身のことだった。いったい自分は何者なのか?これまで、そんなことを考えたこともなかった。彼は新世紀共和国に生まれ、母親を早くに亡くし、父親にも死に別れた。自身は士官学校に入り、卒業し、軍人になった。それがこれまでの人生である。実に明快だった。秘密など何にもない。
しかし、その自分の履歴をすべて覆すようなとんでもないことが出てきたのである。それは、リドス連邦王国の女王夫妻がこの要塞を訪問した時のことだった。
その訪問は、要塞が抱えている問題を解決するためのものだったというのが、ディポックとヘイダール要塞の者たちの理解である。
要塞はわずかの間に、今までにない多くの問題を抱えていた。あの暗黒星雲の種族のこと。ジャンプ・ゲートを閉じること。海賊ウル・ナッシュガルのこと。マグ・デレン・シャを始めとする惑星連盟のこと。タリア・トンブンのダルシア帝国継承の問題。そして、惑星カルガリウムの住民救出の問題等々…。
ディポックのその悩みは、惑星カルガリウムの住民救出の問題の解決策で生じたのだ。
リドス連邦王国の女王は言った。
「惑星カルガリウムの住民を救出するために、昔、白銀銀河のアンダイン種族が送った転送装置を使わなければなりません。ただその転送装置は、現在カルガリウムの地下に埋められています」
「それは、聞きました。その位置はどうすればわかるのでしょうか?」
と、ディポックは聞いた。そのことではいつも、なぜかはぐらかされているように感じるところだ。
「それを知っているのは、このふたご銀河でもたった一人しかおりません」
「それは、誰ですか?」
「それは、あなたです。ヤム・ディポック司令官。」
と、女王は言った。
「……」
唖然としたが、いったい何のことなのか、ディポックはわからなかった。
「あの、私はそのアンダイン種族が転送装置を送った時には生まれていなかったと思うのですが…」
と、ディポックは言った。
「もちろんです。あなたはその時、こちらに生まれてはいなかった。でも、存在してはいたのです」
と、女王は言った。
「つまり、あの暗黒星雲の種族のような存在ですか?」
と、まさかとは思いながらディポックは聞いてみた。
「いいえ、あのようなものではありません。彼らは存在としては三次元と四次元の間を行き来していると言っていいでしょう。遠くへ行くときに、ジャンプ・ゲートを開けることができるので、高次元を通るのです。その間一時的に高次元の存在と成り済ますのです。ですが、いつまでも高次元の存在として居続けることはできません。あなたはその頃、高次元の存在でした。まさにそれは、神々の世界と言える場所です」
と、女王は驚くべきことを言った。
しかし、ディポックは他のことが気になった。
「神々?神というのは、複数存在するのですか?」
「私の言っている神とは、優れた人々、存在のことです。いわゆる絶対神というものではありません。我々は、例えば、多くの人々に奉仕するような人生を終えた人物を敬い、崇めることがあります。それを神とも呼ぶことがあります。もちろん、根源の神なるものの存在を否定はしません。否定どころか、必ずや存在すると信じています。ですが、普通その姿を見ることはできないでしょう。つまり根源の神は、我々が想像できるような存在ではないと考えているのです」
「どうして、そんなことが言えるのですか?」
と、ディポックは少し興味を覚えて聞いた。
「この宇宙は広大で、銀河も数多く存在します。その銀河の中の一つ、いえいくつかに、いつもではありませんが、たまに神の存在を知らしめるために生まれてくる神霊と言うべき方々がいるのです。我々はその方々を見つけだし、その言葉を記録し、神の存在を証明しているのです」
これは、聞いたこともないことだった。そんなことがあるのだろうか。少なくとも、ディポックが属してきた新世紀共和国では、そうした人物は聞いたことがない。
「すると、今現在でもどこかの銀河にそうした方々が生まれて、話をしているということでしょうか?」
と、ディポックは信じられない思いで聞いた。
「そうです。このふたご銀河にそうした方が生まれるのは、さて、いつなのか?生まれてくるのか?それはわかりませんが、この大宇宙には、必ずどこかにそうした方々が生まれているのです」
と、女王は言った。
