ダルシア帝国の継承者
86.
ナンヴァル連邦は、ジル星団の外側の渦巻きの中にあった。ゼノン帝国はその反対側に位置し、ダルシア帝国はその中央に位置していた。
ナンヴァル連邦では、祖先は遥かな昔ダルシア帝国から分かれた人々だった、という言い伝えが残っていた。それが事実だと分かったのは、科学技術が発達し、遺伝子の解析が進んだからだった。もっとも、司祭階級の人々はナンヴァル人の先祖がダルシア人であることを知っていた。
ナンヴァル連邦はジル星団でも特異な政治制度をとっていた。それがナンヴァルの神聖政治である。
かつて、最初に惑星マクヴァ―ンに移住してきた最初のナンヴァル人は、マルディアフス・カフカス・シャという指導者に率いられてやってきた。彼ら最初の移住者はダルシアの女神の一人、マグ・ナルディアス・シャを信奉していた人々だった。
五千万年前、女神マグ・ナルディアス・シャがマルディアフス・カフカス・シャに『マクヴァ―ン』に移住し新たな国を建てるように神託を降ろしたのだった。
その国はジル星団の他の種族と調和する文明を目指していた。つまりダルシア人がまだ止められない、食人の風習を改め、植物中心に摂取する文明を目指していたのだ。
そのために、植物摂取にふさわしい肉体構造を持った新しいナンヴァル人として、草食型ダルシア人を創造したと言われている。実際ナンヴァル人は主食として植物を取っている。完全な草食とは言えないが、たんぱく質を取る必要がある場合だけ、肉食をするのだ。その結果、ナンヴァル人は先祖のダルシア人とは異なった人間型種族となっていったと言い伝えられている。
最初の指導者マルディアフス・ガフカス・シャにダルシアの女神マグ・ナルディアス・シャは、政治において重要な判断をする場合には神託を降ろすのが常だった。これをナンヴァルの神聖政治という。この神託を受けることができる人物を輩出させるのが司祭階級に課せられた仕事だった。
ナンヴァル連邦は神聖政治であるとともに、階級制度が敷かれていた。そのトップが司祭階級である。その下に軍人階級、商人階級、労働者階級があった。
ナンヴァル連邦の司祭階級の人々は、先祖のダルシア人の能力を失うことなくそのまま受け継いでいた。ただ何千万年という時が過ぎるとともに、その能力は少しずつ失われていったが、それでも一番その能力を残しているのが司祭階級の人々だった。
この司祭階級がとびぬけて別格であり、その他の軍人・商人・労働の三階級は同じ並びだった。しかし時が経つにつれて、司祭階級の次に軍人階級が、その次に商人階級がつき、労働者階級は最下位に位置していると考えられるようになっていった。
階級内外の人々はもともと交流があり、流動性があった。親の職業をその子が継がなければならないという決まりもなかった。どちらかと言うと、子供の能力に応じて職業が決まり、階級が定まるものだった。
ただ、近年その階級制度は固定化しつつあった。親の職業をその子が継ぐのが当たり前になったのだ。同時に司祭階級においてもかつてのダルシア人の能力の多くを失くしていった。
それがナンヴァル連邦の衰退の始まりだった。
マグ・クガサワン・シャは、ゆったりとしたローブの中で身じろぎをした。彼は、現在ナンヴァルの最高指導者、四大階級の調整官だった。
「ダルシアの継承者がタレス人に決まったというのか?」
と、マグ・クガサワン・シャは言った。
「はい」
と、相手が言った。
相手は、ナンヴァル連邦駐在のゼノン帝国大使、ダルマエル・ドルウだった。
「マグ・デレン・シャ自身が審判を司ったのだな」
「さようでございます」
マグ・クガサワン・シャは目を閉じてしばらくの間動こうとしなかった。傍目にはまるで瞑想しているようにも見えるその姿は、彫像のようだった。
「マグ・デレン・シャが審判をした結果なら、それが正しいのであろう」
と、マグ・クガサワン・シャは目を閉じたまま言った。
「何をおっしゃるのです。マグ・デレン・シャはダルシアのコアに騙されているのですぞ。あのコアというのはとんでもない詐欺師です。本物のダルシア人でもないのに、ダルシア人だと僭称していたのですぞ」
と、ダルマエル・ドルウは言った。
「ほう、あのコアがニセモノのダルシア人だというのか?」
と、マグ・クガサワン・シャは目を開けて言った。
「はい。私どもはコアの遺体を手に入れて、それを確かめたのです」
マグ・クガサワン・シャは、黙ってそれを聞いていた。
「調整官閣下もご存知の通り、ダルシア人というのは竜種でした。最盛期にはゼノン人の数倍の背丈だったと記録にあります。それなのに、コアの死体は人間型種族のものでした」
「なるほど、ゼノンの大使ダルマエル・ドルウよ。そなたの言葉を信じよう。確かにコア大使は人間型種族の身体を持っていた。だが、それがどうしたというのか?」
ダルマエル・ドルウはマグ・クガサワン・シャがその事実をすでに知っていたということに驚いた。
「なぜ、それをご存じだったのです?」
「ゼノンでは忘れられたのかな?コア大使が人間型種族の肉体を持っていたのは、それこそゼノン帝国が原因なのだが……」
「ば、ばかな。そんなはずはありません。これは今回初めて明らかにされたことなのですぞ」
「そのようなことは、我々はすでに知っている。もっとも調整官にしか知らされぬことなのだがな。もちろん、マグ・デレン・シャもそのことは知らなかったはず」
マグ・クガサワン・シャは、遠い目をして言った。
本来竜種である、ダルシア人が人間型種族の形に変化したのは約五千年前のことだった。竜種の形を保つことができなくなったからなのだ。ゼノン帝国の大使は知らなかったが、ダルシア帝国とゼノン帝国の艦隊が戦ったフロゴン星域の会戦に原因がある。
当時ゼノン帝国は、第三期ダルシア戦争の末期にあたっていた。第一期も第二期もゼノン帝国はダルシア帝国に負けたのだった。今度こそと考えるゼノン帝国は、ある筋からダルシア帝国の辺境にあたる恒星フロゴンに重要な秘密基地があるとの情報を得た。
恒星フロゴンの第五惑星クエトは、知的生物が居住するのに適さない星だった。地上は凍てついた氷原が広がっている。その地下に、ダルシア人は種族の繁殖のための卵子や精子を貯蔵する施設を密かに作っていた。
ダルシア人は本来卵生で、夫婦、親子、兄弟等の社会的なつながりは薄かった。卵から孵った個体はすぐに動き始め、その巣を去る習性があった。かつては生存競争が激しくて、そうしなければ、他の大きな兄弟に食われる危険があったからである。文明が高くなるにつれて共食いは減り、卵から生まれた子供はみな同じように育てられた。
また、ダルシア人は卵を産むために女性が男性よりもかなり大きく、寿命も長かった。だからダルシア人という場合には、卵を産む女性である場合がほとんどだった。男性は弱く生まれてきてもすぐ亡くなるので、三億年も前から人工授精が行われ、人口の調節や女性や男性の調節も早くから行われていた。
従って、惑星クエトの施設が破壊されると、ダルシア人そのものが消滅するという危険があった。そのため、その場所は何重もの秘密で守られていた。
それを破って秘密を暴いたのは、かの暗黒星雲の種族だった。彼らはこれでジル星団のダルシア人が滅びるものと考えたのだ。
当時のダルシア帝国皇帝はライアガルプスだった。
ライアガルプスは、暗黒星雲の種族の介在を察知していなかったので、遅れを取り、気づいた時には、惑星クエトが炎に包まれていた。すぐに艦隊を派遣し、ゼノン帝国の艦隊を退けたが、貯蔵施設が破壊された後だった。
ダルシアはこれまで最盛期のころに比べて、人口を数千人にまで減らしていた。ナンヴァル連邦への移住やゼノン帝国への移住等もあったが、ダルシア本国の人口はかつてないまでに減っていたのだ。それが、この事件により、ダルシア人そのものが滅亡する際に立たされた。
問題は、当時のダルシアには男性はいなくなっていたことだった。惑星クエトの貯蔵施設が破壊されたので、人口授精ができなくなったのだ。
その時、救世主のように現れたのが、惑星ガンダルフの魔法使い『銀の月』だった。彼のしたことは唯一つ、人口授精のための精子を提供したのだ。
ゼノン帝国艦隊のダルシア帝国攻撃の報を受けて、急いでやってきた銀の月は、ライアガルプスにとっては長年の盟友だった。当時の彼の名は、キール・トルセンと言った。惑星ガンダルフの魔法使いだった。
ライアガルプスと銀の月は協力して、卵生のダルシア人と胎生のガンダルフ人との間の子孫を作ることにした。だが、繁殖方法の異なる種族の子孫作りは難航したのだった。
その最初の成功例がアントルーク・コアだった。コアはダルシア史上最初の男性皇帝となる。しかも、竜種とは言えない人間型のダルシア人だった。二例目はアプシンクスで、それが最後となった。
従って、銀の月――五千年前のガンダルフ人の銀の月は現在のダルシア人の父祖と言える。
マグ・クガサワン・シャは、ナンヴァル連邦の指導者である調整官として、ダルシアの事情についてはゼノン帝国の者よりもよく知っていた。
「時に、ロル星団の者たちが作ったヘイダール要塞にかの『銀の月』が現れたと聞いたが、本当であろうか?」
と、マグ・クガサワン・シャは聞いた。
「確かに、そう言う者がいると報告にありました。ですが、そのようなこと信用できません。ただその名を使っているだけかもしれません」
と、ダルマエル・ドルウは言った。
「そうかな?」
銀の月が現れたということは、ガンダルフの五大魔法使いが生まれ変わっているということを意味しているのではないか。だとすると、このナンヴァルも何らかの変化をせざるを得なくなるのではないか、ということを意味しないか?
かの五大魔法使いが生まれる時代というのは、いつもそうした時代だと伝えられている。
「と、ともかく、我々はあのような審判を下すマグ・デレン・シャを惑星連盟の議長として認めるわけには参りません」
「では、誰を推すというのか?」
「ダルシア人がいなくなった今、ナンヴァルと並ぶことができる国はわがゼノンのほかにはありますまい」
と、何の衒いもなくダルマエル・ドルウは言った。
「なるほど。だが、他の国の代表者たちがそれで納得するのだろうか?」
「納得するのではなく、させるのです」
「つまり、ゼノン帝国の力でか?」
とうとうここまで来てしまったか、とマグ・クガサワン・シャは思った。
惑星連盟が創設されて五百年の間、虎視眈々とゼノン帝国はこの機会を狙っていたのだ。ダルシア帝国が弱り、ナンヴァル連邦が折れるまでを。だが、このままでよいはずがない。ゼノン帝国の支配するジル星団は、多くの種族を不幸にするだろう。
「あのリドス連邦王国はどうなのだ?彼らの影響力を排除できるというのか?」
「あのような者たちなど、取るに足りぬことです」
と、自信ありげにダルマエル・ドルウは言った。
ゼノン帝国にとってリドス連邦王国は、ジル星団の単なる新参者にすぎなかった。高度な文明を持っているとは考えているが、ゼノン帝国の武力には到底及ぶまいと見ているのだ。ゼノン帝国の艦隊はダルシア帝国やナンヴァル連邦に次ぐ数と規模と武力を誇るものだ。それに、ロル星団の新興勢力である銀河帝国が彼らの友好国として登場しようとしている。銀河帝国の科学技術はともかく、艦船の数は多かった。ジル星団のすべての政府の艦隊を合わせた数よりも多いかもしれない。
「それはロル星団の覇者である銀河帝国を取り込んだということか?」
と、マグ・クガサワン・シャは言った。
「リドス連邦王国は、銀河帝国の大逆人を抱えております。それだけでもいずれ問題になるでしょう」
マグ・クガサワン・シャは、大逆人が誰であるかをゼノン帝国は知らないのだと気づいた。そのようなことでは、とてもリドス連邦王国と同等に遣り合うことなどできないだろう。
「調整官閣下、我々ゼノン帝国はナンヴァル連邦との一刻も早い同盟締結を望んでおります。ダルシア帝国が滅びた今、惑星連盟にとってもそれは喫緊の課題でありましょう」
と、ダルマエル・ドルウは力説した。
「ダルシア帝国が滅びたとは思わぬが、そのことについて、検討はしてみよう。ファルトゥ・シグナ・デュよ。ゼノン帝国大使がお帰りだ。お送りするように」
と言って、マグ・クガサワン・シャは会見を終わりにした。
87.
