ダルシア帝国の継承者
110.
タリアはヘイダール要塞の司令室にタレス連邦から亡命者を連れてきたグローク・アンバを案内した。だがその時肝心の司令官のヤム・ディポックは、自室に戻ってしまったので会うことはできなかった。
「また、明日にでもまた来てください。あなた方の宿舎は用意してありますから」
と、リーリアン・ブレイス少佐が言った。
「どうもお世話になります」
と言うと、グローク・アンバは要塞の士官に案内されていった。
タリアはブレイス少佐に気になっていることを聞いてみたくてそこに残った。
「あの、ちょっと前に、警報が鳴らなかったですか?」
「それなら、鳴ったわ。いやな音だったでしょう。でもパニックにならなくてよかったわ」
「本当に鳴ったということですよね」
と、タリアは念を押した。
「もちろんよ。どうかしたの?」
「何だか、聞こえている人と、聞こえない人がいるみたいだったので…」
「そんなことはないでしょう?警報って、誰にでも聞こえなくては可笑しいわ」
「でも、駐機場にいた私や、要塞の兵士には聞こえていたけれど、タレスから来た、今のグローク・アンバやイオ・アクナスは聞こえなかったと思うんです」
そう思うのは、警報がタリアに聞こえた時、彼らは別に変わった振る舞いをしなかったからである。警報音が聞こえたら、例えばそわそわするとか不安そうにするとか等、普通とは違う態度を示すはずである。それがなかったのだ。
「本当に?でも、そんなことありえるかしら…」
と、ブレイス少佐は言った。
「あの、どんなことがあって警報がなったか聞いてもいいですか?」
「そうね…」
と、ブレイス少佐は参謀のグリンの方をちらりと見た。そして、
「暗黒星雲の種族がこの要塞にやってきたの。結構たくさんの数だったということだわ。それで警報が鳴ったのよ」
と、言った。
「暗黒星雲の種族ですって?じゃ、あのリード・マンドとかいうやつも来たんですか?」
「いえ、それはわからないわ。ただ、たくさん来たということはバルザス提督が言っていたから…」
「それで、どうしたんですか?」
「一応、要塞に来た連中は捕まえたと言っていたわ。もちろん、バルザス提督がね」
その時、タリアは司令室の中が前と違っていることに気づいた。
「あの、この司令室、もしかして変わっていませんか?」
「そうなの。これが、本来のヘイダール要塞の司令室だと言っていたわ」
「バルザス提督がですか?」
「それから、アリュセア、いえライアガルプスの方かしら。彼女もね」
その時、タリアは強烈な既視感に捕えられた。この要塞司令室を昔見たことがあるのだ。
「この要塞はいつ建設されたのでしたっけ?」
「百年前よ」
「そうだわ。確かに、私ここに来たことがある。この要塞が完成したときに、見に来たんだわ」
「百年前に?でもあなたはまだ、生まれていないでしょう?」
いくら異星人だと言っても、タリアは人間型種族だった。タレス人はロル星団の人間型種族に酷似しており、寿命や年齢においても大差はないはずだった。おそらく年も自分とあまり離れていないのではないかと、ブレイス少佐は思っていたのだ。
「だから、そう、まだ生まれていなかったから私はここへ自由に来られたのよ」
タリアはキョロキョロとあたりを見回した。懐かしい、とても懐かしい感じがした。ここには誰かと一緒に来たのだ。確か、あれはダルシアのコア大使だった。完成した要塞を見せてくれたのだ。その時、コアはタリアを『アプシンクス』と呼んでいた。
「私をここへ連れて来てくれたのはコア大使だった。私は彼に『アプシンクス』と呼ばれていたの」
と、タリアは遠くを見るような目で言った。
「すると、その後であなたはタレス連邦に生まれたということですか?」
と、グリンが聞いた。
「ええ、そうよ」
グリンは疑い深かった。だが、タリアは嘘をついているようには思えなかった。今の話が事実かどうかは証拠もないのでわかりようがない。
以前の司令室とは違って、奥行きがずっと深くなっていた。そしてそこには今までになかったたくさんのコントロール装置が置かれている。
カール・ルッツがそこで、忙しそうに動いていた。彼、つまり彼女はあの時からずっとここにいて、装置をいじっていた。
「おや、変ね。まだ一人暗黒星雲の種族が来たようだわ」
と、カールが言った。
「警報が鳴らなかったが…」
と、グリンが言った。
「たぶん、一人くらいでは鳴らないのでしょう。さっきは大勢来たから鳴ったのよ。でも、何をしに来たのかしら?」
「どこにいるかわかります?」
と、ブレイス少佐が聞いた。
「そうね、ええと、そこに大スクリーンに映すわ」
スクリーンに光点が二つ明滅していた。一つはジャナ少佐の場所に、もう一つは……。
「これは、要塞司令官の宿舎ではなくて?」
と、タリアが言った。
「何ですって!」
ブレイス少佐とグリンが顔を見合わせた。
「でも、一つだけだから、大丈夫かも。一応、バルザス提督には知らせましょう」
と、カールが言った。
カールはリドスで使われている携帯用の小型通信機を胸のポケットから取った。彼女は魔法使いではないのだ。
すると、司令室の空いた空間にバルザス提督が現れた。こちらは魔法を使ってやってきたのだ。
スクリーンに映っている光点を見ると、
「もう一人、来たそうだね」
と、バルザスは言った。
「ディポック司令官の部屋にいるそうです」
と、ブレイス少佐が言った。
「まあ、大丈夫だとは思うけれど、本人は部屋にいるんだったね」
「はい。部屋で休むと言って、帰られました」
「ちょっと行ってくる」
と言うと、バルザスの姿は消えた。
「大丈夫よきっと…」
と、タリアは心配そうなブレイス少佐を励ますように言った。
バルザス提督は部屋の外ではなく、いきなり部屋の中へと入った。暗黒星雲の種族が一人いると聞いては、ノックをして入るなどという悠長なことはやっていられない。
部屋の中は小ざっぱりと片付けられていた。宿舎の中の見取り図は大体頭の中に入っているので、このあたりがディポック氏の居間だろうかと、あたりを付けて入ったのだ。
暗黒星雲の種族がいる正確な場所を求めて、バルザスは空中にレーダーに使う魔法陣を書いた。魔法陣に出した光点の場所を見て、
「なるほど、寝室か…」
と言って、すぐに移動をした。
薄暗い寝室の中に、キラキラと光る霧のようなものがあった。
「何をしている?」
と、できるだけ声を潜めてバルザスは言った。
寝台に横たわっているディポックは、単に寝ているのかそれとも、かの種族にやられたのかは判然としない。だが、息はしているようだった。
「いったい、こいつは何者なのか?」
と、声がした。
その問いには答えずに、
「おまえは、リード・マンドか?」
と、バルザスは聞いた。
「いつぞや、お前が付けた名か?」
「で、何をしに来たのだ?仲間を助けにやってきたのか?」
「仲間を助けに?あの連中が助けを必要とするとは思えないな。自分たちで何とかするだろうよ」
「ほう、仲間にずいぶん冷たいのだな」
「何を言っている。例え、どんなことがあろうとも、我らが死ぬなどということはない。だから慌てる必要などはない」
「だが、あのままでいいというのか?窮状を気づいた上で放っておかれたと知ったら、連中とてそういい顔はしないだろう」
と、バルザスは忠告した。
「もともと、顔などはない。そのようなことであれこれ言うまいよ」
罠にはまったのは自分たちの落ち度なのだ。そんなことで罪に問われるなどという劣等種族並のやり方などはするわけはないと彼は考えていた。
「そうかもしれない。だが、私が知っている暗黒星雲の種族というのは、案外感情的で愚かなところもある。どこにでもいる知的種族と変わりはないと思うが…」
「ふん、そんなことはお前に分かるわけはない」
「それで、何をしているのだ、ここで?」
と、バルザスは最初の質問に戻った。
「こやつに興味が湧いた。お前は何者か知っているのか?」
「ヤム・ディポックという人物とは、この要塞にやって来て初めて会った。名前は依然から何度も耳にしたことがある。ロル星団では有名な新世紀共和国の常勝の提督だ」
「とても、そうは見えないな」
それは正直な感想だった。
「では、どう見えるというのだ?」
「どちらかというと、軍人というよりは学者のような感じがするが、よくわからんな」
「なら、それでいいだろう。私がどう思っていようと、関係あるまい」
「だが、興味がある。お前がやつに妙な力を使わせていたのは知っている。その力がどこから来るのかはわからんが、そうだ、前に何度か似たような感じをした人間を見たことがある。だが、あれは女だった」
「ディポックに似た女か?本人が聞いたらどう思うだろうな」
「何か知っているだろう。お前が知らないはずがない」
と、彼は詰め寄った。
「少なくとも、お前は以前に会ったことがあるだろう。その可能性は否定しない」
「前に?つまりヤム・ディポックとして生まれる前のことか?」
「そうだ」
「やはり、知っているのではないか?」
「正確なことはわからない。だが、推測はできる。何しろ、自分のことは思い出せても、他人の前世についてはわからないものでね」
と、バルザスは言った。
「だが、こやつは自分の前世など信じていない」
「信じる、信じないとは関係ない。第一、新世紀共和国ではそのようなことを学ばないだろうよ。まして士官学校でそんなことを教わるわけはない」
「ふん、銀河帝国でも同じだろう」
「だが、神仏の信仰については銀河帝国の方がまだ確かだ」
「今のお前は銀の月として完全に目覚めているのか?」
彼がガンダルフの五大魔法使いと遭い見えるのは、初めてではない。この銀河にやってきて初めてあったのは、一万年前になる。それ以来、幾度も遭っている。従ってガンダルフの五大魔法使いのことについては、他の連中よりは詳しいと思っていた。
「さあ、それはどうかな?」
「珍しいな。他の連中はどうなんだ?」
「そのようなことはどうでもいい。ヤム・ディポックには手出しをしないことだ」
「こいつはお前の守護を必要としているということか?」
「いや、私はお前のためを思って警告しているのだ」
寝台に横たわっているヤム・ディポックは無防備で、特別な力など持っているようには見えない。
「ではあと一つだけ聞いておこう。数千年ぶりにガンダルフの五大魔法使いが蘇ったのは、どんな理由があるのだ?」
「まだ五人揃ったわけではない」
「いや、やがて集まってくるだろう、このヘイダール要塞に。私にはわかる。どうも、ここは妙に匂うな」
と言うと、キラキラと光る霧は、ゆっくりと消えていった。
消えても、しばらくの間バルザスは神経を研ぎ澄ませて周囲を警戒した。また他の暗黒星雲の種族が現れたら困ると考えたのだ。
111.
バルザス提督が魔法で去ると、ディポックは間もなくもぞもぞと体を動かし始めた。そして、部屋の明かりをつけると、
「誰もいないじゃないか」
と、文句を言った。
先ほど、この部屋には暗黒星雲の種族とバルザス提督がいた。傍からはディポックは眠っていたように思えるのだが、不思議なことに寝台に横になっている自分自身を見ながら空中から全体を眺めていたのだ。二人に質問がしたかったのだが、体が動かなかったし、声もでなかった。それに、二人はディポックのことにまるで気づいてはいなかった。あれは、現実だったのだろうか?それともただの夢だったのか?
