24.六月
「はぁ……」
その日の朝、机を拭きながら明田はため息を吐いていた。
直属の上司である吉野と、望月は違う先の机を拭いている。
明田は今年新卒で入った職員だ。三ヶ月目となった今、ようやく人や環境に慣れてきた。が——
——最近少し疲れやすいかも。
明田は欠伸をしながら、そう思っていた。
机を拭き終えた明田は、小さな雑巾を片手に水道へと向かった。
「あれ?望月さん?」
「あ!明田さん。雑巾もらうよ?」
シンクには、泡だらけで中が見えないバケツがあった。ゴム手袋をはめた望月が、雑巾を受け取ろうと手を伸ばす。
「あ、はい。ありがとうございます。」
「梅雨時期の雑巾は、あんまり良くないから。」
そう言って、望月は受け取った雑巾も洗い始めた。
「あんまり良くない?カビ臭いですもんね。」
「ん?あぁ、まぁそうだね。」
「はい……私、先に戻っていますね。」
——今、変な風に返事をしてしまった……
望月が雑巾を洗うのには、また別の理由があるのだ。
——カビ臭いのはカビ臭いんだけど。
パンッと雑巾を広げる。
——ジメジメするから、良くない物を塗り広げてしまうんだ。
時計が十時を差した。
休憩時間、明田は最近聞く六月病を調べていた。
——確かに、こんな感じではある。
パソコンの画面には、六月病は、新年度からの環境変化に適応しようと頑張り続けた結果、六月頃に心身の疲労やストレスが表面化し、無気力や不調に陥る状態の事。とある。
「ん?明ちゃん、六月病なん?」
休憩から戻って来た吉野が、明田のパソコン画面を見た。
「あ!見ないでくださいよ!」
「そんなもん、なる時はなるんだ。六月のうちになっとけー!」
吉野が、変な理屈を叫び出した。
「◯月病って、毎月あるみたいだ!」
望月がパソコン画面を見ながら言った。
「え!そうなんですか!?人間病みすぎじゃないですか!?」
「おう!人間大変だなー!」
吉野が椅子の背もたれに寄りかかって身体を伸ばし、頭を手の後ろに回して、ギコギコと左右に動いている。
「明田さん、六月は祝日が無いから全部出勤になる。疲れた時は、疲れたーっ!て言って、吉野に丸投げすれば良いよ。」
「おう!辞めろー!」
「ふっ!ふふふ!」
明田は思わず笑った。
「我々人間は、一年中ストレスに晒されているんだ。」
望月が吉野にさらりと言った。
「うわ!今俺ストレスに晒されたわ!人間です!俺だって人間枠でーす!」
「あっははは!」
望月と吉野は安心した。新卒も中途も、最初は慣れようと頑張る。少し慣れてきたところで、知らないうちに溜め込んだストレスに気がつく。
六月病は、四月入社を基準にしているのだろう。中途だって三ヶ月くらい経てばこうなる。
あとは、日頃人が触る物を綺麗に保つ事。そうすれば、嫌な物を溜め込んだ雑巾が、それらを塗り広げるような事は無いのだ。
——翌朝。
「望月さん。」
明田は水道で望月に話しかけた。
「ん?何?明田さん。」
「雑巾って、どのくらいの頻度で洗いますか?」
「水、金で洗ってるよ。」
「私、水曜日担当しても良いですか?」
梅雨の晴れ間のような、キラッとした笑顔を明田が見せた。
「ありがとう。頼むよ。」




