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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
101/153

ダルシア帝国の継承者

441.

 ゼフィア・シノン中尉が帝都ロギノスの宮殿をざっと調査した結果、アルネ・ユウキが最初に来た建物はそれほど古くなく、また人の訪問もないということで、しばらく隠れ家として使用することにした。

 この宮殿は帝都ロギノスの最大の大陸のほとんどを占めるほどの広大なものだった。だからこそ、あまり使われなくなった場所は警備もそれほど厳しくはなく、まして現在使われていない古い建物には誰も来ないようだった。それというのも、王朝交代による新しい皇帝にはまだ独身で家族がいないため、宮殿内の部屋をほとんど使わない所為だった。旧王朝時代にはおそらく多くの建物にそれぞれ皇帝の愛人や側室が居たのではないかと思われる。

「そのバルザス提督のお子さんの名は何と言うのですか?」

と、元新世紀共和国の元刑事ジェルス・ホプスキンは聞いた。

「確か、アンナと言う名だったと思うわ」

「居なくなったのでしたか、それとも亡くなったのでしたか……」

「それは、亡くなったのよ。病気でね。でもその後、アンナの魂自体が迷子になったと言うの」

「魂が迷子?」

「ええ。お母さんのナルディア・バルザスも亡くなっているのだけれど、彼女の話によると……」

 今回彼らと一緒に来たのは母親のナルディア・バルザスだった。彼女は夫のベルンハルト・バルザスが軍務で出征中に事故で亡くなったらしい。娘のアンナはまだ幼かったが、親戚は両親の結婚を反対されたために付き合いがないのでアンナの存在を知らされていなかったため、孤児として施設に引き取られて行ったのだが、そこで病気によって亡くなったと言うことだった。

「その施設がどこにあるかわからないのだけれど、それはいいのよ。死んだと言うことはわかるから。ただ、そのあと魂がどこかへ行ってしまったようだわ」

「魂が、どこへですか……」

 魂があることさえ自分ではまだ信じられないのに、その上その魂がどこかへ行ってしまったといわれても、ジェルス・ホプスキンには困惑を感じるだけだった。

「それを探そうというのよ。まだ『死の呪い』もこれほどひどく蔓延していなかった頃だったし、多少の影響があるかもしれないけれど……」

 長い刑事人生で、生きている人間ならともかく亡くなった魂の捜索をするなど、ジェルス・ホプスキンは考えたこともなかった。この帝都へは誰かを探すためにきたのだが、それがまさか死んだ子供の魂を探すことだとは思わなかった。とは言え、帝都へ来て不思議な体験をした彼は、そのことをそれほど驚きはしなかった。

「で、その子を探すことが、結局その『死の呪い』の原因か要因を探すことに繋がるというのですね」

「そういうこと。やっぱり、理解が早いわね」

「ともかく、リドスの大使によれば時間がないということでしたから、急ぎましょうか……」

と、ジェルス・ホプスキンは言った。


 アルネ・ユウキとゼフィア・シノンそしてジェルス・ホプスキンの三人は、再び宮殿の外にある貴族の邸宅街の外側にある帝都の繁華街にやってきた。

 昼間は夜程暗くはなく、それに生きている人間たちのいる街はそれほどひどくはないように見えた。もちろん、街の道路には半分壊れたような地上車が置き去りにされているような場所もあったが、それぞれの店には人気があったし、客も歩いていた。

 三人は付かず離れず、ゆっくりと歩いて行った。ジェルス・ホプスキンが得た能力を使うのに急ぎ足では難しかったからである。横に道があると足を止め、ジェルス・ホプスキンは暗い道の先を覗いた。そしてまた歩き始めるという感じだった。