ただ、何か大事なことを話しているような気がした。それはディポックにも、このヘイダール要塞にも関わりのある秘密めいたものだった。ただ、ガンダルフの五大魔法使いという話が出たことには驚いた。
それに、生まれる前の話だ。そんなこと考えたこともない。第一、そんなことがあるのだろうか、という疑問がある。しかし、あのバルザス提督はあるのが当然のように話していた。
新しい司令室が出現したとき、バルザスがこの要塞を建設したのはそもそもディポックが建設を要請したのだという驚天動地の話を持ち出したのだ。あれは、今のディポック本人というよりも、彼の前世で、そうしたことがあったということなのか?そうとしか思えない。
一人寝台の上でディポックはため息をついて、頭を掻いた。
新世紀共和国と銀河帝国の戦争が、銀河帝国の勝利をもって終わった時、これで軍人としての仕事も終わりだと思った。これで自分のやりたいことができると、心の中では喜んでいたのだ。
銀河帝国の新しい若き皇帝は新世紀共和国を新領土としたが、住民を虐げるようなことはしないと信じていた。もちろん、すべて帝国と同じようにはいかない。新世紀共和国はすでに二百年の月日を経て、住民はそこで帝国とは別の習慣、伝統を作っていたからだ。だが、旧帝国時代とは違って、若い皇帝は新世紀共和国のすべてを全否定するようなことはないと信じていた。
最初は、ヤム・ディポックも普通人として生活できると考えていた。だが、銀河帝国の事情よりも新世紀共和国の新しい政治勢力によって、ディポックは軍人として優秀であったために、敬遠されることになった。ディポックには政治的な野心はなかったが、それを信じる政治家は少なかった。若くして元新世紀共和国軍の元帥にまで上ったディポックには多くの軍人たちの支持があった。それが一つの勢力となることを恐れられたのである。
かくて、ヤム・ディポックはかつての新世紀共和国を出て、こんな銀河の辺境にある要塞に籠る羽目になったのだ。
「好きでこんなところにいるわけじゃない…」
と言うことが、ディポックの口癖になっていた。
自分を助け、一緒に新世紀共和国を出た者たちを見捨てるわけにもいかず、小競り合いの末に、かつて一度占領したことのあるこのヘイダール要塞にやってきたのだ。
こんなところを占拠するなど海賊と思われはしないかと恐れつつ、他に居場所を見つけることはできなかった。
それが今度はこの要塞自体がディポックの発案によって作られたという信じがたいことを、あのバルザス提督が言うのだった。
いったい、ここで、この銀河で何が起きているのか。現在だけでなく、過去においても何があったのか。ロル星団での歴史以外に、どんなことがあるのか?それがこれからの未来にどんな影響を与えているのか。
やっとあの戦争が終わったというのに、何かが始まりそうな気がした。
司令室に戻ったバルザス提督は、
「カール、どうだい?あの光はいなくなったかな?」
と、カール・ルッツに聞いた。
「いなくなったわ」
「そうか、ならこれでいい」
と、バルザスは言った。
ブレイス少佐は、
「あのディポック司令官は大丈夫でしたか?」
と、気になって尋ねた。
「大丈夫。気が付かないで寝ていたみたいだ。いや、もしかしたら狸寝入りでもしていたかな?」
と、バルザスは言った。
ブレイス少佐がさらに詳しく聞こうとすると、
「ちょっと待って、要塞の中ではなくて、今度は外の様子が変だわ」
と、カールが言った。
「外?何が起きたんだ?」
カールは装置上で指を目も留まらない速さで動かしていた。こうした装置の扱いは慣れていた。遠く離れた銀河で生まれ育ったカールにも簡単に操作できる、この要塞の機器や装置類を作った存在が何者であるかを、暗示しているようだった。
「何かしら、でも今スクリーンに出します。ほら、この印はもしかして、ゲートを表すのかしら?つまり、すべてのゲートではないけれど、開いているゲートがあるということかしら…」
スクリーンに映し出されたのは、要塞の周囲のゲートの状況だった。
グリンはこの新しい司令室に興味を覚えた。この司令室だけではなくて、要塞の周囲には自分たちの知らない探知装置があると思われた。そうでなければ、スクリーンにこれほどの範囲を写すことはできないからだ。戦争中に一時占拠したとき、要塞の周囲の防御のために本国に探知装置の増設を要請したのだが、それが果たされたことはなかった。
ゲート自体は要塞の周囲に無数と言っていいほどあるようだった。緑色と赤色の光点がゲートの位置を表しているのだ。多くは緑色だが、その中で数としては数百個になるが、赤色で点滅している光点がある。それが、ゲートが開いている場所らしい。
「ゲートが全部開けば、さっきみたいに警報が鳴ったんでしょうけれど、全部ではなくて一部だけだから、鳴らなかったようだわ」
その赤色で点滅するゲートの場所をじっと見つめて、バルザスはあることに気が付いた。
「しまった、これか!」
と、バルザスは言った。
リード・マンドが何もせずに去るわけがないと、バルザスは思っていた。だが、何をしたのかわからなかったのだ。
「何が起きたんですか?」
と、ブレイス少佐が聞いた。バルザスの豹変に驚いたのだ。
「やつだ、あの暗黒星雲の種族の一人、リード・マンドがゲートを開いて行ったんだ」
「でも、ゲートを開いたことぐらい、たいしたことではないでしょう?」
と、カールが言った。
「このゲートが問題だ。このゲートは多分、よその銀河と繋がっているゲートだと思う」
「でも、こんなにあるのよ」
「ここは、そういう場所なんだ。この宇宙にどのくらい銀河があると思う、もちろんその全部と繋がっているわけじゃない。だが、かなりの数の銀河と繋がっているんだ」
「でも、ゲートが開いているだけだから…」
ゲートが開いていても、それを利用できる種族がいなければ何も心配することはない。だが、すでに利用できる科学技術を持ち、しかも支配欲旺盛の種族がゲートの向こうにいるとしたら。
「大昔、このゲートを通ってこの銀河を侵略しに来た種族があった。ダルシア帝国の全盛の時代だった…。その時には、ダルシア帝国が滅びる寸前まで行ったことがある」
と、バルザスは言った。
「大昔のことでしょう?」
と、カールが言った。
「その連中が、もっと高度な科学技術を発達させて侵略しにやってきたらどうする?」
「でも、大昔でしょう?」
と、ブレイス少佐が言った。大昔のことなら、今は滅びてしまっている可能性もある。
「そう、億年の昔と言われている。だが、それだけあれば、他の銀河でもよその銀河を侵略する力を持った連中が育ってもおかしくないだろう」
「確かにそれは十分考えられることね。でも、開いたゲートを閉じる方法はないの?」
と、それまで黙って聞いていたタリアが言った。
「方法はあるが、かなり難しい。厄介だし、時間がかかる。だが、一つ一つ閉じるしかない。」
問題はゲートを開くのに、この要塞に設置された装置を使っていないということだ。それは、ゲートを管理するシステムから外れた方法をとって開いたことになる。その方法をシステムに組み込めればすぐにでも閉じられるが、そうでない場合は、一つ一つ丹念に閉じなければならない。
「あら?待って、このゲートもしかして、この要塞の周囲だけではなくて、他にもあるのかしら。一つだけかなり離れたところに赤い点滅がある」
「何だって!」
カールはスクリーンに別の赤い点滅を映じた。その場所はヘイダール要塞からかなり離れた、元新世紀共和国の支配領域である。
「これだけ、別にあるのね」
と、カールは言った。
グリンは驚いていた。この要塞の探知装置はロル星団の中まで存在しているのだろうか?ブレイス少佐もそれに気づいてグリンの方を見た。
「こんなところにもあったとは?」
と、バルザスは嘆息した。
バルザスも初めて見る場所だった。ヘイダール要塞の周囲にあるゲートは昔から知っていたが、ロル星団のこんな場所にあるとは知らなかった。もしかしたら、昔ではなくて最近作られたものかもしれない、と思った。
「見て、このあたり、なんだか妙な動きがあるわ」
「帝国の艦隊が来ているのか?」
と、グリンが言った。
「どこのかわからないけれど、艦隊がいるわ。今映してみましょう」
「写せるのか?」
グリンの記憶によると、その宙域はロル星団の端、元新世紀共和国でもかなり中央から離れた恒星系だった。そんなところにある宙域もこの要塞のスクリーンに写しだすことができるとは、彼の知っている科学技術では思いも及ばない。
スクリーンに映じたのは、新世紀共和国のものでも銀河帝国のものでもない宇宙艦隊だった。それにバルザスの見るところ、ジル星団のどの国のものでもない。
「これは、どこの艦隊なの?」
と、ブレイス少佐が言った。
青い流線型の艦隊は、その船体に妙な図柄が描かれていた。紋章だとしても見たことのないものだ。ただ、その艦艇の数は尋常でなはなく、かつて新世紀共和国だった一惑星全体を隙間なく覆っていた。
「銀河帝国の艦隊ではないのかしら?ここは銀河帝国に占領された領域なのでしょう?」
と、タリアが言った。
「違うわ。見たこともない艦隊よ」
「おそらく、あのゲートから来たんだろう」
「それじゃ、よその銀河から来た艦隊ということ?」
「何とかしないと……」
と、タリアはあの惑星の住民を心配して言った。
「今からでは、何もできない。それに、あそこは公式にはすでに銀河帝国の領土になっているはずだ」
新世紀共和国と銀河帝国の戦争が、銀河帝国の勝利で終わった後、新世紀共和国の艦隊がかなり縮小されたことは当然だった。帝国としてはかつての敵方に強力な艦隊など持たせるはずがない。せいぜい星間パトロールをするくらいの戦力しか認めなかっただろう。それが仇となったのだ。
「それなら、銀河帝国に知らせたらどうかしら?」
おそらくこの状況は、銀河帝国にも、それどころか新領土の行政府にもまだ伝わっていないだろう。伝わっていれば、何か動きがあるはずだった。
「銀河帝国の仇敵だったディポック司令官のいるヘイダール要塞から、銀河帝国の領土がどこの誰ともわからない侵略者に襲撃されているって知らせるのか?」
と、いつの間にか来ていたダズ・アルグが言った。
「そうね、信じてもらうのは難しいでしょうね」
と、タリアは同意した。
「でも、このままでは…」
「そう、何もしないでいたら、あの惑星の連中がどうなるかわからない」
と、ダズ・アルグが言った。下手をすると全滅ということもあるかもしれない。
「ともかく、こちらで何とか調査してみよう。カール。ここの装置でどれくらい調査できるだろうか?」
と、バルザスは聞いた。
「まだここの装置に不慣れだから、やってみないとどこまでできるかわからないわ」
「いずれにしろ、まず、ディポック司令官を呼んで、話をしてみなければ…」
と、思い出したようにバルザスは言った。
112.
とっくに目が覚めて眠れなくなっていたディポックは司令室からの呼びだしに、急いでやってきた。
「いったい、何が起きたんです?」
と、司令室にいた者たちに言った。
そこにはバルザス提督やカール・ルッツとナル・クルム少佐にタリア・トンブン、そしてグリンやブレイス少佐の他、ダズ・アルグ提督も来ていたし、ノルド・ギャビもフェリスグレイブも来ていた。要塞の主だった者たちが来ていたのだ。
アリュセアは夜中だったし、警報も鳴ったわけではないので、今回は来なかった。
「状況は、カールから話してもらいます」
と、まずバルザスが促した。
「今現在、元新世紀共和国の領土であり、今は銀河帝国の新領土となった恒星ダロスの第三惑星カルガリウムを所属不明の艦隊が包囲しています」
「何だって?」
ディポックには思いがけない事態だった。何が起きているのか想像もできない。
「スクリーンに出すことができます」
と言って、カールはスクリーンに写しだした。
「これは?どこの艦隊だ?」
ディポックにもカルガリウムを包囲した艦隊は見たことのないものだった。
「一体どうしてこんなことに…」
「実は、あのあたりに一つなのですが、ジャンプ・ゲートがあるとわかりました。ただ、そのゲートはこの銀河内で使うのではなくて、他の銀河へのゲートなのです」
と、バルザスが言った。
「他の銀河へのゲートということは、あの艦隊は別の銀河から来たというのかい?」
「おそらく、そうだと思います」
「つまり、それはどこから来たものかもわからない。連中が何をしに来たのかもわからないということか?」
と、ディポックは言った。
「しかし、惑星カルガリウムを包囲していることを見れば、連中の目的はあの惑星の攻略ではないでしょうか?」
と、グリンは言った。
「何のために?」
「さあ、考えられることは、故郷の惑星が滅亡して住む場所を探しているとか、でなければ、自分たちの支配領域を広げるためにやって来たとか……」
と、ダズ・アルグが言った。
「まだ、あの連中がどこのだれともわからないんだね」
「もちろんです。ただ、このふたご銀河のものでないことは確かです。あの形状を持つ艦はジル星団にはありません。ましてロル星団にもないはずです」
そのとき、スクリーンの艦隊の一部から惑星カルガリウムに向かって主砲が発射されるのが見えた。
「何てこと!」
と、ブレイス少佐が言った。
惑星カルガリウムの地上が主砲の攻撃を受けて都市の一部と見えるものが焼け落ちるのが見えた。
「見ていることしかできないのか?」
と、ノルド・ギャビが言った。
「ここから、あの恒星ダロスまでどのくらいあると思う?」
と、フェリスグレイブが言った。
「確かに我々の艦隊ではあそこまで何週間もかかる。だが、ジャンプ・ゲートとかいうのを使えばどうなんだ?」
と、ダズ・アルグが言った。彼は、ジル星団の人々から、ジャンプ・ゲートについて色々話を聞いていたのだ。
「ジャンプ・ゲートを使えば、ホンの数秒で行けるだろう。だが、ここの艦隊ではジャンプ・ゲートを使う装置が積まれていない」
と、バルザスは言った。
「それなら、リドス連邦王国の艦隊はどうなんだ?」
と、ナル・クルム少佐が言った。彼にとってもこれは憂慮すべき事態だった。
「何か忘れていないか?恒星ダロスは銀河帝国の領土だ。リドスの艦隊が銀河帝国の領土に入り込んで侵略するつもりかと思われるのがおちだ」
と、ダズ・アルグが言った。
「今から新領土の行政府に知らせても遅すぎる。元新世紀共和国の首都星カソールまではせいぜい一週間だ。艦隊を整えて出るまで二三日はかかる。とても間に合わない」
と、ディポックは冷静に計算して言った。
「じゃ、どうすればいいの?このまま見殺しにするの?」
と、タリアは言った。
艦隊は動かせない、救援は呼べない、これではまさしく見殺しにするしかないと思われた。
「見て!」
と、カールが言った。
地上から宇宙船用のシャトルが、所属不明の艦隊に向かって移動しているのが見えた。
「カール、向こうの探知装置をもっとあのシャトルの近くに移動できないか?」
「え?どうやるの?探知装置を動かすなんてわからないわ」
バルザスは自ら装置の前に行くと、指を動かした。
すると、みるみるシャトルがスクリーンに拡大した。そして、次の瞬間シャトルの中が映し出された。
「こ、これは、どうやって?」
要塞の人々はただ驚くばかりだった。
シャトルの中は狭かった。五六人くらいの座席があって、そこに三人が座っていた。
「大統領、これでいいのですか?」
と、補佐官らしき人物が言った。
「もう仕方がない。我々には対抗する手段は何もないのだ。やつらの要求を呑む以外に我々が生き延びる余地はない。新世紀共和国はなくなってしまった。銀河帝国は我々のことなど気に掛けはしない」
「ですが、このことに銀河帝国が気づいたら…」
「我々には抵抗するすべはないのだぞ。銀河帝国が我々に何をしてくれるというのだ?もしこのことに気付いたとしてもあのどこの者とも知れぬ連中と戦う羽目に陥るだけのことだ。だが、それも気づいたらのことだ。帝国の連中は気づきもしていないだろうよ」
「それに、気づいたとしてもこの連中に銀河帝国の艦隊が勝てるかどうかもわかりません」
と、もう一人の軍服を着た人物が言った。
要塞では、このシャトルの様子をスクリーンで見ていた。
「連中はもしかして降伏しにいくのか?」
と、ナル・クルムは悲痛な声で言った。
遠く離れた惑星の、しかも小さなシャトルの中まで見られるとはという驚きを超えて、この事態は思いもかけないことだった。
113.