「それで、その高次元というのは、少なくとも神々の世界、つまりこの世で優れた人々が人生を終えた時に行く世界ということですか?」
「そうです。簡単に言うと、あの世と言いますが、あの世と言っても、色々と種類があるのです。大雑把に分けると、神の如き人々が行く世界、普通の人々が行く世界、そして悪人が行くような世界など。特に悪人が行く世界は地獄ともいいますからお聞きになったことはありますでしょう」
確かに、銀河帝国から分かれた新世紀共和国は、銀河帝国から大昔の伝説のように伝えられていた天国や地獄と言った話を受け継いでいる。
「はあ、でもそれと、惑星カルガリウムに埋められた転送装置がどこにあるかというのは、どう関係があるのです?」
「あなたは現在、ヤム・ディポックという男性ですが、当時は神々の世界の神霊の一人であったということです。しかもかなり高い地位にあったと言えましょう。このふたご銀河のロル星団で責任を持つ神霊の一人でした。そのために、遠くの銀河のアンダイン種族が送って来た転送装置をどう扱うかを判断し、最終的に埋めることを決定したのです。
転送装置は使いようによっては、非常に危険なものです。特に、この装置を使う者が侵略や支配を好む場合は、非常に危険なのです。」
「すると、かつてはロル星団は、今の惑星カルガリウムと同じような状況にあったというわけですか?」
と、ディポックは聞いた。
「転送装置が送られて、しばらくたってからのことです。白銀銀河では、支配種族の交替がありました。サムフェイズ・イージー少佐が言っているようにザレックという種族に替わったのです。彼らは非常に危険でした。他の種族を侵略し、支配することを好んだのです。それに当時のロル星団はまだ宇宙船を作る文明ではありませんでした。そのため、ザレックがふたご銀河にやってくると、ロル星団は彼らの手に落ちることが確実でした」
転送装置が送られてきてかなりの年月が経った頃、ザレックの来襲は現実のものとなった。その来襲を止めるために、転送装置は地中に埋められたのだ。そうすれば、少なくとも使うことはできない。装置は頑丈にできているので、いつか未来何かあった時に掘り返して使うことも可能だった。
「その時、埋めた場所は秘密でした。分かれば何に使われるかわかりません。好戦的な種族に使われると大変なことになります。そのために、ロル星団においては、あなた一人がその秘密を保持する役目を負うことになったのです」
「私が、その転送装置を埋めた場所を知っているというのですか?」
そんなことは、ディポックにとってとても信じられないことだった。
「もちろん、それは簡単にはわからないようにしてあります。ですが、今回はそれを使う必要がありそうです」
「いや、でも、しかし、私にはそんな記憶はありません」
と、ディポックは狼狽えて言った。
「大丈夫です。忘れることはありませんから」
「し、しかし…」
「これには、ガンダルフの魔法使い達も関わっています。あなたは覚えていないでしょうが、あなたはガンダルフの古い魔法使い達をよく知っているのですよ」
「……」
冷や汗が出てきた。いったいリドスの女王は何を言っているのだろうか、とディポックは思った。
リドスの女王の口から、銀の月が使うような呪文の言葉が飛び出して来た。
「リ*ル、リ*ル、フォ*レス……」
奇妙な聞いたことのない発音が、その呪文に混じっていた。
すると、一瞬ディポックの頭の中が真っ白になった。そして、次に数字がいくつも浮かんできた。
「何かわかりましたか?」
と、女王は呪文を終えると、静かにディポックに聞いた。
「数字がいくつか、浮かんできました」
と、半ば放心状態でディポックは答えた。
「おそらく、それが惑星カルガリウムの地下に埋められた転送装置の大体の位置でしょう」
と、女王は言った。
「し、しかし…」
「バルザス提督を惑星カルガリウムに行かせましょう。そして、その場所を調査させれば分かることです」
「本当に、これは位置を表す数値なのでしょうか?」
と、ディポックは言った。信じられないけれども、二種類の数字の羅列は、確かに惑星の緯度と経度を表しているように思えるのだ。
これが、惑星カルガリウムの転送装置の位置が判明したあらましである。
そして、これがディポックの新たな悩みの始まりだった。
145.
