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9.自販機

 風が強い午後だった。

 日陰に入ると肌寒い午後三時、十分間の休憩中に望月と吉野は自販機に向かっていた。温かい飲み物が欲しくなる、そんな日である。


 「小銭が……良かった、五百円玉が一枚ある。今、万札と五百円玉しか無いや。」


 吉野の財布事情は、どうやらそんな感じらしい。


 「貴重な五百円玉だな。それが無かったら何も買えなかったな。」


 「えー!こんなに手がかじかむ日には、温かい飲み物を奢ってくれよー」


 「それは気分次第だな。」


 思わず、ふっと笑ってしまう。決して手はかじかんではいないが、ちょっとした冗談のような調子で話せる。


 「そういえばあけちゃんが言ってたんだけど、自販機がたまにおかしいって言ってたぞ。」


 いつの間にか、明田あけたは「あけちゃん」になっていた。

 

 「おかしいって、どういう風に?」


 望月がそう聞き返して、ちょうど自販機コーナーに着いた。

 そこには明田と、彼女と同期らしい女性がいた。


 「あ、今、一本買ったらもう一本出てきたんですよー!もう、今日で三回目なんですー!」


 ラッキー!と言わんばかりの満面の笑みで、明田は望月と吉野に話した。


 「ほら、おかしいだろ?しかも明ちゃんだけじゃないみたいでさ。他の人からもそんな事聞いたよ。」


 当たり付きの自販機ならともかく、至って普通の自販機である。むしろ、当たり付きよりも多く出ているのでは……


 「お先に戻りますね。おまけ、出てくると良いですね!」


 明田ともう一人の女性は先に戻って行った。


 「おまけって言ってもなぁ……さすがに大盤振る舞いだろう。」


 「自販機がくれるって言うんなら、もらっておけば良いじゃん。」


 吉野はそう言いながら、五百円玉を入れた——

が、五百円玉は投入口をツルッと滑った。

 チャリン……コロコロコロ……

 そのまま転がっていき、あろう事か自販機の下へ飲み込まれて行った。


 「あぁ……俺の……五百円玉が……」


 「ふっ……ぁはははは!」


 望月は思わず吹き出してしまった。ショックで目を大きく見開いた吉野がそんな事を言うから、不憫だという気持ちが笑いの方に大きく振れてしまった。

 一体いつ振りだろうか、腹筋が割れんばかりに大笑いした。


 「お……ぃ……」


 笑うなよと、がっかりした顔の吉野は床に頬を付けて五百円玉の行き着いた先を、スマホのライトで探っていた。


 「仕方ないなぁ、手がかじかんだらこの後の仕事ができないもんな……ふっ……」


 今でも腹の奥底から込み上げてくる笑いを堪えている。缶コーヒーくらい奢っても良い。


 十分間の僅かな休憩時間が終わり、望月は書類を書いていた。

 あの自販機は気前が良すぎてダメだ。いくら何でも、あれでは自販機を設置している会社が商売上がったりである。


 「上野課長、書類を提出したいのですが。」


 おう。と、上野が書類を受け取り目を通す。


 そこには、自販機の点検依頼が書かれていた。

 "本数が多く出てくる為、点検が必要。"

 率直にそう書くしか無かった。その事象しか知らない。


 「俺はあの自販機に、三十円飲まれたんだ。釣り銭のランプは付いていなかったんだがな。」


 上野がぽそりと呟いた。

 おっと……そんな事象もあるのか。書類に今の事を書き足しながら、吉野が落とした五百円玉がふと気になった。思わず吹き出しそうになるのを何とか堪えた。上野に勘違いされては困る。


 書類を提出した二日後、点検で業者が来た。

 望月は点検の様子を見に行きがてら、自販機の下に五百円玉を同期が落としたので、見つかったら後で教えてほしいと声をかけた。


 結局、五百円玉は見つからなかった。


 ちなみに——

 釣り銭は合っていたらしい。


 


 

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