司令室のスクリーンには、見たことのある船が映っていた。
「どこの船だって?」
と、ディポックは通信員に訊ねた。
「それが、一隻はタレス連邦からの亡命者だと判明しましたが、もう一隻の方がわかりません」
と、通信員が言った。
「みたところ、新世紀共和国の船ではないかな?」
と、ディポックは言った。
「おそらく、そうではないかとおもうのですが、通信不能なのです」
だんだん大きく映るその船は、かなりの損傷があることが確認された。
「これでは、乗員が無事かどうかわからないな」
と、ヴィン大佐が言った。
コランド・アルガイがあたふたと司令室にやってきた。
「船が来たそうだな?」
「かなり、損傷が激しいようだし、通信不能だ」
と、ディポックが言った。
「銀河帝国とこのヘイダール要塞との間の宙域のパトロールが強化されているらしい。それに引っかかったんじゃないかな」
と、コランド・アルガイが言った。
「君の船は無事だったんだろう?」
「うちの船は慣れているからな。でも、今回は危ないと思ったのは以前より数が多かった。初めてここへ来るとなると、かなり危険が大きいと思う」
「すると、やはり帝国軍にやられたということかな……」
ディポックは、要塞艦隊から一隻調査に出すことにした。船が危険な状態なら、早くその乗員を移動させようというのだ。もちろん、その船が帝国軍の偽装ということもありうる。そのため十分注意するように艦長に命じた。もう一隻のタレス人の船は要塞に入港を許可した。
タリア・トンブンは、タレス連邦から新しい船が入ったという連絡を受けて、駐機場にやってきた。ヘイダール要塞方面にはジル星団の交易航路は設定されてはいないので、おそらくタリアの仲間の船だろうと思ったのだ。
駐機場に着くなり、タリアは嫌な気分に襲われた。そしてタレス連邦から来た船を見ると、その気分がさらに強くなった。
「タリア、あなたも来たんですね」
と、声がするので、そちらを見ると、イオ・アクナスが立っていた。
「あ、あなたも……」
と、タリアは驚いてイオ・アクナスを見た。
彼はダルシア帝国の継承者の審問がなされているとき、アリュセア・ジーンの部屋で倒れていたのだ。その理由はすでにアリュセア自身から聞いてタリアは知っている。
イオ・アクナスはタレス連邦政府のスパイだったのだ。
そのことは、まだアリュセアとタリアの秘密にしていた。要塞司令官のディポックには話をしたが、他のタレス人の能力者には話していなかった。
タリアはイオに自分の心を読まれないように、緊張した。もっとも、その点については、リドス連邦王国の五の姫にもらったペンダントがあれば大丈夫だと、銀の月が話をしていた。そのペンダントは今タリアの首から下げられている。
「そのペンダントは、どうしたんですか?」
と、イオが聞いた。
「これは、バルザス提督にもらったの。お守りだそうよ」
と、咄嗟にタリアは誤魔化した。
「バルザス提督は、あなたにずいぶん親切なんですね」
「ええ。前からよ」
二人が話しているうちに、船から人々が下りてきた。
バルザス提督とアリュセア・ジーンは宿舎に戻ってくると、顔を見合わせた。
二人にはヘイダール要塞に近づいた二隻の船が見えたのだ。
「あれは、あの船はどうしてここへ来たのか?」
と、アリュセアが言った。
「しまった!油断した」
と、バルザスが言った。
二人の脳裏に同じ光景が映じた。その昔、彼らが対ゼノン帝国との戦いで使った作戦だった。そして、ヘイダール要塞がゼノン帝国の兵士に占領される映像も同時に見えた。
「まさか、でも……」
と、バルザス提督が一瞬迷って言った。
「まさか、ではない。急がねば、間に合うまい」
と、アリュセアが断言した。その口調はライアガルプスのものだった。
「しかし、あれは、ナンヴァル人が得意とする攻撃方法のはず」
「それならば、ナンヴァルはゼノン帝国の手に落ちたのだ」
「そんな連絡はありませんでした」
と、カールは言った。バルザスとアリュセアの話がわからない。
「だが、現実にはそうなっている」
バルザスとアリュセアは宿舎で睨み合った。
「どうしたんです、提督」
と、ドルフ中佐が二人が戻ってきたのに気づいてやってきた。
「すぐに動かねば、要塞だけではなく、我々も終わりだ、いやこの身体がだがな」
「どうしたの、二人とも。何の話なのかわからない」
と、カールは言った。
「私は要塞の艦へ行く。君は、要塞司令室へ行ってくれ。ディポック司令官に危険を知らせるんだ」
と言うなり、バルザスは消えた。
「我々も急いで移動だ。ドルフ中佐は残って、子供たちをみていてくれ」
と、アリュセアは言った。
「あの、あなたはライアガルプスなの?」
と、カールは聞いた。
「そうだ。ナル・クルムとか言ったな、お前も来た方がいい。そしてよく見ておくのだ」
アリュセアはカール・ルッツとナル・クルム少佐を連れて部屋を出た。そして、いつも要塞司令室に行く方向とは逆に行こうとするので、
「方向が違うのではないか?」
と、クルム少佐が言った。
「いや、これでいいのだ」
バルザス提督の宿舎から一番近いリフトに乗ると、アリュセア――ライアガルプスはリフトの壁に触れた。ちょうど入口の真後ろになる壁に要塞の見取り図が現れた。
「これは、どこかで見たことがある」
と、カール・ルッツが言った。
「そうだろう。それと同じものだ」
アリュセアは見取り図の中から司令室に近い場所を選んで再び指で触った。すると、リフトの中が光った。
気が付くと、三人は司令室に一番近いリフトに移動していた。
「このリフトは、転送装置になっているのね」
と、カールは言った。
「ヘイダール要塞にこんなものがあったのか……」
と、クルム少佐は驚いて言った。
「この要塞は銀河帝国だけが作ったのではない。もちろん、彼らは知らないが、この要塞を作るに当たって、陰ながら我々も協力していたのだ」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
「すると、他にも……」
「それはあとだ」
三人は急いで司令室に向かった。
ディポック司令官は、アリュセアとカール・ルッツがやってきたと聞いて、
「何かあったのかな?」
と、のんびりと構えていた。
「ディポック司令官、タレス連邦の船に要塞からすぐ出るように命じるのだ。いや待て、もし乗員が下りているようなら、すぐに拘束するのだ。タレス人に見えるかもしれないが、あれはおそらくナンヴァル連邦の兵士だ」
と、アリュセアは言った。
「どうしたんです?」
と、相手の切迫した雰囲気につられて、ディポックは聞いた。
「説明している暇などない。あれは本物ではない。この要塞を攻略しようとして入り込んだのだ」
「しかし、タレス連邦の船ではないのかな?」
と、ヴィン大佐が言った。
すぐには信じられなかった。今さっき、コランドと新世紀共和国から来た船ではないかと話していたところだからだ。
「違う。あれは、ナンヴァル連邦の船だ。魔法で偽装しているので、すぐにはわからないのだ」
「しかし、ナンヴァルは……」
と言う、ディポックの話を遮って、
「おそらく、ナンヴァル連邦はゼノン帝国の手に落ちたのであろう」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
「まさか。じゃ、あのスクリーンの船は?」
「あれも偽装だ。向こうの要塞の艦に銀の月が行った。やつが何とかする」
ヘイダール要塞に警報が鳴り響いた。
要塞防御指揮官ウル・フェリスグレイブは、連絡を受け急きょ部下を招集した。だが、その時にはもう魔法で偽装したナンヴァル連邦の兵士が船から降りて、それぞれ要塞司令室に向かっていた。
彼らはタレス人に見えるよう魔法で偽装しているので、フェリスグレイブが指揮する兵士達が司令室に向かう敵を排除するよう指令を出しても、そう簡単に排除できるとは思えなかった。
考えてみれば、この方法はかつてディポックがこの要塞を攻略するために使った方法に似ている。ディポックは魔法を使わなかっただけだ。
「連中はこの司令室を目指していやってくるはずだ」
と、ディポックは言った。
「敵の数や武器の種類は、どうなのでしょう」
と、ブレイス少佐が言った。
「数はあの船に乗っているのだから、数千人というところか……」
と、ナル・クルム少佐が言った。
「おそらく、この司令室だけではなく、ナンヴァル連邦の大使であるマグ・デレン・シャも狙っているはずだ」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
「あのナンヴァルの大使は仲間ではないのですか?」
と、参謀のグリンが聞いた。
「要するに、ナンヴァル連邦でクーデターでも起きたのであろう。その連中がゼノン帝国と手を組んでいるということだ」
「なぜ、マグ・デレン・シャは仲間でないとわかるのです?」
と、ディポックは聞いた。
「それを話せば長くなる。今は、何とかこの要塞を守らねばなるまい。さすがに、今のわたしだけでは、この司令室を守るのも難しい。ディポックとか言うたな?おまえはこの要塞について、どれだけ知っている?」
「私は、三年前に、この要塞を一度落としたことがあります。その後、この要塞は銀河帝国に戻り、半年前再び私が占領したのです。ですが、私はこの要塞については、公式記録以外のことは知りません」
「なるほど。なかなか慎重な言い方だな。この要塞を建設するに当たって、銀河帝国以外の者たちが協力していたのを知る者はおるまい。ダルシアやリドスも協力した。他にも協力した種族がいる」
「それは、何のために……」
と、グリンが訝しげに聞いた。
「ふたご銀河の者たちを守るためだ。未来のためだ。だからここは、銀河帝国のものであってはならない」
「なるほど、それでマグ・デレン・シャはここに惑星連盟を移そうとしたのですね」
と、ディポックは言った。
「いや、彼女もそこまでは知るまい。それに、そう簡単に惑星連盟を移すことはできないだろう」
「反対者がいるということでしょうか」
「もちろんだ。それがゼノン帝国を主な勢力とする者たちだろうことは、賢明なおまえならわかるはずだ。あれは、そうした連中が仕掛けてきたのだ」
と、スクリーンに映じている船を指して、アリュセア――ライアガルプスは言った。
88.
