表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
13/153

ダルシア帝国の継承者

123.

 壁には扉の痕など、どこにもなかった。

 それが突然、壁の真ん中に扉が開いた。そこから、一人の人間型種族の女性が出て来て言った。

「私に用があるというのは、お前たちか?」

 その女性は少しも恐れを見せずに、ジロリとナッシュガルを見た。

 ナッシュガルは、

「あんたが、アリュセア・ジーンであり、あのサン・シゼラ・ローアンか?」

と、聞いた。

「そうだ。ディポック司令官と、もう一人の士官をこちらへ渡してもらおう」

と、アリュセアは言った。

 ナッシュガルは相手が何も武器を持っていないのを見て取ると、

「いいだろう。行け!」

と、ディポックとクルム少佐に言った。

 二人が、アリュセアの側に来ると、

「それで、ナッシュガルよ、お前がここに来た理由は何だ?」

と、彼女は尋ねた。

「そこのディポック司令官の正体が知りたい」

と、ナッシュガルは言った。

「私の正体?」

と、これにはディポック本人の方が驚いた。

「ディポック司令官は魔法使いではない。もちろん魔術師でもない。元新世紀共和国の元軍人だ」

と、アリュセアは事実を言った。

「そうだ。その通り…」

と、本人が唱和した。

「いや、違う。かつての銀の月が私に漏らしたことがある。ロル星団の新世紀共和国に近々ある方が降臨されるということを」

と、ウル・ガルは言った。

「ある方だと?」

「そうだ。その方は、この世のどんな病でも治す力を持つ者だという」

と、ナッシュガルは言った。

「要するに医者ということか?」

「医者ではない。医者でも直せない病を治す力を持つ者のことだ」

「それなら、私のことじゃない。それには絶対の自信がある」

と、ディポックは言った。

「私は、知らぬな。そんなことが知りたければ、銀の月がいるときに来ればよかったではないか」

と、アリュセアは批難した。

「銀の月は、誤魔化すのがうまい。あのタヌキでは、本当のことなど言うわけがない」

と、拗ねたように横を向いて、ナッシュガルは言った。

「そんなことはない。本当に必要なことであれば、ごまかしなどはしない。第一、お前はどうして銀の月のことを知っているのだ?」

と、アリュセアは聞いた。

「私、いや、私だけではない。ウル・ナッシュガルの仲間は皆、銀の月と縁がある」

「それなら、なおさら銀の月本人に聞く方が早いのではないか?」

「そ、それは…」

「もし、銀の月の知り合いならば、たとえ犯罪者や海賊であろうとも、話だけは聞くと思うが?なぜ、銀の月がいなくなるのを見計らって来たのだ?お前たち自身、自分たちのしていることを恥じているからではないか?」

 ナッシュガルとウル・ガルはその言葉にただ、黙っていた。


 部屋の中では、

「もうディポック司令官とクルム少佐を中に入れた方がいいのでは?」

と、カールは心配で言った。

「そうですね、…」

と、ジャナ少佐は言った。

「ねえ、待って」

と、リュイは言った。

 部屋のなかにいる者たちは、アリュセアの一番下の娘であるリュイを驚いて見た。

「何かおかしくない?」

と、リュイは言った。

「おかしい?何が…」

 部屋の外を映していたスクリーンが、今度は要塞の外の様子を映し出し始めた。

「これは?」

「要塞の外。ほら、あれが海賊の要塞よ」

 海賊の要塞を攻撃している艦隊が見えた。

「ダルシアの艦隊が海賊の要塞を攻撃しているのですね」

と、マグ・デレン・シャは言った。

「だが、あの反撃は何だ?ほとんど役に立っていないではないか」

と、タ・ドルーン・シャが言った。

 ダルシアの艦隊に反撃している海賊の要塞の砲塔は、わずかだった。

「ダルシアの艦隊も何かおかしいことに気づいて、攻撃を緩めているみたい」

と、リュイは言った。

 いつものリュイと違う態度に、カールは戸惑った。

「ママとディポック司令官の方は、大丈夫。あの海賊は敵ではないわ」

と、リュイは言った。

「では、本当の敵とは?」

と、タ・ドルーン・シャが興味を持って聞いた。

「もう少しで現れる」

と、妙なことをリュイは言った。

「ええと、どうしてそれが分かるの?」

と、カールは聞いた。

「それは、私がマルガルナスだから。昔、そう呼ばれていたの。もっとも、そう言ってもここにいる人でそれを知っている人はいないけれど」

と、リュイはまた妙なことを言った。

 ハル・ケトラス・ナンは、その名をどこかで聞いたことがあった。それは、幼いころ、祖父のケル・ラトラス・ナンに寝物語に聞いたダルシア帝国の歴史に出てくる人物の名だった。

「マルガルナス?ダルシアのかつての、予知者であり、宰相だった。祖父がダルシアの歴史に詳しかったから、聞いたことがある」

「ハル・ケトラス、あなたは多少わかるようだ。あのウル・ナッシュガルという海賊は、どうも普通の海賊ではなさそう…」

と、リュイが言った。

「それは、どういうこと?」

と、カールが聞いた。

「銀河帝国にベルンハルト・バルザスとして生まれる前に、銀の月は別の名で、ジル星団にいた。その時、関わったのがナッシュガルとウル・ガル、それに他にもいるけれど、…」

 今、リュイ――マルガルナスはダルシアのコア大使と話をしていた。

「銀の月が二千年前にガンダルフに生まれた後、どこか別の星に生まれたということは私も噂で聞いたことがあるが、はっきりとはわからないのだ」

と、タ・ドルーン・シャが言った。


124.

 ナッシュガルは耳を澄ますような表情をした。

「待て、ウル・ガル。何か変だ」

「どうしたんだ…」

 海賊達が動揺するのを見て、アリュセアは部屋の中にいる子猫にTPで話しかけた。

(早く、ディポック司令官とクルム少佐を部屋の中へ…)

(ちょっと、待って。こちらも、状況が変わった。それとそちらへ、海賊達が増強している…)

と、子猫が言った。

 目の前でナッシュガルとウル・ガルが慌てて話をしていた。

「何だと!要塞へ戻れ!」

と、ナッシュガルが叫んだ。

 おそらく、海賊の手下たちに言っているのだろうと思われた。

 廊下の向こうから、大勢が近づいてくる足音がした。手に、熱線銃を構えている。そして、ナッシュガルとウル・ガルを認めると、銃口を向けてきた。

「あぶない!」

と、アリュセアが叫んだ。

 紙一重の差で、部屋の中の子猫がナッシュガルとウル・ガルの一団の前面にシールドを形成した。熱線がシールドの境界で光を放った。

「お前たちは、何をしに来た!」

と、ナッシュガルは熱線銃を撃って来た集団に叫んだ。

「ナッシュガル、お前たちをやれば、俺たちの罪を不問にすると、ナンヴァルの大調整官が約束してくれた」

と、一人が叫んだ。

「何だと?」

 ナッシュガルは心底驚いていた。自分の手下がそんな陰謀を考えているとは思わなかったのだ。

「ゼノンの大使も約束した。お前たちを殺せば、俺たちを仲間として迎えると…」

と、別の一人が叫んだ。

「ばかな、そんなこと信じるのか?」

と、ナッシュガルは言った。

 アリュセアとディポックとクルムは顔を見合わせた。これは、どうしたことだ?目の前で海賊達が仲間割れをしている。

「いつまでも、アゼル・ルマリアの約束に縛られることはない。あの要塞は大きな軍事的な力となる。あれがあれば、ナンヴァルでもゼノンでも、いつでも喜んで迎えると言っている」

「何を言っているんだ。あれは、あの要塞は、今でも俺たちの養父でもあったアゼル・ルマリアのものだ。俺たちのものじゃない」

と、ナッシュガルは言った。

「いいや、アゼル・ルマリアは死んだ。死んだのだから、我々がそれを相続してもおかしくあるまい。そして、相続するのが、ナッシュガル、おまえだけとは限るまい」

と、一人が叫んだ。

「おまえたち、アゼル・ルマリア親父を裏切る気か?」

と、ナッシュガルは叫んだ。

「裏切る?そうではない。もといた国へ戻るだけだ。竜族の国へだ。あの要塞はかなりの価値がある。ゼノンもナンヴァルもあの要塞の価値がわかるのだ」

「ばかな、その竜族の国から追い出されたのが俺たちなんだぞ…」

と、ナッシュガルは言った。

「それは、昔のことだ。今は俺たちを迎えると言っている」

と、敵となったナッシュガルの元仲間が言った。

「そんなことを信じるのか?」

「信じるとも。ナンヴァルの大調整官自らがそれを言ったのだ」

「ばかな、お前は騙されている」

と、ウル・ガルも言った。

「いいか、ナンヴァルの大調整官は変わったんだ。あの司祭階級出の奴から、今度は商人階級出の調整官に。だから、俺たちも仲間に入れてくれるのだ」

「それなら、ゼノンは?何か変わったのか?」

と、ナッシュガルは言った。

「そ、それは…」

「それみろ、ゼノンは何も変わってない」

「いや、変わった。ゼノン帝国の皇帝が変わった」

「ふん。変わっていない。あの皇帝は正当な血筋の竜族以外は認めないと日頃から言っているやつではないか!」

と、ウル・ガルは吐き捨てるように言った。

「し、しかし、ゼノンの大使が言っていた。ゼノンの皇帝陛下は変わったと…」

「そんなことあるものか。奴は少しも変わっていない。今回も、ダルシア帝国の遺産を奪おうと、惑星連盟に手を伸ばしていたではないか。何でも欲しがる奴だ」

「撃て、撃て!」

と、激昂してナッシュガルの敵となった手下は、再び熱線銃を向けて撃った。


 子猫は、まずディポック司令官とクルム少佐を部屋の中へ、そしてアリュセアを部屋の中へ移動した。

「あのナッシュガルとかいう海賊連中も、中へ入れてやれないか?」

と、アリュセアは子猫に言った。

「ミャア?」

「このままでは、ナッシュガルはあの裏切り者たちに殺されてしまう。私は、ナッシュガルに興味があるのだ」

と、アリュセアは言った。

「ミャア!」

と、子猫は鳴くと、次の瞬間、ナッシュガルとウル・ガル、その仲間と魔法使いが部屋の中へ移動してきた。

「こ、ここは?」

と、ナッシュガルは驚いて言った。

「お前が来たがった部屋の中だ」

と、アリュセアは言った。

 マグ・デレン・シャは、ナッシュガルをじっと見つめていた。ナッシュガルはまだそれに気が付いてはいない。それよりも、他のことが気になるようだった。

「仲間が裏切るとは思わなかった」

と、ナッシュガルはまだ信じられないように首を振りつつ言った。

「ふむ、こうなる前にある程度気が付いていたのではないのか?」

と、アリュセアが言った。

「ファンガンが、うすうす、ナンヴァルやゼノンの連中と近づいていたのは知っていた。だが、本当に裏切るとまでは思わなかった。奴も、親父に育てられたのに…」

と、力なくナッシュガルは言った。

「廊下の壁を破ろうとしているわ」

と、リュイが注意した。

 壁のスクリーンに廊下の様子が映し出されていた。

「ほう、壁を破るつもりか…」

と、アリュセアは興味深げに言った。

「それだけではありません。海賊達は大勢、この要塞の機関部や動力部へ向かっています」

と、カールがスクリーンを見て言った。

 カールは部屋の反対側の壁にあるスクリーンに映った映像を見ていた。

 その部屋の壁はいつでもスクリーンとして使えるようになっているらしい。四方の壁が、部屋の廊下、要塞の機関部、動力部、司令室の様子を映じていた。そして、天上のスクリーンには、要塞の外の様子が映じている。

 海賊達が示し合わせたようにヘイダール要塞の機関部や動力部へ殺到していた。

「うーん、これは、この要塞を占拠するつもりだな…」

と、ディポックはのんびりと言った。困った様子だが、さりとて切迫した感じはなかった。

「そうなったら、我々はどうなる?」

と、クルム少佐が聞いた。

 どう見ても多勢に無勢だった。

 本来ヘイダール要塞には百万人近くの新世紀共和国から来た軍人とその家族がいる。だが、軍人のほとんどは技術者を兼ねており、純粋に戦闘だけをする兵士の数はそう多くはない。例えばフェリスグレイブの要塞防御指揮官の部下たちなどがそれにあたるが、その数は多くて数千であり、普段は要塞各部署の警備に当たっている。

