ダルシア帝国の継承者
444.
ヘイダール要塞が建設されたのは、今からおよそ百五十年ほど前だった。
当時ヘイダール伯爵はこの要塞の設計を銀河帝国の皇帝陛下から依頼を受けて担当し、その完成を見る前に病没したのだった。但し、その病没については何らかの権力闘争に巻き込まれて暗殺されたとも言われていた。
「帝国の歴史ではヘイダール伯爵は暗殺か病没かの結論は出ていないそうですが、その点については、どう何ですか?」
と、元新世紀共和国のダズ・アルグ提督は聞いた。
「さあ、どうだったかな?」
と、白髪に白い顎髭を蓄えた、まさにかなりの老人と見えるヘイダール伯爵は言った。もし本人が本当に存命ならば、伯爵は二百歳を超えていることになる。
「まあ昔から年寄りの姿を好んでいたからな」
と、ダールマン提督――レギオンは言った。
「というと、好きな姿、つまり年齢を選べるということですかね」
「そういうことだ」
「で、あなたはどちらが好みなんです?」
「私は、自然のままに任せるのを好む」
そう言ったダールマン提督は三十代かそこらの、今でも帝国軍人らしい風貌だった。
ヘイダール要塞の司令室では偶さかの休日を得ていた。だが、クルム司令官代理とディポック提督はヘイダール要塞内の視察に忙しく出払っていた。二人は要塞の設計者であるヘイダール伯爵が要塞内に作ったという転送装置を作る工場の視察に行ったのである。
「それにしても、ヘイダール伯爵でなくても、誰か案内をしたほうがよかったのではないでしょうか?」
と、不安そうにリーリアン・ブレイス少佐は言った。少なくともディポック提督は初めて行く場所には不案内の傾向があったのを彼女は覚えていた。
「まさか、子供でもあるまいに、案内人をつけるというのか?」
「でも、要塞内は前と少し内部構造が変わったと聞きました」
現在の要塞は『レギオンの城』と結合工事を終えたため、銀河帝国が創建した当時とは多少、場所によってはかなり内部構造が変化しているのだった。従って、今までの構造図は使い物にならない。かと言って、まだ新しいものはできていないのだ。
「確かにそうだ。だが、一緒に行ったクルム司令官代理なら何とかするだろう」
ディポック提督だけなら心もとないが、クルム司令官代理と一緒なら大丈夫だろうとダールマン提督は言うのだ。
ヘイダール伯爵の作った転送装置の工場は、この要塞の下部の様々な機械がひしめく一角にあるとのことだった。
「このあたりには来たことがあるのですか?」
と、ディポック提督が聞いた。
「いや、このような場所に来るのは初めてだ。それにこのような場所があることも聞いたことがない」
と、クルム司令官代理が興味深そうに言った。
二人が探しているのは、例の惑星カルガリウムで発見した遠い銀河から来たアンダイン種族の作ったという転送装置だった。その製作工場がヘイダール要塞内にあるというのだ。
とはいえ、要塞内にそのようなものがあることはこれまで誰も知らなかった。要塞の構造図にも載っていない。おそらく要塞を作った連中でさえ、このようなものがあることは知らなかっただろう、とヘイダール伯爵は珍しく自慢げに話していた。それを聞いていると、伯爵は他にもこの要塞にまだいろいろと隠していることがありそうな気がした。
そこは要塞の下部にあたり、これまで要塞にとって重要な動力炉やその他様々な何の機械かわからないものがたくさん設置されていた場所だった。その中でもこれまで動力炉があったという場所がどうしたことか、行って見るとその場所だけ空き部屋のような大きな空間になっているのをディポック提督とクルム司令官代理は発見した。
「確かここには、動力炉があるはずだったのだが……」
「まさか、これも『レギオンの城』と結合した所為なのでしょうか」
「だが、動力炉がないということは、今この要塞のエネルギー源はどうなっているのだ?」
二人は顔を見合わせた。
少なくとも要塞はエネルギーが不足した状態にあるわけではない。それは確かだった。司令室から出てきた時、警報のようなものが鳴っていたような記憶はない。