バルザス提督は、一気に損傷の激しい船に近づく要塞の巡洋艦アーダにジャンプした。
「いいか、十分注意しろ、何が出てくるかわからんからな」
と言っているのは、要塞艦隊の司令の一人、ダズ・アルグ提督だった。艦長らしき人物は、ダズ・アルグの後ろに立っている。
「よし、この辺で、もう一度通信を送るんだ」
新世紀共和国の艦の中は、銀河帝国の艦とは違って、司令官の立っているところは通信士や操縦士のいる場所からかなり高い位置だった。
ダズ・アルグは艦橋に立って、必要な指示を与えていた。
バルザス提督は、ダズ・アルグから少し離れて、立っていた。ダズ・アルグの話が途切れた時、指を鳴らして合図をした。
「ん?誰だ?」
首を巡らして、バルザスを見つけると、
「いつ、この船に乗ったんだ?」
と、ダズ・アルグは驚いて呟いた。
「今、来たところだ」
「何をしに来たんです?」
と、ダズ・アルグは言った。
バルザス提督がどうやってきたのかは、聞くまでもなかった。要塞の司令室に突然現れたりしたことがある。魔法で移動したのだ。ただその理由が分からなかった。
「あの船だが、あれは魔法で偽装が施されている」
と、バルザスは言った。
「何だって?あれは新世紀共和国から来た船ではないというのか?」
所々塗料が剥げ、今にもエンジンが止まりそうに見えるその船の船体に、新世紀共和国のマークがおぼろげに見える。
「あれは、ゼノン帝国の艦だ」
「何だって、それじゃ、要塞に入れた船は?」
「あれは、ナンヴァル連邦の艦だ」
と、バルザス提督は断言した。まるで彼には艦を識別するマークが見えるようだった。
「し、しかし、……」
と言って、ダズ・アルグは信じられないというように首を振った。
「昔は、魔法で偽装した船で、敵の基地を乗っ取るという戦法をよくとったものだ」
「昔?いつ頃の話です?」
「そうだな、五~六千年前から一万年前くらいかな」
「そんな昔のことをよく覚えていますね」
「見た目よりも年を食っているのでね」
ダズ・アルグは呆れてものが言えなかった。バルザス提督は多少大目に見積もっても、三十代後半にしか見えない。少なくとも、ダズ・アルグよりは五歳は上のはずだった。だが、銀の月としてなら一万年は優に超えるかもしれない。
「で、どうするつもりだったのかな?」
と、バルザスが尋ねた。
「通信ができなかったら、おそらく向こうの司令室もやられているかもしれないから、このまま近づいて近接戦闘用のチューブで向こうへ行くつもりでした」
「まあ、シャトルで行っても同じだが、向こうはこちらが来るのを待っているんだ」
来たら、捕まえて相手の艦を乗っ取り、それを使って要塞に乗り込む計画なのだろう。先に入った船の連中と合流すればかなりの人数になる。
「そうでしょうね。で、あなたはどうすればいいと考えているんです?」
「もちろん、攻撃するんだ。正体がバレたと気づかれないうちに」
ダズ・アルグは本当にバルザス提督の言うことが正しいのか、自信はなかった。
「要塞にこのことを聞こうなどとするな。この距離では、通信は傍受されるぞ」
と、バルザスは警告した。
「わかっていますよ」
あまり考えている時間はない。相手が元銀河帝国軍人のベルンハルト・バルザスだと思うから不安なのだ。最初から、ガンダルフの古い魔法使い『銀の月』と思えばいい、とダズ・アルグは決めた。
「主砲用意、目標は国籍不明のあの船だ。いいか、打て!」
と、ダズ・アルグは命じた。
要塞から派遣された艦は、国籍不明の船に向かって主砲を三度斉射した。このくらいでその船は簡単に破壊できると思ったのだ。だが、最初の攻撃は命中したが、二度目三度目はシールドによって弾かれた。
「あの船にあんなシールドはないはずだぞ」
と、ダズ・アルグは言った。
「新世紀共和国の船だったらないはずだ。だが、ゼノン帝国の艦だったら、この艦の主砲から身を守るシールドがある」
と、バルザスは言った。
「そうか、いやそうじゃない。それじゃ、こちらの艦はどうなるんだ?」
主砲に効果がないとしたら、逆にやられてしまうだろう、とダズ・アルグは思った。
「閣下、今度はこちらを攻撃してきます」
と、通信員が言った。
「大丈夫だ。それよりも、もう一度、主砲の用意を」
と、バルザスは言った。
「え?さっきは効果がなかったじゃないか?」
「君たちの主砲だけではな……」
と、意味ありげにバルザスは言葉を濁した。
ゼノン帝国と見られる艦から打たれた砲は、要塞の艦に届く前に目に見えぬ壁に当たっていた。
「向こうの攻撃がこちらに届かないようです」
と、通信員が言った。
スクリーンを見たが、あのような強力なシールド発生装置はこの巡洋艦アーダにはない。
「あんたか?これは銀の月の魔法なのか?」
「さあ、どうだろう。それよりも、攻撃だ」
とりあえず、主砲を打つしかない、とダズ・アルグは思った。
「さっきと同じように打つんだ。いいか……」
巡洋艦アーダから放たれた主砲は、新世紀共和国の船に今度は命中した。
「当たった?いや、続けて打て……」
「完全な破壊は避けてくれ、乗っている連中に用がある」
と、銀の月は言った。
「向こうは、ゼノン帝国の連中じゃないのか?」
「そうだが、おそらくあの艦には本物の新世紀共和国の人間が乗っているはずだ」
「どうしてそんなことがわかるんだ?」
「あの船の外側は細部まで、新世紀共和国の船を忠実に模していた。そのためには、新世紀共和国の船について詳しい人物がいる必要がある。例え魔法でも、いやだからこそ本物に近く見せるには君の仲間が必要なんだ」
「し、しかし、シャトルで乗り込むのか?」
攻撃力が弱ったとはいえ、まだ降伏したわけではない。シャトルで出るとしたら、危険だった。
「私が向こうにジャンプする」
「何?ちょっと待て……」
と、ダズ・アルグが驚いているうちに、銀の月はいなくなった。
89.
ゼノン帝国の艦は、古いタイプのものなら銀の月はよく知っていた。
この艦は新しく建造されたものだが、構造や武器はあまり以前のものと変わりがないように感じた。あの時代からほとんど科学技術は進展していないのだろうか、と銀の月は思った。
ゼノン帝国の一般の人々はあまり気が付いていないのだが、それは事実だった。だからこそ、ゼノン帝国の皇帝や政府の高官たちはダルシア帝国の遺産を欲しがっているのだ。
ゼノン帝国風の装飾を付けた廊下を用心深く行くと、衛兵のいる部屋があった。銀の月の記憶が正しければ、あれは艦の司令室だ。衛兵は、戦闘状態での当然の配置だった。
銀の月の姿がすっと消え、透明になると衛兵の前を通り過ぎた。
銀の月が歩いている廊下は、艦の中央に前後に貫くように作られているものだった。最前部には主砲の砲塔がある。後部には、艦のエネルギー発生装置と駆動装置がある。司令室があるのは艦の中央で、あまり敵の攻撃が当たらない部分だった。従って捕虜や異星人を収容するような部屋は司令室と前部の間に作るのが古くからの習慣だった。
一万年前からまったく変わらないその艦の構造は、潜入しやすかったが、銀の月がゼノン帝国の抱えている問題を察するに十分だった。
ヒソヒソ声が聞こえてきた。
部屋の一つに立ち止ると、銀の月は壁を通り抜けて中に入った。
「先ほどの攻撃は、大丈夫でしょうか?」
と、一人の魔術師が言った。
敵の艦による攻撃でかなりの衝撃を感じたのだ。いつもなら、そんなことはないのに、と言いたげだった。
部屋には他に数人の魔術師がいるようだった。だが、銀の月に気が付くような力のある魔術師はいないようだ。
「今、損傷を調査させている。まだ、使えそうか?」
と、艦の士官らしき人物が言った。
「あとしばらくは持つでしょうが、長くは持ちません」
「もう使えないか」
「と言うよりは、この状態がいつまで続くか我々にはわからないのです。医師に見せた方がよいのではありませんか?」
「向こうの人間の医師はゼノンにはおるまい」
「医師に見せても、治るかどうかわかりません。ですが、この状態を長く保つことができるかもしれません」
「あの要塞を攻略できれば、医師も見つかるだろう。だが、あの艦の攻撃力があれほどとは思わなんだ」
「向こうにはリドスの魔法使いがいるという噂を聞き来ましたが……」
「もしかしたら、とんでもない魔法使いがいるかもしれぬ」
「というと?」
「これは確かな話ではない。だが、ガンダルフの五大魔法使いが再び生まれていると聞いた」
「何と、本当でございますか?しかし、カリドフ艦長は軍人にしてはお珍しい。生まれ変わりをお信じになるのですか?」
「私は噂の話をしているだけだ。ガンダルフの五大魔法使いの生まれ変わりが事実かどうかは知らぬ。だが、そうした噂が流れていることは事実だ」
「もしかして、それは先日この要塞に派遣されたゴウン元帥の艦隊の噂でございますか?」
「それだけではない。惑星連盟の大使ボルドレイ・ガウン閣下も話しているそうな」
「しかし、どうしてそのようなことがわかったのでございます?」
「例の、厄災の種だった、暗黒星雲の種族の一人が現れてその話をしたということだ」
「このあたりに暗黒星雲の種族が現れたのでございますか?」
と言って、その魔術師はあたりをキョロキョロと見まわした。
「そうだ。これまであやつらは、しばらく姿を見せなかった。だから、滅びたのではないかと希望を持った者もおるようだが、そう簡単に滅びるような連中ではない」
「ですが、その暗黒星雲の種族であったなら、この人間も直すことができるやもしれませぬ」
「だが、我々の益になるようなことを連中がすると思うか?」
「無理でしょうな」
「どちらにせよ、持たぬというのなら死んでも構わぬ。何とか今の状態を保てるようにせよ」
魔術師との会話が終わると、カリドフ艦長は部屋を出て行った。
銀の月は、彼らが人間と呼んだ、カプセルの中に横たわっているものを見た。おそらく新世紀共和国の出身であろうと思われるその人物は、50代の男性だった。その人物に見覚えはなかった。
銀の月は密やかに呪文を唱えた。
すると、部屋にいる魔術師たちはあくびをすると、一人、また一人とその場で眠り始めた。魔術師が皆眠ってしまうと、銀の月はカプセルの傍によりに両手を載せると、別の呪文を唱えた。
ダズ・アルグは不安そうに艦橋に立っていた。
銀の月がゼノン艦へジャンプした後、攻撃を続けていたが、向こうへ行った銀の月のことも心配になっていた。
そこへ艦内通信用の呼び出しが鳴った。あわててそれを取ると、
「何だ、どうした?」
と、ダズ・アルグは言った。
「あ、あのバルザス提督が突然現れました。こちらは医務室です」
「それで、怪我でもしているのか?」
「バルザス提督ではなくて、カプセルに入っている人物が病気のようなんです」
「カプセルに入っている?ゼノン人か?」
「いえ、どうも新世紀共和国の人らしいのですが、身元がわかりません」
「ともかく、バルザス提督に報告をするように言ってくれ……」
とダズ・アルグが言うと、目の前にバルザス提督が現れた。
「わわ!急に、現れるな……」
「それは悪かった。急いでいたもので……」
「いったい誰を連れてきたんだ?」
「それはわからない。向こうでもわからないらしかったから。それよりも、もうあの艦に用はない。ここから離れた方がいい」
と、銀の月は言った。
「あの艦は破壊しなくてもいいのか?」
「このままここにいると、あの艦の本隊が出てくることになっている」
「それじゃ、他にゼノンの艦隊が待機しているということか……」
「そうだ。それは、うちの艦隊に追撃させる。君は医務室の人物を要塞へ運んでほしい」
リドス連邦王国の艦隊は要塞の近くにステルス状態で待機していた。銀の月――バルザス提督が連絡すると、リドスの艦隊はステルス状態を解除して、逃げるゼノン帝国の艦を攻撃し始めた。
すると、ゼノン艦の背後に、こつ然とゼノン帝国の艦隊が現れた。
「向こうも、ステルス状態で待機していたんだ」
「危なかった……」
90.