目の前のスクリーンに映じたことが本当だとするならば、これは捨ててはおけないことである。
ヘイダール要塞のディポック司令官は、しばらく目を閉じて黙っていた。
元新世紀共和国で、異変が起きているのはわかった。それに対処するには、この要塞では遠すぎることもわかっている。
それ以上に、要塞から遠い場所で起きたことをこれほどはっきりと見聞きできるということは、驚きを通り越して信じられないことだった。
「バルザス提督、聞いてもいいかな?」
と、ディポックは目を開けて言った。そして、
「あの恒星ダロスの第三惑星カルガリウムの衛星軌道上を飛行中のシャトルの内部を、これほど明細にスクリーンに写しだすという技術はどういうものなのかな?ええと、つまり、まさか我々を騙しているとは思わないけれど、そう簡単には信じられないんだ」
と、続けた。
「確かに、そうおっしゃるのも無理はありません。新世紀共和国や銀河帝国の技術では、これほどの距離が離れてしまっては、映像も音声も簡単に届くはずがないというのが普通でしょう。ですが、このヘイダール要塞は銀河帝国の技術だけで作られたのではありません。ダルシア帝国やリドス連邦王国、その他にも技術の提供に応じてくれた種族がいたのです。つまり目に見えないほどの極小の探知装置をふたご銀河の至るところに設置していて、それぞれの探知装置をここの装置で自在に移動し、ここのスクリーンに映すことができるということです」
「すると、今この要塞のスクリーンにはロル星団のどんなところでも、例えば元新世紀共和国の首都星や銀河帝国の首都星であっても、詳細に映し出すことが可能だということかな?」
「そうです。必要とあれば。そしてこの装置の操作を熟知していれば、決して難しいことではありません」
「なるほど、この装置の操作を覚える必要があるということだね。それは、我々にも可能だということかな?」
「もちろんです」
「じゃ、今恒星ダロスで異変が起きているのはわかった。次に、それについて、惑星カルガリウムを包囲した艦隊はどこから来たのか、これはどうすればわかる?」
と、ディポックは聞いた。
「それについては、恒星ダロスの傍にあるジャンプ・ゲートから来たと思われますので、つまり他の銀河からの襲来ということなので、できればリドス連邦王国の艦隊司令部と連絡をとって、調査を開始する必要があります」
と、バルザスは答えた。
「調査は可能ということでいいのかな?」
「リドス連邦王国はすでに他の銀河の文明とも交流があります。それは一つではありません。それに、リドス連邦王国自体が他の銀河からきたので、本国のデータに何かあるかもしれません。リドスの艦隊司令部と連絡が取れれば、様々な方面から調査を開始することができます」
「わかった。バルザス提督、リドス連邦王国の艦隊司令部と連絡を取って、調査の協力をお願いしたい」
「わかりました」
「それで、次なんだけれども…。惑星カルガリウムの人々を救助する方法について、何かいい案がないかな?我々では艦隊を送るにもすでに遅すぎるし、銀河帝国に救援を求めても我々からでは信用されない可能性が高い。もし信用したとしても、銀河帝国の艦隊があの艦隊に勝てるかどうかはわからないがね。リドス連邦王国からの救援でも、武力による救援では銀河帝国に対する侵攻を疑われるだろう。そうなると、我々は何もできないことになる。何か他にいい方法があるだろうか?」
「そうですね。例えいくら強い魔法使いでも、惑星カルガリウムを包囲する艦隊に影響を与える魔法を、遠く離れたこのヘイダール要塞から使うことは難しいでしょう。距離がありすぎます。まあ、暗黒星雲の種族なら可能かもしれませんが、あいにく彼らは一惑星の住民の安全に興味を覚えないでしょう」
「それなら、前に来たリドスの王女はどうなんだ?確か五の姫とか言ってなかったか?」
と、ダズ・アルグが言った。リドスの王女なら、簡単にできそうに思えたのだ。あの暗黒星雲の種族がかなわないくらいなのだから。
「しかし、王女を呼ぶには、条件があります。まず、暗黒星雲の種族が絡んでいること。また私が生死にかかわる状態にいることです」
と、バルザスは答えた。
「つまり困ったからと言って、いつでも呼ぶわけにはいかないということか?」
「当たり前です。王女たちもそれほど暇ではありません。今回はどちらにもあたりませんから、呼ぶわけにはいきません」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「それに関しては、私に考えさせてください」
と、バルザスは言った。
「何かいい案があるのかな?」
と、ディポックが聞いた。
「まだ、できるとは言えませんが、可能性のある方法があります。ただ、これはすぐに始めるわけにはいきません。色々と準備が必要です」
と、バルザスは言った。
「では、その方法が可能ならできるだけ早く我々にも分かるように説明してほしい」
「わかりました」
と言って、バルザスはその場から魔法で去った。
バルザスは要塞の近くで密かに浮遊している艦隊で、リドス連邦王国の艦隊司令部と連絡を取るつもりだった。場合によっては、戻る必要があるかもしれなかった。
ナル・クルム少佐は、スクリーンに映っている惑星カルガリウムを見ていた。あれから特に動きはない。
「心配なの?」
と、カールが聞いた。
「何もできないのが悔しい」
クルム少佐は言葉通りに悔し気だった。惑星カルガリウムの救助のために何もできないことが歯がゆく感じる。自分が本来の立場だったら、何かできたのではないかと思うのだった。だが、次の瞬間思い返した。いや同じことだ。こんなことが起きるとは夢想だにしていなかった。それは、元新世紀共和国も銀河帝国も同じことだ。
ただ単に気が緩んできいたから侵入されたというようなことではない。同じふたご銀河内のどこかの勢力からの侵攻ならともかく、このような状況など考えることもできなかったのだ。だから、誰も責めることはできないのだ。それは悔しくもあり、苦しくもあることだった。
「仕方がないわ。でも、きっと何か方法が見つかるわ」
と、カールは励ました。
「だと良いが、……」
「本当は銀河帝国と連携するようなことができればいいのでしょうね」
「そうだが、無理だろう」
クルム少佐の記憶によると銀河帝国では今現在、ジル星団のゼノン帝国との外交関係を重要視している。リドス連邦王国については、ゼノン帝国から、大逆人たちがいるという情報がもたらされているところだ。従って、リドス連邦王国から接触があったとしても、好意的には扱われない可能性が大である。最悪だと領土を狙っていると勘違いをしかねない。
「ともかく、私はここのコントロール装置をもっと調べておくわ」
と、カールが装置を色々といじりながら言った。
「随分、熟知しているように見えたが」
「それは、表面で使っているだけだからで、それにここの装置は、私の銀河のものと似ているの。どうしてかしらね。もしかして、バルザス提督の言っているこの要塞を作った種族の一つに、私たちの銀河の種族も関わっているのかしら。バルザス提督やあのダルシアのライアガルプスならもっと詳しく知っているかもしれないわ」
「どこかに、説明書のようなものはないのか?」
「ちょっと見には見かけないわ。あっても、私が読める言葉で記してあるかどうかわからないし…」
カールはやはりアリュセア――ライアガルプスに来てもらって、この新しい司令室のコントロール装置の扱い方を教えてもらうほうがいいのではないかと考えた。
「クルム少佐。しばらく、この装置を見ていてくれる?わたし、アリュセアに聞きたいことがあるから…」
と、カールが言った。
「それなら、ここへ呼んだらどうか?」
「だめよ。彼女には子供たちがいるでしょう?」
「この重大事に、子供のことなどに構っていられないではないか?」
「軍人ならね。彼女は一応一般人なのよ。これまで、急なことだったので、色々と協力してくれたけれど、そのせいで子供たちが不安定になっているの。だから、子供達にも話をして納得してもらわないと、これから先彼女の協力を得にくくなるわ」
「面倒なことだ」
「そんなこと言わないで。あなたも、結婚して子供ができたらわかることよ」
「君だって、まだ結婚していないだろう?」
「私は別よ。あなたよりも、年上だし、女性だから、アリュセアの悩みも少しはわかるの」
と言うと、カールはリドスの宿舎へ戻った。
114.