「つまり、現在は何のエネルギーを使っているかわからないということでしょうかね。少なくとも我々には……」
「大丈夫なのだろうか……」
「さあ、どうでしょうか……」
こんな大事なことを、ダールマン提督――レギオンもヘイダール伯爵も、何も言わなかったのだ。一体あの老人たちは何を考えているのか、とクルム司令官代理は怒りを感じていた。
「でも、この要塞が大量のエネルギーを必要とするゲート・ジャンプを使ったとき、特にエネルギーが不足したようなことはなかったはずです。ということは、動力炉がないにしろ、そのエネルギー源はかなり大きなものになっていると考えられるでしょう」
「そうかもしれない。だが、それがはっきりとしなくては、どうも落ち着かないな」
「まあそれは、戻った時にでもあの人たちに聞けばいいのではないですか。それよりも、転送装置の工場のほうが気になります」
元動力炉があった空間は大きな空洞になっており、そこからいくつもの扉がつながっていた。その一つ一つをあけながら中に何があるのか確かめるしかなかった。開けてみて、何が何やらわからない装置がたくさんある部屋が多かった。ただ、どの部屋にも転送装置の片鱗があるようには思われなかったし、工場のように動いている様子もなかった。最後にあけた扉は通路になっていた。その通路をしばらく行くと、少し大きな通路になり、その先に大きな扉があった。
そこをあけると、急に機械の動く音が聞こえてきた。
「これは、なんだ?」
よく見ると、惑星カルガリウムで発見したあの転送装置に近い形状の装置がいくつか見えた。
「あれは、完成品か?」
部屋の奥に完成品のようなものが見えた。だが、その他に見覚えのある人物が数人いた。
「あそこにいるのは、もしかして惑星ゼンダから来た連中ではないか?」
よく見ると、中の一人は女性だった。おそらくフランブ・リンジだろう。現在ヘイダール要塞の副政治代表になっている。向こうも、クルム司令官代理とディポック提督の姿を認め、政治代表の秘書をしているギアス・リードが近づいてきた。そして、
「あなた方は、どうしてここへ来られたのですか?」
と、聞いた。
「こちらこそ、聞きたいものだ。我々は、ヘイダール要塞の中を調査に来たのだ」
「ほう、司令官代理が自らですか?しかもディポック提督を連れて……」
「だいぶ、内部構造が変わったということで、調査しているところです」
と、ディポック提督が言った。
エルシン・ディゴ政治代表はフランブ・リンジとこちらを見ながら、ギアス・リードが戻ってくるのを待っているようだった。
クルム司令官代理とディポック提督はギアス・リードに促されてエルシン・ディゴたちのほうへ移動した。
「なるほど、司令官代理自ら来られたということは、よほどこの工場が重要なのだろう」
と、エルシン・ディゴ政治代表が言った。
「それで、卿らは何でこのようなところにいるのか?」
と、クルム司令官代理が聞いた。
「もちろん、我々もヘイダール要塞とあの妙な『レギオンの城』とかいうものが結合した後、この要塞の内部構造が変化したということは知っている。それを調査しに来たのだ」
「つまり、目的は同じということか?」
「そうだ。しかし、この工場は意外だった。こんなものがあることを、帝国の連中は知っていたのだろうか?」
「さあ、どうだろう……」
「おそらく、知らなかったと思いますがね……」
と、ギアス・リードが当然のことのように言った。
「それにしても、この装置は何なのです?」
「これは、あの転送装置ではないかと思われます」
「転送装置?そのようなもの、銀河帝国ですでに作られていたというのですか?」