 簡単には行方不明のアンナ・バルザスの足取りは突き止められないと思って居たのだが、ある場所でアルネ・ユウキが突然足を止めた。

「どうかしましたか?」

と、ゼフィア・シノンが尋ねた。

「うん。ちょっとね……」

 その視線の先には、細く暗い路地があった。

 気になってジェルス・ホプスキンも足を止めた。そして、路地を覗き、

「あれは、何です?」

と、路地にあるものを指さした。

「ああ、あれは確か、まだ帝国が出来る前からあった聖女『ラグマリア』の像ではないかしら……」

「ラグマリア?」

 その名はジェルス・ホプスキンにも聞き覚えがあった。元新世紀共和国にも同じような像を拝む人々が居たことを思い出したのだ。ここと同じように惑星ゼンダにも像が置かれていた。たいてい大きな通りにではなく、このような細く暗い路地のような場所にあった。その像を拝みに来る人々は、主に女性だった。女性と言っても老いも若きもいたが、その中心は子供のいる女性や子供を妊娠した女性であった。聖女『ラグマリア』は子供と女性を守り、病を治す聖女なのだ。特に不治の病にある人々には最後の頼みとしての聖女『ラグマリア』信仰があったと言うことを思い出した。

 惑星ゼンダで刑事をしていた頃は、そんなもの信じられるかと考えていたものだ。しかし、帝都でも同じものがあるのを見ると、妙な気がした。まるで帝国と共和国が繋がっているような気がしたのだ。

「ラグマリアと言う人はどんな人だったのか知っていて?」

「確か千年以上前の実在の人物だったと言うことは知っています。何でも、当時起きた核戦争の後で、病気治しで有名になった人だと聞いていますが……」

「私が兄に聞いた話では、帝国では歴史上の人物としては扱われていないそうだわ。ただその病気治しと言うことで有名なんですって……。それよりも帝国では、もっと古い時代の、神話の時代の神々の方が信仰されているそうね」

「それでも千年も名が残っていて、しかもその像まで残っているというのは、やはり普通ではないのでしょうね」

「もちろん、おそらく帝国が、いえこのロル星団の文明が続く限り残る名だと思うわ。今はただの聖女だけれど、いずれ神々の一員になるのではないかしら……」

 銀河帝国では古い神話の時代の神々――その多くが宇宙文明以前の時代のもの――が信仰されるのが常だった。古い神々への信仰は組織だったものではなく、貴族や皇族たちがその時々の都合に合わせて自分たちの信仰する神々を選び、神殿を造っていた。とは言え神々の神話は古く、今から少なくとも五千年も、もしかしたら一万年前のものだと考えられていた。それは宇宙文明以前の時代の神々だった。その中で現代にもその名を伝えられているのは、多くはない。

 中でも主神であるオアーブ神は皇族が信仰していた。その子であるルルードル神は貴族が多く信仰していた。そして一般の名もない庶民は聖女『ラグマリア』を信仰していた。オアーブ神とルルードル神は大層な神殿があったが、聖女『ラグマリア』には神殿などはなく、街の隅にその像がひっそりと建てられていることが多い。その多くは名もなき庶民の有志によって建てられたのだった。

 路地の先にその聖女『ラグマリア』の像があるのを見て、三人は路地に入って行った。

 その像は石造だった。長い間の浸食で少し像の形が摩耗しているように思えたが、聖女の身に付けている頭から足元まである長いケープは、惑星ゼンダにあるものとよく似ているとジェルス・ホプスキンは思った。

「あなた方、どちらから来られたのですか……」

と、像の前に近付くと話しかけてきた婦人がいた。

「ええと、あの旅の者です」

と、アルネ・ユウキが言った。

「旅の者?まあ珍しいことですわね。ここでは立ち話もなんですから、あちらでお茶でもどうでしょうか?」

 見ると、身なりのいい婦人だった。お付きの者たちがいないので貴族ではないかもしれないが、おそらく裕福な家の出のような上品そうな背の高い婦人が、路地の奥の古い建物を指さしていた。

「あの、私たちは……」

「お急ぎの用事でもありますか?」

「いえ、……」

「それなら、同じ信仰を持つ者として、何かお話をしていきませんか?ここでは他の神々よりも、聖女様への信仰を持つ者が多いのです。ですから、心配はいりません。我々は仲間なのですから……」

「そ、そうですね」

と、その婦人の言うことを否定するようなことはしない方がいいように思えて、アルネ・ユウキは返事をした。

 ジェルス・ホプスキンは婦人の背後をよく見ようと首を伸ばした。見えたのは、どこかの貴族の館だった。そこには軍服を着た若い男性が立っている。

 三人はその婦人の指さした路地の奥の古い建物に案内されて入った。そこは喫茶店のような店で、客はそれほどいなかった。ただ、店の中に外の聖女『ラグマリア』像の小さなものが置かれていて、普通の店という雰囲気ではなかった。