アリュセア・ジーンの一番上の娘であるリゼラは、鞄に服を押し込んだ。
「早くしなさい、アリン、リュイ。早くここをでるのよ」
と、下の姉妹に言った。リゼラは十三歳になる。すぐ下の妹のアリンは十歳、リュイは三歳である。
「一体、どうしたのリゼラ、いつもと違う」
と、その剣幕に驚いてアリンが言った。一番下の妹リュイが怖がって震えているのがわかった。それでも、
「聞こえなかった?早くして…」
と、リゼラは言い募った。一切の意見は聞くつもりがないという表情だった。
「わたち、できない……」
とリュイが涙声で言った。
「仕方ないわね、アリン、あなたが手伝ってやってちょうだい」
と、リゼラが言った。
「ちょっと待って、どうして私が手伝うの?リゼラがやったらいいでしょう。一番年上なんだから…」
と、アリンが口を尖らせて文句を言った。
「私に逆らうの?私はお姉さんでしょ!」
と、思いっきり怖い顔をしてリゼラは言った。
「こんな命令ばかりする姉さんなんて、いらないわ。たった三つ年上なだけでしょうに…」
と、そんな顔や声など少しも怖くないと言うようにアリンが言った。
「三つだけでもあなたよりも、大人よ」
と、リゼラは威張って言った。
「どこが大人なの?それで、ここを出て、どこへ行くつもりなの?」
と、アリンは聞いた。
「前にいた部屋よ」
と、そこしか思いつかないリゼラが当然のように言った。
「あそこは、扉が壊れていて、使えないわ」
と、アリンが事実を言った。
「そうそう」
と、リュイが口を挟んだ。
「それでもいいのよ」
「私は、行かないわ。ここの方が安全だから…」
「そうかしら、ここにいたら……」
と、リゼラが言いかけたとき、
「何をしているの、あなたたち!」
と、母親であるアリュセアの声がした。
娘たちの部屋の方で、騒ぐ声がするのでアリュセアは気が付いてやって来たのだ。
「ママ、リゼラがいじわるをするの……」
と、半泣きでリュイが訴えた。
服を押し込んだ鞄は閉まらず、開いたままだった。
「鞄に服を入れて何をしているの?」
と、アリュセアが聞くと、
「別に、何も……」
と、リゼラがアリュセアに背を向けて言った。
「前いた部屋に行くって、お姉ちゃんが言ったわ…」
と、アリンが告げ口をした。
「何ですって?あそこは、危ないと言ったでしょう」
「ここだって、同じよ」
と、リゼラは反抗的に言った。
「ここは、安全です」
「安全じゃないわ」
「リゼラ、どうしたの?あなた変よ」
「変なのは、ママよ。パパがいなくなってから、ずっと変よ。あのリドスのバルザスとかいう人と仲良くなって、いつもいなくなるじゃない……」
と、リゼラが言った。
リゼラは不安なのだった。父親がいなくなったのは、子供心にも分かっていた。そんな時に、母親が別の男性としょっちゅう一緒にいるということが嫌なのだ。もしかして自分たちを捨てて、行ってしまうかもしれないと不安に思っているのだ。
十三歳のリゼラはタレス連邦にいた時に、そうした夫婦の離婚や片方がいなくなった親子について、様々なことを学校やテレビやパソコン等で見たり聞いたりしていたのだ。
「それは、誤解よ。どうしてもそうする必要があったの。ここは宇宙に浮かんだ要塞で、色んな事が起きるから、仕方がないの」
「そんなこと、言い訳にならないわ。だって、ママは科学者でも技術者でもないわ。軍人でもない。要塞の司令室によく行くけれど、何の用があるの?」
と、リゼラは言った。まるで役に立たないのにどうしていくのかと言っているようだった。
「だから、必要があるから行くのよ」
と、アリュセアは言った。
詳しく言うには、時間が掛かるし、子供たちが信じるかどうかわからない。何しろ、ダルシア帝国の昔の皇帝だったと言うライアガルプスについてまで話さなければならないのだ。子供に理解できるだろうか。リゼラは少し大人になったように見えるが、アリュセアにとってはまだ子供だし、アリンやリュイはもっと幼い。
「そんなの嘘だわ」
と、リゼラは言った。
「もうパパのことも忘れてしまったんだわ」
「そんなことありません」
と、アリュセアは言いながら、子供部屋の隅の方に立っているロルフを見やった。心配そうに、アリュセアと子供たちを見ている。
「誰を見ているの?」
と、目ざとくそれを見つけたアリンが言った。
「何でもないわ」
「あ!パパがいる!」
と、リュイが突然言った。
「え?うそ……」
と、リゼラが言った。
「リュイには見えるのね、パパが」
と、アリュセアは優しく言った。
「うん。寝るときとか、一人でこの部屋にいるときとか、よく見るの。お姉ちゃんには見えない?」
「うそ、だって、私には見えないわ」
と、リゼラが言った。
アリンがキョロキョロとあたりを見回した。ロルフはリュイとアリュセアにしか見えないようだった。
「それにね、あのバルザスおじさんの傍にも、女の人がいる」
と、リュイが言った。
「ああ、それはね。バルザス提督の奥さまよ。確かナルディアと言う名前だったわ」
と、アリュセアが言った。
「じゃ、その人も死んだの?」
と、アリンが言った。
「そう。確か、事故で亡くなったと聞いたわ。それに娘さんもいたそうよ」
「でも、女の子は見ないわ」
「それはね、こちらに来ていないの。その子は行方不明なんですって」
「生きているの?」
「いいえ。死んだのだけれど、魂がどこにいるのかわからないんですって。だから、いずれ銀河帝国に行って探すつもりだそうよ」
「そんなこと、信じられないわ」
と、リゼラが言った。
「あなたは、タレスの政府の人と同じことをいうのね。ママが信じられない?リュイも?」
「だって、私には見えないわ」
「それは、あなたの目が曇っているからよ」
と、アリュセアが言った。
「そんなことはない」
「船でタレスを出てから色々なことがあったから仕方がないけれど、あなたが妙な反感を捨てて、素直な心になれば、今見えないものも見えるはずよ」
「……」
リゼラは反抗的に黙っていた。
「ともかく、今日は遅いから、三人とも早く寝なさい。このことは、また明日よく話し合いましょう」
と、アリュセアは言った。
ため息をついて、アリュセアは子供たちの部屋の扉を閉めた。
このところ、忙しすぎて子供たちのことを見てあげられなかった。しょっちゅうバルザス提督と一緒に行動していたのは事実だ。だから不安になったのだろうとアリュセアは思った。
アリュセアは自分の部屋に戻ると、寝台に横になった。だが、すぐには眠れなかった。
目を開けると、寝台の傍にロルフがいた。
「ロル、いやだ、びっくりしたわ」
と、アリュセアが言った。
(驚かせて悪かった。でも、子供たちのことが心配なんだ)
と、ロルフが言った。
「私こそ、ごめんなさい。なかなかあの子たちのことまで面倒みられなくて、でも、もうこの要塞も落ち着くと思うわ」
(そうかな?ますます、もめごとが起きそうだけれど…)
「何か知っていて?」
(さっきバルザス提督が司令室に来てほしいと言って来なかったかい?)
「ええ、そう言って来たけれど、行けないと言ったの。子供たちのことをこれ以上放っておけないから」
(だが、向こうも大変なことになっている)
「大変なこと?」
(詳しくはバルザス提督に聞いた方がいい)
「それは、今はあまりしたくないわ」
(どうして?)
「リゼラの言っていることを、聞いていたでしょう?あの子、ピリピリしてる。私がバルザス提督と一緒にいるのが気に入らないのよ」
(それはわかるよ。でも、この問題、君なしで大丈夫だろうか?)
「何とかするわよ。私がいないくてもね、きっと大丈夫よ」
(そうかな……)
ロルフの姿がふっと、消えた。
「ロルフ!どうしたの?どうして消えるの?」
と、アリュセアが叫んだが、再び現れることはなかった。
一人になってアリュセアは考え込んだ。ロルフが言いたかったことは何だろうか?彼だって、バルザスと一緒にいることを快く思わないだろうに。
115.
カール・ルッツはリドス連邦王国の仲間のいる宿舎に戻ろうとして、その前にいるケル・ハトラス・ナンが座り込みをしている場所に出た。
「ええと、大変ね、ジャナ少佐」
と、カールは真夜中にする挨拶に迷いながら言った。
「お帰りですか、ルッツ提督」
と、ジャナ少佐は言った。
「その提督というのは止めてくれない?」
と、カールは言った。
「そうですか?ではどう呼べばいいでしょうか?」
「私は、本当は少佐なの。バルザスだって、知っているはずだけど、カール・ルッツ本人が提督だから、そう呼ぶのよ」
「少佐?あなたがですか?」
「本当の私は、ここでいえば、グリーブズ連邦という小さな国の女性の軍人なの」
「女性?そう言えば、そうでした」
ちなみに、銀河帝国軍には事務官は別として、女性の軍人はいない。元新世紀共和国ではリーリアン・ブレイス少佐のように数は少ないが女性の軍人は珍しくない。
「私の名前はね、サムフェイズ・イージー少佐。向こうではサムと呼ばれていたわ」
「それでは、イージー少佐でいいですか?」
「それで十分。ところで、あのナンヴァル人はいつまでここに居るつもりなの?」
「さあ、私にはわかりません。」
二人が話していると、ケル・ハトラス・ナンは目を閉じたまま話を聞いているのがわかった。
「たぶん、銀の月という魔法使いに会うまでああしているのではないでしょうか?」
「あら、銀の月はつい今しがた、自分の艦隊に戻ったわよ」
「そうですか?ここではそうしたことはわかりませんから」
「まあ、そのうちに戻ってくるでしょう。でもここから出はいりはしないと思うわ。だから、ここに座り込んでいても役に立たないと思うけれど……」
と、カール――イージー少佐は誰にともなく言った。
その時だった、ヘイダール要塞がまるで何かに衝突したかのように大きく振動した。そして、警報が鳴り響いた。「何?」
と、カールは呟いた。
ほどなく、リドス連邦王国の宿舎の扉が開き、アリュセア・ジーンが顔を出した。
「早く、こちらへ、中に入って!」
と、叫んだ。
カールはジャナ少佐と顔を合わせると、
「どうかして?」
と、聞いた。
「話をしている暇はないわ。急いで、そこの要塞の士官も、ナンヴァル人も、早く!」
と、アリュセアは急き立てた。
ケル・ハトラス・ナンは、自分が呼ばれたのを驚いていた。
「何をしている?ケル・ハトラス・ナンとやら、緊急事態だということがわからぬか?」
と、アリュセアは叱咤した。
カールは、アリュセアにライアガルプスが出ていると感じた。これは、重大なことが起きたのだ。
「さあ、あなたも急いでいきましょう」
と、カールはケル・ハトラスを促すと、ジャナ少佐やヘイス中尉も手招いて、急いで宿舎の中へ入った。
その後、宿舎の扉は忽然と、消えてしまった。
その警報は要塞中に響き渡った。前回のとは違う警報音だった。
「何が、起きたんだ?」
と、司令室にいたクルム少佐がスクリーンに何か映らないかと装置を動かした。
すると、要塞の外に、ヘイダール要塞の十分の一くらいの大きさの物体が見えた。その物体は一部要塞の流体金属の中に入っていたので、ヘイダール要塞の本体部分と接触しているのが窺われた。先ほどの衝撃はその物体が要塞と衝突したからだった。
「あれは、何だ?」
司令室のいる者たちは誰もが初めて見る物体だった。
それは、球体状の物体だった。
「宇宙船か?それとも、要塞か?」
と、グリンが言った。
「通信が入っています」
「どこからだ?」
「我々は、ナッシュガルだと言っています。宇宙海賊『ナッシュガル』だと言っています」
「ナッシュガル?聞いたことはないな…」
と、ディポック司令官は言った。
「通信を開くように言っています」
「わかった。いいだろう。通信回線を開いてくれ」
すると、スクリーンに緑色の鱗を持つナンヴァル人が現れた。
「私は、ウル・ナッシュガルだ。お前たちは知らないだろうが、ジル星団ではよく知られている。ナッシュガルと言えば、海賊のことを指すのだ。さて、お前たちに通告する。ヘイダール要塞を我々に明け渡せ。さもなければ、我々は要塞を力ずくで、占拠するだろう。返答をするために、標準時で五分やろう」
と言うと、通信が切れた。
ディポックは頭を掻いた。ナッシュガルなどという海賊など聞いたことがない。それを聞こうにも、肝心のバルザス提督がいないので、聞くこともできない。
「そうか、バルザス提督がいなくなったのを知っているんだ」
と、ディポックは言った。
「と言うと?」
「あのウル・ナッシュガルはナンヴァル人だった。だから、バルザス提督が銀の月と言うことを知っているはかわからないが、一応魔法使いだということ、リドス連邦王国の艦隊の存在も知っているということではないかな?」
と、ディポックは言った。
「そう言えば、ここにリドスの人間がいるじゃないですか」
と、ダズ・アルグが言った。
「私のことか?」
と、クルム少佐が言った。
「そうだった」
と、フェリスグレイブが言った。
「残念ながら、ナッシュガルという宇宙海賊について私は知らない」
と、クルム少佐は言った。
「ジル星団の出身ではないのかな?」
と、フェリスグレイブが聞いた。
「そうだ」
「司令官、もう五分になります」
と、ブレイス少佐が言った。
「さて、どう返事をするか……」
と、ディポックは再び頭を掻きながら言った。
だが、また警報音が鳴り響いた。
「今度は何だ?」
「要塞に侵入者が…」
「何?」
クルム少佐は急いで装置を動かそうとしたが、まだ慣れていないので、要塞の内部についてはスクリーンに出せなかった。
「あの衝突した物体から、要塞内部に侵入用のトンネルが伸びています」
「さては五分というのは、時間稼ぎか…」
と、グリンが言った。
「フェリスグレイブ、行ってくれ!」
「了解!」
と言うと、フェリスグレイブは急いで出て行った。
五分経っても、先ほどのウル・ナッシュガルは通信を再開しなかった。
アリュセアは腕を組んで立っていた。
「いったい何が起きているんです?」
と、ジャナ少佐が聞いた。
「宇宙海賊が要塞を襲撃しているのだ」
と、アリュセアは言った。
アリュセアはライアガルプスだった。
「宇宙海賊?この辺りで?そんなこと聞いたこともない」
と、ジャナ少佐は言った。
「その海賊の名は?」
と、ケル・ハトラス・ナンが聞いた。
「ウル・ナッシュガルと名乗っている」
と、ライアガルプスは答えた。
「ウル・ナッシュガル?まさか、…」
と、驚いたようにケル・ハトラスは言った。
「知っているのか?」
「ウル・ナッシュガルは、ナンヴァル人の海賊だ」
犯罪者の少ないナンヴァル人の中でも異色の人物だった。ウル・ナッシュガルは惑星連盟の艦隊の追及を掻い潜って、海賊家業を続けていた。その活動範囲はおおむねジル星団の内部だった。これまでロル星団の方にやって来たことはない。
「どうやら、要塞の情報が漏れているようだ」
と、ライアガルプスは言った。
「どうしてですか?」
と、カールが聞いた。
「バルザス提督がいなくなった途端に、海賊がやってきたからだ。おそらく、バルザスがいなくなったのを確認してやってきたのではないか……」
「まさか…」
この要塞の中に海賊のスパイや工作員がいるというのだろうか?と、ジャナ少佐やカールは思った。
「いや、違うかもしれないな。要塞の中にいなくても、外でリドスの艦隊を監視していればわかることだ。おそらく、リドスの艦隊がいなくなったのを確認して、やってきたのだろう」
と、ライアガルプスは言った。
「で、これからどうするんです」
「これを見てくれ…」
壁のスクリーンに要塞の外の状況が映じていた。
「要塞に侵入している……」
「さすがに行動が早い。だが、連中の目的は何だと思う?」
と、ライアガルプスが聞いた。
海賊が襲うにしては、妙だった。ここは軍事要塞だから、特に金目のものがあるわけではない。
「食糧とか、武器を取ろうとしているのでは?」
と、カールが言った。
「この要塞を自分たちのものにして、棲家にするつもりでは?」
と、ジャナ少佐が言った。
しかし、どちらもあまり説得力はなかった。
116.
