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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
11/153

ダルシア帝国の継承者

98.

 ケル・ハトラス・ナン大佐は、ナンヴァル連邦に帰る艦に乗り込む部下たちを見送っていた。

 ナンヴァル連邦から来た奇襲部隊で負傷して生き残った者は、タ・ドルーン・シャが乗って来た旗艦と数隻の艦で本国に戻されることになったのだ。

 タ・ドルーン・シャは要塞にマグ・デレン・シャと残ることに決めたので、副官のカス・マゴール・ハン少将が指揮を取ることになっていた。

「本当に、ここに残られるのですか?」

と、クル・ラコス・ラン中尉が言った。

 その隣に、魔法使いのデル・カロイス・フーラが不服そうに立っていた。

「どうしてもやりたいことがあるのだ」

と、ケル・ハトラス・ナンは言った。

「しかし、大佐。ここに残ることになれば、大佐の軍籍も剥奪されます。それでよろしいのですか?」

と、心配そうにクル・ラコス・ラン中尉が言った。

 ケル・ハトラス・ナンの家は代々続いた軍人の家系だった。軍人階級の中でも名門で、地位が高かった。今回の任務が無事に終了すれば、将官の地位に就くだろうと期待されてもいたのだ。

 それが、任務に失敗してしまった。だから、戻っても昇進の件はないどころか、逆に失敗の責任を取らされて身の安全も保障されないだろう。噂で聞く今度のナンヴァルの調整官の傾向性を推測すると、名門とか地位での酌量は期待できないと思われた。

 しかし、ケル・ハトラス・ナンがヘイダール要塞に残る主な理由は、別にあった。ただし、その理由については部下にさえ、話さなかった。長年一緒に任務についていた魔法使いのデル・カロイス・フーラにも話してはいなかった。

 乗船用の扉が閉まると、タ・ドルーン・シャ提督の旗艦と他の艦はゆっくりと駐機場から出て、ナンヴァル連邦へ向けて出発した。


 ヘイダール要塞の司令室では、マグ・デレン・シャとタ・ドルーン・シャがスクリーンでナンヴァル連邦の小艦隊が出発するのを見ていた。

「本当に、帰らなくてよろしいのですか?」

と、心配そうにディポックが言った。

「ナンヴァルにはもう私の居場所はないでしょう。もう親兄弟や親族もいないのです。ですから、私がいなくなっても誰も悲しむものはいません」

 ただ一人マグ・デレン・シャのことを気に掛けていたマグ・クガサワン・シャは亡くなったのだ。

 マグ・クガサワン・シャはマグ・デレン・シャの後ろ盾の一人だった。マグ・デレンの亡くなった両親に替わって彼女が司祭階級で一人前になることを教えてくれた人だった。

 公式に寿命がおよそ5百年あると言われるナンヴァル人でその寿命をまっとうする者は、ほとんどが司祭階級の者だと言われている。それでも病気や事故で亡くなる確率は高く、実際は三百年ほどだと言われていた。

 司祭階級では労働は一切せずに、ナンヴァルの知恵を学び、瞑想する日々を送るのが仕事だった。そのため、他の階級、特に労働者階級からは差別だと、特権的階級だと言われていた。しかし、司祭階級の者たちの指導者としての資質は高く、常にナンヴァルを正しい方向に導いて来たのだった。そうした高い評価をしていたのが、ダルシア帝国の者たちだった。

 ダルシア帝国の本来の種がいなくなった今、ナンヴァル連邦で他の階級の者たちが司祭階級に成り代わって指導者の地位に就くべきだという気運が盛り上がってきたのだ。

 もともとナンヴァル連邦の指導者となるのは、司祭階級の者と限られていたわけではない。軍人階級の者も、商人階級の者も、労働者階級の者も指導者となれないことはない。しかし、数としては司祭階級の者が多いというのは事実だった。実際ここ千年くらいは、司祭階級出身の調整官ばかりだったのだ。

 マグ・デレンは現在のナンヴァルの情勢を自分なりに理解していた。

 つまり、商人階級の者が突然調整官になったということはクーデターが起きたということだが、その原因はナンヴァルの階級制度にも一因があるのではないかということである。

 建国当時とは違い、硬直してしまった階級制度は各階級の不満を呼び、ダルシア帝国が滅ぶという外的要因であっさりとクーデターが起きたのだ。そこにはゼノン帝国による誘いもあったのだろう。もちろん、他にも多くの原因があるのだろうが、おおよそこれが本当のところだろうと考えられた。

「それで、要塞に亡命を申請されるそうですが、本当にそれでいいのですか?」

と、ディポックは言った。

「他に行くところもないのです。このあたりにはジル星団の定期航路もありませんし、もちろん、そのようなものがあっても行くところがないのですが……」

「マグ・デレン、私はいつもあなたと共にあるつもりです…」

と、タ・ドルーン・シャが言った。

「ありがとう、タ・ドルーン・シャ。そのあなたの判断が正しいものであることを望みます」

と、マグ・デレンは言った。

 タ・ドルーン・シャの他には、魔法使いのフェル・ラトワ・トーラや数人のマグ・デレン・シャの従者が残ることになった。軍人たちは、タ・ドルーン・シャと共に残りたいと望んだ者も無理やり本国に帰すつもりだった。もし、軍人たちが残ることを認めると、彼らは後に反逆者の汚名を着せられることを覚悟しなければならない。それが、軍人階級と他の階級との違いである。

「マグ・デレン・シャ、タ・ドルーン・シャお二人とも、このヘイダール要塞に亡命されたことを歓迎します。あまり大したことはできませんが、少なくとも衣食住の不自由はさせませんので」

と、ディポックは言った。

「ありがとうございます、ディポック司令官。何か、私たちにできることがありましたら、できるだけのことをさせてください」


 ケル・ハトラス・ナン大佐は、ナンヴァルの艦が行ってしまうと、

「この要塞にいる銀の月に会いたいのだが……」

と、ナンヴァル連邦の奇襲部隊の監視にあたっていた要塞防御部隊の士官に言った。

「その前に、なぜあの艦に乗らなかった?お前が残るとは聞いていないぞ」

と要塞側の士官は、勝手に残ったケル・ハトラス・ナン大佐に熱線銃を突き付けて言った。

「急にこの要塞に亡命したくなったのだ。確か、マグ・デレンとタ・ドルーンについては亡命を認められたと聞いたが、私ではできないのか?」

「お前は、要塞に来た奇襲部隊の者ではないか。しかも指揮官だ。ナンヴァルの艦隊でやってきた彼らとは違う」

「任務に失敗した私は、本国に戻っても、左遷か更迭だ。軍籍の剥奪やもっと重い罪に問われる可能性もある。だから残りたいのだ」

と、ケル・ハトラスは訴えた。

「ともかく、急に言われても我々では判断できない。上に話を通すからそこで待っていろ!」

と言うと部下の兵士にその場をまかせて、フルグライト中尉は近くの通信装置を探した。

 と、その時タリア・トンブンが要塞の駐機場にやってきた。タリアが来たのはフォトン号の様子を見るためだった。専門のタレス船の整備士がいないこの要塞では、整備もままならない。今はフォトン号の船長と航海士が整備を続けていた。

 やってきたタリアを見て、ケル・ハトラス・ナン大佐は、

「あれは、誰だ?」

と、要塞の兵士に聞いた。

「彼女はタレスの亡命者だ。確か、名はタリア・トンブンだったかな……」

と、彼は言った。

 ケル・ハトラス・ナン大佐はタリアをそれとなく観察していた。そのうちに、上官に確認したフルグライト中尉が戻ってきて言った。

「司令官が会って下さるそうだ」

「それは、ありがたい」

「ついて来い!」

 フルグライト中尉は先に立って歩き出した。ケル・ハトラス・ナン大佐はその後をついていった。


 司令官の執務室にはディポックの他にマグ・デレン・シャとタ・ドルーン・シャが待っていた。

 フルグライト中尉と中に入って来たケル・ハトラス・ナン大佐は、ナンヴァル人二人の顔を見ると、表情が硬くなった。そして、ナンヴァルの正規の軍人らしく、不動の姿勢を取って、

「私は、ナンヴァル連邦軍、ケル・ハトラス・ナン大佐です」

と、堅苦しく言った。

「私が、この要塞の司令官、ヤム・ディポックだ。ええと、亡命を申請したいということだったかな?」

「そうです。私は任務に失敗しました。帰っても降格か、左遷かどちらにしても軍人としては終わりです。ですから亡命を希望しました」

と、ケル・ハトラス・ナン大佐は言った。

「しかし、本国に家族はいないのかな?」

「私にはもう家族はいません。ですから、その心配はありません」

「でも、ケル・ハトラス・ナンの家系は軍人としても名門なのではありませんか?その家を絶やしてよいのでしょうか?」

と、マグ・デレン・シャは言った。

「私一人くらいいなくなっても、誰も困りません。それより、私にはやりたいことがあるのです」

と、ケル・ハトラスは言った。

「やりたいこととは、どんなことかな?」

と、ディポックは聞いた。

「この要塞にガンダルフの魔法使いがいることはわかっています。かの有名な五大魔法使いの一人、銀の月です。私は彼に弟子入りしたいのです」

「しかし、お前は軍人ではなかったのか?」

と、タ・ドルーン・シャが言った。

「軍人としては、もう終わりです。もともと私は成人する前、魔法使いになれる可能性もあったのです。しかし家が軍人の家系でしたので、その道はいったん諦めました。ですが、ここに銀の月がいることを知って、その望みがかなうかもしれないと思ったのです」

と、ケル・ハトラスは力説した。

「ナンヴァルの奇襲部隊の指揮官として来た君を、そう簡単に信用するわけにはいかない。ともかく、一応、ケル・ハトラス・ナン大佐、君の亡命申請は仮に許可しよう。いいか、仮にだ。まだ、正式に許可するわけではない」

 ディポックはナンヴァル連邦の元大佐ケル・ハトラス・ナンを24時間の兵士の監視付で、要塞に滞在する許可を出した。


99.

 リドス連邦王国のベルンハルト・バルザス提督は、中空に魔法のスクリーンを生じさせてヘイダール要塞司令官の執務室の中を見ていた。

「そんなことをしていいの?」

と、アリュセアは聞いた。今は本来のアリュセア自身に戻っている。

「君が秘密にしてくれれば大丈夫さ」

と、バルザス提督は言った。

 バルザス提督のヘイダール要塞における宿舎は、以前帝国軍のいたときには将官クラスの宿舎に使っていたと思われるところで、部屋数も多かった。中でも、数多くの部屋の扉がある居間にあたる部屋は広々としていて多人数用の椅子のセットも置かれていた。

 アリュセアはまだバルザス提督の宿舎に子供たちとともにいた。前の部屋は扉が壊れてしまったし、まだどこにタレス連邦のスパイがいるかわからないので、安全のため一緒にいるのだった。他にカール・ルッツ提督もナル・クルム少佐もドルフ中佐もいた。彼らはバルザス提督――銀の月の魔法に慣れているようだった。

「この要塞の中は、どこでもお見通しのようだ」

と、クルム少佐が言った。

「ケル・ハトラス・ナン大佐。彼は危険だ」

と、バルザスは言った。

「あなたがそんなことを言うなんて、珍しいのね」

と、カール・ルッツが言った。

 カール・ルッツにとってはバルザスの意見は個人的見解ではなく、機密事項に近いのではないかと感じていた。他の者にはあまり関係ないことのように思えた。ただバルザスにとっては、ジル星団の魔法や超能力者のいる世界では自分以外の者も知っているべきだと思って言ったのだ。

「聞いていてほしいからだ。アリュセア、君には子供たちもいる。危険はできるだけ、避けなければならない」

「まるで、リドスの人間でない私たちも危険が及ぶような言い方ね」

と、アリュセアは言った。

 そのアリュセアも何か感じることがあった。危険が迫っているという感覚だ。ここには子供たちもいるから無関心ではいられない。

「ディポック司令官も、何か感じるものがあるのだろう。だから、亡命要請を仮に許可したのではないか」

と、クルム少佐が言った。

「ナンヴァル連邦もだいぶ前と変わってしまったようだ。かつてはゼノンとの共同作戦など一顧だにしない関係だったのに…」

と、バルザスは言った。

「つまり、ナンヴァル連邦の奇襲部隊は去ったものの、いまだ危険は去っていないということですね」

と、ドルフ中佐が言った。

「そうだ」

「その危険の中心が、あのケル・ハトラス・ナン大佐か?」

と、クルム少佐が言った。

「そうとも言えます。だが、まだはっきりとはしていない。コア大使やナンヴァルの前調整官マグ・クガサワン・シャが調査に行っているから、彼らが帰ってきたらはっきりするでしょう」

 コアやマグ・クガサワン・シャはもうこの世の人ではない。彼らは肉体を去った精神だけの存在、いわゆる魂とか霊とか言うものとなっていた。他の者には見えなかったが、その存在はアリュセアやバルザス提督にははっきりと見ることができた。