「実は、私は息子の無事を祈願しに来たところなのです」

と、席に座るとその婦人は言った。

「息子さんの?息子さんはもしかして、軍人なのですか?」

と、ジェルス・ホプスキンは言った。

「ええ、そうです。よくわかりましたね」

 その婦人の息子の姿をじっと見ていると、帝国艦隊が基地から上昇していくのが見えた。息子はその艦隊にいるのだろう。だが、その映像をそのまま見ていると、突然ヘイダール要塞が見えた。現在の要塞だ。そこでバルザス提督と話をしている人物が見えた。

「私は、アルネ・ユウキと言います。あなたはこの帝都に住んでいる方ですか?」

「私は、マローネ・フェルラーと申します。帝都は初めてですか?」

「ええ。そのここは随分、その……」

「いいのです。帝都は変わってしまいました。一時は新しい皇帝陛下が即位されて、かなり良くなったのですけれど、どうした訳か近頃は妙なことばかり起きます」

 マローネ・フェルラーの声は大きくはなかったが、小さくもなかった。帝都ではこと皇室や皇帝に関する話題は、周囲の聞き耳を気にして小さな声でするものなのに、あまり気にしてはいないようだった。

「妙なこととはどんなことですか?」

「いえ、年寄りの繰り言です。ただ、通りのあの惨状は言い訳できませんね」

 それは、繁華街のあちこちに壊れた地上車が放置されている現状のことを指しているのだと思われた。

「帝都ではあまり地上車などないと聞いて来ましたのに、あれには驚きました。もしかして、あれは見せしめのために置いてあるのでしょうか?」

「まさか。古い時代ならいざ知らず、単に仕事の能率が悪い所為です。新しい皇帝陛下は前の歴代の皇帝とは違って、帝都にも宇宙文明の技術を用いるべきだとお考えなのです。それは正しいことだと、私は思います。ですが、どうも近頃は変なのです」

「変なのですか?」

「そうです。以前は本当に前王朝時代と違う、何と言うか規律の正しさと公正さがありましたが、近頃はどこか変なのです」

 マローネ・フェルラーは表現することが難しそうに、ともかく変なのだとしか言えないようだった。

「でも、私たちにそんなことを言ってもいいのですか?当局に告げ口するかもしれませんよ」

と、アルネ・ユウキが言った。

「あら、あなた方は大丈夫だわ。だって、……」

 途中で婦人が話を止めたのは、その店に別の二人の客が入ってきた所為だった。だが彼らは客ではなく、憲兵の軍服を身に付けていた。そして、店の中を睥睨するように見まわすと、一瞬アルネ・ユウキ達を見た。だが、それだけで、何も言うこともすることもなかった。そして、一人が、

「おい、店の主人は?」

と、バーの中にいた使用人らしき店番に言った。

「今、ちょっと外に行っています」

「ふん。ここは反皇帝派の集まりに使われているという噂がある。よく主人に言って置け。気をつけろとな……」

「まさか、うちは元から皇帝派です。よく調べてから言ってくださいよ!」

 反皇帝派などと言うレッテルを張られたら、この街ではやっていけなくなる。店番の使用人もそのことはよく知っていた。

「だが、ここにはあの路地の像の信者がよく来るのだろう。連中には注意をするようにと上から言われているのだ」

「ですが、あの像は聖女様の像ですよ。ご存じの通り、子供のある女性か子供を身ごもった女性が信仰することが多いのです」

「ふん。その中には反皇帝派の連中も隠れていると言うことだ」

「そんなことはありません。聖女様を信じるものは皆、平和を望んで居ります。ですから、地に乱を起こすような連中はおりません」

 店番は必至に主張していた。それがあまりにも必死過ぎるので、何だか妙な気がした。それはおそらく憲兵の方も同じ印象を抱いたのだろう。

「そんなに必死に言うところを見ると、何か後ろ暗いことがあるのではないか?」


442.

