6.ポスター —後編—
「毎度毎度このポスター剥がれてるよなー。」
吉野がぶつくさ言いながら、桜満開の交通安全ポスターにテープを貼っている。いつも左上がめくれているのだ。
食堂にほぼ毎日来ているが、毎回貼り直している気がする。
——このポスター、貼られているのがイヤなのかな?
望月はふとそんな事を思った。
自分だったらこんな風に貼られるのはイヤだが、少なくともこの描かれた可愛い女の子は、そう思う必要は無い。
吉野に戻ろうと促されポスターに背を向けると——真っ直ぐな視線を背中に感じた。
ギクリとして後ろを振り返る。そこには、あのポスターしかない。
女の子が——一瞬、こちらを見ていた。
望月は午後の仕事は碌に手をつけられなかった。
ポスターの中の絵が動くなんて初めて見た。
しかもこちらを見ていた。
小学校の七不思議の、ベートーヴェンの類いだろうか。
だめだ、多分目が合った。確実ではない。でもこの多分はイヤな予感がする方だった。頭の中で同じような考えがぐるぐると駆け巡る。
市民課の手伝いの次に文化課の手伝いをしているが、本当に最低限しか進まないまま定時を迎えてしまった。
吉野の口から花見があってさーと聞こえたような気がしたが、明田さんだけに向けた話題だと思う事にして、望月はそそくさと立ち去った。
電気が消えて人気のない、薄暗い食堂に来た。
昼間とは打って変わって、少しひんやりするような、しん。とした空気が漂っている。交通安全のポスターは相変わらず掲示板に貼られている。左上のテープが剥がれたまま。
——このポスターは何がしたいんだ?
女の子の顔はちょうど見えなくなっていた。やはり姿を隠したいのだろうか?貼り直す気にはならなかった。
その代わり、少しめくって様子を見る事にした。
——目が合った。
はっと息を呑んだ。
本当に目が合った。
だが何だろう、この…ほわっとしたような空気は。
なぜ貼られたくないのかがわからない。広げて左上を軽く手で止める。すると、女の子はあろう事か後ろへと顔を向けた。交通安全ポスターにあるまじき方を向いてしまった。
その視線の先には、右隣に貼られたトリックアートのポスターがあった。
高校生くらいと思しき男子4人のキャラクターが、床に描かれたトリックアートの上で思い思いのポーズをとっている——が、一番左の男子のポーズは、身体を左側へ向けて大きくジャンプしていた。
「……え、そういうこと?」
望月は自分の考えを疑った。しかも、思わずポスターに話しかけてしまった。
驚いた事に、ジャンプをしている銀髪長身男子は望月を見た。
「わかった。ポスターの位置を変えるから、お前はそのジャンプした勢いのまま右側に来い。それから君は、もうテープを剥がす必要も無いし、無理やり後ろを見る事は絶対にやめてくれ。」
望月はそう指示を出すと、何か悪い事でもするかの様に辺りを見回してから、その二枚のポスターをせっせと貼り替えた。
その間望月は、ポスターに話しかけた際に誰もいなかっただろうかと、辺りを見回すのが遅かったことに気がついてしまった。
場所が入れ替えられた二枚のポスターはそれからというもの、何とも穏やかに過ごしていた。
向かって左側に貼られたトリックアートのポスターは、一番左側にいた銀髪長身男子が右側に来ていた。ポージングも、他のメンバーに少し寄りかかる感じで自然に右側を見ている。
その視線の先には、自転車に乗って左側へ進む横からのショットの女子高生がいる。もう無理して後ろ側を見なくて済んでいる。何ともキラキラした、桜に負けない笑顔だ。




