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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
103/153

ダルシア帝国の継承者

447.

 勢いで部屋を出てきたフェーラリス・オル・ジェグドラントは、通路をしばらく行ったところで深呼吸をした。

(とうとうやってしまった!)

と、フェーラリスは心の中で後悔半分に思うと足を止めた。こうなってしまってはもう後戻りはできない。父に後十日でと期間を切られてしまったのだ。

 だが、とうてい後十日でレギオンの弟子になることを取り付けるなどできはしない、と彼にはわかっていた。この前、必死の思いで当のレギオンに弟子入りを頼んだのに、けんもほろろに断られたのである。それを思うと、弟子になれる可能性など思いもつかなかった。

「おじさん、どうしたの?」

と、近くで子供の声がした。

 声の主を探して振り返ると、ジェグドラント家の子供たちとアリュセア・ジーンの子供たちがフェーラリスを心配そうに見ていた。

「い、いや、何でもない」

「ふーん。それにしては、ずいぶん颯爽とジェグドラントの人たちの部屋から出てきたじゃない?」

と、リゼラ・ジーンが言った。

「そうよね。それなのに、突然がっくりと肩を落としていたのはどういうわけなのかしら……」

と、アリン・ジーンが不思議そうに言った。

「そ、それは……」

 言葉に詰まったフェーラリスは、なぜこんな子供連中に言い訳をしなければならないのか、と思った。そういえば、ヘイダール要塞に来てからあまり同じ年齢、同性の知人はできていない。そもそも、帝都ロギノスから逃げるようにしてやってきたジェグドラント家は、ここにいることが秘密でもある。だから、ヘイダール要塞にある繁華街などには近寄らないようにしていたのだ。

 だが、最近はいつも子供たちと一緒のような気がした。何といっても、ジェグドラント家の当主である。あのまま行ったらおそらくジェグドラント家は皆殺しにされていたに違いない、というのが彼ら一致した意見だった。彼女がジル星団のタレス連邦という国から来たということは、こちらに来てから聞いたことである。タレス連邦は共和制の国だとも聞いている。ただ、銀河帝国とはほとんど交流はおろか名前さえ聞いたことはないので、両者の間には何の軋轢もない。

 それに勘当したとはいえ、あのベルンハルトと親しい関係にあるらしいことも聞いていた。

もっとも、彼女の子供たちによると、その親しい関係についてはかなり強く否定されたものだ。中でも、ヘイダール要塞に来てからリュイ・ジーンには兄の子供たちが拉致されたとき、助けてもらったということがあった。そのせいもあってか、アリュセアの末っ子のリュイ・ジーンはよく部屋に来て兄と話をしていた。兄はこんな子供と何の話があるのだろうか、とフェーラリスは不思議に思っていたものだ。

「なるほど、友達ね……」

と、アリンが言った。

 最近アリン・ジーンはTPの能力に目覚めていた。だが、それはまだ母親であるアリュセアほどの力はなく、ちょっと心の中によぎった断片のような思いを読み取ることが多かった。

「友達?おじさん、この要塞に友達がいるの?」

と、ジェグドラント家の当主の長男ログス・オル・ジェグドラントが言った。

「違うわ。同じ年で同性の友達が欲しいということよ」

「何だ。それなら、向こうの街にでも行けば、すぐにできるでしょう?」

「いや、私は友達が欲しいのではない。もちろん、そういう気持ちがないわけではないが、私はレギオンに弟子入りしたいのだ」

「ふーん。でもそれ、この間話をしに行って、断られてのではなくて?」

と、リゼラ・ジーンがすぐに言った。

「そ、それはだな……」

 話をする相手が、自分の年の半分にも満たない子供ということをフェーラリスは情けなく思った。とは言っても、帝都において友人がそれほど多かったわけではない。

 貴族の次男坊と言えば聞こえがいいが、みな冷や飯食いの本家の居候が多かったのだ。中には軍人になったりするものもいたが、ほとんどがギャンブルや女遊びに夢中の金遣いの荒い連中だった。