 そこへ、また一人入って来た者があった。

「あ、旦那……」

と、店番が言った。

「どうしたね?おやおや、これは憲兵隊の方々ですか。うちの店に何のご用でしょうか?」

「ふん。不審な客がいないか見て回っているのだ」

「うちにはそんな客などきませんよ。何しろ、聖女様の路地の店ですからね。ここには聖女様の光によって守られているのです」

 店の中を見回していた憲兵が、店の奥の方にいるアルネ・ユウキ達の方を見た。そして、店の主人と話をしていない方の一人が、つかつかとやって来た。

「お前たちは、どこのモノだ。帝都のこの町の者とも思えないが……」

と、聞いた。

「これはいつもご苦労様です」

と、マローネ・フェルラーが挨拶をした。

「お前はどこの者か。貴族か?」

「いえ、私はこの近くに住んでおります、平民の家の者です」

「そちらは?」

と、憲兵はアルネ・ユウキに尋ねた。

「私は旅行者です。路地にある聖女様の像を拝みに来たのです」

「ほう、旅行者か。何処の出身だ?」

「私は惑星ウルブルスの出身です。帝都からは少々離れておりますが、交易商人をしております両親に付いて帝都見物に来たのです。こちらは私の家の者です」

と言って、ゼフィア・シノンとジェルス・ホプスキンを指した。

「ほう、いつまで帝都にいるのか?」

「そうですね、父の仕事が終わるまでですから、数カ月はいる予定です」

「なるほど。で、どこのホテルに泊まっているのだ?」

「いえ、ホテルではなくて私の家に泊まっているのです。こちらのご両親とは知り合いで、帝都にいる間私どもの家に泊まることになっています」

と、頼みもしないのにフェルラー夫人は言った。

「それで、お前の名は?」

「私は、マローネ・フェルラーと申します」

「フェルラー?どこかで聞いたことがあるような……」

 思い出そうとして、憲兵はなかなか思い出せないようだった。

「恥ずかしながら息子は帝国艦隊に奉職しておりますの……」

「ほう、それは立派なことだ。後でお前の息子とやらを調べておこう」

と、まるで夫人の言葉を信用していない憲兵は脅すように言った。

「どうぞ、ご存分に。それで、何かご用でしょうか?」

 その時、もう一人の憲兵が慌ててやって来た。

「おい、もう行こう」

「何だ?どうしたんだ?」

 どうやらもう一人はこの店の主人に何かを言われたようだった。まるで引っ張るように同僚を連れて店を出て行った。

「どうしたのでしょう?」

と、不思議そうにアルネ・ユウキが言うと、

「さあ、何か急ぎの用事でも思い出したのでしょう」

と、とぼけてフェルラー夫人は言った。

 アルネ・ユウキは口には出さなかったものの、先ほどの憲兵の後ろに、この帝都に来た時に見たあの薄汚れた憲兵の霊が立っているのを見ていた。同じくゼフィア・シノンも見ていた。残念ながら、ジェルス・ホプスキンには見えなかったのだが。

「どうやら、あなたは私のお仲間のようね」

と、フェルラー夫人は一人で納得したように言った。

「何のことですか?」

「いえね、実は私はここでは疎まれる例の力を持っているのですよ」

と、声を潜めて夫人は言った。

「どういうことですか?」

「あなた方はどちらから来たのかしら?おそらく帝国の者ではないのでしょう?そうでなければ、おかしいわ」

「ごめんなさい。あなたの仰ることがわかりません」

「なるほど。やはりそうなのね。帝国でこの力を持っていることが分かれば、ただでは済みませんもの」

「そうなのですか?」

「帝国のそもそもの始まりからして、この力の弾圧をしてきたのですから……」

 そのことについて、ジェルス・ホプスキンは聞いたことが有った。帝国では、特殊な力を持つ者は怖れられ疎んじられ、迫害されるのが常だった。アルネ・ユウキも帝都に来るに当たって、その件については聞いていた。だが、昔はその弾圧が激しかったが、今はそれほどではないと考えていたのだ。

「ええ、このことは昔ほどではないのですけど、今もあるのですよ。だから誰にもこのことは言ってはならないのです」

と言いながらも、その力を持っているという夫人自身はそれほど不安を感じてはいないようだった。

「だから、私たちは聖女様に守られているのですよ」

「つまり、聖女様を信奉する人々の中にあなたのような方がいるというのですか?」

「まあ、そう言うことです。聖女様は病気や怪我を癒されました。そうした力もあるのです。そこから集まって来ているのです」

 それは初耳だった。ジェルス・ホプスキンは元新世紀共和国では聖女信仰の連中にそのような特徴があると言うのは聞いたことがなかった。だが、帝国ではそうなのだろう。かの国ではそれほど特殊能力者が迫害されることはなかったのだ。それは帝国に置いて迫害を受けていたからでもある。同じく迫害されて帝国を出て行ったと言うことで、仲間意識のようなものがあるのかもしれない。

