12.備え
開庁前の早朝。二十三階の展望ロビーに望月の姿があった。
「オススメは引き続き、ツツジだよなー。」
三台あるうちの真ん中の双眼鏡は、お堀沿いに咲く今まさに満開のツツジに焦点を当てている。
他へ動かそうとすると、ぼやけてしまう。
範囲内を探すが、映るのはツツジばかりである。
「ゴールデンウィークも広場に人が集まるし、オススメはツツジで良いか。」
ゴールデンウィークは特別開庁で、この展望ロビーのみ開かれる。イベント事を含めて広場が見所にしてしまえば良い。
「よし、ポスターでも作るから。もういいよ。」
念の為双眼鏡を覗く。視界は全てクリアに見えた。
望月は午前いっぱい使って、広報課に教えてもらったやり方で展望ロビーに貼り出すポスターをどうにか仕上げた。
午後はお堀の掃除へと向かった。
「明日の音楽イベ、早速吉野の班が担当だったよな。」
「あぁ、そうだよ。インディーズも出るし、少し名前が売れ出してきたバンドも出る。結構楽しみなんだ。」
吉野はギターをかじっていた時期があるらしく、今も気が向いたら弾いているようだ。
「やっぱ音楽いいなー。ギター久し振りに弾こうかなー。望月もするか?」
「いや……俺はやった事ないし、音楽自体触れてこなかったから。音楽の授業くらいでしか。」
音楽、やろーぜ!と、まるで高校生のノリで誘ってくる吉野は、とても楽しそうだった。まぁ、悪くないかなと思ってしまう。
広場には、入所三年目までのゴールデンウィーク助力人員が一同に揃った。
城が無いとは言え、櫓や門が残っているこの城址は、美しく後世まで引き継がれてほしい場所である。
このお堀掃除もその一環に過ぎない。人が多く集まる今時期、尚の事美しく保ちたい。
「さぁーて、やりますかー!」
誰が言ったか定かではないが、各々準備に取り掛かる。
「今年もがっつり綺麗にしますか!」
「おう、そうだな!」
皆胴付を着、長靴と軍手を履いて、ゴミ袋や溝さらえなど道具を持ち、階段からお堀へ降りて行く。
ざぶ、ざぶ……桜の花びらがあちこちで溜まったり、詰まっていたりする。
花見の後のゴミなんかも、悲しいかな、少なからず見受けられる。
「やっぱり毎年こうなるんだな。」
望月はゴミを分別し、溝さらえでヘドロをすくいながら思わずポツリと呟いた。
「放っておいたらと思うと、悲しいもんだな。」
吉野は、額に光る汗を拭いながら答えた。
午後いっぱい使っても、毎年やり切った感じはしない。隅々を綺麗にするにはもっと時間が必要だ。
——とりあえず、隅の溜まっている場所を綺麗にしよう。
望月はそう思ってヘドロをすくい上げた、その時。キラリと光る物が紛れていた。軍手をした指で、サッと掻き分けてみる。
——指輪だ。
こんな物、こんな所に落とすなよ——思いもよらぬ物が出てきて、体温がスッと下がった。
「うへ、指輪かよ。こえーな。何でこんな所に捨てるんだよ。」
捨てたかはわからないが、吉野が望月の言いたい事を大方代弁してくれた。
「うーん、どうするか、これ。一旦落とし物で届けてみるか?」
「そうだな、もしかしたらお堀に落としたーって届出があるかもしれねーしな。」
指輪——
望月は胴付を脱ぎながら、ホワイトボードのあの文字を思い出していた。