ヘイダール要塞の司令室では、これまでにない窮地にあった。
「あのタレス人の船がナンヴァル連邦の艦だとすると、下りた者たちはみなナンヴァル連邦軍の兵士だということですね」
と、ディポックは言った。
これは、かつてディポック自身がこの要塞を占拠するときに取った手法だった。
「そうだ。さて、どうするか……。ヘイダール要塞の司令官はどう考える?」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
事態はかなり危険だった。
船から降りたタレス人に偽装した兵士たちは、本物のタレス人と見分けがつかない。それに、本当のことを公表したら一般の市民たちがパニックになる。
「ともかく、司令室に向かう通路を閉鎖してくれ。一般の市民にはこのことは知らせずにおく」
と、ディポックは指示した。
「フェリスグレイブの方は、どうします?」
と、グリンが聞いた。
要塞に敵の兵士が入り込んだ場合は、要塞防御指揮官であるフェリスグレイブとその部下の活躍する時だ。
「何とか連絡を取れるといいのだが……」
通信員が要塞内連絡用の装置で呼び出そうとしていた。
「繋がりました」
「ともかく今いる場所に待機するように言ってくれ」
「了解」
ディポック司令官はしばらく考えてから、
「ええと、あなたは今、アリュセアではなくて、ライアガルプスなのですね?」
と聞いた。
「そうだ」
「あなたは、タレス人に偽装したナンヴァル人を見分ける方法を知っていますか?」
「そうだな、知っていたとしてもお前たちでは無理だろう。タリア・トンブンの仲間なら、見分けられるものがいるかもしれない。だが、今となってはそれもできまい」
「なるほど。あなたには分かるのですね?」
「もちろんだ」
要塞に侵入したからには、侵入者たちは司令室に向かうのが当然の行動だった。あとは、どうやって侵入者を撃退するか。
駐機場から司令室までは、移動にかなり時間がかかる。
「何とか、フェリスグレイブたちをここへ来させなければ、……」
と、グリンが言った。
「それは、私たちがやれないかしら?」
と、カール・ルッツが言った。
「そのフェリスグレイブさんと部下たちをここへ案内してくればいいのでしょう?」
と、ルッツが続けて言った。
「ですが、途中で侵入者に会ったらどうするんです?」
「遭わないようにうまくやればいいのよ」
「なるほど、リフトをうまく使えば、侵入者を避けられるかもしれないな」
と、クルム少佐が言った。
「リフトをうまく使う?」
案内を買って出たヴィン大佐に加えて、ルッツとクルム少佐は個人用通信機を渡されると、司令室を出た。
司令室では個人用通信機の追跡機能で、三人の位置を把握した。
「そちらの通路は大丈夫です」
と、司令室のブレイス少佐が言った。
ヴィン大佐にルッツとクルムはリフトに乗ると、後ろの壁に触れて転送場所を決定した。
「あ、あら、どうしたのかしら?」
と、ブレイス少佐が言った。
二人の位置が突然急激に移動したのだ。とても走って移動したとは言えない距離だった。
「どうしたんだ?」
と、ディポックが聞いた。
「あのルッツ提督とクルム少佐ですが、司令室に一番近いリフトに乗ったはずなんですけれども、今は要塞防御指揮官の部下のいる大部屋に一番近いリフトに乗っているんです」
「何だって?」
要塞の中で軍人が日常的に詰めている場所はだいたい司令室の近くにあるものだが、それでも移動にはある程度時間がかかる。同じ階にあるわけでもなく、職掌の違いでかなり遠くなる場合もある。それでも非常の場合に備えて全力で走って十分あれば到着するような範囲であることが多い。
それでも、要塞防御指揮官配下の兵士たちは外から入っている敵に対して備えるものだから、艦の駐機場の近くに集合室があった。
「どうやって、移動したのでしょう?」
と、不思議そうにブレイス少佐が言った。
「あなたは何かご存じなのですか?」
と、ディポックはライアガルプスに聞いた。
「この要塞には公式記録に残っていない色々な遊びの部分があるということだ」
と、ライアガルプスは言った。
「つまり、この要塞には我々の知らない、それにこの要塞を作った銀河帝国も知らない何かがあるということなのか?」
と、コランドが聞いた。
「そうだ。ここを作ったのは今から百年ほど前になるだろうか。その頃は私は、アリュセアはまだタレス連邦に生まれていなかった。銀の月たちも銀河帝国に生まれていなかった。だからこそ、この要塞の建設に加われたのだ」
「ちょっと待ってください。それはどういうことです?」
これは聞き逃せないことだった。
「まあまて、そのことにつては、今の喫緊の問題が終わってから、ゆっくりと話をしよう。この要塞の運営と防御に直接かかわることだからな」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
91.
リフトに乗ったヴィン大佐はルッツとクルム少佐のすることを見ていた。
二人がリフトの後ろの壁に触ると、そこに見取り図のようなものが浮いて出た。
「ヴィン大佐でしたね、この見取り図はわかります?これを見て、フェリスグレイブ防御指揮官とその部下のいる場所に一番近いところを教えてもらえますか?」
と、ルッツは言った。
「これはこの要塞の見取り図か?」
「たぶんそうだと思います」
「そうだな、このあたりだろう」
と、ヴィン大佐が指さす場所をクルム少佐は軽く触れてみた。
一瞬リフトの中が光ったように感じた。
「さあ、下りましょう」
と、ルッツが言った。
リフトが止まったのだ。
三人が外に出ると、
「ここは?いつもの場所と違う……」
と、ヴィン大佐が言った。
「ここはさっきあなたが見取り図で指さした場所のリフトを出たところです」
ヴィン大佐はリフトから降りると、廊下を見渡した。
「ここは、……。確かに、そのようだ。だが、司令室のリフトから出てきたはずだ」
「そのことは、後で、説明します。それよりも急ぎましょう。フェリスグレイブ防御指揮官たちはどこにいるんですか?」
ヴィン大佐は最初の驚きから覚めると、急いでフェリスグレイブのいる部屋に行った。
まだ、あたりにはタレス人に偽装したナンヴァル人はいないようだった。
「ずいぶん早かったな」
と、フェリスグレイブが言った。
その部屋にはすでにフェリスグレイブの部下たちが集合し、装備を終えていた。
「ディポック司令官から、二手に分かれて、司令室に向かうタレス人に偽装したナンヴァルの兵士を排除するように言われています」
と、カール・ルッツが言った。
「それはわかった。だが、どうやって連中を見分けるのだ?」
と、フェリスグレイブが聞いた。
「今、司令室にいる、アリュセア――ライアガルプスが見分けることができます。通信機で司令室に連絡すれば、各通路をスクリーンで見ることができます」
と、ルッツが言った。
「わかった。私が一つ、オーリエ中佐がもう一つを指揮する。そちらは……」
「では、私とヴィン大佐が中佐と一緒にいきます。クルム少佐、あなたは、フェリスグレイブ少将と行ってくれる?」
「了解した」
と、クルムは言った。
フィーガル・オーリエ中佐は一緒に行動する人員を選んだ。
「カール・ルッツ提督、準備ができた」
「じゃ、行きましょう」
「その前に、一つ聞いておきたいことがある」
「何かしら?」
「カール・ルッツ提督は、帝国軍人、つまり男のはずだが、その女のような言葉遣いはなぜなのだ」
「そうね。話せば長くなるわ。少なくとも、カール・ルッツは男だけれど、私は女なの。今はこれだけしか言えないわ」
ヴィン大佐は困ったように両手を上げた。
オーリエ中佐はため息をついて、
「行くぞ」
と、部下に命じた。
偽装したナンヴァル人の兵士たちは、主に五つのグループに分かれて司令室に向かっていた。
要塞の見取り図は、先日惑星連盟がヘイダール要塞に来た時に入手していたのだ。
タレス人の船から降りた者たちを見ているタリア・トンブンは、何かおかしいと気づいた。ペンダントの鎖が肌に刺さるような感じがしたのでペンダントの先に付いている結晶を持つと、周囲の景色が一変した。
目の前にいたタレス人の姿が消えて、軍服を着たナンヴァル人が見えたのだ。
「これは……」
船から降りたタレス人の男女の集団は、ことごとくナンヴァル人の兵士だったのだ。
驚いてタリアは、傍らにいるイオ・アクナスに言った。
「イオ、どう?知っている人はいて?」
「いえ、いないようです」
イオは嘘をついているようには見えなかった。だとすると、イオも知らないことなのかもしれない、とタリアは思った。
「イオ、私急ぎの用を思い出したから……」
と、言うと、タリアはその場を急いで離れた。
クルム少佐は要塞防御指揮官のフェリスグレイブ少将とともに行動することになった。
「で、どこにいけばいい?」
と、クルム少佐にフェリスグレイブは聞いた。
「とりあえず、あのリフトに……」
リフトに全員が乗れないので、目的地まで何回かに分かれていくことにした。
最初のリフトに乗って後ろの壁に見取り図が出たとき、ヴィン大佐と同じようにフェリスグレイブは驚いたが、何も言わなかった。
全員がそろうと、司令室に向かう通路の一つに配置した。
そこでクルム少佐は司令室に連絡した。
「間に合ったな、そちらへタレス人に偽装したナンヴァルの兵士が向かっている。司令室に来る最初の部隊だ」
と、ライアガルプスは言った。
「今、こちらに来るそうです」
と、クルム少佐はフェリスグレイブに報告した。
「よし……」
次の瞬間フェリスグレイブの指揮下の一団は攻撃を開始した。
タリアは何が起きているのか知ろうとして、司令室に向かった。あのナンヴァル人の兵士たちよりも早く司令室に着く必要がある。
リフトに乗ったタリアは、首のペンダントが光るのを見た。何だろうと思って手に取ると、ペンダントから
(後ろの壁を触ってごらん……)
と言う声が聞こえた。
言われた通りに触ってみると、そこに要塞の見取り図のようなものが現れた。よく見るとその中の一部が赤く光って見えた。
(光っているところを触ってごらん……)
と、再び声がした。
このまま言われたままにやっていいものかどうか、タリアは迷った。しかし、このペンダントはリドス連邦王国の王女から貰ったものだと思い出した。勇気を奮って、赤く光る点を推してみた。
次の瞬間、タリアはルッツとヴィン大佐のいるリフトに現れた。二人はオーリエ中佐の部下の残りを移動させようとしていたのだ。
「タリア!どうしたの?」
と、ルッツは言った。
「あ、あの、どうなっているのか私にもわからない。ただリフトに乗って、後ろの壁を触っただけなの」
と、タリアは言った。
「このリフトのことどうしてわかったの?」
と、ルッツが聞いた。
「このペンダントから声がして……」
ヴィン大佐は初めて見るタリアに驚いていた。
「でも、どこへ行くつもりだったの?」
と、ルッツが聞いた。
「司令室よ。ナンヴァルの兵士が突然やってきたから、何があったのかと思って……」
「あなた、ナンヴァル人がわかるの?」
「ええ。タレス人に見えるけれど、本当はナンヴァル人で武装したナンヴァル人の兵士だというのはわかる」
「あなたはTPだとばかり思っていたわ」
「私も、そうだと思っていたけれど、このペンダントが知らせてくれたの。これは何か魔法の道具のようなものなのかしら?」
「さあ、でも今は役に立ちそうだわ」
タレス人に偽装したナンヴァル人の兵士たちは、五つのグループに分かれて司令室を目指していた。
一つのグループであっても、集まって移動するのは目立つので、少し離れてお互いに目で合図をしながら移動していた。
彼らはリフトの前でリフトが止まるのを待つふりをして、仲間を待っていた。
やっと仲間が揃った時、要塞の一般人が同じリフトにやってきた。
「やあ、君たちタレス人だね。タリアを探しているのかい?」
と、のんきに相手はナンヴァル人の兵士とも知らずに話しかけてきた。
「ま、まあそうです」
と、一人が言った。
「このリフトに乗るんなら、向こうの一ブロック先のリフトの方がタリアのところに行くのは早いかも…」
と、彼は親切そうに言った。
「いや、別に急いではいないので、それに要塞の中も見物がてら行くつもりなんで…」
「そうかい、それもいいね」
と言うと、機嫌よく手を振って去って行った。
彼は廊下を曲がって見えない場所まで来ると、通信機を取り出して、
「いたわ。やって!」
と言って、先ほどの話にあった一ブロック先のリフトに乗った。
タリアはナンヴァル人の兵士たちを確認しに来たのだった。
タレス人に偽装したナンヴァル人の兵士たちが乗ろうとしたリフトからオーリエ中佐とその部下が現れ、一瞬でナンヴァル人を一掃した。
同じようにして、次々とタレス人に偽装したナンヴァル人の兵士を倒していった。
要塞司令室では司令室に向かっていたナンヴァル人の兵士をやっつけたと聞いて、
「あの、数が少ないのではありませんか?」
と、ブレイス少佐が言った。
タレス連邦から来た船から降りたのは、おおよその数でも数百人はいたはずだった。ということは、約半数が行方不明になる。
「確かにおかしい。他の連中はどこへ行ったんだ?」
と、グリンが同意した。
「そうだ、忘れていた。司令官、すぐにナンヴァルのマグ・デレン・シャの部屋へ彼らをやってくれ!」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
92.