 まして、戦争の終わった今、戦闘が起きるとは思っていない者が多かった。その油断を附かれたのだ。

「降伏する以外に、方法はないと思う」

と、ディポックは言った。少なくとも、すぐに要塞全員が殺されるわけではない。何とか、味方が戻ってくるまで時間を稼ぎたいのだ。

「いや、そうさせるわけにはいくまい」

と、アリュセアは言った。ディポックの考えもわかるが、この要塞の秘密を知る者がいたら、非常に危険だった。海賊やゼノン帝国はこの要塞の秘密は知らないだろうが、ナンヴァル人なら知っている可能性もある。しかも裏切った海賊達の話では、ナンヴァル連邦の調整官が関わっている可能性もあるのだ。

「しかし、我々だけで何ができるのだ?」

と、タ・ドルーン・シャが言った。

 たとえここから要塞の武器が使えても、それは要塞の外の敵に対するものだ。この部屋に熱線銃等の武器があるわけではなく、訓練された兵士が多数いるわけではない。少しは、戦闘能力があるものがいるが、他は女と子供と妙な子猫だ。廊下へ出て、要塞を占拠している連中を排除するには、手が足りなさすぎる、とタ・ドルーン・シャは思った。

「この私に、それを言うのか?」

と、アリュセアはタ・ドルーン・シャに向かって言った。

「ここにいるのは、誰だと思うのだ?」

と、アリュセアが言うと、

「ミャア!」

と、子猫が鳴いて同意した。

「私もいる」

と、ウル・ガルが意を決したように言った。

「私も」

と、リュイが言った。

「私もできることがあれば…」

と、フェル・ラトワ・トーラが遠慮がちに言った。

 その時、部屋の明かりが消えた。

 次の瞬間明かりがつくと、

「どうやら、動力部がやられたようだな」

と、アリュセアは言って、しばし考えていた。

「どうするつもりだ?動力部をやられてしまっては、こちらは何もできまい」

と、クルム少佐が言った。

「動力を切られても、少しの間は何とかなるだろう。だが、それでは反撃はできない」

と、アリュセアは言った。

「見て!」

と、天上を見ていたカールが言った。

 ヘイダール要塞の外に、見知らぬ艦隊が出現していた。

「あれは?」

「ゼノンの艦隊か?」

と、クルム少佐が聞いた。

「いや、あれは、やつらはフォーズだ」

と、ナッシュガルは言った。

「フォーズだと?」

 ジル星団最大の海賊、フォーズが現れたのだ。

 よく見ると、その艦隊はかなりの数になるのだが、艦の形態に統一性がない。寄せ集めという印象だった。ただ、艦の腹に描かれた絵はフォーズの紋章だった。

「まずいな、フォーズの艦隊は一国の艦隊ほどの数がある」

と、タ・ドルーン・シャが言った。

「つまり、ファンガンはフォーズとも通じていたというのか?」

と、ナッシュガルは言った。

「そんなことは言ってなかった。奴は、ナンヴァルの大調整官とゼノンの大使と通じていたんだ」

と、ウル・ガルは言った。

「それにフォーズも加わっていたということではないのか?」

と、アリュセアは言った。


125.

 ジル星団の海賊フォーズの首領、オルノ・ホルは舌なめずりして言った。

「これは、なかなかのタイミングだな」

 フォーズの艦隊の旗艦ゴルボの司令室には、首領オルノ・ホル、副官のバルタイ・アカント他、フォーズの主だった艦長クラスの連中が集っていた。

 スクリーンにはヘイダール要塞が映じていた。海賊ウル・ナッシュガルの要塞が衝突したのち、チューブで海賊達がヘイダール要塞に侵入しているのも見える。ロル星団の銀河帝国の建設した軍事要塞を乗っ取ろうと言うのが見て取れた。

 オルノ・ホルはウル・ナッシュガルの連中の動きに乗じて、漁夫の利を収めようとしているのだ。今なら、連中はヘイダール要塞攻略で手一杯だった。うまく行けば、ヘイダール要塞もウル・ナッシュガルの要塞もフォーズのものとなる。

「ファンガンにはすでに餌を撒いてあります」

と、副官のバルタイ・アカントが言った。

「ふん、ヘイダール要塞を持てるのなら、ウル・ナッシュガルの要塞などどうでもよいわ」

「やつには、ナンヴァルやゼノンからも手を伸ばしています。ですが、どこが一番いいのか、わかるでしょう」

と、自信ありげにバルタイ・アカントは言った。

「ジル星団の連中は、我々の敵ではありますまい」

と、首領の側近の一人が言った。

「ここにいる元新世紀共和国の軍人は、どのくらいだ?」

と、オルノ・ホルは聞いた。

「およそ、百万人でしょう。本来ならもっと多いはずですが、この要塞はあの銀河帝国と新世紀共和国が小競り合いを繰り返し、所有者も入れ替わっていますから、民間人は少ないと思われます。タレス人の亡命者もいますが、数はたいしたことはありますまい」

と、バルタイ・アカントは言った。

「この戦闘で、軍人が全滅しても構わないということだな」

と、オルノ・ホルは冷酷に言った。

 すでに、この要塞にゼノン帝国やナンヴァル連邦の手が伸びているのを知っていた。蛇の道は蛇というが、ジル星団の海賊仲間では、このヘイダール要塞は垂涎の的だったのだ。いつ、どこの勢力がこの要塞をものにするかということが賭けられていた。だが、実際にこの要塞を手にするのは、自分たち『フォーズ』だと自負していた。場所と言い、大きさといい、こんないい海賊の根城はない。

「この間、惑星連盟がここに来ていたが、あれはどうしたろう…」

と、オルノ・ホルは思い出したように言った。

「惑星連盟の艦隊はすでにここを去っていますから、今はヘイダール要塞の艦隊だけだと聞いています」

と、バルタイ・アカントは艦隊の心配だけをしているようだった。

「うん?いや、あそこに、ウル・ナッシュガルの要塞を攻撃している艦隊がそうだろうか?」

 あまり、派手な戦闘ではなかったので、最初は気づかなかった。ヘイダール要塞を守ろうとしているように見える艦隊だった。

「見たことのない、艦隊ですな…」

 ダルシア帝国の艦隊は、ここ数百年間ダルシア帝国の周辺から出たことはなかったので、ゼノン帝国やナンヴァル連邦は別にして、あまり知られてはいなかった。まして海賊などは、ダルシア帝国に近づくことなど恐ろしくてできなかったので、その艦隊の概要など知りようがない。

「まあ、あの程度なら大丈夫だろう。よし、ヘイダール要塞奪取作戦開始だ!」

「了解」

と言うと、オルノ・ホルの主だった手下たちは我先に旗艦の司令室を出て行った。


 ヘイダール要塞の副司令室のスクリーンにフォーズの不気味な艦隊が映じていた。

「どうやら、この要塞に用があるということか…」

と、アリュセア――ライアガルプスは言った。

「まさか、海賊どもがこの要塞にやってくるとは…」

と、タ・ドルーン・シャが言った。

「連中にとっては、ここは格好の根城として、垂涎の的だったのだろう」

と、アリュセアは首を傾げながら言った。

「以前は、海賊など見たこともなかったのだが…」

とクルム少佐は、まるでロル星団のことをよく知っているかのように言った。

「ロル星団では戦争をしていたから、海賊の出る隙もなかっただけだ。ジル星団のほうでは大きなものは三つ、小さな海賊など数えきれないほどいる」

と、タ・ドルーン・シャが言った。

「言っておくが、俺たち、本当は海賊じゃない」

と、ウル・ガルが言った。

「お前たちが海賊だということは、どこの誰でも知っていることだ」

と、タ・ドルーン・シャが言った。

「やめておけ、信じるわけがない」

と、ナッシュガルはウル・ガルの肩をつかんで止めた。

「今は、そんなことを行っている場合ではない。さて、どうするか…」

と、言いつつ、アリュセア――ライアガルプスはダルシア帝国の艦隊と連絡を取っていた。

「ええと、聞いてもいいかな?」

と、ディポック司令官が発言した。

「そうぞ…」

と、アリュセアが言った。

「要塞の動力部がやられたけれど、ここの明かりがついているのは、予備電源が入ったということだろうか?」

「おそらく、そうだろう。ただ、この要塞の動力源は、今は別のものに替わっているはずだ」

「だから、予備電源そのものは大丈夫ということか?」

 予備電源はそう長く使えるものではないことは、常識である。一時的に使用するものだからだ。おそらくこのヘイダール要塞の予備電源と言うのは、普段どこかにエネルギーを溜めているのを使うということだろう。だから、長くはもたないと考えているのだった。

「まさか、海賊連中も予備電源を破壊することはないだろう。自分たちまで危険になるからな」

 ディポックが予備電源を心配するのは、この副司令室以外にいる百万人の元新世紀共和国の軍人とその家族と民間人のことを考えているからだ。予備電源も破壊されると、非常に危険になる。もちろん、そんなことをすれば、侵入してきている海賊達も危険になるから、めったなことはしないと思うが、ミスということもある。

「少し違うが、つまり、今までこの要塞の動力部は要塞中央部にある核融合炉だった。それが今では、この間捕獲した暗黒星雲の種族になったのだ」

と、アリュセアが説明した。

「何だと?それはどういうことだ?」

と、クルム少佐が聞いた。

「奴らを捕えた場合、非常に危険なので奴らを弱らせることが必要になってくる。だから、連中を捕えた檻は、エネルギーを吸収する場で形成されているのだ。そして、今回のような緊急の場合には、自動的にそれを予備電源として使用することになっている」

「じゃ、今この要塞は暗黒星雲の種族のエネルギーで維持されているのか?」

「そういうことだ。だから、この要塞からの攻撃は今までにないほど強力になっている」

と、アリュセアは思いがけないことを言った。

「予備電源なのにか?」

と、クルム少佐は驚いた。

「予備電源などという言葉に、惑わされることはない。核融合炉と暗黒星雲の種族のエネルギーとを比べれば、後者のエネルギーは遥かに強大だということだ」

「だが、その強大なエネルギーだけで、この要塞は守れるのだろうか?すでに要塞内部に敵は侵入しているのだ」

「まず要塞の外の敵から対処する。カール・ルッツ、いやサムフェイズ・イージー、あなたはこのコントロール装置を扱えるだろうか?」

と、アリュセアが言うと、部屋の中央に司令室に有ったものと同じ装置が現れた。

「何とか、できると思うわ」

と、装置に指を置くとカールは言った。

「さて、艦隊戦について私は詳しくはない。ディポック司令官、あなたがやってくれないだろうか?」

と、アリュセアは言った。

「私がですか?」

と、ディポックは驚いて言った。

 スクリーンに映るヘイダール要塞の外を見ると、海賊フォーズの艦隊が戦闘態勢を整えていた。

「ですが、こちらの艦隊は使えないのですね」

 ヘイダール要塞の艦隊は残念ながら出動準備もままならない。乗員も指揮官もおそらく要塞のどこかで逃げ惑っている可能性が高い。彼らを助けるためにも、何とか海賊の襲撃を退けなければならない。

「そうだ。だが、ダルシアの艦隊を使うことができる。彼らとの連絡は私がする」

と、アリュセアは言った。

「そうですね、では、要塞主砲の用意をしてもらえますか?」

と、ディポックは言った。

「主砲ね。了解」

と、カール。

「主砲は、おそらく今までの倍以上の到達距離がある。攻撃力は調整すれば、十倍以上だ。だが、あまり強くすると主砲の砲塔の金属の限界値を超えて、砲塔そのものが破壊されるだろう」

と、アリュセアは注意した。

「それでは、攻撃力は二倍程度に調整を。まず、あの海賊艦隊の中央を狙って、…」

 海賊フォーズの艦隊は、これまでの要塞の主砲の到達距離には来ていなかった。そこへ、要塞の主砲が火を噴いた。

 海賊の艦隊はそのほとんどを要塞主砲にやられていた。それほど、強力だったのだ。そして、ばらばらになって散らばった艦隊に、

「あの散らばった艦隊は、要塞に近づく艦だけ個別の砲塔で攻撃を。離れたところにいる海賊の旗艦だと思われる艦をダルシア帝国の艦隊で攻撃をしてください」

と、ディポックはてきぱきと指示した。


126.