一方、ヘイダール要塞に到着した人々は、まず食堂で空腹を満たした。それから簡単な健康診断をした後、宿舎に案内された。
ルーブ・グドルフは、久しぶりの満腹感に一時幸福を感じていた。こんな気分を味わうのは、何年振りだろうか?彼がカルガリウムのフィズ市にやってきたのは七年前だった。新しい都市は、新世紀共和国が銀河帝国と戦争をしていると感じさせない程、何でも揃っているように見えた。それがおかしくなったのは、やってきて二年ほどたってからだった。
その頃、新世紀共和国は銀河帝国にある会戦で大敗北を喫していた。その影響がじわじわと辺境の惑星まで及んできたのである。
ルーブ・グドルフは、実は元銀河帝国の士官だった。ある会戦で捕虜となり、そのまま新世紀共和国に亡命した形だった。当時は捕虜なった兵士や士官が母国に戻っても、あまり歓迎されなかった。例え、捕虜交換で軍務に戻ったとしても到底出世は望めないと考えられていた。だから、ルーブ・グドルフは残ったのだ。
フィズ市に来た当初は、亡命者として特別に雇用や当座の費用は市当局から与えられたものだ。それが、月日が経つにつれて、だんだんと扱いが変わって来た。新世紀共和国軍の度重なる戦役が、市当局の予算にも影響を与え、亡命者に特別待遇を与える余裕がなくなったのである。
その頃、グドルフはここで知り合った女性と結婚をすることになった。後で考えてみると、この時期は彼にとって一番幸福な時だった。だが、それは長く続かなかった。
新世紀共和国が銀河帝国に敗北し、帝国領になったとき、ルーブ・グドルフは身の危険を感じざるをえなかった。もっともカルガリウムのような辺境の惑星にすぐ帝国軍が進駐してくることはなかった。
だが、惑星カルガリウムでのルーブ・グドルフの結婚生活は長くは続かなかった。結婚して五年、ルーブの妻は病死してしまったのだ。時を同じくして、不況のため彼は失業することになった。
それから、聞いたこともないグーザ帝国という侵略者が宇宙航行を禁じたとして、食糧が不足し始めた。ルーブ・グドルフは生きていくために食糧得るために毎日食糧配布センターに並ぶことになった。
ヘイダール要塞に新兵器である転送装置でやって来たとルーブが聞いたのは、周囲の環境が一変した後だった。その時感じたのは、食べ物が得られるという安堵感だった。
ルーブはできるだけ、目立たないように行動していた。彼は、銀河帝国からの亡命者だった。それを知られたら、今要塞を牛耳っている元新世紀共和国の連中がどんな反応を示すか、想像ができたからだ。まだここの連中は銀河帝国と敵対しているはずだった。今は誰もそれに気が付いていないので、元からのフィズ市民と同じように扱われていた。他のフィズ市民は、特に彼の出自を知っているとは思えなかった。だからこそ、目立たないようにする必要があったのだ。
要塞に来て数日後、食堂でルーブ・グドルフはバルザス提督という名前を耳にした。
ルーブの後ろのテーブルでタレス連邦から来たという人々が食事をしていたのだ。
「バルザス提督が戻ってきていると聞いたが…」
と、一人が言った。
「どうする?我々はリドス連邦王国へ移住した方がいいのだろうか?」
「コドル・ペリウスだけでなく、デルブ・アクダルここで店を開くと言っていたぞ」
タレス連邦からきた仲間の一人であるコドル・ペリウスは、ヘイダール要塞の司令官に要塞でレストランを開きたいと申し込んでいた。その許可を得られたと噂が飛んでいた。
「ここに住み着くつもりか?」
タレス連邦から来た者たちは、ヘイダール要塞に住み着くか、それとも他の惑星へ行くか迷っている者が多かったのだ。それに、他の惑星政府へ亡命するとしても、リドス連邦王国がその中で最も行きやすく、住みやすそうだという噂だった。
「聞いたところによると、ここの連中はあのロル星団の銀河帝国と交戦中だと聞いた。いずれ、銀河帝国の艦隊がやってくるらしいぞ…」
「いや、すぐ来るわけではないと聞いた。その可能性があるということだ」
「だが、ここが戦場になるということだ」
「しかし、ここにはリドスの艦隊だけではなく、ダルシアの艦隊もいるではないか。それがあれば、無敵ではないか」
