自分だけの武器と魔物
扉が背後で閉まった。
サイキョウは足を止めた。
ほとんど何もない部屋の中央に、石造りの台座が置かれている。
その上には、手のひらほどの大きさの黒い三角形が載っていた。
サイキョウは数秒、それをじっと見つめた。
それから台の周りを回る。
横から覗き込み。
少しかがんだ。
「……これだけ?」
「これで十分です」
「マジで? 十年待った結果、俺を評価するのが三角形?」
神官は笑いもしなかった。
「素肌を直接触れさせてください」
「置くだけ?」
「はい」
「爆発したりしない?」
「しません」
「残念」
神官がサイキョウを見る。
「冗談だよ」
サイキョウは手を伸ばした。
そして止める。
「……いや、待って。そもそも何を測るんだ?」
「あなたの属性、関連属性、そして儀式で得た魔力量です」
「どうやって?」
「それは私にも分かりません。いいから手を置いてください」
「今置くって」
手のひらが冷たい石に触れた。
何も起きない。
サイキョウは待った。
さらに一秒。
「……俺、壊した?」
「壊していません」
「本当に?」
その瞬間、三角形の表面を青い光の筋が走った。
「おっ!」
サイキョウはすぐさま顔を近づける。
近づきすぎて、神官が肩を掴み、少し後ろへ引き戻した。
「測定の邪魔をしないでください」
「してないって!」
青い線がいくつもの枝に分かれる。
滑らかな表面に文字が浮かび始めた。
最初の一行。
属性:雷
サイキョウが固まった。
「……」
神官が彼を見る。
「雷属性ですね」
「見えてる」
サイキョウの口元が、ゆっくりと吊り上がっていく。
「雷か……」
自分の手を持ち上げ、指先を眺めた。
剣に電撃を流す。
身体強化。
電気で筋肉の収縮を速められるか?
金属に流したら?
水は?
他人の魔法にぶつけたら?
それから――
「今ここで使おうとしないでください」
「何もしてない」
「もう火傷する方法を十通りくらい考えていそうな顔をしています」
「四つだけ」
神官が眉をひそめた。
「今のところは」
「サイキョウ様」
「分かった、分かった」
続いて、二行目が浮かび上がる。
関連属性:魔力刻印
サイキョウは瞬きをした。
「これは?」
「魔力刻印とは、一部の技能を使用した際に身体に現れる、色のついた線状の刻印です」
神官は続けた。
「身体能力を強化するもの、武器に作用するもの、一時的に特殊な能力を与えるものなど、効果は刻印によって異なります」
「へえ……」
「そしてあなたには、自分の身体に現れた魔力刻印の効果を強化する、生まれつきの適性があります」
サイキョウは三角形を見る。
口元の笑みが、さらに深くなった。
そして最後の一行。
魔力:167/100
沈黙。
神官が固まった。
サイキョウは数字を凝視する。
一秒。
瞬きをした。
二秒。
「百六十七!?」
顔が三角形にくっつきそうなほど近づいた。
「ハッ!」
拳を突き上げる。
「これはいいじゃん!」
神官はまだ何も言わない。
サイキョウはもう一度表示を見る。
167/100
笑顔が少し止まった。
「……待て」
数字を指差す。
「なんで百分の?」
「何がです?」
「ここ百だろ。でも俺は百六十七。ってことは、俺が今数学をぶっ壊したか、百が上限じゃないかのどっちかだ」
神官はようやく我に返った。
「百は平均値です。上限ではありません」
「最大は?」
「二百です」
「二百!?」
サイキョウはもう一度、自分の167を見る。
数秒前までは、とんでもなく大きな数字に思えた。
だが今、その上にさらに三十三も残っていることが分かった。
「ハハ……」
神官が警戒する。
「何です?」
「別に」
「また笑っていますよ」
「そりゃ笑うだろ!」
サイキョウは石台を手のひらで叩いた。
