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最果ての夜

腕っぷしの強い聖女とクソ真面目聖者のお話第二回です。二人で一人前の聖女と聖者に、仲間が増えます!

「まあまあ、こんな辺境に聖者様がいらしてくださるだなんて……粗末なものですが、たんと召し上がってくださいね」

 『エラ』と名乗った村の女性が、ニコニコ笑いながら、ヘンリックにスープを注いでくれた。

「せっかくご用意くださったものが、粗末であるはずがありません。有り難く頂きます」

 ヘンリックはエラに頭を下げる。今夜のメニューは黒パンにケールとエンドウ豆のスープ、それにニシンの煮込みだ。食堂には先ほど会議した大人四人と、教会が預かっているという男女様々な歳の子供たちがいた。バムセの飼い主のトーマス少年はいなかった。彼には暮らす家と家族があるそうだ。

「こうして村の女性が交代で食事の世話をしに来てくれるのさ。教会にはあたしと司祭様しか大人がいないからね」

 食前の祈りが終わると、ラウラが黒パンを千切りながら言った。

「あたしの料理の腕なんぞ酷いもんだし、そもそも傭兵だからね。仕事で空けることも多いのさ」

「そうなのですね」

 ヘンリックはラウラに倣って黒パンを千切り、口にする。食べたことはあまりなかったが、ライ麦パン特有の酸味があった。食感は重く、丁寧に咀嚼していると、ラウラは黒パンをスープに浸した。そしてそれを美味そうに口にする。

「聖者様はこんな真似はしないんだろうが、黒パンはこうすると喉を通りやすいのさ」

 ラウラがニヤッと笑う。一口目を呑み込んだヘンリックは頷いた。

「では、私も『最果て風』に頂きましょう」

 パンをスープに浸してみると、優しい味のスープが浸みて、確かに格段に喉を通りやすかった。

「なるほど、美味しいものですね」

「ヘンリックさんは堅苦しいようでいて、こういうところが素直だよね……」

 ラウラが感心している。王都の教会で食べていた白パンや、銀の食器はここにはなかったが、大勢で言葉を交わしながら食事をするのは、なかなか良かった。


 食事が終わると、子供たちが立って木の食器を集め始めた。どうやら食器や鍋を洗うようだ。エラも立ち上がって身支度をしている。そして女の子の一人と手を繋いだ。教会の子かと思っていたが、どうやらエラの娘らしい。

「じゃあエラ、家まで送るよ」

 ラウラが軽い調子で立ち上がった。

「ラウラ、悪いね」

「夜道は危ないよ。エラはあたしにできないことをしてくれたんだから、あたしもできることをして返さないとね」

 それを聞いたヘンリックも立ち上がった。

「私も参ります。これでも聖騎士の端くれでありました。余程の魔物でもなければ、負けないでしょう」

 ラウラは声を立てて笑った。

「護衛が多すぎる気もするが、いいだろう。ヘンリックさんも最果ての村に慣れないとね!」

 ヘンリックの持つ装備はラウラが死体から奪った剣一本だ。それでも、食事への感謝の気持ちと、無力な村人を守らねばという思いがあった。それにラウラが言うように、最果ての地の穢れの状態も見ておきたい。

「聖者様まで本当にありがたいですよ! 旦那は出稼ぎなんです」

 エラはヘンリックを拝みそうな勢いで言った。

「小さなお嬢さん、あなたのお名前は?」

 ヘンリックが柔らかく訊ねると、エラの娘は「ケーテ……」と小さく答えた。

「それではケーテ、母上のお手を離さないようにしてください。エラ殿、ラウラ殿、参りましょうか」


「ハンセンのところのトーマス坊と犬の穢れを祓ってくだすったそうじゃないですか! こんなに嬉しいことはないですよ! 聖者様はやっぱり本物だったって、噂で持ちきりですよ!」