「ああ、そうか。パパに期限を切られたのね……」

「え?父上に?」

「違うわよ。あなたたちのおじいさまに」

 アリンは調子よく能力が使えるので自慢げに言った。

「アリン。あまり人の心の中のことをペラペラ喋るものではないわ。そんなことをするから、能力を持たない人に嫌われるのよ」

と、姉のリゼラが注意した。

「いや、その……」

 子供にそんなことまで言われ、情けなくて、どこか部屋の隅にでもフェーラリスは隠れたかった。だが、この通路にはそんな場所はない。

「あの……」

と、現当主の次男であるデルセラ・オル・ジェグドラントが言いにくそうに言った。

「何だ?」

「おじさんは、本当に魔法使いになるつもりなの?」

「そうだ。この年では他になれるものなんてないだろう」

「そうかしら。魔法使いになるにしても、かなり年が云っている気がするけど……」

と、リゼラが辛口に言った。

 そうかもしれない、いや確かにそうだ、とフェーラリスは今更のように思った。自分の年はすでに三十を過ぎており、四十近い。何かやるにしては遅すぎる年齢だ。これから魔法使いの修行をするとしたら、一人前になるのにどれだけの年数がかかるだろうか、と彼は急に不安になった。

「考えがちょっと足りないようね」

と、リゼラが言った。それは別にTPを使っていなくてもわかる。フェーラリスの表情が曇ってきたのだ。

「あのね、おじさん。そんなに心配しなくても大丈夫だと思うわ」

と、これまで黙っていたリュイが言った。

「どうして?」

「それは、今は言えないけれど、いずれわかると思う」

「ふうん……」

 リゼラは、リュイがまるで大人のような言い方をすることを生意気だとは思わなかった。一番下の妹は普通の子供とは違うように思えるのだ。そう、確かリュイはドラゴン・スレイヤーとか言うのではなかっただろうか。人間でありながら、ドラゴン、つまりかのダルシア人と同じ能力を持つ者のことであり、ドラゴンを倒す者でもある。おそらく、アリンよりも多くの特殊能力を持っているに違いない。

「あ、あの……」

とデルセラ・オル・ジェグドラントはまた言いにくそうにした。

「何だ?」

「もし、おじさんが魔法使いになれるとしたら、僕も魔法使いになりたいんだ」

「おまえもか?しかし、兄上がそんなことを許すかどうか、わからんな」

「今じゃないよ。大人になってからだから……」

「同じことだ。お前はジェグドラント家の次男だ。次男には次男の役割がある」

「でも、そんなことを言ったら、僕は何もできないことにならない?それで、おじさんと同じ年まで何もできなかったら、その先はどうなるのかな……」

 ウッと、フェーラリスは詰まった。それを言われると、言うべき言葉が見つからない。デルセラは自分と同じようになるのが嫌なのだ。だからと言って、まだ子供のデルセラを魔法使いの修行に巻き込むことはできない。

「あなたも魔法使いになりたいというのね?リュイ、どう思う?」

と、リゼラが聞いた。

「レギオンなら拒みはしないだろうけれど、ジェグドラント家のおじさんは怒るかもしれないわね」

 フェーラリスと違って、現在の当主の長男はまだ子供で結婚はおろか、婚約者さえいないのだから。

「子どもなら大丈夫なの?」

「それは、魔法を教えるのは子供の時からのほうがいいに決まっているわ。ただ、悪くはないけれど、はっきり言ってデルセラ、あなたはこのおじさんほど素質はないかもしれないわ」

「それはどういうことなの?」

「ええとね、フェーラリスおじさんの方は、前に魔法使いだったことがあるからよ」

「私が、ガンダルフの魔法使いだったというのか?」

 リュイが見たところ、フェーラリスはガンダルフの魔法使いを何度も経験している。だからその力も強い方なのだ。それだけではない。

「それに、あなたはアルフ族の魔法使いになったこともあるようなの……」

「何だって?いったい、私は本来どちらだったのだ?」

「本来はガンダルフの魔法使いなのだけれど、アルフ族の魔法に興味を持っていてそれを学びたいと思ってアルフ族の方に生まれたことがあるのよ……」

「ガンダルフとアルフ族とか言うのは別の種族なのだろう?魔法にはいくつか種類があるのか?」

「種類ではなくて、本当は同じものなのだけれど、使い方が違うの」

 どちらも呪文によって魔法を使うのだが、ガンダルフの方は直接的な言い回しが多く、アルフ族の方は祈りのような言い回しをする。特にアルフ族の魔法は、彼らが宇宙文明まで到達していたのでパワーが強く、気象関係にも影響を与え、大規模な災害を引き起こすことがあるのだった。