「最初から百六十七! しかも世の中には二百まで行ける奴がいるってことだろ!」
それなら面白い。
壊れた測定器でもない。
自分だけが特別に選ばれた証でもない。
ただ、かなり良い結果だっただけだ。
そして理論上、自分より上もいる。
それだけで身体の奥がむずむずした。
「もう一回やっていい?」
「なぜです?」
「確認したい」
「結果は変わりません」
「じゃあ確認しよう」
許可も待たず、もう一度三角形に手を置く。
雷
魔力刻印
167/100
「もう一回」
「なぜです?」
「二回じゃ少ない」
「何に対して!?」
「確認だって!」
三度目。
167/100
サイキョウは満足そうに頷いた。
「よし」
「何が“よし”なんです?」
「安定してる」
神官はゆっくり顔を手で覆った。
「ほとんどの人が一生目にすることのない数値を出しておいて、測定器の安定性を喜ぶんですか?」
「全部嬉しい!」
サイキョウはまた数字を見る。
「特に百六十七」
そしてすぐに尋ねた。
「これ、増やせる?」
「いいえ」
「絶対?」
「これは最初に魔力を受け入れた際の数値です。儀式後に変化することはありません」
「くそっ」
「さっきまで喜んでいたでしょう」
「今も喜んでるよ。ただ二百だったらもっと最高だった」
神官は数秒、彼を見つめた。
「初期魔力量が多いからといって、必ず強くなれるわけではありません」
サイキョウが振り返る。
笑みは消えていない。
「本当?」
「もちろんです」
「じゃあ何が決める?」
「これはあくまで、非常に優れた出発点を持っているというだけです。その後は成長、制御、階級の昇格、その他さまざまな要素に左右されます」
サイキョウの目が、さらに輝いた。
「つまり、一番面白いところはこれから?」
神官は、自分の言い方を間違えたと気づいたようだった。
「私はそういう意味で言ったわけでは……」
「俺はそう受け取った」
神官はため息をつき、一枚の書類を取り出した。
そこにはすでにサイキョウの名前、儀式の日付、いくつかの項目が記されている。
そこへさらに三つ。
雷
魔力刻印
167
神官は印章を取り出した。
「この結果であれば、シリア学院への推薦を正式に承認できます」
サイキョウは書類を見る。
印章が落とされた。
乾いた音。
これで終わり。
また一つ、扉が開いた。
「帰る前に、基礎講習を受けてもらいます」
「魔法?」
「魔力の基本的な扱い方と、階級制度についてです」
「行こう」
「まだ私は――」
すでにサイキョウは扉の前まで行っていた。
神官が目を閉じる。
「……話し終わっていません」
サイキョウが扉から顔だけ出した。
「じゃあ早く終わらせて」
◆
次の部屋の壁には、金属製の板が並んでいた。
黒っぽい板。
鉄色。
青銅色。
銀。
金。
白金。
そして、もう一つ。
何も書かれていない板。
サイキョウは入口で立ち止まった。
「これ何?」
教師が彼の指した方を見る。
「座りなさい」
「最後のやつ」
「分かっています」
「じゃあ何?」
「今のあなたには必要のない情報です」
サイキョウは目を細めた。
つまり、白金より上がある。
「分かった」
教師は、あまりにも簡単に引き下がったことに少し驚いたようだった。
サイキョウは席につく。
諦めたわけではない。
覚えただけだ。
部屋には彼の他に六人の子供がいた。
儀式の疲れが残っている者。
ほとんど眠りかけている少年。
前の席では、一人の少女が自分の手を眺めていた。
教師が指示棒を手に取る。
「魔力を受け入れた時点で、皆さんは前鉄級となります」
一枚目を指す。
「その上に、鉄級、青銅級、銀級、金級、白金級があります」
サイキョウは順番に視線を走らせた。
前鉄。
鉄。
青銅。
銀。
金。