「一つ聞きたいことがあるのだけれど…」

と、アリュセアが言った。

「何だい?」

「コア大使やそのマグ何とかと言う人は、見えない宇宙船にでも乗って移動しているの?」

 アリュセアは、もしかしたら宇宙船の形の霊的な存在でもあるのかと思ったのだ。そうでなければ、いくら肉体がないとはいえ、宇宙の中で存在していられないだろう。

「いや、そんなものは彼らには必要ない。もちろん、普通の人の霊だったら、宇宙船にでも乗らないと移動はできないがね」

「すると、コアやマグ何とかは普通とは違うのか?」

と、クルム少佐が言った。

「その普通という言い方は、彼らに対しては失礼じゃないですか。二人とも、一応元国家元首にあたるのですから。まあ、そこらへんの国家元首では宇宙船に乗らないとどこにも行けないけれども、あの二人は宇宙船に乗る必要がないということです」

「ケル・ハトラス・ナン大佐の危険性は、TPならわかるの?」

と、アリュセアは聞いた。

「どうだろうね。TPと言っても、その能力には大きな差がある。普通のTPでは簡単に惑わされてしまうだろう」

「と言うことは、あのケル・ハトラスというのは、かなりの能力者なのかしら?」

と、カール・ルッツが聞いた。

「私が知っているのは、彼の祖父ケル・ラトラス・ナン大佐だ。もうだいぶ前に死んだそうだが、彼は大変な能力者で魔法使いだったよ」

と、バルザスが言った。

「え?彼は、ナンヴァルの軍人で魔法使いではないのではありませんか?」

と、ドルフ中佐が言った。彼の知識ではナンヴァルの軍人階級の者は魔法使いではないし、逆に魔法使いを嫌う者が多いと聞いている。

「昔は、ナンヴァルでは多くの人々が特殊能力や魔法を使っていたものだ。今ではかなり廃れてしまったが…」

「それは、ナンヴァル人が退化したということだろうか?」

と、クルム少佐が言った。

「いや、そうではないのです。単に、生まれてくる者たちが変わっただけで、」

「生まれてくる者たちが変わった?それはどいう言うことか」

「まあ、話すと長くなりますが…」

 そこへ、来客を告げるインターホンが鳴った。


 バルザスが指を鳴らして、魔法陣の小窓を作り、外の映像を映し出した。

 そこに映ったのは、ナンヴァルのケル・ハトラス・ナンだった。その後ろに監視役の兵士が二人立っている。

「私は、ナンヴァルのケル・ハトラス・ナンと言う者だ。こちらに、ガンダルフの魔法使い、銀の月がおられると聞いて来た」

「ここには、銀の月はいない」

と、バルザス提督がインターホンを通じてにべもなく言った。

 周囲の者が唖然として、バルザスを見た。しかし、バルザス本人が自分を『銀の月』だと言ったことはないことに彼らは気が付いた。バルザスを銀の月だと言ったのは、たった一人である。いつかの暗黒星雲の種族の男だった。

「その声は、もしかして私の剣を持って行った魔法使いか?」

「さあ、知らないな。何か、勘違いしていないか?」

と、バルザスは飽くまでとぼけて言った。

「あなたが、銀の月だと私は判断した。だから、私は会いにやってきたのだ。会って貰えないだろうか?」

「断る」

と、バルザスは言った。

「待ってくれ、私は長い間、ガンダルフの魔法使いである銀の月を探していた。やっとあなたを見つけたのだ。どうか、私に会ってほしい」

「銀の月はここにはいない」

「それなら、私はあなたが会ってくれるまで、ここを動かない」

と言うと、ドアの前に座り込むのが見えた。

 バルザスは、その様子を魔法陣の小窓から見ていた。他の者たちもそれを見ていた。

「さて、いつまであんなことをするつもりだろうか?」

と、クルム少佐が言った。

「ナンヴァル人は頑丈にできています。ちょっとくらい飲み食いしなくても死にはしません。まあ、諦めるまでやっていればいいでしょう」

と、バルザスは冷たく言った。

「でも、それでは外に出られないでしょう?」

と、アリュセアが言った。

「そんなことはない。この頃はいつも扉など使っていないだろう」

「そうね。あなたはいつも魔法を使っている。でも、それではあなたが魔法使いであると言っているようなものではないかしら」

と、カール・ルッツが言った。

「別にそう思われても構わない」

「あなたがそんなに彼のことを避けるのはどうしてなの?」

と、アリュセアが言った。

「ケル・ハトラス・ナン大佐の意図がどこにあるのか、はっきりするまでは彼の前には出るつもりはないんだ」

と、バルザスは言った。

「すると、コアやマグ何とかが戻ってくるまでの間ということか?」

と、クルム少佐が言った。

「そういうことです。それほど時間はかからないと思います。だが、アリュセア、君と子供たちは彼の前に出ることは止めた方がいい」

「でも、入口は、他にもあるの?私は魔法使いじゃないわ」

「もちろんだ。ここは、一応帝国時代は将官クラスの宿舎だった。こういう部屋には別にもう一つ入口があるはずだ」

 バルザスは、マントルピースを模った場所のすぐ上のところをトントンとたたいた。

 すると、その壁に宿舎の見取り図が浮かび上がった。

「ここが、今いる場所だ。外へ出る扉はこことここ。つまり、今まで使っていた扉の反対側の方にもう一つの扉がある」

「その壁、もしかしてスクリーンになっているの?」

と、アリュセアが聞いた。

「そうだ。ここは見取り図だけではなく、やりようによっては、ほら…」

 どこをどういじったのかは見えなかったが、見取り図が外の情景に替わった。そこにケ・ルハトラスが座り込んでいる様子と監視の兵士二人の姿が映った。

「こんなものが、あったのか……」

と、クルム少佐が驚いて言った。

「これは別に魔法ではありません。だから、誰でも扱えるものです」

と、バルザスは言った。

「確かライアガルプスがこの要塞を作ったのは銀河帝国だけではないと言っていたが、それはどういうことなのだ?」

と、クルム少佐が聞いた。これはどうしても聞いておきたいと思ったことだった。少なくとも彼は士官学校で、ヘイダール要塞は銀河帝国が誇る宇宙に浮かぶ軍事要塞だと習ったのだ。

 バルザスは、少し考え込むように黙った。そして、ため息をついて言った。

「ライアがそう言ったのですね。それなら仕方がない。本当はもう少し黙っていて欲しかったのですが…。

 このヘイダール要塞はおよそ百年ほど前、銀河帝国によって建設されたと公式記録にはあります。ですが、じつはこの建設には密かにダルシアやリドスや、その他にもその建設を助けた人々がいたのです。ですから、この要塞にはたくさんの秘密が隠されているというわけです。そのことについては、これからディポック司令官に話をしなければなりません。彼がここの司令官であるなら、知っておくべきだからです」


100.

 彼は性懲りもなくヘイダール要塞の近くまでやってきていた。暗黒星雲の種族の一人、リード・マンドとも呼ばれている存在だった。

 どうもあの要塞は怪しい。ふたご銀河のロル星団の銀河帝国が百年前に作ったと言うことは事実なのだが、それだけではないような気がするのだ。

 百年前と言えば、彼はこのあたりには近づかなかった。あの時は、ここから100万光年離れた銀河で、もう一人の同朋と新しい文明とか言うものにちょっかいを出していたのだ。あの文明はどうしただろうか?結構面白い見ものだったが、今はどうなっているだろうか、と少し興味を覚えた。

 けれども、それよりもこのヘイダール要塞の方が面白い気がした。何か秘密の匂いがプンプンするのだ。複数の文明の技術の匂いがする。その公式記録にない、何かが彼の興味を引くのだ。

 だが、かなり気を付ける必要がある。この辺りはリドス連邦王国の王女が守るテリトリーなのだ。

 この間は失敗した。まさか、銀の月を呪縛しても王女を呼ぶ方法があるとは思わなかったのだ。リドス艦隊の提督でもある銀の月さえ動けなくしてしまえば、来られないと思ったのだ。だが、それでも王女は来た。ということは、提督ではなくても王女を呼べるということだ。これは重大な発見だった。

 リドス連邦王国の王女は暗黒星雲の種族にとって、天敵と言える存在なのだ。

 宇宙は広大だが、暗黒星雲の種族と言えども、活動範囲はそう広くはない。宇宙は暗黒星雲の種族の想像を超えて広がっている。それを観察していると、まさにそれは本物の神が存在すると思えるほどだ。

 だが暗黒星雲の種族と言えど、本物の神に会ったことはない。知性の低い劣等種族などはよく『神』と言うものの存在を信じているが、暗黒星雲の種族はその存在を未だ見たり、聞いたり、感じたりしたことはないのだ。

 それなのにリドス連邦王国の王族は、『神』は存在すると言い切るのだ。

 彼らは、本物の『神』と言う者を見たことがあるというのだろうか、というのが彼の疑問なのだ。未だそんな種族や人物に会ったことなどはない。だからこそ、自分たちのような他に類をみないような高度に発達した種族が『神』を僭称したときに騙されるのだ。

 いや、騙すのではない。ほとんど『神』と同じような力を持っているのだから。

 連中ときたら、彼と同様『神』と同じような力を持っているというのに、いったい何が『神』と違うと言うのだろうか。それとも、『神』というのはもっと想像を超えた力を持っているというのだろうか。

 ヘイダール要塞の近くを浮遊していると、何か光るものがヘイダール要塞に入るのが見えた。

「あれは?」

と、彼は目を見張った。つまり、肉体があればそういう行動をとったということである。

 その光が何を意味するのか、彼にはわかった。


 タリア・トンブンはヘイダール要塞の司令室へ急いでいた。また、タレス連邦から船が来たというのである。

 今回はナンヴァルの奇襲部隊が来た時に知った、リフトの転送装置を使ったので、思ったより早く司令室に着いた。

 司令室のスクリーンを見ると、確かにタレス連邦の船だった。

「やあ、タリア早かったね」

と、ディポックは言った。

「何と言っていました?誰が来たんです?」

と、タリアは息を切らせて聞いた。

「いや、まだタレス連邦からの難民だとしか聞いていない」

「すみません司令官。我々ばかり押しかけて来て」

と、すまなそうにタリアは言った。タレス連邦の仲間が増えるのはいいが、この要塞にとっては厄介者なのではないかと思うのだ。

「そんなことはない。できることがあるなら、何でもするつもりだ」

「でも、今回も、もしかしたらタレス連邦のスパイがいるかもしれません」

「それはわかっている。だが、拒否したりはできない。それに、惑星連盟について何か情報を持っているかもしれないしね」

と、ディポックは言った。

 マグ・デレン・シャが惑星連盟大使を解任され、ナンヴァル連邦から亡命せざるを得なくなって、ジル星団からの情報はほとんど入って来なくなった。だから、どんな情報でも貴重だった。

「どうでしょうか。タレス連邦は惑星連盟の中ではあまり重要な地位にはいないと思います」

「そんなことはないよ。それでも、少しでも情報は欲しいものだからね」

 タリアがスクリーンを見上げると、

「タレス船から通信です」

と、通信員が言った。

「こちらは、タレス連邦の貨物船ウィーク号。こちらにタリア・トンブンはいますか?我々はタレス連邦からの難民を乗せています」

 スクリーンに映ったのは、タリアには見たことのない人物だった。

「知り合いかい?」

と、ディポックは聞いた。

「いいえ。私は見たことはありません。でも、すべての仲間の顔を知っているわけではありませんから」

と、タリアは言った。

「タリア・トンブンはこの要塞にいます。タレス連邦からの他の難民たちもいますよ」

と、ディポックは言った。

「それは、よかった。噂でこちらにタリアがいると聞いてやって来たのです。そこにいますか?」

と、スクリーンに映った人物が言った。

「いるわ。私がそうよ。あなたは誰かしら?」

「タレス連邦の第二首都ダンバから来ました。私はグローク・アンバといいます。船の仲間はダンバの者がほとんどです」

「そうなの。でもタレスの仲間なら歓迎よ。ここの司令官も友好的だから、難民として滞在を許可してくれるでしょう」

「もちろん。難民としてこのヘイダール要塞に滞在することを許可します」

と、ディポックははっきりと言った。

「ありがとうございます」

と、グローク・アンバは言って、要塞に入港の指示を聞いて通信を切った。

 タリアはため息をついた。これでよかったのだろうか。このヘイダール要塞に少しずつタレスの仲間が集まってくるのはいいが、要塞を危険に晒しているような気もするのだ。

「どうしたんだい、タリア?」

と、ディポックが聞いた。

「何となく、これでいいのかと不安で」

「今は、他に仕方がないだろう。それより、この前言っていた、要塞でレストランをしたいと言っていた人はどうなった?」

と、ディポックは話題を変えた。

「色々準備をしているようです。司令官、本当にありがとうございました。他の人も何か始めたいとか言ってきているようですね」

「何もしないでいるより、いいと思うよ。何しろ、ここはいっぱい部屋というか店だったところが余っているんでね。そうした店ができるとこの要塞もにぎやかになるし、我々も便利になる」

「ただ、その後のことが、…」

「それは、もう少し、落ち着いてから考えたらどうだろう。すぐにと言っても、無理じゃないのかな」

「でも、あまり長居をすると、ここに腰を落ち着けてしまいそうで」

「そうなったら、そうなったで構わないさ。ここは確か五百万人でも住めるようになっているんだ。今は君たちを数に入れても百万人には欠けるだろうね」

 タリアは、このままこの要塞に居ついてしまうようなことをするのはよくないと思っているのだ。レストラン等の店や仕事を始めてしまうと、要塞を簡単に去ることはできなくなるのではないかと思っている。それでは逆に始めたことが仇になるのではないか。

 かと言って、何もしないでいることも精神衛生上よくないことは確かだった。それに、すぐに移住先の惑星を決めることも難しいのだった。


101.