「レギオンはガンダルフの魔法使いと聞いている。とすると、彼にはアルフ族の魔法は使えないのか?」

「レギオンなら、どちらも使えるわよ。ガンダルフの五大魔法使いならアルフ族の魔法をよく知っているし、使うことができるわ」

「ベルンハルト、いや銀の月もそうなのか?」

「ええ。彼は特にアルフ族の魔法には詳しいはず……」

「他にはどんなことがあるんだい。もっと知りたいんだ」

「アルフ族は滅びてしまったから、他にアルフ族の魔法に詳しい魔法使いはあまりいないわ。多少は知っているとしてもね」

「滅びた?銀河帝国の者はアルフ族ではないのか?」

「厳密にいえば、違う。アルフ族が滅びたのはもう数十万年も前になるわ。そのあとで、あなた方の古代文明が生まれたのだもの。彼らの末裔と言えないことはないけれどもね」

 アルフ族の生き残りの一部がガンダルフにやってきてその魔法を伝えたのだ。その時にはもうロル星団の人の住める惑星には、アルフ族の文明を伝える人々はいなくなっていた。いたとしても、高度な文明が失われた原始の状態に戻っていたのである。


448.

 帝都ロギノスは薄暗い空の下にあった。

 その日、宇宙艦隊司令長官であるシェルドラン・フォレード元帥は緊張した面持ちで宮殿に着いた。地上車から降りると、一瞬空を見上げ、元帥のマントを直して宮殿の中に入る階段を上った。もちろん宮殿の上に鎮座している巨大な黒い髑髏は、彼には見えてはいない。

 すでに軍務卿バレンドン・オルフ・ヴェリウス元帥は宮殿の奥にある小会議室に来ていた。彼には速報で簡単な知らせが来ていたのみで、詳細な報告は宇宙艦隊司令長官であるシェルドラン・フォレード元帥がすることになっている。そして、銀河帝国皇帝リーダルフ・ゴドルーインは、皇帝の着る大元帥服に着替え、書斎で銀河帝国の両元帥が集まるのを待っていた。

 本来ならば宇宙艦隊司令部で行うべき会議なのだが、皇帝陛下の体調を慮って宮殿の小会議室で行うことにしたのだ。


「陛下、ご気分はいかがでしょうか?」

と、心配そうに看護婦のデーラル・オル・ファウダノンは声を掛けた。

皇帝は、すでに大元帥の軍服に身なりを整えて待っていたのだ。ただその表情が心なしか青白い。このところ妙な発作は出なくなっていたが、宮殿の医師や看護婦は警戒を怠らなかった。

「大丈夫だ」

と、皇帝は少々イラついた声で言った。心の中で大げさだと感じていたのである。

 書斎の机の上に最近になってやっと置かれた通信用の機器が、両元帥の到着を告げた。

「わかった」

と言うと、皇帝はゆっくりと立ち上がって、

「ファウダノン、それと医師のお前はここで待つように」

と言って、部屋を出て行った。

 書斎の外ではすでに護衛の者が待機しており、皇帝の後に付き従って行った。

 小会議室に着くと、外に立っている兵士が扉を開け、敬礼をして皇帝が中に入っていくのを見送った。小会議室に入ったのは皇帝一人で、他の護衛の者は部屋の外で待つことになった。

 すでにバレンドン・オル・ヴェリウスとシェルドラン・フォレード両元帥は起立して、皇帝の入室を待っていた。それを見て軽くうなずくと、

「座ってよい……」

と、皇帝は声を掛けた。

 シェルドラン・フォレード宇宙艦隊司令長官は、すぐに報告を始めた。

「帝国艦隊のヘイダール要塞方面をパトロールしておりました艦隊が何者かの攻撃を受けて、かなりの損害を受け帰還した件について、新たな事実がわかりました。やっと艦隊司令官が話せる状態にまで回復したので、状況がある程度わかるようになりました」

