9話 最弱、見栄を張ってゴブリンに挑む
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「おすすめ、ですか……」
受付嬢は一瞬だけ考えるように視線を落とし、それからゆっくりと掲示板へと目を向けた。
いくつも貼られている依頼の中から、一枚を選び、指先で軽く叩く。
「今のハジメさんでしたら——こちらが良いかと」
差し出された紙を受け取る。
「ゴブリン討伐……」
その文字を見た瞬間、ハジメの中で何かが引っかかった。
(いやいやいや)
内心で即座にツッコミが入る。
(スライムの次がゴブリンって……急に順当すぎない?)
確かに、異世界的には正しい流れだ。
スライムを倒した初心者が、次に挑む相手としては、これ以上ないほど“ありきたり”な選択。
だが——
(いや、俺の中ではまだスライムも安定してないんだが?)
六体倒したとはいえ、あれはほぼ運と勢いと泥のおかげだ。
正面から戦って勝ったわけではない。
(てか、あれ普通に死にかけてたよな俺)
今思い出しても、背中にじわっと嫌な汗が浮かぶ。
「……ゴブリンって、どれくらい強いんですか?」
できるだけ冷静を装って聞く。
「スライムよりは上ですね」
「ですよね」
即答されて、逆に安心する。
「ただし、単体であれば今のハジメさんでも対応可能かと」
「単体なら、ですか」
そこを強調されると、一気に不安が増す。
「複数だと?」
「……おすすめはしません」
「ですよねー」
分かっていた。
分かっていたけど、ちゃんと言われるとやっぱり怖い。
(いや普通に無理じゃね?)
心の中で本音が漏れる。
(スライムより強くて、武器も持ってて、しかも動き速いんだろ?)
冷静に考える。
(勝てる要素どこ?)
見当たらない。
ほんの少し前、自分はこう思っていたはずだ。
——無理はしない。見栄も張らない。
(……うん、そうだよな)
それが正解だ。
この世界は甘くない。
無理をすれば、普通に死ぬ。
(だったらスライムでいいじゃん)
安全に、確実に、少しずつ強くなる。
それでいいはずだ。
なのに。
なぜか——
「……それ、受けます」
口が勝手に動いていた。
「え?」
受付嬢がわずかに目を丸くする。
「ゴブリン討伐、受けます」
自分で言っておいて、自分で驚く。
(いや待て俺!今なに言った?)
勝てる気、ゼロだったよな?
(無理しないってさっき言ったよな!?)
言った。確かに言った。
(見栄張らないって決めたよな!?)
決めた。数秒前に。
(なんで受けてんの!?)
完全に矛盾している。
だが、その理由も分かっていた。
そう。——視線。
周囲から、なんとなく感じるもの。
(昨日のやつ、みたいな目してるよな)
スライム六体討伐。
それが、少しだけ評価されているのか?
うん。なんか違う気持ちするが多分評価されてる。
そのなかで、ここで「やっぱやめます」って言ったらどうなる?
簡単に想像できる。
(あー、あいつビビったなってなるよな)
それが嫌だった。
(いや別にいいじゃん、ビビっても)
頭では分かっている。
命の方が大事だ。
(でもさ……)
ほんの少しだけ、意地があった。
(昨日ちょっと褒められて?調子乗ってるよな俺)
自覚はある。
(でもここで逃げたら、なんか負けた気するんだよな)
誰に対してなのかは分からない。
周りか、自分か、それとも——
「……分かりました。ではこちらの依頼を登録しますね」
受付嬢の声で現実に引き戻される。
「……お願いします」
もう後には引けない。
(……やっちまった)
心の中で、静かにそう呟いた。
ギルドを出る。
手には槍。
そして新たに加わった“ゴブリン討伐”という現実。
(……なんで受けたんだろうな俺)
歩きながら、何度も同じことを考える。
(いや理由は分かってるけどさ)
見栄。
それ以外にない。
(クソみたいな理由だな)
自分で言ってて悲しくなる。
空を見上げる。
(今からでもやめるか?)
一瞬、本気で考える。
(いやでも……)
首を横に振る。
(もう受けちゃったしな)
ギルドで名前も登録された。
今さら「やっぱ無理です」は、さすがに格好がつかない。
(……ほんと、何やってんだろ)
ため息が出る。
それでも足は止まらない。
(でもまあ……)
槍を握る。
(やるしかないか)
結局そこに落ち着く。
森の入り口に立つ。
昨日と同じ場所。
だが、感じる空気はまるで違っていた。
(スライムのときより、怖くね?)
はっきりと分かる。
緊張の質が違う。
(相手が“ちゃんと戦ってくる”ってだけで、こんなに違うのかよ)
喉がわずかに乾く。
「……帰りたいいやマジで帰りたい」
だが。
「……行くか」
小さく呟いてやっと一歩踏み出す。
ザッ。
枯れ葉が音を立てる。
(やめろこの音、心臓に悪い)
さらに進む。
(落ち着け……単体ならいけるって言ってたよな)
その言葉だけを頼りにする。
(単体なら……単体なら……)
念仏のように繰り返す。
そのとき。
ガサッ。
「……っ!」
音。
(来たあああああああ!!出ました!!)
心の中で絶叫。
反射的に槍を構える。
(ちょっと待て心の準備が!!)
そんなもの関係ない。
茂みの奥から、影が現れる。
小柄な体。緑色の皮膚。濁った目。
そして手には、ナイフ。
「……マジでいた」
ゴブリン。
ありきたりな存在。
だが、目の前にすると——
(全然ありきたりじゃねぇだろこれ!!)
リアルすぎる。てか怖い!
視線が合う。
「……」
「……」
短い沈黙。
(どうする?どうする俺?)
頭の中が一気に忙しくなる。
(逃げる?いや無理。戦う?いや怖い。突く?当たる?知らん)
結論が出ない。
その間に——
ゴブリンが動いた。
「うおっ!?」
地面を蹴る音と同時に、距離が一気に詰まる。
(速っ!!まって聞いてない!!そんな顔でこんなに早いの?!)
反射で槍を突き出す。
「うおおおお!!」
だが空振り。
「当たらねぇ!?」
ゴブリンは体をひねって回避し、そのまま懐へ。
「近っ!!」
ナイフが振られる。
ヒュッ。
「危なっ!!」
ギリギリで避ける。
(いや無理無理無理!!)
頭の中でパニックが起きる。
(なんで受けた俺!?)
さっきの自分を殴りたい。
距離を取る。息が荒い。
(落ち着け……)
必死に自分を落ち着かせる。
(リーチはこっちが上だろ)
槍を見る。
(近づかせなきゃいい)
それだけ。
(それだけなんだけど……)
ゴブリンが再び踏み込む。
(来る!!)
今度は目で追う。
(タイミング合わせろ……!)
そして——
(今だ!!)
突く。
ドスッ。
「……え?」
手応え。
槍の先が、確かに当たっていた。
ゴブリンの動きが止まる。
「……当たった?」
遅れて理解する。
(……いける?これいけるぞ!!)
恐怖の中に、ほんの少しだけ別の感情が混ざる。
「……いけるぞ、これ」
小さく呟く。
最弱。
チートなし。
見栄で受けた戦い。
それでも——
ハジメは今、確かに“戦えていた”。
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