 ブルーク・ジャナ少佐はヘイダール要塞の展望室にいた。

 彼は、昔から星空を見るのが好きだった。この要塞に来てからは、任務のないときはこの展望室に来るのが癖になっていた。本物の星空ではないのだが、真近に星々が見えるのが気に入っていた。

 その時、展望室のどこからか、

「ミャァ」

と言う、小さな鳴き声がした。

「猫かな?」

と、ブルーク・ジャナは言うと、あたりを見回した。この要塞に猫なんていただろうか、と一瞬思っていると、隅の方に小さな動物が見えた。

 相手を驚かさないようにゆっくりと移動しながら近づいていくと、子猫がブルークを見て、

「ミャァ」

と、鳴いた。

「こんなところに、どこかの船から降りてきたのかい?それとも、誰かが捨てていったのかな?」

と、ブルークは子猫に話しかけた。

 しかし、子猫はただ、

「ミャァ」

と、鳴くだけだった。

 近くで見ると、目が青く澄んでいて、とてもきれいだった。

 手を伸ばして子猫に触ると、子猫は黙っておとなしくしていた。そして、ひと声、

「ミャァ」

と鳴いて、ブルークの手を舐めた。

「おいで、家に来るかい?」

とブルークが言うと、返事をするように

「ミャァ」

と、また鳴いた。

 ブルーク・ジャナ少佐が子猫を自分の宿舎に連れて帰った。

 寝台の傍に小さな子猫用の籠を置いて毛布を敷くと、子猫はすぐにその中に入って丸くなった。エサは子猫が小さいのでミルク缶から出してやった。


 彼は、要塞に入った小さな光の主を探していた。

 リドス連邦王国の王女に警告されていったんは要塞から退いたのだが、興味を引くものを見つけたので再びやって来たのだ。だから、この要塞にいるはずの銀の月に悟られぬように、できるだけ穏便に姿を現すようなことは避けていた。銀の月にまた見つかりでもしたら、すぐにあの王女に通告され、今度は警告だけではすまない。

 だが、いつまでもあの忙しいリドスの王女がこの要塞を見張っていることはないと分かっていた。それでも冷や汗を掻きそうになったのは、一度や二度ではない。ただ、銀の月は目下他に気になることがあると見えて、彼の存在を感じる暇はなさそうだったのは幸いである。

 銀の月が気にしているのは、リドスの連中のいる宿舎の前に座り込んでいるナンヴァル人だと彼にはわかった。

 ナンヴァル人については、ここではガンダルフの銀の月と同じくらい彼は詳しかった。古代のナンヴァル人は今のナンヴァル人と違って、どの階級であっても特殊能力や魔法を使うことができた。今はナンヴァル人の中の魔法使いという、どの階級にも属さない少数の者たちがそうした力を使うことができるにすぎなかった。

 彼に言わせれば、これはナンヴァル人が退化したということだった。かつては多くの能力を使えた種族が使えなくなったのだ。他に考えようがない。だが、例えばダルシア人やリドスの連中によると、他の考え方もあるらしかった。

 劣等種族にとっては数十年だが、彼のような『神』のごとき種族にとってはそのような年月は瞬きするほどの時にしか過ぎない。それくらいの時間を遡って、彼はリドス連邦王国の首都ガンダルフの宮殿で女王と話をしたことがあった。

 リドス連邦王国の女王は、彼に言った。

「ナンヴァル人が退化した?そんなことはありません。彼らは新しい環境で新しい種族として生まれ変わっているのです」

「新しい種族?どの種族だ?どこも平凡な、いや弱い種族ばかりではないか。第一、このジル星団で最も優れた種族と言えば、ダルシア人ではないのか?ナンヴァル人はダルシア人に生まれ変わっているというのか。だが、ダルシア人は滅びかかっているではないか」

と、彼は反論した。

 彼の言っていることは単なる事実だった。かつて、最高度に発達したダルシア人は片手の指の数よりも少なくなっていた。もっとも、そのダルシア人が滅びる原因を作ったのは彼を代表とする暗黒星雲の種族だったが。

「確かに、このジル星団ではダルシア人が最高に発達した種族でしょう。ですが、最高と言うことは、それ以上に発達することはない、と言うことを意味しませんか?」

と、リドスの女王は奇妙なことを言った。

「どういうことだ?」

「この宇宙に生きる者たちは、その目的として今以上の発達、発展を望んでいるものです。それが、幸福感を呼ぶからです。あなた方もそうではありませんか?」

と、リドスの女王アスカは彼に聞いた。

「それは、確かに理解できる。だが、それとこの話のどこに関係があるというのだ」

「ナンヴァル人はかつて、ダルシア人として生まれた者たちでした。ダルシア人はあまりにもこのジル星団で最高度に発達したので、別の種族や文明で新たにやり直すことを考えたのです。ただ、ナンヴァル人はダルシア人を祖先とするという記憶があまりにも鮮明だったので、いつしか再びダルシア人になろうとしてしまったのです。それは当初の目的とは違っていました。だから、もっと別の種族、例えばダルシア人を祖先としない、人間型種族としてやり直すことを考えたのです」

と、リドスの女王は言った。

「だから、元ナンヴァル人は人間型種族に生まれ変わったというのか?」

「そうです。だから、今人間型種族の星に特殊能力者が増えているでしょう。それは、元はナンヴァル人だったり、元ダルシア人だった者たちです。そして、逆にナンヴァル人にあこがれていた人間型種族の者たちはナンヴァル人に生まれることを望んだのです」

「ダルシアが滅びかかっているのは、ダルシア人に生まれ変わろうとするものがいないからか?」

と、彼は言った。

「強いもの、大きなものが小さなものに生まれ変わることはそう難しいことではないのです。ですが、弱いもの、小さなものが大きなものに生まれ変わるというのは、難しいものなのです」

と、諭すようにリドスの女王は言った。

 暗黒星雲の種族である彼には理解しがたい話だった。なぜなら、暗黒星雲の種族は子孫を作ることを禁じているからだ。暗黒星雲の種族は一定の数存在することは確かだった。だが、子孫を産み増やすことはない。それに生まれ変わることもない。何しろ、死ぬことがないのだ。死ぬような肉体を持っていないことがそうさせているのだった。

 暗黒星雲の種族ほどに発達すると、死ぬことがないので新たに生まれることもないというのが事実だった。

 だが、実際は別の理由があることを長老たちは知っている。

 彼は暗黒星雲の種族の一人だったが、まだ若い方だ。およそ百万年の年齢を刻んでいる。暗黒星雲の種族として彼は生まれたわけではない。どこか遠い宇宙で彼は生まれたという記憶はある。そこで、彼は他と違う能力を持つものとして長じて行った。ただ、長じるにしたがって、彼の属している文明といつしか馴染まなくなって行った。

 そんなとき、彼は暗黒星雲の種族の一人と出会った。その人物が彼の才能を認め、暗黒星雲の種族の一人として仲間に入れたのである。これが暗黒星雲の種族がその仲間を増やすときのやり方だった。

 だから暗黒星雲の種族の人口は何百年か何千年、あるいは何万年に一人の割合で増えるにすぎない。もちろん、増えないこともある。実際は増えないことの方が多かった。

 ただ逆に、減ることもある。増える場合よりももっと少ない割合だった。

 暗黒星雲の種族の中にたまにおかしなことを考える者が出てくる。

 例えば、禁じられている子孫を作ろうとしたり、または死ぬということを望んだりするような輩である。めったにいないが、そうした者が出た時、暗黒星雲の種族では長老会議を開いて、決断を下す。そして、時にはそうした者を拘束し封印する。

 封印するとは死ぬことではない。肉体をもっていないので、死ぬことはないのだ。だが、自由に動き回られては他の者たちに悪影響を及ぼすので、動かないように一定の空間に閉じ込めるのである。身動きもならず、周囲のことを感じることものできない状態で長い年月を過ごすのはどれほどの苦痛だろうか、と時折彼は思うことがある。

 というのも、彼は長老会議で封印の刑を言い渡された者が刑を執行されるのを見たことがあるのだ。

 それは彼にとって恐怖の記憶だった。


 静かな夜だった。

 ヘイダール要塞司令官ヤム・ディポックはいつも通りに宿舎に戻ると、書斎で本を読み始めた。

 キリフ・マクガリアン中尉はまだ戻ってきていなかった。おそらく何かの訓練で遅くなっているのだろうと思って、ディポックは彼の帰りを待つことにした。夕食作りは、キリフ・マクガリアンの受け持つ分野なのだ。

 要塞の中をうろついている彼がヤム・ディポックを見つけたのは、ディポックが他の誰よりも輝いているせいだった。いつ見てもその光は眩しく、要塞の中でまるで灯台のように輝いていた。もう一つ小ぶりの灯台はおそらくかのマグ・デレン・シャのものだろう、と彼は思った。

 しかし、驚くことにもう一つもっと小さいながら星のように輝く光があった。

 改めて見回すとこの要塞には他にはあり得ないほど輝く光があるのだ。この三つの光が何を意味するものか、彼にはまだわからなかった。それだけに、この要塞に余計に興味を持つことになった。

 だが彼が探しているものは、もっと小さく、光もそれほどではないものだ。


102.

 ブルーク・ジャナ少佐は目覚まし時計の音で目が覚めた。まだ夜中だった。あくびをすると、着替えを始めた。

 今夜は当番ではなかったが、同僚のアスティ・ミール少佐に交替を頼まれていたのだ。例のナンヴァル人の監視役である。本来なら少佐がするような任務ではないのだが、何しろ兵員が不足している。前に銀河帝国の艦隊が押し寄せてきた時、敵艦を強襲して多くの兵士が犠牲になった。生き残ったのは少数なのだ。新たに増員が見込めない今、少佐だからと言って文句は言えない。

 寝台の傍を見ると、籠の中で子猫が丸くなって寝ているのが見えた。少佐は子猫が起きた時のために、部屋の明かりをつけたままにして出た。

 少佐がいなくなると、籠の中の子猫がむくりと起きた。

「ミャァ」

とひと声鳴くと、しばらくジャナを探して部屋の中を歩き回った。

 少佐がいないのがわかると、子猫は部屋の扉を前足でガリガリと引っ掻いた。すると、どうしたはずみか、扉が開いた。

 扉が開くと、すばやく子猫は身を翻して外へ出て行った。そして、まるで犬のように匂いを嗅ぎながら、子猫は通路を歩いて行った。


 ブルーク・ジャナ少佐は監視役を交替するためにリドスの宿舎の前にやってきた。

 緑色の鱗状の皮膚が目立つナンヴァル人が、廊下に座り込んでいた。ナンヴァル人は要塞にいる人々よりもひとまわり体が大きかった。

 ジャナ少佐を目ざとく見つけた監視役のヨルン・ヴァトル大尉が、

「少佐!」

と、声を掛けてきた。

「ヴァトル大尉。交替だ」

と、ブルーク・ジャナ少佐は言った。

「しかし、少佐お一人ではありませんか?」

と、少佐の後ろから誰か来ないか見るために、背伸びをしながらヴァトル大尉は言った。

「おっつけ、もう一人が来るだろう」

「ですが、……」

と、不安そうに言った。

「大丈夫だ」

 監視するナンヴァル人は特に武器を携帯しているわけではないし、座り込んでストライキを決め込んでいるだけだと思い直して、

「それでは、…」

と言って、ヴァトル大尉は敬礼をすると、もう一人の兵士を促して足早に去って行った。

 深いため息をつくと、ジャナ少佐は座っているナンヴァル人を見た。確か名はケル・ハトラス・ナン大佐とか聞いている。眠っているのかその目が閉じていた。

 ブルーク・ジャナ少佐は相手がナンヴァル人で軍人出身だということを聞いていた。そして、捕まる前に何か特別な武器で要塞の中の壁を壊したということ、その武器がすでにリドスのバルザス提督によって奪われていること、その武器がまるで剣のような形をしていたとも聞いていた。

 だが、ケル・ハトラス・ナンというナンヴァルの大佐が魔法の使い手であることは知らされていなかった。というより、そのことはバルザス以外の者は知らなかったのである。


 夜、まして夜中は人間の緊張が解れ、油断するときである。

 ケル・ハトラス・ナンは監視役の兵士が一人になったことを知ると、ゆっくりと目を開けた。軍人であるケル・ハトラスは同時に特殊能力者でもあった。彼にとっては魔法もその中の一つにしかすぎない。ダルシア由来の知識として、魔法とは特殊能力の一つである念力を呪文で変化させるということを知っていた。