そうだとしたら、大変だとフランブ・リンジやエルシン・ディゴは考えていた。転送装置など元新世紀共和国にはなかった。それがあるとしたら、これから銀河帝国へ反攻や抵抗をしたとしても勝てる見込みはないと彼らは思った。まだ彼らは、このヘイダール要塞については詳しく知らされていないのだ。彼らは司令室とは一線を画していて、自分たちは純粋に民主的な手法によって選ばれた、銀河帝国によって征服されて無くなった新世紀共和国に代わる正当な政治勢力だと自負しているのだった。そのため、司令室の連中との意思疎通が未だにうまくいっていないのだった。信頼関係も築かれてはいない。両者ともその努力をしていないし、それが必要だと考えてもいないようだった。
「いえ、そうではないでしょう。あれを見てください」
と、ギアス・リードは転送装置を作っている機械の一つを指さした。
それは転送装置の制御する部分を作っているように思えた。機械のベルトの上をまだ作成段階の転送装置が流れていたが、部品をよく見ると銀河帝国や元新世紀共和国でも見かけないもので作られていた。
「あれは、何だ?」
と、エルシン・ディゴが言った。
「さあ私にはわかりませんが……」
クルム司令官代理にはその部品に見覚えがあった。転送装置を作ったアンダイン種族がいた白金銀河にいたことがある彼には、それが何か分かった。これはアンダイン種族そのものの技術なのだった。ということは、この転送装置を単体で使う分にはいいのだが、こちらの技術を使ったものと合わせたり、独自に同じものを開発したりすることは可能であるものの、時間がかかるということを意味した。つまり、これと同じ工場を作ることはかなり難しいということだ。
「ではこの工場は銀河帝国によって作られたものではないというのでしょうか?」
と、フランブ・リンジ副代表は言った。
「おそらく、別の何か、どこかの文明の技術で作られたものではないかと思われます……」
「しかし、なぜそのようなものがこのヘイダール要塞にあるのだ?しかも、ここは要塞の中枢部分ではないのか?」
「多分、例の『レギオンの城』と結合した所為で現れたのではないでしょうか?」
と、ギアス・リードは出まかせを言った。少なくとも彼は、この工場の技術がどこのものであるのか、多少とも知っているはずなのだ。
「その点について、何か聞いてはいないのか、クルム司令官代理?」
「さあ、私にはわからないが、いずれにしろこれだけあるのだとしたら、惑星カルガリウムの住民が必要とする数は何とかなるだろう」
この工場で生産された転送装置はどんどん工場の端のほうにたまり、積み重なっていた。その数が多くなると、装置を移動させるために移動用の機械が動き出し、別の場所へと運び出していた。
「しかし、このまま生産を続けるのだろうか?どこにこの工場を制御する部屋があるのだろうか……」
まだそのようなことも、わからないのが現在のヘイダール要塞にいる者たちの現状なのだった。
445.
帝都ロギノスでは、黒く巨大な髑髏がそこにある宮殿の上空にどっかりと腰を据えていた。
アルネ・ユウキはその髑髏を貴族の邸宅外の外側にある庶民の高級住宅街のフェルラー邸の窓から覗いていた。
「あれは、まことに不吉な形、不吉な前兆だと私は思っています」
と、フェルラー夫人は言った。彼女にはアルネ・ユウキと同じものが見えるようだった。それが何かはわからないにしても、その形は誰にでも不安を感じさせるものなのだ。
「確かにそうですが、今はどうにもならないでしょう」
「あれを壊すか、浄化することはかなわないのでしょうか?」
「私には、今はどうにもできません。あのようになる前だったら、多少何かできたかもしれませんが、あれほどはっきりしてしまっては、私の力では無力です」
「ですが、それでは帝国はどうなります?」
「帝国というよりは、帝都ロギノスに住む人々が危険だということです。あれは確かに巨大で、私の力でどうにもなりませんが、帝国全体を危険にするところまでは行ってはいません」
さすがに『死の呪い』の髑髏とは言え、多くの惑星を要する帝国全体に影響を与える力はない。だが、帝都にあたる惑星一つなら充分その力を発揮できるのだ。しかもその影響が宮殿にいる皇帝にまで強く及んでいたら、フェルラー夫人の不吉な予想が実現する可能性が大なのだ。あの髑髏はそのために宮殿の上空にいるということだ。