 そこで、小会議室の壁に映像が映し出された。

「これはわが方の艦隊が撮影したものです」

 その映像には三角錐の艦隊やら、正体不明の未知の艦隊などが映じていた。現在ヘイダール要塞にいる元新世紀共和国の艦隊も映っている。

「ここにはあの反乱軍の連中の艦隊だけではなく、どこの者とも知れぬ艦隊が映っておりました。負傷した艦隊司令官によりますと、これらの連中が帝国艦隊を攻撃してきたというのです」

「しかし、これだけでは、帝国艦隊が攻撃されたとは言えぬのではないか?」

 さまざまな艦が映っているものの、それらの艦の砲撃の方向はどうやら帝国艦隊だけとは言えないようにも見えるのだ。

「ですが、この二つの艦隊と思われるものは同じものを攻撃しているように思えます」

 シェルドラン・フォレードが示したのは元新世紀共和国の艦隊と彼らには見たこともない形の艦隊だった。後者はダルシアの艦隊である。

「艦隊司令官によりますと、わが方への攻撃は一瞬であっという間に破壊されてしまったということです」

 と、シェルドラン・フォレードが言うと映像はまぶしい光が発生し、そのあと暗くなってしまった。

「これだけか……」

と、失望を禁じえないという表情で皇帝は言った。

「はい。ですが、その艦隊司令官セルグ・ドブール准将が言うことには、敵の攻撃はこれまでにないほど強力なものだったというのです」

「つまり、あのヘイダール要塞にいる反乱軍の者たちは、強力な味方を手に入れたということか?」

「その可能性があると思われます」

 元新世紀共和国の残党については、その勢力が小さなため、急いで解決を図る必要を皇帝自身はあまり感じていなかった。だが、未知の勢力、それもかなり強力な勢力がその味方に付いたとなれば別である。これを放っておいてはいずれ元新世紀共和国の諸惑星を取り戻し、帝国本土まで手を伸ばしてくる可能性がある。だが、本当にこれだけの根拠でセルグ・ドブール准将の話を信じてしまってよいのだろうか、という懸念が去らなかった。

「だが、その前にあの未知の艦隊についての情報を得る必要がある」

 この映像だけでは情報が少なすぎるのだ。

「その、負傷した艦隊司令官、セルグ・ドブール提督は公の場で説明ができるまで回復したのでしょうか?」

と、軍務卿バレンドン・オルフ・ヴェリウスが聞いた。

「いや、まだそこまでは回復してはおりません。軍医によれば、私への報告も本人のたっての希望だということでした」

「それならば、ヘイダール要塞方面へ、偵察艦隊を派遣すればよい。早急にだ」

「はっ」

「陛下。あの未知の艦隊について、ジル星団から来た大使に尋ねられてはいかがでしょうか」

「だが、誰に聞くのだ」

「ゼノン帝国大使とナンヴァル連邦大使の両者を呼んで、聞かれては?」

「なるほど……。それはいい考えだ」

 彼らは、最近帝国に来るようになったジル星団の種族だった。どちらも人間型種族とはいいがたいし、宇宙船技術などにおいても、帝国よりも進んでいると思われるのだ。だから、あの未知の艦隊を知っている可能性がある。ゼノン帝国については、例のリドス連邦王国とは敵対とまでは行かないが、あまり良い関係ではないようだった。それに対してナンヴァル連邦は、中立的な物言いをする種族だった。従ってその両者を呼んで聞けば、ある程度本当のことがわかるかもしれない、と皇帝は思った。

 皇帝が小会議室から去ると、二人の元帥は顔を見合わせた。

「陛下の体調は、今のところは依然と変わらなくなったようだが……」

 宇宙艦隊司令長官であるシェルドラン・フォレード元帥自身は普段艦隊のことに忙しく、ほとんど皇帝とは会う機会もなかった。だから、このところ皇帝の体調が悪いという噂が真実であるかどうかについては、わからなかったのである。もっともこの前皇帝に会った時は、あまりよい状態ではなかったように記憶しているが、今回は良さそうに見えた。

