17.ばあちゃん譲り
「おはようございまーす。」
その日の朝も、吉野がゆるやかに席に着いた。彼女が部屋を出て行ってから、ずっとこんな調子だ。
「お、吉野おはよう!」
望月は吉野の事情を知ってから何となく、明るめの挨拶を心がけている。
いつも明るい人が暗いと、普段そう明るくない人が張り切らねばと、バランスを取り始める良い例だ。
何となく、吉野の鞄が黒くぼやけて見える。
「はぁ、どうしたもんかねぇ〜。」
昼休み、いつもの食堂で望月と吉野は昼食を食べていた。
今日は二人とも野菜炒めのセットを注文し、白飯を大盛りにした。
「吉野は、電車通勤なんだっけ?」
望月はさり気なく確認をした。
「ん?あぁ、そうだよ。駅からも近いし運動不足解消にと思って。暑くなったり、天気が悪ければ車に乗って来るけどな。」
「そうか……」
多分だが、良からぬ連鎖が吉野の身に起こっている気がする。
「GW前から?」
「うん、まぁそうだな。」
「なぁ、この後飲み物買って、広場にでも行かないか?」
「おう。」
まだ昼休みは三十分残っている。以前、吉野の五百円玉が消えたあの自販機で冷たい飲み物を買った。
外に出ると、もう初夏を思わせるような日差しだ。風が少し吹いていて、暑さを紛らわせてくれる。
二人は広場のベンチに座った。すぐ後ろには、薄いピンクの花びらを沢山付けたバラが、まるで主役だと主張するかのように咲いている。
「吉野、最近疲れてるよな。色んな要因が絡んで、きっと今に至ってるんだと思う。」
「なー、そうだよな。この時期は仕方無いんじゃないのか?だからと言っても、今の俺は、確かに俺らしくないと思ってるんだ。」
吉野は、ふー……と息を吐いた。
「俺は、吉野は良いヤツだと思ってる。」
「え、何だ?藪から棒に。」
望月もそう思った。藪から棒だが、本当に良いヤツだと思っている。だからこそ元気を出してほしいし、少しでも思い詰めていて欲しくない。
そして、これから望月が吉野にしようとしている事を、許して欲しいと願っての発言だ。
「吉野、ちょっと立ってくれ。そして、思いっきり叩く事を許してほしい。」
「え!?は!?俺、叩かれるの!?やだよ!!」
「ばあちゃん譲りなんだ。悪い事が吹き飛ぶんだ。」
他人にした事は無いけれど、とは言えなかった。
望月のばあちゃんは、望月が小さい頃から少し不思議な人だった。そして、内気だった幼少期の望月が元気が無い時や悪い事があった時に、良く独自のやり方で励ましてくれた。
それを、吉野にやってみようと思い立ったのだ。
「吉野、深呼吸を三回してみて。」
「え、叩かれる前の儀式か?」
と言いつつも、すー、はー、と三回深呼吸をしてくれる。吉野は素直なヤツだから、やはり効果テキメンな予感がする。
望月は吉野の後ろに立った。
「吉野、多分少しは気持ちが楽になると思うんだ!」
「ん?おう!」
望月は吉野の両肩を、バン、バン、バン!と三回叩き、仕上げと言わんばかりに背中を一回、バン!と叩いた。その間、五秒も経っていない。
「おわっ!!!」
吉野は背中を叩かれた時に、前によろめいた。
「え!何今の!?お祓いか!?」
お祓い……全然考えた事も無かった。
「いや、だから、ばあちゃん譲りだって言っただろ。悪い事が出ていくんだ。」
「ふぅん……まぁ、なんか肩凝りに効きそうだな。」
この後吉野がどうなるのかは、誰も予想していなかった。