「しかし、いずれはそうなるのではありませんか?」
「このままでは、そうなるでしょうね」
「どうすればいいと、あなたはお考えでしょうか?」
「少なくとも、まず宮殿に住む、皇帝陛下を正気に戻すことが必要です」
今ならまだあの髑髏の影響下にあるとしても、完全に支配されているわけではないと思われるのだ。それからこの呪いの元を封印した後、強力な封印を守るものを置くことだ。具体的には帝都から去ったジェグドラント家の者たちとその爵位を戻し、元の屋敷に戻ってもらうことが必要なのだ。
とは言っても、銀河帝国の皇帝陛下に近づくことは難しい。人気のない宮殿の一角に忍び込むのとはわけが違うのだ。
「というと、皇帝陛下はもはや正気ではないとおっしゃるのですね」
「あのような髑髏が宮殿の上空に居座っているということは、ある意味ではそういうことです。つまり正気ではない場合が多いということになります」
元新世紀共和国の刑事だったジェルス・ホプスキンにとってアルネ・ユウキとフェルラー夫人の会話は、理解できなかった。ただ、彼にも宮殿の上空にある真っ黒な髑髏を見ることはできた。それはゼフィア・シノンにとっても同様だった。
フェルラー夫人は息子のこともこの帝国のことも自分の力ではどうにもならないと感じていた。では、どうすればいいのか?無力感に打ちひしがれているだけでは、彼女の気持ちは収まらない。それが彼女の性格だった。
「あの髑髏は誰にでも見えるのではないのですね?」
「そうです。例えば、白魔法使いや特殊能力者でも見える者はいます。でも、普通の人々には見えません。だからこそ、対応が難しいのです。特にこの帝国では……」
銀河帝国では魔法使いはいないとしても、特殊能力者はかなり抑圧されていた。もし特殊能力者と知られれば、家族だけではなく親類縁者にも類が及ばないとは限らない。かつてはそういう時代が長く続いたのだ。だから、彼らがどこにどれだけいるのかもわからないのだ。そうした能力はひた隠しにされている。
「私は自分のこの人とは違う力を長い間隠してきました。あなたもそうなのですね?」
「いいえ、私の生まれた惑星では、これほどの弾圧はありませんでした。それにこれまで私は普通の人間としての能力しかなく、あのようなものを見る力はなかったのです。しかし私は、白魔法使いとして目覚めたのです。そしてまた、特殊能力も持つ者なのです」
アルネ・ユウキの言葉に首をかしげながら、
「帝国の生まれでしたよね?」
と、フェルラー夫人は言った。
「それが、私は残念ながら帝国の生まれではありません」
「では、あの反逆者たちの惑星の出身なのですか?」
「私は違います。帝国でも共和国でもない、別の国から来たのです」
「ではもしかして、あのジル星団とかいう、ところですか?」
ジル星団という言葉を最近帝国ではよく聞くようになっていた。帝都の宮殿のある大陸に彼らの大使館がいくつかできたからでもある。それに人間には見えない連中を時折、宮殿近くで見かけることがあった。その見かけが人間に見えない連中がジル星団から来たという噂があるのだった。ただフェルラー夫人の目の前の女性は人間に見える。
「そうです。私の星はガンダルフと言います。ジル星団では魔法使いの星として、古くから有名な星なのです」
「魔法使いの星?まるでおとぎ話かなにかのようですね。でも、本当に存在するというのですね?」
「存在します。あなたはおそらく、かつて魔法使いだったのではありませんか?」
「私が、魔法使いだった?まさか、私は生まれてから一度も魔法など使ったことはないのですよ」
「そうではなく、こちらでは生まれ変わりということは信じられてはいないのかもしれませんが、あなたが今回生まれてくる前のどこかで、魔法を学んだことがあるのではないかということです」