 海賊フォーズの首領オルノ・ホルの乗艦する旗艦ボゴダの司令室は、大騒ぎだった。

 ヘイダール要塞の主砲がフォーズの主力艦隊の中央を直撃したのだ。その直撃でおそらく数百の艦船が消滅しただろう。

「そんな、ばかな…」

と、オルノ・ホルは力なく言った。

 予め聞いていたヘイダール要塞の主砲の到達距離を超えて、撃たれたのだった。フォーズの艦隊は無防備のままやられたのだ。

「ヘイダール要塞の動力部を占拠したのではなかったのか?」

と、バルタイ・アカントは何とか口にした。

 海賊ウル・ナッシュガルの中にフォーズのスパイがいて、ヘイダール要塞を占拠したことを伝えて来ていたのだ。特に動力部を占拠し、核融合炉による主砲へのエネルギーの供給を停止したことを素早く伝えて来ていた。

「その連絡はありました」

と、通信員が言った。

「ではあれは、予備電源で攻撃したというのか?」

と、到底信じられないと思って、オルノ・ホルは言った。あの攻撃は海賊達の想像をはるかに超えたものだった。その効果もこの目で見なければ信じられなかっただろう。

「今のは何だ?動力部は健在としか思えない?」

と、最初の驚きを払ってバルタイ・アカントは言った。彼も半ば唖然としていたのだ。今更消滅した艦隊はもとには戻らない。

「いえ、あれでは以前よりも強力になっています。あの要塞の主砲がこれほど遠くまで届き、これほどの威力があることはありえません」

と、手下の一人が言った。

 海賊フォーズの手下の中には、ロル星団の新世紀共和国出身の者もいるのだった。戦争中には何度もこの要塞攻略に艦隊が派遣されている。戦争中に行方不明になった者の中には、ジル星団の商船や海賊などによって救助された者もいるのだ。

「あり得ないことだ」

「そうだ、現実には、あり得ないことが起きている」

「あの要塞は、確か銀河帝国が建設したと聞く。それだけではないのだろうか」

「ただ、今の主砲の攻撃はどう考えても、銀河帝国の技術ではできないものでした」

「何か技術を向上させたものがあるのかもしれないな」

「ですが、ロル星団はずっと戦争をしていました。その間、画期的な技術の進歩はなかったと聞いています」

「そんなことは、どうだかわからんぞ…」

 旗艦ボゴダの司令室では、混乱して口々に声を挙げていた。

「ちっ、あの妙な艦隊が動き出した。うちの艦隊を呼び戻せ!」

と、さすがにオルノ・ホルは我に返って命じた。

 だが、その妙な艦隊は見たこともない速さで移動していた。

「速い。どこの艦隊だ?あの要塞の艦隊なのか?もっと急がせろ、これではあの艦隊に全滅させられる」

と、オルノ・ホルは言った。

「し、しかし、ウル・ナッシュガルの要塞はどうします?」

と、バルタイ・アカントは聞いた。

 ヘイダール要塞がだめなら、ウル・ナッシュガルの要塞の方をせしめようと考えたのだ。

「そんなものは、連中にくれてやれ!ともかく、逃げるんだ。これ以上、こちらの損害はごめんだ」

 ヘイダール要塞からの艦隊は途中で態勢を整えると、逃げていく海賊フォーズの艦隊に一斉射撃を放った。艦隊の攻撃にしては強力で、フォーズの艦隊はまた数百の艦を失った。


 海賊フォーズの艦隊がやられていく有様をスクリーンで見ていたディポックは、

「ダルシアの艦隊の攻撃は強力だね」

と言った。

「もともと、他の種族とは違うエネルギーを使っているからだ」

と、アリュセア――ライアガルプスは淡々と言った。

「だが、海賊の艦隊を殲滅する必要はないでしょう。そろそろダルシアの艦隊をこちらへ返してください」

と、ディポックは言った。

「で、ヘイダール要塞内の敵はどうするのだ?」

と、クルム少佐は言った。

「それが問題だ。さて、どうするかな…。誰か、何かいいアイディアはないかな?」

と、ディポックは聞いた。

 クルム少佐は驚いてディポックを見た。新世紀共和国の常勝の提督と言われたヤム・ディポックがそんなことを言うとは思わなかったのだ。彼はディポックに、自信をもって多くの作戦を考案して事にあたる姿を想像していたからだ。

 しかし、ディポックにとってはこれが当たり前なのだった。外の敵は強力なダルシアの艦隊で退けることができたが、要塞内部の敵となると、そう簡単にはいかない。何しろ、戦闘能力のある兵士が足りない。おそらく、戦闘員の数は海賊の方が多いだろうと思われるのだ。自分によい知恵が浮かばないときは、それを他の者たちに聞くというのも大事だと思っていた。

 その時、手を挙げる者がいた。

「ええと、君はカール・ルッツ提督だね」

と、ディポックは言った。

「まあ、そうですけど、本名はサムフェイズ・イージーといいます」

「で、どんなアイディアかな?」

「問題は戦闘に回す人員がここにいないことだと思います。ですが、この要塞には戦闘専門の兵士がいると聞いたことがあります。それならば、彼らを集めて海賊連中のところへ送り込んだらどうでしょう?」

「集める?どうやって?」

と、ディポックは聞いた。

「それは、ここにある転送ビームの装置で可能だと思います」

「転送ビーム?そんなものがあるのかい?」

 ディポックにとっては、転送ビームと言う言葉は未来の魔法のような技術だった。もちろん、意味が分からないわけではない。新世紀共和国でも理論的には可能とされていたが、技術は未だ出来てはいなかった。

「あら?ご存じありませんでしたか?」

と、驚いてカールは言った。要塞の司令室にコントロール装置があるので、すでに司令官は知っていると思っていたのだ。

「いや、私は聞いたことはない」

と、ディポックは正直に言った。

「私も、そんなものがこの要塞にあるとは聞いたことがない」

と、クルム少佐が言った。

 ジル星団では銀河帝国も、転送ビームなどというものは理論的には可能という話でしかなかった。

「私もさっき気づいたところなの。ここにあるこの装置はおそらく転送ビームをコントロールするものだと思うわ。そうではなくて、ええと、ライアガルプス?つまりこれは、ダルシアの技術ということですね」

「そうだ。なるほど、そうした使い方もできるな」

と、アリュセア――ライアガルプスは面白そうに言った。

「ちょっと待ってくれ、転送ビームで兵士を集めるのはいいが、指揮官はどうするのだ?」

と、タ・ドルーン・シャが言った。

「そうだな…だが、フェリスグレイブはどこへ行ったのだろう」

と、ディポックは言った。

 司令室から部下の元へ行ったフェリスグレイブがその後どうしたのか、連絡を取ることもできないのでわからなかったのだ。

「ああ、それならダルシア艦隊の旗艦にいるはずだ」

と、アリュセア――ライアガルプスは答えた。

「どうやって、そんなところへ行ったんだ?いや、今はその説明はいいでしょう。それなら、兵士をいくつかの隊に分けて、一つはフェリスグレイブ、一つはジャナ少佐に指揮させよう」

と、ディポックは言った。

「それだけでは足りないな。海賊連中には魔法使いも混ざっている。彼らに対するには、こちらも魔法使いを使わなければなるまい。ジャナ少佐は子猫がいるからいいだろう。問題はもう一つの方だ」

と、アリュセアが言った。

「そちらは、私が行こう」

と、ウル・ガルが言った。

「おまえが行くと言うのか?」

「銀の月ほどとは言えないが、大抵の魔法使いや魔術師などは私の敵ではない」

「まあ、いいだろう。だが、そこのナンヴァル人の魔法使いも一緒に連れて行ったらいい。一人では足らないだろう」

と、アリュセア――ライアガルプスはフェル・ラトワ・トーラを指して言った。

「だが、その子猫の方は大丈夫なのか?」

「ふん。その子猫は、どこの魔法使いよりも強力だ。心配はない」

「ほう…」

と、ウル・ガルは子猫に興味を示した。

 子猫はジャナ少佐の手の中であくびをして、毛繕いをしていた。


127.

 ヘイダール要塞の防御指揮官を務めるフェリスグレイブが、転送ビームでダルシア艦隊の旗艦からディポックの傍らに現れると、

「それでは、君の部下を一人一人思い浮かべてくれるかな?」

と、アリュセア――ライアガルプスは言った。

「その前に、そうするとどうなるか聞かせてほしい?」

と、フェリスグレイブは言った。

「思い浮かべた君の部下を集めるためだ。私は君の部下が誰であるかわからないのでね」

「それだけでいいのか?」

「君の部下を集めるためには、それだけでいい。その後、君の部下を指揮してヘイダール要塞の中の海賊連中をやっつけるのは、君の仕事だ」

と、アリュセアは言った。

「なるほど、で、そこにいるのはこの要塞の中にいる海賊の首領だと聞いたが、あんたはそれでいいのか?」

と、フェリスグレイブは聞いた。

「あの連中はもう我々の仲間ではない。そちらが、そうしたければすればいい」

と、ナッシュガルは言った。

「仲間割れか。だが、海賊などそう簡単に信じるわけにはいくまい」

「ふん。信じたくなければ、それでいい」

「待て、私がお前たちに協力するのだ。それで信じてはもらえないか?」

と、ウル・ガルが言った。

「それだけでか?いつ、裏切るかわからないではないか」

と、フェリスグレイブは渋った。

「まあまあ、ともかく、この要塞内の海賊連中をやっつけるには、我々だけではできない。何しろ、奴らの中には魔法使いも交じっているだろうからだ」

と、ディポックは言った。

「正確に言うと、魔術師だ。魔法使いは少ない」

と、ウル・ガルは言った。

「このナッシュガルとウル・ガルについては、私が責任を持とう。私を欺くことはかなり難しいということだ」

と、アリュセアも言った。

 しばらくフェリスグレイブは考えていたが、

「わかった。お前さんを信用してみよう。私の部下のことも心配だからな」

と承諾した。


 やがてその部屋に、一人、また一人とフェリスグレイブの部下が現れた。

 ディポックはアリュセアが目を閉じて集中するのを見ていた。彼女は呪文を使わなかった。力を使っていると言うのに、激しさや力強さは感じられなかった。ただ、静けさを感じていた。

 すると、いつのまにかアリュセアの姿が金色の竜に重なっているのが見えてきた。

 その竜は高さが3メートルほどもあるだろうか。部屋の天井よりも高い。竜を見ていると、部屋の天井がひどく高く思えた。実際には要塞の各部屋の天井は、司令室以外では、高くても2メートルというのが標準だったのだ。

 金色の竜はとても大きかったが、恐ろしさは感じなかった。その竜は力強さよりも、優美さを体現しているように感じた.

 ディポックは自分が呼ばれているような気がして、振り返った。

 そこにアリュセアの末の娘であるリュイがいた。そのリュイの姿に、白色の竜が重なっていた。大きさは金色の竜と同じくらいだった。全体は白だったが、中には金色の鱗が少し混ざっていた。

(あなたには、私の姿が見えるのですね…)

という声が、ディポックの心の中で響いた。おそらく白色の竜から来たものと思われた。

(ええと、君はリュイだったよね)

と、ディポックは心の中で聞いた。

(そうです)

と、心の中の声が答えた。

(君は、元々は、というか、前はダルシア人だったと言ったね)

(そうです)

(ダルシア人は皆、白い竜なのか?)

(いいえ。それは竜によって違います。つまり、金色の竜はあまりいませんが、黒や青、灰色や緑など、様々な種類がかつてはいました。もっとも、それは魂の色で、現実の肉体の色ではありませんが…)

(ダルシア人は滅びてしまったと聞いたが、それは本当なのかな?)

