8.花のあとに
週明けの月曜日、朝から望月は動いていた。
「上野課長、おはようございます。出勤して早々申し訳ないのですが、桜の様子が気になりますので確認してきてもよろしいでしょうか。」
……桜の様子?
上野は朝から不意打ちを喰らったが、必ず報告をするようにとだけ指示を出した。
望月の出勤ルートには、花見をしたあの老木がある。
今朝何気なく老木を見上げた。例年なら、花見の後は周りと同じくらいの葉桜になっている。
が、今年はどうだろう。周りよりも立派な葉桜になっている。それどころか、落ちている葉が目立つ。
何かが、足りない……。
ふわりと風が吹いた。老木から葉が落ちた。
課長からの許可を得て、出勤直後に様子を見に来たが、良い知れぬ儚さを感じるばかりだった。
桜だから、ということだけではない。
大理石にはこの桜の紹介が書かれている。どうやら市の記念で、おおよそ六十年程前に植えられている。
「大体六十年植ってるんだな。」
望月はビクッとした。思っていた事をすぐ近くで言われたのだ。
気配に気付いて振り向くと、上野課長が立っていた。
「そうですね、六十年くらいになるみたいです。」
「……結構な老木になるな。専門家に頼むべきだな。」
「樹木医に診てもらいますか?」
「よし、早速書類を書いてくれ。」
市役所に戻りながら、上野は気になっていたことを聞いた。
「桜に、何か変わったことでもあったのか?」
「そうですね、何となく空気が弱かったような……?あ、葉も落ちてますし!」
上野がピンと来ない様子で望月を見ていた。望月は気が付かない素振りをして、課長が直々に来てくれたおかげで話が早くまとまった事に礼を述べた。
早速、午後に樹木医に診てもらう事になった。
望月と上野は、樹木医がてきぱきと桜の診断を進めているのを眺めていた。
「うーん、結構危ないですね。いつ倒れてもおかしくない状態です。」
「あぁ……そうですか。」
望月はため息をつきながら老木を見上げた。
ついこの前の花見が、ふとよぎる。他の桜が七割葉桜の中、この老木だけは満開だった。花見が終わると他の桜と同じようになる。毎年そうだった。
だが今年は、花見の後に他の桜よりも花が散り、あろう事か葉まで落ちている。纏う空気が弱っている。
「六十年も生きているんだから、大したものですよ!市の記念で植えられてますし。立派なもんです!」
樹木医はそう言うと、温かい目で老木を見上げながら、その幹を慈しむように数回撫でた。
優しい風が、ふわっと吹いた。また葉が落ちた。
この老木は、最後まで人を楽しませていた。