「私が今回生まれてくる前に魔法を学んだことがあるというのですか?私にはわかりません。私の特殊能力というのは、変わっているのです。物を動かしたり、他の人の心を読むというようなものではありません。私は人を見る場合、その人の人生をまるで映画のように見ることができます。不思議なことにその映画は一つではなくていくつもの人生なのですがね……」
それはアルネ・ユウキの知識によれば霊能力というものだった。特殊能力の一種である。それも人の過去世をみる能力だった。これは誰にでもある能力ではない。またそのような能力を持つ者はかなり少ない。却って、物を動かしたり、人の心を読んだりするような能力のほうがよくあるものなのだ。
「もしかして、息子さんもそうした能力を持っているのですか?」
「いいえ、息子はまるで持っていませんでした。もしかしたらと思ったりもしましたが、そうしたことはありませんでした」
「それで、あなたの能力を知っているのは他に誰かいるのですか?」
「とんでもない、私はこの能力のことを人に話したことはありません。この帝国では非常に危険ですから……」
ジェルス・ホプスキンは自分に発現した能力とちょっと似ているような気がした。もっとも、彼の能力は人の現在の人生だけしか見ることはできなかったのだが。それでも、これを使えば事件を解決するのに多少は役に立つだろうとは感じていた。彼がフェルラー夫人を見ると、彼女の人生がまるで彼女の言う映画のように見えてくる。そこには犯罪につながるようなものはなかった。
「あなたも、何か見えるのですか?」
と、フェルラー夫人はジェルス・ホプスキンに言った。
「私は、その本の少しだけ、相手の現在の人生を見ることができるのです」
「まあ、それは私の能力に似ていますね」
「似てはいますが、現在のものだけです。いくつもの人生なんて、見えません」
「で、あなたの職業は?ああ、警察の方なのですね。それも、……」
フェルラー夫人はジェルス・ホプスキンが反逆者たちの国、つまり新世紀共和国の者であることが分かったようだった。
「新世紀共和国の人を初めて見ました。私どもと変わらないのですね。その力はあなたにとって役に立つものでしたか?」
「さあ、まだ実際に使ったことはないので。私のこの能力は最近生じたのです」
「昔からではないのですか?」
「母国で刑事をしていた時にはなかったのです……」
「でも、あなたはその能力をいつも持っていたようですけれど……」
フェルラー夫人の目にはジェルス・ホプスキンのいくつかの人生において、その能力があることを確認できたので、不思議そうに言った。
「多分、彼は今回の人生では、この能力を使わないつもりだったのでしょう」
と、アルネ・ユウキは言った。
「自分の持っている能力を使わないつもりだった?どうしてですか?帝国のように新世紀共和国でもそうした力を持つ者は危険視されたのですか?」
「いえ、そうではなくて、そうした人生を歩むつもりだったのではないかということです」
ジェルス・ホプスキンが思うに、彼の母国では帝国ほど特殊能力を危険視することはなかった。胡散臭くは思っていたのだろうが。現にそうした能力を持つ者たちを、警察関係者は利用することが多かったのだ。何しろそうした能力はいつもそれほど安定しているわけではなく、見当違いなこともあり、ある程度使えると思っている程度だったのだ。もちろん偶には大ヒットを打つこともあったからでもある。
「ではどうして、今はその力があるのですか?」
「それが、必要だということで目覚めさせられたのです」
「目覚めさせられた?そんなことができるのですか」
「そう言っていました。リドス連邦王国の大使が……」
「リドス連邦王国の大使ですって?確か、その名は聞いたことがあります……。なんでもジル星団とかにある国だとか……」
アルネ・ユウキはそこで彼女の故郷であるガンダルフは現在リドス連邦王国にあることを話した。
「私たちはこの帝都で行方不明になった子供を探しに来たのです。そのために彼のその能力が必要でした」
「誘拐されたということですか?」