ナンヴァル連邦の大使であり、惑星連盟の議長を務めるマグ・デレン・シャは自室に戻っていた。
ナンヴァルの魔法使い、フェル・ラトワ・トーラは嫌な予感がした。
「あの、閣下、先ほど要塞司令官を訪ねて行かれた時、要塞に何か近づいて来たという連絡はありましたか?」
と、トーラは言った。
「そう言えば、ディポック司令官が別れ際に、要塞に船が二隻近づいているとか連絡が来ましたが……」
と、マグ・デレンは言った。
「やはり、あっ!」
と、トーラは目を大きくして黙り込んだ。
トーラの目に映ったのは偽装したタレス連邦の船と新世紀共和国の船だった。それが、突然偽装が溶けて、船体にナンヴァル連邦のマークとゼノン帝国のマークが見えた。
(気を付けろ!敵が攻め込んでくる…)
と、トーラの心に声が響いて来た。
すぐに心の中でトーラは呪文を唱えた。まず、結界を張る呪文を、次に仲間の魔法使いと護衛の兵士を呼び寄せる呪文を。
「どうしたのです?」
と、マグ・デレン・シャは聞いた。トーラの態度は普通ではなかった。
「敵が来ます」
と、トーラは正直に答えた。
「敵?どこから来るのです?」
「あの二隻の船は、ナンヴァルとゼノンの艦でした」
「え?何ですって、それは、…」
「声がしました。あれは、先日のリドスのバルザス提督、いいえ銀の月の声でした。その声が警告したのです」
マグ・デレン・シャは驚愕するとともに、最悪の事態を予見した。本国に何か起きたのだ。マグ・デレン・シャのいるこのヘイダール要塞にゼノン帝国と共に攻撃を仕掛けるとしたら、ナンヴァル連邦でクーデターが起きた可能性がある。
ゼノン帝国とナンヴァル連邦は建国の目的の相違から、昔から仲が悪かった。これまで二国が同盟か、それに近いことをしたことはない。五百年前に惑星連盟ができてからは特に紛糾することはなかったが、交易は成立しても、政治外交的には対立を維持してきた。
「一体、何があったのだ?」
と、慌ててやってきたタ・ドルーン・シャが言った。その後から、この要塞にいる他の魔法使いや兵士が続いてやってきた。
「敵の攻撃が予想されます」
と、フェル・ラトワ・トーラが言った。
「敵の攻撃とは?」
と、タ・ドルーン・シャが聞いた。
「ゼノン帝国と、おそらくナンヴァル連邦からの攻撃です」
「何だと?そんなことはあり得ん。どうかしたのではないか?我が祖国から、なぜ我々が攻撃されねばならぬ」
「でも、本当なんです」
と、困ったようにフェル・ラトワ・トーラが言った。説明しようにも、情報がほとんどないのだ。
「ばかげている……」
「落着きなさい、タ・ドルーン・シャ…」
と、マグ・デレン・シャは言った。
「しかし、マグ・デレン、私には信じられません」
「信じられなくても、いずれ事実は分かるでしょう」
と、マグ・デレン・シャは静かに言った。
フェル・ラトワ・トーラは呼吸を整えた。魔法使いの初歩の初歩は呼吸を整えることから始まる、とナンヴァルの見習い魔法使は教えられるのだ。それが終わると、心持少し落ち着けた気がした。
ナンヴァル連邦の魔法使いは、心を澄ませることを重要視している。いわゆる白魔法と言われる部類に属していた。だから、できるだけ私心をなくし、今この場にいるナンヴァル人および、この要塞にいる人々についても助けたいという気持ちを強く持つことが大切なのだった。
タレス人に偽装したナンヴァル人の指揮官は兵を、要塞司令室に向かう隊とマグ・デレン・シャを襲撃する隊に分けた。もちろん、後者の方に人員を多く割いた。なぜなら、ナンヴァル連邦の大使には直属の魔法使いが数名付けられるものだからだ。
その上、現在マグ・デレン・シャのもとにはタ・ドルーン・シャ提督がいた。
タ・ドルーン・シャはナンヴァル連邦軍でも一、二を争う優秀な指揮官であり、軍人である。兵士は少ないとはいえ、彼がいる以上、奇襲とはいえ簡単に制圧できると考えるのは禁物だった。
ただ一つこちらに有利なのは、このヘイダール要塞には魔法使いはいないということだけである。ロル星団には魔法使いはいないというのが定説だった。
要塞には難民としてやってきたタレス人の特殊能力者がたくさんいるという話だったが、特殊能力者などこのような作戦においては大した対抗勢力にはならないと考えていた。魔法使いと特殊能力者とを比べたら、前者の方が優れているからだ。
それが、ナンヴァル連邦の今回の指揮官、ケル・ハトラス・ナン大佐の考えである。
要塞司令室に向かった部隊の指揮官エク・バルート・ナン中佐がすでに失敗したことは、まだハトラス大佐まで連絡は来ていなかった。基本的に要塞内では、司令室占拠が成功した場合のみ、通信機での連絡が可能になる。傍受される危険がなくなるからだ。
魔法使いはマグ・デレン・シャに対して重点的に向けられている。マグ・デレンに付けられている魔法使いはナンヴァルでも一、二を争う使い手であることはわかっていた。
「結界が張られています」
と、ケル・ハトラス・ナン大佐が連れてきた魔法使いが言った。
ケル・ハトラス・ナン大佐は合図を出して、兵士の前進を止めさせた。
「どの程度か?」
「強度は大したことありませんが、接触すればこちらの情報が取られます」
「已むをえない。結界を破れ!」
と、大佐は命じた。
できれば作戦を急ぎたかった。長引けば、ゼノン帝国の兵士がやってくる。今回協力するとはいっても、ナンヴァル連邦のマグ・デレン・シャを襲撃する仲間としては、大佐は受け入れることはできなかった。ゼノン帝国はナンヴァル連邦にとって常に敵として認識されてきた。全面戦争はなかったが、いつそうなってもおかしくない関係だったのだ。
特に軽んじているわけではなかったが、要塞の兵力についてはあまり計算には入っていない。ナンヴァルの奇襲部隊を止めるような力はないというのが、大佐およびナンヴァル連邦軍の評価である。それは、同じジル星団内のタレス連邦等の本来純粋の人間型種族の軍や兵士に対する評価でもある。
ナンヴァル人は本来かのダルシア人の末裔でもあるのだから、人間型種族よりも強いのが当然とされている。科学技術や文化だけではなく、身体能力においても他の人間型種族よりも高いと考えられていた。
ヤム・ディポック、ヘイダール要塞司令官はナンヴァル連邦の兵士の要塞司令室への侵入を阻止できたが、彼らのもう一つの目的である惑星連盟の議長でありナンヴァル連邦の大使であるマグ・デレン・シャへの襲撃は予想外で対応に苦慮していた。
「まあ、待て、あと少しで銀の月もこちらへ戻ってくる。それを待ってはどうか?」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
「あと、どのくらいで戻ってくるんです?すでにマグ・デレン・シャの宿舎の近くまで敵は迫っているんですぞ」
と、ノルド・ギャビが言った。
「ナンヴァルの兵士の中に、魔法使いがいるというわけですね」
と、ディポックは聞いた。
「そうだ。もちろん、マグ・デレン・シャのところにも魔法使いがいる。今はその連中の力を信じるしかない」
「我々には魔法使いがいないので、かえって危険だということですね?」
「そうだ」
「一つ聞いておきたいのですが、特殊能力というのは魔法と比べてというか、魔法に対抗できないということでしょうか?」
と、グリンが聞いた。
「そうではない。タレス人は特殊能力を持っているが、残念ながらそれを武器として使えるほど訓練されていない。魔法使いというのは、特殊能力を武器として使えるようにした者たちともいえるのだ。現に我々ダルシア人は魔法使いなどというものはいなかった。特殊能力をある程度自分の思い通りに使えたからだ」
「それで、我々が使えるそうした力の保持者は、あなたとかの銀の月だけということですか?」
「いや、タリア・トンブンもどうやら使えるようになってきたようだ」
「タリアもですか?」
と、グリンは驚いた。
「そうだ。あのペンダントが補助してくれている」
「ペンダント?リドス連邦王国の王女が置いていったあのタリアのペンダントのことですか?」
と、ディポックが聞いた。
「そうだ。リドス連邦王国は面白い技術を色々と持っているのだ。昔のガンダルフもそうだったが、特殊能力を補助する装置や器具を作れる。そうしたものは、ゼノンにもナンヴァルにも、ダルシアにもなかったものだ」
それでもナンヴァル連邦の侵入者たちの背後に要塞防御指揮官フェリスグレイブやオーリエ中佐の部隊を配置し、万一に備えることにした。
93.
ナンヴァル連邦の評議会が緊急招集された。
首都星マクヴァ―ンにある星形の建物は古来より評議会の印であった。星の頂点はナンヴァルの司祭、軍人、商人、労働の四つの階級を表し、五つ目は調整官を表している。評議会は四つの階級から一人ずつ選ばれた代表と、調整官とで構成されていた。
評議会はナンヴァルにとって重大な決断を下す時に招集されるのが常であった。招集をする資格を持つものが評議員と調整官であった。
マグ・クガサワン・シャ調整官は、
「ゼノン帝国の要請でロル星団のヘイダール要塞に艦隊を派遣する命令を出したのは、誰なのだ?」
と、問いを発した。
ナンヴァル連邦では通常の政治行政及び外交軍事にあたるもの、すなわち統治は調整官が主として行っていた。艦隊派遣というのは重大な外交軍事案件であるので、調整官の承諾が必要である。
これは大問題だった。ナンヴァルの最高指導者である調整官の知らないうちに、艦隊を派遣する命令が出されたというのだ。それがわかったのは、ゼノン帝国のナンヴァル駐在大使ダルマエル・ドルウが艦隊派遣に対する御礼言上に調整官のもとへやってきたからである。
「私はそのことについては、何も知らされなかった。これを知っているのは、誰なのだ?これは重大問題である。いや、反逆罪にも値する」
と、厳しい言葉で詰問した。
だが、誰もその問いに反応しなかった。妙な静けさが大評議会を包んでいた。
その時、立ち上がった者がいた。
ナンヴァルの四つの階級の内、商人階級の代表であるクラウ・トホス・トルだった。
「調整官閣下、そのことにつきまして、我々はある協定を結びました」
「協定だと?私に何の話もせずにか?」
「ナンヴァル連邦五千万年の歴史の中で、我々も変わるべきだと考えたのです」
「どう変わるべきたというのか」
「我々は伝統を重んじるあまり、変化を好みませんでした。だからこそ、近年のこの停滞、退廃が進んだのです。調整官閣下には、そのような感想はお持ちではありませんか?」
「いや、我々は伝統を軽んじるようになった。だからこそ、今の衰退がある。そう私は考えている」
「なるほど、我々は考え方にかなりの相違があるようです。ダルシア人が滅びた今、竜種に起源をもつ種族はいずれも停滞、衰退の危機にあります。この危機にあたって、いつまでも竜種同士のいがみ合いはやめるべきなのです。我々は一致協力して、新しい文明を目指すべきなのです」
と、クラウ・トホス・トルは会議場を見渡して言った。
「その相手が、ゼノン帝国ということか?」
と、マグ・クガサワン・シャ調整官は言った。
自分の知らないところで、そのようなことまで決定されていたということは驚きだった。クーデターだと騒ぐのも遅すぎた。
「他に同じ竜種はありません」
「だが、竜種とはいえ、すでに体型はほとんど人間型種族と同じではないか」
「いえ、違います。我々はまだ人間よりも竜種に近いのです。そしてこれ以上人間型種族に近づくのは止めるべきであるという結論に達しました」
「それで、ヘイダール要塞に艦隊を派遣したのは、どんな理由なのか?」
「あそこには、あなたが次期指導者としたマグ・デレン・シャがいます。彼女を廃しない限り、今のこの体制は改まることはないでしょう」
「マグ・デレン・シャまで狙っているというのか?」
「ナンヴァルの変革のためには、必要なことなのです」
と、冷ややかにクラウ・トホス・トルは言った。
「そう言ったのは、ゼノン帝国の連中か?」
「いいえ、これは我々全員の考えです」
「愚かな。お前たちには何もわかっていない。そもそも、このナンヴァルの建国はゼノン帝国とは違った理想のもとにあったのだ。それを今ゼノン帝国と同じようになろうというのか?祖先を裏切るというのか?」
「すべてはナンヴァルの発展・繁栄のためです」
「いや、お前たちの考えではナンヴァルは滅びるであろう。なぜ、それがわからぬ…」
「もはや、議論は無駄なことです…」
クラウ・トホス・トル代表は指を鳴らした。すると、マグ・クガサワン・シャ調整官のもとへ従僕が盃に入った飲み物を恭しく運んできた。
「何を言っても無駄なことか……。だが、これだけは言っておく。我がナンヴァルの建国の神霊は、このことを不快に思うであろう」
「何をおっしゃる。建国の神霊など、もう何千万年も昔の者たち、時の彼方の伝説でしかない」
「ほう、お前は我がナンヴァルの神霊を信じぬのか」
「私は声を聴いたことも、姿を見たこともない。そのようなこと、誰が信じるというのか?」
「愚かな。例え、声を発せずとも、姿を見せずとも、神霊は存在するのだ。ゼノン帝国の者たちの言うことなど、聞いたとて、何のことがあろうか…。だが、これが今のナンヴァルの真実の姿だというのであれば仕方があるまい。さて、この度の幕引きはどうなるのであろうかの……」
マグ・クガサワン・シャ調整官は、従僕の持ってきた盃を手に取ると、目を閉じて一気に口に流し込んだ。
「これで、もう後戻りはできぬ」
と、クラウ・トホス・トル代表は言った。
マグ・クガサワン・シャ調整官の遺骸は丁重に運ばれ、代々の調整官の墓地に埋葬された。
即日、評議会の全員一致で、クラウ・トホス・トルがナンヴァル連邦の調整官職に就いた。
ダルシア帝国の大使だった亡きコアは、ナンヴァル連邦評議会のクーデターを目の当たりにしていた。調整官が伝統の毒杯を仰いでも為す術もなく見ているしかなかった。
コアはこのことを予感していたのだ。だからこそ、マグ・デレン・シャに審判を口実にしてヘイダール要塞に行かせたのだ。
宇宙都市ハガロンでは敵が多すぎて、マグ・デレン・シャを守ることはできない。だが、ヘイダール要塞なら必ずリドス連邦王国が出てきて、彼女をも守ってくれるだろう。
コアが調整官の墓前に立っていると、そこへいつのまにか亡きマグ・クガサワン・シャ前調整官が現れた。司祭階級の出である彼は、死後の世界について確信があり、少しも迷いはなかったのだ。彼はコアに目礼すると、
(私は気づかなかった。祖国がこれほど、ゼノンの勢力に浸食されているとは……)
と、自らを恥じるように言った。
(このクーデターの筋書きを描いたのはゼノンだと、本当に思うのか?)