(ジル星団で高い文明を持っていたダルシア人の肉体が滅びたのは確かです。ただ、ダルシア本国ではなく、昔他の星に行った者たちの中には、まだ生きている者もいます。けれども彼らは本来のダルシアの文明の後継者ではありません)

(ええと、聞きたいことがあるんだが、ライアガルプスは君たちの皇帝だということだけど……)

(皇帝と言う言葉は、あなた方の言葉です。我々は別の言葉でした。ただ、地位を表すというよりも最高指導者という意味合いが強い言葉でした。我々の言葉はあなた方とかなり違うので、言い表すのはとても難しいのです)

(それじゃ、最高指導者でもいいけれど、ライアガルプスがこの要塞のことを、要塞の建設時から関わっていたというのは、どういうことなのだろうか?)

(うーん。私では、それはわかりません。銀の月であれば、分かったでしょうが…)

(でも、君はライアガルプスの娘なのだろう?)

(違います。現在はアリュセア・ジーンの娘です。私はかつて、ライアガルプス様のいうなれば、家臣の筆頭という立場でした)

(家臣というと?)

(正確ではありませんが、人間の言葉の中での意味はそれが一番合っています。我々ダルシア人はあなた方人間とは社会構成や政治において、それに考え方がかなり異なっていたのです)


 瞬きをすると、竜の姿は消えていた。それは、ホンの一瞬の出来事だったのだ。ディポックはため息をついて、フェリスグレイブの部下が集まったのを確認した。

 フェリスグレイブの部下たちは、突然転送されて訳が分からず驚いている者、仲間に会えて喜んでいる者様々だった。それでも大凡の者を集めることができた。人数にして五十人ほどだった。

「司令官、どうやら私の部下が集まったようです」

と、フェリスグレイブは敬礼して言った。

「で、計画は?」

と、ディポックが聞いた。

「まず、武器を手に入れなければならないでしょう。それは、我々の部屋にありますから、そこへ行けば手に入ります。後は、二隊に分けて連中の排除に向かいます。近くまで転送ビームで送ってくれるそうですので…」

と、フェリスグレイブは言った。

「私が助言するとすれば、あまり数が多い場合は、一つの場所に追い込んで、それから私に連絡してくれれば、大人数ごと海賊の持っている船に転送してしまうことが可能だ。そうすれば、手間が省けるだろう」

と、アリュセアは言った。

「なるほど、そうすれば犠牲が少なくできる」

と、ディポックが言った。

「船は、ナッシュガルに適当に選んでもらうことにする」

「だが、その船はどうするのだ?」

と、ナッシュガルは聞いた。

「船は動かないようにしておいて、銀の月が戻ってきた時に引き渡すようにすればいい」

「そうか、ならいいだろう」


 フェリスグレイブが部下と共に消えると、

「ママ!」

と、叫んでリゼラ・ジーンとアリン・ジーンが部屋に駆け込んできた。

 アリュセア――ライアガルプスは一瞬目と閉じた。そして、再び目を開けると、

「どうしたの、二人とも…」

と、穏やかに言った。

「リュイがいない…」

と、リゼラが周りを見ながら言った。

「あら、ここにいるわよ」

とアリュセアが言うと、

「おねえちゃん、私はここにいる」

と、リュイが言った。

 ディポックはアリュセアの子供達を見て、リゼラとアリンの背後に大きな竜のような影が見えるのがわかった。だが、リュイのようにはっきりとしたものではなかった。薄い影のようにしか見えない。それも一瞬のことで、すぐに消えてしまった。

「何かあったのかな?」

と、ディポックは二人に優しく言った。

「あ、あの妹を、リュイを探していたの。急にいなくなったので…」

と、リゼラがおっかなびっくり言った。

「リュイはここにいるから、大丈夫よ」

と、アリュセアが安心させるように言った。

「こんなところで、みんな何をしているの?」

と、アリンが聞いた。何かおかしなことをしているのではないかと、あたりを見回している。

「ちょっと用があるんだ」

と、ディポックは言った。

「ここは大丈夫だから、二人とも部屋に戻って寝た方がいいわ」

と、アリュセアが言った。

「じゃ、リュイも?」

と、リゼラが聞いた。

「リュイはママと一緒の部屋だから、もう少し、ここにいるのよ」

「そんなの、依怙贔屓だわ」

と、アリンが口を尖らせて言った。

「じゃ、二人の部屋にリュイも寝て良いの?」

と、アリュセアが言った。

「そ、それは、困るわ。だって、寝台は二つしかないもの」

と、アリンが言った。

「それじゃ、しょうがないわね。リュイはもう少しママとここにいるわ。大丈夫よ」


 その時、部屋の壁が赤く輝き始めた。その壁にあるスクリーンが使えなくなっていた。

「おっと、今度はこっちか、忘れていたよ」

と、ディポックは言った。

「大丈夫。私が何とかします」

と、リュイが言った。

 すでに、ジャナ少佐の子猫やウル・ガル、フェル・ラトワ・トーラと言った魔法使いたちは要塞を占拠している海賊退治に出払っていた。

「何を言っているの、リュイ?」

と、リゼラが言った。

 部屋の外の攻撃者たちは、廊下を噴き過ぎた突然の突風になぎ倒されていた。

「これでいいわ。武器を廊下の端に飛ばすから、彼らを船の方へ転送してください」

と、リュイが言った。

「すごいわ、リュイ。あなたは呪文も唱えないのに、どうやったの?」

と、カールは言った。

「ダルシア人に魔法使いはいません。だから、呪文は使わないのです」

と、リュイは当然のごとく言った。

「何の話?」

と、リゼラは言った。

「だから、二人とももう遅いから、部屋に戻って寝なさいと言っているでしょう?」

と、アリュセアは言った。

「こんな時に、寝ていられないわ。何が起きているの?」

と、リゼラは興奮して言った。

「そうよ、リュイは何をしているの?」

と、アリンも興奮して言った。

「落ち着いて、二人とも、今忙しいのよ」

と、アリュセアは言った。

 アリュセアは目を閉じると、

「カール、ジャナ少佐から連絡が来たようだ。司令室に侵入し、敵はまだ武器を持っているが、海賊を壁際に集めたそうだ」

「了解」

 壁のスクリーンに司令室の内部が映じた。確かに海賊が武器を持って抵抗しているものの、司令室の大スクリーンの反対側の壁際に追い詰められている。

 次の瞬間、武器を持った海賊達の姿は消えていた。彼らは、ウル・ナッシュガルの海賊船ウルキア号に転送されたのだ。

「ジャナ少佐はこのあと、動力部へ支援に回るそうだ」

と、アリュセアは言った。

「了解。それで、司令室はどうします?」

「そうだな、今はここを使っているから、あの司令室は閉鎖した方がいいだろう」

「そんなことができるのですか?」

と、ディポックは聞いた。

「ここからならできる。カール、その装置の左下に赤いカバーがあるだろう。私がカバーを外すから、中のレバーを引いてくれ」

「これですか?」

とカールが見ると、赤いカバーがアリュセアの言ったとおりに外れた。そして、レバーを引くと、スクリーンに映じていた司令室が暗くなった。

「司令室に供給されているエネルギーを停止したのだ」

と、アリュセアが言った。

 そんなアリュセアを、リゼラとアリンは驚いて見ていた。いつもの母と違うのだ。まるで別人のようだった。それに、どうしてこの要塞の装置の扱い方を知っているのだろうか?二人の心に興味と不安が広がって行った。


128.

 要塞動力部には、かなりの数の海賊連中が陣取っていた。

 到着したフェリスグレイブは、すぐに部下を散開させ、少しずつ動力部の中央にある核融合炉の管理センターに近づいて行った。

 ウル・ガルはフェル・ラトワ・トーラと口の中で何やら呪文を唱えていた。この呪文は目くらましをするもので、フェリスグレイブとその部下がすぐに見つからないようにしているのだった。

 動力部では重要な機器が集中しているので、少しでも武器がそれると要塞に危険が及ぶのだ。だから、フェリスグレイブは海賊達を一人ずつ、丁寧に排除して行った。

「わあ!敵がいるぞ」

と、海賊の一人が仲間の倒れていることにようやく気づいて警鐘を鳴らした。

「どこにいるんだ?」

と、別の一人が周囲を見回して言った。

 すると、海賊達は武器を手にして落ち着かなげに周囲を見回し始めた。

「ち、まずいな…」

と、フェリスグレイブが言った。海賊よりも自分たちの人数の方が少ない。こちらの存在が知られると不利になる。ただ、海賊達に自分たちが見えていないことがわかると、

「おまえたちか?」

と、フェリスグレイブが振り返って、ウル・ガルに聞いた。

「そうだ」

と、ウル・ガルが答えると、

「わかった」

と言って、フェリスグレイブは思い切って部下に合図を送った。

 要塞の兵士たちは一斉に攻撃を始めた。パニックを起こした連中との勝負はすぐにつき、海賊達はその場に倒れていた。

「よし、他にいないか確かめるんだ」

と、フェリスグレイブは言った。そして部下から誰もいないと合図が戻ってくると、

「どうやら、うまく行ったようだな」

と、ウル・ガルを見て言った。

 そこへ、ジャナ少佐が現れた。

「司令室の方はうまくいったのか?」

と、フェリスグレイブは聞いた。

「はい」

「あとは、要塞にどれだけ連中がいるかだな…」

と、フェリスグレイブは言った。

 司令室と動力部を取り戻すのは重要だが、要塞内部のあちこちに海賊が散らばっているとすると、それを全部排除するのは時間が掛かりそうだった。

「民間人のいる区域にもすでに入っているのではないでしょうか?」

と、ジャナ少佐は心配して言った。

「そうだな、ここには警備の者を残して、一度司令官のいる部屋に戻った方がいいだろう」

と、フェリスグレイブは言った。

「いや、ここにあなたの部下を残す必要はないと、あのアリュセアというタレス人が言っている」

と、ウル・ガルはアリュセアから連絡を受けて言った。

「何だと?」

「この動力部を司令室のように一時的に閉鎖するそうだ。その方が、要員の無駄がなくなると言っている」

「なるほど、まるでTPのようだな…。だが、確かにその方がいいだろう」

 次の瞬間、フェリスグレイブもジャナ少佐も他の者たちと一緒にあの部屋に戻っていた。


 天井のスクリーンには要塞の外の様子が映じていた。そこにはもう海賊フォーズの姿はなかった。

「フォーズの艦隊は去りました。ダルシアの艦隊が警戒に当たっています」

と、カールは言った。

 ヘイダール要塞の艦隊はまだ動けないので、代わりにダルシアの艦隊が動いているのだ。

「司令室と動力部は解放した。次は、他のところだな…」

と、フェリスグレイブは言った。

「民間人の中に入られたら、どうやって見分けるんです?」

と、ジャナ少佐が言った。

「我々の中なら分かるんだが、今はタレス人が来ている。その中に入られると、見分けるのは確かに難しい」

 海賊達はジル星団出身者がほとんどだった。従ってタレス人の中に紛れ込まれると、分かりにくくなる。

「それなら、タリアに聞いてみることにしたらどうだろう」

と、クルム少佐は言った。

 現在タリアはダルシアの艦隊の旗艦に乗っていた。

 転送ビームでディポックたちのいる部屋にやってくると、

「タレス人の中にいる海賊を見分けたいのですね」

と、タリアは言った。

「そうなんだ。何かいい方法はあるだろうか?」

と、ディポックは聞いた。

「そうですね、要塞に最初に来た船に乗って来た人々は、私が見ればわかります。そのあと、二回ほど船が来ましたから、それについては、連れてきたリーダーに聞いた方が早いと思います」

「そのリーダーが誰かわかるかな?」

「もちろん。来た時に会いましたから、でも今どこにいるかまではわかりません」

「それは、大丈夫だ。私が探す」

と、アリュセア――ライアガルプスは言った。そして、

「海賊達は見つかったら、ウル・ナッシュガルのあの船に転送する。バラバラなら、返って転送しやすいだろう。ただ、タリアの言うリーダーたちについては、急に転送することは止めた方がいいだろう」

と、続けた。

「なぜです?」

と、タリアが聞いた。

「この要塞に転送装置があることは、あまり知られたくない。この要塞の関係者ならいいが、いずれ知られるにしても、まだタレス人にはこの要塞については知られない方がいいだろう。従って、ウル・ガル、フェル・ラトワ・トーラお前たちに行ってもらいたい。魔法を使って移動しているように見せるのだ。ディポック司令官、これでいいだろうか?」

と、アリュセアは最後にディポックの名を挙げて聞いた。

「そうですね。確かに、その方がいいでしょう。どうぞ、あなたの思う通りに進めてください」

と、ディポックは淡々として言った。

 その時、ディポックは何かを忘れているような気がしていた。この副司令室にいる者たちを見て、何かが足りないと言う気がしたのだ。それと、もう一つ気になることがあった。ダ・ドルーン・シャとともに避難してきて部屋の隅にいるマグ・デレン・シャが、何か悩んでいるようなのだ。


129.

