2.階段 —前編—
違和感回収課としての初仕事は、一日中パソコンとにらめっこから始まった。
何しろ新年度となると、人の移動は普段の数倍にもなる。世間全体が一気に動くのだ。この暖かく陽気の良い日々に身を任せてのほほんとしたいところだが、勿論そうはいかない。
そしてスギ花粉という、ほぼ国民全員に関わるような厄介な存在が襲ってくる。その憂鬱な脅威は、望月にも御多分に洩れず襲いかかってくる。
「ふえっくし!!」
左斜め前に座る吉野が盛大なくしゃみをした。おかげで望月はくしゃみをしそびれて反動が鼻に全て来た。人とくしゃみのタイミングが被ると大抵こうなる。
「花粉きついなー、今日も。」
望月は鼻をかみながら吉野に話しかけた。柔らかティッシュは必需品だ。この時期絶対手放してはならない。
「まったくだ!顔がむしゃくしゃして最悪だな。」
吉野は自分のティッシュと間違えたのか、それともわざとなのか、望月の必需品である柔らかティッシュを2枚も取っていった。
——もう二度と左手側にティッシュを置くまい。
望月はそっと右手側に大事なティッシュの箱を移動させた。
どうやら吉野は顔だけでなく、気持ちもむしゃくしゃしているようだ。
「花粉症だと大変ですよね。乗り切ってくださいね!」
そう声をかけたのは、吉野の隣に座る明田さんだった。彼女は今年入所した人で、吉野の部下にあたる。
「花粉症じゃないなんて、まったく羨ましいよ!今年なるかもよ!」
「お、パワハラですか?」
遠くから、小さな笑い声が聞こえた。少しは空気を和ませられたようだ。
市民課から頼まれたデータの入力を終え、必要な書類を渡しに望月は席を立った。
エレベーターは来所する人が使うだろうし、体力をつけるためにも階段を使う。ほんのささやかな体力づくりである。
——コッ。
あれ?
今の音……あの音だ。思わず振り返った。
階段を降りていたが、自分以外誰もいない。自分の足音でもない。しかしその音は、確かに近くから聞こえた。
どうやら物が落ちたわけでもなさそうだ。辺りを見渡したが、音がする要因は見当たらなかった。
多分階段のどこかで鳴っている。もしかして今日も鳴り続けるのだろうか?
——そして、おそらくこの音は。
自分にしか聞こえていない。
後で登る時にでも確認してみよう。
今はひとまず意識の外に追いやって、書類を渡しに階段を降りていくのだった。




