最果てでの決意
読んでいただきありがとうございます。続きを書きました。朝の教会での出来事から始まります。
聖職者の朝は早い。ポウルセンとヘンリックは夜明けとともに目を覚まし、朝の祈りを捧げていた。すると礼拝堂のドアが開き、白い光の中、ラウラが入ってきた。戦槌こそ持っていなかったが、鎧や毛皮を身に纏っている。
「祈りは終わったようだね?」
「はい、今終わりましたよ」
ポウルセン司祭が穏やかに答える。
ラウラは頷くと、二人の傍まで来た。
「ヘンリックさん。アンタが襲撃を受けた場所は綺麗に片付いていた。馬車も死体もなにもかも、跡形もなしだ」
ヘンリックは目を瞠った。
「申し訳ございません……!」
ダニエルが頭を下げる。ここは昨日も大人たちが集まって会議をした部屋で、ラウラの報告を受けて、皆が集まったものだ。
「私としたことが、ラウラ殿に同行すべきところを、呑気に寝ていて……!」
「よく寝ていたから起こさなかったのさ。あれだけ血を流したんだから。アンタの今の仕事は元気になることだ」
ダニエルは恐縮してまた頭を下げる。
「ラウラ殿、現場を確認していただきありがとうございます。私など、そのようなことは思い至りもせず……」
ヘンリックが言うと、ラウラは笑った。
「なーに、ヘンリックさんが使えそうな装備やら何やらが落ちてやしないか見に行ったんだよ! 今回はかなり組織立った襲撃のようだね。これ以上追うことはできないだろう」
ヘンリックとダニエルが考え込んだ。そしてダニエルが挙手する。
「私ども護送隊は、襲撃を受ける想定ではなかったと考えます。隊服に帯剣はしておりましたが、危険な任務なら聖騎士が護送したでしょう」
「私を葬るために教会が警備を薄くし、そこに別働隊で襲撃をかけた可能性はあると考えます」
ヘンリックが硬い表情で言った。
「殺されるほど教会に恨まれてるのかい!? ヘンリックさんが何をしたって言うんだよ!」
ラウラが怒りを込めて言った。ダニエルも拳を握りしめている。
「民間伝承では『聖人が生きている限り、次の聖人は生まれない』といったものがあるそうです。教会が私を殺そうとした理由があるとすれば、それでしょうか」
「そんな理由で……!」
「ラウラ、それは迷信です。我が国や他国の歴史を紐解けば、数代にわたって聖者、聖女たちが協力し合った記録はいくらでもありますよ」
ポウルセンが穏やかに言った。
「私も教会がそこまで愚かしいとは思いません。左遷した無力な修道士を殺して何になりましょう。今回はどこか別の組織が私を狙ったものと考えます」
「ヘンリックさん、アンタはどんな人生を送ってきたんだい……!」
ラウラが堪らぬ様子でテーブルを叩いた。
「ラウラ殿、貴方が聖女様であるとわかっても、私は王都の教会に引き返しませんでした。大聖堂は権謀術数の坩堝です。もし王都に行くのなら、二人で聖者と聖女としての力を存分につけてから、名乗り出ることといたしましょう」
ヘンリックは少し凄みのある笑みを浮かべた。
子供たちが起き出し、朝食になった。ポウルセン司祭が大麦の粥を炊いているので、慌ててダニエルとヘンリックも手伝った。ラウラは子供達と一緒にお茶を淹れている。
「全員揃いましたね。それでは、食前の祈りを」
子供も大人も等しく祈り、そして朝食が始まった。メニューは薄い大麦の粥、カモミールのお茶、昨夜残った黒パンだ。
「ヘンリックさん、粥はこう食べるのさ!」
ラウラは固くなった黒パンを千切り、粥に浸した。
「成程。これが『最果て風』ですね」
ヘンリックがすぐに従い、ダニエルもそれを真似た。カモミールの茶を飲むと、心が落ち着くようだ。
「子供たちはこの六人ですか?」
ヘンリックがポウルセンに訊ねた。
「そうです。この地で頼る者のない子をお預かりしています。養子に出したり、大きい子は畑を手伝ったりもするので、増えたり、減ったりです」
「そうですか……読み書きなどは教えていますか?」
「はい。ただ、私も様々な執務があるため、なかなか子供達を見る時間を取れません」
ヘンリックが頷いた。
「何の役職もない私は、ポウルセン殿よりは時間が取れるでしょう。早速、今日から始めてみましょうか」
「助かります! 」
「今日はじしゅうじゃないのー!?」
「聖者様、じしゅうにしよう!」
子供達が騒ぐのに、ヘンリックは微笑した。自分もこんなふうに、普通の学びをしたかった。もっとも、幼少期から厳しく教育されたことに関しては、今は親や教会に感謝している。
一番後ろの席にラウラとダニエルが並んでいた。ラウラが手を振ってくるので、笑ってしまう。
「それでは、始めましょう。私はヘンリック・リンドベルグ、王都から派遣されてきた者です。『穢れ』についての専門家です。そこの一番小さい君より小さな頃から、穢れについて勉強してきました」
子供たちの目が丸くなった。
「穢れは恐ろしいものですが、普通の人の目には見えません。穢れがつくと、気分が悪くなったり、病気になったりします。それはポウルセン司祭にも癒せません。穢れがついた畑は、土を入れ替えないと、正常な作物は育ちません」
子供たちがザワザワする。そのうちの一人が手を挙げた。
「聖者様、でもね、けがれにやられた人やかちくは、教会に来てようじょうすればなおるよ! だからおれたちはみんなそうしてるの!」
ヘンリックは少し驚いたが、これは自分の知識で説明可能なことだ。
「穢れによる病気は、時間が経つと軽くなっていきます。それは穢れのない場所でなくてはなりませんが、この教会がとても清浄なのでしょう」
このことにはなにか理由がありそうだ。後でポウルセン司祭と話してみようと思う。
「何故、穢れが生まれるのかご存知の方はいますか?」
すると子供たちは視線を交わし合い、そのうちの一人の女の子が手を挙げた。
「にしかぜや、きたかぜが、けがれをつれてくるの。けがれは闇の森から来るのよ!」
ヘンリックは頷いた。
「そうです。穢れはほとんどが大魔術時代に生み出されたもの。時が経てばなくなりますが、アウォアレンではそうではありません。四百年前に終わった大魔術時代のことはご存知ですか?」
子供たちはザワザワし、「すごくむかし……」などという言葉が聞こえた。感情が昂ってきたヘンリックは、教室の中をコツコツと歩く。
「闇の森を穢しているのは、大魔術時代に作られた、魔力製造機の残骸です。それが未だに止まることなく、穢れを吐き出し続けているのです」
ヘンリックは少し声を大きくした。
「闇の森を北西に望む、最果ての地はまさにアウォアレンを蝕む穢れの最前線。私はここに送られたことを、神のお導きだと思っています」
その場にいた者たちが、子供も大人も、皆息を呑んだ。