ダルシア帝国の艦隊がいるということは、かなり彼らの安心に寄与していた。ジル星団最強の艦隊ということが知られているからだ。
「確かに、銀河帝国の艦隊は、ジル星団の艦隊に比べれば技術的に劣るそうだ」
「しかし、数は多いと聞いたぞ…」
タレス連邦から来た人々にとって銀河帝国と新世紀共和国との戦争のあらましは、この要塞で聞いたものだ。その中でも、銀河帝国が十万隻もの艦隊を擁しているということに驚きをもっていた。ジル星団で一国の艦隊では、多くても三万隻というのがせいぜいだったからだ。ゼノン帝国とナンヴァル帝国がそれに当たる。なお、ダルシア帝国の艦隊の実数は不明であった。もちろん、リドスの艦隊も不明である。
「タリアはどうしている?」
「今、ダルシアへ行っているそうだ」
「ダルシアへ?すると、我々はダルシアへ行くのか?」
「違う。タリアはダルシア帝国の継承者なんだ。だから、一度は行くようにとリドス連邦王国からも、ナンヴァルのマグ・デレン・シャ閣下からも要請されていたんだ」
そこで、考えるようにしばらく沈黙があった。その後、一人が言った。
「ダルシアには、人間が住める星があるのかな?」
「さあ。だが、あったとしても、ダルシア人は人間ではないと聞いている。だから、都市があっても、人間が住めるとは限らない」
ダルシア人は、人間のように酸素を呼吸する生物ではない。しかも、体型も人間とはまるで違っていた。竜族といわれているが、ナンヴァル人やゼノン人のように人間に近い竜族ではない。だから、都市がある惑星も人間が住めるとは思えなかった。
「そうだな」
「一度、そのリドスのバルザス提督に相談したらどうだろうか?」
「提督にか?」
「リドスの提督は、気さくな人が多いそうだ。他国の軍人と違って、士官や兵士が個人的な相談もすると聞いたことがある」
「だが、我々はバルザス提督と面識があるわけではない」
「それに、部下じゃない」
そこで、ため息のような音が聞こえた。
「だが、今回のタレス人の亡命事件には、関わっている。タリアの味方をしてくれているからな」
「それは、リドス連邦王国がダルシア帝国の同盟国だからではないのか?」
「そうかもしれないが、聞いてみる価値はある」
ルーブ・グドルフに聞かれているとは知らずに、後ろの連中は思い思いに語っていた。
バルザスと言う名の人物は知っている。だが、『リドス連邦王国の』と聞くと、果たしてルーブの知っている元銀河帝国のバルザス提督かどうかはわからなかった。ただ、銀河帝国で大逆事件が起きたことは、辺境のカルガリウムにも伝わっていた。その後、大逆事件の元帝国元帥ダールマン提督と数人の部下が亡くなったというニュースが伝わってきた。
ルーブの知っているベルンハルト・バルザス提督は、大逆事件を起こした元帝国元帥ダールマン提督の部下の一人だとは聞いていた。だが、亡くなった部下の一人かどうかはわからなかった。
銀河帝国のベルンハルト・バルザス提督は、ルーブ・グドルフとは帝国士官学校で同期だった。バルザスは同期でもかなり出世した方である。友人ではなかったが、ルーブは少なくとも顔は知っていた。街中や基地で出会えば、挨拶ぐらいはかわす間柄である。
現在この要塞に、ルーブの知っているベルンハルト・バルザスがいるとしたら、彼は、なぜリドス連邦王国に行くことになったのか?どうして、ヘイダール要塞の旧新世紀共和国の連中の味方になっているのか。そして、バルザスが死んだと言われている元帝国元帥ダールマン提督の部下だとしたら、ダールマン提督も生きている可能性があるのではないか、と目まぐるしく思考を巡らせた。
ルーブ・グドルフは妻が死んで再び一人になった。こんな時期にそれは、返って良かったのではないかと彼は思った。これからどんな生き方をするにせよ、その結果で悲しませる者がいないからだ。銀河帝国での身内はすでに皆死別していた。だからこそ、捕虜になった時に新世紀共和国に亡命申請をしたのだ。
そうしたルーブの姿を、少し離れたところで見ている者がいた。青白い肌に、茶色の長い髪の若い女性だった。それは、ルーブの亡くなった妻、デリス・グドルフだった。
146.