白金。
そして、その先の何か。
悪くない。
「次の階級へ昇格するためには、まず十二の魔力環を形成する必要があります。ただし、前鉄級だけは例外です」
黒板に図が描かれる。
サイキョウが身を乗り出す。
「魔力環は、魔力を蓄積し、身体に馴染ませることで形成されます」
教師は黒板へ向き直る。
「十二個目の魔力環を形成した後、昇格段階に入ります」
指示棒が図を叩く。
「その際、自分より一つ上の階級、あるいはそれ以上の生物から魔力を得なければなりません」
一拍置いて。
「ただし、前鉄級から鉄級への昇格だけは魔力環を必要としません。鉄級以上の生物を一体倒し、その魔力を取り込めば昇格できます」
サイキョウの笑みが消えた。
気に入らなかったからではない。
逆だ。
「得るって?」と誰かが尋ねた。
「倒し、死亡後にその魔力の一部を取り込むということです」
静寂。
サイキョウがゆっくり手を挙げた。
「つまり、殺す?」
「はい」
笑みが戻る。
「鉄級?」
「前鉄級からなら、最低でも鉄級です」
「青銅級は?」
「問題ありません」
サイキョウが姿勢を正した。
「銀級?」
教師が眉をひそめる。
「条件は満たします」
「金級?」
「理論上は」
笑みがさらに広がる。
「白金級?」
「無理です」
「なんで?」
「死ぬからです」
誰かが笑った。
「それ答えになってないだろ」
「十歳の前鉄級に対する答えとしては十分です」
サイキョウも笑った。
「じゃあ聞き方を変える! もし何かの奇跡で前鉄級が白金級を殺したら、その魔力は使える?」
教師は数秒、サイキョウを見つめた。
「……条件は満たします」
「ハッ!」
サイキョウが机を叩いた。
何人かの子供がびくりとする。
「それを最初から言えよ!」
「やろうとしないでください!」
「まだ何もやってない!」
――まだ。
教師が指示棒を向けた。
「考えることすらやめなさい」
「でも、なんでわざわざ強い相手を倒す必要があるんですか?」
前の少女が尋ねた。
「一つ上で十分なんですよね?」
「良い質問です」
教師は黒板へ戻った。
「倒した相手は、昇格の質に影響します」
サイキョウが止まった。
「……何?」
「昇格時に取り込む魔力の持ち主が強ければ強いほど、自分の魔力をより高い密度へと引き上げられる可能性があります」
サイキョウがゆっくりと顔を向けた。
「もう一回」
「相手が強ければ――」
「いや、聞こえた。聞こえたけど」
笑い始める。
最初は小さく。
「へへ……」
やがて片手で顔を覆った。
「ハハ……」
教師の表情がどんどん険しくなっていく。
この世界は文字通り、こう言っている。
強くなりたいなら、自分より強い奴と戦え。
許しているだけじゃない。
それをすれば、ちゃんと褒美までくれる。
なんて素晴らしい世界なんだ。
「やっべぇ……」
「何です?」
「何でもない。続けて」
「あなたのその反応が非常に不安です」
「俺が二人分喜んでるから大丈夫」
「本来、この制度は準備を整えた集団が補助することで、安全に必要な魔力を得るためのものです」
「でも必要以上に強い奴を使えば、もっと良い結果になる」
「死亡する危険も上がります」
「でも良くなる?」
教師が指示棒を強く握る。
「……はい」
ようやくサイキョウは、父が何度も「説明は最後まで聞け」と言っていた理由を理解した。
もし「鉄級を倒す」という部分だけ聞いて出ていっていたら、一番大事なところを聞き逃していた。
「魔力密度って、強さにどれくらい影響する?」
「直接影響します。同じ魔力量でも、密度が高ければ高いほど、より大きな力を引き出せます」
「じゃあ同じ階級でも、強さは全然違う?」
「当然です」
「最高じゃん」
「なぜ“最高”なんです?」