と、コアが疑問を呈した。
この点については、コアもまだ疑問を抱いているにすぎなかった。それほど相手は用心深く、決して隙をみせることはなかった。と、思うことさえも考えすぎではないかと感じていた。だが、ゼノン帝国の連中の仕業にしてはあまりにも出来過ぎているような気がするのだ。
94.
フェリスグレイブ要塞防御指揮官は、リドスのクルム少佐の卒のない案内でナンヴァル連邦の奇襲部隊を二つほど撃退することに成功した。
フェリスグレイブは、クルムがこうした作戦にかなり慣れていると感じていた。クルムのまるでどこぞの貴族かと思われる口の利き方や態度には面食らったものの、その実力は評価した。
「リドス本国ではさぞや、優秀なエリートなのだろうな?」
と、フェリスグレイブは言った。
「本国?さあ、どうだろうか」
「リドスでは評価されていないというのか?」
「私の祖国はリドスではない。今はリドスにいるだけだ」
「ほう、よそ者というわけか…」
「誤解のないように言っておくが、リドスの者たちはよそ者として私を扱ってはいない。それだけは感謝している」
「すると、いずれ祖国に帰るというわけか?」
「そうだ」
「その祖国というのは、どこなんだ?」
「少なくとも、ジル星団にはない」
「そうか……。ま、言いたくなければそれでいいさ。我々には関係のないことだろうからな」
「……」
そこへ要塞司令室からマグ・デレン・シャへの襲撃についての連絡が入り、待機が命じられた。
「いったい、ナンヴァル連邦はどうなっているんだ。何か知っていないか少佐?」
と、フェリスグレイブが聞いた。
「私は惑星連盟についてはよく知らない」
「そうか、だが、あのバルザス提督、銀の月というのだったかな、彼についてはどうだ?」
「私の国には、魔法使いはいない。だから、何とも言えない。しかし、魔法使いというのは本当のようだ」
と、クルム少佐は何か奥歯に物が挟まったような言い方をした。
マグ・デレン・シャは、宿舎の外側から何か圧力がかかっているような妙な感じがした。
フェル・ラトワ・トーラは、
「あっ、…」
と、小さな悲鳴を上げた。
「外の結界が破られました、でも内側は強力なものを張ってあるのでまだ大丈夫です」
「要塞の連中は何をしているんだ…」
と、タ・ドルーン・シャは苛立って言った。
「おそらく、我々を襲っているのが何者かは知っているのでしょう」
「では、要塞の連中は敵に回ったと?」
「それはあまりにも短絡しています。おそらく、彼らは自重しているのです。彼らは最近、我々には魔法使いという得体の知れぬものがあることを知ったのですから……」
「ですが、このままでは、この部屋のドアを破られるのは時間の問題では?」
と、タ・ドルーン・シャは言った。
トーラはその言葉に強く反対の意思表示をしたかったが、その余裕はなかった。襲撃してくる連中の魔法使いの力を相殺するのに精一杯なのだった。
「ここには銀の月がいることを忘れてはいけません。ナンヴァルやゼノンのすべての魔法使いを合わせても、かの銀の月に勝てるとは思いません」
「それはあまりにも、銀の月の力を過大評価しています」
「いいえ、そんなことはありません。ここにはあの要塞司令官がいるではありませんか」
惑星連盟のそれぞれの政府の艦隊をその本国へ転送した魔法を使った銀の月は、すでにどの国の魔法使いのレベルをも超えていた。それに力を貸したのはヤム・ディポック要塞司令官だということだった。
ヤム・ディポック要塞司令官は、魔法使いではなかった。一軍人に過ぎない。だが、ただの人ではないこともタ・ドルーン・シャやマグ・デレン・シャには明らかだった。
「マグ・デレン、もしかしてあなたには彼が何者かご存じなのでは?」
「いえ、確かなことは私にもわかりません。ですが、少なくとも銀の月には彼が何者かはわかっているように思います」
要塞の駆逐艦アーダはダズ・アルグ提督が指揮して戻ってきた。だが、要塞の駐機場に入るのを、タレス船に偽装したナンヴァルの艦に邪魔されていた。
「何をしているんだ?」
と、ダズ・アルグの横に再び銀の月が現れて言った。
「あのタレスの船が、いやナンヴァルの艦が邪魔をしているんだ」
と、ダズ・アルグは言った。
チラッと銀の月がスクリーンを見やると、そこに偽装の解けたナンヴァル連邦の駆逐艦が映じていた。
ナンヴァルの艦は駐機場から出て、アーダの進入を妨げている。
「仕方がない、もう一度外へ出た方がいいだろう」
要塞の外へ誘い出し、そこで一気に破壊する。要塞の流体金属の中で発砲しあっては、要塞事態を傷つけかねない。
「ナンヴァル連邦の艦隊は来ているのか?」
と、ダズ・アルグは銀の月に聞いた。
「先ほど、ゼノン帝国艦隊の助成に現れた」
「それで、あのダルシアの艦隊は?」
と、ダズ・アルグは気になっていることを聞いてみた。
異質な形状のダルシアの艦隊は、この騒動にも少しも揺るがず動きがない。
「ダルシアの艦隊に動きはない」
「なんて役立たずなんだ」
「いや、今度は動く。今、リドスの艦隊が要塞の近くに戻ってきている。ゼノン帝国とナンヴァル連邦の艦隊を連れてだ……」
「すると?」
すでに、アリュセア――ライアガルプスと話は済んでいた。まだタリア・トンブンにダルシアの艦隊を動かすのは難しい。だが、アリュセア――ライアガルプスなら話は別だった。
ヘイダール要塞の司令室のスクリーンでは、リドスの艦隊に誘い出されたゼノン帝国とナンヴァル連邦の艦隊がダルシアの艦隊によって主砲を撃たれるのを見ていた。
それは、いつぞやのゼノン帝国艦隊とタレス連邦艦隊の惨敗の再現だった。主砲のエネルギー量自体の桁が違うように感じられた。
「ダルシアの艦隊は何をエネルギーにしているんでしょう?」
と、ブレイス少佐は恐れを感じながらも言った。
「我々の艦隊に向けられなくて、幸いだな」
と、正直な感想をディポックは述べた。
何の感慨もなくアリュセア――ライアガルプスは、スクリーンの映像を見ていた。しいて言えば、むなしい感じを多少は抱いていた。いったいナンヴァル連邦に何が起きているのだろうか。
次の瞬間、バルザス提督が現れた。
「で、マグ・デレン・シャが襲撃されているということでしたが……」
と、バルザス――銀の月が言うと、
「バルザス提督、フェリスグレイブの部隊を二つに分けて、マグ・デレン・シャの宿舎の近くに待機させています」
と、ディポックは言った。
要塞司令室の者は、銀の月が突然現れるたびに驚いたりはしなかった。
「ナンヴァルの魔法使いか……」
と、バルザスは言った。
「魔法使いというのは、案外厄介だ」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
ナンヴァル連邦の魔法使いは、ゼノン帝国の魔術師とは少し違っていた。違うのは魔法使いと魔術師という言い方だけではない。魔法使いというのは、いわゆる白魔法を使う者を言う。魔術師というのは少なくとも、黒魔術に片足を突っ込んでいることを意味するのだ。
白魔法と黒魔術は同じ特殊な力でも、ベクトルは正反対だった。
かつてはその違いをよく知っていたが、現在の魔法使いや魔術師は知っているだろうか、とバルザスは思った。
ケル・ハトラス・ナン大佐は魔法使いが結界を破り、部下がマグ・デレン・シャのいる区画へ侵入を開始するのを見ていた。
魔法使いの結界は案外簡単に破れたが、部下の兵士の侵入は次に仕掛けられた魔法で押しとどめられた。
兵士の動きが止まり、そのまま凍り付いたようだった。だが、あたりには何も見えない。
「何がある?」
と、大佐の部下の魔法使いに質した。
「これは、幻覚作用のあるフィールドを作っているようです。おそらく、兵士は自分の恐怖を見ているのです」
「解除できないのか?」
「これは、おそらくフェル・ラトワ・トーラの得意とする分野です」
「なるほど、向こうにいるのがトーラか……」
ナンヴァル連邦では魔法使いになるものは、幼い時から特殊能力が強い者だった。特に魔法に必要なのは念力だった。念力には強弱はあるが、大抵誰もがもっているものだった。TPや透視能力のようなものは、持っている者もない者もいた。
トーラは中でも念力に優れ、他の魔法使いを圧倒していた。年が若くとも、魔法使いの強弱は関係ない。
能力を示し始めると、親子の同意のもとに親元を離れ魔法使いとなる訓練を始めるのが、ナンヴァルの伝統だった。魔法使いというのは、ナンヴァルの四つの階級のいずれでもなく、階級の外にある存在であった。
念力以外の特殊能力者は、主に司祭階級の者となるために訓練を受ける。従って、他の階級より一段上にある司祭階級は他の四つの階級のいずれからも、特殊能力さえあれば入れる階級だった。それほど特殊能力というのはナンヴァルでは重要視されていた。
司祭階級については、そうした自由性があった。
ただ、近年その特殊能力者が減り、司祭階級の人口も四つの階級の内一番減少していた。同じように魔法使いも減少していく傾向にあった。
ナンヴァルの魔法使いは、階級の外にあって、どの階級にも奉仕するのが仕事である。従って、かつてはどの階級の者からも尊敬される存在だった。司祭階級にあっても、魔法使いは特別な存在として扱われていた。
しかし、近年ナンヴァルの伝統が廃れるにつれて、魔法使いは使い捨てのできる便利者扱いされるようになった。昔とは違って人数も少なく、膨大な呪文を知る者もいなくなって、魔法使いの便利さはなくなるばかりだった。まして、他の階級のように、家系による相続もなく、一代限りの存在である。
魔法使いはナンヴァルでの地位は名目よりも数段下がって行き、それとともに数も減少していったのだった。
それというのも、かのガンダルフの大賢者たるレギオンがナンヴァルに生まれなかったからである。かと言って、ゼノンやほかの惑星に生まれたということも聞いたことはない。
ガンダルフの五大魔法使いの他の魔法使いもここ数百年はどこぞに出た、生まれたということは噂であっても広まったことはない。
95.
ヘイダール要塞司令室からは、マグ・デレン・シャを襲撃しようとしている部隊がまるで氷ついたように動かなくなっていることをスクリーンで見ていた。
「あれは、どうしたんです?」
と、ディポックは聞いた。
「たぶん、マグ・デレン・シャの魔法使いが魔法をかけたのでしょう。今、こちらの兵を動かすのは危険です。同じ魔法にかかってしまう」
と、バルザス提督――銀の月が言った。
アリュセア――ライアガルプスは、どうしたわけか中空の一点を見つめていた。それに気が付いたバルザスが、
「どうしたんだ、ライア?」
と、声を掛けた。
そこに浮かんでいたのは、亡きダルシアの大使コアとナンヴァル連邦の調整官マグ・クガサワン・シャだった。コア大使はアリュセア――ライアガルプスに会釈すると、ナンヴァルの調整官を紹介した。
(こちらは、ナンヴァル連邦の調整官だった、マグ・クガサワン・シャです)
マグ・クガサワン・シャはアリュセア――ライアガルプスに同じく会釈した。
(初めてお目にかかります。ダルシアのライアガルプス皇帝陛下……)
(そのようなことはかまわぬ。ナンヴァルで何が起きているのだ?)