「いえ、その子供はもう生きてはいないのです。死んだのですが、その魂が行方不明だと、その子の死んだ母親が訴えているのです」
「ええと、つまりあなた方は死んだ子供の魂を探しているというのですか?」
「そうです」
「探してどうするつもりなのですか?」
「もちろん、母親に知らせて、親子ともども本来の世界へ帰ることができるようにするつもりです」
「それはもしかして、今のこの帝都の状況に何か関係があるのではありませんか?」
そうでなければ、死んだ子供の魂を危険な帝都まで探しに来る理由がないと、フェルラー夫人でも理解できた。
「ええ、そうです。でもどんな関わり合いがあるのかまではわからないのです」
「それなら、もしかて、私のこの力があなた方のお役に立てるのではないですか?」
「とんでもない。そんなことをしたら、あなたの軍にいる息子さんに迷惑がかかるかもしれません」
「そんなこと、大丈夫です。もうあの子も大人です。何かあっても自分で何とかするでしょう」
フェルラー夫人の言うことを信じるかどうかとアルネ・ユウキは多少悩んだが、もとよりあまり躊躇するほうではないので、ジェルス・ホプスキンでは足りない部分を補うために、捜索に協力してもらうことにした。
「では、こちらの地理にも明るく事情にも詳しい夫人に協力をお願いするとしましょう」
「え?大丈夫なのか……」
と、ついジェルス・ホプスキンは声を挙げてしまった。
「私たちだけでは、多分時間がかかるわ。夫人に協力してもらえばずいぶん楽になるはずよ」
「しかし……」
偏見かもしれないが、彼にとって帝国の人間に助力してもらうことには抵抗があった。
446.
レーク・ハイデス少将は、帝都のどんよりとした空のような顔色で軍務卿にこれまで独自に行ってきたジェグドラント家の調査について報告しにきていた。
「ジェグドラント元伯爵家の者たちについて、何かわかったか?」
と、軍務卿バレンドン・オルフ・ヴェリウス元帥は言った。
「あまり確かなことはわかりませんでした。わかったことは、ジェグドラント伯爵家は銀河帝国の最初から伯爵位を得ていたこと、そして領地における金の鉱脈をその財産としていたこと、その子孫は常に男子二人と女子一人だったことが分かったくらいです」
「なるほど、他には?」
「調査したその資産について不思議なことがありました。代々の帝国政府は金山の所有についてはかなり慎重であり、貴族が金の鉱山をもつことを禁じ、多くの貴族はその金山を皇帝の領地として寄進するか、政府によって没収することが多かったのですが、ジェグドラント伯爵家については、確かに何度か、領地を皇帝陛下に寄進したり、政府に没収されたりしていますが、その都度、新しい領地に金の鉱脈が発見されるのです。そのため、伯爵家は金山に代わる代替え地として得た領地に金の鉱脈が発見されても、政府がそれを没収しないという約束を取り付けていたようです」
「そういえば、今回もそうだったようだな……」
「はい」
とは言ってもそれだけでは、偶然と言ってしまえばそれで終わりである。ただ偶然にしてはその頻度が高すぎるということだ。例えば土塊を金の鉱脈に変える技術か、もしくは魔法をジェグドラント家の者たちは知っていたのではないかと想像することができるが、それを証明することなどできない。軍務卿もそうしたことを思わないでもなかったが、さすがにそれを口にすることはなかった。もっともレーク・ハイデス少将はかなりそちらの考えにかなり傾いていたが、帝国軍人としての体面からそのようなことを口にすることはなかった。
「それで、消えた連中の消息についてはどうなのだ?」
帝国軍がジェグドラント家の者たちのいるアパートを急襲したときには、すでに誰もいなかったのだった。近所の者たちの証言によれば、ついさっきまでいたはずだというのだ。つまり忽然と家族ごと姿を消したのである。
「そちらは皆目見当もつきません」
「ジェグドラント伯爵家の屋敷には行ったか?」
「はい。行きましたが、そこには何もありませんでした」