「全員同じだったらつまらないだろ」
教師は天井を見上げた。
サイキョウがまた手を挙げる。
「魔力密度に上限は?」
「あります」
「どれくらい?」
「昇格段階や本人の身体によって異なります」
「じゃあ数階級上を倒したら?」
「サイキョウ」
「なんで俺の名前知ってるの?」
「神官から聞いています」
「ああ」
納得した。
「で、数階級上なら?」
「潜在的にはより高い結果になります。ただし差が無限に伸びるわけではありませんし、身体が受け入れられる量にも限界があります」
「じゃあ自分の身体の限界を探せばいいわけだ」
「違います」
「でも――」
「次の質問」
「魔物も階級が上がる?」
「上がります。自然に魔力を蓄積する種もいれば、狩りや捕食によって成長する種、特殊な条件で進化する種もいます」
「じゃあ鉄級の魔物が、いつか青銅級になることもある?」
「はい」
「白金級にも?」
「その種にそれだけの潜在力があれば」
サイキョウは窓の外を見る。
道で見たゴブリン。
あれらは弱かった。
だが、この世界のどこかには成長し続ける魔物がいる。
自ら強くなるために狩る魔物が。
見てみたい。
ものすごく。
「それから、もう一つ」
教師が再び全員の注意を引いた。
「今日、儀式で皆さんが得た魔力は、今後自力で蓄積する通常の魔力とは少し性質が違います」
サイキョウは自分の手を見る。
「最初に得た魔力は、その後の成長の基礎になります。そのため、初期魔力量は成長係数や、その後の昇格結果を算出する際にも使用されます」
またサイキョウの手が上がった。
教師はもう彼の方すら見なかった。
「はい、サイキョウ」
「俺の百六十七も?」
教室が静まる。
今度は子供たちが一斉にこちらを向いた。
「百六十七!?」
後ろの少年に振り向く。
「うん」
「百点満点で!?」
「最大は二百」
「でも――」
「サイキョウ」
前へ向き直る。
「何?」
「はい。もちろん考慮されます」
また笑みが浮かぶ。
初期魔力、167。
十二の魔力環。
自分より一つ上、またはそれ以上の相手。
相手が強いほど、より高い魔力密度。
魔力密度は、そのまま魔力の強さに繋がる。
そして次の階級へ。
そこからまた繰り返す。
サイキョウは黒板を見た。
「へへ……」
教師が深いため息をつく。
「あなたにこの部分を説明したことを、もう後悔し始めています」
◆
次に向かったのは、サイキョウの誕生日祝い――彼専用の剣と斧を作るための工房だった。
工房は王都の外れに近い場所にあった。
サイキョウは、少なくとも看板くらいはあるものだと思っていた。
だが扉の上に掛かっているのは、文字一つない小さな金属板だけ。
中から規則的な槌の音が響いている。
父が扉を叩いた。
音が止まる。
数秒後、扉が少しだけ開き、革の前掛けを身につけた白髪の男が顔を出した。
まず父を見る。
次にサイキョウ。
そして、もう一度父。
「契約の仕事か? それとも個人依頼か?」
その声には、「契約の仕事」という答えを今日だけでも何度も聞かされたような、隠しきれないうんざり感が滲んでいた。
「個人依頼だ」
男は数秒黙った。
「……分かった。入れ」
サイキョウは中へ一歩踏み込んだところで止まった。
「おおお……」
武器。
どこを見ても武器。
壁には剣、槍、斧。
机の上にはまだ完成していない刀身。
奥の隅には、あまりにも巨大で、剣なのか、それともこれから剣になるただの金属塊なのか分からないものまで立て掛けられていた。
手が勝手に一番近い剣へ伸びる。
「触るな」
父が言った。
サイキョウの手が止まる。
「見るだけ」
「もう見ている」
「手で見た方が分かる」
「駄目だ」
「残念」
その間に老人は机についた。
こいつが。
グレン。
大陸でも屈指の鍛冶師。