 元銀河帝国のベルンハルト・バルザス中将は、現在はリドス連邦王国の艦隊に属していた。彼は、ジル星団ではガンダルフの五大魔法使いの一人、銀の月として知られていた。

「遅くなったな、ヘイダール要塞はまだか?」

と、バルザス提督は言った。

 ジャンプ・ゲートを使った高速ワープでも、バルザス提督の艦隊はリドス連邦王国との往復に数時間はかかる。今回はワープにかかる時間よりも、リドス連邦王国での滞在に時間が掛かってしまった。だが、バルザスの思う通りに話が進んだのはいいことだった。

 暗黒星雲の種族との交渉とヘイダール要塞の宙域に存在するジャンプ・ゲートが開けられている件は、すぐに動くことになった。ただ元新世紀共和国の恒星ダロス第三惑星カルガリウムへの異星人の侵攻に対して、リドス連邦王国ができることはほとんどないということでは、意見の一致が見られた。リドス連邦王国の艦隊を動かすことはできない。すでにそこは銀河帝国の領土なのだ。できるとすれば、一つだけだった。

「どうしたんです?イライラしているようですけど…」

と、副官のドルフ中佐が言った。

「何か嫌な予感がするんだ。ヘイダール要塞に何か起きていると言う…」

と、バルザスは言った。

 実際異変に気付いたのは、ジャンプ・ゲートを出る寸前だった。

 旗艦の探知によると、ヘイダール要塞周辺で大きな艦隊戦があったようだと分析していた。その宙域での金属片などの残骸がその様子を伝えている。そして、浮かんでいる破片の中に、海賊フォーズの紋章を描いたものがあることを発見すると、

「海賊に襲われたのか、…」

と、にわかにリドスの艦隊も慌ただしくなった。

 だが、ジャンプ・ゲートを出ると、すぐに出会ったのはダルシア帝国の艦隊だった。

「ダルシア帝国の艦隊です」

「通信を開いてくれ」

と、バルザスは言った。

 スクリーンを見ると、ダルシア帝国の艦隊がその艦影を晒して、哨戒任務にあたっているように思えた。

「私はダルシア帝国の旗艦の中央脳です」

と、音声が届いた。

「何があった?」

と、バルザスは尋ねた。

「最初に、海賊ウル・ナッシュガルの要塞がヘイダール要塞に衝突。次いで、海賊フォーズの艦隊が要塞を襲撃しました」

と、機械的に事実だけをダルシア帝国の旗艦の中央脳は報告した。

「で、現在は?」

「海賊フォーズの艦隊は撃退しました。しかし、ウル・ナッシュガルの要塞はまだ衝突したままです」

「ヘイダール要塞の司令官は無事か?」

「司令官は無事です。それから、我らが継承者タリア・トンブンも無事です。現在は、要塞内部に侵入した海賊を排除する作戦を計画中と思われます」

 ダルシア帝国の艦隊はリドス連邦王国の艦隊が要塞に近づくのを妨害しなかった。例え、トップが変わったとはいえ、リドス連邦王国はダルシア帝国の唯一の同盟国だからだ。

 ヘイダール要塞に近づくと、その真横に別の要塞が衝突しているのが見えた。

「これは、ひどい…」

と、ドルフ中佐が言った。

「いや、本体部分は大丈夫だ。それに海賊の要塞の方も、特に破壊されてはいない…」

「ですが、海賊がヘイダール要塞内部に侵入しているのでは?」

「そうだろうな…」

 バルザス提督はディポック司令官の無事を聞いて安心したが、要塞に残して来た部下やアリュセアとその子供たちのことも心配だった。

「要塞と通信を開いてくれ」

「了解」

 スクリーンに写しだされたのは、ヘイダール要塞の見慣れた司令室ではなかった。そこはバルザス提督が使っている部屋だった。

「やあ、早かったですね」

と、ディポックは嬉しそうに言った。

「そちらは、大丈夫ですか?」

「まあまあですね」

「大体起きたことはわかりました。海賊フォーズの方は逃げたそうですが、海賊ウル・ナッシュガルの方はどうなっています?まだ、要塞は衝突したままですが…」

「それは、少々話が長くなります。こちらに来てから話しをした方がいいでしょう」

「わかりました。それでは、そちらに行きましょう」

と、バルザスは言った。

 諸般の事情を考え、バルザスはシャトルで要塞に入るのを止め、艦の転送ビームで直接ディポックのいる場所へ行くことにした。


 バルザス提督との通信終了後、数分でバルザスはヘイダール要塞の副司令室に出現した。

「ディポック司令官、失礼、急いだ方がいいと思ったので…」

と、バルザスは言った。

「なるほど、リドス連邦王国の艦隊も転送ビームが使えるんですね」

と、ディポックは思ったよりも驚いてはいなかった。

「転送ビーム?どうしてそれを?」

「それは、私から話そう」

と、アリュセア――ライアガルプスは言った。

 要塞内部の海賊との戦いをかいつまんでアリュセアは話した。

「なるほど、要塞の転送ビームを使ったということか」

と、バルザスは言った。

「司令室と動力部は奪還し、現在は閉鎖している。問題はそれ以外に散らばっている海賊の残党だ。すべて排除するためには、それなりの人員がいる。現在要塞防御の兵士が排除にあたっているが、要塞は広いから時間がかかりそうだ。それにタレス人の中に紛れ込んだ者がいるかもしれない。そちらは、タリアがタレス人の指導者に話してくれることになっている」

と、アリュセアは言った。

「わかりました。こちらが、こんな面倒に巻き込まれているとは知らなかったので、もっと早く帰ってくるべきでした」

と、バルザスは言った。

「いや、それは無理です。それに、思ったより早く戻ってくれて、助かりました」

「とりあえず、海賊の排除には、ディポック司令官の了解が得られれば、リドスの兵士を応援に寄越しましょう」

「そうしてくれると助かります」


 部屋の隅の方で、ナッシュガルは黙ってバルザスのことを見ていた。

 ディポック司令官からガンダルフの五大魔法使いの一人である銀の月は、現在ベルンハルト・バルザスと言う名だと聞いたのだ。

 また、バルザスは銀河帝国出身だとも聞いた。その顔を見ると、かつてのアゼル・ルマリアとは似ても似つかぬ顔だった。もっともそれは当然だった。アゼル・ルマリアはガンダルフの人間だったから、銀河帝国と何のかかわりもないので、肉体的なつながりもない。だから、顔が似ているはずもない。

 ただ言い伝えによると、銀の月は常に顔かたちについて、非常にうるさいと言われていた。つまり、美貌を好むということだった。アゼル・ルマリアは老衰で亡くなったが、衰えたりとはいえその容貌は若い時分にかなり美形であったことが窺われたものだ。

 それを考えると、このベルンハルト・バルザスという人物は銀の月と判断するのにかなりの確率で当たっていると思われた。だが、絶対という自信はない。だから、ナッシュガルは黙っているのだった。魔術師であるウル・ガルが戻ってくれば、もっとはっきりと分かるだろうと考えていた。


「ディポック司令官、あの惑星カルガリウムの件についてですが、場所を変えて話をしたいのですが…」

と、バルザスは言った。ここでは人が多すぎると思ったのだ。

「そうですね。それなら、私の宿舎ではどうでしょうか?」

と、ディポックは言った。

「いいでしょう。では、行きましょう」

と言うと、パチンと指を鳴らす音がして、バルザスとディポックの姿が消えた。


130.

 ディポックの部屋は暗かった。

 バルザスが指を鳴らすと明かりがついた。

「どうも、まだキリフはここには戻ってきていないようです」

と、ディポックは言った。司令室から逃がしたダズ・アルグなどの要塞幹部の連中やスタッフたちはもう自分の部屋に戻っていると考えていたのだ。

「大変なことが続いたようですから、仕方がありません」

と、バルザスは言った。

 ディポックは居間にあたる部屋のソファにバルザスを招いて座った。

「それで、どうなったのでしょうか?」

「今回の件、つまり惑星カルガリウムの件については、すでに銀河帝国の領土内ではありますが、今回に限り救出の手段を講じることになりました」

「救出というと?」

「惑星カルガリウムの全住民を、一時的に難民としてリドス連邦王国が引き受けるということです」

「それは、ありがたいのですが、どうやって救出するのでしょうか?」

 住民を救出するためであっても、リドス連邦王国の艦隊を銀河帝国の領土である惑星カルガリウムの宙域に送るわけにはいかないのは、ディポックにも分かっていた。

「それは、ある種の転送装置を使用する方法です。つまり、この要塞のリフトとかに設置されているものと原理は同じものです」

「するとその装置は、すでにカルガリウムにあるということですか?そうでなければ、住民を救出できませんよね」

「ええ、もちろんです。それは、これから探さなければなりませんが、たぶんあると思われます」

と、曖昧なことをバルザスは言った。

「たぶんある、というのはどういうことでしょうか?」

「それは、かつて遠い銀河のある種族が、宇宙探検をするために転送装置を宇宙船に乗せて様々な惑星に設置して行ったことがあるのです」

「それはまた、ずいぶんとおかしな話ですね。そんなことをする人々がいるのでしょうか」

と、ディポックは不安そうに言った。バルザスが急にいつのことかもわからない、妙な話をするのには驚いた。そんな話は聞いたこともない。

 本当にリドス連邦王国は惑星カルガリウムの住民を助けようとしているのだろうか、とディポックは思った。もともと新世紀共和国とリドス連邦王国は何の縁も繋がりもないのだ。それなのに、何の益あって、助けようとしてくれているのかもわからない。

「宇宙には、そんな変わった種族がたまにいるのです。その種族の宇宙船が二万年前にこの銀河にやってきたことがあるのです。その記録は、ダルシア帝国に残されています。ですから、たぶんと言いましたが、確実にあると思われます」

「しかし、場所がどこかわかるのですか?それに、二万年前というと、破壊されたりはしなかったのでしょうか?」

 二万年というと、惑星の地表においては遺跡だってそう簡単には残ってはいない年代だ。まして遺物など、どこにあるかもわかりはしないと思われた。

「当時、ダルシア人はその宇宙船に危険性はないと考えていたのですが、後年その装置を使って別の種族がふたご銀河を侵略しようとしたことがありました。それで、その装置はことごとく地中深く埋めてしまったといういきさつがあります」

と、バルザスはふたご銀河の知られざる歴史を語った。

「しかし地中に埋めたのでは、もう使えなくなった可能性もありますね」

「いえ、かなり頑丈な作りなので、おそらく掘り出せば使用可能でしょう」

と、バルザスはまるでその装置を見たことがあるようなことを言った。

「本当に大丈夫なのでしょうか」

と、ディポックは不安そうに言った。

「ともかく、その装置を探すことから始めることにしましょう」

 もしかしたら、銀の月としてのバルザスは昔その装置を見たことがあるのかもしれない、とディポックは思った。しかし、不安だった。思ったよりもその計画は実行が難しいのではないだろうか。

「それから、もう一つ、この件に関してだけではなく、暗黒星雲の種族との交渉、それにこの要塞にいるダルシア帝国の継承者とナンヴァル連邦の元惑星連盟大使マグ・デレン・シャに会うために、リドス連邦王国の女王陛下がこちらを訪問したいと希望されています。実は、そのお返事も頂きたいのですが…」

と、バルザスは言った。

「リドス連邦王国の女王陛下がこの要塞を訪問されるというのですか?」

と、ディポックは驚いて言った。これは思ってもいない事態だ。

「リドス連邦王国では、外交と国防については王族の専権事項なのです」

「と言われても、今現在は海賊連中の掃討もままならないのですが…」

 ディポックは戸惑っていた。要塞の内部に敵がいる状態で、他国の代表を迎えるなどとんでもないことだ。その上一国の女王が訪問するとなると、それなりの儀礼や歓迎のための準備をする必要がある。警備も通常以上に重要だ。それに、来る方も一隻で来るとは思えない。少なくとも一艦隊を伴ってやってくると考えなければならない。それを迎える準備も必要だ。それを考えると、とてもリドスの女王の訪問を歓迎するどころではない。来てもらうことすら大変なことだ。

「その点については、何も心配はいりません。女王陛下にそれを報告すればいいのです」

と、まるで、何の準備も必要ないとでもいうようにバルザスは言った。

「しかし、危険ではありませんか?女王陛下をこんな海賊がいるような危険なところに招くわけには…」

「外交と国防が王族の専権事項なのは、それだけ危険が伴うことだからです。女王陛下におかせられては、この程度の危険は、特に問題ありません」

「し、しかし…」

「この宙域に開けられたジャンプ・ゲートを閉じるためには、女王陛下を始めとする王族の支援が是非とも必要なのです。すでに、緊急の招集が掛けられました。いずれ、王女殿下方がそれぞれやって来られると思います」

「し、しかし…」

 これは、困ったことになったと、ディポックは思った。いくら、何の準備もいらないと言われても、そう簡単に一国の王女殿下や女王陛下を迎えるわけには行かない。

「王女殿下方も女王陛下も、以前に来た第五王女殿下と同じです。自分の力でやって来ることが可能です。ただし、女王陛下だけは一応こちらの状況を少しは考えて来られるということです」

「つまり、艦隊や船に乗って来るのではなく、身一つで来られるということでしょうか?」

と、ディポックは聞いた。第五王女殿下が来られた時は、確かに突然身一つで現れた。あのような現れ方をするのだろうか?