「おい!あそこにいるのは、タリア・トンブンじゃないか?」
と、一人が言った。
思わずルーブ・グドルフは振り返りそうになった。
椅子から立つ音がして、
「おーい、タリア!ここだ」
と、大声で呼ぶ声がした。
すると、後ろで話している連中が皆ガラガラと音を立てて椅子から立ち上がり、テーブルから離れる気配がした。中の一人がテーブルの角に体をぶつけて、
「痛っ…」
と、声を上げた。
そうして初めて、ルーブ・グドルフはゆっくりと頭を巡らせて、後ろを見た。
五六人の男性が立つ中に、一人女性が立っていた。着ている服はあまり上等ではなく、作業衣なのがわかった。
「みんな、元気だった?」
と、タリア・トンブンが笑顔で言った。
「ダルシアへ行って来たのか?」
と、誰かが聞いた。
「ええ」
と、タリアが答えた。
「ダルシアの船でか?」
「だから、こんなに早く帰って来られたんだな…」
「で、どうだった?ダルシアは我々でも住めるところか?」
「まあまあ、私はそんなこと、考えていません」
「しかし、もうそろそろどこに住むかを考えなければならない時期だろう」
「そうですね。皆さんの意見を聞かなければと考えています」
と、タリアは慎重に答えた。
「多数決で決めるのか?それとも、個人個人に任せるのか?」
「どこに住むかは、個人の好みもあるので、個々人に判断を委ねたいと私は考えています」
「しかし、その候補は、この要塞とリドス連邦王国くらいしか思いつかないだろう?」
「そうかもしれません。詳しくは、リドスのバルザス提督とも相談しようと思っています。ですから、皆もどこにするか一応考えておいてください」
タリアは、その場所を離れる仕草をした。
「そうか、要塞司令官に挨拶をしなければならないな…」
「いいえ、それはもう済ませました。これからリドスのバルザス提督に話をしに行きたいのです」
「そうか…」
「ですから、皆も、他の人にも言っておいてください。急ぐわけではありませんが、そろそろ行く先を考えるように、と…」
「そうだな。わかった」
「じゃあ…」
タリアは挨拶代りに片手を上げると、食堂から去って行った。
「そうか、そろそろ行き先を考えなければな…」
「ウーン、どうするか……」
「ここに残った方がいいだろうか…」
「しかし、ここに居るとロル星団の銀河帝国との紛争に巻き込まれないか?」
「いや、それは大丈夫だろう。ダルシアの艦隊がいれば……」
「それは、タリアがここに残る場合だろう?」
「他のまだ来ていない仲間がいるかもしれないと考えて、タリアは要塞に残るだろうさ…」
「そうかな…」
ルーブ・グドルフは静かに立ち上がると、気づかれないようにタリア・トンブンの去った方へ行った。
バルザス提督は惑星カルガリウムの救出作戦を指揮していたが、リドス連邦王国の艦隊司令部から交替の艦隊がきたので、要塞に戻って来ていた。
一時要塞の副司令室として使ったが、今はまた元に戻していた。
ただ、バルザスの宿舎はナンヴァル人のマグ・デレン・シャ、タ・ドルーン・シャ、元ナンヴァル連邦艦隊大佐ケル・ハトラス・ナンがいた。それに加えて、ゼノン人とナンヴァル人との混血のナルゼンと呼ばれる、元海賊のナッシュガル、ウル・ガル、そして魔法使いのフェル・ラトワ・トーラがいた。そして、遠い銀河からきたカール・ルッツの姿をしたサムフェイズ・イージー少佐とリドスではないが一応仲間であるクルム少佐がいた。他に部屋が壊されてやってきたタレス人のアリュセア・ジーンとその三人の娘が一緒にいるのだった。
そこは元々、高級将官用の宿舎だったので、部屋数はかなりあり、この大人数でも余裕があった。中でも副司令室に使われる部屋は、普段ここに住む者たちの居間として使われていた。従ってここには、いつもほとんどの者たちが集っていた。