 しかし、ナンヴァルでは魔法使いではない軍人であっては、多くの呪文を知ることは難しかった。後世になって、魔法使いと軍人は分けられてしまったからである。ただ、祖父から少々の呪文を伝授されたに過ぎない。それでも戦闘の場面ではそれが役に立った。だからこそ、ケル・ハトラスはこれまで生きながらえてきたのである。

 そのナンヴァルの呪文を唱える時が来たのだ。

 彼の目的は、タリア・トンブンを弑すること。彼らナンヴァルやゼノンがダルシアの文明を受け継ぐためにはそれしかなかった。それを直接次の調整官になるという人物から聞いたときは、ケル・ハトラスも驚いたものだ。だが、同時に身内に身震いするような喜びが沸き起こった。ナンヴァル人が宇宙の秘密をこの手にすることが可能になるのだ。

 タリア・トンブンを守る側に、かのガンダルフの五大魔法使いの一人銀の月がいると知っても、ケル・ハトラスの意志はくじけなかった。少なくとも、銀の月は不死ではない。無敵ではないのだ。

 ナンヴァルに伝わる魔法の呪文に、ガンダルフの魔法を超えるという呪文が一つだけあったのだ。今では誰が作ったのかはわからない。しかし、試す価値はある。

 監視役の士官があくびをするのをケル・ハトラスは感じていた。何と、無防備なことか。

「あれ?起きているのか」

と、間延びしたジャナ少佐の声がした。

「……」

 ケル・ハトラスは薄笑いを浮かべて、ジャナ少佐を見た。だが、ジャナはそれが薄笑いとは思わなかった。緑色の皮膚のナンヴァル人がなにやら表情を強張らせたように感じていた。

「ミャァ」

と、どこかで子猫の鳴き声が聞こえた。

「ん?まさか……」

と、ジャナ少佐は自分の部屋にいるはずの子猫のことを思い出して言った。

 子猫の声に気を取られた少佐を見て、ケル・ハトラスは両手を組んだ。組手をして呪文を唱えるのは、ナンヴァルの魔法使い見習いの特徴である。訓練された魔法使いではないケル・ハトラスは、よくこうして呪文を唱えた。少なくとも、それは気の集中を助ける効果がある。

 だが、呪文を唱えようと口を開いた瞬間、子猫がその口に飛び込んできた。

「うぐっ…」

 目を白黒させてケル・ハトラスは、口の中の子猫をすぐに引っ張り出した。子猫を目の前に出して睨み付けると、

「あの、ええとケル・ハトラス・ナン大佐でしたか……」

と、おずおずと声がした。

 声のする方を見ると、監視役を交替した士官がケル・ハトラスを見ていた。

「その、子猫なんですが、自分の飼っている子猫なんです」

と、ジャナ少佐が言った。

 魔法の呪文を唱えるのを邪魔されたケル・ハトラスは、ジロリとジャナ少佐を睨んだ。

「要塞では軍人がこんなものを飼うことが許されるのか?」

と、冷ややかに言った。

「ナンヴァル人は猫を飼ったりはしないんですか?」

と、心なしか驚いてジャナ少佐は言った。

「ナンヴァルの軍人はそのようなことはしない」

「では、他の人は飼うこともあるのですね。びっくりしました。でも我々の国では決まった階級があるわけではないので、別に禁じられてはいません。」

「なるほど、だから銀河帝国に負けるわけだ」

「はあ?子猫を飼うことと、戦争に負けることが何で結びつくんです?ナンヴァル人は変わっていますね」

と、ジャナ少佐は言い返した。

「ああ、それと、子猫を私に返してください。小さい弱いものは大事に扱わなければ…」

と言って、ジャナ少佐は手を差し延べた。

 ケル・ハトラス・ナンは、目を細めた。騒ぎを起こせば銀の月が出てくるかもしれない。ただ、それだと呪文を試す時間はないかもしれない。

「すみません、遅れまして」

と、もう一人の監視役の兵士がやってきた。

「時間は正確に、と言われなかったか?」

と、ジャナ少佐は言った。

「ええと、そのついうたた寝をして寝過ごしてしまって……」

と、済まなそうに兵士は言った。

「わかった。もういい…」

と、ため息をついてジャナ少佐は言った。だが目ざとく子猫に気づいて、

「あれ?その子猫はどうしたんです」

と、兵士は聞いた。

「これか?これは私が飼っている猫だ」

「それは初耳です」

「他の連中には黙っていてくれ」

「それはいいですけれど、それ、雌ですか?」

「雌だと、何かあるのか?」

「いえ、別に何でもありません」

 子猫はジャナ少佐が上着の中に入れると、

「ミャァ」

と、ひと声鳴いた。

「しっ、静かにしていてくれ」

と、ジャナは小さな声で言った。


103.

 リドスのバルザス提督は、宿舎の居間で外の様子をずっと見ていた。ナンヴァル人が気になっていたのだが、突然現れた猫に嫌な予感がした。

「あのナンヴァル人は何をしようとしているの?」

と、アリュセアが聞いた。

 真夜中なのだが、アリュセアは眠れずにいたのだ。それで、自分の部屋の外にある居間にやって来ていた。

「さあ、何かしようとしていたのはわかる」

と、バルザスは言った。

「もしかして、タリアを狙っているの?」

 アリュセアはタリアのことを心配しているのだった。胸騒ぎがして、目が冴えてしまった。

「そうかもしれない」

と、バルザスは曖昧に言った。まだ、はっきりとケル・ハトラス・ナンの目的が分かったわけではない。

「やっぱり、ダルシア帝国の継承者となったことが理由なのかしら」

 自分もそのことに関わったので、他人事とは思えない。あれで、よかっただろうかと審判の結果をアリュセアは思い返した。

「そうかもしれない」

「そんなに、ダルシア帝国の遺産を欲しがっているのはどうして?」

「ゼノンもナンヴァルもタレスも皆、ダルシア帝国の遺産の価値を知っているから、欲しがるんだ。ただ、そう簡単に利用はできないがね」

「タレス連邦が欲しがるのは私にもわかる。でも、ゼノンもナンヴァルはタレスよりも古く、高度な文明を持っていると聞いているわ。それなのに、なぜダルシアを欲しがるの?」

「それほど、高度な文明だったということだ」

と、バルザスは簡単に言った。

「いいえ、それだけではないでしょう?ナンヴァルではクーデターが起きたと聞いたわ。それはどうして?」

「確かに、ゼノンもナンヴァルも高度な文明を築いた。だが、ダルシアほどではない。それに、古い文明ということは、文明が発達の壁に突き当たったということでもある。つまり、多くの矛盾を抱え込んでいるということだ。そのために国民が不満を抱えている。だから、ナンヴァルではクーデターが起きた。もっともゼノン帝国などはしょっちゅう起きているけれどね」

 ゼノン帝国というのは、この数百年間暴動やクーデター騒ぎが絶えたことがない。一見隆盛しているように見えて、実はかなり歪んだ発展をしているのだ。一方ナンヴァル連邦は騒乱騒ぎには縁遠い国で、今回のようなクーデターはめったにないことだった。

「でも、それだけ?私は、聞いたことがある。ダルシア人はあの伝説のドラゴンのような生物だったと。でも、そんな生物は他に見たことがないわ。惑星連盟でもドラゴンの姿の種族はいなかった。あの、コア大使の姿はドラゴンではなかったし…。ゼノンもナンヴァルもダルシア人の遺伝子を伝えているのでしょう?かなり人間型種族に見えるけれども」

 アリュセアは宇宙都市ハガロンに行ったことはない。だが、霊としてヘイダール要塞にやってきたコア大使に会っている。その時見た姿は人間型種族そのものだった。

「それは、とっくに結論が出ていることだ。ドラゴン、つまり竜種は滅びる。でも、竜種が滅びても、そこにやどっていた魂は別の、そう人間型種族として生まれ変わっているから、別に困らない。竜種が滅びても、その魂が滅びるわけではない。魂は永遠不滅だからね」

「でも、ゼノンもナンヴァルも竜種ということ、ダルシア人の系統であることを誇りに思っていたのでしょう。だとしたら、何とか肉体としての竜種を残したいと思っているのではないかしら」

「まったく無駄なことだと思うが、そうだな、今のナンヴァル人なら、そう思うかもしれない」

 ナンヴァル人も変わったものだと、バルザスは思った。それというのも、最近のナンヴァル人は純粋のナンヴァル人よりも元人間型種族として生まれたことのある者が多いからでもあった。純粋のナンヴァル人の魂の多くは、すでに人間型種族として生まれ変わっている。

「私、変なことを言うようだけれど、本当にダルシア人、いえドラゴンは死に絶えたのかしら」

「そうでもない。本国のダルシアでは、ドラゴンの形をしたダルシア人はもういない。ただ、ジル星団の辺境の惑星、そこまで行かなくても惑星ガンダルフでも人の住めない、山奥にはドラゴンが生き残っているという噂が絶えたことはない」

 ジル星団の各惑星には、ドラゴンの伝説がある。人里離れた山奥の洞窟にドラゴンが住むという。そのドラゴンは普通の魔法使いなど太刀打ちできないほどの力、魔法を使うという伝説だ。計り知れない知恵を持つという伝説もある。

 ジル星団でダルシア帝国が全盛の時代には、政治犯や罪人などを島流しの代わりに辺境惑星流しにしたことがある。その数は数千人にもなるだろう。それがドラゴン伝説の元なのだ。彼らが流された惑星で子孫を作ったこともあるだろう。それを考えたら、完全にドラゴンの形のダルシア人が絶えるということはまだないと思われた。

「そう言えば、ドラゴン・スレイヤーの伝説もあったな」

と、思い出したようにバルザスは言った。

「それは何?」

「本当は君の方がよく知っていると思うよ。そのアイディアは確か君、いやライアガルプスが考えたんだ。ドラゴン・スレイヤーというのは、ドラゴンを倒す者のことだ。辺境の惑星に追放したドラゴンが、その地の原住民をあまりに虐げたりした場合、それを何とかしなければならないということで、作られたものなんだ」

 ダルシア人の力は非常に強かったので、ダルシア人がたとえ一人や二人であっても、まだ宇宙文明や機械文明に達していない人間型種族の惑星では、滅ぼされる危険があったのだ。

「ドラゴンを倒したものには、ドラゴンの力が宿るという話のこと?」

 そういう伝説は、ジル星団の多くの惑星の昔話に出てくるのは確かだ。

「いや、事実は少し違う。ドラゴンを倒すには、ドラゴンの力をもともと持っていなければ倒せない。だから、そうした力を持ったダルシア人が悪いドラゴンを倒すために、その地の原住民として生まれるんだ。そして成長したのち、悪しきドラゴンを倒す」

「その話ならタレスにもある。でも、ダルシア人の話はないわ」

「そこのところは、秘密なんだ。ダルシア人が人間型種族として生まれるというのは、人間には理解できないだろうからね」

「ドラゴンを倒すのは、ダルシア人ではいけなかったの?」

「人間型種族の文明に表立って干渉することは、避けたかったからだ。それに、ドラゴンの力をあまり見せつけると、人間が委縮してしまって、文明の発達が阻害されると考えたんだ」

「ドラゴンを倒す人間いると、勇気が湧くということなのね」

「そういうこと」

 ドラゴン・スレイヤーは、ダルシア人でも特に力の強い者が選ばれた。人間型種族に生まれてもその力を自ら引き出すことができなければならない。従って、同じ人間型種族に生まれても特異な存在だった。

 この時、そのドラゴン・スレイヤーの姿を、バルザスはケル・ハトラス・ナンに重ねていた。

 ケル・ハトラス・ナンは自身では覚えてはいないだろうが、彼はかつて何度もドラゴン・スレイヤーとして使命を果たしてきたダルシア人の魂だった。だからこそ、その力は本国のダルシア人の誰よりも強い。その力を奮われると、このヘイダール要塞も無事では済まない。

 そのケル・ハトラスは今回何の目的で生まれてきたのか。これはその目的に沿った行動をしているのだろうか。それは、当の本人しかわからないことだ。それに、現在のケル・ハトラスはそうしたことさえ、思い出してはいないかもしれない。

 ケル・ハトラス・ナンは自分のことをどれだけ知っているのだろうか。せめて、自分がドラゴン・スレイヤーであることだけでも知っているのだろうか?

 バルザスはそれがわかるので、ケル・ハトラス・ナンを軽く扱うことはできなかった。それにバルザスは、ケル・ハトラスを要塞に送った者の企みがまだ一つ理解できなかった。

 だが、ケル・ハトラスをここへ送った連中は、彼の正体など気づいてはいないだろう。


 だが、その前に更なる危険がヘイダール要塞に近づきつつあった。


104.