ロル星団においては、長年の戦争により宇宙海賊は廃れていた。だが、新世紀共和国が銀河帝国に敗北したことにより、新世紀共和国の軍人たちが海賊として辺境星域に出没し始めていた。
銀河帝国が元新世紀共和国の艦艇を処分するにあたり、それを盗んで海賊を始める者たちが現れたのだ。だが、それはまだ大した勢力にはなってはいない。精々、二三隻の艦で銀河帝国の商船や自由商人の交易船を襲うものだった。
ジル星団の宇宙海賊と言えば、バンガードボン連合、ウル・ナッシュガル、フォーズが有名だった。そのうち、最大のものがフォーズで、首領とその中心は人間型種族で成り立っている。その艦船の数はおよそ三千隻にもなるという。まさに一国の艦隊に匹敵する武力を持っていた。
この三つの海賊たちの中でジル星団らしいのは、魔法使いがいるということである。そのうちウル・ナッシュガルが一番魔法使いを多く抱え込んでいると言われていた。
バンガードボン連合は中でもジル星団の古い文明の国々の出身者が多く、その構成員は多種族からなっていると言われている。こちらも艦船が主で、その数二千隻になるという。
ウル・ナッシュガルの構成員はゼノン人とナンヴァル人からなると言われていた。艦船の数は千隻程度だが、移動要塞を使って、宇宙船だけではなく、辺境惑星の都市を襲撃したりした。このウル・ナッシュガルは気分しだいで、ジル星団のどこにでもあらわれるとも言われていた。
ウル・ナッシュガルのナッシュガルという名は宇宙海賊の首領の名で、ナンヴァル人だという。その仲間にはかつてのゼノン帝国一の宮廷魔術師、ウル・ガルがいるという噂があった。ウル・ナッシュガルという名は、海賊の首領の名と魔術師の名を取ったものであるというのが通説だった。
ヘイダール要塞を襲った海賊は、ウル・ナッシュガルと名乗った。
海賊ウル・ナッシュガルはまず、移動要塞をヘイダール要塞に衝突させ、そこから要塞へ乗り込み、司令室へと迫っていた。
彼らはナンヴァル人とゼノン人の集団だった。その二種族は外観的には人間型種族に見えるが、ジル星団では竜種という別の種族に属していた。なぜなら普通の人間型種族よりも彼らは肉体的に強靭だったからである。それは彼らがダルシア人を祖先としているからだと言われていた。
そのためか意外に進撃のスピードは速かった。しかも動きに無駄がなく、まるでヘイダール要塞の構造を熟知しているような動き方だった。
「こんな時に、海賊などがやってくるとは…」
惑星カルガリウムの一件は気になるものの、現在攻撃している海賊のことを何とかしなければならなくなった。今ここを海賊に乗っ取られでもしたら、惑星カルガリウムを助けることもできない。
ディポック司令官は、色々考えながらそのまま司令室の席に座っていた。
「司令官、海賊は司令室に迫っている。だが、やつらが向かっているのはこちらだけではなく、他の場所にも向かっているようだ」
と、クルム少佐が言った。
「他の場所とは?」
と、ディポックが興味を覚えて聞いた。
「今のところ、どこに向かっているのかはわからない。もう少しすれば、分かると思う」
と、クルム少佐が言った。
実際、海賊たちは二手に分かれていた。一方は司令室に、もう一方はどこに向かっているのかわからなかった。ただ、彼らがヘイダール要塞の中を迷わずに進んでいることが不思議だった。
クルム少佐はスクリーンに呼び出しという文字が浮き上がるのを見た。
「あれは、何だ?」
迷っていると、スクリーンにアリュセアの姿が映し出された。
「ディポック司令官はいるか?」
と、アリュセアは言った。
「アリュセア、よかった。無事でしたか。で、あなたはどこにいるんですか?」
と、ディポックは聞いた。
「私はアリュセアではなく、ライアガルプスだ。今、副司令室にいる」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
「副司令室?そんなものがあるんですか?」
「ここはバルザス提督の宿舎だ。緊急時には、ここが司令室として使えるようになっている」
「なるほど、だからバルザス提督はそこを宿舎として欲しがったのですね」
と、ディポックはバルザスがヘイダール要塞に来た時のことを思い出して言った。バルザス提督の方から、その宿舎を指定してきたのだった。
「そちらを何とかしたいと思ったが、それよりもマグ・デレン・シャに危険が近づいている。だから、そちらの方を先に対処しなければない。クルム少佐、そちらの装置は扱えるか?」
「残念ながら、私ではここの装置は難しい。カールなら、扱えるが…」
と、クルム少佐は言った。
「彼女には、マグ・デレン・シャの救出に向かってもらうつもりだ」
「つまり、この海賊はマグ・デレン・シャを狙っているというのですね」
と、ディポックは言った。
「おそらく、そうだと思う。司令室の他に別の一隊が動いている。それが、マグ・デレン・シャ暗殺部隊だろうと思われる」
「わかりました。そちらを優先して結構です。ただ、助けを呼ぶ方法をご存じないでしょうか?」
と、ディポックは聞いてみた。
「それは、案ずるには及ばぬ。すでにリドス連邦王国やダルシア帝国に救難信号が発せられている。外のダルシア帝国の艦隊は、本来タリア本人に危難が及ばないと動かないが、要塞の救難信号には反応する。私やタリアがことさら動かさなくても、自動的にウル・ナッシュガルの移動要塞を攻撃し始めるだろう」
「奴らが来た!」
と、クルム少佐が言った。
司令室の扉が赤くなって解け始めた。
「乱暴なやり方だな」
と、ダズ・アルグが言った。
「それが、海賊のやり方だ。何とか時間を稼いて頑張ってくれ」
と、アリュセア――ライアガルプスは言うと、スクリーンが暗くなって、姿が消えた。
アリュセア――ライアガルプスは、
「聞いた通り、私の考えが正しければ、あの海賊の一隊がマグ・デレン・シャの部屋に直接向かっているはずだ」
と、言った。
「わかりました。彼女の救出に行きます」
と、カール――サムフェイズ・イージーは言った。
「あなたと、ジャナ少佐、それにダイ中尉に行ってもらいたい」
「わかりました」
と、二人も言った。
「それと、ジャナ少佐、君の懐の中にいる子猫と話したいんだが…」
と、ライアガルプスは言った。
「あの、子猫と話すんですか?」
「そうだ」
ジャナ少佐は嫌がる子猫を外に出すと、
「話をするだけだそうだから……」
と、子猫に言った。
子猫は外に出されると急におとなしくなって、タレス人のアリュセアを見上げた。
「初めまして、と言うべきかな?あの海賊の中にはかなり手練れの魔術師が何人かいる。この三人だけでは、危険すぎるのでな。おまえさんの力を借りたい。子猫のままでも、ゼノンの魔術師やナンヴァルの魔法使いにはひけはとるまい」
と、アリュセアは真面目に言った。
子猫はじっと聞いていたが
「ミャア」
と、元気よく鳴いた。
「よし、…」
とアリュセアは言うと、いくつか三人に注意を与えて、
「今のところ、海賊連中は司令室とマグ・デレン・シャの方に向かっているから、このあたりにはほとんどいないはずだ」
と言って、送り出した。
117.
リフトをうまく使って、カール――サムフェイズ・イージー少佐は海賊連中と遭遇することなく、マグ・デレン・シャの宿舎の近くに出た。
「まずいわね」
と、カールは言った。
ナンヴァル人達の宿舎の壁がこの間のハル・ケトラス・ナンの攻撃で壊されたまま、未だ完全に修復できていないのだ。ヘイダール要塞は人手不足で、こんなところまで影響していた。
「この間壊された壁がまだ完全に直っていませんからね」
と、ジャナ少佐が言った。
すでに海賊の連中は壊された壁に気づいて、そこから中へ入ろうとしていた。
だが、マグ・デレン・シャに付いて来た魔法使いがそれを阻止しようとしているらしく、壁のところで銃の光線がぶつかって光を放っているのが見えた。
こちらが有利なのは、近づいているのがまだ気づかれていないということだけだった。
しばらく様子を窺っていると、熱線銃を束にしたような光が壁に激突し、壊れた壁の穴がさらに大きくなった。埃が舞う中、海賊達はすぐに壁の中に入ろうとして、急に足を止めた。
その時、海賊達の姿がカールたちに丸見えになった。
「撃て!」
と、小さな声でカールが言った。
ジャナ少佐とダイ中尉は慣れた動作で撃ち始めた。数人が倒れたが、逆にカールやジャナの居場所がばれ、銃の矛先を向けられた。
だが、それはシールドのようなもので跳ね除けられた。
「どうしたんだ?」
と、ジャナ少佐が言った。
「あなたの子猫ちゃんでしょ?」
と、カールが言った。他には考えられなかった。
「え?」
「行くわよ!」
カールは子猫が援護してくれることを信じて、敵めがけて銃を撃ちながら大穴が空いた壁に向かって進んだ。そして、壁の穴に飛び込んだ。
「どう?あとどのくらい残っているかしら?」
と、カールは言った。
「ここから見えないのでわかりませんが、まだ何人かはいます」
と、ダイ中尉が言った。
最初の銃撃で、数人が倒れ、今の移動でまた何人かを倒したが、まだ残っているものがいる。
「マグ・デレン・シャは無事でしょうか?」
と、ジャナ少佐は言った。
「たぶん、無事でしょう。この壁から中に入れなかったようだから。ここから外の様子を見ていて、マグ・デレン・シャを探してくる」
「了解!」
カールは、ゆっくり前を見ながら下がると、部屋の奥の方へ移動した。すると、
「カール・ルッツ提督、こちらです」
と、呼ぶ声がした。
声のする方へ行くと、薄く扉を開けてこちらを見ている者がいることにカールは気が付いた。
「あなたは?」
と、カールは聞いた。
「私は、フェル・ラトワ・トーラといいます」
「もしかして、あなたがナンヴァルの魔法使い?」
「そうです。助けに来てくれたのですか?」
と、フェル・ラトワ・トーラは言った。
「もちろんよ。それで、マグ・デレン・シャはご無事ですか?」
「はい。ご案内します」
フェル・ラトワ・トーラの後を追うと、奥の一室にマグ・デレン・シャとタ・ドルーン・シャがいた。
「お二人とも、ご無事でよかった」
「何が起きているのですか?」
と、マグ・デレン・シャが聞いた。
一瞬、カールはここには警報は聞こえなかったのだろうかと思った。
「ウル・ナッシュガルという海賊が要塞を襲撃してきたのです。詳細は後ほど」
と、カールが答えた。
「何と……」
マグ・デレン・シャは何とも言えない困惑した表情をしていた。
「マグ・デレン・シャ閣下。すでにそこまで海賊どもが来ております。急いで参りましょう」
と、フェル・ラトワ・トーラが言った。
「その方がよろしいかと、……」
と、タ・ドルーン・シャが促すように言った。
「わかりました」
カールはジャナ少佐のところまで戻ると、
「向こうの様子は?」
と、聞いた。
ジャナ少佐は壁に空いた穴から、外を盗み見ていた。カールのいるところからは、海賊達の姿は見えない。
「時折、撃ってきますが、まだいます」
「増援されるとやっかいね」
「まさか、…」
「向こうは要塞ごとぶつかって来たのよ。それに、司令室に向かった連中もいたでしょう。こちらが不利だと連絡したかもしれないし…。ともかく、早くここを出なければ」
「カール・ルッツ提督、私なら向こうの様子を見せることができます」
と、フェル・ラトワ・トーラが言った。
マグ・デレン・シャを救出にきたのは、要塞の者たちだけだとフェル・ラトワ・トーラは気づいたのだ。つまり魔法使いがいないことに気づいたのだった。
「ああ、そうね。あなたは魔法使いだったわね」
「はい。銀の月ほどではありませんが、…」
というと、フェル・ラトワ・トーラは小さく呪文を唱えた。
すると、空中に円陣ではないが別の空間が現れ、外の様子をスクリーンのように映し出した。
「ええと、もっと右の方を映してくれない?」
と、カールは言った。
画面が移動すると、そこに海賊達の姿が映じた。
ウル・ナッシュガルの海賊は思いのほかまともな格好をしていた。同じデザインの小ぎれいな制服を着ているのが分かる。それが海賊と言う言葉からくる犯罪者というイメージからは遠く思えた。
「まだ、五人もいるのね」
「あそこの、左から二番目の男がおそらく魔法使いです」
と、フェル・ラトワ・トーラが言った。
海賊たちが何やら話をしているのが見えた。フェル・ラトワ・トーラが魔法使いだと言った男は、画面の中で、なぜかじっとカールの方を見ていた。まるで、向こうにこちらが見えているようだった。
「何と言っているのかしら?」
「音声の方はあまり得意ではなくて…」
「もしかしたら、あの連中は我々をうまくここまでおびき出したのではないかな?」
と、タ・ドルーン・シャが不安そうに言った。
フェル・ラトワ・トーラが魔法使いだと指摘した男がにやりとするのが見えた。
同時にカールやジャナ、そしてナンヴァル人たちも体が金縛りにあったように動かなくなった。
(しまった!)
