十二の魔力環
魔力環。
魔力を蓄える器の周囲に形成される、十二の環。
そこには本来の蓄えとは別に魔力を保持することができ、さらに上の階級へ昇格するためにも必要となる。
形成するには、自分と同じ専門を持つ生物の魔力が必要だ。
サイキョウの専門は、狂戦士。
なら、必要なのも狂戦士。
それも青銅級の。
サイキョウは、どこまでも続く道の先を見た。
「道中の村で聞いて回るしかないか」
◆
サイキョウは、ほとんど気の向くままに歩いていた。
途中で何体か魔物にも遭遇したが、面白そうなものはいなかった。
前鉄級のスライム。
手を出す気にすらならない。
ほとんど無害なうえ、今のサイキョウが倒したところで何の役にも立たない。
しばらく歩くと、道端に標識が見えてきた。
最寄りの村まで二キロ。
しかも、その村は森の中にあるらしい。
「ふーん……」
森の中というのは、村を作るにはあまり安全な場所ではない。
なら、周辺の魔物を探して討伐できる人間も、定期的に必要になるはずだ。
だとすれば……
サイキョウは笑った。
案外、遠くまで探しに行く必要はないかもしれない。
◆
村の入口で、サイキョウは身分証を見せた。
銀の縁取りが施された、一族の青い紋章。
この銀縁を使えるのは、かつて初代国王と肩を並べて戦った者を祖先に持つ家だけだ。
もっとも、そんな家々の中でも、今のサイキョウの家はかなり目立たない方だった。
昔は、本当に化け物みたいに強い先祖がいたらしい。
その後は……
まあ、あまり続かなかった。
父を除けば、長い間これといった後継者も現れていない。
まあ……
今までは。
サイキョウは紋章をしまった。
まず向かうべきは冒険者ギルドだ。
正式に冒険者として登録できるのは十五歳から。
それに加えて、銀級の依頼を一つ達成するか、学院の卒業証明を提出する必要がある。
ただし、青銅級以下の者には例外があった。
ギルドは、成長や昇格に適した魔物の情報を提供してくれる。
なかなか合理的だ。
初心者が勝手に森へ入ってバラバラになるより、最初から行き先を教えた方がいい。
サイキョウはギルドの扉を開けた。
受付には、一人の女性が座っていた。
女性はまずサイキョウを見た。
次に、その武器を見る。
剣。
斧。
そして、もう一度サイキョウを見る。
「こんにちは。魔力環を形成するための魔物をお探しですか?」
「ああ。狂戦士が欲しい」
女性は少し考えた。
「狂戦士……一件ありますね」
一枚の依頼書を取り出す。
「青銅級です。ただ、かなり危険な個体です。本来なら銀級の冒険者を向かわせることを推奨する程度なのですが、依頼そのものはまだ青銅級扱いです。上が危険度を変更していませんので」
サイキョウは依頼書へ手を伸ばした。
「最高じゃん」
「今のは喜ぶところではありません」
「俺にとっては喜ぶところだった」
女性は改めてサイキョウを見る。
「本当に大丈夫ですか?」
「年齢と階級の割には、かなり強い方だよ」
「十歳ですよね?」
「だから『年齢の割には』って言ったんだよ」
女性は何も言わなかった。
ただ、手を差し出す。
「身分証を」
サイキョウは紋章を見せた。
女性の視線が、一瞬だけ銀の縁取りで止まる。
「ここに署名を。こちらで承認印を押します」
依頼書には、すでにいくつもの印が押されていた。
多い。
女性はサイキョウの視線に気づいた。
「あなたより前にも、何人か討伐を試みています」
「それで?」
女性は少し黙った。
「依頼は、まだ残っています」
サイキョウは笑った。
「なるほど」
新たな印が押される。
サイキョウは依頼書を受け取った。
白い殺し屋。
専門:狂戦士。
階級:青銅級。
第三環。
「第三……」
一つの階級には、十二の魔力環が存在する。
ただし、ギルドの依頼書に記載される数字は、すでに形成した環の数ではない。
次の階級まで、あといくつ残っているか。
だから、数字が小さいほど強い。
第三環。
つまり、銀級まであと三つ。
青銅級の中でも、ほとんど上限に近い。
サイキョウの口元が、ゆっくりと吊り上がった。
「見てみるか」
◆
白い殺し屋が棲んでいるのは、別の森だった。
村の近くにあった森よりも、ずっと深い。
サイキョウは縄張りの外周をほとんど一周した。
何もいない。
ゴブリンの群れをいくつか見つけただけ。
仕方なく、さらに奥へ入る。
そして数歩進んだところで、前方から音がした。
何かが高速で近づいてくる。
サイキョウは立ち止まった。
隠れない。
下がりもしない。
ただ待つ。
音がどんどん大きくなる。
枝が折れる。
重い何かが、真っ直ぐこちらへ突っ込んでくる。
