7.桜
今日も望月と吉野は、いつもの食堂へ向かっていた。
「夜の花見、ちゃんと来いよー!もう、ガッツリ飲んで騒いでりゃ案外楽しいから!」
今日は、いわゆる華金だ。市役所のすぐ向かいにある広場で、仕事終わりに花見があるのだ。
一年で職員が多く集まる、数少ない機会である。
望月はやはり気乗りはしないが、吉野にこんなに言われたら、いつもの如く参加してやるか、と思うのだった。
ふと掲示板に目をやると、そこにはトリックアートのポスターしか無かった。恋する乙女が描かれていた交通安全のポスターは、どうやら期限が来てしまったらしい。
トリックアートのポスターは、あの銀髪長身男子を除いた三人しかいなかった。
見かけによらず、なかなか大胆なトリックをやってのけたようだ。
頭の片隅では、夜の花見をどう乗り切ろうかと考えながら、望月はその日の仕事を終えた。
仕事といっても、まだ他の課の仕事がメインで、文化課の仕事を手伝っている。このまま文化課に所属する勢いだ。
夕方の空気は少しひんやりとした。西陽は穏やかに差し、外で花見というよりは、家に帰ってのんびりして、そのまま寝たくなるような心地良い明るさだ。
花見会場は、かつて城があったとされる城址の広場である。広場をぐるりと囲むように桜が植えられており、そこでも一番最初に植えられた大きな老木を中心に皆が集まる。
毎年、七割方葉桜になっているのだが、この老木だけは満開である。そして、花見が終わると一気に周りと同じくらいの葉桜になってしまう。
まるで、一緒に花見を楽しんでいるかのように。
「もーちーづーきー!!!」
やたらテンションの高い吉野が、他の同期三人を連れてくる。
「お、今話題を掻っ攫っている望月様だな。」
同期で一番優秀な桐谷が、興味ありげに声をかけてきた。
「一人で謎の課に所属してるって聞いたよ。」
「なになに〜?違和感回収課って〜?」
女性陣は、藤井さんと中村さんの二人。
入所してから会えば話すが、会う機会を作って話をする事はほぼ無いに等しい。
異動があった者、無かった者とそれぞれだが、望月に関しては所内の話題を一気に攫っていったようだ。
「いや……実はこれといった課の仕事はまだなんだ。」
同期の前でなら本音を言うに限る。実際、課の仕事となると……とても困っている。
「みんなお揃いなのでー!近くの人達でお酒を注いでくださーい!」
花見が始まった。がやがやと賑わい始めた。同期と話しているうちに、こんなにも人が集まっていたことに気が付かなかった。
少し遠くの方に文化課の吉野の部下、明田さんが、おそらく同期達と集まっているのが見えた。
その後の花見は、望月の予想とは少し違っていた。前半から同期達の標的になったことだ。いつもならそれぞれの課に属してお酌をして回る。今年はどうやらその役目が無くなったのと、話題は違和感回収課に集中していた。
「何をするかもわからないんだよな、実は色んな仕事に携われるんじゃないか?」
桐谷は興味津々とばかりに聞いてきた。この謎の課がまるで、市役所の全てを知ることができるのではないかと言わんばかりに。
入所してからの付き合いだが、桐谷は話し方や考え方など一目置かれる存在だった。インテリクールかと思いきや、内なる情熱があるタイプだ。
「色んな仕事ができるならありがたい。そうすれば、俺がやるべき事が見えてくるかもな。」
「いーや、文化課兼任だろ!」
望月の肩に腕を回してきた吉野は、既にビール瓶を二瓶開けていた。そのうちこの酔っぱらいは、ふらふらと色んなグループを渡り歩き始める。
「一人で課を任されちゃったんだよね!きっと望月君にしかできない何かがあるんだよ!」
「そうだよね!課を作り上げていくなんて凄いじゃん!」
「何ができるかわからないけれど、早く見つけないとって焦りはあるんだよなぁー。」
そんな話をしながら、一人、また一人と、上司や同じ課の方へ流れていった。
「望月さん、お疲れ様です!」
ほろ酔いの望月に声をかけてきたのは、少し遠くの方にいた明田だった。
「色んな所で捕まってしまって、やっと望月さんの所にお酌をしに来られましたー!」
「え、わざわざありがとう。じゃあ、注いでもらおうかな。」
明田はどうやら、飲むと顔が真っ赤になるタイプらしい。顔に出る分、周りが止めやすくて助かる。
「そういえば、全然普段声をかけられないので、今お渡ししても良いですかー?」
そう言いながら、身体の横に置いていた紙袋を望月に手渡した。
「この前、階段で躓いた時に助けてもらったお礼でーす!」
「え!そんな、気を遣ってもらうの悪いって……あれはたまたまだったし、怪我が無くて良かったよ。」
良いんですー!と、紙袋をぐい、と渡された。望月でも知っている、美味しい和菓子で有名なお店のものだった。
望月はこの年、穏やかに花見での時間を過ごす事ができた。
満開の老木を見上げる。
ふわっとした春の風が、老木の微笑みのように感じた。