と、カールは失敗を悟った。
海賊達は警戒しながら出てくると、
「うまくいったな、ハル・ガンダ・シャ」
と、仲間の魔法使いを振り返った。
海賊達の魔法使いは、その名前からしてナンヴァル人のようだった。
「急げ、時間がない。首領は生かして連れてくるように言っていた。他の連中は始末するんだ」
と、魔法使いは仲間を急かした。
カール・ルッツ――サムフェイズ・イージーは熱線銃の矛先を向けられてもうだめだ、と感じた。その時、ジャナ少佐の子猫のことを思い出した。
海賊達の武器は突然石になって、放り出された。石になっただけではなく、焼けるように熱くなったので、持っていられなくなったのだ。
「な、何だ!何が起きたんだ?」
「これは、魔法か?」
「おい、魔法使い、何とかしろ!」
海賊達は動揺した。相手に魔法使いはいないと油断していたのだ。確かに、傍目には魔法使いと見える人物などいなかった。
カールは体が動くようになったのを感じた。
「これは、違う。魔法じゃない」
と、ハル・ガンダ・シャは言った。
武器を石に変えたのは目くらましでも幻覚でもなかった。熱く感じたのも、本物だった。これは魔法ではない。それに誰も呪文など唱えていない。
「じゃあ、何なんだ?」
混乱する海賊達をしり目に、カールは急いでその場から離れるように仲間に合図した。
「おい!逃げられるぞ!」
と、海賊達が気づいて叫んだ。
マグ・デレン・シャやタ・ドルーン・シャは、ジャナ少佐とダイ中尉に守られて、壁の穴から出て廊下へ走り出していた。
「さあ、あなたも一緒に!」
と、カールがフェル・ラトワ・トーラに手を差し延べると、
「いいえ、私は残ります」
と、フェル・ラトワ・トーラは拒んだ。
「どうして?まさか、あなた……」
「ごめんなさい……」
カールはもう後を見ずに、ジャナ少佐達を追って走った。
118.
ヘイダール要塞の司令室の扉が赤く変じていた。外から熱系の武器でこじ開けようとしているのだ。
このままでは、司令室にいる要塞幹部や通信員などがやられてしまう恐れがある。
「ここには大した武器はない。精々携帯用の熱線銃があるくらいだろう」
と、ディポック司令官は言った。
要塞自体なら外に向けて主砲もある、色々な砲もある。だが、内部にはそうしたものは設置してはいない。外からの侵入者には要塞防御の装甲兵が当たるのだが、彼らが今司令室に向かっているとしてもいつ来るかはわからない。フェリスグレイブ指揮官は部下を呼びに言ったきりだった。途中で敵にあって交戦しているのかもしれない。
「でも、このままでは……」
と、ブレイス少佐は言った。
クルム少佐は、先ほどから新しい司令室のコントロール装置をいじっていた。
ここで武器なしに戦うよりも逃げた方がいいに決まっている。ここはあの扉しか出入り口がないのだろうか、と思ったのだ。
「あった!」
と、思わずクルム少佐は叫んだ。
「何があったんです?」
と、ディポックは聞いた。
「出口だ!」
と、クルム少佐は言った。
「逃げられるのか?」
と、ノルド・ギャビ元要塞事務官が聞いた。
「リフトと同じ装置が設置してある」
「それは、どこへ繋がっているんです?」
と、ダズ・アルグが聞いた。
「わからない。だが、ここから出るには、これを使うしかない」
と、クルム少佐は言った。
「いいでしょう。それを使って、みんなこの部屋から逃げるんだ」
「司令官も一緒にですよ……」
と、ダズ・アルグが念を押した。
「私は、後でいい。クルム少佐、どこにあるんだ?」
「この下にある。新しい司令室が出てきた時に、出た場所だ。私がここから操作する。急いでそこへ」
まず、一番下にいる通信員やレーダー手など司令室の要員を集め、次にノルド・ギャビがブレイス少佐、グリン、ダズ・アルグを促して中二階にある場所へ連れて行った。
そこは小さな空地のようになっていて、天井に円形の装置が組み込まれていた。下にも上に合わせた図形が描かれていた。ここはまだ、使われていない。だから実際どんなことになるのか、皆不安を感じていた。
クルム少佐は司令室の要員やノルド・ギャビたちがその場所に着くと、装置を操作した。すると、ノルド・ギャビらの姿は消えていた。
それは司令室の扉が焼き切られたのと、同時だった。
まだ赤く焼けただれた扉から、熱線銃を手にした海賊達が飛び出してきた。
「撃つな!」
と、ディポックはクルム少佐を後ろに庇って叫んだ。
焼き切られた扉からゆっくりと入ってくる者がいた。緑色の鱗の肌のナンヴァル人だった。動きは緩慢だったが、目つきは鋭かった。
そのナンヴァル人は、司令室に入ってくると、ゆっくりと周囲を見渡し、ディポックに目を向けた。その後ろからゼノン人だと思われる海賊服の上に青いローブを身に着けた人物も入って来た。
ディポックはそのナンヴァル人に見覚えがあった。先ほど大スクリーンでナッシュガルと名乗った人物だった。
「私がナッシュガルだ」
と、目の前のナンヴァル人が言った。海賊のくせに少しも悪びれるところがなかった。
「おまえがここの司令官ヤム・ディポックか?」
と、ナッシュガルは尊大に聞いた。
「私が、ヤム・ディポックです。あなた方はここに何の用があるのです?」
と、恐れずに聞いた。
「ふん、特に用はない。ただ、少し聞きたいことがあるのだ」
「聞きたいこと?どんなことです」
「まあ、慌てるな。ところで、その後ろに隠れている坊やは誰だ?」
と、ナッシュガルは聞いた。
クルム少佐はディポックの身体を押しのけるようにして前に出てきて、言った。
「私はナル・クルム少佐だ。リドス連邦王国の艦隊に所属している」
「そんなことは、その軍服を見ればわかる。気の強い坊やだ」
「ナル・クルム少佐だ。坊やではない」
「それは、失礼した。私から見たらのことだ。他意はない」
「そんな年なんですか?」
と、ディポックは興味を覚えて聞いた。そう言えば、ナンヴァル人の寿命は五百歳だと言うのを聞いたことがある。
「そんなことを聞けるような立場かな?ヘイダール要塞の司令官殿…」
と、やんわりとナッシュガルは警告した。
ディポックとクルム少佐の周囲にはナッシュガルの部下たちが熱線銃を構えて立っていた。
「確かに、この状況では、そう言われるのも無理はありません。ですが、ここは私の要塞で、あなたの要塞ではない。ここのことは、あなたよりもよく知っていますよ。ですから、本当にあなたが私よりも優位に立っているとは思いませんが……」
と、ディポックは思いっきり見栄を張って言った。
「無理はやめることだ。ここは、銀河帝国が作った要塞だ。連中の技術は我々よりも劣っている。確かに、外側の流体金属については、なかなかのものだと認めるが、要塞の攻撃兵器も兵士の練度も大したことはない」
と、ナッシュガルの後ろにいる青いローブを身に付けた男が言った。
「そう言い切れるのか?」
と、クルム少佐は言った。
その声が少々尖っているのは、演技だろうかとディポックは思った。
「それに、頼りとする魔法使いがいないとなってはな」
と、ナッシュガルは言った。
やはり、とディポックは思った。銀の月が不在であることを知ってやってきたのだ。
「魔法使いは、銀の月だけではありませんよ」
と、ディポックは言った。
「そうかな?ロル星団には魔法使いはいないと聞いている。いたとしても、我々の魔法使いほどの力はあるまい」
司令室の焼けただれた扉から、海賊の部下が慌てて入って来て、
「首領、してやられました。ナンヴァルのマグ・デレンには逃げられました」
と、報告した。
「何だと?」
ナッシュガルは一瞬ぎろりと、ディポックを睨んで、
「他にも魔法使いがいるのか?」
と、迫って来た。
「魔法使いというよりは、ここにはタレス連邦からの亡命者がいる」
と、咄嗟にクルム少佐が言った。何が起きたのかはわからないが、魔法使いが一人もここにはいないと思われるよりもましだと、クルム少佐は思ったのだ。
「タレス連邦だと?」
「確かに彼らは魔法使いではないが、中には一つの能力で強い力を持つものもいる」
と、青いローブを着た男が言った。
「ふん、能力者のことか…」
と、嘲るようにナッシュガルは言った。彼の中では、能力者よりも魔法使いの方が上位にあるのだろう。
「で、誰がやったのか知っているのか?」
と、クルム少佐に近づいて、ナッシュガルは聞いた。
「それは、わからない。ここにはタレス連邦からの亡命者がいっぱいいるからな」
「それでは、あまり当てにはならないな。連中は、素人ばかりだ。たとえ、能力があったとしても、使い方を知らない」
と、青いローブの男が言った。
「だが、少なくとも罪を犯す者はいない」
「ほう、言うではないか。我々は海賊だから、犯罪者だといいたいのか?」
「そうだ」
「小僧、口を慎むことだ」
と、青いローブの男が警告した。
119.
司令室の壊れた扉からまた、別の海賊の仲間が入って来た。その人物を見て、ディポックとクルムはナンヴァル人の魔法使いだということを思い出した。暗黒星雲の種族が来た時、司令室に来て協力してくれた魔法使いの一人だった。
フェル・ラトワ・トーラはあの後、マグ・デレン・シャの元に戻っていた。もともと、マグ・デレン・シャに仕える魔法使いだった。
「来たか」
と、ナッシュガルは言った。
「申し訳ありません。マグ・デレン・シャとタ・ドルーン・シャはこの要塞の兵士と、リドスの者に連れていかれてしまいました」
と、フェル・ラトワ・トーラが言った。
「おまえは、この連中の仲間だったのか!」
と、クルム少佐は言った。怒りよりも驚きの方が強かった。
「騙したことになったのは、申し訳ありませんでした。でも、私はもともとナッシュガル様の部下でした」
と、フェル・ラトワ・トーラは言った。
その口調は静かで品があり、とても海賊の仲間などとは思えなかった。しかし、本人が来て言っている以上、海賊の仲間であることは事実なのだ。
「ナンヴァル人には犯罪者は少ないと聞いていたけれど、まさか海賊の仲間がこんなにいるとは……」
と、ディポックは言った。まだ信じられない思いだった。
「おっと、我々はナンヴァル人だけではない。ゼノン人もいる。我々は竜種の海賊なのだ」
と、ナッシュガルは誇らしげに言った。海賊ウル・ナッシュガルには人間型種族はいないというのが誇りなのだ。彼らにとっては、人間型種族よりも竜種の方が優秀な種族だと言いたいのだ。
「ナッシュガル様。あの銀の月が特別に助力を頼んだのは、ヤム・ディポック司令官なのです」
と、フェル・ラトワ・トーラは言った。
フェル・ラトワ・トーラはマグ・デレン・シャの味方になったふりをして、あちこち情報を集めていたのだ。
「何?では、こいつが魔法使い、それもあのガンダルフの五大魔法使いをもしのぐと言われる魔法使いなのか?」
どう見ても、普通の人間にしか見えないとナッシュガルは思った。軍人としてもどうだろうか。のほほんとしたこの様子では、要塞の司令官が務まるとは到底思えない。
「いえ、彼自身が魔法使いではないのです。銀の月は、強力な魔法を使うときに、ディポック司令官から力をもらっていたのです」
「力をもらう?ならば魔法使いということではないのか?」
と、ナッシュガルは聞いた。
「いえ、本人は魔法を使えないということでした」
「ナッシュガル、この男は魔法使いでも魔術師でもない。だが、銀の月が力をもらっていたとなると、何かの力を持っていることは間違いないだろう」
と、青いローブの男が言った。ただ、その力が何であるかは、彼にもわからなかった。
「ウル・ガル様。どういたしましょう」
と、フェル・ラトワ・トーラは言った。
フェル・ラトワ・トーラにとって直属の上司にあたるのは、ゼノンの宮廷魔術師だった、ウル・ガルなのだった。
「待て、確か銀の月の他に、銀の月の妻だった、かつてのサン・シゼラ・ローアンがいるということだったが……」
と、ナッシュガルが思い出したように言った。
ナンヴァル連邦の魔法使いやゼノン帝国の魔術師は、ガンダルフの古い魔法使いに関する伝説をよく知っていた。今から二千年前の惑星ガンダルフの魔法使い達の歴史に出てくる銀の月には、サン・シゼラ・ローアンという妻がいたと言われているのだ。彼女は魔法使いではないが、予言や予知をよくしたという。
「はい。今世ではタレス人で、アリュセア・ジーンといいます」
と、フェル・ラトワ・トーラは言った。
「銀の月の妻だった者なら、何か知っているかもしれない。その者はどこにいる?」
と、ナッシュガルは振り返ってディポックに聞いた。
「タレス人だから、彼らのいる居住区にいると思うが…」
と、ディポックは咄嗟に誤魔化した。
「いいえ、確か銀の月の宿舎にいると聞きました」
と、フェル・ラトワ・トーラは言った。
「そうか、では案内してもらおうか」
と、ナッシュガルはクルム少佐に言った。
120.