 キリフ・マクガリアン中尉が戻って来たのは、いつもより遅かった。

 いつもは夕方ごろ、午後五時過ぎには戻って来ていたが、この日はヤム・ディポック要塞司令官が七時ごろ戻って来た時にはまだいなかった。それで、ディポックは本を読みつつ待っていたが、あまりに遅いのでうたた寝をしてしまっていた。

 キリフ・マクガリアンは遅くなったので、急いで台所に入り、何かすぐにできるものはないか考えていた。

 その時だった。

 要塞中に警報が鳴り響いた。

「何だ?」

と、ディポックはとび起きた。飛び起きたはずみに、寝入るまで読んでいた本を床に落した。

 おそらく要塞にいた者たちは、警報に驚いてみな飛び上がっただろう。おどろおどろしいその音は実に嫌な音だった。

 書斎から慌てて出たところで、ディポックはキリフと出会った。

「閣下!」

と、キリフが驚いて言った。

「帰ってきていたのかい?」

「今さっき、帰って来たところです」

「何が起きたんでしょう?」

「司令室に連絡を入れないと……」

と言いつつ、ディポックとキリフは居間に入った。そして、司令室と繋がっている連絡装置を急いでオンにした。

 だが、まるで故障したように、画面も音もでなかった。

 警報は鳴り続け、今すぐにでも何とかしなければならないと焦ってしまいそうになるのを抑えて、

「ともかく、司令室へ行かなければ…」

と、ディポックは言った。

「僕も、一緒に行きます」

「もちろんだよ」

と、ディポックは言った。

 二人はすぐ近くのリフトに乗り込むと、

「ええと、……」

と、ディポックはアリュセア――ライアガルプスから聞いた転送装置のことを思い出して、後ろの壁に触ってみた。すると、要塞の見取り図が出て、ディポックは司令室の近くのリフトを指で触った。瞬間、ピカッとリフトの中が光ったような気がした。

 リフトの扉が開くと、そこは見たことのある司令室の近くの廊下だった。

「あれ?ここは?」

と、キリフが驚いて言った。

「後で説明するよ。なかなか便利じゃないか」

 いつもなら重い足を引きずって廊下を走るところだが、これでそれは省略できたのだからディポックは満足だった。

 司令室には、まだ人影は少なかった。要塞の時間では夜にあたるので、宿直がいるだけになっていた。

「早かったじゃないか」

と言ったのは、遅くまで残って仕事をしていたノルド・ギャビ事務官だった。彼はディポックの足の速さをよく知っていたのだ。

「いや、アリュセアにいいことを聞いていたのでね」

「あれをやってみたのか?」

と、ノルド・ギャビ事務官は驚いた顔をした。

「そうだ。それよりも、あの警報は?」

と、ディポックは聞いた。

「それが、どうして鳴ったのかわからないんだ」

と、両手を上げてノルド・ギャビ事務官は言った。

 まだその警報は響いていた。司令室ではその音は外よりも小さくなっていたので、少なくとも話が容易にできた。

「わからない?要塞の近くにどこかの艦隊が現れたのかと思ったんだが…」

 あの警報からして、銀河帝国の大艦隊か、またはゼノン帝国の艦隊が来たのかとディポックは思った。

「いや、どこの艦隊も来ていないんだ。第一、どこかの艦隊が現れたからといって、いままで警報が鳴ったか?」

と、ノルド・ギャビ事務官が言った。

「そう言えば、変だな」

 ゼノンやタレスの艦隊ならいざ知らず、銀河帝国の大艦隊が現れた時、最近では惑星連盟の大艦隊が現れた時、またダルシア帝国の艦隊が現れた時にも、警報などは鳴らなかったとディポックは思い出した。こんな要塞中に響き渡るような警報は初めて聞いたのだ。いったい、どうして何のために鳴ったのだろうか。

 続々と、司令室に要塞の幹部の連中がやってきた。

 いつもより参集が早いのは、リフトの新しい使い方が他の者たちにも行き渡っている証拠だった。

「何事です?司令官」

と、ダズ・アルグが聞いた。

「それが、何が起きているのかわからないんだ」

と、ディポックは言った。

 そのうちに、リドスのバルザス提督とその仲間もやってきた。アリュセアにカール・ルッツとクルム少佐である。

「えっと、誰か、この警報についてわかる人はいるかな?」

と、ディポックは集まって来た皆に聞こえるように言った。できれば、アリュセアやバルザスに直接聞こうとも思ったが、曖昧な聞き方をする方が、向こうも言いやすいのではないかと考えたのだ。

 誰もが黙っているのを見て、

「ええと、もしよかったら、私、というよりライアガルプスが話したいと言っています」

と、アリュセアが遠慮がちに言った。

 アリュセアはタレス連邦からの亡命者であったが、今はリドス連邦王国の者たちと一緒に行動していた。殊にライアガルプスは、この要塞の秘密に詳しい。またゼノンとナンヴァルの奇襲に会った時に、ライアガルプスがアリュセアの忍耐を超えた出しゃばりをしたので、二人は話し合って、主導権は必ずアリュセアに渡すという不文律を作ったのだ。だから、今回もアリュセアの了解を得てからライアガルプスは出てきた。

「この警報は、私の記憶によると、ある種族に関わっている。普通はあり得ないことでもあるが、連中が大挙してやってきた時に、鳴るようになっていた」

と、ライアガルプスは言った。

「その、ある種族というのは?」

と、ディポックは聞いた。

「あなたもすでに知っている種族だ」

 嫌な予感がした。艦隊が現れないことから察すると、もしかして、そのようなものを必要としない連中のことだろう。

「つまり、非常に危険な種族ということですね」

と、ディポックは言った。

「もっと我々にも分かるように言ってもらえませんか?ある種族というのは、ゼノンですか、ナンヴァルですか、それとも……」

と、グリンは言った。

「暗黒星雲の種族のことだ」

と、バルザス提督は言った。

 暗黒星雲の種族、と聞いて背筋が凍りつくような悪寒を感じたのはグリンだけではない。司令室に集まった者たちは、先日の惑星連盟の審判騒ぎの時に、一人の暗黒星雲の種族に会ったことがある。それがどんな無法者だったかを思い出していた。

「今、もしかして、大挙してやってきた時と言いませんでしたか?」

と、思わず、ダズ・アルグは聞き返した。

「一応、そうした設定になっている。まあこれまで、というか、連中が大挙してやってくるなどということは確率としてもかなり低いことなのだが、……」

と、アリュセア――ライアガルプスは言った。

 広大な宇宙空間のあちこちに気ままに移動する暗黒星雲の種族が、集結するというのもあまりないことなのだ。それが、ある目的を持って集合し移動するということは、めったにないことだった。

「あの、バルザス提督、緊急時の助けは来るでしょうか?」

と、ダズ・アルグは聞いた。

「それは、その時になってみないと…、何も起きてないのに呼ぶわけには行かない」

と、バルザスは誠に心細いことを言った。

「機械が故障したのではないですか、……」

と、ブレイス少佐が期待して言った。

「それはないだろう。ここは作られてまだ百年ほどだ。その程度で故障するような作り方はしていない」

「で、でも、まだ何も起きていませんよね……」

 不気味な沈黙があった。確かに何も起きていないように見える。だが、相手は目に見えるような連中だろうか?

「警報が鳴るのは、連中は来たとしても、目に見えないし、探知装置にも引っかからないからだ」

と、アリュセア――ライアガルプスは落ち着いて言った。

「しっ、しかし何のためにここへやってくるんですか?ダルシア帝国の継承者の審判はもう終わったのでしたね」

と、ダズ・アルグは司令室の天井を見ながら言った。

「そんなことのために、連中がやってくるとは思えない。あの男は、あの種族の中でもはみ出し者だ」

と、バルザスは言った。

「では、どんな理由があれば、やってくると思いますか?」

と、ディポックは聞いた。

「わからない」

 おかしい、とバルザスは思った。理由が思い当たらないのだ。


 警報が鳴っているのを聞いて、ブルーク・ジャナ少佐は緊張した。

「何があったんでしょう?」

と、相棒のヘイス・ダイ中尉が言った。

「さあ、だが、命令があるまで、ここを離れるわけにはいかない」

と、ジャナ少佐は言った。

 ジャナは体が妙に震えているのを感じた。だが、すぐに自分が震えているのではなくて、上着の下に入れたあの子猫が震えているのだと気が付いた。

「どうしたんだ?子猫ちゃん。寒いのか?」

と、小さな声でジャナは聞いた。

「ミャァ」

と子猫は鳴くと、ジャナの上着の奥の方へ退いた。

 ケル・ハトラス・ナンは目を開けて、

「何か起きたのか?」

と、ジャナ少佐に聞いた。

「あの警報が聞こえるだろう?」

と、ジャナは言った。

「警報?何のことだ」

と、ケル・ハトラスは言った。

 ジャナ少佐とヘイス・ダイ中尉は顔を見合わせた。ケル・ハトラスにはあの警報が聞こえないのか。

 その時、ジャナ少佐の周りにキラキラ光る霧のようなものが現れ、少佐を覆った。

「し、少佐!」

と、驚いてダイ中尉は叫んだ。

 ケル・ハトラスはその霧のようなものに聞き覚えがあった。ナンヴァルの昔の言い伝えに残っているある種族の話だ。

「離れろ。危険だ、そこから離れるんだ。何か、警報のようなものがないのか?ないなら、すぐに上に知らせるんだ!」

と、ケル・ハトラスは立ち上がってダイ中尉に命じた。

 キラキラ光る霧のようなものが消えたら、そこにいたジャナ少佐の姿も消えていた。

「少佐?いったい、どこへ行ったんだ?」

「行ったのではない、あの奴らに連れていかれたのだ!」

と、ケル・ハトラスは言った。

 ダイ中尉はともかくも、急いで司令室へ連絡した.


105.

「何だって、ジャナ少佐が消えた?」

と、連絡を受けたグリンが言った。

 アリュセア――ライアガルプスとバルザスは顔を見合わせた。

「そう言えば、あの時、猫がいなかったか?」

と、バルザスは言った。

「猫?ケル・ハトラスの口に飛び込んだ小動物か?」

「何か見落としていたんだ。まさか、あれは……」

 バルザスは急にしゃがんで床に手を当てると、

「ウルブス・カリク・イトワケツ……」

と、呪文を唱えた。

「ま、待て、……」

と、アリュセア――ライアガルプスは狼狽えた。

「ディポック司令官、私の前へきて、こう言って貰えますか?」

と、バルザスは言った。

「何をするんだい?」

「今から、本物の要塞司令室を開けます。私一人では開けられません。これにはあなたの力が必要です」

「銀の月よ、早まるな。まだ何も知らないのだぞ」

と、アリュセア――ライアガルプスは警告した。

「いや、説明している暇などありません。ジャナ少佐の身も危ない。連中は何をするかわからない」

「つまり、ジャナ少佐を助けるためにも役に立つということだね」

と、ディポックは言った。

「そうです」

「で、何というのかな?」

「『約束の時が来た。我が命ずる、扉を開けよ』と、……」

「え?そ、そんなことを私がいうのか?」

「そうです。これは大事な呪文の一部です。あなた自身の声でしか、効かないのです」

と、バルザスは言った。

 ディポックは戸惑っていた。まるでこの要塞はディポックの言うことしか聞かないような言い方だからである。

「ええと、『約束の時が来た。我が命ずる、扉を開けよ』、これでいいかな?」

と、不安そうにディポックは言ってみた。

 周囲を見渡すと、不安そうな目や興味津々の目ばかりで、何かが起きたような兆しはなかった。

「何も起きないようですね……」

と、安心したようにディポックは言った。

 するとため息をついて、

「もっと自信をもって言って貰えませんか?」

と、バルザスは言った。

「自信を持ってねえ……」

と、困ったようにディポックは言った。

「呪文を唱えるときに、自信をもって唱えるのと、自信がないのとでは、やはり効き目に影響がでるものです」

「それは、あなたの魔法使いとしてのアドバイスですか?」

「もちろん、そうです。経験ある魔法使いとしてのアドバイスです」

「でも、私は魔法使いではないですよね」

「魔力のまったくない生物というのは、いないのですよ。たいてい大なり小なり魔力は持っています。あなたの力は霊力と言ってもよいかもしれませんが…」

「霊力?魔力とは違うのかな?」

「ふたりとも、いつまで話しているつもりだ?あまり時間はないと思うが…つまり、あまり時間をかけるとこの要塞自体にも危険が及ぶようになるということだ」

と、アリュセア――ライアガルプスは言った。

「わかった、ライア。ディポック司令官、できるだけ自信をもって先ほどの呪文を唱えていただけませんか?」

と、改めてバルザスは言った。

「わかった。やってみよう。」

と、ディポックは言った。そして、目を閉じて心を落ち着かせると、

「約束の時が来た。我が命ずる、扉を開けよ!」

と、先ほどとはまるで違う自信を持った声で言った。

 すると、部屋の中が眩しく光り、その光が消えると、これまでの要塞司令室とは違った光景が眼前に広がった。

「こ、これは、いったい……」

と、ディポックは唖然として言った。

 要塞司令室に集まった者たちも一様に驚いていた。


 ヘイダール要塞の司令室は、大きな劇場のように眼前に巨大な壁面スクリーンが設置されている。司令官の座るデスクのある床の前は階段状に下って行くようになっており、下には要塞のコントロールのための装置が並んでいた。