「おそらく、そうなるでしょう。もちろん、ディポック司令官、あなたの許可と承諾があればですが…」

 たぶん、王女殿下たちはディポックの許可など一顧だにせずにやってくるだろう、とバルザスは思った。ただ、女王陛下は違うだろう。少なくとも元首としての自覚があるからだ。それも、ただ一応そうしているだけという感じは否めない。

「これはとても重要なことですので、私の一存ですぐ返事をすることはできません、要塞の他の者たちの意見を聞いてからではだめですか?」

と、言い訳を考えながらディポックは言った。

「できれば、急いで頂けるとよいのですが…」

 まだか、早くしろとは言えずに、バルザスは言った。

「ともかく、司令部の連中を集めることにしますから…」

と、ディポックは言った。

 その時、ディポックはやっと忘れていたことを思い出した。

「そうだ!キリフもグリンもダズ・アルグも、他のスタッフも、海賊の襲撃があったときに司令室からあの装置で逃がしたんだ。あの後、どうしたろうか?」

 これまで、逃げた者たちの顔を他の場所で見たことはない。あの転送装置はどこへ繋がっていたのだろうか?

「どうかしたのですか?何があったんです?」

 何か困った事が起きているようだった。


 副司令室として使っているバルザスの宿舎に、バルザスとディポックは急いで戻ると、

「クルム少佐、君が司令室の人たちを逃がした転送装置はどこにあったのか覚えていますか?」

と、バルザスは聞いた。

「あの、転送装置?それは、確か…」

と、クルム少佐は副司令室のコントロール装置を見て回り、

「ああ、この位置にあった。これだ!」

と、バルザスに示した。

「こ、これを使ったのか…」

と、バルザスは驚いて言うと、

「ライア、君はこれがどこに繋がっているかわかるか?」

と、続けて言った。

「どうしたんだ?この装置は、そうだな、まだ使えないものじゃないか?外へ出るのに使うものだ。これを何に使ったんだ?」

と、アリュセア――ライアガルプスは言った。

 バルザスは難しい顔で思案していた。クルム少佐もディポックも不安になった。これまで、バルザスが困ったような顔をしたことはないからだ。

「何か、困った事でも?」

と、カールが言った。

「いや、クルム少佐が使った装置はまだ完全に使えるようにはなっていなかったんだ。だが、それを使って司令室にいた連中を転送してしまった。こんなことは想定していなかった」

と、バルザスは驚くべきことを言った。

「そ、それじゃ、キリフやダズ・アルグたちは消えてしまったのか?」

と、ディポックも急な展開に慌てて言った。

「私のミスか…」

と、クルム少佐も茫然としていたが、責任を感じて言った。

「ちょっと待って。私はその場にいなかったけれど、司令室の人たちはその転送装置を使って逃げたというのね」

と、カールが言った。

「そうだ。私が操作していた」

と、クルム少佐が言った。

「バルザス提督、この転送装置、どこかで見たことがある気がするのだけれど、もしかしてこれは、私たちの銀河にあったものと同じなのかしら?」

と、カールは聞いた。

「何だって?」

と、ディポックは言った。この要塞にある装置が遠くの銀河のものと同じとはどういうことなのだろうか?

「そうだ。カール、君が考えているように、これは君の銀河にいたアンダイン種族の転送装置だ」

と、バルザスは言った。

「それなら、何とかなるかもしれないわ」

と、カールは言った。


131.

 アンダイン種族は、かつて白銀銀河最強の種族と言われていた。今はもう滅びた種族だったが、その最盛期には遥かな銀河に巨大な宇宙船をいくつも飛ばしていたものだ。彼らが滅びた理由は未だ定かではないが、どこかの銀河で強大な敵に会ったと遺跡の文字に残されていた。

 バルザスの話した転送装置を設置した種族というのは、このアンダイン種族を指している。

 現在アンダインは肉体としては確かに滅びてしまったが、精神体としてはかなりの数、白銀銀河やアンダイン種族が主に関わった銀河に存在していた。彼らはまるでかの暗黒星雲の種族のような存在で、力もあった。ただ一つ違ったのは、肉体を失ってからは、積極的に他の種族と関わろうとしなくなったことだった。

 彼らは白銀銀河や他のいくつかの銀河において、孤高を保っていた。彼らアンダインは、彼らと同じレベルにある種族とは話をしたが、それ以下と認識すると決して関わろうとはしなかった。

「以前、私たちも同じような失敗をしたことがありました」

と、カール――サムフェイズ・イージーは言った。

「この装置が私たちの銀河のものと同じなら、転送するデータを記録する媒体があるはずです。おそらく、そこに皆、データとして存在しているのではないかと…」

と、言いながらカールは、装置が設置されている台の下の金属板を開けられるかやってみた。開けるとそこに、見たことのあるクリスタルの柱が嵌められていた。

「ほら、あった。おそらく、司令室の装置の下にも、同じものがあると思います。だから、装置を使う前に、ここからデータを取り出す操作をすれば、消えた人たちが出てくるはずです」

「すぐに、司令室に行って、やってみよう」

と、クルム少佐が言った。


 要塞司令室は、閉鎖されたために暗くなっていた。

「この辺りいた海賊の連中は、みな連中の船へ転送したので、今は誰もいないはずです」

と、一緒についてきたジャナ少佐が言った。

 カールとクルム少佐が装置の準備をしていた。

「ディポック司令官、その前に、あの転送装置を使ってどのくらい経ちますか?」

と、バルザスは聞いた。

「時間ですか?そうだな、あれから色々あったから、でも二十四時間は経っていないはずです」

 そう言えば、ずっと寝る暇もなかったとディポックは思った。立て続けに危機的な状況が続いたので、緊張して眠気が起きなかったのだ。

「できれば、医療室からあるだけのストレッチャーをこちらに回した方がいいと思うのですが…」

と、バルザスは言った。

「どうしてですか?」

「転送装置でデータ化した人たちは、中には体調に異常をきたす場合もありますので準備をした方がいいと思うのです」

「わかりました。すぐに準備をさせます」

と、ディポックは言った。


 カールがディポックとバルザスを見た後、

「それでは、装置を作動させます」

と言って、指を動かした。

 通常の転送ではデータ化された人たちは戻らないので、いくつかの操作を加えて逆の過程で戻す必要があった。

 次の瞬間、

「あっ、戻った!」

と、歓声が上がった。

 転送装置のある場所に数十人の人間が倒れていた。

 すぐに医師のチームが近寄って行った。

「大丈夫か?」

と、ディポックが声を掛けた。

「いえ、すぐにストレッチャーを。医務室に運ぶ必要があるようです」

と、何人かの容体を見た医師が言った。

「命に別状はないのだろうな?」

と、フェリスグレイブが聞いた。

「それは、まだ何とも言えません」

と医師が答えた。

 バルザスは司令室の転送装置のコントロール装置の傍で目を閉じていた。


 真っ白な衣装の人物が廊下に立っていた。

 よく見ると、女性だった。ストレッチャーがかなりのスピードで動いてくるのを見ていた。いくつかのストレッチャーを見送った後、こつ然とその場所から消えた。そして、再び出現したのは、まだ倒れている者たちがいる司令室の転送装置の場所だった。

 初め、その女性に気が付いたものはいなかった。皆倒れている者たちに、呼びかけたりして気が付く暇もなかったのだ。

 用意していたストレッチャーの数が、全然足りなかった。

「ふむ。あまりいい状況ではないな」

と、見知らぬ女性が言った。

「ん?あんたは誰だ?この要塞の人間なのか?」

と、ジャナ少佐が気づいて言った。見たことのない人物だったのだ。少なくとも、ジャナ少佐の記憶している要塞に関係のある人物の中にはいない。

 その女性はジャナ少佐に言われても、次々に倒れている人たちの間を容体を見ながら動いていた。

「ストレッチャーはまだ来ないのか?」

と、その女性は言った。

「それより、あんたはいったい誰だ?」

と、先ほどよりも声を荒げてジャナ少佐は言った。

「この要塞の責任者はどこにいる?」

と、逆にその女性は聞いて来た。

「何だと?だから、その前にお前は誰だと聞いている」

と、ジャナ少佐は言った。女とはいえ、危険な人物かもしれないのだ。そう簡単に教えるわけには行かない。

「何を怯えているのだ?」

と、その女性は的確に言った。

「おや?お前は妙なものを懐に入れているな」

と言って、いきなりジャナ少佐の胸に手を当てた。すると、女性の手の中に、ジャナ少佐の服の中に隠れていた子猫が乗っていた。

「あっ…」

 驚いて声を挙げると、子猫が

「ミヤァ」

と、鳴いた。

 子猫は怯えてはいなかった。最初は驚いていたが、次に子猫は女性の手の平を舐めていた。

「いったい、どうしたのだ?お前は?」

と、今度は女性が驚いて言った。

「あんたは、この猫を知っているのか?」

と、ジャナ少佐は聞いた。

「知っているとも。懐かしいではないか?おまえは、どこでどうしていたのだ?我らは心配していたのだぞ…」

と、思いがけない優しい声で女性は言った。

 そこへ、フェリスグレイブがやって来て聞いた。

「少佐、どうしたんだ?この女性は?」

「ええと、あの、この私の猫の知り合いだそうです…」

「何?猫の知り合い?」

 よく見ると、医者のような白い服を着た女性は、若く、美しかった。ジャナ少佐の猫はその女性の手から肩に乗って、女性の顎を舐めていた。

「くすぐったい、わかった。で、なんで猫のままなのだ?」

と、女性は聞いた。

「ミヤァ、ミヤァ、ミヤァ、ミヤァ…」

と、猫は女性の耳の傍で鳴いて訴えた。

「なるほど、そうだったのか」

と、女性は一人で納得したようだった。

「ブルーク・ジャナ少佐、というのだな?この猫のこと、よろしく頼む」

と、女性は言って、ジャナ少佐の手に子猫を乗せた。

「あ、あの、あなたはどなたですか?」

と、ジャナ少佐は先ほどの興奮を鎮めて、できるだけ穏やかに聞いた。

「私か?私は、リドスの一番目だ。一の姫ともいわれているがな」

「一番目というと、第一王女殿下ですか?」

と、ジャナ少佐は言った。

「そうだ。こちらには用があったのでな。だが、このようなことは聞いてはいなかった。いったい何事があったのだ?」

 騒ぎに気づいてディポックとバルザスがやって来た。

「一の姫、早い御着きですね」

と、バルザスが言った。

「ここで、何が起きたのだ?あの倒れている者たちはどうしたのだ?」

と、一の姫が聞いた。

「一言で言えば、転送の失敗です」

と、バルザスは言った。

「なるほど、転送には慣れてはおらぬということか…。それでは、医務室に転送するわけにはいかないか…。それなら、ストレッチャーをこちらに転送すればよいのではないか?」

「そうしてくださるなら、お願いします」

「わかった」

 まもなく、リドスの船からストレッチャーが転送されてきた。

「これに乗せて運べばよかろう。で、銀の月よ。この要塞の責任者はどこだ?」

と、一の姫は言った。


132.