サイキョウはなぜか、今の二倍くらい横幅のある男を想像していた。
まるでゲームに出てくるドワーフそのものだった。
もしかしたら、本当にドワーフなのかもしれない。
「図面」
サイキョウはすぐさま折り畳んだ紙を二枚取り出した。
「これ!」
一枚目が机の上に広げられる。
グレンが見る。
一秒。
二秒。
「ゴミだな」
サイキョウが瞬きをした。
「は?」
「剣だ」
「剣のことなのは分かってる! 何がゴミなんだよ!?」
グレンが刀身を指差す。
「重い」
柄。
「長い」
刀身の根元。
「ここで折れる」
サイキョウは図面を見つめた。
それからグレンを見る。
「マジ?」
「ああ」
サイキョウの目が輝いた。
両手を机につき、身を乗り出す。
「どこでどう折れる?」
グレンが顔を上げる。
「なんで喜んでる?」
「五年かけて直してきたんだぞ!」
「五年無駄にしたな」
「だから聞いてるんだって! どこでやらかした!?」
グレンはしばらく彼を見る。
それから木炭を手に取った。
「ここ。軽くするために金属を削っただろ」
「うん」
「そのせいで根元が弱い」
線を一本引く。
「こっちには足した」
「重心をずらすため」
「逆方向に悪くした」
「じゃあここを削ったら?」
「悪化する」
「ここは?」
「もっと悪い」
「じゃあ――」
「五秒黙れ」
サイキョウは口を閉じた。
グレンが父を見る。
「いつもこうなのか?」
「残念ながら」
「おい」
「お前が正直に答えろと言ったんだろう」
「……まあ、それはそう」
グレンはもう一度図面を見る。
「形はいったん忘れろ。お前はこの剣に何をさせたい?」
それなら簡単だった。
サイキョウは指を一本立てる。
「最初の一撃が速いこと。あと、急に軌道を変えられること」
二本目。
「魔力強化しても壊れないこと」
三本目。
「雷をちゃんと通すこと」
グレンの手が止まる。
「雷?」
サイキョウの笑顔が瞬時に戻った。
「今日分かった!」
まるで今すぐ手の上に雷でも出るかのように、掌を突き出す。
「魔力百六十七。雷属性。それに魔力刻印」
「百六十七?」
「うん」
グレンが父を見る。
父が頷く。
「ふむ」
それだけ。
サイキョウは数秒待った。
「……それだけ?」
「何がだ?」
「反応」
「何をしろと?」
「知らない。神官なんて三角形を目で焼きそうなくらい見てたぞ」
「俺は鍛冶師だ」
サイキョウが笑った。
「それもそうか」
二枚目を横に置く。
「あと斧」
グレンが広げる。
一秒。
「こっちはもっと酷い」
「マジかよ!」
「これでようやく子供が描いたって信じられる」
「見せろ!」
その後数分、サイキョウはほとんど机から離れなかった。
グレンが直す。
サイキョウが尋ねる。
時々反論する。
グレンが、なぜその案では駄目なのか説明する。
なら別案。
それも多くは即座に却下された。
だが何度かだけ、老人が黙り込み、図面を少し長く見つめる瞬間があった。
そのたびにサイキョウの笑みは大きくなる。
こういうのが好きだった。
全部素晴らしいと褒められることじゃない。
十個考えて九個がゴミでもいい。
残った一個が、大陸屈指の鍛冶師をほんの少しでも考え込ませる。
その方がずっと面白い。
やがてグレンが木炭を放り出した。
「作る」
「両方?」
「両方」
「魔力の通りも?」
「ああ」
「魔力強化に耐えられるようにも?」
「ああ」
「魔力刻印は――」
「サイキョウ」
「はい、黙ります」
グレンが手を差し出す。
父が依頼条件の書かれた紙を渡した。
老人は最初から最後まで丁寧に読む。
もう一度条件を確認する。
裏側に罠でも書いてあると思っているのか、紙までひっくり返した。
それから、どうでもよさそうに印を押す。
「これでいい」
