23.防災ー後編ー
市役所の二十三階にある展望ロビー。三台あるうちの真ん中の双眼鏡は、望月が異変に気が付いたから二日目の早朝も、相変わらず眼下の河川しか見せてくれない。
だが、思い当たる事ならある。
望月は一晩考えた。
最近天気が良くなかった。台風が来ていたからだ。
——もしかして、増水を警戒しているのか?
そして、その考えは昼休みに実を結んだ。
いつもの様に吉野と食堂で昼食を終え、展望ロビーに来る。
オシャレなイタリアンレストランは、天気が悪いせいか、客足は少なかった。
「おい、吉野!!」
望月は例の双眼鏡を見ながら、吉野を呼んだ。
「どーしたんだよ。そんな大声出して。」
そう言いながらも、隣の双眼鏡を覗き込んでいた吉野は、すぐさまやって来た。
「なぁ、あれ!」
望月は双眼鏡から目を離さないまま、河を指差した。
「へ?それじゃわからねーって。」
「あぁ、悪い。」
望月は吉野に双眼鏡を代わった。
「あれ!?犬だよなぁ!?」
「やっぱり、そう見えるか!?」
望月はすぐ様消防に連絡をした。
「俺ら、こういう時は直接何もできねーな。」
吉野は双眼鏡から溺れている犬を、食い入るように見守っている。
その犬は、増水してどっぷりと水に浸かってしまった木の枝葉に、辛うじて食い止められていた。
まもなく、消防車がやって来た。隊員が救助に向かい始める。
「吉野、代わってくれよ。」
「え?今?いいところなのにー。」
「俺、吉野より目が悪いんだ。」
えー。とぶつぶつ言いながらも、吉野は望月に変わる。
吉野はガラス窓の方で、張り付くようにして見始めた。
「吉野、ありがとう。」
「まぁ、見えるから問題ねぇよー。第一望月がそういう風に言って来る時は、本気の時しかねぇし。」
望月は、くいっと眼鏡の位置を直した。
昼休みは短かった。
救助を見届ける前に時間となってしまったのだ。
「後でニュースとかになるかな?」
「さあなー。なるんじゃね?」
二人は犬の行く末を気にしながら、午後の仕事へと戻って行った。
——プルルッ、プルルッ……
それは十六時頃の出来事だった。
「え!?うちの課の内線が鳴った!」
受話器を取る前に、驚き過ぎた望月は、思わず吉野と顔を見合わせた。
「——は、はい。違和感回収課の望月です。」
全く言い慣れていない。
ただの内線に、しどろもどろで望月は受話器を取った。
「お疲れ様です。防災安全一課の安藤です。外線で消防から電話が来ておりますので、外線三番に出てください。お願いします。」
「はい、ありがとうございます。」
-—ポチッ。
「お電話代わりました、私、違和感回収課の望月と申します。」
「お世話になっております。お昼に白鷺川の犬の救助要請をされた、望月様でよろしいでしょうか。」
「はい、そうです。」
その連絡は、犬の救助を無事終えた事、また、獣医にきちんと診てもらった事と、救助要請の電話のお礼だった。
「ありがとうございます。失礼します。」
——ガチャ。
「吉野!」
「望月!」
「良かったぁー!」
二人はほっと胸を撫で下ろした。
吉野の隣に座っている明ちゃんは、どうやら望月の電話口のやりとりで状況を把握したらしい。
「お二人とも、そわそわしてましたもんね。わんちゃん、無事で良かったです。」
「しかし……」
吉野はニッと笑った。
「望月が最初に電話を取った時は、傑作だったな!」
「あ!吉野!」
——今日の電話は忘れないだろう。
望月は密かに胸に留めた。