と、アリュセア――ライアガルプスは聞いた。
目に見えぬ二人が話し始めると、それを見ていたバルザスが他の司令室の者たちに、
「今、コア大使とナンヴァルの指導者である調整官が来て、今回の理由をライアに説明しています。ちょっと待ってもらえますか?」
と言った。
その言葉に、意味が分からずアリュセアいる空間をキョロキョロと見る者もいたが、意味がわからず唖然としているものの方が多かった。
「一体それは、何の話なんです…」
と、グリンが言うのをディポックは押しとどめた。
「まあ、それほど長くはかからないだろう。それにマグ・デレン・シャの方もすぐには変化はないだろうし……」
アリュセア――ライアガルプスがディポックの方を向くまでには、それほど時間がかからなかった。
「簡単に、説明しよう。ナンヴァル連邦ではクーデターが起きたのだ。これまで調整官だったマグ・クガサワン・シャを廃して、商人階級出のクラウ・トホス・トルが調整官となった。彼が他の階級の代表である評議会の議員と図ってゼノン帝国と同盟関係を締結することにしたのだ。それで、邪魔となる次期指導者マグ・デレン・シャを亡きものにしようとしているのだ」
「では、ナンヴァル連邦の兵士を排除しても構わないのですね」
と、グリンが言った。
「いや、排除するのは容易い。できれば、マグ・デレン・シャの味方に引き入れたいものだ。どうだ?銀の月よ、何か良い知恵はないか?」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
「まず、マグ・デレン・シャの魔法使いフェル・ラトワ・トーラと連絡を取って、今掛けている魔法を解除してもらいましょう」
と、バルザス――銀の月は言った。
要塞内の通信は傍受されるので、バルザスは魔法陣を使う通信を用いた。
マグ・デレン・シャはフェル・ラトワ・トーラの傍に銀の月の使う魔法陣が浮かぶのを見た。
「トーラ。銀の月からの連絡ではありませんか?」
と、マグ・デレン・シャは言った。
フェル・ラトワ・トーラは目の前に浮かんだ魔法陣を見て、
「わかりました」
と、言った。
「銀の月から連絡でした。私の魔法を解くようにということです」
「しかし、安全なのか?」
と、タ・ドルーン・シャが言った。
「すでに要塞の攻撃部隊が待機しているそうです。それに、幻覚作用のある私の魔法だけを解くので、攻撃を防御する結界を解くわけではありません。それと、ナンヴァルではやはりクーデターが起きたとのことです。詳細は後ほど司令室でということでした」
通信の内容を話すと、フェル・ラトワ・トーラは静かに呪文を唱えた。
ケル・ハトラス・ナン大佐は、
「まだ、あの幻覚は解けないのか?」
と、イライラしながら聞いた。
「幻覚作用の魔法が解けました。ですが、攻撃を防御する結界は張られたままです」
と、魔法使いは言った。
「まて、まさかその魔法が解けたのは向こうが解いたのではあるまいな?」
「そ、それはわかりません」
と、魔法使いのデル・カロイス・フーラが動揺して言った。
「クル・ラコス・ラン、後ろから攻撃がくるぞ!」
と、ケル・ハトラス・ラン大佐は怒鳴った。
その声と同時に、熱線銃の発射音がした。魔法使いが上腕を抑えて倒れた。
「デル・カロイス・フーラ!大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。まだ動けます…」
と、息絶え絶えに告げた。
次の瞬間足音を発てて、要塞防御指揮官とその部下がナンヴァル人には見たことのない、長い柄のついた斧のような武器を奮って襲って来た。
ナンヴァル連邦の兵士は、近接戦闘の武器は剣を用いていた。おのおの腰の剣を抜いて長い柄のついた斧に立ち向かっていった。数としては劣勢ではない。それに傷ついたとはいえ、魔法使いもいる。だが、相手の長い柄のついた斧に対処する方法に迷いがあったため、苦戦を強いられた。剣では対処しにくい武器だったのだ。
ケル・ハトラス・ラン大佐は、自分の腰に帯びている剣に手を掛けた。ここで使うのは躊躇われたが、一刻も早く任務を終えて要塞を脱出する必要がある。
大佐は魔法使いではなかったが、彼の家に伝わる唯一の魔法の呪文を唱えた。
「ココカハルグニツ……」
すると、彼の手の中の剣が倍の大きさになり、その重さがずしりと堪えた。その重さに耐えながら、一気に前方の壁に向かって剣を奮った。
激しい光と共に、轟音が耳をつんざいた。そのせいで、要塞側の攻撃が途絶えた。
前方の壁に大穴が空き、ナンヴァル人が数人見え、悲鳴も聞こえた。その奥に、マグ・デレン・シャの姿が見えたような気がした。
ケル・ハトラス・ラン大佐はその穴から中に入ると、
「マグ・デレン・シャ閣下はおられるか?」
と、声を掛けた。
「何者です?」
と、聞く者があった。
「おまえはナンヴァル連邦軍の兵士であろう。なぜ、マグ・デレン・シャ様を襲うのだ?」
と聞いたのは、ナンヴァル連邦艦隊の提督の軍服を身に着けた人物だった。
「タ・ドルーン・シャ提督か?」
と、ケル・ハトラス・ラン大佐は聞いた。
「そうだ。ナンヴァルで何が起きているのだ?」
「それに答える必要はない。マグ・デレン・シャはどこだ?」
持っていた剣を床に立て、仁王立ちになり再び訪ねた。
要塞司令室では、ナンヴァルの兵士たちの攻撃の様子を見聞きしていた。
ナンヴァルの指揮官が何やら呪文を唱えると、持っていた剣が大きくなり、それを奮って壁を壊すのを声も出さずに見ていた。
「あれは?なんと、懐かしい…」
と言ったのは、バルザス提督だった。
「懐かしいとは、どういうことだ?」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
「あれは、私の剣だ。こんなところで再び目にするとは思わなかった」
「お前の剣だと?いつ、無くしたんだ?第一あの剣は、お前しか使えないのではなかったのか?」
スクリーンに映ったナンヴァル兵と要塞の兵との戦闘は、フィーガル・オーリエ中佐の部隊も駆けつけてきて、後者が少し有利になっていた。戦闘用の長い柄のついた斧と厚い防護服を着た要塞の兵士は、薄い宇宙服と剣で戦うナンヴァル兵士を圧倒しつつあった。
だが、壁を壊したナンヴァルの指揮官らしき人物は、悠然と目的のマグ・デレン・シャを見つけようとしていた。
「あの剣を何とかしないと、マグ・デレン・シャが危ない」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
「確かに……」
と言うと、バルザス――銀の月は、マグ・デレン・シャの部屋の中へと魔法でジャンプした。
96.
突然現れたリドス連邦王国の軍服を身に着けた人物に、ケル・ハトラス・ナン大佐は言った。
「お前は魔法使いか?」
「そうだ」
「だが、この剣にはむかうことはできまい。知っているか?かのガンダルフの五大魔法使いの一人、銀の月の剣のことを…」
と、ケル・ハトラス・ナン大佐は誇らしげに言った。
「なるほど、その剣が、かの銀の月の剣だということか」
ケル・ハトラス・ナン大佐の手にした剣は、不思議な輝きを見せた。まるで、バルザス提督の言葉に反応するかのように思えた。だが、すぐにケル・ハトラスは気が付かなかった。
「こ、これは?」
やっと剣の不思議な輝きに気づいたケル・ハトラスは言った。
「わかったようだな、その剣が、自分の主に気が付いたのだ」
「何?それは、どういうことだ」
「お前の持っている呪文は、仮の主の呪文だ。本来の正当な主が来ては、もう使うことはできない」
「何だと?お前が、この剣の主だというのか?あの銀の月だというのか?」
バルザスはその問いに、余裕の笑みを見せて
「そうだ」
と短く答えた。
「銀の月が現れたという噂など聞いていない。確かに、この剣は本来の正当な主が現れれば私の言うことは聞かなくなる。だが、お前が銀の月だという証拠などあるまい」
と、ケル・ハトラスは言った。
「証拠などいらぬことだ。お前はもしかして、ケル・ラトラス・ナンを知っているのではないか?」
「ケル・ラトラス・ナンは私の祖父だ。この剣は祖父が銀の月より預かったものだ」
「あの時、ケル・ラトラスは重傷を負っていた。だから、私は故郷へ帰れるようにその剣を貸してやったのだ」
ケル・ハトラスはまじまじと相手を見つめた。その話は、祖父から聞いたことがある。
「なぜ、それを知っている。その話は我が家の秘密だ。誰にも話したことはない」
「知っているのが当たり前だ。私がケル・ラトラスに貸してやったからだ。だが、今ここでマグ・デレン・シャを弑することに使おうとするなら、その剣を返してもらおうか」
「何だと?どうしてそれを……」
「ふむ。お前は誰に命令されてきた?マグ・クガサワン・シャ調整官が亡くなったことを聞いているか?」
と、バルザスは言った。そのことは、聞いたばかりなので、ケル・ハトラスが知らないはずの情報だった。
その話を聞いて、ケル・ハトラス・ナン大佐は動揺した。
「まさか、そのようなことはあるはずがない。まだ、マグ・クガサワン・シャ閣下は寿命には至っていない」
「ナンヴァルでは評議会が開かれ、調整官閣下は毒杯を仰いだと本人が先ほど来て、話しをした」
「まさか……」
「新しい調整官には、クラウ・トホス・ホルが就任したということだ」
「クラウ・トホス・ホルだと?あの商人がか?」
「どうする?ナンヴァル連邦の軍人よ。今現在お前の任務の遂行に何か意味があるのか?」
と、バルザスは言った。
ケル・ハトラス・ナン大佐は動揺が収まらなかった。
「大佐!何をしておられます、もう時間がありませんぞ」
と、部屋の外から声がした。
ケル・ハトラス・ナン大佐は剣を持つ手に力を込めた。もう一度、先ほどの呪文を唱えれば、マグ・デレン・シャやタ・ドルーン・シャのいるあたりは破壊できると感じていた。
「ココカ……」
と、ケル・ハトラスが呪文をつぶやき始めると、銀の月と名乗った魔法使いが、利き腕を伸ばして、
「来い!」
と言った。呪文でもなんでもない、ただの一言だった。
ケル・ハトラスの手に有った剣が消えた。
そして、銀の月と名乗った魔法使いの手に剣が現れた。
「こ、これは……」
「別に驚くことはない。本来の主の元に戻ったということだ」
「で、では本物の銀の月?」
「初めからそう言っている」
「では、ナンヴァルの評議会の異変も本当のことか?」
「そうだ」
ケル・ハトラスは、
「戦闘を止めよ!」
と、後ろにいる部下に向かって叫んだ。
「何が起きたのです?」
と、負傷したが戦闘中であるので身を隠していた魔法使いが言った。
「デル・カロイス・フーラ。戦闘を止めるのだ。そう後ろの連中に伝えてくれ」
と、ケル・ハトラスが言った。
「ですが、……」
と言いながらも、リドス連邦王国の軍服を着たバルザス提督を油断なく見ていた。
「ナンヴァルの魔法使いよ。戦闘を止めるのだ。今は戦いのときではない」
と、銀の月は言った。
「お前は、何者だ?その手にあるのは、ケル・ハトラス・ナン大佐の剣ではないか?なぜ、それを持っている」
「これは、元々私の剣だ。だから、返してもらっただけのこと」
「フーラ、二度言わせるな。クル・ラコス・ラン少佐に戦闘を止めるように伝えよ」
と、ケル・ハトラスは命じた。
ナンヴァル連邦からの奇襲部隊を投降させると、その場の始末を要塞防御指揮官のフェルスグレイブに任せて、銀の月は、タ・ドルーン・シャとマグ・デレン・シャを連れて、司令室にジャンプした。
「御無事で何よりです」
と、ディポックは言った。
「今回のこと、感謝しております。ただ、本国のことについて不安が残ります」
と、マグ・デレン・シャは言った。
「ナンヴァルのことについては、迂闊なことに情報不足だ。まず、あのナンヴァルの奇襲部隊の大佐に聞いたらどうか?」
と、アリュセア――ライアガルプスは言った。
その時、通信員が言った。
「ナンヴァル連邦の艦隊が、先ほどのとは別の艦隊が近づいてきます。その旗艦から、通信が入っています」
マグ・デレン・シャとタ・ドルーン・シャは顔を見合わせた。今奇襲部隊が失敗したばかりなのだ。本国の艦隊が来るのは早すぎる。