何もなかったというよりは、まるで人が出て行って何百年も経ったような廃屋がやっと建っているというものだった。だが、そんなことを言っても始まらない。軍務卿が聞いているのは、そこにジェグドラント家の者がだれかいなかったか、何か重要なものが残されてはいなかったかということなのだ。
「そうか、わかった。だが、彼らについての調査は継続するように」
「は。了解しました」
レーク・ハイデス少将が出て行った後、軍務卿はしばらく一人で考え事をしていた。
今回の件は何かおかしい。皇帝陛下のジェグドラント家の者たちへの怒りも妙だった。本当に怒りを感じているのなら、あの大逆事件の有った後、彼らを罪に問うか排除するべきだったのだ。それを数年たった今、突然思い出したように爵位を取り上げ、罪に問うなど、いつもの皇帝陛下らしくもないことだった。例え、姉である大公妃殿下の失踪事件にかかわりがあるのではないかという疑念があったとしても、現在ある法律などに照らして罪に問うということならわかるが、疑念だけでこのようなことをすることは、彼としてもあまり同意できることではなかった。
しかし、そのお陰ということでもあるが、ジェグドラント家の特殊性が明るみに出たことはある意味でよかったのではないかと思うのだった。とその時、軍務卿はあることを思い出した。
レーク・ハイデス少将は出て行ってからまもなくして、再び軍務卿に呼ばれた。急いで戻ってきた彼は、
「何かありましたでしょうか?」
と、聞いた。もしかして、自分の報告に不備があったのではと心配になっていた。
「私としたことが、忘れていたことがあった。例のジェグドラント家の執事のことだ」
「執事?と言いますと……」
「ジェグドラント家の者が失踪する前、その執事がアパートの部屋を出て、軍の襲撃指揮官の元へ連中のことを密告しに来ていたのだ」
「それは、どのくらい前のことでしょうか?」
「その時の指揮官に言わせれば、襲撃直前のことだったそうだ。その執事が来て襲撃するまでに有した時間はほんの数分のことだ」
「数分ですか?その間に、彼ら全員が軍の前から失踪したというのでしょうか?」
「その指揮官の言うことを信じれば、そうなるだろう」
「しかし、そんなことがありうるのでしょうか」
「だが、嘘を報告したとは思えない」
レーク・ハイデス少将はこの件に関しては、謎が一層深まったとしか思えなかった。
ジェグドラント家という、これまで噂にも上らなかったそれほど有名ではない貴族が、突然失踪した事件は帝都では、特に反皇帝派にとってはこれまでにない快挙のように思われて、落ちぶれ貴族たちの噂に上っていることをレーク・ハイデス少将は聞いていた。
「私も噂は聞いている。困ったことだが、今はどうにもなるまい。だが、必ず奴らの逃亡先を探し出すのだ」
と、軍務卿は言った。
そうでなければ、帝国軍の面目が丸つぶれである。こうしたことについては、帝国軍の中でも、特に軍務卿がその標的になるのだった。だから、何としてでも逃亡したジェグドラント家の者を探さなければならないのだ、とレーク・ハイデス少将は無言の圧力をかけられた思いがした。
当のジェグドラント家の者たちは、帝都から遠く離れたヘイダール要塞の将官用の宿舎にいた。
「父上、私は魔法使いになります!」
と、ジェグドラント家の次男、フェーラリス・オル・ジェグドラントはもう何回となく繰り返した言葉を口にした。ただし、今回は以前よりも強く言えたと本人は思っていた。
「いい加減にするのだ。そんな世迷い事は。第一、あのレギオンとかいうリドスの魔法使いはお前を弟子にすると言ったのか?」
と、フェーラリスの父である元ジェグドラント伯爵は呆れて言った。
「そ、それはまだですが……」
それを言われると、フェーラリスは力なく俯いた。だが、今回はすぐに顔を上げると、
「必ず、レギオン殿の弟子にしてもらいます。ですから、父上もそのつもりでいてください」
と、彼は言った。