ヘイダール要塞の周囲を取り巻く流体金属の中、宇宙海賊ウル・ナッシュガルの要塞が真横に突き刺さっていた。大きさはヘイダール要塞の十分の一程で、外から見るとすっぽりと流体金属の中に入ってしまっているが、ウル・、ナッシュガルの要塞部分が流体金属の外にホンのわずか出ている。
ヘイダール要塞の近くに浮遊していたダルシア帝国の艦隊は、音も立てずいつの間にか要塞から離れつつあった。その際、彼らはダルシア帝国の継承者となったタリア・トンブンを艦隊旗艦の中に移動させていた。
ウル・ナッシュガルの海賊要塞がヘイダール要塞と衝突したとき、ヘイダール要塞内部では警報が鳴り響いていた。
「いったい、何が起きているのかしら?」
と、タリアはまさかまた暗黒星雲の種族が襲って来たのか、と不安に襲われた。警報が鳴る際に起きた大きな振動も、妙に不安を掻きたてた。タレス人の仲間も不安におののいているだろう、とタリアは思った。そのことを考えると、何もしないではいられなかった。ともかく、司令室に行ってみることにした。
タリアがリフトをうまく使いつつ司令室に向かって行くと、その途中で腕をつかまれ人気のない廊下に連れ込まれた。
「だ、誰なの?」
と、タリアが問うと、
「私だ」
と、答える者がいた。声の方を見て、
「あなたは、要塞防御指揮官フェリスグレイブ?」
と、タリアは言った。
「そう、そのフェリスグレイブだ。しっ、静かに!」
と、フェリスグレイブは人差し指を立てて、口に当てた。
タリアとフェリスグレイブが廊下の陰に隠れていると、武器を持った見知らぬ一団が司令室の方へ行くのがわかった。
「あれは?」
「ウル・ナッシュガルという海賊だ」
と、フェリスグレイブが言った。
「ウル・ナッシュガルですって?あのナンヴァル人の海賊のこと?」
と、タリアは驚いて言った。
「知っているのか?」
「聞いたことはあります。でも見るのは初めて…」
「奴らの要塞がぶつかって来たんだ」
「じゃ、あの揺れはその所為だったのね」
と、タリアは納得した。
「私は、部下の待つ場所へ行くつもりだ」
「私も一緒に行っていいですか?」
「自分の部屋に戻った方がいいのではないか?」
「今更、戻って部屋で震えていても、何もならないでしょう」
「わかった。一緒にくるがいい」
廊下を盗み見て、海賊達がいないことを確かめると、フェリスグレイブとタリアは走って移動した。
しばらく行ってから、二人は進むのを断念した。廊下を進むにつれて海賊の姿が増えているのがわかったからだ。
「これはまずいな…」
と、フェリスグレイブは考えがちに言った。
海賊の要塞から直接ヘイダール要塞に侵入できるので、続々と侵入しているようなのだ。これではまるで、ヘイダール要塞を乗っ取りに来たように思える。単に何かを奪取しに来たのではない。
「戻った方がいいかもしれませんね…」
と、タリアは言った。
だが、これまで進んできた廊下にも反対側から海賊の手下の姿が垣間見える。二人はいずれ進退窮まることが窺われた。
「お嬢さんいいか、ここにいて待っているんだ。私の後ろからついてくるなよ!」
と言うと、いったん身を隠した場所から、前の廊下の前後からくる海賊達に対応するためにフェリスグレイブは熱線銃を構えると、廊下へ飛び出した。
それは一瞬で終わったように見えた。最初は熱線銃を撃ち始めたフェリスグレイブが優勢だったが、すぐに多勢に無勢で前後の海賊達に撃たれ、フェリスグレイブの姿が消えた。
「え、消えた?」
と、タリアが呟くと同時に、彼女の姿も廊下の暗がりから消えた。
気が付くと、そこは広く、明るい照明が照らしていた。天井は高く、妙な図形を描いていた。あれは、竜の形だろうか、とタリアは思った。
タリアは横になっているのに気づき、起き上がると、そのそばにフェリスグレイブがいるのがわかった。
「フェリスグレイブさん、しっかりして!」
フェリスグレイブは気を失っているようだった。
「おや?ここは、どこだ?」
と、タリアに起こされると、あたりを用心深く見回した。
部屋の中央に大きなくぼみがあった。タリアは興味を覚えて近づくと、
(タリア・トンブン。ダルシアの継承者よ!)
と、頭の中で声がした。
「え?今、何か言った?」
と、タリアはキョロキョロとあたりを見回した。だが、フェリスグレイブの他は誰もいなかった。
(私はダルシア帝国艦隊の旗艦の中央脳である)
と、その頭の中に聞こえてくる声が言った。
「ここは、ダルシアの艦隊の中なの?」
(そうだ)
「どうして、私とフェリスグレイブをここへ連れてきたの?」
(危険が迫っていたからだ)
と、明快に旗艦の中央脳が言った。
どうやって来たかと聞こうとして、噂で聞くダルシア帝国のよその星にはない抜きん出た科学技術のことを、タリアは思い出した。こうした移動は魔法使いなら可能なのだ。銀の月などさんざんヘイダール要塞でやっていたものだ。ダルシア帝国の技術では、魔法と同じことをすることなど朝飯前に違いない。ヘイダール要塞のリフトにだって、似たようなものがあったではないか。
「ここが、ダルシアの旗艦なら、外の様子をスクリーンに写すことができて?」
と、タリアは言った。
(了解した)
天井が光ると、そこがスクリーンとなって、外の様子が映し出された。
星の光の中に、黒々としたヘイダール要塞が映じると、その真横に海賊の要塞が流体金属を押しのけて激突し、その中をチューブのようなもので繋げている様子が映し出された。
「あそこから、ヘイダール要塞に海賊が入ってきているのね」
と、タリアは言った。
「なるほど、こうなっているのか」
「あの要塞を攻撃すれば、海賊たちは慌てて自分たちの要塞に戻るかしら?」
「おそらく、自分たちの要塞が大事ならな。だが、その前にヘイダール要塞を乗っ取りかねないところではあるが…」
フェリスグレイブはヘイダール要塞に侵入した海賊の人数がかなりの数だということを思い出した。ただ襲撃するだけなら、あの数は必要ない。
「では、急ぎ、あの海賊の、ウル・ナッシュガルの要塞を攻撃して」
と、タリアはダルシア帝国艦隊の中央脳に命じた。
(了解した)
ダルシア帝国の艦隊は機首をもたげて旋回すると、ウル・ナッシュガルの要塞に群がった。そして、主砲の到達距離に近づくと、
(撃て!)
と、中央脳が命じるのをタリアは聞いた。
スクリーンの映像では、眩しい光がウル・ナッシュガルの要塞を攻撃しているのが見えた。
「ビーム攻撃か、どの程度効くかな?」
と、フェリスグレイブが言うのが聞こえた。
ウル・ナッシュガルの要塞からダルシア帝国の艦隊に反撃する砲塔がいくつかあった。だが、その反撃は、ダルシア側のシールドによって容易に阻まれていた。
121.
アリュセア――ライアガルプスはヘイダール要塞の副司令室のスクリーンの前で、目を閉じ考えていた。海賊ウル・ナッシュガルがヘイダール要塞を襲った理由について考えていたのだ。
ハル・ケトラス・ナンは海賊の襲撃に一時的には驚いていたが、今はこちらも黙り込んでいた。そして、
「おい、タレス人、お前はここで何をしている?」
と、ナンヴァル人が常に人間型種族に対するときの尊大な態度で言った。
惑星連盟の外交官たちはあまりそうした尊大な態度は見せないが、竜族と言われる、ナンヴァル人とゼノン人は人間族――つまり彼らの言う人間型種族に対しては、軍人や商人はこのような態度を取ることが多かった。
だが、アリュセアは反応を見せなかった。
無視されたことにハル・ケトラスは腹を立てた振りをした。
「人間型種族の分際で、ウル・ナッシュガルと何か張り合おうと考えているのか?やめておけ、お前たちにそんなことができるわけがない。宇宙航行の技術でも、我々ナンヴァル人と張り合えんだろうが…」
それでも、アリュセアは興味を示さなかった。
その時ハル・ケトラス・ナンは、奥の扉が少し開いていることに気づいた。
「誰だ?」
と、誰何すると、扉がピタッとしまった。それでハル・ケトラスは、
「逃げるとは、卑怯な。出て来い!」
と、つい勢いで言ってしまった。
すると、しばらくして少しずつ扉を開ける者がいた。
出てきたのは、小さな人間の少女だった。彼女はおそるおそる出てくると、
「あの、ママに用があるの。あなたは誰?」
と、小さな声で言った。
「ママ?この人間の女のことか?するとお前はこの女の子供か?」
「そう。あなたは、ナンヴァル人?ううん、違う。あなたの後ろに竜が見えるわ…」
と、少女は妙なことを言った。
「竜だと?いや、私はナンヴァルのハル・ケトラス・ナンという」
「私はリュイよ」
ハル・ケトラス・ナンは面食らってしまった。こんなところに子供がいるとは思わなかったのだ。
「ママは今、お話中ね。あれは、お友達かしら?」
と、リュイは妙なことを言った。
あたりを見回して、
「我々の他には誰もいないが…」
と、ハル・ケトラスは言った。
「おじさんには、見えないの?ええと、ナンヴァル人が一人、それからダルシアのコア大使が来ているの」
と、リュイは親切に説明した。
「何だと?」
ダルシア帝国のコア大使が亡くなったことは、ハル・ケトラス・ナンも知っていた。
タレス人は特殊な能力を持った者たちがいると聞いたが、この女やその子供もそうなのだろうか。おそらくこれは魔法使い達の力とは違う、霊能力というものではないだろうかとハル・ケトラスは思った。
アリュセアはリュイの言う通り、ナンヴァルの元調整官マグ・クガサワン・シャやダルシアのコア大使と話をしていた。
(今、銀の月はリドス連邦王国の艦隊と出ている。間もなく戻るだろうが、それまで私がこのヘイダール要塞を守る手助けをする必要がある)
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
(ライアガルプス陛下、ウル・ナッシュガルがこの要塞を攻撃したことは大変申し訳ないことでした)
と、マグ・クガサワン・シャが言った。ナッシュガルがナンヴァル人なので、責任を感じたのだ。
(理由は何であろうか?)
(あの者は実はマグ・デレン・シャと縁のある者でございます。マグ・デレン・シャの若気の至りと申しましょうか、つまり恋人だったのでございます)
(それで、あの者はマグ・デレン・シャに恨みを持っているのか?)
(いえそんなはずは、あの者は海賊になったとはいえ、マグ・デレン・シャに害意を持つはずはございません)
(今でも、以前の気持ちを忘れてはいないということか?)
(ただ、二人の間には、その子供がいたのでございます)
(子供?)