「スクリーンに出してください」
と、マグ・デレンは言った。
「私は、ナンヴァル連邦艦隊副司令官セ・カマーン・シャ提督である。マグ・デレン・シャ惑星連盟大使、およびタ・ドルーン・シャ提督に、新調整官クラウ・トホス・ホル閣下よりの命令を伝える。
両者ともに、至急本国に帰還を命ずる。」
と言うと、通信は切れた。
「これは、いったい何が起きたのでしょうか?」
と、タ・ドルーン・シャが言った。
「危険だな。あの連中は要塞の奇襲部隊について何も触れなかった。奇襲を無かったことにしようというのか?それとも、奇襲が失敗したので、新しい行動に出たのか?」
と、バルザス提督は言った。
「もう一度、通信回線を開いてそれを聞いてみたらどうでしょう?」
と、グリンが言った。
「事の真相を知りたいのであれば、それは無駄だろう。それよりも、あの艦隊がこちらを攻撃しないとは限らない」
と、ダズ・アルグ提督は言った。
ダズ・アルグはナンヴァルの艦がいなくなると、すぐ駐機場に入っていた。急いで司令室までやってきたのだ。
「いや、要塞を攻撃するという選択肢はないと思う。こちらにはあのダルシアの艦隊がいるからだ。ナンヴァル連邦の艦隊と言えど、ダルシアの艦隊には勝てないことを知っている」
と、バルザスは言った。
「おそらく、どこかで、先ほどのゼノンとナンヴァルの艦隊がダルシア艦隊にやられるのを観察していたのだろうね」
と、ディポックは言った。
「それで、失敗したから、次の行動に出た?」
と、グリンは言った。
「たぶん……」
「で、どうします。お二方?あの提督の言う通りに、本国に帰還されますか?」
と、ダズ・アルグは聞いた。
マグ・クガサワン・シャが毒杯を仰いで死んだと聞いて決心がついていた。マグ・デレン・シャは、きっぱりと言った。
「いえ、私は帰りません。例え、惑星連盟大使を解任されたとしても、帰るつもりはありません。もし、要塞司令官の許可を得られれば、ここに居るつもりです。亡命を申請します」
「私も、残ります。ですがナンヴァルの艦は返すつもりです。これは私一個人の意志で残るのですから。部下たちは関係ありません。セ・カマーン・シャ提督も部下については罪を問うたりはしないでしょう。」
と、タ・ドルーン・シャが言った。
マグ・デレン・シャとタ・ドルーン・シャが決断を告げると、
「了解した。だが本国政府の命令を聞けないと言うのであれば、お前たちはそれぞれの職務を解任の上、命令違反の廉で国外追放処分になるであろう」
と、セ・カマーン・シャ提督は答えた。
「それは、あまりにも重い処分ではないか?」
と、タ・ドルーン・シャが言った。
「調整官閣下の命に背く者に抗弁の機会があると思うな。新しい調整官閣下はどのような者にも等しく厳しい処分をする。階級によって甘くするなどしないお方だ」
「わかった。だが、私の部下には何の罪もない。それだけは、確認しておきたい」
「それは、私から直接調整官閣下に報告しておく」
ナンヴァル連邦の艦隊は通信が終わると、その場に留まっていた。要塞に残る艦が出発準備をするのを待つつもりなのだ。
要塞の駐機場に泊まっているタ・ドルーン・シャの艦は、今回の奇襲部隊の生き残りを乗せ次第、ナンヴァルへ向けて出発させるつもりだった。
「ナンヴァルで何が起きているのでしょう。他の者たちは大丈夫でしょうか?」
と、マグ・デレン・シャは不安そうに言った。
「それについては、鋭意情報を収集しています」
と、バルザスは言った。
マグ・デレン・シャとタ・ドルーン・シャは部下や従者をナンヴァルへ帰還する艦に乗せるべく、宿舎に戻った。
アリュセア――ライアガルプスの言う通り、迂闊だったとバルザスは臍を噛む心境だった。タリアにばかり気を取られていたのだ。それは、あのナンヴァル連邦の前調整官であった.マグ・クガサワン・シャも同じ考えだった。ナンヴァルにいたというのに気付かなかったのだ。灯台下暗しとはこのことだった。
97.
元ダルシア帝国大使のコアは、ジル星団で何かが起きつつあると気づいていた。それが何であるかが、明らかにするにはこれまで情報不足だった。
初めは外からの侵略かと思ったが、どうもそうではなさそうだった。というのも、敵の身の処し方が非常に巧妙だということに、思い当たることがあったのだ。
おそらく、惑星連盟の中の一つの勢力がダルシア帝国にとって変わろうとしているのだ。
表立っては、ゼノン帝国が中心にやっているように思えるのだが、どこか違和感があった。ただ、ナンヴァルを取り込もうとするあたりは、ゼノン帝国の連中の考えるようなこととは違う。
ゼノン帝国はどこまで行っても、ゼノン帝国のみの支配を望むところがあった。それをナンヴァルと折半しようなどとは夢にも思わない。それがダルシア人の直系であるゼノン人として当然のことだという思いが強い。
(しばらくの間、私は今回のことを調べてみようと思う。どうも、惑星連盟の中から何かが起きているような気がするのだ)
と、コアはバルザスに告げると、ナンヴァルのマグ・クガサワン・シャを連れていなくなった。
「それで、ナンヴァルの艦隊は要塞にいる艦の準備ができ次第帰るのですね?」
と、グリンは念を押した。
「それについては、大丈夫だと思います。突然気が変わって要塞を攻撃したりはしないでしょう」
と、バルザスは言った。
「ダルシア帝国がタリアを代表者とするということになって、惑星連盟の勢力図が変化したということでしょうか?」
と、ディポックは聞いた。
「五百年の間、ずっとダルシア帝国とナンヴァル連邦でやってきたのですが、それが終わったということです。こうなることは、惑星連盟の他の諸国はまだ考えていないでしょう。ゼノン帝国とあのナンヴァル連邦の連中以外は」
「リドス連邦王国はこの事態を予測していたのでしょうか?」
と、ブレイス少佐が聞いた。
「連邦王国としては、将来起こることの一つとして、考慮していた可能性はあります。私は残念ながら、予測してはいませんでしたが…」
バルザス提督はまだヘイダール要塞の人々には話していなかったが、リドス連邦王国の元首である女王は、知る人の間ではかなり正確な予知をすることで知られていた。その女王であれば、この事態はおそらく読み込み済みの可能性が大きいと思えた。
「おそらく、そうだろう…」
と、アリュセア――ライアガルプスは同意した。
ダルシア帝国の皇帝だったライアガルプスはやはり予知能力があった。だからこそ、あのダルシア帝国の皇帝が務まったのである。危険を事前に察知してそれを排除するのは、トップの当然の能力として必要だった。もちろん全て分かるわけではないので、見落としは生じる。それでも、大きな道筋を間違えることは避けられる。
「すると、あの惑星連盟がこの要塞に来るという話は、なしになったということですね」
と、ダズ・アルグが言った。
「マグ・デレン・シャが惑星連盟の大使を解任されたのですから、惑星連盟の議長ではなくなりました。おのずから、その話はなかったことになるでしょう」
と、バルザスは言った。
「しかたがないでしょうね」
と、ディポックは言った。
それよりも、本国から追放されることになったマグ・デレン・シャとタ・ドルーン・シャは亡命することになったとはいえ、身の振り方はどうするのだろうか、とディポックは他人事ながら心配になった。
タリア・トンブンはカール・ルッツや要塞の防御部隊のオーリエ中佐と分かれて、タレス人のいるところへ戻った。
要塞に侵入してきたナンヴァル連邦の兵士たちは要塞司令部やマグ・デレン・シャを襲撃しに来たので、タレス人たちに危害は加えたりはしなかったと聞いていたが、心配だったのだ。それにイオ・アクナスのこともある。今いるタレス人の中に、イオ・アクナスの他にタレス連邦政府のスパイが混じっていないかも気になるところだった。
タレス人たちは、ナンヴァル連邦の襲撃部隊が来たことなど何も知らずに、日常品やこれからのことについて話をしていた。着の身着のまま本国を出てきた者たちは、何とか必要なものを手に入れられた。食事は要塞の兵士の食堂でしている。
次に必要なのは、将来の設計だった。
このままこの要塞にいるのか、それとも他の国へ移住した方がいいのか。行くとしたらどこがいいのか、考えることはたくさんある。
けれども、いつまでもこの要塞で世話になっているわけにはいかない。この要塞は軍事要塞であり、タレス人のような民間人のいるところではない、とタリアは思っていた。
紙コップに飲み物を入れたセルフサービスのテーブルで、一人でお茶を飲んでいると、
「タリア、話があるんだが…」
と言って来た者がいた。年は中年ぐらいで、背格好は中肉中背、頭は剥げていて、要塞で貰ったパーカーを着ていた。どこにでもいる、一般の市民にしか見えない。
「ええと、あなたは?」
「私は、コドル・ペリウス。フォトン号であなたとこのヘイダール要塞にやって来た者です。ここの人たちのお蔭で、着るものや食べる者は何とかなりましたが、これからの生活について心配しています」
「あなたは何がしたいのかしら?」
「私は、タレスの首都でレストランを経営していました。ここには使っていない商業施設がたくさんあると聞いています。その一つで、レストランか喫茶店をできないか、こちらの司令官に聞いてもらえないでしょうか?」
「レストランか喫茶店ですって?本気なの?」
「本気です。他の者たちも、いずれとこかへ移住するでしょうが、それまでここで何もしないでいるわけにはいかないでしょう。できれば、これまでやってきた仕事がここでできるならば、幸いです」
「わかったわ、ここの司令官に聞いてみましょう。ところでコドル、イオ・アクナスを知っていて?」
と、タリアは聞いてみた。
「イオ・アクナスですか?私はあまり知りませんが、ここではよく仲間の溜まり場所で見かけます。彼は、秘密めいた雰囲気があるのですね」
「秘密めいた雰囲気?」
「そう、何というか、言葉を換えれば後ろ暗いことをしているような、何かを隠して生きているような気がします」
「確かに、そんな妙な雰囲気があるわね…」
と言うと、タリアはコドル・ペリウスと分かれた。
タリアはタレス人の溜まり場を歩いて、イオ・アクナスを探した。歩きながら、ふと胸に下げられているペンダントを手にして、
「これが魔法の道具で、イオ・アクナスのいるところがたちどころに探し当てたりできたらいいのだけれど…」
と、つぶやいた。
すると、ペンダントがタリアのつぶやきに答えるように輝いた。
(イオ・アクナスは、ここにいる……)
目の前にスクリーンがあるようだった。そこにイオが映し出され、少しずつイオの周囲にあるものも見えてきた。
イオ・アクナスは一人でいるようだった。
周囲にあるのは、どこかでタリアが見たことのあるものだった。そこはこの要塞の外を見ることのできる部屋だった。
「ちっ……」
と、イオ・アクナスが舌打ちするのが聞こえた。
イオ・アクナスは装置をいじっていた。手の中に入るくらいの小さなものだった。ボタンがいくつもついている。そのようなものをいつ手に入れたのか、元々持っていたのかはわからなかったが、イオは焦っているように見えた。
「やはりだめか。ナンヴァル連邦軍の奇襲部隊は失敗したのか…」
と、イオは呟いた。
だがその時、イオの手の中の装置のボタンが赤く点灯した。
「ん?」
イオはその光に気が付くと、どこかのボタンを押した。そして、装置を耳に近づけ、何かを聞いているようだった。
「次の船が来る?今度は奇襲部隊じゃない。タレスの亡命者の船か?で、アリュセアの方はどうするんだ。手紙はとっくに渡している。だが、何の返事もない。もうそのことはいいだと、別の手がある?」
その時、誰かが入って来た。そこで、イオは話すのを止めてしまった。
気が付くと、タリアはペンダントを手にして立ち尽くしていた。
今のは幻覚だったのだろうか。それとも、実際にイオのことを見ていたのか。
タリアは迷った末、しばらく待つことにした。これからタレス連邦から船が来ることがあったなら、今見たことは幻覚ではなく、本当のことなのだろう。