「でも、あなたはそれとも少し違うのですね」

と、意味ありげにフェルラー夫人は言った。

 フェルラー夫人はアルネ・ユウキの中に何か自分たちとは違うものを感じていたのだ。

「間違っていたならごめんなさいね。もしかして、あなたは魔法使いなのかしら?」

 すぐに返事はしなかった。夫人が本当に自分たちにとって味方なのかわからなかったからである。だが、思い切ってアルネ・ユウキは言った。

「そうです。私は魔法使い、ガンダルフの魔法使いです」

「ガンダルフ……。どこかで聞いた事があるわ。懐かしくもある……」

 遠い目をしてフェルラー夫人は言った。古い記憶を思い出そうとしているように見えた。

「ガンダルフ、そんな惑星の名を聞いたことがあるわ。昔、そうずっと昔のことだけれど。それに、竜のこともあるし……」

「竜?」

 ドキリとして、アルネ・ユウキはゼフィア・シノンと顔を見合わせた。

「竜と言うと?」

「軍の人達は気づかなかったようだけれど、私にはわかったわ。昨日、貴族の館のある区域に竜が現れた。遠くからだったけれど、大きな竜だったからわかった。あんなもの、突然あのような場所にどうして現れたのかしら?もしかして、最近の妙な感じは竜の現れる兆候だったのかしら?でも、あんな竜、どこに居たのかしら。現れたと思ったら、しばらくしてまた突然消えてしまったけれど、確かにいたのはわかるのです」

 そこへ、この店の主人がやってきた。アルネ・ユウキ達に軽く会釈をすると言った。

「フェルラー夫人、どうも近頃は軍の方もおかしくなってきましたね」

「そうね。あの妙な空に浮かぶ髑髏のような忌まわしいものの所為なのかしら?」

「あなたにあれが見えるのですか?」

と、驚いてアルネ・ユウキは言った。あれが見えるのは、白魔法使いでもかなりの力を持っていなければならないはずだ。

「あなたにも見えるのね。でも、あれは誰にでも見えるのではないのでしょう?」

「それは、……」

「どうも、あのジェグドラント伯爵家の失踪事件以来、帝都はどんどんおかしくなって行っているように思えるのですよ」

 ジェグドラント伯爵家と聞いて、ゼフィア・シノンとジェルス・ホプスキンはアルネ・ユウキを見た。彼らは現在ヘイダール要塞に居るのだ。

「本当に、彼らはどこに行ってしまったのでしょうね。それとも、骨も残らないほどひどい目に会ったのかしら……」

「あの、そのジェグドラント伯爵と言うのは?」

「ジェグドラント伯爵は帝国でも由緒ある伯爵家なの。それがどうしてこんなことになったのかわからないのだけれど、皇帝陛下の逆鱗に触れて、一度は男爵に降格になったのだけれど、爵位をはく奪されて、しかも帝国軍に追われて行方をくらませてしまったらしいのよ」

「その理由はわからないのですか?」

「そうね。推測できるとしたら、伯爵家の末子のベルンハルト・ジェグドラント、いえ彼は伯爵家から勘当されたから、ベルンハルト・バルザスと言うのだと思うけれど、その彼があの大逆人の部下だったと言うことに原因があるということかしらね……」

「大逆人と言うと……」

「彼の上司だった、ダールマン元帥のこと。何でも皇帝暗殺未遂事件を起こして、しかも帝国軍の追討を受けて死んだとされていたのに、実はどこかで生きていたのですって。彼はその元帥の所に今でもいると言うのよ。それで、ジェグドラント伯爵家の所に追及が及んだと言われているわ」

「はあ、でもその本人は勘当になったのではありませんか?」

「そうなのだけれど、実はその前に皇帝陛下の姉君の失踪事件があって、それにもダールマン元帥が加担していたと言う噂もあって、皇帝陛下が大変なお怒りだったそうよ。もっとも私が聞いたのはみな噂なのだけれど……」

「つまり、それを全部、その元帥の所為にしたということですか?」

 しかも、元帥に負わせた罪をまたその部下にかぶせたような具合である。本来ジェグドラント家が罪をかぶるようないわれはなかったのではないか、と思われるのだ。

「そういうことね。でも真実はどうなのかわからないけれども……」

「そうですね」

 フェルラー夫人も店の主人も困ったようにため息をついた。


443.