 今、ディポックが呪文を唱えた後、階段の中ほどに中二階ほどの場所が現れた。また、一番上の司令官のいる場所のスクリーンと反対側の壁が消え、そこに、別の部屋が現れた。

「カール、その装置を見てくれないか…」

と、バルザスは言った。

 バルザスが言ったのは、壁が消えた後に現れた部屋にある装置だった。

「これは?」

と、最初驚きの声をあげ、カール・ルッツはすぐに装置をいじり始めた。

「スクリーンに要塞内の生体反応を映してほしい。特に、暗黒星雲の種族のものを……」

「了解。すぐに出ます」

と、手を動かしながらカールは言った。

 スクリーンに要塞の見取り図と生体を表す光点が示された。その光点はバルザスの言う通りならば、暗黒星雲の種族の一人一人を表しているはずだった。

「これは、すごい数だわ」

と、カールが言った。

 光点はバルザス提督の宿舎近くに集中していた。光点はしだいに集まり、大きな光点になりつつあった。よく見ると、大きな光点の中央に色の違う光があった。

「光点の中央に人間型生物の生体反応があります」

とカールが言うと、

「それが、いなくなったジャナ少佐だろう」

と、バルザスが言った。

「ちょっと待ってくれ、ジャナ少佐の場所は変わっていないのか?」

と、ダズ・アルグは聞いた。

「場所は変わっていませんが、たぶん次元の転移が起きているのでしょう。つまり、同じ場所にいるけれど、次元が違うので、目に見えなくなったように見えたんです」

と、カールは補足した。

「ここと同じ原理です。この本物の要塞司令室はずっとここにあったのですが、次元が違うので目に見えないし、触ることもできなかったのです。今、我々と同じ次元に移行させたので、見えるようになり触れるようになったのです」

と、バルザスは言った。

 ナル・クルム少佐も驚いていた。銀河帝国が作ったこの要塞は、彼ら自身も知らないことがたくさんあるのはわかったが、これほどとは思わなかったのだ。

 元新世紀共和国出身のディポックたちは驚いたものの、これをどう使えばいいのかと言うほうに興味があるようだった。

「今は理由は聞きません。ですが、ジャナ少佐を助けるには、どうすればいいのです?」

と、ディポックは聞いた。

「そうだな、せっかく集まってくれたのだから、連中を一網打尽と行こうじゃないか」

と、アリュセア――ライアガルプスは言った。

「そんなことができるんですか?」

と、疑わしそうにダズ・アルグが言った。

「そうだな、できないこともないだろう」

と、バルザスは慎重に言った。


106.

 ブルーク・ジャナ少佐はキラキラ光る霧のようなものが自分を包むのがわかった。すると、周囲の廊下や壁が見えなくなり、どこかの暗い場所に移動したように感じた。

「ここは、どこだ?」

と、ジャナは言った。

 暗い場所なのだが、キラキラ光る霧のようなものが次第に増えていくのが見えた。これは何なのだろう、とジャナ少佐は思った。

 すると、

「わが同朋よ。いつまで隠れているつもりだ?」

と言う声があたりに響いた。

 まるで光る霧から声が聞こえたようにジャナには思えた。彼が目をこすり瞬きをすると、

「人間よ、おまえには関係ないことだ。おとなしくしているがいい」

と、また声がした。その声は恐ろしく傲慢だった。

 そして、別の声が続いた。

「逃げられはせぬぞ、出てくるのだ」

「だから、あのようなものを同朋にするなど反対したではないか」

「そうか、だが、卿も最後には同意したではないか」

「仕方がなかったのだ」

「無責任ではないか」

「我の反対は正しかった」

「ともかく、一刻も早くあのものを正さねばならぬ」

「意見ぐらいは聞くべきではないか?」

「我々は意志を統一したのではなかったのか?」

「我らはいつも統一された意志で行動せねばならぬ」

「だが、その前にもう一度話し合いを」

「そんなときはもう過ぎたではないか」

「決定は下されたのだ」

「そうだろうか?」

 次々に発される話し声に、複数の人間だが生物だかはわからないが、目に見えない何者かが存在していることはジャナ少佐にも想像できた。そして、彼らが誰かを追ってここまでやって来たのも推測できた。だが、なぜここに自分がいるのだろうか?どう考えても、ジャナ少佐はこの正体不明の光る霧に関係があるとは思えない。

「そこにいる、人間が不遜なことを考えているようだ」

と、傲慢な声がした。

「ほう、だが単なる劣等種族の一人にしかすぎぬ」

「少なくとも我々の声を聴く程度の知性はあるようだ」

「その程度の知性など、価値はない」

「気づかないか?ここは危険の匂いがする」

「危険だと?」

「ここはこの銀河の連中が作ったという要塞ではないか…」

「だが、妙だ。ここには何か別の、得体の知れぬものがある」

「たかが人間が作ったものではないか」

「気を付けろ、何かが我々を……」

と言う声がした後、何も聞こえなくなった。

 気が付くと、あたりには光る霧のようなものはなくなっていた。

「ミャァ」

と、鳴く声がした。

「そう言えば、おまえがいたな。だけど、どうやったらここから元のところへ帰ることができるんだ?」

と、ジャナ少佐は言った。

 暗い帳が少しずつ消えるのがわかった。その先に、光が差していた。その光に惹かれて近づいていくと、まるで長いトンネルから出たように、ジャナ少佐は明るい場所に出た。上を見上げると、そこにディポック司令官が見えた。

「ここは?」

と、ジャナ少佐は思わず口にした。この要塞に、こんな場所はあっただろうか。


 ブレイス少佐は身を乗り出すようにして、下を見た。

「ジャナ少佐です。無事なようです」

 その言葉に、

「おおい、こっちに上がって来い!」

と、フェリスグレイブ少将が言った。彼がブルーク・ジャナ少佐の直属の上司である。

 ジャナ少佐は下を見て、上を見て、首を振りながらやってきた。

「どうなっているんだ?」

 階段を上っていくと、司令室の皆がジャナ少佐を見ていた。中でもバルザス提督が強い視線を向けていた。

「ジャナ少佐、君は、誰と一緒にいるんだ?」

と、バルザスが聞いた。

「誰と言っても、あの猫ですけれど…」

と、ジャナ少佐は答えた。

 嫌がる子猫を、ジャナは上着の中から引っ張り出した。

「猫か、フーン」

と、子猫をバルザスはじっと見た。

 子猫は自分を見ている人物に気づくと、急におとなしくなった。

 バルザスは指をパチンと鳴らした。次に手を二回ほど叩いた。そして首をかしげると、

「なるほど、これは厄介だな」

と、言った。

「何なんです?」

と、興味しんしんだと言うように、ダズ・アルグが聞いた。

「この猫は、変身できないように封じられている」

「変身て、この猫は、猫じゃないんですか?」

と、ジャナ少佐は驚いて言った。

「たぶん、暗黒星雲の種族の一人だと思う。けれども、こんなこと連中だってめったにしない。どうしてこんなことになったんだ?」

と、バルザスはまるで猫に問うように言った。すると、

「ミャァ、ミャァ、ミャァ、ミャァ、ミャァ」

と、猫は訴えるように鳴いた。

「なるほど、それでか」

と、バルザス。

「ミャァ、ミャァ、ミャァ、ミャァ、ミャァ」

と、また猫が鳴いた。

「ふんふん、それで?」

と、バルザス。

「ミャァ、ミャァ、ミャァ、ミャァ、ミャァ」

と、また猫が鳴いた。

「そうか。だから連中に追われていたというんだね」

と、優しくバルザスは言った。

 リドス連邦王国のバルザス提督が小さな子猫と真剣に話している様を、アリュセア――ライアガルプスを除いた他の者たちは呆れて見ていた。第一、猫と話すなんて、普通なら考えられない。ふざけているとしか思えない。

 子猫とバルザスの会話をしばらく聞いた後、

「いい加減にしてもらえないだろうか?」

と、グリンが言った。そして、

「猫と話すよりも、捕まえたあの連中のこと、どうするつもりです?」

と続けた。

 暗黒星雲の種族がどれほど危険かということは、この要塞をまるでオモチャのように弄んだことから嫌と言うほどわかっていた。だからこそ、これまでバルザスのやることを黙って見ていたのだ。

「そうだな、このままにしてこの要塞の動力源にしてもいいのだが、連中が自由になった時のことを考えると、あまりいい考えではない」

と、バルザスは言った。

「動力源?」

と、ダズ・アルグが言った。

「暗黒星雲の種族からいくらでもエネルギーを吸い取ることができる。彼ら自身がエネルギーの塊だからね」

「すると、エネルギーを吸い取ってしまえば、彼らは死んでしまうんですか?」

と、ダズ・アルグは聞いた。

「いや、死んだりはしない。ただ、動けなくなるだけだ。それに、そこまでやるにはかなりの量を吸い取らなければならないから、ここのエネルギーの空き容量では足りないだろうね」

「では、どうするんです?」

「そうだな、せっかく捕まえたんだから、交渉してみるのはどうだろうか」

「交渉ですか?」

「こちらは、連中を捕まえる力があることを示した。だから向こうも交渉の余地があると思うだろう」

 暗黒星雲の種族と言えども、自分たちよりも力のあるものに対しては、案外素直になるのだ。もっとも、かなりずるがしこく立ち回るだろうが、とバルザスは思った。

「何を交渉するんですか?」

「そうだな、彼らと同盟するというのは?いや、彼らは同盟というのは好まないだろう。だとすると、この要塞の協力者になってもらうというのはどうだろう」

「つまり、緩い同盟、例えば惑星連盟のようなものを作るということですね」

と、ディポックは言った。

「惑星連盟は、いずれダルシア帝国やリドス連邦王国を排除して、ゼノン帝国とナンヴァル連邦と銀河帝国が中心になって運営していくでしょう。だから、それに対抗する措置として、こちらは新しい惑星連盟を作るというのはどうでしょうか?」

と、バルザスはディポックに言った。

「それは、なかなか面白いアイディアだ」

と、アリュセア――ライアガルプスは言った。


 突然、銀河帝国の名が出て来て、クルム少佐ははっとした。思い当たることがあったのだ。今まさにこの時期、銀河帝国とゼノン帝国は惑星連盟加盟のことで、交渉をしている最中ではなかったか?

 バルザスの言った惑星連盟についての将来はかなり当たっている。ジル星団の惑星連盟は元ナンヴァル連邦大使であり、惑星連盟議長であったナンヴァル人を放逐した。その後、ダルシア帝国とリドス連邦王国を除名し、銀河帝国を加盟させ新たなロル星団とジル星団の両星団にまたがる惑星連盟として再出発することになるのだ。

 その時には、銀河帝国はリドス連邦王国と完全に国交断絶をすることになる。その原因はかの銀河帝国の大逆人がリドス連邦王国にいるという事実だった。

 銀河帝国は、未だリドス連邦王国も、ガンダルフの五大魔法使いも知らないのだ。ジル星団がロル星団と違うのは多様な政治制度のあるところだと考えている。それが実際にどれほど違うかは、わかっていない。

 そして、現実が刻々とある時間に近づいていく。それをクルム少佐は一日千秋の思いで待っているのだ。だが、それまで、あと一年はある。


107.

 ヘイダール要塞は、今から百年前、ふたご銀河のロル星団の銀河帝国により、新世紀共和国から帝国を守る要塞として建設された。と、一般的に解釈されているし、帝国でそれを疑う者などいないだろう。

 だが実はこの要塞建設には密かにジル星団のダルシア帝国やリドス連邦王国、その他いくつかの種族が関わっていたのだ、とバルザス提督とアリュセア――ライアガルプスは言っているのだ。

「ずいぶん大がかりなんですね」

と、新しい司令室を見てディポックは言った。他の者たちもキョロキョロと不思議そうに見回している。

「この司令室が使えるには、いくつかの条件が必要となります。今まではそれがなかった、いや集まらなかったのです」

と、バルザスは言った。

「ということは、あなたもこの要塞の建設に関わっていたということでしょうか?」

と、ディポックは心の内でまさかと思いながらも聞いてみた。

「もちろん、私は当時まだ帝国に生まれていなかったので、この計画に参加することが可能でした」

と、驚くべきことをバルザスは言った。

「生まれていなかったから?」

と、グリンは繰り返して言った。それはいったいどういうことなのか、と言いたいのだ。

「そうです。生まれていても、帝国の人間でこの要塞の設計に携われたのはホンの一握りの人たちです。私がその中に入れたとは思えません」

「当時の銀河帝国皇帝の命令でこの要塞の設計に携わったのは、確か故アズフェルト・ヘイダール伯爵でしたか…」

と、昔試験のために記憶した知識を思い出してディポックは言った。それが、新世紀共和国でも銀河帝国でも知られている事実だった。

 ヘイダール要塞の正式な入口にあたる駐機場の豪華な降船口の隅にその名が刻まれている。隅にその名を刻んだだけなのは、皇帝にその功績を遠慮したのだと言われていた。

「そうです。でも彼は、我々がこの要塞に関わったことは知りませんでした。帝国の人間でこのことを知っていたものはいません。それほど秘密裏になされたことなのです」

 ディポックは、それにしてもなぜこの要塞の建設が必要だったのか、と不思議に思った。突然銀河帝国の誰かが思い立ったらしいのだが、なぜそうなったのかわからない。いや理解できないのだ。