(はい。マグ・デレン・シャの方は知らないのです。我々ナンヴァル人は人間とは違って卵生です。つまりマグ・デレン・シャの産んだ卵をナッシュガルは持ち去ったのです。私はマグ・デレンには卵は壊れ中の子供は死んだと嘘をつきました)
(では、今この時にヘイダール要塞を襲撃したのは、そのことと何か関係があるというのだな)
(おそらく、……)
だが、それだけだろうか、とアリュセア――ライアガルプスは思った。
ハル・ケトラス・ナンは、アリュセアが目を開けるのを待っていた。
「ねえ、おじさん。要塞はどうなっているの?」
と、リュイは聞いた。人見知りする彼女には珍しいことだった。
「さあ、わからんな…」
「海賊が来たって、言ってなかった?」
「そうかもしれない」
実際、何が起きているのかハル・ケトラスにもよくわからないのだった。
「おじさんは強い?」
「当然だ!」
「ふーん。でも、海賊を退治するほど強くはないでしょう?」
「ふん。海賊など、大したことはない」
と、ハル・ケトラスは見栄を張って言った。
「でも、あの海賊は自分たちの要塞を持っているんでしょう?」
「そんなもの、私にかかればすぐに崩れるわ」
「無理はしなくていいよ。で、おじさんは、何のためにここへ来たの?」
「それはだな、銀の月に弟子入りするためだ」
「へえ、それ、嘘でしょう?」
と、リュイは言下に否定した。
「何だと?」
「ママのところにいるナンヴァル人のおじさんが、ハル・ケトラス・ナンという人は現在のナンヴァルの調整官クラウ・ホスト・ホルと言う人が派遣した軍人で、タリア・トンブン暗殺の指令を受けているって、言っているよ」
と、リュイはスラスラと言った。
その時、アリュセア――ライアガルプスはゆっくりと目を開けた。そして、リュイとハル・ケトラスの会話を聞いていた。
「リュイよ、そこまでにしておくがいい」
と、アリュセアは言った。
「うん」
と、素直にリュイは言った。
リュイには、母親であるアリュセアの姿の向こうに、大きな金色の竜が見えるのだった。今は、その竜がしゃべっていることもわかる。
ハル・ケトラス・ナンは人間型種族タレス人のアリュセア・ジーンと初めて向かい会った。その時、何とも言えない圧力を感じた。相手は人間なのに、何か大きな、非常に大きなものを相手にしているような感覚があった。
「ハル・ケトラス・ナンよ。お前が何を目的として来たのか、すでに分かっている。したがって、お前の目的は達せられることはない。だからナンヴァル連邦に帰るがいい。今なら、帰っても、大丈夫であろう」
と、アリュセアは厳かに言った。
「お、おまえは、おそらく霊能者とかいう者だろう。それは、予知か?」
と、やっとのことでハル・ケトラスは言い返した。目に見えない圧力が掛かっているのだ。
「予知ではない。単なる事実である」
「そ、そうだろうか?私がここで、お前を殺すことも簡単なことではないか?」
と、やんわりとハル・ケトラスは脅した。だが、内心そんなことできるのだろうか、と不安に駆られた。不可思議な圧力がしだいに募ってくるのだ。
「それは、無理というものだ」
と、アリュセアは少しも恐れずに言った。
「そ、そうかな?お前が私と対峙して自分を守れるというのか?」
人間が竜族であるナンヴァル人に勝てるはずがない、とハル・ケトラスは思った。
「そのようなこと、考えるまでもないことだ」
「に、人間のお前が、竜族の私の力を受け止められるというのか?」
と、嘲るようにハル・ケトラスは言った。もちろん、半ば演技だった。口先だけで本当にやろうとはしていない。この高慢な人間の女に対して、何か力を示す必要があると思ったのだ。だが、本当に彼女は人間なのか?とハル・ケトラスは思った。何しろ、あの圧力が減るどころか、だんだん大きくなってきているように感じるのだ。
「やめておくがいい」
「その話し方、おそらく、かつての銀の妻であった、女王サン・シゼラ・ローアンではないか?たとえ、サン・シゼラであっても、私の力を受け止められまい。たかが人間族ではないか」
と、言いつつ、ハル・ケトラスは今や冷や汗を額に浮かべていた。
「それほど言うのであれば、やってみるがよい」
と、アリュセアは言った。
リュイは目をキラキラさせて、成り行きを見守った。自分の母である人間のアリュセアが竜族のナンヴァル人と対峙しているのに、少しも恐怖を感じてはいなかった。
その時、ハル・ケトラスはどうした訳か本気になっていた。アリュセアの挑発に乗って、少々脅すつもりでナンヴァル人の緑の鱗のある太い腕を伸ばした。
次の瞬間、ハル・ケトラスは部屋の隅に弾き飛ばされていた。
何が起きたのか、すぐにはわからなかった。ハル・ケトラスは頭を振って瞬きをすると、
「何をした?」
と、つぶやいた。
ハル・ケトラスは最初魔法でも使ったのかと思った。だが、魔法にしては呪文など唱えていないし、魔法を使った気配もなかった。
「別に何もせぬ。お前が勝手に飛んでいったのだ」
と、アリュセアは言った。
「違うわ」
と、リュイは言った。
アリュセアの後ろにいた金色の竜が三本の指の一本で、ハル・ケトラスを弾いたのだ。リュイはそれをはっきりと見た。
「金色の竜が、おじさんを指で軽く弾いたの。見えなかった?」
「何だと?」
ハル・ケトラスは、キョロキョロとあたりを見回した。
「情けないことだ。ナンヴァル人も、ずいぶん変わったものだ。昔はそうではなかったが……」
と、アリュセアはひどく残念そうに言った。
「お前は何者だ?タレス人ではないのか?」
「アリュセア・ジーンはタレス人だ。だが、私はタレス人ではない」
「お前はアリュセアではないのか?違うと言うのなら、誰なんだ。サン・シゼラ・ローアンではないのか?」
「私は、サン・シゼラ・ローアンではない。ガンダルフではその名であったが、ガンダルフに生まれる前は、ダルシアに生まれていた」
「ばかな、ダルシア人は竜族だぞ。本物の竜だ」
本物の竜はたとえ魂であっても、人間のようなものに宿るとは考えられない。いや、竜ともあろうものが、人間などに宿るとはばかげている、とハル・ケトラスは思った。ナンヴァルでも、そんなことを言う者はいない。
「竜族が人間に生まれるのは不可能だというのか?そんなことはない。ダルシア人の多くは今、ガンダルフやタレスで生まれている。かえって、ゼノンやナンヴァルには人間だった者たちが生まれているのだ」
と、アリュセアは言った。
「そんなバカな。では、私は…」
と、ハル・ケトラスは不安でいっぱいになりながら聞いた。
「案ずるな、お前はもともと竜族だ。ダルシア人だったのだ」
「本当か?」
と言って、ハル・ケトラスはホッとして今度は素直に信じている自分に驚いた。
「ナンヴァルやゼノンには今、かつてダルシア人だった者はあまりいないのだがな。だが、完全にいなくなると彼らの文明が崩壊してしまう恐れがある。だから、少しはいるのだ」
と、アリュセアは静かに語っていた。
「もしかして、ナンヴァルが衰退していくのは人間が生まれてきているからか?」
「そうではない。ナンヴァル文明自体が未熟なものだからだ」
「未熟?それはどういうことなのだ?」
「お前自身が今、それを証明したではないか。竜族だ、人間族だと、姿かたちですべてが決まったように言っている。だが、本当は姿形だけではなく、その体に宿っている魂の問題なのだ。たとえ、人間の姿であっても竜族の魂を持つものは、その力を発揮することが可能だ。もちろん、自分が竜族であると自覚していなければできないが」
「では、今のナンヴァル人はかつて人間だった者が多いということか?そうなると、ナンヴァルはこのまま衰退していくしかないのか?」
「そんなことはない。人間がただ弱く劣っていると考えるのは間違っている。かつてガンダルフにいた人間たちは、つまり古代のガンダルフの人々はダルシアと同程度かそれ以上の文明を築いていたのだ」
と、アリュセアは言った。
「つまり、本来の能力、魂においてはそれほどの差はないということか?」
「そういうことだ。今でもガンダルフの五大魔法使いは人間だ。彼らはナンヴァルやゼノンの魔術師よりも強力ではないか?本来の能力をどうやって引き出し、発揮していくかが問題なのだ」
「では、聞く。タリア・トンブンは現在タレス人だ。だが噂によると、かつてアプシンクスと呼ばれるダルシア人だったという。それは本当か?」
ハル・ケトラスはそれを確かめてみたいと思っていた。噂にしかすぎなかったが、もし、それが本当なら、自分に与えられた任務を放棄してもいいとまで思い詰めていた。だが、誰にも答えられるはずがないのだ。ただ、かの銀の月ならもしかして何かを知っているかもしれないと考えていた。
「そうだ。まだ、全てのダルシア人の能力が目覚めているわけではないが…」
「本人の自覚が未だ足りないということか?」
「そうだ」
ハル・ケトラスは黙り込んだ。これまで自分が保持していた常識が覆されたからである。
122.
ジャナ少佐とカール・ルッツはリドス連邦王国の宿舎まで引き返して来て、そこに扉がないことに気が付いた。
「あら?扉はどこ?」
それを見たマグ・デレンは、
「落ちついて…」
と言って、扉があったと思われる箇所を叩いてみた。
すると、隠れていた扉が現れた。
「これは、魔法なの?」
と、カールは驚いて言った。
「魔法ではありません。ただ隠していただけでしょう」
と、マグ・デレンは言った。
その扉はマグ・デレンが叩くと現れたが、しばらくするとまた見えなくなった。
「これは魔法ではなく、誰かがこの扉のある辺りを叩くと、その振動で出てくるようになっているのでしょう」
と言った。
マグ・デレンが再び叩くと、扉がまた現れた。
扉が現れるとマグ・デレンやカールとその一行は、急いで部屋の中へ入った。
すると、また扉が見えなくなった。
海賊ウル・ナッシュガルがディポックとクルム少佐を連れてやってきたのは、扉が見えなくなってからだった。
「あれ?この辺りだと思ったんだが…」
と、ディポックは言った。
「嘘じゃないだろうな?」
と、ナッシュガルが言った。
「本当だ。ここに中へ入る扉があったはずだ」
と、クルム少佐が言った。
「銀の月は留守だったはずだな?」
「確か、アリュセアがいるはずだ」
と、クルム少佐が言った。
「ふん。サン・シゼラ・ローアンか…」
「だが、サン・シゼラは魔法使いではなかった。予知者としては知られていたが…」
と、青いローブのウル・ガルが言った。
「ならば、我々がここに来ることは承知だろう」
青いローブのウル・ガルは右手に持った魔法の杖かと思える長い枝のような杖を床にドンとたたきつけるように立てると、
「サン・シゼラ・ローアンに物申す。ここを開けられよ。我々はあなたに話があるのだ」
と、声高に言った。
部屋の中のアリュセアはもちろん、スクリーンで外の様子を見ていた。
「あれは、誰なの?」
と、カールが聞いた。
マグ・デレン・シャは、スクリーンに映った海賊に一瞬目を大きくした。だが、黙って事の成り行きを見守っていた。
「あれは、おそらくウル・ナッシュガルという海賊だろう」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
海賊達の傍にヤム・ディポックとクルム少佐の姿が見えた。あまりゆっくりと答えを考えている時間はないのはわかった。
「でも、サン・シゼラ・ローアンに話があると言っているようだけど…」
と、不思議そうにカールは言った。
なぜ、海賊たちがサン・シゼラと言う名前を知っているのだろうか、とカールは思った。ウル・ガルという魔法使いなら知っていてもおかしくはない。だが、それでもサン・シゼラという名を指定してくるのはやはり、要塞の内部の情報を知っているとしか思えなかった。
「ふん。確かに、私はサン・シゼラでもある。だが、今の私はライアガルプスだ」
と、アリュセアは言った。
「どちらにしても、外から見たらあなたはアリュセアにしか見えないわ。向こうがサン・シゼラと呼びかけても、ライアガルプスであるあなたが出てもかまわないのでしょう?」
と、カールは言った。
「まあ、向こうはサン・シゼラに会ったことはないだろうからな」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
「ここは開けられぬ。お前たちが何者かわからないうちは」
と、声が外に響いて来た。
ウル・ガルはその声を、サン・シゼラのものであると推測して、
「我々は、あなたの敵ではない。話があるのだ」
と、言った。
「話をするのに、人質はいらないだろう。なぜ、ヘイダール要塞の司令官を人質に取っているのだ?」
と、再び声が言った。
「彼らのことか?」
と、ウル・ガルはディポックとクルム少佐を振り返って杖で指した。
「あなたが、我々にあってくれるならば、解放しよう」
と、ウル・ガルは言った。
「本当か?本当だというのならば、彼らをお前たちの前へ、出せ!」
と、声が言った。
ウル・ガルはもの問いたげにナッシュガルを見た。
「いいだろう。その二人を前に出せ」
と、ナッシュガルは部下に合図した。
「ふん。こちらの言う通りにしたか。では、私も出るとしよう」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
「ちょっと待って」
と、カールが言った。
「何事か」
「まだ、彼らが信用できるとはかぎらないわ」
「もちろんだ。だが、私はライアガルプスだ。あの魔法使いなど、私の敵ではない。だから、何が起きても心配はいらぬ」
「でも、ディポック司令官とクルム少佐の二人も人質なのよ」
と、カールは食い下がった。
いくらライアガルプスがダルシア人だとしても、海賊と交渉し、自分と二人の人質まで面倒を見るのは大変だとカールは思ったのだ。
「わかっている。私自身は大丈夫だが、そうだジャナ少佐、あなたの子猫に二人のことを頼みたい」
と、アリュセアは言った。
「え?ちょっと待ってください」
と、ジャナ少佐は言うと、ゴソゴソと軍服の中から子猫を取り出した。
取り出された子猫は、最初ジャナ少佐の手に咬みついていたが、アリュセアに気が付くと、
「ミャァ」
と、鳴いた。
「見えるか?あのスクリーンに映っている、ディポック司令官とクルム少佐の二人だ。私が海賊達と話している間に、何とか二人をこの部屋に移してほしい」
と、アリュセアは指さして子猫に説明した。すると、
「ミャア!」
と、力強く子猫は鳴いた。