「それについては、主治医とも万全を期しているつもりだ。ただ時折、体調を崩されることがある」

「まだお若いのだ。健康についてはそれほど心配していなかったのだが、きっとこれまでの疲れが出ているのだろう」

「そうだといいのだが、……」

「何か、他にあるのだろうか?」

「ただ、まだ卿に言うほどのことがわかってはいないのだ。陛下もあまり医師を好まれないので、徹底的な検査もできない状態だ」

 と、珍しくレンドン・オル・ヴェリウス元帥も愚痴を零した。

「もし、ヘイダール要塞のことがきな臭くなるのならば、陛下の体調については急いで判断せねばなるまい」

「わかっている」

 シェルドラン・フォレード元帥もかのヘイダール要塞にいる反徒については、気になっていた。ただ、帝都からは遠いせいもあって、偵察艦隊を派遣するしかなかった。またヘイダール要塞は新領土となったかつての新世紀共和国の首都星ゼンダに近く、その総督の監督権の中にあるのだ。そこへ、こちらが偵察艦隊派遣をすることは総督に対する不満ともみられる恐れがあった。それでなくとも、前総督は皇帝陛下に対する大逆事件によって失脚している。帝国の艦隊司令部による偵察行為は総督に対する不信とも圧力ともとられかねない。これは慎重に行動しなければならないところだった。

 それよりも、今回皇帝陛下がいつものように冷静な判断をしたことにシェルドラン・フォレード元帥は安堵していた。近頃の噂では、皇帝陛下は感情の起伏が激しく、正常な判断をすることができなくなっているなどということがまことしやかに言われていた。だが今日の皇帝陛下は、彼が昔から知っている冷静沈着なリーダルフ・オル・ゴドルーインのままだった。このままであれば、何も心配はあるまいと感じられたものだ。

 軍務卿とは違って、宇宙艦隊司令長官が用もないのに宮殿に入り浸るわけにはいかない。だからこそ、今回の報告を軍務卿の方から宮殿で行いたいと言ってきたので、仕事の忙しい中時間を割いて来たのだ。多少皇帝陛下の健康問題についえ不安を感じていたものの、今日会った限りではそれほど心配はなさそうに思えたのは収穫だった。

 現王朝はまだ始まったばかりで、皇帝にはまだ世継ぎもいない。その皇帝自身の健康の不安は政治不安を招きかねないのだ。それでなくても、帝都の治安は以前よりも悪くなったと感じているこの頃である。他の惑星においてはまだそれほど治安は悪くなってはいないようだが、どうなるかはわからない。

 そうしたことをも鑑みて軍務卿が、旧貴族階級の者たちにたいして良く思ってはいないことにシェルドラン・フォレード元帥は知っていた。ことあるごとに貴族たちを減らそうとしているのは皇帝ではなく、軍務卿の方だった。

 貴族たちは貴族たちで、皇帝派と反皇帝派に分かれていると聞いている。確かに貴族たちは厄介だった。だが、軍務卿のやり方は反皇帝派を増やすようなものに、シェルドラン・フォレード元帥には思えた。


 シェルドラン・フォレード元帥が繁多な仕事を片付けてやっと家に戻り、休んだ時だった。

 突然、緊急招集の通信が入った。何事かと、飛び起きると部屋の壁に設置している画面が自動的に明るくなって、そこに宮殿の親衛隊士官の姿が映じた。

「何事か?」

「は。私は宮殿の親衛隊のラトアデス・フェルクト中尉です。皇帝陛下より宇宙艦隊司令長官シェルドラン・フォレード元帥へ至急、宮殿へ来るようにとのことです」

「私だけか?」

「いえ、これは軍務卿閣下にも同じ連絡をしております」

「わかった。すぐ行く」

 一抹の不安を抱えながら、あれから何か自分の知らない情報でも入ったのかとシェルドラン・フォレード元帥は宮殿へ急いだ。軍務卿まで呼び出すとは、何か大変なことが起きたのだと考えられるからだ。

 宮殿に入る階段で軍務卿バレンドン・オル・ヴェリウス元帥と鉢合わせしたシェルドラン・フォレード元帥は、

「何があったのだ?」

と、尋ねた。

「私にもわからない」

 二人が宮殿の廊下を急いでいると、奥の方から軍服を着た士官がやってきた。

「こちらへ……」

 その士官の後について行くと、皇帝陛下の書斎に案内された。

 皇帝は部屋着の上に厚めの上着を着て、目を閉じたまま書斎の椅子に座っていた。シェルドラン・フォレード元帥のよく知っている皇帝なら彼の来る前に軍服に着替えて自分を迎えるだろう。だが、まるで起きたばかりでその上に厚手の上着を羽織ったような姿は、まさにいつもの皇帝とは違っていた。そしてその両側に主治医と看護婦が立っている。それを見て、具合でも悪くなったのかと彼は思った。しかしそれなら、軍務卿と自分が呼ばれるというのも変だった。


449.