 リドス連邦王国の第一王女殿下は、別名一番目とか、一の姫とか言われていた。しかし、王女の本当の名を知るものはほとんどいなかった。リドス連邦王国の王族はその名を知られることを嫌っていると噂されていた。

「あの、私がこのヘイダール要塞の司令官、ヤム・ディポックといいます」

と、バルザスの背後からのそのそ出てくると、ディポックは言った。

「これは、失礼した。外の様子で何かあったのかと思ったので、あなたの許可も得ずに要塞に入って来たのだ」

と、一の姫は弁解した。

 弁解するとは一の姫にしては珍しいことだ、とバルザスは思った。もっともリドス連邦王国の王女たちの中では二番目に常識がある方だと言われていることは知っていた。

「いえ、別にそれは構いませんが、もしかしてあなたはお医者さまでしょうか?」

と、ディポックは聞いた。

「そうだ」

「ディポック司令官、一の姫はリドス連邦王国一の名医だと言われています」

と、バルザスは言った。

「それは、言い過ぎだ」

と、一の姫はまた珍しく謙遜して言った。いつもなら、自分が名医なのは当然だという態度を見せるものだ。

「それで、お一人で来られたのでしょうか。一の姫の艦隊はご一緒ではないのですか?」

と、バルザスは聞いた。

「私の艦隊は、そうだな、もうそろそろ、この宙域に近づく頃合いだろう。私は興味があるので先にきたのだ」

「あのう、艦隊といいますと…」

と、ディポックは聞いた。

「一の姫の艦隊は、医療従事者を中心とする医療専門の艦隊なのです。別名『医療艦隊』とも言われています」

「だから、私の艦隊を見て恐れる者はいないのだ。ところで、ここの医務室はどこか?私はそこへ行って、何か手助けをしたいのだが…」

「それは、ありがたいことです。ジャナ少佐に案内させましょう」

と、ディポックはすぐに承諾して言った。転送装置の事故による負傷者の処置については、返ってその装置を使っている種族の方が詳しいと思ったのだ。

「わかった。よろしく頼む」

と言うと、一の姫はジャナ少佐と消えた。あっという間だった。

 残されたディポックは半ば唖然としていた。

「すみません、ディポック司令官。一の姫は気が短いのです」

と、バルザスはすまなそうに言った。

「いや、それは構わないけれど、リドス連邦王国のお姫様たちは、みんなあのような感じなのかな?」

「そうですね、性格はそれぞれですが、大体あのような感じですね」

と、バルザスは少々困ったように言った。

 フェリスグレイブは妙な気がした。元銀河帝国の軍人であるバルザスがたったニ、三年で、リドス連邦王国の王族を知悉するほど信用されるだろうか?つまり、バルザスはリドス連邦王国では元銀河帝国の軍人であるというよりは、ガンダルフの魔法使い、銀の月としてその存在が認められているということなのだろうか。

 もし、そうだとするならば、バルザス提督についての自分の見方を百八十度変える必要がある。


 ナル・クルム少佐は、消えた人々が戻って来たのを見て、胸を撫で下ろした。だが、安心はできないことを感じ取っていた。戻って来た者たちは、皆気を失って倒れていたからだ。

「大丈夫よ。まだ、二十四時間もたっていないということだし…」

と、カールは言った。

「時間が重要なのか?」

「そうね。確か、人によって違うと聞いたことがあるわ。転送に慣れていない人が、転送時にトラブルが生じてデータ化されたままになってしまうと、元に戻れなくなったり、つまり物質化しなくなったりすることがあるらしいわ。それだけではなくて、死ぬこともあるそうよ。ただ時間が長く経ってしまうと、そうなる確率が高くなるということだわ」

「今回は物質化はしたようだが、…」

「だから、大丈夫だと思う。時間はそんなに経っていないし…」

 二十四時間くらいなら、大丈夫だとカールは聞いていた。これが数日、いや数週間や数か月、数年になるとまた物質化するのに、非常に難しくなると聞いていた。経った時間が長くなるほど難しくなるのだ。

「転送にそんな危険なことがあるとは、思わなかった」

「事故が起きるのは、あまりないことなのよ。アンダイン種族が作った装置は古くてもかなり安全だったし…。私たちが経験した事故も、突発的な事故だったから、装置に異常があったわけではなかったの」

と、カールは言った。


 医務室は混雑していた。ストレッチャーが次々と運び込まれ、それはまだ続くようだった。

 ジャナ少佐は突然あたりの光景が変わったので、どうしたものかとキョロキョロしていた。

「ジャナ少佐とやら、こっちへ来てくれぬか?」

と、声がしたので行ってみると、衛生兵と先ほどのリドスの一の姫がなにやら騒いでいた。

「あ、少佐、この人を連れ出してください」

と、衛生兵が訴えた。

「どうしたんだ?」

「こちらは、今日運び込まれた患者の部屋ではないんですが、どうしても入ると言うのです」

「どうして入ってはいけないのだ?私はそれを聞いているのだ」

「この患者はゼノンの艦から運び込まれたのです。ダズ・アルグ提督が連れてきたのです。ですから、今回の件では関係ありませんと言っているのですが…」

「随分容体が悪化しているようだから、ちょっと診ようと思ったのだ…」

「いや待て、もしかしたら、こちらはジル星団の人だから、返って何かわかるかもしれないぞ」

と、ジャナ少佐は言った。

「ですが、あの患者はあの妙なカプセルから出せないんです。何度かやってみたのですが、我々の技術ではないので、どうやって出せばいいのかわからなくて…」

「それじゃ、あの時のままなのか?」

 ジャナ少佐は定例の会議で概要だけは聞いていた。

「だから、私なら出してやることができるのだ。そうすれば、治療もできよう」

「やらせてみたらどうだ?」

と、ジャナ少佐は言った。

「しかし、私の一存では、ここの主任軍医に聞いてみなければ、…」

と、衛生兵が渋って言った。何かあったときに、自分が責任を取ることはできないということなのだ。

「なるほど、それでは今運び込まれている者たちを先にするか…」

と言って、一の姫は向きを変えた。

 一の姫は要塞の医者たちに交じって動いて一通り診た後、ジャナ少佐を呼んだ。

「運ばれて来た者たちは、大したことはない。ここで休んでいればじきによくなるだろう。それよりも、先ほどのカプセルに入った患者のことが気になる。ディポック司令官のところへ案内してくれぬか?」

と、一の姫は言った。

「それは、かまいませんが。本当に彼らは大丈夫なのでしょうか?」

「特に問題はない。少し生命エネルギーが消耗しているだけだ」

「それならば、…」

と言うと、ジャナ少佐の姿が消えた。


 そして一の姫とジャナ少佐は司令室に現れた。

「おや、一の姫でしたね、どうされました?」

と、ディポックは言った。

「医務室にいる、ゼノンの艦から連れてきた者を診たいとおっしゃるので…」

と、ジャナ少佐は言った。

「私が診ようとすると、困るというのだ。その衛生兵は責任を取らされると思っているらしい」

「そうですか、私は別に構いませんが、…」

「それを、向こうの連中にいってくれぬか?ああいう者たちは責任を取らされるというのを極度に嫌う傾向がある」

と、一の姫は歯に衣を着せぬ口調で言った。

「わかりました。それなら、今医務室と話しましょう」

と、ディポックは言った。


133.

 ヘイダール要塞に侵入した海賊達は、フェリスグレイブの部下やリドス連邦王国の艦隊から来た応援によって、少しずつ捕獲されていった。

 すでに海賊たちは自分たちが敗北したことを悟っていたため、あまりしつこく騒がなかった。しかし、中にはとんでもない抵抗をするものもあった。

 数人の海賊達が、要塞の一角に立てこもったのは、数時間前だった。海賊は、ナンヴァル人とゼノン人と魔法使いだった。

「ウル・ガルもナッシュガルも捕まったようだな」

と、一人が言った。彼はナンヴァル人らしい風貌だった。

 どちらからも何の連絡もなかったので、そう思うしかなかった。

「だから、こんな要塞を襲撃するなんて、反対したのだ」

「今更、遅い」

「最初から、海賊になるなど、止めろと言ったのだ」

「それこそ、今更ではないか」

「あのことがなければ、海賊など、考えもしなかっただろうに…」

 あのことというのは、アゼル・ルマリア翁が亡くなって十年後に起きた事件だった。

 元々彼らは海賊ではなかった。要塞はナンヴァル人とゼノン人のハーフを集め、アゼル・ルマリア翁が彼らを育てていた場所だったのだ。

 ナンヴァル人とゼノン人は仇敵と言うほど仲が悪かった。ただ非常にまれなことだったが、この二つの種族の間に混血児が生まれることがあった。彼らはナルゼンと呼ばれ、どちらの種族からも忌むべき存在として迫害されていた。竜族として彼らは生まれつき強靭な肉体をもっていたが、さすがに両方から迫害され長く生き残るものはいなかった。

 そうしたナルゼンを悲しんで、人間族であったアゼル・ルマリアは要塞を築いてナルゼンを保護し育成する場所としたと言われている。それは今から二百年前のことだった。要塞を築いたのは、そうした物を築かなければならないほど、混血児に対する迫害が強かったのだ。

 ナンヴァル人もゼノン人も混血児を血眼で探し、見つけ出すと必ず家族ごと殺害したと言われている。それほど忌むべきものとされていたのだった。

 アゼル・ルマリアは多くのナルゼンたちを育てた。もちろん、自身が人間族であるために、そう長く関わってはいられなかった。アゼル・ルマリアはナルゼンたちの要塞を築いて百年後に亡くなったのだ。

 アゼル・ルマリアがかのガンダルフの五大魔法使いの一人、銀の月であるとわかったのは、死ぬ数日前のことだった。それを話したのも、その時傍にいたわずかなナルゼンたちにだけだった。その中にナッシュガルとウル・ガルは入っていた。フェル・ラトワ・トーラはその時、まだ赤子だった。

 ウル・ナッシュガルの海賊達の中には、その話を聞いているものが多かった。当時、アゼル・ルマリアは亡くなる前に、もしかしたらそう長く経たないうちに再び生まれ変わって来るかもしれないと言い残したのである。もちろん、次に生まれてくるときにどんなところへ、どんな名前で生まれてくるかはわからなかったが。

「アゼル・ルマリア翁は、いつ生まれてくるのだろうか?」

と、立てこもっている海賊の一人が言った。彼はゼノン人の特徴を持っていた。

「そんなことわかるものか」

 仲間内では、アゼル・ルマリアがいつ生まれ変わって来るか話題になっていた。だが、百年経つうちにその希望も褪せて行った。

 そんな時にもたらされたのが、海賊への誘いである。

 ウル・ナッシュガルの要塞は、昔アゼリア要塞呼ばれていた。密輸業者も行かない辺境の星域に築かれたその要塞は、海賊からみたら、自分たちの根城にするには実に理想的なものだったのだ。ただ、アゼル・ルマリアが生きていた時は、彼の強力な魔力で守られており、近づくことはできなかった。

 しかしアゼル・ルマリアの死後、当時、要塞の主だった者たちは守り手を失い、どうやって暮らしていくか日々の生活にも不安を感じていた。ナルゼンである彼らは、ゼノン帝国やナンヴァル連邦の影響の強いジル星団の交易の場では完全に排除されていたからである。

 生きていくためにもナルゼンの彼らは何かせざるを得なかった。他に選択肢がなかったのだった。

 そんな彼らを甘い誘惑で誘い出し、若い真面目な指導者を一掃し要塞の実権を握ったのは仲間のナルゼンでもある悪しき魔術師ヴォルザンだった。アゼリア要塞がヴォルザン要塞と呼ばれるようになったとき、ナルゼンたちは無法な海賊行為を犯し始めた。

 そんなヴォルザンをいつか何とかしようと、少年時代のナッシュガルとウル・ガルは考えていた。そして歩けるようになったフェル・ラトワ・トーラを連れて二人は、ヴォルザン要塞を抜け出し、惑星ガタンバへ渡航した。