「やっと来た」
空間パネルから、二つの武器が現れた。
右手に剣。
左手に斧。
どちらも、グレンがサイキョウのために作ったものだ。
サイキョウは何度か手首を回した。
違う重さ。
違う長さ。
違う速さ。
訓練では、すでに二つを同時に使っている。
だが、訓練は訓練。
本気で自分を殺そうとしてくる相手とは違う。
木々の間に、白い影が走った。
そして魔物が姿を現す。
身長は二メートル近い。
全身が真っ白。
目もない。
耳もない。
鼻もない。
顔があるはずの場所には、青い模様に覆われた、仮面のように滑らかな面だけがある。
手に持っているのは、薄い黄色の巨大な武器。
片側には斧。
反対側には巨大な槌。
そして体格は……
まあ。
狂戦士だ。
「待たせやがって」
魔物は答えなかった。
ただ、一気に踏み込んだ。
斧が空気を切り裂く。
サイキョウは横へかわした。
そして、すぐに自分のミスに気づく。
攻撃が止まらない。
魔物が柄を回転させた。
次の瞬間、今度は槌が頭上から落ちてくる。
「おっ!」
サイキョウは飛び退いた。
槌が地面へ叩き込まれる。
轟音。
土。
石。
砕けた地面。
まとめて宙へ吹き飛んだ。
サイキョウは腕で顔を庇う。
土煙が晴れていく。
そこには、巨大な窪みが残っていた。
サイキョウはそれを見る。
次に魔物を見る。
「ハッ」
勝手に笑みが浮かんだ。
「そりゃ前の奴らも勝てないわ」
魔物が武器を持ち上げる。
「お前、強いな」
サイキョウはゆっくり肩を回した。
「来いよ、白いの」
息を吸う。
そして、吠えた。
戦いの咆哮が森を突き抜ける。
その瞬間、身体に線が走った。
赤。
そして、その隣に濃い紫。
後者には見覚えがある。
《六腕の権能》
最初の本当の戦いで、覚醒した六腕の戦士から得た技能。
身体の周囲に、重い赤黒い煙が集まり始める。
力が筋肉へ流れ込む。
魔力が両腕を通った。
剣へ。
斧へ。
そして身体の外へ出た瞬間、雷へと変わる。
「ハッ!」
魔力を脚へ。
踏み込む。
距離が一瞬で消えた。
足元には、雷の軌跡だけが残る。
白い殺し屋は後退し、サイキョウの剣を自分の武器で受けた。
甲高い金属音。
だが、剣は最初の一撃にすぎない。
左から、すでに斧が迫っていた。
魔物は柄を勢いよく回し、槌で受け止める。
「おっ!」
サイキョウは、流れる雷の上に立っているかのように横へ滑った。
右から剣。
左から斧。
打つ。
逸らす。
もう一撃。
訓練より難しい。
二つの武器の重量差が、何度もリズムを崩そうとしてくる。
斧に力を入れすぎれば、剣が遅れる。
剣に集中すれば、左手の斧を戻すのが間に合わない。
一度など、二つの軌道が危うく交差しかけた。
サイキョウは慌てて攻撃を止め、飛び退く。
「ハハ……」
また一つ、問題が増えた。
笑みがさらに深くなる。
最高だ。
まだ覚えることがある。
再び踏み込んだ。
魔力の消費は激しい。
激しすぎる。
だが鉄級へ昇格してから、魔力を蓄える器は、儀式直後と比べてほぼ倍にまで広がっていた。
前鉄級は、本当に準備段階にすぎなかったらしい。
ここからが本番だ。
問題は、サイキョウがほとんど全部を同時に使っていることだった。
《狂戦士》。
《六腕の権能》。
雷。
身体強化。
二つの武器。
高速移動。
戦いながら身体が少しずつ周囲の魔力を取り込んでいなければ、自前の魔力だけでは七分ほどしか持たない。
補給込みなら……
十二分くらいか。
(それまでに終わるといいけど)
白い殺し屋が再び攻撃する。
サイキョウは右へ。
魔物はすぐに向きを変えた。
もう一度。
今度は左。
少し遅い。
正面から攻撃。
即座に反応。
飛び退く。
横へ回る。
また遅れた。
「ん?」
もう一度。
剣で武器を持ち上げさせる。
サイキョウはすぐ横へずれた。
白い殺し屋が柄を回す。
遅い。
偶然じゃない。
もう一回。
同じ。
「なるほど」
見つけた。
前へ。
下へ。
その二方向なら、化け物みたいに速い。
だが横方向へ急に武器を切り返させると、ほんの一瞬だけ遅れる。
ほんのわずか。
だが、それで十分だった。
サイキョウは正面から攻めるのをやめた。
剣で片側を守らせる。
反対側から斧。
飛び退く。
踏み込む。
角度を変える。
剣。
斧。
剣。
白い殺し屋は、そのほとんどを防いだ。
それどころか、身体まで届いても皮膚が異常に硬い。
剣では浅い傷しかつかない。
斧の方が深く入るが、それでもまともには斬れなかった。
「お前、皮膚どうなってんだよ……」
サイキョウは再び距離を取った。
残りの魔力は、およそ二分。
まずい。
視線が相手の武器へ向く。
斧。