立ち上がり、机の上に置かれていた冷たい水の瓶を取ると、半分近く一気に飲んだ。
「いつ受け取れる?」とサイキョウがすぐ尋ねる。
「完成したらだ」
「すげえ具体的な日程だな」
「気に入ってくれて何よりだ」
そう言い残し、グレンは工房の奥にある扉の向こうへ消えた。
わずか数分後。
その向こうから、もう熱気が漏れ始めていた。
サイキョウは閉じた扉を眺める。
「俺、あいつ好きだわ」
「分かった」
父が答えた。
◆
帰り道。
サイキョウは教会でもらった書類を再び取り出した。
学院への推薦状など、今はほとんど目に入らない。
もっと面白い紙があった。
前鉄級 → 鉄級
最初の昇格だけは、それ以降とは違う。
十二の魔力環は必要ない。
最初の殺害そのものが、力を形作り始めるきっかけになる。
必要なのはただ一つ。
鉄級以上の覚醒した生物を一体倒し、その魔力を取り込むこと。
たった一体。
サイキョウはその行をもう一度読む。
さらにもう一度。
そして笑った。
「父さん」
「駄目だ」
サイキョウが顔を上げた。
「まだ何も聞いてないだろ!」
「顔を見れば分かる」
「じゃあ俺が喋る意味なくない?」
再び紙に視線を落とす。
教会から、最初の昇格に使われることの多い生物の一覧も渡されていた。
弱い鉄級の魔物。
大人の監督下で安全に弱らせ、最後だけ子供自身に倒させられるような相手。
サイキョウの指が下へ滑っていく。
「つまんね……」
次。
「つまんない」
さらに次。
「これもっとつまんない」
父が彼を見る。
「最初の昇格に、強い相手は必要ない」
「知ってる」
「なら、なぜわざわざ強い相手を探す?」
サイキョウは顔を上げた。
数秒、本気で父を見つめる。
「……本気で聞いてる?」
父がため息をついた。
「忘れろ」
サイキョウは読み進めた。
そして。
指が止まる。
笑みが消えた。
嫌だったからではない。
真逆だった。
ゆっくり身体を起こす。
「おお……」
父が即座に警戒する。
「何だ?」
サイキョウは紙を向けた。
そこには人型の魔物が描かれていた。
背が高い。
筋肉質。
そして。
腕が六本。
その横には名前が記されている。
覚醒した六腕の戦士
サイキョウは数秒、黙って絵を見つめた。
六本。
「へへ……」
「駄目だ」
「また何も言ってない!」
「今回も言う必要がない」
サイキョウはすでに説明文を読んでいた。
覚醒個体。通常の同階級個体を上回る戦闘力を持つ。
ギルド『サクリス』によって独占管理されている。
高い身体能力を持つ。
戦闘適応力が高い。
近距離戦では特に危険。
一行読むたびに。
サイキョウの口元が、どんどん吊り上がっていった。
「こいつだ」
「駄目だ」
「最初の相手」
「駄目だ」
「こいつにする」
「サイキョウ」
父を見る。
その目には隠しようもない興奮が宿っていた。
「腕が六本ある!」
「数なら私も数えられる」
「六本だぞ!」
「だから何だ」
「最高じゃん!」
サイキョウは絵を指差す。
「見てみろよ! 本当に全部ちゃんと使えるなら、俺、どうやって戦えばいいのか全然分かんねえ!」
父は数秒黙った。
「……それが理由なのか?」
サイキョウは、何を当たり前のことを聞いているんだ、という顔をした。
「そうだけど?」
もう一度、絵を見る。
初めての本物の敵。
父との訓練じゃない。
兄との模擬戦でもない。
遠くから見ることしか許されなかったゴブリンでもない。
本気で。
自分を殺そうとしてくる相手。
そして勝てば――
鉄級。
サイキョウはもう耐えられなかった。
「ハハッ!」
紙を両手で握る。
「やっと面白くなってきた!」
父は片手で顔を覆った。
サイキョウはただ笑い続ける。
覚醒した六腕の戦士。
決めた。
こいつが。
最初の相手だ。




