8話 最弱、ギルドで現実と向き合う
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槍というものは、不思議な存在だとハジメは思った。
昨日までの自分には、縁もゆかりもなかったはずのそれが、今は当たり前のように右手に収まっている。
細い木の柄に、申し訳程度に取り付けられた金属の穂先。
決して立派とは言えない、どこにでもありそうな安物の武器。
それでも“武器”である以上、確かにそこには重みがあった。
ただの木の棒とは違う、何かを傷つけるための道具としての重さ。
そしてそれを、自分が持っているという事実。
と、ちょっと語ってみましたがもうしばらくお付き合いください。
朝の空気は、どこかひんやりとしていた。
街はすでに動き出しているものの、昨日の昼間のような騒がしさはなく、どこか穏やかな時間が流れている。
行き交う人々の足取りも落ち着いており、その中をハジメはゆっくりと歩いていた。
(……なんか、それっぽいな)
ふと、そんなことを思う。
槍を肩に担いで歩く自分の姿は、少なくとも昨日の“泥と石で戦っていた男”よりは、だいぶ冒険者らしく見えるはずだ。
(いやまあ、中身は変わってないんだけどな)
苦笑が浮かぶ。
ステータスは上がったとはいえ、まだまだ低い。
戦い方だって、正直言って洗練されているとは言い難い。
(てか俺さ……)
思考が、自然と昨日の戦闘へと向かう。
(あれ、よく生きてたよな)
改めて振り返ると、かなり無茶をしていた気がする。
水に沈め、泥にハメて、石で崩して、最後は踏みつける。
(いや戦い方どうなってんだよ)
自分でやっておいてなんだが、あまりにも原始的すぎる。
(普通こう……剣でズバッとか、魔法ドーンとかあるだろ)
頭の中に浮かぶのは、これまで見てきた異世界ものの主人公たちだ。
華麗に剣を振るい、強大な魔法を操り、敵を圧倒する。
(なんで俺だけ泥試合してんの?)
現実との差が激しすぎる。
(いやまあ、チートない時点で察しろって話か……)
小さく息を吐く。
与えられたステータスは、すべて1からのスタート。
スキルもなければ、特別な力もない。
(でも、昨日は勝ったんだよな)
その事実だけは、確かだった。
泥臭くても、かっこ悪くても、結果としては勝っている。
(……まあいいか)
そう思うことで、少しだけ気が楽になる。
視線の先に、見慣れた建物が見えてきた。
冒険者ギルド。
昨日、自分が初めて足を踏み入れた場所。
「……よし」
小さく呟く。
(今日はもうちょいマシに見えるよな……?)
昨日は完全に初心者丸出しだった。
泥だらけで、動きもぎこちなく、いかにも頼りなさそうな雰囲気を出していた自覚がある。
(頼むから変な目で見られませんように)
わりと本気で祈る。
扉を押し開ける。
重たい木の扉が、ギィ、と音を立てて開いた。
中は、昨日と同じように賑わっていた。
テーブルで談笑する者、依頼書を見比べる者、装備の手入れをしている者。
それぞれが自分の時間を過ごしている。
その空間に足を踏み入れた瞬間、ほんのわずかに視線が集まった。
「……あ」
昨日見た顔が、いくつかある。
「昨日のやつじゃね?」
「スライム六体倒したって……」
ひそひそとした声が耳に届く。
(いやちょっと待て)
ハジメの思考が一瞬止まる。
(なんで広まってんの?)
昨日の出来事だ。
しかも、大したことじゃない……はずだった。
(いや六体って普通なのか?それとも珍しいのか?)
自分では判断がつかない。
(てか情報漏れるの早くない?)
誰が話したのかは、考えなくても分かる気がした。
(あの2人組だな……絶対)
あの人、見た目はしっかりしてるのに意外とおしゃべりタイプかもしれない。
(まあでも……)
悪い気はしなかった。
(ちょっとだけな。うんちょっとだけ。)
ほんの少しだけ、胸を張る。
“何かをやった”という実感が、こういう形で返ってくるのは悪くない。
(いい事なの悪い事なのかはわからないが)
視線を感じながら、受付へと向かう。
「おはようございます」
昨日と同じ受付嬢が、にこやかに声をかけてきた。
「どうも」
軽く頭を下げる。
「今日はどうされますか?」
その一言で、ハジメの中の思考が一気に動き出す。
(来たな……)
依頼を選ぶ。
それはつまり、次に何と戦うかを決めるということだ。
(スライム、続けるか?)
安定ではある。
やり方も、なんとなく分かっている。
(でもなぁ……)
昨日の戦いを思い出す。
(正直、あれでも結構きつかったんだよな)
六体。
あれ以上増えたら、普通に危なかった気がする。
(でも、いつまでもスライムってのもな……)
冒険者として、それでいいのかという疑問もある。
視線を横に向ける。
掲示板には、いくつもの依頼が貼られていた。
(あれ選ぶのか……)
少しだけ緊張する。
(変なの引いたらどうすんだ俺)
昨日は運が良かっただけかもしれない。
同じようにうまくいく保証は、どこにもない。
(でも……)
槍を握る。
手にに伝わる感触が、ほんの少しだけ勇気をくれる。
(昨日よりはマシだろ)
武器がある。
経験も、ほんの少しだけある。
(たぶん)
自信はまだ曖昧だが、それでも一歩は踏み出せる。
「依頼、受けたいんですけど」
ハジメはそう言った。
声はわずかに硬かったが、その目はしっかりと前を向いている。
最弱。
チートなし。
それでも——
昨日よりも前に進むために。
「おすすめとか、あります?」
無理はしない。
見栄も張らない。
今の自分にできる範囲で、確実に進む。
それが、この世界で生きていくための一番の近道だと、なんとなく分かり始めてきた。
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