 確かにこの要塞が建設されてから、新世紀共和国の艦隊は銀河帝国自体の攻撃を目指すというよりもこの要塞の攻撃を目指すようになった。この要塞を破壊するか占拠しなければ銀河帝国を攻略することはできないと思い込んでしまったのだ。

 だからあながちこの要塞建設が失敗だったとは思えないが、どうしても必要だったとも思えない。

「実はこの要塞を建設する要請を受けたのは、本当は我々、つまりリドス連邦王国とダルシア帝国だったのです」

と、バルザスは言った。

「それは、どういうことです?誰が要請したのです?」

と、ディポックが聞いた。

 当時はリドス連邦王国もダルシア帝国もロル星団では知られていなかった。いや聞いたこともないはずだ。いったい誰がそんなことを考えたのだろうか、とディポックは思った。

「それは、言いにくいことですが、あなたからの要請があったのです」

 あまりのことにディポックは半ば口を開け、唖然とした。そしてやっとのことで次のことを口にした。

「ええと、その頃はまだ私は生まれていませんでしたが、……」

「もちろんです。あなたは生まれていなかった。だからこそ、我々に要請することが可能だったのです」

「え?」

 ディポックは何が何だかわからなかった。生まれていない者がどうして、要塞の建設を要請できるのだ?しかも聞いたこともない国々に。

 どうも、バルザス提督の話にはついていけない、と他の者はみな思っていた。

 自分の生まれる前のことだと言われても、誰もそんな記憶などないので検証のしようがない。第一、人間が生まれる前に存在しているのかということさえわからないというのに。そういう話は、お伽話かファンタジーの中にしか存在しない、とみな思っていた。

「そうですね。わからなければ、一応そういうことだと考えていてください。証明しようもないことを言っても仕方がないと思うでしょうが…」

と、仕方なさそうにバルザスは言った。

「生まれる前があるというのは、リドス連邦王国や惑星ガンダルフの人々の考えなのかな?」

と、フェリスグレイブが珍しく口を挟んだ。

「いいえ。単なる事実です。つまり、真理というやつですよ」

「そんなことを言われても、我々には皆目見当がつかない」

「ま、ジル星団でも最高度の文明のあったダルシアぐらいかな、それが理解できるのは。だから、他の文明の連中が理解できなくても仕方のないことだ」

と、アリュセア――ライアガルプスは当然のごとく言った。

「でも、この司令室は私の呪文とあなたの呪文がなければ出現しなかったということは理解できると思いますが…」

「それは、確かにそうですが、でも……」

「現実に起きたことは信じられるのではありませんか?」

「すると、銀河帝国がこの要塞を支配していたのでは、この司令室は出現しなかったということか?」

と、突然ナル・クルム少佐が口を挟んだ。

 一応リドス連邦王国に属しているクルム少佐の言葉に、ヘイダール要塞の人々は少し驚いていた。

「その通り」

と、アリュセア――ライアガルプスは断言した。

「では、ディポック司令官がこの要塞を奪取することは折込済みとうことですか?」

と、グリンは興味を持って聞いた。

「そういうことになりますね」

と、バルザスはさらりと言った。

「すると、銀河帝国はとんだ骨折り損のくたびれ儲けということではないか?」

と、クルム少佐が憤慨しているように言った。

「そんなことはありません。この要塞が本来の役目を果たせるようになれば、銀河帝国にもメリットはあるのです」

と、バルザスは言った。

 ジャナ少佐の連れてきた子猫はその話を興味深そうに聞いていたが、

「ミャァ」

と、ひと声鳴くと、ひらりとジャナ少佐の肩に乗った。

「その猫。暗黒星雲の種族だと聞いても、面倒を見てくれますか?」

と、バルザスがジャナ少佐に聞いた。

「猫のままで、変なことをしなければ別にいいです」

「たぶん、今は何も悪さはしないと思うけれど、おとなしくしておいで」

と、バルザスは猫に話しかけた。

「ミャァ」

と、子猫が返事をした。

「よし」

と、バルザスは言って、子猫の頭をなでてやった。


「暗黒星雲の種族のことですが、彼らは、このままで大丈夫なのですか?」

と、ディポックは聞いた。

 暗黒星雲の種族というのがどんな連中であるのかは、惑星連盟の審判の件である程度わかっていた。たった一人で、要塞を弄んだのだ。それが大勢いるとなると、本当に何をするかわからない。いるというだけで、気味が悪いというよりも恐ろしい気がした。

「しばらくは大丈夫です。それで、彼らのことについては、その対処について本国と連絡を取りたいのですが…」

と、バルザスは言った。

 バルザスもリドス連邦王国の軍人であるからには、本国の意向を気にするのは当然だった。ともすると、魔法使いであるということで、軍人だということを忘れてしまいがちだ。

「我々は暗黒星雲の種族についてよく知りませんから、それでかまいませんがどのようなことになるのでしょう」

と、ディポックは聞いた。

「連中をどうこうするというよりは、さきほど話したように彼らとうまく交渉した方がいいと思うのです。ただ、交渉するには、私では役者不足なのです。ですから、本国から専門家を派遣してもらって交渉した方がいいと思うのです」

「リドス連邦王国では、どのような人物を送ってくるのでしょう」

 バルザス提督はある程度信用できるが、リドス連邦王国については知らないことが多すぎた。専門家というのがどんな人物なのかは皆目見当もつかない。

「さあ、誰がいるかは今の時点では言えませんが、少なくともかなり力を持った者でなければ交渉はできませんので」

「つまり、魔法使いとしてあなたよりも力がなければいけないということですか?」

 もっと正確に言えば、暗黒星雲の種族を上回る力を持っていなければ、この場合危険だと言える。しかし、そんな者がいるのだろうか?この間のようにリドス連邦王国の王女が来るのであれば、何とかなるかもしれないが。

「まあ、そういうことになります」

と、バルザスは曖昧に言葉を濁した。


108.

 これは面白いことになった、と彼は思った。

 多くの同朋がヘイダール要塞の妙な装置のせいで、小さな空間に圧縮され取り込まれてしまったのを彼は一部始終見届けていた。

 助けようと思わなかったわけではない。ただ、今の彼の力では難しいと判断したのだ。

 これまで向かうところ敵なしであった彼ら暗黒星雲の種族、それが抗うすべもなくこの要塞に取り込まれてしまったのだ。これは彼が、また彼らが初めて知った無力さである。だが反面、いつも彼に先輩面をしている連中がやられているのを見て溜飲を下げたことも事実だった。

 さて、どうするか、と彼は考えてみた。あたりを見回しても、他に同朋はいないようだった。もちろん、先ほど要塞に取り込まれた連中が暗黒星雲の種族のすべてではない。だが、仲間がこんな目に遭っているなどということなど、他の者たちにはそう簡単に知れ渡ることはない。

 そう、彼が黙っていればだ。今残りの仲間に招集をかけて助けようとするよりも、他に何か面白い趣向はないか、と彼は考えていた。慌てる必要などはない。

 なぜなら捕まった連中があの要塞の者たちに殺されるなどということは、金輪際あり得ないことだからだ。そう、暗黒星雲の種族は不死である。それは肉体を持っていないからだ。死とは、肉体を持った生物に特有の現象である、と彼ら暗黒星雲の種族は知っていた。


 暗黒星雲の種族というこの名は、単なる通称で本当の名は別にある。

 彼らの主星は、遥かな昔にその属する恒星の超新星爆発で消滅していた。それは彼らの属した主星が創世されて何億年もたったころのことだった。その頃の宇宙はまだ生まれたばかりの銀河が多く、今ほど広大に散らばってはいなかった。

 すでに高度な文明を起こしていた彼らは、母星が属する太陽が超新星爆発を起こすということを、数百年前から予測していた。予知ではない、様々な観測機器での予測である。そしてそれに対処するために、色々なことを考えていた。

 宇宙船で他の星に移住することや、宇宙船そのものを住処にすることなど、当時の最高の技術水準で考えられる限りのことをシミュレーションした。その結果、生物としての肉体を持っていては、どの環境においてもいずれは住環境自体が変化し、別の環境へ移住しなければならなくなるということが判明した。

 予測しがたい未来であるから、そうなったときに、またすぐに別のものを用意できるとは限らない。

 それならばいっそ肉体という脆弱なものを捨てるという発想を彼らはしたのだ。もちろん、それに反対する者もいた。だがそれは少数で、多くの者は肉体を捨てるということに賛成したのだ。

 結果、当時わずかに残った宇宙船を使って他の惑星に逃げ出した少数の者たちと、特殊な装置を使って肉体を脱ぎ捨てた多くの者たちとに分かれた。

 宇宙船に乗って出て行った人々がその後どうなったかは、残念ながらわからない。肉体を脱ぎ捨て他の種族から暗黒星雲の種族と呼ばれるようになった彼らは、別の道を取った同朋に会うことはなかったのだ。

 やがて彼らの母星が消滅し、彼らの属していた銀河が他の銀河に飲み込まれてその形さえなくなってしまっても、肉体を捨てた彼らは存在し続けていた。

 食べることも寝ることもすることはなく、もちろん病気などにかかることのない彼ら暗黒星雲の種族は、いつしか退屈という新たな敵に向かい会うことになった。死ぬということがないため、彼ら種族の中では新しい出会いというものもない。いつも同じ仲間同士でいるというのも退屈なものだった。

 そのため完璧な存在であるかれらにも、困ったことが起き始めた。彼らには不可能はなかった。だから、不可能を探し、それに挑戦するものが現れたのだ。

 彼らの不可能とは、死である。肉体のある種族にとっては不死が憧憬の的であるが、彼ら不死の暗黒星雲の種族においては死ぬことが憧憬であると考える者が現れたのだった。

 実は暗黒星雲の種族にとって、死ぬということこそ不可能なことだった。肉体があるからこそ死というものがあるのだ。肉体がないものにとっては、死というものは肉体がないゆえに不可能なことだった。

 だが、暗黒星雲の種族の中の一人が死を考え、実際に死を実行しようとするものが現れた。

 永遠に生き続ける倦怠感、そのどうしようもない倦怠感に業を煮やし、一人の暗黒星雲の種族が死を考えたのだ。彼は、持てるすべてのエネルギーを強大な仲間に向けて発し、自分のエネルギーを消失することで自分自身が消滅するのではないかと考えたのだ。

 結果、彼は自身のエネルギーをかなり消失し、そのため身動きできなくなった。ただ、完全に自身のエネルギーを消滅させることはできなかった。だが、エネルギーの大量消費は彼自身の思考を一時的に止めたのだった。つまり失神したような状態に陥ったのだ。それはエネルギーを向けられた相手も同じ状態になるということでもある。

 この状態は彼にとって初めての体験だった。いつもと違う体験、それは退屈をしないということだ。これを知った彼は、たびたび仲間に向けて同じ攻撃をした。

 暗黒星雲の種族の多くは、仲間の一人のこのような行動に驚いた。と同時に大いなる危険を感じた。望んで得た不死を捨てて死を求める仲間を、他の仲間に被害をもたらすため危険だと感じたのだ。それに死を求めることを危険と感じるのは生きる者の本能というべきである。

 暗黒星雲の種族のリーダー格の者たちは集って、会議を開いた。そして、この危険な仲間を排除する方法を議論した。その結果、死を求める仲間を一定の空間に封印することにしたのだ。その空間はエネルギーのない暗い、何もないただ負のエネルギーに満ちた空間で、常にエネルギーを吸収することで一つの空間を形成する。そのためその空間からの脱出は不可能だった。

 広大な宇宙の小さな一角に過ぎないその場所は、暗黒星雲の種族の秘密の牢獄になった。

 これでやっと問題を解決したと思った彼らは、次なる問題に直面した。あの暗い秘密の牢獄から抜け出る方法があることを知ったのだ。


 彼はヘイダール要塞に設えたその装置をつぶさに観察した。その装置の中身を見ることもできるのだ。その結果、彼は暗黒星雲の種族の秘密の牢獄と同じものを発見した。

 これは、ダルシア人とリドス人の科学技術を彼の仲間が甘く見ていたということだ。

 目に見えない力を使ってあの牢獄を作るのと違って、物質である機械や装置を使って作るということがどれほど難しいことかを彼はよく知っていた。

 とりわけ不可思議なのは、このヘイダール要塞のエネルギーの源である。

 これまでヘイダール要塞は、中央にある巨大な核融合炉を稼働することでエネルギーを得ていた。しかし、あの牢獄は核融合炉の作り出すエネルギーだけでは作れないし、維持することもできない。それには少なくとも太陽の千個分のエネルギーがいるのだ。核融合炉一つでは太陽一つ分にも足りなかった。