 雲の流れが早く、月が出たり隠れたりする。ランタンを手に、四人はエラの家に向かって歩いていた。

「恐縮です。聖者とおっしゃいましたが、本当は私一人の力ではなかったのです。いずれご説明いたしますが、きっと今後、教会は穢れを祓うことのできる場になるでしょう」

「ますますありがたいねぇ!」

 エラはケーテの手をしっかりと握り、空を見上げた。

「今日の風向きが東で良かったですよ……私らが怖いのは、北西の風なんです」

「闇の森ですか……」

 ヘンリックが言った。

「聖者様もご存じなのですね」

 エラはケーテと繋いでいない方の手で、スカーフをかき寄せた。

「私にゃ難しいことはわかりませんが、北西の風が吹くと、いやーな感じになりますよ。とにかく、教会があって良かったです。あそこに逃げ込めば、なんとかなりますしね」


 二人を無事に送り届け、ヘンリックとラウラは教会へ戻る道を歩いていた。

「どうだい? その……この村の「穢れ」とやらは」

 ヘンリックは周囲を見回した。

「東風が強いせいか、薄くぼんやりとしか見えませんね。穢れによる健康への影響を、心配するほどの瘴気濃度ではないでしょう」

「そうかい、まずは良かったよ」

 ラウラはホッと息をついた。

「気になることがあります。バムセとトーマス君が穢れを受けた理由が知りたいのです。今日の大気中の穢れの濃度は、高くはなかったのですから」

「確かに気になるね。明日ハンセンの家を訪ねてみようか」

「一緒にお越しいただければ助かりますが、ラウラ殿はお仕事があるのではないですか?」

 ラウラは戦槌を担ぎ直し、豪快に笑った。

「傭兵稼業は働いたり待ったりさ! 急ぎが入らなけりゃ、しばらく暇だ。アンタを助ける代わりに、手合わせでもできたらありがたいね。この村には私の相手になる者はもういないんだよ!」

「手合わせしていただけるのは光栄ですが、恐らくラウラ殿は私よりも遥かに強い気がします……」

 ヘンリックは正直に言った。


 教会に戻ると、食卓は片付いていた。子供たちの姿もない。遠くから賑やかな声が聞こえてくるので、部屋で遊んでいるのだろう。ポウルセン司祭が穏やかに二人を待っていた。傍にはダニエルもいる。

「夜の祈りをいたします前に、ダニエル様がお二人におっしゃりたいことがあるそうです」

 ダニエル・ラーセンは立ち上がると、ヘンリックとラウラに深く頭を下げた。

「リンドベルグ様、 ラスムッセン様、お二人に死んでいた命を救われ、また、お二人が紛れもない聖者様と聖女様であったこと、さらには今日の様々なお振舞いを拝見するにつけ、感嘆して止みませんでした」

 ヘンリックもラウラも目を丸くした。

「私は護送隊の隊員でしたが、襲われた理由も何もわかりませんでした。このまま王都に無事に戻れたとしても、この身がどうなるかはわかったものではございません。どうか、お二方の従者としていただけないでしょうか。我が身可愛さはあるかも知れません。ですがお二方に心底仕えたいという気持ちも、紛れもない本心です」

 そして再び頭を下げた。ヘンリックは首を振った。

「私はすべての財産を召し上げられ、身一つで最果てに送られました。禄もなく、ただ温情で教会で寝食を与えられているに過ぎません。あなたの給金すら払えないのです」

 言うと、ダニエルはさらに声を高めた。

「給金などなくて構いません。ポウルセン司祭は、この教会で、貴方様同様、寝床と食事をお与えくださるそうです。どうかこの私を、お傍に置いてくださいませ。私には待っている家族もないのです」

 ラウラが首を傾げ、一歩前に出た。そしてジロジロとダニエルを見る。

「剣はそこそこ使えそうだね」

「はい、お二方には遠く及ばずとも、使うことならできます」

 ラウラは目を細める。

「アンタ、傭兵の仕事で稼いだらどうだい」

 ダニエルは目を丸くした。

「ラウラ殿ならともかく、私に務まるでしょうか?」

「アンタにもできそうな仕事を選べばいいのさ。あたしもできるだけついて行ってやろう。二人でヘンリックさんを養ってやろうじゃないか!」

「そ、そんなに上手く行くでしょうか……!?」

 とは言え、ダニエルは満更でもなさそうな顔をしている。

「わ、私を養うなど……お二人はそんなことをしてくださらなくても良いのですよ!」

 ヘンリックが慌てると、ラウラがヘンリックを指さした。

「闇の森。アンタはいずれ、闇の森を調べたいと思ってるだろ」

「そ、その通りではありますが……」

 するとラウラは声を立てて笑った。

「そーんな貧弱な装備で、どうやって魑魅魍魎蔓延る闇の森に入る気だい! あたしとダニエルがしっかり稼いで、立派な装備を調えてやるよ!」

 ヘンリックはその勢いに呑まれるように頭を下げた。

「ありがとうございます……! 私もこの教会でお勤めを果たしつつ、穢れについて研究することにいたしましょう」

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