 フェルラー夫人は不思議な人だった。

 と言っても、魔法使いでしかもドラゴン・スレイヤーであるアルネ・ユウキと比べてではなく、帝国の人間として少々変わっているという意味である。本人自身、帝国では忌まれている特殊能力を持っていると知っているだけではなく、何かほかに秘密があるらしい雰囲気なのだ。それに、アルネ・ユウキ達を自分の家に招いた。見知らぬ旅の者を招くなど、帝国の者なら普通はしないものだと聞いている。そんなどこの馬の骨ともわからない人物を家に呼ぶと、憲兵の捜索を受けるかもしれないし、どんな嫌疑を受けるかもしれないと考えて、そうした行いはしないのが当たり前だという。しかもこんな時節にだ。自分が何に疑われてもかまわないようだった。

「本当にいいのですか?」

と、逆に心配してアルネ・ユウキは言った。

「もちろんですよ。悪いことをしているのでもないのに、誰にはばかることがありましょうか?」

「でも……」

 もっともアルネ・ユウキ達もヘイダール要塞にいるあのフェルラー提督と関係のありそうな人なので、あまり気乗りはしなかった。年からいえば、おそらく彼女はあのフェルラー提督の母親に当たるのではないかと思ったのだ。

 フェルラー夫人の家は貴族の邸宅外の近くにあった。ただその外側にある、平民でも富裕な階層の者が多く住む一帯で、その敷地は貴族の家よりも狭いものの、その家は立派なものだった。

「貴族ではないのですよね……」

「ええ。そうですよ。祖父の代で巨富をなして、ここに邸宅を構えたのです。もっとも今はその遺産もほとんどなくて、この家だけなのですけれども……」

「でも、ご子息は帝国軍人だそうですよね」

「ええ。あまり人には言えませんが、士官学校を出ましたので、まあまあの出世をしているようです」

 帝国では軍人になるために入る士官学校や幼年学校は貴族や金持ちの子弟しか入れないと聞いている。少なくとも、フェルラー家は金持ちに入るらしい。

「そのご子息のことで何か不安でもあるのですか?」

「いえ、軍人ですから危険な任務にあたることもあるでしょう。それはわかっています。ただ、私にできることはあの子の無事を祈ることなのです」

「きっとご無事でしょう」

「だといいのですけれど……」

と、フェルラー夫人は不安を覗かせた。

「何か、不安になる情報でもあるのですか?」

「いえ、単なる私の勘です。あの子が何か、困ったことに巻き込まれているような気がするのです。私の勘はあたるのですよ」

 アルネ・ユウキは何とも答えることはできなかった。もちろん、フェルラー夫人もその答えを彼女に期待しているわけではなかった。


「クシュン!」

と、ウルブル・フェルラー提督がくしゃみをした。その姿は魔法によって変えられているので、見ただけでは彼が銀河帝国のウルブル・フェルラー提督だとはわからなかった。それは一緒にいるアルトラス・ヴィル提督も同じだった。

「あら?大丈夫ですか」

と、ナンヴァル人のマグ・デレン・シャが言った。

 そこは帝都ロギノスから遠く離れた、銀河帝国が建設したヘイダール要塞だった。今は宇宙都市ハガロンの元ナンヴァル連邦大使マグ・デレン・シャのいる宿舎だった。そこは本来ベルンハルト・バルザス提督――すなわち銀の月の宿舎であるのだが、政治亡命をしたナンヴァルのマグ・デレン・シャの面倒を見ていることになっているのだ。