 しかも、エネルギーを探知しようとしても、その源がはっきりとしないのだ。ただ一つ分かることは、その源につながっているのは一人の人物だということだ。

 それが、ヘイダール要塞司令官ヤム・ディポックだった。

 そのディポックは新しく出てきた司令室を興味深く見回っていた。その室内の装飾は普通の銀河帝国の元の司令室の装飾だった。それが珍しく思ったのだ。

 ヤム・ディポックとは何者なのか?彼に首があったとしたら、おそらく捻ってみただろう。


 前の日真夜中にうたた寝中たたき起こされたディポックは、早めに自分の宿舎に引き上げた。

 キリフ・マクガリアン中尉は若いからか、昨夜からの徹夜などものともせずに戦闘機の飛行訓練に出かけて行った。

 眠くてたまらなかった。ディポックは部屋に就くと早々に、着替えもせずに寝台に横になった。

「だらしのないことだ……」

と、妙な声がした。

 眠りを妨げられて、

「誰だ?」

と、珍しく不機嫌な声をディポックは出した。

「人間とは不便なものだな」

と、また声がした。

「その声、どこかで聞いたことがある、そうだ、あのリード・マンドとかいう暗黒星雲の種族じゃないか?」

と、ディポックは言った。

「ふん、わかったのか?」

「一体、何の用だ?私は眠いんだ」

 ディポックの声は非常に迷惑そうで、暗黒星雲の種族だという相手に対する恐怖心はかけらもなさそうだった。だから余計に彼は興味を覚えた。

「お前に興味がある」

「迷惑だ。私は眠い。帰ってくれ」

「お前は何者なんだ?」

「私は、私だ。他の誰でもない」

「いや、違う。お前は、他の誰とも違う。お前の持っているその膨大なエネルギーはどこから来ているんだ?」

「エネルギー?私は、眠くて、もうエネルギー切れだよ」

「そんなことあるものか。お前はとんでもない奴だ」

 寝台に横たわったままディポックは見えない相手に手を振ると、そのまま寝入ってしまった。

 暗黒星雲の種族である彼に、こんな仕打ちをした者は未だかつていない。いや、あのリドスの六番目は別だった、と彼は思い出した。そう言えば、最近六番目の姿を見たことはないな、と彼は思った。

 眠っているディポックを彼は仔細に眺めた。一見すると、普通の人間にしか見えない。だが、彼は時折その頭上から眩しい光が出るのを見たのだ。その光はともすると、この人間の顔を見えなくするほどの眩しさなのだ。おそらくその光の正体はオーラと呼ばれる霊光だった。これほどの霊光を発する人間を見るのは、彼にとっては久しぶりだった。

 暗黒星雲の種族にとっても、この霊光は非常に不可思議でその原因や正体を未だ見極めてはいない。だが、暗黒星雲の長老曰く、霊光の量というものは、神仏に近いものほど多いというのだ。

 神仏?と彼は口の中で繰り返した。この人間と神仏とどういう関係があるというのだろうか。第一、神仏というのは本当に存在するのか?その疑問に対して、彼とその同朋も答えを見出してはいない。

 彼の知っている他の銀河においても、例え宇宙船に乗り、遠くの銀河にまで航行できる種族であっても、神仏を信じている種族が多かった。たまに、信じない種族もいるが、不思議にそうした文明は短命であった。

 このふたご銀河に属する者たちは、魔法使いも含めてたいてい神仏の存在を認め、信じていた。魔法そのものも、神仏の力を目指したものだという。もちろん、彼と暗黒星雲の種族には別の意見があった。

 暗黒星雲の種族というのは、自分たちが神仏に近い力を持つものだという自負はあった。そこいらの文明の低い種族などは、彼らを神のごとく思っている。いや思わせているのだ。そこにいまだ自分たちが神仏とは違うという後ろめたさを持っていた。

 確かに神仏に近い力を持っているが、彼らは自分たちが神仏ではないことを知っている。だが、神仏が具体的にどういうものかと言うと、わからないのだ。神仏がどこにいるのかもわからない。わかるのは、神仏が存在しているということだけだ。

 だが、今ここにまるで人間らしからぬオーラを発する者がいた。もしかしたら、この人間は自分たちよりも神仏に近いのではないかという気がした。しかし、どのくらい近いのか、本当にそうなのかはどうすればわかるのだろうか?

 彼はいいことを思いついた。彼を無視して眠ってしまったこの得体の知れぬ人間の正体を探るために、彼に冷や汗を掻かせることぐらいはできることを。

 その時、ヘイダール要塞司令官ヤム・ディポックが何者であるか何かわかるかもしれない。


109.

 ブルーク・ジャナ少佐は再び、ナンヴァルのケル・ハトラス・ナン大佐が座り込みをしている廊下に戻っていた。

「少佐、ご無事でしたか……」

と、ヘイス・ダイ中尉が安心したように言った。

「心配かけたな、だが、もう大丈夫だ」

と、ジャナ少佐が言った。そして、胸のあたりを軍服の上着の上からさすった。そこには、あの子猫が潜り込んでいるのだ。

 その二人の様子をケル・ハトラスは見ていたが、

「暗黒星雲の種族はどうしたのだ?」

と、突然口を開いた。少佐のことを心配したのではない。噂に聞く暗黒星雲の種族がどうなったか不安だったのだ。

「連中のことは心配ない。我々が何とかした」

と、ジャナ少佐は短く言った。と言っても、詳しく聞いたわけではなかった。

「本当か?」

と、疑わしそうにケル・ハトラスは言った。

 ケル・ハトラスは少なくともこの要塞にいる連中よりは暗黒星雲の種族について知っているつもりだった。ナンヴァルには、彼らについて多くの言い伝えが残っている。

 暗黒星雲の種族というのは、非常に姑息で陰険で、執拗なところのある厄介な連中なのだ。恨みや憎しみもそう簡単に忘れてくれはしない。不老不死だと言う割には――姿も形もない存在に人格と言ってよいかどう変わらないが、徳というものがない。良いことを言う時もあるが、何しろその解釈が実に自分勝手である。そして、自分流の価値観を相手に押し付ける。力があるだけに、迷惑極まりなかった。

 だが、そんなことを言っても、この要塞の連中がどれだけ理解できるかはわからない。あの魔法使いの銀の月がいるから何とかなるだろうとケル・ハトラスは思って、余計なことは言わないことにした。

 それに、何か連中が仕掛けてきたら、それを利用する手もあるからだ。


 ヘイダール要塞は、ロル星団とジル星団の間に建設された軍事要塞だった。

 この要塞を公式に建設したのは銀河帝国であるが、その建設にあたっては秘密裏にダルシア帝国とリドス連邦王国が関わっていた。また、ジル星団では聞いたことのない種族も関わっていた。

 というのも、この宙域は高速ワープの一種であるゲート・ジャンプの出入り口がいくつもある珍しい宙域になっているからだった。

 ゲート・ジャンプの出入り口というのは自然にできたものではない。人工的に作らなければできないものだ。

 今から何十億年も前に、そのゲート・ジャンプの出入り口は作られた。つまり、その頃この辺りには高速ワープを使えるほどの高度な文明を持った種族がいたということになる。ただその種族がふたご銀河の出身かどうかは不明だった。少なくとも、ダルシア人やガンダルフ人が宇宙にでるよりかなり前のことになる。ちなみに、ダルシア人が宇宙航行を始めたのは、もっと後の時代、今から数億年前のことになる。

 そのことにより、この宙域は他の宇宙空間とは違っていた。ふたご銀河内の移動はもとより、遠くの銀河まで移動できるゲート・ジャンプの出入り口が作られていたのだ。

 ふたご銀河内であるならば、宇宙航行種族はお互い分かっている。だが、他の銀河にも宇宙航行種族はいるのだ。彼らがどのような種族であるかは、わかるはずもない。もし、好戦的な種族がこのゲートを通ってやって来た場合、ふたご銀河は予期しない戦乱に巻き込まれる可能性がある。だから、このジャンプ・ゲートの存在が発見されたとき、そのゲートは厳重に閉じられたのだ。

 ゲートを閉じたのは、ダルシア人である。当時、他銀河からの侵略が行われ、やっとのことで撃退したものだが、その連中が通って来たのが、このゲートだった。

 従って、ヘイダール要塞が銀河帝国の要塞ではなく、本来の要塞として使われるときには、すべてのゲートをコントロールすることができるようになっていなければ危険であった。しかしそれには当時の銀河帝国の技術では無理があった。エネルギーについても非常に膨大な量を必要とするので、例え銀河帝国随一の大きさを誇る核融合炉だとしても、エネルギー不足だった。

 その宙域にあるすべてのゲートをコントロールする要塞を作るには、ダルシアとリドスの両方の科学技術の粋を集めることが必要だった。結果としてダルシアとリドス、そして他のいくつかの種族の英知を結集してヘイダール要塞が建設されたのだ。

 だが最も重要なことは、その膨大なエネルギーを生み出すものがこの要塞に存在する必要があった。これまで、その存在は短期的にこの要塞に滞在したことはあったが、現在は常駐するようになっていた。

 この宙域にあるジャンプ・ゲートは、ヘイダール要塞によって厳重に管理することができるようになったのだ。

 このことについてこれまで銀河帝国は何も知らなかったし、気づきもしなかった。これからも知ることはないかもしれない。

 そして今、その厳重に閉じられていた他の銀河に通じるジャンプ・ゲートを、彼は開けてしまったのだ。


 ダルシア帝国の継承者となったタリア・トンブンは、タレス連邦の第二首都ダンバから貨物船でやってきたグローク・アンバとその仲間たちが船を下りてくるのを迎えに来ていた。

 タリアの近くにイオ・アクナスがいた。彼はタレス連邦政府のスパイだということはわかっている。タリアは、新しい仲間を歓迎しつつ、新しいスパイもやってくることを危惧していた。

 要塞に初めて来た貨物船は入港を許可されても、その独特の流体金属の中に入り駐機場に入るまで、慣れていないので案外時間がかかってしまった。

 駐機場の乗員降車口で待っていたタリアは、妙な警告音が鳴り響くのを耳にした。あたりを見回すと、時折要塞の兵士がキョロキョロしていた。けれどもタレス船から降りてきた連中も、イオ・アクナスを始めとする要塞に居ついた連中も普通にしていて、妙な警告音など聞こえていないように思えた。

「初めまして、グローク・アンバです」

と、若く背の高い作業服の男性が言った。

「私は、タリア・トンブンです」

と、タリアは相手を見上げる形で言った。

 グローク・アンバは笑うと頬にある傷が強調されて、歪んで見えた。

「気になります?この傷は子供のころ事故にあった痕です」

「いえ、別に。それよりも、第二首都ダンバの様子はどうですか?」

「噂によれば、首都の方はもう下火のようでしたが、第二首都では今が能力者狩りの真っ最中です」

「首都では下火ですって?」

「ええ、あなたを始め、続々と亡命者が出たあと、当局も少しは考え直したのだろうと思ったのですが、実はそうではなくて、別のやり方に変えたのです」

と、アンバは言った。

「別のやり方というのは?」

「残った家族を捕えて、人質にしたのです」

 タリアはアリュセアの夫のことを思い出した。卑怯なやり方だった。

「それで、家族の方は収容されたの?」

「いえ、一人ずつ捕えて黙らせておいて、今度は逃げたものを脅迫しようとしています。いずれ、ここにも来るでしょう」

「艦隊がやってくるのかしら?」

「それはわかりません。でも艦隊よりは民間船で密かにくるのではないでしょうか?」

 確かに、軍が来ると問題が大きくなるが、民間船ならさほどではない。

「あなたの船に、そうした政府の者が乗っている可能性はないかしら?」

と、一番気になっていることをタリアは聞いた。

「つまり、私の船にスパイが乗っているかもしれないということですか?」

「ええ。ないとは言い切れないわ」

「ないことを祈ります」

「ともかく、ここの要塞に亡命者としてしばらく滞在することはできるでしょう。それからどうするのか、あなたは考えているの?」

 これは、タリアが悩んでいる問題でもあった。ここに腰を落ち着けてしまうか、他の惑星に行く方がいいのかと。

「そうですね。できれば、他の惑星に行きたいと考えています」

「その候補は考えた?」

「そうですね、リドス連邦王国はどうでしょうか?」

「リドス連邦王国に行くというの?」

「あそこなら、迎えてくれそうです。ナンヴァルもゼノンも迎えてくれるでしょうが、種族として異質なところがありますし、リドスなら人間型種族ですから」

「なるほどね。それもいい考えかもしれないわ」

 タリアはそつなく答えるアンバにどこか不安を感じた。

 アンバの言っていることは、タリアもさんざん考えたことだった。だが、今では迷っている。何が一番いいことなのだろうか?それは、簡単に決められることではない。

「タリア、あなたはリドス連邦王国に知り合いがいると聞いています。早速ですが、その知り合いに合わせてくれませんか?」

と、アンバは言った。

 まだ要塞に着いたばかりなのに、ずいぶん早いとタリアは思った。

「それはいいけれど、あなたに付いて来た人たち全員の気持ちは決まっているの?」

「もちろんです。こういうことは早い方がいいのではありませんか?」

「でも、実際リドスへ行くとなると、あなた方の船ですぐ行くわけにはいかないでしょう?」

 リドス連邦王国はヘイダール要塞からかなり遠い。ジル星団の反対側の端に近い方だった。

「我々の船で行けなくとも、リドス連邦王国へ亡命するとなると、彼らが船を出してくれるのではないでしょうか?」

「え?彼らに送ってもらうというの?」

「他に方法がなければ…」

 これからこの要塞にやってくるタレス連邦の亡命者が皆こんなことを言うとしたら大変なことになる、とタリアはため息をついた。


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