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10.双眼鏡が語ることには

 今週は、市役所の近くにある幼稚園から、年長の園児たちが来る。

 毎年恒例の行事で、市役所に近い幼稚園では地域を知る取り組みの一環として、展望ロビーでの見学が組み込まれている。


 市役所前の広場でお弁当を食べてから、二十三階にある展望ロビーで市を見渡すのだ。


 望月もまた、かつてはその行事に参加した園児の一人であった。


 そしてこの恒例行事は、一週間のうちに五つの園を迎える。

 要は、担当者の午後の一時間が丸っと一週間消える。


 担当は教育課だが、課の事情で望月は駆り出されていた。


 新人が二人と、一回り以上離れた上司一人が割り当てられていたが、年齢差のある課且つ上司側としても他の仕事を済ませたい時期である。


 かと言って新人二人では任せきれない……というジレンマを解決すべく、望月に白羽の矢が立った。


 この話が上野から来た時、望月は三つの懸念が頭をよぎった。


 一、やはり暇だと思われているのだろうか。

 二、元気な子ども達をきちんと見られるだろうか。

 三、新人を二人も見られるだろうか。


 「教育課の課長が困っていたから、つい望月君の事を話してしまってね。君はよく気が付くから、子どもがたくさんいても目が届くだろうと思って話してしまったんだ。一週間毎日だが、午後の一時間を空けてもらえるかな。」


 どうやら意外と適任だと思われていたらしい。そう信じて、懸念事項の一つ目を消した。


 「望月さん、今日からよろしくお願いします!」


 教育課の新人二人はとても元気だった。この二人だけでも良いのではないか……?


 しかし、いざ園児たちが来ると目が離せない事だらけだった。


 一緒にいる先生は三人だが、園児は五十人いた。しかも、先生二人はこの春保育士として働き始めたばかりときた。


 展望ロビーは円形のフロアで、イタリアンレストランが一軒入っている。

 園児たちは楽しそうに声を上げながら、思い思いに走り回っている……


 「ぼくのおうちが見えなーい!!」


 なんでー?と言いながら男の子は双眼鏡から走って離れて行った。そして、隣にある南側の双眼鏡の列に並んだ。


 一通り確認しておくべきだったか——


 少し後悔しながら双眼鏡を覗く。目の前には、広場に美しく咲き誇るツツジが映し出された。他は何となくボヤッとしていてあまり焦点が合わない。


 ——はぁ……。気持ちは良くわかる。

 だが、それをして良いわけではない。


 「ここに来る人達には、見える範囲をちゃんと映してほしい。あとはこちらでするから。」


 一瞬、ツツジがぼやけた。望月は双眼鏡から顔を離し、目元を拭った。が、指先は乾いたままだった。再び覗くと焦点が合った。他の所はどうかと動かしてみると、きちんとクリアに見える。


 まだ男の子は、隣の双眼鏡に並んでいる。良かった、どうやら間に合った。


 「ぼく、こっちの双眼鏡見えるようになったから、きっとぼくのおうちが見えるよ。」


 「え!ほんと!」


 わーい!と男の子が戻ってきた。望月も一緒に、双眼鏡の横に着いて見守る。


 「あ!ぼくのおうち見えたー!」


 良く自分の家がわかるなと思ったが、どうやら幼稚園のすぐ近くのようで、場所はちゃんとわかっているらしい。


 「あ り が と う ご ざ い ま し たっ!」


 あっという間に一時間が終わり、園児達の揃った声が展望ロビーに響き渡る。


 残りの四日間、望月達は無事に園児達との時間を楽しく過ごして行事を終えたのだった。


 その後望月は、はたと自分の仕事を増やした事に気が付くのであった。

 ——伝えるのはこちらがする事だ。

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