「いや、何でもない」

「でも、かぜでも引いたらいけません。医療室へ行ったほうがいいのではありませんか?」

「きっとどこかで、私の噂をしているのでしょう」

「まあ、そんな例えがあなたの国にもあるのですか?ナンヴァルにも似たような表現がありますけど……」

 ナンヴァル人のマグ・デレン・シャのいるこの銀の月の宿舎には彼ら帝国軍人の他、グーザ帝国の捕虜もいたし、ナルゼンの連中もいた。彼らにはここが何となく居心地がよく、いつの間にかたまり場になってしまっていた。

 ウルブル・フェルラーやアルトラス・ヴィルはヘイダール要塞に連れてこられて、すでに数か月になるのだ。いつ元の状態の艦隊と帝国に帰れるかわからない。あまり長く帝国を留守にすると何か疑われるような状況になるとも限らず、近頃は前よりも鬱々としていた。

「我々は別にこの要塞を攻撃するような気もなかったのだし、そろそろ戻してくれてもいいのではないか?」

と、ウルブル・フェルラー提督は言った。

「そうですね。あまり長く黙って母国に連絡をせずにいるのも、よくありませんね。レギオン殿に話をしてみたらどうでしょうか?」

「レギオンンに?あのリイル・フィアナではなくて……」

「リイル・フィアナは別に悪気があったわけではないのです。あなた方を助けるためにやったことなのですわ」

と、マグ・デレン・シャは言った。あの時、この二人の提督はグーザ帝国の艦隊とすんでのところで鉢合わせするところだった。もしそうなったらかなりの被害が出たと思われるのだ。何しろ、銀河帝国はグーザ帝国については何も知らないのだ。したがって、彼らの持つ戦力、つまり武器などの情報がないため、かなり危なかったのである。

「それは、もちろんわかっています。感謝もしています。ですが、あまり長くこの状況でいることは困るのです」

と、アルトラス・ヴィル提督も言った。

「ですから、レギオン殿に話をするのがいいと思うのです」

 とはいえ、ウルブル・フェルラーとアルトラス・ヴィルにとってレギオン、すなわちダールマン提督は彼らの母国である銀河帝国にとっては大罪を犯した大逆人であるのだ。そのため、ヘイダール要塞にいてもほとんどレギオンとは話などはしたことがない。しかし、いずれはそれが必要になってきそうだった。もし、銀河帝国に帰りたければ。

「やはり、あのことが気になるのでしょうか?」

「あのこと?」

「私が聞いたところでは、レギオン殿は銀河帝国においては大逆人だとか、それで聞きにくいのではありませんか?」

 確かにそうなのだった。だが、それだけではない。ウルブル・フェルラーもアルトラス・ヴィルも相手がガンダルフの魔法使いであるということを聞いて、何となく以前のダールマン提督とは違うような気がして、会いづらいということもあるのだ。大逆人ということだけでも躊躇するのに、さらに魔法使いときては相手がどんな反応を示すかわからないということだ。もう、彼らの知っているダールマン提督ではないということだけではないのだ。

「でも、ほかに方法はないのではありませんか?もし、あなた方で会いにくいというのなら、私が会いに行きましょうか?」

「いえ、そんなことをあなたにしていただくことはできません」

 二人は観念することに決めた。これ以上マグ・デレン・シャの手を煩わすことはできない。これで彼女はかなり思い切ったことをする人物なのだ。


 ダールマン提督、すなわちガンダルフの五大魔法使いの一人『大賢者』レギオンは、ヘイダール要塞の司令室に普段はいた。だが、彼の本拠地は本来『レギオンの城』と呼ばれる領域にあるのだった。ただ、現在はヘイダール要塞と『レギオンの城』が結合工事を終えたので、その本拠地はヘイダール要塞でもある。ただその中のどこにいるかとなると、誰も知らなかった。

 そして、 一人、ゼノン人魔術師マルカイダ・ルノイはヘイダール要塞の中で『大賢者』レギオンに会うために、彷徨っていた。彼を置いて帰還してしまった艦隊は、彼にとってはもうどうでもよかった。彼の目的は自らの魔法にさらに磨きをかけることだった。純粋にかつ全身全霊を持って、ガンダルフの古代魔法を彼は求めていた。ゼノン人にとっては、それは非常にまれなことだった。彼らにとっては、出世と富を得ることが人生の目的である場合が多い。だが、彼としては以前はともかく、『大賢者』レギオンがいると聞いて、ガンダルフの魔法を得ることに夢中になってしまったのだった。



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