「火急の御呼びだしとは、いったい何があったのでしょうか?」

と、シェルドラン・フォレード元帥が尋ねた。

 すると、皇帝は深く呼吸をすると、

「すぐに艦隊をヘイダール要塞へ向けて、出動させよ」

と、静かに言った。

「は?」

 一瞬何のことか、シェルドラン・フォレード元帥はわからなかった。昼間とは違う話に、彼はつい聞き返してしまった。

「聞こえなかったのか。艦隊をヘイダール要塞に向けて、出動させるのだ。余もすぐに支度をする」

 二人の元帥は両側にいる主治医と看護婦を見た。彼らは困ったように元帥たちを見ていた。

「陛下には、まだご体調がすぐれぬので、無理だと申し上げましたのですが……」

と、主治医が言った。

「昼間お会いした時には、偵察艦隊を派遣するようにとのことでございましたので、それについてはすでに手配を終えております」

と、シェルドラン・フォレード元帥が言った。

「それでは遅い。偵察艦隊の報告を聞いた後では遅いのだ」

「ですが、まだこの件に関しましては、よくわかってはおりませんので、偵察艦隊の報告をお待ちになった方がよろしいかと存じます」

と、軍務卿バレンドン・オル・ヴェリウス元帥が常識的なことを言った。

「聞こえなかったのか!余は、それでは遅いと言っている!」

 皇帝は、突然目を開け声を荒げた。その剣幕に二人の元帥は二の句が継げなかった。

「ヘイダール要塞にはあの大逆人がいるというではないか。部下のバルザス提督もいると聞く。もし、反乱軍にあの大逆人が加わったとしたら、それだけでも帝国に危険が増えるであろう。まして、ジル星団の連中のなかで、あのリドス連邦王国などという怪しげな者たちがやつらの味方に加わったら……」

 というと、皇帝は眩暈がしたのか額に手を当てて、言葉をとぎらせた。

「では、急いでゼノン帝国とナンヴァル連邦の大使をお呼びになって、リドス連邦王国のことを聞かれたらいかがでしょうか?」

 何とか皇帝の気を変えようとバレンドン・オル・ヴェリウス元帥が言った。

「そのようなこと、余が旗艦に乗艦してからでもよいことだ。すぐに旗艦の準備をするのだ!」

「し、しかし艦隊の準備には少なくとも、どんなに急いでも数か月はかかります。旗艦だけであっても十日は掛かりましょう」

「余が行くといっているのだ。すぐにでも行かなければなるまい。」

「陛下の旗艦の準備にはそれこそ、十分心してかからねばなりません。せめて十日は必要でございます」

「お前たちにできぬというのなら、他の者にやらせることになるが、それでも良いか?」

 いつもの皇帝とは思えぬような妙な声音を出して言った。一艦隊が作戦行動に出る場合、その準備のために少なくともどれだけの日数が必要なのか、皇帝が知らぬはずはない。これほど無理を言うことは今までなかったのだ。それが、無理を通そうと怒鳴るというのは、いったい皇帝陛下自身に何が起きたのだろうか、とシェルドラン・フォレード元帥は驚いていた。

  別に罷免を恐れたわけではないが、皇帝の体調や精神面の不調を心配した二人の元帥はこの無理を何とかするほかはないと暗黙裡に答えが一致した。そうでなければ、自身の憤怒で身を焦がしてしまうのではないかという恐れを感じたのだ。

「で、ではせめて医師とそちらの看護婦を一緒にお連れください。何があるかわかりませんので……」

「余の健康に不安があると申すのか」

「いえ、そういうわけではございません。陛下は帝国にとっては唯一無二のお方。替えの利かないお方でございます。ですので、万が一にも御身を大切にしなければならないのでございます」