 惑星ガタンバはゼノン帝国とナンヴァル連邦の中間にある惑星で、どちらの勢力も拮抗しつつ、交易で成り立っていた。

 ウル・ガルはアゼル・ルマリアから少々魔法を学んでいたので、惑星ガタンバでゼノンの魔術師に付いて魔術を学んだ。フェル・ラトワ・トーラはナンヴァル人の魔法使いに魔法を学んだ。そして、ナッシュガルは傭兵としての腕を磨いたのである。

 彼ら三人が念願のアゼリア要塞の奪還をしたのは、それから五十年後である。だが、アゼリア要塞はすでに海賊ヴォルザン要塞として海賊仲間では有名になっていた。いったん海賊として認定されてしまうと、なかなか正常な社会に受け入れられることは困難だった。

 ナッシュガルがヴォルザン要塞を攻略してヴォルザンとその仲間を追い出した後、ウル・ナッシュガルの要塞と言う名で、未だ海賊として認定されたままだった。もちろん、ウル・ナッシュガルの要塞となってから、海賊働きはほとんどしていない。だが、やむを得ない場合もあった。要塞が自給自足できるようになっていたのは食糧だけで、要塞を修復する鉱石などはやはりどこからか持ってくるしかなかったのだ。そのため、ウル・ナッシュガルは海賊を襲う海賊として海賊仲間では名を馳せたのだった。

 だが、ジル星団で一般にウル・ナッシュガルはただの海賊として知られており、海賊を襲う海賊だとは未だ知られていなかった。ナッシュガルは海賊の要塞ヴォルザンを乗っ取った海賊として名を挙げたのである。

 もちろん、ウル・ナッシュガルの要塞にはヴォルザン時代の海賊の手下も残っていた。彼らがウル・ナッシュガルの名を使い、交易船を襲うこともあった。そのため、なかなか海賊としての認定は取り消されることはできなかった。

 ヘイダール要塞の一角に立てこもったこの連中も、時折、ウル・ナッシュガルの要塞を出て辺境の交易船を襲撃したことがあるのだった。

「ふん、今回のあの小僧どものやり方はどうも気に食わん」

「小僧?あの連中は海賊の風上にもおけぬやつらだ」

「だが、アゼル・ルマリアだったら、どうしただろう?」

「ふん、あの親父は死んだんだ。死んだ者に何ができる。俺たちは海賊をやって生きていくしかないんだ」

「だが、親父がいれば、俺たちは海賊家業なんぞをする必要はなかったんだ…」

「親父は人間族だった。俺たちのような竜族とはもともと違うのさ」

「ただ、寿命が短かっただけだ。親父の魔力にかなう竜族はいなかったではないか」

「そうだ、親父さえ生きていれば、俺たちは海賊になんぞなりはしなかった」

「そうか?ヴォルザンとは散々仲良くやっていたではないか?」

「では、どうしればよかったのだ?奴のやり口を拒絶して、殺されればよかったというのか?」

「あのナッシュガルは違った。前も今も、海賊であることを拒んでいるではないか」

「だが、それを誰が認めている?俺たちがいくら認めても、ジル星団では未だ海賊でしかない」


「ほう、そうなのか?」

と、突然誰か見知らぬ者が現れて言った。

 ウル・ナッシュガルの仲間は、驚いて声の主を見た。今まで、自分たちの他、誰もいなかったはずだ。

「本当にお前たちは海賊ではないのか?」

と、その女性は言った。

 よく見ると、見知らぬ女だった。着ているものは、古い鎧のような銀色の装束だった。惑星を渡り歩く傭兵の衣装に似ている。だが、女はなかなかの美貌だった。

「お前は誰だ?」

「私か?私は二番目だ。リドスの二番目と呼ばれている」

「リドスの二番目?」

 聞いたこともない名だった。第一、そんな番号のような名前を持つ者がいるのだろうか?

「聞いたこともない。で、お前は何者だ?」

「そんなことよりも、お前たちはあのアゼル・ルマリアの眷属なのか?」

と、女は聞いた。

「眷属だと?俺たちは昔、アゼル・ルマリアの親父に育てられたのは確かだ。だが、親父はとっくの昔に死んだ」

「なるほど、アゼル・ルマリアの遺児たちか…。だが、あの世でアゼル・ルマリアは嘆いているのではないか?少なくとも、アゼル・ルマリアは海賊などしてはいなかった」

と、二番目という女は言った。

「そうだ。だが、俺たちは魔法使いではない」

「だが、竜族だと言っていたぞ」

「そうだ。竜族だ。だが、それが何だ?俺たちは、ゼノン人でもナンヴァル人でもない。どちらからも追い立てられる。どこで生きて行けばいいというのだ?」

「竜族というのは、お前たちの最後の誇りでもあるのだろう?それが海賊とは、情けないではないか」

「お前は何だ。人間族か?」

「そうだ。私は形で言えば、人間だ。だが、海賊ではないぞ」

「ほう、人間がこんなところへやって来て無事で済むと思うのか?」

「思うとも!」

と、平然と女は言った。少しも恐れるところはない。

「何だと!」

「それよりも、どうするのだ?こんなところに立てこもっても、長くは持つまい」

 そこで自分たちの立場を再発見した海賊は、

「それなら、お前を人質にして、逃げればいいだろうさ」

と目を光らせて言った。海賊だと認識されていれば、殺されても文句は言えないのはどこの国でも同じだった。

「私を人質に?面白いことを言う」

「怖くはないのか?」

「なぜ、恐れねばならぬ。お前たちなど、私の敵ではないからな」

 挑戦的な態度を取る女はにこやかに言った。

 海賊達はこんな女の一人や二人、どうにでもできるという自信があった。

 俗に竜族という種族は、――主にゼノン人とナンヴァル人だが――人間族よりも体格が一回り程大きく、体力的にも二倍程の力があると言われている。もちろん、寿命も倍以上に長い。病気にもかかりにくい。また、視力や聴力も人間族よりも強いと言われていた。

 アゼル・ルマリアの遺児たちはそのほとんどがゼノン人とナンヴァル人の混血『ナルゼン』であるため、こうした竜族の特徴を皆兼ね備えていた。

 彼らに足りなかったのは、自分たちが自力で暮らしていくという経済力と意志だった。つまりリーダーがいなかったのである。正しい方向へ彼らを率いていく、リーダーがいなかったということは大きな損失だった。

 アゼル・ルマリアが亡くなった当時年長者として皆をまとめていたものは、意志が弱く、海賊への誘惑に負けたのだった。体格や体力において強靭な彼らではあるが、残念ながら意志の強さにおいては何ら人間族と変わらなかったと言える。

 最初に動いたのは海賊だった。女を捕まえて人質にして、船を要求し、その船での逃亡を考えたのだ。

 だが、その動きよりも女の動きは速かった。

 一瞬で勝負は決まっていた。人間の動きとは到底思えなかった。それはどちらかというと、機械的な動きのように思えた。

 海賊達は気が付くと女の足の下に這いつくばっている自分を発見したのだ。

「こ、これは、どうしたことだ?」

 海賊の持っていた武器は、遠くへ蹴飛ばされ、女の足で身動きできなかった。

「ばかな、こんなことがあり得るとは…」

と、女の足の下で苦しい言い訳をした。

 妙なことに身動きできなかったのだ。女の足は恐ろしいほど重く、強かった。人間の脚とは到底思えなかった。

「どうかな、気分は?」


134.

 ヘイダール要塞に散らばっていたウル・ナッシュガルの海賊たちは、要塞の兵士とリドス連邦王国の協力によって、速やかに排除されつつあった。

 この要塞の中には農業施設や商業施設の他に公園などの公共施設も造られていた。そのもっとも大きな公園のひとつにリドス連邦王国の第三王女が現れた。あたりに人気はなく、特に目立つ格好はしていなかったので、誰も気が付かなかった。もちろん、要塞の探知装置が沈黙していたのは言うまでもない。

 三番目――または三の姫はあたりを見回すと、目を閉じてしばらく立っていた。

 公園には海賊騒ぎがあったので人気はなかったが、まだ昼間の明るさを保っていた。帝国時代から植えられていた植物は繁茂し、鳥などの小動物や昆虫などがいない分、妙な静けさがあった。

「静かだな…」

 三の姫は気持ちよさそうに首を振ると、ゆっくりと公園の中に歩を進めた。人工の風が時折吹きすぎるのがちょうど心地よい強さなのだ。

 公園の中央には池もあった。池は、要塞の人工の空を映して青かった。池に鳥はいなかったが、池の中には魚の形をしたロボットが泳いでいた。

「ん?」

と、三の姫は目を細くした。公園の林の中に人影を見たのだ。

 その人影は他に人がいることに気づいたのか、木の幹の後ろに隠れたようだった。

 次の瞬間、三の姫は人影の後ろにこつ然と現れた。そして、自分に気が付くまで相手をじっと見つめていた。

「誰だ!」

 人の気配に驚いて振り返った男は、そこに今まで離れたところにいた女がいることに気づき驚いていた。

「お、お前は何者だ?」

「私か?私は三番目とか三の姫とか呼ばれている者だ」

と、三の姫はのんびりとした口調で言った。

「お前は魔法使いか?それとも能力者か?」

と、男は矢継ぎ早に聞いて来た。

「そうだな、どちらかというと、後者の方だな」

と、少し考えて三の姫は言った。

「すると、タレス人か?ここにはタレス人が亡命していると聞いた…」

「いや、違う。私はタレス人ではない。で、お前は何者だ?」

 すると、手にした熱線銃を三の姫に向けて、

「俺は、ウル・ナッシュガルの仲間だ」

と、男は言った。

「そうか、では海賊だな。海賊なら、何をしてもどこからも文句はくるまい」

と、三の姫は不気味な笑みを浮かべた。

「お、お前はこれが見えないのか?」

と、海賊は武器を振り上げて威嚇した。

「見えるとも。それがどうしたのだ?」

「この辺りには誰もいないだろう。だからお前を助けに来るものはいない」

「そうだな。まさに好都合だ」

「そうだ。だから、俺の言うことを聞け!」

「なるほど。何か言いたいことがあるというのだな。わかった。聞いてやろう。言ってみるがいい」

 海賊は、何かおかしいと思った。会話がどこか噛み合っていない気がするのだ。だが、それも相手が恐怖して考えることが出来ない所為なのかもしれないと思った。

「いいか、ゆっくりとこっちへ来い!」

と、海賊は命じた。

「こっち?そちらには行く気はないのだが…」

「いいから、来い!でなければ、これでお前を撃つ!」

と言って海賊は脅迫した。これだけ言えば、分かるだろうと考えたのだ。

「そうか。撃ちたいのか。それならば、撃ってもよいぞ」

と、三の姫は言った。

「何?」

「そうだな。何か理由が必要だ。何もされないのに、こちらがやっては後で批難されるかもしれないからな」

 少しは考えなければと三の姫は珍しく思った。

「何を言っている。俺が撃つよりも速く移動できるというのか?」

 この女は、先ほどの瞬間移動の能力を発揮するつもりなんだと海賊は考えた。だが、この距離では撃つ方が速いはずだ。

「別に、移動するわけではない」

 熱線銃を構えてすぐ撃てるようにすると、

「やってみろ!そんなことをすれば、どうなるかわからせてやる」

と、海賊は脅した。

 女はその言葉に沈黙した。男はそれを降伏するものと誤解した。

「ならば、ゆっくりとこちらへ来い。ゆっくりとだ」

と、海賊は言った。

 だが、女は動かなかった。

「何をしている。早くしろ!」

と、海賊はイライラして言った。

 だが、女は動かなかった。

 海賊は、相手の沈黙を勘違いしていたことに気づいた。降伏するつもりはないのだ。もしかしたら、自分を舐めているのではないのか?と、逆切れするのにそれほど時間はかからなかった。熱線銃を持つ手に力が入った。

 だが、銃は発射されなかった。

 ただ、少し離れた池の中に、いるはずのない鳥の姿があった。全体としては白だったが、その羽の中には緑色の羽が混ざっていた。

「やっぱり、池には鳥がいなくちゃね」

と言って、三の姫は落ちている熱線銃を拾った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