43.少し遅刻
お盆明けの市役所は、ゆるっと始まった。お盆休み中は休みを取る職員もいるが、平日は普通に開庁しているのだ。
普段仕事がある人達は、お盆中に用事を済ませに来たりする。お盆明け、それはそれで忙しい課もある。
文化課は特に変わらず、違和感回収課も変化は無かった。
「お盆って言ったって、うちらはこんなもんだよなー」
「まぁ、市民の方々と直接関わるわけじゃないからね」
「今日は久し振りに展望ロビーのイタリアンに行きたいなー」
「あっ!私も行きたいです!」
明田が吉野の提案にすかさず乗った。
「あ、あのっ!決して奢ってもらいたいとかではなくて、空いていそうだなーと思ったので!」
「多分空いているよ!」
「そうだね、行こう!」
昼休み、観光課の間宮も誘い、展望ロビーのイタリアンに向かった。
間宮とイベントの話は順調に進んでおり、自然と話も弾む。
——ポーン
エレベーターが二十三階に着いた。ロビーへ向かうと、三台の双眼鏡が並んでいる。勿論、真ん中の双眼鏡の様子は欠かさず見ていた。
一番手前に、一人の老人がいた。望月はその人物に見覚えがあった。
「あれ?神田さんかな……」
望月はその人物を確認したくて、ふと足を止めた。
「お?望月、どうしたん?」
二、三歩進んだところで吉野が止まり、振り返った。
「今、市民課の時にお世話になった人が……あれ?」
吉野に視線を移したほんの僅かな間に、その老人はいなくなっていた。辺りを見渡しても、老人の姿はどこにも見当たらない。
「あれ?おかしいなぁ……」
「望月、とりあえずうまいモン食おうぜ!」
「お、おぅ……」
午後、望月は珈琲イベントについて考えを巡らせていた。祭りが終わったら助っ人が増える。効率良く仕事を進めたい。
「少し観光課に行くか……」
メールのやりとりで記録が残るのも良いが、資料についての意見を直接聞きたい。
資料を持って廊下を出ると、一人の老人の姿があった。
「あの……神田さんですか?」
望月が声をかけると、老人が振り返った。
「神田さん!ご無沙汰しております!望月です!」
神田さん……市民課で親切にしてくれた、ベテランお爺ちゃんだ。二年前に退職をしている。
「おぉ、望月君……元気かい?」
「はい、元気にしています!今は市民課を離れてしまいましたが……」
「そうかい」
神田さんは、目を細めて柔らかな笑顔を見せた。
「今日は、どうかされましたか?」
「いやぁ、ちょっと来たくてね。少し遅刻気味だから、もう今夜いかなければならなくて」
「遅刻?どこかに行くのですか?」
「まぁね。その前に思い出巡りかな。望月君に会えて良かったよ」
「そう言ってもらえて嬉しいです。どこかにお引越しでも?」
「そんなところかの。この身一つだけだが」
ニコッと見せた笑みは、どこか寂しげだった。
「そうですか……お気を付けて」
「ありがとう」
そう言うと、神田さんは立ち去った。
エレベーターは止まったまま、階段から響くはずの足音も無いままに。