さて、戻ってくるとバルザスは、ハル・ケトラス・ナンの姿に目を細めたが、何も言わずに黙っていた。なぜかわからないが、ハル・ケトラスはアリュセアの末の娘リュイの傍にいるようなのだ。それを長女のリゼラが険悪な目つきで見ている。バルザスが何か言ったら、リゼラが反応してハル・ケトラスを罵倒する恐れがあった。
バルザスの目から見ても、アリュセアの三人の娘はかつてのダルシア人の魂が宿っていると思えた。それも、かなり強力なタイプである。そして感情が非常に激しい。もちろん、当時の名前まではわからないが、特に力を使わなくても、三人の後ろの影にはドラゴンの姿が透けて見えるのだ。
とすると、サムフェイズやクルムとバルザスを除けば、みなダルシアにルーツのあるドラゴンの魂というわけだった。
ナルゼンは生みの親はゼノン人とナンヴァル人であっても、その魂自体は生粋のダルシア人だった。逆に、現代では竜族と言われるゼノン人やナンヴァル人には人間の魂が宿っている場合が多い。それは、これまでバルザスが彼らを見てきた経験でわかったことだ。
これは、なかなかやっかいな集団だった。ドラゴンの性質の激しさは、経験した者でなければわからない。
忘れていたが、ここには生きている人間だけがいるわけではない。いつも存在しているわけではないが、ダルシアのアントルーク・コア元大使、それにナンヴァル連邦の調整官だったマグ・クガサワン・シャがいた。また亡くなったアリュセア・ジーンの夫やバルザスの亡き妻もいた。
バルザスやアリュセア以外の者には生きている者しか見えなかったから、それでも問題は起きなかった。
ただ、リュイ・ジーンについては、もしかしたらダルシア人であったことを思い出した可能性があった。なぜなら、ハル・ケトラスがリュイの傍で大人しくしているからである。軍人であるハル・ケトラス元大佐があのような幼い少女の話し相手をするようなことはありえない。ハル・ケトラスを怖れさすような力を持ったダルシア人は何人か記憶があった。そのうちの誰がそうなのかはいずれ分かるだろう、とバルザスは思った。
ダルシア帝国へ行っていたタリアがやってきたのは、その時だった。
チャイムがなり、インターホンで
「タリア・トンブンです。今、戻って来たところです。バルザスはいますか?」
と、タリアは言った。
「どうぞ」
と、インターホンで聞こえてくると、すぐに扉が開いた。出てきたのは、アリュセアだった。
「おかえりなさい、タリア」
「バルザスは?」
「戻ってきているわ」
部屋の中を見ると、扉を入ってすぐに副司令室としても使う広い居間があった。そこにいる人たちを見て、
「皆、まだいるんですか?」
と、タリアは言った。
「広いから、構わないさ」
と言って、アリュセアの後ろからバルザスが出てきた。
少し離れた廊下からルーブ・グドルフは、体を半分横にして部屋から出てきた人物を見ていた。
(ベルンハルト・バルザス……)
あれから三日、ルーブ・グドルフは悩んでいた。バルザスに会いに行けば、彼の隠していた出自は要塞の連中に分かってしまうだろう。他のフィズ市の連中にもだ。けれども、もしバルザスに会えば、仕事を得る助けをしてくれるかもしれない。
要塞に来たフィズ市の連中はここの仕事を手伝ったりしている。重要な部署の仕事ではないが、少なくともただで食事をするよりも精神衛生上良いだろう、と要塞側も考えているようだった。
仕事を得るには自分の出自を明らかにする必要があるため、ルーブは仕事の手伝いに出たりはしなかった。ルーブはここ数年、失業者として暮して来た。もう、ここで仕事を見つけないと失業者としての生活が身についてしまうような気がするのだ。