槌。
これまでほぼすべての攻撃から白い殺し屋を守ってきた、巨大で重い棒切れ。
(邪魔だな)
あれがなければ、守りの大半が消える。
なら、崩すべきは防御じゃない。
武器だ。
サイキョウは一気に踏み込んだ。
魔物は、また横からの攻撃が来ると構える。
それでいい。
剣が先に動く。
白い殺し屋が武器を回す。
サイキョウはその下へ滑り込んだ。
左手の斧が、鋭く軌道を変える。
狙いは胴体じゃない。
腕。
白い殺し屋は間に合わなかった。
斧の刃が前腕へ食い込む。
そのまま抜けた。
あまりにも簡単に。
武器を握った手首が、そのまま地面へ落ちた。
サイキョウは一瞬だけ止まった。
「お……」
あれだけ硬い皮膚を斬っていた後だ。
もっと抵抗があると思っていた。
柔らかい。
素直に刃が入る。
妙に気持ちいい。
密度の高い、弾力のある何かを斬っているような感触。
たぶん、サイキョウの顔には全部出ていた。
「へへ……」
切り落とした手首ごと武器を蹴り飛ばす。
そのまま白い殺し屋を地面へ叩き伏せた。
魔物が起き上がろうとする。
サイキョウはその上に跨がった。
「じゃあ、見てみるか」
剣が背中へ突き刺さる。
一撃。
もう一撃。
さらに一撃。
魔物は抵抗した。
サイキョウは続けた。
白い背中に、次々と新しい傷が増えていく。
やがて、裂けた皮膚の下から何か青いものが覗いた。
サイキョウの手が止まる。
「ん?」
血じゃない。
筋肉でもない。
何か、青い物質。
指先で触れる。
その瞬間、白い殺し屋の身体が激しく跳ねた。
叫び声はない。
音すらない。
ただ、狂ったように痙攣している。
サイキョウは動きを止めた。
そして、ゆっくり笑った。
「イギギ~」
口元が大きく吊り上がり、尖った歯が覗く。
再び剣を握る。
そして、その青い物質へ直接突き刺した。
身体が弓なりに反った。
魔物が激しくのたうち回る。
手足が滅茶苦茶に地面を叩く。
潰された虫みたいに、ぐねぐねと身体を捩っていた。
「ヴガアアアアアアッ!」
サイキョウが固まった。
(踊り出した。ここに音楽でもあれば完璧だな)
本来なら口があるはずの場所。
そこにあった皮膚が、突然裂けた。
滑らかだった白い顔の真ん中に、血まみれの亀裂が開く。
そこから、森中に響く絶叫が飛び出した。
人間の声じゃない。
生きたまま切り刻まれている獣の悲鳴に近い。
そして、その裂けた口から、掠れた声が飛び出した。
「このクソ野郎! 死ね、クズが! どこに逃げようが絶対見つけてやる!」
サイキョウの顔には、文字通りこう書いてあった。
._.
数秒間。
ただ魔物を見つめる。
それから、もう一度剣を背中へ突き刺した。
身体が何度か跳ねた。
そして動かなくなった。
「オーケー」
数秒間、何も起こらなかった。
やがて白い殺し屋の身体から、魔力が流れ出した。
サイキョウは、それが自分へ向かってくるのをすぐに感じ取った。
だが今回は、ただ魔力を蓄える器へ流れ込むだけではない。
その周囲を、魔力が回り始めた。
第一環。
第二環。
第三環。
一つずつ。
流れが次第に安定していく。
第四環。
第五環。
第六環。
……
そして最後。
第十二環。
サイキョウは目を閉じた。
一つ一つ、はっきり感じる。
十二の魔力環。
専門が完全に定まった。
狂戦士。
「へへ」
目を開ける。
近くには、まだ白い殺し屋の切断された手首が転がっている。
その横には、片側が斧、もう片側が槌になった巨大な薄黄色の武器。
サイキョウはそれを見た。
次に、自分の斧を見る。
もう一度、相手の斧。
……
「これも持ってくか」
斧を二つも何に使うのか。
本人にも分からない。
だが、こんなものをここに置いていく方が馬鹿らしい。
サイキョウは両手で巨大な武器を掴んだ。
「重っ……」
少し手間取ったが、どうにか空間パネルの中へ押し込む。
身体を起こした。
(魔物を倒した報酬があれば、付与術に使う金くらいは足りるだろ)
その瞬間。
魔力が尽きた。
「あ……」
周囲が揺れた。
頭の中が一気にぐらつく。
赤黒い煙が消える。
身体を走っていた線も薄れていく。
同時に、それまで他のすべてを押し潰していた力の感覚まで消えた。
サイキョウは自分の身体を見下ろした。
切り傷。
擦り傷。
血。
青あざ。
何か所か、皮膚まで裂けている。
「……」
(治療費で消えそうだな)
残った魔力の消費を限界まで抑え、村の方角へ身体を向ける。
一歩。
もう一歩。
ゆっくり。
本当にゆっくり。
まだ村まで歩かなければならない。
旅の初日。
サイキョウは血まみれになった自分の手を見た。
そして、笑った。