 医師と看護婦はその話に驚いて何か言いたそうだったが、その場では自身の意見を述べるのを危ういところで抑えたのだった。

「わかった。だが、余は十日しか待たぬぞ。十日たったら、わが旗艦に乗艦する。それを止めることは何人にもできぬと思え!」

「は。重々承知しております」

と、シェルドラン・フォレード元帥は言った。


 皇帝陛下の書斎を辞した後、バレンドン・オル・ヴェリウスとシェルドラン・フォレード両元帥は並んで宮殿の廊下を急ぎ足で去った。

 歩きながら、

「本当に陛下のご命令通りにするつもりか?」

と、シェルドラン・フォレードが聞いた。

「他にしようがあるまい」

「旗艦だけならともかく、せめて護衛の艦隊はつけなくてはなるまい。それを考えるととても十日では準備できぬ」

 せめてひと月は必要だ、とシェルドラン・フォレードは考えていた。

「だが、やるしかあるまい。あのご様子ではそうしなければ体調を崩されるかもしれぬ」

「一体何があったのだ?あのご様子は体調がすぐれぬということだけでは説明できぬことだ」

 口には出せぬし出したくもないが、精神面に何か病気の兆候があるのではないかと、シェルドラン・フォレードは危惧している。

「大公妃殿下の失踪以来、陛下のお心の中でどこか鬱々としたものがおありだったのかもしれぬ」

「それにしても、今回の艦隊の出動は早すぎる。まだ事実の確認もしていないのだ」

と、二人は話をするために足を止めた。

「いや、ここでその話はやめておくとしよう。明日、陛下の主治医と看護婦と話ができないか、何か考えてはくれないだろうか?」

「陛下の体調について聞くというのか?」

「もちろん、それもある。だが、大公妃殿下の失踪以来の陛下の心情にも何かあるのではないだろうか」

「わかった。できるかどうか考えてみよう」

 そこで二人はそれぞれの地上車に乗り、自身の役目に向かうために別れたのだった。


 看護婦のデーラル・オル・ファウダノンは、宮殿から両元帥が去った後、皇帝を寝室まで主治医とともに送った。その後何事もなく自分の部屋に戻ってきたのだった。

「大丈夫だった?」

と、小さな声がした。

「何だか、大変なことになりそう……」

 事の成り行きで、あの時宇宙艦隊司令長官シェルドラン・フォレード元帥が今回の出征に皇帝の主治医と看護婦を連れていくべきだと主張し、それが通ってしまったのだった。

「何があったの?」

「何がって、今回の出征に私も行くことになったみたいだから……」

「そう……」

と、短く返事をした小さな少女はすぐにTPでリドス連邦王国の大使に連絡した。

(皇帝陛下自ら、出征することになったみたいね)

(え?もう一度行ってもらえますか)

(だから、今回の出征は皇帝自ら行くらしいわ。主治医と看護婦も一緒に行くということだから……)

(了解)

 と、夕食後大使館の書斎で、のんびりと読書していたリドス連邦王国の大使リルケ・ユウキは返事をした。そして、彼は帝都ロギノスの周回軌道上にいる宇宙船プロキシオン号に弱いTPで連絡をした。

(ライア、じゃなくてアリュセア・ジーンへ。銀河帝国皇帝のヘイダール要塞への親征が決定した)

(何ですって?)

と、ヘイダール要塞から転送装置でプロキシオン号に戻ってきたばかりのアリュセア・ジーンは思った。

(もう一度、繰り返すよ。銀河帝国皇帝のヘイダール要塞への親征が決定した)

(了解。すぐにヘイダール要塞へ連絡をするわ)


 ヘイダール要塞では、ベルンハルト・バルザス提督――銀の月が珍しく自分の宿舎に戻っていた。そこへ、強力なTPが来たのを感じた。帝都ロギノスからヘイダール要塞までTPで連絡できるのは、ダルシア人の指導者ほどの強力なTPが必要なのだった。

(私よ。ディー……)

(やあ、君はアリュセアかい?)

(ええ。重大な連絡があるの)

(何だい)

(帝都ロギノスのリドスの大使からの連絡よ。皇帝陛下の親征が決定したそうよ)

(わかった)

 バルザス提督はすぐに部屋を出ると、急いで司令室へ向かった。

ヘイダール要塞の現在時間は、昼間である。



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