16.ロッカーの記憶
その日、女子更衣室は盛り上がっていた。古くてサビが目立つロッカーを買い替えるという話が、ついに実現するからだ。
「このサビサビから解放されるー!」
明田は新卒で市役所に勤め始めたばかりだが、サビきってしまったロッカーがとてもイヤなのであった。
「まみも、もうカーディガンを引っ掛かる心配も無くなるんじゃない?」
明田に、まみ、と呼ばれたすぐ隣の女性は、明田と同期の間宮である。
「ほんとだよねー。私、白のカーディガン引っ掛けちゃったから、サビも付いたし穴も空いちゃった。」
「ボソボソになってたもんね!」
あはは〜と笑いながら、それぞれの部署へ仕事に向かった。
「吉野さーん!望月さーん!おはようございます!」
相変わらず元気な明田が、吉野の隣の席に着いた。
「明田さん、おはよう。」
「ん、あけちゃんから明田さんになってますね。」
「もう仕事が始まっているからね。」
「おう、あけちゃんおはよう。」
「吉野さんは、あけちゃんって言ってますよ?」
端っこの三人がいる机は、いつも吉野と明田が明るくしている。だが……
「吉野、仕事始まってるぞ。」
「おぅ。」
吉野は部屋を出て行った彼女と、どうやら膠着状態らしい。
「そういえば、女子更衣室のロッカーが取り替えられる事になったんですよー!」
「え、そうなんだ。羨ましいなぁ。」
「じゃあ、見に来ますか?」
「いや、行くわけないだろ。」
明田はと言うと、なぜか望月によく絡んでくるようになった。
浮かない様子の吉野と食堂で昼食を食べ、展望ロビーで双眼鏡の確認をし、午後の仕事が始まった。
双眼鏡の様子はというと、吉野のこの市がおすすめ宣言を受け、随分と良く市中を見渡せるようになった。
「あけ〜、ちょっと。」
フロアの出入口付近で、"まみ"こと、間宮が明田を呼んでいた。
「え?何?どうかした?」
「退職された藤井さんのロッカーなんだけど、中にストールみたいなのがかかってるの。でも、ロッカーが全然開かなくて。」
「え?鍵は?」
「退職時に返却しているし、勿論開けてるんだけど、びくともしないんだ。」
「そうなの?で、何で私は呼ばれたわけ?」
「今、誰でも良いから開けられそうな人を見つけてるの。」
明田が間宮に連れて行かれて数分後、明田は望月のもとへやって来た。
「あの、望月さん……すみません、女子更衣室のロッカーなのですが……」
「誰も開けられないの?」
「はい。なので、男手が必要との事になりまして。」
「うーん、仕方ないなぁ。気が引けるけど行くよ。」
「ありがとうございます!」
女子更衣室に行くと、七、八人ほど女性陣がいた。
「あら明田さん、望月さんを呼んできたのね!」
そう言ったのは、忘れ物や落とし物の管理をしているパートさんだった。
「ぜんっぜん開かないの。藤井さん、どれだけ怪力だったのかしら?ってくらい。明日ロッカーは撤去だし、藤井さんはお宅が近いから電話をしたの。もうすぐ来る頃なのよねぇ。」
ロッカーに鍵が刺さっていた。右に回してから、取っ手を引く。開かない。左に回してまた引く。開かない。開かない、というものではない。頑なに開かない。錆びついていて開きづらいわけでも無さそうだ。
——拒否されている。
望月は、そう感じた。
「皆さんお久しぶり〜!あら、男性がいるわね?」
「あっ、藤井さん!わざわざすみません。」
「バスで十分くらいだから良いの。それより、ストール忘れちゃったみたいで。ロッカー、開かないの?」
藤井さんは、ふいに望月に話しかけた。
「はい、全然。」
「あら、おかしいわね?」
藤井さんがロッカーの取っ手に手をかけ引いたその時——ギッ、と少し音を立てて、すんなり開いた。
「開いた!!!」
一同は驚愕した。皆がどれだけ力を込めて、その取っ手を引っ張っていたことか。何事もなくすんなり開いてしまった。
「普通に開くじゃな〜い!」
ふふふ、と笑った藤井さんは、ストールを取り出した。
「このロッカーは、私が勤めてからずーっと使っていたのよ。今までありがとうねぇ。」
翌日、ロッカーは撤去された。沢山の思い出を詰め込んで。