「まったく、性懲りもなく……。いや、だいたいお前は昔からどんなことも続いたことがない。そんなことで、魔法使いになれるものか?」
と、ため息をついて元伯爵は言った。
とはいえ、次男のフェーラリスがこうなったのも、自分が甘やかした所為だと思ってはいた。貴族の次男は長男に何かあった時の代わりなので、たいていどこの貴族でも好きなことをさせているものだ。だが、ジェグドラント家の長男は長じてきちんと結婚もし、子供も三人もできたのだ。すでに代わりとして待機する時期は終了しているのだ。
「父上」
と、これまで黙って聞いていた、長男であり現在のジェグドラント家の当主が言った。
「なんだ?」
「フェーラリスに、魔法使いになることを認めてやってくれませんか」
「お前は、何を言うのだ?気でも狂ったか……」
「そうではありません。ただ、私も今は爵位をはく奪された身、ジェグドラント家がこれからどうなるかわかりません。その今、フェーラリスが帝国では耳慣れない魔法使いというものになったとしても、別にかまわないではありませんか」
「そんなことを言っているのではない。こやつは昔から、何かと手を出す癖に、きちんと最後まで続いたことがないと言っているのだ」
「それは、フェーラリスがやりたいと、心から思ったものがなかったからではありませんか?」
「そうです。父上、私は魔法使いになりたいと、心から思っているのです」
「黙れ!わしは、魔法使いなど認められん。第一、あのレギオンとやらは、魔法使いかもしれんが、帝国の大逆人なのだぞ!」
「それを言うなら、ベルンハルトもその大逆人の部下ではありませんか。ですが、ここではそんなことよりも、『銀の月』と呼ばれる魔法使いと言われています」
「だから、どうだというのだ?」
「我々ジェグドラントの者の将来は、これからどうなるとお思いでしょうか?以前、ベルンハルトは、いずれことが済めば、再び帝都に戻って、あの古いジェグドラントの屋敷に戻れるといいました。ただ、戻ったとしても、もう依然と同じというわけにはいきますまい」
「それは、どういうことだ?」
「もし、帝都に戻ることがあっても、それはこのジェグドラント家の秘密がある程度政府に知られるということは避けられません。そうでなければ、戻れないでしょうし……。そうなった時、フェーラリスが魔法使いならば、このジェグドラント家にとっても貴重な戦力になると思うのです」
帝国では確かに特殊能力のようなものは排斥されていた。制御のされていない特殊能力は危険だからでもある。それを制御するような知識は帝国にはないのだ。ただ、魔法使い、それも様々なことができるほどの魔法使いであれば、自分の力を隠して魔法を使うことができるだろう。そうなれば、ジェグドラント家のためにもなるのではないかと思ったのだ。
「戦力だと?だが、それではフェーラリスが必ず魔法使いになると、それも長い時間をかけてではなく、短期間でなると考えなければなるまい。魔法使いの修行に何十年もかかるようでは、戦力になりようがあるまい」
「もちろんです。もし、魔法使いになるのでしたら、私は頑張って、少しでも早く一人前になるつもりです」
「そんなことができるというのか?」
「誓って!」
フェーラリスはまだ本当になれるかどうかわからないことに、つい、口が滑って誓ってしまったのだった。それがわかる元伯爵は苦虫をかみつぶしたような顔で言った。
「ならば、こうしよう。お前があのレギオンという魔法使いの弟子になることができたなら、魔法使いになることを許そう。だが、それをいつまでも待つわけにはいかん。これよりのち、十日間の間に弟子になることを取り付けたなら、お前の望み通り、魔法使いになることを許可しよう」
「本当ですか、父上」
「わしに二言はない」
「わかりました」
フェーラリスはうれしさのあまり、勢いよくジェグドラント家の宿舎を出て行った。
「あれで、大丈夫なのかの……」
不安そうな元伯爵のつぶやきがフェーラリスに聞こえなかったのは幸いだった。