夕食の後、ルーブは意を決して、ベルンハルト・バルザスの宿舎を訪れることにした。
インターホンを押した途端、失敗したのではないか、とルーブは思った。まだバルザスに遭ってもいないのに、やはり来るのではなかったという思いがしてきた。
「はい、どなた?」
と、声がした。子供の声である。
「あ、あのベルンハルト・バルザス提督はおいででしょうか?」
と、恐る恐るルーブは言った。
「え?おじさんに会いに来たの?」
と、同じ声が言った。
おじさん?バルザスのことだろうか、と一瞬思った後、
「ベルンハルト・バルザス提督に会いに来たのですが…」
と、ルーブは言い直した。
「バルザス?ベルンハルトというの?」
「え?ベルンハルト・バルザス?それがあのおじさんの名前なの?」
インターホンの向こうで、子供の声がいくつかした。
「あなたたち、ちょっと向こうへ行ってなさい。私が出るわ…」
と、大人の女性の声がした。
すると、扉が開いて、前に見た女性が出て来て、
「ええと、ベルンハルト・バルザス提督に会いに来たのはあなたですか?」
と、聞いた。
「そうです。私は、ルーブ・グドルフと言います。あのベルンハルト・バルザスとは帝国士官学校で同期でした」
と、ルーブは言った。
「まだ、銀、いえバルザスは戻ってきていませんが、もう少しすれば戻ってくると思います。中で待っていたらどうでしょう?」
と、その女性は言った。
その女性はバルザスと一緒に暮らしているようだった。とすると、彼女はバルザスの妻なのだろうか?それとも家政婦なのだろうか、とルーブは思った。
「しかし…。ご主人がいないときに、そのようなことをするのは…」
と、ルーブは遠慮がちに言った。
「あら、ご主人ですって?バルザスは私の主人ではないわ。私は知り合いなの。それに、ここには他にも人がいるからご心配なく」
と、その女性は言った。
遠慮がちに宿舎の中に入ると、そこに見たこともない種族が何人かいることに気づいた。
「おや?バルザス提督の知り合いだと言っているのはこの御仁かな?」
と言ったのは、ナンヴァル人のケル・ハトラスだった。
緑の鱗のある肌は、ルーブにはどこか気味が悪かった。それに体格が普通の人間よりもひと回り大きかった。そして目が合うと、目の瞳孔が縦に細長く、動物的な獰猛さを感じた。
「その、そうですが…」
と、異質な相手に驚いてルーブは言った。
「ああ、彼はナンヴァル人なの」
と、その女性は言った。
部屋の中を見回すと、人間よりも見たことのない種族の方が多いことに気が付いた。
「あの…」
「ええと、バルザスと士官学校で同期だったと言っていたから、ジル星団のことは知らないわね。私たちはほとんどジル星団出身なの。私はタレス連邦から来たアリュセア・ジーンというの。それで、こちらはナンヴァル人のマグ・デレン・シャ閣下、それに……」
と、その女性は部屋にいる人々をルーブに紹介した。
ルーブはその話を聞いているうちに、だんだん部屋の中から何とも言えない圧力が掛かってくるような気がした。体が重く感じるのだ。
「あら、大丈夫?」
と、アリュセアが心配して聞いた。
「いえ、何だかちょっと気分が…」
と、ルーブが言った時だった。
インターホンが鳴ったのだ。
「あ!帰って来た。銀の月、お客さまよ…」
と、インターホンに出たと思われる女の子が叫んだ。
「何だい、どうかしたのかい?」
と、入って来るなりバルザスは言った。そしてルーブを見ると瞬きをして、
「ええと、誰でしたっけ?」
と、言った。
ルーブはその言い方に失望して、
「忘れたのか、帝国士官学校で君と同期だったルーブ・グドルフだ!」
と、妙に興奮して言った。
「ルーブ・グドルフ?」
バルザスがその名を思い出すのにしばらくかかった。




